JP4987453B2 - 鋼板の重ねレーザ溶接継手及び重ねレーザ溶接方法 - Google Patents

鋼板の重ねレーザ溶接継手及び重ねレーザ溶接方法 Download PDF

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Description

本発明は、複数の鋼板を重ね合わせ、最上段の鋼板の表面に対してレーザビームを照射し、最下段の鋼板裏面まで溶融しつつ溶接線に沿って溶接する技術に関する。
一般に自動車工業や電気機器工業その他の分野において、薄鋼板を成形加工した部材を溶接する際には抵抗スポット溶接が多く採用されてきた。例えば、自動車のボディ組み立ておいて、高強度の薄鋼板から形成され、フランジ部20および折り曲げ部21を有する断面が図9aに示すようにハット形状の構造部材19を、互いに対向させてそのフランジ部20を重ね合わせ、その重ね合わせ部をスポット溶接などで接合したフレーム部材や、図9b、cに示すように前記フランジ部20と板材22あるいはフランジ部間に板材22を介在させてそれらを重ね合わせ、それらを同様に接合したフレーム部材、さらには、図9dに示すように複数枚の構造部材19を同一方向に重ね合わせたフレーム部材などの溶接構部材が使用されている。
しかし、このような成形加工した薄鋼板を抵抗スポット溶接により重ね合わせ溶接する場合には、薄鋼板の重ね合わせ部の上下に配置された電極で加圧しつつ通電する必要があるため、フランジ幅の短縮化に制約が生じ、また、閉断面構造の溶接ができないという問題があった。
一方、一般にレーザ溶接は、TIG溶接やMIG溶接などのアークに比べ、集束が容易なレーザビームを熱源とし、極めて高いエネルギー密度でビード幅が細い溶接ビードが得られ、かつ一方向からのアクセスが可能な溶接ができる、という特徴がある。このレーザ溶接を上記のような薄鋼板を成形加工した部材の重ね合わせ部の接合に採用した場合には、連続溶接により接合強度が高く、ビード幅が狭いために、従来用いられていたスポット溶接やアーク溶接に比べて接合部の設計自由度が大きく、フランジ部の幅を狭くし、構造部材を小型化、軽量化することが可能となるなどの利点がある。
特に自動車用構造部材として近年の軽量化による燃料比改善や安全性の向上といった要求に対応するため、引張強度が440MPa以上の高強度(ハイテン)の薄鋼板を使用し、溶接部の品質に優れた高強度薄鋼板の重ねレーザ溶接継手が得られることが求められている。
しかしながら、本発明者らの検討によれば、自動車用構造部材の形状に成形加工した引張強度が440MPa以上の高強度薄鋼板を複数枚重ね合わせ、レーザにより重ね合わせた下側の鋼板の裏面まで溶融(裏ビードを形成)して、レーザ重ね溶接継手の接合強度を高めようとすると、溶接終了直後の溶接金属で水素脆化割れや破断が問題となることを確認した。
これは、高強度薄鋼板を図9に示すような比較的大型で肉薄の自動車用構造部材に成形加工した重ね合わせ部の裏面まで溶融するようにレーザ溶接する場合は、(1)溶接金属の凝固後の冷却過程で溶接ビードの長手方向に熱収縮し、引張残留応力やひずみが生じると共に、自動車用構造部材に特有な継手形状および鋼材強度に起因するスプリングバックによる引張応力も加わること、(2)溶接時に継手裏面は十分なガスシールができていないため、大気中の水分などの水素源が溶融状態の裏ビードから溶融金属中に侵入し、凝固後の溶接金の特にマルテンサイトなどの硬質組織や、引張り残留応力や歪に水素が集積すること、が原因となり、溶接直後に溶接金属が水素脆化し、割れや破断が発生したものと考えられる。
従来から薄鋼板の重ねレーザ溶接の際に、溶接金属のブローホールなどの溶接欠陥や割れを抑制することにより溶接部の品質を向上する方法は提案されている。
