従来のピストンにおいては、スカート部は、軸方向に垂直な面内で、一様な曲率半径で、すなわち円筒形状である。特許文献1の構造によれば、スカート部の楕円度を少なくともピストンの側方に対峙する範囲で下方から上方にかけて小さく変化させて真円に近づけるので、往復運動の軸方向性を損なわない程度に、摩擦面積を減少させて摩擦力を低減させることが期待される。
特許文献1において述べられているスラスト方向、反スラスト方向とは、シリンダ・ピストン機構において、ピストンがピストンロッドを介してクランクシャフトに接続されるとき、クランクシャフトの回転運動によってピストンロッドが揺動することに起因する方向のことである。
すなわち、クランクシャフトの回転運動によってピストンロッドが揺動しながらシリンダボアの軸方向にピストンを直進運動させるが、その際に、ピストンロッドの揺動方向に応じてピストンが、シリンダボアの内壁面の径方向についての一方側の方を、他方側よりも強く押し付けることになる。このように、ピストンの外周面について、シリンダボアの内壁面を強く押し付けることになる一方側の方向を、スラストを受ける方向としてスラスト方向、あるいはスラスト側と呼ぶことができる。そして、ピストンの外周面について、スラスト方向と軸方向に対称の他方側の方向を反スラスト方向、あるいは反スラスト側と呼ぶことができる。
ピストンはシリンダボアの内壁面に対し一様な面圧で接触しているわけではなく、スラスト側において大きな面圧で接触する。したがって、このスラスト方向における面圧が、シリンダボアに対するピストンの圧力支持に寄与することになる。また、シリンダボアに対するピストンの往復運動による摩擦力の大きさは、このスラスト側における面圧によって左右されることになる。また、スラスト側に生じた面圧によってピストンは反スラスト側に平行移動し、あるいは首振り運動を伴った複雑な挙動を示すため、全ストローク中、反スラスト側でも面圧の発生する時期がある。さらに、エンジン実働時には、燃焼等の影響により、ピストンの温度上昇による熱膨張のためシリンダボアとの間が締り嵌め状態となり、スラスト側、反スラスト側同時に面圧が発生する状況になる場合もある。
特許文献1は、スカート部の楕円度をピストンの側方に対峙する範囲、すなわち、スラスト側と反スラスト側において、下方から上方にかけて小さく変化させて真円に近づけることで、スカート部の下方ほどスラスト側の接触面積を少なくしている。換言すれば、ピストンの頂部に近づくほど真円とし、ピストンの頂部から遠ざかって下方へゆくほど、スラスト側と反スラスト側にとがった楕円とする構成をとる。
このような特許文献1の構成によれば、ピストンの頂部に近づくほど、シリンダボアとピストンとの接触面積が増大して、摩擦力が大きくなる。したがって、この構成の場合、ピストンの圧力支持に寄与するスラスト側、反スラスト側以外の箇所でも、シリンダボアとピストンとが広い面積で接触するので、無駄な摩擦力を生じさせ、必要以上に大きな摩擦力となっている可能性がある。
本発明の目的は、シリンダ・ピストン機構における摩擦力をさらに低減することを可能にするピストンを提供することである。
本発明に係るピストンは、シリンダボアの内面に対し油潤滑を介して摺動するピストンであって、円形断面を有するシリンダボアの内径に対して予め定めた摺動隙間で向かい合う上部摺動部と、上部摺動部の下方において、軸方向に垂直な面内における断面形状プロファイルが軸方向に沿って実質的に同じであるスカート部と、を備え、スカート部の断面形状プロファイルは、シリンダボアに対してスラスト方向及び反スラスト方向となる部分に予め定めた中央領域長さの範囲で、予め定めた所定の中央部楕円度を有する中央領域と、各中央領域の両側の範囲で、中央楕円度よりも大きな楕円度の両側部楕円度を有する両側領域と、中央領域と両側領域とを接続し、中央領域との接続点においてシリンダボアの内径との隙間が予め定めた中央接続部隙間を有し、両側領域との接続点においてシリンダボアの内径との隙間が予め定めた両側接続部隙間を有する接続領域と、を含み、予め定めた両側接続部隙間は、両側接続部隙間を増加してゆくにつれてシリンダボアとの間の接触実効面積が減少して摩擦力が減少してゆく減少特性から、さらに両側接続部隙間を増加しても摩擦力の減少が飽和状態となる隙間量を有する飽和両側接続部隙間以下の隙間量に設定されることを特徴とする。
