JP5019111B2 - 生体分子の自律的振動反応の検出方法 - Google Patents
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本発明の方法の好ましい実施形態に於いて検査されるシアノバクテリアのKaiCのリン酸化・脱リン酸化反応系では、既に触れたように、KaiCが、約1日(計測によれば、約21時間)の周期にて、振動的に、リン酸化された状態と脱リン酸化された状態となると考えられている(非特許文献3)。現在までの知見によれば、KaiCのリン酸化は、KaiAがKaiCの少なくとも一部と複合体を形成することにより促進され、KaiCのリン酸化が高度に進むと、KaiBがKaiC又はKaiC−KaiAの複合体に結合し、これにより、KaiCの脱リン酸化が開始されると考えられている。実際、非特許文献2に於いて、KaiCのリン酸化−脱リン酸化のサイクルに概ね同期して、KaiC−KaiB複合体とKaiC−KaiA−KaiB複合体の量が振動的に変化することが実験的に見出されている。
KaiB+KaiC⇔KaiB・KaiC
KaiA・KaiC+KaiB⇔KaiA・KaiB・KaiC
KaiB・KaiC+KaiA⇔KaiA・KaiB・KaiC
KaiB+KaiA⇔KaiB・KaiA
KaiA・KaiB+KaiC⇔KaiA・KaiB・KaiC
本実施形態に於いて、反応系中のKaiBのブラウン運動(並進運動)の速さを検出する蛍光相関分光法では、レーザー共焦点顕微鏡の光学系を用いて、図1(A)に模式的に示されている如く、反応溶液中の或る部位に対物レンズの焦点を合わせて、励起光を集光し、焦点領域を通過する蛍光分子からの蛍光強度が測定され、計測された蛍光強度の時間変化の自己相関関数(時間相関関数)が算出される。ここで得られる蛍光強度の自己相関関数は、蛍光分子の焦点領域に於ける滞留時間によって決定されるところ、その滞留時間は、焦点領域を通過する蛍光分子の並進運動の速さによって異なるので、結果として、蛍光分子の並進運動の速さが時間を変数とした自己相関関数の形状に反映される。分子の並進運動の速さの指標としては、典型的には、(一回の)計測開始時から自己相関関数の値が半分になるまでの時間の長さ(並進拡散時間)が用いられる。本発明の場合、図1(B)に例示されている如く、KaiBが遊離した状態からKaiC又はKaiAと結合して複合体を形成した状態となると、蛍光分子Fと一体的に運動する粒子の大きさが増大することとなるので、蛍光分子の並進移動速度が相対的に低減し、自己相関関数から算定される並進拡散時間が大きくなる。従って、このことから、KaiBがKaiC若しくはKaiAにどの程度結合しているか否か、又は、KaiBとKaiC又はKaiAとの相互作用の強さが判定されることとなる(反応系内のKaiB分子の全てがKaiC又はKaiA分子に一斉に結合・脱離するわけではないことは注意されるべきである。一般に、化学反応系に於いては、個々の分子の反応は、個々独立的に進行するところ、実験に於いて観測される量は、多数の分子の状態の統計的な平均である。ここで、“どの程度結合しているか”又は“相互作用の強さ”という場合には、微視的には、反応系内のKaiB分子のうち、何割がKaiC又はKaiC−KaiA複合体等に結合した状態にあるか又は結合反応を生じている分子の割合そのものを意味している。)
本実施形態の方法に於ける自律的振動反応の検出手順は、概ね、以下の通りである。
(a)反応溶液の調製
(b)蛍光相関分光法による逐次的な蛍光測定と並進拡散時間の算定
(c)並進拡散時間の解析
以下、上記の手順について説明する。
本実施形態では、再構成される反応系中に含有される分子のうち、反応サイクルに於いて状態が周期的に顕著に変化する分子種を選択し、この分野に於いて公知の任意の手法により、選択された分子の蛍光標識が為される。その際、分子種の選択に於いては、蛍光相関分光法による分析に於いて並進拡散時間の変化が顕著に現れるように、遊離した状態と、別の分子と相互作用して複合体を形成しているときの分子量の差ができるだけ大きい方が望ましい。また、蛍光標識の際には、分子がタンパク質である場合には、そのタンパク質が本来的に有する結合能や解離能を失活させることなく準備する必要がある。本実施形態に於いては、上記の事項を鑑み、蛍光標識を施す分子として、既に述べた如く、KaiBが選択される。KaiBの蛍光標識は、例えば、蛍光標識を施すタンパク質を抽出・精製した後、公知の態様にて、蛍光分子を化学修飾により付加するようにしてもよい。しかしながら、好適には、後述の実施例の如く、蛍光標識を施すタンパク質の遺伝子をベクター(例えば、オリンパス社ピンポイントラベリングキットのpROX−FLベクターなど)にクローニングし、市販の無細胞タンパク質合成系キットなどを用いて、クローニングされた遺伝子を発現させる際に蛍光標識されたアミノ酸が取り込まれるようにしてもよい(具体的な方法は、特許文献11、12に記載された方法が用いられてよい。)蛍光標識として用いられる蛍光色素は、この分野で通常使われる任意の蛍光色素、例えば、TAMRA(carboxytetramethylrhodamine)、TMR(tetramethylrhodamine)、Alexa647、Rhodamine Green、Alexa488などであってよいが、これらに限定されない。
