従来、磁気ヘッド等で広く用いられている磁気抵抗素子(MR素子)が知られている。MR素子は、電子のスピンを利用している。電子がスピンを保持できるスピン拡散長は数十〜数百nm程度であるため、電子走行距離は、スピン拡散長以下にする必要がある。近年のMR素子は、積層された磁性層/非磁性層/磁性層からなる構造を有しており、層面に垂直な方向に電流を流すCPP(Current Perpendicular to Plane)構造を構成している。層厚を薄くする製造技術は確立しているため、積層方向に電子を流す構造の場合、各層の厚みを薄くすることで、電子走行距離を短くすることができる。
近年、積層技術のみでなく、横方向の微細構造作製技術が進歩し、面内において電流を流す構造においても、電子走行距離を、スピン拡散長以下にすることができるようになった。このような面内デバイスでは、2端子構造のデバイスのみならず、3端子以上の構造のデバイスの作製も容易であり、例えば、ソース電極とドレイン電極との間の領域に、ゲート電極を配置したスピントランジスタに応用することも可能となる。
2端子のMR素子を面内に形成した磁気デバイスとして、局所構造及び非局所構造の磁気センサが考えられる。図22(a)は局所構造の磁気センサを示し、図22(b)は非局所構造の磁気センサを示している。
図22(a)に示すように、局所構造の磁気センサでは、Cuなどの非磁性層2上の一箇所に強磁性体からなるピンド層(固定層)A’を配置し、これから離隔した非磁性層2上の他の箇所に強磁性体からなるフリー層B’を配置する。これにより、ピンド層A’とフリー層B’は非磁性層2を介して電気的に接続されたことになる。局所構造の磁気センサでは、電流源Jからの流れる電流Iは、フリー層B’、非磁性層2及びピンド層A’を順次介して流れる。電子の流れる向きは電流Iとは逆である。これにより、フリー層B’の受ける外部磁場に応じて、MR素子の抵抗値Rが変化し、MR素子の両端子を構成するピンド層A’とフリー層B’との間の電圧V(=I×R)が変化する。この電圧Vを電圧計Vによって、測定することで、外部磁場の大きさを測定することができる。
図22(b)に示すように、非局所構造の磁気センサは、一対の電極パッドPA1、PB1を備えており、電極パッドPA1、PB1はCuなどの非磁性層2を介して接続されている。非磁性層2上の一箇所に強磁性体からなるピンド層A’を配置し、これから離隔した非磁性層2上の他の箇所に強磁性体からなるフリー層B’を配置する。これにより、ピンド層A’とフリー層B’は非磁性層2を介して電気的に接続されたことになるが、非局所構造の磁気センサにおいては、電流の流れる経路と、電圧を測定する経路が異なっており、スピン流を用いるスピン蓄積型磁気センサを構成している。
スピン流に関しては幾つかの現象が知られている。例えば、上向きのスピン電子と下向きのスピン電子が互いに逆方向に同一量だけ流れる場合、電子の流れは相殺されるが、スピン流は発生している。すなわち、電子流が存在しない場合においてもスピン流は発生し、一領域内に電荷蓄積が行われる現象が存在する。このような現象は、スピン電子が蓄積された領域からスピン流が染み出していると捉えることもできる。
また、ピンド層A’に電流Iを流すことにより、ピンド層A’中でスピン流が発生する。ピンド層A’を通過した電子はフリー層B’内には流れ込まないため、ピンド層A’とフリー層B’との間のチャネル領域では電流がゼロである。スピン流は保存量であるため、ピンド層A’/非磁性層2の界面からスピン流が非磁性層2中にも染み出すと捉えることもできる。ピンド層A’/非磁性層2の界面近傍では、スピンの向きによって電子濃度が異なる領域が形成されており、このような現象はスピン蓄積と呼ばれている。
