JP4853188B2 - 硬質被覆層がすぐれた耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具 - Google Patents

硬質被覆層がすぐれた耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具 Download PDF

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Description

この発明は、被削材自身が高い粘性を有し、かつ切削時の切削工具表面部の硬質被覆層に対する粘着性も高く、この結果切削抵抗のきわめて高いものとなる軟鋼やステンレス鋼、さらに高マンガン鋼などの難削材の高速重切削加工等においても、硬質被覆層が長期に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金または炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットで構成された基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、
(1)下部層が、Tiの炭化物(以下、TiCで示す)層、窒化物(以下、同じくTiNで示す)層、炭窒化物(以下、TiCNで示す)層、炭酸化物(以下、TiCOで示す)層、および炭窒酸化物(以下、TiCNOで示す)層のうちの1層または2層以上からなり、かつ3〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層、
(2)上部層が、化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有し、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、図2に概略説明図で示される通り、上記工具基体表面と平行な研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフにおいて、図4に例示される通り、0〜15度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜15度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の50%以上の割合を占める傾斜角度数分布グラフを示し、かつ1.5〜6μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層(以下、改質α型Al23層という)、
以上(1)および(2)で構成された硬質被覆層を蒸着形成してなる被覆工具が知られており、この被覆工具は、上記改質α型Al23層がα型Al23自身のもつすぐれた高温硬さおよび耐熱性に加えて、すぐれた高温強度を具備することから、例えば各種の一般鋼や普通鋳鉄などの高速切削加工などに用いた場合にも、すぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮し、長期に亘ってすぐれた切削性能を発揮することも知られている。
また、一般に、上記の被覆工具の硬質被覆層を構成する改質α型Al23層が、通常の化学蒸着装置を用い、
反応ガス組成:容量%で、AlCl3:1〜5%、CO2:0.1〜2%、HCl:0.3〜3%、H2S:0.5〜1%、Ar:20〜35%、H2:残り、
反応雰囲気温度:1050〜1100℃、
反応雰囲気圧力:6〜10kPa、
の条件で蒸着形成されることも知られている。
さらに、同じく硬質被覆層を構成するTi化合物層や改質α型Al23層が粒状結晶組織を有し、さらに、前記Ti化合物層を構成するTiCN層を、層自身の強度向上を目的として、通常の化学蒸着装置にて、反応ガスとして有機炭窒化物を含む混合ガスを使用し、700〜950℃の中温温度域で化学蒸着することにより形成して縦長成長結晶組織をもつようにすることも知られている。
特開2005−205586号公報 特開平6−8010号公報
近年の切削装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化の傾向にあるが、上記の従来被覆工具においては、これを低合金鋼や炭素鋼などの一般鋼、さらにねずみ鋳鉄などの普通鋳鉄の高速切削に用いた場合には問題はないが、特にこれを軟鋼やステンレス鋼、さらに高マンガン鋼などの難削材の高速重切削加工に用いた場合には、切刃部には非常に大きな機械的負荷が加わり、さらに、前記難削材自身が高い粘性を有し、かつ切削時の切削工具表面部の硬質被覆層に対する粘着性も高く、この傾向は高速重切削時に発生する高熱によって一段と増大することと相俟って、切削抵抗のきわめて高いものとなり、特に、被覆工具のすくい面では難削材の切粉に対する耐摩耗性が不十分なものとなり、これらが原因で比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
