JP5453667B2 - 動脈硬化症の検出方法及び動脈硬化症マーカー - Google Patents

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Description

「内頚動脈狭窄症」とは、脳に血液を送る最も重要な血管である内頚動脈の動脈硬化である。該疾患は脳梗塞の原因疾患の1つであり近年増加傾向にある。内頚動脈狭窄症に対しては、内頚動脈内膜剥離術等の外科的治療や各種薬剤を用いた内科的治療が行われており、それにより脳梗塞の発症を抑えることが可能である。
内頚動脈狭窄症の病態によっては、特に重篤な脳梗塞の危険性の高い患者もあるため、早期に病態を把握して適切な治療を行うことが重要である。しかしながら、これまでに内頚動脈狭窄症を早期に検出することができる方法は知られていない。
特開2005−162749 「Part1 4章SELDI-TOF-MS」、ポストゲノム・マススペクトロメトリー、2003年7月15日、サイファージェン・バイオシステムズ株式会社 斉藤賢治著、丹羽利充編、株式会社化学同人発行、37-47頁 「MALDI-TOF MS分析タイプの分析装置」、臨床検査増刊号Vol.47 No.11、2003年10月、唐沢毅著、戸田年総、平野久、伊藤喜久編、株式会社医学書院発行、1339-1347頁
従って、本発明の目的は、内頚動脈狭窄症患者を早期に検出することができる手段を提供することである。
本願発明者らは、鋭意研究の結果、内頚動脈狭窄症患者の血清中濃度が健常者とは有意に異なるポリペプチドを同定し、このポリペプチドの存在量を比較することにより、健常者と内頚動脈狭窄症患者とを識別することができ、さらには該患者のなかで脳梗塞のリスクの低い患者とリスクの高い患者とを識別することもできることを見出し、本願発明を完成した。
すなわち、本発明は、生体から分離した検体中に含まれる、配列番号1で示されるアミノ酸配列から成るポリペプチドを指標とする動脈硬化症の検出方法を提供する。また、本発明は、配列番号1で示されるアミノ酸配列から成るポリペプチドから成る動脈硬化症マーカーを提供する。
本発明により、内頚動脈狭窄症等の動脈硬化症を検出することができる方法が初めて提供された。本発明によれば、健常者と内頚動脈狭窄症患者とを識別するばかりでなく、該患者のうちで脳梗塞のリスクの低い病態の患者とリスクの高い病態の患者とを識別することもできるため、早期に適切な治療を選択することが可能となり、また、内頚動脈狭窄症の緊急手術の適応判断の有用な情報を得ることができる。
本発明の方法で指標として用いられるポリペプチドは、配列番号1で示されるアミノ酸配列から成るポリペプチドである。該ポリペプチドは、下記実施例に記載される通り、プロテインチップを用いた表面エンハンス型レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析(SELDI−TOF MS)による解析を行ない、次いでピーク強度の比較によるシングルマーカー解析を行なって、健常者−内頚動脈狭窄症間、及び患者群内における脳梗塞低リスク患者−同高リスク患者間を区別することができるポリペプチドとして同定されたものである。
なお、「脳梗塞低リスク患者」とは、内頚動脈狭窄症患者のうち、動脈硬化部位の血管内腔に潰瘍等の損傷が認められず、重篤な脳梗塞の危険性が少ない患者のことであり、「脳梗塞高リスク患者」とは、内頚動脈狭窄症患者のうち、動脈硬化による狭窄部位に潰瘍ができ、強い炎症反応を起こしており、血栓や脱落した組織が内腔を占めた状態であって、重篤な脳梗塞を引き起こす可能性が高い患者のことである。内頚動脈狭窄症の病巣の病理学的所見を基に、該疾患は活動期病変(Active phase)と沈静期病変(Stable phase)とに分類することができるが、活動期病変は脳梗塞高リスク、沈静期病変は脳梗塞低リスクに分類することができる。さらに、この分類はそれぞれ、血管病変の臨床的所見である不安定期(Unstable)と安定期(Stable)に対応している。
