以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、本発明の図面において、同一の参照符号は、同一部分または相当部分を表わすものとする。
(被膜)
本発明の被膜は、切削工具の基材上に形成される被膜であって、第1酸化物層と第1酸化物層上に形成された第2酸化物層との積層体を含んでいる。ここで、第1酸化物層は第2酸化物層よりも基材側に位置している。本発明の被膜は、上記の第1酸化物層と第2酸化物層との積層体のみからなっていてもよく、たとえば後述する化合物層などの層を含んでいてもよい。
また、本発明の被膜における上記の積層体の形成位置については特に限定されない。したがって、上記の積層体は、本発明の被膜中において基材と接触する位置に形成されてもよく、最表面の位置に形成されてもよく、基材と接触する位置および最表面の位置のいずれでもない中間の位置に形成されてもよい。
また、本発明の被膜の膜厚は、0.05μm以上25μm以下であることが好ましく、0.5μm以上10μm以下であることがより好ましい。本発明の被膜の膜厚が0.05μm未満である場合には被膜の耐摩耗性が十分でなく切削工具の寿命延長効果が発揮されないおそれがあり、25μmを超える場合には基材との密着性が変化して被膜の耐摩耗性が発揮できないおそれがある。また、本発明の被膜の膜厚が0.5μm以上10μm以下である場合には被膜が十分な耐摩耗性を有する傾向にある。
(第1酸化物層)
本発明の被膜に含まれる第1酸化物層は金属の酸化物からなっており、第1酸化物層はα−アルミナ型の結晶構造を有している。ここで、本発明において、「第1酸化物層はα−アルミナ型の結晶構造を有している」とは、α−アルミナ(α−Al2O3)の結晶構造において、α−Al2O3のAl原子が存在する位置に第1酸化物層に含まれている金属原子が存在し、α−Al2O3のO原子が存在する位置に第1酸化物層に含まれているO原子が存在する結晶構造を第1酸化物層が有していることを意味する。
また、第1酸化物層はAl、Cr、FeおよびTiからなる群から選択された少なくとも1種の金属を含むことが好ましい。この場合には、第1酸化物層がα−アルミナ型の結晶構造を有する傾向にある。α−アルミナ型の結晶構造を有する第1酸化物層を容易に形成する観点からは、第1酸化物層はCrを含み、Crは第1酸化物層に含まれる金属原子の総数の60%以上含まれていることがより好ましく、第1酸化物層がCrの酸化物からなることがさらに好ましい。
(第2酸化物層)
本発明の被膜においては、第1酸化物層上に第2酸化物層が形成されて積層体が形成されており、第2酸化物層の組成は、以下の式(1)で表わされる。
(Al1−xZrx)2O3(1+y) …(1)
上記の式(1)において、xは0.001≦x≦0.07を満たす実数であり、yは−0.1≦y≦0.2を満たす実数であって、第2酸化物層はα−アルミナ型の結晶構造およびγ−アルミナ型の結晶構造を有する。第2酸化物層がα−アルミナ型の結晶構造およびγ−アルミナ型の結晶構造を有することによって、第2酸化物層が高硬度となり、被膜全体としての耐摩耗性を向上させることができる。
α−アルミナ型の結晶構造を有する第1酸化物層上に第2酸化物層を形成した場合には、第2酸化物層は、下地となる第1酸化物層のα−アルミナ型の結晶構造を引き継ぎやすくなるため、第2酸化物層はγ−アルミナ型の結晶構造とともにα−アルミナ型の結晶構造を有することになる。そして、第2酸化物層がγ−アルミナ型の結晶構造とともにα−アルミナ型の結晶構造を有する場合には、第2酸化物層が高硬度となる傾向にあり、ひいては被膜全体の耐摩耗性を向上することができる。また、α−アルミナ型の結晶構造およびγ−アルミナ型の結晶構造を有する第2酸化物層は、後述する化合物層と密着力が高くなる傾向にある。
ここで、本発明において、「第2酸化物層はα−アルミナ型の結晶構造およびγ−アルミナ型の結晶構造を有する」とは、第2酸化物層はα−アルミナ型の結晶構造を有する結晶とγ−アルミナ型の結晶構造を有する結晶とが混在した構造を有しており、第2酸化物層中のα−アルミナ(α−Al2O3)型の結晶構造においてはα−Al2O3結晶のAl原子が存在する位置に第2酸化物層に含まれている金属原子が存在するとともにα−Al2O3結晶のO原子が存在する位置に第2酸化物層に含まれているO原子が存在する結晶構造となっており、第2酸化物層中のγ−アルミナ(γ−Al2O3)型の結晶構造においてはγ−Al2O3結晶のAl原子が存在する位置に第2酸化物層に含まれている金属原子が存在するとともにγ−Al2O3結晶においてO原子が存在する位置に第2酸化物層に含まれているO原子が存在する結晶構造となっていることを意味する。
また、第2酸化物層におけるα−アルミナ型の結晶構造とγ−アルミナ型の結晶構造との含有比率(α−アルミナ型の結晶構造/(α−アルミナ型の結晶構造+γ−アルミナ型の結晶構造))は10%以上90%以下であることが好ましく、15%以上50%以下であることがより好ましい。第2酸化物層におけるα−アルミナ型の結晶構造とγ−アルミナ型の結晶構造との含有比率(α−アルミナ型の結晶構造/(α−アルミナ型の結晶構造+γ−アルミナ型の結晶構造))が10%以上90%以下、特に15%以上50%以下である場合には、被膜の耐摩耗性が向上するとともに、被膜が大規模に欠けたり、剥離したりするのを抑制することができる傾向にある。
ここで、本発明において、第2酸化物層におけるα−アルミナ型の結晶構造とγ−アルミナ型の結晶構造との含有比率(α−アルミナ型の結晶構造/(α−アルミナ型の結晶構造+γ−アルミナ型の結晶構造))は、第2酸化物層の表面をSEM(走査型電子顕微鏡)により観察して、観察された第2酸化物層の表面の面積に対してα−アルミナ型の結晶構造の結晶が占めている面積の割合をα−アルミナ型の結晶構造の結晶が占めている面積の割合とγ−アルミナ型の結晶構造の結晶が占めている面積の割合の和で割ることによって求められる。なお、上記のα−アルミナ型の結晶構造の結晶が占めている面積は、α−アルミナ型の結晶構造の結晶が複数存在する場合にはその総面積となり、上記のγ−アルミナ型の結晶構造の結晶が占めている面積は、γ−アルミナ型の結晶構造の結晶が複数存在する場合にはその総面積となる。
また、第2酸化物層中における金属原子の総数(Al原子とZr原子の総数)を1としたときのZrの原子数の比xを0.001以上0.07以下とすることによって、第2酸化物層を用いた被膜の高温下での耐摩耗性が向上する。すなわち、上記の式(1)においてxが0.001未満である場合にはZrの添加による第2酸化物層を高硬度にすることが難しく、xが0.07を超える場合には第2酸化物層が著しく低硬度になるとともに、ZrO2相を析出するおそれがある。このように適度にZrを添加することによって、γ−アルミナ型の結晶構造を有する結晶を析出させて、α−アルミナ型の結晶構造を有する結晶とγ−アルミナ型の結晶構造を有する結晶とが混在した構造を形成することができる。また、Zrは、高温下においてもγ−アルミナ型の結晶構造からα−アルミナ型の結晶構造への変態を抑制するため、α−アルミナ型の結晶構造を有する結晶とγ−アルミナ型の結晶構造を有する結晶とが混在した構造を有する第2酸化物層の耐熱性を向上することができる。
