図1は、本発明の実施例に係る摩擦係合装置を示す概略図である。図2は、図1のA−A矢視図である。同図に示す摩擦係合装置1は、車両(図示省略)に備えられる自動変速機(図示省略)に設けられており、自動変速機が変速をする際におけるクラッチとして設けられている。詳しくは、この自動変速機は、回転軸75を中心に回転可能な外側回転体50と、この外側回転体50に内設されると共に回転軸75を中心に回転可能な内側回転体70とを備えている。このように形成される自動変速機に設けられる摩擦係合装置1は、プレート10と摩擦材20とからなる係合要素5を有しており、プレート10と摩擦材20とを摩擦係合させることにより、外側回転体50と内側回転体70とを係合可能に設けられている。即ち、外側回転体50と内側回転体70とは、係合要素5の摩擦係合により係合する係合体として設けられている。
詳しくは、係合要素5のプレート10は、略円板状に形成された第1プレート11と第2プレート12とを有しており、第1プレート11と第2プレート12とは、共に外側回転体50の内壁51に、回転軸75の軸方向に離間して並べて接続されている。その向きは、第1プレート11と第2プレート12との形状である円板の軸方向が、回転軸75と同じ方向になる向きで設けられている。また、この第1プレート11と第2プレート12とには、共に円板の内側に開けられた穴である穴部15が形成されており、内側回転体70は、この第1プレート11と第2プレート12との穴部15の内側に配設されている。
また、第1プレート11と第2プレート12とには、円板の外周部分に切欠き部(図示省略)が形成されている。また、第1プレート11と第2プレート12とが外側回転体50の内壁51に接続される部分には、内壁51から回転軸75の方向、即ち、回転軸75を中心とする径方向における内方に突出した突出部(図示省略)が設けられている。第1プレート11と第2プレート12とは、突出部が切欠き部に入り込むことにより、外側回転体50の内壁51に接続されている。また、このように第1プレート11と第2プレート12との切欠き部に入り込む突出部は、回転軸75の軸方向に沿って形成されている。このため、第1プレート11と第2プレート12とは、回転軸75を中心とする周方向においては外側回転体50に対する向きは変化せず、回転軸75の軸方向には移動可能に設けられている。
また、外側回転体50の内壁51には、第2プレート12における第1プレート11側に位置する面の反対側の面側に、内壁51から、回転軸75を中心とする径方向における内方に突出したプレート保持部25が接続されている。第2プレート12は、第1プレート11側に位置する面の反対側の面が、このプレート保持部25に対向している。
また、外側回転体50の内壁51には、第1プレート11から見て第2プレート12が位置している側の反対側に、ピストン30が配設されている。このピストン30は、第1ピストン31と第2ピストン32とにより形成されており、第1ピストン31は、断面が略矩形の形状で形成されたリング状の形状で形成されている。第1ピストン31は、第1ピストン31の形状であるリングの中心軸が、外側回転体50や内側回転体70の回転軸75と重なる向きで、外側回転体50に内設されている。この第1ピストン31は、このようにリング状の形状で形成されることにより、外側回転体50や内側回転体70の回転軸75を中心とする周方向における全周に渡って係合要素に対して押圧力を与えることにより、係合要素5を摩擦係合させることができるように設けられている。
また、第1ピストン31には、当該第1ピストン31の厚さ方向、つまり、回転軸75の軸方向に貫通する穴である貫通穴35が形成されている。この第1ピストン31に形成される貫通穴35は、回転軸75を中心とする周方向における所定の位置に設けられている。
また、第2ピストン32は、直径が第1ピストン31の貫通穴35の直径とほぼ同じ大きさになる略円柱形の形状で形成されており、第1ピストン31の貫通穴35に配設されている。また、第2ピストン32の長さは、回転軸75の軸方向における第1ピストン31の厚さよりも短くなっている。このように、第2ピストン32は第1ピストン31に設けられており、また、第2ピストン32は第1ピストン31の貫通穴35に配設されるため、この第2ピストン32は、回転軸75、或いは第1ピストン31の形状であるリングの中心軸を中心とする周方向における所定の位置に設けられている。