例えば、レーザ溶接を用いてアルミニウム合金を重ね継手の裏面に裏ビードが露出しないように溶接する際に、ビード幅に対する溶け込み深さの比が0.9以下となる溶接ビードを形成することによりブローホール欠陥を抑制し健全な溶接部が得られるレーザ溶接方法が提案されている(特許文献1参照)。
この方法は、ビード幅に対する溶け込み深さの比を小さくすることにより、ビード深部の気泡が浮上するまでの時間を短くし、溶接金属に気泡が閉じ込められブローホール欠陥が発生することを防止するものである。
また、炭素鋼及びステンレス材をレーザ溶接する際、接合部幅(鋼板の重ね合わせ面における溶接金属幅)に対するレーザ照射側の表ビード幅の比を1.5以下にコントロールすることにより、割れ欠陥を抑制し健全な溶接部が得られる溶接方法が提案されている(特許文献2参照)。
この方法は、溶接レーザ照射側の表ビード幅が接合部幅(鋼板の重ね合わせ面における溶接金属幅)に比べて小さく(接合部幅に対する表ビード幅の比が1に近づくように)することにより、溶接時に接合面(鋼板の重ね合わせ面)と溶接金属ボンド部との交点近傍で生じる引張り(収縮)応力を低減し、この部位の溶接割れ発生を防止するものである。
また、レーザ溶接を用いて自動車用のロードホイールを構成するリムとディスクを重ね接合する際に、リム側からレーザを照射し、ディスク側の裏面まで溶融せず(裏ビードを形成せず)に、リムの板厚Tに対する継手重ね合わせ面での接合幅Wの比がW/T≧0.3を満足し、かつリムとディスクの全周またはリムの板厚Tに対するビード長さLの比がL/Tが≧1.5を満足するように重ね溶接する方法が提案されている(特許文献3参照)。
この方法は、リムの板厚Tに対する継手重ね合わせ面での接合幅Wの比がW/T≧0.3とすることによりリム(母材)並みに溶接金属の疲労強度を改善し、疲労荷重下での溶接金属での疲労亀裂破断を防止し安全性の高いロードホイールを製造するものである。
しかしながら、上記特許文献1〜3などで開示された従来のレーザ重ね溶接方法は、溶接時に十分なガスシールができていない継手裏面の裏ビードから溶融金属中に侵入し、凝固後の溶接金属組織の結晶粒界に集積する水素源に起因した溶接金属水素脆化割れを解決するための具体的は方法については一切開示されていない。さらに、上記特許文献1および3で開示された従来のレーザ重ね溶接方法は、重ね合わせた上側の鋼板側からレーザを照射し、下側の鋼板の裏面まで溶融して裏ビードを形成する方法ではないから、水素源が裏ビードから溶融金属中に侵入する可能性は低く、溶接金属の水素脆化割れは問題とならない。
特開平9−19778号公報 特開平10−85974号公報 特開平5−329672号公報
以上のように、引張強度が特に440MPa以上の高強度薄鋼板を成形加工した後、それらを複数重ね合せ、重ね合わせ部をレーザ溶接して自動車用構造部材を製造する際、重ね合わせ部の裏面まで溶融(裏ビードを形成)して溶接継手の接合強度を高める場合に、溶接金属の水素脆化割れが発生する問題およびそのメカニズムは必ずしも従来明確になっていなかった。
本発明は、かかる従来技術の現状に鑑みて、特に、引張り強度が440MPa以上の高強度薄鋼板を複数重ね合わせてレーザ溶接する際に、重ね合わせ部の裏面まで溶融(裏ビードを形成)しつつ、溶接時に重ね合わせ部の裏面の溶融金属中に侵入した水素に起因する溶接金属の水素脆化割れを低減することにより、継手強度と溶接部品質に優れた重ねレーザ溶接継手及びその継手を形成するためのレーザ溶接方法を提供することを目的とする。
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、その発明の要旨とするところは以下のとおりである。
(1)2枚または3枚の鋼板を重ね合わせ、最上段の鋼板の表面に対してレーザビームを照射し、最下段の鋼板裏面まで溶融して形成された重ねレーザ溶接継手であって、前記最下段の鋼板の裏面に形成された裏ビード幅を、重ね合わせた鋼板の合計板厚に対する比で0.2〜0.5とし、かつ各鋼板の重ね合わせ面でのビード幅を重ね合わせ面毎に、(a)重ね合わせられた鋼板の板厚が同じである場合は、鋼板の板厚に対する比で0.6以上とし、(b)重ね合わせられた鋼板の板厚が異なる場合は、薄い方の鋼板の板厚に対する比で0.6以上としたことを特徴とする重ねレーザ溶接継手。
