〔実施の形態1〕
本発明の一実施形態について説明すると以下の通りである。本実施の形態にかかる無機化合物複合体は、従来の複合体と比べて、基材に対する無機化合物の結合量が向上された構成である。具体的には、本実施の形態にかかる無機化合物複合体は、生体活性を有する無機化合物が、基材と化学結合してなる無機化合物複合体であって、上記基材に対する無機化合物の結合量が5重量%以上である構成である。より好ましくは、上記無機化合物は、基材が有する官能基と化学結合している構成である。
本発明では、基材の形状を一定の形状に整え(長軸1cm〜1μm、短軸1mm〜1nmに整える)、その表面をイソシアネート基、アルコキシシリル基、コハク酸および 4META基の少なくとも1つを導入し、官能基含有基材を合成する。そして、上記官能基含有基材の表面に導入された官能基(アルコキシシリル基、イソシアネート基、カルボキシル基)と、ハイドロキシアパタイト焼結体とを反応させることにより化学結合を形成し、ハイドロキシアパタイト焼結体と基材とによる無機化合物複合体を合成することができる。そして、この無機化合物複合体は基材形態を制御したことにより、ハイドロキシアパタイト焼結体の基材に対する結合量が向上し、これにより生体組織との細胞接着性・密着性を確保することを可能とした。
(無機化合物)
本実施の形態にかかる無機化合物複合体を構成している無機化合物は、生体活性を有している。上記「生体活性」とは、生体内に埋植させた場合でも、生体に悪影響を及ぼさない性質である。上記生体活性を有する無機化合物としては、具体的には、例えば、ハイドロキシアパタイト等のリン酸カルシウム、酸化チタン、二酸化ケイ素から群より選ばれる少なくとも1種類の化合物が挙げられる。上記例示の無機化合物のうち、長期間、生体内に埋植させる用途に適したリン酸カルシウム焼結体がより好適である。
ここで、上記リン酸カルシウム焼結体について説明する。上記リン酸カルシウム焼結体(リン酸カルシウムセラミックスとも呼ばれる)とは、アモルファス(非晶質)のリン酸カルシウムと比べた場合に結晶性が高いリン酸カルシウムを示している。具体的には、リン酸カルシウム焼結体は、アモルファス(非晶質)のリン酸カルシウムを焼結させることにより得られる。そして、上記リン酸カルシウム焼結体は、該リン酸カルシウム焼結体自体の表面に、カルシウムイオン(Ca2+)、リン酸イオン(PO4 2−)および水酸化物イオン(OH−)の少なくとも何れか1つのイオンを有している。
また、リン酸カルシウム焼結体の1つの結晶面には、少なくともリン酸イオンまたはカルシウムイオンが存在する。具体的には、リン酸カルシウムの結晶面によって存在するイオンは異なり、互いに異なる結晶面に、カルシウムイオンおよびリン酸イオンが存在している。また、上記リン酸カルシウム焼結体に水酸化物イオンが含まれている場合には、該水酸化物イオンは、上記カルシウムイオンまたはリン酸イオンが存在している結晶面の少なくとも1つの結晶面に存在することとなる。
上記リン酸カルシウム焼結体としては、具体的には、例えば、ハイドロキシアパタイト焼結体(Ca10(PO4)6(OH)2)、トリリン酸カルシウム(β(α)−トリリン酸カルシウム(Ca3(PO4)2))、メタリン酸カルシウム(Ca(PO3)2)、Ca10(PO4)6F2、Ca10(PO4)6Cl2等が挙げられる。なお、上記リン酸カルシウムは、湿式法や、乾式法、加水分解法、水熱法等の公知の製造方法によって、人工的に製造されたものであってもよく、また、骨、歯等から得られる天然由来のものであってもよい。また、上記リン酸カルシウム焼結体には、リン酸カルシウム水酸イオンおよび/またはリン酸イオンの一部が炭酸イオン、塩化物イオン、フッ化物イオン等で置換された化合物等が含まれていてもよい。
ここで、上記リン酸カルシウム焼結体の製造方法について説明する。本実施の形態にかかるリン酸カルシウム焼結体は、アモルファスのリン酸カルシウムを焼結させることにより得ることができる。具体的には、上記例示のリン酸カルシウムを800℃〜1300℃の温度範囲内で所定時間焼結させることにより、リン酸カルシウム焼結体を得ることができる。上記リン酸カルシウムを焼結させることによって、結晶性を高めることができ、例えば、生体内に導入した場合における溶解性を小さくすることができる。このリン酸カルシウム焼結体の結晶化の度合いは、X線回折法(XRD)により、測定することができる。具体的には、リン酸カルシウム複合体の各結晶面を示すピークの半値幅が狭ければ狭いほど結晶性が高い。
上記リン酸カルシウムを焼結させる焼結温度の下限値としては、800℃以上がより好ましく、900℃以上がさらに好ましく、1000℃以上が特に好ましい。焼結温度が800℃よりも低いと、焼結が十分でない場合がある。一方、焼結温度の上限値としては、1300℃以下がより好ましく、1250℃以下がさらに好ましく、1200℃以下が特に好ましい。焼結温度が1300℃よりも高いと、後述する基材が有する官能基と直接化学結合することが困難になる場合がある。従って、焼結温度を、上記範囲内とすることにより、生体内で溶解し難く(結晶性が高く)、かつ、基材が有する官能基と直接化学結合することができるリン酸カルシウム焼結体を製造することができる。また、焼結時間としては、特に限定されるものではなく、適宜設定すればよい。
また、例えば、リン酸カルシウム焼結体を構成する材料として、ハイドロキシアパタイト焼結体またはβ−トリリン酸カルシウムを用いる場合、該ハイドロキシアパタイト焼結体またはβ−トリリン酸カルシウムは、生体組織との親和性および生体環境における安定性が優れているために、医療用材料として好適である。また、ハイドロキシアパタイト焼結体は、生体内で溶解し難い。従って、例えば、上記ハイドロキシアパタイト焼結体を用いてリン酸カルシウム複合体を製造した場合には、生体内で長期間、生体活性を維持することができる。
次に、上記酸化チタンについて説明する。上記は、例えば、化学式;TiO2等で表される化合物であるとともに、この化合物の表面に水酸基を有するものである。すなわち、本実施の形態にかかる酸化チタンとは、表面に水酸基を有している酸化チタンを示す。
具体的に説明すると、上記TiO2の場合、酸化チタンの表面を最も多く占めている結晶面、すなわち、アナターゼ型の(001)面とルチル型の(110)面とには、2種類の水酸基が存在している。その1つは、Ti4+と結合しているターミナルOH基であり、もう1つは、2個のTi4+と結合しているブリッジOH基である(清野学著、酸化チタン 物性と応用、技法堂出版、2000参照)。そして、上記酸化チタンは、生体組織との親和性および生体環境における安定性が優れているために、医療用材料として好適である。
本実施の形態にかかる無機化合物は、粒子状であることがより好ましい。より詳細には、上記無機化合物の粒子径の下限値としては、0.001μm以上がより好ましく、0.01μm以上がさらに好ましい。上記粒子径が0.001μmよりも小さいと、無機化合物複合体を生体に埋入した場合に、後述する基材の表面に結合されている無機化合物が溶出してしまい、生体適合性が損なわれる恐れがある。一方、上記無機化合物の粒子径の上限値としては、1000μm以下であることがより好ましく、100μm以下であることがさらに好ましい。上記粒子径が1000μmよりも大きいと、無機化合物と後述する基材との結合が相対的に弱くなり、無機化合物複合体を生体に埋入した場合に破損する恐れがある。
また、例えば、無機化合物がリン酸カルシウム焼結体の場合、上記リン酸カルシウムの焼結温度およびリン酸カルシウム焼結体の粒子径を制御することにより、例えば、得られたリン酸カルシウム複合体を生体内に埋入させたとき、リン酸カルシウム焼結体の溶出速度を制御することができる。つまり、上記焼結温度および上記粒子径を制御することにより、用途に応じた、リン酸カルシウム複合体の物性を設計することができる。
なお、以下の説明においては、無機化合物がリン酸カルシウム焼結体である例について説明する。
(基材)
本実施の形態にかかる基材としては、高分子基材がより好ましく、医療用高分子がさらに好ましく、有機高分子が特に好ましい。上記基材としては、具体的には、例えば、シリコーンポリマー(シリコーンゴムであっても良い)、ポリエチレングリコール、ポリアルキレングリコール、ポリグリコール酸、ポリ乳酸、ポリアミド、ポリウレタン、ポリスルフォン、ポリエーテル、ポリエーテルケトン、ポリアミン、ポリウレア、ポリイミド、ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリメタクリル酸メチル、ポリアクリロニトリル、ポリスチレン、ポリビニルアルコール、ポリ塩化ビニル等の合成高分子;セルロース、アミロース、アミロペクチン、キチン、キトサン等の多糖類、コラーゲン等のポリペプチド、ヒアルロン酸、コンドロイチン、コンドロイチン硫酸等のムコ多糖類等、シルクフィブロイン等の天然高分子等が挙げられる。上記例示の基材のうち、長期安定性、強度および柔軟性等の特性が優れている点で、シリコーンポリマー、ポリウレタン、ポリテトラフルオロエチレン、または、シルクフィブロインが好適に使用される。また、例えば、上記有機高分子と上記無機材料とを組み合わせて基材としてもよい。
