JP5019111B2 - 生体分子の自律的振動反応の検出方法 - Google Patents

生体分子の自律的振動反応の検出方法 Download PDF

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Description

本発明は、生体分子の自律的な振動反応を蛍光分析によって検出する方法に係る。なお、本明細書に於いて、「自律的な振動反応」とは、複数の分子、特に生体分子が関与する反応系に於いて、ATPなどの化学的エネルギーが消費されて、自発的に又は自律的に、化学反応又は分子間の相互作用が時間とともに振動的に発生する反応をいうものとする。振動反応の過程に於いては、或る分子が複数の(化学的に)異なる状態を取るときに、そのうちの或る状態Si(iは、状態を表す記号)となる分子の濃度[Si]は、外部環境が一定条件において周期的に変化する。
生体内では、結合反応や酸化・還元反応などの数多くの化学反応が多様に積み重なり、高次の自律的な反応系が構築されることにより、種々の生理活性又は生理的な反応を含む生命現象が惹き起こされる。そこで、近年の研究の一部に於いて、生体内で観察される自律的に進行する反応系を試験管内で再構成し、実際の生体内に於ける生理活性や生命現象を惹起する自律的な反応系のメカニズムを解明する試みが為されつつある。例えば、非特許文献1、2及び特許文献1では、シアノバクテリアから抽出されるタンパク質KaiA、KaiB、KaiCとATPとを、適当な反応バッファの条件下で試験管内において混合させることにより、タンパク質のKaiCのリン酸化状態が自律的に概日周期にて変動する反応系(リン酸化されたKaiCの濃度が、自律的に、約1日の周期にて振動的に変動する反応系。詳細は、後述の実施形態の欄参照。)、即ち、実際の生体内で観察される生物リズム(この場合は、概日リズム)を生ずる反応系が試験管内で再構成されたことが報告されている。
上記の如き自律的反応系の再構成の成功は、生体内に於いて複雑な反応過程の結果として観察される生理活性又は現象を、試験管内で複数の必須分子を混合することにより再現できたという点で注目されている。従前の生体内の化学反応又は分子間相互作用の研究の多くは、生体内で生ずる一連の過程のうち、特定の化学反応、例えば、細胞内情報伝達過程に於けるタンパク質のリン酸化酵素によるリン酸化反応などを個別に抽出して分析するものであった(例えば、特許文献2)。そして、もし観察対象である生理活性又は現象が、複数の分子が関与した複雑な過程によるものであると思われる場合には、個々の特定の化学反応についての分析・研究の実験結果又は細胞に観られる現象の実験結果を総合して、生理活性又は現象に於ける高次の、即ち、多段階の反応過程のメカニズムを推定するといったことが行われていた(非特許文献3)。しかしながら、非特許文献1−2に例示されている如き、自律的反応系を試験管内で再構成する手法は、個々の化学反応又は実際の細胞内の現象について蓄積された知見に基づいて推定される高次の一連の反応過程が実際に生ずることを直接的に証明するともに、反応に関与する分子が既知であることから、従前に比して、より明解に、生体内の生理活性や生命現象のメカニズムの解明に役立つことが期待される。そして、かかる手法により解明された高次の反応過程のメカニズムは、新規な薬剤の開発など、医学・創薬又は農学等の分野に於いて利用されることが期待される。
ところで、上記の如き、従来の技術に於いて、生理活性又は生理的な化学反応系に於ける分子の状態の検出・分析には、一般的には、この分野に於いてよく知られているように、古典的な分析方法、例えば、電気泳動、ゲルろ過クロマトグラフィーによる分画による方法、ELISA、SPRといった抗体抗原反応を利用した分析方法が利用される(例えば、特許文献3−5参照)。非特許文献1−2のシアノバクテリアの概日リズムを有するKaiタンパク質の再構成系の分析に於いても、再構成系反応溶液中から、一定時間間隔にて採取された標本試料中のタンパク質を電気泳動又はクロマトグラフィーによって分画し、リン酸化されたKaiCと脱リン酸化されたKaiCの量又はそれらの割合、或いは、KaiA、KaiB、KaiCから成る種々の複合体の量又はそれらの割合を検出することにより、KaiCのリン酸化と脱リン酸化が約1日の周期にて(概日リズムにて)交互に発生し、これに伴って、KaiBと、KaiC若しくはKaiC−KaiA複合体との親和力の強さが振動的に変化することが見出されている。
特開2005−300920公報 特開平6−505561号公報 特開2004−166695公報 国際公開WO01/072993号 特開2004−215517公報 特開2003−35714公報 特開2005−83982公報 特開2005−172460公報 国際公開WO2002/014373号 特開2003−24078公報 国際公開WO2004/009709号 特開平11−322781号公報 M.Nakajima et al.,(2005) Science Volume308p414-p415 H. Kageyama et al.,(2006) Molecular Cell Volume23 p161-p171 J. Tomita et al.,(2005) Science Volume307 p251-p254