(2)前記重ね合わされた鋼板の引張強度が440MPa以上であることを特徴とする(1)に記載の重ねレーザ溶接継手。
(3)2枚または3枚の鋼板を重ね合わせ、最上段の鋼板の表面に対してレーザビームを照射し、最下段の鋼板裏面まで溶融しつつ溶接線に沿って溶接する方法において、前記最下段の鋼板の裏面に形成する裏ビード幅を鋼板の合計板厚に対する比で0.2〜0.5とし、かつ各鋼板の重ね合わせ面でのビード幅を重ね合わせ面毎に、(a)重ね合わせられた鋼板の板厚が同じである場合は、鋼板の板厚に対する比で0.6以上とし、(b)重ね合わせられた鋼板の板厚が異なる場合は、薄い方の鋼板の板厚に対する比で0.6以上とすることを特徴とする鋼板の重ねレーザ溶接方法。
(4)前記重ね合わされた鋼板の引張強度が440MPa以上であることを特徴とする(3)に記載の鋼板の重ねレーザ溶接方法。
引張り強度が440MPa以上の高強度薄鋼板を複数重ね合わせ、最上段の鋼板の表面に対してレーザビームを照射し、最下段の鋼板裏面まで溶融しつつ溶接線に沿って溶接する際、溶接中の最下段の鋼板裏面溶融部への水素の侵入を低減し、溶接直後に発生する溶接金属の脆化割れ(遅れ破壊)を防止し、継手強度と溶接部品質に優れた溶接継手を得ることができる。
そのため、本発明のレーザ溶接継手及びレーザ溶接方法の適用により、従来のスポット溶接では困難な閉断面構造を有する自動車用構造体を、引張強度が440MPa以上の高強度(ハイテン)の薄鋼板を用いて効率的に製造することが可能となり、自動車用構造体の軽量化による燃料比改善や安全性の向上といった社会的要求にも対応することができるので、本発明の産業上の貢献は多大である。
以下に、本発明の実施の形態を、図面を用いて詳細に説明する。
本発明の実施形態の一例として、薄鋼板をハット断面形状に成形加工し、そのフランジを重ね溶接して自動車用の溶接構造体とする場合についてを説明する。
図8(a)及び図1に示すように、薄鋼板を成形加工し、フランジ12、13および折り曲げ部14、15を有するハット断面形状の成形部材4、5を製作し、閉断面構造となるように2つの成形部材4、5のフランジ12、13を重ね合わせる。このフランジ12、13の重ね合わせ部6の上段の鋼板表面に対して、レーザ発振器3から発振されたレーザビームを、レーザトーチ1を介して照射し、下段の鋼板裏面まで溶融しつつ溶接線に沿って溶接することで溶接構造体10が製造される。この際、溶接構造体10のフランジ12、13の重ね合わせ部6には、レーザビームの照射により上下段の鋼板が溶融し、溶融金属が凝固することにより溶接ビード7が形成される。
ここで、重ね合わせ部6に形成された溶接ビード7のうち、上段の鋼板の表面に露出している溶接ビード7の部分を表ビードとし、段の鋼板の裏面に露出している溶接ビード7の部分を裏ビードとする。
通常のレーザ溶接では、レーザトーチ1を介してガス供給装置2から供給される同軸シールドガスによって上段の鋼板の表面に形成される溶融池はガスシールドされる。しかし、下段の鋼板の裏面に形成される溶融池はガスシールドされず、大気に晒された状態で溶接されるため、大気中の水分等が裏面を貫通したレーザビームにより分解されて原子状水素となり、溶接金属中の拡散性水素を増加させる原因となる。
また、通常のレーザ溶接では、鋼板の重ね合わせ部6は、クランプ具などで拘束されずに溶接されるため、本実施形態のようにレーザ溶接によりフランジ長手方向に細長い溶接ビードを形成する場合には、冷却過程で溶接ビードが熱収縮し、特にビード長手方向に引張り応力が発生し、これが溶接金属の水素脆化割れを誘引する原因となる。
