以下、本発明のタイヤ接地状態推定装置を実現する最良の形態を、図面に示す実施例1〜実施例6に基づいて説明する。
ここで、本発明を説明するに当たって、次に定義するパラメータを用いる。なお、パラメータの添え字は、ij={fl,fr,rl,rr}={車両の左前側,右前側,左後側,右後側}を意味し、i={f,r}={車両の前側,後側}を意味する。
(車両に関する既知パラメータ)
m:車両重量
Iz:車体ヨー慣性モーメント
Iw:車輪回転軸まわりの車輪慣性モーメント
lf:車両重心点から前輪までの距離
lr:車両重心点から後輪までの距離
hcg:車両重心点から接地面までの高さ
Rw:タイヤ有効半径
g:重力加速度
lt:トレッドベースの半分長
Iw:車輪慣性モーメント
Cf:前輪タイヤコーナリングスティフネス
Cr:後輪タイヤコーナリングスティフネス
Ks:タイヤドライビングスティフネス
(変数)
V:車速(車体速度)
ωfl:左前輪車輪速
ωfr:右前輪車輪速
ωrl:左後輪車輪速
ωrr:右後輪車輪速
sfl:左前輪タイヤスリップ率
sfr:右前輪タイヤスリップ率
srl:左後輪タイヤスリップ率
srr:右後輪タイヤスリップ率
Ffl:左前輪摩擦円半径
Ffr:右前輪摩擦円半径
Frl:左後輪摩擦円半径
Frr:右後輪摩擦円半径
Tfl:左前輪制駆動トルク
Tfr:右前輪制駆動トルク
Trl:左後輪制駆動トルク
Trr:右後輪制駆動トルク
αf:前輪タイヤすべり角
αr:後輪タイヤすべり角
β:車体すべり角
γ:ヨーレート
ax:縦加速度
ay:横加速度
μ:路面摩擦係数
δ:前輪転舵角
ξ:無次元タイヤ粘着域長
ρ:静的前後輪荷重比
(タイヤ力関数)
hyf(.):前輪タイヤ横力
hyr(.):後輪タイヤ横力
hxf(.):前輪タイヤ縦力
hxr(.):後輪タイヤ縦力
まず、構成を説明する。
図1は、実施例1のタイヤ接地状態推定装置が適用された車両を示す全体システム図である。
実施例1における車両1は、図1に示すように、左右前輪FL,FRと、左右後輪RL,RRと、左輪モータ/ジェネレータMG1と、右輪モータ/ジェネレータMG2と、モータコントローラ2と、前輪操舵機構10と、統合コントローラ20と、を備えている。
前記左前輪FLは、転舵輪として車体1aの左前側に設置され、前記右前輪FRは、転舵輪として車体1aの右前側に設置されている。
前記左後輪RLは、制駆動輪として車体1aの左後側に設置され、前記右後輪RRは、制駆動輪として車体1aの右後側に設置されている。
前記左輪モータ/ジェネレータMG1は、車両1の駆動力発生源であり、左後輪RLを独立に回転駆動する。この左輪モータ/ジェネレータMG1は、ロータに永久磁石を埋設し、ステータにステータコイルが巻き付けられた三相同期型モータ/ジェネレータである。この左輪モータ/ジェネレータMG1は、モータコントローラ2からの制御指令に基づいて、第1インバータ3aにより作り出された三相交流を印加することにより、制御指令とモータ動作点(Nm,Tm)が一致するように制御される。そして、この左輪モータ/ジェネレータMG1は、リチウムイオンバッテリ4からの電力の供給を受けて回転駆動し、左後輪RLの駆動を行う電動機として動作することもできるし(力行)、ロータが左後輪RLから回転エネルギーを受ける場合には、ステータコイルの両端に起電力を生じさせる発電機として機能し、リチウムイオンバッテリ4を充電することもできる(回生)。そして、この左輪モータ/ジェネレータMG1の出力軸は、減速ギヤ5aを介して左後輪RLに連結されている。
前記右輪モータ/ジェネレータMG2は、車両1の駆動力発生源であり、右後輪RRを独立に回転駆動する。この右輪モータ/ジェネレータMG2は、ロータに永久磁石を埋設し、ステータにステータコイルが巻き付けられた三相同期型モータ/ジェネレータである。この右輪モータ/ジェネレータMG2は、モータコントローラ2からの制御指令に基づいて、第2インバータ3bにより作り出された三相交流を印加することにより、制御指令とモータ動作点(Nm,Tm)が一致するように制御される。そして、この右輪モータ/ジェネレータMG2は、リチウムイオンバッテリ4からの電力の供給を受けて回転駆動し、右後輪RRの駆動を行う電動機として動作することもできるし(力行)、ロータが右後輪RRから回転エネルギーを受ける場合には、ステータコイルの両端に起電力を生じさせる発電機として機能し、リチウムイオンバッテリ4を充電することもできる(回生)。そして、この右輪モータ/ジェネレータMG2の出力軸は、減速ギヤ5bを介して右後輪RRに連結されている。
前記モータコントローラ2は、統合コントローラ20からの目標MGトルク指令及び目標MG回転数指令と、他の必要情報を入力する。そして、左輪モータ/ジェネレータMG1及び右輪モータ/ジェネレータMG2の各モータ動作点(Nm,Tm)をそれぞれ制御する指令を第1,第2インバータ3a,3bへ出力する。なお、このモータコントローラ2では、リチウムイオンバッテリ4の充電容量をあらわすバッテリSOCを監視していて、このバッテリSOC情報を、統合コントローラ20へ供給する。
前記前輪操舵機構10は、ステアリングホイール11と、ステアリングギヤ12と、補助操舵用モータ13と、を備えている。この前輪操舵機構10では、運転者が操作するステアリングホイール11の回転運動により、ステアリングギヤ12を介して左右前輪FL,FRを主操舵すると共に、補助操舵用モータ13によるアシストトルクで補助操舵する。また、ステアリングホイール11とステアリングギヤ12をつなぐコラムシャフト14には、繰舵角センサ15が設けられている。
前記繰舵角センサ15は、コラムシャフト14の回転角を検出するパルスエンコーダ等を用いて、ステアリングホイール11の回転角(操舵角)θを検出する。検出された回転角情報は、統合コントローラ20に入力される。
前記統合コントローラ20は、車両全体の消費エネルギーを管理し、最高効率で車両を走らせるための機能を担うものである。この統合コントローラ20には、アクセル開度APOを検出するアクセルペダルセンサ21からのアクセル開度情報と、左右後輪RL,RRのそれぞれに取り付けられ、左右後輪RL,RRの各車輪速ωrl,ωrrを各々検出する後輪用車輪速センサ22a,22bからの後輪車輪速情報と、左右前輪FL,FRのそれぞれに取り付けられ、左右前輪FL,FRの各車輪速ωfl,ωfrを各々検出する前輪用車輪速センサ23a,23bからの前輪車輪速情報と、上述の回転角情報が入力される。そして、この統合コントローラ20は、モータコントローラ2へ目標MGトルク指令及び目標MG回転数指令を出力する。さらに、この統合コントローラ20では、図2に示すタイヤ接地状態推定装置30を実装する。
図2は、実施例1のタイヤ接地状態推定装置を示す制御ブロック図である。
実施例1のタイヤ接地状態推定装置30は、車速検出器31と、制駆動トルク検出器32と、摩擦円半径ダイナミクスモデル33と、タイヤ回転状態推定器34と、車輪速検出器35と、補正値演算器36と、を備えている。
前記車速検出器31は、車両1の車体速度(以下、車速という)Vを検出する車体速度検出・推定手段であり、ここでは、前輪用車輪速センサ23a,23bによって検出される従動輪となる左右前輪FL,FRの車輪速ωfl,ωfrから車速Vを求める。この車速検出器31によって求められた車速検出値は、タイヤ回転状態推定器34に入力される。
前記制駆動トルク検出器32は、車両1の制駆動トルクTを検出する制駆動トルク検出・推定手段であり、ここでは、左輪モータ/ジェネレータMG1及び右輪モータ/ジェネレータMG2の駆動電流値をもとに、そのトルク定数と減速ギヤ比を考慮して制駆動トルクTを求める。この制駆動トルク検出器32によって求められた制駆動トルク検出値は、タイヤ回転状態推定器34に入力される。
前記摩擦円半径ダイナミクスモデル33は、摩擦円半径の動特性をモデル化した摩擦円半径のダイナミクスモデルを有し、車両1のタイヤ接地状態である左右後輪RL,RRのタイヤ摩擦円半径Fprl,Fprrを推定するタイヤ接地状態推定手段である。この摩擦円半径ダイナミクスモデル33によって推定された摩擦円半径推定値(タイヤ接地状態推定値)は、タイヤ回転状態推定器34に入力される。
前記タイヤ回転状態推定器34は、車速検出器31により求められた車速検出値と、制駆動トルク検出器32により検出された制駆動トルク検出値と、摩擦円半径ダイナミクスモデル33により推定された摩擦円半径推定値と、に基づいて、車両1のタイヤ回転状態である左右後輪RL,RRの車輪速(車輪速度)ωrl,ωrrを推定するタイヤ回転状態推定手段である。このタイヤ回転状態推定器34は、スリップ率演算式34aと、車輪ダイナミクスモデル34bと、を有している。そして、タイヤ回転状態推定器34により推定された車輪速推定値(タイヤ回転状態推定値)は、補正値演算器36に入力される。
前記スリップ率演算式34aは、車速検出器31により求められた車速検出値に基づいて、左右後輪RL,RRのタイヤスリップ率srl,srrを推定するものである。このスリップ率演算式34aによって推定されたスリップ率推定値は、車輪ダイナミクスモデル34bに入力される。
前記車輪ダイナミクスモデル34bは、制駆動トルク検出器32により検出された制駆動トルク検出値と、摩擦円半径ダイナミクスモデル33により推定された摩擦円半径推定値と、スリップ率演算式34aにより推定されたスリップ率推定値と、に基づいて、車両1のタイヤ回転状態である左右後輪RL,RRの車輪速ωrl,ωrrを推定するものである。この車輪ダイナミクスモデル34bにより推定された車輪速推定値は、タイヤ回転状態推定器34からの出力として補正値演算器36に入力されるだけでなく、スリップ率演算式34aにも入力される。つまり、車輪ダイナミクスモデル34bは、車輪速推定値をスリップ率演算式34aにフィードバックする。
前記車輪速検出器35は、車両1のタイヤ回転状態である左右後輪RL,RRの車輪速ωrl,ωrrを検出するタイヤ回転状態検出手段であり、ここでは、後輪用車輪速センサ22a,22bにより検出された後輪車輪速情報を車輪速検出値(タイヤ回転状態検出値)として出力する。この車輪速検出器35により検出された車輪速検出値は、補正値演算器36に入力される。
前記補正値演算器36は、タイヤ回転状態推定器34からの車輪速推定値と、車輪速検出器35からの車輪速検出値との差に補正ゲインLを乗算し、この差を補償する第1補正信号を演算する第1補正信号演算手段である。この補正値演算器36により求められた第1補正信号は、摩擦円半径ダイナミクスモデル33と、タイヤ回転状態推定器34の車輪ダイナミクスモデル34bにそれぞれ入力(帰還)される。つまり、補正値演算器36は、第1補正信号を、摩擦円半径ダイナミクスモデル33とタイヤ回転状態推定器34にフィードバックする。
次に、作用を説明する。
まず、「実施例1のタイヤ接地状態の推定原理」の説明を行い、続いて、実施例1のタイヤ接地状態推定装置における「補正信号フィードバック作用」を説明する。
[実施例1のタイヤ接地状態の推定原理]
摩擦円半径ダイナミクスモデル33が含む摩擦円半径のダイナミクスモデルでは、左右後輪RL,RRの各摩擦円半径Fprl,Fprrの時間に応じた変化が区分的に一定、すなわちタイヤ接地状態である各摩擦円半径Fprl,Fprrの時間による1階微分がゼロであると仮定する。このとき、制駆動トルクTrl,Trrによる左右後輪RL,RRの回転運動と摩擦円半径Fprl,Fprrのダイナミクスを、数式を用いてモデル化すると、以下の式(1)〜式(4)に示す車両運動方程式が成立する。