本実施の形態にかかる基材の表面には、無機化合物自体と化学結合することができる官能基を有している。
上記無機化合物が、ハイドロキシアパタイトまたはその焼結体である場合、これらハイドロキシアパタイトまたはその焼結体は、イソシアネート基およびアルコキシシリル基からなる群より選ばれる少なくとも1つの官能基と化学結合することが可能である。つまり、基材が有する官能基として、イソシアネート基およびアルコキシシリル基からなる群より選ばれる少なくとも1つの官能基を有している場合には、この基材とハイドロキシアパタイト焼結体とを化学結合させることができる。なお、上記アルコキシシリル基とは、Si−ORを含む基を示している。つまり、本実施の形態において、アルコキシシリル基には、≡Si−OR,=Si−(OR)2,−Si−(OR)3等が含まれる。なお、上記≡および=は、三重結合、二重結合のみを示すものではなく、それぞれの結合の手が、異なる基と結合していてもよい。従って、例えば、−SiH−(OR)2や−SiH2−(OR)等もアルコキシシリル基に含まれる。また、上記Si−ORのRとは、アルキル基または水素を示している。
上記基材表面の官能基は、基材自体が有する官能基であってもよく、また、基材表面を、例えば、酸・アルカリ処理、コロナ放電、プラズマ照射、表面グラフト重合等の公知の手段によって、上記基材を改質することにより導入されたものであってもよい。
また、上記官能基を導入するために、基材に活性基を導入し、この活性基を用いて官能基を導入してもよい。
本実施の形態において、基材の形状は、粒子形状である。具体的には、上記基材の大きさは、長軸方向の長さが1cm〜1μmの範囲内であり、短軸方向の長さが1mm〜1nmの範囲内である柱状または球状の粒子形状であることがより好ましい。上記基材が円柱状である場合、長軸方向の長さが1mm〜5μmの範囲内であり、短軸方向が10nm〜100nmの範囲内である場合がさらに好ましく、長軸方向の長さが200μm〜10μmの範囲内であり、短軸方向が50μm〜1μmの範囲内である場合が特に好ましい。また、上記基材が球状である場合には、最大直径が1mm〜1μmの範囲内がさらに好ましく、500μm〜10μmの範囲内が特に好ましい。上記範囲内の形状の基材を用いることで、基材における無機化合物の結合量が5重量%以上である無機化合物複合体を得ることができる。
(無機化合物複合体)
そして、上記官能基を有する基材と、無機化合物とを反応させることにより無機化合物複合体を得ることができる。なお、無機化合物複合体の製造方法については後述する。
そして、本実施の形態にかかる無機化合物複合体が例えば、ハイドロキシアパタイト複合体である場合、基材の表面に、ハイドロキシアパタイト焼結体が化学結合されている。具体的には、ハイドロキシアパタイト焼結体に存在する水酸基(−OH)と、上記基材または表面修飾したリンカーが有するイソシアネート基(―NCO)またはアルコキシシリル基とが、直接、化学結合している。上記基材のアルコキシシリル基が−Si≡(OR)3である場合、ハイドロキシアパタイト焼結体と基材との間には、化学式(1)に示すような結合が存在することとなる。
(ただし、上記Xは基材を示し、Yはハイドロキシアパタイト焼結体を示す)
上記の場合、基材が備えている1つの(−Si≡(OR)3)に対して、ハイドロキシアパタイト焼結体の3個の水酸基が反応していることとなる。従って、例えば、アルコキシシリル基の数が少ない基材であっても、ハイドロキシアパタイト焼結体を多く結合させることができる。従って、基材にアルコキシシリル基を導入する場合には、この導入するアルコキシシリル基の数を、従来と比べて、減らすことができる。なお、上記化学式(1)のケイ素原子(Si)は、基材が有するアルコキシシリル基の一部である。具体的には、上記ケイ素原子は、表面修飾したグラフト鎖の一部でもよく、高分子鎖が有するアルコキシシリル基の一部でもよい。また、上記化学式(1)の酸素原子(O)は、基材が有するアルコキシシリル基の一部、または、ハイドロキシアパタイト焼結体が有する水酸基の一部である。また、上記化学式(1)のXとSiとの間は、高分子鎖で結合されていてもよく、低分子鎖で結合されていてもよく、直接結合していてもよい。
また、上記官能基がイソシアネート基の場合には、ハイドロキシアパタイト焼結体と基材とは、ウレタン結合で化学結合されている。
本実施の形態にかかる無機化合物複合体は、基材における無機化合物の結合量(吸着率)が5重量%以上である。上記結合量としては、7重量%以上がより好ましく、10重量%以上がさらに好ましく、12重量%以上が特に好ましい。上記結合量が5重量%以上とすることにより、上記無機化合物複合体を、例えば、経皮端子等の医療用材料に用いた場合に、高い生体適合性を示すことができる。
そして、本実施の形態にかかる無機化合物複合体は、特に、医療用材料として好適である。具体的には、上記無機化合物複合体は、経皮端子等の経皮デバイスに好適に使用できる。より詳細には、肺高血圧症治療用カテーテル(長期留置型中心静脈カテーテル)、腹膜透析用カテーテル、補助人工心臓(VAS)の送血管・脱血管の皮膚挿入部位の加工等の経皮デバイスとしての用途や人工肛門、ステントグラフト、体内留置型人工心臓の体内固定化技術、人工骨・人工歯根等の用途に好適に用いることができる。また、例えば、冠動脈ステント(coronary stent)、メタリックステント、血栓除去用ステント、尿管ステント、BMP(basal metabolic rate)治療用メタリックステント、胆管ステント、食道ステント、気管・気管支ステント等のステントや、高カロリー用カテーテル、ブラッドアクセス、人工血管、補テツ材料、人工靱帯、人工肛門・人工膀胱等の用途にも好適に利用できる。
(無機化合物複合体の製造方法)
ここで、本実施の形態にかかる無機化合物複合体の製造方法について説明する。本実施の形態にかかる無機化合物複合物の製造方法は、生体活性を有する無機化合物が、基材粒子が有する官能基と化学結合してなる無機化合物複合体の製造方法であって、上記無機化合物と化学結合可能な官能基を有し、かつ、基材粒子と反応可能な官能基含有化合物を、基材粒子と反応させることにより、上記基材粒子に、上記官能基を導入する導入工程と、上記導入工程にて官能基が導入された基材粒子と未反応の官能基化合物とを分離する分離工程と、上記基材粒子に導入された官能基と、上記無機化合物とを反応させる反応工程とを含む方法である。また、上記製造方法において、上記導入工程の前に、基材を粒子状に形成する形成工程を行ってもよい。これについて以下に説明する。なお、以下の説明では、無機化合物がハイドロキシアパタイト焼結体であり、基材がシルクフィブロインであり、上記基材にイソシアネート基および/またはアルコキシシリル基を導入する場合について説明する。
(形成工程)
形成工程では、基材を粒子状に形成する。具体的には、基材を長軸方向の長さが1cm〜1μmの範囲内であり、短軸方向の長さが1mm〜1nmの範囲内である柱状または球状の粒子形状にする。上記基材を粒子状にする形成する方法としては、例えば、基材がシルクフィブロイン繊維の場合には、上記範囲内となるように上記繊維を切断すればよい。
(導入工程)
導入工程では、無機化合物と反応可能な官能基(化学結合可能な官能基)を基材粒子(以下、単に基材と称する場合がある)に導入する。この導入工程では、無機化合物の種類および、無機化合物と基材との間に生成される化学結合の種類によって、反応条件等が異なる。
上記基材に、イソシアネート基および/またはアルコキシシリル基(官能基)を導入する方法としては、公知の方法により行えばよく、特に限定されるものではないが、例えば、分子末端に、反応性官能基を有するシランカップリング剤等を用いることにより、基材に上記官能基を導入することができる。
ここで、基材にアルコキシシリル基を導入する方法の1つとして、シランカップッリング剤を用いて導入する方法について説明する。なお、基材にアルコキシシリル基を導入する方法は、この方法に限定されるものではなく、種々の方法を採用することができる。
シランカップリング剤は、化学式(2)に示すような化学構造をしている。
Z−Si≡(OR)3 ・・・(2)
上記Zは、各種合成樹脂等の有機材料(基材)と化学結合することができる反応性官能基であればよく、具体的には、例えば、ビニル基、エポキシ基、アミノ基、(メタ)アクリロキシ基、メルカプト基等が挙げられる。また、上記ORは、ハイドロキシアパタイト焼結体(無機化合物)と化学結合することができるものであればよく、具体的には、例えば、メトキシ基、エトキシ基等が挙げられる。また、上記化学式(2)中の反応性官能基であるZとSiとは、高分子鎖で結合されていてもよく、低分子鎖で結合されていてもよく、直接結合されていてもよい。
