JP5767897B2 - SiC摺動部材 - Google Patents

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Description

本発明は、メカニカルシール用密封環の材料として好適なSiC(炭化珪素)摺動部材、詳しくは貫通気孔を有するSiC摺動部材に関するものである。
メカニカルシール(軸封装置)は、回転軸と一体回転する回転密封環の摺動面と、ハウジング側に設けられた静止密封環の摺動面とを互いに軸心方向に押圧して、それら摺動面どうしが相対回転するシール部を有しており、そのシール部によって流体を軸封させるものである。摺動部材である回転密封環や静止密封環の材料としては、過酷な摺動条件に対する耐久性にも優れるSiC摺動部材が多用される。
例えば、特許文献1においては、相対回転摺接する2つの密封環(1),(3)の一方又は両方が、平均気孔径10〜40μmの独立気孔が均一に配置されており且つ気孔率が3〜10%である炭化珪素焼結材(SiC摺動部材の一例)で構成されるメカニカルシール用密封環が開示されている。これにより、相手密封環が炭化珪素(SiC摺動部材の一例)等の硬質材製のもの又はカーボン等の軟質材製のものの何れである場合にも、相手密封環との間の潤滑性を大幅に向上させることができ、シール条件に拘わらず、耐摩耗性等の耐久性及びシール性に極めて優れたメカニカルシールの実現に寄与している。
特許文献2においては、SiC摺動部材である炭化珪素焼結部品の結晶粒平均径が0.010から0.030mmの大きさで、その結晶粒界の間に気孔が形成され、気孔の大きさが0.001から0.020の範囲に形成されて気孔率が3から10容量%のものとされるメカニカルシール用密封環が開示されている。これにより、強度に優れ、耐摩耗性、耐食性及び耐高温に優れ、メカニカルシール用密封環として好適な炭化珪素焼結部品が得られる、と記載されている。
特許文献3においては、平均粒子径が0.1以上、10μm以下のα−SiC粉末と、平均粒子径が0.1以上、10μm以下のβ−SiC粉末と、プラズマCVD法により気相合成された平均粒子径が0.1μm未満のSiC超微粉末とを所望の比率で混合してSiC混合粉末を得、このSiC混合粉末を加熱焼結して成るメカニカルシール用密封環が開示されている。これにより、SiC摺動部材である炭化珪素焼結体の比抵抗値を低くすることができ、かつ、この比抵抗を広範囲に制御できる炭化珪素焼結体の比抵抗制御方法を提供できる、と記載されている。
以上のように、メカニカルシール用密封環としてSiC摺動部材を用いることで耐摩耗性の向上を図ることはよく知られた技術である。ところが、SiC摺動部材製の密封環においては鏡面状の平滑な摺動面どうしが摺動することにより、しばしば耳障りな摺擦音やリンキングと呼ばれる摺動面の固着現象が生じる問題がある。また、自己潤滑性を有するカーボン成形体でなる摺動材とSiC摺動部材とを摺動させる構造では、前述の摺擦音や固着現象は回避できる反面、カーボン側摺動面のふくれ現象(ブリスタ)が生じる問題がある。これらの問題は、摩擦熱によって摺動面間の潤滑液膜が部分的或いは完全に消失されること、即ち、潤滑不足が原因である。
また、シール対象液の多様化やシール対象液が摺動部に回り込まない条件下での使用では、SiC摺動部材製のメカニカルシール用密封環としの性能が十分に発揮され難いこともある。そこで、対策として、SiC摺動部材にハイドロカットや溝加工を施したり、シール背面よりクエンチング等を実施する等の工夫が行われているものもある。しかしながら、ハイドロカットや溝加工を施す対策は、セラミックの加工の難しさや、コストや手間が掛かるという慢性的な問題を抱えている。