ここで、摩擦円半径Fprl,Fprrは、それぞれ路面摩擦係数μと左右後輪RL,RRに作用する輪荷重Fzrl,Fzrrとの積に等しい。また、式(1)及び式(2)におけるhx(.)は、タイヤ縦力モデルであり、例えば、輪荷重と路面摩擦係数とタイヤスリップ率に応じて生じるタイヤ縦力を実験的に求め、フラッシュモデルやマジックフォーミュラ等のタイヤモデルを用いてフィッティングすることで同定する。なお、一般的にタイヤ縦力は、図3に示すように、タイヤスリップ率をゼロから増加するにしたがって単調に増加するが、あるタイヤスリップ率で最大値を示した後、緩やかに減少する。さらに、路面摩擦係数又は輪荷重の増加に応じて、タイヤ縦力の最大値は増大する。
そして、式(1)及び式(2)における左後輪タイヤスリップ率srl及び右後輪タイヤスリップ率srrは、以下の式(5),式(6)により求められる。
さらに、車両1のタイヤ回転状態である左右後輪RL,RRの各車輪速ωrl,ωrrが観測できると仮定すると、系の出力yは、式(7)と定義できる。
そして、これらの式(1)〜式(4)の車両運動方程式と式(7)の出力方程式を、一般的な状態方程式の形式で表現すると、以下の式(8)及び式(9)を得る。
ここで、状態量xは[ωrlωrrFprlFprr]T、入力uは[TrlTrr]Tである。
また、出力行列Cは、以下の式(10)で定義される。
さらに、この式(8)及び式(9)の状態方程式に基づいて、状態オブザーバを構成すると、以下の式(11)及び式(12)を得る。
なお、この状態オブザーバにおいて、状態量x以外の変数である車速Vは、例えば、前輪用車輪速センサ23a,23bからの前輪車輪速情報から計算する。また、入力uとして定義された左右後輪RL,RRの制駆動トルクTrl,Trrは、例えば、左輪モータ/ジェネレータMG1及び右輪モータ/ジェネレータMG2の駆動電流値をもとに、そのトルク定数と減速ギヤ比を考慮して求められる。
そして、式(11)における第2項は、出力の推定値と、実際の出力yとの偏差に補正ゲインLを乗じた量によって状態量推定値を補正する作用がある。実施例1における実際の出力yは、実際の車両1に発生している左右後輪RL,RRの車輪速ωrl,ωrrであり、例えば、後輪用車輪速センサ22a,22bによって検出された値を用いる。
そして、状態オブザーバの補正ゲインLは、通常、状態オブザーバが安定極を有するように定められる。すなわち、以下の式(13)で定義される行列Aeが、状態オブザーバの各動作点で負定となるように補正ゲインLを定めればよい。
なお、このヤコビアンをタイヤ縦力モデルの解析的に求められた微分に基づいて求めると、以下の式(15)となる。
ここで、例えば、タイヤモデルとしてフラッシュタイヤモデルを用いた場合では、各偏微分係数は、左右後輪RL,RRについて各々以下の式(16),式(17)によって求められる。
ここで、ξは無次元タイヤ粘着域長であり、以下の式(18)で与えられる。
なお、ブラッシュタイヤモデル以外のより複雑なタイヤモデルを用いた場合であって、解析的にヤコビアンを計算することが困難な場合には、各計算ステップごとにヤコビアンを状態量推定値まわりで数値的に求めてもよい。すなわち、以下の式(19)を用いて計算する。
ここで、Δxは差分ステップであり、設計者により十分小さく定めることができる。
このようにして求められたヤコビアンと式(13)に基づき、各計算ステップで得られる推定値のまわりにおいて、例えば、極配置法を用いると、状態オブザーバが所望の極を持つように補正ゲインLを定めることができる。なお、「極配置法」とは、制御系に望ましい固有値を持たせるようにゲインを定める既知の方法である。
したがって、摩擦円半径ダイナミクスモデル33では、状態オブザーバにより、式(1)〜式(4)に示す車両状態方程式と、式(7)に示す系の出力である観測値を同時に用いて、状態量xを推定し、この推定状態量に含まれる摩擦円半径Fprl,Fprrを推定することができる。
実施例1のタイヤ接地状態推定装置30において、上記の手法によりオブザーバ極がある設定値になるように補正ゲインLを定めたときの摩擦円半径の推定結果を図4に示す。この図4から明らかなように、実施例1のタイヤ接地状態推定装置30では、破線で示す真の値の変化に、実線で示す推定値が追従することが分かる。また、左右後輪RL,RRで異なるタイミングで摩擦円半径の真の値が変化しているが、その変化に各々の推定値が追従することから、左右後輪RL,RRの摩擦円半径Fprl,Fprrを左右独立に推定できることが分かる。さらに、推定値の応答性は、オブザーバ極の設置に応じて自由に設計することができる。
なお、補正ゲインLの決定方法に関しては、各計算ステップで補正ゲインLを計算する替わりに、予めオフラインで計算した補正ゲインをスケジューリングしてもよい。すなわち、対象とする非線形成分であるタイヤ横力は、比較的緩やかな非線形成分である。そのため、ノミナル動作点において極配置法を用いて補正ゲインLをオフラインで計算し、このノミナル動作点の近傍で定められた動作範囲内で同一ゲインを用いてもよい。ここで、動作範囲内でのオブザーバ収束性は、例えばH∞理論等に基づいて、想定されるコーナリングパワーの変動等を考慮して保証すればよい。このように、補正ゲインをスケジューリングすることで、ゲイン計算に要する計算量を削減することができる。
一方、観測値にノイズ(誤差)が含まれている場合には、導出した状態方程式である式(8)に基づいて拡張カルマンフィルタ(以下EKFという)を構成することで、高精度に状態量xを推定することができる。
なお、カルマンフィルタとは、誤差を含む観測値を用いて、ある動的システムの状態量を推定或いは制御するための無限インパルス応答フィルタの一種である。また、このカルマンフィルタは、時間ステップを1つ進めるたびに事前推定(予測)と事後推定(更新)の2つの手続きを行う。事前推定の手続きでは、前の時刻の推定状態量から、その次の(現在)の時刻の推定状態量を計算する。事後推定の手続では、今の時刻の観測値を用いて推定値を補正し、より正確な状態量を推定する。
EKFを構成するために、式(8)を離散化すると、下記式(20)を得る。
ここで、添え字kは計算時間ステップであり、k=1,2,3…となる。なお、式(8)の離散化にオイラー法を用いた場合、サンプル時間をΔtとすると、下記式(21)の関係がある。
そして、式(20)で示される離間時間状態方程式を用いて確率系システムを定義すると、下記式(22),式(23)を得る。
ここで、qkはプロセスノイズ、rkは観測ノイズである。プロセスノイズqkは、共分散行列Qk且つ零平均の多数変数正規(ガウス)分布に従うようなノイズであると仮定し、観測ノイズrkは、共分散行列Rk且つ零平均の多数変数正規(ガウス)分布に従うようなノイズであると仮定する。このとき、プロセスノイズqkで摩擦円半径のダイナミクスが励起されることで、摩擦円半径はランダムウォーク挙動を示す。
この確率系システムに、以下の式(24)〜式(29)に示すEKFアルゴリズムを適用して状態量xを推定する。
(事前推定)
(事後推定)
ここで、添え字「-」は、事前推定値を表す。そして、xk -は今の時刻の推定値であり、Pk -は今の時刻の行列誤差であり、Skは残差の共分散であり、Kkは最適カルマンゲインであり、xkは更新された状態量の推定値(事後推定値)であり、Pkは更新された誤差の共分散、つまり推定値の共分散行列である。
このEKFアルゴリズムを各計算時間ステップで実行することで、更新された状態量xの推定値である事後推定値xkに含まれる摩擦円半径と車輪速の推定値を得ることができる。このEKFアルゴリズムでは、推定状態量の分散を最小化するように状態量xを推定するため、観測値に含まれるノイズが顕著な場合や、プロセスノイズを仮定したい場合に精度良く状態量xの推定値を得ることができる。
[補正信号フィードバック作用]
実施例1のタイヤ接地状態推定装置では、まず、車速検出器31において車両1の車体速度(以下、車速という)Vを検出し、検出した車速検出値からスリップ率演算式34aにおいて左右後輪RL,RRのタイヤスリップ率srl,srrを推定する。このタイヤスリップ率srl,srrの推定は、上述の式(5),式(6)に基づいて行う。
一方、摩擦円半径ダイナミクスモデル33において、左右後輪RL,RRのタイヤ摩擦円半径Fprl,Fprrを推定する。この摩擦円半径Fprl,Fprrの推定は、上述のように、式(1)〜式(4)に示す車両状態方程式と、式(7)に示す系の出力である観測値を同時に用いて推定した状態量xに、摩擦円半径Fprl,Fprrが含まれていることで行う。
次に、スリップ率推定値と制駆動トルク検出値と摩擦円半径推定値を用いて、車輪ダイナミクスモデル34bにおいて左右後輪RL,RRの車輪速ωrl,ωrrを推定する。ここで、車輪速推定値は、式(1)〜式(4)に示す車両状態方程式と、式(7)に示す系の出力である観測値を同時に用いて推定した状態量xに、車輪速ωrl,ωrrが含まれていることで推定される。
そして、補正値演算器36において、車輪速推定値と車輪速検出値の差に補正ゲインLを乗算し、この差を補償する第1補正信号を演算する。そして、この第1補正信号を摩擦円半径ダイナミクスモデル33及びタイヤ回転状態推定器34の車輪ダイナミクスモデル34bにそれぞれフィードバックする。つまり、補正値演算器36は、車輪速推定誤差と補正ゲインLとの積を、摩擦円半径推定値の微分と車輪速推定値の微分にそれぞれフィードバックする。
このとき、補正ゲインLを適切な値に設定することで、式(11),式(12)によって示される状態オブザーバが安定極を有することができる。これにより、状態量xを推定する式(8),式(9)で示される状態方程式が適切に補正されて精度が向上し、高精度で状態量xに含まれるタイヤ接地状態である左右後輪RL,RRのタイヤ摩擦円半径Fprl,Fprrと、車両1のタイヤ回転状態である左右後輪RL,RRの車輪速ωrl,ωrrを推定することができる。
つまり、タイヤ回転状態推定値である車輪速推定値に含まれる誤差(ノイズ)に基づく第1補正信号によって、摩擦円半径ダイナミクスモデル33に含まれるダイナミクスモデルを補正することができる。このため、タイヤ回転状態の差分を用いることなく、摩擦円半径推定値を補正でき、車輪速検出値等のタイヤ回転状態検出値やダイナミクスモデル自身にノイズ(誤差)が存在する場合であっても、ノイズ増幅を抑制し、推定精度を高めることができる。この結果、タイヤ接地状態である左右後輪RL,RRの摩擦円半径Fprl,Fprrを高精度に推定することができる。
また、このタイヤ接地状態推定装置30では、車輪速検出値の誤差強度に応じて補正ゲインLを設定することで、誤差強度に合わせて第1補正信号の補正強度を調節することができる。これにより、ノイズの推定値に及ぼす影響を低減すると同時に、推定値の応答性を確保することができる。
つまり、タイヤ接地状態の推定に、再帰的最小二乗同定法や、固定トレース法等のパラメータ同定手法を用いてノイズ影響の低減を図る場合では、ノイズ耐性を高めるためにパラメータ更新則のゲインを小さく抑えなければならない。そのため、タイヤ接地状態が急変したときに、応答性よく変化を推定することができなくなってしまう。これに対し、実施例1のタイヤ接地状態推定装置30では、補正ゲインLが調整可能であり、これにより、応答性の確保を図ることができる。