上記の非特許文献1、2或いは特許文献1−5に例示されている如き、反応系の溶液を分画してタンパク質分子等の反応に関与する分子の状態を分析する方法は、特定の化学反応の結果を分析するために発展されてきた方法、即ち、反応が或る一方向に進んで終了する場合のエンドポイントアッセイを前提とした方法である。かかる従前の反応物質を分画する分析方法は、反応の進行方向が、一方向であり、予測できる場合には良いが、生体内に於いてしばしば観察される自律的な反応系又は高次の反応過程、特に、種々の化学反応が周期的に繰り返される振動的な反応系の状態を分析しようとする場合には、最適な方法とは言えない。例えば、反応系内の各反応は、時々刻々と、しかも周期的に繰り返されるところ、反応溶液試料標本の取り扱い中の変性や分析までの遅れがデータ精度に悪影響を与える可能性がある(標本の処理中に反応がそれまでとは逆向きに進む場合も有り得る。)。また、試料を採取した時点でのデータしか取得できないので、観察したい状態が振動的に変化する場合(反応の方向が何時変化するかの予測が困難なため)、反応溶液を採取する時期によって、反応過程に於ける分子の状態の“挙動”の解釈が異なってしまうことも有り得る。更に、状態の変化速度に比較して、採取時期の間隔が長ければ、反応過程の挙動に対して誤った解釈がなされるおそれがある。そこで、(特に、反応過程の挙動が未知である場合には、)時系列にて多くの標本採取(サンプリング)を実行する必要が出てくるが、その場合、処理に手間がかかり、また、多数回、試料を採取して分析するのに十分な量の反応溶液試料が必要となる。
また、高次の反応過程の分析に於いては、観察したい高次の反応過程が進行可能な条件を準備するとともに、反応系内のいずれの分子も変性又は失活しないように注意を払う必要もある。もし一連の反応過程のうちの一つの反応でも進行できない場合には、高次の反応過程自体が観察できなくなってしまうであろう。特に、一連の反応過程に於ける分子の状態の時々刻々の変化(時系列的変化)を追跡しようとする場合には、分析のためのデータの取得による分子の状態への影響をできるだけ抑えるようにすることが好ましく、このことは、追跡が長期間に及ぶ場合には重要である。
かくして、本発明の一つの課題は、上記の如き自律的反応系、特に、系内の分子の状態が振動的に変化する反応系に於ける分子の状態を分析する際の特殊性を鑑み、反応系溶液の多数回のサンプリングを行う必要がなく、従って、多量の試料量を必要とすることなく、また、状態の分析のための検査が迅速且簡便に実行することのできる自律的反応系の反応過程の分析方法を提案することである。
また、本発明のもう一つの課題は、上記の如き自律的反応系の分析方法であって、観察又は実験中に、データの取得による分子の状態への影響が少ない方法を提案することである。
本発明によれば、上記の如き課題を達成するべく、自律的な反応系に於いて、状態が振動的に変化するタンパク質分子等の相互作用の検出のために、蛍光相関分光法(又は蛍光相関分光分析法、Fluorescence Correlation Spectroscopy:FCS)、蛍光偏光解消法などの、蛍光測定を用いて、分子のブラウン運動の速さの変化により反応系内の分子の相互作用の有無又は分子の状態を観測する計測技術が採用される。
かくして、本発明は、一つの態様として、生体分子を含む反応系の自律的な振動反応の発生を検出する方法であって、少なくとも一部に蛍光標識が付与されている第一の分子と該第一の分子と相互作用するか否かが判定されるべき第二の分子とを含む反応溶液(検査されるべき反応系を構成する。)を調製する過程と、反応溶液中の第一の分子の蛍光標識からの蛍光強度の時間変化の計測及び計測された蛍光強度の時間変化に基づく第一の分子のブラウン運動の速さの指標値の算出を逐次的に複数回実行する過程とを含み、ブラウン運動の速さの指標値の時間変化に基づいて第一の分子と第二の分子との相互作用の有無及び強さを判定し、反応溶液中の第一の分子と第二の分子との相互作用の強さが時間に対して周期的に変動したときに自律的振動反応が発生したと判定することを特徴とする。なお、上記の蛍光強度の時間変化の計測は、典型的には、所定時間間隔にて繰り返されるが、反応の変動の態様が或る程度予測可能である場合や任意の期間に於いて通常時より細かく時間間隔にて計測したい場合などに於いて、蛍光強度の時間変化の計測の時期は適宜設定されてよく、そのような場合も本発明の範囲に属する。蛍光標識は、典型的には、当業者に於いて利用可能な任意の蛍光色素であってよい。また、上記の構成に於いて、「第一の分子」及び「第二の分子」との表現は、少なくとも一部に蛍光標識が付与されている分子と、その分子と相互作用するか否かが判定されるべき分子とを区別するために用いられている。第二の分子は、必ずしも一種類の分子種とは限らず、複数種の分子が含まれていてもよく、又、それらの複合体であってもよい。また、検査される反応系によっては、第二の分子は、第一の分子と同一の分子種であってもよいことは理解されるべきである。
上記の構成に於いて、蛍光強度の時間変化の計測は、既に触れたように、蛍光測定を用いて分子のブラウン運動の速さの変化を観測することのできる任意の計測技術が用いられてよい。
その一つの例として、前記の蛍光強度の時間変化の計測は、レーザー共焦点顕微鏡の光学系を組み込んだ蛍光測定装置を用いた「蛍光相関分光法」により実行されてよい。その場合、ブラウン運動の速さの指標値は、典型的には、蛍光相関分光法により算定される並進拡散時間である(ただし、蛍光相関分光法により得られる分子のブラウン運動の速さを表す数値であれば、その他の数値又は量であってもよいことは理解されるべきである。)。「蛍光相関分光法」によれば、レーザー共焦点顕微鏡の対物レンズの焦点領域を通過する蛍光一分子からの蛍光を測定し、その時間変化又は揺らぎを解析して、その蛍光一分子の並進ブラウン運動の速さを観察することができる。そして、分子のブラウン運動の速さは、一体として運動する分子又は粒子の大きさに依存するので、従って、上記の本発明の構成に於いては、蛍光計測に基づいて算定されるブラウン運動の速さの指標値(並進拡散時間)の時間変化若しくは逐次的な変化を参照することにより、第一の分子と第二の分子との相互作用、例えば、第一の分子と第二の分子との結合・解離、に起因する第一の分子の運動の速さの変化の有無を検出・判定することが可能となる。特に、蛍光相関分光法による蛍光計測に於いては、反応溶液中の任意の部位にレーザー共焦点顕微鏡の光学系の対物レンズの焦点を合わせて、蛍光強度を計測するだけでよいので、従前の分析方法の如く、反応溶液内の分子の状態を計測する度に反応溶液の標本採取(サンプリング)やその標本試料中のタンパク質の分画・固相化といった処理を行う必要は一切なく、従って、時系列に分子の状態を逐次観測する必要のある自律的振動反応の分析に於いて、従前に比して、分析処理の手間、分析に必要な反応溶液量を大幅に低減できることとなる。なお、蛍光相関分光法を実行するための蛍光測定・分析のための装置は、例えば、特許文献6−8に記載されているものと同様であってよい。
