JP5573223B2 - 耐断線性に優れた高強度極細鋼線及びその製造方法 - Google Patents

耐断線性に優れた高強度極細鋼線及びその製造方法 Download PDF

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Description

本発明は、タイヤ、ベルトコード、高圧ホース等、ゴム及び有機材料の補強用のスチールコード、並びに半導体インゴット切断用ソーワイヤなどに好適な、高強度極細鋼線に関するものである。
近年、タイヤの軽量化及び高性能化を目的として、スチールコードの高張力化が急速に進展し、引張強さで3000MPa以上のものが主流になってきている。極細鋼線の引張強さが高くなると、一般に延性が低下し、デラミネーションと呼ばれる縦割れが発生し、撚り線加工中に断線し易くなる傾向がある。
また、環境保護意識の高まりから、太陽電池の需要が旺盛となり、その製造過程で多結晶シリコン等の半導体インゴットをスライスするソーワイヤの断線率の低減が求められている。ソーワイヤも、引張強さが高くなると延性が低下し、半導体インゴットをスライスする際に断線が発生しやすくなる傾向がある。
本発明者らの一部は、伸線加工の最終段でスキンパスを行い、伸線後の時効を積極的に利用する方法を提案した(例えば、特許文献1〜4、参照)。これは、極細鋼線の断面硬度分布を適切に調整して、延性を向上させ、耐撚り線断線性を向上させるものである。
特開平5−98949号公報 特開平6−299252号公報 特開平8−337845号公報 特開2008−208450号公報
しかし、従来、極細鋼線の延性の代替指標として用いられてきた、捻回値、伸び、引張強度と伸びとの積などと、製造工程でのスチールコードの撚り線断線率およびインゴット切断時のソーワイヤ断線率との相関は弱いことがわかった。そのため、従来、延性の代替指標として用いられていたこれらの品質指標に依ったのでは、耐線断線性を向上する品質のものを見いだすことが困難であり、引張強さで3000MPa以上のものについては十分な耐断線性を有する極細鋼線を適切に見つけ出すことができなかった。
本発明は、スチールコード製造工程での撚り線断線率、およびシリコンインゴット切断中のソーワイヤ断線率との良好な相関を有する新断線評価方法を確立した上で、その断線評価方法を用いて品質評価を行い、結果として引張強さで3000MPa以上であってもスチールコードの耐撚り線断線性、およびソーワイヤ使用時の耐断線性の高い極細鋼線及びその製造方法を提供することを目的とする。
本発明者らは、撚り線加工工程の断線率との相関が非常に強い断線加速評価方法を新たに見出した。更に、この断線加速評価方法によって、最終段でのスキンパスを最適化し、伸線後の極細鋼線に対し、高温で極短時間の熱処理を行うことにより、表層では、セメンタイトからフェライトへのCの拡散や、セメンタイトへのCの凝集を抑制し、また、表層と中心部との組織の差異が小さくなり、引張強さで3000MPa以上であってもスチールコードの撚り線断線率、およびインゴット切断時のソーワイヤ断線率の低い高強度極細鋼線の製造が可能であるという知見を得た。
本発明は上記知見に基づいてなされたものでありその要旨は以下のとおりである。なお、本発明では、スチールコードの耐撚り線断線性と、ソーワイヤのインゴット切断時の耐断線性とを総称して、耐断線性という。
(1) 質量%で、C:0.75〜1.1%、Si:0.19〜0.22%、Mn:0.2〜2.0%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、表層部のC濃度の最大値と最小値との差が10〜25原子%であり、かつ表層部のパーライトラメラ面の法線と鋼線軸方向との角度の平均値θsと、中心部のパーライトラメラ面の法線と鋼線軸方向との角度の平均値θcとの差の絶対値が1.0°未満であり、引張強度が3000MPa以上であることを特徴とする耐断線性に優れた高強度極細鋼線。
(2) 上記(1)に記載の成分を有する極細鋼線をパテンティング後、最終仕上げ径までの伸線加工歪が3.0以上になるように湿式伸線を行い、該湿式伸線の最終段単独または最終段を含む2〜5段のダイスで、断面減少率が0.5%以上3%未満のスキンパス伸線を行い、加熱温度T[℃]が100〜320℃であり、保持時間t[s]が0.05s以上であり、該加熱温度T[℃]と該保持時間t[s]とが、
