近年のエネルギー資源の枯渇及び大量消費の見直しを背景とし、地球環境保護のため、高温高圧で使用する鋼構造体、特に、圧力機器の稼動においては、効率よくエネルギーを変換する技術が求められている。将来的には、原子力発電や、高速増殖炉、軽水炉、核融合炉等の低排出大型発電を実現する技術の開発が期待されている。
また、従来から稼働している石油、石炭又は天然ガス火力発電においても、地球温暖化防止の観点から、効率よく電気エネルギーを獲得する技術を開発することが重要視されている。
また、交通手段の車両から排出される排出ガス中に、地球環境に悪影響を与える物質が含まれていることから、燃料自体を清浄化し、該物質の排出量を低減するため、原油の脱硫をより高温高圧で行う、いわゆる、浸深度脱硫技術が注目されている。
このような、電力プラント及び化学プラントでの稼動率の向上、又は、精製率の向上のために、プラントを構成する機器の使用環境は、高温高圧化する傾向にあり、また、同時に、エネルギー需要の増大から、電力プラント及び化学プラントの建設需要が、世界規模で進行する現状において、電力プラント及び化学プラントを高温高圧化においても安定的に稼働し得る技術の開発が求められている。
現在、火力発電が電気エネルギーの大部分を賄い、また、化学プラントが450〜500℃の高温域で稼動している状況において、これらのシステムを構成する機器の事故は、エネルギーの供給の観点から致命的なものであって、上記システムの数日間の停止でさえ、社会に与える影響及び経済的損失は計り知れない。
このような操業不能を招く大規模な事故は、機器を構成する鋼板の損傷による場合が多いが、該損傷は、一般に、鋼板の溶接部で発生する。
溶接部の金属組織を採取し光学顕微鏡で観察すると、鋼材の変態点以上に加熱されて組織が変化し損傷の起点となり得る部位を特定することができるが、特に、溶接熱影響部の外縁(母材に最も近い部位)で生じる局部的なクリープ強度の低下に起因する破壊が、プラント機器の安全性の点から大きな問題となっている。
上記破壊(損傷)は、その発生位置による分類により、一般に、Type IV型損傷(又は、Type IV型破壊)として知られている現象(図1、参照)であるが、その発生機構に係る報告は少なく(非特許文献1及び2、参照)、発生機構解明のための共通認識は、未だ確立されていない。しがって、現在、工業的に実用化されたType IV型損傷防止技術は開発されていない。
プラント機器の設計においては、基準や規制で、溶接部がある場合の高温許容応力を決定する際の目安が定められているに過ぎず、機器・プラントメーカーの自主的な安全裕度追加により、大規模な事故の未然防止を図っているのが現状である。
このため、設計は、過剰に安全性を確保する設計となり、その結果、プラント機器の重量が増し、製造コストが増加する。さらに、プラント工程が増えて、操業コストが増大して、供給するエネルギーのコスト上昇が懸念される。エネルギーコストの上昇は、安定供給の支障となる。
また、過剰に安全性を確保する設計を行っても、溶接部の強度に依然として不安が残り、プラントの事故発生率を低減することは期待できないから、溶接部の強度低下は、エネルギーの安定供給を妨げる大きな要因となる。なお、鋼材の強度を高める組成設計をしても、プラントの設計強度は、溶接部の強度で決定するので、鋼材の機能の向上自体、意味がないことになる。
このように、溶接熱影響部におけるType IV型損傷を解消することは、エネルギー変換を高温高圧で行うプラントの建造にとって極めて重要である。即ち、溶接熱影響部におけるType IV型損傷の発生を防止することができれば、高温高圧プラント機器は、その機能を安定的に充分に発揮し、低コストエネルギーの安定供給に大きく貢献する。
ところで、溶接部(溶接継手)の強度低下は、一般に、10万時間で30〜50%といわれている。この強度の低下をなくすことは、低下率から推定して、高温プラント機器の強度は、逆に、30〜50%上昇することに等しい。この強度の上昇は、プラント操業条件の点でみると、操業温度が50〜80℃上昇することに匹敵する。
この操業温度の上昇は、例えば、火力発電プラントの場合、エネルギー変換効率を5%改善することになる。その結果、火力発電プラントは、原子力発電に匹敵する高効率エネルギー変換プラントになる。
以上の背景の下、高温高圧プラント用耐熱鋼材の溶接部における強度低下を抑制する技術の開発が精力的に行われ、その結果が、これまで数多く報告されている。その代表的な技術の一つとして、溶接熱影響部のクリープ特性を支える析出強化因子、例えば、炭化物、炭窒化物、酸化物を安定化する技術を挙げることができる(特許文献1〜5、参照)。
溶接熱影響部に存在する析出物は、マルテンサイト組織やベイナイト組織に内包される転位の移動を妨げる移動障害物であるから、変態点以上の温度に再熱されて分解固溶する可能性がある炭化物や炭窒化物を安定化することは、溶接部における強度低下の抑制する点で効果がある(特許文献1〜5、参照)。
また、酸化物は、再熱温度域でも分解固溶しないので、炭窒化物の替わりに酸化物を分散させて析出強化を図ると、溶接部における強度低下を抑制することができる(特許文献1〜5、参照)。
しかし、溶接熱影響部における析出物の安定化による効果は、析出物が極めて微細にかつ高密度に析出した場合にこそ大きいが、通常、転位密度が高いベイナイト組織やマルテンサイト組織においては不動転位密度が高いので、析出物の安定化は、主たる強化因子にならない場合がある。
また、炭化物や炭窒化物が大量に析出したまま分解固溶しない場合、再度冷却される際に、基材中の炭素濃度や窒素濃度が低下し、溶接熱影響部の組織形成に悪影響を及ぼす場合があり、溶接方法によっては、溶接熱影響部の強度低下を大幅に改善することができない場合もある。
特許文献6には、溶接部を、溶接後に、再度、母材とともに熱処理する技術、例えば、焼入れ焼戻し、又は、焼準焼戻しすることで、溶接熱影響部における強度低下を解決する技術が開示されている。
この技術は、溶接熱影響部の組織を、母材組織と同じ組織に戻す技術であり、以下の理由から、Type IV型損傷の発生を防止する工業的な技術として確率されたものではなく、本発明に比べ、効果が発現し難いものである。即ち、部品機器や構成ユニットがある程度以上の大きさになると、溶接構造体全体を同時に熱処理することは困難である。
さらに、上記方法では、溶接金属強度を、溶接まま、即ち、鋳造まま+焼戻しによって設計していることから、全体の焼入れ+焼戻しでは、溶接金属の高温強度を確保することが困難となり、Type IV型損傷発生以前に、溶接継手としては、強度の設計が困難となってしまう。
溶接構造体全体を、焼入れ又は焼戻しに必要な高温で熱処理するためには、大型炉を使用する必要があるが、大型炉の場合には、設備費が高くつき、また、使用するエネルギーコストも増大するので、特許文献6に開示の技術を工業的な大量生産に適用するためには、さらなる技術開発が必要となる。
しかし、溶接構造体全体を、焼入れ又は焼戻しに必要な高温で熱処理することは、実際には不可能であり、この熱処理で、溶接熱影響部におけるType IV型損傷を完全に抑制することはできない。
一方、非特許文献3には、溶接熱影響部組織の細粒化を抑制し、クリープ特性の改善を図る手法が報告されている。この手法は、溶接前にAc3変態点以上に加熱し、残留オーステナイトを3%導入し、その成長合体によって細粒化を防止するものであるが、セメンタイトを生成して残留オーステナイトを生成しない合金系には適用できないものである。
