以下に、本発明の穿設方法を実施するための最良の形態を説明する。なお、特に断らない限り、本明細書に記載された数値範囲「x〜y」は、下限xおよび上限yをその範囲に含む。また、その数値範囲内において、本明細書に記載した数値を任意に組み合わせることで数値範囲を構成し得る。
本発明の穿設方法は、基準軸に対して傾斜させた鍛造工具の工具軸を揺動させて素材を成形する揺動鍛造方法を用いる。使用する鍛造工具の形状に特に限定はないが、棒状で、先端部の形状が円錐形状であるのが好ましい。素材と接触する先端部の加工面が、5°以上15°以下の先端角度αをもつとよい。α<5°では、穿設に要する荷重が高くなるため好ましくない。また、α>15°では、鍛造工具にかかる曲げ荷重が大きくなり、好ましくない。なお、先端角度αは、工具軸と母線とが成す角をα’としたとき、(90−α’)°で表される。さらに好ましい先端角度αは、8°以上12°以下である。
図1に、本発明に好適な鍛造工具の一例を示す。図1に示す鍛造工具10は、円錐形状の先端部11と、先端部11の底部から延出するテーパ状の側面をもつ本体部12と、からなり工具軸Gと同軸的な棒状体である。先端部11の側面である加工面11sは、深穴の底面を成形する。加工面11sの先端角度αは、工具軸Gを鉛直方向と一致させたとき、水平方向と母線とが成す角と定義できる。また、本体部12の側面である加工面12sは、深穴の内周面を成形する。したがって、円柱形の深穴を形成するのであれば、先端部の加工面11sと本体部の加工面12sとは、軸方向の断面において略垂直であるのが好ましい。円形の深穴を成形する場合には、本体部12は先端部11に向けて拡径する円錐台状であればよいが、たとえば、図8に示すような異形の深穴を成形する場合には、深穴の形状に応じた表面形状の本体部12を備える鍛造工具10を使用する必要がある。また、本体部の加工面12sの長さによって穿設可能な深穴の深さの上限が決まる。そのため、本体部12の軸方向の長さは、先端部11の最大径の1倍以上さらには1.1〜2倍であるとよい。本体部の長さは、鍛造工具の根本部(後端部)の径が小さくなりすぎないように、先端角度αに応じて選定すべきであることは言うまでもない。
工具揺動工程は、鍛造工具を工具軸に対する回転を規制しつつ揺動させて素材の表面の一部を鍛造工具の端面により押圧する工程である。なお、基準軸の方向に特に限定はないが、鉛直方向であるのが好ましい。基準軸に対する工具軸の角度(揺動角度θ)は、一定または変化させて鍛造工具を揺動させるとよい。たとえば、揺動角度を一定に保って基準軸を中心に工具軸を旋回させると、揺動は単純な円モーションとなる。揺動角度を変化させると、その変化のさせ方に応じて、いわゆるシーソーモーション、スパイラルモーション、デージーモーションといった動きを実現することができる。これらのうちいずれの方法で工具軸を旋回させるかは、形成する深穴の形状に応じて選択すればよい。しかし、いずれの旋回方法においても、最大の揺動角度θを5°以上15°以下に収めるとよい。θ<5°では、一般的な従来の揺動鍛造と同程度であるため、深穴を効率よく穿設することができず望ましくない。また、θ>15°では、鍛造装置に鍛造工具を固定する工具保持手段にかかるラジアル荷重が大きくなるため望ましくない。なお、鍛造工具の先端部が先端角度αの円錐形状である場合には、揺動角度θと先端角度αとがほぼ等しくなるようにするとよい。
また、工具の旋回速度は、素材の材質に応じて適宜選定するのが望ましいが、1秒当たりの回転数で0.1〜20rpsさらには1〜10rpsとするとよい。なお、いずれの旋回方法においても1回転は、工具軸(鍛造工具)が基準軸の周りで一回公転して元の位置に戻るまでとする。
工具揺動工程では、鍛造工具の工具軸に対する回転(つまり鍛造工具の自転)を規制した状態で、鍛造工具の揺動が行われる。鍛造工具の自転を規制することができる手段を有する揺動鍛造装置(後述)を使用すればよい。
工具送り工程は、揺動成形工程と協調して揺動点を移動させる工程である。揺動点は、基準軸と工具軸とが交差する点である。先端部が円錐形状である鍛造工具において、通常、揺動点は円錐の頂点(図1のP)である。本発明の穿設方法において基準軸は、形成される深穴の中心軸と一致させるため、揺動点が基準軸に沿って相対移動することで、鍛造工具は穴の深さ方向に移動する。揺動点を基準軸に沿って移動させる方法としては、鍛造工具および/または素材を基準軸に沿って移動させるとよい。
工具送り工程は、素材の表面から深穴の最大径の3分の1以上、2分の1以上さらには深穴の最大径以上まで揺動点を移動させる工程であるのが望ましい。なお、「深穴の最大径」は、前記鍛造工具の寸法から算出される値であって外接円の直径を用いる。このとき、素材の途中で工具送りを停止して有底形状の深穴を形成してもよいし、素材を貫通するまで工具を送って貫通孔を形成してもよい。いずれの場合も穿設される深穴は、深穴の最大径の2分の1以上にするとよい。
本発明の穿設方法は、工具送り工程の後行われ、該工具送り工程で素材に形成された深穴の底面と背向する該素材の外面に対して該深穴と同軸的に穿設を行う第二工具送り工程を含んでもよい。具体的には、第二工具送り工程は、素材に対して一旦深穴を形成した後、素材に対する揺動点の移動方向が逆方向となるように素材を反転させて再び穿設を行うとよい。後に説明する変形規制手段を用いない場合に、先に行う工具送り工程により素材の外形が不均一に変形しても、第二工具送り工程により全体の変形が緩和されて、均一な外形が得られる。また、第二工具送り工程を経た素材には、共通の底部を有する二つの有底穴が形成されるが、第二工具送り工程にて揺動点の移動距離を調整することにより、底部の形成位置を調整することが可能となる。
また、工具送り工程は、素材を挟んで鍛造工具と対向し、基準軸と同軸的に配置され該素材が載置されたカウンタパンチを用いて二方向から深穴の穿設を同時に行う工程であってもよい。後に説明する変形規制手段を用いない場合であっても、鍛造工具による塑性変形に伴う素材の外形の変形と、カウンタパンチによる塑性変形に伴う素材の外形の変形と、が同時に生じることで均一な外形が得られる。また、素材に共通の底部を有する二つの有底穴が形成されるが、カウンタパンチを使用することで、底部を極めて薄く(1mm以下)成形することができる。穴抜き加工などを用いて底部を除去して貫通穴を形成する場合には、肉薄の底部が形成できる本方法は、有利である。
なお、カウンタパンチは、前述の第二工具送り工程にて使用することも可能である。たとえば、先の工具送り工程で形成された深穴にカウンタパンチを挿入した状態で第二工具送り工程を行うことで、第二工具送り工程にて先に形成された深穴をさらにカウンタパンチで深く穿設することができる。
