以下図面を参照して、本発明の実施の形態を説明する。図面の記載において同一あるいは類似の部分には同一あるいは類似な符号を付している。
(第1の実施の形態)
図1を参照して、本発明の第1の実施の形態に係わる能動振動騒音制御装置の全体構成を説明する。第1の実施の形態に係わる能動振動騒音制御装置(AVC:Active Vibration Controller)は、振動が外部から内部へ騒音として伝達する筐体(車体5)と、外部から伝わる筐体の振動を検出するセンサ(加速度センサ7)と、筐体に制御振動を生成するアクチュエータ8と、筐体の内部に伝達する騒音(筐体内騒音)を低減するように、アクチュエータ8への制御指令信号を生成する信号演算手段(コントローラ31)と、加速度センサ7の出力信号及びアクチュエータ8への制御指令信号を用いて筐体内騒音を推定する騒音推定手段(騒音推定部32)とを備える。
筐体は、外部から加わる力によって振動が生じ、この振動が内部へ騒音として伝達し得るものであればよい。例えば、飛行機、電車、自動車、エレベータなど人間の移動手段がこれに含まれる。特に、自動車は、凹凸が激しい路面にタイヤを接して走行するため、タイヤから伝わる振動の制御が重要な技術課題である。そこで実施の形態では、本発明に係わる能動振動騒音制御装置を自動車に適用した場合を例に取り説明する。つまり、ここでは筐体の一例として車体を挙げて説明する。
加速度センサ7は、自己に加わる加速度を測定する機能を備えるセンサであり、加速度センサ7を車体上に固定して加速度を測定することにより、測定される加速度の変化から車体の振動を検出することができる。加速度センサ7以外にも、外部から伝わる筐体の振動を検出するセンサとして、センサが固定された位置(座標)の変化から直接振動を検出するセンサであっても構わないし、また、タイヤから伝わる振動を検出するのであれば、タイヤ又はそれが接続された車軸の振動を検出するセンサであっても構わない。図1の例では、加速度センサ7は、車体5のうちボンネットやルーフパネルに比べてタイヤ4に近いフロアパネル6の下面に固定されている。
アクチュエータ8は、車体5の中のフロアパネル6下に固定され、電気的な信号(制御指令信号)に受けて自らが歪むことでフロアパネル6に歪みを生成する。これにより、車体5に制御振動を生成して外乱による振動又は騒音を相殺する。アクチュエータ8として、結晶に電界を加えると電界に比例した歪みが生じるピエゾ効果(圧電効果)を利用したピエゾ電気アクチュエータ(piezo-electric actuator)を使用することができる。アクチュエータ8の両面に電界を印加することによりアクチュエータ8は歪む。
コントローラ31及び騒音推定部32は、コントローラユニット30に含まれている。コントローラユニット30は、加速度センサ7で得られた信号に基づいて車室内騒音を低減する制御指令値を演算する。コントローラユニット30は、加速度センサ7で得られた信号を増幅する信号増幅用アンプ33aと、加速度センサ7の出力信号とアクチュエータ8への制御指令信号に基づいて車室内騒音を推定する騒音推定部32と、騒音推定部32で推定された推定騒音に基づいて車室内騒音を低減するアクチュエータ8への制御指令値を演算するコントローラ31とを備える。
車室内騒音の原因は代表的なものとして、エンジン10の振動に起因する騒音、走行時に路面の凹凸の影響がタイヤから進入することに起因するロードノイズと呼ばれる騒音、走行時に空気の気流によって発生する風切音、などがある。また、タイヤから侵入するロードノイズは、タイヤ及びフロアパネルの振動を介して、これが車室内に伝達する。つまり、フロアパネル6の振動が車体5の内部(車室内)に騒音として伝達する。本実施形態において、騒音推定部32はフロアパネル6の振動に起因する車室内騒音を主に推定することを目的とするため、フロアパネル6下に加速度センサ7を配置して車室内騒音を推定する。したがって、上記例の車室内騒音のうち、フロアパネル振動に起因するロードノイズを中心に制御を行う。