特に、Alおよび/またはCrに加えて、TiおよびFeの少なくとも一方を含む第1酸化物層上に第2酸化物層が形成されると、被膜の耐摩耗性と耐熱性がより大きく向上する。
Zrは、Alに比較して大きな元素であるため、Zrを含む第2酸化物層の平均的な原子間隔が大きくなる。一方、TiおよびFeもZrと同様にAlよりも大きな元素であるため、Alおよび/またはCrに加えて、TiおよびFeの少なくとも一方を含む第1酸化物層は、原子間隔の大きなα−アルミナ型の結晶構造を有する。
原子間隔の小さい第1酸化物層上に第2酸化物層を配置することにより、第2酸化物層のα−アルミナ型の結晶構造類似の結合が増え、より安定化するため、被膜の耐摩耗性および熱的安定性がより高いものになる。
さらに、上記の式(1)のyを−0.1以上0.2以下とすることによって第2酸化物層を高硬度にすることができる。また、上記の式(1)において、yは−0.05以上0.1以下であることがより好ましい。なお、上記の式(1)において、Oの右下にある3(1+y)は、第2酸化物層中における金属原子の総数(Al原子とZr原子の総数)を2としたときのOの原子数の比を表わしている。なお、技術常識を考慮すると、yの値が0.2を超える可能性は非常に低いものと考えられる。
また、上記の式(1)において、xは0.01以上0.05以下であることがさらに好ましい。この場合には第2酸化物層の硬度および耐熱性がさらに向上するため、第2酸化物層を含む被膜の耐摩耗性および耐熱性がさらに向上する傾向にある。
また、第2酸化物層の層厚は0.05μm以上20μm以下であることが好ましく、0.5μm以上5μm以下であることがより好ましい。第2酸化物層の層厚が0.05μm未満である場合には第2酸化物層の形成による耐摩耗性、耐熱性および化学的安定性の向上などの効果が十分でなく、切削工具の寿命を延長する効果を得ることが難しい。また、第2酸化物層の層厚が20μmを超える場合には第2酸化物層が剥離しやすくなる傾向にある。第2酸化物層の層厚が0.05μm以上20μm以下である場合、特に0.5μm以上5μm以下である場合には、たとえば高温環境下などのより厳しい環境下においても被膜が安定した耐摩耗性、耐熱性および化学的安定性を発揮する傾向にある。
また、第1酸化物層と第2酸化物層との積層体は、0.1GPa以上10GPa以下の圧縮残留応力を有することが好ましく、0.5GPa以上5GPa以下の圧縮残留応力を有することがより好ましい。その積層体の圧縮残留応力が0.1GPa以上10GPa以下、特に0.5GPa以上5GPa以下である場合には被膜の耐衝撃性を高め、被膜が形成される基材の靭性を高めることができる傾向にある。また、その積層体の圧縮残留応力が0.1GPa未満である場合にはその積層体が圧縮残留応力を有することによる効果が認められず、10GPaよりも大きい場合にはその積層体が自らの圧縮残留応力によって剥離しやすくなる。
上記積層体の圧縮残留応力は、たとえば、基材上の第1酸化物層を形成する際および/または第2酸化物層を形成する際に基材にバイアス電圧を印加することなどによって付与することができる。このバイアス電圧を適宜調節することによって、その積層体の圧縮残留応力の大きさを適宜調節することができる。なお、基材に印加されるバイアス電圧としてはDC電圧でもよいが、20kHz以上、好ましくは40kHz以上の周波数で正負が入れ替わるバイアス電圧であってもよい。
なお、上記積層体の圧縮残留応力は、薄板状の基板の表面上に上記積層体を形成し、上記積層体の圧縮残留応力により発生した基板の反りの曲率半径を測定することによって算出することができる。具体的には、上記積層体の圧縮残留応力は、「薄膜の力学的特性評価技術−トライポロジー・内部応力・密着性」(平成4年3月19日発行、発行所:株式会社 リアライズ社)の228頁の(9)式であるS=EsD2/6(1−νs)Rに、測定された上記基板の曲率半径Rを代入してSを求めることによって算出することができる。なお、この式において、Esは上記基板のヤング率を示し、Dは上記基板の厚さを示し、νsは上記基板のポアソン比を示している。
(化合物層)
本発明の被膜は、上記の第1酸化物層と第2酸化物層との積層体以外の層を少なくとも1層含んでいてもよい。上記の積層体以外の層としては、Ti、Al、CrおよびSiからなる群から選択された少なくとも1種の金属の窒化物、炭窒化物、窒酸化物、炭酸化物または炭窒酸化物からなる化合物層(以下、「化合物層」と称する)が含まれ得る。
ここで、炭窒化物とは炭素と窒素とを含む化合物のことであり、窒酸化物とは窒素と酸素とを含む化合物のことであり、炭酸化物とは炭素と酸素とを含む化合物のことであり、炭窒酸化物とは炭素と窒素と酸素とを含む化合物のことである。
化合物層は、高硬度であって耐熱性および化学的安定性に優れていることから、上記の酸化物層と組み合わせることで、優れた耐摩耗性、耐熱性および化学的安定性を有する被膜を得ることができる場合がある。
化合物層としては、たとえばTiAlN層、TiSiN層、AlCrN層、TiAlSiN層、TiAlNO層、AlCrSiCN層、TiCN層、TiSiC層、CrSiN層、AlTiSiCO層またはTiSiCN層などを用いることができる。なお、本明細書において、たとえば「TiAlN層」のように、「層」の左側に記載されている元素の原子数の比が全く記載されていない場合には特に言及がない限りその原子数の比に限定がないことを意味している。すなわち、本明細書において、たとえば「TiAlN層」と記載されている場合には、原子数の比がTi:Al:N=0.5:0.5:1である層に限られず、TizAl1-zN(ただし、0<z<1)の式で表わされる従来から公知のあらゆる層のことを意味しており、これは「TiAlN層」以外の層の記載についても同様である。また、本発明における化合物層において、Ti、Al、SiまたはCrなどの金属元素と、N(窒素)、O(酸素)またはC(炭素)などの非金属元素と、は必ずしも化学量論的組成を構成している必要はない。
ここで、TiAlN層は硬度が非常に高いために、本発明の被膜中にTiAlN層を含めた場合には耐摩耗性に優れる傾向にある。
また、TiSiN層は、高硬度であって耐熱性に優れる上に、非常に微細な組織を有して酸素の透過を抑制するため、本発明の被膜中にTiSiN層を含めた場合には、被膜の耐摩耗性および耐熱性に優れるとともに被膜が形成される基材の酸化を抑制することができる。
また、AlCrN層は、高硬度であって、Tiを含まないことからTiAlN層やTiSiN層よりも耐酸化性に優れ、さらに高い耐熱性を有することから、本発明の被膜中にAlCrN層を含めた場合には被膜の耐摩耗性、耐熱性および化学的安定性が向上する傾向にある。また、AlCrN層は、上記の酸化物層との密着性にも優れている。
また、TiAlSiN層は、上記のTiAlN層およびTiSiN層の双方の特性を併せもち、かつその特性がTiAlN層およびTiSiN層のそれぞれよりも優れているために、本発明の被膜中にTiAlSiN層を含めた場合には、被膜の耐摩耗性、耐熱性および化学的安定性がさらに優れる傾向にある。ここで、TiAlSiN層は、Ti1-a-bAlaSibN(0<a<1、0<b<1)の式で表わされる化合物層であり、Siの原子数の比を示すbは、0.01<b<0.3を満たすことが好ましい。なお、ここでも金属元素と非金属元素とは必ずしも化学量論的組成を構成している必要はない。