さらに、上記手法によれば、溶接後に、母材中に残留オーステナイトが生じて、クリープ中に徐々に変形が進行して、配管類や熱交換器系において大きな熱応力が発生するという、耐熱鋼としては致命的な事態を避けることができない。
即ち、非特許文献3は、工業的な特殊解しか提案しておらず、安定してType IV型損傷を抑制する技術を開示するものではない。非特許文献3は、むしろ、Bを90ppm添加すると、Type IV型損傷を安定的に抑制することができることを示唆するものである。
特開2002−332547号公報
特開2001−192761号公報
特開平11−256269号公報
特開平07−242935号公報
特開平06−065689号公報
特開2001−003120号公報
「高Crフェライト系先端耐熱鋼の熱影響部に見られるType IV型クリープ損傷を発生する組織の特定と生成機構」,鉄と鋼,Vol.90(2006)No.10,pp31−39
「高Crフェライト系先端耐熱鋼のType IV型クリープ損傷の組織支配因子の考察」,鉄と鋼,Vol.90(2006)No.10,pp40−48
「細粒化を抑制したP92HAZ再現材のクリープ特性」,CAMP−ISIJ,Vol.19(2006),1180
図1に、フェライト系耐熱鋼材の溶接熱影響部に発生したType IV型損傷の断面を示すが、本発明のフェライト系耐熱鋼材(本発明鋼材)は、溶接熱影響部において、図1に示すType IV型損傷が発生しないから、溶接熱影響部のクリープ特性が著しく優れたものである。
本発明鋼材は、質量%で、C:0.01〜0.20%、Si:0.02〜0.50%、Mn:0.05〜1.0%、P:0.02%以下、S:0.01%以下、Cr:0.4〜12.0%、N:0.002〜0.15%、及び、Mo:0.05〜2.0%、W:0.05〜3.0%、Re:0.05〜2.0%のうちのいずれか1種又は2種以上、さらに、適宜、Ti:0.01〜0.20%、Zr:0.003〜0.20%、Nb:0.01〜0.50%、V:0.01〜0.50%、Ta:0.01〜0.15%のいずれか1種又は2種以上を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、かつ、下記式(1)で定義する溶接熱影響部焼入性指数HDIが、0.5〜80で、Ac1変態点〜Ac1変態点+300℃に加熱される鋼材の溶接熱影響部位に、(z1)転位密度が、1.0×1012個/m2以上(Cr:0.4〜3.0%の場合)、又は、1.0×1013個/m2以上(Cr:3.0超〜12.0%の場合)の低温変態組織が生成し、かつ、(z2)300℃〜Ac1変態点に保持する溶接後の熱処理により、上記部位の大傾角粒界におけるM23C6型炭化物及び他の析出物の粒界長さ占有率が30%以上となる潜在特性を有することを特徴とするフェライト系耐熱鋼材である。
HDI=√[%C]√[%N](1+0.5[%Si])(1+3[%Mn])(1+2[%Cr])(1+3[%Mo])(1+0.8[%W])(1+0.3[%Cu])(1+0.5[%Ni])(1+2.5[%Nb])(1+1.5[%V])(1+0.5[%Al])(1+0.3[%Ti])(1+0.3[%Zr])(1+0.2[%Re])(1+25[%B])(1+0.5[%Co])(1+0.2[%Ta])・・・(1)
ここで、溶接熱影響部焼入性指数HDIの式(1)は、炭素量が0.2%C以下の低合金鋼の溶接熱影響部における焼入性を評価するにあたり、一般に用いられる理想臨界直径DIの式を最適化したものである。すなわち、主要合金元素Xの焼入性倍数fXは一次式fX=1+αX[%X]で表せると仮定して、炭素量が0.2%C以下の低合金鋼の溶接熱影響部の光学顕微鏡組織観察結果を元に、回帰分析により、αXを決定して求めた。焼入性倍数の式を前記一次式と仮定した理由は、一般に良く知られたGrossmannらが求めた焼入性倍数の図において、各主要合金元素の焼入性倍数が一定範囲で、前記一次式で表されることによる。ただし、炭素量および窒素量については、1/2乗に比例することを知見したため、(1)式では1/2乗として組み入れている。
なお、フェライト系耐熱鋼では焼き戻して使用する場合がほとんどであり、その結果、有効結晶粒径がおおよそ10〜15μmとほぼ一定となることもわかったので、結晶粒径の影響については、HDIの式には組み入れていない。
したがって、対象製品の溶接熱影響部焼入性を指数HDIで表すことができる。
このHDIと鋼材の特性との関係から、満足すべきHDIしきい値を決定して適用した。
なお、溶接後の熱処理は、300℃以上、Ac1変態点以下に、所定の時間、例えば、1分以上保持する残留オーステナイト低減又は消失熱処理、及び/又は、粒界炭化物析出促進熱処理であるが、これについては、後述する。
まず、化学成分及びHDI値の範囲を前述のように限定する理由について説明する。なお、%は、質量%を意味する。
C:Cは、フェライト系耐熱鋼材の焼入性の向上に寄与し、同時に、M23C6型炭化物および他の析出物及びMX型窒化物を形成して、母鋼材と溶接部のクリープ破断強度の向上に寄与する。この向上効果は、0.01%以上の添加で明瞭となるが、0.20%を超えて添加すると、炭化物及び/又は窒化物の粗大化が著しく、かえってクリープ破断強度を損なう場合があるので、上限を0.20%とする。加工性及び組織安定性を考慮すれば、0.05〜0.12%が好ましい。
Si:Siは、製鋼工程で脱酸剤として添加するが、鋼の強度向上、及び、高温での耐水蒸気酸化性の向上に寄与する元素である。0.02%以上の添加で、その効果が顕著となるが、0.50%を超えて添加すると、酸化物クラスターを生成して靭性が低下するので、上限を0.50%とする。安定して、水蒸気酸化性と靱性を両立させるには、0.1〜0.35%が好ましい。
Mn:Mnは、鋼の強度及び靭性の向上に寄与する元素であるので、0.05%以上添加する。一方、1.0%を超えて添加すると、クリープ破断強度が低下するので、上限を1.0%とする。長時間のクリープ破断強度を高める目的からすると、0.1〜0.5%が好ましい。
Cr:Crは、焼入性を著しく高める元素であり、耐熱鋼では、M23C6型炭化物を析出させ、高温強度を高め、さらに、高温水蒸気酸化性も同時に高める元素である。この向上効果を確保するため、0.4%以上添加する。一方、12.0%を超えて添加すると、δフェライトの残留が著しくなり、クリープ破断強度や靭性が著しく低下するので、上限を12.0%とする。
工業的に、均一な焼入組織を得て、同時に、所要レベルの耐水蒸気酸化性を得るためには、1.0〜9.0%が好ましいが、さらに、クリープ強度を高めるには、3.0〜7.0%が、より好ましい。
P、S:P及びSは、不可避的な不純物元素であるので、少ないほうが好ましく、Pは0.02%以下、Sは0.01%以下とする。
N:Nは、MX型炭窒化物及び/又はMX型窒化物を形成し、母鋼材と溶接部のクリープ破断強度の向上に寄与する元素であるので、0.002%以上を添加し、上記向上効果を確保する。
一方、Nを、0.15%を超えて添加すると、MX型窒化物の過剰生成や、凝集・粗大化を招き、かえって、母鋼材のクリープ破断強度が低下するし、また、溶接部の低温変態組織に残留するMX型窒化物も粗大化して、溶接熱影響部のクリープ破断強度が向上しないので、上限を0.15%とする。
Mo:Moは、母鋼材を固溶強化すると同時に、M23C6型炭化物や、M2C型炭化物を安定化し、母鋼材の高温強度を高める元素である。0.05%未満では、その向上効果が小さいので、0.05%以上添加する。一方、2.0%を超えて添加すると、δフェライトの生成を促進すると同時に、M6C型炭化物とLaves相の析出、及び、それらの凝集・粗大化を促進するので、上限を2.0%とする。
