JP2004121021A - 酢酸耐性に関与する遺伝子、該遺伝子を用いて育種された酢酸菌、及び該酢酸菌を用いた食酢の製造方法 - Google Patents
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Abstract
【課題】酢酸菌の酢酸耐性に関与する新規な遺伝子を提供すること、及び該遺伝子を含む微生物、特に酢酸菌の酢酸耐性を向上させる方法、さらに酢酸耐性が向上した酢酸菌を用いて、より高酢酸濃度の食酢を効率良く製造する方法を提供する。
【解決手段】酢酸菌の染色体DNAライブラリーから、通常は増殖できない酢酸濃度の培地でも増殖を可能にさせる遺伝子を取得する方法により、グルコンアセトバクター属に属する実用酢酸菌から酢酸耐性を実用レベルで向上させる機能を有する新規な遺伝子をクローニングした。また、該遺伝子を酢酸菌に導入した形質転換株においては、顕著に酢酸耐性が向上し、エタノール存在下で形質転換株を培養した場合、最終到達酢酸濃度を顕著に向上させることを可能にした。
【選択図】 なし
【解決手段】酢酸菌の染色体DNAライブラリーから、通常は増殖できない酢酸濃度の培地でも増殖を可能にさせる遺伝子を取得する方法により、グルコンアセトバクター属に属する実用酢酸菌から酢酸耐性を実用レベルで向上させる機能を有する新規な遺伝子をクローニングした。また、該遺伝子を酢酸菌に導入した形質転換株においては、顕著に酢酸耐性が向上し、エタノール存在下で形質転換株を培養した場合、最終到達酢酸濃度を顕著に向上させることを可能にした。
【選択図】 なし
Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、微生物に由来する酢酸耐性を増強する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子、これのコピー数を増幅した微生物、特にアセトバクター属(Acetobacter)及びグルコンアセトバクター属(Gluconacetobacter)に属する酢酸菌、及びこれらの微生物を用いて高濃度の酢酸を含有する食酢を効率良く製造する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
酢酸菌は食酢製造に広く利用されている微生物であり、特にアセトバクター属及びグルコンアセトバクター属に属する酢酸菌が工業的な酢酸発酵に利用されている。
酢酸発酵では、培地中のエタノールが酢酸菌によって酸化されて酢酸に変換され、その結果、酢酸が培地中に蓄積することになるが、酢酸は酢酸菌にとっても阻害的であり、酢酸の蓄積量が増大して培地中の酢酸濃度が高くなるにつれて酢酸菌の増殖能力や発酵能力は次第に低下する。
【0003】
そのため、酢酸発酵においては、より高い酢酸濃度でも増殖能力や発酵能力が低下しないこと、すなわち酢酸耐性の強い酢酸菌を開発することが求められており、その一手段として、酢酸耐性に関与する遺伝子(酢酸耐性遺伝子)をクローニングし、その酢酸耐性遺伝子を用いて酢酸菌を育種、改良することが試みられている。
【0004】
これまでの酢酸菌の酢酸耐性遺伝子に関する知見としては、アセトバクター属の酢酸菌の酢酸耐性を変異させて酢酸感受性にした株を元の耐性に回復させることのできる相補遺伝子として、クラスターを形成する3つの遺伝子(aarA、aarB、aarC)がクローニングされていた(例えば、非特許文献1参照)。
【0005】
この内、aarA遺伝子はクエン酸合成酵素をコードする遺伝子であり、又、aarC遺伝子は酢酸の資化に関係する酵素をコードする遺伝子であると推定されたが、aarB遺伝子については機能が不明であった(例えば、非特許文献2参照)。
【0006】
これらの3つの酢酸耐性遺伝子を含む遺伝子断片をマルチコピープラスミドにクローニングし、アセトバクター・アセチ・サブスペシーズ・ザイリナムIFO3288(Acetobacter aceti subsp. xylinum IFO3288)株に形質転換して得られた形質転換株は、酢酸耐性の向上レベルが僅かでしかなく、また実際の酢酸発酵での能力の向上の有無については不明であった(例えば、特許文献3参照)。
【0007】
一方、酢酸菌からクローニングされた膜結合型アルデヒド脱水素酵素(ALDH)をコードする遺伝子を酢酸菌に導入することによって、酢酸発酵において最終到達酢酸濃度の向上が認められた例が開示されている(例えば、特許文献2参照)。しかし、ALDHはアセトアルデヒドを酸化する機能を有する酵素であって酢酸耐性に直接関係する酵素ではないことから、ALDHをコードする遺伝子が真に酢酸耐性遺伝子であるとは断定できないものであった。
【0008】
このような実情から、酢酸耐性を実用レベルで向上させうる機能を有するタンパク質をコードする新規な酢酸耐性遺伝子を取得し、また取得した酢酸耐性遺伝子を用いて、より強い酢酸耐性を有する酢酸菌を育種することが望まれていた。
【0009】
【特許文献1】
特開昭60−9488号公報
【0010】
【特許文献2】
特開平2−2364号公報
【0011】
【特許文献3】
特開平3−219878号公報
【0012】
【非特許文献1】
「ジャーナル・オブ・バクテリオロジー(Journal of Bacteriology)」,172巻,p.2096−2104,1990年
【0013】
【非特許文献2】
「ジャーナル・オブ・ファーメンテイション・アンド・バイオエンジニアリング(Journal of Fermentation and Bioengineering)」,76巻,p.270−275,1993年
【0014】
【非特許文献3】
「平成13年度日本生物工学会大会講演要旨集」,p.364,2001年
【0015】
【非特許文献4】
「トレンズ・イン・ジェネテェックス(Trends in Genetics)」,5巻,p.185−189,1989年
【0016】
【非特許文献5】
「アプライド・オブ・エンバイロメト・アンド・マイクロバイオロジー(Applied of Environment and Microbiology)」,55巻,p.171−176,1989年
【0017】
【非特許文献6】
「アグリカルチュラル・アンド・バイオロジカル・ケミストリー(Agricaltural and Biological Chemistry)」,52巻,p.3125−3129,1988年
【0018】
【非特許文献7】
「アグリカルチュラル・アンド・バイオロジカル・ケミストリー(Agricaltural and Biological Chemistry)」,49巻,p.2091−2097,1985年
【0019】
【非特許文献8】
「バイオサイエンス・バイオテクノロジイー・アンド・バイオケミストリー(Bioscience, Biotechnology and Biochemistry)」,58巻,p.974−975,1994年
【0020】
【発明が解決しようとする課題】
以上のように、従来より酢酸菌の酢酸耐性を遺伝子レベルで解明し、高い酢酸耐性を有する実用酢酸菌の開発に成功した例は報告されていない。しかし、酢酸耐性に優れた酢酸菌が開発されれば、従来より高濃度の酢酸発酵を行うことができ、高濃度酢酸、高濃度食酢の効率的製造が可能となることから、本発明者は、再度、酢酸菌の酢酸耐性の向上を遺伝子レベルで解明することとした。
【0021】
そして本発明者は、各方面から検討した結果、酢酸耐性を実用レベルで向上させうる機能を有するタンパク質をコードする新規な酢酸耐性遺伝子を取得し、また取得した酢酸耐性遺伝子を用いて、より強い酢酸耐性を有する酢酸菌を育種することが重要であるとの観点にたち、酢酸菌に属する微生物由来の酢酸耐性に関与する新規な遺伝子を提供すること、及び該遺伝子を用いて微生物の酢酸耐性を向上させる方法、特に酢酸菌に属する微生物の酢酸耐性を向上させる方法、さらに酢酸耐性が向上した酢酸菌を用いて、より高酢酸濃度の食酢を効率良く製造する方法を提供することを新規技術課題として新たに設定した。
【0022】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、酢酸存在下でも増殖し、発酵することができる酢酸菌には、他の微生物には存在しない特異的な酢酸耐性に関与する遺伝子が存在するとの仮説を立て、こうした遺伝子を用いれば、従来以上に微生物の酢酸耐性を向上させることができ、さらには高濃度の酢酸を含有する従来得ることのできなかった新規食酢の効率的な製造法を開発することが可能になるとの新規着想を得た。
【0023】
従来の酢酸耐性遺伝子の取得方法は、酢酸菌の酢酸感受性の変異株を相補する遺伝子をクローニングする方法などが一般的であった。
【0024】
しかし、このような方法では産業上有用な酢酸耐性遺伝子を見出すことは困難であると考え、鋭意検討した結果、本発明者は、酢酸菌から酢酸耐性遺伝子を見出す方法として、酢酸菌の染色体DNAライブラリーを構築し、この染色体DNAライブラリーを酢酸菌に形質転換し、通常寒天培地上で1%の酢酸の存在下でしか生育できない株を、2%の酢酸の存在下でも生育可能にする遺伝子をスクリーニングすることによって取得する方法を開発した。
この方法によって、実際に食酢製造に用いられているグルコンアセトバクター属の酢酸菌から、酢酸耐性を実用レベルで向上させる機能を有する新規な酢酸耐性遺伝子をクローニングすることに初めて成功した。
【0025】
