(全体構成)
図1は、本発明の実施の形態に従う交流電動機の制御装置が適用されるモータ駆動システムの概略構成構成図である。
図1を参照して、電動機制御システム100は、直流電圧発生部10♯と、平滑コンデンサC0と、インバータ14と、制御装置30と、交流電動機M1とを備える。
交流電動機M1は、たとえば、ハイブリッド自動車または電気自動車等の電動車両の駆動輪を駆動するためのトルクを発生する駆動用電動機である。すなわち、本実施の形態では、電動車両は、エンジンを搭載しない電気自動車を含め、車輪駆動力発生用の電動機を搭載する車両全般を含むものである。なお、交流電動機M1は、一般的には、電動機および発電機の機能を併せ持つように構成される。また、この交流電動機M1は、ハイブリッド自動車では、エンジンにて駆動される発電機の機能を持つように構成されてもよい。さらに、交流電動機M1は、エンジンに対して電動機として動作し、たとえば、エンジン始動を行ない得るようなものとしてハイブリッド自動車に組み込まれるようにしてもよい。
直流電圧発生部10♯は、直流電源Bと、システムリレーSR1,SR2と、平滑コンデンサC1と、コンバータ12とを含む。
直流電源Bは、ニッケル水素またはリチウムイオン等の二次電池、燃料電池や電気二重層キャパシタ、あるいは、これらの組合せから成る。直流電源Bに設けられたセンサ10によって、直流電源Bの電圧(Vb)、電流および温度が検知される。センサ10による検出値は、制御装置30へ出力される。
システムリレーSR1は、直流電源Bの正極端子および電力線6との間に接続され、システムリレーSR2は、直流電源Bの負極端子および電力線5の間に接続される。システムリレーSR1,SR2は、制御装置30からの信号SEによりオン/オフされる。平滑コンデンサC1は、電力線6および電力線5の間に接続される。電力線6および電力線5の間の直流電圧VLは、電圧センサ11によって検出される。電圧センサ11による検出値は、制御装置30へ送出される。
コンバータ12は、リアクトルL1と、電力用半導体スイッチング素子Q1,Q2と、ダイオードD1,D2とを含む。
電力用半導体スイッチング素子Q1およびQ2は、電力線7および電力線5の間に直列に接続される。電力用半導体スイッチング素子Q1およびQ2のオン・オフは、制御装置30からのスイッチング制御信号S1およびS2によって制御される。
この発明の実施の形態において、電力用半導体スイッチング素子(以下、単に「スイッチング素子」と称する)としては、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)、電力用MOS(Metal Oxide Semiconductor)トランジスタあるいは、電力用バイポーラトランジスタ等を用いることができる。スイッチング素子Q1,Q2に対しては、逆並列ダイオードD1,D2が配置されている。
リアクトルL1は、スイッチング素子Q1およびQ2の接続ノードと電力線6の間に接続される。また、平滑コンデンサC0は、電力線7および電力線5の間に接続される。
インバータ14は、電力線7および電力線5の間に並列に設けられる、U相アーム15と、V相アーム16と、W相アーム17とから成る。各相アームは、電力線7および電力線5の間に直列接続されたスイッチング素子から構成される。たとえば、U相アーム15は、スイッチング素子Q3,Q4から成り、V相アーム16は、スイッチング素子Q5,Q6から成り、W相アーム17は、スイッチング素子Q7,Q8から成る。また、スイッチング素子Q3〜Q8に対して、逆並列ダイオードD3〜D8がそれぞれ接続されている。スイッチング素子Q3〜Q8のオン・オフは、制御装置30からのスイッチング制御信号S3〜S8によって制御される。
各相アームの中間点は、交流電動機M1の各相コイルの各相端に接続されている。代表的には、交流電動機M1は、3相の永久磁石モータであり、U,V,W相の3つのコイルの一端が中点に共通接続されて構成される。さらに、各相コイルの他端は、各相アーム15〜17のスイッチング素子の中間点と接続されている。