本発明に於いて採用可能な蛍光測定を用いて分子のブラウン運動の速さの変化を観測する計測技術の他の例としては、蛍光分子の回転ブラウン運動の速さ又はその変化を検出することのできる蛍光偏光解消分析法が用いられてもよいことは理解されるべきである。その場合、第一の分子と第二の分子との相互作用に起因する第一の分子の回転ブラウン運動の速さの変化が、偏光度等の指標値により観測されることとなる。
上記の本発明の於ける第一及び第二の分子は、典型的には、タンパク質であってよい。この点に関し、上記の如き分子のブラウン運動の速さの変化を観測する手法の場合、分子の大きさの変化が大きいほど、検出精度は良くなる。従って、好適には、反応系に含まれるべき分子のうち、第一及び第二の分子の選択は、第一及び第二の分子が互いに結合すると、第一の分子に付加された蛍光標識からの蛍光強度に基づいて算定される指標値により表されるブラウン運動の速さが低減するように為されることが望ましい。勿論、反応系に於いて、別の分子と相互作用することにより、分解又はコンフォメーション変化等によりみかけの分子の大きさが変化する分子が第一の分子として選択されてもよいが(前記の別の分子が第二の分子となる。)、その場合は、ブラウン運動の速さの変化が小さい可能性がある。
ところで、既に述べた如く、自律的反応系に於ける分子の状態の分析に際しては、実験が比較的長期間に亙って実行され、分子の状態の計測回数も多くなり得る。その場合、反応系の本来の特性又は状態の変化(挙動)が維持されるようになっている必要がある。即ち、実験に処される反応系は、比較的長期間、再構成系の実験条件に曝されること及び繰り返される分子の状態の計測(蛍光強度の計測)等に対してロバスト性を有している必要がある。この点に関し、本発明の発明者の研究によれば、反応溶液は、好適には、蛍光標識の付加されていない第一の分子を蛍光標識された第一の分子よりも所定の割合以上多く含んでいると、長期間に亙って良好な自律的反応系の振動反応を検出できることが見出された(実施例の説明の欄参照)。
また、実験に処される反応系のロバスト性を得るために、上記の本発明の方法に於いて、蛍光強度の時間変化の計測は、レーザー共焦点顕微鏡の光学系を用いた蛍光測定装置を用いて実行され、蛍光強度の測定時の観察領域の体積が反応溶液の体積の10分の1のオーダーのとき、自律的反応系の振動反応が発生可能であることが見出された。下記の実施例の欄で説明される如く、自律的反応系の振動反応を観察することに成功したレーザー共焦点顕微鏡の光学系を用いる蛍光相関分光法では、反応溶液量は、数μl〜数十μlであるのに対し、蛍光の観察領域は、数flのオーダーとなる。このことは、蛍光強度の測定時の観察領域の体積が反応溶液の体積の10分の1のオーダーのときであれば、確かに、自律的反応系の振動反応が発生し、反応系にロバスト性があることを示すものである。従って、蛍光偏光解消法等のその他の計測技術を利用する際にも、試料の励起照明系を、蛍光強度の測定時の観察領域の体積が反応溶液の体積の10分の1のオーダーとなるよう構成すれば、自律的反応系の振動反応が発生可能であることは理解されるべきである。
かくして、上記の方法の構成により、ブラウン運動の速さの指標値の時間変化に基づいて自律的振動反応を検出する手法によれば、自律的振動反応の種々の特性を分析することが可能となる。従って、例えば、上記の本発明の方法の態様の一つとして、更に、ブラウン運動の速さの指標値の時間変化に基づいて前記自律的振動反応の振動周期を決定する過程を含んでいてもよい。振動周期は、並進拡散時間等のブラウン運動の速さの指標値を時間に沿ってプロットしたグラフに於ける測定者の目視、或いは、ブラウン運動の速さの指標値の時間微分値の正負の反転周期の算出等により決定することができるであろう。また、反応溶液に更に自律的振動反応に影響を及ぼすか否かが判定されるべき被験物質を混合し、ブラウン運動の速さの指標値の時間変化に基づいて自律的振動反応に対する被験物質の影響(例えば、振動周期又は振幅の変化、振動反応の停止等)を判定するようになっていてもよい。
本発明の方法の実施の形態に於いては、反応系がタンパク質KaiA、KaiB、KaiCとATPとを含むKaiCのリン酸化・脱リン酸化反応系であり、第一の分子がKaiBであってよい(或いは、KaiBに於いて、何らかの状態変化が起きたもの、例えば、KaiA又はKaiCと複合体を形成したものであってもよい。)。この実施形態によれば、所謂、「概日リズム」を生ずる生体モデルとして、一般的に利用されるタンパク質KaiA、KaiB、KaiCとATPとを含む反応系についてのより詳細な特性及び反応進行のメカニズムの解明が為されることが期待される。なお、本発明の発明者の研究によれば、Kaiタンパク質のリン酸化・脱リン酸化反応系の場合には、反応溶液中に於いて第一の分子のうち蛍光標識の付加されていない分子の総量又は濃度が蛍光標識の付加されている分子の総量又は濃度の少なくとも3000倍であると、良好な振動反応が発生できる、即ち、ロバスト性のある実験用反応系を構成できることが見出された。