いずれにしても、スピン電子が非磁性層2中を流れる場合において、電子流とは別にスピン流が発生し、スピン流が流れている状態では、フリー層B’の磁化の向きに応じて、電圧が観察される。詳説すれば、ピンド層A’に流れる電子流によってピンド層A’中にスピン流が生成され,ピンド層A’/非磁性層2の界面付近にスピン蓄積が生じる。スピンが蓄積された領域からスピンが拡散してスピン流が発生し、このスピン流はフリー層B’が吸収する。このときフリー層B’とピンド層A’の磁化の向きの相対角度によって、フリー層B’の電位が変動し、非磁性層2とフリー層B’との間に電圧変化が発生する。この電圧変化を検出する。すなわち,フリー層B’の磁化の向きだけを外部磁化で変化させると、磁化の向きに応じた電圧Vが発生し、これをセンサ出力として検出することができる。
この電圧を測定することが、スピン蓄積型磁気センサの原理である。このような構造の場合、電圧測定経路内において電流が寄与していないため、精密な測定が期待される。上述のような原理の磁気センサ等への応用は、例えば、下記特許文献1,2に記載されている。これらのデバイスは注入電流を入力とし、外部磁場によるフリー層の電圧変化を出力としている。外部磁場或いはスピン注入によって、フリー層内の磁化の向きを書き込む構造とすると、このデバイスを磁気メモリとして機能させることができる。すなわち、図22(b)において、フリー層B’の正の磁化の向き及び負の磁化の向きを、それぞれ情報「1」又は情報「0」に対応づけておくと、記憶された情報は、センス用の電流Iを流すことで、書き込まれた情報を電圧として読み出すことができる。
上述の非局所構造によれば、スピン流だけを発生させ、これに伴うフリー層の磁化反転前後の電圧差を精度よく測定できるため、スピン流の定量的な評価手法として用いることができる。スピン流は、AMR(異方向性磁気抵抗)効果やジュール熱等に起因するノイズが極めて小さく、良質のスピン情報の伝達に向いている。上述のように、非局所構造のスピン伝導素子をデバイスに応用する試みが始まっており、例えば、特許文献1ではスピントランジスタ、特許文献2ではハードデイスク磁気再生ヘッドへの応用が開示されている。
最近のスピン伝導デバイスの技術動向については、非特許文献1に記載されている。スピン流を用いたデバイスは、低ノイズ、かつ熱エネルギーの発生量が小さく、消費電力が低いことから、低電圧動作するデバイスに適しており、スピン情報の伝達に利用することができる。非特許文献1には、スピン流の発生及び検出機能を有する面内スピントロニクス素子の概念図が開示されている。このスピントロニクス素子では、スピン情報のミキシング、増幅、変調機能を持つ部位が、スピン流の伝導チャネルに接続されている。
スピン伝導素子が実際に産業に利用される場合、できるだけ大きな出力電圧を得るため、磁性体と非磁性体チャネルの間にトンネル障壁を構成する絶縁膜を設けることが好ましい。これによって、磁性体と非磁性体チャネルとの界面での抵抗整合性が向上し、出力が大きくなる。
この構造は、特許文献1,2のような金属チャネルを用いた場合のみならず、半導体領域を用いた場合にも適用することができる。非特許文献2ではGaAsチャネルを用いた例が示され、非特許文献3ではSiチャネルを用いた例が示されている。ただし、非特許文献2では、GaAsと金属磁性体の界面に形成されるショットキーバリアをトンネルさせることで、絶縁層に代えてトンネル障壁を実質的に形成している。
また、非特許文献4では、電場依存のスピン拡散と半導体内へのスピン注入が示されている。非特許文献4では、スピンが電場内でドリフトすることが示されており、スピンは以下のドリフト−拡散方程式(式(1))に従って進行する。nupはアップスピン電子濃度、ndownはダウンスピン電子濃度、λN=(Dτ)1/2は電場がゼロの場合のスピン拡散長、すなわち、真性スピン拡散長(D:スピン拡散係数、τ:スピン寿命)であり、eは電気素量、Eは電場、kBはボルツマン定数、Tは絶対温度である。
スピンの拡散自体は、従来、金属内において見出されており、拡散方程式で扱われていたが、非特許文献4では第2項に電場の項が付加された。この理論によれば、電場の影響は、実効的なスピン拡散長の変化として扱うことができ、電子のドリフト方向(down−stream)のスピン拡散長λdは長くなり、その反対方向(up−stream) のスピン拡散長λuは短くなる。なお、スピン拡散長は、式(2−1)、(2−2)で与えられる。Eが無限大の場合、式(2−1)及び式(2−2)は、それぞれ式(2−1−1)、(2−2−1)となる。なお、μをスピンの移動度とする。