配列番号1で表されるアミノ酸配列は、フィブリノーゲンAα鎖前駆体(ヒト)のaa576-629の領域の配列である。すなわち、本発明で指標とするペプチドの一つは、フィブリノーゲンAα鎖前駆体のaa576-629の領域からなる断片である(以下、該断片を「フィブリノーゲン断片」と略記する)。フィブリノーゲンAα鎖前駆体のアミノ酸配列及び塩基配列は、GenBankにアクセッション番号M64982で登録されており、そのアミノ酸配列を配列番号3に示す。該フィブリノーゲン断片の分子量(計算値)は5336であり、SELDI−TOF MSで測定された該断片の質量数電荷比(m/z)は5335であった(下記実施例参照)。該フィブリノーゲン断片は、内頚動脈狭窄症患者群における血清中濃度が健常者群よりも有意に低い断片として同定されたものである(p<0.0001)。患者群内で比較すると、脳梗塞高リスク患者では低リスク患者よりも有意に低い(p=0.0298)。
配列番号2で表されるアミノ酸配列は、補体成分3(C3)前駆体(ヒト)のaa672-747の領域の配列である。すなわち、本発明で指標とするペプチドのもう一つは、C3前駆体のaa672-747の領域からなる断片である。C3前駆体のアミノ酸配列及び塩基配列は、GenBankにアクセッション番号NM_000064で登録されており、そのアミノ酸配列を配列番号4に示す。該断片の分子量は8938であり、SELDI−TOF MSで測定された該断片のm/zは8930であった(下記実施例参照)。該断片は、内頚動脈狭窄症患者群における血清中濃度が健常者群よりも有意に高い断片として同定されたものである(p=0.001773)。患者群内で比較すると、脳梗塞高リスク患者では低リスク患者よりも有意に高い(p=0.0180)。該断片は、ヒト血清中でC3からC3aペプチドを経て産生されるペプチドC3a des-Argとして知られているが、内頚動脈狭窄症等の動脈硬化との関連は知られていない。
なお、「aa」は、アミノ酸配列のN末端から数えて何番目のアミノ酸残基かを示す。例えば「aa576」は、N末端から数えて576番目のアミノ酸残基であることを示し、「aa576-629の領域」は、N末端から数えて576番目のアミノ酸残基から629番目のアミノ酸残基までの54個のアミノ酸残基から成る領域を示す。
この分野で周知の通り、動脈狭窄とは動脈硬化により生じるものであり、内頚動脈狭窄症とは内頚動脈の動脈硬化である(例えば、「動脈硬化−最新の基礎と臨床」、中島康秀監修、平成18年発行、第90〜96頁:岩波生物学辞典第4版「動脈硬化(症)」の項参照)。内頚動脈狭窄症を検出できるということは、動脈硬化症を検出できるということとほぼ同義である。上記したフィブリノーゲン断片及びC3a des-Argは、健常者と動脈狭窄症患者とを区別することができるのであるから、これらの断片を指標とすれば、動脈硬化症を検出することができる。従って、本発明が対象とする疾患は動脈硬化症である。該対象疾患は、好ましくは頚動脈硬化症であり、より好ましくは内頚動脈狭窄症である。特に好ましくは、本発明で検出される疾患は、脳梗塞高リスクの内頚動脈狭窄症である。
本発明の方法で用いられる生体から分離した検体としては、血液を用いることができる。また、血液から血漿や血清を調製して用いることもできる。
本発明の方法では、検体中に含まれる上記ポリペプチド(フィブリノーゲン断片)を指標として、動脈硬化症の検出が行われる。下記実施例に記載されるように、のポリペプチドは、シングルマーカー解析により、内頚動脈狭窄症患者群と健常者群との間、及び脳梗塞高リスク患者と低リスク患者との間で、血清中濃度に有意差があるポリペプチドとして同定されたものであるから、これを指標として対象疾患を検出することができる。
