JP5626755B2 - 走化性運動制御剤 - Google Patents

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本発明は、細胞の走化性運動を制御する薬剤に関する。
走化性運動は、効率的に目的の方向に向かって(走化性誘導因子の濃度勾配を感知しながら)進む運動であり、下等生物から高等生物に至まで、多くの生物種の細胞が有する基本機能の1つである。走化性運動は、我々哺乳類の発生過程における胚形成、白血球の外敵追尾、傷の治癒、ある種の炎症反応などにも関与している。
したがって、この走化性運動のメカニズムを解明し、さらに走化性運動を調節する内在性因子や人工的化合物を得ることで、走化性運動が関与する様々な現象を人為的にコントロールできることが期待される。すなわち、白血球の運動を調節することによって免疫系をコントロールする薬剤や、炎症反応をコントロールする薬剤を得ることが期待できる。また、走化性運動の阻害剤によって、がん細胞の浸潤や転移を抑制することも期待できる。
しかしながら、現在、走化性運動メカニズムの詳細は不明であり、また、走化性運動を人為的にコントロールできる薬剤の開発は進んでいない。
細胞性粘菌Dictyostelium discoideum(以後、粘菌)は、森の落ち葉の下などに生息する下等真核生物で、カビに良く似た子実体(胞子と柄から成る)を形成する。しかし、粘菌とカビ(真菌)類は、進化的にかけ離れた生物群であり、我々は、真菌類と同様に「粘菌類=薬剤資源(抗生物質などの宝庫)」と考え研究を進めており、実際に、いくつかの薬剤候補物質を報告してきた。
一方、粘菌の生活史(上図)は非常に単純で扱いが簡単なことから、粘菌は「発生生物学・細胞生物学のモデル生物」として、各種細胞機能の研究が進められている。胞子から発芽した粘菌細胞は、単細胞アメーバとして周囲のバクテリアをエサとして増殖する。エサが無くなると、それがシグナルとなって、細胞は集合し多細胞体(10万個ほどの細胞から成る)を形成し、最終的に子実体を形成する。エサが無くなり、細胞が集合する際、中心部の細胞が分泌するcyclic AMP (cAMP)に対する走化性運動によって多くの細胞が集合し、多細胞体を形成するため、粘菌は「走化性運動の解析モデル」としても優れている。
Differentiation-inducing factor-1 (DIF-1), DIF-2, DIF-3(下図)は、粘菌の柄細胞分化誘導因子として単離、同定された低分子化合物である(文献1、2)。その中で、DIF-1がもっとも高い分化誘導活性を有し、DIF-2はDIF-1の40%ほどの、DIF-3は4%ほどの分化誘導活性を有する(文献3、4、5)。その後、DIF-3は、DIF-1の分解産物であることが
わかったが、DIF-2は、DIF-1の分解産物ではないうえ、DIF-1とは別の経路で合成されることもわかった(文献2、3、5)。
したがって、DIFs発見以来20年あまり経過した現在でも、DIF-2特異的な生理的機能は、それがあるのかどうかも含め、まったくわかっていなかった。さらに、DIF-1に関しても、分化誘導以外の役割があるのではないかと推測されていたが、それは未解明であった。
前述のように、DIF−1はもともと粘菌自身の柄細胞分化を誘導する粘菌の分化誘導因子として単離された化合物であるが、本発明者はDIF−1やその誘導体が腫瘍細胞増殖阻害効果、糖代謝促進効果、インターロイキン-2産生制御効果等の薬理活性を有することを発見し、報告した(特許文献1,2、3)。
これらの成果より、DIF誘導体が様々な薬理活性を有することが期待されるが、がん細胞の浸潤・転移に対する効果は検討されていなかった。
特開2006-340615号公報 特開2006-290810号公報 特願2009-112974
Morris et al. (1987) Nature 328: 811-814. Morris et al. (1988) Biochem. J. 249: 903-906. Masento et al. (1988) Biochem. J. 256: 23-28. Wurster & Kay (1990) Dev. Biol. 140: 189-195. Kay et al. (1999) Semin. Cell Dev. Biol. 10: 577-585.
