本発明の燃料電池に含まれる触媒層は、触媒成分と、炭素材料と、電解質材料を含む混合物で構成され、かつ炭素材料が、触媒成分を担持した触媒担体炭素材料と触媒成分を担持していないガス拡散炭素材料からなることを特徴とする。
本発明における燃料電池の触媒層は、以下の3つの構造の相乗効果として著しく改善した燃料電池性能を発揮することを特徴とする。
即ち、(1)触媒層の構成要素として、触媒を担持した炭素材料と電解質材料に加えて、新たに触媒を担持していない炭素材料を添加し、ガス拡散、水の経路等の物質移動を助けると同時に、炭素材料の撥水性により「湿潤環境を積極的に制御」したこと、(2)細孔等「触媒担体炭素材料の表面構造を最適化」することで触媒の利用率を高めたこと、(3)触媒成分としてN4キレート構造の遷移金属錯体を適用し、かつ、量子化学計算に基づく金属錯体と酸素分子の吸着構造における錯体中心金属に結合する酸素分子のO−O結合距離を最適化することにより金属錯体の酸素還元反応の触媒活性を白金並に高めることに成功し、白金使用量を大幅に削減したこと、である。
以下、上記3つの構造に関し、詳細に説明する。
<触媒層の湿潤環境制御>
本発明の燃料電池に含まれる触媒層に使用される炭素材料の種類は、一般的に存在する電子伝導性を有する炭素材料であれば特に限定するものではないが、本来求められる反応以外の化学反応を起こしたり、凝集水との接触によって炭素材料を構成する物質が溶出するような材料は好ましくなく、化学的に安定な炭素材料が好ましい。
また、炭素材料の一次粒子径は1μm以下が好ましく、これより大きな炭素材料は、粉砕して用いることができる。一次粒子径が1μm超であると、ガス拡散経路やプロトン伝導経路を分断する恐れが高くなる他、触媒層中の炭素材料の分布が不均一になり易く、好ましくない。
好ましい炭素材料としては、カーボンブラックが最も一般的であるが、その他にも種々の原料を炭化、あるいは、黒鉛化して得られる様々な結晶性の炭素材料、黒鉛材料、炭素繊維等やこれらの粉砕物、カーボンナノファイバー、カーボンナノチューブ等の炭素化合物等が使用できる。また、これらの2種類以上を使用することもできる。
本発明の燃料電池に含まれる触媒層の主成分の一つである炭素材料は、触媒担体炭素材料とガス拡散炭素材料に分けることができる。
触媒成分が担持されていない炭素材料、即ち、ガス拡散炭素材料を触媒層中に含ませることによって、触媒層中にガスが拡散できる経路を発達させることができ、アノードであれば水素あるいは水素を主体とした混合ガスが、カソードであれば酸素あるいは空気等が、触媒層中に拡散し易くなり、多くの触媒表面と接触できる。そのため、効率的に触媒層での反応を進行させ、高い電池性能が得られるものである。
本発明の触媒層に使用される触媒担体炭素材料は、供給されるガスの種類に対して効果的な触媒成分が担持できて、電子伝導性が良好な炭素材料であれば、触媒成分や炭素材料の種類を限定するものではない。
触媒成分の例としては、白金、パラジウム、ルテニウム、金、ロジウム、オスミウム、イリジウム等の貴金属、これらの貴金属を2種類以上複合化した貴金属の複合体や合金、貴金属と有機化合物や無機化合物との錯体、遷移金属、遷移金属と有機化合物や無機化合物との錯体、金属酸化物等を挙げることができる。また、これらの2種類以上を複合したもの等も用いることもできる。
触媒担体炭素材料の例としては、カーボンブラックが最も一般的であるが、その他にも種々の原料を炭化、あるいは、黒鉛化して得られる様々な結晶性の炭素材料、黒鉛材料、炭素繊維等やこれらの粉砕物、カーボンナノファイバー、カーボンナノチューブ等の炭素化合物等が使用できる。また、これらの2種類以上を使用することもできる。
触媒担体炭素材料の触媒層中における好ましい含有率は、触媒担体炭素材料やガス拡散炭素材料の種類や含有率、触媒成分の種類や担持率によって影響を受けるので、特定することはできない。5質量%以上80質量%以下の範囲であれば、少なくとも燃料電池が機能し、本発明の効果を得ることができる。より好ましい範囲を例示するならば、10質量%以上60質量%以下である。
この範囲外であると、他の主成分とのバランスが悪くなり、効率の良い燃料電池にならない。例えば、5質量%未満であると、触媒担体炭素材料に担持される触媒成分の量が少なくなり過ぎる。また、例えば、80質量%超であると、電解質材料の量が少なくなり過ぎて、プロトンの伝達経路が貧弱になるため、やはり効率の良い電池にはならない。
さらに、触媒担体炭素材料が、25℃、相対湿度90%における水蒸気吸着量が103.5mL/g以上であると、触媒成分近傍にある電解質が適当な湿潤状態を保ち、プロトン伝導性の低下を防ぐことができるため、カソードの触媒成分上で水があまり生成しない低電流密度放電時にもプロトン伝導抵抗が上昇せず、燃料電池として好ましい状態を維持できる。
また、このような触媒担持炭素材料上では、一般的に担持される触媒成分が微細化され易く、少ない触媒成分量であっても反応表面積が大きくできるため、好ましい。したがって、触媒担持炭素材料は、水に対して濡れ易いほど良く、25℃、相対湿度90%における水蒸気吸着量の好ましい範囲の上限値を限定することはできない。
ただし、炭素材料を触媒担体に使用する限り、水蒸気を吸着できる量には限界が存在するはずなので、仮に25℃、相対湿度90%における水蒸気吸着量の実質的な上限値を例示するならば、高比表面積の活性炭で得られる1500mL/g程度を挙げることができる。
相対湿度90%における水蒸気吸着量が50mL/gより低いと、触媒成分近傍にある電解質が乾き易くなり、プロトン伝導性が低下し易くなるため、好ましくない。また、担持される触媒成分の粒子径も一般的に大きくなりがちで、十分な電池性能を発揮させるためには大量の触媒成分量を必要とするため、好ましくない。
本発明で指標となる25℃、相対湿度90%における水蒸気吸着量は、25℃の環境に置かれた炭素材料1g当りに吸着した水蒸気量を標準状態の水蒸気体積に換算して示した。25℃、相対湿度90%における水蒸気吸着量の測定は、市販の水蒸気吸着量測定装置を用いて測定することができる。あるいは、25℃、相対湿度90%の恒温恒湿槽に乾燥したガス拡散炭素材料を十分な時間静置し、質量変化から測定することもできる。
本発明の触媒層に使用されるガス拡散炭素材料の触媒層中における含有率は、5質量%以上50質量%以下の範囲内にあると、より好ましい。5質量%未満では、ガス拡散経路を十分拡大することができず、ガス拡散炭素材料を含ませる効果が不明確になる。50質量%超では、プロトン伝導経路が貧弱になり、IRドロップが大きくなるため、電池性能が低下する。
使用する炭素材料の種類や形態にもよるが、10質量%以上35質量%以下が最も好ましい。この範囲にあると、プロトン伝導経路と電子伝導経路を損なうことなく、ガス拡散経路を発達させることができる。
特に、ガス拡散炭素材料の25℃、相対湿度90%における水蒸気吸着量が100mL/g以下であると、この効果は顕著である。
ガス拡散炭素材料の25℃、相対湿度90%における水蒸気吸着量が100mL/g以下であれば、大電流放電時に生成する水によるガス拡散経路の閉塞をさらに抑制でき、安定した電圧で電流を取り出すことができる。100mL/g超であると、電流放電時に触媒層中に凝集水が滞り、ガス拡散経路が遮断され易くなり、電圧挙動が不安定になり易くなる。
さらに高い効果を得るためには、表面の水和性が適切な範囲にあるガス拡散炭素材料を用いる。具体的には、25℃、相対湿度90%における水蒸気吸着量が1mL/g以上50mL/g以下である炭素材料を、ガス拡散炭素材料として選択することである。
この範囲内であると、カソードの内部で生成する水が少ない低電流密度放電時においても、カソード中の電解質材料の乾燥を防ぎ、好適な湿潤状態を維持でき、かつ、大電流放電時にも、触媒層内部で生成する水を効率良く触媒層外へ排出し、ガスの拡散経路を確保できるため、低負荷から高負荷まで負荷条件によらず、全域に亘って効率の良い電池を得ることができる。
また、25℃、相対湿度90%における水蒸気吸着量が1mL/g以上50mL/g以下である炭素材料であれば、2種類以上の炭素材料を混合してガス拡散炭素材料として使用することもできる。
25℃、相対湿度90%における水蒸気吸着量が1mL/g未満であると、撥水性が強くなり過ぎて、特に、低電流放電時に触媒層中に共存する電解質材料が好適な湿潤状態を維持し辛くなり、プロトン伝導性が低下する恐れがあるため、ガス拡散炭素材料を添加する効果が低くなることがある。
25℃、相対湿度90%における水蒸気吸着量が50mL/g超になると、大電流を継続的に取り出した時等に触媒層内部で生成する水の排出が追いつかず、ガス拡散経路を遮断してしまう恐れがあるため、ガス拡散炭素材料を添加する効果が低くなることがある。