また、本発明に係るピストンにおいて、所定の中央領域長さは、中央領域長さを減少してゆくにつれてシリンダボアとの間の接触実効面積が減少して摩擦力が減少してゆく減少特性から、さらに中央領域長さを減少してゆくと接触面圧が過大となって油潤滑の油膜を破り摩擦力が急増する増加特性へ変化する臨界点である臨界中央領域長さよりも長い長さに設定されることが好ましい。
また、本発明に係るピストンにおいて、スラスト方向と反スラスト方向を結ぶ方向に垂直方向のスカート部の最大寸法をスカート部の全幅Aとし、中央領域の幅をBとし、両側接続部隙間をC1として、(B/A)を0.4から0.5の範囲に設定し、C1を0.3mmから0.7mmの範囲に設定することが好ましい。
上記構成により、ピストンは、円形断面のシリンダボアに摺動隙間で向かい合う上部摺動部とその下部であるスカート部を備え、スカート部の軸方向に垂直な面内における断面形状プロファイルは、軸方向に沿って実質的に同じである。そして、摺動面円周方向に沿ってシリンダボアに対してスラスト方向及び反スラスト方向となる部分に中央領域長さの範囲で中央部楕円度を有する中央領域と、この各中央領域の両側の範囲の中央楕円度よりも大きな楕円度の両側部楕円度を有する両側領域と、中央領域と両側領域とを接続する接続領域とを含む。
ここで、軸方向に沿って実質的に同じ断面形状プロファイルとは、軸方向に垂直な面内における断面形状が、軸方向に沿って実質的に変化せずに同じであることをいう。実質的とは、スカート部の軸方向に沿った長さに比べ、軸方向に沿って外形がバレル状に張り出すときの形状の軸方向に沿った径方向の寸法差が圧倒的に小さいことを示す。例えば、スカート部の軸方向の長さが数十mm程度であるとして、軸方向に沿って張り出すバレル形状の軸方向に沿った径方向の寸法差が数十μm程度であるときは、その比が約千分の1以下であるので、断面形状が軸方向に沿って実質的に同じであるということができる。
上記構成において、スカート部の断面形状プロファイルは、軸方向に沿って実質的に同じであることでは、従来の円筒型スカート部と共通点を有するが、上記構成ではスカート部の断面形状が円筒形プロフィルではなく、中央領域よりもその両側領域の方が大きい楕円度を有する。楕円度が大きいとは、真円形状から離れる度合いが大きいので、円形断面を有するシリンダボアの内壁部からの隙間が大きくなる。つまり、中央領域の両側では、シリンダボアとスカート部との間の隙間が大きくなり、これによって潤滑油の油膜が剥離して実効スカート部接触面積を減少でき、粘性摩擦力を低減できる。この効果は、スカート部の軸方向に沿った全体領域において期待できる。
また、ピストンにおいて、中央領域と両側領域とを接続する両側接続部とシリンダボアの内径との間の隙間である両側接続部隙間は、両側接続部隙間を増加してゆくにつれてシリンダボアとの間の接触実効面積が減少して摩擦力が減少してゆく減少特性から、さらに両側接続部隙間を増加しても摩擦力の減少が飽和状態となる隙間量を有する飽和両側接続部隙間以下の隙間量に設定される。
これは、シミュレーションおよび実験によって得られた結果に基く知見であるが、両側接続部隙間を増大してゆくと、シリンダボアとスカート部との間の油膜が次第に剥離し、油膜を介した接触面積が減少してゆくが、ある程度以上の隙間になると、それ以上剥離すべき油膜がなくなるためと考えることができる。この限界の隙間量を有する飽和両側接続部隙間に隙間量を設定することで、ピストンの圧力支持に寄与しない両側領域における粘性摩擦力を最小にすることができる。実際には、中央領域への影響等を考慮して、飽和両側接続部隙間以下の隙間量とすることがよい。