本発明者らは、上記のような方法で引張り強度が440MPa以上の高強度薄鋼板を成形加工して得られた成形部材4、5のフランジ12、13をクランプ具にて拘束し、溶接後の溶接ビードの熱収縮による引張り応力発生を抑制した状態で重ねレーザ溶接し、溶接終了後直ぐに(5分程度)、あるいは、溶接終了後長時間(半日程度)経過後にそれぞれクランプ具を取り外し、拘束力を開放した時期の違いによる溶接金属の割れ発生状況を比較した。
その結果、溶接終了直後に直ぐに溶接構造体10の重ね合わせ部6からクランプ治具を取り外した場合には、図8(b)に示すように、特に溶接ビードの熱収縮により引張り応力が集中しやすい溶接ビードの終端部側で50〜70mmの長さに亘り溶接金属の割れによる破断部11が生じた。
これに対して、溶接金属中に侵入した拡散性水素が十分に拡散できる溶接終了後長時間(8時間程度)経過した後に、溶接構造体10の重ね合わせ部6からクランプ治具を外した場合には、溶接金属の割れは生じなかった。
また、溶接直後に発生した溶接金属の破断部11の破面を詳細に観察したところ、破面形態は擬劈開破面が主であり、一部に粒界破面が認められた。
さらに、本発明者らは、上述のような自動車用の溶接構造体10の重ねレーザ溶接部で発生しやすい溶接金属の破断原因を詳細に確認するために、図6に示すような、溶接構造体のTピール引張試験を行った。
Tピール引張試験では、引張強度が270〜980MPa級の強度の異なる厚さ1.2mmの薄鋼板を用いて、図6に示すように、L字状に曲げ加工した2つのTピール試験片9,9を作製し、これらの短辺を重ね合わせ、その重ね合わせ部をレーザ溶接して長さ30mmのビード7を形成し、Tピール溶接試験体8を製造した。
また、Tピール引張試験では、溶接終了直後(溶接終了から5分程度経過)と、溶接後長時間(8時間程度)経過した後のTピール溶接試験体8を用いて、引張試験装置にてTピール試験片9、9の長辺側(非溶接端側)に対して溶接部面が乖離する方向に引張り応力を付加し、溶接部が破断する際の最大引張荷重を測定し、これをビード長で除した値をTピール強度(N/mm)として評価した。なお、引張速度は10mm/minとした。
その結果、引張強度が440MPa鋼以上の薄鋼板を用いた場合には、溶接終了直後(溶接終了後5分程度)のTピール溶接試験体8のTピール強度は極めて低くなり、溶接終了から時間が経過するとともにTピール溶接試験体8のTピール強度は高くなり、溶接終了後8時間経過したTピール溶接試験体8のTピール強度はほぼ一定強度になることを確認した。なお、前記溶接終了直後(溶接終了後5分程度)のTピール強度は、溶接終了後8時間経過した場合のTピール強度の25%程度であった。
溶接終了後8時間以上経過した場合のTピール溶接試験体8の破断位置はボンド部(溶融境界)又はHAZ(母材熱影響部)近傍であり、これから母材並みの継手強度が得られることが確認された。一方、溶接終了直後のTピール溶接試験体8の破断位置は溶接金属であり、その破面形態は擬劈開破面が主であり、一部に粒界破面が認められ、溶接金属の脆化による割れであることを確認した。
さらに、引張強度が270MPaの薄鋼板を用いた場合、溶接終了直後(溶接終了後5分程度)のTピール溶接試験体8のTピール強度は低下せず、溶接終了から8時間以上経過した試験体8のTピール強度とほぼ同等であることを確認した。
これらの結果から、溶接直後の溶接金属の割れは以下の原因で発生する水素脆化による遅れ破壊であることが判った。
上述したように通常の重ねレーザ溶接では、継手裏面の溶融池はガスシールドされず、大気に晒された状態で溶接されるため、大気中の水分等が裏面を貫通したレーザビームにより分解されて原子状水素となり、溶融金属中に侵入し、拡散性水素を増加させる原因となる。溶融金属中に侵入した原子状水素は、溶接金属のマルテンサイト等の硬化組織を拡散し集積しやすい。引張り強度が440MPa以上の高強度薄鋼板をレーザ溶接して形成される溶接金属の組織はマルテンサイト等の硬化組織となりやすいため、溶接金属中での水素の集積が顕著になると推定される。