得られた酢酸耐性遺伝子は、DDBJ/EMBL/Genbank及びSWISS−PROT/PIRにおいてホモロジー検索した結果、大腸菌(Escheirchia coli)で見出されているgroS遺伝子や枯草菌(Bacillus subtilis)のgroES遺伝子などによって生産される一群のタンパク質とある程度の相同性を有しており、酢酸菌のgroES遺伝子であると推定された。
【0026】
しかし、大腸菌のgroS遺伝子とはアミノ酸配列レベルで46%の、また枯草菌のgroES遺伝子とはアミノ酸配列レベルで49%の相同性であり、その相同性の程度は極めて低いものであったことから、他の原核生物のgroS遺伝子やgroES遺伝子などとはある程度は似ているものの、酢酸菌に特異的な新規タンパク質(タンパク質GroESということもある)をコードする新規遺伝子(groES遺伝子ということもある)であることが確認された。
【0027】
さらに、アセトバクター・パスツリアヌス(Acetobacter pasteurianus)からgroE遺伝子(groES遺伝子とgroEL遺伝子からなる)及びdnaK遺伝子を取得し、酢酸菌(Acetobacter aceti IFO3283)中で多量発現させることによって、各種ストレス条件下(エタノール、酢酸が存在する条件下)での生育が著しく増加することが報告されていた(例えば、非特許文献3参照)が、この場合にはgroE遺伝子の塩基配列や、コードされているタンパク質のアミノ酸配列などは全く開示されていなかった。ましてや、groES遺伝子の塩基配列や、コードされているタンパク質いついての情報、そのアミノ酸配列については全く何も開示されていなかった。
【0028】
これに対して、本発明においては、groES遺伝子をプラスミドベクターに連結して酢酸菌に形質転換して作製した、コピー数を増幅させた形質転換株を、エタノール存在下で通気培養した場合に、酢酸発酵能が向上し、最終到達酢酸濃度が顕著に向上して、より高酢酸濃度の食酢を効率的に製造できることなどを見出し、そして更に、これらを確認し、そのうえ、該遺伝子の塩基配列及びコードされるタンパク質のアミノ酸配列の決定に成功しただけでなく、該遺伝子の発現にも成功し、本発明を完成するに至ったものである。
【0029】
すなわち本発明は、下記の(1)〜(9)を、実施態様の例として、提供するものである。
(1)下記の(A)、又は(B)に示すタンパク質GroES。
(A)配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質。
(B)配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含むアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸耐性を増強する機能を有するタンパク質。
【0030】
(2)下記の(A)、又は(B)に示すタンパク質GroESをコードする遺伝子のDNA。
(A)配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質。
(B)配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含むアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸耐性を増強する機能を有するタンパク質。
【0031】
(3)下記の(A)、又は(B)に示すDNAである請求項2に記載の遺伝子のDNA。
(A)配列表の配列番号1に記載の塩基配列のうち、塩基番号191〜490からなる塩基配列を含むDNA。
(B)配列表の配列番号1に記載の塩基配列のうち、塩基番号191〜490からなる塩基配列又はその一部から作製したプローブと、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、酢酸耐性を増強する機能を有するタンパク質をコードするDNA。
【0032】
(4)上記(2)、又は(3)に記載のDNAの細胞内のコピー数が増幅されたことにより、酢酸耐性が増強された微生物。
(5)微生物がアセトバクター属、又はグルコンアセトバクター属の酢酸菌であることを特徴とする上記(4)に記載の微生物。
【0033】
(6)上記(4)、又は(5)に記載の微生物のうち、アルコール酸化能を有するものを、アルコールを含有する培地で培養して該培地中に酢酸を生成蓄積せしめることを特徴とする食酢の製造方法、及び、それによって得られた酢酸含量が高い(10〜12.5%)新規な食酢。
【0034】
(7)上記(2)、又は(3)に記載のDNAを含んだ組換えプラスミドpGRSE(FERM BP−8187)。
【0035】
(8)少なくとも配列表の配列番号1に示す塩基配列を有するDNA断片(EcoRV−SphI断片)、又は、そのコーディング領域を含むPCR増幅断片(塩基配列10〜521)のPCR増幅断片を、(7)のようにベクターpUC19ではなく、例えば、酢酸菌−大腸菌シャトルベクターpMV24にそれぞれ挿入してなる組換えプラスミドpGRS、又は、pGRS1。
【0036】
(9)組換えプラスミドpGRS、又は、pGRS1をアセトバクター・アセチ(Acetobacter aceti)No.1023(FERM BP−2287)に導入してなる形質転換体。
【0037】
本発明によれば、微生物に対して、酢酸に対する耐性を付与し、増強することができる。そして、アルコール酸化能を有する微生物、特に酢酸菌においては、酢酸に対する耐性が顕著に向上し、培地中に高濃度の酢酸を効率良く蓄積する能力を付与することができる。
【0038】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0039】
(1)本発明のDNA
本発明のDNAは、大腸菌などのgroES遺伝子とある程度の相同性を有し、且つ酢酸耐性を向上させる機能を有する配列表の配列番号2に示すアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし得る塩基配列を包含し、該塩基配列の調製要素、及び該遺伝子の構造部分を含む。更に詳細には、本発明は酢酸耐性遺伝子に関するものであって、本酢酸耐性遺伝子は、酢酸耐性に関与する遺伝子を指し、更に具体的には、少なくとも(i)配列表の配列番号1に示す塩基配列を有するDNA、又は、(ii)それに含まれ、GroESタンパク質をコードする遺伝子(groES遺伝子)の塩基配列から選ばれる少なくともひとつを包含するものである。
【0040】
本発明のDNAは、グルコンアセトバクター・エンタニイ(Gluconacetobacter entanii)の染色体DNAから次のようにして取得することができる。まず、グルコンアセトバクター・エンタニイ、例えばアセトバクター・アルトアセチゲネスMH−24(Acetobacter altoacetigenes MH−24)株(特許生物寄託センターにFERM BP−491として寄託)の染色体DNAライブラリーを調製する。なお、染色体DNAは、常法(例えば、特許文献1参照。)により取得する。
【0041】
次に、得られた染色体DNAから酢酸耐性遺伝子を単離するために、染色体DNAライブラリーを作製する。まず、染色体DNAを適当な制限酵素で部分分解して種々の断片混合物を得る。切断反応時間などを調節して切断の程度を調節すれば、幅広い種類の制限酵素が使用できる。例えば、Sau3AIを温度30℃以上、好ましくは37℃、酵素濃度1〜10ユニット/mlで様々な時間(1分〜2時間)、染色体DNAに作用させてこれを消化する。なお、後記実施例ではSau3AIを用いた。
【0042】
次いで、切断された染色体DNA断片を、酢酸菌内で自律複製可能なベクターDNAに連結し、組換えDNAを作製する。具体的には、染色体DNAの切断に用いた制限酵素Sau3AIと相補的な末端塩基配列を生じさせる制限酵素、例えばBamHIを温度30℃、酵素濃度1〜100ユニット/mlの条件下で、1時間以上ベクターDNAに作用させてこれを完全消化し、切断開裂する。
【0043】
次に、上記のようにして得た染色体DNA断片混合物と切断開裂されたベクターDNAを混合し、これにT4DNAリガーゼを温度4〜16℃、酵素濃度1〜100ユニット/mlの条件下で1時間以上、好ましくは6〜24時間作用させて組換えDNAを得る。
【0044】
得られた組換えDNAを用いて、通常は寒天培地上で1%よりも高濃度の酢酸の存在下では増殖することのできない酢酸菌、例えばアセトバクター・アセチ1023株(Acetobacter aceti No.1023)株(特許生物寄託センターにFERMBP−2287として寄託)を形質転換し、その後2%酢酸含有寒天培地に塗布し、培養する。生じたコロニーを液体培地に摂取して培養し、得られる菌体からプラスミドを回収することで酢酸耐性遺伝子を含むDNA断片を得ることができる。
【0045】
本発明のDNAとして、具体的には、配列表の配列番号1の塩基配列を有するDNAが挙げられるが、その内、塩基番号191〜490からなる塩基配列はコーディング領域である。
【0046】