すなわち、上記シランカップリング剤としては、具体的には、例えば、ビニルトリクロルシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン等のビニル系シランカップリング剤;β−(3,4エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、γ−グリシドキシプロピルトリエトキシシラン等のエポキシ系シランカップリング剤;p−スチリルトリメトキシシラン等のスチリル系シランカップリング剤;γ−メタクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルメチルジエトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン等のメタクリロキシ系シランカップリング剤;γ−アクリロキシプロピルトリメトキシシラン等のアクリロキシ系シランカップリング剤;N−β(アミノエチル)γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−β(アミノエチル)γ−アミノプロピルメチルジメトキシメトキシシラン、N−β(アミノエチル)γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、γ−アミノプロピルトリエトキシシラン、γ−トリエトキシ−N−(1,3−ジメチル−ブチリデン)プロピルアミン、N−フェニル−γ−アミノプロピルトリメトキシシラン、N−(ビニルベンジル)−β−アミノエチル−γ−アミノプロピルトリメトキシシランの塩酸塩、特殊アミノシラン等のアミノ系シランカップリング剤;γ−ウレイドプロピルトリエトキシシラン等のウレイド系シランカップリング剤;γ−クロロプロピルトリメトキシシラン等のクロロプロピル系シランカップリング剤;γ−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルメチルジメトキシシラン等のメルカプト系シランカップリング剤;ビス(トリエトキシプロピル)テトラスルフィド等のスルフィド系シランカップリング剤;γ−イソシアネートプロピルトリエトキシシラン等のイソシアネート系シランカップリング剤等が挙げられる。上記例示のシランカップリング剤のうち、重合性モノマーであるという点で、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシランがより好ましい。上記シランカップリング剤は、基材の種類、および、基材表面に活性基(後述する)が導入されている場合には、この活性基の種類等によって適宜選択すればよい。
上記シランカップリング剤を用いて、基材にアルコキシシリル基を導入する方法としては、具体的には、例えば、コロナ処理を施した基材に、末端に反応性官能基を有するシランカップリング剤を直接導入してもよい。また、界面活性剤と過酸化系開始剤とを用いて基材からプロトン(水素原子)を引き抜いてラジカルを発生させることにより、上記官能基を有する非水溶性モノマーを基材に、直接、グラフト重合させることができる。この方法を用いることにより、基材に上記官能基を、直接、導入することができる。
また、基材にアルコキシシリル基を導入する方法としては、例えば、基材に予め、上記シランカップリング剤が有する反応性官能基と反応することができる活性基を導入しておき、この活性基とシランカップリング剤の反応性官能基とを反応させることにより、基材にアルコキシシリル基を導入してもよい。なお、上記活性基とは、具体的には、例えば、ビニル基、アミノ基等が挙げられるが、特に限定されるものではなく、上記シランカップリング剤の反応性官能基(上記化学式(2)のZ)の種類に応じて適宜設定すればよい。
ここで、基材としてシルクフィブロイン(繊維)を用い、このシルクフィブロインに活性基であるビニル基を導入しておき、このビニル基とシランカップリング剤の反応性官能基とを反応させることにより、基材にアルコキシシリル基を導入する方法の具体的条件について説明する。
まず、基材に活性基を導入する工程(活性基導入工程)について説明する。基材にビニル基を導入するには、例えば、基材と、活性基含有化合物とを、触媒、重合禁止剤および溶媒の混合溶液中で反応させればよい。
上記活性基含有化合物としては、具体的には、例えば、2−メタクリロイルオキシエチルイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート等が挙げられる。上記溶媒としては、極性溶媒が好ましく、例えば、脱水ジメチルスルホキシド、脱水ジメチルホルムアミド等が好適に使用される。重合禁止剤は、基材に導入された活性基同士、および、活性基含有化合物同士が重合しないために添加する。上記重合禁止剤としては、例えば、ヒドロキノン等が挙げられる。触媒としては、例えば、ジブチルチン(IV)ジラウレート等が挙げられる。
上記活性基含有化合物の添加量の下限値としては、基材に対して、10重量%以上がより好ましく、50重量%以上がさらに好ましく、100重量%以上が特に好ましい。上記添加量が10重量%よりも少ないと、基材に、十分な量の活性基が導入されない場合がある。一方、上記添加量の上限値としては、基材に対して、500重量%以下がより好ましく、400重量%以下がさらに好ましく、300重量%以下が特に好ましい。上記添加量が500重量%よりも多いと経済的でない。
そして、反応温度の下限値としては、30℃以上がより好ましく、40℃以上がさらに好ましく、45℃以上が特に好ましい。上記反応温度が30℃よりも低ければ、反応が十分に起こらず、基材に活性基が導入されない場合がある。一方、反応温度の上限値としては、100℃以下がより好ましく、80℃以下がさらに好ましく、60℃以下が特に好ましい。反応温度が100℃よりも高いと、基材に導入された活性基同士が反応する恐れがある。また、基材が劣化する場合もある。なお、反応時間は、反応温度等により適宜設定すればよい。以上のような条件で反応させることにより、基材に活性基を簡単に導入することができる。
基材に対する活性基の導入率(重量%)の下限値としては、0.1重量%以上がより好ましく、1.0重量%以上がさらに好ましく、2.0重量%以上が特に好ましい。導入率が0.1重量%よりも少ないと、基材に導入されるアルコキシシリル基の数が少なくなり、ハイドロキシアパタイト複合体を製造することができなくなる恐れがある。一方、導入率の上限値としては、30重量%以下がより好ましく、25重量%以下がさらに好ましく、20重量%以下が特に好ましい。上記導入率が30重量%よりも多いと、基材に導入された活性基の数が多くなり、この活性基同士が反応する場合がある。
次に、基材の活性基と、末端に反応性官能基を有するシランカップリング剤とを重合することにより、基材にアルコキシシリル基を導入する。
上記シランカップリング剤としては、末端の反応性官能基が、基材に導入された活性基と重合することができるものであればよく、特に限定されるものではないが、活性基としてビニル基を導入した場合には、上記メタクリロキシ系シランカップリング剤である例えば、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン等を好適に使用することができる。
そして、上記シランカップリング剤と活性基が導入された基材とを、重合開始剤、溶媒の存在下で重合させることにより、基材にアルコキシシリル基を導入することができる。
上記溶媒としては、トルエン、ヘキサン等の炭化水素系溶媒等の無極性の有機溶媒が好適に使用される。
また、重合開始剤としては、例えば、アゾビスイソブチロニトリル、過酸化ベンゾイル等を用いればよい。
上記シランカップリング剤の使用量(添加量)の下限値としては、上記活性基が導入された基材に対して、10重量%以上がより好ましく、50重量%以上がさらに好ましく、100重量%以上が特に好ましい。上記使用量が10重量%よりも少ないと、十分なハイドロキシアパタイト焼結体と反応するだけのアルコキシシリル基を導入することができない場合がある。一方、上記使用量の上限値としては、500重量%以下がより好ましく、400重量%以下がさらに好ましく、300重量%以下が特に好ましい。上記使用量が500重量%よりも多いと、経済的でない。
また、重合は、窒素雰囲気下で行うことがより好ましい。重合温度の下限値としては、40℃以上がより好ましく、45℃以上がさらに好ましく、50℃以上が特に好ましい。重合温度が40℃よりも低いと、重合が十分に起こらず、基材に官能基が導入されない場合がある。一方、重合温度の上限値としては、80℃以下がより好ましく、75℃以下がさらに好ましく、70℃以下が特に好ましい。重合温度が80℃よりも高いと、基材が劣化する場合がある。なお、重合時間としては、所望の導入率(基材に官能基が導入される割合)となるように適宜設定すればよい。