一方、カーボン、黒鉛、BN、MoS2 、フッ素樹脂等の低摩擦材を含浸させる等、SiC摺動部材に自己潤滑性を有する材料を配合した材料による密封環も開発されているが、製造が難しくコストも非常に高いことから、使用用途が限られるものであった。このように、種々の利点を有するSiC摺動部材製の密封環を、使用条件によっては摩擦係数が高くなって摩耗が早くなるという問題を解消し又は抑制するのに、さらなる改善の余地が残されていた。
特許第3517711号公報 特開2002−338368号公報 特開平9−255428号公報
本発明の目的は、貫通気孔を有するSiC材に着目し、これを用いて鋭意研究を進めることにより、摺動部に十分な潤滑液が回り込まない状況やドライ状況といった厳しい環境下においても、高摩擦係数に伴う動力損失の発生や摩耗の進行という不都合を抑制又は解消して、耐久性や信頼性に優れるメカニカルシール用密封環の実現に寄与するSiC摺動部材を提供する点にある。
請求項1に係る発明は、回転軸1と一体回転する回転側の密封環W(2)と、ハウジング3に相対固定される静止側の密封環W(4)と、回転側及び静止側の各前記密封環W(2)の摺動面Wa(2a),Wa(4a)どうしを押付け合う弾性手段5とを有して成るメカニカルシールMにおける前記密封環Wを形成するSiC摺動部材であって、
前記密封環Wが、これの一面Wbから他面Wcに亘る貫通気孔を有するとともに、所定の規格寸法である外径φ54mm×内径φ40.5mm×厚み6.5mmに形成されている前記密封環Wの表面に存在する0.5mlの液体rが、湿度50%で温度25℃において、前記密封環Wの内部に吸収されるに要する透水時間(min)が、10〜60で規定されることを特徴とするものである。
請求項2に係る発明は、請求項1に記載のSiC摺動部材において、前記単位量の液体がであることを特徴とするものである。
請求項3に係る発明は、請求項1又は2に記載のSiC摺動部材において、密度(g/cm3 )が2.70〜3.05であることを特徴とするものである。
請求項4に係る発明は、請求項1〜3の何れか一項に記載のSiC摺動部材において、硬度(Hv)が1650〜2400であることを特徴とするものである。
請求項5に係る発明は、請求項1〜4の何れか一項に記載のSiC摺動部材において、曲げ強さ(Mpa)が330〜410であることを特徴とするものである。
請求項6に係る発明は、請求項1〜5の何れか一項に記載のSiC摺動部材において、ヤング率(Gpa)が200〜410であることを特徴とするものである。
請求項7に係る発明は、請求項1〜6の何れか一項に記載のSiC摺動部材において、熱伝導率〔W/(m・k)〕が60〜154であることを特徴とするものである。
請求項1の発明によれば、SiC摺動部材として十分な強度と硬度を有しながら、ある程度の液体圧をかけると液体がSiC摺動部材の内部まで浸透する。従って、その液体浸透によって程よく濡れている状態が維持でき、摺動面を常に液体雰囲気とすることが可能になる。故に、摺動部に十分な潤滑液が回り込まない状況やドライ状況といった厳しい環境下においても、摩擦係数が高くなる不都合を抑制又は解消して、耐久性や信頼性に優れるSiC摺動部材が実現でき、メカニカルシール用密封環に好適なものとなる。そして、密封輪を所定の規格寸法に加工して成る環状体の浸透漏れ量も定義することにより、製品によって異なる寸法の密封輪の漏れ量も直接又は換算して規定できる便利さがある。