また、ピストンにおいて、中央領域長さは、中央領域長さを減少してゆくにつれてシリンダボアとの間の接触実効面積が減少して摩擦力が減少してゆく減少特性から、さらに中央領域長さを減少してゆくと接触面圧が過大となって油潤滑の油膜を破り摩擦力が急増する増加特性へ変化する臨界点である臨界中央領域長さよりも長い長さに設定される。
中央領域長さを減少してゆくとは、スカート部が次第に狭い中央領域でシリンダボアに接触することになり、接触面積が少なくなる。と共に、接触面積の減少に伴って面圧が増大する。この増大する面圧が油膜を破る臨界である臨界面圧になるまでは、潤滑性を維持しながら接触面積が減少するので、粘性摩擦力が減少する。中央領域を減少し続けて、面圧が臨界面圧を超えると、油膜が破れ、シリンダボアとスカート部との間が固体接触摩擦となって、摩擦力は油潤滑のときに比べ一気に急増する。
シミュレーションおよび実験によってこのような知見が得られるので、中央領域の長さは、この臨界面圧に対応する臨界中央領域長さより長い長さに設定されることが好ましいことになる。これにより、ピストンの圧力支持に寄与する面圧について油潤滑を介して維持しながら、シリンダボアとスカート部との間の粘性摩擦力を最小とすることができる。
また、ピストンにおいて、スラスト方向と反スラスト方向を結ぶ方向に垂直方向のスカート部の最大寸法をスカート部の全幅Aとし、中央領域の幅をBとし、両側接続部隙間をC1として、(B/A)を0.4から0.5の範囲に設定し、C1を0.3mmから0.7mmの範囲に設定する。一般的な車両用シリンダ・ピストン機構の寸法において、実験とシミュレーションによれば、上記の設定を行うことで、効果的に摩擦力を低減することができる。
以下に図面を用いて、本発明に係る実施の形態につき詳細に説明する。なお、以下において、シリンダボアとピストンを含むシリンダ・ピストン機構は、車両のエンジンに用いられるものとして説明するが、勿論、車両以外の用途であっても、油潤滑を行うシリンダ・ピストン機構であればよい。また、以下では、両側領域を直線領域として、曲率半径を無限大とし、これを中央楕円度より大きな楕円度としているが、勿論、直線領域でなくても、中央楕円度よりもおおきな適当な楕円度を有するものとしてよい。また、以下における具体的寸法等は、説明のための例示であって、シリンダ・ピストン機構の仕様に応じて適宜変更が可能である。
以下では、全ての図面において同様の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。また、本文中の説明においては、必要に応じそれ以前に述べた符号を用いるものとする。
図1は、シリンダ・ピストン機構10として、車両用エンジンのシリンダボア12と、ピストン14の関係を説明する図である。図1では、シリンダ・ピストン機構10において、シリンダボア12を断面形状として表わしたときの正面図と、ピストン14の下部のスカート部18における軸方向に垂直な面内の断面図が示されており、さらに、シリンダボア12とスカート部18との隙間関係を詳細に説明するために、断面図の一部拡大図が示されている。なお、図1には、シリンダ・ピストン機構10の往復運動方向をZ方向とし、これに垂直な面をXY面として、X,Y,Z軸と、これらの正方向がそれぞれ示されている。
シリンダ・ピストン機構10において、往復運動における摩擦力を低減するために、シリンダボア12の形状と寸法を与えられたものとして、ピストン14の形状と寸法を最適化することが必要である。以下では、最初に、ピストン14において、特にスカート部18の形状、寸法を決める各部の要素について説明し、次に、スカート部18の各部の要素の形状、寸法等と、摩擦力との関係を求めた実験について述べ、次いで、この実験の結果に基いて、摩擦力を最小にする各部の要素の形状、寸法の決め方について説明する。
