JP5349035B2 - 酢酸菌の発泡に関与する遺伝子、該遺伝子を修飾して育種された酢酸菌、及び該酢酸菌を用いた食酢の製造方法 - Google Patents

酢酸菌の発泡に関与する遺伝子、該遺伝子を修飾して育種された酢酸菌、及び該酢酸菌を用いた食酢の製造方法 Download PDF

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Description

本発明は微生物の培養中の発泡に関与する遺伝子に関し、さらに発泡に関与する遺伝子がコードするタンパク質の機能を低下ないしは欠損させて育種された、培養中の発泡能が抑制され、より多量の酢酸を生成できる酢酸菌、該酢酸菌を用いた食酢の製造方法、及び該製造方法により製造される食酢に関する。
微生物を利用した食品産業や化学産業において、微生物培養の際の発泡が大きな問題となっている。微生物を培養すると、特に通気攪拌を伴う培養では、多くの場合泡の発生を伴う。この泡は培養槽上部で泡沫を形成し、培養槽の有効体積を減少させたり、培養槽上部からの泡沫の流出により、培養液のロス、培地組成の変化、微生物の漏洩などの問題を生じる。このように発泡は生産効率や品質の低下、環境問題などの問題を引き起こす。このため、効率よく微生物を培養して生産物を得る上で、発泡の抑制は重要な課題であった。同様に、食酢の製造などで用いられている酢酸菌の培養においても、発泡による生産効率の低下などが問題となっている。
そこで、培養中の泡を消す方法として、物理的方法や化学的方法が開発されている。物理的方法としては、攪拌羽根等で泡沫にせん断力を加えて泡沫を破壊する機械的方法や、加熱によって液体の粘度を低下させて泡沫を不安定にする熱的方法、そして、通電、スパーク、電流等によって破泡する電気的方法などがある。しかし、いずれの方法も装置の導入、使用にはコストがかかる上に、その消泡効果も不十分であった。
また、化学的方法としては、消泡剤を添加する方法がある。消泡剤としては、アルコール類、エステル、脂肪酸、シリコン等の化合物が使用されている。しかし、消泡剤による消泡法は簡便である一方で、消泡剤によっては、微生物の生育や物質生産に重要な酸素移動速度の低下、微生物の生育阻害、分離生成工程への悪影響などを引き起こす場合があり問題であった。
一方、微生物培養時の発泡のメカニズムは未解明な点が多いものの、真核生物において発泡に関わる遺伝子やタンパク質がいくつか見出されている。その1つは酵母で見つかった発泡に関与する遺伝子awa1である(例えば、非特許文献1参照)。この遺伝子は真核生物に特有のグリコシルフォスファチジルイノシトールアンカータンパク質をコードしており、該タンパク質は細胞表面の疎水性に関与していて、該タンパク質をコードする遺伝子を破壊すると発泡が抑制される。
また、カビやきのこ等において、ハイドロフォビンと呼ばれる疎水性、又は両親媒性のタンパク質が発見されており、このハイドロフォビンをコードする遺伝子を破壊することにより、発泡が抑制されることが開示されている(特許文献1参照)。
しかし、原核生物においては、培養中の発泡に関与する遺伝子やタンパク質についての知見はほとんど得られていないのが現状であった。そこで、原核生物において、物理的、化学的方法に代わる新たな消泡手法として、発泡の少ない菌株の育種が求められていた。
一方、近年、多くの細菌で細胞密度に依存して特定の遺伝子の転写が制御される細胞間情報伝達機構の存在が明らかになっている。この情報伝達機構はクオラムセンシングシステム(quorum sensing system)(集団密度感知制御系)とよばれ、生物発光、菌体外酵素の生産、病原性の発現、バイオフィルムの形成、抗生物質生産など、様々な機能の発現制御に関わっている。
例えば、ビブリオ・フィッシェリ(Vibrio fischeri)等の多くのグラム陰性細菌で見出されているクオラムセンシングシステムには2つのタンパク質が関与している(例えば、非特許文献2参照)。すなわち、細胞間の情報伝達物質であるアシルホモセリンラクトンを合成するアシルホモセリンラクトン合成酵素、アシルホモセリンラクトンの受容体であり転写因子としても機能するアシルホモセリンラクトン受容体型転写因子である。
菌体内でアシルホモセリンラクトン合成酵素によって生産されたアシルホモセリンラクトンは、菌体内外に拡散する。そして、その濃度の増加に伴い、菌体内でアシルホモセリンラクトン受容体型転写因子と複合体を形成し、遺伝子の転写を制御する。
本発明者はこれまでに酢酸菌のクオラムセンシングシステムに関与する2つの遺伝子、すなわちアシルホモセリンラクトン合成酵素をコードする遺伝子(以下、orf1と称する場合もある)とアシルホモセリンラクトン受容体型転写因子をコードする遺伝子(以下、orf2と称する場合もある)を取得しており、酢酸菌のクオラムセンシングシステムが酢酸生産能に関与していることを明らかにした(例えば、特許文献2参照)。
さらに、クオラムセンシングシステムと微生物培養中の発泡との関係は全く分かっていなかったにもかかわらず、酢酸菌のクオラムセンシングシステムに関与する遺伝子として、酢酸菌の培養中の発泡に関与する遺伝子(以下、orf3と称する場合もある)を取得し、該遺伝子を修飾して、該遺伝子がコードするタンパク質の機能を低下ないし欠損させることにより、酢酸菌の培養中の発泡を抑制できると同時に、酢酸菌の酢酸生産能を向上させることが出来ることも明らかにした(例えば、特許文献3参照)。
しかし、酢酸菌のクオラムセンシングシステムに関与する遺伝子群の全容はまだ充分に解明されておらず、上記遺伝子以外にも酢酸菌の培養中の発泡に関与する遺伝子が存在する可能性があり、該遺伝子が酢酸生産能をより強力に向上させうることが期待されていた。
ジャーナル・オブ・バイオサイエンス・アンド・バイオエンジニアリング(Journal of bioscience and bioengineering)、97巻、1号、14−18ページ、2004年 バイオサイエンスとインダストリー、60巻、4号、219〜224頁、2002年 特表2003−507056号公報 特開2008−206413号公報 特開2008−228660号公報
本発明は、酢酸菌の培養中の発泡に関与する新規な遺伝子を取得し、該遺伝子がコードするタンパク質の機能を低下ないし欠損させることによる酢酸菌の培養中の発泡能を抑制させる方法、さらに、該方法により育種された発泡能が抑制された酢酸菌を用いることによる高濃度の酢酸を含有する食酢をより効率良く製造する方法、及び該製造方法により製造される食酢を提供することを目的とする。
本発明者は、野生株とクオラムセンシングシステムの構成因子の1つであるアシルホモセリンラクトン合成酵素をコードする遺伝子orf1の破壊株(以下、orf1破壊株と称する場合もある。)について、マイクロアレイ解析により、網羅的遺伝子発現解析を行なった。その結果、野生株と比較してorf1破壊株で転写量が減少する、すなわちクオラムセンシングシステムの制御下にあると考えられる新たな遺伝子glyTを見出した。