W:Wは、母鋼材を固溶強化し、M23C6型炭化物の長時間安定化に寄与すると同時に、金属間化合物として析出し、高温長時間側のクリープ破断強度を著しく高める。この向上効果を確保するためには、0.05%以上の添加が必要である。一方、3.0%を超えて添加すると、δフェライトと粗大な金属間化合物が生成し、高温強度と靭性を損なうので、上限を3.0%とする。好ましくは、0.5〜2.0%である。
Re:Reは、母鋼材の組織の回復を遅延させて、組織の強化を促進する。この促進効果を確保するためには、0.05%以上の添加が必要である。一方、2.0%を超えて添加すると、δフェライトの生成により靱性が劣化する場合があるので、上限を2.0%とする。
Ti、Zr、Nb、V、Ta:Ti、Zr、Nb、V、及び、Taは、MX型窒化物を形成し、母鋼材と溶接部のクリープ破断強度を高める元素である。この向上効果を確保するため、1種又は2種以上を添加するが、Tiは0.01%以上、Zrは0.003%以上、Nbは0.01%以上、Vは0.01%以上、Taは0.01%以上添加する。
一方、Ti、Zr、Nb、V、及び/又は、Taを過剰に添加すると、MX型窒化物の過剰生成や、凝集・粗大化を招き、母鋼材のクリープ破断強度は向上しないし、また、溶接部の低温変態組織に残留するMX型窒化物も粗大化して、溶接部のクリープ破断強度の向上に寄与しないので、Tiは、0.20%以下、Zrは0.20%以下、Nbは0.50%以下、Vは0.50%以下、Taは0.15%以下の範囲で添加する。
本発明鋼材は、上記元素の他、本発明鋼の特性、及び、溶接部の特性を阻害しない通常の範囲で、不可避的に、他の元素、Al、Oを含有してもよい。
低Cr鋼を、500℃以下の比較的低温の領域で使用する際に、むしろ、靱性を重視して、Alを脱酸元素として添加する場合がある。この場合、Alを最大0.05%まで添加することが可能である。
一方、製鋼技術的には困難を伴うが、通常、クリープ破断強度の観点から、Alを0.005%以下に抑制することが好ましいが、製鋼技術上の制約もあり、Alの下限を、0.001%とする。
Oは、Cr添加を前提とする成分であり、基本的に添加しないが、不純物量程度の0.01%以下の範囲内で、耐火物の損耗を防ぐため、敢えて添加する場合がある。この場合に、Oは、微小酸化物を生成して鋼材中に存在し、固溶化処理時に、結晶粒が異常に成長するのを抑制する効果を発揮する。
本発明鋼材は、クリープ特性のさらなる向上のため、又は、他の特性の向上のため、上記以外の他の元素を含有してもよい。
本発明鋼材は、鋼材の焼入性を高めるため、Bを0.0003〜0.005%含有してもよい。0.0003%未満の添加では、焼入性向上効果が得られないので、0.0003%以上添加するが、0.005%を超えて添加すると、溶接性、特に、高温割れ、又は、溶接後の再熱脆化を引き起こすことがあるので、上限を0.005%とする。
上記のフェライト安定化元素を多量に添加すると、相安定性が低下して、δフェライトが生成し、クリープ破断強度が低下することがあるので、γ相を安定化し、この強度低下を回避するため、Ni、Co、Cuのいずれも、0.01%以上添加することができる。
一方、過剰に添加すると、鋼材の高温クリープ特性を損ねるので、Niは0.5%以下、Coは3.0%以下、Cuは1.5%以下の範囲で添加する。
また、本発明鋼材においては、粗大硫化物、具体的には、MnSが偏析部に粗大析出することを防止するため、また、粒界に偏析してクリープ破断強度を低下させるSを固定するため、Ca:0.0003〜0.005%、Mg:0.0003〜0.01%、La:0.005〜0.05%、Ce:0.005〜0.10%、Y:0.005〜0.10%、Ba:0.0003〜0.005%のうちの1種又は2種以上を含有してもよい。
本発明鋼においては、個々の元素の組成に加え、上記式(1)で定義する溶接熱影響部焼入性指数HDIを、“0.5〜80”、好ましくは“3.0〜65”に限定する。このHDIの定義及び限定は、以下に説明するように、高強度のフェライト系耐熱鋼材を得るために重要な条件であり、かつ、溶接熱影響部の組織で発生するType IV型損傷の発生を回避する技術を有効に適用する上で、重要な条件である。
溶接熱影響部焼入性指数HDIが、所要の範囲内にあれば、溶接熱影響部外縁において、溶接熱により、Ac1変態点以上、Ac1変態点+300℃以下の範囲の温度に曝されて生成した細粒組織が存在していても、内部の転位密度が高いままに維持されて、従来から課題となっている“細粒組織域の転位密度低下”を、直接、防止することができる。
溶接熱影響部における“細粒組織域の転位密度低下”を防止することができれば、Type IV型損傷の発生を抑制することができるから、HDIが所要の範囲に限定されていることは、本発明鋼材において、極めて重要な要件である。
HDIは、鋼の焼入性、特に、溶接熱影響部の焼入性を評価する指標であるが、本発明者は、溶接熱影響部の焼入性の良否が、溶接熱影響部への転位の導入に大きく影響するので、個々の元素の焼入性を総合して評価する指数を、新規に上記式(1)で定義し、本発明鋼材においては、その値を0.5〜80に規制した。この点が、本発明の第一の特徴である。
溶接熱影響部焼入性指数HDIを、0.5〜80に、好ましくは、3.0〜65に規制した理由は、次の通りである。
本発明鋼材において、HDIが0.5未満であると、溶接熱影響部の焼入性は低いままであり、一度、加熱を受けた部位が、溶接熱影響部の組成や冷却速度に依存して、再度、変態する際、低温変態する能力を欠くことになる。
その結果、溶接熱影響部の組織は、ベイナイト又はマルテンサイトとなり難く、一部は、フェライト組織になってしまうので、溶接熱影響部の高温クリープ強度が著しく低下して、典型的なType IV型損傷が生起することになる。
したがって、溶接熱影響部焼入性指数HDIは、最低限必要な値として、0.5を下限とする。なお、溶接熱影響部において、組織が、複数回の熱サイクルを受ける場合でも、低温変態する能力を確実に確保するため、HDIは、3.0以上が好ましく、5.0以上が、より好ましい。
一方、本発明鋼材が、HDIの値として80を超える強い焼入性を有する場合、溶接熱影響部の強度は極めて高くなり、その結果、溶接残留応力に起因の高温割れが発生する可能性があり、また、焼戻した場合における焼戻し脆化が顕著となって、場合によっては、焼戻し割れが発生する可能性がある。
それ故、HDIの上限は80とするが、高温割れや、焼戻し割れの発生の可能性を確実になくすためには、65以下が好ましい。
通常、フェライト系耐熱鋼材の溶接は、1kJ/mm以上の溶接入熱で行うが、1kJ/mm以上の溶接入熱の影響を受けて、冷却後、溶接熱影響部に細粒の低温変態組織が生成する。
上記化学成分及び上記HDIの本発明鋼材においては、1kJ/mm以上の溶接入熱の影響を受けて、冷却後、細粒の低温変態組織が生成しても、転位密度が、1.0×1012個/m2以上(Cr:0.4〜3.0%の場合)、又は、1.0×1013個/m2以上(Cr:3.0%超〜12.0%の場合)の低温変態組織が生成し、転位の挙動により、溶接熱影響部において、Type IV型損傷が発生するのを抑制することができる。
即ち、本発明鋼材は、溶接後に、溶接熱影響部において、Type IV型損傷の発生を抑制することができる転位強化低温変態組織が生成するという潜在的な特性(潜在特性)を備えるものである。この点が、本発明鋼材の第二の特徴である。