本発明の方法によれば、生体分子を含む自律的な反応系のタンパク質等の分子間相互作用の有無又は強さを、分子のブラウン運動の速さを検出することによりリアルタイムに連続的に計測することが可能になり、分子の状態の分析の手間、労力が大幅に低減される。従って、生体内で観察される自律的反応系の再構成系が完成されているか否かの判定、及び、完成された再構成系の特性の分析、メカニズムの解明が、従前に比して大幅に簡単化され、容易となる。従前の如く、反応溶液のサンプリング、分子の分画などの処理は一切必要ないので、蛍光強度の計測・分析(或る時点の分子の状態の観測)は、観察者が実験中にそれまでの計測・分析結果、即ち、分子間相互作用の有無又は強さの変化を参照しながら、適時実行することも可能である。
特に、蛍光強度の計測・分析に於いて、蛍光相関分光法又はレーザー共焦点顕微鏡の光学系を用いた蛍光測定装置を用いて蛍光強度の計測を行う蛍光測定法を用いる場合、反応溶液中に於いて実際に励起光が強く当たる領域、即ち、蛍光観測領域は、共焦点顕微鏡の光学系の対物レンズの焦点領域だけであること、そして、反応溶液中の分子は絶えず流動的に運動しており、焦点領域には、次々に別の分子が通過し、分子又は粒子が焦点領域に長時間滞留することはないことから、長時間の励起光照射においても反応溶液中の分子の変性、失活、蛍光標識の褪色などの影響を最小化され、よりロバスト性の良い実験系を構成することができることとなる。即ち、多段階の反応の積み重なりにより構成される一つの反応系を分析する場合に、上記の蛍光分析方法によれば、一連の反応過程のうちのわずか一つの過程にでも異常があると本来の反応が停止してしまうという危険性が最小限にできるため、非常に有利である。
ところで、従来の技術に於いて、蛍光を用いてタンパク質等の相互作用を検出する手法として、しばしば、蛍光共鳴エネルギー移動法を用いる方法が知られている(特許文献9−10:蛍光共鳴エネルギー移動法の原理は、種々の文献に記載されている。)。この方法では、タンパク質の結合・解離状態がタンパク質に付加された蛍光分子の間のエネルギーの移動の発生の有無により判定される。その場合、少なくとも2種類の吸収・発光波長の異なる蛍光標識を互いに相互作用するタンパク質に付与する必要があり、しかも、励起された蛍光分子間に於いてエネルギー移動効率は、蛍光分子間の距離に依存するので、タンパク質に於ける蛍光分子を付加する位置のデザインに於いて、そのタンパク質の本来の機能を損なわずに、尚且つ、良好にエネルギー移動が生ずるよう配慮する必要があるなど、実験系の構築に手間がかかる。他方、本発明の如く、蛍光測定により分子のブラウン運動の速さを検出する手法では、互いに結合・解離する分子の双方に蛍光標識されている必要はなく、蛍光標識をタンパク質へ、その機能を損なわないように、付与することも比較的容易になるので、自律的な反応を良好に検出できることが期待される。
かくして、本発明の方法によれば、従前に比して、経時的に自律的反応の進行状況の追跡が比較的容易に達成される。かかる利点を利用すれば、反応量を定量的に評価することも可能であり、生体分子の自律的な振動反応の解明においてしばしば利用される数理モデルと組み合わせて自律的反応のメカニズムを検討する上で有利であろう。
また、本発明の検出方法は、創薬スクリーニングなどに応用する場合に於いても、手間やサンプル量、作業手順を最小化でき、時間や費用を節約できるので有利である。特に、試料量を従前に比して低減できるということは、生物科学の分野の研究に於いて、非常に有利であることは理解されるべきである。この分野の研究の現場に於いて使用される試薬又は物質は、しばしば、高価であったり、或いは稀少であるために、大量に入手することが困難である場合がある。また、或る再構成系又は被検物質が自律的反応を生ずるか否かを判定する前に、試料や物質を大量に入手又は調製することは、経済的でない。そのような場合に、本発明の方法は、少量の試料でも検査ができるので、極めて有効である(もし大量の試料が必要だとすれば、試料が足りないことで、検査自体が実施不可能となる場合もある。)。
本発明のその他の目的及び利点は、以下の本発明の好ましい実施形態の説明により明らかになるであろう。
以下に添付の図を参照しつつ、本発明を幾つかの好ましい実施形態について詳細に説明する。なお、以下の本発明の実施形態に於いては、生体分子の自律的な振動反応を生ずる反応系として、再構成系の確立されたシアノバクテリアのKaiA、KaiB、KaiCタンパク質に於けるKaiCのリン酸化・脱リン酸化反応系に対して、本発明を適用した場合について説明されているが、本発明の原理は、この系に限定されるものではないことは理解されるべきである。例えば、哺乳類やショウジョウバエなどで知られているPERIODタンパク質、CRYタンパク質などの概日周期に必須のタンパク質群やMAPキナーゼ等による反応制御システムなどの実験系に適用することも可能である。
KaiCリン酸化・脱リン酸化反応系について
本発明の方法の好ましい実施形態に於いて検査されるシアノバクテリアのKaiCのリン酸化・脱リン酸化反応系では、既に触れたように、KaiCが、約1日(計測によれば、約21時間)の周期にて、振動的に、リン酸化された状態と脱リン酸化された状態となると考えられている(非特許文献3)。現在までの知見によれば、KaiCのリン酸化は、KaiAがKaiCの少なくとも一部と複合体を形成することにより促進され、KaiCのリン酸化が高度に進むと、KaiBがKaiC又はKaiC−KaiAの複合体に結合し、これにより、KaiCの脱リン酸化が開始されると考えられている。実際、非特許文献2に於いて、KaiCのリン酸化−脱リン酸化のサイクルに概ね同期して、KaiC−KaiB複合体とKaiC−KaiA−KaiB複合体の量が振動的に変化することが実験的に見出されている。
上記のKaiCリン酸化・脱リン酸化反応サイクルは、従前では、サイクル内の個々の反応の実験と生細胞の実験結果とを総合して推定され、非特許文献1、2に於いて、試験管内の再構成系の実験により確認された。本発明の実施形態に於いては、KaiC又はKaiC−KaiA複合体に周期的に結合・解離を繰り返すKaiBを蛍光標識して、KaiBの蛍光標識の蛍光を、蛍光相関分光法に従って、測定してKaiB分子の運動状態を観測することにより、上記の如き振動的な反応過程が発生していることが検出される。なお、本実施形態に於いては、KaiBの中心とした相互作用の変動が検出されることとなるので、以下の化学式により例示される結合・解離様式が検出されることとなる。