本発明の燃料電池に含まれる炭素材料、即ち、ガス拡散炭素材料や触媒担体炭素材料水和性の制御は、一般に存在する炭素材料中から水蒸気吸着量を指標に選択することによって達成できる。あるいは、好適な範囲より少ない水蒸気吸着量を持つ炭素材料である場合においても、炭素材料を酸や塩基等で炭素材料表面を処理したり、酸化雰囲気環境に曝したりすることによって、水蒸気吸着量を好適な範囲にまで増加させることができる。
限定するものでは無いが、例えば、加温した濃硝酸中で処理したり、過酸化水素水溶液中に浸漬したり、アンモニア気流中で熱処理したり、加温した水酸化ナトリウム水溶液中に浸漬したり、希薄酸素や希薄NO、あるいはNO2中で加熱処理したりすることによって、水蒸気吸着量を増加させることができる。
逆に、水蒸気吸着量が多過ぎる場合、不活性雰囲気下で焼成することによって、水蒸気吸着量を好適な範囲にまで低下させることもできる。限定するものではないが、アルゴン、窒素、ヘリウム、真空等の雰囲気下で加熱処理することによって、水蒸気吸着量を低下させることができる。
本発明の燃料電池に含まれる触媒層は、使用される電解質膜、電解質材料の種類や形態によらず、効果を発揮するものであって、これらに特に限定されるものではない。
本発明の燃料電池に含まれる触媒層が最も効果を発揮する燃料電池は、触媒層中で水が凝集し易い条件下で作動する燃料電池、例えば、固体高分子形燃料電池等に使用されることが好ましいが、電解質の種類や形態、作動温度等に本発明の触媒層の効果が依存されるものではない。
本発明の燃料電池に使用される電解質膜や触媒層中に使用される電解質材料は、リン酸基、スルホン酸基等を導入した高分子、例えば、パーフルオロスルホン酸ポリマーやベンゼンスルホン酸が導入されたポリマー等を挙げることができるが、これらの高分子に限定するものではなく、無機系、無機−有機ハイブリッド系等のプロトン伝導性の電解質膜を使用した燃料電池に使用することができる。
特に好適な作動温度範囲を例示するならば、常温〜150℃の範囲内で作動する燃料電池が好ましい。また、触媒担体炭素材料と電解質材料の触媒層中での質量比は1/5〜5/1が好ましい。1/5より触媒担体炭素材料が少ないと、過度に触媒表面が電解質材料に覆われてしまい、反応ガスが触媒成分と接触できる面積が小さくなるため好ましくなく、また、5/1より過剰に触媒担体炭素材料が含有すると、電解質材料のネットワークが貧弱になり、プロトン伝導性が低くなるため好ましくない。
本発明の燃料電池に含まれる触媒層の作成方法は、特に限定はしない。例えば、触媒担体炭素材料とガス拡散炭素材料を混合し、これにパーフルオロスルホン酸ポリマーのような電解質を溶解あるいは分散した溶液を加え、必要に応じて水や有機溶媒を加えて、インクを作成する。このインクを膜状に乾燥し、触媒層として用いることができる。
ただし、本発明の燃料電池に含まれる触媒層を効果的に機能させるためには、ガス拡散炭素材料表面にできるだけ電解質材料が接触しないように作成する方法を選択することが好ましい。特に好ましい触媒層作成方法を以下に述べる。
A)触媒を担持した触媒担体炭素材料と電解質材料を電解質材料の良溶媒中で粉砕混合した後に、電解質材料の貧溶媒を加え、電解質材料と触媒を担持した触媒担体炭素材料とをヘテロ凝集させて得られるA液と、触媒成分を担持していないガス拡散炭素材料を電解質材料の貧溶媒中で粉砕して得られるB液を作成し、A液とB液を混合して得られるC液を膜状に乾燥して触媒層とする。
この方法では、触媒を担持した触媒担体炭素材料を電解質材料と共に電解質材料の良溶媒中で粉砕混合すると、大きな凝集体であった触媒を担持した触媒担体炭素材料が微細な凝集体に粉砕され、その表面近傍に電解質材料が溶解して存在している状態になる。
これに電解質材料の貧溶媒を加え、電解質材料を凝集させると、触媒を担持した触媒担体炭素材料と電解質材料粒子がヘテロ凝集を起こし、電解質材料が触媒を担持した触媒担体炭素材料に固定される。
さらに、この溶液に微細なガス拡散炭素材料が添加されると、電解質材料は触媒を担持した触媒担体炭素材料に固定されているため、ガス拡散炭素材料表面が電解質材料によって覆われ難く、ガス拡散炭素材料の表面が本来持ち合わせている表面性状を活かすことができる。特に、表面の水和性を制御したガス拡散炭素材料を使用する場合、この方法は有効である。
B)触媒を担持した触媒担体炭素材料と微量の電解質材料を電解質材料の良溶媒中で粉砕混合した後に、乾燥によって固化し、これに電解質材料の貧溶媒を加え、固形物を粉砕した後、さらに電解質材料が溶解した液を滴下して得られるA液と、触媒成分を担持していないガス拡散炭素材料を電解質材料の貧溶媒中で粉砕して得られるB液を作成し、A液とB液を混合して得られるC液を膜状に乾燥して触媒層とする。
この方法でも、触媒を担持した触媒担体炭素材料を微量の電解質材料と共に電解質材料の良溶媒中で粉砕混合した後に乾燥すると、微量の電解質材料が触媒を担持した触媒担体炭素材料表面に膜状に固定される。これを電解質材料の貧溶媒中で粉砕すると、電解質材料が触媒を担持した触媒担体炭素材料に固定されたまま微粒化する。
さらに、この液に必要十分な電解質溶液を滴下して、電解質材料と電解質材料が僅かに固定された触媒担体炭素材料とが凝集した分散液が生成する。
これに微細なガス拡散炭素材料が添加されると、A)の方法と同様に、電解質材料は、触媒を担持した触媒担体炭素材料表面に固定又は凝集しているため、ガス拡散炭素材料表面が電解質材料によって覆われ難く、ガス拡散炭素材料の表面が本来持ち合わせている表面性状を活かすことができる。この方法も、特に表面の水和性を制御したガス拡散炭素材料を使用する場合に有効である。
これらの触媒層作成方法で使用する電解質材料の良溶媒とは、実質的に使用する電解質材料を溶解する溶媒のことであり、電解質材料の種類や分子量によるため、限定はできない。具体例を例示すれば、市販されているアルドリッチ製5%ナフィオン溶液に含まれるパーフルオロスルホン酸ポリマーの良溶媒としては、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等を挙げることができる。
また、これらの好ましい触媒層作成方法で使用する電解質材料の貧溶媒とは、実質的に使用する電解質材料を溶解しない溶媒のことであり、電解質材料の種類や分子量により、溶媒が異なるため特定することはできない。例えば、市販されているアルドリッチ製5%ナフィオン溶液に含まれるパーフルオロスルホン酸ポリマーの貧溶媒を例示するならば、ヘキサン、トルエン、ベンゼン、酢酸エチル、酢酸ブチル等を挙げることができる。
上述したA)あるいはB)の好ましい触媒層作成方法の中で粉砕あるいは粉砕混合する方法としては、大きな凝集体となっている触媒担体炭素材料やガス拡散炭素材料を粉砕し、少なくとも1μm以下の凝集体に粉砕する目的を果たすことができれば、手段は限定しない。一般的な手法としては、例を挙げるならば、超音波を利用する方法、ボールミルやガラスビーズ等を用いて機械的に粉砕する方法等を挙げることができる。
インクを膜状に乾燥する場合、一般に提案されている方法が適用でき、特に限定しないが、例えば、ガス拡散層であるカーボンペーパー上に塗布し乾燥した後、パーフルオロスルホン酸ポリマーのような電解質膜にホットプレス等で圧着する方法、パーフルオロスルホン酸ポリマーのような電解質膜に塗布後、乾燥する方法、一度テフロン(登録商標)シート等に塗布後、乾燥し、これをパーフルオロスルホン酸ポリマーのような電解質膜にホットプレス等で転写する方法、等が挙げることができる。
<触媒担体炭素材料への活性炭の適用>
本発明者らは、鋭意検討の結果、触媒担体炭素材料として、表面構造を制御した活性炭が優れた特性を発揮することを見出し、本発明に至った。
活性炭を触媒担体に用いることの本質的な効果は、以下の2点と推察している。
1.触媒金属の微粒子を担持させる吸着部位を担体表面に高密度に導入する効果。
2.担体表面と高分子電解質との親和性を高めて高分子電解質の吸着量を増加させる効 果。
上記の効果による具体的性能改善は、以下が期待される。即ち、1.の吸着部位の増加により、担持する触媒金属の微粒子化と触媒金属微粒子の高密度担持が期待される。
吸着部位は、活性炭表面の細孔と推察される。炭素担体を分散した水に触媒金属の前駆体化合物(例えば、塩化白金酸)水溶液と還元剤(例えば、水素化ホウ素カリウム等)水溶液とを投入して前駆体の還元と担体への担持を同時に進める場合には、担持金属微粒子の粒子サイズは、担体への吸着確率と粒子成長の競争反応で決定される。