第二工具送り工程を行ったり、カウンタパンチを用いたりする方法は、たとえば、鍛造工具が短く、加工できる穴の深さに制限がある場合に好適である。このような方法は、加工後に底部が残るものの、底部を除去すれば、鍛造工具で形成可能な深穴の深さ以上の貫通穴が得られる。
また、本発明の穿設方法により深穴を形成される素材の材質や形状に特に限定はない。材質については、通常の鍛造に使用される金属材料などからなればよい。形状について規定するのであれば、本発明の穿設方法による断面減少率が90%以下、80%以下さらには70%以下、60%以下、50%以下となるような形状および寸法の素材を用いるとよい。断面減少率は、素材の穿設される表面(被加工面)において、穿設前の表面積(mm2)に対する深穴の開口面積(mm2)の割合と規定する。鍛造工具は被加工面の一部を押圧するため、被加工面の面積は、鍛造工具の加工面の面積よりも広いとよい。
本発明の穿設方法において、素材の固定方法について特に限定はない。したがって、素材をほとんど固定することなく自由鍛造を行ってもよいし、素材の変形を規制できるように素材を固定して型鍛造を行ってもよい。
自由鍛造を行うのであれば、鍛造工具の加工面と素材の被加工面とを対向させて素材を装置に配置できれば、工具揺動工程および工具送り工程において素材を特に固定する必要はなく、例えば装置に備えられたステージに載置するのみであってもよい。ただし、鍛造工具の揺動に伴い素材の位置が移動してしまうと加工痕が生じやすくなるので、軽量で小型の素材であれば、工具揺動工程および工具送り工程において素材が移動しないようにするとよい。
一方、変形規制手段を用いた型鍛造を行ってもよい。たとえば、工具揺動工程および工具送り工程(第二工具送り工程も含む)において、少なくとも基準軸に対して垂直方向への素材の変形を規制する変形規制手段を用いてもよい。変形規制手段により、少なくとも基準軸に対して垂直方向への材料の塑性流動が抑制される。変形規制手段は、断面減少率が30%以上である場合に用いると効果的である。具体的には、変形規制手段は、素材の外形に応じたキャビティを有し素材の全体を収容する変形規制型であるとよい。また、素材の形状が棒状である場合には、少なくとも一端部を固定する固定部材により、長手方向に垂直方向に深穴を形成するに伴って生じる素材の屈曲または長手方向への伸びなどの変形を防止するとよい。さらに、カウンタパンチを使用する場合には、カウンタパンチの後方へ押し出される材料の流動量を規制する軸方向変形規制手段を使用してもよい。
工具送り工程における鍛造工具の望ましい送り条件は、塑性流動による材料の流動量(塑性流動割合)により規定することができる。塑性流動割合は、深穴の最大径(mm)に対する工具揺動工程における鍛造工具の揺動1回(円モーションであれば1周)当たりの素材に形成される深穴の深さ(mm)の割合(%)で表される。ここで、「深穴の最大径」とは、径方向断面における外接円の直径である。鍛造工具の揺動は、前述の通り鍛造工具が公転して元の位置に戻ったら、「揺動1回」とする。また、「素材に形成される深穴の深さ」とは、元の素材の基準軸方向の長さと深穴が穿設された加工後の素材の基準軸方向の長さとの差に鍛造工具の送り量を足した値である。加工後の素材の基準軸方向の長さは均一ではないが、複数箇所で測定した長さ(たとえば最大値と最小値)の平均値を採用する。深穴の深さを図22に示す。
上記の変形規制手段を用いるのであれば、以上のように算出される塑性流動割合が、3%以上16.5%以下さらには4%以上12%以下であるのが望ましい。塑性流動割合が3%未満であっても加工痕は抑制されるものの、前回(N回目)の揺動により塑性流動した材料が次回(N+1回目)の揺動により再度塑性流動することで深穴の内周面に材料の重なり合いが生じて内周面が隆起するため望ましくない。塑性流動割合が16.5%以下、15%以下さらには12%以下であれば、鍛造工具が深穴の内周面に接触して生じる筋模様の発生を抑制できるため望ましい。
なお、送り速度を具体的に規定するのであれば、最大径(直径)が15〜20mmの円柱状の深穴を穿設する場合に、上記断面減少率が30〜70%であれば、鍛造工具の揺動1回当たりの鍛造工具の送り量で0.1〜2mm/回、0.15〜2mm/回、0.3〜1.5mm/回さらには0.4〜1.3mm/回とするのがよい。
一方、変形規制手段を用いずに自由鍛造を行う場合には、以上のように算出される塑性流動割合が、0.3%以上11%以下さらには0.5%以上5%以下であるのが望ましい。望ましい塑性流動割合が上記の範囲と異なるのは、自由鍛造では、素材に鍛造工具が押し込まれるときに押し込み方向と直角方向にも材料が流動するためである。したがって、自由鍛造では、塑性流動割合を2%未満にしても深穴の内周面に材料の重なり合いが生じない。しかし、塑性流動割合が0.3%未満では、加工の効率が悪くなるため望ましくない。塑性流動割合が11%以下さらには5%以下であれば、加工に要する荷重を低減できるとともに加工による素材の外形の変形をも抑制できるため望ましい。
自由鍛造における送り速度を上記の塑性流動割合に基づき具体的に規定するのであれば、最大径(直径)が15〜20mmの円柱状の深穴を穿設する場合に、上記断面減少率が30〜70%であれば、鍛造工具の揺動1回当たりの鍛造工具の送り量で0.05〜2mm/回さらには0.1〜1mm/回とするのがよい。
本発明の穿設方法には、従来の揺動鍛造装置を用いることができる。ただし、鍛造工具の形状は、既に説明した通りである。また、揺動工具の自転を規制する手段として、たとえば、特許文献2などに記載の回転止め機構のような部材を備える必要があるが、その構成に特に限定はない。
以上説明した本発明の穿設方法は、これまでの穿設方法の代用となりえ、また、従来の鍛造装置を一部変更して使用することも可能であるため、幅広い分野での利用が期待される。特に、本発明の穿設方法は、コネクティングロッド(コンロッド)、ブレーキシリンダ、等速ジョイント(CVJ)等の穴付部を有する部品の製造に好適な製造方法である。そのため、具体的な深穴の大きさは、コンロッドの小端部であれば直径が20〜50mm程度の円形貫通穴、ブレーキシリンダであれば直径が15〜40mm程度の有底円形穴、CVJの外輪であれば最大径が50〜100mm程度の有底異形穴、を想定している。これらの深穴は、有底穴であっても貫通穴であっても、その深さは最大径(直径)の半分以上であって、従来は揺動鍛造で加工されることはなかった寸法の穴である。
以上、本発明の穿設方法の実施形態を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
以下に、本発明の穿設方法の実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。はじめに、穿設に用いた揺動鍛造装置を図1〜図3を用いて説明する。