そして、このglyTを修飾して、glyTがコードするタンパク質の機能を低下ないし欠損させることによって、発泡が顕著に抑制され、酢酸発酵能が顕著に増強された酢酸菌を取得し、この酢酸菌を使用して、高濃度の酢酸を含有する食酢をより効率良く製造できることを見出して、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1)以下の(A)、(B)又は(C)に示されるタンパク質。
(A)配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(B)配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質
(C)配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列と少なくとも90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質
(2)以下の(A)、(B)又は(C)に示されるタンパク質をコードするDNA。
(A)配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(B)配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質
(C)配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列と少なくとも90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質
(3)以下の(A)、(B)又は()に示されるDNA。
(A)配列表の配列番号1に示される塩基配列のうち、塩基番号846〜3794の塩基配列からなるDNA
(B)配列表の配列番号1に示される塩基配列のうち、塩基番号846〜3794の塩基配列に相補的な配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質をコードするDN
(C)配列表の配列番号1に示される塩基配列のうち、塩基番号846〜3794の塩基配列において、1若しくは数個の塩基の置換、欠失、挿入、又は付加された塩基配列からなり、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質をコードするDNA
(4)(2)又は(3)に記載のDNAがコードするタンパク質の機能を低下ないしは欠損させることを特徴とする発泡能が抑制された酢酸菌の生産方法。
(5)(4)に記載の方法により得られる、発泡能が抑制された酢酸菌。
(6)グルコンアセトバクター・インターメディウス NCI1051ΔglyT株(FERM BP−11068)である(5)記載の発泡能が抑制された酢酸菌。
(7)(5)又は(6)に記載の酢酸菌を、アルコールを含む培地で培養して該培地中に酢酸を生成蓄積せしめることを特徴とする食酢の製造方法。
本発明によれば、酢酸菌の培養中の発泡に関与する遺伝子並びに該遺伝子がコードするタンパク質が提供される。また、該遺伝子がコードするタンパク質の機能を低下ないし欠損させることにより、酢酸菌の培養中の発泡を顕著に抑制する方法が提供される。
さらに、本発明によれば、培養時の発泡を顕著に抑制させることによって高濃度の酢酸を含有する食酢をより効率的に製造する方法が提供され、また該製造方法によって製造された高濃度の酢酸を含有する食酢が提供される。
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明のタンパク質としては、酢酸発酵能と発泡に関与するタンパク質である。具体的には、配列表の配列番号2(図5)に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質や、配列表の配列番号2(図5)に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質や、配列表の配列番号2(図5)に示されるアミノ酸配列と少なくとも90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質に関する。本発明において、「発泡に関与するタンパク質」とは、当該タンパク質の機能を低下ないしは欠損させることにより、酢酸菌の培養中の発泡が抑制されるタンパク質をいう。
本発明のタンパク質の取得・調製方法は特に限定されず、単離した天然由来のタンパク質でも、化学合成したタンパク質でも、遺伝子組換え技術により作製した組換えタンパク質の何れでもよい。天然由来のタンパク質を取得する場合には、かかるタンパク質を発現している細胞からタンパク質の単離・精製方法を適宜組み合わせて本発明のタンパク質を取得することができる。
化学合成により本発明のタンパク質を調製する場合には、例えば、Fmoc法(フルオレニルメチルオキシカルボニル法)、tBoc法(t−ブチルオキシカルボニル法)等の化学合成法に従って本発明のタンパク質を合成することができる。また、各種の市販のペプチド合成機を利用して本発明のタンパク質をそのアミノ酸配列情報に基づいて合成することもできる。
また、遺伝子組換え技術により本発明のタンパク質を調製する場合には、該タンパク質をコードするDNAを好適な発現系に導入することにより本発明のタンパク質を調製することができる。これらの中でも、比較的容易な操作でかつ大量に調製することが可能な遺伝子組換え技術による調製が好ましい。
なお、遺伝子組換え技術によって本発明のタンパク質を調製する場合に、かかるタンパク質を細胞培養物から回収し精製するには、硫酸アンモニウム又はエタノール沈殿、酸抽出を行った後、アニオン又はカチオン交換クロマトグラフィー、ホスホセルロースクロマトグラフィー、疎水性相互作用クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトクロマトグラフィー及びレクチンクロマトグラフィーを含めた公知の方法が用いられ、好ましくは、高速液体クロマトグラフィーが用いられる。
特に、アフィニティークロマトグラフィーに用いるカラムとしては、例えば、本発明のタンパク質に対するモノクローナル抗体等の抗体を結合させたカラムや、上記本発明のタンパク質に通常のペプチドタグを付加した場合は、このペプチドタグに親和性のある物質を結合したカラムを用いることにより、これらのタンパク質の精製物を得ることができる。
さらに、配列表の配列番号2(図5)に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、又は付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質、又は、配列表の配列番号2(図5)に示されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質は、配列表の配列番号2(図5)に示されるアミノ酸配列をコードする塩基配列の一例を示した配列表の配列番号1(図4)に示される塩基配列の情報に基づいて当業者であれば適宜調製又は取得することができる。