そこで、本発明者等は、上述のような観点から、上記の改質α型Al23層が硬質被覆層の上部層を構成する被覆工具に着目し、特に、難削材の高速重切削という厳しい切削条件下での被覆工具逃げ面の耐摩耗性の向上を図るべく研究を行った結果、
(a)まず、上記の従来被覆工具の硬質被覆層を構成するTi化合物層(下部層)と改質α型Al23層(上部層)の間に、通常の化学蒸着装置を用い、
反応ガス組成:容量%で、AlCl3:1〜5%、CO2:3〜7%、HCl:0.3〜3%、H2S:0.02〜0.4%、H2:残り、
反応雰囲気温度:750〜900℃、
反応雰囲気圧力:20〜30kPa、
の条件で酸化アルミニウム(以下、Al23で示す)層を0.1〜1.9μmの平均層厚で形成すると、この結果形成されたAl23層は、同じくα型の結晶構造を有し、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、図1(a),(b)に示される通り、同じく上記工具基体表面と平行な研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、45〜90度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフで現した場合、図3に例示される通り、傾斜角区分の特定位置にシャープな最高ピークが現れ、試験結果によれば、化学蒸着装置における反応雰囲気圧力を、上記の通り20〜30kPaの範囲内で変化させると、上記シャープな最高ピークの現れる位置が傾斜角区分の75〜90度の範囲内で変化すると共に、前記75〜90度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の50%以上の割合を占めるようになり、この結果の傾斜角度数分布グラフにおいて75〜90度の範囲内に傾斜角区分の最高ピークが現れるAl23層(以下、補強α型Al23層という)は、上記の改質α型Al23層(上部層)とTi化合物層(下部層)の間にあって、前記改質α型Al23層を十分に補強し、切刃に対する機械的な負荷および切削抵抗の高い上記の難削材の高速重切削加工においても前記改質α型Al23層にチッピングが発生するのを抑制すること。
(b)次に、前記改質α型Al23層の表面に、
(b−1)まず、下側層として、反応ガス組成を、体積%で、
TiCl4:0.2〜10%、
CO2:0.1〜10%、
Ar:5〜60%、
2:残り、
とし、かつ、
反応雰囲気温度:800〜1100℃、
反応雰囲気圧力:4〜70kPa(30〜525torr)、
とした条件で、0.1〜3μmの平均層厚を有し、かつ、オージェ分光分析装置で測定して、Tiに対する酸素の割合が原子比で1.25〜1.90、即ち、
組成式:TiO
で表わした場合、
W:原子比で1.25〜1.90、
を満足する酸化チタン層を形成し、
(b−2)ついで、上記酸化チタン層(下側層)の上に、上側層として、通常の条件、即ち、反応ガス組成を、体積%で、
TiCl4:0.2〜10%、
2:4〜60%、
2:残り、
とし、かつ、
反応雰囲気温度:800〜1100℃、
反応雰囲気圧力:4〜90kPa(30〜675torr)、
とした条件で、0.05〜2μmの平均層厚を有するTiN層を形成すると、
(b−3)上記TiN層(上側層)形成時に、上記下側層を構成する酸化チタン層の酸素が拡散してきて前記上側層(TiN層)が、窒酸化チタン層で構成されるようになるが、この場合上記上側層(前記窒酸化チタン層)形成後の上記下側層である酸化チタン層は、厚さ方向中央部をオージェ分光分析装置で測定して、酸素の割合がTiに対する原子比で1.2〜1.7、即ち、
組成式:TiOX
で表わした場合、
X:原子比で1.2〜1.7、
を満足する酸化チタン層となり、
(b−4)また、上記窒酸化チタン層で構成された上側層は、同じく厚さ方向中央部をオージェ分光分析装置で測定して、拡散酸素の割合が窒素(N)に対する原子比で0.01〜0.4、即ち、
組成式:TiN1-Y(O)Y
で表わした場合(ただし、(O)は上記酸化チタン層からの拡散酸素を示す)、
Y:原子比で0.01〜0.4、
を満足する窒酸化チタン層となること。
(c)そして、上記(b)によって改質α型Al23層上に形成された上記窒酸化チタン層(上側層)および酸化チタン層(下側層)からなる被覆層(以下、「最外層」という)は、それ自体耐熱性にすぐれているため、高熱を発生する難削材の高速重切削加工において、主として切粉との擦過によって生じる被覆工具すくい面でのクレーター摩耗の発生が抑制されるようになることから、被覆工具すくい面の上記改質α型酸化アルミニウム層上にのみ、さらに、上記窒酸化チタン層(上側層)および酸化チタン層(下側層)からなる最外層を設けてすくい面の耐摩耗性を向上させ、一方、被覆工具逃げ面は、硬質被覆層の最表面層を上記改質α型Al23層で構成して逃げ面に必要とされる高温硬さ、耐摩耗性を確保すれば、その結果として、被覆工具全体としての耐摩耗性が向上し、工具の使用寿命の延命化が可能となること。