また、化合物層の層厚は、0.05μm以上20μm以下であることが好ましく、特に0.5μm以上10μm以下であることがより好ましい。化合物層の層厚が0.05μm未満である場合には化合物層の形成による耐摩耗性、耐熱性および化学的安定性の向上などの効果が十分でなく、切削工具の寿命を延長する効果を得ることが難しい。また、化合物層の層厚が20μmを超える場合には化合物層が剥離しやすくなる傾向にある。化合物層の層厚が0.05μm以上20μm以下である場合、特に0.5μm以上10μm以下である場合には、たとえば高温環境下などのより厳しい環境下においても被膜が安定した耐摩耗性、耐熱性および化学的安定性を発揮する傾向にある。
また、本発明の被膜中に化合物層が2層以上含まれる場合には、各化合物層はそれぞれ同一の組成からなる層であってもよく、それぞれ互いに異なる組成からなる層であってもよく、少なくとも2層の同一の組成の層とそれとは異なる組成の層とが混在していてもよい。
(切削工具)
本発明の切削工具は、基材と、基材上に被覆された上記の本発明の被膜と、を含む構造を有している。本発明の切削工具としては、たとえばドリル、エンドミル、フライス加工用または旋削加工用刃先交換型チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップまたはクランクシャフトのピンミーリング加工用チップなどを挙げることができる。
本発明の切削工具に含まれる基材としては、上記のような切削工具の基材として知られる従来から公知のものを特に限定なく用いることができ、たとえば高速度鋼、超硬合金(たとえばWC基超硬合金、WCの他、Coを含み、あるいはさらにTi、Ta、Nbなどの炭窒化物を添加したものなど)、サーメット(TiC、TiN、TiCNなどを主成分とするものなど)、セラミックス(炭化チタン、炭化ケイ素、窒化ホウ素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)焼結体、立方晶窒化硼素焼結体またはダイヤモンド焼結体などを用いることができる。
本発明の切削工具に含まれる基材として超硬合金を用いる場合には、超硬合金の組織中に遊離炭素やη相と呼ばれる異常相が含まれていてもよい。
また、本発明の切削工具に含まれる基材はその表面が改質されたものであってもよい。たとえば、本発明の切削工具に含まれる基材として超硬合金を用いる場合には、その表面に脱β層が形成されていてもよく、サーメットを用いる場合にはその表面に表面硬化層が形成されていてもよい。
(被膜の製造方法)
本発明の被膜は、たとえばPVD(Physical Vapor Deposition)法、熱CVD(Chemical Vapor Deposition)法、MOCVD(Metal Organic Chemical Vapor Deposition)法、PCVD(Plasma Chemical Vapor Deposition)法または湿式法などによって形成することができる。なかでも、緻密かつ圧縮残留応力を有する被膜を低温で容易に形成できる観点からは、本発明の被膜の製造方法としてはPVD法を用いることが好ましい。
ここで、PVD法としては、たとえば、アーク式イオンプレーティング法、アンバランストマグネトロンスパッタリング法およびデュアルマグネトロンスパッタリング法からなる群から選択された少なくとも1種を用いることができる。
(i)アーク式イオンプレーティング法
以下に、アーク式イオンプレーティング法の一例として、アーク式イオンプレーティング法により基材上に上記の化合物層としてのTiAlN層を形成する方法の一例について説明する。
まず、装置内に基材を設置し、さらにこの基材と向かい合うようにしてアーク蒸発源としてTi−Al合金からなるターゲット(Ti−Alターゲット)を装置内にセットする。次に、この装置内に窒素を導入して、窒素からなるガス雰囲気を形成する。
そして、上記のTi−Alターゲットに電圧を印加した上でTi−Alターゲットからアーク放電を生じさせる。これにより、Ti−Alターゲットが溶融し、Ti−AlターゲットからTi原子およびAl原子が放出される。Ti−Alターゲットから放出されたTi原子およびAl原子の少なくとも一部は、アーク放電中の電子と衝突してイオンとなる。そして、Ti原子および/またはTiイオン並びにAl原子および/またはAlイオンはそれぞれ基材上に到達し、そこで窒素とともにTiAlN層を構成する。これにより、TiAlN層が基材上に形成される。ここで、アーク式イオンプレーティング法においては、Ti−Alターゲットの組成比と形成条件を適宜調節することによって、Ti、AlおよびNの原子比を適宜設定することが可能である。
このようなアーク式イオンプレーティング法においてはイオン化率が高く、堆積速度も大きいため、高硬度かつ緻密であって耐摩耗性に優れた、Ti、Al、CrおよびSiからなる群から選択された少なくとも1種の金属の窒化物、炭窒化物、窒酸化物、炭酸化物または炭窒酸化物からなる化合物層を低温で形成することができる傾向にある。
なお、上記においてはアーク式イオンプレーティング法を用いて化合物層を形成する場合について説明したが、本発明においてはアーク式イオンプレーティング法を用いて第1酸化物層および第2酸化物層を形成してもよく、その他の層を形成してもよいことは言うまでもない。また、本発明においてアーク式イオンプレーティング法としては上述した方法に限定されず、従来から公知のアーク式イオンプレーティング法を用いることができる。
(ii)アンバランストマグネトロンスパッタリング法
以下に、アンバランストマグネトロンスパッタリング法の一例として、アンバランストマグネトロンスパッタリング法により基材上の第1酸化物層上に第2酸化物層を形成する方法の一例について説明する。
まず、磁石を備えた1つのマグネトロン電極が設置された装置内に、そのマグネトロン電極と向かい合うようにしてCr2O3などからなる第1酸化物層が形成された基材をセットするとともに、上記のマグネトロン電極にAl−Zr合金からなるターゲット(Al−Zrターゲット)をセットする。
次に、この装置内に、たとえば、アルゴン、キセノン、クリプトンまたはヘリウムなどの希ガスと酸素とを含むガスを導入する。そして、上記のマグネトロン電極にパルス状DC電圧を印加して上記の希ガスと酸素ガスのプラズマを発生させる。このプラズマの発生により生じた希ガスイオンがAl−Zrターゲットに衝突してAl原子およびZr原子がそれぞれAl−Zrターゲットから放出される。
ここで、アンバランストマグネトロンスパッタリング法においては、マグネトロン電極により発生する磁場は非平衡となっているため、マグネトロン電極により発生する磁場が平衡となっているバランストマグネトロンスパッタリング法と比べて、プラズマを基材近傍の範囲にまで広げることができる。
そして、Al原子および/またはAlイオン並びにZr原子および/またはZrイオンはそれぞれ第1酸化物層上に到達し、そこで酸素とともに上記の第2酸化物層を形成する。これにより、第2酸化物層が第1酸化物層上に形成される。ここで、Al−Zrターゲットの組成比とアンバランストマグネトロンスパッタリング法の条件を適宜調節することによって、Al、ZrおよびOをそれぞれ上記の式(1)で表わされる組成とすることが可能である。