転位密度の下限が、3%Crを境にして異なる理由は、次の通りである。
Cr量の多寡により、合金状態図の形態が変化する。Cr量が少ないと、鉄−炭素系状態図に近い形態のγループ型状態図となり、Cr量が多いと、典型的なγループ型状態図となる。即ち、Cr量の多寡により、及び/又は、第3元素の影響(この影響の度合いはCr量の多寡に応じて変化する)により、鋼材の変態点は変化し、当然に、焼入性は変化する。
焼入性の変化は、そのまま、低温変態組織そのものを変えることになる。即ち、Cr量が少ないと、ベイナイト主体の組織となり、Cr量が多いと、マルテンサイト主体の組織となる。したがって、溶接熱影響部の細粒域に導入すべき転位の転位密度は、細粒域に生成する低温変態組織により変えなければならず、当然に、Cr量の多寡に応じて溶接熱影響ぶの細粒域に導入すべき転位の転位密度を変えるべきである。
即ち、鋼材が、Cr:0.4〜3.0%を含有する場合は、転位密度が1.0×1012個/m2以上の低温変態組織を形成し、鋼材が、Cr:3.0%超〜12.0%を含有する場合は、転位密度が1.0×1013以上の低温変態組織を形成する。
このように、溶接熱影響部の転位密度の下限を、Cr量3%を境に数値を変えて設定し、下限値以上の転位を溶接熱影響部に導入すれば、溶接熱影響部の転位密度は、母鋼材の転位密度に比較して、低下しないことになる。
なお、本明細書において、転位密度は“個/m2”で表示するが、単位を表示していない場合も、転位密度の単位は“個/m2”である。
低温変態組織は、ベイナイト及び/又はマルテンサイトであり、溶接熱影響部を、腐食液(ナイタール、ピクリン酸、硝酸、王水等)でエッチングし、光学顕微鏡で観察することにより、低温変態組織の生成を確認することができる。
本発明鋼材において、Ac1変態点〜Ac1変態点+300℃に加熱される鋼材の溶接熱影響部位に、予め、旧オーステナイトの粒径が球相当平均直径で100μm以上の低温変態組織を形成しておくと、溶接後の低温変態組織の細粒化を、さらに防止して、溶接熱影響部におけるType IV型損傷の発生を、より完全に抑制することができる。
平均粒径が100μm未満であると、必然的に、粒径100μm以下のオーステナイト結晶粒が多く存在することになり、溶接後の低温変態組織が細粒化する傾向を示し、Type IV型損傷が発生する可能性を高める場合がある。
低温変態前のオーステナイト結晶粒の平均粒径を100μm以上とし、低温変態組織の細粒化を抑制するため、少なくとも、溶接前の開先を含む部位(1kJ/mm以上の溶接入熱の影響を受ける部位)又は部品全体に、最高加熱温度:1000〜1400℃、保持時間:1〜60000秒、及び、冷却速度:0.1〜50℃/秒の熱処理(以下「Type IV型損傷回避熱処理」ということがある。)を施し、その後の溶接において、溶接熱影響部の全領域が10℃/秒以上の昇温速度で昇温される溶接条件を選択することが好ましい。
なお、旧オーステナイト粒径は、低温変態組織を、光学顕微鏡で、100倍の倍率で少なくとも10箇所を観察して確認した。
しかし、溶接前、少なくとも開先を含む部位に、上記の溶接前熱処理、即ち、Type IV型損傷回避熱処理を施しても、溶接条件が、開先形状や溶接方法によって変動し、溶接部が、溶接熱の影響を複数回にわたり受ける場合には、旧γ粒界から発生する拡散変態型新生γ粒が増殖し、この新生γ粒の増殖が、長期の溶接部特性に影響し、無視し難い強度の低下を招く場合があることを、本発明者は、本発明鋼材の開発過程で見いだした。
さらに、HDIを管理し、本発明で規定する範囲に制御しても、複数回の細粒域相当熱サイクルを受ける熱影響部では、その回数の増とともに、漸次、転位密度が低下して、本発明の規定する転位密度を確保することができない溶接熱影響組織が、局所的に形成されることがあることも見いだした。
この新生γ粒の増殖現象、及び/又は、転位密度の低下現象は、比較的大型の構造物のように、肉厚で、多数パス溶接を必要とした溶接部で見られるが、本発明で規定する転位密度を有する溶接熱影響部の場合、後続パスの熱影響により、先行パスで生成した溶接熱影響部外縁の組織が、別の組織に変化し、結局は、溶接部の破断強度に影響しないか、又は、ほぼ90%以上の溶接熱影響部外縁の組織が、細粒域相当熱サイクル、即ち、Ac1変態点〜Ac1変態点+300℃の温度に曝されず、Type IV型損傷が発生し難いものとなる。
しかし、長時間使用して脆化した耐熱鋼材料の場合、Type IV型損傷が、一部にでも、一度、発生すれば、損傷起点は、短時間の内に、大規模な損傷に発展する可能性があるのであり、僅かでも、Type IV型損傷発生の可能性があれは、それを無視することはできない。
本発明鋼材は、溶接構造物の一部において見られる、本発明で規定するHDI範囲を満たし溶接熱影響部の転位密度を高めただけでは解決しきれない、ごく僅かなType IV型損傷発生の可能性をも根絶し、耐熱溶接構造体の破壊の危険性を払拭することができる、工業的に極めて重要な技術である。
本発明鋼材においては、ごく僅かなType IV型損傷発生の可能性をも根絶するため、以下の二つの手法を、選択的に一種、又は、二種採用する。
即ち、第一の手法は、Type IV型損傷回避熱処理を施して形成した溶接部の溶接熱影響部外縁、具体的には、Ac1変態点〜Ac1変態点+300℃に加熱される鋼材の溶接熱影響部位に、大傾角粒界におけるM23C6型炭化物及び他の析出物の粒界長さ占有率が30%以上となる組織を形成することである。
この手法を用いる場合、Cr量が多い方が望ましく、最低でも、0.4%以上必要である。Cr量が1.0%以上、好ましくは3.0%以上であると、M23C6型炭化物及び他の析出物による効果がより顕著に発現する。特に、M23C6型炭化物のMは、Cr、Fe、W、Mo、Reの1種又は2種以上を意味するので、これら元素の添加は、M23C6型炭化物による効果を強めることになる。
また、他の析出物としては、前述の炭窒化物と金属間化合物が有効であるが、Mo、Wは、金属間化合物Laves相の構成元素であるから、粒界の被覆率の向上に、さらに寄与する。また、Ti、Nb、V、Zr、Ta等のMX型窒化物形成元素は、同時に、炭窒化物となった場合に、粒界に、M(C,N)又はM2(C,N)型析出物として析出し、粒界被覆効果を高めることも、本発明者の研究の結果、明らかとなった。
加えて、Bは、M23C6型炭化物及び他の析出物の安定化に有効な元素である。特に、溶接前に、少なくとも開先を含む部位に、Type IV型損傷回避熱処理を施し、旧γ粒径を10μm以上にすると、炭化物の粒界析出割合は、必然的に増加する。
また、Type IV型損傷回避熱処理を施した場合、該熱処理を施さない場合に比べ、溶接前、鋼母材中のC濃度は、ほぼ添加量にまで回復しているから、溶接後に施す残留オーステナイト消失熱処理、即ち、Ac1変態点以下に、少なくとも1分間保持すると、M23C6型炭化物及び他の析出物は、粒界に容易に析出する。
溶接熱影響部位の組織の大傾角粒界に析出したM23C6型炭化物及び他の析出物の粒界被覆率は、電子顕微鏡を用い、5000倍の倍率で観察して、簡便かつ正確に測定することが可能であることを、本発明者は、実験的に見いだし、上記粒界被覆率(粒界線の長さ占有率とも言う)と、溶接熱影響部のクリープ破断強度との関係を調査した。
その結果、M23C6型炭化物及び他の析出物による粒界線の被覆率が30%以上となると、溶接熱影響部のクリープ破断強度が向上することが判明した。このとき、主要な被覆析出物は、M23C6型炭化物であった。