KaiB+KaiC⇔KaiB・KaiC
KaiA・KaiC+KaiB⇔KaiA・KaiB・KaiC
KaiB・KaiC+KaiA⇔KaiA・KaiB・KaiC
KaiB+KaiA⇔KaiB・KaiA
KaiA・KaiB+KaiC⇔KaiA・KaiB・KaiC
蛍光相関分光法について
本実施形態に於いて、反応系中のKaiBのブラウン運動(並進運動)の速さを検出する蛍光相関分光法では、レーザー共焦点顕微鏡の光学系を用いて、図1(A)に模式的に示されている如く、反応溶液中の或る部位に対物レンズの焦点を合わせて、励起光を集光し、焦点領域を通過する蛍光分子からの蛍光強度が測定され、計測された蛍光強度の時間変化の自己相関関数(時間相関関数)が算出される。ここで得られる蛍光強度の自己相関関数は、蛍光分子の焦点領域に於ける滞留時間によって決定されるところ、その滞留時間は、焦点領域を通過する蛍光分子の並進運動の速さによって異なるので、結果として、蛍光分子の並進運動の速さが時間を変数とした自己相関関数の形状に反映される。分子の並進運動の速さの指標としては、典型的には、(一回の)計測開始時から自己相関関数の値が半分になるまでの時間の長さ(並進拡散時間)が用いられる。本発明の場合、図1(B)に例示されている如く、KaiBが遊離した状態からKaiC又はKaiAと結合して複合体を形成した状態となると、蛍光分子Fと一体的に運動する粒子の大きさが増大することとなるので、蛍光分子の並進移動速度が相対的に低減し、自己相関関数から算定される並進拡散時間が大きくなる。従って、このことから、KaiBがKaiC若しくはKaiAにどの程度結合しているか否か、又は、KaiBとKaiC又はKaiAとの相互作用の強さが判定されることとなる(反応系内のKaiB分子の全てがKaiC又はKaiA分子に一斉に結合・脱離するわけではないことは注意されるべきである。一般に、化学反応系に於いては、個々の分子の反応は、個々独立的に進行するところ、実験に於いて観測される量は、多数の分子の状態の統計的な平均である。ここで、“どの程度結合しているか”又は“相互作用の強さ”という場合には、微視的には、反応系内のKaiB分子のうち、何割がKaiC又はKaiC−KaiA複合体等に結合した状態にあるか又は結合反応を生じている分子の割合そのものを意味している。)
更に、図1(A)の蛍光観察の状況を模式的に表した図から理解される如く、蛍光相関分光法を用いる場合の利点としては、測定試料として準備される反応溶液が数μlから数十μl程度であるのに対し、反応溶液中で強く励起光が当たる領域は、対物レンズの焦点領域だけとなるので、励起光による反応溶液中の分子の失活、変性、蛍光標識の褪色等の試料のダメージを非常に小さくすることができる。焦点領域は、通常、長さが波長程度の領域となるので、概算で、体積が数fl程度となる。従って、蛍光観察が為される領域は、反応溶液中の10分の1又はそれ以下となる。
自律的振動反応の検出の手順
本実施形態の方法に於ける自律的振動反応の検出手順は、概ね、以下の通りである。
(a)反応溶液の調製
(b)蛍光相関分光法による逐次的な蛍光測定と並進拡散時間の算定
(c)並進拡散時間の解析
以下、上記の手順について説明する。
(a)反応溶液の調製
本実施形態では、再構成される反応系中に含有される分子のうち、反応サイクルに於いて状態が周期的に顕著に変化する分子種を選択し、この分野に於いて公知の任意の手法により、選択された分子の蛍光標識が為される。その際、分子種の選択に於いては、蛍光相関分光法による分析に於いて並進拡散時間の変化が顕著に現れるように、遊離した状態と、別の分子と相互作用して複合体を形成しているときの分子量の差ができるだけ大きい方が望ましい。また、蛍光標識の際には、分子がタンパク質である場合には、そのタンパク質が本来的に有する結合能や解離能を失活させることなく準備する必要がある。本実施形態に於いては、上記の事項を鑑み、蛍光標識を施す分子として、既に述べた如く、KaiBが選択される。KaiBの蛍光標識は、例えば、蛍光標識を施すタンパク質を抽出・精製した後、公知の態様にて、蛍光分子を化学修飾により付加するようにしてもよい。しかしながら、好適には、後述の実施例の如く、蛍光標識を施すタンパク質の遺伝子をベクター(例えば、オリンパス社ピンポイントラベリングキットのpROX−FLベクターなど)にクローニングし、市販の無細胞タンパク質合成系キットなどを用いて、クローニングされた遺伝子を発現させる際に蛍光標識されたアミノ酸が取り込まれるようにしてもよい(具体的な方法は、特許文献11、12に記載された方法が用いられてよい。)蛍光標識として用いられる蛍光色素は、この分野で通常使われる任意の蛍光色素、例えば、TAMRA(carboxytetramethylrhodamine)、TMR(tetramethylrhodamine)、Alexa647、Rhodamine Green、Alexa488などであってよいが、これらに限定されない。
次いで、検査されるべき反応系を構成する反応溶液が調製される。反応溶液に混合される分子は、当業者に於いて公知の態様にて抽出又は合成されたものであってよい。特に、タンパク質は、遺伝子組み換え技術を用いて大腸菌や培養細胞を用いた合成方法、無細胞タンパク質合成法により調製されてよい。本実施形態のシアノバクテリアのKaiCのリン酸化・脱リン酸化反応系に於いては、KaiA、KaiB、KaiCは、それぞれ、非特許文献1に記載の方法により調製されてよい(後述の実施例参照)。また、反応のエネルギー源として利用されるATPなどの低分子は、市販の物が用いられてよい。なお、自律的振動反応の検出の場合、反応実験に要する時間は、長期間に及ぶ。例えば、概日リズムを検出しようとする場合には、少なくとも1日〜数日間の実験時間に於いて、反応が進行させられた状態となる。その場合、反応のエネルギー源であるATPが枯渇する場合もあり得る(初めから過剰にATPを混合すると、反応系が本来の反応を進行しない場合もあり得る。)。そこで、反応溶液中に、フォスフォクレアチンとADP、クレアチンキナーゼなどを利用したATP再合成系が混合されてよい。