蛍光相関分光法による蛍光測定は、公知のレーザー共焦点顕微鏡の光学系と、フォトンカウンティング(1光子検出)により光強度の検出を行う光検出装置とを組み合わせてなる蛍光測定装置、例えば、一分子蛍光分析システムMF20(オリンパス社)を用いて実行されてよい。測定に於いては、上記の反応溶液を数μlから数十μl採取し、測定試料として、装置の所定の計測用セル内に分注し、装置にセットする。しかる後に、所定の実験時間の間、蛍光強度の測定と並進拡散時間の算定を所定の時間間隔にて繰り返し実行する。反応実験開始後、或る時点に於ける蛍光強度の測定と並進拡散時間の算定処理に於いては、自己相関関数を計算するための蛍光強度の測定又は取得時間は、好ましくは、10秒以上である。また、一回の蛍光強度の測定又は取得時間による自己相関関数から算出される並進拡散時間は、ばらつきが大きいので、反応開始後の或る時点に於ける上記の蛍光強度の取得、自己相関関数の計算、並進拡散時間の算定は、少なくとも5回行い、その並進拡散時間の平均値が、その時点での最終的な並進拡散時間の値として採用されることが好ましい。なお、重要なことは、計測用セル内に分注された測定試料は、実験時間中、交換されることなく、蛍光強度の測定と並進拡散時間の算定が実行される点であり、従って、一度の実験に於いて最低限必要な反応溶液は、最初に採取された数μlから数十μlだけでよい。
かくして、上記の蛍光測定及び並進拡散時間の算定を、所定の実験時間、繰り返した後、その間の並進拡散時間の時間変化の解析が行われる。典型的には、下記の実施例に於いて例示されている如く、並進拡散時間を時系列にプロットし、並進拡散時間の時間変化が参照される。本実施形態の場合、並進拡散時間が大きいほど、KaiBの運動の速さが遅くなっていることを示す。従って、並進拡散時間が大きいときは、並進拡散時間が小さいときに比して、KaiC又はKaiAに結合して複合体を形成しているKaiBの量又は濃度が高く、KaiBとKaiC又はKaiAとの相互作用の強さ(親和力)が大きいことを示唆する。
シアノバクテリアKaiB遺伝子をオリンパス社ピンポイントラベリングキット内のpROX-FLベクターにクローニングした。その際、KaiB遺伝子は、pROX-FLのNdeI側にstartコドン、NotI側にstopコドンがくるように2つのサイトの間に組み込んだ。しかる後、ロシュ社の無細胞タンパク質合成キットRTS100 E.coli HY kitを用いて、KaiB遺伝子が組み込まれたベクターを発現させ、TAMRA標識されたKaiBタンパク質を合成した。合成されたタンパク質はジーイー・ヘルスケア(GE Healthcare社)のHis MicroSpin Purification ModuleとPD-10 Columnを用いて精製した。精製後のタンパク質は約10nMになるようにKaiBストックバッファ(20mM Tris-HCl(pH8.0)、0.5mM EDTA、10mM NaCl)で希釈した。
KaiCリン酸化・脱リン酸化反応系を構成するタンパク質KaiA、KaiB(蛍光標識なし)、KaiCは、大腸菌にシアノバクテリア(Synechococcus elongatus)のKaiA、KaiB、KaiCの遺伝子を導入して発現させたものを抽出・精製したものを用いた(非特許文献1)。簡単に述べれば、KaiA、KaiB(蛍光標識なし)、KaiCは、それぞれ、KaiA遺伝子、KaiB遺伝子、KaiC遺伝子をpGEX-6P-1(ジーイー・ヘルスケア社)に組み込んで、E.Coli株BL21に遺伝子導入し、E.Coli内でGST融合タンパク質として発現させた。しかる後、E.Coliを回収して、抽出バッファ(50mM Tris,pH8.0,150mM NaCl,1mM DTT)中で菌体を破砕し、破砕物を24000gで遠心分離した後、上清をグルタチオン・セファロース(Glutathione Sepharose)4Bカラム(ジーイー・ヘルスケア社)に通して、GST融合タンパク質(KaiA、KaiB又はKaiC)をカラムに吸着させた。カラムの洗浄後、GST融合タンパク質をプレシジョンプロテアーゼ(PreScission Protease ジーイー・ヘルスケア社)で処理後、50mM Tris, pH8.0,300mM NaClで溶出し、更に、イオン交換カラムにより精製した。但し、KaiBについては、更に、ゲルろ過クロマトグラフィーにより精製した。また、KaiCの場合には、上記の精製の過程に於いて、バッファは、0.5mM ATPと5mM MgCl2を含むものを用いた。