即ち、溶接熱影響部の組織における大傾角粒界、ここでは、隣接する結晶粒間の<110>面、即ち、低温変態組織を有するBCC金属の最優先すべり面の法線ベクトルのなす角が15°以上となる粒界に析出したM23C6型炭化物および他の析出物が、組織回復時の転位の移動抑制に有効に作用し、クリープ破断強度の低下の防止に有効に作用することが判明した。
したがって、溶接後の熱処理においては、Ac1変態点以下で1分以上保持すべきであるが、同時に、M23C6型炭化物及び他の析出物の粒界被覆率が、倍率5000倍の電子顕微鏡観察にて、粒界被覆率30%以上なるような熱処理条件を選択すべきである。
具体的には、750℃〜Ac1変態点以下であれば、1〜30分、700〜750℃未満であれば、1時間、600〜700℃未満であれば、2時間、500〜600℃未満であれば、3時間、400〜600℃未満であれば、5時間の保持が好ましい。
この溶接後の熱処理と、本発明鋼材の化学成分規定及びHDI規定により、複数回、Ac1変態点〜Ac1変態点+300℃に加熱される鋼材の溶接熱影響部においても、長期にわたり、クリープ破断強度の低下を防止することができることを、本発明者は見いだした。
それ故、本発明鋼材の溶接熱影響部の組織において、M23C6型炭化物及び他の析出物の粒界被覆率が、5000倍の電子顕微鏡観察にて30%以上であることを、一要件として既定した。
第2の手法は、溶接熱影響部における変態点を通過する熱履歴に曝されても、析出形態が殆ど変化しない安定な窒化物を、溶接熱影響部を強化する主要な析出強化因子として導入することである。
本発明鋼材では、溶接前のType IV型損傷回避熱処理により、クリープ変形中、溶接熱影響部において、転位密度の顕著な低下は生じ難い。しかし、溶接熱影響部に、繰り返し、細粒域相当の熱サイクルが加わると、焼入性の低下が徐々に進行して、転位組織の強度が、局部的に低下する現象を避けることが難しい。
この場合、旧γ粒は、徐々に小さくなる傾向があり、その分、さらに、粒内不動転位密度は低下する。不動転位密度が低下した組織においては、クリープ変形で導入された可動転位を効果的に止めることが困難となる場合があるので、ここに、析出形態が殆ど変化しない安定な窒化物を導入して、転位の移動を効果的に抑制し、高温での組織回復を防止して、クリープ破断強度を高めることが有効である。
母鋼材の組織のごとく、転位密度の高い組織において、このような安定窒化物は、極めて長時間を経ないと、強度向上に有効に寄与しないが、溶接熱影響部のような低転位密度の組織部位では、有効な強化機構になり得ることも、本発明者が見いだした。
このような知見に基づいて、本発明鋼材では、Ti、Nb、V、Zr、Taの1種又は2種以上のMX型窒化物(ただし、炭化物と固溶していない窒化物)を、所要の添加量のもとで、所要の個数以上、溶接熱影響部の低温変態組織(ベイナイト及び/又はマルテンサイト)中に微細に分散させ、溶接熱影響部のクリープ破断強度を著しく高める手法を採用した。
それ故、溶接を、1kJ/mm以上の溶接入熱で行う場合、母鋼材の組織中に微細に分散している、Ti、Zr、Nb、V、Taのいずれか1種又は2種以上のMX型窒化物が、溶接後も、溶接部の低温変態組織の中に微細に残留する溶接条件を選択することが好ましい。具体的には、過大な入熱、例えば、20kJ/mm以上の入熱量で溶接し、溶接熱影響部を、長時間、高温に曝すことは、避けることが好ましい。
上記“安定な窒化物”は、前述したように、Ti、Zr、Nb、V、Taのいずれか1種又は2種以上のMX型窒化物(Xは、Nに該当する)であり、母鋼材が変態点の直上に加熱されても、短時間の加熱であれば、分解・固溶し難い安定な窒化物であるので、溶接後も、溶接熱影響部において、形態を変えずに、そのまま残留し、析出強化能を失うことがない。
MX型窒化物が、低温変態組織(ベイナイト及び/又はマルテンサイト)の中に微細に残留すると、溶接部の強度を維持することができるので、結果的に、溶接部のクリープ破断強度が向上することになる。
MX型窒化物は、マルテンサイトのラス内、又は、ベイナイト及び/又はマルテンサイトのブロック粒内に残留すると、安定な窒化物の微細分散効果が顕著に発現し、溶接部のクリープ破断強度がより向上する。
MX型窒化物は、低温変態組織中のMX型窒化物の分散析出状態は、透過電子顕微鏡を用いて観察することができる。
本発明鋼材においては、透過電子顕微鏡を用いた5万倍の観察にて確認した球相当直径:200nm以下のMX型窒化物を、2個/μm2以上、ベイナイト及び/又はマルテンサイトの低温変態組織中に分散させることが好ましい。
MX型窒化物の球相当直径が200nm超で、かつ、析出個数が2個/μm2未満であると、窒化物による析出強化機構が機能しないので、MX型窒化物の球相当直径は200nm以下とし、MX型窒化物の個数は、2個/μm2以上が好ましい。
さらに、本発明鋼材においては、Ti、Zr、Nb、V、Taのいずれか1種又は2種以上とNを、規定の範囲内で含有すれば、常時、安定して、MX型窒化物が分散、析出しているので、変態時の固溶Nが、多量に失われることがなく、多重熱影響細粒部位においても、焼入性は変化せず、該部位が存在していても、その存在が、Type IV型損傷の発生を助長することはない。
本発明は、上記のように、溶接前熱処理と安定窒化物の分散析出を併用することにより、多重の熱サイクルのような複雑な熱履歴を受けた多重熱影響細粒部位を抱える溶接部であっても、クリープ破断強度が低下しない、高強度の溶接部を、実際に形成することができる技術である。
次に、本発明鋼材の製造と、溶接部特性の確認について説明する。
本発明鋼材で規定する化学成分の鋼を、通常の高炉−転炉−連続鋳造の銑鋼一貫プロセス、又は、電気炉製鋼法、直接還元製鉄法等を用いて溶製し、続いて、溶鋼を、インゴット鋳造法又は連続鋳造法で鋳込んで、所定の寸法・形状の鋳片とする。
上記鋳片に熱間圧延を施して鋼板とし、また、さらに、鋼板を加工・成型して鋼管とするか、鋳片を熱間圧延又は熱間押出によってシームレス鋼管とするか、又は、上記鋳片に鍛造を施して鍛造部材とし、所要の調質熱処理、即ち、焼入れ−焼戻し処理、又は、焼準−焼戻し処理を施して、焼戻しベイナイト及び/又は焼戻しマルテンサイトを実質的に80%以上含む組織を形成する。
本発明鋼材においては、焼戻しベイナイト及び/又は焼戻しマルテンサイトを、ベイナイト及び/又はマルテンサイトと称するが、ベイナイト/マルテンサイトの体積率(体積%)は、光学顕微鏡による観察で知ることができる。
上記調質熱処理を施した鋼材は、本来的に、良好な高温クリープ特性及び靱性、また、良好な加工性を有していて、プラント建設用に適する鋼材であるが、さらに、鋼材特性に関し、前記式(1)で定義するHDIが0.5〜80に規制されているので、プラント建設用に好適な鋼材である。
本発明鋼材においては、溶接熱で、Ac1変態点〜Ac1変態点+300℃に再加熱された部位でも、また、旧γ粒径が最小2μm程度まで減少した部位でも、該部位の組織は、冷却時に低温変態し、ベイナイト(Cr:0.4〜3%)又はマルテンサイト(Cr:3超〜12%)を主体とする組織となり、溶接熱影響部においてType IV型損傷は発生しない。
本発明者は、このことを、上記部位(再加熱を受けた部位、旧γ粒径が最小化した部位)の断面組織を、ピクリン酸飽和アルコール溶液でエッチングし、光学顕微鏡を用い、100倍の倍率で観察した。
なお、Type IV型損傷の発生の有無は、旧γ粒径が小さい場合、光学顕微鏡による組織観察では判別が困難であるので、同時に、透過電子顕微鏡を用いて、1万倍の倍率で組織観察を実施し、溶接後熱処理の後でも、溶接部の組織が、健全な低温変態組織(ベイナイト又はマルテンサイト)であることを確認した。