特に、実施例1のタイヤ接地状態推定装置30では、摩擦円半径ダイナミクスモデル33において、タイヤ接地状態を左右後輪RL,RRの摩擦円半径Fprl,Fprrとし、タイヤ摩擦円半径のダイナミクスモデルを有している。すなわち、タイヤ摩擦円半径のダイナミクスモデルに、タイヤ回転状態(車輪速)の推定誤差を、補正値演算器36に含まれる補正ゲインLを介して帰還する構造とした。
このため、車輪速検出値から摩擦円半径推定値までの伝達特性が低域通過フィルタとなり、その遮断周波数を補正ゲインLの設定に応じて自由に設計できる。そして、摩擦円半径推定値の耐ノイズ性と高応答性とを両立して実現するタイヤ接地状態推定装置30が構成できる。ここで、低域通過フィルタの遮断周波数は、補正ゲインLの設定に応じて自由に設計できる。例えば、ノイズなど、高周波領域の不確かさが車輪速検出値に多く含まれる場合には、補正ゲインLを小さく設定することで遮断周波数を小さくし、タイヤ摩擦円半径の推定誤差を抑えることができる。反対に、車輪速検出値が精度良く検出できるときには、補正ゲインLを大きく設定することで遮断周波数を大きくし、速いタイヤ摩擦円半径の変化を高応答に推定できる。
そして、推定された摩擦円半径Fprl,Fprrに基づいて車両運動制御を実施すると、車輪速検出値に含まれるノイズ等に起因する摩擦円半径推定値の変動を抑えられるので、目標値のハンチングを抑えた滑らかな制御が実現でき、推定値の応答性を制御器よりも十分速く設定することで、安定な制御系を構成することができる。
また、第1補正信号は、摩擦円半径ダイナミクスモデル33に加え、タイヤ回転状態推定手段であるタイヤ回転状態推定器34にも帰還される。このため、タイヤ回転状態である左右後輪RL,RRの車輪速ωrl,ωrrを高精度に推定することができ、この車輪速推定値に基づいて推定される摩擦円半径Fprl,Fprrの推定精度も向上することができる。さらに、推定された摩擦円半径Fprl,Fprrに基づいた車両運動制御の性能を向上でき、例えば、より乗り心地のよい車両を実現することができる。
そして、実施例1のタイヤ接地状態推定装置30では、タイヤ回転状態として、車両1の制駆動輪として機能する左右後輪RL,RRの車輪速ωrl,ωrrとしている。このため、既存の車載センサである後輪用車輪速センサ22a,22bによって容易に検出できる車輪速(車輪速度)ωrl,ωrrに基づいて摩擦円半径Fprl,Fprrを推定することになり、このタイヤ接地状態推定装置30を車両に搭載した際の車両原価の増加を抑制することができる。
次に、効果を説明する。
実施例1のタイヤ接地状態推定装置にあっては、下記に挙げる効果を得ることができる。
(1) 車両1の車体速度Vを検出又は推定する車体速度検出・推定手段(車速検出器)31と、前記車両1の制駆動トルクTを検出又は推定する制駆動トルク検出・推定手段(制駆動トルク検出器)32と、前記車両1のタイヤ接地状態(タイヤ摩擦円半径)を推定するタイヤ接地状態推定手段(摩擦円半径ダイナミクスモデル)33と、前記車体速度Vと、前記制駆動トルクTと、前記タイヤ接地状態推定手段33により推定されたタイヤ接地状態推定値(摩擦円半径推定値)と、に基づいて、前記車両1のタイヤ回転状態(車輪速)を推定するタイヤ回転状態推定手段(タイヤ回転状態推定器)34と、前記車両1のタイヤ回転状態を検出するタイヤ回転状態検出手段(車輪速検出器)35と、前記タイヤ回転状態推定手段34により推定されたタイヤ回転状態推定値(車輪速推定値)と、前記タイヤ回転状態検出手段35により検出されたタイヤ回転状態検出値(車輪速推定値)との差を補償する第1補正信号を演算する第1補正信号演算手段(補正値演算器)36と、を備え、前記第1補正信号は、前記タイヤ接地状態推定手段33に帰還する構成とした。
このため、検出値のノイズ増幅を抑制し、タイヤ接地状態を高精度に推定することができる。
(2) 前記タイヤ接地状態は、前記車両1のタイヤ摩擦円半径であり、前記タイヤ接地状態推定手段33は、前記タイヤ摩擦円半径のダイナミクスモデルを含む構成とした。
このため、摩擦円半径推定値の耐ノイズ性と高応答性とを両立して実現することができる。
(3) 前記第1補正信号は、前記タイヤ回転状態推定手段34に帰還する構成とした。
このため、タイヤ回転状態を高精度に推定でき、この高精度に推定したタイヤ回転状態推定値によってタイヤ接地状態の推定精度の向上を図ることができる。
(4) 前記タイヤ回転状態は、前記車両1の制駆動輪(左右後輪RL,RR)の車輪速度ωrl,ωrrである構成とした。
このため、既存の車載センサによって検出可能な検出値に基づいてタイヤ接地状態を推定でき、車両原価の増加を抑制することができる。
実施例2のタイヤ接地状態推定装置は、タイヤ接地状態として路面摩擦係数を推定する例である。
まず、構成を説明する。なお、実施例1において説明した車両1と同一の部分については、同一の符号を付してその説明を省略する。
図5は、実施例2のタイヤ接地状態推定装置が適用された車両を示す全体システム図である。
実施例2における車両1Aは、図5に示すように、左右前輪FL,FRと、左右後輪RL,RRと、左輪モータ/ジェネレータMG1と、右輪モータ/ジェネレータMG2と、モータコントローラ2と、前輪操舵機構10と、統合コントローラ20Aと、を備えている。
前記統合コントローラ20Aには、実施例1の場合と同様にアクセル開度情報、後輪車輪速情報、前輪車輪速情報、回転角情報が入力されると共に、車両1Aに作用する縦(前後)加速度及び横加速度を検出する加速度センサ24からの加速度情報が入力される。なお、この加速度情報には、縦加速度情報と横加速度情報が含まれる。さらに、この統合コントローラ20Aでは、図6に示すタイヤ接地状態推定装置30Aを実装する。
図6は、実施例2のタイヤ接地状態推定装置を示す制御ブロック図である。
実施例2のタイヤ接地状態推定装置30Aは、車速検出器31Aと、制駆動トルク検出器32Aと、路面摩擦係数ダイナミクスモデル33Aと、タイヤ回転状態推定器34Aと、スリップ率検出器35Aと、補正値演算器36Aと、加速度検出器37Aと、輪荷重移動モデル38Aと、を備えている。
前記車速検出器31Aは、車両1Aの車体速度である車速Vを検出する車体速度検出・推定手段であり、ここでは、前輪用車輪速センサ23a,23bによって検出される左右前輪FL,FRの車輪速ωfl,ωfrから車速Vを求める。この車速検出器31Aによって求められた車速検出値は、タイヤ回転状態推定器34Aに入力される。
前記制駆動トルク検出器32Aは、車両1Aの制駆動トルクTを検出する制駆動トルク検出・推定手段であり、ここでは、左輪モータ/ジェネレータMG1及び右輪モータ/ジェネレータMG2の駆動電流値をもとに、そのトルク定数と減速ギヤ比を考慮して制駆動トルクTを求める。この制駆動トルク検出器32Aによって求められた制駆動トルク検出値は、タイヤ回転状態推定器34Aに入力される。
前記路面摩擦係数ダイナミクスモデル33Aは、制駆動輪である左右後輪RL,RRにおける路面摩擦係数μの動特性をモデル化した路面摩擦係数のダイナミクスモデルを有し、車両1Aのタイヤ接地状態である左右後輪RL,RRにおける路面摩擦係数μを推定するタイヤ接地状態推定手段である。この路面摩擦係数ダイナミクスモデル33Aによって推定された路面摩擦係数推定値(タイヤ接地状態推定値)は、タイヤ回転状態推定器34Aに入力される。
前記タイヤ回転状態推定器34Aは、車速検出器31Aにより検出された車速検出値と、制駆動トルク検出器32Aにより検出された制駆動トルク検出値と、路面摩擦係数ダイナミクスモデル33Aにより推定された路面摩擦係数推定値と、に加え、輪荷重移動モデル38Aにより推定された左右後輪RL,RRの輪荷重推定値と、に基づいて、車両1Aのタイヤ回転状態である左右後輪RL,RRのタイヤスリップ率srl,srrを推定するタイヤ回転状態推定手段である。このタイヤ回転状態推定器34Aは、スリップ率演算式34aAと、車輪ダイナミクスモデル34bAと、を有している。そして、タイヤ回転状態推定器34Aにより推定されたスリップ率推定値(タイヤ回転状態推定値)は、補正値演算器36Aに入力される。
前記スリップ率演算式34aAは、車速検出器31Aにより検出された車速検出値と、車輪ダイナミクスモデル34bAにより推定された車輪速推定値と、に基づいて、左右後輪RL,RRのタイヤスリップ率srl,srrを推定するものである。このスリップ率演算式34aAによって推定されたスリップ率推定値は、タイヤ回転状態推定器34の出力として補正値演算器36Aに入力される。
前記車輪ダイナミクスモデル34bAは、制駆動トルク検出器32Aにより検出された制駆動トルク検出値と、路面摩擦係数ダイナミクスモデル33Aにより推定された路面摩擦係数推定値と、輪荷重移動モデル38Aにより推定された輪荷重推定値と、に基づいて、左右後輪RL,RRの車輪速ωrl,ωrrを推定するものである。この車輪ダイナミクスモデル34bAにより推定された車輪速推定値は、スリップ率演算式34aAに入力される。ここで、車輪ダイナミクスモデル34bAには、スリップ率演算式34aAからのスリップ率推定値がフィードバックされるため、車輪速ωrl,ωrrを推定する際に、スリップ率推定値によって補正される。
前記スリップ率検出器35Aは、車両1Aのタイヤ回転状態である左右後輪RL,RRのタイヤスリップ率srl,srrを検出するタイヤ回転状態検出手段であり、ここでは、後輪用車輪速センサ22a,22bにより検出された後輪車輪速情報に基づいてタイヤスリップ率srl,srrを求める。このスリップ率検出器35Aにより検出されたスリップ率検出値は、補正値演算器36Aに入力される。
前記補正値演算器36Aは、タイヤ回転状態推定器34Aからのスリップ率推定値と、スリップ率検出器35Aからのスリップ率検出値との差に補正ゲインLを乗算し、この差を補償する第1補正信号を演算する第1補正信号演算手段である。この補正値演算器36Aにより求められた第1補正信号は、路面摩擦係数ダイナミクスモデル33Aと、タイヤ回転状態推定器34Aの車輪ダイナミクスモデル34bAにそれぞれ入力(帰還)される。つまり、補正値演算器36Aは、第1補正信号を、路面摩擦係数ダイナミクスモデル33Aとタイヤ回転状態推定器34Aにフィードバックする。
前記加速度検出器37Aは、縦方向(車両前後方向)に沿って車両1Aに作用する縦加速度axを検出すると共に、横方向(車幅方向)に沿って車両1Aに作用する横加速度ayを検出する車体加速度検出手段である。ここでは、加速度センサ24によって検出される加速度情報を縦加速度検出値及び横加速度検出値として出力する。この加速度検出器37Aにより検出された縦加速度検出値及び横加速度検出値は、輪荷重移動モデル38Aに入力される。
前記輪荷重移動モデル38Aは、加速度検出器37Aにより検出された縦加速度検出値及び横加速度検出値に基づいて、車両1Aの左右後輪RL,RRの輪荷重Fzrl,Fzrrを推定するものである。この輪荷重移動モデル38Aにより推定された輪荷重推定値は、タイヤ回転状態推定器34Aに入力される。
次に、作用を説明する。
路面摩擦係数ダイナミクスモデル33Aが含む路面摩擦係数のダイナミクスモデルでは、左右後輪RL,RRにおける路面摩擦係数μの時間に応じた変化が区分的に一定、すなわち路面摩擦係数μの時間による1階微分がゼロであると仮定する。このとき、制駆動トルクTrl,Trrによる左右後輪RL,RRの各回転運動と左右後輪RL,RRの各路面摩擦係数μrl,μrrのダイナミクスモデルを、数式を用いてモデル化すると、以下の式(30)〜式(33)に示す車両運動方程式が成立する。
そして、式(30),式(31)における左後輪輪荷重Fzrl及び右後輪輪荷重Fzrrは、例えば、車両1Aに働くロールモーメントの静的釣り合いを考慮して導出された以下の式(34),式(35)によって計算される。