例えば、配列表の配列番号1(図4)に示される塩基配列に基づいて合成したオリゴヌクレオチドをプライマーに用いるポリメラーゼ・チェーン・リアクション(PCR反応)によって、あるいは該塩基配列に基づいて合成したオリゴヌクレオチドをプローブとして用いるハイブリダイゼーションによって、アセトバクター属やグルコンアセトバクター属に属する酢酸菌、あるいはそれら以外の酢酸菌より、該DNAのホモログを適当な条件下でスクリーニングすることにより単離することができる。このホモログDNAの全長DNAをクローニング後、発現ベクターに組み込み適当な宿主で発現させることにより、該ホモログDNAによりコードされるタンパク質を製造することができる。
オリゴヌクレオチドの合成は、例えば、市販されている種々のDNA合成機を用いて定法に従って合成できる。また、PCR反応は、アプライドバイオシステムズ社(Applied Biosystems)製のサーマルサイクラーGene Amp PCR System 9700を用い、TaqDNAポリメラーゼ(タカラバイオ社製)やKOD−Plus−(東洋紡社製)などを使用して、定法に従って行うことができる。
さらに、上記本発明のタンパク質とマーカータンパク質及び/又はペプチドタグとを結合させて融合タンパク質とすることもできる。マーカータンパク質としては、従来知られているマーカータンパク質であれば特に制限されるものではなく、例えば、アルカリフォスファターゼ、HRP等の酵素、抗体のFc領域、GFP等の蛍光物質などを具体的に挙げることができ、またペプチドタグとしては、HA、FLAG、Myc等のエピトープタグや、GST、マルトース結合タンパク質、ビオチン化ペプチド、オリゴヒスチジン等の親和性タグなどの従来知られているペプチドタグを具体的に例示することができる。かかる融合タンパク質は、常法により作製することができ、Ni−NTAとHisタグの親和性を利用した本発明のタンパク質の精製や、本発明のタンパク質の検出や、本発明のタンパク質に対する抗体の定量や、その他当該分野の研究用試薬としても有用である。
本発明のタンパク質が、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質であることは、例えば、かかるタンパク質の機能を低下ないしは欠損させた酢酸菌を作製し、アルコールを含有する液体培地で好気的条件下において培養して、培養中の発泡の程度を野生株における発泡の程度と比較することにより確認することができる。本発明のタンパク質の機能を低下ないしは欠損させた酢酸菌の作製は、例えば、かかるタンパク質をコードする遺伝子の部分配列を欠失させる、又は、該遺伝子の内部に薬剤耐性遺伝子を挿入するなどして正常に機能するタンパク質を産生しないように修飾した遺伝子を含むDNAで酢酸菌を形質転換し、染色体上の正常な遺伝子との間で相同組換えを起こさせることにより、染色体上の該遺伝子を破壊することにより行うことができる。
また、本発明のDNAとしては、配列表の配列番号2(図5)に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAや、配列表の配列番号2(図5)に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質をコードするDNAや、配列表の配列番号2(図5)に示されるアミノ酸配列と少なくとも90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質をコードするDNAや、配列表の配列番号1(図4)に示される塩基配列のうち、塩基番号846〜3794の塩基配列からなるDNAや、配列表の配列番号1(図4)に示される塩基配列のうち、塩基番号846〜3794の塩基配列に相補的な配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質をコードするDNAや、配列表の配列番号1(図4)に示される塩基配列のうち、塩基番号846〜3794の塩基配列において、1若しくは数個の塩基の置換、欠失、挿入、又は付加された塩基配列からなり、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質をコードするDNAを挙げることができる。
このように、本発明の酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質をコードするDNAは、コードされるタンパク質の機能が損なわれない限り、1又は複数の位置で1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、又は付加されたタンパク質をコードするものであってもよい。
このような酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質としての機能を有するタンパク質と実質的に同一のタンパク質をコードするDNAは、例えば部位特異的変異法によって、特定の部位の塩基を欠失、置換、挿入又は付加し、あるいは逆位として塩基配列を改変することによっても取得することができる。また、上記のような改変されたDNAは、従来知られている突然変異処理によっても取得することができる。さらに、一般的にタンパク質のアミノ酸配列及びそれをコードする塩基配列は、種間、株間、変異体、変種間でわずかに異なることが知られているので、実質的に同一のタンパク質をコードするDNAは、酢酸菌全般、中でもアセトバクター属やグルコンアセトバクター属の種、株、変異体、変種から得ることが可能である。
上記「1若しくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、又は付加されたアミノ酸配列」とは、例えば1〜20個、好ましくは1〜15個、より好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個の任意の数のアミノ酸が置換、欠失、挿入、又は付加されたアミノ酸配列を意味する。
また、上記「1若しくは数個の塩基が置換、欠失、挿入、又は付加された塩基配列」とは、例えば1〜20個、好ましくは1〜15個、より好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個の任意の数の塩基が置換、欠失、挿入、又は付加された塩基配列を意味する。
例えば、これら1若しくは数個の塩基が置換、欠失、挿入、又は付加された塩基配列からなるDNA(変異DNA)は、上記のように、化学合成、遺伝子工学的手法、突然変異誘発などの当業者に既知の任意の方法により作製することもできる。具体的には、配列表の配列番号1(図4)に示される塩基配列からなるDNAに対し、変異原となる薬剤を接触作用させる方法、紫外線を照射する方法、遺伝子工学的な手法等を用いて、これらDNAに変異を導入することにより、変異DNAを取得することができる。