以上(a)〜(c)に示される研究結果を得たのである。
この発明は、上記の研究結果に基づいてなされたものであって、
「炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
(a)Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層、および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ3〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層からなる下部層、
(b)化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有し、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、上記工具基体表面と平行な研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、45〜90度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフにおいて、 75〜90度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記75〜90度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の50%以上の割合を占める傾斜角度数分布グラフを示し、かつ0.1〜1.9μmの平均層厚を有するα型酸化アルミニウム層からなる補強層、
(c)化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有し、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、上記工具基体表面と平行な研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフにおいて、0〜15度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜15度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の50%以上の割合を占める傾斜角度数分布グラフを示し、かつ1.5〜5.9μmの平均層厚を有する改質α型酸化アルミニウム層からなる上部層、
以上(a)〜(c)の各層を、工具基体側から順に蒸着形成した表面被覆切削工具において、
上記表面被覆切削工具のすくい面を構成する工具基体の表面領域の上記改質α型酸化アルミニウム層上にのみ、さらに、
(d)0.1〜3μmの平均層厚を有し、かつ、
組成式:TiOX
で表わした場合、厚さ方向中央部をオージェ分光分析装置で測定して、原子比で、1.2≦X≦1.7を満足する酸化チタン層からなる下側層、
(e)0.05〜2μmの平均層厚を有し、かつ、
組成式:TiN1−Y(O)
で表わした場合[ただし、(O)は上記酸化チタン層からの拡散酸素を示す]、厚さ方向中央部をオージェ分光分析装置で測定して、原子比で、0.01≦Y≦0.4を満足する窒酸化チタン層からなる上側層、
上記(d)、(e)からなる最外層を設けたことを特徴とする被覆工具(表面被覆切削工具)。」
に特徴を有するものである。
以下に、この発明の被覆工具の硬質被覆層の下部層、補強層、上部層、最外層について、上記の通りに限定した理由を説明する。
(A)硬質被覆層
(a−1)Ti化合物層(下部層)
Ti化合物層は、基本的には改質α型Al23層の下部層として存在し、自身の具備するすぐれた高温強度によって硬質被覆層が高温強度を具備するようにするほか、工具基体と補強α型Al23層のいずれにも強固に密着し、よって硬質被覆層の工具基体に対する密着性向上に寄与する作用を有するが、その合計平均層厚が3μm未満では、前記作用を十分に発揮させることができず、一方その合計平均層厚が20μmを越えると、特に高熱発生を伴う高速重切削では熱塑性変形を起し易くなり、これが偏摩耗の原因となることから、その合計平均層厚を3〜20μmと定めた。
(a−2)改質α型Al23層(上部層)
改質α型Al23層の傾斜角度数分布グラフにおける測定傾斜角の最高ピーク位置は、化学蒸着装置における反応雰囲気圧力を変化させることによって変化するが、試験結果によれば、上記蒸着条件のうちの反応雰囲気圧力を6〜10kpaとすると、最高ピークが、0〜15度の範囲内の傾斜角区分に現れると共に、前記0〜15度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の50%以上の割合を占める傾斜角度数分布グラフを示すようになるものであり、したがって、前記反応雰囲気圧力が前記範囲から低い方に外れても、また高い方に外れても、前記0〜15度の範囲内に測定傾斜角の最高ピークが現れなくなり、このような場合には所望のすぐれた高温強度を具備することができないものである。