その後、X線回折ピーク高さ判定法を用いて、上記部位(再加熱を受けた部位、旧γ粒径が最小化した部位)における転位密度を測定し、ベイナイト(Cr:0.4〜3%)及びマルテンサイト(Cr:3超〜12%)において、転位密度が、それぞれ、1×1012以上及び1×1013以上となっていることを確認した。
ここで、転位密度の測定方法に用いたX線回折ピーク高さ判定法として、具体的には、X線回折ピークの半価幅から評価する方法(下記の参考文献1参照)を用いた。試験片素材を10mm×10mm×2mmに切断加工後、主面を鏡面研磨した後、化学研磨または電解研磨によって鏡面研磨表面を50μm以上溶削した。この試料をX線回折装置に設置し、前記研磨主面に、Cr−KαまたはCu−Kα特性X線を入射して、背面反射X線回折法により、α−Fe(110)、(211)および(220)面の回折線の測定を行った。Cr−KαまたはCu−Kα特性X線は、それぞれ、近接するKα1線およびKα2線からなる。このため、Rachingerの方法(下記の参考文献2参照)によって、それぞれの結晶面の回折ピークにおいて、近接するKα2線回折ピーク高さを差し引いて、Kα1線回折ピーク半価幅を評価した。この回折ピーク半価幅は、結晶内の平均歪みεに比例するため、Williamson-Hall法(下記の参考文献3参照)によって、この半価幅からεを求めた。
さらに、このεから、参考文献1に記載の(10)式:ρ=14.4ε2/b2
を用いて、転位密度ρ(個/m2)を求めた。bはバーガースベクトルの大きさ(=0.248×10-9m)である。
参考文献1:中島孝一ら「X線回折を利用した転位密度の評価法」材料とプロセス、日本鉄鋼協会、Vol.17 (2004), No3, p.396−399
参考文献2:Guinier,A.、高良和武ら訳「X線結晶学の理論と実際 改訂3版」理学電機(1967), p.406
参考文献3:G.K.Williamson and W.H.Hall, Acta Metall.,1(1953),p.22
このようにして、本発明鋼材の化学成分の範囲で、溶接熱影響部の組織が、Type IV型損傷が発生し難い組織となっていることを確認した。
また、Ti、Zr、Nb、V、Taのいずれか1種又は2種以上の、安定なMX型窒化物を鋼材中に微細に分散・析出させ、溶接後も溶接部に微細に残留せしめると、複雑な多重の熱サイクルを受けた溶接熱影響部においても、従来から問題となっているType IV型損傷が発生しないことを、3万時間以上のクリープ試験で確認した。
続いて、上記のType IV型損傷が発生し難い組織を含む溶接部から、溶接線と垂直な方向に沿って、直径6mmφ、評点間距及び平行部が、ともに、30mmのクリープ破断試験片を採取し、クリープ破断試験を行った。
鋼材の使用想定温度から最大100℃高い温度に至る温度範囲において、温度加速クリープ試験を行い、その試験結果に基づいて、10万時間推定のクリープ破断強度を、3次曲線外挿を用いるLarson-Miller-Parameter法で得た。
本発明鋼材は、化学成分とHDI値を前提に、溶接熱影響部の転位密度を規定して、Type IV型損傷の発生を抑制するものであるが、化学成分が同一であっても、結晶粒径により焼入性は変化する。
特に、旧オーステナイト粒径(旧γ粒径)が連続的に大きく変化する溶接熱影響部において、旧γ粒径の影響は顕著であり、旧γ粒径が、もともと、数十μmの粒径であるか、100μmを超える粒径であるかは、前述したように、後続の溶接によって生成する溶接熱影響部の旧γ粒径に影響を与えることになる。
この理由は、溶接入熱が比較的大きい場合、溶接熱影響部が溶接熱に曝される時間が、結果的に、α→γ変態の後のγ粒に、粒成長する時間的な余裕を提供することになるということである。
したがって、本発明鋼材においては、特に、Type IV型損傷の発生を確実に抑制するため、前述したように、溶接熱の影響を受ける前組織の旧γ粒径を、100μm以上にすることが好ましい。
母鋼材の旧γ粒径が100μm以上であれば、HDI値が、本発明で規定する範囲内で、低い領域の鋼材であっても、HDI値が高い領域の鋼材並みのType IV型損傷抑制効果を発揮することができることを、本発明者は、鋭意研究の結果見いだした。この点も、本発明の特徴の一つである。
なお、本発明鋼材のType IV型損傷抑制効果を確認するに際し、Type IV型損傷の発生の有無は、溶接部のクリープ破断強度と、母鋼材のクリープ破断強度の比で判定した。
従来技術では、Type IV型損傷を発生する溶接部の10万時間推定のクリープ破断強度は、母鋼材のクリープ破断強度に対して、0.5〜0.6程度であり、0.7を超えることはほとんどない。
そこで、本発明鋼材の溶接部のクリープ破断強度を評価するに際しては、外乱因子となる溶接状態や溶接金属強度、継手の形状や健全性をも考慮して、クリープ破断強度比の閾値を、上記“0.7”を超える“0.8”とした。
また、溶接部に対し、通常、遅れ破壊や脆化を回避するため、さらに、溶接後熱処理(Post Weld Heat Treatment、以下「PWHT」と記載することがある)を施すことがある。このPWHTにより、溶接部とその近傍の組織の強度、靱性が、ともに改善されるが、鋼材、又は、開先を含む溶接前の継手部位に存在する残留オーステナイトが、溶接後も、母鋼材中又は上記部位に残留したままであると、例えば、圧力機器を高温で使用して途中、温度及び負荷応力に起因して、マルテンサイトや、フェライトとCr炭化物等が経時的に変態又は変質するか、又は、何らかの外的要因が作用して、析出物の周囲に纏った高密度転位が解放されて、鋼材全体又は機器全体として、大きな体積変化が生じる可能性がある。
この体積変化は、特に、高温蒸気を搬送する配管類に対して、熱応力の他、配管類の各所に応力を付与することとなり、結果的に、圧力機器の損傷の一因となる。
残留オーステナイト量と配管の変形率の関係は、欧州では、既に、経験的に知られている。本発明者は、小形の試験片を用いて仮想試験を行い、中途変態又は変質による変形への影響を調査した。その結果を、図2に示す。
図2から、650℃において、変形が、変形限度の0.5%(100mの直線配管で、50cmにも達する大きな変形である。)を下回るためには、残留オーステナイトを、母鋼材中に残留させたままでは使用に耐えず(前記変形で、配管が破損する。)、その量を、体積率で0.5%以下に低減する必要があることが解る。
本発明鋼材においては、残留オーステナイト又はセメンタイトを、体積%で、0.5%以下に制限し、本発明鋼材を溶接して製造した圧力機器が、高温に曝されても、機器独自の熱膨張等により発生する熱応力に比較して小さな応力しか与えない組織にする必要がある。
実際には、溶接部材又は溶接構造体を、溶接後に、Ac1変態点以下で、残留オーステナイトが分解、変質する条件で焼戻し熱処理を施せばよい。
上記配管の変形は、体積変化を伴う残留オーステナイトの変態が発生することによるものと推定されるが、本発明鋼材においては、フェライト系耐熱鋼材の溶接部において発生するType IV型損傷を回避するとともに、その回避技術によって不可避的に生じる圧力機器又はプラント構成部材の変形を防止することができる。