配列表の配列番号1に示す塩基配列(図6)もしくは配列番号2に示すアミノ酸配列(図3:塩基番号191〜490に対応)は、DDBJ/EMBL/Genbank及びSWISS−PROT/PIRにおいてホモロジー検索したところ、大腸菌(Escheirchia coli)のgroS遺伝子とはアミノ酸配列レベルで46%の、また枯草菌(Bacillus subtilis)のgroES遺伝子とはアミノ酸配列レベルで49%の相同性を示し、タンパク質GroESをコードする遺伝子であることが推定されたが、いずれも50%以下の低い相同性であり、これらの遺伝子とは異なる新規なものであることが明白であった。
【0047】
さらに、アセトバクター・パスツリアヌス(Acetobacter pasteurianus)からgroE遺伝子(groES遺伝子とgroEL遺伝子からなる)及びdnaK遺伝子を取得し、酢酸菌(Acetobacter aceti IFO3283)中で多量発現させることによって、各種ストレス条件下での生育が著しく増加することが報告されていた(例えば、非特許文献3参照)が、この場合にはgroE遺伝子の塩基配列や、コードされているタンパク質のアミノ酸配列などは全く開示されていなかった。
【0048】
本発明のDNAはその塩基配列が明らかとなったので、例えば、鋳型として酢酸菌グルコンアセトバクター・エンタニイのゲノムDNAを用い、該塩基配列にに基づいて合成したオリゴヌクレオチドをプライマーに用いるポリメラーゼ・チェーン・リアクション(PCR反応)(例えば、非特許文献4参照。)によって、または該塩基配列に基づいて合成したオリゴヌクレオチドをプローブとして用いるハイブリダイゼーションによっても得ることができる。
【0049】
オリゴヌクレオチドの合成は、例えば、市販されている種々のDNA合成機を用いて定法に従って合成できる。また、PCR反応は、アプライドバイオシステムズ社(Applied Biosystems)製のサーマルサイクラーGene Amp PCR System 2400を用い、TaqDNAポリメラーゼ(宝酒造社製)やKOD−Plus−(東洋紡績社製)などを使用して、定法に従って行なうことができる。
【0050】
本発明の酢酸耐性を増強する機能を有するタンパク質GroESをコードするDNAは、コードされるタンパク質の酢酸耐性を増強する機能が損なわれない限り、1又は複数の位置で1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、又は付加されたタンパク質をコードするものであっても良い。
【0051】
このような酢酸耐性を増強する機能を有するタンパク質GroESと実質的に同一のタンパク質をコードするDNAは、例えば部位特異的変異法によって、特定の部位のアミノ酸が欠失、置換、挿入又は付加されるように塩基配列を改変することによっても取得され得る。また、上記のような改変されたDNAは、従来知られている突然変異処理によっても取得することができる。
【0052】
また、一般的にタンパク質のアミノ酸配列およびそれをコードする塩基配列は、種間、株間、変異体、変種間でわずかに異なることが知られているので、実質的に同一のタンパク質をコードするDNAは、酢酸菌全般、中でもアセトバクター属やグルコンアセトバクター属の種、株、変異体、変種から得ることが可能である。
【0053】
具体的には、アセトバクター属やグルコンアセトバクター属の酢酸菌、又は変異処理したアセトバクター属やグルコンアセトバクター属の酢酸菌、これらの自然変異株若しくは変種から、例えば配列表の配列番号1に記載の塩基配列のうち、塩基配列番号191〜490からなる塩基配列又はその一部から作製したプローブと、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、酢酸耐性を増強する機能を有するタンパク質をコードするDNAを単離することによっても、該タンパク質と実質的に同一のタンパク質をコードするDNAが得られる。ここでいうストリンジェントな条件とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。この条件を明確に数値化することは困難であるが、一例を示せば、相同性が高い核酸同士、例えば70%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それより相同性が低い核酸同士がハイブリダイズしない条件、あるいは通常のハイブリダイゼーションの洗浄条件、例えば1×SSCで0.1%SDSに相当する塩濃度で60℃で洗浄が行われる条件などが挙げられる。
【0054】
(2)本発明の酢酸菌
本発明の酢酸菌はアセトバクター属及びグルコンアセトバクター属の細菌を指し、酢酸耐性が増強されたアセトバクター属細菌及びグルコンアセトバクター属細菌である。
【0055】
アセトバクター属の細菌として具体的には、アセトバクター・アセチ(Acetobacter aceti)が挙げられ、アセトバクター・アセチNo.1023(Acetobacter aceti No.1023)株 (特許生物寄託センターにFERM BP−2287として寄託)が例示される。
また、グルコンアセトバクター属の細菌としては、グルコンアセトバクター・エンタニイ(Gluconacetobacter entanii)が挙げられ、現在特許生物寄託センターにFERM BP−491として寄託されているアセトバクター・アルトアセチゲネスMH−24(Acetobacter altoacetigenes MH−24)株が例示される。
【0056】
酢酸耐性の増強は、例えば酢酸耐性遺伝子の細胞内のコピー数を増幅すること、又は、該遺伝子の構造遺伝子を含むDNA断片をアセトバクター属細菌中で効率よく機能するプロモーター配列に連結して得られる組換えDNAを用いて、アセトバクター属細菌を形質転換することによって増強することができる。
【0057】
また、染色体DNA上の該遺伝子のプロモーター配列を、アセトバクター属やグルコンアセトバクター属の酢酸菌中で効率よく機能する他のプロモーター配列、例えば大腸菌のプラスミドpBR322(宝酒造社製)のアンピシリン耐性遺伝子、プラスミドpHSG298(宝酒造社製)のカナマイシン耐性遺伝子、プラスミドpHSG396(宝酒造社製)のクロラムフェニコール耐性遺伝子、β−ガラクトシダーゼ遺伝子などの各遺伝子のプロモーターなどの酢酸菌以外の微生物由来のプロモーター配列に置き換えることによっても、酢酸耐性を増強することができる。
【0058】
該遺伝子の細胞内コピー数の増幅は、該遺伝子を保持するマルチコピーベクターをアセトバクター属酢酸菌の細胞に導入することによって行なうことができる。すなわち、該遺伝子を保持するプラスミド、トランスポゾン等をアセトバクター属やグルコンアセトバクター属の酢酸菌の細胞に導入することによって行なうことができる。
【0059】
マルチコピーベクターとしては、pMV24(例えば、非特許文献5参照)やpTA5001(A)、pTA5001(B)(例えば、特許文献1参照)などが挙げられ、染色体組み込み型ベクターであるpMVL1(例えば、非特許文献6参照)も挙げられる。また、トランスポゾンとしては、MuやIS1452などが挙げられる。
【0060】
アセトバクター属やグルコンアセトバクター属の酢酸菌へのDNAの導入は、塩化カルシュウム法(例えば、非特許文献7参照)やエレクトロポレーション法(非特許文献8参照)等によって行うことができる。
【0061】
アルコール酸化能を有するアセトバクター属やグルコンアセトバクター属の酢酸菌において、上記のようにしてその酢酸耐性を増強すると、酢酸の生産量や生産効率を増大させることができる。
【0062】
(3)食酢製造法
上記のようにして、酢酸耐性遺伝子のコピー数が増幅されたことにより酢酸耐性が選択的に増強されたアセトバクター属やグルコンアセトバクター属の酢酸 菌であってアルコール酸化能を有するものを、アルコール含有培地で培養し、該培地中に酢酸を生産蓄積せしめることにより、食酢を効率よく製造することができる。
【0063】
本発明の製造法における酢酸発酵は、従来の酢酸菌の発酵法による食酢の製造法と同様にして行なえば良い。酢酸発酵に使用する培地としては、炭素源、窒素源、無機物、エタノールを含有し、必要があれば使用菌株が生育に要求する栄養源を適当量含有するものであれば、合成培地でも天然培地でも良い。
炭素源としては、グルコースやシュークロースをはじめとする各種炭水化物、各種有機酸が挙げられる。窒素源としては、ペプトン、発酵菌体分解物などの天然窒素源を用いることができる。
【0064】
また、培養は、静置培養法、振とう培養法、通気攪拌培養法等の好気的条件下で行ない、培養温度は通常30℃で行なう。培地のpHは通常2.5〜7の範囲であり、2.7〜6.5の範囲が好ましく、各種酸、各種塩基、緩衝液等によって調製することもできる。通常1〜21日間の培養によって、培地中に高濃度の酢酸が蓄積する。
【0065】
(4)本発明の実施態様
また、本発明に係るORF又はそれを含有する酢酸耐性遺伝子(配列番号1)を大腸菌ベクター(マルチコピーベクタ−)pUC19に挿入してなる組換えプラスミドpGRSE(pUC19のSmaI切断部位にGluconacetobacter entaniiの酢酸耐性遺伝子がクローニングされたプラスミド)は、特許生物寄託センターにFERM BP−8187として寄託されているので、本発明に係る遺伝子のDNAは容易に入手することができ、当業者であれば本発明の実施は容易である。そして、所望するのであれば、この組換えプラスミドを用いて、本発明に係るORF又はそれを含有する酢酸耐性遺伝子を、酢酸菌で自律複製可能なベクターにのせかえ、これを酢酸菌に導入し、これを培養することにより酢酸含量の高い食酢を容易に製造することができる。