シングルマーカー解析による疾患の検出は、具体的には、例えば以下のようにして行なうことができる。すなわち、まず複数の健常者から検体を採取し、これらの検体中における上記ポリペプチドの存在量(検体中の濃度)を測定して、基準となる健常者のポリペプチド量(健常基準値)を決定する。基準値としては、例えば健常者検体中のポリペプチド量の平均値を用いることができる。同様にして、複数の脳梗塞低リスク患者及び高リスク患者から検体を採取し、検体中のポリペプチド量を測定して、低リスク基準値及び高リスク基準値を決定する。次いで、動脈硬化症であるか否かを調べるべき被検者(対象者)から検体を採取し、該検体中の上記ポリペプチドの存在量(検体中の濃度)を測定する。この測定値を各基準値と比較し、いずれの基準値に近いかを調べることにより、該患者が動脈硬化症であるか否か、脳梗塞のリスクが高いか否かを判定することができる。
例えば、下記実施例では、健常者16名、低リスク患者6名、高リスク患者26名から検体を採取して、SELDI−TOF MSで測定されたピーク強度の数値により各基準値(ピーク強度の平均値)を決定した。フィブリノーゲン断片の場合、健常者−患者(低リスク+高リスク)間はp値<0.0001の有意性をもって区別され、低リスク患者−高リスク患者間もp=0.0298の有意性をもって区別された。C3a des-Argの場合、健常者−患者(低リスク+高リスク)間はp値=0.001773の有意性をもって区別され、低リスク患者−高リスク患者間もp=0.0180の有意性をもって区別された。従って、各基準値と対象者の測定値とを比較することにより、対象者の動脈硬化症の有無及びその病態(脳梗塞のリスクが高いか)を調べることができる。フィブリノーゲン断片の場合、高リスク患者ほど血清中濃度が低いので(図3)、測定値が健常者基準値よりも低ければ、対象者は動脈硬化症である可能性が高い。C3a des-Argの場合、高リスク患者ほど血清中濃度が高いので(図6)、測定値が健常者基準値よりも高ければ、対象者は動脈硬化症である可能性が高い。また、いずれの場合も、測定値が低リスク基準値よりも高リスク基準値に近ければ、対象者は脳梗塞のリスクが高いと考えられる。
フィブリノーゲン断片とC3a des-Argを組み合わせて指標とすれば、動脈硬化症の検出精度、特に高リスク患者の検出精度を高めることができる。組み合わせて指標とする場合には、両者をそれぞれシングルマーカー解析してもよいが、マルチマーカー解析することが好ましい。マルチマーカー解析の手法は公知であり、そのための分類アルゴリズムも種々のものが公知である。例えば、サポートベクターマシン、線形判別分析等の分類アルゴリズムが公知であり、そのような公知のアルゴリズムのいずれを利用してもよい。例えば、サポートベクターマシンのような機械学習アルゴリズムを用いる場合、既知の多数の健常者及び高リスク患者から集めた各ポリペプチド量のデータを学習データとして入力して解析すると、二次元でプロットされた検体データを健常者群と高リスク患者群とに好ましく分離できる曲線が得られる。このようにして学習させたアルゴリズムに対象者の測定値を入力すれば、対象者が健常者及び高リスク患者のいずれかに分類される。なお、下記実施例に示される通り、同定された2種類のマーカー分子は、いずれも健常者−患者(低リスク+高リスク)間、低リスク患者−高リスク患者間を危険率5%以下で区分することができるが、健常者−低リスク患者間の区分は困難である。従って、健常者群と高リスク患者群のデータで学習させたアルゴリズムに低リスク患者の測定データを入力して分類させた場合は、健常者として分類されることになる。
検出方法の精度を高めるためには、可能な限り多数の健常者、低リスク患者及び高リスク患者からポリペプチド量のデータを集めて各基準値を決定することが好ましい。例えば、下記実施例では、健常者16名、低リスク患者6名、高リスク患者26名からデータを集めたが、これに限定されず、より多くの健常者等からデータを集めればさらに検出精度を高めることができる。
検体中の上記ポリペプチド存在量を測定する方法としては、特に限定されないが、例えば、TOF MS、MS MS、2次元電気泳動などにより測定することができる。