非特許文献5では、350μmの厚みを有するウェハであっても、電場を利用することでスピンが伝達できることを実験的に証明している。但し、この実験はホットエレクトロンを使ったスピン伝導に関するものである。
以下、実施の形態に係るスピン伝導素子について説明する。なお、同一要素には同一符号を用いることとし、重複する説明は省略する。
図1は、第1実施形態に係るスピン伝導素子の斜視図である。
このスピン伝導素子は、半導体基板1上に形成された複数の電極群PA1,PB1、A,B,Cを備えている。半導体基板1の表面領域を半導体領域とすると、この半導体領域には、これに接触した電極パッドPA1,電極パッド(検出用電極)PB1、ピンド層を有するスピン流源A、フリー層を有するスピン流吸収電極Bと、非磁性体を含むバイアス印加電極Cが設けられている。なお、図示の如く三次元直交座標系を設定し、半導体基板1の厚み方向をZ軸方向とし、電場−Eの印加方向をX軸方向、Z軸及びX軸の双方に垂直な方向をY軸方向とする。
スピン流源Aは、スピン流を発生する素子であり、非磁性金属からなる電極パッドPA1との間に電流源Jから電子が供給されることにより、スピン流源Aの直下の半導体領域内にスピンが蓄積される。スピン流源Aは、磁化の向きが固定された強磁性層PA2と、強磁性層PA2と半導体領域との間に介在するトンネル障壁層(絶縁層)A3を備えている。なお、電流源Jの極性は逆でも構わないが、図2のような極性の方が、スピン蓄積を大きくすることができるので好ましい。
スピン流吸収電極Bは、磁化の向きを変えることが可能な強磁性層PB2と、強磁性層PB2と半導体領域との間に介在するトンネル障壁層(絶縁層)B3とを備えており、スピン流吸収電極Bと非磁性金属からなる検出用電極PB1との間の電圧Vは、電圧計Vによって計測することができる。この測定は、非局所測定である。なお、電圧計Vの符号は、便宜上、これによって計測される出力電圧Vと同一とした。
バイアス印加電極Cは、非磁性体からなる金属層PCと、金属層PCと半導体領域との間に介在するトンネル障壁C3とを備えている。金属層PCはCuやAlなどの非磁性金属からなる。すなわち、バイアス印加電極Cを構成する金属層PCは、非磁性体である。なお、金属層PCが、磁性体からなる場合には、本来のスピン信号に、磁性体金属層PCからのスピン注入の信号がノイズとして重畳するので、好ましくない。バイアス印加電極Cは、半導体領域におけるスピン流源Aとスピン流吸収電極Bとの間に位置し、スピン流源Aに対して、バイアス電源Vbから正の電位(Vb)が印加される。なお、バイアス電源Vbの符号は、便宜上、これから出力される電圧Vbと同一とした。
上述の素子において、トンネル障壁層A3、B3、C3の材料としては、MgOが好適であるが、その他にも、Al2O3、AlN、SiO2、HfO2、Zr2O3、Cr2O3、TiO2、SrTiO3、或いはZnO、MgAlO2などを用いることができる。また、同図では、トンネル障壁層A3、B3、C3は物理的に分離しているが、これは一体的に形成されていてもよい。
非磁性金属の材料としては、AlやCuを用いることができる。
半導体の材料としては、Si,Ge、GaAs、InAs又はInSbなどを用いることが可能である。
強磁性体の材料としては、Fe、CoFe或いはNiFe等を使用することができる。強磁性層PA2の磁化の向きDMAは、同図ではY軸に平行であり、強磁性層PB2の磁化の向きDMBもY軸に平行又は反平行である。これらの磁化の向きは、各層のアスペクト比を大きくして、形状異方性を変更することで、制御することができるが、磁化の向きが固定された強磁性層PA2としては、反強磁性体を強磁性層に交換結合させることで、その磁化の向きを一方向に強く固定することができる。また、磁化の向きDMA,DMBは、X軸に平行或いは反平行とすることもできる。
スピン流源Aとバイアス印加電極Cとの間には電圧Vbが印加されている。なお、この電圧Vbはスピン流源Aの電位をグランド電位とした場合の電圧である。電圧Vbの印加によって、スピン流減Aとバイアス印加電極Cとの間の半導体領域内には電場−Eが形成されている。電場−E内に置かれた電子は、電極Aから電極Cに向かう方向に力を受ける。