【0066】
更にまた、上記したようにそしてまた後記する実施例からも明らかなように、酢酸耐性遺伝子源の寄託、PCRの態様、プラスミドベクター、組換えプラスミドの作製及び寄託、宿主菌の寄託その他が明らかにされており、いずれも入手ないし操作、処理が容易であるので、実施例に従って各操作、処理を行えば、目的とする酢酸耐性形質転換体を得ることができ、これを使用することにより高濃度の酢酸を製造することができる。したがって、この点からしても、本発明の実施は容易である。
【0067】
以下に、本発明を実施例により具体的に説明する。
【0068】
【実施例】
(実施例1)グルコンアセトバクター・エンタニイからの酢酸耐性遺伝子のクローニングと塩基配列及びアミノ酸配列の決定
【0069】
(1)染色体DNAライブラリーの作製
グルコンアセトバクター・エンタニイ(Gluconacetobacter entanii)の1株であるアセトバクター・アルトアセチゲネスMH−24(Acetobacter altoacetigenes MH−24)株(FERM BP−491)を6%酢酸、4%エタノールを添加したYPG培地(3%グルコース、0.5%酵母エキス、0.2%ポリペプトン)で30℃にて振とう培養を行なった。培養後、培養液を遠心分離(7,500×g、10分)し、菌体を得た。得られた菌体より、染色体DNA調製法(例えば、特許文献1参照)により、染色体DNAを調製した。
【0070】
上記のようにして得られた染色体DNAを制限酵素Sau3AI(宝酒造社製)で部分消化し、また大腸菌−酢酸菌シャトルベクターpMV24を制限酵素BamHIで完全消化して、切断した。これらのDNAを適量ずつ混合し、ライゲーションキット(TaKaRa DNA Ligation Kit Ver.2、宝酒造社製)を用いて連結してグルコンアセトバクター・エンタニイの染色体DNAライブラリーを構築した。
【0071】
(2)酢酸耐性遺伝子のクローニング
上記のようにして得られたグルコンアセトバクター・エンタニイの染色体DNAライブラリーを、通常は寒天培地上で酢酸濃度1%程度までしか増殖出来ないアセトバクター・アセチNo.1023株に形質転換し、2%酢酸、100μg/mlのアンピシリンを含むYPG寒天培地にて、30℃で4日間培養した。
【0072】
生じたコロニーを100μg/mlのアンピシリン含むYPG培地に接種して培養し、得られた菌体からプラスミドを回収したところ、約2kbpのSau3AI断片がクローン化されており、このプラスミドをpS1と命名した。さらに2%酢酸を含有するYPG寒天培地でアセトバクター・アセチNo.1023株を生育可能にする断片は、pS1にクローン化された約2kbpのSau3AI断片中の図1に示した約600bpのEcoRV−SphI断片であることが確認できた。
【0073】
このようにして通常は寒天培地上で酢酸濃度1%程度までしか増殖出来ないアセトバクター・アセチNo.1023株を2%酢酸含有寒天培地でも増殖可能にする酢酸耐性遺伝子断片を取得した。
【0074】
(3)クローン化されたDNA断片の塩基配列の決定
上記のクローン化されたEcoRV−SphI断片をpUC19のSmaI−SphI部位に挿入し、該断片の塩基配列を、サンガーのダイデオキシ・チェーン・ターミネーション法よって決定した結果、配列番号1に記載した塩基配列が決定された。配列決定は両方のDNA鎖の全領域について行ない、切断点は全てオーバーラップする様にして行なった。
【0075】
配列番号1記載の塩基配列中には、塩基番号191から塩基番号490にかけて、配列番号2に記載したような100個のアミノ酸(図3)をコードするオープンリーディング・フレーム(ORF)の存在が確認された。
【0076】
(実施例2)グルコンアセトバクター・エンタニイ由来の酢酸耐性遺伝子で形質転換した形質転換株での酢酸耐性の増強
【0077】
(1)アセトバクター・アセチへの形質転換
上記のようにしてクローン化されたアセトバクター・アルトアセトゲネスMH−24(Acetobacter altoacetigenes MH−24)株(FERM BP−491)由来の酢酸耐性遺伝子を、KOD−Plus−(東洋紡績社製)を用いてPCR法により増幅し、増幅したDNA断片を酢酸菌−大腸菌シャトルベクターpMV24(例えば、非特許文献5参照。)の制限酵素SmaI切断部位に挿入したプラスミドpGRS1を作製した。pGRS1に挿入された増幅断片の概略を図1に示した。この増幅断片は、EcoRV−SphI断片(酢酸耐性遺伝子:その塩基配列を配列番号1に示す)内に含まれ、塩基番号191〜490のコーディング領域(ORF)の上流及び下流領域の一部を包含するものである。
【0078】
PCR法は具体的には次のようにして実施した。すなわち、鋳型としてアセトバクター・アルトアセチゲネスMH−24株のゲノムDNAを用い、プライマーとしてプライマー1(その塩基配列を配列番号3(図4)に示す)及びプライマー2(その塩基配列を配列番号4(図5)に示す)を用いて、KOD−Plus−(東洋紡績社製)を使用し、下記するPCR条件にてPCRを実施した。
すなわち、PCR法は94℃ 15秒、60℃ 30秒、68℃ 30秒を1サイクルとして、30サイクル実施した。
【0079】
このpGRS1をアセトバクター・アセチNo.1023株にエレクトロポレーション法(例えば、非特許文献8参照。)によって形質転換した。形質転換株は100μg/mlのアンピシリン及び2%の酢酸を添加したYPG寒天培地で選択した。
【0080】
選択培地上で生育したアンピシリン耐性の形質転換株について、定法によりプラスミドを抽出して解析し、酢酸耐性遺伝子を保有するプラスミドを保持していることを確認した。
【0081】
(2)形質転換株の酢酸耐性
上記のようにして得られたプラスミドpGRS1を有するアンピシリン耐性の形質転換株について、酢酸を添加したYPG培地での生育を、シャトルベクターpMV24のみを導入した元株アセトバクター・アセチNo.1023株と比較した。
【0082】
具体的には、酢酸3%、エタノール3%とアンピシリン100μg/mlを含む100mlのYPG培地にて、30℃で振とう培養(150rpm)を行ない、形質転換株と元株の酢酸添加培地での生育を660nmにおける吸光度を測定することで比較した。
【0083】
その結果、図2に示すように、形質転換株では3%酢酸と3%エタノールを添加した培地でも増殖が可能であったのに対して、元株アセトバクター・アセチNo.1023株は増殖できないことが確認でき、酢酸耐性遺伝子の酢酸耐性増強機能が確認できた。
【0084】
(実施例3)グルコンアセトバクター・エンタニイ由来の酢酸耐性遺伝子で形質転換した形質転換株の酢酸発酵試験
【0085】
実施例2で得られたプラスミドpGRS1を有するアンピシリン耐性の形質転換株について、シャトルベクターpMV24のみを有する元株アセトバクター・アセチNo.1023株と酢酸発酵能を比較した。
【0086】
具体的には、5Lのミニジャー(三ツワ理化学工業社製;KMJ−5A)を用いて、酢酸1%、エタノール4%、アンピシリン100μg/mlを含む2.5LのYPG培地にて、30℃、400rpm、0.20vvmの通気攪拌培養を行ない、酢酸濃度3%まで発酵させた。その後、700mLの培養液をミニジャー中に残して培養液を取り出し、残った700mlに対して、酢酸、エタノールを含み、アンピシリンを100μg/ml濃度で含有する1.8LのYPG培地を添加して、酢酸3%でエタノール4%の濃度に調製し、再び酢酸発酵を開始させ、途中培地中のエタノール濃度が1%を維持するようにエタノールを添加しつつ通気攪拌培養を継続して、形質転換株と元株の酢酸発酵能を比較した。その結果を表1にまとめた。
【0087】
【表1】
【0088】
表1の結果から、形質転換株の方が、最終到達酢酸濃度、比増殖速度において、顕著に優れていることが確認できた。
【0089】
【発明の効果】
本発明により、酢酸耐性に関与する新規な遺伝子が提供され、さらに該遺伝子を用いてより高酢酸濃度の食酢を高効率で製造可能な育種株を取得することができ、更に、該育種株を用いた、より高酢酸濃度の食酢を高効率で製造する方法の提供が可能となった。
【0090】
【配列表】
【図面の簡単な説明】
【図1】EcoRV−SphIを用いてクローニングされたグルコンアセトバクター・エンタニイ由来の遺伝子断片の制限酵素地図と酢酸耐性遺伝子の位置、及びpGRS1への挿入断片の概略図。
【図2】酢酸耐性遺伝子のコピー数を増幅した形質転換株の培養経過を示す図面。
【図3】本酢酸耐性遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列(配列番号2)を示す図面。
【図4】プライマー1を示す。
【図5】プライマー2を示す。
【図6】本酢酸耐性遺伝子の塩基配列を示す。
【発明の属する技術分野】
本発明は、微生物に由来する酢酸耐性を増強する機能を有するタンパク質をコードする遺伝子、これのコピー数を増幅した微生物、特にアセトバクター属(Acetobacter)及びグルコンアセトバクター属(Gluconacetobacter)に属する酢酸菌、及びこれらの微生物を用いて高濃度の酢酸を含有する食酢を効率良く製造する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