また、通常のレーザ溶接では、鋼板の重ね合わせ部6は、クランプ具などで上下から拘束されずに溶接されるため、比較的ビード幅が狭く、かつ細長いビードが形成される場合には、溶接後のビードが冷却する過程で長手方向が熱収縮することにより引張残留応力や歪みが生じる。引張り強度が440MPa以上の高強度薄鋼板をレーザ溶接する場合には、ビード周囲からの拘束力が高いなるため、ビードの熱収縮により発生する引張残留応力や歪みは大きくなり、特にビードの始終端部に応力集中することが予想される。また、図8に示すような薄鋼板を成形加工した成形部材ではスプリングバック等の外部からの引張応力がビードに作用する。
以上から、引張り強度が440MPa以上の高強度薄鋼板の成形部材の重ねレーザ溶接において、溶接直後に発生する溶接金属の割れの原因は、溶接時に主に継手裏面の溶融池から侵入した原子状水素が、溶接金属のマルテンサイト等の硬化組織や、引張残留応力及び歪みに集積し、溶接金属が脆化することによる水素脆化割れであると考えられる。
溶接金属のマルテンサイト等の硬質組織に集積した原子状水素は、溶接後の経過時間の増加とともに溶接金属内部から表面に拡散し、放出されるため、この間、重ね合わせ部をクランプ具等で拘束することにより、ビードの熱収縮による引張残留応力及び歪みの発生が軽減されて、応力集中が抑制された結果、溶接金属の水素脆化割れが抑制されたものと考えられる。また、継手裏面に不活性ガス供給装置を配置し、レーザ溶接時に継手裏面の溶融池をガスシールドすることにより、溶接金属の水素脆化割れは抑制されると考えられる。
しかし、溶接時に鋼板の重ね合わせ部をクランプ具等で拘束したり、継手裏面を不活性ガス供給装置でガスシールドすることは、溶接作業性を低下させ、また、溶接構造部材によっては、クランプ具やガス供給装置を配置することは困難である。
発明者らは、高強度薄鋼板の成形部材を重ねレーザ溶接する際に、クランプ具やガス供給装置などの特別な手段を用いずに、溶接条件を適正化することで、溶接直後に発生する溶接金属の水素脆化割れ(遅れ破壊)を抑制する方法を検討した。特に、溶接時の溶接金属への原子状水素の侵入経路となる継手裏面に形成される裏ビードに着目し、上記Tピール引張り試験により、溶接時の裏ビード幅と溶接金属の水素脆化割れ発生との関係について検討した。
Tピール溶接試験体8は、引張強度が980MPa級で、鋼成分がC:0.125質量%、Si:1.0質量%、Mn:2.2質量%である、厚さ1.2mmの薄鋼板を用いて作製した。
この引張強度及び成分組成の薄鋼板をレーザ溶接して形成された溶接金属はマルテンサイト硬質組織となり、溶接金属の周囲に高い拘束力が作用するため、溶接金属の水素脆化割れが発生しやすい継手条件である。
上述した試験と同様に、Tピール溶接試験体8は、図6に示すように、L字状に曲げ加工した2つの試験片9、9を作製し、これらの短辺を重ね合わせ、その重ね合わせ部をレーザ溶接して長さ30mmのビード7を形成した。この際、図4に示すように、Tピール溶接試験体8の重ね合わせ部に形成する裏ビード幅Wは、レーザ溶接時にレーザ加工点出力を変更することにより、鋼板の合計板厚H(=H+H)に対して相対的に変化させた。
具体的には、レーザ溶接条件として、ビームウエスト0.6mm、焦点外し:+2mm、溶接速度:2m/min一定とし、加工点出力を1.5〜3.5kWの範囲で変化させることにより、裏ビード幅WAを変化させた。
また、チップ径:5mmφとし、シールド方法は、同軸センターシールド(裏面シールドなし)、シールドガスはArを25リットル/分とした。
また、レーザ溶接に先立ち、成形部材の溶接部となるフランジ部の表面はウエスで払拭し、清浄なものとし、フランジの重ね合わせ部6をクランプ具にて拘束して溶接し、溶接金属の水素脆化割れが発生しやすい、溶接終了直後(溶接終了から5分程度経過後)にクランプ具を取り外し、Tピール引張試験を行った。