また、式(30),式(31)における左後輪タイヤスリップ率srl及び右後輪タイヤスリップ率srrは、以下の式(36),式(37)により求められる。
さらに、車両1のタイヤ回転状態である左右後輪RL,RRの各タイヤスリップ率srl,srrが観測できると仮定すると、系の出力yは、式(38)と定義できる。
そして、これらの式(30)〜式(33)の車両運動方程式と、式(38)の出力方程式を,一般的な状態方程式の形式で表現すると、以下の式(39),式(40)を得る。
ここで、状態量xは[ωrlωrrμrlμrr]T、入力uは[TrlTrr]Tである。さらに、この式(39),式(40)の状態方程式に基づいて、状態オブザーバを構成すると、以下の式(41),式(42)を得る。
なお、この状態オブザーバにおいて、タイヤスリップ率srl,srrの計算に必要となる車速Vは、例えば、前輪用車輪速センサ23a,23bからの前輪車輪速情報から計算する。また、輪荷重Fzrl,Fzrrの計算に必要となる縦加速度ax及び横加速度ayは、加速度センサ24により検出された値を用いる。そして、入力uとして定義された左右後輪RL,RRの制駆動トルクTrl,Trrは、例えば、左輪モータ/ジェネレータMG1及び右輪モータ/ジェネレータMG2の駆動電流値をもとに、そのトルク定数と減速ギヤ比を考慮して求められる。さらに、出力yとして定義された左右後輪RL,RRの各タイヤスリップ率srl,srrは、例えば、前輪用車輪速センサ23a,23bによって検出される左右前輪FL,FRの各車輪速ωfl,ωfrから求められる車速Vと、後輪用車輪速センサ22a,22bによって検出される左右後輪RL,RRの各車輪速ωrl,ωrrとから、式(36),式(37)を用いて計算される。
そして、状態オブザーバの補正ゲインLは、通常、状態オブザーバが安定極を有するように定められる。すなわち、以下の式(43)で定義される行列Aeが、状態オブザーバの各動作点で負定となるように補正ゲインLを定めればよい。
ここで、補正ゲインLは、例えば、実施例1に記載した手法を用いて状態オブザーバが安定極を有するように定められる。
この状態方程式のヤコビアンを、タイヤ縦力モデルの解析的に求められた微分に基づいて求めると、以下の式(46)となる。
また、出力方程式のヤコビアンは、以下の式(47)となる。
ただし、解析的微分演算を単純化するため、左右後輪RL,RRにおけるタイヤスリップ率が大きくないと仮定して、左右のタイヤスリップ率sL,sRを以下の式(48),式(49)のように近似した。
そして、実施例2のタイヤ接地状態推定装置30Aでは、路面摩擦係数ダイナミクスモデル33Aにおいて、タイヤ接地状態を路面摩擦係数とし、路面摩擦係数のダイナミクスモデルを有している。すなわち、路面摩擦係数のダイナミクスモデルに、タイヤ回転状態(タイヤスリップ率)の推定誤差を、補正値演算器36Aに含まれる補正ゲインLを介して帰還するようにした。
このため、スリップ率検出値から推定路面摩擦係数までの伝達特性が低域通過フィルタとなり、その遮断周波数を補正ゲインLの設定に応じて自由に設計できる。そして、路面摩擦係数推定値の耐ノイズ性と高応答性とを両立して実現するタイヤ接地状態推定装置30Aが構成できる。ここで、低域通過フィルタの遮断周波数は、補正ゲインLの設定に応じて自由に設計できる。例えば、ノイズなど、高周波領域の不確かさがスリップ率検出値に多く含まれる場合には、補正ゲインLを小さく設定することで遮断周波数を小さくし、路面摩擦係数の推定誤差を抑えることができる。反対に、スリップ率検出値が精度良く計測できるときには、ゲインを大きく設定することで、遮断周波数を大きくし、速い路面摩擦係数の変化を高応答に推定できる。
この路面摩擦係数の推定値に基づいて車両運動制御を実施すると、タイヤ回転状態検出値に含まれるノイズ等に起因する路面摩擦係数推定値の変動を抑えられるので、目標値のハンチングを抑えた滑らかな制御が実現でき、しかも、推定値の応答性を制御器よりも十分速く設定することで、安定な制御系を構成できる。
また、実施例2のタイヤ接地状態推定装置30Aでは、タイヤ回転状態として、車両1のタイヤスリップ率srl,srrとしている。このため、既存の車載センサである後輪用車輪速センサ22a,22b及び前輪用車輪速センサ23a,23bによって容易に検出できるタイヤスリップ率srl,srrに基づいてタイヤ接地状態を推定することになり、このタイヤ接地状態推定装置30Aを車両に搭載した際の車両原価の増加を抑制することができる。
次に、効果を説明する。
実施例2のタイヤ接地状態推定装置にあっては、下記に挙げる効果を得ることができる。
(5) 前記タイヤ接地状態は、前記車両1Aが走行する路面の路面摩擦係数μであり、前記タイヤ接地状態推定手段(路面摩擦係数ダイナミクスモデル)33Aは、前記路面摩擦係数μのダイナミクスモデルを含む構成とした。
このため、路面摩擦係数推定値の耐ノイズ性と高応答性とを両立して実現することができる。
(6) 前記タイヤ回転状態は、前記車両1Aのタイヤスリップ率srl,srrである構成とした。
このため、既存の車載センサを用いてタイヤ接地状態を推定することができ、車両原価の低減を図ることができる。
左右前輪を転舵する車両構成では、前輪は後輪よりもタイヤすべり角が大きく生じる。このため、実施例3のタイヤ接地状態推定装置は、左右前輪を独立に駆動する車両において、タイヤすべり角に応じたタイヤ縦力特性の変化を考慮して、タイヤ接地状態を推定する例である。
まず、構成を説明する。なお、実施例1及び実施例2において説明した車両1,車両1Aと同一の部分については、同一の符号を付してその説明を省略する。
図7は、実施例3のタイヤ接地状態推定装置が適用された車両を示す全体システム図である。
実施例3における車両1Bは、図7に示すように、左右前輪FL,FRと、左右後輪RL,RRと、左輪モータ/ジェネレータMG1´と、右輪モータ/ジェネレータMG2´と、モータコントローラ2と、前輪操舵機構10と、統合コントローラ20Bと、を備えている。
前記左右前輪FL,FRは、それぞれ制駆動輪且つ転舵輪として機能し、前記左右後輪RL,RRは、それぞれ従動輪として機能する。
前記左輪モータ/ジェネレータMG1´は、左前輪FLを独立に回転駆動する。また、前記右輪モータ/ジェネレータMG2´は、右前輪FRを独立に回転駆動する。
前記統合コントローラ20Bは、実施例1の場合と同様にアクセル開度情報、前輪車輪速情報、後輪車輪速情報、回転角情報が入力されると共に、車両1Bのヨーレートを検出するヨーレートセンサ25からのヨーレート情報が入力される。そして、この統合コントローラ20Bでは、図8に示すタイヤ接地状態推定装置30Bを実装する。
図8は、実施例3のタイヤ接地状態推定装置を示す制御ブロック図である。
実施例3のタイヤ接地状態推定装置30Bは、車速検出器31Bと、制駆動トルク検出器32Bと、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Bと、タイヤ回転状態推定器34Bと、車輪速検出器35Bと、補正値演算器36Bと、前輪転舵角検出器37Bと、ヨーレート検出器38Bと、車両横方向運動ダイナミクスモデル39Bと、を備えている。
前記車速検出器31Bは、車両1Bの車体速度である車速Vを検出する車体速度検出・推定手段であり、ここでは、後輪用車輪速センサ22a,22bによって検出される左右後輪RL,RRの車輪速ωrl,ωrrから車速Vを求める。この車速検出器31Bによって求められた車速検出値は、タイヤ回転状態推定器34B及び車両横方向運動ダイナミクスモデル39Bに入力される。
前記制駆動トルク検出器32Bは、車両1Bの制駆動トルクTを検出する制駆動トルク検出・推定手段であり、ここでは、左輪モータ/ジェネレータMG1´及び右輪モータ/ジェネレータMG2´の駆動電流値をもとに、そのトルク定数と減速ギヤ比を考慮して制駆動トルクTを求める。この制駆動トルク検出器32Bによって求められた制駆動トルク検出値は、タイヤ回転状態推定器34Bに入力される。
前記摩擦円半径ダイナミクスモデル33Bは、制駆動輪である左右前輪FL,FRの摩擦円半径Fpfl,Fpfrの動特性をモデル化した摩擦円半径のダイナミクスモデルを有し、車両1Bのタイヤ接地状態である左右前輪FL,FRのタイヤ摩擦円半径Fpfl,Fpfrを推定するタイヤ接地状態推定手段である。この摩擦円半径ダイナミクスモデル33Bによって推定された摩擦円半径推定値(タイヤ接地状態推定値)は、タイヤ回転状態推定器34Bに入力される。
前記タイヤ回転状態推定器34Bは、車速検出器31Bにより求められた車速検出値と、制駆動トルク検出器32Bにより検出された制駆動トルク検出値と、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Bにより推定された摩擦円半径推定値と、車両横方向運動ダイナミクスモデル39Bにより推定された前輪すべり角推定値と、に基づいて、車両1Bのタイヤ回転状態である左右前輪FL,FRの車輪速ωfl,ωfrを推定するタイヤ回転状態推定手段である。このタイヤ回転状態推定器34Bは、スリップ率演算式34aBと、車輪ダイナミクスモデル34bBと、を有している。そして、タイヤ回転状態推定器34Bにより推定された車輪速推定値(タイヤ回転状態推定値)は、補正値演算器36Bに入力される。
前記スリップ率演算式34aBは、車速検出器31Bにより求められた車速検出値に基づいて、左右前輪FL,FRのタイヤスリップ率sfl,sfrを推定するものである。このスリップ率演算式34aBによって推定されたスリップ率推定値は、車輪ダイナミクスモデル34bBに入力される。
前記車輪ダイナミクスモデル34bBは、制駆動トルク検出器32Bにより検出された制駆動トルク検出値と、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Bにより推定された摩擦円半径推定値と、スリップ率演算式34aBにより推定されたスリップ率推定値と、車両横方向運動ダイナミクスモデル39Bにより推定された前輪すべり角推定値と、に基づいて、車両1Bのタイヤ回転状態である左右前輪FL,FRの車輪速ωfl,ωfrを推定するものである。この車輪ダイナミクスモデル34bBにより推定された車輪速推定値は、タイヤ回転状態推定器34Bからの出力として補正値演算器36Bに入力されるだけでなく、スリップ率演算式34aBにも入力される。つまり、車輪ダイナミクスモデル34bBは、車輪速推定値をスリップ率演算式34aBにフィードバックする。
前記車輪速検出器35Bは、車両1Bのタイヤ回転状態である左右前輪FL,FRの車輪速ωfl,ωfrを検出するタイヤ回転状態検出手段であり、ここでは、前輪用車輪速センサ23a,23bにより検出された前輪車輪速情報を車輪速検出値(タイヤ回転状態検出値)として出力する。この車輪速検出器35Bにより検出された車輪速検出値は、補正値演算器36Bに入力される。
前記補正値演算器36Bは、タイヤ回転状態推定器34Bからの車輪速推定値と、車輪速検出器35Bからの車輪速検出値との差に補正ゲインLを乗算し、この差を補償する第1補正信号を演算する第1補正信号演算手段である。この補正値演算器36Bにより求められた第1補正信号は、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Bと、タイヤ回転状態推定器34Bの車輪ダイナミクスモデル34bBにそれぞれ入力(帰還)される。つまり、補正値演算器36Bは、第1補正信号を、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Bとタイヤ回転状態推定器34Bにフィードバックする。