遺伝子工学的手法の一つである部位特異的変異誘発法は特定の位置に特定の変異を導入できる手法であることから有用であり、モレキュラークローニング第2版(Molecular Cloning: A laboratory Manual, 2nd Ed., Cold Spring Harbor Laboratory, Cold Spring Harbor, NY.,1989)やカレントプロトコールズ・イン・モレキュラーバイオロジー(Current Protocols in Molecular Biology, Supplement 1〜38, John Wiley & Sons (1987-1997))等に記載の方法に準じて行うことができる。この変異DNAを適切な発現系を用いて発現させることにより、1若しくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、又は付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質を得ることができる。
上記「配列表の配列番号2(図5)に示されるアミノ酸配列と少なくとも90%以上の同一性を有するアミノ酸配列」とは、配列表の配列番号2(図5)に示されるアミノ酸配列との相同性が90%以上であれば特に制限されるものではなく、例えば、90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上であることを意味する。
上記「ストリジェントな条件下」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいい、具体的には、90%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それより相同性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件あるいは通常のサザンハイブリダイゼーションの洗いの条件である65℃、1×SSC溶液(1倍濃度のSSC溶液の組成は、150mM塩化ナトリウム、15mMクエン酸ナトリウム)、0.1%SDS、又は0.1×SSC、0.1%SDSに相当する塩濃度でハイブリダイズする条件を挙げることができる。
また、上記「ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA」とは、DNA又はRNAなどの核酸をプローブとして使用し、コロニー・ハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法、あるいはサザンブロットハイブリダイゼーション法等を用いることにより得られるDNAを意味し、具体的には、コロニーあるいはプラーク由来のDNAまたは該DNAの断片を固定化したフィルターを用いて同定できるDNAをあげることができる。
ハイブリダイゼーションは、モレキュラークローニング第2版等に記載されている方法に準じて行うことができる。例えば、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズすることができるDNAとしては、プローブとして使用するDNAの塩基配列と一定以上の相同性を有するDNAが挙げることができ、例えば90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上の相同性を有するDNAを好適に例示することができる。

本発明のDNAの取得方法や調製方法は特に限定されるものでなく、本明細書中に開示した配列表の配列番号1(図4)に示される塩基配列情報又は配列表の配列番号2(図5)に示されるアミノ酸配列情報に基づいて適当なブローブやプライマーを調製し、それらを用いて当該DNAが存在することが予測されるcDNAライブラリーをスクリーニングすることにより目的のDNAを単離したり、常法に従って化学合成により調製することができる。
例えば、アセトバクター属やグルコンアセトバクター属に属する酢酸菌から、常法に従ってcDNAライブラリーを調製し、次いで、このライブラリーから、本発明のDNAに特有の適当なプローブを用いて所望クローンを選抜することにより、本発明のDNAを取得することができる。また、これらの酢酸菌からの全RNAの分離、mRNAの分離や精製、cDNAの取得とそのクローニングなどはいずれも常法に従って実施することができる。本発明のDNAをcDNAライブラリーからスクリーニングする方法は、例えば、モレキュラークローニング第2版に記載の方法等、当業者により常用される方法を挙げることができる。
本発明のDNAは、その塩基配列が明らかとなったので、例えば、鋳型として酢酸菌グルコンアセトバクター・インターメディウス NCI1051(Gluconacetobacter intermedius NCI1051)株(FERM BP−10767)のゲノムDNAを用い、該塩基配列に基づいて合成したオリゴヌクレオチドをプライマーに用いるPCR反応によって、または該塩基配列に基づいて合成したオリゴヌクレオチドをプローブとして用いるハイブリダイゼーションによっても得ることができる。なお、染色体DNAは、常法(例えば、特開昭60−9489号公報参照に開示された方法)により取得できる。
オリゴヌクレオチドの合成は、例えば、市販されている種々のDNA合成機を用いて常法に従って合成できる。また、PCR反応は、アプライドバイオシステムズ社(Applied Biosystems)製のサーマルサイクラーGene Amp PCR System 9700を用い、TaqDNAポリメラーゼ(タカラバイオ社製)やKOD−Plus−(東洋紡績社製)などを使用して常法に従って行なうことができる。
本発明のDNAは、例えば部位特異的変異法によって、特定の部位のアミノ酸が欠失、置換、挿入、又は付加されるように塩基配列を改変することによって取得され得る。また、上記のような改変されたDNAは、従来知られている突然変異処理によっても取得することができる。
また、一般的にタンパク質のアミノ酸配列及びそれをコードする塩基配列は、種間、株間、変異体、変種間でわずかに異なることが知られているので、実質的に同一のタンパク質をコードするDNAは、酢酸菌全般、中でもアセトバクター属やグルコンアセトバクター属の種、株、変異体、変種から得ることが可能である。
具体的には、アセトバクター属やグルコンアセトバクター属の酢酸菌、又は変異処理したアセトバクター属やグルコンアセトバクター属の酢酸菌、これらの自然変異株若しくは変種から、例えば配列表の配列番号1(図4)に記載の塩基配列を有するDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質をコードするDNAを単離することによっても、該タンパク質と実質的に同一のタンパク質をコードするDNAが得られる。
