JP5726604B2 - 高強度ボルト用鋼 - Google Patents
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もう一つは、遅れ破壊を引き起こす水素脆化の問題である。この水素脆化は引張強度が980MPaの鋼材で生じはじめ、鋼材が高強度になるほど発生し易くなる。特にボルトについては、この水素脆化の問題を勘案して、JIS B 1186、JIS B 1051において、上限強度がF10T、F12Tに規定されている。このことからも、鋼材の高強度化に伴う水素脆化について問題視されていることがわかる。
また、高強度で耐水素脆性にも優れる材料として、マルエージング鋼が知られている。しかし、Ni含有量が15〜20質量%と高いことにより、低合金鋼と比較して圧倒的に高価である。さらに、引張強度も1500MPaを越えるような超高強度であるため、一般的に使用される引張強度が1180〜1470MPa程度の高強度部材製造用の鋼材としては用いられない。
また、Moを多量に添加することで炭化物を析出させ耐遅れ破壊特性を向上させた鋼材や、Moを添加するとともに熱処理条件を特定の範囲に限定することにより耐遅れ破壊特性を向上させた鋼材も開発されている(例えば、特許文献3、特許文献4参照)。
さらに、化学成分を調整した鋼の棒線材に対して熱間圧延する際の加熱条件、圧延温度条件、焼戻し条件を調整することで、鋼組織をオーステナイト粒度番号で10番以上に微細化した焼戻しマルテンサイト組織とし、耐遅れ破壊特性に優れたPC棒線を得る技術が知られている(例えば、特許文献5参照。)。
また、特許文献3、特許文献4に記載されている鋼材は、多数の析出物を生成させるために所定量の合金成分が必要となるとともに、Moという高価な元素を添加していることから、経済的な問題は回避できない。
さらに、特許文献5に記載されている鋼の棒線材は、PC鋼棒の製造を意図したものであるため、高強度ボルト用鋼の製造に適用しようとすると、ボルトに成形する際の冷間鍛造性に問題が生じる可能性が高い。よって、この技術を高強度ボルト用鋼にそのまま適用することはできない。
つまり、特許文献1〜5に記載されている発明は、高強度ボルト用鋼として要求される、耐食性、耐水素脆性、経済性の全てを満足させるものではない。
なお、本発明に係る高強度ボルト用鋼の前記Siは、1.0質量%以下であることが好ましい。
[高強度ボルト用鋼]
本発明に係る高強度ボルト用鋼は、C:0.15〜0.30質量%、Si:2.0質量%以下、Mn:1.5質量%以下、Cr:2.5〜5.0質量%、B:0.0005〜0.01質量%、Ti:0.1質量%以下、Al:1.0質量%以下、を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
また、本発明に係る高強度ボルト用鋼は、更に、Cu:0.3質量%以下、Ni:0.3質量%以下、N:0.002〜0.01質量%のうち少なくとも1種を含有することが好ましい。
以下に、本発明に係る高強度ボルト用鋼に含まれる各合金成分を数値限定した理由について説明する。
Cは強度を確保するために必須の元素である。0.15質量%未満では所定の強度確保が難しい。一方、0.30質量%を超えると耐食性が低下するとともに、強度が向上することに伴う、耐水素脆性の低下を引き起こしてしまう。加えて、鋼の冷間鍛造性を低下させる。
よって、Cは、0.15〜0.30質量%とする。
Siは鋼の溶製時に脱酸剤として作用するとともに、耐食性を向上させる。ただし、これらの作用は1.0質量%を超えると飽和傾向を示す。一方で0.7質量%以上のSiを添加した場合、焼き戻し時に形成されるε炭化物が鋼中における水素トラップ効果を持つため、遅れ破壊の原因となる鋼中水素を無害化し、耐遅れ破壊性を向上させる。
なお、Siを過剰に含有させると鋼の冷間鍛造性を低下させるとともに、焼入れ時の熱処理での粒界酸化を助長して対遅れ破壊特性を劣化させる。本願発明ではCrを2.5質量%以上添加することにより粒界酸化を抑制しているが、それでもSiが2.0質量%を超えると粒界酸化が顕著になる。そのため、Siの上限は2.0質量%以下とし、好ましくは1.5質量%以下、より好ましくは1.0質量%以下とする。
Mnは鋼の溶製時に脱酸剤として作用する。ただし、1.5質量%を超えると鋼の冷間鍛造性を著しく低下させる。また、1.5質量%を超えるとMnSなどの介在物を多く生成してしまうため、耐食性を悪化させるとともに、割れ起点となり水素脆化を助長してしまう。
よって、Mnは、1.5質量%以下とする。
Crは耐食性向上に有効な元素である。また、表層に濃化したり、微細炭化物を形成したりすることで水素侵入を抑制するといった、水素を強力にトラップする作用を有する。さらに、焼入れ性の向上に有効であるとともに、硬化深さを確保する上でも有用である。