t≦0.9(320−T)
を満足する熱処理を施すことを特徴とする上記(1)に記載の耐断線性に優れた高強度極細鋼線の製造方法。
本発明によれば、3000MPa以上の引張強さを有しながら、延性の高い極細鋼線を得ることができ、スチールコードの撚り線加工時及びソーワイヤの半導体インゴット切断時における、断線回数を低減できるなど、産業上の貢献が極めて顕著である。
耐断線性評価装置の一例を示す図である。 スチールコード撚線加工時、およびソーワイヤインゴット切断時の応力状態の類似性を示す図である。 本発明の極細鋼線の熱処理方法の一例を示す図である。
図1に示す鋼線断線性評価装置は、実際のスチールコード撚り線加工工程を模擬しており、2本の極細鋼線を一定の張力を保ちながら一定の角度で連続的に撚り合わせる。図1に示したように、高強度極細鋼線は速度計1とテンションメーター2を有する2台のペイオフリール3より一定速度で繰り出される。また、テンションメーター2により線張力を制御している。2本の極細鋼線は一定速度で回転するツイスター3により撚り合わされる。ツイスター内のボビンによる撚り線の巻取速度は、側方より結び目を高速度撮影し、その位置がある範囲内で一定になるように制御されている。
なお、ソーワイヤによる半導体インゴット切断時にも、撚り線加工工程と同様の応力が負荷されると推定される。図2(a)に示すように、撚り線加工時にはスチールコードには、他のスチールコードからの力が長手方向に対して垂直に負荷される。これと同様に、半導体インゴット切断時には、図2(b)に示すように、Siインゴットの端部からの力がソーワイヤの長手方向に対して垂直に負荷される。したがって、半導体インゴット切断時にソーワイヤに負荷される応力は、図1に示す鋼線断線評価装置で極細鋼線に負荷される応力と定性的には類似している。このことから、半導体インゴット切断時のソーワイヤの耐断線性も、図1に示す装置によって相対的に評価することができる。
2本の元線と撚り線は互いに120°をなすように装置を設置し、種々の条件で熱処理を施した極細鋼線の耐断線性を評価した。ペイオフリールからの繰り出し速度を100m/分とし、線張力を高強度極細鋼線単線の9.5〜10.5%の範囲で制御した。ツイスターの回転速度は、1000回転/分とした。200kg(100kgリール×2)あたりの断線回数を求める。
以上に述べた方法によって耐断線性を評価する方法を、ここでは「新断線評価方法」と呼ぶ。
また、強度と破断伸びを測定するため、引張試験を行った。引張試験は、長さが約300mmの試料を用いて、チャック間の距離を200mmとして行った。試料の線径は、干渉式レーザー線径測定装置によって測定し、断面積を算出した。引張強さ(TS[MPa])は、引張試験機のロードセルによって荷重を測定し、最大荷重を試料の断面積で除して、算出した。破断伸び(EL[%])は、引張試験機の破断時のクロスヘッドの変位から求めた。
次に、捻り試験を行い、捻回値を求めた。捻回値は、引張試験によって測定した破断荷重の1%に相当する引張荷重を極細鋼線に負荷しながら捻りを加えた際の、試料が破断するまでの回転数である。なお、チャック間の距離は線径の100倍とし、捻りの速度は10rpmとした。
更に、極細鋼線の実機でのスチールコードの撚り線断線率を求めた。実機で、引張強度の1%に相当する張力を負荷しながら、11本の極細鋼線を撚り合わせ、断線率を求めた。断線率は、11本の極細鋼線の重量の合計が10tになるまでの断線回数で評価した。また、極細鋼線の実機でのインゴット切断時の断線率を求めた。8インチの多結晶シリコンインゴットを4本同時にセッティングし800m/minの速度でワイヤを走行させる条件で切断する実験を行った、インゴット切断時の断線率は、20本のインゴットを切断するまでの断線回数[回/インゴット本]で評価した。