酢酸菌は食酢製造に広く利用されている微生物であり、特にアセトバクター属及びグルコンアセトバクター属に属する酢酸菌が工業的な酢酸発酵に利用されている。
酢酸発酵では、培地中のエタノールが酢酸菌によって酸化されて酢酸に変換され、その結果、酢酸が培地中に蓄積することになるが、酢酸は酢酸菌にとっても阻害的であり、酢酸の蓄積量が増大して培地中の酢酸濃度が高くなるにつれて酢酸菌の増殖能力や発酵能力は次第に低下する。
【0003】
そのため、酢酸発酵においては、より高い酢酸濃度でも増殖能力や発酵能力が低下しないこと、すなわち酢酸耐性の強い酢酸菌を開発することが求められており、その一手段として、酢酸耐性に関与する遺伝子(酢酸耐性遺伝子)をクローニングし、その酢酸耐性遺伝子を用いて酢酸菌を育種、改良することが試みられている。
【0004】
これまでの酢酸菌の酢酸耐性遺伝子に関する知見としては、アセトバクター属の酢酸菌の酢酸耐性を変異させて酢酸感受性にした株を元の耐性に回復させることのできる相補遺伝子として、クラスターを形成する3つの遺伝子(aarA、aarB、aarC)がクローニングされていた(例えば、非特許文献1参照)。
【0005】
この内、aarA遺伝子はクエン酸合成酵素をコードする遺伝子であり、又、aarC遺伝子は酢酸の資化に関係する酵素をコードする遺伝子であると推定されたが、aarB遺伝子については機能が不明であった(例えば、非特許文献2参照)。
【0006】
これらの3つの酢酸耐性遺伝子を含む遺伝子断片をマルチコピープラスミドにクローニングし、アセトバクター・アセチ・サブスペシーズ・ザイリナムIFO3288(Acetobacter aceti subsp. xylinum IFO3288)株に形質転換して得られた形質転換株は、酢酸耐性の向上レベルが僅かでしかなく、また実際の酢酸発酵での能力の向上の有無については不明であった(例えば、特許文献3参照)。
【0007】
一方、酢酸菌からクローニングされた膜結合型アルデヒド脱水素酵素(ALDH)をコードする遺伝子を酢酸菌に導入することによって、酢酸発酵において最終到達酢酸濃度の向上が認められた例が開示されている(例えば、特許文献2参照)。しかし、ALDHはアセトアルデヒドを酸化する機能を有する酵素であって酢酸耐性に直接関係する酵素ではないことから、ALDHをコードする遺伝子が真に酢酸耐性遺伝子であるとは断定できないものであった。
【0008】
このような実情から、酢酸耐性を実用レベルで向上させうる機能を有するタンパク質をコードする新規な酢酸耐性遺伝子を取得し、また取得した酢酸耐性遺伝子を用いて、より強い酢酸耐性を有する酢酸菌を育種することが望まれていた。
【0009】
【特許文献1】
特開昭60−9488号公報
【0010】
【特許文献2】
特開平2−2364号公報
【0011】
【特許文献3】
特開平3−219878号公報
【0012】
【非特許文献1】
「ジャーナル・オブ・バクテリオロジー(Journal of Bacteriology)」,172巻,p.2096−2104,1990年
【0013】
【非特許文献2】
「ジャーナル・オブ・ファーメンテイション・アンド・バイオエンジニアリング(Journal of Fermentation and Bioengineering)」,76巻,p.270−275,1993年
【0014】
【非特許文献3】
「平成13年度日本生物工学会大会講演要旨集」,p.364,2001年
【0015】
【非特許文献4】
「トレンズ・イン・ジェネテェックス(Trends in Genetics)」,5巻,p.185−189,1989年
【0016】
【非特許文献5】
「アプライド・オブ・エンバイロメト・アンド・マイクロバイオロジー(Applied of Environment and Microbiology)」,55巻,p.171−176,1989年
【0017】
【非特許文献6】
「アグリカルチュラル・アンド・バイオロジカル・ケミストリー(Agricaltural and Biological Chemistry)」,52巻,p.3125−3129,1988年
【0018】
【非特許文献7】
「アグリカルチュラル・アンド・バイオロジカル・ケミストリー(Agricaltural and Biological Chemistry)」,49巻,p.2091−2097,1985年
【0019】
【非特許文献8】
「バイオサイエンス・バイオテクノロジイー・アンド・バイオケミストリー(Bioscience, Biotechnology and Biochemistry)」,58巻,p.974−975,1994年
【0020】
【発明が解決しようとする課題】
以上のように、従来より酢酸菌の酢酸耐性を遺伝子レベルで解明し、高い酢酸耐性を有する実用酢酸菌の開発に成功した例は報告されていない。しかし、酢酸耐性に優れた酢酸菌が開発されれば、従来より高濃度の酢酸発酵を行うことができ、高濃度酢酸、高濃度食酢の効率的製造が可能となることから、本発明者は、再度、酢酸菌の酢酸耐性の向上を遺伝子レベルで解明することとした。
【0021】
そして本発明者は、各方面から検討した結果、酢酸耐性を実用レベルで向上させうる機能を有するタンパク質をコードする新規な酢酸耐性遺伝子を取得し、また取得した酢酸耐性遺伝子を用いて、より強い酢酸耐性を有する酢酸菌を育種することが重要であるとの観点にたち、酢酸菌に属する微生物由来の酢酸耐性に関与する新規な遺伝子を提供すること、及び該遺伝子を用いて微生物の酢酸耐性を向上させる方法、特に酢酸菌に属する微生物の酢酸耐性を向上させる方法、さらに酢酸耐性が向上した酢酸菌を用いて、より高酢酸濃度の食酢を効率良く製造する方法を提供することを新規技術課題として新たに設定した。
【0022】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、酢酸存在下でも増殖し、発酵することができる酢酸菌には、他の微生物には存在しない特異的な酢酸耐性に関与する遺伝子が存在するとの仮説を立て、こうした遺伝子を用いれば、従来以上に微生物の酢酸耐性を向上させることができ、さらには高濃度の酢酸を含有する従来得ることのできなかった新規食酢の効率的な製造法を開発することが可能になるとの新規着想を得た。
【0023】
従来の酢酸耐性遺伝子の取得方法は、酢酸菌の酢酸感受性の変異株を相補する遺伝子をクローニングする方法などが一般的であった。
【0024】
しかし、このような方法では産業上有用な酢酸耐性遺伝子を見出すことは困難であると考え、鋭意検討した結果、本発明者は、酢酸菌から酢酸耐性遺伝子を見出す方法として、酢酸菌の染色体DNAライブラリーを構築し、この染色体DNAライブラリーを酢酸菌に形質転換し、通常寒天培地上で1%の酢酸の存在下でしか生育できない株を、2%の酢酸の存在下でも生育可能にする遺伝子をスクリーニングすることによって取得する方法を開発した。
この方法によって、実際に食酢製造に用いられているグルコンアセトバクター属の酢酸菌から、酢酸耐性を実用レベルで向上させる機能を有する新規な酢酸耐性遺伝子をクローニングすることに初めて成功した。
【0025】
得られた酢酸耐性遺伝子は、DDBJ/EMBL/Genbank及びSWISS−PROT/PIRにおいてホモロジー検索した結果、大腸菌(Escheirchia coli)で見出されているgroS遺伝子や枯草菌(Bacillus subtilis)のgroES遺伝子などによって生産される一群のタンパク質とある程度の相同性を有しており、酢酸菌のgroES遺伝子であると推定された。
【0026】
しかし、大腸菌のgroS遺伝子とはアミノ酸配列レベルで46%の、また枯草菌のgroES遺伝子とはアミノ酸配列レベルで49%の相同性であり、その相同性の程度は極めて低いものであったことから、他の原核生物のgroS遺伝子やgroES遺伝子などとはある程度は似ているものの、酢酸菌に特異的な新規タンパク質(タンパク質GroESということもある)をコードする新規遺伝子(groES遺伝子ということもある)であることが確認された。
【0027】
さらに、アセトバクター・パスツリアヌス(Acetobacter pasteurianus)からgroE遺伝子(groES遺伝子とgroEL遺伝子からなる)及びdnaK遺伝子を取得し、酢酸菌(Acetobacter aceti IFO3283)中で多量発現させることによって、各種ストレス条件下(エタノール、酢酸が存在する条件下)での生育が著しく増加することが報告されていた(例えば、非特許文献3参照)が、この場合にはgroE遺伝子の塩基配列や、コードされているタンパク質のアミノ酸配列などは全く開示されていなかった。ましてや、groES遺伝子の塩基配列や、コードされているタンパク質いついての情報、そのアミノ酸配列については全く何も開示されていなかった。
【0028】
これに対して、本発明においては、groES遺伝子をプラスミドベクターに連結して酢酸菌に形質転換して作製した、コピー数を増幅させた形質転換株を、エタノール存在下で通気培養した場合に、酢酸発酵能が向上し、最終到達酢酸濃度が顕著に向上して、より高酢酸濃度の食酢を効率的に製造できることなどを見出し、そして更に、これらを確認し、そのうえ、該遺伝子の塩基配列及びコードされるタンパク質のアミノ酸配列の決定に成功しただけでなく、該遺伝子の発現にも成功し、本発明を完成するに至ったものである。