この吸着確率を支配するのが担体の表面の吸着部位の表面密度であり、高い表面密度により還元された触媒金属微粒子はより小さい粒子サイズの状態で吸着される。
また、吸着部位の表面密度が高いと、高密度に触媒金属微粒子を担持させる際に、既に吸着した触媒微粒子の上に、さらに別の触媒微粒子が吸着・合体して、粒子が粗大化する確率を減らすことができ、結果として、高密度に微細な触媒金属微粒子を担持することが可能となる。
触媒金属を微粒子化することにより、触媒金属の単位質量当りの面積が増大し、その結果、同一触媒金属質量であれば、有効な触媒反応面積が拡大するために電極の出力電圧が高まり、あるいは、同一出力電圧を得るために必要な触媒金属質量を減らすことができる。
また、高密度に触媒金属微粒子を担持する、即ち、触媒金属の(質量)担持率を高めることが可能となると、同一の触媒金属質量であれば、それだけ触媒層の厚みを薄くすることができる。触媒層の薄膜化は、ガス拡散径路の短距離化、即ち、物質移動抵抗の軽減に繋がり、その結果、電極反応における物質移動抵抗を小さくすることができる。
他方、2.の担体表面と高分子電解質との親和性を高めることができれば、担体上に担持された触媒金属微粒子と電解質高分子とが接触する割合が高まり、即ち、触媒反応の有効な表面積を拡大することが可能となる。
これにより、同一の触媒金属質量であれば、有効な触媒反応面積が拡大するために電極の出力電圧が高まり、あるいは、同一の出力電圧を得るために必要な触媒金属質量を減らすことができる。
これら上述の触媒担体効果を発現させるために最適な活性炭の表面構造を記述する指標として、本発明者らが鋭意検討した結果、以下の指標が最適であると判明した。即ち、比表面積(全比表面積)、直径2nm以下の孔として定義されるミクロ孔の比表面積、ミクロ孔の平均直径、酸素含有量、DBP吸油量と言った指標が最適である。
基本的に炭素担体に高密度に触媒金属微粒子を担持させるには、ある程度以上の大きな比表面積が要求される。それを具体的に表すと、SBET≧1500m2/gである。ここに、SBETは、窒素ガスの液体窒素温度での等温吸着線の測定からBET法により求めた比表面積値である。
SBETが1500m2/g未満では、一般に高性能触媒に要求される「直径3nm以下の触媒金属微粒子を50質量%以上に担持する」ことは困難である。より好ましくは、SBET≧1600m2/gである。比表面積の上限は、特に限定されないが、炭素材料の比表面積として実際は4000m2/g以下である。
一般的にバルク金属の示す触媒活性を維持し、かつ、質量当りの比活性が最大となる最も小さい粒子径は、直径1〜3nmと言われているが、このような大きさの触媒金属の吸着部位となるのはミクロ孔と推定されるので、比表面積の大半はミクロ孔によるものでなければならない。これを具体的に表現したのが、直径2nm以下のミクロ孔表面積Smicro(m2/g)の全細孔面積Stotal(m2/g)に対する比率が、Smicro/Stotal≧0.5である。より好ましくはSmicro/Stotal≧0.6、更に好ましくはSmicro/Stotal≧0.7である。
また、ミクロ孔の表面積が全表面積を上回ることはあり得ないので、Smicro/Stotal≦1である。Smicro/Stotal<0.5では、吸着部位の密度が低く、触媒の微粒子化と触媒金属微粒子の高密度担持には適さない。
担持する触媒金属微粒子が上記のように1〜3nmで効率良く担持されるための吸着部位とするためには、活性炭の細孔の直径を規定する必要がある。鋭意検討の結果、ミクロ孔の平均直径が、0.7nm以上1.5nm以下であることが好ましく、より好ましくは、0.8nm以上1.4nm以下である。
0.7nm未満では孔径が小さ過ぎるために、1〜3nmの触媒金属微粒子に対する吸着部位としての機能が損なわれてしまい、触媒金属微粒子を担持することができない。また、1.5nmを超える平均直径のミクロ孔では、触媒金属微粒子が細孔内に埋没してしまい、反応に有効な表面積が減少してしまうため、本発明には適さない。
なお、比表面積(全比表面積)、直径2nm以下の孔として定義されるミクロ孔の比表面積、ミクロ孔の平均直径は、何れも窒素ガスの液体窒素温度における等温吸着線から算出されるものである。ミクロ孔の平均直径は、2×Vmicro/Smicroにより算出した値を用いた。
これは、スリット状の細孔を想定した際のスリット間隔距離を細孔の直径として算出するものである。Smicro、Stotal、Vmicroは、何れもt−プロット解析(日本化学会編、コロイド化学I、(株)東京化学同人、1995年発行)により算出される値を用いた。
一般に、活性炭は、その製造方法に応じて、酸素が活性炭の細孔表面に種々の化学的形態で導入される。例示するならば、カルボキシル基、水酸基、キノン型酸素、ラクトン環、環状エーテル等である。
本発明者らが鋭意検討した結果、酸素含有量が多過ぎると、触媒金属微粒子の吸着部位としての機能が低下し、また、触媒金属微粒子の粗大化が促進されることが判明した。最適な酸素含有量の範囲は、5質量%以下であり、より好ましくは4質量%以下である。活性炭の酸素含有量が5質量%を超えると、触媒の寿命が低下するため、本発明には適用することができない。
酸素含有量の下限値は、特になく、殆ど含有する酸素が無くても、良好な触媒特性を示す。酸素含有官能基の種類は、特に限定されるものではない。
前述の酸素含有量の制御と活性炭表面のミクロ孔の直径の制御の組み合わせにより、燃料電池運転に伴う所謂触媒の劣化を抑制することが可能であることも、本発明の活性炭を触媒担体炭素材料に用いることの大きな利点である。
劣化抑制の機構は明確でないが、活性炭の細孔内壁を形成するエッジ炭素と触媒金属微粒子との相互作用が、通常の炭素担体と触媒微粒子の相互作用に比較して強いために、触媒金属微粒子の電子状態が改善され、その結果として微粒子表面からの金属成分の溶出が抑制され、触媒寿命が長期化されるものと推察される。
本発明の規定する活性炭を担体に用い、前述の触媒金属微粒子の微細化・高密度化、並びに、高分子電解質との親和力の向上が得られたとしても、この触媒に期待される特性を固体高分子電解質形燃料電池の電極として発現させるためには、ガス電極の具備すべき特性であるガス拡散性、即ち、多孔質電極に仕立てられなければならない。
このための紛体の物性として、本発明において規定するのがDBP吸油量である。DBP吸油量は、所定量の乾燥したカーボンを混練しながら、ジブチルフタレート(DBP)を滴下し、滴下量と混練トルクの関係を調べるもので、カーボンがDBPで濡れてきて、全ての紛体間がDBPで接触し、混練のトルクが上昇した際の滴下DBP量をDBP吸油量と定義するものである。
即ち、DBP吸油量は、粉末粒子が凝集した際に、粉末粒子1個が収容することができる液体量の平均的な値に相当する。
活性炭の場合には、粒子表面から内部へ向かう細孔が液体の吸収に寄与するために、真の粒子間の収容容積に対して、細孔容積に応じて大きめのDBP吸油量が観測されるが、第一次近似としては、粒子間の空隙に対する大まかな尺度となる。
本発明の活性炭を担体として適用するに当たって鋭意検討の結果、DBP吸油量が30mL/100g以上、好ましくは50mL/100g以上の活性炭が優れた電極特性を発揮することを見出した。DBP吸油量が30mL/100g以下では、ガス拡散速度が電極反応に対して追いつかず、その結果、ガス拡散抵抗により出力電圧が低下し、本発明には適用することができない。
また、DBP吸油量が1000mL/100gを超える場合には、電極の嵩密度が小さくなり過ぎるために、所定の触媒金属量を得るための電極の厚さが厚くなり過ぎ、その結果、電極内のガス拡散抵抗が増大し、出力電圧が低下してしまう。二次集合体の場合には、一次粒子が上述の粒子形状の条件を満たすことが好ましい。
(活性炭の粒子形状)
本発明の活性炭の形状は、上記の指標を満たすものであれば、特に限定されるものではない。例示するならば、微細な粒子形状、微細な直径の繊維形状、あるいは、微細な粒子が結合した二次集合体であってもよい。
粒子形状の活性炭の場合、粒子サイズには最適な範囲が指定される。本発明者らが鋭意検討した結果、具体的には、10nm以上1μm以下の平均粒子直径が本発明には好適であることが判明した。より好ましくは、20nm以上800nm以下である。10nmよりも小さい直径の粒子では、実質的に2nm以下の直径の細孔を導入するのが非常に困難である。
また、1μmを超える直径の粒子では、担体の単位質量当りの表面積が小さ過ぎて、高密度に触媒金属微粒子を担持することができない。活性炭が繊維状形態の場合には、繊維を砕いた粉末形状で使用するのが好ましい。