請求項1の発明によれば、密封環の表面に存在する単位量の液体が密封環の内部に吸収されるに要する透水時間(min)が10〜60で規定される貫通気孔の存在により、密封流体を僅かながらSiC摺動部材の摩擦面(摺動面)に密封流体が絶えず供給されるようになる。従って、摩擦面(摺動面)に絶えずトライボケミカル反応(摩擦化学反応)を生じさせることが可能となり、摩擦面(摺動面)に潤滑物質が生成される。摺動材料(SiC摺動部材)の機械物性と吸水率を調整すれば、使用条件に合せた摺動材料(SiC摺動部材)の製造が可能となる。これにより、冷却機構を装備しなくても、PV限界値(後述)の引き上げが可能となり、例えば、簡素な構造で高負荷のメカニカルシールの設計が可能になるなど、経験科学への依存度の大きい摺動に関する技術ではあるが、摩耗量を軽減したり最小に止めるメカニカルシール用密封環などの最適設計が可能となる。その結果、摺動部に十分な潤滑液が回り込まない状況やドライ状況といった厳しい環境下においても、摩擦係数が高くなる不都合を抑制又は解消して、耐久性や信頼性に優れるメカニカルシール用密封環の実現に寄与するSiC摺動部材を提供することができる。
請求項2の発明によれば、単位量の液体として水滴を採用するものであり、例えば、スポイドで密封環の表面に一滴垂らすなど、簡単な手段で密封環として好適なSiC摺動部材の規定が行える利点がある。
そして、請求項3のように、SiC摺動材の密度(g/cm3 )を2.70〜3.05に設定したり、請求項4のように、硬度(Hv)を1650〜2400に設定したり、請求項5のように、曲げ強さ(Mpa)を330〜400に設定したり、請求項6のように、ヤング率(Gpa)を200〜410に設定したり、請求項7のように、熱伝導率〔W/(m・k)〕を60〜150に設定すれば、メカニカルシール用密封環としてさらに好都となるSiC摺動部材を提供することができる。
SiC摺動部材を用いたメカニカルシール例を示す構造図 SiC原材料の配合例を示す基本配合表 焼成温度と焼結体の密度との関係を示す図表 SiC摺動部材(回転密封環)の製造方法を示すブロック図 漏れ量を測定する負荷試験装置の概要を示すフロー図 SiC摺動部材の各試料の特性を示す図表 SiC摺動部材として好適な四つの試料の特性を示す図表
以下に、本発明によるSiC摺動部材を材料とするメカニカルシール用密封環、その密封環を有するメカニカルシール、及びSiC摺動部材の製造方法の各実施の形態を、図面を参照しながら説明する。
メカニカルシールMは、図1に示すように、回転軸1に対してその軸心X方向に移動可能な状態で外嵌されて一体回転する回転密封環2(密封環Wの一例)と、ハウジング3に相対回動不能に内嵌される静止密封環4と、回転密封環2を静止密封環4(W)に押付けてシール部Sを形成するための弾性機構5とを有して構成されている。つまり、このメカニカルシールMは、内側ハウジング部3Aと回転軸1との間を含むプロセス側Pと、外側ハウジング部3Bと回転軸1との間を含む大気側Tとをシールする試験用のものであり、プロセス液(シール対象液)としては、プラント設備等における水(工業用水、水道水)、薬液、原油関係液、洗浄液等である。
回転軸1のプロセス側には、軸ビス(図示小略)で軸外周1aに押圧係止される固定支持輪13が外装され、その大気側には作用輪7が軸心X方向に移動可能に遊外嵌されている。弾性機構5は、軸心X方向に沿う姿勢で固定支持輪13と作用輪7とに亘って介装されるコイルばね8及び連結ボルト9とのそれぞれを、軸心X回りの均等角度毎に複数ずつ交互に配置することで構成されている。そして、回転密封環2は、回転軸1に軸心X方向移動可能に外嵌される保持輪6の先端側に圧入保持されており、保持輪6は、その基端軸部6aが作用輪7の貫通孔7aに挿入されてその作用輪7と一体回転するように構成されている。保持輪6と回転軸1との間にはシール用のOリング12が介装されている。従って、コイルばね8の付勢力が作用輪7と保持輪6とを介して回転密封環2に作用する。