図2に示すように、路面の凹凸の影響により車両の4つのタイヤ4が振動し、タイヤ4から車体に進入したロードノイズの主成分となる振動は、まず車軸及びびサスペンションが取り付けられている点からメンバと呼ばれる剛性の高い梁状の部材に進入する。その後、メンバによって囲まれたフロアパネル6と呼ばれる比較的剛性の低い板状の部材に伝達し、フロアパネル6が振動する。さらに、フロアパネル6の膜振動により車室内9の空気振動が引き起こされ、車室内9に共振現象を起こす。このために、車室内9でロードノイズとしての騒音が聞こえる。フロアパネル6の他にルーフパネルや窓ガラスが振動することにより騒音が発生するが、サスペンション取付け部から主に進入するロードノイズの大部分は、フロアパネル6の振動が原因となっていることが分かっている。このようなタイヤ4と車室内9を結ぶロードノイズの侵入経路上に加速度センサ7が配置されている。
一般的なタイヤ4からのロードノイズの進入経路に加え、フロアパネル6に貼付されたアクチュエータ8による制御振動の伝達経路が存在する。アクチュエータ8が発生した制御振動はロードノイズと同様にフロアパネル6を振動させ、そのフロアパネル6の膜振動により車室内9の空気振動が起こり、車室内9への制御騒音となる。一方、アクチュエータ8から発生する振動は加速度センサ7にも伝播する。したがって、加速度センサ7で計測されるフロアパネル6の振動は、タイヤ4から車体に進入する振動のうち加速度センサ7の取付け位置を通る成分と、ピエゾアクチュエータ8が発生する制御振動のうち同位置を通る成分とが重ね合わされた振動となる。
図2中の範囲9は車室内空間の一例として、乗員耳位置を含む球体状の領域を指す。この空間での騒音は、タイヤ4から車体に入力された騒音と、アクチュエータ8が発生する制御振動とが重ね合わされた車室内騒音になる。コントローラ31は車室内領域9での騒音が低減されるような制御指令信号をアクチュエータ8に供給して制御振動を発生させる。路面の凹凸に起因するフロアパネル6の振動とアクチュエータ8が生成する制御振動の両者が互いに打ち消しあうように重ね合わさって車室内領域9での騒音は低減される。
図1のコントローラ31は、騒音推定部32で推定された音圧(車室内騒音)を入力として、車室内空間9での騒音を低減するような制御指令信号を演算する機能を備える固定係数のFIRもしくはIIRフィルタである。例えば、コントローラ31は以下の手順に従って設計をすればよい。
まず、「アクチュエータ8への制御指令信号から車室内空間9での騒音までの伝達特性」のモデル化を行う。モデル化の手順は以下のとおりである。まず、アクチュエータ8とマイクロフォンをそれぞれフロアパネル6と車室内空間9に設置する。アクチュエータ8へあらかじめ生成しておいたM系列信号を入力し、入力信号とマイクロフォン信号を計測する。得られた入出力信号に対し、例えば Lennart Ljung,“System Identification.Second edition.Thory for the user”,Prentice Hall PTR,1999に記載のシステム同定手法を用いることにより、例えば状態空間モデル
x(n+1) = Ax(n) + Bu(n)
y(n) = Cx(n) + Du(n)
の形式でモデル化がなされる。ここで、x(t)はモデルの状態変数、u(t)はピエゾアクチュエータへの入力信号、y(t)は車室内空間9での音圧を表し、マトリクスA、B、C、Dはそれぞれモデルのパラメータである。また、nはサンプル時刻を表す。