従来、極細鋼線の耐撚り線断線性は、引張強度TS[MPa]と破断伸びEL[%]との積TS×EL[MPa・%]で評価されていた。表1および表2に、引張強度、実工程での断線率、破断伸び、TS×EL、捻回値、上記の新断線性評価方法による耐断線性を示す。なお、捻回値[回/100d]は、線径dの100倍の長さに対し、試料が破断するまでの回数、新断線性評価方法による耐断線性[回/200kg]は、200kg(100kgリール×2)あたりの断線回数である。
実工程での断線率として、表1には、実工程でのスチールコードの撚り線断線率(回/10t)、表2には、シリコンインゴットをソーワイヤで切断する工程を想定した半導体インゴット切断時のソーワイヤの断線率[回/インゴット本]を記載している。そして、これら実工程での断線率と、それぞれ、EL[%]、捻回値[回/100d]、TS×EL[MPa・%]、新断線評価方法の耐断線性[回/200kg]との相関を最小二乗法によって評価した際の寄与率(r2)を示した。表1および表2に示す鋼種A〜Cは、表3に示す成分を有するものである。なお、表1のスチールコードの線径は0.2μmであり、表2のソーワイヤの線径は0.15μmである。
表1および表2から、従来の極細鋼線延性評価方法である引張試験、捻り試験と実工程でのスチールコード撚り線断回数およびソーワイヤ断線率との間の相関は弱く、新断線評価方法とのみ実工程での断線率が強く相関していることが判った。新断線性評価方法において、200kg(100kgリール×2)あたりの断線回数10回以下であれば、実工程でのスチールコード撚り線断線回数が200回/10t以下の良好な耐断線性を有している。このことから、新断線性評価方法で断線回数10回以下であるものを、スチールコードの耐撚り線断線性が良好であると評価した。
また、ソーワイヤについては、新断線性評価方法において、200kg(100kgリール×2)あたりの断線回数10回以下であれば、実工程でのインゴット切断工程での断線回数が3回/インゴット本 以下の良好な耐断線性を有している。このことから新断線評価方法で断線回数が10回以下であるものを、ソーワイヤの耐断線性が良好であると評価した。表1および表2に示されているように、新断線性評価と、スチールコード撚り線断回数およびソーワイヤ断線率との間の相関は、その他の評価方法よりも強く、極細鋼線の耐断線性の相対的な評価が可能である。したがって、上記の新断線評価方法によって耐撚り線断線性の評価を行うことにより、多くの製造条件について試行し、その結果得られた種々の品質を有する鋼線について、断線性の評価を簡便に行うことが可能になる。
Figure 0005573223
Figure 0005573223
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そこで、種々の製造方法で製造した極細鋼線について、新断線評価方法によってスチールコードの耐撚り線断線性、およびソーワイヤのインゴット切断時の耐断線性の評価を行った。そして、新断線性評価方法により、極細鋼線の耐断線性が良好であると評価された極細鋼線の表層部及び中心部におけるC濃度、パーライトラメラ構造、ビッカース硬度分布について検討を行った。その結果、極細鋼線の耐断線性を向上させるには、表層部のC濃度の最大値と最小値との差を10〜25原子%とすること、表層部のパーライトラメラ面の法線と鋼線軸方向との角度の平均値θsと、中心部のパーライトラメラ面の法線と鋼線軸方向との角度の平均値θcとの差の絶対値を1.0°未満とすることが重要であるという知見を得た。即ち、引張強度が3000MPa以上の高強度極細鋼線であっても、表層部のC濃度の最大値と最小値との差が10〜25原子%であり、かつθsとθcとの差の絶対値を1.0°未満とすることにより、耐断線性を向上することが可能となる。
表層部のC濃度の最大値と最小値の差異が10原子%未満である場合、C原子はセメンタイトからフェライト中に拡散し、パーライトラメラ構造が崩れている。その結果、フェライトの延性が低下する。一方、表層部のC濃度の最大値と最小値の差異が25原子%を超える場合、C原子の拡散は不十分で、セメンタイトの近傍に凝集する。セメンタイトの一部は、遊離したグラファイトの状態で析出し、延性が低下する。これに対し、表層部のC濃度の最大値と最小値の差が10〜25原子%であれば、θsとθcとの差の絶対値を1.0°未満とすることと相まって、セメンタイトがラメラ構造を保持しており、Cのフェライトへの拡散が少なく、フェライトの延性が保持される。また表層部と中心部の特性の差異が少ないため、局所的な塑性変形の不均一が生じにくいため、延性が良好である。したがって、断線率を極細鋼線200kgあたり10回以下にするには、表層部のC濃度の最大値と最小値との差を10〜25原子%とすることが必要である。