更に、反応溶液の調製について特記されるべきことは、好適には、反応溶液中には、蛍光標識される分子と同一の分子であって、蛍光標識されていない分子が、蛍光標識された分子よりも所定の割合以上混合されることである。実施例に於いて示されている如く、シアノバクテリアのKaiCのリン酸化・脱リン酸化反応系の例では、蛍光標識されていないKaiBを、蛍光標識されたKaiBの少なくとも3000倍以上、反応溶液に与えた場合に、詳細な理由は、明らかではないが、良好な振動反応が検出された。従って、シアノバクテリアのKaiCのリン酸化・脱リン酸化反応系の分析に於いては、反応溶液には、蛍光標識されていないKaiBが蛍光標識された分子の少なくとも3000倍以上となるよう混合される。その他の反応系の場合には、実験者に於いて本発明の方法又はその他の方法を用いて、振動反応が発生可能にする蛍光標識されていない分子と蛍光標識された分子との所定の割合が決定されることは理解されるべきである。
なお、反応溶液のその他の組成又は溶液の条件は、実験又は検査の目的に応じて、適宜設定・変更されてよいことは理解されるべきである。例えば、或る物質の自律的振動反応の阻害又は促進、概日リズム又は振動周期に対する影響を検査する場合には、その検査されるべき物質(被験物質)が、適量にて反応溶液に混合されてよい。また、自律的振動反応の化学的条件(例えば、pH、イオン強度、2価陽イオン濃度等)、物理的条件(温度、圧力、溶液の粘度)等についても、適宜変更され、自律的振動反応に対するそれらの条件の影響が検査されてよいことは理解されるべきであり、そのような場合も本発明の範囲に属する。調製後の反応溶液は、蛍光測定の開始まで、温度、光等の環境条件が、検出されるべき反応に影響を与えないよう整えられた状態にて保持される。
(b)蛍光相関分光法による逐次的な蛍光測定と並進拡散時間の算定
蛍光相関分光法による蛍光測定は、公知のレーザー共焦点顕微鏡の光学系と、フォトンカウンティング(1光子検出)により光強度の検出を行う光検出装置とを組み合わせてなる蛍光測定装置、例えば、一分子蛍光分析システムMF20(オリンパス社)を用いて実行されてよい。測定に於いては、上記の反応溶液を数μlから数十μl採取し、測定試料として、装置の所定の計測用セル内に分注し、装置にセットする。しかる後に、所定の実験時間の間、蛍光強度の測定と並進拡散時間の算定を所定の時間間隔にて繰り返し実行する。反応実験開始後、或る時点に於ける蛍光強度の測定と並進拡散時間の算定処理に於いては、自己相関関数を計算するための蛍光強度の測定又は取得時間は、好ましくは、10秒以上である。また、一回の蛍光強度の測定又は取得時間による自己相関関数から算出される並進拡散時間は、ばらつきが大きいので、反応開始後の或る時点に於ける上記の蛍光強度の取得、自己相関関数の計算、並進拡散時間の算定は、少なくとも5回行い、その並進拡散時間の平均値が、その時点での最終的な並進拡散時間の値として採用されることが好ましい。なお、重要なことは、計測用セル内に分注された測定試料は、実験時間中、交換されることなく、蛍光強度の測定と並進拡散時間の算定が実行される点であり、従って、一度の実験に於いて最低限必要な反応溶液は、最初に採取された数μlから数十μlだけでよい。
(c)並進拡散時間の解析
かくして、上記の蛍光測定及び並進拡散時間の算定を、所定の実験時間、繰り返した後、その間の並進拡散時間の時間変化の解析が行われる。典型的には、下記の実施例に於いて例示されている如く、並進拡散時間を時系列にプロットし、並進拡散時間の時間変化が参照される。本実施形態の場合、並進拡散時間が大きいほど、KaiBの運動の速さが遅くなっていることを示す。従って、並進拡散時間が大きいときは、並進拡散時間が小さいときに比して、KaiC又はKaiAに結合して複合体を形成しているKaiBの量又は濃度が高く、KaiBとKaiC又はKaiAとの相互作用の強さ(親和力)が大きいことを示唆する。
KaiBのKaiC又はKaiAに対する相互作用の強さが振動的に変化しているか否かは、並進拡散時間の時系列のプロットに於いて測定者の目視により判定されてよい。また、振動周期は、並進拡散時間の時系列のプロットに於けるピーク間の長さ(時間)を計測することになされてよい。また、並進拡散時間が周期的に変化しているか否かは、並進拡散時間の時間微分を算出し、その正負が周期的に反転しているか否かにより判定されてよい。振動周期は、並進拡散時間の時間微分が0となる時点を任意の方法(補間、フィッテング)により特定し、並進拡散時間の時間微分が0となる時点間の長さに基づいて算定することができる。更に、時系列的に得られた並進拡散時間を任意の数理モデルとの組み合わせた解析に用いてもよい。
かくして、上記の実施形態の手順によれば、自律的反応系に於ける振動反応が、反応系内の分子のブラウン運動の速さの変化により検出できることとなる。そして、反応溶液の組成その他条件を任意に変更することにより、自律的反応系の振動反応の特性、或る条件又は物質による影響が検査できることとなる。
上記に説明した本発明の有効性を検証するために、以下の実験を行った。なお、以下の実施例は、本発明の有効性を例示するものであって、本発明の範囲を限定するものではないことは理解されるべきである。
蛍光標識KaiBの調製