なお、第2ピストン32が設けられている位置は、回転軸75を中心とする周方向において、係合要素5のうち放熱性が高い部分が位置している位置と同じ位置であるのが好ましい。つまり、回転軸75を中心とする周方向における第2ピストン32が設けられている位置は、係合要素5のうち少なくとも他の一部よりも放熱性が高い部分の周方向における位置と同じ位置であるのが好ましい。
また、外側回転体50の内壁51には、第1ピストン31が配設されると共に第1ピストン31を回転軸75の軸方向に移動可能に支持するピストン支持部55が形成されている。このピストン支持部55は、第1ピストン31の外径とほぼ同じ径で形成され、回転軸75を中心とする径方向における内側方向に向けて形成された面からなる外側支持部56と、前記径方向における外側支持部56の内側に位置し、径方向における外側方向に向けて形成された面からなる内側支持部57とを有している。この内側支持部57は、第2ピストン32の内径とほぼ同じ径で形成されており、外側支持部56と内側支持部57とは対向している。
また、外側支持部56と内側支持部57とは、第1プレート11側の反対側に位置する双方の端部が、第1プレート11方向に向けて形成された面である端面60によって接続されている。このため、外側支持部56と内側支持部57と端面60とは、リング状に形成された溝状の形状で形成されている。
第1ピストン31は、外側支持部56と内側支持部57との間に配設されており、第1ピストン31の形状であるリングの中心軸が外側回転体50の回転軸75と重なる向きで配設されている。つまり、第1ピストン31は、外周面36が外側支持部56に対向し、内周面37が内側支持部57に対向する向きで配設されている。これにより、第1ピストン31と外側支持部56と内側支持部57と端面60とに囲まれた空間は閉ざされた空間となる。このように、第1ピストン31と外側支持部56と内側支持部57と端面60とに囲まれた空間は、第1ピストン31に油圧を作用させる作動油が注入される油室65として形成される。この油室65には、油室65内の油圧を調整するための作動油が通る油通路66が接続されており、油通路66は、油室65内の油圧を調整可能な油圧調整手段(図示省略)に接続されている。
また、外側回転体50には、第1プレート11が設けられている部分と外側支持部56との間に、回転軸75を中心とする径方向における外方に凹んで形成されたスプリング室68が設けられている。このスプリング室68は、外側支持部56よりも、径方向における外方に位置している。また、第1ピストン31には、外周面36に、径方向における外方に突出したスプリング接続部41が設けられている。
このように、第1ピストン31に設けられるスプリング接続部41は、第1ピストン31をピストン支持部55に配設した状態においては、スプリング室68内に位置する。また、スプリング室68内に位置するスプリング接続部41とスプリング室68とには、付勢手段であるリターンスプリング40が接続されている。
このリターンスプリング40は、回転軸75を中心とする周方向において複数設けられており、スプリング接続部41における第1プレート11側の部分と、スプリング室68における第1プレート11側の部分とに接続されている。リターンスプリング40は、このようにスプリング接続部41とスプリング室68とに接続された状態で、スプリング接続部41とスプリング室68とに対して双方が離れる方向の付勢力を与えている。
リターンスプリング40は、このようにスプリング接続部41とスプリング室68とが離れる方向の付勢力を双方に与えることにより、スプリング接続部41、即ち第1ピストン31が係合要素5から離れる方向の付勢力を第1ピストン31に与えている。このように、第1ピストン31には、第1ピストン31が係合要素5から離れる方向の付勢力を第1ピストン31に与える複数のリターンスプリング40が接続されている。
また、係合要素5の摩擦材20は、摩擦材支持部21を介して内側回転体70に接続されている。この摩擦材20は、第1プレート11や第2プレート12と同様に、内側に穴が開けられた略円板状の形状で形成されていると共に、摩擦係数が高い部材により形成されている。また、摩擦材20は、当該摩擦材20の形状である円板の中心軸と内側回転体70の回転軸75とが重なる向きで配設される。即ち、内側回転体70は、摩擦材20の内側に設けられている、或いは、摩擦材20は、内側回転体70の周囲に設けられている。