本発明は、粘菌の分化誘導因子DIF-1とDIF-2の新規生理機能の発見に基づき、走化性運動制御剤、がん細胞の浸潤・転移阻害剤を提供することを課題とする。
本発明者は上記課題を解決すべく、まず細胞性粘菌の走化性運動に対するDIF-1とDIF-2の効果を検討した。その結果、DIF-1とDIF-2が粘菌走化性運動を制御する機能を有することを発見した(Kuwayama & Kubohara, PLoS ONE 4(8), e6658. 2009)。さらに、式(I)、(II)で表される各種化合物が粘菌走化性運動を制御する活性を有することを見出した。
さらに、がん細胞の遊走運動に対する各種DIF誘導体の効果を検討し、その結果、式(I)で表される化合物ががん細胞の遊走を阻害する活性を有することを見出した。このことから、これらの化合物ががん細胞の浸潤・転移阻害剤として有用であることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は下記式(I)、(II)で表される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする走化性運動制御剤に関する。
本発明はまた、前記走化性運動制御剤を含むがん転移阻害剤に関する。
式(I)、(II)で表される化合物は、細胞性粘菌の走化性運動、並びに哺乳類がん細胞の浸潤・転移を抑制する薬剤、あるいは、免疫系細胞の走化性運動を制御する薬剤などとして好適に用いることができる。また、様々な細胞種を用いた走化性運動研究などの基礎研究用試薬としても好適に用いることができる。
各種DIF関連化合物(DIF誘導体)の構造を示す図。 粘菌走化性運動の実験系を示す模式図。粘菌Ax2(野生株)細胞を液体培地中で6時間飢餓状態にするとcAMPに対する走化性運動能を獲得する。その細胞懸濁液を図のように寒天プレート上に10滴(ドロップ:drop)づつ置き、近傍にcAMP溶液を10滴づつ置く(寒天には各種DIF誘導体をあらかじめ含ませておく)。30〜60分後、cAMPは寒天中に濃度勾配を形成し、粘菌細胞はそれを感知して、cAMP源に向かって移動する。(走化性運動を示した細胞ドロップの数)÷(全体のドロップ数「10」)=(走化性運動chemotaxis陽性ドロップの比率)。 粘菌走化性運動に対するDIF-1, DIF-2, DIF-3の効果を示す図。(A)100 nMのDIF-1あるいはDIF-2存在下で、様々な濃度のcAMPに対する走化性を検討した。グラフの値は、3回の実験の平均値と標準偏差(バー)。(B)10-100 nM DIF-3存在下で、様々な濃度のcAMPに対する走化性を検討した。*はp<0.05 versus Control (by t-test)で有意差があることを示す。 粘菌走化性運動に対する各種DIF関連物質の効果を示す図。100 nMの各種DIF誘導体存在下で、様々な濃度のcAMPに対する走化性を検討した。グラフの値は、3回の実験の平均値と標準偏差(バー)。*および**はp<0.05 versus Control (by t-test)で有意差があることを示す。 がん細胞の遊走実験系(がん浸潤・転移のモデル系)を示す模式図。図のように、下段ウェル中の液体培地に100 nM のリゾフォスファチジン酸(LPA:遊走因子)と各種DIF誘導体を添加し、適当量の膵臓がん細胞を上段ウェルに入れ、4時間後、マトリックスとポアフィルター(小さな穴のあいたフィルター)を通り抜けて来た細胞数を測定する。 がん細胞の遊走に対する各種DIF関連物質の効果を示す図。膵臓がん細胞の遊走運動に対するDIF誘導体(5 nMあるいは10 nM)の効果を検討した。グラフの値は、duplicate実験の平均値と標準偏差(バー)。*はp<0.05 versus Control (by t-test)で有意差があることを示す。
以下に本発明を詳しく説明する。
本発明の走化性運動制御剤は、式(I)、(II)で表される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする。
式中、R1、R2は水素または炭素数1〜10のアルキル基から選ばれる基を示す。X1、X2は水素またはCl、Br、Iなどのハロゲンを表す。
式(I)の化合物では、がん細胞の浸潤・転移阻害剤としては、下記の化合物が好ましい。
上記式(I)、(II)の化合物はBiochem. Pharmacol. 2005, 70, 676-685.に記載された方法によって合成することができる。
式(I)、(II)の化合物またはその薬学的に許容される塩は、走化性運動を制御する効果を有する。したがって、がん細胞の浸潤・転移阻害剤の有効成分として用いることができる。