コンバータ12は、基本的には、各スイッチング周期内でスイッチング素子Q1およびQ2が相補的かつ交互にオン・オフするように制御される。コンバータ12は、昇圧動作時には、直流電源Bから供給された直流電圧VLを直流電圧VH(インバータ14への入力電圧に相当するこの直流電圧を、以下「システム電圧」とも称する)へ昇圧する。この昇圧動作は、スイッチング素子Q2のオン期間にリアクトルL1に蓄積された電磁エネルギを、スイッチング素子Q1および逆並列ダイオードD1を介して、電力線7へ供給することにより行なわれる。
また、コンバータ12は、降圧動作時には、直流電圧VHを直流電圧VLに降圧する。この降圧動作は、スイッチング素子Q1のオン期間にリアクトルL1に蓄積された電磁エネルギを、スイッチング素子Q2および逆並列ダイオードD2を介して、電力線6へ供給することにより行なわれる。これらの昇圧動作または降圧動作における電圧変換比(VHおよびVLの比)は、上記スイッチング周期に対するスイッチング素子Q1,Q2のオン期間比(デューティ比)により制御される。なお、スイッチング素子Q1およびQ2をオンおよびオフにそれぞれ固定すれば、VH=VL(電圧変換比=1.0)とすることもできる。
平滑コンデンサC0は、電力線7上の直流電圧を平滑化する。電圧センサ13は、平滑コンデンサC0の両端の電圧、すなわち、システム電圧VHを検出し、その検出値を制御装置30へ出力する。
インバータ14は、交流電動機M1のトルク指令値が正(Trqcom>0)の場合には、制御装置30からのスイッチング制御信号S3〜S8に応答したスイッチング素子Q3〜Q8のスイッチング動作によって、電力線7上の直流電圧を交流電圧に変換して正のトルクを出力するように交流電動機M1を駆動する。また、インバータ14は、交流電動機M1のトルク指令値が零の場合(Trqcom=0)には、スイッチング制御信号S3〜S8に応答したスイッチング動作により、直流電圧を交流電圧に変換してトルクが零になるように交流電動機M1を駆動する。これにより、交流電動機M1は、トルク指令値Trqcomによって指定された零または正のトルクを発生するように駆動される。
さらに、電動機制御システム100が搭載された電動車両の回生制動時には、交流電動機M1のトルク指令値Trqcomは負に設定される(Trqcom<0)。この場合には、インバータ14は、スイッチング制御信号S3〜S8に応答したスイッチング動作により、交流電動機M1が発電した交流電圧を直流電圧に変換し、その変換した直流電圧(システム電圧)を平滑コンデンサC0を介してコンバータ12へ供給する。なお、ここで言う回生制動とは、電動車両を運転するドライバーによるフットブレーキ操作があった場合の回生発電を伴う制動や、フットブレーキを操作しないものの、走行中にアクセルペダルをオフすることで回生発電をさせながら車両を減速(または加速の中止)させることを含む。
電流センサ24は、交流電動機M1に流れる電流(相電流)を検出し、その検出値を制御装置30へ出力する。なお、三相電流iu,iv,iwの瞬時値の和は零であるので、図1に示すように2相分のモータ電流(たとえば、V相電流ivおよびW相電流iw)を検出するように配置してもよい。
回転角センサ(レゾルバ)25は、交流電動機M1のロータ回転角ANGを検出し、その検出した回転角ANGを制御装置30へ送出する。制御装置30では、回転角ANGに基づき交流電動機M1の回転速度および回転周波数ωeを算出できる。なお、回転角センサ25については、回転角ANGを制御装置30にてモータ電圧や電流から直接演算することによって、配置を省略してもよい。
制御装置30は、電子制御ユニット(ECU)により構成され、予め記憶されたプログラムを図示しないCPU(Central Processing Unit)で実行することによるソフトウ
ェア処理および/または専用の電子回路によるハードウェア処理により、電動機制御システム100の動作を制御する。
代表的な機能として、制御装置30は、センサ10による検出値、トルク指令値Trqcom、電圧センサ11によって検出された直流電圧VL、電圧センサ13によって検出されたシステム電圧VHおよび電流センサ24によって検出されるモータ電流iv,iw、回転角センサ25からの回転角ANG等に基づいて、コンバータ12およびインバータ14の動作を制御する。すなわち、コンバータ12およびインバータ14を上記のように制御するためのスイッチング制御信号S1〜S8を生成して、コンバータ12およびインバータ14へ出力する。