また、部品によっては熱処理を行った後に切削などを行わずに熱処理スケールが付着したまま使用するものがある。このように熱処理スケールが付着している場合、Crをある程度添加すると、当該スケールにCrが濃縮する。その結果、スケールが緻密化し、耐食性が向上するとともに、腐食に伴い発生する水素の量も低減する。さらに、鋼材表面に不動態皮膜を形成し、水素の拡散侵入を阻害し、結果的に耐水素脆性も向上する。これらの効果を得るためには、2.5質量%以上の添加が必要である。しかし、5.0質量%を超えると、炭化物安定効果によって残留炭化物の生成を助長し、強度の低下をまねく恐れがある。
よって、Crは、2.5〜5.0質量%とする。
Bは粒界部に濃化して粒界強度向上に寄与する最も重要な元素である。水素脆化は主にオーステナイト粒界で発生するものであり、この粒界を強化することは耐水素脆性の向上に大きく寄与する。そのためには0.0005質量%以上の含有が必要である。しかし、これらの作用は、0.01質量%を超えると飽和傾向を示す。
よって、Bは、0.0005〜0.01質量%とする。
Tiは水素脆化の発生原因である水素をトラップする作用を有する重要な元素である。また、TiはTiNの形成によって、結晶粒を微細化することができ、これによってボルトに要求される機能である耐水素脆性の向上を図ることができる。さらに、TiがNと結合することで、BがBNを形成してBの効果が消失することを防止する。よって、TiはB添加による作用を充分発揮させるのに非常に有用である。加えて、Tiは耐食性向上作用も非常に大きい。これは、さびの中でも、塩化物環境下で生成し、鋼材の耐食性を悪化させるβ−FeOOHの成長を阻害する作用をTiが有するからである。よって、Tiは、生成さびを緻密化し、耐食性を向上させるだけでなく、さびの酸化還元による水素発生をも抑制する作用がある重要な元素である。
しかし、0.1質量%を超えて添加すると、TiNが大量に形成されて、強度や疲労強度の低下を招く。
よって、Tiは、0.1質量%以下とする。なお、前記の効果を得るために、Tiは、0.005質量%以上含有することが好ましい。
Alは鋼の溶製時に脱酸剤として作用する。また、焼入れ時のオーステナイト粒成長を抑制することから、強度の維持に有効な元素でもある。しかしながら、含有量が1.0質量%を超えて含有させても前記効果が飽和するだけでなく、製造コストの上昇を招く不利が生じるとともに、冷間鍛造性も低下する。
よって、Alは、1.0質量%以下とする。なお、Alは必ずしも含有しなくてもよいが、脱酸剤として含有させる場合には、0.01%以上であることが好ましい。
Cuは耐食性の向上に大変有効な元素である。また、耐食性を向上させることにより腐食による水素発生を抑制する効果もあるため耐水素脆性の向上についても有効である。加えて、焼入れ性の向上にも有効であり、強度を向上させることができる。しかし、0.3質量%を超えて含有すると熱延等の熱間加工時に割れが発生するおそれがある。加えて、経済的にも好ましくない。
よって、Cuは、0.3質量%以下とする。
Niは前記のCuと同様に、耐食性および耐水素脆性を向上させる作用を有する。また、焼入れ性を向上させるのに有効である。さらに、Niは炭化物の生成を抑制するため、粒界におけるフィルム状炭化物の生成を抑制し粒界強度を向上させることで、さらなる強度および耐水素脆性の向上に寄与する。ただし、Niは非常に高価な元素であり、0.3質量%を超えて添加すると鋼材の製造コストが上昇し、経済的ではない。
よって、Niは、0.3質量%以下とする。
NはAlNやTiNの形成によって結晶粒を微細化し、耐水素脆性等の向上に寄与する元素である。また、鋼材表面に存在、濃化することにより水素侵入を抑制する効果も有する。さらに、アンモニアとして溶解することで、腐食界面のpHを上昇させる作用を発揮し、耐食性および耐水素脆性を向上させる。このような作用を有効に発揮させるには、0.002質量%以上の添加が必要である。一方、Nの添加量が多すぎるとAlやTiによってNの全てを捕捉することができず、余剰のNはBNを形成し、Bによる焼入向上効果が確保できなくなる。加えて、固溶N量が増大して耐水素脆性を低下させることになる。
よって、Nは、0.002〜0.01質量%とする。
残部はFeおよび不可避的不純物からなる。この不可避的不純物としては、P、S、W、Nb、V等が挙げられ、本発明の効果を妨げない範囲で含有することが許容される。
なお、Pは粒界偏析による粒界破壊の助長をする元素であり、また、Pの濃度差が生じている箇所が腐食の起点にもなる。その結果、粒界などで水素濃度が高まり、耐水素脆性を低下させてしまう。このことから、Pを無害化するために添加量は少ない方が望ましい。よって、Pは、0.015質量%以下であることが好ましい。