式(I)、(II)の化合物の薬学的に許容される塩としては、有機カルボン酸・スルホン酸付加塩(例えばギ酸塩、酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩、フマル酸塩、クエン酸塩、乳酸塩、メタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩等)、あるいは、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム等の金属塩、アンモニウム塩などが挙げられる。なお、式(I)、(II)の化合物は水和物であってもよい。
式(I)、(II)の化合物またはその薬学的に許容される塩を含有してなる医薬は、医
薬製剤の製造法で一般的に用いられている公知の手段に従って、該化合物またはその薬学的に許容される塩を、そのまま、あるいは薬理学的に許容される担体と混合して、例えば、錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、散剤、顆粒剤、カプセル剤、(ソフトカプセルを含む)、液剤、注射剤、坐剤、徐放剤等の医薬製剤として、経口的または非経口的(例、局所、直腸、静脈投与等)に安全に投与することができる。
式(I)、(II)の化合物またはその塩のがん細胞の浸潤・転移阻害剤中の含有量は、
製剤全体の約0.01ないし約100重量%である。
式(I)、(II)の化合物またはその塩の投与量は、投与対象、対象臓器、症状、投与
方法などにより異なり特に制限されないが、一般的に、患者(体重60kgとして)に対して、一日につき約0.1〜100mg、好ましくは約1.0〜50mg、より好ましく
は約1.0〜20mgである。
薬理学的に許容される担体としては、例えば固形製剤における賦形剤、滑沢剤、結合剤及び崩壊剤、あるいは液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤及び無痛化剤等が挙げられる。更に必要に応じ、通常の防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味剤、吸着剤、湿潤剤等の添加物を適宜、適量用いることもできる。賦形剤としては、例えば乳糖、白糖、D−マンニトール、デンプン、コーンスターチ、結晶セルロース、軽質無水ケイ酸等が挙げられる。滑沢剤としては、例えばステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、コロイドシリカ等が挙げられる。結合剤としては、例えば結晶セルロース、白糖、D−マンニトール、デキストリン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、デンプン、ショ糖、ゼラチン、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム等が挙げられる。崩壊剤としては、例えばデンプン、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、カルボキシメチルスターチナトリウム、L−ヒドロキシプロピルセルロース等が挙げられる。溶剤としては、例えば注射用水、アルコール、プロピレングリコール、マクロゴール、ゴマ油、トウモロコシ油、オリーブ油等が挙げられる。溶解補助剤としては、例えばポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D−マンニトール、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム等が挙げられる。懸濁化剤としては、例えばステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリン、等の界面活性剤;例えばポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等の親水性高分子等が挙げられる。等張化剤としては、例えばブドウ糖、 D−ソルビトール、塩化ナトリウム、グリセリン
、D−マンニトール等が挙げられる。緩衝剤としては、例えばリン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩等の緩衝液等が挙げられる。無痛化剤としては、例えばベンジルアルコール等が挙げられる。防腐剤としては、例えばパラヒドロキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸等が挙げられる。抗酸化剤としては、例えば亜硫酸塩、アスコルビン酸、α−トコフェロール等が挙げられる。
なお、本発明の走化性運動制御剤はその他の薬剤と併用してもよい。