本発明では、表層部を、表面から軸中心方向に20μmまでの位置と定義する。また、C濃度は、任意に10点以上の部位で測定する。C濃度は、3次元アトムプローブ(以下3D−AP)によって測定することができる。表層部からの針状の試料の切り出しは、集束イオンビーム装置(FIB)を用いて行う。3D−APにより、一辺が5nmの領域で、Fe、C、Mn、Siの4元素を検出し、C濃度を算出する。
また、表層部のパーライトラメラ面の法線と鋼線軸方向との角度の平均値θsと、中心部のパーライトラメラ面の法線と鋼線軸方向との角度の平均値θcとの差の絶対値が1.0°以上になると、極細鋼線の中心部と表層ではパーライトラメラの配向の程度が異なり、極細鋼線の表層と中心部とでは、機械的特性の差異が大きくなる。そのため、撚り線加工した際に、表層部と中心部とでは塑性変形の伝播に差異を生じ、破壊が多数の起点で発生する。これに対し、θsとθcとの差の絶対値が1.0°未満であれば、表層部のC濃度の最大値と最小値との差が10〜25原子%であることと相まって、極細鋼線中心部と表層の間でパーライトラメラの配向の程度が近くなるので、撚り線時に破壊が起きにくくなる。したがって、撚り線断線数を極細鋼線200kgあたり10回以下にするには、表層部のパーライトラメラ面の法線と鋼線軸方向との角度の平均値θsと、中心部のパーライトラメラ面の法線と鋼線軸方向との角度の平均値θcとの差の絶対値を1.0°未満にすることが必要である。
本発明では、中心部を、極細鋼線の軸中心から表面方向に20μmまでの位置と定義する。表層部及び中心部のパーライトラメラ面の法線と鋼線軸方向との角度は、3D−APによって行うことができる。表層部及び中心部からの針状の試料の切り出しは、集束イオンビーム装置(FIB)を用いて行う。3D−APによれば、C濃度が高い部位の形態によってパーライトラメラ面と鋼線軸方向との角度θを求めることができる。一辺が5nmの領域で、C濃度が最も高い領域を特定し、これらを最も良く包絡する面を目視で決定し、パーライトラメラ面の法線方向を決定しパーライトラメラ面の法線と鋼線軸方向との角度とする。また角度の平均値は、θsについては鋼線表層より20μmまで、θcについては鋼線中心軸からの距離が20μmまでの領域について、それぞれ10箇所以上の位置で3D−APによるパーライトラメラ面の法線方向と鋼線軸方向のなす角を求め、算術平均することにより求めることができる。
本発明は、引張強度が3000MPa以上の極細鋼線を対象とする。引張強度が3000MPa以上になると、伸線加工による極細鋼線の延性劣化が著しくなるが、本発明によれば、断線回数を低減することができる。
本発明の極細鋼線は、線径が0.45mm以下において特に効果を発揮する。線径が0.35mm以下であればさらに有効である。
本発明の極細鋼線の成分について説明する。なお、成分の%は、特に指定しない場合は質量%である。
Cは、パテンティング処理後の引張強さの増加および伸線加工硬化率を高める効果があり、より少ない伸線加工歪で極細鋼線の引張強さを高めることができる。C量が0.75%未満では合金元素を添加してもパテンティング処理後の引張強さが低く、また、伸線加工硬化率も小さいため高強度極細鋼線が得られない。一方、C量が1.1%を超えるとパテンティング処理時に初析セメンタイトがオーステナイト粒界に析出し、伸線加工性が劣化し、断線が発生し易くなる。したがって、C量を0.75〜1.1%とする。
Siは脱酸元素であり、パーライト中のフェライトの強化にも有効である。Si量は、実施例に基づいて、0.19〜0.22%とする。

Mnは、脱酸、脱硫のために添加される元素であり、鋼の焼入性の向上にも寄与する。パテンティング処理後の引張強さを高めるために、Mn量を0.2%以上とする。一方、Mnの含有量が過剰であると、パテンティング処理時のパーライト変態を完了させるための処理時間が長くなり、生産性が低下するため、Mn量の上限を1.0%以下とする。