最初に、シリンダ・ピストン機構10における各部、特にスカート部18の形状、寸法等について説明する。
図1において、シリンダボア12は、エンジンにおいて、滑らかな鏡面仕上げ等がなされた円筒状内面である。かかるシリンダボア12は、鋳鉄等の金属材料を円形形状に中ぐりして得ることができる。
ピストン14は、滑らかに鏡面仕上げ等がなされた円筒形状の外周を有し、シリンダボア12に対し、軸方向に沿って往復運動を行う部材である。かかるピストン14は、金属材料を所望の形状に加工し、特に外周に鏡面加工を施して得ることができる。
ピストン14は、シリンダボア12に対し往復運動を行うために、図示されていないピストンロッドの一端部がピストンピンによってピストン14に揺動自在に接続される。そして、ピストンロッドの他端部がクランクシャフトに揺動自在に接続され、クランクシャフトの回転運動を直線運動に変換するように、ピストン14がシリンダボア12の内面を摺動しながら軸方向に往復運動することになる。なお、後述する図2において、ピストンロッド24とクランクシャフト26が模式的に示されている。
ピストン14は、往復運動を行うときの先端に当る頂部側である上部摺動部16と、その下部であるスカート部18とを備えて構成される。エンジンでいえば、燃料噴射弁、吸気弁、排気弁に向かい合う部分がピストンの上部摺動部16であり、クランクシャフト側にピストン14のスカート部18が配置される。
上部摺動部16は、円形断面を有するシリンダボア12の内径に対して予め定めた摺動隙間で向かい合う部分であり、往復運動の方向であるZ方向を軸方向として、軸方向に垂直な面内で円形断面を有する。上部摺動部16には、少なくとも1つのピストンリングが設けられる。図1の例では、3つのピストンリングが設けられている。
ピストンリングは、上記のように、ピストン14の頂部側に設けられる金属製のシールリングである。ピストンリングは、ピストン14の頂部側の円筒状形状の周方向に沿って設けられた溝にはめ込まれ、ピストン14の頂部側の外径よりもやや大きめの外径を有する円環状のリングである。ピストンリングのこの円環状の外周面が、シリンダボア12に対し、最も小さい摺動隙間で向かい合うことになるので、ピストンリングの外周面がピストン14の実質上の上部摺動面となる。
ピストンリングの形状と寸法は、精密加工によって高精度に管理される。シリンダボア12もピストン14も鏡面仕上げに代表されるように精密に加工されるので、これによって、シリンダボア12の内径とピストンリングの外径との差である隙間がピストン14の全ストロークに渡って、精密に管理される。この隙間で潤滑油の油膜厚さが定まるので、その意味で、ピストンリングは、油膜制御リングである。ピストンリングを用いることで、例えば、ピストン14の全ストロークに渡って、油膜厚さをほぼ一様な値とすることができる。
ピストンリングが設けられる部分である上部摺動部16よりも下部側がスカート部18である。スカート部18に上記のピストンピンが設けられる。スカート部18は、ピストン14がシリンダボア12の内面を摺動しながら往復運動する際に、直進性を保つガイド部の機能を有し、また、上記のようにピストンピンを介してピストンロッドを接続するピストン本体的機能を有する。なお、上部、下部とは、図1におけるZ方向に沿った方向で、+Z方向が上部として、−Z方向が下部である。
スカート部18は、図1に誇張して図示されているように、軸方向に沿って中間部が膨らんだバレル型形状を有している。すなわち、シリンダボア12の内面に対し、凸部20で接触する形状を有する。