また、改質α型Al23層は、α型Al23自身のもつすぐれた高温硬さおよび耐熱性に加えて、高温強度も具備するようになるが、その平均層厚が1.5μm未満では、前記特性を硬質被覆層に十分に具備せしめることができず、また、その平均層厚が5.9μmを越えると、難削材の高速重切削加工ではチッピングが発生し易くなることから、その平均層厚を1.5〜5.9μmと定めた。
(a−3)補強α型Al23層(補強層)
上記の通り、補強α型Al23層の傾斜角度数分布グラフにおける測定傾斜角の最高ピーク位置は、化学蒸着装置における反応雰囲気圧力を変化させることによって変化するが、試験結果によれば、上記蒸着条件のうちの反応雰囲気圧力を、20〜30kPaとすると、最高ピークが75〜90度の範囲内の傾斜角区分に現れると共に、前記75〜90度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の50%以上の割合を占める傾斜角度数分布グラフを示すようになるものであり、したがって、前記反応雰囲気圧力が前記範囲から低い方に外れても、また高い方に外れても、75〜90度の範囲内に測定傾斜角の最高ピークが現れなくなり、このような場合には所望のすぐれた補強作用を発揮することができないものである。
また、その平均層厚が0.1μm未満では、上記改質α型Al23層に対する補強作用が不十分であり、一方、その平均層厚が1.9μmを越えると、難削材の高速重切削加工ではチッピングが発生し易くなることから、その平均層厚を0.1〜1.9μmと定めた。
(B)最外層
被覆工具のすくい面領域にのみ設けられた最外層の上側層を構成する窒酸化チタン層は、上記の通り、まず、酸素の割合をNに対する原子比で1.25〜1.90(W値)とした酸化チタン層を形成し、ついで、前記酸化チタン層の上に通常の条件でTiN層を蒸着することにより形成されるものであり、したがって前記TiN層形成時における前記酸化チタン層からの酸素の拡散が不可欠となるが、前記酸化チタン層のW値が1.25未満であると、前記TiN層への酸素の拡散反応が急激に低下し、上側層における拡散酸素の割合(Y値)を原子比で0.01以上にすることができず、一方同W値が1.90を越えると、前記上側層における拡散酸素の割合(Y値)が原子比で0.40を越えて多くなってしまうことから、W値を1.25〜1.90と定めたものであり、この場合、上側層形成後の下側層(酸化チタン層)における酸素の割合(X値)は原子比で1.2〜1.7の範囲内の値をとるようになる、言い換えれば上側層形成後の下側層のX値が1.2〜1.7を満足する場合に、前記上側層のY値は0.01〜0.40を満足するものとなる。
そして、被覆工具のすくい面領域にのみ形成されている最外層は、既に述べたように難削材の高速重切削において切粉による擦過で発生するクレーター摩耗の抑制に寄与するが、下側層のX値および上側層のY値がそれぞれ1.2〜1.7および0.01〜0.40を外れた場合には、切粉に対する耐熱性作用が不十分なものとなりクレーター摩耗の発生を抑えることできなくなるので、被覆工具のすくい面領域の最外層による切粉に対する耐熱性作用の発現という観点から、下側層のX値を1.2〜1.7、また、上側層のY値を0.01〜0.40と定めた。
また、上側層および下側層の平均層厚を、それぞれ0.05〜2μmおよび0.1〜3μmとしたのは、その平均層厚が0.05μm未満および0.1μm未満では、すくい面領域における耐熱性を十分に発揮することができず、一方、その平均層厚がそれぞれ2μmおよび3μmを越えると、すくい面領域にチッピングが発生しやすくなるという理由から、最外層の上側層および下側層の平均層厚を、それぞれ0.05〜2μmおよび0.1〜3μmと定めた。
なお、被覆工具のすくい面領域にのみ最外層を蒸着形成する手段については特に限定するものではないが、例えば、被覆工具のすくい面領域、逃げ面領域の改質α型Al23層全面に最外層を蒸着形成した後で、逃げ面領域の最外層のみをブラスト、研磨などで除去することによって、すくい面領域にのみ最外層を残すことが可能であり、あるいは、最外層を蒸着形成するに当たり、被覆工具の逃げ面領域の改質α型Al23層にマスキングを施し、この状態で蒸着を行い、すくい面領域にのみ最外層を蒸着形成することも勿論可能である。いずれにしても、この発明では、被覆工具のすくい面領域にのみ最外層を蒸着形成する手段については、特にその手段を限定するものではなく、いかなる手段をも採用することができる。