【0029】
すなわち本発明は、下記の(1)〜(9)を、実施態様の例として、提供するものである。
(1)下記の(A)、又は(B)に示すタンパク質GroES。
(A)配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質。
(B)配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含むアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸耐性を増強する機能を有するタンパク質。
【0030】
(2)下記の(A)、又は(B)に示すタンパク質GroESをコードする遺伝子のDNA。
(A)配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質。
(B)配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含むアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸耐性を増強する機能を有するタンパク質。
【0031】
(3)下記の(A)、又は(B)に示すDNAである請求項2に記載の遺伝子のDNA。
(A)配列表の配列番号1に記載の塩基配列のうち、塩基番号191〜490からなる塩基配列を含むDNA。
(B)配列表の配列番号1に記載の塩基配列のうち、塩基番号191〜490からなる塩基配列又はその一部から作製したプローブと、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、酢酸耐性を増強する機能を有するタンパク質をコードするDNA。
【0032】
(4)上記(2)、又は(3)に記載のDNAの細胞内のコピー数が増幅されたことにより、酢酸耐性が増強された微生物。
(5)微生物がアセトバクター属、又はグルコンアセトバクター属の酢酸菌であることを特徴とする上記(4)に記載の微生物。
【0033】
(6)上記(4)、又は(5)に記載の微生物のうち、アルコール酸化能を有するものを、アルコールを含有する培地で培養して該培地中に酢酸を生成蓄積せしめることを特徴とする食酢の製造方法、及び、それによって得られた酢酸含量が高い(10〜12.5%)新規な食酢。
【0034】
(7)上記(2)、又は(3)に記載のDNAを含んだ組換えプラスミドpGRSE(FERM BP−8187)。
【0035】
(8)少なくとも配列表の配列番号1に示す塩基配列を有するDNA断片(EcoRV−SphI断片)、又は、そのコーディング領域を含むPCR増幅断片(塩基配列10〜521)のPCR増幅断片を、(7)のようにベクターpUC19ではなく、例えば、酢酸菌−大腸菌シャトルベクターpMV24にそれぞれ挿入してなる組換えプラスミドpGRS、又は、pGRS1。
【0036】
(9)組換えプラスミドpGRS、又は、pGRS1をアセトバクター・アセチ(Acetobacter aceti)No.1023(FERM BP−2287)に導入してなる形質転換体。
【0037】
本発明によれば、微生物に対して、酢酸に対する耐性を付与し、増強することができる。そして、アルコール酸化能を有する微生物、特に酢酸菌においては、酢酸に対する耐性が顕著に向上し、培地中に高濃度の酢酸を効率良く蓄積する能力を付与することができる。
【0038】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0039】
(1)本発明のDNA
本発明のDNAは、大腸菌などのgroES遺伝子とある程度の相同性を有し、且つ酢酸耐性を向上させる機能を有する配列表の配列番号2に示すアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし得る塩基配列を包含し、該塩基配列の調製要素、及び該遺伝子の構造部分を含む。更に詳細には、本発明は酢酸耐性遺伝子に関するものであって、本酢酸耐性遺伝子は、酢酸耐性に関与する遺伝子を指し、更に具体的には、少なくとも(i)配列表の配列番号1に示す塩基配列を有するDNA、又は、(ii)それに含まれ、GroESタンパク質をコードする遺伝子(groES遺伝子)の塩基配列から選ばれる少なくともひとつを包含するものである。
【0040】
本発明のDNAは、グルコンアセトバクター・エンタニイ(Gluconacetobacter entanii)の染色体DNAから次のようにして取得することができる。まず、グルコンアセトバクター・エンタニイ、例えばアセトバクター・アルトアセチゲネスMH−24(Acetobacter altoacetigenes MH−24)株(特許生物寄託センターにFERM BP−491として寄託)の染色体DNAライブラリーを調製する。なお、染色体DNAは、常法(例えば、特許文献1参照。)により取得する。
【0041】
次に、得られた染色体DNAから酢酸耐性遺伝子を単離するために、染色体DNAライブラリーを作製する。まず、染色体DNAを適当な制限酵素で部分分解して種々の断片混合物を得る。切断反応時間などを調節して切断の程度を調節すれば、幅広い種類の制限酵素が使用できる。例えば、Sau3AIを温度30℃以上、好ましくは37℃、酵素濃度1〜10ユニット/mlで様々な時間(1分〜2時間)、染色体DNAに作用させてこれを消化する。なお、後記実施例ではSau3AIを用いた。
【0042】
次いで、切断された染色体DNA断片を、酢酸菌内で自律複製可能なベクターDNAに連結し、組換えDNAを作製する。具体的には、染色体DNAの切断に用いた制限酵素Sau3AIと相補的な末端塩基配列を生じさせる制限酵素、例えばBamHIを温度30℃、酵素濃度1〜100ユニット/mlの条件下で、1時間以上ベクターDNAに作用させてこれを完全消化し、切断開裂する。
【0043】
次に、上記のようにして得た染色体DNA断片混合物と切断開裂されたベクターDNAを混合し、これにT4DNAリガーゼを温度4〜16℃、酵素濃度1〜100ユニット/mlの条件下で1時間以上、好ましくは6〜24時間作用させて組換えDNAを得る。
【0044】
得られた組換えDNAを用いて、通常は寒天培地上で1%よりも高濃度の酢酸の存在下では増殖することのできない酢酸菌、例えばアセトバクター・アセチ1023株(Acetobacter aceti No.1023)株(特許生物寄託センターにFERMBP−2287として寄託)を形質転換し、その後2%酢酸含有寒天培地に塗布し、培養する。生じたコロニーを液体培地に摂取して培養し、得られる菌体からプラスミドを回収することで酢酸耐性遺伝子を含むDNA断片を得ることができる。
【0045】
本発明のDNAとして、具体的には、配列表の配列番号1の塩基配列を有するDNAが挙げられるが、その内、塩基番号191〜490からなる塩基配列はコーディング領域である。
【0046】
配列表の配列番号1に示す塩基配列(図6)もしくは配列番号2に示すアミノ酸配列(図3:塩基番号191〜490に対応)は、DDBJ/EMBL/Genbank及びSWISS−PROT/PIRにおいてホモロジー検索したところ、大腸菌(Escheirchia coli)のgroS遺伝子とはアミノ酸配列レベルで46%の、また枯草菌(Bacillus subtilis)のgroES遺伝子とはアミノ酸配列レベルで49%の相同性を示し、タンパク質GroESをコードする遺伝子であることが推定されたが、いずれも50%以下の低い相同性であり、これらの遺伝子とは異なる新規なものであることが明白であった。
【0047】
さらに、アセトバクター・パスツリアヌス(Acetobacter pasteurianus)からgroE遺伝子(groES遺伝子とgroEL遺伝子からなる)及びdnaK遺伝子を取得し、酢酸菌(Acetobacter aceti IFO3283)中で多量発現させることによって、各種ストレス条件下での生育が著しく増加することが報告されていた(例えば、非特許文献3参照)が、この場合にはgroE遺伝子の塩基配列や、コードされているタンパク質のアミノ酸配列などは全く開示されていなかった。
【0048】
本発明のDNAはその塩基配列が明らかとなったので、例えば、鋳型として酢酸菌グルコンアセトバクター・エンタニイのゲノムDNAを用い、該塩基配列にに基づいて合成したオリゴヌクレオチドをプライマーに用いるポリメラーゼ・チェーン・リアクション(PCR反応)(例えば、非特許文献4参照。)によって、または該塩基配列に基づいて合成したオリゴヌクレオチドをプローブとして用いるハイブリダイゼーションによっても得ることができる。
【0049】
オリゴヌクレオチドの合成は、例えば、市販されている種々のDNA合成機を用いて定法に従って合成できる。また、PCR反応は、アプライドバイオシステムズ社(Applied Biosystems)製のサーマルサイクラーGene Amp PCR System 2400を用い、TaqDNAポリメラーゼ(宝酒造社製)やKOD−Plus−(東洋紡績社製)などを使用して、定法に従って行なうことができる。
【0050】
本発明の酢酸耐性を増強する機能を有するタンパク質GroESをコードするDNAは、コードされるタンパク質の酢酸耐性を増強する機能が損なわれない限り、1又は複数の位置で1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、又は付加されたタンパク質をコードするものであっても良い。