外側ハウジング部3Bには、2個のOリング10,11を介して静止密封環4が、軸心X方向で大気側Tへの移動及び軸心X回りの回動ができないように、かつ、回転軸1には遊外嵌される状態で内嵌されている。回転密封環2は弾性機構5によって大気側Tに押圧付勢されており、従ってその大気側となる側周面であるシール面2a(Wa)と静止密封環4の先端側周面であるシール面4a(Wa)とが軸心X方向で互いに圧接され、それによって環状のシール部Sが形成されている。なお、回転密封環2はSiC摺動部材製であり、静止密封環4は例えばカーボンによって形成されている。
次に、回転密封環2、即ち、SiC摺動部材(貫通気孔を有するSiC摺動部材)の作り方について説明する。SiC摺動部材は、図4に示すように、原材料混合工程a、造粒乾燥工程b、成形工程c、焼成工程d、仕上げ加工工程eを経て製作される。本実施形態においては、回転密封環2をSiC摺動部材製としているが、静止密封環4をSiC摺動部材製としても良い。
原材料混合工程aは、SiC原材料に添加物などを加えて混合する工程である。即ち、SiC原材料(平均粒径0.1〜5.0μm、好ましくは0.1〜1.0μm)に、焼結助剤としてホウ酸源を0.1〜1.0%、炭素源を1.0〜6.0%添加する。そして、形成助剤として可塑剤を0.5〜4.0%、潤滑剤を0.5〜4.0%それぞれ添加し、溶媒中(水又はアルコール)にて24時間混合するのである。本実施形態におけるSiC原材料の具体的な配合(基本配合)は、図2に示す基本配合表のとおりであるが、これには拘らない。
造粒乾燥工程bは、原材料混合工程aで作られた原料(泥しょう)を噴霧乾燥機(スプレードライヤー)にて顕粒化する工程である。
成形工程cは、造粒乾燥工程bで得られた顆粒(以下、造粒粉と称呼する)を金型に入れ、プレス機を用いて面圧1000kgf/cm2 にてプレス成形を行う工程である。
焼成工程dは、成形工程cで得られた成形体を電気炉にて大気圧におけるAr(アルゴン)雰囲気中で所定の焼成温度に加熱して1時間保持するとともに、その加熱及び保持の完了後に冷却して焼結体を得る工程である。テスト段階においては、前述の焼成温度を幾通りにも変更設定して、それによる焼結体を作製した。その所定の焼成温度とそれによる焼結体の密度(焼結密度)とを図3に示す。なお、図3の試験数や測定結果と、後述する図7の各試料や測定結果との相互関係は特にない。
仕上げ加工工程eは、焼成工程dを経た焼結体を所定の形状に加工する工程である。即ち、焼成工程dにて得られた焼結体を、ダイヤモンド砥石により研削して所定形状(試験片や製品などの各形状)に仕上げる加工を行うのである。試験片の摺動面となる箇所は、ダイヤモンド遊離砥粒による表面研磨(ラッピング)にて鏡面に仕上げてある。
次に、SiC摺動部材による密封環Wを備えるメカニカルシールMを用いた負荷試験について説明する。図5に負荷試験装置Aが示されており、試験機軸受15を介してメカニカルシールMを駆動回転させるモーター14、メカニカルシールMに試験液(液体の一例)rを付与するポンプ16、試験液rの圧力をメカニカルシールMの下流側にて計測する圧力計17、試験液rの流量計18、メカニカルシールMの上流側及び下流側の双方に作用する試験液rの温度記録計19、試験液rの貯留槽20などを有して構成されている。なお、本明細書においては、試験液は、圧力流体、密封流体などと同義語である。
この負荷試験装置Aにて使用されるメカニカルシールMは、つまりは図1に示すメカニカルシールそのものである。各種の試験条件は以下のようである。まず、メカニカルシールMに適用される試験用の密封環W、即ちSiC摺動部材製回転密封環2のサイズ例は、外径×内径×厚さがφ54×φ40.5×6.5(単位:mm)であり、回転速度は3600rpmである。試験液rの一例としては工業用水であり、その温度は30℃、圧力は1MPa,2MPa,3MPaの三種類である。運転時間(試験時間)は100時間とした。測定項目は、外観、摩耗量、回転トルク、表面トレース、フラッシング出入口温度、漏れ量である。