<揺動鍛造装置>
揺動鍛造装置は、鍛造工具10、素材保持手段20、工具揺動手段30、回転規制手段40および工具送り手段50を備える。
鍛造工具10は、先端部11が直径18mmの底面(最大径部)をもつ円錐形状(先端角度α=10°)の棒状体である。鍛造工具10の後端部側は、工具揺動手段30に固定されている。なお、以下の実施例等では、穿設する深穴の形状に応じて、二種類の鍛造工具を使用した。一つは、先端部11の底部から延出するテーパ状の側面をもつ本体部12を備える円形穴加工用の鍛造工具10である。もう一つは、本体部12のかわりに、側面に凹凸を設けた凹凸成形面12s’をもつ本体部12’を備える異形穴加工用の鍛造工具10’である。円形穴加工用の鍛造工具10を図1、異形穴加工用の鍛造工具10’を図3に、それぞれ示す。なお、図3の下図は、鍛造工具10’を先端部から工具軸G方向に平面視した下面図である。鍛造工具10と鍛造工具10’との違いは、本体部のみである。鍛造工具10の本体部12は円錐台、鍛造工具10’の本体部12’は径方向の断面形状が異形穴の断面形状と揺動成形時に同一形状となるように円錐台の外周部に対して切削加工を施したものである。そのため、鍛造工具10’を先端より加工軸方向に平面視すると、異形穴の断面形状とほぼ相似形となる(図3下図)。なお、深穴の最大径を鍛造工具の寸法から計算すると、鍛造工具10は18.3mm、鍛造工具10’は17mm、であった。
素材保持手段20は、素材Wを載置するステージ21を備える。ステージ21は、鍛造工具10(または10’)の下方に位置する。ステージ21には、必要に応じて、型鍛造用の金型22および/またはカウンタパンチ23が配設される。型鍛造を行う場合には、素材Wは金型22に収容される。なお、金型22は、後述の円柱形状の素材の加工時のみ使用する。そのため、金型22のキャビティは、素材の外径に応じた直径をもつ円柱状の貫通穴の内周面と貫通穴の一端を閉塞するステージ21の表面とで区画される。金型22の高さは、加工後の素材の寸法変化を見越して、30mmとした。また、カウンタパンチ23を使用する場合には、金型22の有無に関わらず、ステージ21にカウンタパンチ23を載置して、さらにカウンタパンチ23に素材Wを載置する。
工具揺動手段30は、揺動点P(先端部11の頂点)を中心に基準軸Cに対して傾斜させた鍛造工具10(または10’)の工具軸Gを揺動させることで、鍛造工具10を揺動させる。なお、本揺動鍛造装置において、基準軸Cは、揺動鍛造装置の中心軸M、さらには鉛直方向と一致する。揺動成形手段30は、鍛造工具10を回転不可に保持する第一工具保持部材31、第一工具保持部材31(および鍛造工具10)を工具軸Gに対して回転可能に保持する第二工具保持部材32、鍛造工具10の工具軸Gを中心軸Mに対して傾斜(揺動角度θ=10°で固定)させて装置本体に固定するとともに駆動軸34の回転を第二工具保持部材32に伝達する工具回転固定部材33、を備える。中心軸Mを中心に駆動軸34を回転させることで、工具回転固定部材33とともに第二工具保持部材32が回転する。このとき、工具軸Gは中心軸Mに対して傾斜しているため、揺動工具10は基準軸Cを中心に公転して揺動する。
回転規制手段40は、第一工具保持手段31が第二工具保持手段32に対して回転することで、第一工具保持手段31に固定された鍛造工具10が自転するのを規制する。回転規制手段40は、第一工具保持手段31に固定されたアーム41を備える。アーム41は、その両端がアーム41の傾斜に伴う上下動が可能となるように装置本体に保持される(図示せず)。つまり、アーム41は、工具軸Gに対して回転することなく、鍛造工具10の揺動に応じて傾斜して両端が上下動する。つまり、アーム41に固定された第一工具保持手段31はアーム41により回転不可となり、第一工具保持手段31に固定された鍛造工具10も自転できないように回転が規制される。
工具送り手段50は、素材保持手段20(ステージ21)を移動させる駆動手段である(図示せず)。工具送り手段50は、基準軸Cに沿ってステージ21を移動させる手段である。すなわち、工具送り手段50は、ステージ21を鉛直方向に上下動させて鍛造工具10とステージ21(素材W)との間隔を広狭させる手段である。
鍛造工具10(または10’)を揺動させつつステージ21を鉛直方向上方に移動させることで、工具が素材Wに押し込まれて深穴が穿設される。なお、図2の下図は、鍛造工具10を先端側から平面視した平面図である。素材Wの被加工面と当接する加工面11sにおいて、素材Wを加工する際の接触範囲は、Sで示される範囲である。円モーションにより鍛造工具10を揺動させると、Sで示す範囲が加工面11sを周方向に移動しつつ鉛直方向下方に移動するため、素材Wに深穴が形成される。
以下の実施例では、上記の揺動鍛造装置を用い、表1に示す種々の形状の素材(アルミニウム合金(A1050−O)製)に深穴を穿設した。また、比較例として、回転規制手段40を取り外して、つまり鍛造工具10(または10’)の自転を規制せずに、素材に深穴を穿設した。また、比較例として、揺動角度をθ=0°、つまり鍛造工具10を揺動させずに揺動工具を素材に押し込んで深穴を穿設した。
なお、表1において「断面減少率」は、加工前の素材の被加工面の面積に対する深穴の開口面積とした。素材の被加工面とは、深穴が穿設される面である。以下の実施例では、円柱形状の素材であれば一端面の円の面積、角材であれば50mm×50mmである。深穴の開口面積は、鍛造工具10を用いて形成される円形の深穴の半径を9mmとして計算した。穿設される深穴が異形穴である場合には、端面減少率は下記の値よりも数%小さくなる。
<実施例1>
素材#11に対して円形(φ18mm)の深穴を、以下の条件で穿設した。
上記の揺動鍛造装置(図2)において、回転規制手段40により自転を規制された鍛造工具10を用い、鍛造工具10を揺動角度θ=10°、1rpsで揺動させた。また、素材Wを金型22に収容して、変形により素材の外径がφ22mmよりも大きくならないように拘束した。そして、鍛造工具10を揺動させながら金型に収容された素材を載置したステージを所定の速度で中心軸M(基準軸C)に沿って上方に移動させ、深穴を穿設した。素材の移動速度(工具押込速度)Vは、0.3mm/秒、0.6mm/秒または1.5mm/秒(つまり鍛造工具10の公転一回当たりの工具押込量は0.3mm/回、0.6mm/回または1.5mm/回)とし、鍛造工具の圧下量が表1に示した値(6.5mm)となるまで移動させた。素材と揺動工具10との接触面には、潤滑油を供給した。