前記前輪転舵角検出器37Bは、車両1Bの左右前輪FL,FRの前輪転舵角δを検出する前輪転舵角検出手段であり、繰舵角センサ15からの回転角情報及びステアリングギヤ比に基づいて前輪転舵角δを求める。この前輪転舵角検出器37Bにより検出された前輪転舵角検出値は、車両横方向運動ダイナミクスモデル39Bに入力される。
前記ヨーレート検出器38Bは、実際の車両1Bが発生するヨーレートγを検出するヨーレート検出手段であり、ヨーレートセンサ25により検出されたヨーレート情報をヨーレート検出値として出力する。このヨーレート検出器38Bにより検出されたヨーレート検出値は、車両横方向運動ダイナミクスモデル39Bに入力される。
前記車両横方向運動ダイナミクスモデル39Bは、車速検出器31Bにより検出された車速検出値と、前輪転舵角検出器37Bにより検出された前輪転舵角検出値と、ヨーレート検出器38Bにより検出されたヨーレート検出値と、に基づいて、車両1Bの前輪タイヤすべり角αfを推定するタイヤすべり角推定手段である。この車両横方向運動ダイナミクスモデル39Bにより推定された前輪すべり角推定値は、タイヤ回転状態推定器34Bに入力される。
次に、作用を説明する。
実施例3のタイヤ接地状態推定装置30Bにおいて、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Bが含む摩擦円半径のダイナミクスモデルでは、左右前輪FL,FRの摩擦円半径Fpfl,Fpfrの動特性をモデル化する。このとき、摩擦円半径Fpfl,Fpfrの時間に応じた変化が区分的に一定、すなわちタイヤ接地状態である摩擦円半径Fpfl,Fpfrの時間による1階微分がゼロであると仮定する。このとき、制駆動トルクTfl,Tfrによる左右前輪FL,FRの回転運動と摩擦円半径Fpfl,Fpfrのダイナミクスモデルを、数式を用いてモデル化すると、以下の式(50)〜式(53)に示す車両運動方程式が成立する。
ここで、摩擦円半径Fpfl,Fpfrは、路面摩擦係数μと左右前輪FL,FRに作用する輪荷重Fzfl,Fzfrとの積に等しい。
また、式(50)及び式(52)における前輪タイヤすべり角αfは、車体すべり角βとヨーレートγから、次の式(54)に基づいて求められる。
ここで、ヨーレートγは、例えば、ヨーレートセンサ25によって検出されたヨーレート情報を用いる。
さらに、車体すべり角βは、例えば、次の式(55)によって表される2輪モデルを用いて、前輪転舵角δとヨーレートγと車速Vと、から計算される。
ここで、β+lrγ/Vは後輪タイヤすべり角を表す。
そして、前輪タイヤ横力モデルhyf(.)及び後輪タイヤ横力モデルhyr(.)は、例えば、タイヤすべり角に応じたタイヤ横力の関係を前後輪FL,FR,RL,RRのそれぞれについて実験的に取得し、フラッシュモデルやマジックフォーミュラ等のタイヤモデルを用いてフィッティングすることでモデル化する。
さらに、式(50),式(51)における左前輪タイヤスリップ率sfl及び右前輪タイヤスリップ率sfrは、それぞれ次の式(56),式(57)によって求められる。
そして、左右前輪FL,FRの車輪速ωfl,ωfrが観測できると仮定すると、系の出力yは、次の式(58)と定義できる。
そして、これらの式(50)〜式(53)の車両運動方程式と式(58)の出力方程式を、一般的な状態方程式の形式で表現すると、以下の式(59)及び式(60)を得る。
ここで、状態量xは[ωflωfrFpflFpfr]T、入力uは[TflTfr]Tである。
また、出力行列Cは、以下の式(61)で定義される。
さらに、この式(59)及び式(60)の状態方程式に基づいて、状態オブザーバを構成すると、以下の式(62)及び式(63)を得る。
なお、この状態オブザーバにおいて、状態量x以外の変数である車速Vは、例えば、後輪用車輪速センサ22a,22bからの後輪車輪速情報から計算する。また、前輪転舵角δは、例えば、繰舵角センサ15からの回転角情報からステアリングギヤ比を考慮して計算する。また、入力uとして定義された左右前輪FL,FRの制駆動トルクTfl,Tfrは、例えば、左輪モータ/ジェネレータMG1´及び右輪モータ/ジェネレータMG2´の駆動電流値をもとに、そのトルク定数と減速ギヤ比を考慮して求められる。
そして、補正ゲインLは、例えば、実施例1に記載した手法を用いて状態オブザーバが安定極を有するように定められる。
このように、実施例3のタイヤ接地状態推定装置30Bでは、タイヤ回転状態推定器34Bにおいて、式(50),式(51)に示すように、前輪タイヤすべり角αfを考慮してタイヤ回転状態である左右前輪FL,FRの車輪速ωfl,ωfrを推定する。このため、旋回走行時の左右前輪FL,FRのように、タイヤすべり角αfが大きく発生するタイヤにおいても、タイヤ接地状態を精度よく推定することができる。この結果、特に旋回走行時におけるタイヤ接地状態推定値に基づいて実施する車両運動制御の性能を向上することができる。そして、路面状態によらず、ドリフトアウトやスピンといった不安定な挙動を抑制する車両を実現することができる。
特に、実施例3のタイヤ接地状態推定装置30Bでは、前輪転舵角検出器37Bと、ヨーレート検出器38Bと、車速検出値、前輪転舵角検出値、ヨーレート検出値とから前輪タイヤすべり角αfを推定する車両横方向運動ダイナミクスモデル39Bと、を備えている。そのため、既存の車載センサを用いて容易に検出することができる情報からタイヤすべり角及びタイヤ接地状態を推定することができ、車両原価の低減を図ることができる。
次に、効果を説明する。
実施例3のタイヤ接地状態推定装置30Bにあっては、下記に挙げる効果を得ることができる。
(7) 前記タイヤ回転状態推定手段(タイヤ回転状態推定器)34Bは、前記車両1Bのタイヤすべり角(前輪タイヤすべり角)αfを考慮して前記車両1Bのタイヤ回転状態(前輪車輪速)ωfl,ωfrを推定する構成とした。
このため、タイヤすべり角が大きく発生するタイヤであっても、タイヤ接地状態を高精度で推定することができる。
(8) 前記車両1Bの前輪転舵角δを検出する前輪転舵角検出手段(前輪転舵角検出器)37Bと、前記車両1Bのヨーレートγを検出するヨーレート検出手段(ヨーレート検出器)38Bと、前記車体速度Vと、前記前輪転舵角δと、前記ヨーレートγと、に基づいて、前記タイヤすべり角(前輪タイヤすべり角)αfを推定するタイヤすべり角推定手段(車両横方向運動ダイナミクスモデル)39Bと、を備えた構成とした。
このため、既存の車載センサを用いてタイヤすべり角及びタイヤ接地状態を推定することができ、車両原価の低減を図ることができる。
実施例4のタイヤ接地状態推定装置は、左右前輪を独立に駆動する車両においてタイヤすべり角に応じたタイヤ縦力特性の変化を考慮してタイヤ接地状態を推定する際、車体すべり角及びヨーレートを状態オブザーバの状態量に含ませた例である。
まず、構成を説明する。
図9は、実施例4のタイヤ接地状態推定装置を示す制御ブロック図である。なお、車両構成については、実施例3と同一であるため、説明を省略する。
実施例4のタイヤ接地状態推定装置30Cは、車速検出器31Cと、制駆動トルク検出器32Cと、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Cと、タイヤ回転状態推定器34Cと、車輪速検出器35Cと、第1補正値演算器36Cと、前輪転舵角検出器37Cと、ヨーレート検出器38Cと、車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cと、第2補正値演算器40Cと、を備えている。
前記車速検出器31Cは、車両の車体速度である車速Vを検出する車体速度検出・推定手段であり、ここでは、後輪用車輪速センサ22a,22bによって検出される左右後輪RL,RRの車輪速ωrl,ωrrから車速Vを求める。この車速検出器31Cによって求められた車速検出値は、タイヤ回転状態推定器34C及び車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cに入力される。
前記制駆動トルク検出器32Cは、車両の制駆動トルクTを検出する制駆動トルク検出・推定手段であり、ここでは、左輪モータ/ジェネレータMG1´及び右輪モータ/ジェネレータMG2´の駆動電流値をもとに、そのトルク定数と減速ギヤ比を考慮して制駆動トルクTを求める。この制駆動トルク検出器32Cによって求められた制駆動トルク検出値は、タイヤ回転状態推定器34Cに入力される。
前記摩擦円半径ダイナミクスモデル33Cは、制駆動輪である左右前輪FL,FRの摩擦円半径の動特性をモデル化した摩擦円半径のダイナミクスモデルを有し、車両のタイヤ接地状態である左右前輪FL,FRのタイヤ摩擦円半径Fpfl,Fpfrを推定するタイヤ接地状態推定手段である。この摩擦円半径ダイナミクスモデル33Cによって推定された摩擦円半径推定値(タイヤ接地状態推定値)は、タイヤ回転状態推定器34Cに入力される。
前記タイヤ回転状態推定器34Cは、車速検出器31Cにより求められた車速検出値と、制駆動トルク検出器32Cにより検出された制駆動トルク検出値と、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Cにより推定された摩擦円半径推定値と、車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cにより推定された前輪すべり角推定値と、に基づいて、車両のタイヤ回転状態である左右前輪FL,FRの車輪速ωfl,ωfrを推定するタイヤ回転状態推定手段である。このタイヤ回転状態推定器34Cは、スリップ率演算式34aCと、車輪ダイナミクスモデル34bCと、を有している。そして、タイヤ回転状態推定器34Cにより推定された車輪速推定値(タイヤ回転状態推定値)は、補正値演算器36Cに入力される。
前記スリップ率演算式34aCは、車速検出器31Cにより求められた車速検出値に基づいて、左右前輪FL,FRのタイヤスリップ率sfl,sfrを推定するものである。このスリップ率演算式34aCによって推定されたスリップ率推定値は、車輪ダイナミクスモデル34bCと、車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cに入力される。
前記車輪ダイナミクスモデル34bCは、制駆動トルク検出器32Cにより検出された制駆動トルク検出値と、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Cにより推定された摩擦円半径推定値と、スリップ率演算式34aCにより推定されたスリップ率推定値と、車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cにより推定された前輪すべり角推定値と、に基づいて、車両のタイヤ回転状態である左右前輪FL,FRの車輪速ωfl,ωfrを推定するものである。この車輪ダイナミクスモデル34bCにより推定された車輪速推定値は、タイヤ回転状態推定器34Cからの出力として第1補正値演算器36Cに入力されるだけでなく、スリップ率演算式34aCにも入力される。つまり、車輪ダイナミクスモデル34bCは、車輪速推定値をスリップ率演算式34aCにフィードバックする。