また、上記配列表の配列番号2(図5)に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質をコードするDNAや、配列表の配列番号2(図5)に示されるアミノ酸配列と少なくとも85%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつ酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質としての機能を有するタンパク質をコードするDNAなどからなる本発明の変異遺伝子又は相同遺伝子としては、配列表の配列番号1(図4)に示される塩基配列又はその一部を有するDNA断片を利用し、他の酢酸菌等から、該DNAのホモログを適当な条件下でスクリーニングすることにより単離することができる。その他、前述の変異DNAの作製方法により調製することもできる。
例えば、アセトバクター属やグルコンアセトバクター属の酢酸菌、又は変異処理したアセトバクター属やグルコンアセトバクター属の酢酸菌、これらの自然変異株若しくは変種から、例えば配列表の配列番号1(図4)に示される塩基配列、又はその一部から作製したプローブと、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質をコードするDNAを単離することによっても、該タンパク質と実質的に同一のタンパク質をコードするDNAを得ることができる。
本発明で用いる酢酸菌には特に制限はなく、例えば、アルコール酸化能を有するアセトバクター属(Acetobacter)やグルコンアセトバクター属(Gluconacetobacter)などの細菌があげられるが、具体的には以下のものが例示される。
すなわち、グルコンアセトバクター属(Gluconacetobacter)に属する酢酸菌としては、例えば、グルコンアセトバクター・インターメディウス(Gluconacetobacter intermedius)、グルコンアセトバクター・キシリヌス(Gluconacetobacter xylinus)、グルコンアセトバクター・ヨーロパエウス(Gluconacetobacter europaeus)、グルコンアセトバクター・ジアゾトロフィカス(Gluconacetobacter diazotrophicus)、グルコンアセトバクター・エンタニイ(Gluconacetobacter entanii)などがあげられ、さらに具体的には、グルコンアセトバクター・キシリヌス IFO3288(Gluconacetobacter xylinus IFO3288)株、グルコンアセトバクター・ヨーロパエウス DSM6160(Gluconacetobacter europaeus DSM6160)株、グルコンアセトバクター・ジアゾトロフィカス ATCC49037(Gluconacetobacter diazotrophicus ATCC49037)株、アセトバクター・アルトアセチゲネス MH−24(Acetobacter altoacetigenes MH-24)株、グルコンアセトバクター・インターメディウス NCI1051(Gluconacetobacter intermedius NCI1051)(FERM BP−10767)株などがあげられる。
また、アセトバクター属(Acetobacter)に属する酢酸菌としては、例えば、アセトバクター・アセチ(Acetobacter aceti)があげられ、さらに具体的には、アセトバクター・アセチ No.1023(Acetobacter aceti No.1023)株、アセトバクター・アセチ IFO3283(Acetobacter aceti IFO3283)株などがあげられる。
本発明のDNAが、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質をコードするDNAであることは、例えば、かかるDNAを欠損させた酢酸菌を作製し、アルコールを含有する液体培地で好気的条件下において培養して、培養中の発泡の程度を野生株における発泡の程度と比較することにより確認することができる。本発明のDNAを欠損させた酢酸菌の作製は、例えば、かかるDNAの部分配列を欠失させる、又は、該DNA配列の内部に薬剤耐性遺伝子を挿入するなどした修飾した遺伝子を含むDNAで酢酸菌を形質転換し、染色体上の正常な遺伝子との間で相同組換えを起こさせることにより、染色体上の該遺伝子を破壊することにより行うことができる。
本発明の酢酸菌の培養中の発泡に関与する遺伝子(すなわち、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質をコードする遺伝子)がコードするタンパク質の機能を低下ないしは欠損させることにより酢酸菌の培養中の発泡を抑制させる方法としては、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質をコードする遺伝子の発現や、該遺伝子がコードするタンパク質の活性が阻害を受けるような物理的条件下で、該酢酸菌を培養する方法がある。
また、酢酸菌の培養中の発泡に関与する遺伝子を修飾して、機能を低下ないし欠損させることも有効である。また、これらの遺伝子の発現を制御するように当該遺伝子の発現に関与する遺伝子部分に突然変異を誘導することも有効である。なお、遺伝子を修飾する方法としては、物理的処理や化学的変異剤を用いて当該遺伝子に突然変異を誘導する方法が有効であり、これらの突然変異を誘導する方法としては、従来、酢酸菌で実施されてきた方法が有効である。例えば、酢酸菌を紫外線照射またはN−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(NTG)もしくは亜硝酸等の変異処理に通常用いられている変異剤によって処理し、突然変異を誘発させる方法があげられる。
なお、酢酸菌は自然に変異を起こしやすい細菌として知られていることから、自然界から、上記酵素の発現や機能に自然に変異をおこした遺伝子を有する酢酸菌を分離することによっても酢酸菌の培養中の発泡が抑制された酢酸菌を得ることができる。また、既にこれらの遺伝子が取得され、塩基配列も明らかとなっているので、これらの遺伝子を組換えることによって変異を導入した遺伝子を元の酢酸菌中に導入し、相同組換えなどを利用して元の酢酸菌の当該遺伝子の機能を低下ないし欠損させることも有効である。
例えば、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質をコードする遺伝子の部分配列を欠失させる、又は、該遺伝子の内部に薬剤耐性遺伝子を挿入するなどして正常に機能する酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質を産生しないように修飾した遺伝子を含むDNAで酢酸菌を形質転換し、染色体上の正常な遺伝子との間で相同組換えを起こさせることにより、染色体上の該遺伝子を破壊することなどの方法が有効である。