深穴を穿設後の素材を図4〜図6に示した。また、成形された深穴の寸法、塑性流動割合の算出結果および工具の押し込みに要した荷重を表3に示した。なお、表3に記載の深穴の寸法は、径方向断面における外接円の直径(深穴の最大径)、および深穴の底面からの平均長さ(深穴の深さ)、である。また、塑性流動割合は、深穴の加工に要した鍛造工具の公転回転数(つまり、工具圧下量/V)で深穴の深さを除した値を算出し、深穴の最大径に対する割合を計算した。たとえば本実施例において、工具押込量が0.3mm/回の場合、20/(6.5/0.3)/18≒0.05(5%)となる。なお、深穴の最大径として鍛造工具の寸法から計算した値(この場合18.3mm)を用いても、得られる塑性流動割合の値は誤差範囲である。
図4〜図6では、いずれの深穴の内周面にも、次の比較例1で生じるような深い螺旋痕は見られなかった。しかし、工具押込速度が速くなる、すなわち塑性流動割合が高くなるほど、螺旋状の筋模様が多く見られるようになった。しかし、筋模様があっても、内周面はほとんど平坦であった。
<比較例1>
回転規制手段40を用いず鍛造工具10を自転可能とした他は、実施例1と同様にして、素材#11に対して深穴を穿設した。工具押込速度を0.6mm/回としたときの結果を図7に示した。なお、図7の右図は、深穴穿設後に素材を軸方向に沿って切断した断面を観察した結果である。
深穴の内周面には、内周面に垂直方向に対して0.1〜0.2mm程度の深さで螺旋状に延びる螺旋痕が発生していた。また、この螺旋痕は、工具押込速度を変更しても抑制されることはなかった。
<実施例2>
素材#11〜#13のいずれかに対して異形(φ17mm)の深穴を、以下の条件で穿設した。
上記の揺動鍛造装置(図2)において、回転規制手段40により自転を規制された鍛造工具10’を用い、鍛造工具10’を揺動角度θ=10°、1rpsで揺動させた。また、素材Wを金型22に収容して、素材の外径が加工前後で変化しないように素材を拘束した。そして、金型に収容された素材を載置したステージを所定の速度で中心軸M(基準軸C)に沿って上方に移動させ、深穴の穿設を行った。工具押込速度Vは、0.15〜2mm/秒(つまり鍛造工具10の公転一回当たりの工具押込量は0.15〜2mm/回)とし、鍛造工具の圧下量が表1に示した値となるまで移動させた。
異形穴の形状および最大径の測定方法を、図8を用いて説明する。図8は、異形穴を穿設された加工後の素材の上面図および断面図である。異形穴は、曲率半径が4mmの3つの曲面をφ14mmの円に対して3等配してなる三回対称の断面形状をもつ。つまり、異形穴の外接円の直径はφ17mm(最大径)であって、外接円から曲面までの最大間隔は1.5mmであった。
深穴を穿設した加工後の素材#13を図9に示した。また、成形された深穴の寸法、塑性流動割合の算出結果および工具の押し込みに要した荷重を表3に示した。なお、深穴の寸法および塑性流動割合は、前述のとおりである。
図9では、いずれの深穴の内周面にも螺旋痕は見られなかった。しかし、工具押込速度が遅すぎると、内周面に材料が重なり合って形成された隆起が見られた。また、工具押込速度が速くなると、螺旋状の筋模様が多く見られるようになった。内周面に隆起や筋模様があっても、螺旋痕の様な大きな凹凸ではなく、内周面は滑らかであった。
実施例2の条件で形成された深穴の内周面の状態を、工具押込速度Vに対して評価した。表2に、評価結果を示した。表の記号は、◎:内周面が滑らかで加工痕が観察されなかった、○:滑らかな内周面であったが部分的に筋模様または表面の隆起が観察された、△:筋模様または表面の隆起は観察されたが比較的滑らかな内周面であった、をそれぞれ示す。○および◎の条件は、塑性流動割合が3.1〜16.1%であった。さらに、◎の条件は、塑性流動割合が4.4〜12%であった。
<比較例2>
回転規制手段40を用いず鍛造工具10’を自転可能とした他は、実施例2と同様にして、素材#11に対して異形の深穴を穿設した。工具押込速度を0.6mm/回としたときの結果を図10に示した。深穴は、その内周面に螺旋痕が観察されたり穴形状が崩れたりした。また、この螺旋痕は、工具押込速度を変更しても抑制されなかった。
なお、比較例2の穿設方法において鍛造工具10’の自転を規制して穿設を行った後の素材(実施例2に相当)を図11に示した。螺旋痕はもちろん観察されず、深穴の内周面は滑らかであった。
<参考例>
揺動鍛造により穿設される深穴の精度を評価するために、揺動角度θ=10°(揺動あり)とθ=0°(揺動なし)との二種類の条件で、素材#11、#12または#13に対して深穴を穿設した。θを変更する以外は、比較例1と同様にして穿設を行った。
深穴が形成された素材について、(1)深穴の真円度、および(2)素材の外周に対する深穴の振れ、を評価した。真円度および振れの測定は、JIS B 0621に準拠し、深穴の深さ方向の底面(下)、開口端(上)および両者の中央(中)の三箇所にて行った。結果を図12に示した。なお、図12においてRで示す値は、断面減少率(表1を参照)である。鍛造工具を揺動させて穿設を行っても、深穴の精度が大きく低下することはないことがわかった。
<実施例3>
#13の素材を用い工具押込速度を0.6mm/回とした他は、実施例1と同様にして深穴を穿設した。結果を図13に示した。滑らかな内周面をもつ深穴が形成された。
また、成形された深穴の寸法、塑性流動割合の算出結果および工具の押し込みに要した荷重を表3に示した。本実施例によれば、塑性流動割合を4.7%で穿設を行ったことで、深穴の内周面に発生する加工痕を低減できた。
<実施例4>
素材#11、#12、#13または#21のいずれかに対して円形(φ18mm)または異形(φ17mm)の深穴を穿設した。深穴の穿設は、金型22を用いず自由鍛造とした他は、実施例1または実施例2と同様にして行った。
図14に工具押込速度Vを0.6mm/回として円形穴を穿設した素材#13、図15に工具押込速度Vを0.6mm/回として円形穴を穿設した素材#21、図16に工具押込速度Vを0.6mm/回として異形穴を穿設した素材#21、をそれぞれ示した。また、成形された深穴の寸法、塑性流動割合の算出結果および工具の押し込みに要した荷重を表3に示した。
素材#21に関しては、穿設による断面減少率が10%で低かったため、素材の外形はほとんど変化しなかった(図15および図16)。素材#13に関しては、穿設による断面減少率が30%であり、素材の外形はφ33mmからφ36.5mmまで変化した(図14)。
また、図14〜図16に示すように、実施例4の全ての素材において形成された深穴の内周面は滑らかであった。これらの穿設方法における塑性流動割合は、0.8〜4.6%であり、金型を用いた型鍛造(実施例1〜3)とは異なる範囲であった。
なお、自由鍛造による穿設では、径方向へ材料が流動し易いため、型鍛造と比較して加工痕が形成されにくいことがわかった。つまり、自由鍛造による穿設では、加工中に鍛造工具を自転できないように規制するだけでも、効果的に深穴の内周面に発生する加工痕が低減されたと言える。