また、基材に対する上記官能基の導入率(重量%)の下限値としては、0.1重量%以上がより好ましく、1重量%以上がさらに好ましい。ここで、導入率とは、基材の単位重量あたりに導入されたシランカップリング剤カップリング剤の重量の割合である。上記導入率が0.1重量%以上であれば、上記基材に、生体適合性を発現することができる十分な量の、ハイドロキシアパタイト焼結体を結合させることができる。一方、上記導入率の上限値としては、特に限定されるものではないが、上記導入率が100重量%よりも高いと、基材に結合するハイドロキシアパタイト焼結体の量が多くなりすぎ、経済的でない場合がある。
なお、基材に、アルコキシシリル基を導入する方法としては、上記説明の方法に限定されるものではなく、種々の方法を用いることができる。また、上記反応条件については、基材、活性基含有化合物およびシランカップリング剤の種類等によって、適宜設定されるものであり、特に限定されるものではない。このようにして、基材の表面に官能基を導入することができる。
ここで、上記アルコキシシリル基を導入する別の方法について説明する。具体的には、アルコキシシリル基を有するシランカップリング剤と、基材とを反応させることにより、基材に、アルコキシシリル基を直接導入する方法である。
まず、上記シランカップリング剤と界面活性剤とを混合しておく。そして、この混合物を基材と開始剤とが含まれている水溶液中に加えて反応させる。これにより、基材にアルコキシシリル基を直接導入することができる。上記方法により、基材にアルコキシル基を導入する場合には、水溶液中で反応させることができるので、アルコキシシリル基が導入された基材の生体に対する安全性をより向上させることができる。
上記アルコキシシリル基を基材に直接導入する方法において用いられる界面活性剤としては、具体的には、例えば、ペンタエチレングリコールドデシルエーテル、ヘキサエチレングリコールモノドデシルエーテル、ノニルフェニルポリオキシエチレン、ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル、ドデシル−β−グルコシド等の非イオン性界面活性剤等が挙げられる。また、上記開始剤としては、具体的には、例えば、過硫酸アンモニウム、過硫酸カリウム(ペルオキソ二酸カリウム)等が挙げられる。また、反応溶媒としては、水、アルコール等が好適に用いられる。
また、上記アルコキシシリル基を直接導入する方法において、使用する界面活性剤の量としては、シランカップリング剤に対して、1.0〜50.0重量%の範囲内がより好ましく、10.0〜25.0重量%の範囲内がさらに好ましい。界面活性剤を上記の範囲内で使用することにより、シランカップリング剤が有するアルコキシシリル基を水やアルコール等から保護することができる。
つまり、上記アルコキシシリル基を直接導入する方法においては、アルコキシシリル基を一時的に界面活性剤で保護しておき、この保護されたアルコキシシリル基と基材とを反応させることにより、基材にアルコキシシリル基を直接導入することができる。
なお、上記アルコキシシリル基を直接導入する方法における、その他の反応条件(例えば、基材に対する添加量)等については、上記官能基がアルコキシシリル基の場合と同様であり、詳細な説明は省略する。
次に、上記官能基がイソシアネート基である場合について説明する。イソシアネート基を末端に有するモノマーと基材と重合させて、基材にイソシアネート基を導入する場合には、イソシアネート基が反応溶媒中の活性水素と反応して失活する恐れがあるために、脱水ジメチルスルホキシド、脱水ジメチルホルムアミド等の脱水溶媒中で反応させることが好ましい。
また、活性水素を有する、水またはアルコール中で、末端にイソシアネート基有するモノマーを基材と反応させる場合には、上記イソシアネート基が上記活性水素と反応するため、イソシアネート基を保護する必要がある。具体的には、例えば、上記イソシアネート基を、フェノール、イミダゾール、オキシム、N−ヒドロキシイミド、アルコール、ラクタム、活性メチレン複合体等のブロック剤を用いて、保護することにより重合を行うことができる。イソシアネート基を保護している上記ブロック剤は、加熱することにより脱離させることができる。従って、イソシアネート基を有するモノマーをブロック剤で保護して、基材と重合させた後に、加熱することにより、基材にイソシアネート基を導入することができる。
上記ブロック剤として、例えば、フェノールを用いた場合、110〜120℃の範囲内で加熱することにより、イソシアネート基を保護しているブロック剤を脱離させることができる。また、ブロック剤として、例えば、イミダゾールを用いた場合には110〜130℃の範囲内、オキシムを用いた場合には130〜150℃の範囲内で加熱することにより、上記ブロック剤を脱離させることができる。上記ブロック剤としては、具体的には、例えば、メチルサリチレート、メチル−p−ヒドロキシベンゾエート等のフェノール含有化合物;イミダゾール;メチルエチルケトキシム、アセトンオキシム等のオキシム含有化合物等が挙げられる。また、基材の種類によっては、例えば、N−ヒドロキシフタルイミド、N−ヒドロキシスクシンイミド等のN−ヒドロキシイミド含有化合物;メトキシプロパノール、エチルヘキサノール、ペントール、エチルラクテート等のアルコール含有化合物;カプロラクタム、ピロリジノン等のラクタム含有化合物;エチルアセトアセテート等の活性メチレン化合物等を使用してもよい。
なお、上記官能基としてイソシアネートを用いた場合における、その他の反応条件(例えば、基材に対する添加量)等については、上記アルコキシシリル基を基材に直接導入する方法の場合と同様であり、詳細な説明は省略する。
また、上記無機化合物が酸化チタンであり、基材にアルコキシシリル基および/またはイソシアネート基を導入する場合には、上記反応条件によって官能基を導入すればよく、詳細な説明は省略する。
(分離工程)
分離工程では、上記導入工程にて官能基が導入された基材粒子と未反応の官能基含有化合物とを分離する。官能基含有化合物は、反応性の高い官能基および基材と反応することができる反応基を有しているので、例えば、官能基同士または反応基同士が反応することがある。つまり、上記導入工程にて使用された官能基含有化合物のうち、一部は、基材粒子に導入されることになり、残りは、反応しないで残ったり、官能基含有化合物同士が反応することがある。つまり、上記導入工程の後、反応溶液(導入工程後の分散液)には、副生成物が存在している。そこで、分離工程では、これら副生生物を分離する。
具体的には、まず、上記反応溶液をフィルター(ろ紙)を用いてろ過する。このとき、使用するフィルター(ろ紙)の目開きとしては、上記基材粒子よりも小さいことが好ましい。また、目開きが一定である定性ろ紙を用いることがより好ましい。これにより、ろ紙上には、官能基が導入された基材が残ることとなる。そして、基材と未反応である官能基含有化合物は、濾液となる。
そして、上記定性ろ紙を用いて濾過する場合、ろ紙の目開きについて、例えば、基材粒子が長軸方向の長さが1cm〜1μmの範囲内であり、短軸方向の長さが1mm〜1nmの範囲内である柱状または球状の粒子形状である場合には、その基材粒子の大きさに応じて設定すればよく、100nm〜10μm程度であればよい。
その後、ろ紙上に残った基材に超音波を照射することにより、高分子化した官能基含有化合物を分離することができる。
なお、上記分離工程は、導入工程にて官能基が導入された基材粒子と未反応の官能基含有化合物とを分離することができればよく、他の方法によって両者を分離することができれば、詳細な方法については特に限定されるものではない。
(反応工程)
反応工程では、上記導入工程および分離工程により、基材に導入された官能基(イソシアネート基および/またはアルコキシシリル基)とハイドロキシアパタイト焼結体とを反応させる。具体的には、ハイドロキシアパタイト焼結体を分散させた分散液に、上記基材を浸漬することにより、基材の表面にハイドロキシアパタイト焼結体を吸着させる。そして、上記表面に吸着したハイドロキシアパタイト焼結体の水酸基と上記官能基とを反応させる。
上記ハイドロキシアパタイト焼結体を分散させる分散媒としては、具体的には、例えば、水;トルエン、ヘキサン等の炭化水素系溶媒;アルコール類;テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル等のエーテル系溶媒;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶媒;等の有機溶媒が挙げられる。上記例示の溶媒のうち、ハイドロキシアパタイト焼結体を良好に分散させる点で、アルコール類が好適に使用される。また、例えば、ヘキサンやトルエン等の炭化水素系溶媒を用いる場合、ハイドロキシアパタイト焼結体を良好に分散させるためには、例えば、(1)スターラー等の攪拌装置で強力に攪拌する、(2)超音波装置を用いて分散させる、(3)上記攪拌装置および超音波装置を併用する、等の方法を用いればよい。