さて、前述の製造方法によって得られる回転密封環2(密封環W)の試験片の例として、図6に示すように、試料(試験片)1〜13を得た。これら試料1〜13の密度、気孔率、曲げ強度、硬度などの各種特性は図6に示すとおりである。また、試料1〜13の試験片(試験用回転密封環)の漏れ量は、それら試料1〜13を前述のサイズ(外径φ54mm×内径φ40.5mm×厚み6.5mm)に形成したものを、図5に示す負荷試験装置Aにて試験した結果である。試料1〜13の漏れ量(シール部Sからの漏れ量)は、試験液rの流体圧力が1MPa(≒大気圧)において0.01(試料1〜3,5,8,9,11)〜0.60(試料13)であり、2MPaでは0.01(試料5)〜2.05(試料13)、3MPaでは0.01(試料7)〜5.01(試料13)であった。なお、漏れ量の単位はcc/hrである。
図6に示す各種特性の定義や測定手段(方法)などについて記載する。「透水」とは、SiC摺動部材の表面に水滴のある状態から、水滴を落とす前と同じ状態に到達したことが目視により確認できる状態のことである。なお、参考に「空孔」とは、表面から裏面に連通する微小隙間のことであり、透水率により測るものとする。
「透水時間」とは、SiC摺動部材の表面に存在する水滴が、SiC摺動部材の内部に吸収される最短の時間のことである。(吸収時間とは、SiC摺動部材の表面に水滴のある状態から、水滴を落とす前と同じ状態に到達したことが目視により確認できる最短の時間とする。)
「透水時間」の具体的な測定については次のようである。SiC摺動部材の試験片、例えば、外径φ54mm×内径φ40.5mm×厚み6.5mmのサイズ(所定の規格寸法の一例)を有する前述の密封環Wを、#2000のダイヤモンドパウダーとラップオイルとを使用して、ラップ盤(鋳鉄製)により20分間ラッピングを行う。ラッピング終了後、アセトンにより10分間の超音波洗浄を行い、ダイヤモンドパウダーとラップオイルとを落とした後、80℃の恒温槽により12時間乾燥させる。その試験片に、探傷液(栄進化学株式会社製、水洗性蛍光浸透液F‐4A‐C)0.5mlを落として、湿度50%で温度25℃の恒温槽に入れ、液滴(単位量の液体の一例)がSiC摺動部材に吸収される時間を計測した。計測は5分毎に試料を観察して行われる。
請求項1の記載に関して、「単位量の液体」としては、密封環に適した厚みを備えた「貫通気孔を有するSiC摺動部材」の表面における単位面積(単位体積)当たりの量が予め定められた水(界面活性剤を混入した蒸留水)などの液体でも良い。そして、その定義された液体を供給して、透水時間を測る、という手段でも良い。また、「一面から他面に」とは、外周面2b(Wb)から内周面2c(Wc)にのほか、密封環2(W)における一方の側周面2c(wc)から他方の側周面2d(Wd)にでも良いし、外周面2b(Wb)から一方の側周面2c(wc)に、でも良い。
「曲げ強度」とは、JISR1601により4点曲げ強度を計測した。「密度」とは、アルキメデス法によより測定した。「熱伝導率」とは、レーザーフラッシュ法により測定した。「硬度」とは、ヴィッカース(ビッカース)硬度計により測定した。「ヤング率」とは、パルス法により測定した。「試験後表面粗さ」とは、回転試験(負荷試験)を終えて、洗浄、乾燥した試料(試験片)を、表面粗さ計により計測した中心線平均粗さ(Ra)のことである。その測定手段については、JISB0601に従う。表面粗さにより計測する。この試験後表面粗さは、SiC摺動部材の選別に使用される。