<比較例3>
鍛造工具10の揺動角度θを0°(つまり揺動なし)とした他は、実施例4と同様にして、素材#11、#12、#13または#21のいずれかに円形(φ18mm)の深穴を穿設した。工具押込速度Vは、0.6mm/秒とした。
図17に工具押込速度Vを0.6mm/秒として円形穴を穿設した素材#13、図18に工具押込速度Vを0.6mm/秒として円形穴を穿設した素材#21、をそれぞれ示した。いずれの素材においても、開口端周辺が深穴に向かって大きく陥没した。また、比較的加工度が高い素材#13(断面減少率30%)に関しては、素材の外形が大きく変形し、その変形の割合は、底部に向かうほど顕著であった。
<自由鍛造を用いた穿設における素材の外形の変化について>
自由鍛造により、加工前後で素材の形状がどの程度変化したかを調べた。実施例4または比較例3の穿設方法により深穴を穿設した後の素材について、素材の外径および高さについて最大値と最小値との差を算出し、それぞれ、外周半径差および高さ変化量とした。測定は、実施例4において工具押込量を0.15mm/回または0.6mm/回として円形穴を穿設した各素材、実施例4において工具押込量を0.6mm/回として異形穴を穿設した各素材、および比較例3において0.6mm/回として穿設した各素材に対して行った。外周半径差を図19、高さ変化量を図20、にそれぞれ示した。
いずれのグラフからも、工具を揺動させずに押し込むよりも、揺動鍛造により深穴を穿設する方が、外形寸法をより均一に加工できることが明らかであった。また、工具押込量が少ない方が、外形への影響を低減させられた。ただし、外形の寸法を規定するには素材の変形を規制する金型を用いて工具押込速度を望ましい塑性流動割合となるように選定すればよい。
金型を用いない自由鍛造では、加工の際に材料が主に径方向に流動して素材の外径が拡大するため、深さ方向の増大が少ない。そこで、深い穴を穿設するためには、素材の長さをより長くする、断面減少率を小さくする、などして外径の拡大を生じにくくすると効果的である。このようにして、自由鍛造でも最大径以上の深さの深穴を穿設できることが確認できた。具体的には、工具押込量0.05〜2mm/回の範囲で、0.3〜11%の塑性流動割合にした穿設が可能であることを確認した。
<穿設に要する成形荷重について>
図21に円形穴穿設時の成形荷重を示した。鍛造工具を揺動させることで、揺動なしで深穴を穿設するよりも3分の1程度まで荷重が低減した。
揺動鍛造により穿設を行う場合には、金型を用いずに自由鍛造すると、金型を用いた場合と比較して半分程度の荷重で穿設が可能となった。さらに、押込速度を0.15mm/回とすれば、さらに荷重を低減させることができた。その結果、揺動鍛造を用いた穿設方法により深穴の穿設を行った場合、鍛造工具への荷重負荷が低減でき、焼付きや素材の付着が抑制された。具体的には、実施例の条件の下で円形穴の成形を行ったところ、50個のアルミニウム合金素材に穿設を行っても、工具への材料の付着は生じなかった。一方、比較例に記載のように鍛造工具を揺動させずに押し込むだけでは、素材を1個成形したのみでもアルミニウム合金が鍛造工具に強固に付着して焼きつく場合もあった。
<実施例5>
素材#15、#16および#17に対して円形の深穴を、以下の条件で穿設した。
上記の揺動鍛造装置(図2)において、回転規制手段40により自転を規制された鍛造工具10を用い、鍛造工具10を揺動角度θ=10°、1rpsで揺動させた。そして、金型22に収容された素材を直接載置したステージを所定の速度で中心軸M(基準軸C)に沿って上方に移動させ、深穴の穿設を行った。金型22のキャビティ内周面の寸法は、いずれの素材の加工においてもφ26mmのものを用いた。このとき、素材および金型22の中心軸を、基準軸Cと一致させた。工具押込速度Vは、0.15mm/秒(つまり鍛造工具10の公転一回当たりの工具押込量は0.15mm/回)とし、鍛造工具の圧下量が表1に示した値となるまで移動させた。深穴を穿設した加工後の素材を図23に示した。
いずれの素材においても、直径約18mmの内径をもつ深穴が形成された。また、いずれの素材の加工においてもキャビティの形状が同じ金型を使用したことで、どの素材も外径がφ26mmで均一となった。さらに、いずれの素材においても、底部の厚さを1mmまで薄くすることができた。それぞれの素材について、深穴の深さおよび加工後の高さを測定した。結果を図23に示した。なお、前述の定義と同様に、深穴の内径は径方向断面における外接円の直径に等しく、深穴の深さは深穴の底面からの平均長さであり、以降同様である。
3つの素材の寸法は異なるが、体積に大きな差はないため、加工後の形状は、ほぼ同一となった。ただし、素材の外径と金型の内径との差が大きくなると、開口端部に、外側から内側へ向けて高さが低くなるテーパ面が形成されやすくなることがわかった。したがって、基準軸Cに対して垂直方向への変形を規制する変形規制手段を使用する際には、素材と変形規制手段との対向面間隔を1.5mm以下さらには1mm以下にすることで、テーパ面の形成を抑制できることがわかった。
<実施例6−1>
素材#14に対して円形の深穴を、以下の条件で穿設した。
上記の揺動鍛造装置(図2)において、回転規制手段40により自転を規制された鍛造工具10を用い、鍛造工具10を揺動角度θ=10°、1rpsで揺動させた。素材をステージに直接載置した状態で、ステージを所定の速度で中心軸M(基準軸C)に沿って上方に移動させ、深穴の穿設を行った。金型22は使用しなかった。工具押込速度Vは、0.15mm/秒(つまり鍛造工具10の公転一回当たりの工具押込量は0.15mm/回)とし、鍛造工具の圧下量が6mmとなるまで移動させた。
次に、ステージを下方に移動させ、その後、素材#14を上下反転させた。このとき、先の穿設において形成された深穴の中心と中心軸Mとが一致するようにした。この状態で、再度ステージを所定の速度Vで中心軸Mに沿って上方に移動させ、深穴の穿設を行った。穿設は、先の穿設で形成された底面がステージの表面に当接するまで行った。
深穴の内径および穿設後の素材の外径を測定した。内径は、軸方向に沿ってほぼ均一で、φ18.2mmであった。本実施例は、金型を用いない自由鍛造であったが、外径はφ30.0〜30.9mmであって、均一な外形であった。つまり、上下反転させて穿設を行うことで、初回の加工で生じた外形の変形が緩和され、均一な外形となることがわかった。
<実施例6−2>
素材として、コンロッドを想定したさお付き形状素材#31を準備した。素材#31の形状を図24に示した。素材#31は、円形部31aおよび円形部31aの側面から径方向に延出するさお部31bからなる。この素材#31に、円形の深穴を穿設した。