また、摩擦材支持部21は、この向きで配設される摩擦材20の内側の穴と内側回転体70との間に位置しており、円板状の形状で、摩擦材20と内側回転体70とに接続されている。詳しくは、摩擦材支持部21は、円板の中心付近に穴が開けられており、この穴の内側に内側回転体70が通り、内側回転体70に接続されている。また、摩擦材20は、回転軸75を中心とする径方向における摩擦材支持部21の外端部に接続されている。つまり、摩擦材支持部21の外周部分には摩擦材20が接続されており、摩擦材支持部21の内周部分には内側回転体70が接続されている。摩擦材20は、このように摩擦材支持部21を介して内側回転体70に接続されている。また、摩擦材支持部21は、回転軸75の軸方向における厚さが、同方向における摩擦材20の厚さよりも薄くなっており、回転軸75の軸方向において弾力性を有している。
このように、摩擦材支持部21によって内側回転体70に接続される摩擦材20は、内側回転体70を外側回転体50に内設した状態では、外側回転体50に接続される第1プレート11と第2プレート12との間に配設される。つまり、係合要素5は、第1プレート11、摩擦材20、第2プレート12の順番で並べて配設されている。
この実施例に係る摩擦係合装置1は、以上のごとき構成からなり、以下、その作用について説明する。図3は、図1に示す摩擦係合装置を摩擦係合させる際における経過時間に対する油圧の変化とピストンストロークの変化と伝達トルクの変化とを示す説明図である。車両の運転中には、自動変速機のクラッチとして設けられる摩擦係合装置1の係合要素5を摩擦係合させたり解放させたりすることにより、自動変速機を変速させる。このように設けられる摩擦係合装置1の係合要素5を解放させる場合には、油室65の油圧80を低くする、或いは油圧80を0にする。この油室65は、第1ピストン31と外側支持部56と内側支持部57と端面60とにより形成されているが、第1ピストン31は、リターンスプリング40によって、係合要素5から離れる方向、即ち、端面60に近付く方向の付勢力が与えられている。これにより、第1ピストン31は係合要素5から離れ、第1プレート11から離れる。(図1参照)。また、第1ピストン31が係合要素5から離れている場合には、第1ピストン31に設けられている第2ピストン32も係合要素5から離れる。つまり、第1ピストンストローク81と第2ピストンストローク82とは、共に0になる。
第1ピストン31が係合要素5から離れている場合、係合要素5の第1プレート11、摩擦材20、第2プレート12には、回転軸75の軸方向においてそれぞれが近付く方向の力が与えられておらず、第1プレート11と第2プレート12とは、回転軸75の軸方向に移動可能に設けられている。このため、第1プレート11と摩擦材20、及び摩擦材20と第2プレート12とは、それぞれ隙間を有しており、係合要素5は解放された状態になる。
ここで、第1プレート11と第2プレート12とは、回転軸75を中心とする周方向においては外側回転体50に対する向きは変化しないように外側回転体50に接続されているのに対し、摩擦材20は、内側回転体70に接続されている。これにより、外側回転体50や内側回転体70の回転時には、第1プレート11と第2プレート12とは外側回転体50と一体となって回転し、摩擦材20は内側回転体70と一体となって回転する。
このため、外側回転体50と内側回転体70とで回転差がある場合、第1プレート11や第2プレート12と摩擦材20との間にも回転差が生じるが、係合要素5が解放された状態では、第1プレート12や第2プレート12と摩擦材20とは接しないため、これらの間には摩擦力は発生しない。この場合、係合要素5によって伝達する伝達トルク83は0になり、係合要素5は、外側回転体50と内側回転体70との間で伝達トルク83を伝達しない。このため、外側回転体50と内側回転体70とは、それぞれ独立して回転軸75を中心として回転する。
図4は、図1に示す摩擦係合装置の摩擦係合開始時の状態を示す説明図である。係合要素5を摩擦係合させる場合には、油圧調整手段によって油通路66を介して油室65内に作動油を送り、油室65内の油圧80を上昇させる。油室65内の油圧80が上昇した場合、この油圧80は第1ピストン31と第2ピストン32とに作用する。ここで、この油圧80は、第1ピストン31と第2ピストン32とに対して係合要素5方向の力となって作用するが、第1ピストン31には、リターンスプリング40によって、係合要素5から離れる方向の付勢力が与えられている。