シアノバクテリアKaiB遺伝子をオリンパス社ピンポイントラベリングキット内のpROX-FLベクターにクローニングした。その際、KaiB遺伝子は、pROX-FLのNdeI側にstartコドン、NotI側にstopコドンがくるように2つのサイトの間に組み込んだ。しかる後、ロシュ社の無細胞タンパク質合成キットRTS100 E.coli HY kitを用いて、KaiB遺伝子が組み込まれたベクターを発現させ、TAMRA標識されたKaiBタンパク質を合成した。合成されたタンパク質はジーイー・ヘルスケア(GE Healthcare社)のHis MicroSpin Purification ModuleとPD-10 Columnを用いて精製した。精製後のタンパク質は約10nMになるようにKaiBストックバッファ(20mM Tris-HCl(pH8.0)、0.5mM EDTA、10mM NaCl)で希釈した。
KaiA、KaiB(蛍光標識なし)、KaiCの調製
KaiCリン酸化・脱リン酸化反応系を構成するタンパク質KaiA、KaiB(蛍光標識なし)、KaiCは、大腸菌にシアノバクテリア(Synechococcus elongatus)のKaiA、KaiB、KaiCの遺伝子を導入して発現させたものを抽出・精製したものを用いた(非特許文献1)。簡単に述べれば、KaiA、KaiB(蛍光標識なし)、KaiCは、それぞれ、KaiA遺伝子、KaiB遺伝子、KaiC遺伝子をpGEX-6P-1(ジーイー・ヘルスケア社)に組み込んで、E.Coli株BL21に遺伝子導入し、E.Coli内でGST融合タンパク質として発現させた。しかる後、E.Coliを回収して、抽出バッファ(50mM Tris,pH8.0,150mM NaCl,1mM DTT)中で菌体を破砕し、破砕物を24000gで遠心分離した後、上清をグルタチオン・セファロース(Glutathione Sepharose)4Bカラム(ジーイー・ヘルスケア社)に通して、GST融合タンパク質(KaiA、KaiB又はKaiC)をカラムに吸着させた。カラムの洗浄後、GST融合タンパク質をプレシジョンプロテアーゼ(PreScission Protease ジーイー・ヘルスケア社)で処理後、50mM Tris, pH8.0,300mM NaClで溶出し、更に、イオン交換カラムにより精製した。但し、KaiBについては、更に、ゲルろ過クロマトグラフィーにより精製した。また、KaiCの場合には、上記の精製の過程に於いて、バッファは、0.5mM ATPと5mM MgCl2を含むものを用いた。
反応溶液の調製
上記の如く得られた蛍光標識されたKaiBと、KaiA、KaiB(蛍光標識なし)、KaiCとを混合して、下記の反応溶液(総量30μl)にて調製した。
KaiA(1.48mg/ml) 1.01μl
KaiB 下記参照
KaiC(2.05mg/ml) 2.93μl
50mM ATP 0.6μl
5×結合バッファ 6μl
(5×結合バッファの組成は、100mM Tris-HCl(pH8.0)、750mM NaCl、25mM MgCl2、2.5mM EDTA)
なお、KaiBについては、蛍光標識有りと蛍光標識なしの以下の組合せにて反応溶液に混合した。割合は、蛍光標識されたKaiBに対する蛍光標識のないKaiBの割合を示している。(括弧内はKaiBの混合前の濃度である。)
割合(倍) 蛍光標識有り 蛍光標識なし
(10nM) (1.66mg/ml)
0 3μl 0
1111 3μl 0.2μl
1667 3μl 0.3μl
3333 3μl 0.6μl
5000 3μl 0.9μl
8333 3μl 1.5μl
10000 3μl 1.8μl
上記の調製された反応溶液は、調製直後から30℃に保持した。
蛍光測定及び並進拡散時間の算定
上記の調製された反応溶液について、一分子蛍光分析システムMF20(オリンパス社)を用いて、蛍光相関分光法により、蛍光強度の測定及び並進拡散時間の算定を、逐次的に複数回、約2時間毎に実行した。図2は、上記の反応溶液に於けるKaiBに付加された蛍光標識の蛍光測定に基づいて得られた並進拡散時間の値を、反応開始後(混合直後)からの時間に対してプロットしたグラフである。各時点に於いては、約15秒間の蛍光強度の測定を5回実行し、各々の蛍光強度の測定に於ける自己相関関数から算出された並進拡散時間の平均値が示されている。また、グラフでは、蛍光標識されたKaiBに対する蛍光標識されていないKaiBの割合を上記の如く種々変更した場合が示されている。
図2から理解される如く、反応開始直後(KaiCがリン酸化されていない状態)から並進拡散時間が増大し、その後、蛍光標識されたKaiBに対する蛍光標識されていないKaiBの割合が3000倍以上のとき、約21〜24時間の周期にて、即ち、概日リズムにて、並進拡散時間が振動的に変化した。並進拡散時間は、KaiBの運動の速さの変化に対応するので、この結果は、KaiBが概日リズムにて、周期的に、KaiC及び/又はKaiAに結合して複合体を形成し、或いは、KaiBとKaiC及び/又はKaiAの相互作用の強さが変動したことを示唆しており、非特許文献1−3の結果、即ち、概日リズムにて、KaiBがKaiC又はKaiC−KaiA複合体と結合して、KaiC−KaiB複合体又はKaiC−KaiA−KaiB複合体を形成するという結果に整合する。一方、蛍光標識されたKaiBに対する蛍光標識されていないKaiBの割合が3000倍未満のときは、反応開始直後から並進拡散時間が増大した後、若干の振動的変化は見られるものの、並進拡散時間は、ほとんど変化しなかった。これらの結果は、シアノバクテリアのKaiCのリン酸化・脱リン酸化反応系の場合、蛍光標識されたKaiBに対する蛍光標識されていないKaiBの割合が3000倍以上となるよう反応溶液を調製すれば、良好に自律的振動反応現象が観測できることを示している。