Tピール引張試験では、溶接終了直後(溶接終了から5分程度経過)のTピール溶接試験体8を用いて、引張試験装置にてTピール試験片9、9の長辺側(非溶接端側)に対して溶接部面が乖離する方向に引張り応力を付加し、溶接部が破断する際の最大引張荷重を測定し、これをビード長で除した値をTピール強度(N/mm)として評価した。なお、引張速度は10mm/minとした。また、このときのTピール溶接試験体8の破断部位についても確認した。
図2に、重ね合わせ部に形成した裏ビード幅Wの鋼板の合計板厚Hに対する比(W/H)と、溶接終了直後(溶接終了から5分程度経過)のTピール強度との関係を示す。
図2から、Tピール溶接試験体8の重ね合わせ部の鋼板裏面に形成した裏ビード幅Wの鋼板の合計板厚Hに対する比(W/H)が0.2〜0.5の場合にTピール強度は大きくなり、良好な継手強度が得られた。なお、この場合の破断形態を観察した結果、図7(b)で示すようなボンド部(溶融境界)近傍で破断が生じたことを確認した。
しかしながら、W/Hが0.2より小さい場合は、Tピール強度は大きくばらつき、ボンド部(溶融境界)近傍で破断(最大荷重が高い場合)する以外に、溶接金属で破断(最大荷重が低い場合)する場合が生じた。これは、W/Hが0.2より小さい場合には、溶接時に継手裏面の溶融金属から原子状水素が侵入する可能性は少なくなり、溶接金属の水素脆化による破断は抑制されるが、図4に示すように、裏ビード幅Wの減少に伴い、重ね合わせ面でのビード幅Wも小さくなるため、重ね合わせ部の最も薄い鋼板の板厚(鋼板の最小板厚)Hの条件によっては、継手引張り時に溶接金属側に応力が集中し、溶接金属で破断する場合が生じためと思われる。
一方、Tピール溶接試験体8の重ね合わせ部の鋼板裏面に形成した裏ビード幅Wの鋼板の合計板厚Hに対する比(W/H)が0.5より大きい場合には、Tピール強度は極めて低下し、図7(a)で示すように、水素脆化割れにより、溶接金属で破断が生じた。
以上の知見を踏まえ、本発明では、重ねレーザ溶接直後に発生する溶接金属の水素脆化割れを抑制し、継手強度を安定して良好に維持するために、重ね合わせ部の鋼板裏面に形成する裏ビード幅Wを鋼板の合計板厚Hに対する比で0.2〜0.5に規定した。
本発明では、このように溶接金属の水素脆化割れを抑制する理由から、重ね合わせ部の鋼板裏面に形成する裏ビード幅Wを鋼板の合計板厚Hに対する比で0.5以下とするが、裏ビード幅Wを狭くすると、必然的にその重ね合わせ面でのビード幅Wも狭くなりやすくなる。しかし、溶接継手強度は、図4に示すような重ね合わせ部の最も薄い鋼板の板厚(鋼板の最小板厚)Hとその重ね合わせ面でのビード幅Wが支配因子となるため、溶接継手強度を確保するためにはこれらの条件を最適化することが必要となる。
そこで、Tピール溶接試験体8の重ね合わせ面でのビード幅Wを、鋼板の最小板厚Hに対して相対的に変化させ、Tピール引張り試験により、Tピール強度への影響について検討した。
Tピール溶接試験体8は、上述した図2を求めた試験と同様の条件で作製した。その際、Tピール溶接試験体8の重ね合わせ面でのビード幅W1を、レーザ溶接時にレーザ加工点出力を1.5〜3.5kWの範囲で変更することにより、鋼板の最小板厚H1に対して相対的に変化させた。また、レーザ溶接にあたっては、フランジの重ね部をクランプ具にて拘束して溶接した。
そして、溶接金属中に集積した水素が十分拡散し、溶接金属の水素脆化の影響が無くなる、溶接終了後8時間経過した後にクランプ具を取り外し、上述した試験と同様にしてTピール引張試験を行った。
図3に、重ね合わせ面でのビード幅W1の鋼板の最小板厚Hに対する比(W1/H1)と、溶接終了後8時間経過した後のTピール強度の関係を示す。