次に、本発明の極細鋼線の製造方法について説明する。極細鋼線は、常法で鋼を溶製し、熱間圧延後、パテンティングを行う。その後、伸線加工を行う。
伸線加工は、最終仕上げ径までの伸線加工歪が3.0以上になるようにして、湿式伸線を行う。これにより、上記成分組成を有する鋼線において、引張強度を3000MPa以上に高めることができる。また、伸線加工歪が3.0未満であると、延性は著しく低下しないため、断線が発生し難い。伸線加工歪は、伸線前の線径D0、伸線後の線径Dから、2ln(D0/D)として求めることができる。lnは自然対数である。
また、一般に、各段の減面率を20%程度にして伸線加工すると、表層には軸方向に強い引張残留応力が発生する。本発明では、極細鋼線の引張残留応力を緩和するために、湿式伸線加工の最終段単独、より好ましくは最終段を含む2〜5段のダイスで断面減少率が0.5以上3%未満のスキンパス伸線を行う。
伸線の断面減少率が0.5%未満であると、塑性変形が極細鋼線の中心部までに及ばず、表層の軸方向の引張残留応力を緩和する効果が十分ではない。一方、スキンパス伸線の断面減少率が3%以上になると、極細鋼線の表層の引張残留応力を緩和することができない。その結果、スキンパス伸線の断面減少率が0.5%未満の場合と3%以上の場合のいずれも、θsとθcとの差の絶対値が1.0以上となるとともに、表層部のC濃度の最大値と最小値の差が10原子%未満となる。内部の残留応力場の分布が変わり、Cの拡散方向、拡散速度が変化するためであろうと推定される。スキンパス伸線を行わない場合も同様である。したがって、スキンパス伸線の断面減少率は0.5以上3%未満とする。
本発明では、伸線加工後、熱処理を施す。熱処理の加熱温度、保持時間と両者の関係は極めて重要である。
熱処理の加熱温度T[℃]は、100℃未満では、Cの拡散が不十分であるため、極細鋼線の表層ではC原子がセメンタイトに凝集し、表層部のC濃度の最大値と最小値の差が25原子%を超える。また、表層と中心部とのパーライトラメラが鋼線軸方向に均一に配向した組織にならず、θsとθcとの差の絶対値が1.0以上となってしまう。
一方、熱処理の加熱温度T[℃]が320℃を超えると、Cの拡散が過剰になり、極細鋼線の表層では、C原子がセメンタイトからフェライト中に拡散し、パーライトラメラ構造が崩れ、表層部のC濃度の最大値と最小値の差が10%未満となる。また、伸線加工によって導入された歪が回復して、強度が低下する。
したがって、極細鋼線の表層部と中心部との機械的特性の差異、軸方向と径方向の異方性を軽減するため、熱処理の加熱温度T[℃]は、100〜320℃とすることが必要である。
熱処理の保持時間t[s]は、0.05s未満であると、極細鋼線の中心部の温度が低下し、Cの拡散が極細鋼線の中心部では不十分になる。その結果、パーライトラメラが鋼線軸方向に均一に配向した組織にならず、θsとθcとの差の絶対値が1.0以上となってしまう。そのため、撚り線加工した際に、表層部と中心部とでは塑性変形の伝播に差異を生じ、破壊が多数の起点で発生する。したがって、熱処理の保持時間t[s]は、0.05s以上とする。熱処理の保持時間の上限は規定しないが、生産性の観点から、600s以下にすることが好ましい。
更に、本発明では、熱処理の加熱温度T[℃]と保持時間t[s]とが、
t≦0.9(320−T)
を満足することが必要である。これは、加熱温度が高い場合には、保持時間を制限することを意味する。伸線加工後の熱処理により、極細鋼線に蓄積された転位が回復するため、強度を3000MPa以上にするためには、上式を満足することが必要になる。
即ち、本発明の極細鋼線の製造方法で規定する最終仕上げ径までの伸線加工歪が3.0以上とする点、及び熱処理の加熱温度T[℃]と保持時間t[s]をt≦0.9(320−T)とする点は、本発明が対象とする3000MPa以上の引張強度を得るために必要な条件である。