したがって、本発明鋼材を溶接して製造した、圧力機器、プラント等の溶接構造体は、溶接熱影響部でType IV型損傷が発生しないから、溶接熱影響部のクリープ特性に優れた耐熱構造体であるうえ、さらに、溶接構造体の全体に、Ac1変態点以下で、1分以上の残留オーステナイト消失熱処理を施し、溶接構造体の至る所で、残留オーステナイトを、体積率で、0.5%未満に低減し、上記変態又は変質による応力発生を抑制することが好ましい。
なお、残留オーステナイト消失熱処理は、400℃以上Ac1変態点以下で、1分以上、好ましくは、10分以上保持する熱処理が好ましい。
なお、本発明鋼材において、本発明鋼材の特徴の一つの安定なMX型窒化物は、上記熱処理によっては分解固溶し難いので、その強化機構は影響を受けないし、かえって、大傾角粒界を被覆するM23C6型炭化物および他の析出物の析出率が増加して、この強化機構が強化される。
即ち、溶接後、溶接熱熱影響部に施す熱処理は、残留オーステナイト消失熱処理、及び/又は、粒界炭化物析出促進熱処理として機能し、溶接部のクリープ特性の向上に寄与する。
本発明鋼材は、溶接熱影響部においてType IV型損傷が発生せず、溶接熱影響部のクリープ特性に優れたフェライト系耐熱鋼材であるから、本発明鋼材を、通常の溶接方法で溶接した耐熱構造体は、それ自体、溶接熱影響部のクリープ特性に優れた耐熱構造体である。
次に、本発明の実施例について説明するが、実施例の条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
(実施例1)
表1に示す化学成分Aの本発明鋼材(発明例)に、Type IV型損傷回避熱処理を施した後、この鋼材を、表2に示す化学成分Cの溶接材料を用いてTIG溶接し、圧力機器を構成した。この圧力機器に、400℃以上Ac1変態点以下、1分以上の熱処理を施した場合(本発明例)と施さない場合(比較例)のそれぞれについて、機器構成部材及び該部材溶接部から、平行部直径4〜6mm、平行部長さ30mmの試験片を採取した。
そして、上記試験片を用いて、圧力機器の使用温度(500〜650℃)にて想定される応力(20〜100MPa)を定荷重として付加するクリープ試験を実施し、機器構成部材及び該部材溶接部のクリープ破断寿命を調査した。
また、表1に示す化学成分Bの耐熱鋼材(比較例)を、表2に示す化学成分Dの溶接材料を用いてTIG溶接し、圧力機器を構成して、同様に、機器構成部材及び該部材溶接部のクリープ破断寿命を調査した。
図3に、10万時間推定のクリープ破断強度に基づいて求めた、母鋼材、本発明鋼材の溶接部(本発明溶接部)、及び、従来鋼材の溶接部(従来溶接部)のクリープ破断強度比を示す。
図3には、2.25%Cr−1%Mo−MX型窒化物析出鋼材(Cr3.0%以下の本発明鋼材)の溶接部(本発明溶接部)のクリープ破断強度比と、9%Cr−1%Mo−MX型窒化物析出鋼材(Cr3.0%超の本発明鋼材)の溶接部(本発明溶接部)クリープ破断強度比を示した。
本発明溶接部の場合、Ac1変態点〜Ac1変態点+300℃に加熱される溶接熱影響部位の転位密度は、クリープ試験前の2.25%Cr−1%Mo−MX型窒化物析出鋼材(Cr3.0%以下の本発明鋼材)で、3.2×1012個/m2であり、同じく、9%Cr−1%Mo−MX型窒化物析出鋼材(Cr3.0%超の本発明鋼材)で、7.8×1014個/m2であった。
従来溶接部において、上記溶接熱影響部位の転位密度は、クリープ試験前で、9.8×109個/m2でしかなく、本発明溶接部と従来溶接部との間には、転位密度の顕著な差異が認められる。
図4に、Ac1変態点〜Ac1変態点+300℃に加熱された溶接熱影響部位における転位密度(溶接後熱処理の後、クリープ試験前に、前記X線回折ピーク高さ測定法で測定した)と、母鋼材と溶接部の10万時間推定のクリープ破断強度を比較したクリープ破断強度比との相関を示した。
図4では、Cr3.0%以下の鋼材(代表例:2.25%Cr−1%Mo−MX型窒化物析出鋼材[黒丸])と、Cr3.0%超の鋼材(代表例:9%Cr−1%Mo−MX型窒化物析出鋼材[白丸])に分けて示した。
図4から、Cr3.0%以下の鋼材では、転位密度1.0×1012を維持しないと、クリープ破断強度比が、本発明で設定した閾値0.8を超えないこと、及び、Cr3%超の鋼材では、転位密度1.0×1013を維持しないと、クリープ破断強度比が、閾値0.8を超えないことが解る。
さらに、図5に、Type IV型損傷が発生しなかった9%Cr鋼の溶接部における溶接前の旧γ粒径と、溶接後、クリープ試験前の、Ac1変態点〜Ac1変態点+300℃に加熱された溶接熱影響部位の転位密度との関係を示す。
図5から、溶接前の旧γ粒径が100μm以上の場合においては、明らかに、溶接後の溶接熱影響部位の転位密度が上昇していることが解る。
ここで、図6に、本発明の重要な特徴であるM23C6型炭化物及び他の析出物による粒界被覆の効果を示す。
即ち、図6に、溶接後、残留オーステナイト低減又は消失熱処理を施した段階で析出したM23C6型炭化物及び他の析出物を、5000倍の走査電子顕微鏡にて観察して得た“粒界の全長に対する析出長さの割合”、即ち、“粒界長さ被覆率(%)”と、2重の熱サイクルを受けた溶接部の10万時間推定クリープ破断強度の母鋼材の該破断強度に対する比の関係を示す。
図6は、溶接入熱(最大5kJ/mm)、及び、パス数(板厚:20〜50mmで35〜120パス)を種々変化させて形成した溶接部から採取したクリープ破断試験片、及び、細粒域相当の多重の熱サイクルを加えた模擬試験体のクリープ破断曲線から得られたクリープ破断強度を合わせて推定した結果から、それぞれ、最も低い値を選んで作成したものである。
図6から、粒界を被覆する被覆率(粒界被覆率)が30%以上になると(図中、点線及び矢印、参照)、クリープ破断強度比が、安定して、閾値0.8(図中、点線、参照)を上回ることが解る。
なお、M23C6型炭化物及び他の析出物の粒界析出については、既に説明したように、溶接後の残留オーステナイト低減又は消失熱処理を兼ねる熱処理を実施する必要がある。即ち、溶接ままでは、窒化物以外の析出物が、組織中に存在することができない。
図7に、700℃において、残留オーステナイト低減又は消失熱処理を兼ねる粒界炭化物(M23C6型炭化物)析出促進熱処理を実施した場合における、熱処理時間とM23C6型炭化物及び他の析出物の粒界被覆率との関係を示す。図7から、700℃、1分以上の熱処理により、粒界被覆率が、30%以上に増加することが解る。
他の温度条件では、実際に、種々の熱処理時間が必要となるが、耐熱鋼材を溶接した後の残留応力除去や、残留オーステナイトの低減・消失の観点から、本発明鋼材においては、1分を、最低限必要な熱処理時間として設定した。
熱処理温度が低い場合には、さらに、長時間を必要とする鋼種もある。熱処理温度と熱処理時間の関係は、鋼材の大きさ、化学成分、さらには、加熱速度、冷却速度にも依存する複雑な関係であるが、本発明鋼材においては、極めて良い相関関係が得られたので、熱処理時間を、M23C6型炭化物及び他の析出物による粒界被覆を有効に活用する指標として採用した。好ましい条件は、前述したとおりである。
次に、図8に、本発明鋼材において重要な“安定なMX型窒化物”(M:Nb、V、Ti、Ta、Zrのうち1種又は2種以上)の析出密度と、2重又は3重の細粒域相当熱サイクル、即ち、Ac3変態点〜Ac3変態点+300℃の範囲の溶接熱影響を繰り返し受けた溶接部のクリープ破断強度を、母鋼材クリープ破断強度との比で示す。
図8から、MX型窒化物の析出密度が2個/μm2以上であると、クリープ破断強度比が閾値0.8以上であることが解る。析出密度が2個/μm2未満の場合は、Nb、Ti、V、Zr、Taの1種又は2種以上の組成が、本発明鋼材で規定する範囲から逸脱している場合である。析出密度2個/m2以上で、本発明鋼材の効果が顕著である。