これに対し、第2ピストン32には、油圧80を上昇させることにより係合要素5方向の力に対抗する力が与えられていない。このため、油室65内の油圧80を上昇させることにより係合要素5方向の力が与えられた第1ピストン31と第2ピストン32とは、共に係合要素5の方向に移動するが、ピストン30の移動の初期段階では、その移動量は第1ピストン31の移動量よりも第2ピストン32の移動量の方が大きくなる。つまり、油圧80の上昇を開始する油圧上昇時85には、第2ピストン32の移動量である第2ピストンストローク82は、第1ピストン31の移動量である第1ピストンストローク81よりも大きくなるが、第1ピストン31と第2ピストン32とは、共に係合要素5に接触してないため、伝達トルク83は0である(図3参照)。
ピストン30の移動の初期段階において、第1ピストン31よりも移動量が大きくなる第2ピストン32は、第1ピストン31が係合要素5の第1プレート11に近付くよりも先に第1プレート11に近付く。このように、第1ピストン31よりも先に第1プレート11に近付いた第2ピストン32は、第1ピストン31が第1プレート11に接触するよりも先に第1プレート11に接触する。
係合要素5を摩擦係合させる場合には、油室65内の油圧80は、第2ピストン32が第1プレート11に接触した後も上昇させる。このため、第2ピストン32は、第1プレート11に接触した後も係合要素5の方向へ移動し続け、係合要素5の第1プレート11に対して摩擦材20の方向への押圧力を与える。この第1プレート11は、回転軸75の軸方向に移動可能に設けられているため、第2ピストン32から押圧力が与えられた第1プレート11は、回転軸75の軸方向に沿って摩擦材20の方向に移動し、摩擦材20に接触する。
第2ピストン32からの押圧力により接触する第1プレート11と摩擦材20とのうち、第1プレート11は外側回転体50と一体となって回転し、摩擦材20は内側回転体70と一体となって回転する。このため、外側回転体50と内側回転体70とで回転差がある場合、第1プレート11と摩擦材20との間にも回転差が生じ、第2ピストン32からの押圧力により接触した第1プレート11と摩擦材20との間には、摩擦力が発生する。
この場合、第1プレート11と摩擦材20とは、摩擦力によってお互いの回転差が小さくなる方向に力が働き、この力は外側回転体50と内側回転体70と回転差を小さくする方向の力となって外側回転体50と内側回転体70とに作用する。つまり、第2ピストン32の押圧力によって接触した状態の第1プレート11と摩擦材20とは、双方が接触することによる摩擦力により、外側回転体50と内側回転体70との回転トルクを外側回転体50と内側回転体70との間で伝達する。即ち、第1プレート11と摩擦材20とは、摩擦係合をする。
このように、第2ピストン32が係合要素5の第1プレート11に接触する第2ピストン接触時86には、第2ピストン32が第1プレート11に接触した状態においても油圧80を上昇させることにより、第1プレート11に対して押圧力を与える。これにより、第1プレート11と摩擦材20との間に摩擦力が発生するため、外側回転体50と内側回転体70との回転トルクが双方の間で伝達され、係合要素5による伝達トルクは大きくなる(図3参照)。
また、第2ピストンストローク82は、第2ピストン接触時86には第2ピストン32が第1プレート11に接触するため、この時点が第2ピストンストローク82の最大値に近くなり、第2ピストンストローク82は、その後油圧80を上昇させ続けた場合、第1プレート11の移動に合わせて僅かに変化する。これに対し、第1ピストンストローク81は、油圧80の上昇に伴い大きく変化する。また、第2ピストン32が第1プレート11に接触した後も油圧を上昇させ続けた場合、第2ピストン32が第1プレート11に与える押圧力は、油圧80の上昇に伴い強くなるため、第1プレート11と摩擦材20との間の摩擦力は大きくなる。このため、摩擦係合力は大きくなるので、係合要素5によって伝達する回転トルクは大きくなり、伝達トルク83は大きくなる。