次に、図3に示すブロック線図を用いて制御系設計の方法を説明する。ここで、コントローラ34は信号Bが入力され、アクチュエータ8への制御指令信号を出力する。制御指令信号は伝達関数モデル35に入力される。伝達関数モデル35は、上の手順でモデル化した「アクチュエータ8の制御指令信号から車室内空間9での騒音までの伝達特性」を示すモデルである。伝達関数モデル35から出力される信号と信号A(外乱)とが重ねあわされて信号B(車室内騒音)となる。図3の信号Aから信号Bまでの伝達特性が所望の周波数帯域において小さくなるようにコントローラ34を設計すればよい。設計法としては、例えば、PID制御、H2制御、H∞制御などを用いることができる。また、
細江、荒木、「制御系設計、H∞制御とその応用」、朝倉書店、1994
須田、「PID制御」、朝倉書店、1992
に記載されている設計法を用いることで、数1の形式のI次動的コントローラKi,i=1,・・・,Iを設計することが出来る。
図4に示すように、騒音推定部32は、加速度センサ7で得られたフロアパネルの振動(出力信号)と、アクチュエータ8への制御指令信号とが入力される。騒音推定部32は、加速度センサ7が取り付けられた位置における振動から車室内空間9の騒音までの伝達特性を表す第1の伝達モデル14と、アクチュエータ8への制御指令信号から車室内空間9の騒音までの伝達特性を表す第2の伝達モデル15と、アクチュエータ8への制御指令信号から加速度センサ7の振動までの伝達特性を表す第3の伝達モデル16とをデータとして記憶している。第1乃至第3の伝達モデル14、15、16はそれぞれ図1の伝達経路1、2、3の数学モデルとなっている。なお、第1乃至第3の伝達モデル14、15、16は上記のモデル化手順に従うことで得ることが出来る。
具体的に説明すると、第1の伝達モデル14は、加速度センサ7が取り付けられた位置におけるフロアパネル振動が車室内空間9まで伝達するときの伝達特性を表す。第2の伝達モデル15は、アクチュエータ8への入力信号が、アクチュエータ8へ入力されてアクチュエータが生成する制御振動が車室内空間9まで伝達するときの伝達特性を表す。第3の伝達モデル16は、アクチュエータ8への入力信号が、アクチュエータ8へ入力されてアクチュエータが生成する制御振動が加速度センサ7が設置された位置まで伝達するときの伝達特性を表す。
次に、騒音推定部32によって車室内騒音を推定するアルゴリズムの例を説明する。
先ず、第1のアルゴリズムにおいて、騒音推定部32は、加速度センサ7の出力信号を「そのまま」第1の伝達モデル14へ入力し、制御指令信号を第2の伝達モデル15へ入力する。そして、両モデル14、15から得られる出力値の和を、車室内騒音(推定音圧:SPL)として出力する。
第2のアルゴリズムにおいて、騒音推定部32は、加速度センサ7の出力信号のうちアクチュエータ8が発生する振動の成分を減算し、これを第1の伝達モデル14へ入力する。そして、第1の伝達モデル14から得られる出力と、制御指令信号を第2の伝達モデル15へ入力して得られる出力との和を車室内騒音として出力する。このように、加速度センサ7の出力信号のうちアクチュエータ8が発生する振動の成分を減算することにより、加速度センサ7の出力値のうちアクチュエータ8による制御振動を除去して路面の凹凸によるロードノイズだけを抽出することができ、ロードノイズ(外乱)の測定精度が向上する。
第2のアルゴリズムを具体的に説明すると、図4に示すように、騒音推定部32は、加速度センサ7の出力信号から第3の伝達モデル16の出力を減算した信号を第1の伝達モデル14へ入力して得られる出力と、制御指令信号を第2の伝達モデル15へ入力して得られる出力との和を車室内騒音として出力する。
図5のフローチャートを参照して、図4に示す騒音推定部32による騒音推定手順(第2のアルゴリズム)の詳細を説明する。
(イ)まず、ステップS101で加速度センサ7の出力信号を騒音推定部32へ入力する。これを信号Cとする。
(ロ)ステップS102に進み、アクチュエータ8への制御指令信号を騒音推定部32へ入力する。これを信号Dとする。