上記の揺動鍛造装置(図2)において、回転規制手段40により自転を規制された鍛造工具10を用い、鍛造工具10を揺動角度θ=10°、1rpsで揺動させた。円形部31aの中心線と中心軸Mとが一致するように素材をステージに直接載置した状態で、ステージを所定の速度で中心軸M(基準軸C)に沿って上方に移動させ、深穴の穿設を行った。金型22は使用しなかった。工具押込速度Vは、0.15mm/秒(つまり鍛造工具10の公転一回当たりの工具押込量は0.15mm/回)とし、鍛造工具の圧下量が5.5mmとなるまで移動させた。
次に、ステージを下方に移動させ、その後、素材#14を上下反転させてステージに再び載置した。このとき、さお部31bには一回目の加工の影響でそりが生じていたが、円形部31a側をスペーサーに載置した状態とし、先の穿設において形成された深穴の中心線と中心軸Mとが一致するようにステージに載置した。この状態で、再度ステージを所定の速度Vで中心軸Mに沿って上方に移動させ、深穴の穿設を行った。穿設は、鍛造工具の圧下量が4.5mm(つまり底部の厚さが2mm)となるまでステージを移動させた。
二回の穿設後、形成された二つの深穴の内径および加工後の素材の外径を測定した。一回目(素材反転前)に形成された深穴の内径(最大径;以下同様)はφ21.5mmで深さ(平均値;以下同様)が2mmであった(図25の下図)。また、二回目(素材反転後)に形成された深穴の内径はφ18.3mmで深さが4mmであった(図25の上図)。一回目に形成された深穴の内径が大きいのは、二回目の穿設において底部が押し込まれるに伴って下部の穴径が拡大したからであると考えられる。鍛造工具の圧下量に比べて形成された穴の深さが小さいのは、鍛造工具の圧下により圧下方向と半径方向への材料流れが大きく生じて、素材の高さが減少(12mm→10.5mm)したためである。また、外径はφ28.1〜29.5mmであった。さらに、加工後の素材を平坦面上に置いても、素材と平坦面との間に隙間はほとんど生じなかった。上下反転させる前の素材では、さお部にそりが生じていたことから、反転させて穿設を行うことで、さお部のそりが緩和されることがわかった。
<実施例7−1>
素材#14に対して円形の深穴を、以下の条件で穿設した。
上記の揺動鍛造装置(図2)において、回転規制手段40により自転を規制された鍛造工具10を用い、鍛造工具10を揺動角度θ=10°、1rpsで揺動させた。ステージの上にφ18.5mm×10mmの円柱形状のカウンタパンチ23(高さはステージ表面からパンチ端面までの距離に相当)を載置し、さらにその上に素材#14を載置した状態で、ステージを所定の速度で中心軸M(基準軸C)に沿って上方に移動させ、深穴の穿設を行った。金型22は使用しなかった。このとき、素材#14およびカウンタパンチ23の中心軸を、基準軸Cと一致させた。工具押込速度Vは、0.15mm/秒(つまり鍛造工具10の公転一回当たりの工具押込量は0.15mm/回)とし、鍛造工具の圧下量が10mmとなるまで移動させた。深穴を穿設した加工後の素材#14を図26に示した。
深穴の内径および穿設後の素材の外径を測定した。鍛造工具10により形成された深穴の内径はφ18.3mmで深さが8mmであった(図26の左上図)。また、カウンタパンチにより形成された深穴の内径はφ17.6mmで深さが1.5mmで押し込みが浅かった(図26の左下図)。また、外径はφ29.8〜34.1mmであり、比較的均一な外形であった。
また、カウンタパンチを用いた場合の効果を確認するために、カウンタパンチを用いずに上記と同様の手順で穿設を行った。深穴を穿設した加工後の素材#14を図26(右図)に示した。
深穴の内径および穿設後の素材の外径を測定した。鍛造工具10により形成された深穴の内径はφ18.3mmで深さが12mmであった(図26の右上図)。また、外径はφ27.8〜34.4mmであり、カウンタパンチを使用したものよりも外径の差が大きかった。さらに、図26の右下図からわかるように、底部が大きく隆起した。
<実施例7−2>
素材#15、#16および#17に対して円形の深穴を、以下の条件で穿設した。
上記の揺動鍛造装置(図2)において、回転規制手段40により自転を規制された鍛造工具10を用い、鍛造工具10を揺動角度θ=10°、1rpsで揺動させた。そして、φ18.5mm×10mmの円柱形状のカウンタパンチ23に載置された状態で金型22に収容された素材を載置したステージを所定の速度で中心軸M(基準軸C)に沿って上方に移動させ、深穴の穿設を行った。金型22の内周面の寸法は、いずれの素材の加工においてもφ26mmのものを用いた。このとき、素材、金型22およびカウンタパンチ23の中心軸を、基準軸Cと一致させた。工具押込速度Vは、0.15mm/秒(つまり鍛造工具10の公転一回当たりの工具押込量は0.15mm/回)とし、鍛造工具の圧下量が表1に示した値となるまで移動させた。深穴を穿設した加工後の素材を図27に示した。
いずれの素材においても、直径約18mmの内径をもつ深穴が形成され、外径がφ26mmで均一となった。さらに、いずれの素材においても、底部の厚さを1mmまで薄くすることができ、さらなる薄肉化も可能であることを確認した(0.5mm程度まで)。また、それぞれの素材について、深穴の深さを測定した。結果を図27に示した。カウンタパンチを使用したことで、底部を下面から4.5mm程度の位置に形成することができた。なお、本実施例では、10mmの高さのカウンタパンチを使用したが、カウンタパンチの高さを低くすることで、カウンタパンチにより形成される穴の深さを浅く規制することができる。したがって、カウンタパンチの高さに応じて、任意の位置に底部を形成することができる。
<実施例7−3>
素材として、コンロッドを想定したさお付き形状素材#32を準備した。素材#32は、素材#31において、円形部31aの外径をφ26mmとしたものである。この素材#32に、以下の条件で円形の深穴の穿設を行った。
上記の揺動鍛造装置(図2)において、回転規制手段40により自転を規制された鍛造工具10を用い、鍛造工具10を揺動角度θ=10°、1rpsで揺動させた。ステージの上にφ18.5mm×10mmの円柱形状のカウンタパンチ23を載置し、さらにその上に素材を載置した状態で、ステージを所定の速度で中心軸M(基準軸C)に沿って上方に移動させ、深穴の穿設を行った。このとき、素材#32およびカウンタパンチ23の中心軸を、基準軸Cと一致させた。工具押込速度Vは、0.15mm/秒(つまり鍛造工具10の公転一回当たりの工具押込量は0.15mm/回)とし、鍛造工具の圧下量が10mmとなるまで移動させた。深穴を穿設した加工後の素材#32を図28に示した。