上記分散液の調整において、ハイドロキシアパタイト焼結体の添加量の下限値としては、上記分散媒に対して、0.01重量%以上がより好ましく、0.02重量%以上がさらに好ましく、0.05重量%以上が特に好ましい。上記ハイドロキシアパタイト焼結体の添加量が0.01重量%よりも少ないと、基材の表面に均一にハイドロキシアパタイト焼結体が吸着せず、均一な被覆表面を形成できなくなる場合がある。一方、上記ハイドロキシアパタイト焼結体の添加量の上限値としては、上記分散媒に対して、5.0重量%以下がより好ましく、4.0重量%以下がさらに好ましく、3.0重量%以下が特に好ましい。上記添加量が5.0重量%よりも多い場合には、基材の表面に吸着するハイドロキシアパタイト焼結体の量よりも、分散液に残存するハイドロキシアパタイト焼結体の量が著しく多くなり、経済的でない。
そして、上記ハイドロキシアパタイト焼結体が分散している分散液に、官能基を有する基材を投入する際には、静かに投入することが好ましい。また、基材を投入した後は、分散液を静かに攪拌することがより好ましい。強く攪拌する場合には、ハイドロキシアパタイト焼結体粒子同士が凝集する場合がある。
さらに、基材にハイドロキシアパタイト焼結体を吸着させた後、基材を分散液から分離する。このとき、定性ろ紙を用いて分離することがより好ましい。この定性ろ紙は、上記分離工程で用いた定性ろ紙と同じ目開きであることがさらに好ましい。また、具体的には分離方法としては、まず、分散液の上澄みハイドロキシアパタイト焼結体を一旦、ろ過した後、沈殿した基材を回収することが効率的である。
上記基材の表面に吸着したハイドロキシアパタイト焼結体の水酸基と上記官能基とを反応させる反応温度の下限値としては、25℃以上がより好ましく、50℃以上がさらに好ましく、80℃以上が特に好ましい。上記反応温度が25℃よりも低いと、ハイドロキシアパタイト焼結体と上記官能基とが反応しない場合がある。一方、上記反応温度の上限値としては、200℃以下がより好ましく、175℃以下がさらに好ましく、150℃以下が特に好ましい。上記反応温度が200℃よりも高い場合には、基材が分解する場合がある。
また、基材表面にハイドロキシアパタイト焼結体を吸着させた後で、必要に応じて、真空条件下で反応させてもよい。真空条件下でハイドロキシアパタイト焼結体と官能基とを反応させることにより、より早くハイドロキシアパタイト複合体を製造することができる。なお、真空条件下で反応させる場合、反応を行う圧力としては、0.01mmHg(1.33kPa)〜10mmHg(13.3kPa)の範囲内が好ましい。官能基がアルコキシシリル基である場合、圧力を上記範囲内とすることにより、ハイドロキシアパタイト焼結体の水酸基と官能基であるアルコキシシリル基とを反応させる際に発生するメタノール(エタノール)を除去することができる。また、上記官能基がブロックドイソシアネート基(保護されたイソシアネート基)である場合、圧力を上記範囲内とすることにより、ハイドロキシアパタイト焼結体の水酸基と官能基であるイソシアネート基とを反応させるときに発生するブロック剤(例えば、フェノール、イミダゾール、オキシム等)を効率よく除去することができる。
なお、基材の種類、および、官能基の種類によって、上記導入工程および反応工程の反応条件や溶媒の種類等は適宜変更すればよい。
また、本実施の形態にかかる無機化合物複合体の製造方法は、ハイドロキシアパタイト焼結体と基材とが化学結合を介して結合しているハイドロキシアパタイト複合体の製造方法であって、長軸1cm〜1μm、短軸1mm〜1nmに裁断された基材表面にイソシアネート基、アルコキシシリル基、および 4‐メタクリロキシエチルトリメルリテートアンハイドライド(4META)基からなる群より選ばれる少なくとも一つの官能基を導入する導入工程と、上記導入工程にて合成される、副生成物である上記基材表面と結合していない官能基含有ポリマーと上記基材とを分離する分離工程と、上記基材の官能基と、上記ハイドロキシアパタイト焼結体とを反応させることにより化学結合を形成する反応工程とを含む構成であってもよい。
また、本実施の形体にかかる無機化合物複合体は、上記無機化合物がハイドロキシアパタイト焼結体であり、上記基材が、シルクフィブロインであることがより好ましい。ハイドロキシアパタイト焼結体は、非晶質のハイドロキシアパタイトと比べて、結晶性が高く、例えば、生体内に長期間に渡って埋植することができる。また、ハイドロキシアパタイト焼結体およびシルクフィブロインは、共に生体活性が高いので、これらの複合体であるハイドロキシアパタイト複合体(無機化合物複合体)は、生体適合性が高い。
〔実施の形態2〕
本発明の他の実施の形態について説明すれば、以下の通りである。なお、説明の便宜上、前記実施の形態1にて示した各部材と同一の機能を有する部材には、同一の符号を付記し、その説明を省略する。
本実施の形態では、無機化合物と基材とが、イオン的相互作用によって化学結合している無機化合物複合体について説明する。
本実施の形態における無機化合物複合体において、無機化合物がリン酸カルシウム焼結体であり、当該リン酸カルシウム焼結体と基材とがイオン的相互作用によって化学結合する場合、上記基材の表面には、上記官能基がイオン化されたイオン性官能基が存在している。そして、基材の表面にイオン性官能基が存在している場合には、イオン性官能基とリン酸カルシウム焼結体自体のイオンとがイオン的な相互作用によって化学結合することにより、リン酸カルシウム複合体(無機化合物複合体)を形成することとなる。以下の説明では、上記無機化合物がリン酸カルシウム焼結体の場合について説明する。
上記イオン性官能基は、酸性官能基または塩基性官能基に分類される。
上記酸性官能基としては、具体的には、例えば、−COO−,−SO3 2−,−SO3 −,−O−、R2NC(S)2 −等が挙げられる。また、上記塩基性官能基としては、具体的には、例えば、−NH3+、エチレンジアミン、ピリジン等が挙げられる。つまり、上記基材の表面には、上記例示の、酸性官能基または塩基性官能基が存在している。なお、上記R2NC(S)2 −のRは、アルキル基を示している。
また、上記イオン性官能基としては、酸処理またはアルカリ処理等の化学的処理によりイオン化するものであればよく、具体的には、例えば、カルボキシル基、ジカルボキシル基、ジチオカルバミン酸イオン、アミン、エチレンジアミン、ピリジン等が挙げられる。
なお、上記官能基としては、例えば、該官能基とリン酸カルシウム焼結体自体とが配位結合によって結合することができる、非イオン性官能基(中性官能基)等であってもよい。
上記基材の表面にイオン性官能基を導入する方法としては、例えば、末端にカルボキシル基、ジカルボキシル基または塩基性官能基を有するビニル系重合性単量体を基材にグラフト重合させる方法等が挙げられる。詳細については後述する。
上記イオン的相互作用による結合とは、基材の表面に存在するイオンと、リン酸カルシウム焼結体の表面に存在するイオンとの間で化学的に結合することである。従って、上記イオン的相互作用による結合としては、例えば、イオン結合、配位結合等が挙げられる。また、本実施の形態におけるイオン結合には、イオン結合性と共有結合性との両方が含まれる結合も含むものとする。また、同様に、本実施の形態における配位結合には、配位結合性と共有結合性との両方が含まれる結合も含むものとする。なお、上記イオン結合性または配位結合性と共有結合性との両方が含まれる結合の場合には、イオン結合性または配位結合性が50%以上含まれているものとする。
また、上記イオン的相互作用による結合には、上記に加えて、さらに、水素結合、双極子相互作用、ファン・デル・ワールス力等による結合が含まれていてもよい。
つまり、本実施の形態にかかる無機化合物複合体がリン酸カルシウム複合体である場合には、リン酸カルシウム焼結体と、基材のイオン性官能基との大部分が、イオン結合または配位結合によって結合されている。
ここで、リン酸カルシウムの表面に存在するイオンと、基材の表面に存在するイオン性官能基との関係について説明する。
上記基材の表面に存在するイオン性官能基が塩基性官能基(+の電荷を有する官能基)である場合には、該塩基性官能基と、リン酸カルシウムの表面に存在するリン酸イオンおよび/または水酸化物イオンとが直接化学結合することによりリン酸カルシウム複合体を構成することとなる。