図5は、図1に示す摩擦係合装置が摩擦係合した状態を示す説明図である。第2ピストン32が第1プレート11に接触した後も油室65の油圧80を上昇させ続けた場合、油圧80によって第1ピストン31に作用する係合要素方向に力は、リターンスプリング40によって第1ピストン31に与えられる付勢力に打ち勝ち、第1ピストン31は油圧80の高さに応じて係合要素5の方向に移動する。これにより、第1ピストン31は、係合要素5に近付き、係合要素5の第1プレート11に接触する。
係合要素5を摩擦係合させる場合には、油室65内の油圧80は第1ピストン31が第1プレート11に接触した後も上昇させる。このため、第1ピストン31は係合要素5の方向へ移動し続け、係合要素5の第1プレート11に対して摩擦材20の方向への押圧力を与える。この場合、第2ピストン32から第1プレート11に対する押圧力も、油室65内の油圧の上昇に伴い高くなる。これにより、第1プレート11は、より強い力で摩擦材20に押し付けられ、第1プレート11と摩擦材20との摩擦力は強くなる。
この状態で、油室65の油圧80がさらに上昇した場合、第1プレート11に対する第1ピストン31と第2ピストン32の押圧力、即ちピストン30の押圧力は、さらに強くなり、第1プレート11が摩擦材20に押し付けられる力は、さらに強くなる。
このように、摩擦材20に対する第1プレート11からの押圧力が強くなった場合、摩擦材20は、回転軸75の軸方向に弾力性を有している摩擦材支持部21により内側回転体70に接続されているため、摩擦材支持部21が弾性変形をすることにより、第1プレート11の押圧力の方向に移動する。即ち、摩擦材20は、第2プレート12の方向に移動する。第2プレート12の方向に移動した摩擦材20は、第2プレート12に接触し、第2プレート12と摩擦材20との間で摩擦力が発生する。
また、このように摩擦材20が第1プレート11から押圧力を受けて第2プレート12の方向に移動する場合、第1プレート11も摩擦材20に接触したまま摩擦材20と共に第2プレート12の方向に移動する。このため、摩擦材20が第2プレート12に接触した場合、摩擦材20は回転軸75の軸方向において第1プレート11と第2プレート12とに挟まれ、双方に接触した状態になる。また、第2プレート12における第1プレート11が位置する側の反対側には、プレート保持部25が設けられているため、第2プレート12は、プレート保持部25の方向への移動が規制されている。このため、この状態でピストン30が係合要素5の第1プレート11に押圧力を与えることにより、第1プレート11と摩擦材20との間、及び摩擦材20と第2プレート12との間には、高い押圧力が発生し、摩擦力が強くなる。
つまり、第2プレート12はプレート保持部25によって、ピストン30が第1プレート11に与える押圧力の方向の移動が規制されているため、第1プレート11と摩擦材20と第2プレート12とが接触した状態でピストン30が第1プレート11に押圧力を与えても、第1プレート11と摩擦材20と第2プレート12とは、押圧力の方向には移動しない。このため、この状態でピストン30が第1プレート12に押圧力を与えた場合、第1プレート11と摩擦材20と第2プレート12とは、ピストン30とプレート保持部25とによって挟まれる。
従って、この状態でピストン30が係合要素5の第1プレート11に押圧力を与えた場合、第1プレート11と摩擦材20との間、及び摩擦材20と第2プレート12との間には、高い押圧力が発生し、この押圧力の高さに伴って、摩擦力が強くなる。つまり、摩擦係合力が強くなるので、係合要素5によって伝達する回転トルクは大きくなり、伝達トルク83は大きくなる。
このように、第2ピストン32と共に第1ピストン31も係合要素5の第1プレート11に接触する第1ピストン接触時87には、第1ピストン31と第2ピストン32とが第1プレート11に接触した状態においても油圧80を上昇させることにより、第1プレート11に対して強い押圧力を与える。
つまり、第2ピストン32のみが第1プレート11に接触した場合、第2ピストン32は、回転軸75を中心とする周方向における一部の範囲で係合要素に対して押圧力を与える。これに対し、第1ピストン31と第2ピストン32とが第1プレート11に接触した場合には、第1ピストン31と第2ピストン32とは、回転軸75を中心とする周方向における全周に渡って係合要素5に対して押圧力を与える。このため、第1ピストン31と第2ピストン32とより係合要素5に対して押圧力を与える場合、押圧力を与える面積は、第2ピストン32のみから係合要素5に対して押圧力を与える場合よりも大きくなる。従って、第1プレート11に対して与える押圧力、即ち、係合要素5に対して与える押圧力は、第2ピストン32のみで与える場合よりも、第1ピストン31と第2ピストン32とで与える場合の方が強くなる。