深穴の内径および穿設後の素材の外径を測定した。鍛造工具10により形成された深穴の内径はφ18.3mmで深さが6.4mmであった(図28の上図)。また、カウンタパンチにより形成された深穴の内径はφ18mmで深さが1.2mmであった(図28の下図)。また、外径はφ30.7〜33.7mmであり、比較的均一な外形であった。さお部のそりは、少し見られる程度であった。
<実施例8>
実施例7−3で見られたさお部のそりを抑制するために、さお部を部分的に固定した状態で円形の深穴の穿設を行った。さお部の固定方法について図29を用いて説明するが、図2と同じ部材の説明は省略する。
前述の通り、素材保持手段20は、さお付形状素材W’を載置するステージ21を備える。素材W’は、円形部Waおよび円形部Waの側面から径方向に延出するさお部Wbからなる。さお部Wbの両端部のうち、円形部Wa側の端部を固定する場合には、押さえ板27を取り付け可能な金型22’を使用することで、さお部Wbを厚さ方向に挟持する。さお部Wbの他端部を固定する場合には、ストッパー25を使用することで、素材W’の端部を固定する。
押さえ板27を取り付け可能な金型22’は円筒部を有し、そのキャビティは、円形部Waの外径に応じた直径をもつ円柱形の貫通穴の内周面と、貫通穴の一端を閉塞するステージ21の表面と、で区画される。円形部Waは貫通穴に収容される。金型22’の円筒部上端には、平面視で弓形の段差部が形成されており、押さえ板27は、段差部の弓形の水平面に載置され、押さえ板27と金型22’とがボルトで固定可能である。さお部Wbは、円形部Waが収容される貫通穴の側面中央部から延出し該貫通穴と連通する断面コ字形状の溝部に収容される。溝部の内面は、さお部Wbの底面および両側面と当接する。また、溝部は段差部の水平面に配されるため、押さえ板27は、円形部Wa側の端部でさお部Wbの上面と当接する。したがって、円形部Waの外周面および、押さえ板27で抑えられたさお部Wbは、加工後も元の寸法が維持される。素材W’は、その円形部Waが収容される貫通穴において、円形部Waがカウンタパンチ23等に載置されることで、金型22’内で水平に保持される。
ストッパー25は、金型22’から突き出したさお部Wbの端部を固定し、長さ方向の寸法変化を規制する。ストッパー25は、素材W’のさお部Wb側の端部を拘束する構造をもち、ステージ21の凹部に嵌め込まれた状態で固定されて、長さ方向の寸法変化が規制される。
なお、図29では、カウンタパンチ23を使用する場合を図示したが、カウンタパンチ23の突出量を調整する調整リング24を用いることで、カウンタパンチ23により成形される穴の深さを調整することが可能となる。調整リング24は、円形部Waの直径と同じ外径でカウンタパンチ23の直径と同じ内径をもつ円筒形で、カウンタパンチ23よりも高さが低いものを使用するとよい。あるいは、カウンタパンチ23と調整リング24とが同じ高さであれば、両者の端面を面一とすることで、カウンタパンチを使用しない通常の穿設を行うことも可能である。また、カウンタパンチ23よりも調整リング24を突出させた場合には、鍛造工具により圧下された素材は、カウンタパンチ23の端面と調整リング24の内周面により区画されてなる凹部に押し出され、押し出し成形が可能となる。
<実施例8−1>
素材#33に対して円形の深穴を、以下の条件で穿設した。穿設は、金型22’に端面が互いに面一のカウンタパンチ23および調整リング24を収容し、これらの上に素材#33を水平に載置し、押さえ板27は使用せず、素材#33の端部にストッパー25を固定して行った。つまり、実質的にカウンタパンチは使用しなかった。
上記の揺動鍛造装置(図2)において、回転規制手段40により自転を規制された鍛造工具10を用い、鍛造工具10を揺動角度θ=10°、1rpsで揺動させた。そして、金型22’に収容された素材#33を載置したステージを所定の速度で中心軸M(基準軸C)に沿って上方に移動させ、深穴の穿設を行った。このとき、素材、カウンタパンチ23の中心軸を、基準軸Cと一致させた。工具押込速度Vは、0.15mm/秒(つまり鍛造工具10の公転一回当たりの工具押込量は0.15mm/回)とし、鍛造工具の圧下量が表1に示した値となるまで移動させた。深穴を穿設した加工後の素材を図30(右図)に示した。
また、ストッパー25を用いた場合の効果を確認するために、ストッパー25を用いずに上記と同様の手順で穿設を行った。深穴を穿設した加工後の素材#33を図30(左図)に示した。
いずれの素材においても、直径約18mmの内径をもつ深さ11mmの深穴が形成された。しかし、中心軸Mと平行な方向への変形を全く規制せずに穿設を行った場合には、さお部に大きくそりが生じた。そりは、さお部の先端で測定すると元の素材よりも4.6mm立ち上がっており、円形部の半径方向を基準とした場合に25°屈曲した。さらに、形成された深穴の開口端部に材料の逃げが生じ、さお部側に2mm拡径した形状となった。
一方、ストッパー25により、長さ方向への変形が規制された場合には、材料の逃げが抑制された。さらに、ストッパー25により、さお部の上方への変形が規制されたため、さお部のそりは見られなかった。
<実施例8−2>
素材#34および#35に対して円形の深穴の穿設を行った。素材#34に対する穿設は、カウンタパンチ23を調整リング24から10mm突出させた状態で金型22’に収容し、カウンタパンチ23および金型22’に素材#34を水平に載置し、押さえ板27は使用せず、素材#34の端部にストッパー25を固定して行った。また、素材#35に対する穿設は、カウンタパンチ23を調整リング24から10mm突出させた状態で金型22’に収容し、カウンタパンチ23および金型22’に素材#35を水平に載置し、ストッパー25は使用せず、素材#35のさお部を押さえ板27で挟持して行った。
実施例8−1と同様の手順で、深穴の穿設を行った。深穴を穿設した加工後の素材#34を図31の左図に、加工後の素材#35を図31の右図に、それぞれ示した。
また、ストッパー25または押さえ板27を用いた場合のそれぞれの効果を確認するために、ストッパー25も押さえ板27も用いずに、上記と同様の手順で素材#34に対して穿設を行った。深穴を穿設した加工後の素材#34を図31(中央の図)に示した。
いずれの素材においても、加工前後で円形部の外径に変化はなく、上面および下面に開口する直径約18mmの内径をもつ一対の穴が形成された。しかし、中心軸Mと平行な方向への変形を全く規制せずに穿設を行った場合には、円形部の径方向に対して19°程度の大きなそりがさお部に生じた。しかし、カウンタパンチ23を使用したことで、さお部の拘束がなくても実施例8−1に比べれば、そりは抑制された。さらに、形成された深穴の開口端部に材料の逃げが生じ、素材の長手方向においてさお部側に2mm拡径した形状となった。