更に、蛍光相関分光法に於ける励起光の影響を調べるために、反応開始後の各時点に於ける蛍光強度の測定と並進拡散時間の算定に於いて、15秒間の蛍光測定を5回行った場合と100回行った場合とでの、並進拡散時間の値の時間変化を測定した(図3)。しかしながら、蛍光測定を5回行った場合と100回行った場合との間では、顕著な差は認められなかった。このことは、本発明の方法による蛍光強度の測定に於いて、励起光による照明が振動反応には殆ど影響しないことを示唆する。
図1(A)は、本発明の方法の好ましい実施形態に於ける蛍光相関分光法による反応溶液(測定試料)中の蛍光測定の様子を模式的に示したものである。蛍光相関分光法では、蛍光標識された分子が焦点領域を通過する際の蛍光が経時的計測される。また、測定系では、共焦点顕微鏡の光学系(図示せず)が採用されるため、励起光の強度は、励起光が集光される対物レンズの焦点領域(長さが波長程度)に於いてのみ強くなる。図1(B)は、本発明の方法の好ましい実施形態に於ける処理過程中に於けるKaiBとKaiCとの相互作用を模式的に表したものである。蛍光標識Fが付加されたKaiBがKaiCと結合すると(右)、KaiCと一体的に運動するため、KaiBが単独で遊離している状態(左)よりもブラウン運動の速度が遅くなり、並進拡散時間が増大する。なお、図では、KaiBがKaiCに結合するよう示されているが、KaiC−KaiA複合体に結合する場合も在り得る。また、KaiBがKaiAと一体的に、KaiCに対して結合・解離する場合も在り得る。 図2は、蛍光標識されたKaiBと蛍光標識されていないKaiBとの割合を種々変更した反応溶液の各々に於けるKaiBに付加された蛍光標識の蛍光測定に基づいて得られた並進拡散時間の値を反応開始後からの時間に対してプロットしたグラフである。測定は、それぞれ、30℃にて、約36時間、途中で測定セルの反応溶液を交換せずに行った。各点は、各時点に於いて、15秒間の蛍光測定を5回行い、それぞれについて並進拡散時間を算定した後、算定された5回の並進拡散時間の値を平均した値である。右欄は、図中のプロットの記号と蛍光標識されたKaiBと蛍光標識されていないKaiBとの割合との対応を示している。図中、実線及び点線は、それぞれ、蛍光標識されたKaiBと蛍光標識されていないKaiBとの割合が3333倍、0倍のときのプロットの変化を明瞭にすべく、フリーハンドにて引いた線である。 図3は、一回の並進拡散時間の算定のための励起光の照射時間を変更した場合の、KaiBに付加された蛍光標識の蛍光測定に基づいて得られた並進拡散時間の値を反応開始後からの時間に対してプロットしたグラフである。(A)は、各時点に於いて、15秒間の蛍光測定を5回行い、(B)は、各時点に於いて、15秒間の蛍光測定を100回行った場合である。反応溶液に於いて、蛍光標識されたKaiBに対する蛍光標識されていないKaiBの割合は、5000倍である。その他の条件は、図3の場合と同様である。各点の縦の線分は、標準偏差を示している。

Claims (9)

  1. 生体分子を含む反応系の自律的な振動反応の発生を検出する方法であって、
    少なくとも一部に蛍光標識が付与されている第一の分子と該第一の分子と相互作用するか否かが判定されるべき第二の分子とを含み前記反応系を構成する反応溶液にして、蛍光標識の付加されていない第一の分子を前記蛍光標識された第一の分子よりも所定の割合以上多く含む反応溶液を調製する過程と、
    前記反応溶液中の前記第一の分子の蛍光標識からの蛍光強度の時間変化の計測及び前記計測された蛍光強度の時間変化に基づく前記第一の分子のブラウン運動の速さの指標値の算出を逐次的に複数回実行する過程と
    を含み、前記ブラウン運動の速さの指標値の時間変化に基づいて前記第一の分子と前記第二の分子との相互作用の有無及び強さを判定し、前記反応溶液中の前記第一の分子と前記第二の分子との相互作用の強さが時間に対して周期的に変動したときに自律的振動反応が発生したと判定することを特徴とする方法。
  2. 請求項1の方法であって、前記蛍光強度の時間変化の計測が蛍光相関分光法により実行され、前記ブラウン運動の速さの指標値が蛍光相関分光法により算定される並進拡散時間であり、前記並進拡散時間が前記反応溶液中の前記第一の分子と前記第二の分子との相互作用の強さの指標値であることを特徴とする方法。
  3. 請求項1の方法であって、前記蛍光強度の時間変化の計測が所定時間間隔にて繰り返されることを特徴とする方法。
  4. 請求項1の方法であって、前記第一及び第二の分子がタンパク質であり、前記第一及び第二の分子が互いに結合すると前記第一の分子に付加された蛍光標識からの蛍光強度に基づいて算定される前記指標値により表されるブラウン運動の速さが低減することを特徴とする方法。
  5. 請求項1の方法であって、前記蛍光強度の時間変化の計測が、レーザー共焦点顕微鏡の光学系を用いた蛍光測定装置を用いて実行され、前記蛍光強度の測定時の観察領域の体積が前記反応溶液の体積の10分の1のオーダーであることを特徴とする方法。
  6. 請求項1の方法であって、前記ブラウン運動の速さの指標値の時間変化に基づいて前記自律的振動反応の振動周期を決定する過程を含むことを特徴とする方法。
  7. 請求項1の方法であって、前記反応溶液に更に前記自律的振動反応に影響を及ぼすか否かが判定されるべき被験物質を混合し、前記ブラウン運動の速さの指標値の時間変化に基づいて前記自律的振動反応に対する前記被験物質の影響を判定することを特徴とする方法。
  8. 請求項1の方法であって、前記反応系がタンパク質KaiA、KaiB、KaiCとATPとを含むKaiCのリン酸化・脱リン酸化反応系であり、前記第一の分子がKaiB又はKaiBの状態が変化した分子であることを特徴とする方法。
  9. 請求項8の方法であって、前記反応溶液中に於いて前記第一の分子のうち前記蛍光標識の付加されていない分子の総量又は濃度が前記蛍光標識の付加されている分子の総量又は濃度の少なくとも3000倍であることを特徴とする方法。

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