前記車輪速検出器35Cは、車両のタイヤ回転状態である左右前輪FL,FRの車輪速ωfl,ωfrを検出するタイヤ回転状態検出手段であり、ここでは、前輪用車輪速センサ23a,23bにより検出された前輪車輪速情報を車輪速検出値(タイヤ回転状態検出値)として出力する。この車輪速検出器35Cにより検出された車輪速検出値は、第1補正値演算器36Cに入力される。
前記第1補正値演算器36Cは、タイヤ回転状態推定器34Cからの車輪速推定値と、車輪速検出器35Cからの車輪速検出値との差に補正ゲインLを乗算し、この差を補償する第1補正信号を演算する第1補正信号演算手段である。この第1補正値演算器36Cにより求められた第1補正信号は、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Cと、タイヤ回転状態推定器34Cの車輪ダイナミクスモデル34bCにそれぞれ入力(帰還)される。つまり、第1補正値演算器36Cは、第1補正信号を、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Cとタイヤ回転状態推定器34Cにフィードバックする。
前記前輪転舵角検出器37Cは、車両の左右前輪FL,FRの転舵角δを検出する前輪転舵角検出手段であり、繰舵角センサ15からの回転角情報及びステアリングギヤ比に基づいて転舵角δを求める。この前輪転舵角検出器37Cにより検出された前輪転舵角検出値は、車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cに入力される。
前記ヨーレート検出器38Cは、実際の車両が発生するヨーレートγを検出するヨーレート検出手段であり、ヨーレートセンサ25により検出されたヨーレート情報をヨーレート検出値として出力する。このヨーレート検出器38Cにより検出されたヨーレート検出値は、第2補正値演算器40Cに入力される。
前記車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cは、車速検出器31Cにより検出された車速検出値と、前輪転舵角検出器37Cにより検出された前輪転舵角検出値と、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Cにより推定された摩擦円半径推定値と、タイヤ回転状態推定器34Cのスリップ率演算式34aCにより推定されたスリップ率推定値と、に基づいて、車両の前輪タイヤすべり角αf及びヨーレートγを推定する車両横方向運動状態推定手段である。この車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cにより推定された前輪すべり角推定値は、タイヤ回転状態推定器34Cに入力され、ヨーレート推定値は第2補正値演算器40Cに入力される。
前記第2補正値演算器40Cは、車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cからのヨーレート推定値と、ヨーレート検出器38Cからのヨーレート検出値との差に補正ゲインLを乗算し、この差を補償する第2補正信号を演算する第2補正信号演算手段である。この第2補正値演算器40Cにより求められた第2補正信号は、車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cに入力(帰還)される。つまり、第2補正値演算器40Cは、第2補正信号を、車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cにフィードバックする。
次に、作用を説明する。
実施例4のタイヤ接地状態推定装置30Cにおいて、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Cが含む摩擦円半径のダイナミクスモデルでは、左右前輪FL,FRの摩擦円半径Fpfl,Fpfrの動特性をモデル化する。このとき、摩擦円半径Fpfl,Fpfrの時間に応じた変化が区分的に一定、すなわちタイヤ接地状態である摩擦円半径Fpfl,Fpfrの時間による1階微分がゼロであると仮定する。このとき、制駆動トルクによる左右前輪FL,FRの回転運動と、車体の横方向運動と、摩擦円半径のダイナミクスモデルを、数式を用いてモデル化すると、以下の式(64)〜式(69)に示す車両運動方程式が成立する
ここで、前輪タイヤすべり角αfと、後輪タイヤすべり角αrは、それぞれ次の式(70),式(71)により求められる。
また、ρは前輪輪荷重と後輪輪荷重Fzrの比であって、左右前輪FL,FRの静的輪荷重Fzfと後輪の静的輪荷重Fzrとを用いて、次の式(72)によって与えられる。
そして、前輪タイヤ横力モデルhyf(.)及び後輪タイヤ横力モデルhyr(.)は、例えば、タイヤすべり角に応じたタイヤ横力の関係を前後輪FL,FR,RL,RRのそれぞれについて実験的に取得し、フラッシュモデルやマジックフォーミュラ等のタイヤモデルを用いてフィッティングすることでモデル化する。
さらに、式(64)〜式(67)における左前輪タイヤスリップ率sfl及び右前輪タイヤスリップ率sfrは、それぞれ次の式(73),式(74)によって求められる。
そして、左右前輪FL,FRの車輪速ωfl,ωfrと、車両のヨーレートγが観測できると仮定すると、系の出力yは、次の式(75)と定義できる。
そして、これらの式(64)〜式(69)の車両運動方程式と式(75)の出力方程式を、一般的な状態方程式の形式で表現すると、以下の式(76)及び式(77)を得る。
ここで、状態量xは[ωflωfrβγFpflFpfr]T、入力uは[TflTfr]Tである。
また、出力行列Cは、以下の式(78)で定義される。
さらに、この式(76),式(78)の状態方程式に基づいて、状態オブザーバを構成すると、以下の式(79),式(80)を得る。
なお、この状態オブザーバにおいて、状態量x以外の変数である車速Vは、例えば、後輪用車輪速センサ22a,22bからの後輪車輪速情報から計算する。また、前輪転舵角δは、例えば、繰舵角センサ15からの回転角情報からステアリングギヤ比を考慮して計算する。また、入力uとして定義された左右前輪FL,FRの制駆動トルクTfl,Tfrは、例えば、左輪モータ/ジェネレータMG1´及び右輪モータ/ジェネレータMG2´の駆動電流値をもとに、そのトルク定数と減速ギヤ比を考慮して求められる。さらに、出力yに含まれる左右前輪FL,FRの車輪速ωfl,ωfrは、前輪用車輪速センサ23a,23bによって検出される前輪車輪速情報を用い、ヨーレートγは、ヨーレートセンサ25によって検出されるヨーレート情報を用いる。
そして、補正ゲインLは、例えば、実施例1に記載した手法を用いて状態オブザーバが安定極を有するように定められる。
このように、実施例4のタイヤ接地状態推定装置30Cでは、車体すべり角βと、ヨーレートγと、摩擦円半径Fpfl,Fpfrを状態オブザーバの状態量xとして含み、互いの関連性を考慮して同時に推定する構成になっている。すなわち、摩擦円半径Fpfl,Fpfrの推定値に基づいて、車体すべり角βやヨーレートγといった車体横方向運動状態を推定している。さらに、このようにして推定された車体横方向運動状態に応じて特性を補正したタイヤ縦力モデルに基づいて、摩擦円半径を推定している。この結果、旋回時にタイヤすべり角が大きく生じた時であっても、精度よく摩擦円半径等のタイヤ接地状態を推定することができる。
特に、実施例4のタイヤ接地状態推定装置30Cでは、車速検出値と、前輪転舵角検出値と、スリップ率推定値と、摩擦円半径推定値と、に基づいて、前輪タイヤすべり角αfとヨーレートγを推定する車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cを有し、ヨーレート推定値とヨーレート検出値との差を補償する第2補正信号を、この車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cにフィードバックする構成となっている。そのため、状態オブザーバを用いてタイヤすべり角を推定し、適当な補正ゲインLを介して第2補正信号を計算することで、ヨーレート検出値に含まれるノイズの影響を低減しつつ、タイヤ接地状態である摩擦円半径を精度よく推定することができる。この結果、特に旋回走行時における、摩擦円半径の推定値に基づいて実施する車両運動制御の性能を向上でき、例えば、路面状態によらずドリフトアウトやスピンといった不安定な挙動を抑制する車両を実現することができる。
なお、実施例4のタイヤ接地状態推定装置30Cでは、第1補正信号を摩擦円半径ダイナミクスモデル33C及びタイヤ回転状態推定器34Cに入力し、第2補正信号を車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cに入力しているが、これに限らない。
例えば、図10に示すタイヤ接地状態推定装置30Caのように、第1補正信号を、摩擦円半径ダイナミクスモデル33C及びタイヤ回転状態推定器34Cに加え、車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cに入力してもよい。この場合、車輪速推定誤差に基づく第1補正信号が車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cにフィードバックされるため、前輪タイヤすべり角αfの推定精度を向上させることができる。このため、前輪すべり角推定値に基づいて推定される車輪速推定値の推定精度を向上し、その結果、タイヤ接地状態である摩擦円半径の推定精度の向上も図ることができる。よって、特に旋回走行時における、摩擦円半径推定値に基づいて実施する車両運動制御の性能を向上でき、例えば、路面状態によらずドリフトアウトやスピンといった不安定な挙動を抑制する車両を実現することができる。
また、例えば、図11に示すタイヤ接地状態推定装置30Cbのように、第2補正信号を、車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cに加え、摩擦円半径ダイナミクスモデル33C及びタイヤ回転状態推定器34Cの車輪ダイナミクスモデル34bCに入力してもよい。この場合、ヨーレート推定誤差に基づく第2補正信号が摩擦円半径ダイナミクスモデル33C及びタイヤ回転状態推定器34Cにフィードバックされるため、車輪速及び摩擦円半径の推定精度を向上させることができる。よって、特に旋回走行時における、摩擦円半径の推定値に基づいて実施する車両運動制御の性能を向上でき、例えば、路面状態によらずドリフトアウトやスピンといった不安定な挙動を抑制する車両を実現することができる。
なお、第2補正信号は、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Cとタイヤ回転状態推定器34Cとのうち、少なくともいずれか一方に入力すればよい。この場合であっても、タイヤ接地状態である摩擦円半径の推定精度を向上させることができる。