このようなアンバランストマグネトロンスパッタリング法において、基材に負のバイアス電圧を印加した場合には、基材とAlイオンおよびZrイオンとの間に働く引力を利用して第2酸化物層を形成することができるため、低い基材温度で第2酸化物層を形成することができるとともに、高硬度で緻密な第2酸化物層を形成することができる。
なお、アンバランストマグネトロンスパッタリング法においては、ターゲットに印加する電圧の極性を10kHz以上1MHz以下の周波数で交互に変化させながら第2酸化物層を形成した場合には、より緻密な第2酸化物層を効率的に形成することができる点で好ましい。また、上記の周波数は、20kHz以上であることがより好ましく、40kHz以上であることがさらに好ましく、また、500kHz以下であることがより好ましい。
(iii)デュアルマグネトロンスパッタリング法
以下に、デュアルマグネトロンスパッタリング法の一例として、デュアルマグネトロンスパッタリング法により基材上の第1酸化物層上に第2酸化物層を形成する方法の一例を説明する。
まず、装置内に設置された1対のマグネトロン電極の一方のマグネトロン電極にはAlからなるターゲット(Alターゲット)をセットし、他方のマグネトロン電極にはZrからなるターゲット(Zrターゲット)をセットする。ここで、マグネトロン電極はそれぞれ第1酸化物層と向かい合うようにして設置されており、これらのマグネトロン電極は1台のバイポーラ電源に接続されている。なお、それぞれのマグネトロン電極には磁石が備えられている。
次に、この装置内に、たとえば、アルゴン、キセノン、クリプトンまたはヘリウムなどの希ガスと酸素とを含むガスを導入する。そして、上記の一対のマグネトロン電極間にパルス状DC電圧を印加して上記の希ガスと酸素ガスのプラズマを発生させる。このプラズマの発生により生じた希ガスイオンが上記のターゲットに衝突してAl原子およびZr原子がそれぞれターゲットから放出される。ここで、1対のマグネトロン電極は交互に陽極と陰極とが入れ替わるために、希ガスイオンのAlターゲットへの衝突とZrターゲットへの衝突とが交互に行なわれることになる。
そして、希ガスイオンの衝突によってターゲットから放出したAl原子およびZr原子はそれぞれその少なくとも一部がイオンとなって第1酸化物層上に到達し、そこで酸素とともに第2酸化物層を形成する。これにより、第2酸化物層が第1酸化物層上に形成される。ここで、デュアルマグネトロンスパッタリング法の条件を適宜調節することによって、Al、ZrおよびOをそれぞれ上記の式(1)で表わされる組成とすることが可能である。
なお、デュアルマグネトロンスパッタリング法においては、Alターゲットの電圧および/または電力とZrターゲットの電圧および/または電力とをある程度独立に制御することができ、AlターゲットとZrターゲットについてそれぞれ最適な条件でのスパッタリングが可能となるため、AlとZrとが均一に分散した第2酸化物層の形成が可能となる。
また、デュアルマグネトロンスパッタリング法においては、Alターゲットがセットされたマグネトロン電極とZrターゲットがセットされたマグネトロン電極との間に強い放電が生じるために、低い基材温度で、緻密かつ表面が平滑な第2酸化物層の形成が可能となる。
ここで、Alターゲットがセットされたマグネトロン電極とZrターゲットがセットされたマグネトロン電極において、陽極と陰極とを交互に切り替える周波数は20kHz以上であることが好ましく、40kHz以上であることがより好ましい。また、この周波数は1MHz以下であることが好ましく、500kHz以下であることがより好ましい。
上記の周波数が20kHz未満である場合にはターゲットの表面に形成された第2酸化物層により異常放電が発生し、基材上の第1酸化物層上に第2酸化物層を安定して形成することができないことがある。また、上記の周波数が40kHz以上である場合にはターゲットの表面の汚れや傷に起因するような小さな異常放電までも抑制できる傾向にあり、より高品質の第2酸化物層を効率良く形成することができる傾向にある。
また、上記の周波数が1MHzよりも大きい場合には高周波対策などが必要となる観点から装置のコストが上昇する傾向ある。装置のコストの上昇を抑制する観点からは上記の周波数は500kHz以下であることが好ましい。
また、デュアルマグネトロンスパッタリング法においては、1対のマグネトロン電極間に発生したプラズマを第1酸化物層近傍の範囲にまで到達させることができる。これにより、基材近傍のプラズマ密度を向上させることができることから、より高品質な第2酸化物層の形成が可能となる。
なお、アンバランストマグネトロンスパッタリング法およびデュアルマグネトロンスパッタリング法においては、基材に印加するパルス状DC電圧の極性を10kHz以上1MHz以下の周波数で交互に変化させながら第2酸化物層を形成した場合には、より低い基材温度でより緻密な第2酸化物層を効率的に形成することができる点で好ましい。
また、上記において、アンバランストマグネトロンスパッタリング法およびデュアルマグネトロンスパッタリング法については第2酸化物層を形成する場合について説明したが、本発明においては、アンバランストマグネトロンスパッタリング法またはデュアルマグネトロンスパッタリング法によって上記の第1酸化物層および化合物層を形成してもよく、その他の層を形成してもよいことは言うまでもない。また、本発明においてアンバランストマグネトロンスパッタリング法およびデュアルマグネトロンスパッタリング法としてはそれぞれ上述した方法に限定されず、従来から公知のアンバランストマグネトロンスパッタリング法およびデュアルマグネトロンスパッタリング法をそれぞれ用いることができる。
また、上記においては、アーク式イオンプレーティング法、アンバランストマグネトロンスパッタリング法またはデュアルマグネトロンスパッタリング法を用いる場合のそれぞれの一例について説明したが、本発明の被膜の形成においては上記以外の方法を用いてもよいことは言うまでもない。
なお、本発明の被膜の製造方法において、たとえば上記の化合物層が2層以上含まれる場合には、それぞれの化合物層の形成方法は同一であってもよく、同一でなくてもよい。
(試料No.1〜8)
組成がJIS規格P30であり、形状がJIS規格SNG432である超硬合金製切削チップを基材として用い、その基材上に、図1にその概略を示した装置を用いアーク式イオンプレーティング法およびデュアルマグネトロンスパッタリング法により表1の試料No.1〜8の欄にそれぞれ記載された構成の被膜を形成して切削工具を作製した。以下、試料No.1〜8の切削工具の被膜の形成方法について具体的に説明する。
まず、図1に示した装置1には、第1アーク蒸発源13および第2アーク蒸発源14という2つのアーク蒸発源がセットされているとともに、第1デュアルマグネトロンスパッタ源11および第2デュアルマグネトロンスパッタ源12という2つのデュアルマグネトロンスパッタ源がセットされている。そして、第1アーク蒸発源13、第2アーク蒸発源14、第1デュアルマグネトロンスパッタ源11および第2デュアルマグネトロンスパッタ源12の中心点を中心として回転する回転保持具8に上記の基材10をセットした。なお、装置1は、ヒータ16も備えている。
ここで、第1アーク蒸発源13としてTiターゲットをセットし、第2アーク蒸発源14としてTi(80原子%)−Si(20原子%)ターゲットをセットした。また、第1デュアルマグネトロンスパッタ源11として、1対のマグネトロン電極の双方にCrターゲットをセットした。また、第2デュアルマグネトロンスパッタ源12として、1対のマグネトロン電極の一方にはAlターゲットをセットし、他方にZrターゲットをセットした。