繊維の直径は、粒子の場合の直径に等しく、10nm以上1μm以下の平均粒子直径が本発明には好適であることが判明した。より好ましくは、20nm以上500nm以下である。さらに、繊維を粉砕した場合には、アスペクト比(繊維長/繊維直径)が100以下、より好ましくは50以下の粉体を本発明に好適に使用できる。
アスペクト比が100を超える場合には、電極の嵩密度が小さくなり過ぎて、必要な白金量を得るための触媒層の厚みが厚くなり過ぎて、電極反応の不均一を招き、性能が低下してしまう。
(活性炭の製造方法・炭素原料)
本発明において規定する活性炭は、本発明にて規定する指標を満たすものであれば、その製造方法、炭素原料を制限するものではない。
活性炭の製造方法を例示するならば、賦活処理方法として、水蒸気、炭酸ガス等を含有した不活性雰囲気中で600℃〜1200℃の温度で数時間処理することにより炭素材料に細孔を導入する方法、あるいは、アルカリ金属の水酸化物、炭酸塩を賦活処理剤として用い炭素原料粉末と混合し、不活性雰囲気中500℃〜1100℃の温度で数時間処理することにより炭素材料に細孔を導入する方法を適用することが可能である。
本発明の活性炭の炭素原料は、特に限定されるものではない。炭素原料を具体的に例示するならば、石油系コークス、石炭系コークス、フェノール樹脂、フラン樹脂等を好適に用いることができる。
<触媒担体炭素材料の表面構造・立体構造の最適化>
本発明者らは鋭意検討の結果、触媒担体炭素材料として、表面構造を制御し、同時に、炭素材料の立体的な構造を制御することで優れた触媒性能を発現させ得ることを見出した。具体的には、直径2nm以下のミクロ孔容積が0.1mL/g以上であることが好ましく、さらには、0.3mL/g以上であることが好ましい。
これは、極微細な2nm以下の細孔が貴金属微粒子の吸着サイトとして機能するためであり、貴金属微粒子の高分散化に必要な条件である。
細孔容積が0.1mL/g未満であると、触媒層中に含まれる触媒金属と触媒担体炭素材料の内、触媒金属の比率が20質量%以下であれば、触媒金属微粒子を2nm程度の粒子径で均一に分散させることが可能な炭素材料もあるが、触媒成分の比率が20質量%超では、触媒金属微粒子を均一に高分散させることが困難になる。但し、2nm以下の細孔容積は通常2mL/g以下であり、これを超える炭素材料を得ることは困難である。
さらに、極微細な2nm以下の細孔の機能として、電解質材料との親和性を高める効果が挙げられる。燃料電池として効率的に機能するためには、水素酸化、もしくは、酸素還元が起きる触媒、電子伝導に寄与する炭素材料、そして、プロトン伝導に寄与する電解質材料の3つが接する場所を数多く作ることが必要である。
と言うのは、水素酸化によって生成されるプロトンと電子は、それぞれ電解質材料と電子伝導性炭素材料が近傍に存在しない限り有効に使われず、酸素還元は、3重点のところでしか起こり得ないからである。
極微細な2nm以下の細孔の容積が0.1mL/g以上であると、電解質材料との親和性が高まり、電解質材料が触媒担体炭素材料の表面に均一に広がるため、触媒金属の利用率を高めることが可能になる。
一方、2nm以下の細孔の容積が0.1mL/g未満の場合には、電解質材料が触媒担体炭素材料の表面に均一に広がらないため、触媒金属微粒子が触媒担体炭素材料の表面に高分散していたとしても、有効に使われる触媒金属微粒子は限られてしまい、結果として、効率的な電池を得ることができない。
同様に、触媒金属微粒子を2nm程度の粒子径で均一に高分散させるためには、触媒層に含まれる触媒担体炭素材料のBET法による比表面積が500m2/g以上であることが好ましく、さらには、800m2/g以上であることが望ましい。但し、BET法による比表面積は通常2500m2/g以下であり、これを超える炭素材料を得ることは困難である。
ストラクチャーが発達することによって、ガス拡散や生成水除去のためのネットワークが生成され、高電流を取り出したときにもフラッディングが起こり難くなる。そのためには、触媒担体炭素材料のDBP吸油量が300mL/100g以上であることが好ましく、さらには、400mL/100g以上であることがより好ましい。
但し、DBP吸油量が1000mL/100gを超えると、電極の嵩密度が小さくなり過ぎるために、所定の触媒金属量を得るための電極の厚さが厚くなり過ぎ、その結果、電極内のガス拡散抵抗が増大し、出力電圧が低下してしまう。
(触媒金属の種類)
本発明に用いる触媒成分は、特にその種類を限定するものではない。例示するならば、白金、パラジウム、ルテニウム、金、ロジウム、オスミウム、イリジウム等の貴金属、これらの貴金属を2種類以上複合化した貴金属の複合体や、合金、貴金属と有機化合物や無機化合物との錯体、遷移金属、遷移金属と有機化合物や無機化合物との錯体、金属酸化物等を挙げることができる。また、これらの2種類以上を複合したもの等も用いることもできる。
(担持率)
触媒成分の担体上への担持率は、1質量%以上100質量%以下が好ましく、5質量%以上90質量%以下がより一層好ましい。1質量%未満では、実用上必要な出力電圧を得るための触媒層の厚さが厚くなり過ぎるために、過電圧が大きくなってしまう。
また、100質量%を超える担持率では、触媒層が薄過ぎるため、大電流密度の負荷運転時に正極で生成する水によるガス拡散孔の閉塞を生じ易く、安定した燃料電池の運転に支障をきたしてしまう。
(触媒金属微粒子の担持方法)
本発明において規定する活性炭は、その高密度な吸着部位により触媒金属の微粒子化と高密度担持を達成するものであり、触媒金属微粒子の担持方法を特に制限するものではない。
触媒金属の担持方法を具体的に示すならば、適当な媒体中で還元剤と塩化白金酸とを混合し、白金微粒子のコロイドを生成する。コロイドの安定化のために、例えば、ポリビニルアルコール等の高分子のコロイド保護剤等を系に添加することも可能である。
このようにして作製した白金微粒子コロイドに担体である活性炭を入れて攪拌することにより、白金コロイドを担体上に吸着させることが可能である。その他、白金前駆体として塩化白金酸を活性炭に担持した後に水素雰囲気中で熱処理することにより、白金微粒子を活性炭上に担持することも可能である。
<金属錯体触媒>
本発明において、「触媒層の湿潤環境制御」、「担体炭素材料の構造制御」に加え、さらに貴金属触媒成分の使用量の低減、即ち、コスト削減に寄与する技術が、触媒成分としてN4キレート型の金属錯体を含有させる技術である。
燃料電池、特に固体高分子形燃料電池においては、触媒は強酸性の電解質環境下で触媒作用の発現が求められるので、触媒には酸性環境下での化学的安定性が必須要件となる。酸素還元反応活性が高い種々の金属錯体の中で、鋭意検討の結果、N4キレート構造を持つ金属錯体が最も化学的安定性が高く、本発明に好適に使用することができる。
N4キレート構造以外の環状化合物錯体の場合には、初期の触媒活性が高くとも、燃料電池の連続運転に伴い、錯体中心の金属成分の溶出を生じ、その結果、活性は経時的に低下してしまう。
さらに好ましくは、N4キレート構造であり、かつ中心金属に結合するN原子の内少なくとも2個以上がイミン型の金属錯体である。イミン型結合を採ることで、中心金属成分の化学的安定性がより一層高められ、本発明には好適である。
本発明の白金を代替する金属錯体において本質的に重要なことは、
(a)単独の触媒活性が高い金属錯体を用いること、
(b)金属錯体と貴金属とを共存させて触媒作用を発現させること、
(c)前述の触媒機能を充分に発現させるため、触媒を担体として炭素材料に担持させ ること、
の3点である。
金属錯体による酸素還元反応は、酸素分子が金属錯体の中心に位置する金属原子に吸着することから始まる。
特に、中心金属が遷移金属の場合に安定な吸着状態が得られ、本発明に好適である。遷移金属が好ましい理由は、酸素分子の結合性軌道から吸着サイトの遷移金属原子の空のs軌道への電荷移動(donation)と、遷移金属原子のd軌道から酸素分子の反結合性軌道への電荷移動(backdonation)が同時に起こるためである(小林久芳、山口克、表面、Vol. 23, p. 311(1985))。
本発明者らが鋭意検討の結果、遷移金属の中でも、特に、周期律表第V族、第VI族、第VII族、又は第VIII族の遷移金属元素が好ましいことが判明した。
その理由は、必ずしも明確でないが、遷移金属のN4キレート錯体としての安定性から、金属原子は2価を安定状態として採る必要があり、さらに、酸素還元反応過程において、金属元素は、高酸化状態、即ち、3価以上の高価数状態への遷移が必要であり、この2つの条件から、周期律表第V族、第VI族、第VII族、又は第VIII族の遷移金属が優れた特性を発揮するものと推察される。