この発明の被覆工具は、硬質被覆層の上部層を構成する改質α型Al23層を、前記改質α型Al23層とTi化合物層との間に介在させた補強α型Al23層が十分に補強し、また、被覆工具すくい面には、切粉に対する耐熱性作用にすぐれた最外層を改質α型Al23層上にさらに蒸着形成することにより、特に切刃にかかる機械的な負荷が大きく、さらに、切粉の粘性が高く、かつ工具表面に溶着し易いステンレス鋼や高マンガン鋼、さらに軟鋼などの難削材(被削材)の切削加工を高熱発生を伴う高速重切削条件で行ない、前記被削材および切粉が高温に加熱されて粘性および溶着性が一段と増大し、これに伴なって硬質被覆層表面に対する切削抵抗が増すようになっても、前記硬質被覆層のもつすぐれた高温強度および耐熱性によって、前記硬質被覆層のチッピング発生が著しく抑制されるとともに摩耗抑制効果も十分に発揮され、この結果、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性を示すようになるものである。
つぎに、この発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、VC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末、およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことにより、中心部に工具取り付け用ボルト貫通孔を有する形式で、ISO規格にCNMG120412として規定されるスローアウエイチップ形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Fをそれぞれ製造した。
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比で、TiC/TiN=50/50)粉末、Mo2 C粉末、ZrC粉末、NbC粉末、TaC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1540℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.07mmのホーニング加工を施すことにより、工具本体にクランプ駒による挟み締めにより取り付けられる穴なし形式で、ISO規格にCNMN120412として規定されるスローアウエイチップ形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体a〜fを形成した。
ついで、これらの工具基体A〜Fおよび工具基体a〜fのそれぞれを、通常の化学蒸着装置に装入し、
(a)まず、表3(表3中のl−TiCNは特開平6−8010号公報に記載される縦長成長結晶組織をもつTiCN層の形成条件を示すものであり、これ以外は通常の粒状結晶組織の形成条件を示すものである)に示される条件にて、表6に示される目標層厚のTi化合物層を硬質被覆層の下部層として蒸着形成し、
(b)ついで、反応ガス組成:容量%で、AlCl3:2.2%、CO2:5%、HCl:2%、H2S:0.15%、H2:残り、
反応雰囲気温度:850℃、
反応雰囲気圧力:20〜30kPaの範囲内の所定の圧力、
の条件で表6に示される目標層厚で、補強α型Al23層を蒸着形成し、
(c)引き続いて、反応ガス組成:容量%で、AlCl3:2.2%、CO2:1.5%、HCl:2%、H2S:0.75%、Ar:26.5%、H2:残り、
反応雰囲気温度:1070℃、
反応雰囲気圧力:6〜10kPaの範囲内の所定の圧力、
の条件で同じく表6に示される目標層厚で、同じく上部層として改質α型Al23層を蒸着形成し、
(d)さらに、最外層の下側層形成用酸化チタン層[TiO(1)〜(6)のいずれか]を表4に示される条件で、表6に示される目標層厚で蒸着形成した後、最外層の上側層形成用窒化チタン層(TiN層)を同じく表3に示される条件で、表6に示される目標層厚で蒸着形成して、表5に示される組成、すなわち厚さ方向中央部をオージェ分光分析装置で測定して、それぞれ表5に示されるX値およびY値の下側層および上側層からなる最外層を形成し、
(e)引き続いて、工具すくい面以外の領域に対してウエットブラストを施して最外層を除去し、工具すくい面領域にのみ上記最外層を設けた本発明被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。
また、比較の目的で、表6に示される通り、硬質被覆層の上部層である改質α型Al23層と同下部層であるTi化合物層の間に補強α型Al23層の形成を行なわず、また、上記最外層の蒸着形成を行わない以外は同一の条件で、従来被覆工具1〜13をそれぞれ製造した。
ついで、上記の本発明被覆工具1〜13と従来被覆工具1〜13の硬質被覆層の上部層を構成する改質α型Al23層、および上記の本発明被覆工具1〜13の補強α型Al23層について、電界放出型走査電子顕微鏡を用いて、傾斜角度数分布グラフをそれぞれ作成した。