そして、装置1内の真空度を7×10-4Pa以下に真空引きした後にアルゴンをガス導入口15から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材10を650℃まで加熱し1時間保持した。
その後、基材10に−1000Vの電圧をかけてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材10の表面のクリーニング処理を行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置1からアルゴンを排気した。
次に、窒素をガス導入口15から装置1内に導入した後、基材10に−200Vの電圧を印加した状態で第2アーク蒸発源14を100Aの放電電流で放電させることによって、アーク式イオンプレーティング法により基材10の表面上にTi0.8Si0.2N層(表1の試料No.1〜8の第1層)を形成した。そして、Ti0.8Si0.2N層の形成後は、装置1内のガスを排気した。
続いて、アルゴンおよび酸素をガス導入口15から装置1内に導入し、真空度を1Paに維持しながら、第1デュアルマグネトロンスパッタ源11の1対のマグネトロン電極間に陽極と陰極とを交互に切り替える周波数が50kHzである電圧を印加して放電させ、基材10に200kHzの周波数で+15Vから−100Vに切り替わるパルス状DC電圧を印加することによって、デュアルマグネトロンスパッタリング法により、Cr2O3からなる第1酸化物層(表1の試料No.1〜8の第2層)を形成した。そして、上記の第1酸化物層の形成後は、装置1内のガスを排気した。
次いで、アルゴンおよび酸素をガス導入口15から装置1内に導入し、真空度を1Paに維持しながら、第2デュアルマグネトロンスパッタ源12の1対のマグネトロン電極間のそれぞれに陽極と陰極とを交互に切り替える周波数が50kHzである電圧を印加して放電させ、基材10に150kHzの周波数で+15Vから−50Vに切り替わるパルス状DC電圧を印加することによって、デュアルマグネトロンスパッタリング法により、(Al1-xZrx)2O3(1+y)の式で表わされる第2酸化物層(表1の試料No.1〜8の第3層)を形成した。ここでは、基材10に印加するパルス状DC電圧の負の電圧値を調節することによって第2酸化物層に発生する圧縮残留応力を表1に示す値となるように調節した。そして、上記の第2酸化物層の形成後は、装置1内のガスを排気した。
次に、メタンおよび窒素をガス導入口15から装置1内に導入した後に、第1アーク蒸発源13を100Aの放電電流で放電させることによって、アーク式イオンプレーティング法により基材10の表面上にTiC0.2N0.8層(表1の試料No.1〜8の第4層)を形成した。
これにより、表1に示す第1層、第2層、第3層および第4層が基材10の表面上に形成された試料No.1〜8の切削工具が得られた。
また、試料No.1〜8の切削工具の被膜の形成において、表1に示す第1層、第2層および第4層は試料No.1〜8についてすべて同一の条件で形成されたが、表1に示す第3層については試料No.1についてはZrターゲットをセットすることなく形成され、試料No.2〜8については形成条件、特に、AlターゲットおよびZrターゲットのそれぞれに印加される電力を適宜変更して形成された。たとえば、試料No.2の切削工具の第3層は、Alターゲットに印加される電力を5kW、Zrターゲットに印加される電力を0.5kWとし、基材温度が710℃の条件で形成された。
なお、表1における結晶構造の欄の「α」はα−アルミナ型の結晶構造であることを意味し、「γ」はγ−アルミナ型の結晶構造であることを意味し、「α+γ」はα−アルミナ型の結晶構造とγ−アルミナ型の結晶構造とが混在している構造であることを意味し、「amo+ZrO2」は非晶質相とともにZrO2相が出現したことを意味している。
また、表1における第2層の結晶構造は、試料No.1〜21のそれぞれと同一の方法および同一の条件で基材上の第1層上に第2層をそれぞれ作製し、作製した第2層のそれぞれについてX線回折装置を用いて、X線の入射角を所定の角度に固定した薄膜法によりX線回折パターンを得て同定した。
また、表1における第3層の結晶構造は、試料No.1〜21のそれぞれと同一の方法および同一の条件で基材上に第1層、第2層および第3層をこの順序でそれぞれ作製し、作製した第3層のそれぞれについてX線回折装置を用いて、X線の入射角を所定の角度に固定した薄膜法によりX線回折パターンを得て同定した。
また、図3の上側に、試料No.4と同一の方法および同一の条件で基材上に第1層、第2層および第3層をこの順序でそれぞれ作製したサンプルについてθ−2θ法によるX線回折を行なったX線回折パターンを示し、図3の下側に、試料No.5と同一の方法および同一の条件で基材上に第1層、第2層および第3層をこの順序でそれぞれ作製したサンプルについてθ−2θ法によるX線回折を行なったX線回折パターンを示す。
なお、図3において、「α」は第3層のα−アルミナ型の結晶構造に対応するピークであり、「γ」は第3層のγ−アルミナ型の結晶構造に対応するピークであり、黒丸は第2層のCr2O3に対応するピークである。
図3に示すX線回折パターンから、試料No.4および試料No.5のそれぞれの第3層には、α−アルミナ型の結晶構造とγ−アルミナ型の結晶構造の双方が形成されていると考えられる。
また、表1における「α/α+γ」の欄は、第3層におけるα−アルミナ型の結晶構造とγ−アルミナ型の結晶構造との含有比率(α−アルミナ型の結晶構造/(α−アルミナ型の結晶構造+γ−アルミナ型の結晶構造))を示している。ここで、第3層におけるα−アルミナ型の結晶構造とγ−アルミナ型の結晶構造との含有比率(α−アルミナ型の結晶構造/(α−アルミナ型の結晶構造+γ−アルミナ型の結晶構造))は、試料No.1〜21のそれぞれと同一の方法および同一の条件で基材上に第1層、第2層および第3層をこの順序でそれぞれ作製し、作製した第3層の表面のそれぞれをSEMにより観察し、観察された第3層の表面の面積に対して、α−アルミナ型の結晶構造の結晶が占めている面積の割合をα−アルミナ型の結晶構造の結晶が占めている面積の割合とγ−アルミナ型の結晶構造の結晶が占めている面積の割合との和で割ることによって求めた。なお、上記のα−アルミナ型の結晶構造の結晶が占めている面積はα−アルミナ型の結晶構造の結晶が複数存在する場合にはその総面積とし、上記のγ−アルミナ型の結晶構造の結晶が占めている面積はγ−アルミナ型の結晶構造の結晶が複数存在する場合にはその総面積とした。
また、表1における応力の欄の「−」は層に圧縮残留応力が生じていることを意味し、「−」の右に位置する数値は層の圧縮残留応力の大きさを表わしている。
また、表1における試料No.1〜21の第3層の「x」および「y」の数値はそれぞれ、試料No.1〜21と同一の方法および同一の条件で基材上に第1層、第2層および第3層をこの順序でそれぞれ作製し、作製した第3層のそれぞれについてラザフォード後方散乱法(RBS法)を用いて測定することにより求められた値である。
(試料No.9〜15)