フィブリノーゲン断片及びC3a des-Argは、いずれも、下記実施例に記載されるように、表面が銅イオン修飾されたプロテインチップに親和性がある断片として単離されている。従って、検体中のこれらのポリペプチドの量は、銅イオン修飾(IMAC30)プロテインチップを用いたSELDI−TOF MSによって測定することができる。具体的には、例えば以下のとおりに行うことができる。すなわち、血清検体をU9バッファー(9M urea、2% CHAPS、50mM Tris-HCl、pH9)で10倍希釈した後、氷中で20分間インキュベートし、IMAC用Bindingバッファー(100mM Sodium Phosphate、0.5M NaCl、pH7)でさらに10倍希釈して、これを100mM 硫酸銅(II)水溶液で処理済みのIMAC30チップのスポット上に装着したバイオプロセッサーのウェルへ100μl注入し、40分間室温でインキュベートして、検体中の上記ポリペプチドをチップのスポット表面の銅イオンに結合させる。次いで、IMAC用Bindingバッファーで5分間、2回洗浄することにより、チップに結合しなかったタンパク質等を除去する。MilliQ水で脱塩処理した後、エネルギー吸収分子としてα−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸(CHCA)を50%アセトニトリル、0.5%トリフルオロ酢酸で過飽和溶解させた溶液1μlを添加し、乾燥させた後に、SELDI−TOF MS解析を行なう。測定誤差等を考慮し、m/zが5335±0.1%程度のピーク強度を測定すれば検体中のフィブリノーゲン断片量を測定することができ、m/zが8930±0.1%程度のピーク強度を測定すれば検体中のC3a des-Arg量を測定することができる。なお、プロテインチップは周知であり、市販もされているため、市販品を用いることができる。銅イオン修飾プロテインチップとしては、例えば、サイファージェン社のIMAC30プロテインチップが利用可能である。
また、上記各ポリペプチドに特異的に結合する抗体をそれぞれ作製し、これを用いてウエスタンブロットやELISA等の周知の免疫測定を行なうことによっても、検体中のポリペプチド量を測定することができる。
抗体はポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でもよいが、免疫測定等のためには、再現性の高いモノクローナル抗体が好ましい。
上記ポリペプチドに対するモノクローナル抗体は、例えば、該ポリペプチドの一部または全部をキーホールリンペットヘモシアニン(KLH)やカゼイン等のキャリアタンパク質に結合させたものを免疫原として用いて、アジュバントと共に動物を免疫して動物体内で抗体を誘起し、該動物の脾細胞やリンパ球のような抗体産生細胞と腫瘍細胞とを細胞融合することによってハイブリドーマを得、このハイブリドーマにより産生させることができる。
この分野で周知のとおり、6アミノ酸残基以上の長さのペプチドであれば、これを免疫原として用いて動物を免疫することにより、該ペプチドに対する抗体を調製することができる。本発明の方法で測定されるポリペプチドは、いずれもアミノ酸配列が同定されているため、当該ポリペプチドに特異的に結合する抗体を作製することが可能である。免疫原としては、該ポリペプチドの一部又は全部を用いることができる。フィブリノーゲン断片に対する抗体を作製する場合であれば、免疫原としては配列番号1に示すアミノ酸配列中の連続する6アミノ酸残基以上、好ましくは10アミノ酸残基以上、最も好ましくは配列番号1の全長からなるポリペプチドを用いることができる。C3a des-Argの場合も同様に、免疫原としては配列番号2に示すアミノ酸配列中の連続する6アミノ酸残基以上、好ましくは10アミノ酸残基以上、最も好ましくは配列番号2の全長からなるポリペプチドを用いることができる。
フィブリノーゲン断片やC3a des-Argのような比較的サイズの小さいポリペプチドは、市販のペプチド合成機を用いて容易に化学合成できるので、入手に困難性はない。なお、このような比較的サイズの小さいポリペプチドを免疫原として用いる場合、周知の通り、上記したようなキャリアタンパク質に結合させて用いると、抗原性をより高めることができるため好ましい。