また、本発明の酢酸菌の培養中の発泡に関与する遺伝子がクオラムセンシングシステムによって制御されている場合には、同システムの機能を低下ないし欠損させることによっても酢酸菌の培養中の発泡に関与する遺伝子がコードするタンパク質の機能を低下ないしは欠損させることができる。例えば、アシルホモセリンラクトン合成酵素遺伝子(orf1)及び/又はアシルホモセリンラクトン受容体型転写因子遺伝子(orf2)を破壊することにより、アシルホモセリンラクトン合成酵素及び/又はアシルホモセリンラクトン受容体型転写因子の機能が低下ないし欠損した、酢酸菌の培養中の発泡が抑制された酢酸菌を作製することができる。
なお、酢酸菌の形質転換は、塩化カルシュウム法(例えば、アグリカルチュラル・アンド・バイオロジカル・ケミストリー(Agric. Biol. Chem.)、49巻、2091頁、1985年参照)やエレクトロポレーション法(例えば、プロシーディング・オブ・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンス・オブ・USA(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.)、87巻、8130〜8134頁、1990年参照)等によって行うことができる。
このようにして、アルコール酸化能を有するアセトバクター属(Acetobacter)やグルコンアセトバクター属(Gluconacetobacter)の酢酸菌において、上記のようにして酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質の機能を低下ないしは欠損させて正常に機能しないように改変することにより、酢酸菌の培養中の発泡を抑制させることができる。
本発明の酢酸菌の培養中の発泡が抑制された酢酸菌としては、例えば、グルコンアセトバクター・インターメディウス NCI1051ΔglyT株(FERM BP−11068)を挙げることができる。
本発明の食酢の製造方法は、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質の機能を低下ないしは欠損させて正常に機能しないようにして、アルコールを含有する培地で培養して該培地中に酢酸を生成蓄積せしめること以外は、従来公知の方法が採用される。すなわち、酢酸菌の培養は基本的には酢酸発酵が可能な条件で行えば良く、具体的には、従来の酢酸菌の発酵法による食酢の製造法と同様にして行えば良い。
また、アルコールを含有する培地としては酢酸発酵に使用する培地であれば良く、エタノールなどのアルコール成分の他、炭素源、窒素源、無機物等を含有し、必要があれば使用菌株が生育に要求する栄養源を適当量含有するものを用いることができる。培地は、合成培地でも天然培地でも良い。炭素源としては、グルコースやシュークロースをはじめとする各種炭水化物、各種有機酸が挙げられる。窒素源としては、ペプトン、発酵菌体分解物などの天然窒素源を用いることができる。
また、培養条件は、静置培養法、振とう培養法、通気攪拌培養法等の好気的条件下で行ない、培養温度は通常は25〜35℃の範囲であり、好ましくは30℃とする。培地のpHは、通常は2.5〜7の範囲であり、2.7〜6.5の範囲が好ましく、各種酸、各種塩基、緩衝液等によって調製することができる。通常1〜21日間培養することによって、培地中に高濃度の酢酸が蓄積する。このような本発明の食酢の製造方法により、酢酸菌の培養中の発泡が抑制され、高酸度の食酢をより効率良く製造することができる。
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
[クオラムセンシングシステムの制御下にある遺伝子の探索]
これまでにクオラムセンシングシステムが酢酸菌の培養中の発泡を制御していることを本発明者は明らかにしてきたが、クオラムセンシングシステムによってどのような遺伝子が制御されており、また、酢酸菌の培養中の発泡にどのような遺伝子が関与しているのかがわかっていなかった。そこで、マイクロアレイ解析によって、クオラムセンシングシステム制御下にある遺伝子を同定し、酢酸菌の培養中の発泡に関与する遺伝子の探索を行なった。
具体的には、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1丁目1番地中央第6)に受託番号 FERM BP−10767としてブダペスト条約に基づき寄託されているグルコンアセトバクター・インターメディウス NCI1051(Gluconacetobacter intermedius NCI1051)株(以下、野生株と称する場合もある)と、クオラムセンシングシステムの構成因子の1つであるアシルホモセリンラクトン合成酵素をコードする遺伝子(orf1)の破壊株であり、同じく独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1丁目1番地中央第6)に受託番号 FERM BP−10768としてブダペスト条約に基づき寄託されているグルコンアセトバクター・インターメディウス NCI1051Δorf1(Gluconacetobacter intermedius NCI1051Δorf1)株(以下、orf1破壊株と称する場合もある)とから、RNAを抽出し、一色法のマイクロアレイ解析(例えば、ラボマニュアル DNAチップとリアルタイムPCR、講談社、2005年参照)によって発現量を比較した。
まず、野生株とorf1破壊株を、500ml容坂口フラスコを用いて、エタノール2%、グルコース3%、酵母エキス0.5%、ポリペプトン0.3%、セルクラスト1.5L(ノボザイムス製)1%を含む100mlの培地にて、30℃、120spm、振とう培養を行った。両株の対数期及び定常期初期の培養液から、RNeasy(キアゲン製)を使用して、RNAを抽出した。RNAの品質はバイオアナライザー(アジレント製)で確認した。
このようにして抽出した各RNAをそれぞれ鋳型にして、逆転写酵素とランダムプライマーを用いてcDNAを合成し、末端をビオチン標識した。一方で、ゲノム上に存在する全遺伝子に対応する特異的プローブを配置したマイクロアレイを設計・作成した。続いて、常法に従い、先に合成したビオチン標識cDNAをマイクロアレイとハイブリダイズさせ、全遺伝子の発現量を数値化した。ハイブリダイゼーションは、野生株由来サンプル、orf1破壊株由来のサンプル、それぞれについて実施した。発現データは、Robust Multi−chip Analysis(RMA)法により標準化し、各遺伝子の発現強度とした。
以上のマイクロアレイ解析によって得られた野生株とorf1破壊株の各遺伝子の発現強度を比較した結果、野生株と比較してorf1破壊株で転写量が顕著に減少する遺伝子を見出した。この遺伝子(以下、glyTと称する場合もある)は、配列表の配列番号1(図4)の塩基番号846〜3794に示す塩基配列を有しており、該遺伝子がコードするタンパク質は配列表の配列番号2(図5)に示すアミノ酸配列を有していた。