一方、上記基材の表面に存在するイオン性官能基が酸性官能基(−の電荷を有する官能基)である場合には、該酸性官能基と、リン酸カルシウムの表面に存在するカルシウムイオンとが直接化学結合することによりリン酸カルシウム複合体を構成することとなる。
ここで、本実施の形態にかかる無機化合物複合体の製造方法について説明する。なお、上記形成工程、分離工程については、実施の形態と同様であり詳細な説明は省略する。
(導入工程)
リン酸カルシウム焼結体と基材とがイオン的相互作用によって結合した無機化合物複合体の場合、官能基は、後述するイオン化工程により、該官能基自体をイオン化することができるものである。
ここで、基材に官能基を導入する方法の1つとして、官能基を有する官能基含有化合物と基材とを反応させる方法について説明する。なお、基材に官能基を導入する方法は、この方法に限定されるものではなく、種々の方法を採用することができる。なお、以下の説明では、基材としてシルクフィブロインを用い、官能基(イオン性官能基)がカルボキシル基(ジカルボキシル基も含む)である場合について具体的に説明する。
官能基を有する官能基含有化合物としては、末端にカルボキシル基を有する化合物であれば特に限定されるものではないが、カルボキシル基と基材と反応することができる反応基とを有する化合物が好適に使用される。上記官能基含有化合物としては、具体的には、例えば、4−メタクリロキシエチルトリメルリテートアンハイドライド(4-Methacryloxyethyl trimellitate anhydride(以下、4−METAと称する))、コハク酸、無水コハク酸、アクリル酸等が挙げられる。
上記例示の官能基含有化合物のうち、既に歯科用材料として一般的に使用されており、医療用材料として好適に使用することができる点で、4−METAを使用することがより好ましい。
そして、これら、官能基含有化合物と基材とを反応させることにより、基材の表面に官能基を導入する。具体的には、界面活性剤と過酸化系開始剤とを用いて基材からプロトン(水素原子)を引き抜いてラジカルを発生させることにより、上記官能基含有化合物を基材に、直接、グラフト重合させることができる。この方法を用いることにより、基材に上記官能基を、直接、導入することができる。この反応について以下に説明する。
上記界面活性剤としては、具体的には、例えば、ペンタエチレングリコールドデシルエーテル、ヘキサエチレングリコールモノドデシルエーテル、ノニルフェニルポリエチレン、ポリオキシエチレン(10)オクチルフェニルエーテル、ドデシル−β−グルコシド等が挙げられる。
また、過酸化系開始剤としては、具体的には、例えば、ペルオキソ二硫酸アンモニウム、過硫酸カリウム(ペルオキソ二硫酸カリウム)等が挙げられる。
そして、上記基材と、界面活性剤と、過酸化系開始剤と、官能基含有化合物とを、重合溶媒に添加して重合させることにより、基材に官能基を導入することができる。
上記重合溶媒としては、具体的には、例えば、水、メタノール、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等が挙げられる。上記例示の重合溶媒のうち、経済的および医療用材料として使用する場合の安全性の点から、水がより好ましい。
上記反応系における官能基含有化合物の添加量の下限値としては、基材に対して、10重量%以上がより好ましく、50重量%以上がさらに好ましく、100重量%以上が特に好ましい。上記添加量が10重量%よりも少ないと、基材に、十分な量の官能基が導入されない場合がある。一方、上記添加量の上限値としては、基材に対して、500重量%以下がより好ましく、400重量%以下がさらに好ましく、300重量%以下が特に好ましい。上記添加量が500重量%よりも多いと経済的でない。
また、重合温度の下限値としては、30℃以上がより好ましく、35℃以上がさらに好ましく、40℃以上が特に好ましい。上記重合温度が30℃よりも低ければ、重合が十分に起こらず、基材に官能基が導入されない場合がある。一方、重合温度の上限値としては、80℃以下がより好ましく、75℃以下がさらに好ましく、70℃以下が特に好ましい。重合温度が80℃よりも高いと、官能基の導入が進みすぎ、基材が変質する場合がある。また、基材が劣化する場合もある。なお、重合時間は、重合温度等によって変化するが、所望の導入率(基材に官能基が導入される割合)となるように適宜設定すればよい。以上のような条件で重合させることにより、基材に官能基を簡単に導入することができる。
また、基材に対する上記官能基の導入率(重量%)の下限値としては、0.1重量%以上がより好ましく、1.0重量%以上がさらに好ましい。ここで、導入率とは、基材の単位重量あたりに導入された官能基含有化合物の重量の割合である。上記導入率が0.1重量%以上であれば、上記基材に、生体適合性を発現することができる十分な量の、リン酸カルシウム焼結体(無機化合物焼結体)を結合させることができる。一方、上記導入率の上限値としては、特に限定されるものではないが、上記導入率が100重量%よりも高いと、基材に結合するリン酸カルシウム焼結体の量が多くなりすぎ、経済的でない場合がある。
また、上記重合は、窒素雰囲気下で行うことがより好ましい。このようにして、基材の表面に官能基を導入することができる。
また、例えば、上記官能基含有化合物として、コハク酸を用いる場合には、例えば、基材とコハク酸とを還流溶媒中にて還流することにより、基材の表面にカルボキシル基を導入することができる。このとき、還流溶媒としては、具体的には、例えば、脱水ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等の極性溶媒が挙げられる。また、この場合における、基材に対するコハク酸の使用割合は、上記と同様である。
そして、リン酸カルシウム焼結体と基材とをイオン的相互作用によって結合する場合、導入した官能基をイオン化するイオン化工程を行う必要がある。なお、このイオン化工程については、後述する分離工程を行った後に行ってもよく、また、上記導入工程の後(分離工程の前)に行ってもよい。以下にイオン化工程について説明する。
イオン化工程では、基材に導入した官能基をイオン化する。具体的には、例えば、官能基を導入した基材をアルカリ処理または酸処理することにより、官能基をイオン化することができる。
上記官能基がカルボキシル基である場合には、このカルボキシル基を有する基材を、例えば、水酸化カリウム等のアルカリ溶液に浸漬することにより、カルボキシル基をイオン化することができる。
つまり、官能基をアルカリ処理することにより、酸性官能基とすることができる。一方、官能基を酸処理することにより、塩基性官能基とすることができる。
上記アルカリ処理を行う場合には、例えば、水酸化カリウム、水酸化リチウム等の強塩基性の水溶液を用いることがより好ましい。一方、酸処理を行う場合には、例えば、塩酸、硫酸、過塩素酸等の強酸性の水溶液を用いることがより好ましい。このように、イオン化工程を行うことにより、基材の官能基をイオン化することができる。つまり、基材の表面にイオン性官能基を存在させることができる。
(反応工程)
反応工程では、上記イオン化工程により、イオン化されたイオン性官能基とハイドロキシアパタイト焼結体の表面に存在するイオンとを反応させる。具体的には、ハイドロキシアパタイト焼結体を分散させた分散液に、上記基材を浸漬することにより、基材の表面にハイドロキシアパタイト焼結体を吸着させる。そして、上記表面に吸着したハイドロキシアパタイト焼結体の表面に存在するイオン(カルシウムイオン)と上記イオン性官能基(−COO−)とを反応させる。
上記ハイドロキシアパタイト焼結体を分散させる分散媒としては、具体的には、例えば、水、または、トルエン、ヘキサン等の炭化水素系溶媒;アルコール類;テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル等のエーテル系溶媒;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン系溶媒;等の有機溶媒が挙げられる。上記例示の溶媒のうち、ハイドロキシアパタイト焼結体を良好に分散させる点で、アルコール類が好適に使用される。上記例示の分散媒のうち、得られるリン酸カルシウム複合体を医療用材料として使用する場合には、より高い分散性を得るために、アルコール類がより好ましく、アルコール類とトルエンとの混合溶媒が特に好ましい。また、分散液の調整における、ハイドロキシアパタイト焼結体の添加量等については、実施の形態1と同様であり、詳細な説明は省略する。
この反応工程において、イオン性官能基とハイドロキシアパタイト焼結体とを結合させる反応温度としては、特に限定されるものではなく、常温で行うことができる。つまり、本実施の形態では、イオン的な相互作用によって両者を結合させており、従来と比べてより簡単に両者を結合させることができる。