図2は、図1に示したスピン伝導素子のII−II矢印断面図である。
上述の各電極上には、電気的な接触を得るためのコンタクト層Gが設けられている。すなわち、電極パッドPA1,PB1、強磁性層PA1、金属層PC、強磁性層PB2の表面には、Alなどの金属からなるコンタクト層Gが形成されている。
スピン流源Aの直下の半導体領域(スピン蓄積領域R1)内には、電極パッドPA1及び半導体基板1の表面に位置する半導体領域を介して、電子流が流れ込み、一方の極性のスピンはトンネル障壁層A3を介して、強磁性層PA2に吸い込まれ、他方の極性のスピンは、スピン蓄積領域R1内に残留する。スピン蓄積領域R1内に蓄積されたスピンは、電場−Eにしたがって、ドリフト走行し、半導体基板1のスピン蓄積領域R2内に到達する。
すなわち、バイアス印加電極Cには、スピン流源Aに対して正の電位Vbが印加されるので、スピン流源Aの直下の領域R1に蓄積されたスピンは、この電位Vbによって形成される電場−Eにしたがって、バイアス印加電極Cの直下まで移動する。バイアス印加電極Cの直下からは、スピンが染み出して拡散し、トンネル障壁層B3を介して、スピン流吸収電極B内部に吸収される。
この際、スピン流吸収電極Bの磁化の向きDMBと、スピン流源Aの上部に設けられた強磁性層PA2(ピンド層)の磁化の向きDMAの相対角度に応じて、スピン流吸収電極Bと検出用電極PB1との間の電圧Vが異なる。
このスピン伝導素子では、バイアス印加電極Cの存在によって、スピン流源Aから比較的遠くにこれを配置することができるので、複数のバイアス印加電極Cを配置するスペースが確保でき、したがって、これに隣接してスピン流吸収電極Bを配置し、マルチチャネル型のスピン伝導素子を実現することが可能となる。また、このスピン伝導素子をマルチチャネル型にしない場合においても、スペースの増大により設計の自由度が増加するため、各種の素子を集積していくことが可能となる。
なお、電極PA1と電極Aとの間の距離をL0、電極Aと電極Cとの間の距離をL1,電極Cと電極Bとの間の距離をL2、電極Bと電極PB1との間の距離をL3とする。本例では、距離L0は10μm、L1は30μm、L2は500nm,L3は30μmとする。なお、距離L1は、電場がゼロの場合の真性スピン拡散長λNよりも長く設定されている。すなわち、本発明では、バイアスの印加によって、スピン拡散長λNは、これより長いスピンドリフト距離まで延長されている。
図3は、一例としてのスピン流源Aの断面図である。
半導体基板1上には、トンネル障壁層A3を介して、ピンド層(強磁性層PA21、非磁性層PA22、強磁性層PA23)と、反強磁性層PA24とが順次形成されており、シンセティック・フェリマグネティック層を構成している。強磁性層PA21、PA23の一例としてはCoFe、非磁性層PA22としてはRu、反強磁性層PA24としてはPtMnを上げることができる。非磁性層PA22としてはCuなどを用いることも可能である。また、反強磁性体としては、IrMn、RuRhMn、PtPdMnなどが知られている。
図4は、第2実施形態に係るスピン伝導素子の斜視図である。
このスピン伝導素子では、前述のスピン流吸収電極B、検出用電極PB1及びバイアス印加電極Cからなる電極群の数は複数であり、本例では3つのスピン流チャネルが形成さている。すなわち、これらの電極群が複数である場合には、マルチチャネル型のスピン伝導素子を形成することができるため、単一のスピン源Aに対して複数の電圧検出部位(B,PB1,V)を設けることができ、素子機能を集積することができる。
また、本例のスピン伝導素子は、半導体基板に1おける表面の半導体領域をチャネルCH0〜CH3として周囲から隔離している。すなわち、チャネルCH0〜CH3の外側の領域INSの抵抗率は、チャネルCH0〜CH3内の半導体領域の抵抗率よりも高い。好ましくは、領域INSは、半導体を参加することで形成した絶縁体領域とすることができる。また、チャネルCH0〜CH3内の半導体領域は、領域INS内よりも不純物濃度を増加させることで低抵抗率にしてもよい。これらの場合、スピン流はチャネルCH0〜CH3の半導体領域内を選択的に流れるため、その流路の大きさを制限し、安定したスピン流の伝達を行うことができる。