金属錯体が高い酸素還元活性を有するには、上記2種類の電荷移動の中でも、特にbackdonationの起こり易さが重要である。即ち、酸素分子の電子密度が増加すれば、プロトンに対する親和性が増大し、かつ、酸素分子の反結合性軌道に電子が流入することにより、酸素原子間の結合が弱まるので、O−O結合の切断を伴う4電子還元反応も起こり易くなるからである。
したがって、金属原子から酸素分子へのbackdonationの度合いを表す指標である酸素分子のO−O結合距離を計算することによって、酸素還元反応の活性を推定することが可能である。これらの計算は、非経験的分子軌道法や密度汎関数法等の計算方法を用いて行うことができるが、計算が比較的容易で、かつ、高い計算精度が得られる点で密度汎関数法が有効であり、この密度汎関数法としてはB3LYP法を始めとする各種の方法が採用されている。
そこで、本発明者らは、B3LYP法の計算結果が、実際の触媒活性と相関性があるか否かを検討した。全ての計算は、Gaussian98プログラムを用いて行った。用いた基底関数は、典型元素に対して6−31G基底関数であり、金属元素に対して”gaussian basis sets for molecular calculations”, S. Hujinaga(eds.), Elsevier (1984)に記載の(14s8p5d)/[5s3p2d]である。
先ず、ジベンゾテトラアザアヌレンのコバルト(II)錯体(略号CoDTAA)、5,10,15,20−テトラキス−(4−メトキシフェニル)ポルフィリンのコバルト(II)錯体(略号CoTMPP)、5,10,15,20−テトラフェニルポルフィリンのコバルト(II)錯体(略号CoTPP)、フタロシアニンのコバルト(II)錯体(略号CoPc)と、酸素分子の吸着構造をB3LYP法で計算した。
その結果、それらのO−O結合距離は、それぞれ0.1305nm、0.1288nm、0.1287nm、0.1254nmであることが判明した。
また、CoTMPP、CoTPP、CoPcをカーボンブラック(ライオン(株)社製ケッチェンブラック EC600JD)上に担持し、未熱処理で回転ディスク電極を用いて、電流−電圧特性を測定した。飽和電流値の半分の電流値のときの電位(飽和甘汞電極(SCE)基準)を比較すると、それらは、それぞれ、0.119V、0.083V、0.075Vであった。
また、文献(H. Jahnke et al., Top. Corr. Chem., Vol.1, p.133 (1976))によれば、CoDTAAはCoTMPPより、さらに高活性であることが報告されている。したがって、以上の検討により、計算で求めたO−O結合距離と酸素還元触媒活性に相関性があることが判明した。
そこで、本発明者らは、さらに酸素還元触媒活性の優れた金属錯体の構造を、吸着酸素分子のO−O結合距離を計算することによって種々検討を行った。その結果、(式3)、(式4)に示す金属錯体について、酸素吸着構造におけるO−O結合距離は、それぞれ、0.1320nm、0.1316nmと計算され、いずれもCoDTAAの場合よりさらに長くなっており、(式3)、(式4)の大環状化合物錯体は、CoDTAA以上の触媒活性を有することが判明した。
他方、金属錯体の中心金属原子は、酸素還元時に高酸化状態へ移行しており、次の反応サイクルにおける触媒能を回復するには、中心金属原子が低酸化状態へ還元される必要がある。この還元反応は、錯体配位子の電子吸引性が強いほど容易に進行する。
それに対して、前述の吸着酸素分子のO−O結合距離は、金属原子から酸素分子へのbackdonationが強いほど、即ち、配位子の電子供与性が強いほど長くなる傾向がある。
以上の点を考慮すると、吸着酸素分子のO−O結合距離が長過ぎる場合は、中心金属の還元反応が困難となる恐れがあるため、前述のO−O結合距離は、0.136nm以下であることが好ましい。
本発明で好適に使用される金属錯体の配位子としては、(一般式1)、(一般式2)で示した配位子が例示できる。ここで、R1〜R24で示される置換基は、水素又は置換基であって、置換基としては、同じであっても異なっていてもよく、置換・非置換のアルキル基、アリール基等を例示できる。
アルキル基としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、i−プロピル基、メトキシ基、エトキシ基等が例示できる。アルキル基は、二つのアルキル基が環状になっていてもよく、例えば、R1とR2のアルキル置換基が閉環して、シクロヘキシル環を形成した化合物を例示できる。
具体的な配位子としては、5,7,12,14−テトラメチル−1,4,8,11−テトラアザシクロテトラデカ−2,4,6,9,11,13−ヘキサエン、5,7,12,14−テトラメチル−1,4,8,11−テトラアザシクロテトラデカ−4,6,11,13−テトラエン等を例示できる。
アリール基としては、フェニル基、アルキル置換のフェニル基等を例示できる。具体的な配位子としては、6,13−ジフェニル−1,4,8,11−テトラアザシクロテトラデカ−2,4,6,9,11,13−ヘキサエン等を例示できる。
これらの配位子の中では、アルキル基が置換した化合物が容易に合成できるため、好ましい。
また、遷移金属元素の種類によっても触媒活性は変化する。本発明者が鋭意検討した結果、配位子の種類に依存せず高い活性を示すのが、Co又はFeの一方又は双方であり、本発明に好適に使用することができる。
本発明における金属錯体の担持量は、金属元素の担持量として2質量%以下が好ましく、更に好ましくは1質量%以下である。2質量%を越えて担持すると、金属錯体の触媒作用が相対的に強くなり、貴金属との共存による触媒活性の増加幅が小さくなってしまう。また、触媒としての機能を発現するため、金属錯体の担持量は、金属元素の担持量として0.01質量%以上が好ましく、更に好ましくは、0.05質量%以上である。
本発明における金属錯体と貴金属とが共存した複合触媒は、後述の実施例にその具体例を示すように、各々単独の触媒活性よりも共存した状態の方が、触媒活性が高いと言う実験事実に基づくものである。
その理論的な解釈は未確定であるが、例えば、貴金属上での4電子還元反応と共に、金属錯体上での2電子反応に引き続き、貴金属上でさらに2電子還元反応を生じる等、2つの還元反応パスにより酸素還元反応が行われるために、各々単独の場合よりも共存した場合の方が、触媒活性が促進されると推察される。
本発明に用いる貴金属は、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金、及び、これらを主成分とする合金を指す。触媒活性の高さから、本発明では、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金、及び、これらを主成分とする合金の適用が好ましい。白金を主成分とした合金の適用がさらに好ましい。
他の貴金属は、白金に比較して触媒活性が低く、金属錯体との共存による触媒活性向上は認められるが、その改善幅は小さい。
本発明の金属錯体触媒と共存させる貴金属の担持量は、50質量%以下が好ましい。50質量%を越えて担持すると、貴金属単独の触媒作用が相対的に強くなり、金属錯体との共存による触媒活性の増加幅が小さくなってしまう。
さらに、触媒のコストと言う観点も考慮すると、貴金属の担持量は40質量%以下がより一層好ましい。また、触媒としての機能を発現するため、貴金属の担持量は、1質量%以上が好ましく、さらに好ましくは、2質量%以上である。
また、本発明における金属錯体触媒の機能を充分に発揮させるには、金属錯体触媒を炭素材料に担持させることが本質的に重要である。本発明において規定する触媒の触媒活性の本質は、炭素材料の表面と金属錯体とのπ電子を通じた相互作用と推察される。
そこで、このπ電子相互作用をより強くすることを狙って、触媒の調整方法を鋭意検討した結果、炭素粉末の表面に金属錯体と貴金属とを担持させた後に、非酸化性雰囲気中で500℃〜1100℃の温度で熱処理することにより、高活性な触媒を調製し得ることを見出した。
ここで、酸化性雰囲気で処理すると、炭素担体と金属錯体の酸化消耗が発生し、触媒活性を消失することになる。また、700℃未満の温度での熱処理では、炭素担体と金属錯体とのπ電子相互作用が充分でなく、触媒活性が発現しない。
他方、1100℃を越える温度での熱処理は、金属錯体の熱的分解を生じるために、触媒活性を消失することになる。この触媒調製法は、金属錯体のみを炭素担体に担持した場合、また、金属錯体と貴金属触媒とを共存させた複合触媒系においても同様に有効である。