上記の如く得られた蛍光標識されたKaiBと、KaiA、KaiB(蛍光標識なし)、KaiCとを混合して、下記の反応溶液(総量30μl)にて調製した。
KaiA(1.48mg/ml) 1.01μl
KaiB 下記参照
KaiC(2.05mg/ml) 2.93μl
50mM ATP 0.6μl
5×結合バッファ 6μl
(5×結合バッファの組成は、100mM Tris-HCl(pH8.0)、750mM NaCl、25mM MgCl2、2.5mM EDTA)
なお、KaiBについては、蛍光標識有りと蛍光標識なしの以下の組合せにて反応溶液に混合した。割合は、蛍光標識されたKaiBに対する蛍光標識のないKaiBの割合を示している。(括弧内はKaiBの混合前の濃度である。)
割合(倍) 蛍光標識有り 蛍光標識なし
(10nM) (1.66mg/ml)
0 3μl 0
1111 3μl 0.2μl
1667 3μl 0.3μl
3333 3μl 0.6μl
5000 3μl 0.9μl
8333 3μl 1.5μl
10000 3μl 1.8μl
上記の調製された反応溶液は、調製直後から30℃に保持した。
上記の調製された反応溶液について、一分子蛍光分析システムMF20(オリンパス社)を用いて、蛍光相関分光法により、蛍光強度の測定及び並進拡散時間の算定を、逐次的に複数回、約2時間毎に実行した。図2は、上記の反応溶液に於けるKaiBに付加された蛍光標識の蛍光測定に基づいて得られた並進拡散時間の値を、反応開始後(混合直後)からの時間に対してプロットしたグラフである。各時点に於いては、約15秒間の蛍光強度の測定を5回実行し、各々の蛍光強度の測定に於ける自己相関関数から算出された並進拡散時間の平均値が示されている。また、グラフでは、蛍光標識されたKaiBに対する蛍光標識されていないKaiBの割合を上記の如く種々変更した場合が示されている。
Claims (9)
- 生体分子を含む反応系の自律的な振動反応の発生を検出する方法であって、
少なくとも一部に蛍光標識が付与されている第一の分子と該第一の分子と相互作用するか否かが判定されるべき第二の分子とを含み前記反応系を構成する反応溶液にして、蛍光標識の付加されていない第一の分子を前記蛍光標識された第一の分子よりも所定の割合以上多く含む反応溶液を調製する過程と、
前記反応溶液中の前記第一の分子の蛍光標識からの蛍光強度の時間変化の計測及び前記計測された蛍光強度の時間変化に基づく前記第一の分子のブラウン運動の速さの指標値の算出を逐次的に複数回実行する過程と
を含み、前記ブラウン運動の速さの指標値の時間変化に基づいて前記第一の分子と前記第二の分子との相互作用の有無及び強さを判定し、前記反応溶液中の前記第一の分子と前記第二の分子との相互作用の強さが時間に対して周期的に変動したときに自律的振動反応が発生したと判定することを特徴とする方法。 - 請求項1の方法であって、前記蛍光強度の時間変化の計測が蛍光相関分光法により実行され、前記ブラウン運動の速さの指標値が蛍光相関分光法により算定される並進拡散時間であり、前記並進拡散時間が前記反応溶液中の前記第一の分子と前記第二の分子との相互作用の強さの指標値であることを特徴とする方法。
- 請求項1の方法であって、前記蛍光強度の時間変化の計測が所定時間間隔にて繰り返されることを特徴とする方法。
- 請求項1の方法であって、前記第一及び第二の分子がタンパク質であり、前記第一及び第二の分子が互いに結合すると前記第一の分子に付加された蛍光標識からの蛍光強度に基づいて算定される前記指標値により表されるブラウン運動の速さが低減することを特徴とする方法。
- 請求項1の方法であって、前記蛍光強度の時間変化の計測が、レーザー共焦点顕微鏡の光学系を用いた蛍光測定装置を用いて実行され、前記蛍光強度の測定時の観察領域の体積が前記反応溶液の体積の109分の1のオーダーであることを特徴とする方法。
- 請求項1の方法であって、前記ブラウン運動の速さの指標値の時間変化に基づいて前記自律的振動反応の振動周期を決定する過程を含むことを特徴とする方法。
- 請求項1の方法であって、前記反応溶液に更に前記自律的振動反応に影響を及ぼすか否かが判定されるべき被験物質を混合し、前記ブラウン運動の速さの指標値の時間変化に基づいて前記自律的振動反応に対する前記被験物質の影響を判定することを特徴とする方法。
- 請求項1の方法であって、前記反応系がタンパク質KaiA、KaiB、KaiCとATPとを含むKaiCのリン酸化・脱リン酸化反応系であり、前記第一の分子がKaiB又はKaiBの状態が変化した分子であることを特徴とする方法。
- 請求項8の方法であって、前記反応溶液中に於いて前記第一の分子のうち前記蛍光標識の付加されていない分子の総量又は濃度が前記蛍光標識の付加されている分子の総量又は濃度の少なくとも3000倍であることを特徴とする方法。
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