上記ポリペプチドに特異的に結合するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマは、例えば以下の方法で得ることができる。即ち、キャリアタンパク質に結合させた上記ポリペプチドの一部又は全部を、フロイントの完全アジュバンドとともに、数回に分けて、マウス等の動物に、2〜3週間おきに、腹腔内又は静脈投与することによって免疫する。次いで、脾臓等に由来する抗体産生細胞と、骨髄腫ラインからの細胞(ミエローマ細胞)等の試験管内で増殖可能な腫瘍細胞とを融合させる。
上記融合方法としては、例えばケーラーとミルシュタインの常法(ネーチャー(Nature)、256巻、495頁、1975年)に従ってポリエチレングリコール法が適用可能であり、又は、センダイウイルス法等も採用されうる。
上記融合した細胞から所望の抗体を産生するハイブリドーマを選択する方法としては、例えば以下のようにして行うことができる。即ち、上記融合した細胞から、限界希釈法によって、HAT培地及び/又はHT培地中で、生存している細胞をハイブリドーマとして選択することができる。次いで、上記ハイブリドーマの培養培地を、高純度に精製した上記ポリペプチドを固定化したアッセイプレート上で反応させた後、抗マウス免疫グロブリン(Ig)等と更に反応させるEIA法等によって、本発明の方法で用いられるポリペプチドを特異的に認識するモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを選択することができる。
選択されたハイブリドーマは、通常、細胞培養に用いられる培地において培養することができ、同培養上清からモノクローナル抗体を回収することができる。また、モノクローナル抗体は、ハイブリドーマが由来する動物種の腹腔内にハイブリドーマを移植し、増殖を待って腹水を採取し、これから精製することによって得ることもできる。
上記モノクローナル抗体の回収方法としては、通常行われている精製方法を用いることができ、例えば、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、プロテインAによるアフィニティークロマトグラフィー等が挙げられる。
抗体を用いた免疫測定方法自体は、周知であり、周知のいずれの免疫測定方法をも採用することができる。すなわち、測定形式で分類すれば、サンドイッチ法、競合法、凝集法、ウエスタンブロット法などがあり、用いる標識で分類すれば蛍光法、酵素法、放射法、ビオチン法等があるが、これらのいずれをも用いることができる。免疫測定方法に標識抗体を用いる場合、抗体の標識方法自体は周知であり、周知のいずれの方法をも採用することができる。また、周知のとおり、該抗体をパパイン分解やペプシンで分解することにより、FabフラグメントやF(ab')2フラグメントのような、標的ポリペプチドとの結合性を有する抗体断片が得られることが知られているが、このような抗体断片も抗体と同様に検体中の上記ポリペプチドの測定に用いることができる。
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明はこれらに限定されるものではない。
1)検体
岩手医科大学医学部倫理委員会で認められたプロトコールに基づき、同意を得られた「内頚動脈狭窄症」内膜剥離術対象患者32例(Stable 6例、Unstable 26例)及び患者と同年代で心疾患の既往のない健常者ボランティア(Control)16例の血清を収集した。これらの臨床所見はそれぞれ以下の通りである。
Stable(S群):頚動脈病変が慢性期のもの。血管壁が比較的安定で、血管内腔がスムースで潰瘍を認めない。病理学的分類で沈静期病変(Stable phase)に該当する。
Unstable(A群):頚動脈病変が急性期のもの。血管壁が脆弱で、血管内腔が痛んでおり潰瘍を認める。病理学的分類で活動期病変(Active phase)とほぼ同義。
Control(C群):頚動脈病変が認められないもの(頚動脈超音波検査で判断した)。
S群は、重篤な脳梗塞の危険性が少ない患者である。A群は、重篤な脳梗塞を引き起こす可能性が高い患者である。
2)プロテオーム解析