具体的には、制御装置30は、システム電圧VHをフィードバック制御し、システム電圧VHが電圧指令値に一致するようにスイッチング制御信号S1,S2を生成する。また、制御装置30は、後述する制御方式により交流電動機M1がトルク指令値Trqcomに従ったトルクを出力するように、スイッチング制御信号S3〜S8を生成してインバータ14へ出力する。さらに、制御装置30は、電動機制御システム100の起動/停止に応答して、システムリレーSR1,SR2のオンオフを制御する。
(制御構成)
次に、制御装置30によって制御される、インバータ14における電力変換について詳細に説明する。
図2に示すように、本発明の実施の形態による交流電動機制御では、インバータ14における電力変換について3つの制御モードを切換えて使用する。
正弦波PWM制御は、一般的なPWM制御として用いられるものであり、各相アームにおけるスイッチング素子のオン・オフを、正弦波状の電圧指令値と搬送波(代表的には三角波)との電圧比較に従って制御する。この結果、上アーム素子のオン期間に対応するハイレベル期間と、下アーム素子のオン期間に対応するローレベル期間との集合について、一定期間内でその基本波成分が正弦波となるようにデューティ比が制御される。周知のように、正弦波PWM制御では、交流電動機M1に印加される線間電圧の基本波成分(実効値)をインバータ入力電圧の0.61倍程度までしか高めることができない。以下、本明細書では、インバータ14の直流リンク電圧(すなわち、システム電圧VH)に対する交流電動機M1の線間電圧の基本波成分(実効値)の比を「変調率」と称することとする。
一方、矩形波電圧制御では、上記一定期間内で、ハイレベル期間およびローレベル期間の比が1:1の矩形波1パルス分を交流電動機M1に印加する。これにより、変調率は0.78まで高められる。
過変調PWM制御は、電圧指令の振幅が搬送波振幅より大きい範囲で上記正弦波PWM制御と同様のPWM制御を行なうものである。特に、電圧指令を本来の正弦波波形から歪ませることによって基本波成分を高めることができ、変調率を正弦波PWM制御モードでの最高変調率から0.78の範囲まで高めることができる。
交流電動機M1では、回転速度や出力トルクが増加すると誘起電圧が高くなるため、必要となる駆動電圧(モータ必要電圧)が高くなる。コンバータ12による昇圧電圧すなわち、システム電圧VHはこのモータ必要電圧よりも高く設定する必要がある。その一方で、コンバータ12による昇圧電圧すなわち、システム電圧VHには限界値(VH最大電圧)が存在する。
したがって、交流電動機M1の動作状態に応じて、モータ電流のフィードバックによってモータ印加電圧(交流)の振幅および位相を制御する、正弦波PWM制御または過変調PWM制御によるPWM制御モード、および、矩形波電圧制御モードのいずれかが選択的に適用される。なお、矩形波電圧制御では、モータ印加電圧の振幅が固定されるため、トルク実績値とトルク指令値との偏差に基づく、矩形波電圧パルスの位相制御によってトルク制御が実行される。
図3は、矩形波電圧制御における電圧位相θvと出力トルクとの対応関係を示す概念図である。
図3を参照して、一般的には、正トルク発生時(Tqcom>0)には、トルク不足時には電圧位相θvを進める一方で、トルク過剰時には電圧位相θvを遅らせるように、トルク偏差に応じて電圧位相θvは制御される。これに対して、負トルク発生時(Tqcom<0)には、トルク不足時には電圧位相θvを遅らせる一方で、トルク過剰時には電圧位相θvを進めるように、トルク偏差に応じて電圧位相θvが制御される。
ここで、図3に示した電圧位相に対する交流電動機の出力トルク特性について説明する。
モータ運転状態を反映した出力トルク特性は、以下に説明するトルク演算式によって把握される。一般に知られているように、永久磁石型同期電動機におけるd軸およびq軸上での電圧方程式およびトルク式は、下記(1)〜(3)式で示される。
(1),(2)式において、Raは電機子巻線抵抗を示し、Ψは永久磁石の電機子鎖交磁束数を示し、Pは交流電動機M1の極対数を示す。また、ωは交流電動機M1の電気角速度を示している。電気角速度ωは、モータ回転速度Nm(rpm)を用いて、ω=2π・(Nm/60)・P)で求めることができる。