さらに、例えば、図12に示すタイヤ接地状態推定装置30Ccのように、第1補正信号を、摩擦円半径ダイナミクスモデル33C及びタイヤ回転状態推定器34Cに加え、車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cに入力し、第2補正信号を、車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cに加え、摩擦円半径ダイナミクスモデル33C及びタイヤ回転状態推定器34Cの車輪ダイナミクスモデル34bCに入力してもよい。この場合、車輪速推定誤差に基づく第1補正信号が車両横方向運動ダイナミクスモデル39Cにフィードバックされ、ヨーレート推定誤差に基づく第2補正信号が摩擦円半径ダイナミクスモデル33C及びタイヤ回転状態推定器34Cにフィードバックされる。これにより、車輪速、前輪タイヤすべり角、摩擦円半径のすべての推定精度を向上させることができる。よって、特に旋回走行時における、摩擦円半径の推定値に基づいて実施する車両運動制御の性能を向上でき、例えば、路面状態によらずドリフトアウトやスピンといった不安定な挙動を抑制する車両を実現することができる。
次に、効果を説明する。
実施例4のタイヤ接地状態推定装置30Cにあっては、下記に挙げる効果を得ることができる。
(9) 前記車両の前輪転舵角δを検出する前輪転舵角検出手段(前輪転舵角検出器)37Cと、前記車両のヨーレートγを検出するヨーレート検出手段(ヨーレート検出器)38Cと、前記車体速度Vと、前記前輪転舵角δと、前記タイヤ回転状態推定値(スリップ率推定値)と、前記タイヤ接地状態推定値(摩擦円半径推定値)と、に基づいて、前記車両のヨーレートγと前記タイヤすべり角αfを推定する車両横方向運動状態推定手段(車両横方向運動ダイナミクスモデル)39Cと、前記車両横方向運動状態推定手段39Cにより推定されたヨーレート推定値と、前記ヨーレート検出手段38Cにより検出されたヨーレート検出値との差を補償する第2補正信号を演算する第2補正信号演算手段(第2補正値演算器)40Cと、を備え、前記第2補正信号は、前記車両横方向運動状態推定手段39Cに帰還する構成とした。
このため、ヨーレート検出値に含まれるノイズの影響を低減しつつ、タイヤ接地状態を精度よく推定することができる。
(10) 前記第1補正信号は、前記車両横方向運動状態推定手段(車両横方向運動ダイナミクスモデル)39Cに帰還する構成とした。
このため、タイヤすべり角の推定精度を向上でき、これによりタイヤ接地状態を精度よく推定することができる。
(11) 前記第2補正信号は、前記タイヤ接地状態推定手段(摩擦円半径ダイナミクスモデル)33Cと、前記タイヤ回転状態推定手段(タイヤ回転状態推定器)34Cのうち、少なくとも一方に帰還する構成とした。
このため、タイヤ回転状態及びタイヤ接地状態を精度よく推定することができる。
(12) 前記第1補正信号は、前記車両横方向運動状態推定手段(車両横方向運動ダイナミクスモデル)39Cに帰還し、前記第2補正信号は、前記タイヤ接地状態推定手段(摩擦円半径ダイナミクスモデル)33Cと前記タイヤ回転状態推定手段(タイヤ回転状態推定器)34Cに帰還する構成とした。
このため、タイヤ回転状態、タイヤすべり角、タイヤ接地状態のそれぞれの推定精度を向上することができる。
実施例5のタイヤ接地状態推定装置は、実施例1と同様に後輪独立駆動機構を有する車両において、タイヤスリップ率と車速との関係を示す車両縦方向運動ダイナミクスモデルを状態オブザーバに含んだ例である。
まず、構成を説明する。
図13は、実施例5のタイヤ接地状態推定装置を示す制御ブロック図である。なお、車両構成については、実施例1と同一であるため、説明を省略する。
実施例5のタイヤ接地状態推定装置30Dは、車速検出器31Dと、制駆動トルク検出器32Dと、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Dと、タイヤ回転状態推定器34Dと、車輪速検出器35Dと、補正値演算器36Dと、車両縦方向運動ダイナミクスモデル37Dと、を備えている。
前記車速検出器31Dは、車両の車速Vを検出する車体速度検出・推定手段であり、ここでは、前輪用車輪速センサ23a,23bによって検出される左右前輪FL,FRの車輪速ωfl,ωfrから車速Vを求める。この車速検出器31Dによって求められた車速検出値は、タイヤ回転状態推定器34D及び補正値演算器36Dに入力される。
前記制駆動トルク検出器32Dは、車両の制駆動トルクTを検出する制駆動トルク検出・推定手段であり、ここでは、左輪モータ/ジェネレータMG1及び右輪モータ/ジェネレータMG2の駆動電流値をもとに、そのトルク定数と減速ギヤ比を考慮して制駆動トルクTを求める。この制駆動トルク検出器32Dによって求められた制駆動トルク検出値は、タイヤ回転状態推定器34Dに入力される。
前記摩擦円半径ダイナミクスモデル33Dは、左右後輪RL,RRの摩擦円半径Fprl,Fprrの動特性をモデル化した摩擦円半径のダイナミクスモデルを有し、車両のタイヤ接地状態である左右後輪RL,RRのタイヤ摩擦円半径Fprl,Fprrを推定するタイヤ接地状態推定手段である。この摩擦円半径ダイナミクスモデル33Dによって推定された摩擦円半径推定値(タイヤ接地状態推定値)は、タイヤ回転状態推定器34D及び車両縦方向運動ダイナミクスモデル37Dに入力される。
前記タイヤ回転状態推定器34Dは、車速検出器31Dにより求められた車速検出値と、制駆動トルク検出器32Dにより検出された制駆動トルク検出値と、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Dにより推定された摩擦円半径推定値と、車両縦方向運動ダイナミクスモデル37Dにより推定された車速推定値と、に基づいて、車両のタイヤ回転状態である左右後輪RL,RRの車輪速ωrl,ωrrを推定するタイヤ回転状態推定手段である。このタイヤ回転状態推定器34Dは、スリップ率演算式34aDと、車輪ダイナミクスモデル34bDと、を有している。そして、タイヤ回転状態推定器34Dにより推定された車輪速推定値(タイヤ回転状態推定値)は、補正値演算器36Dに入力される。
前記スリップ率演算式34aDは、車速検出器31Dにより求められた車速検出値に基づいて、左右後輪RL,RRのタイヤスリップ率srl,srrを推定するものである。このスリップ率演算式34aDによって推定されたスリップ率推定値は、車輪ダイナミクスモデル34bD及び車両縦方向運動ダイナミクスモデル37Dに入力される。
前記車輪ダイナミクスモデル34bDは、制駆動トルク検出器32Dにより検出された制駆動トルク検出値と、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Dにより推定された摩擦円半径推定値と、スリップ率演算式34aDにより推定されたスリップ率推定値と、車両縦方向運動ダイナミクスモデル37Dにより推定された車速推定値と、に基づいて、車両のタイヤ回転状態である左右後輪RL,RRの車輪速ωrl,ωrrを推定するものである。この車輪ダイナミクスモデル34bDにより推定された車輪速推定値は、タイヤ回転状態推定器34Dからの出力として補正値演算器36Dに入力されるだけでなく、スリップ率演算式34aDにも入力される。つまり、車輪ダイナミクスモデル34bDは、車輪速推定値をスリップ率演算式34aDにフィードバックする。
前記車輪速検出器35Dは、車両のタイヤ回転状態である左右後輪RL,RRの車輪速ωrl,ωrrを検出するタイヤ回転状態検出手段であり、ここでは、後輪用車輪速センサ22a,22bにより検出された後輪車輪速情報を車輪速検出値(タイヤ回転状態検出値)として出力する。この車輪速検出器35Dにより検出された車輪速検出値は、補正値演算器36Dに入力される。
前記補正値演算器36Dは、タイヤ回転状態推定器34Dからの車輪速推定値と、車輪速検出器35Dからの車輪速検出値との差と、車両縦方向運動ダイナミクスモデル37Dからの車速推定値と、車速検出器31Dからの車速検出値と差に補正ゲインLを乗算し、この差を補償する第1補正信号を演算する第1補正信号演算手段である。この補正値演算器36Dにより求められた第1補正信号は、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Dと、タイヤ回転状態推定器34Dの車輪ダイナミクスモデル34bDと、車両縦方向運動ダイナミクスモデル37Dにそれぞれ入力(帰還)される。つまり、補正値演算器36Dは、第1補正信号を、摩擦円半径ダイナミクスモデル33D、タイヤ回転状態推定器34D、車両縦方向運動ダイナミクスモデル37Dにフィードバックする。
前記車両縦方向運動ダイナミクスモデル37Dは、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Dにより推定された摩擦円半径推定値と、スリップ率演算式34aDにより推定されたスリップ率推定値と、に基づいて、車両の車速Vを推定するものである。この車両縦方向運動ダイナミクスモデル37Dにより推定された車速推定値は、タイヤ回転状態推定器34Dの車輪ダイナミクスモデル34bDと、補正値演算器36Dに入力される。
次に、作用を説明する。
実施例5のタイヤ接地状態推定装置30Dにおいて、摩擦円半径ダイナミクスモデル33Dが含む摩擦円半径のダイナミクスモデルでは、左右後輪RL,RRの摩擦円半径Fprl,Fprrの時間変化が区分的に線形、すなわちタイヤ接地状態である摩擦円半径の時間による2階微分がゼロであると仮定する。このとき、制駆動トルクによる左右後輪RL,RRの回転運動と、車体の縦方向運動と、摩擦円半径のダイナミクスモデルを、数式を用いてモデル化すると、以下の式(81)〜式(87)に示す車両運動方程式が成立する。
ここで、Fprldは、左後輪摩擦円半径Fprlの1階微分を示し、Fprrdは、右後輪摩擦円半径Fprrの1階微分を示す。hx(.)は、タイヤ縦力モデルであり、例えば、輪荷重と路面摩擦係数とタイヤスリップ率に応じて生じるタイヤ縦力を実験的に求め、フラッシュモデルやマジックフォーミュラ等のタイヤモデルを用いてフィッティングすることで同定する。
そして、式(81)〜式(83)における左後輪タイヤスリップ率srl及び右後輪タイヤスリップ率srrは、以下の式(88),式(89)により求められる。
さらに、車両のタイヤ回転状態である左右後輪RL,RRの各車輪速ωrl,ωrrと車速Vが観測できると仮定すると、系の出力yは、式(90)と定義できる。
そして、これらの式(81)〜式(87)の車両運動方程式と式(90)の出力方程式を、一般的な状態方程式の形式で表現すると、以下の式(91)及び式(92)を得る。
ここで、状態量xは[ωrlωrrVFprlFprldFprrFprrd]T、入力uは[TrlTrr]Tである。
また、出力行列Cは、以下の式(93)で定義される。
さらに、この式(91)及び式(92)の状態方程式に基づいて、状態オブザーバを構成すると、以下の式(94)及び式(95)を得る。
なお、この状態オブザーバにおいて、入力uとして定義された左右後輪RL,RRの制駆動トルクTrl,Trrは、例えば、左輪モータ/ジェネレータMG1及び右輪モータ/ジェネレータMG2の駆動電流値をもとに、そのトルク定数と減速ギヤ比を考慮して求められる。一方、出力yに含まれる左右後輪RL,RRの各車輪速ωrl,ωrrは、例えば、後輪用車輪速センサ22a,22bからの後輪車輪速情報を用いる。また、車速Vは、例えば、前輪用車輪速センサ23a,23bからの前輪車輪速情報から算出された値を用いる。
そして、状態オブザーバの補正ゲインLは、通常、状態オブザーバが安定極を有するように定められる。
このように、実施例5のタイヤ接地状態推定装置30Dでは、左後輪タイヤスリップ率srl及び右後輪タイヤスリップ率srrの推定値から、車両縦運動ダイナミクスモデルに基づいて車速Vを推定し、この車速推定値と車速検出値の誤差に補正ゲインLを乗じて、各ダイナミクスモデルに帰還する構成になっている。このように、タイヤスリップ率srl,srrと車速Vとの関連性をモデル化することで、タイヤスリップ率srl,srrをより精度良く推定できる。さらに、この高精度で推定したタイヤスリップ率srl,srrに基づいて摩擦円半径Fpfl,Fpfrを推定することができるため、タイヤ接地状態である摩擦円半径Fpfl,Fpfrの推定精度を向上できる。