以下に実施例を示し、本発明をさらに具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
1)粘菌走化性運動に対する各種DIF誘導体(DIFs)の効果
細胞性粘菌Ax2株(野生株)細胞を栄養存在下で十分な数にまで増殖させた後、飢餓処理(6時間)後、図2に示すアッセイ系を用いて、DIFsの存在下および非存在下において、様々な濃度のcAMP(粘菌の走化性誘導因子)に対する走化性運動の有無を検討した。
その結果、高濃度cAMP(10-8 M以上)に対してはすべての条件下の細胞が走化性を示したが、低濃度cAMP(10-10〜10-9 M)に対する走化性は、100 nM(生理的濃度)DIF-1存在下では抑制され、100 nM DIF-2存在下では促進されることが明らかとなった(図3A)。それに対して、10-100 nMのDIF-3は走化性運動に影響をしないことから(図3B)、DIF-1とDIF-2の作用が化学構造に特異的であることが判った。
さらに、粘菌走化性運動に対する各種DIF誘導体の効果についても同様の検討を行った結果、いくつかのDIF誘導体が走化性運動を抑制し、別のいくつかの誘導体が走化性運動を促進することが明らかとなった(図4)。
これらの結果は、DIF-1とDIF-2は、粘菌の細胞分化の誘導因子でありながら、かつ、走化性運動の正負の制御因子としても機能していることを示唆している。さらにこれらの結果は、粘菌走化性運動の機序解析にこれらDIF誘導体を利用できることを示している。
DIF-1とDIF-2は、粘菌の生理活性因子として分化誘導と走化性運動の制御を同時に行っていると考えられる。しかし、たとえば、TM-DIF-1は分化誘導活性を示さないが(Gokan et al. 2005. Biochem. Pharmacol. 70, 676-685)、DIF-1と同程度に走化性運動をよく抑えている(図4)。逆に、DIF-1(+1)は走化性運動には影響しないが(図4)、細胞分化誘導活性は高い(Gokan et al. 2005. Biochem. Pharmacol. 70, 676-685)。これらの結果は、粘菌の細胞分化と走化性運動の機序が異なることを示しており、各種DIF誘導体を利用すれば、細胞分化と走化性運動の機序を別々に解析することが可能となる。
2)がん細胞の遊走運動(浸潤・転移)に対するDIFs の効果
がん細胞の遊走運動(浸潤と転移)は、走化性運動によるものと考えられている。そこで、次に、哺乳類がん細胞の遊走に対するDIFsの効果を検討した。
図5に示すように、上段のウェルに膵臓がんYAPC細胞を入れ、下段ウェルに100 nMのリゾフォスファチジン酸(LPA:遊走因子)を添加し、DIFs(5-10 μM:薬理学的濃度を使用)の効果を比較検討した(図6)。なお、ControlとしてDIFsの溶剤 (0.1% EtOH)の効果も検討した。
その結果、実験開始4時間後、LPA非存在下の細胞はほとんど遊走しなかったが、LPA存在下では、多くの細胞が遊走運動を示した。そして、いくつかのDIF誘導体が遊走運動を強く阻害することが明らかとなった。
これらの結果から、いくつかのDIF誘導体をリード化合物としたがん細胞の浸潤・転移阻害剤の開発が期待できる。
がん細胞の増殖阻害剤とがん細胞の転移阻害剤は、別々の薬剤と考えて良い。実際に、DIF-1(CP)やEt-DIF-1は、膵臓がん細胞の遊走を強く阻害しているが(図6)、K562白血病細胞の増殖をほとんど抑制しない(Gokan et al., 2005. Biochem. Pharmacol. 70, 676-685)。それに対して、Et-DIF-3は、膵臓がん細胞の遊走を阻害し(図6)、かつ、K562白血病細胞の増殖を強く阻害する(Gokan et al., 2005. Biochem. Pharmacol. 70, 676-685)。このEt-DIF-3をリード化合物として、がん細胞の増殖と転移の両方を阻害できる抗がん剤を開発することも期待できる。

Claims (3)

  1. 下記式(I)で表される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする、がん細胞の浸潤・転移阻害剤。
    式中、R1、R2は水素または炭素数1〜10のアルキル基から選ばれる基を示し、X1、X2は水素またはハロゲンを示す。
  2. 下記式(II)で表される化合物またはその薬学的に許容される塩を有効成分とする、がん細胞の浸潤・転移阻害剤。
  3. 式(I)で表される化合物が下記のいずれかの化合物である、請求項1に記載のがん細胞の浸潤・転移阻害剤。
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