一方、ストッパー25により、長さ方向への変形が規制された場合には、材料の逃げが抑制された。さらに、ストッパー25により、素材の端部の上方への変形が規制されたため、さお部のそりは見られなかった。また、押さえ板27により中心軸Mと平行な方向への変形を規制した場合には、さお部のそりは見られなかった。しかし、長さ方向への変形は規制されなかったため、開口端部に逃げが生じた。したがって、ストッパー25および押さえ板27を併用することで、さお部を変形させることなく、開口端部で生じる材料の逃げを抑制できると推測される。
<実施例9>
二つの素材#31をさお部の端面で対称になるように連結した外形を有する連結型さお付形状素材W2に対して、カウンタパンチ、金型、ストッパーおよび押さえ板を使用して深穴を穿設した。素材W2の固定方法について図32を用いて説明する。なお、以下に説明する素材保持手段60において、各部材の配置は既に説明した素材保持手段20と類似するが、素材保持手段60は素材の外形に応じた形状の部材から構成される。
前述の通り、素材保持手段60は、ステージ61および金型62を備える。素材W2は、二つの円形部W2aおよび円形部W2aの側面から径方向に延出し二つの円形部W2aを連結する連結部W2bからなる。ステージ61には、金型62に収容された素材W2が載置される。
押さえ板67を取り付け可能な金型62は円筒部を有し、そのキャビティは、円形部W2aの外径に応じた直径をもつ円柱形の貫通穴の内周面と、貫通穴の一端を閉塞するステージ61の表面と、で区画される。一方の円形部W2aは貫通穴に収容される。金型62の円筒部上端には、平面視で弓形に切り取られてなる段差部が形成されており、押さえ板67は、段差部の水平面に載置され、押さえ板67と金型62とがボルトで固定可能である。連結部W2bは、円形部W2aが収容される貫通穴の側面中央部から延出し該貫通穴と連通する断面コ字形状の溝部に収容される。溝部の内面は、連結部W2bの底面および両側面と当接する。また、溝部は段差部の水平面に配されるため、押さえ板67は、連結部W2bの上面と当接する。したがって、一方の円形部W2aの外周面および、押さえ板67で抑えられた連結部W2bは、加工後も元の寸法が維持される。素材W2は、その円形部W2aが収容される貫通穴において、円形部W2aがカウンタパンチ63に載置されることで、金型62内で水平に保持される。本実施例では、φ18.5mm×10mmのカウンタパンチ63が、調整リング64から5.5mm突出した状態とした。
ストッパー65は、金型62から突き出した他方の円形部W2aの先端部を固定し、長さ方向の寸法変化を規制する。ストッパー65は、素材W2の端部を拘束する構造をもち、ステージ61の凹部に嵌め込まれた状態で固定されて、長さ方向の寸法変化が規制される。
そして、上記の揺動鍛造装置(図2)を用い、回転規制手段40により自転を規制された鍛造工具10を用い、鍛造工具10を揺動角度θ=10°、1rpsで揺動させた。そして、金型62に収容された素材W2を載置したステージを所定の速度で中心軸M(基準軸C)に沿って上方に移動させ、深穴の穿設を行った。このとき、素材、カウンタパンチ23の中心軸を、基準軸Cと一致させた。工具押込速度Vは、0.15mm/秒(つまり鍛造工具10の公転一回当たりの工具押込量は0.15mm/回)とし、鍛造工具の圧下量が6mmとなるまで移動させた。さらに、他方の円形部W2aに対しても、上記と同様の条件で穿設を行った。加工後の素材W2を図33に示した。
いずれの円形部にも、底部を共通する一対の穴からなる深穴が形成された。金型62に収容して加工したため、いずれの円形部の外径も加工前後で変化はなかった。また、ストッパー65を使用し、長手方向の変形を規制して加工したため、両端の円形部W2aの中心間距離は50mmで、加工前の素材W2から変化はなかった。実施例8−1および8−2等で見られた開口端部の材料の逃げも見られなかった。つまり、本発明の穿設方法によれば、コンロッドの作製が容易であることがわかった。
<実施例10−1>
φ26mm×12mmの円柱形の素材を用い、実施例1(つまり揺動あり)と同様にして深穴を穿設した。ただし、工具押込速度V:0.6mm/秒(つまり鍛造工具10の公転一回当たりの工具押込量:0.6mm/回)、鍛造工具の圧下量:8mm(つまり底部の厚さ4mm)とした。
また、比較例として、鍛造工具10の揺動角度θを0°(つまり揺動なし)とした他は、上記と同様の条件で、上記と同じ形状の素材に深穴を穿設した。
<表面硬さの測定>
実施例10−1およびその比較例の加工を施した素材について、ビッカース硬さ測定を行った。ビッカース硬さ測定は、円柱の直径の位置で軸方向に切断した断面に対して、ビッカース硬さ計を用いて測定荷重200gfで行った。硬さ測定は、底部および該底部から立ち上がる壁部(開口部に近い上部および底部に近い下部)に対し、図34の矢印に沿って、深穴の表面から外側に向かって間隔を隔てて行った。測定結果を図34のグラフに示した。
鍛造工具を揺動させて穿設を行った場合(実施例10−1)では、底部も壁部も、深穴の表面から外側に向かうにつれて、素材の元々の表面硬さに次第に近付くことがわかった。しかし、揺動させずに穿設を行った場合には、底部および壁部の下部は、全体的に硬化した。つまり、本発明の穿設方法により形成された深穴は、穴表面が硬化するものの、深穴の周辺部の硬さは、加工前の素材に近いことがわかった。
<実施例10−2>
φ26mm×12mmの円柱形の素材を用い、実施例4(つまり揺動あり)と同様にして深穴の穿設を行った。ただし、工具押込速度V:0.6mm/秒(つまり鍛造工具10の公転一回当たりの工具押込量:0.6mm/回)、鍛造工具の圧下量:8mm(つまり底部の厚さ4mm)とした。
また、比較例として、鍛造工具10の揺動角度θを0°(つまり揺動なし)とした他は、上記と同様の条件で、上記と同じ形状の素材に深穴を穿設した。
<表面硬さの測定>
前述と同様の方法により、実施例10−2およびその比較例の加工を施した素材について、ビッカース硬さを測定した。硬さ測定は、底部および該底部から立ち上がる壁部(高さ方向の中央部)に対し、図35の矢印に沿って、深穴の表面から外側に向かって間隔を隔てて行った。測定結果を図35のグラフに示した。
鍛造工具を揺動させて穿設を行った場合(実施例10−2)では、底部も壁部も、深穴の表面から外側に向かうにつれて、素材の元々の表面硬さに次第に近付くことがわかった。しかし、揺動させずに穿設を行った場合には、底部が全体的に硬化した。つまり、本発明の穿設方法により形成された深穴は、穴表面が硬化するものの、深穴の周辺部の硬さは、加工前の素材に近いことがわかった。
以上の深穴の性状は、本発明の穿設方法による成形品に特有であり、前述した穴表面に僅かに残される工具一回毎の螺旋状の筋模様と併せて、従来の加工様式では見られない。