乾燥摩耗量の計測における「ピンオンディスク試験」とは、□4.7×3.7×40.0(単位:mm)サイズで、かつ、先端がR3.0の球面に加工されたSiC摺動部材製のピンと、外径54×内径40.5×厚み6.5(単位:mm)のSiC摺動部材製密封環Wとを用いて、ピンの球面を密封環Wに接触させて、乾燥状態で荷重を付加しながら密封環Wを回転させて行う摩耗試験のことである。摩耗量は、試験終了後にアセトンにより3分間の超音波洗浄を行い、ピンの重量減少により「乾燥摩耗量」として計測した。計測条件として、荷重は100KPa、雰囲気は大気中、すべり速さが20.7cm/s、試験時間は24時間である。尚、本試験で使用したピンと密封環Wは、互いに同材質のSiCを用いている。
「回転漏洩試験」とは、外径54mm×内径40.5mm×厚み6.5mmのSiC摺動部材製密封環Wを作成し、樹脂の含浸されないカーボンリング(カーボン製の密封環)を相手材として構成されるメカニカルシールを用いた回転試験(負荷試験)であり、シール部Sからの単位時間当たりの漏れ量を計測する。漏洩量(漏れ量)は、シール面間(回転及び静止の各密封環2,4のシール面2a,4a間)から流体として漏洩する密封流体は、試験機のドレーンにより回収して計測する。シール面間から蒸気として漏洩する密封流体は、試験機全体を覆うビニール袋により回収し冷却されて液体となった量を漏洩量(漏れ量)として計測した。この試験条件は、試験前の密封環Wの表面粗さがRa0.05μm、試験時間が24時間、軸回転数が3600rpm、密封流体(試験液r)が工業用水、流体圧力(密封流体圧力)が3MPa(30kgf/cm2 )である。要するに、図5に示す負荷試験装置Aによる試験のことである。
そして、それら試料1〜13のうち、特性結果などから判断される密封環Wの材料として最も好適なものの上位四つの試料3,6,10,12に関しては、図7に示すように、空孔度(単位:%)を含む特性表として図6とは別に作成した。この図7から、密度が大きくなるほど、透水時間は長くなる関係(比例関係)のあることが理解でき、この結果から、透水時間は10〜50minが最適であることが分る。また、硬度が大になるほど、曲げ強さも大になる関係(比例関係)のあることが分るが、ヤング率との比例関係についてはその限りではない。
本発明においては、密度(g/cm3 )が2.70〜3.05(2.722〜3.047)であり、好ましくは2.85〜3.05(2.767〜3.011)である。硬度(Hv)は1650〜2400(1662〜2400)であり、好ましくは1800〜2400(1662〜2350)である。曲げ強さ(Mpa)は330〜400(315〜410)であり、好ましくは350〜400(332〜402)である。ヤング率(Gpa)は200〜410(229〜405)であり、好ましくは240〜410(229〜370)である。また、熱伝導率〔W/(m・k)〕は60〜150であり、好ましくは100〜150である。なお、カッコ内の値は、図7の試料1〜13の値(測定値)に基づくものである。
密度が3.05より大であると、摩擦摩耗特性に有効な透水性が認められない。密度が2.70より小さいと、曲げ強度の低下及び硬度の低下などの機械的物性値が低下し、自己の摩耗分に依るアブレイシブ摩耗が発生する(発生し易い)。なお、アブレイシブ摩耗(アブレシブ摩耗)とは、耗形態の一つで、摩擦面間に介在する異物により、その表面が削り取られる摩耗現象のことであり、輝面摩耗、引っかき摩耗、ざらつき摩耗、凹凸摩耗、研削材摩耗ともいう。熱伝導率が60より小さいと、放熱性が劣化し「熱歪が大きく冷却手段を必要とする」とか、「摺動時に相手材との焼き付き現象が発生する」という不都合が出る(出易い)。