すなわち、上記傾斜角度数分布グラフは、上記の本発明被覆工具1〜13と従来被覆工具1〜13の改質α型Al23層、および本発明被覆工具1〜13の補強α型Al23層について、それぞれ工具基体表面と平行な面をそれぞれ研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、それぞれの前記研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に照射して、電子後方散乱回折像装置を用い、30×50μmの領域を0.1μm/stepの間隔で、前記研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、この測定結果に基づいて、前記測定傾斜角のうち、前記改質α型Al23層については0〜45度、前記補強α型Al23層については45〜90度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計することにより作成した。
この結果得られた各種の改質α型Al23層および補強α型Al23層の傾斜角度数分布グラフにおいて、表7,8にそれぞれ示される通り、本発明被覆工具1〜13および従来被覆工具1〜13の改質α型Al23層は、(0001)面の測定傾斜角の分布が、それぞれ0〜15度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが現れる傾斜角度数分布グラフを示し、一方本発明被覆工具1〜13の補強α型Al23層においては、75〜90度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが現れる傾斜角度数分布グラフを示すものであった。
また表7,8には、上記の各種の改質α型Al23層および補強α型Al23層の傾斜角度数分布グラフにおいて、それぞれ0〜15度および75〜90度の範囲内の傾斜角区分に存在する全傾斜角度数の傾斜角度数分布グラフ全体に占める割合を示した。
なお、図3は、本発明被覆サーメット工具4の補強α型Al23層の傾斜角度数分布グラフ、図4は同改質α型Al23層の傾斜角度数分布グラフを示すものである。
また、この結果得られた本発明被覆工具1〜13および従来被覆工具1〜13の硬質被覆層の構成層の厚さを、走査型電子顕微鏡を用いて測定(縦断面測定)したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均層厚(5点測定の平均値)を示した。
つぎに、上記の本発明被覆工具1〜13および従来被覆工具1〜13の各種被覆工具について、いずれも工具鋼製バイトの先端部にボルト止めまたはクランプ駒による挟み締め止めした状態で、
被削材:JIS・SUS430の丸棒、
切削速度: 350 m/min.、
切り込み: 3.0 mm、
送り: 0.15 mm/rev.、
切削時間: 5 分
の条件(切削条件Aという)でのステンレス鋼の乾式連続高速重切削試験(通常の切削速度および切り込みは、それぞれ、150m/min.、1.0mm)、
被削材:JIS・SS300の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 400 m/min.、
切り込み: 3.5 mm、
送り: 0.25 mm/rev.、
切削時間: 5 分
の条件(切削条件Bという)での軟鋼の乾式断続高速重切削試験(通常の切削速度および切り込みは、それぞれ、200m/min.、1.5mm)、
被削材:JIS・SMn443Hの丸棒、
切削速度: 330 m/min.、
切り込み: 2.5 mm、
送り: 0.2 mm/rev.、
切削時間: 5 分
の条件(切削条件Cという)での高マンガン鋼の乾式連続高速重切削試験(通常の切削速度および送りは、それぞれ、200m/min.、1.0mm/rev.)、
を行い、いずれの切削試験でも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。この測定結果を表9に示した。
Figure 0004853188
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表5〜9に示される結果から、本発明被覆工具1〜13は、いずれも硬質被覆層の下部層であるTi化合物層と上部層である改質α型Al23層の間に介在させた補強α型Al23層が、(0001)面の傾斜角度数分布グラフで75〜90度の範囲内の傾斜角区分で最高ピークを示し、これの作用で前記改質α型Al23層が十分に補強されて一段とすぐれた高温強度をもつようになり、また、本発明被覆工具1〜13のすくい面には耐熱性にすぐれた最外層が設けられ、切粉によるすくい面摩耗の発生が抑制されているため、特に切刃部にきわめて高い機械的負荷と切削抵抗が加わる難削材の高速重切削加工でも、切刃部におけるチッピング発生が抑制され、すぐれた耐摩耗性を長期に亘って示すのに対して、硬質被覆層に前記補強α型Al23層の介在形成がなく、かつ工具すくい面に最外層が形成されていない従来被覆工具1〜13においては、いずれも難削材の高速重切削加工では硬質被覆層の高温強度が不十分であるために、切刃部におけるチッピングの発生が避けられないばかりか、逃げ面摩耗およびすくい面摩耗の進行も抑制することができないため、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