それぞれの血清をサイファージェンのプロテインチップシステム(PCS4000)を用いて,以下のようにプロテオーム解析を行った。すなわち,血清検体10μlをU9バッファー(9M urea、2% CHAPS、50mM Tris-HCl、pH9)で10倍希釈した後、氷中で20分間インキュベートし、IMAC用Bindingバッファー(100mM Sodium Phosphate、0.5M NaCl、pH7)でさらに10倍希釈して、これを100mM 硫酸銅(II)水溶液で処理済みのIMAC30チップ(サイファージェン社)の上に装着したバイオプロセッサーの各ウェルに100μlを注入し、40分間室温でインキュベートして、親和性のあるタンパク質もしくはペプチドをチップのスポット表面の銅イオンに結合させた。次いで、IMAC用Bindingバッファーで5分間、2回洗浄し、さらに該チップをMilliQ水でリンスして脱塩処理後,エネルギー吸収分子CHCA(50% アセトニトリル,0.5%トリフルオロ酢酸で過飽和溶解)を1 μl添加し,乾燥の後,SELDI-TOFMSシステム(PBS4000)でプロファイリング測定を行った。アッセイはすべて,同一検体を3回反復で行った。
3)データ解析
サイファージェンのデータ解析ソフトCiphergen Express(登録商標)を用いて、ピーク強度の比較によるシングルマーカー解析を行ない、マーカー候補を選定した。有意性は、マン−ホイットニー解析(p値)、ROC曲線により検定した。まず、stableとunstableを区別せずに患者群と正常対照群(健常者群)との間で以下の(1)〜(6)の基準を満たすピークを選定した。
(1) 患者群vs正常対照群の差が有意にある。(p-value < 0.01)
(2) 患者群vs正常対照群を識別することができる。(ROC曲線以下の面積(ROC area) > 0.8)
(3) ピーク強度−患者群または正常対照群の一方においてIntensityが1以上であること。(生データのピーク形状と強度)
(4) Peak Intensityの平均値の群間差が1.5倍以上であること。(出来るだけ大きい差があると精製時に他のタンパクと分離しやすい)
(5) 候補ピーク周辺のピークの変動を確認する。(周囲のピークの強度に群間で変動がない場合は有望)
(6) ピークが複数の条件で観察される場合、それぞれの条件で同等のp-value,ROC areaを与える。(同じ質量数のものが同一分子として考えることが前提なので、参考情報として扱う)
以上の基準を満たすピークをいくつか選定した後、その中から再現性の高い2つのピークm/z5335及びm/z8930を見出した。m/z5335は正常対照群で患者群よりも有意にピーク強度が高かった(p値<0.0001、ROC area=0.8594)(図1、図2、表1)。m/z8930は正常対照群で患者群よりも有意にピーク強度が低かった(p値=0.001773、ROC area=0.7793)(図4、図5、表1)。
Figure 0005453667
これらの2つについて、stable(S群)、unstable(A群)、control(C群)の三者間でシングルマーカー解析を行なった。その結果、これらのピーク強度により、stable(S群)とunstable(A群)を有意に(p<0.05)区別できることが確認できた(表2、表3)。m/z5335及びm/z8930の三群間での解析結果をそれぞれ図3及び図6に示す。
Figure 0005453667
Figure 0005453667
4)m/z5335及びm/z8930分子の精製・同定
(1) m/z5335の精製・同定
IMACスピンカラム(バイオ・ラッド社)を用いて血清から目的分子を分離した。目的のピークを認めた血清50μLをU9バッファー(9M urea、2% CHAPS、50mM TrisHCl、pH9)で10倍希釈した後、氷中で20分間インキュベートし、IMAC用Bindingバッファー(B/W buffer)でさらに10倍希釈して5 mLの試料を調製した。IMACスピンカラムの保存溶液を洗浄後(DW 500μL×3回)、100mM CuSO4 200μLを添加して室温で転倒混和し(20分×2回)、カラムに銅イオンをキレートさせた。