なお、巻線抵抗に依存する電圧成分はごく低速領域で寄与し、回転速度上昇に従いそれ以外の成分が支配的になる。このため、矩形波電圧制御が高速度域で適用されることを考慮すると、(1),(2)式での巻線抵抗成分は無視できる。このため、上記(1),(2)式は、矩形波電圧制御適用時には、下記(4),(5)式で示される。
さらに、矩形波電圧制御時には、d軸電圧およびq軸電圧で示されるモータ印加電圧(線間電圧)の基本波成分が、システム電圧VHの0.78倍となることを考慮すると、(4)式,(5)式を、上記(3)式に適用することによって、矩形波電圧の電圧位相θと交流電動機M1の出力トルクTとの間の関係を示すトルク演算式(6)を得ることができる。
(6)式から理解されるように、モータ運転状態を示すモータ変数VH,ω(Nm)をトルク演算式に代入することにより、現在の運転状態における、電圧位相θとトルクTとの関係が、マップ参照することなく、演算により求められることになる。なお、(6)式中において、ψは交流電動機M1の逆起電圧係数を示す。また、定数項Ka,Kbは、モータ定数として予め固定されるので、上記(6)式は、下記(7)式のように変形できる。すなわち、(6),(7)式は、モータ変数VH,ωおよび電圧位相θを変数とするトルク演算式となっている。すなわち、出力可能な最大トルク値は、モータ変数VH,ωに依存する。
図4には、(6),(7)式のトルク演算式に従って電圧位相θvとトルクとの関係を図示する出力トルク特性線が示される。(6),(7)式から理解されるとおり、電圧位相θの三角関数(sin)に従ってトルクTが変化するため、高トルク領域、すなわち、電圧位相θが大きい領域では、電圧位相θvの変化に対するトルクTの変化が小さくなる。
図4を参照して、トルクがT3のときの電圧位相θv=θ3であり、トルクがT1のときの電圧位相θv=θ1であるものとする。そして、θ2は、θ1およびθ3の平均値に相当するものとする(すなわち、θ3−θ2=θ2−θ1)。
ここで、トルクがT1の状態(非高トルク領域)において、トルク指令値がT3に変化したときに、正のトルク偏差(T3−T1)に対するフィードバック制御によって、電圧位相θvがθ1からθ2に変更されたものとする。このとき、トルクはT1からT2へ増加するので、トルク指令値T3に近付いている。
一方で、トルクがT3の状態(高トルク領域)で、トルク指令値がT1に変化したときに、上記と共通のフィードバック制御を行うと、絶対値が同一の負のトルク偏差(T1−T3)に対して、電圧位相θvについて、上記と同一量であって、反対方向の変化量が演算される。これにより、電圧位相θvがθ3からθ2に変更されることによって、トルクはT3からT2へ減少する。しかしながら、このトルク減少量はトルク指令値(T1)に対しては不十分であることが理解される。
図5には、高トルク領域と非高トルク領域(通常領域)との間でトルクを変化させる場合の制御応答性を説明するための概念的な波形図が示される。
図5を参照して、時刻taまでの間、トルク指令値Tqcom=T1に設定される。おして、交流電動機M1に対して高トルクを要求する事象の発生に応じて、時刻taからトルク指令値Tqcomが上昇される。この際に、トルク指令値Tqcomの変化レート(時間変化率)には、一定の制限が設けられることが一般的である。このため、トルク指令値Tqcomは、この制限レート(上限)に従って、T1からT3まで上昇する。
トルク指令値Tqcomは、時刻tbまでの間T3に維持される。そして、時刻tbにおいて、高トルクを要求する事象の終了に応じて、トルク指令値TqcomがT3からT1まで減少される。たとえば、この事象は、ハイブリッド自動車におけるエンジン始動処理に相当する。
時刻ta以降では、非高トルク領域から、トルク指令値Tqcomが上昇する。非高トルク領域では、トルク偏差に基づくフィードバック制御によって電圧位相を変化させる際に、電圧位相の変化に対するトルク変化量がある程度確保できる。したがって、トルクをT1から上昇させる場合には、トルク指令値Tqcomの上昇に追従するように、トルク実績値Tqを制御することができる。