硬度が1650より小さいと、自己の摩耗分やスラリーにより異常摩耗(前述のアブレイシブ摩耗)が発生する(発生し易い)。曲げ強さが330より小さいと、応力による破壊が発生する(発生し易い)。ヤング率が請求項に記載する範囲外であると、「シール面間の隙間が大きくなり、シール機能が期待できない」とか、「偏摩耗を発生させる」という不都合が出る(出易い)。これらは、流体圧力及び摺動材(密封環W)の押付圧力により、SiC摺動部材に圧力歪を発生させ易いことの結果である。
また、乾燥摩耗量に関しては、次のようなことが言える。まず、密度が2.65を下回ると異常摩耗が発生する(発生し易い)。流体圧力が1MPa(≒大気圧)であるときに、密度が2.70を下回ると、SiC摺動部材の機械的物性値の低下、及びそれに伴う摺動面の摩耗が発生して漏れ量が増加する。流体圧力が2MPaや3MPaである場合は、密度が2.70を下回ると、SiC摺動部材の機械的物性値の低下に伴う摺動面の摩耗の影響と、密封流体圧力の上昇と低密度化に伴うSiC摺動部材内部を通過する浸透漏れの発生のため、漏れ量が増加する。密度が3.05を超えると、密封流体の微量透過が期待できないため、摺動面の摩耗が進行して漏れ量が増加する。
改良された本発明によるSiC摺動部材は、六方晶α‐SiCの焼結体であるが、β‐SiC、またはα‐SiCとβ‐SiCの混合体であっても良い。
従って、本発明によるSiC摺動部材は、耐摩耗性、潤滑性に優れ、摺動材としてより適したSiCであることが分る。本発明によるSiC摺動部材を用いることで、従来では運用に耐えることができなかった高負荷の条件下でも、異常摩耗すること無く運用に耐えるものが可能となる。また、シール形式を遊動環タイプとすることで、圧力変化によるシール面の歪を抑えることができて、より安定したシール性能を発揮可能である。
これらのことから、冷却機構を装備しなくても、PV限界値(PV値の限界)を引き上げることが可能となる。例えば、簡素な構造で高負荷のメカニカルシールの設計が可能になるなど、摩耗量を軽減したり最小に止めるメカニカルシール用密封環などの最適設計が可能となる。なお、PV値とは、荷重圧力(P)×すべり速度(V)の値のことである。メカニカルシールM(図1)においては、荷重圧力(P)は、回転密封環2と静止密封環4とで為されるシール部S(シール面)の圧力であり、すべり速度(V)は、回転密封環2と静止密封環4との相対移動速度である。つまり、PV値の限界が上がるということは、より高負荷運転に耐えることができる、という意味である。
以上説明したように、本発明においては、回転軸1と一体回転する回転側の密封環2と、ハウジング3に相対固定される静止側の密封環4と、回転側及び静止側の各密封環2,4の摺動面2a,4aどうしを押付け合う弾性手段5とを有して成るメカニカルシールMにおける密封環Wを形成するSiC摺動部材であって、密封環2が、これの一面Wbから他面Wcに亘る貫通気孔を有するとともに、所定の規格寸法に形成されている密封環2の表面に存在する単位量の液体が密封環2の内部に吸収されるに要する時間が10分〜60分で規定されることであり、次のような作用・効果を発揮することができる。
SiC摺動部材製の密封環においては、貫通気孔の存在により、密封流体が僅かずつであるが絶えずシール面に供給される。シール面(摩擦面)においては、表面の微細な破壊(=摩耗)により、絶えず新鮮な表面が作り続けられている。新鮮な表面とは、吸着物や化合物が無い純粋な物質が現われている表面のことである。このような表面には,非常に活性であり、直ちに雰囲気に存在する物質が吸着し、化合物が生成される(これをトライボケミカル反応という)。SiC(炭化珪素)においては、摩擦によってSiとCとの結合が切られた部分が至る所に発生する。そのようなSiやCにはH2O分子 又は水酸基OHが結合する(摩擦状態が発生しているときには、常にトライボケミカル反応が発生している)。特に、Siでは水酸基OHが結合し、SiOHなどの水和物やケイ素の水酸化物が生成される。この水酸化物SiOHが摩擦の緩衝材又は潤滑物質として作用し、SiCの摩耗を低減させる。