DWで洗浄後(200μL×3回)、中和し(100mM Sodium Acetate,pH4, 200μL×3回)、さらにDWで洗浄した後(200μL×3回)、B/W bufferで平衡化した(100mM Sodium Phosphate,pH7 200μL×3回)。平衡化したカラム10個に上記で調製したサンプルを500μLずつ添加し、室温で1分間転倒混和して目的分子を吸着させた後、B/W bufferで洗浄(200μL×3回)、次いでDWで洗浄(200μL×3回)した。0.03Nアンモニアで目的分子を溶出させ(各カラム100μL×4回、各回2分間転倒混和)、各溶出液をギ酸中和してからC-TIPに吸着し、80%アセトニトリル(AN)-0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)で溶出し、目的分子を含む分画を回収した。目的分子を含む各分画の検定はいずれもPCS4000を用いて行なった。さらにこの分画をゲル濾過HPLCにかけ、溶媒を80%アセトニトリル、0.1%TFAとして分画し、LC-MS/MSでm/z5335分子を含むと予想される最もイオン強度の高い分画を同定し、生成イオンをMS/MS(Orbitrap サーモフィッシャーサイエンティフィック社)で解析した。検索ソフト・Mascot(マトリックスサイエンス社)により、MS tag search法でhuman のアミノ酸配列のデータベースを検索したところ、フィブリノーゲンAα鎖前駆体(ヒト)のaa576-629の領域の配列がヒットした。該断片の分子量(計算値)は5336であった。
(2) m/z8930分子の精製・同定
目的のピークを認めた血清200μLとU9バッファー400μLを混合後、氷中で20分間インキュベートし、変性させた。AEXカラム(バイオ・ラッド社、レジンベッドボリューム200μL)に50mM Tris-HCl,pH9を添加して平衡化した(1ml×2回、操作毎に1,000×gで20sec遠心)。平衡化したAEXカラム2本に変性済み血清サンプルを300μLずつ添加して目的外の分子を吸着除去した(全量を自然落下で3回カラムに通し、最後に1,000×gで20sec遠心)。カラムを50mM Tris-HCl,pH9で洗浄した(300μL×1回、600μL×1回)。吸着時のランスルー液と洗浄液(合計1.2 mL/カラム)を回収した。AEXカラムと同様の方法で平衡化したCEXカラム(バイオ・ラッド社、レジンベッドボリューム200μL)に、カラム2本分の回収液計2.4 mLを添加して自然落下で目的分子を吸着させた。全量を2回カラムに通し、最後に1,000×gで20sec遠心後、pH9〜11の50mM Glycine-NaOHで順次洗浄した(pH9で500μL×2回、pH10で500μL×4回、pH11で500μL×2回)。次いで50mM Glycine-NaOH,pH12で目的分子を溶出させた(500μL×4回)。1〜4回目を各々30μLの 1N HClで中和し、-80℃に保存した。
エムポアディスクカートリッジ(住友3M社)を80%AN-0.1%TFA(200μL×1回)及び4%AN-0.1%TFA(200μL×2回)で前処理し、-80℃に保存していた2〜4回目溶出液を室温にて融解後直ちにエムポアに添加した(3回、各回で1,000×gにて50sec遠心)。4%AN-0.1%TFA(200μL)次いで20%AN-0.1%TFA(200μL)で洗浄し、30%AN-0.1%TFA(200μL)で目的分子を溶出させた。30%AN-0.1%TFA溶出サンプル200μLのうちの5μLをNP20チップに添加し、乾固後、CHCAを添加してPCS4000で目的分子の存在を確認した。30%AN-0.1%TFA溶出サンプルを凍結乾燥後、Tricine SDS-PAGEで溶質を分離し、クマシーブルー染色により、分子量9000前後のバンドを確認した。バンドをゲルごと切り取り、トリプシンによるIn gel digestion 法を用いて目的サンプルをペプチドに断片化し、MALDI-TOF(MS Voyager DE-STR、 Applied Biosystems社)により断片化ペプチドの質量を測定、Mascotサーチによるタンパク質同定を行なったところ、フラグメントが補体成分3(C3)前駆体のaa672-747の領域の配列と一致した。