これに対して、時刻tb以降では、高トルク領域から、トルク指令値Tqcomが低下する。高トルク領域では、フィードバック制御によって電圧位相を変化させる際に、電圧位相の変化に対するトルク変化量が相対的に小さくなる。したがって、トルクをT3から低下させる場合には、トルク実績値Tqは、トルク指令値Tqcomの変化に対して十分に追従できない。なお、フィードバック制御のゲインを高めると制御応答性が向上するが、その反面、制御が過敏になることによって制御安定性が低下する虞がある。したがって、高トルク領域での制御応答性を優先してゲインを決定すると、通常時(非高トルク領域)における制御安定性が低下する虞がある。
ここで、高トルク領域は、図4に示した出力トルク特性線における接線の傾きに従って、たとえば、電圧位相に基づいて定義できる。すなわち、電圧位相の閾値θthを予め定めることにより、θv>θthの領域を「高トルク領域」とし、θv≦θthの領域を「非高トルク領域」とすることができる。閾値θthについては、固定値であってもよいし、モータ状態(たとえば、ω(Nm)またはVH)に応じて可変に設定してもよい。
あるいは、現在のモータ状態(VH,ω)における出力可能な最大トルク値Tmaxに対する、現在のトルク比率ktq(たとえば、ktq=Tq/Tmax)に基づいて「高トルク領域」を定義してもよい。このときには、トルク比率ktqについて閾値kthを予め定めることにより、ktq>kthの領域を「高トルク領域」とし、ktq≦kthの領域を「非高トルク領域」とすることができる。閾値kthについても、一定値としてもよく、可変値としてもよい。
図6には、回転速度Nmおよびシステム電圧VHに対する最大トルク値Tmaxの特性が概念的に示される。
図6を参照して、概略的には、システム電圧VHが高いほど、最大トルク値Tmaxは大きくなる。また、同一のシステム電圧VHの下では、回転速度Nmが高くなる程、最大トルク値Tmaxは小さくなる。また、構成部品の耐久性等の観点から、回転速度Nmにも上限値が存在する。同様に、スイッチング素子等の上限電流値に従って、最大トルク値Tmaxの上限値が存在することが理解される。
図6に示されるように、現在のモータ状態(VH,ω)に基づいて最大トルク値Tmaxを求めることができるとともに、現在のトルクTとの比を算出することによって、トルク比率ktqを算出することができる。
本発明の実施の形態による交流電動機の制御装置では、高トルク領域からトルクを低下させる場合の制御応答性を確保することが図られる。
図7は、本発明の実施の形態1に従う交流電動機の制御装置による矩形波制御の機能ブロック図である。図7中の各機能ブロックについては、制御装置30によって実行される所定プログラムおよび/または制御装置30内の電子回路(ハードウェア)による制御演算処理によって実現されるものとする。そして、矩形波電圧制御モードの選択時には、図7に従う矩形波電圧制御が所定の制御周期毎に実行される。
図7を参照して、矩形波電圧制御部400は、電力演算部410と、トルク演算部420と、偏差演算部425と、フィードバック制御部430と、ガード処理部440と、ガード値設定部450と、矩形波発生器460と、信号発生部470とを含む。
電力演算部410は、電流センサ24によるV相電流ivおよびW相電流iwから求められる各相電流と、各相(U相,V相、W相)電圧Vu,Vv,Vwとにより、下記(81)式に従ってモータへの供給電力(モータ電力)Pmtを算出する。
Pmt=iu・Vu+iv・Vv+iw・Vw …(8)
トルク演算部420は、電力演算部410によって求められたモータ電力Pmtおよび回転角センサ25によって検出される交流電動機M1の回転角ANGから算出される角速度ωを用いて、下記(9)式に従ってトルク実績値Tqを算出する。
Tq=Pmt/ω …(9)
なお、トルク実績値Tqについては、上記電力演算部410およびトルク演算部420による推定手法に限定されるものではなく、任意の手法によって求めることが可能である点を確認的に記載する。あるいは、電力演算部410およびトルク演算部420に代えてトルクセンサを配置することによって、トルク実績値Tqを求めてもよい。
偏差演算部425は、トルク実績値Tqおよびトルク指令値Tqcomに従って、トルク偏差ΔTq(ΔTq=Tqcom−Tq)を演算する。