これにより、第1プレート11と摩擦材20、及び摩擦材20と第2プレート12との間の摩擦力が大きくなるため、摩擦係合力も大きくなる。このため、外側回転体50と内側回転体70との間では、より大きな回転トルクが伝達され、係合要素5による伝達トルクは、第2ピストン32のみが第1プレート11に接触していた場合よりも大きくなる(図3参照)。このように、係合要素5は、ピストン30からの押圧力により摩擦係合し、外側回転体50と内側回転体70との間では、係合要素5の摩擦係合時の強い摩擦係合力により、大きな伝達トルクが伝達される。
以上の摩擦係合装置1は、第1ピストン31に設けられる第2ピストン32は、第1ピストン31が係合要素5に対して押圧力を与える際に、第1ピストン31よりも先に、回転軸75を中心とする周方向における一部の範囲で係合要素5に対して押圧力を与えることができるように設けられている。このため、第1ピストン31及び第2ピストン32によって係合要素5に対して押圧力を作用させる際に、常に回転軸75を中心とする周方向における同じ位置から作用させることができる。
つまり、ピストン30によって係合要素5に対して押圧力を与える場合には、常に第2ピストン32が最初に係合要素5に接触し、第2ピストン32から係合要素5に対して押圧力を与える。これにより、係合要素5を摩擦係合させる際において係合要素5に押圧力を与えるタイミングや強さを、係合要素5を摩擦係合させるごとに同じタイミングや強さにすることができる。従って、係合要素5を摩擦係合させることにより外側回転体50と内側回転体70との間で回転トルクを伝達する際における伝達トルクの伝達タイミングを、係合要素5を摩擦係合させるごとに一定にすることができ、任意のタイミングで伝達することができる。
換言すると、係合要素5に対してピストン30から押圧力が与える場合に、常に回転軸75を中心する周方向において第2ピストン32が設けられている位置から与えるため、係合要素5を摩擦係合させる際に、常に同じ位置から摩擦係合させることができる。これにより、係合要素5を摩擦係合させるごとに同じタイミングで摩擦係合をさせることができるので、外側回転体50と内側回転体70との間で回転トルクを伝達する際における伝達トルクの伝達タイミングを、任意のタイミングにすることができる。この結果、係合要素5に対して作用するピストン30の押圧力のバラツキを抑制し、伝達トルクの制御性の向上を図ることができる。
また、回転軸75を中心とする周方向において第2ピストン32が設けられている位置を、係合要素5のうち放熱性が高い部分の周方向における位置と同じ位置にすることにより、係合要素5において第2ピストン32から押圧力を受ける部分は、第2ピストン32から押圧力を受けて他の部分よりも発熱し易い状態でも、容易に放熱することができる。つまり、第2ピストン32は、係合要素5を摩擦係合させる際に第1ピストン31よりも先に係合要素5に押圧力を与えるため、係合要素5における第2ピストン32から押圧力を受ける部分は、他の部分よりも発熱し易くなっている。
このため、周方向における第2ピストン32の位置を、係合要素5のうち放熱性が高い部分の周方向における位置と同じ位置にすることにより、第2ピストン32から押圧力を受けて他の部分よりも発熱し易い状態でも、容易に放熱することができる。従って、第1ピストン31よりも先に係合要素5に押圧力を与える第2ピストン32を設けた場合でも、摩擦係合の特性を維持することができる。この結果、伝達トルクの制御性を長時間維持することができる。
なお、第1ピストン31には複数のリターンスプリング40が接続されているが、リターンスプリング40による第1ピストン31への付勢力は、均等でなくてもよい。例えば、複数のリターンスプリング40のうち第2ピストン32に最も近い位置に配設されるリターンスプリング40は、他のリターンスプリング40の付勢力よりも付勢力を小さくしてもよい。このように、リターンスプリング40の付勢力を変化させることにより、第1ピストン31と第2ピストン32とにより係合要素5に対して押圧力を与える際に、第1ピストン31を、第2ピストン32が設けられている付近から係合要素5に近付かせることができる。