表1に示す試料No.9〜15の被膜については各蒸発源としてセットするターゲットと装置1内に導入されるガス(導入ガス)を下記のものとし、第4層の形成時に導入されるメタンと窒素の流量比を変更したこと以外は、試料No.2〜7と同様に形成して試料No.9〜15の切削工具を得た。
なお、第1デュアルマグネトロンスパッタ源11としては試料No.2〜7と同様に1対のマグネトロン電極の双方にAl0.4Cr0.4Ti0.2ターゲットがセットされた。また、第2デュアルマグネトロンスパッタ源12としては試料No.2〜7と同様に1対のマグネトロン電極の一方にはAlターゲットがセットされ、他方にはZrターゲットがセットされた。また、試料No.9〜15の第3層についてはその層厚を適宜変更して形成を行なった。
第1アーク蒸発源13:Tiターゲット
第2アーク蒸発源14:Ti(50原子%)−Al(50原子%)ターゲット
導入ガス:窒素/酸素(第1層)、酸素/アルゴン(第2層、第3層)、窒素/メタン(第4層)
(試料No.16〜21)
表1に示す試料No.16〜21の被膜については各蒸発源としてセットするターゲットと導入ガスを下記のものとしたこと以外は、試料No.2〜7と同様にして基材上に形成して試料No.16〜21の切削工具を得た。
なお、第1デュアルマグネトロンスパッタ源11としては試料No.2〜7と同様に1対のマグネトロン電極の双方にCr0.8Ti0.2ターゲットがセットされた。また、第2デュアルマグネトロンスパッタ源12としては試料No.2〜7と同様に1対のマグネトロン電極の一方にはAlターゲットがセットされ、他方にはZrターゲットがセットされた。また、試料No.16〜21の第3層については基材10に印加するパルス状DC電圧および基材温度を適宜変更することによって第3層の圧縮残留応力を適宜変更して形成を行なった。
第1アーク蒸発源13:Ti(95原子%)−Si(5原子%)ターゲット
第2アーク蒸発源14:Al(50原子%)−Cr(40原子%)−Si(10原子%)ターゲット
導入ガス:窒素/メタン(第1層)、酸素/アルゴン(第2層、第3層)、メタン(第4層)
(試料No.22)
従来の熱CVD法を用いて、表1に示す第1層、第2層および第3層が基材10の表面上に形成された試料No.22の切削工具を得た。
(試料No.23)
図1に示す第1アーク蒸発源13としてTi(50原子%)−Al(50原子%)ターゲットをセットし、第2アーク蒸発源14としてTiターゲットをセットした。また、第1デュアルマグネトロンスパッタ源11および第2デュアルマグネトロンスパッタ源12としては何もセットしなかった。
そして、装置1内の真空度を7×10-4Pa以下に真空引きした後にアルゴンをガス導入口15から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材10を650℃まで加熱し1時間保持した。
その後、基材10に−1000Vの電圧をかけてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材10の表面のクリーニング処理を行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置1からアルゴンを排気した。
次に、窒素をガス導入口15から装置1内に導入した後、基材10に−200Vの電圧を印加した状態で第2アーク蒸発源14を放電させることによって、アーク式イオンプレーティング法により基材10の表面上にTiN層(表1の試料No.23の第1層)を形成した。
その後、基材10に−200Vの電圧を印加した状態で第1アーク蒸発源13を放電させることによって、アーク式イオンプレーティング法により基材10の表面上にTi0.5Al0.5N層(表1の試料No.23の第2層)を形成した。そして、Ti0.5Al0.5N層の形成後は、装置1内のガスを排気した。
これにより、表1に示す第1層および第2層が基材10の表面上に形成された試料No.23の切削工具が得られた。
(評価)
表1に示す試料No.1〜23の切削工具を用いて、図2の模式的拡大側面図に示すように切削工具2の角を被削材3に接触させた後に被削材3を回転させることによって、表2に示す切削条件で被削材3を連続切削(連続切削試験)および断続切削(断続切削試験)することにより、切削工具2の逃げ面4の摩耗幅を測定した。その結果を表3に示す。表3に示す逃げ面摩耗幅の値が小さいほど切削工具の被膜の耐摩耗性が優れていることを示す。
表3から明らかなように、第1酸化物層と上記の式(1)で表わされる組成を有しα−アルミナ型の結晶構造およびγ−アルミナ型の結晶構造を有する第2酸化物層との積層体を有する試料No.2〜7および試料No.9〜21の切削工具の連続切削試験および断続切削試験における逃げ面摩耗幅は、その積層体を有しない試料No.1、8、22および23の切削工具の逃げ面摩耗幅よりも小さかった。したがって、切削環境が高温環境下であることを考慮すると、試料No.2〜7および試料No.9〜21の切削工具の被膜の高温環境下における耐摩耗性は優れていることが確認された。
特に、試料No.22の切削工具は断続切削試験において欠損し、試料No.23の切削工具は連続切削試験において被膜の剥離が見られた。
また、上記の連続切削試験後および断続切削試験後に、試料No.2〜7および試料No.9〜21の切削工具の耐溶着性についても評価したところ、試料No.2〜7および試料No.9〜21の切削工具の最表面には被削材が付着していないことが確認されたため、試料No.2〜7および試料No.9〜21の切削工具の被膜は高温環境下における耐溶着性にも優れていることが確認された。
(試料No.24)
試料No.1〜23で用いた基材に代えて、基材の形状をSNGN120408(JIS−B−4121)とし、基材の材質をサーメットおよび立方晶窒化硼素焼結体とする、表5に示す2種の基材を用意した。
そして、サーメットおよび立方晶窒化硼素焼結体を材質とするそれぞれの基材上に、図1に示す装置を用いアーク式イオンプレーティング法およびアンバランストマグネトロンスパッタリング法により表4の試料No.24の欄に記載された構成の被膜を形成して切削工具を作製した。以下、試料No.24の切削工具の被膜の形成方法について具体的に説明する。
まず、図1に示す第1アーク蒸発源13としてAl(70原子%)−Cr(30原子%)ターゲットをセットし、第2アーク蒸発源14としてTiターゲットをセットした。また、第1アンバランストマグネトロンスパッタ源11として、マグネトロン電極にAl−Crターゲットをセットした。また、第2アンバランストマグネトロンスパッタ源12として、Al−Zrターゲットをセットした。ここで、Al−Crターゲットの組成は、Alが30原子%で、Crが70原子%であって、Al−Zrターゲットの組成は、Alが92原子%で、Zrが8原子%であった。
そして、装置1内の真空度を7×10-4Pa以下に真空引きした後にアルゴンをガス導入口15から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材10を650℃まで加熱し1時間保持した。
その後、基材10に−1000Vの電圧をかけてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材10の表面のクリーニング処理を行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置1からアルゴンを排気した。