図3から、Tピール溶接試験体8の重ね合わせ面でのビード幅W1の鋼板の最小板厚Hに対する比(W1/H1)が0.6以上の場合にTピール強度が向上し、安定して良好な継手強度を確保できた。
以上の知見を踏まえ、本発明では、継手強度を安定して良好に維持するために、重ね合わせ面でのビード幅W1を鋼板の最小板厚H1に対する比で0.6以上に規定した。
以上の本発明の実施形態では、2枚の薄鋼板を成形加工して重ねレーザ溶接する場合について説明したが、3枚以上の鋼板を成形加工して重ねレーザ溶接する場合にも、上記と同様な効果が得られる。
図5にn枚(n≧2)の鋼板からなる重ね合わせ部における各鋼板の板厚Hiと、重ね合わせ面でのビード幅Wiの関係を示す。
図5に示すように、n枚(n≧2)の鋼板を重ね合わせ(但し、本発明ではnの最大値は3とする。)、最上段(上からi=1番目)の鋼板の表面に対してレーザビームを照射し、最下段(上からi=n番目)の鋼板裏面まで溶融しつつ溶接線に沿って溶接する際に、下記(1)および下記(2)を満足させることで、溶接継手における溶接金属の水素脆化割れを防止し、かつ良好な継手強度を安定して得ることができる。
0.2≦W/H≦ 0.5 ・・・(1)
i,i+1/H≧0.6(H≦Hi+1の場合) または、
i,i+1/Hi+1≧0.6(H>Hi+1の場合)・・・(2)
但し、Hは上から(レーザ照射側から)i(=1〜n)番目の鋼板の板厚を示し、H(=H+H・・・+H)は鋼板の合計板厚を示し、Wi,i+1は上から(レーザ照射側から)i(=1〜n)番目の鋼板とi+1番目の鋼板との重ね合わせ面でのビード幅を示し、W(=Wn,n+1)は裏ビード幅を示す。
鋼板が3枚、すなわちn=3の場合は、上記(2)の条件は次のようになる。
(a)上段の鋼板の板厚Hiが下段の鋼板の板厚H i+1 と同じ場合
最上段と2番目の鋼板の間では 1,2 /H (あるいはH )≧0.6
2番目と3番目の鋼板の間では 2,3 /H (あるいはH )≧0.6
(b)上段の鋼板の板厚Hiと下段の鋼板の板厚H i+1 が異なる場合
(b1)上段の板厚の方が薄い場合
最上段と2番目の鋼板の間では 1,2 /H ≧0.6
2番目と3番目の鋼板の間では 2,3 /H ≧0.6
(b2)上段の板厚の方が厚い場合
最上段と2番目の鋼板の間では 1,2 /H ≧0.6
2番目と3番目の鋼板の間では 2,3 /H ≧0.6
このように、3枚の鋼板を重ねた場合は、最上段と2番目の鋼板の重ね合わせ面でのビード幅W 1,2 と2番目と3番目の鋼板の重ね合わせ面でのビード幅W 2,3 を、互いに接する鋼板の板厚H とH 及びH とH の大小関係に基づいて、上記のいずれかの関係を満たすようにする。
以上の結果から、本発明において裏面のビード幅が重ね合わされた鋼板の合計板厚の50%以下であること、また重ね合わせ面のビード幅は、重ね合わせた各鋼板の最小板厚の60%以上であることが好ましい。
以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明する。実施例で採用した条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するための一条件例であり、本発明は、この例に限定されるものではない。本発明は特許請求の範囲に記載される事項によってのみ規定されており、上記以外の実施の形態も実施可能である。本発明を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
レーザ溶接条件は、ビームウエスト0.6mm、焦点外し:+2mm、溶接速度:2m/minとし、加工点出力を1.5kWから3.5kWの範囲で変化させた。またチップ径:5mmφとし、シールド方法は、同軸センターシールド(裏面シールドなし)、シールドガスはArを25リットル/分とした。
得られた結果を表1に示す。また表2には表1で用いた鋼板の引張強度及び鋼成分を示す。表1より、本発明の条件を満たす場合は、品質の低下をもたらす水素脆化は生じることなく、溶接できることがわかった。