図1では、凸部20の軸方向の長さであるバレル長さがE、凸部20の軸方向に沿った張り出しの大きさ、つまりバレル高さがFで示されている。張り出しの大きさFは、スカート部18を軸方向に垂直な面であるXY面で切断したときの断面における径方向寸法について、軸方向であるZ方向に沿った最大の寸法差である。寸法の一例を上げると、シリンダボア12の内径を50mmとして、Eは約40mm程度、Fは約50μm程度である。したがって、Eに対し、Fは千分の1程度の非常に小さな値であり、僅かに膨らんではいるが、スカート部18は軸方向に垂直な断面形状において、軸方向に沿って実質的に同じ形状と考えることができる。
スカート部18は、上部摺動部16が円形断面であるのに対し、X軸、Y軸についてそれぞれ対称形であるが、X軸方向の長さとY軸方向の長さが異なる断面形状を有する。図1の例では、X方向の長さに比べ、これに直交するY軸方向の長さが短い。長い方のX方向の長さは、シリンダボア12の内径よりやや小さめであるが、短い方のY方向の長さは、シリンダボア12の内径に比べ大幅に短い。すなわち、スカート部18は、長い方のX方向において、シリンダボア12の内径と予め定めた隙間で接触するが、短い方のY方向においては、シリンダボア12の内径と接触しない。
図1の部分拡大図において、スカート部18とシリンダボア12との隙間関係が示されている。スカート部18は、X軸を対称軸として、その両側に全体の幅をBとする中央領域の部分と、中央領域の両側の範囲で、X軸に平行に直線的に延びる両側領域と、中央領域と両側領域とを接続する接続領域とで構成される。中央領域と接続領域とは、スカート部18の長い方のX方向の両側に円弧状領域21として示されている。
両側領域のX軸に平行な幅をAとすると、この幅Aがスカート部18の短い方のY方向の幅であるので、これをスカート部18の全幅と呼ぶことができる。接続領域は、中央領域の両側にそれぞれDの幅で配置されるので、A=B+2Dの関係がある。
ここで、X軸は、スカート部18のXY面内の断面形状において、最も長い寸法となる方向である。この軸方向は、シリンダ・ピストン機構がクランクシャフトの回転運動によってピストン14がシリンダボア12の内壁面に対して押付力を与える方向であるスラスト方向と、これと反対方向である反スラスト方向とを結ぶ方向に取られる。このように、X軸はスラスト側の方向を示す方向であって、その軸に対しスカート部18は断面形状が対称形となるので、その意味で、X軸方向を、スラスト側対称軸またはスラスト側対称線22と呼ぶことができる。換言すれば、スラスト側対称線22は、スカート部18において、シリンダボア12に対し最も小さい隙間で接触する方向である。
中央領域は、スラスト側対称線22に対し、両側に幅Bの寸法で広がる領域で、予め定めた所定の楕円度を有する部分楕円形状の領域である。この幅Bを中央領域長さと呼ぶことができ、この範囲の部分楕円形状の楕円度を中央楕円度と呼ぶことができる。楕円度とは、楕円形状について、真円形状から離れる度合いを指すもので、楕円度が小さい方が真円形状に近く、楕円度が大きいほど真円形状から離れて典型的な楕円形状となる。
中央領域は上記のように部分楕円形状を有するので、スラスト側対称線22からの角度θに応じて、スカート部18の外周形状とシリンダボア12の内周形状との間の隙間が変化する。スカート部18の外周形状はスラスト側対称線22に対し対称形であるので、角度θ=0のときの隙間C3が最も小さい隙間となり、中央領域において角度θが最大となる中央領域の両端部における隙間C2が最も大きな隙間となる。隙間C2は、中央領域と接続領域との境界における隙間である。
この隙間C3と隙間C2によって、中央楕円度を示すことができる。すなわち、スラスト側対称線22における隙間C3を基準として、中央領域における部分楕円の径方向の寸法の減少量である半径減少量をΔとすると、Δはスラスト対称軸からの角度θの関数として表すことができ、中央楕円度は、この関数形の違いで示すことができる。例えば、同じ角度θに対し、Δが大きい部分楕円は、Δが小さい部分楕円よりも楕円度が大きい。そして、隙間C3は、角度θ=0度のときにΔ=0とする基準の隙間量であり、隙間C2は中央領域で角度θが最大のときの最大隙間量である。したがって、(C2−C3)が大きいほど、中央領域の部分楕円の楕円度が大きいことになる。