金属錯体、あるいは、金属錯体と貴金属の共存系による触媒活性の向上には、触媒の担体である炭素材料の表面積が大きいことが好ましい。触媒担体の効果は、単なる反応の場を広くすると言う物理的効果だけでなく、金属錯体に対する化学的な相互作用を通じた触媒作用の活性化が推察される。
前述の通り、金属錯体の触媒反応プロセスにおいて、中心金属原子の還元による触媒機能の回復は、金属原子に対してキレート結合している配位子からの電子移動によって達成される。そして、配位子から金属原子への電子移動をさらに容易にするのが、巨大なπ電子系を形成する炭素材料の担体である。
担体炭素材料の表面積は、鋭意検討の結果、窒素ガスの吸着等温線のBET式評価により求められる比表面積(BET比表面積:SBET)が適当な指標であることが分かった。その具体的数値範囲は、500m2/g以上である。500m2/g未満では、触媒活性を増幅させると推察される炭素表面の凹凸、微細孔による炭素網面の欠陥、エッジ部分の量が不十分であり、触媒活性の向上は発現しない。
他方、3000m2/g以上にまで表面積を大きくすると、炭素内部に深く入り込んだ微細孔が形成され、その微細孔の内部表面が反応場全体に占める比率が高くなるため、酸素の拡散等の物質移動が律速となり、実際の触媒反応の場にはなり得ず、触媒活性はかえって劣化してしまい、本発明には好ましくないことがある。
本発明における金属錯体、あるいは、金属触媒と貴金属触媒の共存系触媒の担体として用いられる炭素担体は、触媒である遷移金属錯体を高密度に担持するために、微粒子粉末の形状であることが望ましい。最適な粒子径は、平均直径が10nm以上1μm以下である。
カーボンブラックのように最小単位である粒子がそもそもアグリゲート構造のような二次構造を有する場合には、前記平均直径は1次粒子の直径とする。平均直径が10nm未満では、実質的に2nm以下のミクロ孔を担体表面に導入することが困難であり、平均直径が1μmを超えると、触媒反応に有効な表面積を確保するための電極層の厚みが増すために、ガスの拡散抵抗が大きくなって、燃料電池としての性能が低下してしまう。
<炭素材料の水蒸気吸着量測定>
触媒層に含有させる炭素材料として、水蒸気吸着量が異なるカーボンブラックA、B、C、D、E、Fの計6種類を用意した。B、D及びEは市販のカーボンブラックで、AとCはそれぞれBとDをアルゴン中で加熱処理したものである。また、FはEを加温した濃硝酸中で処理した後、水洗し乾燥したものである。
これらカーボンブラックの水蒸気吸着量は、定容量式水蒸気吸着装置(日本ベル製、BELSORP18)を用いて測定し、120℃、1Pa以下で2時間脱気前処理を行った試料を25℃の恒温中に保持し、真空状態から、25℃における水蒸気の飽和蒸気圧までの間、徐々に水蒸気を供給して段階的に相対湿度を変化させ、試料に吸着した水蒸気量を測定した。
得られた測定結果から吸着等温線を描き、図から相対湿度90%の時の水蒸気吸着量を読み取った。その結果を表1に示した。なお、水蒸気吸着量は、試料1g当り吸着した水蒸気量を標準状態の水蒸気体積に換算して示した。
また、表1には、本発明で規定する物性値も合わせて示した。以下にその測定法を記す。
窒素ガスの吸着等温測定から、BET法による比表面積SBET、tプロット解析により求めたミクロ孔(直径2nm以下の細孔)の面積Smicroと全表面積Stotal、ミクロ孔容積Vmicro、酸素含有量の元素分析値である。ガス吸着測定には、日本ベル株式会社製BELSORP36を用い、tプロット解析は、装置に付属の解析プログラムを使用して、上記の物性値を算出した。
DBP吸油量は、アブソープトメーター(Brabender社製)を用いて、最大トルクの70%の時のDBP添加量を試料100g当りのDBP吸油量に換算して決定した。
Pt微粒子の粒子径(直径)は、X線回折装置(理学電機製、RAD−3C)により得られた白金の(111)ピークの半値幅からScherrerの方法を用いて見積った。
(実施例1)
塩化白金酸水溶液中に、触媒担体炭素材料としてカーボンブラックA、B、C、Fをそれぞれ分散し、50℃に保温し、撹拌しながら過酸化水素水を加え、次いでNa2S2O4水溶液を添加して、触媒前駆体を得た。
この触媒前駆体を濾過、水洗、乾燥した後に100%H2気流中、300℃で3時間、還元処理を行い、触媒担体炭素材料にPtが30質量%担持されたPt触媒1〜6を調製した。Pt触媒1〜6のPt粒子径を表1に併せて示した。触媒のPt粒子径は、3〜4nmであった。
調製したPt触媒1〜6を容器に取り、これに5%ナフィオン溶液(アルドリッチ製)をPt触媒とナフィオンの質量比が1/1.4となるように加え、軽く撹拌後、超音波で触媒を粉砕し、Pt触媒とナフィオンを合わせた固形分濃度が6質量%となるように、撹拌しながら酢酸ブチルを加えて、触媒インク1〜6を調製した。
次に、別の容器にガス拡散炭素材料としてカーボンブラックBを取り、カーボンブラックの濃度が6質量%になるように酢酸ブチルを加え、超音波でカーボンブラックを粉砕し、ガス拡散炭素材料インク1を調製した。
次に、調製した触媒インク1〜6をそれぞれ容器に10gずつ取り、ガス拡散炭素材料インク1をそれぞれ2.5g加えて撹拌し、触媒層インク1〜6を調製した。
これらの触媒層インク1〜6をそれぞれ薄いテフロン(登録商標)シートに塗布・乾燥を繰り返して、触媒層をテフロン(登録商標)シート上に形成させ、これを2.5cm×2.5cmの正方形に切断し、カソード用触媒層−テフロン(登録商標)シート接合体1〜6をそれぞれ作成した。
また、触媒インク4を薄いテフロン(登録商標)シートに塗布・乾燥を繰り返し、触媒層をテフロン(登録商標)シート上に形成させ、これを2.5cm×2.5cmの正方形に切断し、アノード用触媒層−テフロン(登録商標)シート接合体Aを作成した。
これら作成したカソード用触媒層−テフロン(登録商標)シート接合体1〜6と、アノード用触媒層−テフロン(登録商標)シート接合体Aをそれぞれ1枚ずつ組みにして電解質膜(ナフィオン112)を挟み、140℃、100kg/cm2の条件でホットプレスを3分間行った後に、テフロン(登録商標)シートのみを剥し、触媒層−電解質膜接合体1〜6を作成した。
このとき、触媒層−テフロン(登録商標)シート接合体の質量と剥したテフロン(登録商標)シートの質量差により電解質膜に転写された触媒層の質量を決定し、これとインクの組成によりPt含有量を求めた。このとき、カソードのPt含有量が0.07mg/cm2、アノードのPt含有量が0.04mg/cm2となるように、予め触媒層インクをテフロン(登録商標)シートに塗布する量と回数を調整した。
さらに、予めPTFEで撥水処理されたカーボンペーパーを2.5cm×2.5cmの正方形に切断し、2枚を用いて触媒層−電解質膜接合体を挟み、140℃、100kg/cm2の条件でさらにホットプレスを3分間行い、カーボンペーパー−触媒層−電解質膜の接合体1〜6(MEA1〜MEA6)を得た。以下、カーボンペーパー−触媒層−電解質膜の接合体をMEAと略記する。
得られたMEA1〜6は、燃料電池測定装置に組み込み、電池性能測定を行った。電池性能測定は、セル端子間電圧を開放電圧(通常0.9V〜1.0V程度)から0.2Vまで段階的に変化させ、セル端子間電圧が0.6Vの時に流れる電流密度を測定した。
ガスは、カソードに空気、アノードに純水素を、利用率がそれぞれ50%と80%となるように供給し、それぞれのガスはセル下流に設けられた背圧弁で圧力調整し、0.1MPaに設定した。セル温度は80℃に設定し、供給する空気と純水素は、それぞれ80℃と90℃に保温された蒸留水中でバブリングを行い、加湿した。
表2に、MEA1〜6の電池性能測定結果を触媒層の組成と共に示した。表1に示したとおり、触媒担体炭素材料の25℃、相対湿度90%における水蒸気吸着量が103.5mL/g以上である本発明の実施例のMEA6は、比較例であるMEA1〜3よりも優れた電池性能を発揮した。
(実施例2)
塩化白金酸水溶液中に、触媒担体炭素材料としてカーボンブラックFを分散し、50℃に保温し、撹拌しながら過酸化水素水を加え、次いでNa2S2O4水溶液を添加して、触媒前駆体を得た。
この触媒前駆体を濾過、水洗、乾燥した後に、100%H2気流中、300℃で3時間、還元処理を行い、触媒担体炭素材料にPtが50質量%担持されたPt触媒8を調製した。Pt触媒8のPt粒子径は、3〜4nmであった。
調製したPt触媒8を容器に取り、これに5%ナフィオン溶液(アルドリッチ製)をPt触媒とナフィオンの質量比が1/2となるように加え、軽く撹拌後、超音波で触媒を粉砕し、Pt触媒とナフィオンを合わせた固形分濃度が6質量%となるように、撹拌しながら酢酸ブチルを加えて、触媒インク8を調製した。