フィードバック制御部430は、トルク偏差ΔTqに基づく制御演算、代表的には、下記(10)式に従う比例積分(PI)演算に基づいて、矩形波電圧位相のフィードバック制御量θfbを算出する。本実施の形態において、フィードバックゲインKp,Kiは、通常時(非高トルク領域)での制御安定性を優先して設定することが好ましい。
θfb=Kp・ΔTq+Σ(Ki・ΔTq) …(10)
ΔTq>0のとき、すなわち、正トルクでのトルク不足時、および、負トルクでのトルク過剰時には、電圧位相を進めるように(図3,4においてθvを右方向に変化)フィードバック制御量θfbが演算されることが理解される。反対に、ΔTq<0のとき、すなわち、正トルクでのトルク過剰時、および、負トルクでのトルク不足時には、電圧位相を遅らせるように(図3,4においてθvを左方向に変化)フィードバック制御量θfbが演算される。
ガード値設定部450は、前回の制御周期における電圧位相θvと、トルク指令値Tqcomとに基づいて、位相上限値θmaxを設定する。位相上限値θmaxは、トルク(絶対値)が増加する側の上限値として設けられる。
ガード値設定部450は、交流電動機M1が高トルク領域であって、かつ、トルク指令値Tqcomが前回の制御周期よりも減少しているとき(以下では、「トルク減少指令時」とも称する)、位相上限値θmaxをデフォルト値θ0よりもトルク減少側の位相値θmに変化させる。反対に、ガード値設定部450は、交流電動機M1が非高トルク領域の場合、または、高トルク領域であってもトルク指令値が減少していないときには、位相上限値θmaxをデフォルト値θ0に設定する。
位相上限値θmaxのデフォルト値θ0は、最大トルク値Tmaxに対応する電圧位相の最大値近傍に決定される。たとえば、この最大値に対して少しマージンを有するように、デフォルト値θ0が設定される。θ0は、位相上限値θmaxについての「第1の値」に対応する。
変更時の位相値θmは、好ましくは、現在の制御周期におけるトルク指令値Tqcomに応じて設定される。上記(6),(7)式のトルク演算式から理解されるように、交流電動機M1の出力トルクは、交流電動機の状態(システム電圧VH、回転速度Nm(角速度ω)および電圧位相θvに応じて変化する。したがって、上記トルク演算式の逆関数の概略的な解の集合として、交流電動機の状態を示す変数(VH,Nm)およびトルク指令値Tqcomの組み合わせに対して、トルク指令値Tqcomに対応する位相値θmを定めるマップを予め作成しておくことができる。そして、ガード値設定部450は、当該マップの参照によって、位相上限値θmaxをデフォルト値θ0から変更する際の位相値θmを設定することができる。θmは、位相上限値θmaxについての「第2の値」に対応する。
ガード処理部440は、電圧位相θvがガード値設定部450によって設定された位相上限値θmaxを超えないように制限するためのガード処理を実行する。ガード処理部440は、フィードバック制御量θfbが位相上限値θmaxを超える場合には、θv=θmaxに設定する。一方で、θfb<θmaxの場合には、θv=θfbに設定される。このように、ガード処理部440およびガード値設定部450によって、「修正部」の機能が実現される。
なお、最終的な電圧位相θvを設定する際には、位相上限値θmaxによるガード処理の他に、制御周期間での変化量(すなわち、時間変化レート)に対する上限ガード値(以下、位相変化上限レートとも称する)が設けられてもよい。この場合には、位相変化上限レートを超えないようにさらに制限されて、電圧位相θvが決定される。
矩形波発生器460は、ガード処理後の電圧位相θvに基づいて、各相電圧指令値(矩形波パルス)Vu,Vv,Vwを発生する。信号発生部470は、各相電圧指令値Vu,Vv,Vwに従ってスイッチング制御信号S3〜S8を発生する。インバータ14がスイッチング制御信号S3〜S8に従ったスイッチング動作を行なうことにより、電圧位相θvに従った矩形波電圧が、モータの各相電圧として印加される。
図8は、図7に示した実施の形態1に従う矩形波電圧制御を実現するための制御処理手順を説明するフローチャートである。矩形波電圧制御モードの選択時に、図7に示す制御処理は、制御装置30によって所定周期毎に繰り返し実行される。すなわち、図7を始めとする各フローチャートの各ステップの制御処理は、制御装置30によって実行される所定プログラムおよび/または制御装置30内の電子回路(ハードウェア)による制御演算処理によって実現されるものとする。