次に、窒素をガス導入口15から装置1内に導入した後、基材10に−200Vの電圧を印加した状態で第2アーク蒸発源14を100Aの放電電流で放電させることによって、アーク式イオンプレーティング法により基材10の表面上にTiN層(表4の試料No.24の第1層)を形成した。
続いて、基材10に−200Vの電圧を印加した状態で第1アーク蒸発源13を80Aの放電電流で放電させることによって、アーク式イオンプレーティング法により基材10の表面上にAl0.7Cr0.3N層(表4の試料No.24の第2層)を形成した。そして、Al0.7Cr0.3N層の形成後は装置1内からガスを排気した。
次いで、アルゴンおよび酸素をガス導入口15から装置1内に導入し、真空度を0.5Paに維持しながら、第1アンバランストマグネトロンスパッタ源11であるAl−Crターゲットに100kHzの周波数のパルス状DC電圧を印加することにより3kWの電力で放電させ、基材10に350kHzの周波数で+10Vから−50Vに切り替わるパルス状DC電圧を印加することによって、アンバランストマグネトロンスパッタリング法により、(Al0.3Cr0.7)2O3からなる第1酸化物層(表4の試料No.24の第3層)を形成した。そして、第1酸化物層の形成後は装置1内からガスを排気した。
その後、アルゴンおよび酸素をガス導入口15から装置1内に導入し、真空度を0.7Paに維持しながら、第2アンバランストマグネトロンスパッタ源12であるAl−Zrターゲットに75kHzの周波数のパルス状DC電圧を印加することにより6kWの電力で放電させ、基材10に300kHzの周波数で+10Vから−200Vに切り替わるパルス状DC電圧を印加することによって、アンバランストマグネトロンスパッタリング法により、(Al1-xZrx)2O3(1+y)の式で表わされる第2酸化物層(表4の試料No.24の第4層)を形成した。
これにより、表4に示す第1層、第2層、第3層および第4層が基材10の表面上に形成された、基材10の材質がサーメットおよび立方晶窒化硼素焼結体のそれぞれからなる2種類の試料No.24の切削工具が得られた。
なお、表4における第3層の結晶構造の欄の「α」はα−アルミナ型の結晶構造であることを意味し、第4層の結晶構造の欄の「α+γ」はα−アルミナ型の結晶構造とγ−アルミナ型の結晶構造とが混在している構造であることを意味している。
また、表4における第3層の結晶構造は、試料No.24〜28のそれぞれと同一の方法および同一の条件で基材上に第1層、第2層および第3層をこの順序で作製し、作製した第3層のそれぞれについてX線回折装置を用いて、X線の入射角を所定の角度に固定した薄膜法によりX線回折パターンを得て同定した。
また、表4における第4層の結晶構造は、試料No.24〜28および31のそれぞれと同一の方法および同一の条件で基材上に第1層、第2層、第3層および第4層をこの順序でそれぞれ作製し、作製した第4層のそれぞれについてX線回折装置を用いて、X線の入射角を所定の角度に固定した薄膜法によりX線回折パターンを得て同定した。
また、表4における「α/α+γ」の欄は、第4層におけるα−アルミナ型の結晶構造とγ−アルミナ型の結晶構造との含有比率(α−アルミナ型の結晶構造/(α−アルミナ型の結晶構造+γ−アルミナ型の結晶構造))を示している。ここで、第4層におけるα−アルミナ型の結晶構造とγ−アルミナ型の結晶構造との含有比率(α−アルミナ型の結晶構造/(α−アルミナ型の結晶構造+γ−アルミナ型の結晶構造))は、試料No.24〜28のそれぞれと同一の方法および同一の条件で基材上に第1層、第2層、第3層および第4層をこの順序でそれぞれ作製し、作製した第4層の表面のそれぞれをSEMにより観察し、観察された第4層の表面の面積に対して、α−アルミナ型の結晶構造の結晶が占めている面積の割合をα−アルミナ型の結晶構造の結晶が占めている面積の割合とγ−アルミナ型の結晶構造の結晶が占めている面積の割合との和で割ることによって求めた。なお、上記のα−アルミナ型の結晶構造の結晶が占めている面積はα−アルミナ型の結晶構造の結晶が複数存在する場合にはその総面積とし、上記のγ−アルミナ型の結晶構造の結晶が占めている面積はγ−アルミナ型の結晶構造の結晶が複数存在する場合にはその総面積とした。
また、表4における応力の欄の「−」は層に圧縮残留応力が生じていることを意味し、「−」の右に位置する数値は層の圧縮残留応力の大きさを表わしている。
また、表4における試料No.24〜28および31の第4層の「x」の数値はそれぞれ、試料No.24〜28および31のぞれぞれと同一の方法および同一の条件で基材上に第1層、第2層、第3層および第4層をこの順序でそれぞれ作製し、作製した第4層のそれぞれについてラザフォード後方散乱法(RBS法)を用いて測定することにより求められた値である。さらに、表4には示されていないが、試料No.24〜28および31の第4層の「y」の数値はすべて−0.1≦y≦0.2の範囲内にあった。
(試料No.25)
表4に示す試料No.25の被膜については各蒸発源としてセットするターゲットおよび第1アンバランストマグネトロンスパッタ源11としてセットされるターゲットを下記のものとし、第2アンバランストマグネトロンスパッタ源12としてセットされるAl−Zrターゲットの組成などの条件を変更して第1層〜第4層を形成したこと以外は、試料No.24と同様に形成して、基材10の材質がサーメットおよび立方晶窒化硼素焼結体のそれぞれからなる2種類の試料No.25の切削工具を得た。
第1アンバランストマグネトロンスパッタ源11:Al(50原子%)−Cr(50原子%)ターゲット
第1アーク蒸発源13:Cr(80原子%)−Si(20原子%)ターゲット
第2アーク蒸発源14:Ti(90原子%)−Si(10原子%)ターゲット
(試料No.26)
表4に示す試料No.26の被膜については各蒸発源としてセットするターゲットおよび第1アンバランストマグネトロンスパッタ源11としてセットされるターゲットを下記のものとし、第2アンバランストマグネトロンスパッタ源12としてセットされるAl−Zrターゲットや導入ガスの組成などの条件を変更して第1層〜第4層を形成したこと以外は、試料No.24と同様に形成して、基材10の材質がサーメットおよび立方晶窒化硼素焼結体のそれぞれからなる2種類の試料No.26の切削工具を得た。
第1アンバランストマグネトロンスパッタ源11:Cr(80原子%)−Ti(20原子%)ターゲット
第1アーク蒸発源13:Ti(70原子%)−Al(15原子%)−Si(15原子%)ターゲット
第2アーク蒸発源14:Tiターゲット
(試料No.27)
試料No.1〜23で用いた基材に代えて、基材の形状をSNGN120408(JIS−B−4121)とし、基材の材質をサーメットおよび立方晶窒化硼素焼結体とする、表5に示す2種の基材を用意した。
そして、サーメットおよび立方晶窒化硼素焼結体を材質とするそれぞれの基材上に、図1に示す装置を用いアーク式イオンプレーティング法およびアンバランストマグネトロンスパッタリング法により表4の試料No.27の欄に記載された構成の被膜を形成して切削工具を作製した。以下、試料No.27の切削工具の被膜の形成方法について具体的に説明する。