両側領域は、楕円度が無限大である部分楕円としての直線部分で構成される。一般的に述べれば、両側領域は、各中央領域の両側の範囲で、中央楕円度よりも大きな楕円度の両側部楕円度を有する領域である。
接続領域は、スカート部18において、中央領域と両側領域を滑らかに接続する曲線形状部分である。この曲線形状を示すものとして、中央領域と接続領域との境界におけるスカート部18とシリンダボア12との間の隙間C2と、両側領域と接続領域との境界におけるスカート部18とシリンダボア12との間の隙間C1を用いることができる。すなわち、隙間C2を基準として、隙間C1が大きいほど、接続領域の曲線形状の曲率半径が小さい。
隙間C1は、両側領域を除いて、中央領域と接続領域において、スカート部18とシリンダボア12との間の間隔が最大となる隙間である。上記のように、両側領域は、直線部分の形状を有するので、スカート部18とシリンダボア12との間の間隔が大きく、潤滑油の油膜は、スカート部18とシリンダボア12との間で途切れ、いわゆる油膜の剥離が生じる。隙間C1は、中央領域と接続領域における最大隙間であるので、隙間C1が大きくなるにつれて、接続領域と両側領域の境界で油膜の剥離が生じやすくなる。油膜の剥離が生じると、スカート部18とシリンダボア12との間の粘性摩擦力が無くなる。その意味で、隙間C1は粘性摩擦力低減に関係する重要な値であるので、特に、これをδとして示すことにする。
次に、スカート部18の各部の要素の形状、寸法等と、摩擦力との関係を求めた実験について述べる。実験は、スカート部18の外周面における摩擦圧力の分布を求めることで行なった。図2は、スカート部18において摩擦圧力を求めた箇所を説明する図である。ここでは、シリンダボア12の図示を省略して、ピストン14の正面図、すなわちフロント面の様子と、フロント面に対し直角方向から見た側面の様子が示されている。ここでフロント面は、XZ平面であり、側面は、YZ面である。
図2では、中央にフロント面の様子が示され、ここでは、ピストン14とピストンロッド24とクランクシャフト26との関係が示されている。上記のように、ピストン14は、シリンダボア12に対し往復運動を行うために、ピストンロッド24の一端部がピストンピンによってピストン14に揺動自在に接続される。そして、ピストンロッド24の他端部がクランクシャフト26に揺動自在に接続され、クランクシャフト26の回転運動を直線運動に変換するように、ピストン14がシリンダボア12の内面を摺動しながら、図2の白抜き矢印で示すように、軸方向であるZ軸方向に往復運動することになる。
このように、クランクシャフト26の回転運動によってピストンロッド24が揺動しながらシリンダボア12の軸方向にピストン14を直進運動させるが、その際に、ピストンロッド24の揺動方向に応じてピストン14が、シリンダボア12の内壁面の径方向についての一方側の方を、他方側よりも強く押し付けることになる。図2のクランクシャフト26の状態においては、−X方向にピストン14のスカート部18の外周面がシリンダボア12の内壁面を強く押し付ける。この方向がスラスト方向であり、軸方向であるZ軸方向に対しスラスト方向と逆の方向が反スラスト方向である。図2では+X方向が反スラスト方向である。
図2では、フロント面に対し、−X方向の側面と、+X方向の側面とが示されているが、−X方向の側面であるYZ面がスラスト方向の側面、すなわちスラスト側の側面であり、+X方向の側面であるYZ面が反スラスト方向の側面、すなわち反スラスト側の側面である。図1に示されるように、−Y方向がフロント側を示し、+Y方向がフロント側と反対側のリア側を示す。なお、図2の側面において、スカート部18の全幅Aが示されている。このように、スカート部18の全幅Aは、スラスト方向と反スラスト方向を結ぶスラスト側対称線22に垂直な方向であるY軸に沿ったスカート部18の最大幅である。