なお、チャネルCH0は電極PA1と電極Aとの間の半導体領域に形成され、チャネルCH1〜CH3は電極Aと電極C,B,電極PB1との間の半導体領域に形成されている。なお、電極Aから電極Cまでのスピン流の走行経路は実質的に等しくなるように設定されている。なお、チャネルCH0〜CH3を形成しない場合においても、スピン伝導デバイスは動作する。
また、それぞれのバイアス印加電極Cには、第1実施形態と同様に、電位Vbを与えるためのバイアス電源Vbが設けられており、バイアスの印加の有無は、バイアス電源Vbとバイアス印加電極Cとの間にそれぞれ介在するスイッチSWによって制御する構成となっている。それぞれのスイッチSWは、制御回路CONTからの制御信号φ1、φ2、φ3に応じて、選択的に接続される。すなわち、スイッチSWを選択的に接続することにより、単一のスピン流源Aから各バイアス印加電極Cに向けて流れるスピン流の密度の低下を抑制することができる。これにより、十分な量のスピン流を目的のスピン流吸収電極Bに供給することができ、精密な電圧出力Vを得ることができる。もちろん、スピン流の量が、複数の出力Vを得るのに十分であれば、同時にONするスイッチSWの数を増加させてもよい。
また、第2実施形態のスピン伝導素子は、スピン流吸収電極Bと検出用電極PB1との間の電圧を検出する電圧計(電圧検出手段)Vの他に、強磁性層(フリー層)PB2の磁化の向きDMBを制御するための電流源J2を備えている(図5、図6参照)。この電流源J2は、第1実施形態においても設けることができる。
フリー層の正負の磁化の向きを0,1の情報に対応づけておけば、フリー層は情報を記憶していることになる。この磁化の向きは、検出した電圧Vの大きさによって判定することができる。
図5は、フリー層の磁化の向きを制御する電流源J2を説明する図である。
電流源J2は、制御信号φsに応じて、その電流の向きを変えることができる。もちろん、制御信号φsは、電流(電子流)の供給停止を電流源J2に指示することもできる。チャネルCH1(CH2,CH3)には、補助チャネルCHβが連続しており、補助電極Fが形成されている。補助電極Fは、補助チャネルCHβ内の半導体基板1上に形成されたトンネル障壁層F3と、トンネル障壁層F3上に形成された強磁性層PF2とを備えており、強磁性層PF2はピンド層を含み、磁化の向きが固定されている。
換言すれば、補助電極Fの構造は、スピン流源(電極)Aの構造と同一であり、その構成材料もスピン流源Aと同一である。電流源J2から一方向に流れ出た電子流は、補助電極F内に入り、半導体基板1のチャネルCHβ内を通って、電極BのCoFeなどからなる強磁性層(フリー層)PB2内に入る。フリー層PB2の磁化の向きDMBは、注入されたスピンの向きに揃う。したがって、この場合には、ピンド層の磁化の向きDMFとフリー層の磁化の向きDMBが等しくなる。
電流源J2から逆方向に電子流を出力した場合、これは電極Bを介して、その一部のスピンが電極Fのピンド層内に入り、ピンド層内に入れない向きのスピンがフリー層内に残留する。すなわち、この場合には、ピンド層の磁化の向きDMFとフリー層の磁化の向きDMBが反対になる。このように、フリー層へのスピン注入磁化反転現象を用いることにより、電流源J2から出力される電子流を用いて、フリー層の磁化の向きDMBを制御することができる。
図6は、フリー層の磁化の向きを制御する別のタイプの電流源J2を説明する図である。
電流源J2は、制御信号φsに応じて、その電流の向きを変えることができる。もちろん、制御信号φsは、電流(電子流)の供給停止を電流源J2に指示することもできる。電流が電流源J2から出力されると、その電流伝達経路である配線Wの周囲に電場E2が形成される。配線E2はフリー層の近傍を通って延びており、周辺電場E2の向きが磁化の向きDMBに一致するように配置されている。電場E2の向きにフリー層の磁化の向きDMBは揃うことになる。電流の向きを変えることで、磁化の向きDMBを変更することができる。