また以上のとおり、湿式伸線の最終段単独または最終段を含む2〜5段のダイスで、断面減少率が0.5以上3%未満のスキンパス伸線を行うとともに、加熱温度T[℃]が100〜320℃であり、保持時間t[s]が0.05s以上の熱処理を行うことによってはじめて、極細鋼線の表層部のC濃度の最大値と最小値との差が10〜25原子%であり、かつθsとθcとの差の絶対値が1.0°未満とすることができ、耐撚り断線性に優れた高強度鋼線とすることができる。これに対し従来の高強度鋼線においては、本発明条件でのスキンパスと熱処理をともに行うことがなかったため、主にθsとθcとの差の絶対値が1.0°未満とならず、十分な耐撚り断線性を得ることができなかった。
次に、伸線加工後の熱処理を行う方法について図3に基づいて説明する。なお、以下は、本発明の熱処理の一例であり、本発明の範囲を限定するものではない。
本発明の熱処理を施す装置は、図3に示したように、伸線加工後の極細鋼線を繰り出すための元線ボビン1、極細鋼線が脱線しないよう案内するガイドローラー2、溶融ソルト3を保持しつつ上下するソルト浴槽4、熱処理後の極細鋼線を巻き取るための巻取ボビン5によって構成される。元線ボビン1には伸線後の極細鋼線が巻き付けられており、極細鋼線の送り速度に同期して適度な張力を維持しつつ回転する。極細鋼線の送り速度は任意に変更することができる。
ソルト浴槽4は所定の温度の溶融ソルト3を保持しつつ、上下するものであり、これと線の送り速度の調整により、極短時間から長時間のソルトへの浸漬時間を調整することが可能となっている。また、加熱する対象が極細鋼線であるため、溶融ソルト3に浸漬されてから、熱処理時間と比較して十分に短い時間で表面と内部の温度差の無い状況を作り出すことが可能となっている。
以下に実施例を示す。なお、この実施例は例に沿って具体的に説明するものであり、本発明の請求項の内容を限定するものではない。
極細鋼線の成分を表3に示す。極細鋼線は5.5φの熱間圧延材を用い、乾式伸線加工した鉄線を鉛パテンティングし、0.35mmまたは0.20mmまで湿式伸線して製造した。伸線加工、スキンパス伸線の断面減少率、熱処理条件を表4および表5に示す。伸線加工歪は、伸線前の線径D0、伸線後の線径Dから、2ln(D0/D)として求めた。lnは自然対数である。
極細鋼線の線径は、レーザー線径測定装置によって測定した。引張試験は、長さが約300mmの試料を用い、チャック間の距離を200mmとして行い、荷重とクロスヘッドの変位を測定して、引張強度を求めた。
新断線評価方法による耐断線性は、図1に示した装置により、100kgを2リール分用いて、計200kgの断線回数を測定し、評価した。断線回数は、2本の元線と撚り線は互いに120°をなすように装置を設置し、ペイオフリールからの繰り出し速度を100m/分とし、線張力を高強度極細鋼線単線の9.5〜10.5%の範囲とし、ツイスターの回転速度を1000回転/分として測定した。200kg(100kgリール×2)あたりの断線回数が10回以下であるものを、スチールコードの耐撚り線断線性およびソーワイヤのインゴット切断時の耐断線性が良好であると評価した。
本実施例で製造した極細鋼線の一部について、実機での撚り線断線率を求めた。実機で、引張強度の1%に相当する張力を負荷しながら、11本の極細鋼線を撚り合わせ、撚り線断線率を求めた。撚り線断線率は、11本の極細鋼線の重量の合計が10tになるまでの断線回数で評価した。また、本実施例で製造した極細鋼線の一部について、実機でのインゴット切断時の断線率を求めた。実機で一般的なインゴットサイズである8インチの多結晶シリコンを4本同時にセッティングし800m/minの速度でワイヤを走行させる条件で多結晶シリコンインゴットを切断する実験を行った、インゴット切断時の断線率は、20本のインゴットを切断するまでの断線回数で評価した。
表層部(表面から深さ20μmまで)のC濃度、表層部及び中心部(軸中心から20μmまで)のパーライトラメラ面の法線と鋼線軸方向との角度は、3D−APによって測定した。θsについては鋼線表層より20μmまで、θcについては鋼線中心軸からの距離が20μmまでの領域について、それぞれ10箇所の位置で3D−APによるパーライトラメラ面の法線方向と鋼線軸方向のなす角を求め、算術平均することにより平均値を求めた。