次に、別の容器にガス拡散炭素材料としてカーボンブラックA、B、C、D、E、Fをそれぞれ取り、カーボンブラックの濃度が6質量%になるように酢酸ブチルを加え、超音波でカーボンブラックを粉砕し、ガス拡散炭素材料インク3〜8を調製した。
次に、調製した触媒インク8を6個の容器に10gずつ取り、それぞれにガス拡散炭素材料インク3〜8をそれぞれ3.333g加えて撹拌し、触媒層インク14〜19を調製した。
これらの触媒層インク14〜19をそれぞれ薄いテフロン(登録商標)シートに塗布・乾燥を繰り返して、触媒層をテフロン(登録商標)シート上に形成させ、これを2.5cm×2.5cmの正方形に切断し、カソード用触媒層−テフロン(登録商標)シート接合体14〜19をそれぞれ作成した。
これら作成したカソード用触媒層−テフロン(登録商標)シート接合体14〜19と、実施例1で作成したアノード用触媒層−テフロン(登録商標)シート接合体Aをそれぞれ1枚ずつ組みにして電解質膜(ナフィオン112)を挟み、140℃、100kg/cm2の条件でホットプレスを3分間行った後に、テフロン(登録商標)シートのみを剥し、触媒層−電解質膜接合体14〜19を作成し、実施例1と同様に、カソードのPt含有量が0.07mg/cm2、アノードのPt含有量が0.04mg/cm2となるように調整した。
さらに、実施例1と同様に、予めPTFEで撥水処理されたカーボンペーパーを接合し、MEA14〜19を得た。
得られたMEA14〜19は、実施例1と同様の条件で電池性能測定を行った。
表4に、MEA14〜19の電池性能測定結果を触媒層の組成と共に示した。表4に示したとおり、ガス拡散炭素材料がカソードに含まれる本発明の実施例であるMEA14〜19は、ガス拡散炭素材料が含まれない比較例であるMEA7より優れた電池性能を発揮した。
また、MEA14〜19の中でも、ガス拡散炭素材料の25℃、相対湿度90%における水蒸気吸着量が100mL/g以下であるMEA14〜18は、特に優れた電池性能を発揮し、さらに、ガス拡散炭素材料の25℃、相対湿度90%における水蒸気吸着量が1mL/g以上50mL/g以下であるMEA15及び16は、極めて優れた電池性能を発揮した。
(実施例3)
石炭系生コークスを原料とし、800℃〜1100℃に保温した加熱炉中で、一定量の水蒸気を含有した窒素ガスを流通させながら2時間〜3時間処理し、所謂、水蒸気賦活処理を施し、活性炭を作製した。
さらに、酸素含有量を制御する目的で、水素を10体積%〜30体積%含有した窒素ガス雰囲気で、500℃〜900℃で1時間還元熱処理した。
表5に、上述の方法で作製した一連の活性炭の各種の物性をまとめて示した。これらの物性値は前述の方法により測定したものである。
これらの活性炭及びカーボンブラックG、Hに白金微粒子を担持するために、以下のプロセスを実施した。
150mLの蒸留水が入ったフラスコに、担体に用いる炭素材料0.5gとヘキサクロロ白金(IV)酸を白金が担体に対して質量比1:1になるように入れ、超音波で十分に分散させた後、オイルバス中で沸騰状態に維持し、そこへ還元剤であるホルムアルデヒドを一定速度で3〜10時間かけて滴下した。
滴下終了後にメンブレンフィルターで濾過分離し、回収物を蒸留水に再度分散させ、濾過分離する作業を3回繰り返し、100℃で真空乾燥し、電極用の触媒とした。触媒に担持した白金量は、熱王水に溶解してプラズマ発光分析で定量した結果、何れのサンプルも50質量%であった。得られた白金触媒の粒子径を、表5に示す。
本発明で規定する活性炭は、他の活性炭、あるいは、カーボンブラックに比較して、50質量%と言う高密度の担持にも拘らず、2.0nm以下の粒子径が得られており、明らかにPt粒子径を小さく担体として優れていることが認められる。
これらの一連の白金触媒担持炭素材料と、ガス拡散炭素材料として実施例1のカーボンブラックBを用いて、実施例1と同一の方法で、カソード用触媒層−テフロン(登録商標)シート接合体を作成した。
これら作成したカソード用触媒層−テフロン(登録商標)シート接合体と、実施例1で作成したアノード用触媒層−テフロン(登録商標)シート接合体Aをそれぞれ1枚ずつ組みにして電解質膜(ナフィオン112)を挟み、140℃、100kg/cm2の条件でホットプレスを3分間行った後に、テフロン(登録商標)シートのみを剥し、触媒層−電解質膜接合体を作成し、カソードのPt含有量が0.08mg/cm2、アノードのPt含有量が0.05mg/cm2となるように調整した。
さらに、実施例1と同様に、予めPTFEで撥水処理されたカーボンペーパーを接合し、MEAを得た。得られたMEAは、実施例1と同様の条件で、電池性能測定を行った。
表6に、作製したMEAの電池性能結果を示した。本発明に規定する活性炭を担体にした白金触媒を用いたMEAは、比較として用いた活性炭とカーボンブラックのMEAに比較して、明らかに優れた出力特性を発揮することが認められた。
(実施例4)
本発明で規定する活性炭を担体に用いることにより、触媒の寿命が改善することを検討するために、実施例3で用いた炭素材料の中で、表7に示した5種を担体として用い、実施例3と同様の方法により、白金微粒子を担持した。
本検討では、触媒の粒子径の変化を劣化として評価するために、劣化前の白金微粒子の粒子径を正確に一致させることが必須であり、白金担持率を30質量%で白金微粒子の直径が2.3nmになるように、触媒を作製した。
表7に、一連の炭素材料の物性値と触媒粒子径を示した。触媒の粒子径は、X線回折法により測定した値を用いた。
表7の5種類の触媒を用い、実施例3と同様の方法によりMEAを作製した。カソードのPt含有量が0.08mg/cm2、アノードのPt含有量が0.05mg/cm2となるように、MEAを調製した。得られたMEAは、実施例1と同様の方法でセルに組み付け、評価に供した。
触媒の寿命評価は、カソードに使用されている白金の表面積の劣化前と劣化運転後の比で評価した。即ち、白金の表面積が劣化運転で全く変化しなければ劣化率は0%、劣化運転後の白金表面積が劣化前の半分であれば劣化率50%と評価した。
カソードの白金の表面積は、以下の方法で評価した。アノードに加湿した水素ガス、カソードに加湿したアルゴンガスを供給し、50mV/secの掃引速度でセル電圧0.05V〜0.9Vの範囲を10サイクルさせ、サイクリックボルタモグラムを測定した。
加湿条件、セル温度は、実施例1と同一条件とした。10サイクル目のグラフの所謂、水素脱離波の面積から脱離した水素原子数が換算され、水素1原子が白金表面で占有する平均の面積を既知として、水素原子数から白金の表面積を求めた(藤嶋、相澤、井上著、電気化学測定法(上)、技報堂出版(株)、第4章の4.4電極の前処理と電極表面積を参照)。
本評価では、各々のMEAを組付けた後に、先ずサイクリックボルタモグラムを測定し、その後、カソードのガスを純酸素に変更し、セル電圧をOCV(無負荷の開放電圧)で15秒保持した後、セル電圧が0.5Vで一定になるように負荷をかけた状態で15秒保持することを3000サイクル繰り返した。
その後、再びカソードのガスをアルゴンに変更し、劣化前と同一の条件で白金の表面積を求めた。劣化率は、劣化後の白金表面積を劣化前の値で除した値を%表示したものである。
表7から明らかなように、本発明で規定する活性炭は、明らかに他の活性炭、あるいは通常のカーボンブラックを担体に用いた白金触媒よりも、劣化の程度が少ないことが認められる。
(実施例5)
本実施例では、触媒担体として、比較例を含めて細孔容積、窒素吸着比表面積、DBP吸油量、水蒸気吸着量の異なる炭素材料を用いた。表8に用いた炭素材料の種々の物性値を示した。
上記の物性値は前述の方法により測定したものである。
表8の炭素材料を触媒担体として用い、白金担持触媒を以下の方法にて作製した。水中に、触媒担体炭素材料として表8の炭素材料をそれぞれ分散し、50℃に保温し、攪拌しながら、塩化白金酸水溶液とホルムアルデヒド水溶液を添加して、触媒前駆体を得た。
この触媒前駆体を濾過、水洗、乾燥した後に、100%H2気流中、300℃で3時間還元処理を行い、触媒担体炭素材料に白金が20質量%担持された白金触媒を作製した。
得られた白金触媒のPt粒子径を表8に示す。表8に示すように、炭素材料I、O、Sは、結晶子径が非常に大きくなっており、燃料電池用触媒として、性能があまり高くないことが予想される。
これらの触媒担体炭素材料12種と、ガス拡散炭素材料としての実施例1のカーボンブラックBを用いて、実施例1と同一の方法で、カソード用触媒層−テフロン(登録商標)シート接合体を作成した。