Figure 0004987453
Figure 0004987453
本発明の実施形態の一例を示す模式図である。 重ね合わせ部に形成した裏ビード幅Wの鋼板の合計板厚Hに対する比(W/H)と、Tピール試験における溶接終了直後(溶接終了から5分程度経過)のTピール強度との関係を示す図である。 重ね合わせ面でのビード幅W1の鋼板の最小板厚Hに対する比(W1/H1)と、Tピール試験における溶接終了後8時間経過した後のTピール強度との関係を示す図である。 本発明における裏ビード幅W、重ね合わせ面でのビード幅W、鋼板の合計板厚H、鋼板の最小板厚Hの関係を説明するための重ね合わせ部断面を示す図である。 本発明におけるn枚の鋼板を重ね合わせた場合の裏ビード幅W、重ね合わせ面でのビード幅Wi、i+1、鋼板の合計板厚H、鋼板の最小板厚Hの関係を説明するための重ね合わせ部溶融断面の例を示す図である。 溶接試験体のTピール引張試験を示す図である。 Tピール強度試験における溶接試験体の破断状況を示す断面模式図であり、(a)は溶接金属で破断した状態、(b)はボンド部又はHAZ近傍で破断した状態を示す図である。 本発明の実施形態を説明するための模式図であり、(a)は破断が生じない状態、(b)は破断が生じた状態を示す図である。 重ね継手を有する部材の例を示す図である。
符号の説明
1 レーザトーチ
2 シールドガス供給装置
3 レーザ発振器
4、5 成形部材
6 重ねあわせ部
7 ビード
8 Tピール溶接試験体
9 Tピール試験片
10 溶接構造体
11 破断部
12、13 フランジ
14、15 折り曲げ部
16 母材
17 溶接金属
18 ボンド部または熱影響部
19 ハット断面形状の構造部材
20 フランジ部
21 折り曲げ部
22 薄鋼板
1 重ね合わせ面のビード幅(2枚の鋼板の重ねた場合)
A 裏ビード幅
1 最上段の鋼板の板厚(2枚の鋼板を重ねた場合の最小板厚)
2 最下段の鋼板の板厚(2枚の鋼板を重ねた場合の最大板厚)
H 鋼板の合計板厚(Σi=1〜n
上から(照射側から)i番目(i=1〜n)の鋼板の板厚
最下段の鋼板の板厚
上から(照射側から)i番目(i=1〜n)の重ね合わせ面のビード幅

Claims (4)

  1. 2枚または3枚の鋼板を重ね合わせ、最上段の鋼板の表面にレーザビームを照射し、最下段の鋼板裏面まで溶融して形成された重ねレーザ溶接継手であって、前記最下段の鋼板の裏面に形成された裏ビード幅を、重ね合わせた鋼板の合計板厚に対する比で0.2〜0.5とし、かつ鋼板の重ね合わせ面でのビード幅を、重ね合わせ面毎に、(a)重ね合わせられた鋼板の板厚が同じである場合は、鋼板の板厚に対する比で0.6以上とし、(b)重ね合わせられた鋼板の板厚が異なる場合は、薄い方の鋼板の板厚に対する比で0.6以上としたことを特徴とする重ねレーザ溶接継手。
  2. 前記重ね合わされた鋼板の引張強度が440MPa以上であることを特徴とする請求項1に記載の重ねレーザ溶接継手。
  3. 2枚または3枚の鋼板を重ね合わせ、最上段の鋼板の表面にレーザビームを照射し、最下段の鋼板裏面まで溶融しつつ溶接線に沿って溶接する方法において、前記最下段の鋼板の裏面に形成する裏ビード幅を、重ね合わせた鋼板の合計板厚に対する比で0.2〜0.5とし、かつ各鋼板の重ね合わせ面でのビード幅を、重ね合わせ面毎に、(a)重ね合わせられた鋼板の板厚が同じである場合は、鋼板の板厚に対する比で0.6以上とし、(b)重ね合わせられた鋼板の板厚が異なる場合は、薄い方の鋼板の板厚に対する比で0.6以上とすることを特徴とする鋼板の重ねレーザ溶接方法。
  4. 前記重ね合わされた鋼板の引張強度は440MPa以上であることを特徴とする請求項3に記載の鋼板の重ねレーザ溶接方法。
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