上述のように、この発明の被覆工具は、各種鋼や鋳鉄などの高速切削加工は勿論のこと、特に切刃にかかる機械的負荷が大きく、さらに、それ自身の粘性が高いばかりか、切削時の切削工具表面部の硬質被覆層に対する粘着性も高く、この結果切削抵抗のきわめて高いものとなる軟鋼やステンレス鋼、さらに高マンガン鋼などの難削材の高速重切削加工に用いた場合であっても、チッピングの発生なく、すぐれた耐摩耗性を示し、長期に亘ってすぐれた切削性能を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。
本発明被覆工具の硬質被覆層を構成する補強α型Al23層における結晶粒の(0001)面を測定する場合の傾斜角の測定範囲を示す概略説明図である。 硬質被覆層を構成する改質α型Al23層における結晶粒の(0001)面を測定する場合の傾斜角の測定範囲を示す概略説明図である。 本発明被覆工具4の硬質被覆層を構成する補強α型Al23層の45〜90度の傾斜角区分を示す傾斜角度数分布グラフである。 本発明被覆工具4の硬質被覆層を構成する改質α型Al23層の0〜45度の傾斜角区分を示す傾斜角度数分布グラフである。

Claims (1)

  1. 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、
    (a)Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層、および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ3〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層からなる下部層、
    (b)化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有し、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、上記工具基体表面と平行な研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、45〜90度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフにおいて、 75〜90度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記75〜90度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の50%以上の割合を占める傾斜角度数分布グラフを示し、かつ0.1〜1.9μmの平均層厚を有するα型酸化アルミニウム層からなる補強層、
    (c)化学蒸着した状態でα型の結晶構造を有し、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、上記工具基体表面と平行な研磨面の測定範囲内に存在する六方晶結晶格子を有する結晶粒個々に電子線を照射して、前記研磨面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(0001)面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計してなる傾斜角度数分布グラフにおいて、0〜15度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記0〜15度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布グラフにおける度数全体の50%以上の割合を占める傾斜角度数分布グラフを示し、かつ1.5〜5.9μmの平均層厚を有する改質α型酸化アルミニウム層からなる上部層、
    以上(a)〜(c)の各層を、工具基体側から順に蒸着形成した表面被覆切削工具において、
    上記表面被覆切削工具のすくい面を構成する工具基体の表面領域の上記改質α型酸化アルミニウム層上にのみ、さらに、
    (d)0.1〜3μmの平均層厚を有し、かつ、
    組成式:TiOX
    で表わした場合、厚さ方向中央部をオージェ分光分析装置で測定して、原子比で、1.2≦X≦1.7を満足する酸化チタン層からなる下側層、
    (e)0.05〜2μmの平均層厚を有し、かつ、
    組成式:TiN1−Y(O)
    で表わした場合[ただし、(O)は上記酸化チタン層からの拡散酸素を示す]、厚さ方向中央部をオージェ分光分析装置で測定して、原子比で、0.01≦Y≦0.4を満足する窒酸化チタン層からなる上側層、
    上記(d)、(e)からなる最外層を設けたことを特徴とする表面被覆切削工具。
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