これにより、第2ピストン32は、より第1ピストン31よりも先に係合要素5に接し易くなり、より確実に第1ピストン31よりも先に係合要素5に対して押圧力を与えることができる。従って、第1ピストン31や第2ピストン32の作動を開始してから、第2ピストン32が係合要素5に接触し、係合要素5が摩擦係合をするまでの時間を短くすることができる。この結果、係合要素5の係合速度を向上させることができる。このため、リターンスプリング40は、複数のリターンスプリング40のうち第2ピストン32に最も近い位置に配設されるリターンスプリング40の付勢力が、少なくとも他の一部のリターンスプリング40の付勢力よりも小さくなっているのが好ましい。
また、実施例に係る摩擦係合装置1では、第2ピストン32は、第1ピストン31に1つの第2ピストン32が設けられているのみであるが、第2ピストン32は複数設けても構わない。図6は、実施例に係る摩擦係合装置の変形例を示す説明図である。第1ピストン31に設けられる第2ピストン32は、図6に示すように、1つの第1ピストン31に複数設けてもよい。また、第2ピストン32を複数設ける場合における第2ピストン32の大きさは、全て同じ大きさにしてもよく、または図6に示すように異なる大きさにしてもよい。このように第2ピストン32を複数設けることにより、第2ピストン32による第1プレート11(図1参照)への作用を、さらに詳細にコントロールできるため、より確実に係合要素5(図1参照)の係合状態に適合させることができる。
つまり、係合要素5にピストン30の押圧力を与える際に、例えば係合要素5の放熱性等により、係合要素5において押圧力を与える位置の望ましい順番がある場合、第2ピストン32を複数設けて、その順番で係合要素5に第2ピストン32によって押圧力を与えることにより、より確実に所望の係合状態にすることができる。この結果、より確実に係合要素5による伝達トルクの制御性の向上を図ることができる。
また、実施例に係る摩擦係合装置1は、自動変速機のクラッチとして設けられており、係合要素5の摩擦係合により係合する係合体である外側回転体50と内側回転体70とは、共に回転軸75を中心として回転可能な回転体となっているが、係合体は、双方が回転体でなくてもよい。例えば、摩擦係合装置1は、自動変速機のブレーキとして設けられていてもよい。この場合、係合要素5の摩擦係合により係合する2つの係合体のうち、一方が回転体として設けられ、他方は静止体として設けられ、摩擦係合をした場合には、回転体の回転トルクが、係合体間で伝達される。
この場合においても、第1ピストン31よりも先に第2ピストン32で係合要素に対して押圧力を与えることにより、係合要素5を摩擦係合させることにより係合体間で回転トルクを伝達する際における伝達トルクの伝達タイミングを、係合要素を摩擦係合させるごとに一定にすることができることができる。つまり、係合要素5は、少なくとも一方が回転体として設けられた2つの係合体を摩擦係合により係合可能に形成されると共に、回転体の回転トルクを摩擦係合により係合体間で伝達可能に設けられていればよく、第2ピストン32は、この係合要素5に対して第1ピストン31よりも先に押圧力を与えることができるように設けられていればよい。このように係合要素5と第1ピストン31、第2ピストン32を設けることにより、係合要素5に対して作用するピストン30の押圧力のバラツキを抑制し、伝達トルクの制御性の向上を図ることができる。
また、実施例に係る摩擦係合装置1では、係合要素5は、第1プレート11と第2プレート12との2枚のプレート10と、1枚の摩擦材20とにより形成されているが、係合要素5は、これ以外の数により構成されていてもよい。また、第1プレート11と第2プレート12とは、これらに設けられた切欠き部に、外側回転体50に設けられた突出部が入り込むことよって外側回転体50に接続されることにより、プレート10は回転軸75の軸方向に移動可能に設けられているが、プレート10の接続手段は、これ以外の手段でもよい。同様に、摩擦材20は、弾力性を有する摩擦材支持部21によって内側回転体70に接続されることにより、摩擦材20は回転軸75の軸方向に移動可能に設けられているが、摩擦材20の接続手段は、これ以外の手段でもよい。また、外側回転体50にプレート10が接続され、内側回転体70に摩擦材20が接続されているが、これらは反対でもよい。係合要素5は、摩擦係合装置1の摩擦係合時に伝達する伝達トルクの大きさに応じて、適切な構成で形成されていればよい。