以上、説明したフリー層の磁化の向きDMBの制御は、情報の書き込みに相当する。すなわち、磁化の向きDMBを0,1の情報に対応づけて、フリー層内に書き込み、スイッチSWをONすることで、スピン流をフリー層に供給し、このときの電圧Vを測定することにより、書き込まれた情報を読み出すことができる。
図7は、上述のスピン伝導素子を用いた磁気メモリの回路図である。
上述のスピン蓄積領域R1をスピン流源SSとし、これと上述のバイアス印加電極Cとの間の半導体領域を符号DRIFTで示すとすると、スイッチSWをONすることでバイアス電圧Vbを印加すると、半導体領域DRIFT内に電場−Eが形成され、スピン流源SSから、バイアス印加電極Cに向けてスピン流がドリフト走行して流れ、ここからスピン流が拡散して、スピン流吸収電極B内に流れ込み、スピン流吸収電極B内の磁化の向きに応じた電圧Vが、電極Bと電極PB1との間で計測され、計測された出力電圧Vは制御回路CONTに入力される。
制御回路CONTからの制御信号φsに応じて、電流源J2が制御され、スピン流吸収電極Bの磁化の向き(DMB:図5、図6参照)が制御される。また、制御回路CONTから、制御信号φ1〜φ3がスイッチSWに入力されることで、スピン流のバイアス印加電極Cへの供給の有無が制御される。このように、磁気メモリでは、制御信号φsによって情報の書き込みが行われ、制御信号φ1〜φ3によって書き込まれた情報の読出しが行われる。
図8は、スピンの拡散の様子を示すグラフであり、横軸は位置を示し、縦軸はスピン濃度を示している。
実効的なスピン拡散長は、重心についての拡散とドリフト距離を同時に含むものであり、これを用いることで、電場がかかった状態でのスピン伝導を、従来の金属素子の設計手法で行うことができる。電場がゼロの場合、時間tの経過に伴って、スピンは(a)のように拡散し、初期位置を中心とした正規分布の中心におけるスピン濃度が低下していく。
一方、電場の存在する状態では、同様に、正規分布の中心におけるスピン濃度が低下するが、同時に、速度vに時間tを乗じた距離xだけ、正規分布の中心位置が移動し、実効的なスピン拡散長が延びることになる(b)。
ドリフトの様子を具体的に調べるために、チャネル中のスピン蓄積の分布を上述の実効的スピン拡散長を用いて計算した。図9は、計算に用いられるスピン伝導素子の斜視図である。半導体基板1の一端にスピン流源Aを配置し、他方端にバイアス印加電極Bを配置し、これらの電極間距離をL1とし、これらの間にバイアス電圧Vbを印加した。これにより、半導体基板1の内部には電場−Eが発生し、電極Bの直下にはスピン蓄積領域R2が形成される。電極幅を20μm、スピン伝導に寄与する半導体基板1の厚みを100nmとした。
図10は、電流とスピン拡散長との関係を示す図表である。
半導体基板1はSiからなり、Siの抵抗率ρは1×10−3Ωcm、スピン抵抗40Ω、真性スピン拡散長λNは2μm、強磁性体とSiとの抵抗比(RF/RSi)=10とし、トンネル障壁を介して電子流が流れることとした。また、スピン分極率を0.5として計算を行った。このような強磁性体としてはFeやNiFeがある。
スピン拡散長λd(μm)は電流(μA)(電圧Vb)が大きくなるに従って、長くなるなり、1mA(1000μA)では、無バイアスのときの真性スピン拡散長λNの10倍を超えることになる。なお、逆方向のスピン拡散長λu(μm)は電流(μA)(電圧Vb)が大きくなるに従って、短くなる。
なお、上述のバイアス印加電極Cを構成する金属層PCは、現実的な適用として、非磁性体であることが必要である。すなわち、バイアス印加電極の金属層PCを強磁性体とした場合、この電極からもスピンが半導体内に注入され、ドリフトして蓄積されたスピンに、別途、強磁性体金属層PCから注入されたスピンが重畳してしまう。これは本来の信号に対するノイズになるため、好ましくない。なお、比較例として、金属層PCを強磁性体としたものについて、図11〜図13を用いて、説明しておく。
図11は、比較例Aに係るドリフト距離L1(μm)とスピン蓄積量Vs(mV)との関係を示すグラフである。