本発明は、このようなケイ素水酸化物を、継続的に作ることができるSiC摺動部材を供給でき、機械的強度も備えた摺動材料として最適なSiC摺動部材を供給することが可能となる。その結果、冷却機構を装備しなくてもPV限界値の引き上げが可能となる。つまり、簡素な構造で高負荷のメカニカルシールの設計が可能になる。これにより、摩耗を最小に止めるメカニカルシール用密封環などの最適設計が可能となる。つまり、透水時間が10〜60分となるSiC摺動部材であるから、これによる密封環Wを有するメカニカルシールMにおける漏れ量(図6参照)が、シール面2a,4a間にトライボケミカル反応を生じさせるに適した範囲の値となっている。
PV限界とは、メカニカルシールの回転速さVと流体圧力Pとを掛け合わせたものがPV(PV値)であり、PVはエネルギーの次元を持つ。このエネルギー値PVを用いてメカニカルシールの負荷能力の目安とする。PV値が高いということは、回転速度Vが大きい、又は流体圧力Pが大きいことである。回転速度Vが大きいと単位時間当たりのすべり距離が大きくなり、摩擦による発熱量が増加して摺動部分の焼き付きが発生する。摺動面(シール面)が凝着して回転しないという不都合も生じる。いずれにしても、メカニカルシールを使用できるVとPとには限界が存在する。摺動面(摩擦面:シール面)の潤滑状態が向上すれば、上記のPとVとの限界値を引き上げることが可能となる。本発明によるSiC摺動部材によれば、摺動面(シール面)の潤滑状態を向上させることができ、従って、PV値の向上が可能となる効果を奏することができる。
〔別実施例〕
静止密封環4をSiC摺動部材製のもの(密封環Wの一例)としても良い。この場合、摺動面4aがWaに、そして、静止密封環4の符記されない外周面が外周面Wbに、また、静止密封環4の符記されない内周面が内周面Wcにそれぞれ相当する。
1 回転軸
2 回転側の密封環
2a 摺動面
3 ハウジング
4 静止側の密封環
4a 摺動面
5 弾性手段
M メカニカルシール
W 密封環
Wa 摺動面
Wb 一面
Wc 他面
r 液体

Claims (7)

  1. 回転軸と一体回転する回転側の密封環と、ハウジングに相対固定される静止側の密封環と、回転側及び静止側の各前記密封環の摺動面どうしを押付け合う弾性手段とを有して成るメカニカルシールにおける前記密封環を形成するSiC摺動部材であって、
    前記密封環が、これの一面から他面に亘る貫通気孔を有するとともに、所定の規格寸法である外径φ54mm×内径φ40.5mm×厚み6.5mmに形成されている前記密封環の表面に存在する0.5mlの液体が、湿度50%で温度25℃において、前記密封環の内部に吸収されるに要する透水時間(min)が、10〜60で規定されるSiC摺動部材。
  2. 前記単位量の液体がである請求項1に記載のSiC摺動部材。
  3. 密度(g/cm3 )が2.70〜3.05である請求項1又は2に記載のSiC摺動部材。
  4. 硬度(Hv)が1650〜2400である請求項1〜3の何れか一項に記載のSiC摺動部材。
  5. 曲げ強さ(Mpa)が330〜410である請求項1〜4の何れか一項に記載のSiC摺動部材。
  6. ヤング率(Gpa)が200〜410である請求項1〜5の何れか一項に記載のSiC摺動部材。
  7. 熱伝導率〔W/(m・k)〕が60〜154である請求項1〜6の何れか一項に記載のSiC摺動部材。
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