図8を参照して、制御装置30は、ステップS100により、今回の制御周期におけるトルク指令値Tqcomを読込む。そして、制御装置30は、ステップS110により、現在のトルク実績値Tqを取得する。トルク実績値Tqは、図7に示すように、電力演算に基づいて推定することができる。ステップS110による制御処理は、図7の電力演算部410およびトルク演算部420の機能に対応する。なお、電力演算とは異なる手法によってトルク実績値Tqを推定してもよい。あるいは、トルクセンサの出力値に基づいてトルク実績値Tqを取得してもよい。
制御装置30は、ステップS120により、トルク偏差ΔTqを演算する。ステップS120による制御処理は、図7の偏差演算部425の機能に対応する。
さらに、制御装置30は、ステップS130において、トルク偏差ΔTqに基づくフィードバック演算によってフィードバック制御量θfbを算出する。ステップS130による制御処理は、図7のフィードバック制御部430の機能に対応する。
制御装置30は、ステップS150〜S180により、位相上限値θmaxを設定する。すなわち、ステップS150〜S180による制御処理は、図7のガード値設定部450の機能に対応する。
制御装置30は、ステップS150により、交流電動機M1が高トルク領域にあるかどうかを判定する。ステップS150での判定は、上述のように、電圧位相θvまたはトルク比率ktqに基づいて実行できる。具体的には、前回の制御周期における電圧位相θvと予め定められた閾値θthとの比較、または、ステップS110で取得されたトルク実績値Tqに基づくトルク比率ktqと、予め定められた閾値kthとの比較によって、高トルク領域であるか否かを判定することができる。
制御装置30は、高トルク領域と判定されたとき(S150のYES判定時)には、ステップS160に処理を進める。制御装置30は、ステップS160では、前回の制御周期と今回の制御周期との間でトルク指令値Tqcomを比較することにより、トルク指令値が減少方向に変化しているかどうかを判定する。
制御装置30は、通常時、具体的には、高トルク領域でないとき(S150のNO判定時)、または、高トルク領域であってもトルク指令値が減少していないとき(S160のNO判定時)には、制御装置30は、ステップS180に処理を進めて、位相上限値θmaxをデフォルト値θ0に設定する。
一方で、制御装置30は、高トルク領域であって(S150のYES判定時)、かつ、トルク指令値が減少しているとき(S160のYES判定時)に限って、ステップS170に処理を進める。制御装置30は、ステップS170において、位相上限値θmaxをデフォルト値θ0よりも低トルク側の位相値θmに設定する。
続いて、制御装置30は、ステップS200〜S220により、位相上限値θmaxによる電圧位相θvのガード処理を実行する。すなわち、ステップS200〜S220による制御処理は、図7のガード処理部440の機能に対応する。
制御装置30は、ステップS200により、ステップS130で演算されたフィードバック制御量θfbを、ステップS150〜S180により設定された位相上限値θmaxと比較する。
制御装置30は、θfb>θmaxのとき(S200のYES判定時)には、ステップS220に処理を進めて、θv=θmaxに設定する。一方で、制御装置30は、θfb≦θmaxのとき(S200のNO判定時)には、ステップS210に処理を進めて、θv=θfbに設定する。これにより、電圧位相θvが位相上限値θmaxを超えないように制限される。
制御装置30は、ステップS250により、ガード処理の結果に従って、最終的な電圧位相θvを決定する。上述のように、ステップS200〜S220による上限値ガードに加えて、位相変化上限レートによるガード処理をさらに組み合わせることによって、電圧位相θvを決定してもよい。
図9には、位相上限値θmaxを変化させた際の電圧位相θvの変化が示される。