ここで、スラスト側のスカート部18の外周面における摩擦圧力の分布と、反スラスト側のスカート部18の外周面における摩擦圧力の分布とを調べてみると、図2に示すように、いずれの方向についても、h0の幅で摩擦圧力が掛っているが、その外側ではほとんど摩擦圧力が掛っていないことが分かる。また、h0の幅の中で、特にh1の幅の部分が摩擦圧力の高い部分であり、摩擦圧力はスカート部の外周部について均一に掛るのではないことが分かる。
なお、摩擦圧力分布は、スカート部18をシリンダボア12に対し往復運動を行うと、スカート部18がシリンダボア12に対し接触した箇所の表面が滑らかになるので、その表面の滑らかさの変化の程度を観察することで検出することができる。あるいは、例えばシリンダボア12の内壁部に適当な着色材を塗布し、その着色材のスカート部18への転写の度合いで摩擦圧力の程度を検出することができる。勿論、面状の感圧センサ等を用いることでさらに正確な検出を行うことができる。
上記の結果によれば、幅h0は、シリンダボア12に対する当りが判別できる領域の最大幅であり、この外側では当りがほとんど認められない。幅h1はシリンダボア12に対する当りが十分で、スカート部18の表面に摩擦による鏡面化が明確に認められる領域の幅である。
そこで、次に、数種類の形状のスカート部18を準備し、形状と摩擦圧力部分との関係を求める実験を行った。スカート部18の複数の形状として、図1で説明した中央領域の楕円度である中央楕円度を複数種類用意した。中央楕円度は、図1に関連して説明したように、スラスト側対称軸からの角度θと、スラスト側対称軸からの半径減少量Δの関数形で区別できる。
図3は、中央楕円度が異なる3つの試料a,b.cを示す図である。図3の横軸は、スラスト側対称軸からの角度θ、縦軸は、スラスト側対称軸からの半径減少量Δである。同じ角度θにおいて半径減少量Δが大きいほど楕円度が大、すなわち、より尖っている部分楕円形状であることを示す。図3の例では、試料aが最も楕円度が小さく、試料cが最も楕円度が大きい。なお、これらの試料a,b,cにおいて、スカート部18の全幅Aと、中央領域の長さBはいずれも同じとし、BはAより適当に小さい値とした。
図4は、従来品と、試料a,b,cとにおいて、摩擦圧力の分布を求めた結果を定性的に示す図である。なお、従来品は、スカート部18の全幅A=中央領域の長さBである。図4において、外側の輪郭線が図2で説明したh0に相当する領域で、シリンダボア12に対する当りが判別できる最大幅の領域である。内側の領域で斜線を付した部分が図2で説明したh1に相当する領域で、鏡面化が明確に認められる領域である。図4に示されるように、中央楕円度が大きくなるに従って、h0,h1が狭くなることが分かる。
図5は、図4の結果を定量的にまとめたもので、h0,h1の値と、摩擦平均有効圧(Friction Mean Effective Pressure:FMEP)の値が示されている。FMEPは、ピストン・シリンダ間の摩擦仕事である摩擦損失を、エンジンシリンダ内圧力である平均有効圧に換算したもので、平均の摩擦損失を表すものである。ピストン・シリンダ間の摩擦は、例えば、浮動ライナ法等の公知技術を用いて測定される。
図6は、クランクシャフト26の回転数とFMEPである摩擦平均有効圧との関係をまとめた図である。横軸はクランクシャフト回転数、縦軸は摩擦平均有効圧である。この図から、中央楕円度が大きい試料ほど、摩擦平均有効圧が小さくなることが分かる。