また、実施例1〜実施例4における車両運動方程式では、摩擦円半径Fpfl,Fpfrの時間変化が区分的に一定であると仮定してモデル化したのに対し、この実施例5では摩擦円半径Fpfl,Fpfrの時間変化が区分的に線形であるとモデル化した。これにより、タイヤ接地状態である摩擦円半径Fpfl,Fpfrが比較的速く変動する場合であっても、推定精度の向上を図ることができる。
実施例6のタイヤ接地状態推定装置は、左右後輪を一つの駆動モータにより同時に駆動する車両において、左右後輪を1輪としてモデル化することでダイナミクスモデルを低次元化し、状態オブザーバの計算負荷を小さくした例である。
まず、構成を説明する。なお、実施例1〜実施例5において説明した車両1と同一の部分については、同一の符号を付してその説明を省略する。
図14は、実施例6のタイヤ接地状態推定装置が適用された車両を示す全体システム図である。
実施例6における車両1Eは、図14に示すように、左右前輪FL,FRと、左右後輪RL,RRと、モータ/ジェネレータMGと、モータコントローラ2と、前輪操舵機構10と、統合コントローラ20Eと、を備えている。
ここで、モータ/ジェネレータMGは、図示しないディファレンシャルギヤを介して左右後輪RL,RRに接続されており、この左右後輪RL,RRを同時に駆動する。そして、前記統合コントローラ20Eには、実施例1の場合と同様にアクセル開度情報、後輪車輪速情報、前輪車輪速情報、回転角情報が入力される。さらに、この統合コントローラ20Eでは、図15に示すタイヤ接地状態推定装置30Eを実装する。
図15は、実施例6のタイヤ接地状態推定装置を示す制御ブロック図である。
実施例6のタイヤ接地状態推定装置30Eは、車速検出器31Eと、制駆動トルク検出器32Eと、路面摩擦係数ダイナミクスモデル33Eと、タイヤ回転状態推定器34Eと、車輪速検出器35Eと、補正値演算器36Eと、を備えている。
前記車速検出器31Eは、車両1Eの車速Vを検出する車体速度検出・推定手段であり、ここでは、前輪用車輪速センサ23a,23bによって検出される左右前輪FL,FRの車輪速ωfl,ωfrから車速Vを求める。この車速検出器31Eによって求められた車速検出値は、タイヤ回転状態推定器34Eに入力される。
前記制駆動トルク検出器32Eは、車両1Eの制駆動トルクTを検出する制駆動トルク検出・推定手段であり、ここでは、モータ/ジェネレータMGの駆動電流値をもとに、そのトルク定数と減速ギヤ比を考慮して制駆動トルクTを求める。この制駆動トルク検出器32Eによって求められた制駆動トルク検出値は、タイヤ回転状態推定器34Eに入力される。
前記路面摩擦係数ダイナミクスモデル33Eは、制駆動輪である左右後輪RL,RRにおける路面摩擦係数μの動特性をモデル化した路面摩擦係数のダイナミクスモデルを有し、車両1Eのタイヤ接地状態である後輪における路面摩擦係数μを推定するタイヤ接地状態推定手段である。この路面摩擦係数ダイナミクスモデル33Eによって推定された路面摩擦係数推定値(タイヤ接地状態推定値)は、タイヤ回転状態推定器34Eに入力される。
前記タイヤ回転状態推定器34Eは、車速検出器31Eにより求められた車速検出値と、制駆動トルク検出器32Eにより検出された制駆動トルク検出値と、路面摩擦係数ダイナミクスモデル33Eにより推定された路面摩擦係数推定値と、に基づいて、車両1Eのタイヤ回転状態である後輪の車輪速ωを推定するタイヤ回転状態推定手段である。このタイヤ回転状態推定器34Eは、スリップ率演算式34aEと、車輪ダイナミクスモデル34bEと、を有している。そして、タイヤ回転状態推定器34Eにより推定された車輪速推定値(タイヤ回転状態推定値)は、補正値演算器36Eに入力される。
前記スリップ率演算式34aEは、車速検出器31Eにより求められた車速検出値に基づいて、後輪のタイヤスリップ率sを推定するものである。このスリップ率演算式34aEによって推定されたスリップ率推定値は、車輪ダイナミクスモデル34bEに入力される。
前記車輪ダイナミクスモデル34bEは、制駆動トルク検出器32Eにより検出された制駆動トルク検出値と、路面摩擦係数ダイナミクスモデル33Eにより推定された摩擦円半径推定値と、スリップ率演算式34aEにより推定されたスリップ率推定値と、に基づいて、車両1Eのタイヤ回転状態である後輪の車輪速ωを推定するものである。この車輪ダイナミクスモデル34bEにより推定された車輪速推定値は、タイヤ回転状態推定器34Eからの出力として補正値演算器36Eに入力されるだけでなく、スリップ率演算式34aEにも入力される。つまり、車輪ダイナミクスモデル34bEは、車輪速推定値をスリップ率演算式34aEにフィードバックする。
前記車輪速検出器35Eは、車両1Eのタイヤ回転状態である左右後輪RL,RRの車輪速ωrl,ωrrを検出するタイヤ回転状態検出手段であり、ここでは、後輪用車輪速センサ22a,22bにより検出された後輪車輪速情報を車輪速検出値(タイヤ回転状態検出値)として出力する。この車輪速検出器35Eにより検出された車輪速検出値は、補正値演算器36Eに入力される。
前記補正値演算器36Eは、タイヤ回転状態推定器34Eからの車輪速推定値と、車輪速検出器35Eからの車輪速検出値との差に補正ゲインLを乗算し、この差を補償する第1補正信号を演算する第1補正信号演算手段である。この補正値演算器36Eにより求められた第1補正信号は、路面摩擦係数ダイナミクスモデル33Eと、タイヤ回転状態推定器34Eの車輪ダイナミクスモデル34bEにそれぞれ入力(帰還)される。つまり、補正値演算器36Eは、第1補正信号を、路面摩擦係数ダイナミクスモデル33Eとタイヤ回転状態推定器34Eにフィードバックする。
次に、作用を説明する。
実施例6のタイヤ接地状態推定装置30Eでは、左右後輪RL,RRが一つのモータ/ジェネレータMGによって同時に駆動されるため、左右後輪RL,RRにおける各路面摩擦係数Fprl,Fprrと各タイヤスリップ率srl,srrが左右輪で等しいと仮定する。また、図16に示すように、前輪FL,FRと後輪RL,RRに関しても左右輪を同一の一輪F,Rとモデル化する。これにより、ダイナミクスモデルを低次元化することができる。
そして、路面摩擦係数ダイナミクスモデル33Eが含む路面摩擦係数のダイナミクスモデルにおいて、後輪Rにおける路面摩擦係数μの時間に応じた変化が区分的に一定、すなわち路面摩擦係数μの時間による1階微分がゼロであると仮定する。このとき、制駆動トルクTによる後輪Rの回転運動と後輪Rの路面摩擦係数μのダイナミクスモデルを、数式を用いてモデル化すると、以下の式(96),式(97)に示す車両運動方程式が成立する。
ここで、hx(.)は、後輪のタイヤ縦力モデルであり、例えば、輪荷重と路面摩擦係数とタイヤスリップ率に応じて生じるタイヤ縦力を実験的に求め、フラッシュモデルやマジックフォーミュラ等のタイヤモデルを用いてフィッティングすることで同定する。
そして、式(96)における後輪タイヤスリップ率sは、以下の式(98)により求められる。
さらに、車両1Eのタイヤ回転状態である後輪車輪速ωが観測できると仮定すると、系の出力yは、式(99)と定義できる。
・・・式(99)
そして、これらの式(96),式(97)の車両運動方程式と式(99)の出力方程式を、一般的な状態方程式の形式で表現すると、以下の式(100)及び式(101)を得る。
ここで、状態量xは[ωμ]T、入力uはTである。
また、出力行列Cは、以下の式(102)で定義される。
さらに、この式(100)及び式(101)の状態方程式に基づいて、状態オブザーバを構成すると、以下の式(103)を得る。
なお、この状態オブザーバにおいて、状態量x以外の変数である車速Vは、例えば、前輪用車輪速センサ23a,23bからの前輪車輪速情報から計算する。また、入力uとして定義された後輪の制駆動トルクTは、例えば、モータ/ジェネレータMGの駆動電流値をもとに、そのトルク定数と減速ギヤ比を考慮して求められる。一方、出力yは、後輪の車輪速ωであり、例えば、後輪用車輪速センサ22a,22bからの後輪車輪速情報から、左右後輪RL,RRの各車輪速ωrl,ωrrの平均値を用いる。
そして、状態オブザーバの補正ゲインLは、通常、状態オブザーバが安定極を有するように定められる。このような状態オブザーバにより状態量xを推定することで、この状態量推定値に含まれる後輪の路面摩擦係数μを推定することができる。
このように、実施例6のタイヤ接地状態推定装置30Eでは、制駆動輪である左右後輪RL,RRについて、左右輪を同一の一輪Rとモデル化することで、ダイナミクスモデルを簡略化し、式(96)に示すように2次の微分方程式で表現した。これにより、ダイナミクスモデルに基づいて状態オブザーバを構成した際に、実施例1〜実施例5に示した場合よりも計算量を低減することができ、より低能力の車載演算素子を用いることができる。この結果、車両原価の低減を図ることができる。
以上、本発明のタイヤ接地状態推定装置を実施例1〜実施例6に基づき説明してきたが、具体的な構成については、これらの実施例に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
例えば、実施例3のタイヤ接地状態推定装置30Bでは、車速検出値と前輪転舵角検出値とヨーレート検出値と、に基づいて、車両横方向運動ダイナミクスモデル39Bにより前輪タイヤすべり角αfを推定している。しかしながら、これに限らず、図17に示すように、図8に示すタイヤ接地状態推定装置30Bの構成に、車体横加速度検出手段である横加速度検出器40Bと、車体すべり角推定手段である車体すべり角推定器41Bと、を加えたタイヤ接地状態推定装置30B´であってもよい。
この場合では、横加速度検出器40Bにより検出された横加速度検出値と、車速検出値と、ヨーレート検出値と、に基づいて、車体すべり角推定器41Bにより、車体に作用する車体すべり角βを推定する。そして、この車体すべり角推定値と、車速検出値と、ヨーレート検出値と、前輪転舵角検出値と、に基づいて、車両横方向運動ダイナミクスモデル39B´により前輪タイヤすべり角αfを推定する。
このように、横加速度検出値、車速検出値、ヨーレート検出値に基づいて推定した車体すべり角を利用して前輪タイヤすべり角αfを推定する場合であっても、既存の車両に備えられている車載センサによって容易に検出可能な値からタイヤのすべり角及びタイヤ接地状態を推定することができる。このため、タイヤ接地状態推定装置を搭載した際の車体原価の増加を抑制することができる。
また、上記各実施例において、車速Vは車速検出器によって検出され、制駆動トルクTは制駆動トルク検出器によって検出されている。しかしながら、車速Vや制駆動トルクTが検出できない場合には、既知の方法によって推定し、その推定値を利用してタイヤ回転状態の推定を行ってもよい。
そして、上記各実施例のタイヤ接地状態推定装置は、モータ/ジェネレータMGを駆動源とする電気自動車に適用した例としたが、主たる動力源としてエンジンのみを搭載したエンジン車や、エンジンと電動モータを用いるハイブリッド車両に適用してもよいし、燃料電池車に適用してもよい。いずれの車両であっても、高精度でタイヤ接地状態を推定することで、より安定的な車両運動制御を実現することができる。