図9を参照して、位相上限値θmaxのデフォルト値θ0は、電圧位相の最大値の少し手前に設定される。一方で、高トルク領域におけるトルク減少指令時には、位相上限値θmaxがθmに変更される。電圧位相θv=θmにおける出力トルクは、θv=θ0のときの出力トルクよりも低い。
ここで、フィードバック制御部430によるフィードバック制御量θfb=θ♯に演算されたものとする。通常時、すなわち、高トルク領域においてトルク指令値が減少しているケース以外では、θ♯<θmax(θ0)であるので、当該制御周期における電圧位相θvは、フィードバック制御量θfb(θ♯)に従って設定される。
一方で、高トルク領域でのトルク減少指令時には、θ♯>θmax(θm)となるので、ガード処理によって、電圧位相θvはθmまで強制的に変化する。これにより、通常時と比較して、トルク減少方向への電圧位相θvの変化量を大きくすることができる。この結果、高トルク領域においてフィードバック制御による位相変化量が不足する場合にも、電圧位相の変化量を確保することによって、出力トルクを速やかに低下することができるので、トルク追従性が向上する。なお、上述のように、θmを現在のトルク指令値Tqcomに基づいて設定すれば、トルクが低下し過ぎることを防止できる。
なお、位相変化上限レートが設けられている場合には、前回の制御周期からの電圧位相θvの変化が、当該上限レートを超えないようにさらに制限して、今回の制御周期における電圧位相θvが決定される。
以上説明したように、本実施の形態に従う交流電動機の制御装置による矩形波電圧制御によれば、電圧位相の変化に対するトルク変化量が小さい高トルク領域におけるトルク減少時に、通常時よりも電圧位相の変化量を大きくできるので、トルク指令値の変化に対してトルク実績値を速やかに変化させることができる。
これにより、通常時(高トルク領域におけるトルク減少指令時以外)での制御安定性を確保するようにフィードバック制御を調整した上で、ガード処理に用いるガード値を変更するという比較的簡易な制御処理によって、高トルク領域でのトルク減少指令時のトルク追従性を確保できる。すなわち、全体的な制御安定性を確保した上で、高トルク領域でのトルク減少指令時における制御応答性を高めることが可能な交流電動機制御を実現することができる。
なお、本実施の形態では、ガード処理に用いる位相上限値θmaxを変化させる例を説明したが、これ以外の処理によって、高トルク領域でのトルク減少指令の際の電圧位相の変化量を大きくしてもよい。たとえば、上述の位相変化上限レートを、高トルク領域でのトルク減少指令の際には通常時よりも高くしてもよい。あるいは、高トルク領域において、一定量を超えるトルク減少が指示された場合には、電圧位相θvを所定の一定レートで強制的に変化させる処理を導入してもよい。これらの処理によっても、フィードバック制御によって制御された電圧位相を強制的にトルク減少方向に修正することにより、通常時と比較して、トルク減少方向への電圧位相θvの変化量を大きくすることができる。この結果、同等の効果を得ることが可能である。
また、本実施の形態では、正トルク出力時の制御について説明したが、負トルク出力時についても、トルクの絶対値が大きい領域を「高トルク領域」とすることによって、同様の制御を実現できる点についても確認的に記載する。
なお、本実施の形態では、好ましい構成例として、インバータ14への入力電圧(システム電圧VH)を可変制御可能なように、電動機制御システムの直流電圧発生部10♯がコンバータ12を含む構成を示したが、直流電圧発生部10♯は本実施の形態に例示した構成には限定されない。すなわち、コンバータ12については、図1に例示した昇圧チョッパ回路とは異なる回路構成を有してもよい。さらに、インバータ入力電圧が可変であることは必ずしも不可欠ではなく、直流電源Bの出力電圧がそのままインバータ14へ入力される構成(たとえば、コンバータ12の配置を省略した構成)に対しても本発明を適用可能である。
また、電動機制御システムの負荷となる交流電動機についても、本実施の形態では、電動車両(ハイブリッド自動車、電気自動車等)に車両駆動用として搭載された永久磁石モータを想定したが、それ以外の機器に用いられる任意の交流電動機を負荷とする構成についても、本願発明を適用可能である。
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。