これら作成したカソード用触媒層−テフロン(登録商標)シート接合体と、実施例1で作成したアノード用触媒層−テフロン(登録商標)シート接合体Aをそれぞれ1枚ずつ組みにして電解質膜(ナフィオン112)を挟み、140℃、100kg/cm2の条件でホットプレスを3分間行った後に、テフロン(登録商標)シートのみを剥し、触媒層−電解質膜接合体を作成し、カソードのPt含有量が0.08mg/cm2、アノードのPt含有量が0.05mg/cm2となるように調整した。
さらに、実施例1と同様に、予めPTFEで撥水処理されたカーボンペーパーを接合し、MEA29〜MEA39を得た。得られたMEA29〜MEA39は、実施例1と同様の条件で、電池性能測定を行った。
表9に、作製したMEA12種の電池性能結果を示した。本発明のMEA32、33は、他の比較例に比べて優れた電池特性を示した。
(実施例6)
[遷移金属錯体の合成方法]
本発明において規定するN4−キレート型遷移金属錯体の合成方法を以下に示す。
錯体1の合成:文献(R. H. Holm, J. Am. Chem. Soc., Vol.94, p.4529 (1972))に記載の方法により、5,7,12,14−テトラメチル−1,4,8,11−テトラアザシクロテトラデカ−2,4,6,9,11,13−ヘキサエンのコバルト(II)錯体(錯体1と略す)を合成した。収率12%。
錯体2の合成:文献((a) T. Hayashi, Bull. Chem. Soc. Jpn., Vol.54, p.2348 (1981)、 (b) R. H. Holm, Inorg. Syn., Vol.11, p.72, (1968))に記載の方法により、5,7,12,14−テトラメチル−1,4,8,11−テトラアザシクロテトラデカ−4,6,11,13−テトラエンのコバルト(II)錯体(錯体2と略す)を合成した。収率8%。
[触媒調製]
触媒用の炭素材料担体には、実施例1で用いた炭素材料Fと、実施例3で用いた活性炭3と活性炭4の合計3種を用いた。所定の質量%になるように、塩化白金酸6水和物(和光純薬(株)製)を計量し、水で適当量に希釈した水溶液に、担体として用いる炭素材料を加えて十分攪拌した後、超音波発生器にて分散を進行させた。
その後、エバポレーターを用いて、分散液を乾燥固化させ、前駆体を担持した担体を作製した。この前駆体担持担体を、水素/アルゴン混合ガスを流通させた電気炉(水素ガスの比率;10〜50体積%)で300℃に加熱し、塩化白金酸の還元処理を行った。Ptの粒子径は2.0〜2.3nmであった。
遷移金属元素換算で1質量%になるように、前記の遷移金属錯体を計量し、N,N’−ジメチルフォルムアミド(試薬特級グレード)、又は、ピリジン(試薬特級グレード)を適当量加えた溶液に、上述の白金を担持した炭素材料(Pt−C)を加えて十分に攪拌し、さらに、超音波発生器を用いて分散を進行させた。
分散液を70℃のオイルバスにて保温しながら、8時間以上還流(アルゴンにフロー下)した後、分散液の5倍量以上の蒸留水に攪拌しながら注ぎ込み、遷移金属錯体のPt−C上への定着を行った。
その後、減圧濾過により触媒を分離採取し、再度、60℃程度の温度の蒸留水で洗浄し減圧濾過により触媒を採取し、100℃で真空乾燥した。さらに、アルゴンガス雰囲気中、700℃で1時間処理して、評価用の触媒とした。
実施例に用いた遷移金属錯体は、前記錯体1及び錯体2と、5,10,15,20−テトラフェニルポルフィリンのコバルト(II)錯体(CoTPPと略す)である。
なお、遷移金属錯体のみを担持した触媒の調製は、前述の白金担持プロセスを除いて、遷移金属錯体の担持プロセスのみを行い、他方、白金のみを担持した触媒の調製は、遷移金属錯体の担持プロセスを除いて、白金担持プロセスのみを行って、それぞれの触媒を調製した。
[触媒活性の評価法]
(1)評価用サンプルの調製
触媒を予め乳鉢で粉砕した触媒粉末15mgと高分子固体電解質溶液(米国ElectroChem社のEC−NS−05;ナフィオン5質量%溶液)300mgとエタノール300mgとをサンプル瓶に入れ、攪拌子を用い15分間スターラーで攪拌し、十分に混練されたスラリーを調製した。
(2)試験極の調製
回転リングディスク電極のディスク電極上に、上記のスラリーを塗布し乾燥して、試験極とした。ディスク電極は、グラッシーカーボンで製造された直径6mmの円柱で、その底面にサンプルを塗布する。塗布量は0.03mgとなるように調整した。
また、リング電極は、内径7.3mm、外径9.3mmの白金製の円筒であり、回転リングディスク電極は、ディスク電極とリング電極とが同心に位置し、ディスク電極とリング電極の間、並びにリング電極の外側をテフロン(登録商標)樹脂で絶縁した構造になっている。
(3)評価方法
(有)日厚計測の回転リングディスク評価装置(RRDE−1)を用いて、触媒の電気化学的な活性評価を行った。電気化学的な評価には、ソーラートロン社SI1287を2台用いて、リング電極とディスク電極を独立に制御して、バイポーラー測定を行った。
電解液には0.1Nの硫酸水溶液を用い、基準極にSCE電極、対極にPt板を用いるセル構成とした。評価条件は以下の通りである。
酸素ガスをバブリングさせ、酸素が飽和した電解液状態で、2500rpmで回転した電極のディスク電極の電位を1.0V(SCE基準)から−0.2Vまで10mV/secの速度で掃引させ、その際、リング電極の電位を1.1V(SCE基準)に保持して、ディスク電極、リング電極に流れる電流の経時変化を測定し、ディスク電極の電位に対するディスク電流、リング電流のプロットを得た。
(4)過電圧評価法
上記ディスク電位vs.ディスク電流のプロットから、飽和電流値の半分の電流値のときの電位(E1/2)を読み取った。米国ElectroChem社製触媒のEC10PTC(カーボンブラック上に10質量%の白金を担持させた触媒)の飽和電流値の半分の電流値のときの電位E1/2 0を基準として、実施例、比較例の各触媒のΔE1/2=E1/2−E1/2 0を評価した。
即ち、ΔE1/2=0でEC10PTCと同等の過電圧で、ΔE1/2>0ならばEC10PTCよりも過電圧が小さく、触媒活性が高いことに対応する。
(5)4電子反応率の評価法
リング電流とディスク電流のディスク電位に対するプロットから、下式に基づいて4電子反応率ηを計算した。
η(%)=[Id−(Ir/n)]/[Id+(Ir/n)]
ここで、Idはディスク電流、Irはリング電流を表し、nはリング電極によるディスク反応生成物の捕捉率を表す。
捕捉率の実験的な測定法は、藤嶋昭ら、電気化学測定法(下)、技報堂出版(1991)に従って評価した結果、実施例に用いた電極においてはn=0.36であった。
また、ディスク電位に応じてηは変化する(電位が卑なほどηは小さくなる)が、触媒によるηの差が明確になるように、本評価においてはディスク電位が0V(SCE基準)のときのηを採用した。
表10に、遷移金属種、白金担持量、触媒活性の指標として過電圧値ΔE1/2と4電子反応率ηとをまとめて示した。
表10の結果から、本発明にて規定している特定の構造の遷移金属錯体は、酸素還元反応における触媒活性、4電子反応率共に良好であることが認められる。また、本発明で規定する遷移金属錯体と白金とを組み合わせた複合触媒は、白金単独、遷移金属錯体単独よりも明らかに優れた触媒特性を示し、遷移金属錯体と白金との協奏効果が認められる。
また担体の効果も認められ、比表面積の大きな活性炭を担体に適用することにより、通常の炭素担体では発揮し得ない、優れた触媒活性の発現が認められる。
次に、触媒3、触媒4、触媒5、触媒6、触媒8の5種類の触媒と、ガス拡散炭素材料としての実施例1のカーボンブラックBを用いて、実施例1と同一の方法で、カソード用触媒層−テフロン(登録商標)シート接合体を作成した。
これら作成したカソード用触媒層−テフロン(登録商標)シート接合体と、実施例1で作成したアノード用触媒層−テフロン(登録商標)シート接合体Aをそれぞれ1枚ずつ組みにして電解質膜(ナフィオン112)を挟み、140℃、100kg/cm2の条件でホットプレスを3分間行った後に、テフロン(登録商標)シートのみを剥し、触媒層−電解質膜接合体を作成し、アノードのPt含有量が0.03mg/cm2となるように調整した。カソードのPt含有量は、触媒3、触媒4、触媒5、触媒6に関しては0.03mg/cm2、触媒8に関しては0.06 mg/cm2になるように調製した。
さらに、実施例1と同様に、予めPTFEで撥水処理されたカーボンペーパーを接合し、MEA41〜MEA45を得た。得られたMEA41〜MEA45は、実施例1と同様の条件で、電池性能測定を行った。
表11に、作製した5種類のMEAの電池性能結果を示した。MEA41〜44は、MEA45に比べて、カソードの白金量が半分であるにもかかわらず、優れた電池特性を示した。