まず、図1に示す第2アーク蒸発源14としてAl(65原子%)−Ti(30原子%)−Si(5原子%)ターゲットをセットした。また、第1アンバランストマグネトロンスパッタ源11としてCr(90原子%)−Fe(10原子%)ターゲットをセットした。さらに、第2アンバランストマグネトロンスパッタ源12としてAl−Zrターゲットをセットした。
そして、装置1内の真空度を7×10-4Pa以下に真空引きした後にアルゴンをガス導入口15から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材10を650℃まで加熱し1時間保持した。
その後、基材10に−1000Vの電圧をかけてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材10の表面のクリーニング処理を行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置1からアルゴンを排気した。
次に、メタンおよび酸素をガス導入口15から装置1内に導入し、基材10に−200Vの電圧を印加した状態で第2アーク蒸発源14を100Aの放電電流で放電させることによって、アーク式イオンプレーティング法により基材10の表面上にAl0.65Ti0.3Si0.05C0.93O0.05層(表4の試料No.27の第2層)を形成した。なお、試料No.27および後述するNo.28においては第1層は形成されず、第2層が基材と接触する層として形成され、第2層上に第3層が形成され、第3層上に第4層が最表面に位置する層として形成された。
次いで、アルゴンおよび酸素をガス導入口15から装置1内に導入し、真空度を0.3Paに維持しながら、第1アンバランストマグネトロンスパッタ源11であるCr−Feターゲットに60kHzの周波数のパルス状DC電圧を印加することにより3kWの電力で放電させ、基材10に40kHzの周波数で+100Vから−100Vに切り替わるパルス状DC電圧を印加することによって、アンバランストマグネトロンスパッタリング法により、(Cr0.9Fe0.1)2O3からなる第1酸化物層(表4の試料No.24の第3層)を形成した。そして、第1酸化物層の形成後は装置1内からガスを排気した。
その後、アルゴンおよび酸素をガス導入口15から装置1内に導入し、真空度を0.8Paに維持しながら、第2アンバランストマグネトロンスパッタ源12であるAl−Zrターゲットに60kHzの周波数のパルス状DC電圧を印加することにより5kWの電力で放電させ、基材10に55kHzの周波数で+15Vから−300Vに切り替わるパルス状DC電圧を印加することによって、アンバランストマグネトロンスパッタリング法によりAl、ZrおよびOからなる第2酸化物層(表4の試料No.27の第4層)を形成した。
これにより、表4に示す第2層、第3層および第4層が基材10の表面上に形成され、基材10の材質がサーメットおよび立方晶窒化硼素焼結体のそれぞれからなる2種類の試料No.27の切削工具が得られた。
(試料No.28)
表4に示す試料No.28の被膜については第2アーク蒸発源14としてセットするターゲットおよび第1アンバランストマグネトロンスパッタ源11としてセットされるターゲットを下記のものとし、第2アンバランストマグネトロンスパッタ源12としてセットされるAl−Zrターゲットや導入ガスの組成などの条件を変更して第2層〜第4層を形成したこと以外は、試料No.27と同様にして基材上に形成して、基材10の材質がサーメットおよび立方晶窒化硼素焼結体のそれぞれからなる2種類の試料No.28の切削工具を得た。
第1アンバランストマグネトロンスパッタ源11:Ti(50原子%)−Fe(50原子%)ターゲット
第2アーク蒸発源14:Ti(80原子%)−Si(20原子%)ターゲット
(試料No.29)
従来の熱CVD法を用いて、表4に示す第1層、第2層および第3層が基材10の表面上に形成された試料No.29の切削工具を得た。
(試料No.30)
図1に示す第1アーク蒸発源13としてTi(50原子%)−Al(50原子%)ターゲットをセットし、第2アーク蒸発源14としてTiターゲットをセットした。
そして、装置1内の真空度を7×10-4Pa以下に真空引きした後にアルゴンをガス導入口15から導入し、その真空度を3Paに維持しながら基材10を650℃まで加熱し1時間保持した。
その後、基材10に−1000Vの電圧をかけてアルゴン中でグロー放電を発生させることにより、アルゴンイオンによる基材10の表面のクリーニング処理を行なった。そして、上記クリーニング処理後に装置1からアルゴンを排気した。
次に、窒素をガス導入口15から装置1内に導入した後、基材10に−200Vの電圧を印加した状態で第2アーク蒸発源14を放電させることによって、アーク式イオンプレーティング法により基材10の表面上にTiN層(表4の試料No.30の第1層)を形成した。
その後、基材10に−200Vの電圧を印加した状態で第1アーク蒸発源13を放電させることによって、アーク式イオンプレーティング法により基材10の表面上にTi0.5Al0.5N層(表4の試料No.30の第3層)を形成した。
これにより、表4に示す第1層および第3層が基材10の表面上に形成され、基材10の材質がサーメットおよび立方晶窒化硼素焼結体のそれぞれからなる2種類の試料No.30の切削工具が得られた。
(試料No.31)
第3層を形成しなかったこと以外は試料No.24と同様に表4に示す構成の被膜を形成して、基材10の材質がサーメットおよび立方晶窒化硼素焼結体のそれぞれからなる2種類の試料No.31の切削工具を得た。
(評価)
表4に示す構成の被膜が形成された試料No.24〜31の切削工具を用いて、表5に示す切削条件で被削材の連続切削試験および溝のついた丸棒切削試験を行なうことにより、1分毎に切削工具の逃げ面摩耗幅を測定し、逃げ面摩耗幅が0.2mmを超えた時間を寿命として評価した。その結果を表6に示す。なお、表6に示す寿命の時間が長いほど耐摩耗性に優れた被膜であることを示している。また、基材がサーメットからなる試料No.24〜31の切削工具については連続切削試験を行い、基材がcBN焼結体からなる試料No.24〜31の切削工具については溝のついた丸棒切削試験を行なった。
表6から明らかなように、試料No.24〜28のそれぞれの第1酸化物層と上記の式(1)で表わされる組成を有しα−アルミナ型の結晶構造およびγ−アルミナ型の結晶構造を有する第2酸化物層との積層体を有する試料No.24〜28の切削工具の寿命は、その積層体を有しない試料No.29〜31の切削工具の寿命よりも長かった。切削環境が高温環境であることを考慮すると、試料No.24〜28の切削工具の被膜の高温環境下における耐摩耗性は試料No.29〜31の被膜に比べて優れていることがわかった。特に、試料No.29の切削工具は溝のついた丸棒切削試験において欠損が見られた。
また、上記の連続切削試験後および溝のついた丸棒切削試験後に、試料No.24〜28の切削工具の耐溶着性についても評価した。その結果、試料No.24〜28の切削工具の表面には被削材が付着していないことが確認されたため、試料No.24〜28の切削工具の被膜は高温環境下における耐溶着性にも優れていることが確認された。
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。