【0051】
このような酢酸耐性を増強する機能を有するタンパク質GroESと実質的に同一のタンパク質をコードするDNAは、例えば部位特異的変異法によって、特定の部位のアミノ酸が欠失、置換、挿入又は付加されるように塩基配列を改変することによっても取得され得る。また、上記のような改変されたDNAは、従来知られている突然変異処理によっても取得することができる。
【0052】
また、一般的にタンパク質のアミノ酸配列およびそれをコードする塩基配列は、種間、株間、変異体、変種間でわずかに異なることが知られているので、実質的に同一のタンパク質をコードするDNAは、酢酸菌全般、中でもアセトバクター属やグルコンアセトバクター属の種、株、変異体、変種から得ることが可能である。
【0053】
具体的には、アセトバクター属やグルコンアセトバクター属の酢酸菌、又は変異処理したアセトバクター属やグルコンアセトバクター属の酢酸菌、これらの自然変異株若しくは変種から、例えば配列表の配列番号1に記載の塩基配列のうち、塩基配列番号191〜490からなる塩基配列又はその一部から作製したプローブと、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、酢酸耐性を増強する機能を有するタンパク質をコードするDNAを単離することによっても、該タンパク質と実質的に同一のタンパク質をコードするDNAが得られる。ここでいうストリンジェントな条件とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。この条件を明確に数値化することは困難であるが、一例を示せば、相同性が高い核酸同士、例えば70%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それより相同性が低い核酸同士がハイブリダイズしない条件、あるいは通常のハイブリダイゼーションの洗浄条件、例えば1×SSCで0.1%SDSに相当する塩濃度で60℃で洗浄が行われる条件などが挙げられる。
【0054】
(2)本発明の酢酸菌
本発明の酢酸菌はアセトバクター属及びグルコンアセトバクター属の細菌を指し、酢酸耐性が増強されたアセトバクター属細菌及びグルコンアセトバクター属細菌である。
【0055】
アセトバクター属の細菌として具体的には、アセトバクター・アセチ(Acetobacter aceti)が挙げられ、アセトバクター・アセチNo.1023(Acetobacter aceti No.1023)株 (特許生物寄託センターにFERM BP−2287として寄託)が例示される。
また、グルコンアセトバクター属の細菌としては、グルコンアセトバクター・エンタニイ(Gluconacetobacter entanii)が挙げられ、現在特許生物寄託センターにFERM BP−491として寄託されているアセトバクター・アルトアセチゲネスMH−24(Acetobacter altoacetigenes MH−24)株が例示される。
【0056】
酢酸耐性の増強は、例えば酢酸耐性遺伝子の細胞内のコピー数を増幅すること、又は、該遺伝子の構造遺伝子を含むDNA断片をアセトバクター属細菌中で効率よく機能するプロモーター配列に連結して得られる組換えDNAを用いて、アセトバクター属細菌を形質転換することによって増強することができる。
【0057】
また、染色体DNA上の該遺伝子のプロモーター配列を、アセトバクター属やグルコンアセトバクター属の酢酸菌中で効率よく機能する他のプロモーター配列、例えば大腸菌のプラスミドpBR322(宝酒造社製)のアンピシリン耐性遺伝子、プラスミドpHSG298(宝酒造社製)のカナマイシン耐性遺伝子、プラスミドpHSG396(宝酒造社製)のクロラムフェニコール耐性遺伝子、β−ガラクトシダーゼ遺伝子などの各遺伝子のプロモーターなどの酢酸菌以外の微生物由来のプロモーター配列に置き換えることによっても、酢酸耐性を増強することができる。
【0058】
該遺伝子の細胞内コピー数の増幅は、該遺伝子を保持するマルチコピーベクターをアセトバクター属酢酸菌の細胞に導入することによって行なうことができる。すなわち、該遺伝子を保持するプラスミド、トランスポゾン等をアセトバクター属やグルコンアセトバクター属の酢酸菌の細胞に導入することによって行なうことができる。
【0059】
マルチコピーベクターとしては、pMV24(例えば、非特許文献5参照)やpTA5001(A)、pTA5001(B)(例えば、特許文献1参照)などが挙げられ、染色体組み込み型ベクターであるpMVL1(例えば、非特許文献6参照)も挙げられる。また、トランスポゾンとしては、MuやIS1452などが挙げられる。
【0060】
アセトバクター属やグルコンアセトバクター属の酢酸菌へのDNAの導入は、塩化カルシュウム法(例えば、非特許文献7参照)やエレクトロポレーション法(非特許文献8参照)等によって行うことができる。
【0061】
アルコール酸化能を有するアセトバクター属やグルコンアセトバクター属の酢酸菌において、上記のようにしてその酢酸耐性を増強すると、酢酸の生産量や生産効率を増大させることができる。
【0062】
(3)食酢製造法
上記のようにして、酢酸耐性遺伝子のコピー数が増幅されたことにより酢酸耐性が選択的に増強されたアセトバクター属やグルコンアセトバクター属の酢酸 菌であってアルコール酸化能を有するものを、アルコール含有培地で培養し、該培地中に酢酸を生産蓄積せしめることにより、食酢を効率よく製造することができる。
【0063】
本発明の製造法における酢酸発酵は、従来の酢酸菌の発酵法による食酢の製造法と同様にして行なえば良い。酢酸発酵に使用する培地としては、炭素源、窒素源、無機物、エタノールを含有し、必要があれば使用菌株が生育に要求する栄養源を適当量含有するものであれば、合成培地でも天然培地でも良い。
炭素源としては、グルコースやシュークロースをはじめとする各種炭水化物、各種有機酸が挙げられる。窒素源としては、ペプトン、発酵菌体分解物などの天然窒素源を用いることができる。
【0064】
また、培養は、静置培養法、振とう培養法、通気攪拌培養法等の好気的条件下で行ない、培養温度は通常30℃で行なう。培地のpHは通常2.5〜7の範囲であり、2.7〜6.5の範囲が好ましく、各種酸、各種塩基、緩衝液等によって調製することもできる。通常1〜21日間の培養によって、培地中に高濃度の酢酸が蓄積する。
【0065】
(4)本発明の実施態様
また、本発明に係るORF又はそれを含有する酢酸耐性遺伝子(配列番号1)を大腸菌ベクター(マルチコピーベクタ−)pUC19に挿入してなる組換えプラスミドpGRSE(pUC19のSmaI切断部位にGluconacetobacter entaniiの酢酸耐性遺伝子がクローニングされたプラスミド)は、特許生物寄託センターにFERM BP−8187として寄託されているので、本発明に係る遺伝子のDNAは容易に入手することができ、当業者であれば本発明の実施は容易である。そして、所望するのであれば、この組換えプラスミドを用いて、本発明に係るORF又はそれを含有する酢酸耐性遺伝子を、酢酸菌で自律複製可能なベクターにのせかえ、これを酢酸菌に導入し、これを培養することにより酢酸含量の高い食酢を容易に製造することができる。
【0066】
更にまた、上記したようにそしてまた後記する実施例からも明らかなように、酢酸耐性遺伝子源の寄託、PCRの態様、プラスミドベクター、組換えプラスミドの作製及び寄託、宿主菌の寄託その他が明らかにされており、いずれも入手ないし操作、処理が容易であるので、実施例に従って各操作、処理を行えば、目的とする酢酸耐性形質転換体を得ることができ、これを使用することにより高濃度の酢酸を製造することができる。したがって、この点からしても、本発明の実施は容易である。
【0067】
以下に、本発明を実施例により具体的に説明する。
【0068】
【実施例】
(実施例1)グルコンアセトバクター・エンタニイからの酢酸耐性遺伝子のクローニングと塩基配列及びアミノ酸配列の決定
【0069】
(1)染色体DNAライブラリーの作製
グルコンアセトバクター・エンタニイ(Gluconacetobacter entanii)の1株であるアセトバクター・アルトアセチゲネスMH−24(Acetobacter altoacetigenes MH−24)株(FERM BP−491)を6%酢酸、4%エタノールを添加したYPG培地(3%グルコース、0.5%酵母エキス、0.2%ポリペプトン)で30℃にて振とう培養を行なった。培養後、培養液を遠心分離(7,500×g、10分)し、菌体を得た。得られた菌体より、染色体DNA調製法(例えば、特許文献1参照)により、染色体DNAを調製した。
【0070】
上記のようにして得られた染色体DNAを制限酵素Sau3AI(宝酒造社製)で部分消化し、また大腸菌−酢酸菌シャトルベクターpMV24を制限酵素BamHIで完全消化して、切断した。これらのDNAを適量ずつ混合し、ライゲーションキット(TaKaRa DNA Ligation Kit Ver.2、宝酒造社製)を用いて連結してグルコンアセトバクター・エンタニイの染色体DNAライブラリーを構築した。
【0071】
(2)酢酸耐性遺伝子のクローニング