また、Sは腐食発生、水素吸収を助長する元素であり、腐食環境下において腐食の起点にもなる。このことから、添加量は少ない方が、耐食性、耐水素脆性向上に望ましい。よって、Sは、0.015質量%以下であることが好ましい。
[高強度ボルト用鋼の旧オーステナイト粒径]
高強度ボルト用鋼の鋼組織の旧オーステナイト粒径(円相当径の平均)は、10μm以下であることが好ましい。旧オーステナイト粒を微細化することで、耐水素脆性を低下させる膜状炭化物の粒界での析出を抑制し、粒界強度を向上させることができるからである。また、Bなどの効果を有効に活用するためにも、粒径は10μm以下であることが望ましい。粒径が小さいほうが、一層耐水素脆性を向上させる効果がある。
次に、本発明に係る高強度ボルト用鋼の製造方法を説明する。
上述の成分を含む鋼は、転炉による溶製で製造されたものでも、真空溶製により製造されたものでも使用可能である。そして、溶製後、鋳造した鋼塊または連鋳スラブに対し、熱間圧延、酸洗、スケール除去、冷間圧延などが行われる。そして、形状制御し、所定強度を付与するために焼入れ焼戻しが施される。
このようにして得られたボルト用鋼は、高強度にもかかわらず、耐食性および耐水素脆性に優れている。
次に、高強度ボルト用鋼の評価方法について説明する。
耐水素脆性の評価方法については、特に限定されないが、定歪み試験、定荷重試験、低歪み速度試験等を採用することができる。そして、水素を鋼に侵入させる方法は、酸浸漬法、陰極チャージ法、腐食サイクル試験機を用いる方法等、いずれの方法でも構わない。なお、腐食環境での鋼中の水素吸蔵量を電気化学的に測定する方法、または、腐食環境で鋼へ侵入した水素を、鋼中透過させることにより得られる水素透過量として電気化学的に測定する方法で対応することは可能であるが、鋼は、水素の侵入と放出を繰り返しているので、ある時点での水素吸蔵量や水素透過量から水素の侵入量を推定したとしても、信頼性に欠ける。したがって、上記したような間接的な耐水素脆性の評価方法を採用することが望ましい。
耐食性評価方法については、大気暴露、酸溶液浸漬、塩水噴霧、恒温恒湿試験等、様々な評価方法を単独でまたは組み合わせて採用することができる。なお、対象となる部材の使用環境に近い条件で耐食性を評価することが好ましい。
詳細には、以下の方法により試験を実施した。
図1に示した形状の試験片に対し、アセトンにより超音波脱脂を行った。その後、SSRT(低歪み速度試験)試験装置に試験片をセットし、25℃、大気中という条件の下、クロスヘッドスピード2×10−3mm/minでSSRT試験を行い、大気中での試験片の伸びE0を測定した。
また、同形状の試験片に対し、アセトンにより超音波脱脂を行った後、ネジ部を樹脂でマスキングし、pH3に調整した30℃のHCl+5%NaCl水溶液に24時間浸漬した。その後、この水溶液中で、前記と同じクロスヘッドスピードでSSRT試験を行い、水素チャージ後の試験片の伸びE1を測定した。
耐食性試験は、耐食性測定用試験片(円柱状:φ10mm×100mm)の質量W1を測定した後、アセトンにより超音波脱脂を行い、平面部(円柱状の試験片の両底面)を樹脂でマスキングし、pH3に調整した室温のHCl+5%NaCl水溶液に48時間浸漬した。その後、樹脂マスキングと生成さびを除去し、質量W2を測定した。そして、W=(W1−W2)/W1を、腐食減量とした。腐食減量Wは1鋼種について3個の試験片を用いて測定し、その平均を算出した。
一方、表2に示すように、比較例No.1〜10は、本発明の規定するいずれかの要件を満たさないため、耐水素脆性、耐食性のいずれについても良好な結果とならなかった。
また、図3において、実施例(参考例)および比較例のCrの含有量(質量%)と耐食性試験の結果である腐食減量(W)との関係をプロットした。図3から明らかなように、破線で囲った実施例の結果と比較例の結果を明確に区分することができるとともに、実施例の腐食減量(W)は、相対評価値で全て1未満であった。
Claims (2)
- C:0.15〜0.30質量%、Si:2.0質量%以下、Mn:1.5質量%以下、Cr:2.5〜5.0質量%、B:0.0005〜0.01質量%、Ti:0.1質量%以下、Al:1.0質量%以下、N:0.0029〜0.01質量%、を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、
Cu:0.3質量%以下、Ni:0.3質量%以下のうち少なくとも1種を含有することを特徴とする高強度ボルト用鋼。 - 前記Siは、1.0質量%以下であることを特徴とする請求項1に記載の高強度ボルト用鋼。
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