表4および表5に、線径、表層部のパーライトラメラ面の法線と鋼線軸方向との角度の平均値θs、中心部のパーライトラメラ面の法線と鋼線軸方向との角度の平均値θc、θsとθcの差の絶対値、表層部のC濃度の最大値と最小値の差、引張強さ、新断線評価方法による耐断線性、実機断線回数を示す。
表4の例1〜15にスチールコードの例を示し、表5の例21〜28にソーワイヤの例を示す。表4の本発明例1〜5および表5の本発明例21〜24は、新断線評価方法による極細鋼線200kgあたりの撚り線断線回数が10回未満となっている。
一方、比較例6及び7は、極細鋼線を製造する際の伸線加工歪みが3.0未満であり、引張強さが3000MPa未満であり、本発明の対象から外れる。比較例10は、熱処理の保持時間が長く、比較例11は熱処理温度が高いため、強度が低下して本発明の対象外となった例である。
表4の比較例8、9および表5の比較例25、26は、熱処理時間が短いため、Cの拡散が不十分であり、θsとθcの差の絶対値が1.0以上となり、新断線評価方法による極細鋼線200kgあたりの断線数が10回を超えている。表4の比較例12〜14および表5の比較例27は、スキンパス伸線を行っていないため、θsとθcとの差の絶対値が1.0以上となるとともに、表層部のC濃度の最大値と最小値の差が10原子%未満となり、新断線評価方法による極細鋼線200kgあたりの断線回数が10回を超えた例である。表4の比較例15および表5の比較例28は、熱処理の加熱温度Tが100℃未満であり、表層部のC濃度の最大値と最小値の差が25原子%を超えるとともに、θsとθcとの差の絶対値が1.0以上となり、新断線評価方法による極細鋼線200kgあたりの断線数が10回を超えている。
表4の本発明例1、3、4、比較例6〜11、13について、実機での撚り線断線率を求めた。引張強度が3000MPa以上のものについてみると、表4に示すとおり、本発明例1、3、4はいずれも、実工程断線回数が200回/10t以下の良好な耐撚り線断線性を有している。一方、表4の比較例8、9、13は実工程断線回数が200回/10tを超えている。
また、表5の本発明例21、22、比較例25、26について、実機での断線回数を調査した。その結果、表5に示すとおり、本発明例21、22はいずれも、実工程断線回数が3回/インゴット本 以下の良好な耐断線性を有している。一方、表5の比較例25、26は実工程断線回数が3回/インゴット本を超えている。
Figure 0005573223
Figure 0005573223
1 元線ボビン
2 ガイドローラー
3 溶融ソルト
4 ソルト浴槽
5 巻取ボビン
6a、6b 速度計
7a、7b テンションメーター
8a、8b ペイオフリール
9 ツイスター
10 ボビン
11 制御用カメラ

Claims (2)

  1. 質量%で、
    C:0.75〜1.1%、
    Si:0.19〜0.22%
    Mn:0.2〜2.0%
    を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、表層部のC濃度の最大値と最小値との差が10〜25原子%であり、かつ表層部のパーライトラメラ面の法線と鋼線軸方向との角度の平均値θsと、中心部のパーライトラメラ面の法線と鋼線軸方向との角度の平均値θcとの差の絶対値が1.0°未満であり、引張強度が3000MPa以上であることを特徴とする耐断線性に優れた高強度極細鋼線。
  2. 請求項1に記載の耐断線性に優れた高強度極細鋼線の製造方法であって、請求項1に記載の成分を有する極細鋼線をパテンティング後、最終仕上げ径までの伸線加工歪が3.0以上になるように湿式伸線を行い、該湿式伸線の最終段単独または最終段を含む2〜5段のダイスで、断面減少率が0.5%以上3%未満のスキンパス伸線を行い、加熱温度T[℃]が100〜320℃であり、保持時間t[s]が0.05s以上であり、該加熱温度T[℃]と該保持時間t[s]とが、
    t≦0.9(320−T)
    を満足する熱処理を施すことを特徴とする耐断線性に優れた高強度極細鋼線の製造方法。
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