比較例Aでは、バイアス印加電極Cを構成する金属層PC(図2参照)が強磁性体であるとし、ピンド層と金属層PCの磁化の向きは平行であるとする。L1が1μmの場合、バイアス電圧Vbを0.5mV,1mV,2.5mV,3.5mV,5mVと変化させ、それぞれの場合に電流源J(図2参照)から供給される電流を100μA,200μA,500μA,700μA,1mAとする。L1が0μmの場合と、1μmの場合において、出力Vsの符号が変化している。これは、強磁性体金属層PCから注入されたスピンが重畳することで、本来の信号より大きなノイズが発生することを意味している。本来の信号は符号が正である。ノイズ成分と信号成分とは符号が逆であり、符号が負に変化しているということは、ノイズ成分が信号成分よりも大きくなっていることを示している。
図12は、比較例Bに係るドリフト距離L1(μm)とスピン蓄積量Vs(mV)との関係を示すグラフであり(L1が100μmの場合)、図13は、ドリフト距離L1(μm)とスピン蓄積量(mV)との関係を示すグラフ(L1が100μm付近の拡大グラフ)である。
上記と同様に、比較例Bでは、バイアス印加電極Cを構成する金属層PC(図2参照)が強磁性体であるとし、ピンド層と金属層PCの磁化の向きは平行であるとする。L1が100μmの場合、バイアス電圧Vbを50mV,100mV,250mV、350mV,500mVと変化させ、それぞれの場合に電流源J(図2参照)から供給される電流を100μA,200μA,500μA,700μA,1mAとする。L1が0μmの場合と、100μmの場合において、出力Vsの符号が変化しており、上記と同様に、ノイズ成分が信号成分よりも大きくなっていることを示している。
図14は、実施例Aに係るドリフト距離L1(μm)とスピン蓄積量Vs(mV)との関係を示すグラフである。
実施例Aではバイアス印加電極Cを構成する金属層PC(図2参照)が非磁性体(Al)であるとする。L1が1μmの場合、バイアス電圧Vbを0.5mV,1mV,2.5mV,3.5mV,5mVと変化させ、それぞれの場合に電流源J(図2参照)から供給される電流を100μA,200μA,500μA,700μA,1mAとすると、L1が1μmの位置でも、スピンが蓄積されていることがわかる。もちろん、バイアス電圧Vbが大きいほどスピン蓄積量は大きい。金属層PCは非磁性体からなるため、そこからのスピン注入ノイズは無く、純粋にドリフトしてきたスピンが信号成分として走行の終点位置に蓄積している。従って出力Vsの符号の変化はなく、常に正であり、図11〜図13に示した比較例A,Bのものよりも優れた信号伝達特性を有している。
図15は、実施例Bに係るドリフト距離L1(μm)とスピン蓄積量Vs(mV)との関係を示すグラフであり(L1が30μmの場合)、図16は、ドリフト距離L1(μm)とスピン蓄積量(mV)との関係を示すグラフ(L1が30μm付近の拡大グラフ)である。
実施例Bではバイアス印加電極Cを構成する金属層PC(図2参照)が非磁性体(Al)であるとする。L1が30μmの場合、バイアス電圧Vbを15mV,30mV,75mV,105mV,150mVと変化させ、それぞれの場合に電流源J(図2参照)から供給される電流を100μA、200μA、500μA、700μA、1mAとすると、L1が30μmの位置でも、スピンが蓄積されていることがわかる。なお、図16では電流が500μA以下ではVsは略零である。もちろん、バイアス電圧Vbが大きいほどスピン蓄積量は大きい。金属層PCは非磁性体からなるため、そこからのスピン注入ノイズは無く、純粋にドリフトしてきたスピンが信号成分として走行の終点位置に蓄積している。従って出力Vsの符号の変化はなく、常に正であり、図11〜図13に示した比較例A,Bのものよりも優れた信号伝達特性を有している。
図17は、実施例Cに係るドリフト距離L1(μm)とスピン蓄積量Vs(mV)との関係を示すグラフであり(L1が100μmの場合)、図18は、ドリフト距離L1(μm)とスピン蓄積量(mV)との関係を示すグラフ(L1が100μm付近の拡大グラフ)である。