BLAST(http://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)による相同性検索の結果、glyTがコードするタンパク質は、グルコンアセトバクター・ジアゾトロフィカス PAL5(Gluconacetobacter diazotrophicus PAL5)株やグルコノバクター・オキシダンス 621H(Gluconobacter oxydans 621H)株におけるグリコシルトランスフェラーゼと推定されているタンパク質と、それぞれ、アミノ酸レベルで44%の相同性を示した。しかしながら、これらのタンパク質の機能についてはこれまで全く解析されておらず、培養中の発泡に関与していることは全く知られておらず、また、酢酸菌の酢酸発酵能に関与していることも知られていなかった。
さらに、マイクロアレイ解析の結果を確認するために、S1ヌクレアーゼマッピング法(例えば、ジャーナル・オブ・バクテリオロジー(Journal of bacteriology)、180巻、2515〜2521頁、1998年参照)によってglyTの転写解析を行なった。その結果、野生株と比較して、orf1破壊株でglyTの転写量が顕著に減少していることを確認し、glyTがクオラムセンシングシステムの制御下にある遺伝子であることが確認された。
[glyT破壊株の取得]
実施例1でクオラムセンシングシステムの制御下にあることを見出したglyTが酢酸菌の培養中の発泡に関与しているかどうかを調べるため、グルコンアセトバクター・インターメディウス NCI1051(Gluconacetobacter intermedius NCI1051)株のglyTの破壊株を以下の手順により作製した。
まず、コロニーハイブリダイゼーションにより、glyTの一部を含む2.3kbのDNA断片(配列表の配列番号1(図4)の塩基番号1〜2252)を取得し、該DNA断片をpUC19のPstIサイトに挿入したプラスミドを調製した(以下、プラスミド1と称する場合もある)。次に、大腸菌トランスポゾンTn5を鋳型にして、プライマー1(配列表の配列番号3(図6)参照)及びプライマー2(配列表の配列番号4(図7)参照)を使用して、PCR法によりカナマイシン耐性遺伝子を含むDNA断片を増幅し、該増幅産物を制限酵素SmaI(タカラバイオ製)で処理してDNA断片(以下、DNA断片1と称する場合もある)を調製した。
ライゲーション反応により、制限酵素EcoRV(タカラバイオ製)で切断したプラスミド1にDNA断片1を連結した。このようにして調製したDNAで大腸菌JM109(Escherichia coli JM109)株を形質転換した。形質転換株は100μg/mlのアンピシリンを添加したLB寒天培地で選択した。選択したアンピシリン耐性の形質転換株から、常法により、glyT破壊用プラスミドpUCΔglyTを回収した。
このようにして得たglyT破壊用プラスミドpUCΔglyTを用いて、グルコンアセトバクター・インターメディウス NCI1051(Gluconacetobacter intermedius NCI1051)株をエレクトロポレーション法(例えば、プロシーディング・オブ・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンス・オブ・USA(Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.)、87巻、8130〜8134頁、1990年参照)によって形質転換した。
形質転換株は100μg/mlのカナマイシンを添加したYPG培地(3%グルコース、0.5%酵母エキス、0.3%ポリペプトン)で選択した。選択培地上で生育したカナマイシン耐性の形質転換株は、サザンハイブリダイゼーションによって、glyT中にカナマイシン耐性遺伝子が挿入されたことにより、glyTが破壊された株であることを確認した。
得られた形質転換株の内の1株を、グルコンアセトバクター・インターメディウス NCI1051ΔglyT(Gluconacetobacter intermedius NCI1051ΔglyT)と命名し(以下、glyT破壊株と称する場合もある)、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1丁目1番地中央第6)にブダペスト条約に基づき寄託した。その受託番号は、FERM BP−11068、受託日は、2008年12月2日である。
さらに、glyT破壊株の表現型がglyT遺伝子の破壊によるものであることを確認するため、glyT遺伝子を含む相補用プラスミドpGlyTをglyT破壊株に導入して、glyT相補株を作製した。
まず、glyT遺伝子を含むプラスミドpGlyTを以下の通り作製した。すなわち、上記のプラスミド1を制限酵素EcoRIとApaI(タカラバイオ製)で切断して、glyTの5’側領域を含むDNA断片(以下、DNA断片2と称する場合もある)を調製した。
次に、グルコンアセトバクター・インターメディウス NCI1051(Gluconacetobacter intermedius NCI1051)株のゲノムDNAを鋳型にして、プライマー3(配列表の配列番号5(図8)参照)及びプライマー4(配列表の配列番号6(図9)参照)を使用して、PCR法によりglyTの3’側領域を含むDNA断片を増幅し、該増幅産物を制限酵素ApaIとXbaI(タカラバイオ製)で処理してDNA断片(以下、DNA断片3と称する場合もある)を調製した。
ライゲーション反応により、制限酵素EcoRIとXbaI(タカラバイオ製)で切断した大腸菌−酢酸菌シャトルベクターpMV24に、DNA断片2とDNA断片3を連結した。このようにして調製したDNAで大腸菌JM109(Escherichia coli JM109)株を形質転換した。形質転換株を100μg/mlのアンピシリンを添加したLB寒天培地で選択した。このようにして選択したアンピシリン耐性の形質転換株から、常法により、相補用プラスミドpGlyTを回収した。
このようにして得た相補用プラスミドpGlyTを用いて、グルコンアセトバクター・インターメディウス ΔglyT(Gluconacetobacter intermedius NCI1051ΔglyT)株をエレクトロポレーション法によって形質転換した。
形質転換株は100μg/mlのアンピシリンを添加したYPG培地(3%グルコース、0.5%酵母エキス、0.3%ポリペプトン)で選択した。選択培地上で生育したアンピシリン耐性の形質転換株から、プラスミドを抽出して、pGlyTが導入されていることを確認した。このようにして得られた形質転換株を、glyT相補株とした。
[glyT破壊株と野生株の発泡の比較]