図9に、MX型窒化物の導入の有無と、600℃、10万時間の推定クリープ破断強度比との関係を示す。
図9に示すように、MX型窒化物が存在しない場合には(図中、左半分、参照)、溶接前にType IV型損傷回避熱処理を施して組織を制御しても、溶接部が、繰り返し、細粒域相当熱影響に相当する熱サイクルを受けると、必ずしも頻繁ではないものの、一部の溶接部において、Type IV型損傷が発生し、クリープ破断強度比が、閾値0.8(図中、点線、参照)を大きく下回る場合がある。
しかし、同じく、図9に示すように、MX型窒化物を導入し(図中、右半分、参照)、本発明で規定するMX型窒化物の微細分散が実現している場合、クリープ破断強度比は、閾値0.8(図中、点線、参照)を大きく超え、溶接部において、安定して、Type IV型損傷を回避することができることが解る。
本発明鋼材においては、M23C6型炭化物及び他の析出物により、大傾角粒界を、30%以上被覆する粒界被覆強化機構、及び/又は、安定なMX型窒化物を組織中に分散析出させる分散析出強化機構により、複雑で多重の熱サイクルを受ける溶接部の溶接熱影響部においても、従来から問題となっているType IV型損傷が発生しない。
(実施例2)
表3に示す化学成分の本発明鋼材を、表5に示す条件で熱処理して溶接し、溶接部の組織を観察し、強度を測定した。その結果を、表5に、併せて示す。
また、表4に化学成分を示す比較鋼材(従来耐熱鋼材)を、表6に示す条件で熱処理して溶接し、溶接部の組織を観察し、強度を測定した。その結果を、表6に、併せて示す。
なお、本発明鋼材の効果は、10万時間推定クリープ破断強度を用い、母鋼材の10万時間推定クリープ破断強度との強度比で示した。
溶接部のクリープ特性は、Type IV型損傷の発生の有無だけで評価できるものではなく、溶接金属や、その後の応力除去焼鈍条件でも変化することを考慮し、強度比“0.8”を閾値とし、閾値0.8以上を、本発明鋼材の効果が発現したものとした。
従来溶接部において、強度比は、最大でも0.77であり(表6、比較例の強度比、参照)、このことを前提に考えれば、閾値0.8は、Type IV型損傷の発生による強度低下が殆どないことを意味している。即ち、本発明鋼材の溶接部は、圧倒的に、クリープ特性に優れていることが解る。
なお、推定クリープ破断強度とは、フェライト系耐熱鋼の使用温度、例えば、450〜600℃において、それよりも、最大で100℃高い温度までの温度加速クリープ試験による強度を含み、3万時間を超えるクリープ破断データを、LMP法を用いて、温度と時間を等価に扱い、破断強度を推定計算した値である。
推定計算値は外挿値となるが、その次数が3以上の高次多項式関数であれば、精度高く計算することができるので、実際に必要な10万時間のクリープ試験そのものは実施していない。
比較例31は、C量が、本発明範囲(0.01〜0.20%)未満であり、HDI値が本発明の規定を下回り、溶接熱影響部の組織もフェライトとなり、必要な転位密度(1.0×1012個/m2)を確保することできなかったため、Type IV型損傷が発生して、母鋼材と溶接部の10万時間推定のクリープ破断強度比(以下、単に「クリープ破断強度比」という。)が低下した例である。
比較例32は、C量が高く、粒界被覆を担う炭化物の析出駆動力が高すぎて、粒界上で炭化物が早期に凝集粗大化したために、かえって粒界被覆率を低下してしまい、Type IV型損傷が、多重の熱サイクルを受けた部位で、局所的に発生して、クリープ強度比が低下した例である。
比較例33は、Cr量が過多となり、焼入及び/又は焼戻しの時の固溶化温度で、完全にオーステナイト化することができず、組織がフェライトとなり、母鋼材そのものの転位密度も低下し、かつ、特に、溶接熱影響部が、完全なフェライト組織になり、必要な転位密度を獲得することができず、しかも、M23C6炭化物が粗大化して、粒界被覆率が低下し、結局、Type IV型損傷が発生してしまい、溶接部のクリープ強度比が低下した例である。
比較例34は、Mo量が過多となり、溶接部が脆化し、焼戻し割れを生じたため、溶接部のクリープ強度比が低下した例である。
比較例35及び36は、W又はReが過多となり、金属間化合物が、大量に、粗大に析出し、母鋼材も溶接部も、高温焼戻しにより脆化し、特に、溶接部は、クリープ試験中の粒界脆化が著しく、溶接部のクリープ強度比が低下した例である。また、粒界での金属間化合物の粗大化が著しく、かえって、粒界被覆率は低下している。
比較例37は、Nが過多となり、本来、粒内析出強化を担う窒化物が粗大化し、特に、2重の熱サイクルを受けた細粒域相当熱影響部位において、転位密度を確保することができたものの、窒化物による析出強化は、析出密度の減少で、ほとんど効果がなく、同時に、粒界を被覆して強度向上に寄与すべき炭化物も、炭窒化物として、粗大析出してしまい、粒界被覆率までが低下し、結局、Type IV型損傷が発生し、溶接部のクリープ破断強度比が低下した例である。
比較例38は、本発明の特徴の一つであるTi、Nb、V、Zr、TaなどのMX型窒化物形成能を有する元素の添加がない成分系の例であり、母鋼材、溶接熱影響部のいずれも、析出強化は発揮されず、転位密度は確保したものの、析出物による粒界被覆率は30%を僅かに下回るため、多重の熱サイクルを受けた熱影響部位で、局部的に、Type IV型損傷の発生が認められた例である。
比較例39〜43は、MX型窒化物形成元素として重要なTi、Zr、Nb、V、Taのいずれもが、添加上限を超えており、それぞれ、粗大な窒化物を析出し、かえって、析出密度が低下し、粒内析出強化が発揮されず、また、同時に、粒界被覆率も、30%を僅かに下回るため、多重の熱サイクルを受けた熱影響部位で、局部的に、Type IV型損傷の発生が認められた例である。
比較例44は、B量が過剰であり、溶接時に高温割れが発生し、粒界に、多くの割れを内在した溶接部となり、窒化物の析出物密度及び析出物による粒化被覆率も、本発明で規定する範囲内であったが、溶接部のクリープ強度比が低下した例である。
比較例45は、化学成分が本発明で規定する範囲にあり、HDI値が、閾値80(本発明鋼材の上限)を超え、Ac1変態点〜Ac1変態点+300℃に加熱された溶接熱影響部位の転位密度は、十分で、1.0×1013個/m2(本発明鋼材の下限)を超えているが、溶接金属と母鋼材の境界付近で、焼戻し割れを生じ、クリープ破断強度比が著しく低下した例である。
比較例46及び47は、いずれも、HDI値が0.5(本発明鋼材の下限値)を下回り、溶接後の熱影響部細粒域相当部位における転位密度が、比較例46では、1.0×1012未満(Crが3.0%以下の場合の本発明の下限値)であり、比較例47では、1.0×1013未満(Crが3%超の場合の本発明の下限値)に低下して、Type IV型損傷が発生して、溶接部のクリープ破断強度比が低下した例である。
比較例48は、本発明の特徴の一つであるTi、Nb、V、Zr、TaなどのMX型窒化物形成能を有する元素の添加がない成分系に係る例であり、同時に、析出物による粒界被覆率が、析出促進熱処理を実施していないために低下して、いずれも、細粒域相当熱サイクルを複数回受けた熱影響部位で、Type IV型損傷の発生を抑制することができず、比較的長時間のクリープ環境下で、溶接部のクリープ破断強度比が低下した例である。
比較例に比べ、本発明例においては、従来値を超えて設定した閾値“0.8”を超えるクリープ破断強度比が得られている。