実施例Cではバイアス印加電極Cを構成する金属層PC(図2参照)が非磁性体(Al)であるとする。L1が100μmの場合、バイアス電圧Vbを50mV,100mV,250mV,350mV,500mVと変化させ、それぞれの場合に電流源J(図2参照)から供給される電流を100μA,200μA,500μA,700μA,1mAとすると、L1が100μmの位置でも、スピンが蓄積されていることがわかる。なお、図18では電流が500μA以下ではVsは略零である。もちろん、バイアス電圧Vbが大きいほどスピン蓄積量は大きい。金属層PCは非磁性体からなるため、そこからのスピン注入ノイズは無く、純粋にドリフトしてきたスピンが信号成分として走行の終点位置に蓄積している。従って出力Vsの符号の変化はなく、常に正であり、図11〜図13に示した比較例A,Bのものよりも優れた信号伝達特性を有している。
上述のように、金属層PC(図2参照)に非磁性体を用いた場合(実施例A〜C)、スピン蓄積は全てドリフトによるものであり、強磁性体を用いたもの(比較例A,B)に比べてノイズ混入は少ない。以下、実測を行った。
図19は、バイアス電圧Vb(V)と出力電圧V(mV)のドリフト距離L1毎の関係を示す図表であり、図20は、バイアス電圧Vb(V)と出力電圧V(mV)のドリフト距離L1毎の関係を示すグラフである。
本例では、第2実施形態のスピン伝導素子を用い、実施例1ではSiの表面の全面に5×1019/cm3のリン(P)をドープしてn型Siを電気伝導に寄与する半導体領域とし、実施例2では、CH0〜CH3のみに同様にリン(P)をドープした。Siの厚さは100nmとした。寸法は前述の通りである。この素子を、フォトリソグラフィーとイオンミリングで作製した。トンネル障壁層はMgOとし、強磁性層はFeとし、非磁性層からなる電極は全てAlからなることとし、Siのチャネルとオーミックコンタクトさせた。ドリフト距離L1を、1μm、30μm、100μmとして変化させた。
実施例1では、電流源Jから1mAの電子注入を行い、およそ1mVのスピン蓄積を入力とし、単一のスイッチSWをONさせた場合の出力電圧Vを測定した。バイアス電圧Vbとともに出力の増大が観測され、スピン拡散長2μm以上の長い距離でスピンの伝導が確認された。実用的には0.001mV以上の出力電圧Vが好ましいが、距離100μmでも、電圧5V以上でそれを満たしている。
バイアス電圧VbのスイッチSWを同時にONさせたときは、出力がONしたスイッチSWの個数にほぼ反比例して低下したが、検出は十分に可能であった。また注入電流を上げることでも補償できる。バイアス電圧Vbは直流電圧(DC)以外の電圧、すなわち、交流電圧やパルス電圧としても出力を得ることができた。
実施例2においては、出力Vのバイアス電圧依存性は実施例1とほぼ同じあったが、出力の大きさはいずれも約30%増大した。これは、注入電極から出る電気力線の広がりが抑えられ、電場が大きくなったとして解釈できる。
図21は、比較例1に係るスピン伝導素子の断面図である。
比較例1に係るスピン伝導素子においては、上述の実施形態に係るスピン伝導素子からバイアス印加電極を除いたものである。比較例1に係るスピン伝導素子では、バイアス印加電極がないため、スピン蓄積領域Rからのスピン流は、僅かな距離しか拡散することができず、したがって、マルチチャネル型のスピン伝導素子を構成することは困難である。また、スピン流吸収電極Bを2μm以上スピン流源Aから離した場合には、出力Vはゼロとなる。
なお、上述のスピン伝導素子においては、従来知られている純スピン流の伝導を用いたスピントランジスタや磁気センサのような用途でもメリットがある。すなわち、ドリフト利用によって検出端子の設置場所を注入電極からスピン拡散長以上に離すことができ、また複数の場所で検出できる。その他、ドリフトは拡散過程より高速の過程なので、高周波化に向いており、GHzオーダーの信号も伝導できる利点があり、短いパルス信号のスピン情報も送ることができる。本発明は、スピン流を用いた磁気センサやスピン情報処理デバイス、スピン流回路或いはMRAMなどに用いられるスピン伝導素子に用いることができる。