図4、図5において重要なことは、幅h0の外側ではシリンダボア12に対する当りがほとんど認められない事実が明らかになったことである。このことは、この幅h0の外側領域は、ピストン14の圧力支持にほとんど寄与していないことを示す。換言すれば、この外側領域においてシリンダボア12との隙間を大幅に大きくしても、シリンダ・ピストン機構10の往復運動機能に影響を与えない。この領域の隙間を大幅に大きくしてシリンダボア12とスカート部18との間の油膜を剥離するようにすれば、その領域における粘性摩擦力を無くし、全体として、ピストン14のシリンダボア12に対する摩擦力を低減できる。
次に、この実験の結果に基いて、摩擦力を最小にする各部の要素の形状、寸法の決め方について説明する。
図7は、上記実験の結果をシミュレーションによって確認した結果を示す図である。図7の横軸は、図2で説明した中央領域の長さBの半分であるB/2であり、縦軸は、ピストン14のスカート部18における摩擦力の大きさである。ここでは、スカート部18の全幅Aと、張り出し部におけるバレル長さEとバレル高さFを一定とし、隙間C1の大きさであるδを変化させて、摩擦力のB/2依存性を計算した。隙間C1の大きさであるδは、接続領域と両側領域との境界における隙間量であるので、これを大きくすることは、スカート部18において、中央領域の両側において、シリンダボア12に接触する面積を少なくすることになる。すなわち、図4、図5で明らかになったように、ピストン14の圧力支持にほとんど寄与していない領域において、シリンダボア12との間の隙間を大きくすることに相当する。
図7において、δを増加させてゆくと、摩擦力は次第に小さく減少特性を示す。これは、両側接続部隙間であるC1を増加してゆくにつれてシリンダボア12とスカート部18との間の接触実効面積が減少して摩擦力が減少してゆくからと考えることができる。図7の例では、δを0.7mmまで増加させるにつれて、摩擦力が減少する。ところが、δを0.7mmからさらに増加させても、摩擦力はそれ以上減少しない。すなわち、ある値のδで、摩擦力の減少は飽和状態となる。
したがって、δである両側接続部隙間C1は、両側接続部隙間C1を増加してゆくにつれてシリンダボア12とスカート部18との間の接触実効面積が減少して摩擦力が減少してゆく減少特性から、さらに両側接続部隙間C1を増加しても摩擦力の減少が飽和状態となる隙間量を有する飽和両側接続部隙間に設定されることが望ましい。
実際には、C1を飽和両側接続部隙間に設定すると、中央領域における油膜形成に影響を及ぼす可能性があるので、好ましくは、飽和両側接続部隙間以下の値にC1を設定することがよい。図7の例では、飽和両側接続部隙間が0.7mmであるので、C1を0.3mmから0.7mm程度とすることがよい。
図7において、中央領域長さBについての摩擦力の効果は次のようである。すなわち、中央領域長さBを減少してゆくにつれてシリンダボア12とスカート部との間の接触実効面積が減少して摩擦力が減少してゆく減少特性を示すが、さらに中央領域長さBを減少してゆくと接触面圧が過大となって油潤滑の油膜を破り摩擦力が急増する増加特性へ変化する。その臨界点である臨界中央領域長さは、図7の例ではB/2が約10mmであるので、Bは約20mmである。これをスカート部18の全幅Aとの比で規格化して示すと、(B/A)=0.4である。実際には、バラツキを考慮して、(B/A)を0.4から0.5とすることがよい。
したがって、中央領域長さBは、中央領域長さBを減少してゆくにつれてシリンダボアとの間の接触実効面積が減少して摩擦力が減少してゆく減少特性から、さらに中央領域長さBを減少してゆくと接触面圧が過大となって油潤滑の油膜を破り摩擦力が急増する増加特性へ変化する臨界点である臨界中央領域長さよりも長い長さに設定されることが好ましい。
このようにして、両側接続部隙間C1と、中央領域長さBを適切に設定することで、図7でA=Bとして黒丸で示される従来構造のスカート部に比べ、摩擦力を約10%減少させることができる。