上記のようにして得られたグルコンアセトバクター・エンタニイの染色体DNAライブラリーを、通常は寒天培地上で酢酸濃度1%程度までしか増殖出来ないアセトバクター・アセチNo.1023株に形質転換し、2%酢酸、100μg/mlのアンピシリンを含むYPG寒天培地にて、30℃で4日間培養した。
【0072】
生じたコロニーを100μg/mlのアンピシリン含むYPG培地に接種して培養し、得られた菌体からプラスミドを回収したところ、約2kbpのSau3AI断片がクローン化されており、このプラスミドをpS1と命名した。さらに2%酢酸を含有するYPG寒天培地でアセトバクター・アセチNo.1023株を生育可能にする断片は、pS1にクローン化された約2kbpのSau3AI断片中の図1に示した約600bpのEcoRV−SphI断片であることが確認できた。
【0073】
このようにして通常は寒天培地上で酢酸濃度1%程度までしか増殖出来ないアセトバクター・アセチNo.1023株を2%酢酸含有寒天培地でも増殖可能にする酢酸耐性遺伝子断片を取得した。
【0074】
(3)クローン化されたDNA断片の塩基配列の決定
上記のクローン化されたEcoRV−SphI断片をpUC19のSmaI−SphI部位に挿入し、該断片の塩基配列を、サンガーのダイデオキシ・チェーン・ターミネーション法よって決定した結果、配列番号1に記載した塩基配列が決定された。配列決定は両方のDNA鎖の全領域について行ない、切断点は全てオーバーラップする様にして行なった。
【0075】
配列番号1記載の塩基配列中には、塩基番号191から塩基番号490にかけて、配列番号2に記載したような100個のアミノ酸(図3)をコードするオープンリーディング・フレーム(ORF)の存在が確認された。
【0076】
(実施例2)グルコンアセトバクター・エンタニイ由来の酢酸耐性遺伝子で形質転換した形質転換株での酢酸耐性の増強
【0077】
(1)アセトバクター・アセチへの形質転換
上記のようにしてクローン化されたアセトバクター・アルトアセトゲネスMH−24(Acetobacter altoacetigenes MH−24)株(FERM BP−491)由来の酢酸耐性遺伝子を、KOD−Plus−(東洋紡績社製)を用いてPCR法により増幅し、増幅したDNA断片を酢酸菌−大腸菌シャトルベクターpMV24(例えば、非特許文献5参照。)の制限酵素SmaI切断部位に挿入したプラスミドpGRS1を作製した。pGRS1に挿入された増幅断片の概略を図1に示した。この増幅断片は、EcoRV−SphI断片(酢酸耐性遺伝子:その塩基配列を配列番号1に示す)内に含まれ、塩基番号191〜490のコーディング領域(ORF)の上流及び下流領域の一部を包含するものである。
【0078】
PCR法は具体的には次のようにして実施した。すなわち、鋳型としてアセトバクター・アルトアセチゲネスMH−24株のゲノムDNAを用い、プライマーとしてプライマー1(その塩基配列を配列番号3(図4)に示す)及びプライマー2(その塩基配列を配列番号4(図5)に示す)を用いて、KOD−Plus−(東洋紡績社製)を使用し、下記するPCR条件にてPCRを実施した。
すなわち、PCR法は94℃ 15秒、60℃ 30秒、68℃ 30秒を1サイクルとして、30サイクル実施した。
【0079】
このpGRS1をアセトバクター・アセチNo.1023株にエレクトロポレーション法(例えば、非特許文献8参照。)によって形質転換した。形質転換株は100μg/mlのアンピシリン及び2%の酢酸を添加したYPG寒天培地で選択した。
【0080】
選択培地上で生育したアンピシリン耐性の形質転換株について、定法によりプラスミドを抽出して解析し、酢酸耐性遺伝子を保有するプラスミドを保持していることを確認した。
【0081】
(2)形質転換株の酢酸耐性
上記のようにして得られたプラスミドpGRS1を有するアンピシリン耐性の形質転換株について、酢酸を添加したYPG培地での生育を、シャトルベクターpMV24のみを導入した元株アセトバクター・アセチNo.1023株と比較した。
【0082】
具体的には、酢酸3%、エタノール3%とアンピシリン100μg/mlを含む100mlのYPG培地にて、30℃で振とう培養(150rpm)を行ない、形質転換株と元株の酢酸添加培地での生育を660nmにおける吸光度を測定することで比較した。
【0083】
その結果、図2に示すように、形質転換株では3%酢酸と3%エタノールを添加した培地でも増殖が可能であったのに対して、元株アセトバクター・アセチNo.1023株は増殖できないことが確認でき、酢酸耐性遺伝子の酢酸耐性増強機能が確認できた。
【0084】
(実施例3)グルコンアセトバクター・エンタニイ由来の酢酸耐性遺伝子で形質転換した形質転換株の酢酸発酵試験
【0085】
実施例2で得られたプラスミドpGRS1を有するアンピシリン耐性の形質転換株について、シャトルベクターpMV24のみを有する元株アセトバクター・アセチNo.1023株と酢酸発酵能を比較した。
【0086】
具体的には、5Lのミニジャー(三ツワ理化学工業社製;KMJ−5A)を用いて、酢酸1%、エタノール4%、アンピシリン100μg/mlを含む2.5LのYPG培地にて、30℃、400rpm、0.20vvmの通気攪拌培養を行ない、酢酸濃度3%まで発酵させた。その後、700mLの培養液をミニジャー中に残して培養液を取り出し、残った700mlに対して、酢酸、エタノールを含み、アンピシリンを100μg/ml濃度で含有する1.8LのYPG培地を添加して、酢酸3%でエタノール4%の濃度に調製し、再び酢酸発酵を開始させ、途中培地中のエタノール濃度が1%を維持するようにエタノールを添加しつつ通気攪拌培養を継続して、形質転換株と元株の酢酸発酵能を比較した。その結果を表1にまとめた。
【0087】
【表1】
【0088】
表1の結果から、形質転換株の方が、最終到達酢酸濃度、比増殖速度において、顕著に優れていることが確認できた。
【0089】
【発明の効果】
本発明により、酢酸耐性に関与する新規な遺伝子が提供され、さらに該遺伝子を用いてより高酢酸濃度の食酢を高効率で製造可能な育種株を取得することができ、更に、該育種株を用いた、より高酢酸濃度の食酢を高効率で製造する方法の提供が可能となった。
【0090】
【配列表】
【図面の簡単な説明】
【図1】EcoRV−SphIを用いてクローニングされたグルコンアセトバクター・エンタニイ由来の遺伝子断片の制限酵素地図と酢酸耐性遺伝子の位置、及びpGRS1への挿入断片の概略図。
【図2】酢酸耐性遺伝子のコピー数を増幅した形質転換株の培養経過を示す図面。
【図3】本酢酸耐性遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列(配列番号2)を示す図面。
【図4】プライマー1を示す。
【図5】プライマー2を示す。
【図6】本酢酸耐性遺伝子の塩基配列を示す。
Claims (7)
- 下記の(A)、又は(B)に示すタンパク質GroES。
(A)配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質。
(B)配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含むアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸耐性を増強する機能を有するタンパク質。 - 下記の(A)、又は(B)に示すタンパク質GroESをコードする遺伝子のDNA。
(A)配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列を有するタンパク質。
(B)配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加、又は逆位を含むアミノ酸配列からなり、かつ、酢酸耐性を増強する機能を有するタンパク質。 - 下記の(A)、又は(B)に示すDNAである請求項2に記載の遺伝子のDNA。
(A)配列表の配列番号1に記載の塩基配列のうち、塩基番号191〜490からなる塩基配列を含むDNA。
(B)配列表の配列番号1に記載の塩基配列のうち、塩基番号191〜490からなる塩基配列又はその一部から作製したプローブと、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、酢酸耐性を増強する機能を有するタンパク質をコードするDNA。 - 請求項2、又は請求項3に記載のDNAの細胞内のコピー数が増幅されたことにより、酢酸耐性が増強された微生物。
- 微生物がアセトバクター属、又はグルコンアセトバクター属の酢酸菌であることを特徴とする請求項4に記載の微生物。
- 請求項4、又は請求項5に記載の微生物のうち、アルコール酸化能を有するものを、アルコールを含有する培地で培養して該培地中に酢酸を生成蓄積せしめることを特徴とする食酢の製造方法。
- 請求項2、又は請求項3に記載のDNAを含んだ組換えプラスミドpGRSE(FERM BP−8187)。
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WO2006064746A1 (ja) * | 2004-12-17 | 2006-06-22 | Mitsukan Group Corporation | 短鎖脂肪酸耐性の向上した細胞の育種方法 |
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