また、基材の種類、および、官能基の種類によって、上記導入工程、イオン化工程および反応工程の反応条件や溶媒の種類等は適宜変更すればよい。
なお、上記の説明では、リン酸カルシウム焼結体としてハイドロキシアパタイト焼結体を用いている例について説明しているが、上記に限定されるものではなく、例えば、リン酸カルシウム焼結体としてβ−トリリン酸カルシウム等を用いた場合でも上記製造方法を用いることにより、好適にリン酸カルシウム複合体を製造することができる。
また、上記の説明では、官能基含有化合物として、カルボキシル基含有化合物について説明しているが、官能基としてはカルボキシル基に限定されるものではない。他の官能基を有する官能基含有化合物としては、具体的には、例えば、−SO3 −、−SO2 −、−O−、等の官能基を有する化合物等が挙げられ、より具体的には、R2NC(S)2 −、NH3 +、ピリジン、+H3N−CH2−CH2−NH3 +等が挙げられる。そして、官能基含有化合物は、基材の種類によって適宜選択すればよい。なお、上記R2NC(S)2 −のRは、アルキル基を示している。
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
以下、実施例および比較例により、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらにより何ら限定されるものではない。また、実施例では、無機化合物としてハイドロキシアパタイト焼結体、基材としてシルクフィブロインを用いた例について説明するが、これに限定されるものではない。
〔実施例1〕
(ハイドロキシアパタイト焼結体の製造方法)
まず、本実施例にかかるハイドロキシアパタイト焼結体の製造方法についた説明する。
連続オイル相としてドデカン、非イオン性界面活性剤として曇天31℃のペンタエチレングリコールドデシルエーテルを用いて、上記非イオン性界面活性剤0.5gを含有している連続オイル層40mlを調整した。次に、上記調整した連続オイル層にCa(OH)2分散水溶液(2.5モル%)を10ml添加した。そして、得られた分散液を十分に撹拌した後、その水/オイル(W/O)乳濁液に1.5モル%のKH2PO4溶液10mlを添加して、反応温度50℃で、24時間撹拌しながら反応させた。得られた反応物を遠心分離により分離することにより、ハイドロキシアパタイトを得た。そして、上記ハイドロキシアパタイトを800℃の条件で、1時間加熱することにより、ハイドロキシアパタイト焼結体の粒子(以下、HAp粒子と称する)を得た。このHAp粒子は、単結晶体であり、長径が150〜400nmであった。
(無機化合物複合体の製造方法)
(導入工程および分離工程)
まず、基材である繊維状のシルクフィブロイン(藤村製糸株式会社製、品名;羽二重、以下、SF繊維と称する)を、長軸方向の平均長さ100μm、短軸方向の平均長さ10μmに切断した。そして、得られたSF繊維(以下、cutSFと称する)をソックスレー抽出器で不揮発成分の抽出・除去を行った(未処理のcutSFを約56℃のアセトン還流条件下で約半日間抽出を行った)。そして得られたcutSFの走査型電子顕微鏡画像を示す図面を図1に示す。
次に、ソックスレー抽出済みのcutSF600mgをドクター試験管に入れた後、そこに、ペルオキソ二硫酸アンモニウム(APS)82mgを純水18mlに溶かしたもの、および、γ−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン(KBE503)1088μlをペンタエチレングリコールドデシルエーテル292μlに加えて十分に撹拌したものを添加した。そして、液体窒素にて凍結、脱気、解凍、窒素置換するという作業を2回繰り返した。
その後、50℃の湯浴で、各々の時間反応させた。具体的には、反応温度50℃で、15分、30分、45分、60分、75分、90分、120分間それぞれ反応を行なった。
その後、反応溶液を、定性濾紙(保留粒子径5μm)を用いて濾過した。これにより、cutSFの表面にアルコキシシリル基が導入されたシルクフィブロイン繊維(濾滓)と、高分子化したKBEおよびシリル基がエステル化した分子(濾液)とを分離した。そして、さらに、高分子化したKBEを分離するために、cutSFの表面にアルコキシシリル基が導入されたシルクフィブロイン繊維をエタノール中で、1分間超音波(出力20kHz、35W)処理し、さらに2時間撹拌しながら洗浄した後、定性濾紙にて濾過した。その後、真空乾燥することにより、末端にアルコキシシリル基を有する高分子鎖をグラフト重合させたシルクフィブロイン繊維、すなわち、アルコキシシリル基導入シルクフィブロイン繊維(以下、KBE−cutSFと称する)を得た。この反応温度50℃で反応させたときに得られたKBE−cutSFの走査型電子顕微鏡画像を示す図面を図2に示す。また、このときの反応時間におけるアルコキシシリル基の導入率を表1および図3に示す。なお、上記導入率は、未処理のcutSFの重量をAg、反応後のcutSFの重量(KBE−cutSF)をBgとして、下式(3)により求めた。
導入率(重量%)=((B−A)/A)×100 ・・・(3)
表1:反応温度50℃における各反応時間のKBEのcutSFへの導入率
(反応工程)
一方、溶媒(トルエン:メタノール=8.6:1)15mlに上記HAp粒子300mgを加え、20秒間超音波処理することで分散させた後、30分〜1時間静置した。
また、HAp粒子を静置している間に、30mlのエレンマイヤーに溶媒(トルエン:メタノール=8.6:1)15mlに、KBE−cutSF約300mgを分散させた。
そして、KBE−cutSFを分散させたエレンマイヤーに、パスツールピペットにて、上記HAp粒子を分散させた上澄み溶媒を静かに移した。その後、1分毎に、KBE−cutSFとHAp粒子とが混合した分散溶媒をスポイドにて静かにかき混ぜた。
そして、上記のかき混ぜ操作を10回繰り返した後、上記定性濾紙にてHAp粒子が吸着したKBE−cutSF(以下、KBE-cutSF-HApと称する)と吸着していないHAp粒子を分離した。具体的には、上澄みのHAp粒子を濾過し、その後に、沈殿したKBE-cutSF-HApを回収した。
その後、分離したKBE-cutSF-HApをエタノール中で、2時間撹拌・洗浄し、1分間超音波処理した後、上記定性濾紙にて濾過した。
そして、濾別したKBE-cutSF-HApを60℃で乾燥後、120℃、1mmHg 、2時間処理した。このようにして合成したKBE-cutSF-HAp(無機化合物複合体)の走査型電子顕微鏡画像を示す図面を図4に示す。また、上記合成したKBE-cutSF-HApのFT−IR(拡散反射法)分析結果は、図5に示すようになった。なお、図5中の(a)はcutSFのFT−IR分析結果であり、(b)はKBE−cutSFのFT−IR分析結果であり、(c)はKBE-cutSF-HApのFT−IR分析結果である。図5(c)において、PO4 3−に帰属される1050cm-1付近に新たな吸収があり、HAp粒子が基材に結合していることがわかる。
(細胞接着試験)
次に、上記実施例1にて得られた、KBE-cutSF-HAp(無機化合物複合体)の細胞接着試験を行った。これについて以下に説明する。
24マルチウェルディッシュに静置した上記KBE-cutSF-HApおよび未処理繊維(SF繊維)に対して、マウス線維芽細胞(L929)をそれぞれ1×106個/ウェルずつ播種した。なお、上記未処理繊維とは、基材のみであり、これは、比較例に相当する。そして、培養液としてα−MEM培地(10%牛血清、50IUペニシリン、50μg/mlストレプトマイシン、2.550μg/mlアンフォテリシンB入り)を用いて、一昼夜、培養を行った。
培養後、上記KBE-cutSF-HApおよび未処理繊維をリン酸緩衝液で十分に洗浄した後、細胞を固定した後、両者を走査型電子顕微鏡にて観察した。具体的には、KBE-cutSF-HApの場合を図6、未処理繊維の場合を図7に示す。この結果より、ハイドロキシアパタイト複合体の場合には、未処理繊維の場合と比較して、細胞接着性が著しく向上していることが分かる。
(動物埋植実験)
KBE-cutSF-HApを動物に埋植した場合の影響を調べた。具体的には、上記KBE-cutSF-HApを用いて経皮端子を作製し、この経皮端子をラットおよびウサギに埋植した場合の影響を調べた。以下に詳細に説明する。
(経皮端子の作製方法)