実施例2で得られたglyT破壊株について、野生株及びglyT相補株と培養中の発泡の様子を比較した。具体的には、500ml容坂口フラスコを用いて、エタノール2%、グルコース3%、酵母エキス0.5%、ポリペプトン0.3%、セルクラスト1.5L(ノボザイムス製)1%を含む100mlの培地にて、30℃、120spmで、振とう培養を行った。
その結果、野生株と比較して、glyT破壊株は発泡が顕著に抑制されることがわかった(図1)。また、glyT相補株では発泡が野生株レベルに戻ったため(図1)、glyT破壊株でみられた発泡の抑制はglyTの破壊によるものであることが確認できた。
次にミニジャーファーメンターでも、glyT破壊株と野生株とについて、培養中の発泡の様子を比較した。なお、培養は、3リッターのミニジャーファーメンター(丸菱バイオエンジ製、Bioneer300型 3L)を用いて、エタノール3%、グルコース3%、酵母エキス0.5%、ポリペプトン0.3%、アンピシリン100μg/ml、セルクラスト1.5L(ノボザイムス製)1%、消泡剤0.01%を含む1.5リッターの培地にて、30℃、500rpm、1リッター/minの通気攪拌培養を行った。培養中は培地中のエタノール濃度を2%に制御した。
ミニジャーファーメンターでの発泡の様子を図2に示した。図2から明らかなように、野生株と比較して、glyT破壊株は発泡が顕著に抑制された。この結果から、glyTは培養中の発泡に関与しており、glyTを破壊することにより、培養中の発泡が顕著に抑制されることが示された。
[glyT破壊株と野生株の酢酸発酵能の比較]
実施例2で得られたglyT破壊株について、野生株と酢酸発酵能を比較した。具体的には、3リッターのミニジャーファーメンター(丸菱バイオエンジ製、Bioneer300型 3L)を用いて、エタノール3%、グルコース3%、酵母エキス0.5%、ポリペプトン0.3%、セルクラスト1.5L(ノボザイムス製)1%、消泡剤0.01%を含む1.5リッターの培地にて、30℃、500rpm、1リッター/minの通気攪拌培養を行った。培養中は培地中のエタノール濃度を2%に制御した。酢酸発酵経過を図3に、また、48時間培養後の培養液の酢酸濃度を表1に示した。
図3から明らかなように、野生株と比較して、glyT破壊株では酢酸の生産量が顕著に増加していた。また、表1に示した通り、48時間培養後の培養液の酢酸濃度は、野生株の2.67±0.07%(重量/容量)に対して、glyT破壊株では5.32±0.23%(重量/容量)であり、glyT破壊株の酢酸生産量は野生株の約2倍に増加した。以上の結果から、glyTが酢酸生産能にも関与しており、glyTを破壊することにより、培養中の発泡が顕著に抑制されるだけではなく、さらに高濃度の酢酸を含有する食酢をより効率良く生産することができることが示された。
本発明によれば、酢酸菌の培養中の発泡に関与する遺伝子ならびに該遺伝子がコードするタンパク質が提供され、さらに酢酸菌の培養中の発泡に関与する遺伝子がコードするタンパク質の機能を低下又は欠損させることにより、培養中の発泡を顕著に減少させ、より多量の酢酸を生成することが可能な酢酸菌が提供され、該酢酸菌を用いた培養中の発泡を抑制させる方法及び酢酸発酵能を顕著に増強させる方法が提供されるので、該方法により酢酸菌を用いた高濃度の酢酸を含有する食酢のより効率的な製造を行うことができるようになる。
野生株とglyT破壊株を坂口フラスコで培養した際の発泡の様子を示した図である。 野生株とglyT破壊株をミニジャーファーメンターで培養した際の発泡の様子を示した図である。 野生株とglyT破壊株の酢酸発酵経過を示した図である。 glyTを含むDNA断片の塩基配列(配列番号1)を示した図である。 glyTがコードするタンパク質のアミノ酸配列(配列番号2)を示した図である。 プライマー1の塩基配列(配列番号3)を示した図である。 プライマー2の塩基配列(配列番号4)を示した図である。 プライマー3の塩基配列(配列番号5)を示した図である。 プライマー4の塩基配列(配列番号6)を示した図である。

Claims (7)

  1. 以下の(A)、(B)又は(C)に示されるタンパク質。
    (A)配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
    (B)配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質
    (C)配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列と少なくとも90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質
  2. 以下の(A)、(B)又は(C)に示されるタンパク質をコードするDNA。
    (A)配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質
    (B)配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、又は付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質
    (C)配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列と少なくとも90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質
  3. 以下の(A)、(B)又は()に示されるDNA。
    (A)配列表の配列番号1に示される塩基配列のうち、塩基番号846〜3794の塩基配列からなるDNA
    (B)配列表の配列番号1に示される塩基配列のうち、塩基番号846〜3794の塩基配列に相補的な配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質をコードするDN
    (C)配列表の配列番号1に示される塩基配列のうち、塩基番号846〜3794の塩基配列において、1若しくは数個の塩基の置換、欠失、挿入、又は付加された塩基配列からなり、かつ、酢酸菌の培養中の発泡に関与するタンパク質をコードするDNA
  4. 請求項2又は請求項3に記載のDNAがコードするタンパク質の機能を低下ないしは欠損させることを特徴とする発泡能が抑制された酢酸菌の生産方法。
  5. 請求項4に記載の方法により得られる、発泡能が抑制された酢酸菌。
  6. グルコンアセトバクター・インターメディウス NCI1051ΔglyT株(FERM BP−11068)である請求項5記載の発泡能が抑制された酢酸菌。
  7. 請求項5又は6に記載の酢酸菌を、アルコールを含む培地で培養して該培地中に酢酸を生成蓄積せしめることを特徴とする食酢の製造方法。
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