また、Tricine SDS-PAGE後にPVDF膜に転写し、目的バンドのN末端アミノ酸配列をProcise Model 492cLC (Applied Biosystems社)で確認したところ、やはり補体成分3(C3)前駆体のaa672-747の配列に一致し、m/z8930分子の全長のアミノ酸配列を配列表の配列番号2の通りに同定できた。このアミノ酸配列はC3a des-Argとして公知のペプチドであることが判明した。該ペプチドの分子量(計算値)は8938であった。
5)マルチマーカー解析
上記で同定した2種類のマーカー分子を用いてマルチマーカー解析を行なった。公知のサポートベクターマシン(オープンリソース統計解析システム「R」)を分類アルゴリズムとして使用し、上記したA群(26例)とC群(16例)のピーク強度を学習データとして入力して二者の分類を試みた。その結果、高い精度でA群とC群を分類できることが確認された(感度0.870967742、特異度0.6875、正答率0.8085106)。ここで、「感度(sensitivity)」とは正しくA群に分類される確率、「特異度(specificity)」とは正しくC群に分類される確率、「正答率(correct classification)」とは正しく分類される確率を表し、本実施例では正答率は100回の交差確認に亘る標準偏差を示す。
A群は脳梗塞を発症するリスクの高い患者である。上記で同定した2つのマーカーを用いたマルチマーカー解析により、患者群の中でも特に脳梗塞高リスクのA群の患者を高い確率で検出することができる。脳梗塞リスクの高い患者は手術の緊急度も高く、かかる患者を低リスクの患者と区別して検出できることは臨床的に有意義である。
実施例で測定された患者群(patient)及び正常対照群(control)の各検体における、SELDI-TOF MSで測定されるm/zが5335のポリペプチドの存在量と平均値を示す。グラフ中の横実線が各群の平均値を示す。 m/zが5335のポリペプチドについての、患者群と正常対照群とを区別する精度を表すROC曲線である。 実施例で測定されたA群、S群及びC群の各検体における、SELDI-TOF MSで測定されるm/zが5335のポリペプチドの存在量と平均値を示す。グラフ中の横実線が各群の平均値を示す。 実施例で測定された患者群(patient)及び正常対照群(control)の各検体における、SELDI-TOF MSで測定されるm/zが8930のポリペプチドの存在量と平均値を示す。グラフ中の横実線が各群の平均値を示す。 m/zが8930のポリペプチドについての、患者群と正常対照群とを区別する精度を表すROC曲線である。 実施例で測定されたA群、S群及びC群の各検体における、SELDI-TOF MSで測定されるm/zが8930のポリペプチドの存在量と平均値を示す。グラフ中の横実線が各群の平均値を示す。

Claims (8)

  1. 生体から分離した検体中に含まれる配列番号1で示されるアミノ酸配列から成るポリペプチドを指標とする動脈硬化症の検出方法。
  2. 配列番号1で示されるアミノ酸配列から成るポリペプチドに加え、さらに配列番号2で示されるアミノ酸配列から成るポリペプチドをも指標とする請求項1記載の方法。
  3. 前記検体が血液である請求項1又は2記載の方法。
  4. 頚動脈硬化症の検出方法である請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
  5. 内頚動脈狭窄症の検出方法である請求項記載の方法。
  6. 配列番号1で示されるアミノ酸配列から成るポリペプチドから成る動脈硬化症マーカー。
  7. 頚動脈硬化症マーカーである請求項記載のマーカー。
  8. 内頚動脈狭窄症マーカーである請求項記載のマーカー。
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