経皮端子の基材となるシリコンラバーにシリコーン接着剤(GE東芝シリコーン株式会社製、非腐食性速乾性接着シール材、TSE-399)を塗布し、その上から、上記KBE-cutSF-HApを塗すことによりシリコンラバー表面をKBE-cutSF-HApで被覆した経皮端子を作製した。そして、上記実施例1にかかるKBE-cutSF-HApで被覆した経皮端子(基材に対する無機化合物の結合量が12.3重量%の)と、基材に対する無機化合物の結合量が3.5重量%の上記KBE-cutSF-HApで被覆した経皮端子と、SF繊維のみを基材に被覆させた経皮端子と、KBE-cutSF-HApで被覆していない経皮端子(基材のみ)とをそれぞれ、ラット(8週間埋植)およびウサギに埋植(3ヶ月間埋植)し、経過を観察した。ラットに対する実験結果を図8に、ウサギに対する実験結果を図9にそれぞれ示す。なお、図8中、上記実施例1にかかるKBE-cutSF-HApで被覆した経皮端子における実験結果を(a)、基材に対する無機化合物の結合量が3.5重量%の上記KBE-cutSF-HApで被覆した経皮端子における実験結果を(b)、SF繊維のみを基材に被覆させた経皮端子における実験結果を(c)、基材のみの実験結果を(d)で示す。
図8(a)〜(d)から分かるように、実施例1にかかるKBE-cutSF-HApで被覆した経皮端子の場合には、基材のみと比べて、密着性が向上していることがわかる。なお、上記基材のみの場合には、ラットに埋植してから2週間で脱離した。上記結合量が3.5重量%の上記KBE-cutSF-HApとは、SF繊維のみを基材に被覆させた経皮端子とは、埋植後、数週間は、良好な密着性を有していたか、8週間後には、炎症が見られた。なお、上記3.5重量%の上記KBE-cutSF-HApの方がSF繊維のみを基材に被覆させた経皮端子に比べて、炎症が発生した時間は遅かった。また、実施例1にかかるKBE-cutSF-HApは、8週間埋植した後も、炎症は見られなかった。これにより、上記ハイドロキシアパタイト焼結体の上記結合量を5重量%とすることにより、長期間経皮端子を埋植させた場合でも、炎症が見られないことがわかる。
また、図9に示すように、KBE-cutSF-HApで被覆した経皮端子は、皮膚組織に密着し、発赤、炎症等が観察されないことがわかる。
〔比較例1〕
まず、非イオン性界面活性剤であるペンタエチレングリコールドデシルエーテル73mgとKBM323mgとを混合し、試薬を調製した。そして、試験管に上記SF繊維シート50mg蒸留水6mlおよび過硫酸アンモニウム41mgを入れ、その中に上記試薬を加えて攪拌した。次に、上記試験管内を十分に脱気・窒素ガス充填を繰り返した後、封緘した。そして、50℃で所定時間反応させることにより、末端にアルコキシシリル基を有する高分子鎖をグラフト重合させたSF繊維(以下、KBM−SFと称する)を得た。このときの反応時間におけるアルコキシシリル基の導入率(重量%)を表3に示す。なお、上記導入率は、未処理のSF繊維の重量をeg、KBM−SFの重量をfgとして、下式(4)により求めた。
導入率(重量%)=((f−e)/e)×100 ・・・(4)
表2:反応温度50℃における各反応時間のKBEのSFへの導入率
そして、実施例1と同様にして製造したHAp粒子をトルエン:メタノールが体積比8.8:1である混合溶媒に、5mg/mlの割合で分散させ1時間静置した。そして、その中に直径が1.8cmの上記KBM−SFを浸漬させた。そして、上記KBM−SFを取り出して、上記混合溶媒で十分に洗浄した後で、120℃、2時間、カップリング反応を行った。反応後、得られた反応物を蒸留水に浸漬して、プローブ型超音波発生装置(同上)にて、出力20kHz、35Wの条件で3分間処理して、未反応のハイドロキシアパタイト焼結体粒子を除去することにより、本比較例1のシート状ハイドロキシアパタイト複合体を得た。
(基材と結合しているHAp粒子の結合量の比較)
実施例1の無機化合物複合体と、比較例1のシート状ハイドロキシアパタイト複合体とで、基材と結合しているHAp粒子の結合量の比較を熱重量(TG)分析を用いて行った。
TG分析は、熱重量分析計(セイコーインスツルメンツ株式会社製、型式:TG/DTA 6300)を用いて、昇温速度20℃/min、開始温度30℃、終了温度1000℃、サンプル重量15mgの測定条件にて行った。また、測定する試料としては、実施例として、cutSFにKBEを導入する際の反応温度50℃の場合(表3)と、上記反応温度45℃の場合(表4)の場合との2種類の試料を、また、比較例として上記反応温度50℃の場合の試料(表5)を用いた。そして、上記HAp粒子を、官能基が導入された基材が分散している分散液に浸漬させた時間を変えた場合においてそれぞれ結合量(表中の吸着率)を測定した。結果を、表3〜5に示す。
表3:実施例1におけるHAp粒子の吸着率(官能基を導入する際の反応温度50℃)
表4:実施例1におけるHAp粒子の吸着率(官能基を導入する際の反応温度45℃)
表5:比較例1におけるHAp粒子の吸着率(官能基を導入する際の反応温度50℃)
以上の結果より、本発明にかかる無機化合物複合体は、基材における無機化合物の結合量が5重量%以上であることがわかる。換言すると、本発明にかかる無機化合物の製造方法を用いることにより、基材における無機化合物の結合量が5重量%以上である無機化合物複合体を製造することができることがわかる。
〔実施例2〕
まず、実施例1と同じ操作により得られたソックスレー抽出済みのcutSF600mgをドクター試験管に入れた後、そこに、ペルオキソ二硫酸アンモニウム(APS)82mgを純水6mlに溶かしたもの、および、4‐メタクリロキシエチルトリメルリテートアンハイドライド(4META)547.66mgとペンタエチレングリコールドデシルエーテル146μlとをメタノール6mlに加えて十分に撹拌し、完全に溶解させたものを添加した。そして、液体窒素にて凍結、脱気、解凍、窒素置換するという作業を2回繰り返した。
その後、40℃の湯浴で、各々の時間反応させた。具体的には、反応温度40℃で、15分、30分、45分、60分間それぞれ反応を行ない、各々の重合量を秤量した。
その後、反応溶液を、定性濾紙(保留粒子径5μm)を用いて濾過した。これにより、cutSFの表面に酸無水物が導入されたシルクフィブロイン繊維(濾滓)と、高分子化した4META(poly−4META)(濾液)とを分離した。そして、さらに、高分子化した4METAを分離するために、cutSFの表面に酸無水物が導入されたシルクフィブロイン繊維をエタノール中で、3分間超音波(出力20kHz、35W)処理し、さらに2時間撹拌しながら洗浄した後、定性濾紙にて濾過した。その後、真空乾燥することにより、末端に酸無水物を有する高分子鎖をグラフト重合させたシルクフィブロイン繊維、すなわち、酸無水物導入シルクフィブロイン繊維(以下、4META-cutSFと称する)を得た。
このときの反応時間におけるアルコキシシリル基の導入率を表6に示す。なお、導入率については、実施例1と同様に算出した。
表6:反応温度40℃における各反応時間の4METAのcutSFへの導入率
次に、上記4META-cutSF300mgを0.01molのKOH水溶液100mlへ加えて10分間撹拌することにより、酸無水物を開環した。
その後、定性濾紙にて濾別し、2時間エタノールにて撹拌後さらに定性濾紙を用いて分離することにより、4META-cutSFが有する酸無水物が開環しているcutSF-4META-OKを得た。
一方、溶媒(トルエン:メタノール=8.8:1)10mlに上記HAp粒子(粒径300〜400nm)100mgを加え、20秒間超音波処理することで分散させた後、10分〜1時間静置した。そして、静置後のHAp粒子が分散した上澄み溶媒をパスツールピペットにて静かに容器に移した。
その後、上記cutSF-4META-OK約100mgを上記HAp粒子が分散している上澄み溶媒に静かに加えた。その後、1分毎に、cutSF-4META-OKとHAp粒子が混合した分散溶媒をスポイドにて静かにかき混ぜた。
そして、上記のかき混ぜ操作を10回繰り返した後、定性濾紙にてHAp粒子が吸着したcutSF-4META-OKと吸着していないHAp粒子とを分離した。
その後、分離した上記HAp粒子が吸着したcutSF-4META-OKをH2O中で2時間撹拌・洗浄し、1分間超音波処理した後、上記定性濾紙にて濾過した。
そして、濾別したHAp粒子が吸着したcutSF-4META-OKを60℃で乾燥させることにより、本発明にかかる無機複合体(HAp-4META-cutSF)を得た。このようにして合成したHAp-4META-cutSFの走査型電子顕微鏡画像を示す図面を図10に示す。なお図10(b)は(a)の拡大図である。
また、上記合成したHAp-4META-cutSFのFT−IR(拡散反射法)分析結果は、図11に示すようになった。なお、図11の(a)はcutSFのFT−IR分析結果であり、(b)は4META-cutSFのFT−IR分析結果であり、(c)はcutSF-4META-OKのFT−IR分析結果であり、(d)はHAp-4META-cutSFのFT−IR分析結果である。図11(d)において、PO4 3−に帰属される1050cm-1付近に新たな吸収があり、HAp粒子が基材に結合していることがわかる。