(ハ)ステップS103に進み、信号Dに第3の伝達モデル16を乗算する。これを信号Eとする。
(ニ)ステップS104に進み、信号Cから信号Eを減算する。これを信号Fとする。ステップS105に進み、信号Fに第1の伝達モデル14を乗算する。これを信号Gとする。
(ホ)ステップS106に進み、信号Dに第2の伝達モデル15を乗算する。これを信号Hとする。
(へ)ステップS107に進み、信号Gと信号Hを加算する。これを信号Jとする。最後に、ステップS108にて信号Jを車室内空間位置9での推定音圧として出力する。
次に、上記した騒音推定部32を用いて車室内騒音を推定することによる効果を説明する。図6は実際に測定した運転席右耳元位置での音圧と、騒音推定装置を用いて推定した同位置での音圧を比較した図である。なお、運転席右耳元位置は車室内位置9の一例である。ここで、実線42は実際に車室内位置9でマイクロフォンにより測定した騒音(実測音圧)であり、点線43は騒音推定部32による推定音圧である。図6に示すように、推定音圧は実測音圧とほぼ同等の値を示している。よって、マイクロフォンを用いることなく、騒音推定部32によって車室内騒音を精度良く推定できることがわかる。
図7は、図4の第3の伝達モデル16の有無による実測音圧と推定音圧とのコヒーレンスの変化を示す。実線46は、図4において第3の伝達モデル16がある場合(第2のアルゴリズム)、つまり、加速度センサ7の出力信号のうちアクチュエータ8が発生する振動の成分を減算した信号を第1の伝達モデル14へ入力する場合を示す。点線47は、第3の伝達モデル16がない場合(第1のアルゴリズム)、つまり、加速度センサ7の出力信号をそのまま第1の伝達モデルへ14入力する場合を示す。図7は、騒音推定部32により推定される推定音圧とマイクロフォンにより測定した実測音圧との間のコヒーレンス(Coherence)関数を計算した結果を示している。ここで、コヒーレンス関数とは、2つの信号間の相関を表し、推定精度を表す尺度であり、信号x(t)とy(t)の間のコヒーレンス関数は数2により定義される。
ここで、Cxyは信号x(t)と信号y(t)との間のコヒーレンス、Sxyは信号x(t)と信号y(t)との間のクロススペクトル密度、Sx、Syはそれぞれ信号x(t)、信号y(t)のスペクトル密度を表す。実測音圧と推定音圧とが完全に一致するときコヒーレンス関数の値は1となり、2つの信号が無相関であるときコヒーレンス関数は0を値としてとる。
図7を見ると分かるように、第3の伝達モデル16を入れた場合は第3の伝達モデル16を入れない場合に比べ、コヒーレンス関数が高くなっている。よって、第3の伝達モデル16を入れることによって、より精度の高い音圧推定が実現されることが分かる。
以上説明したように、本発明の第1の実施の形態によれば、以下の作用効果が得られる。
騒音推定部32を設けることにより、車室内9にマイクロフォンを設置しないので、乗員の声や音楽を低減することなく、車外から進入する振動に起因した車室内騒音のみを低減する制御を行うことが出来る。また、マイクを用いて制御する場合に比べ、センサとアクチュエータ間距離が短く無駄時間が少ないため、制御効果が向上する。
また、第1及び第2の伝達モデル14、15を備えることにより、当該第1及び第2の伝達モデル14、15を用いて推定を行うことができ、過渡応答を回避して推定精度が良くなる。この結果、騒音低減制御の効果が高まる。
具体的には、第1及び第2の伝達モデル14、15へ入力して得られる出力値との和を車内騒音とすることにより、過渡応答を回避して推定精度が良くなる。
第1及び第2の伝達モデル14、15に加えて、第3の伝達モデル16を更に備えることにより、アクチュエータ8の制御指令信号が大きくなった場合にも加速度センサ7の出力信号のうち車外から進入する振動成分(外乱)を正確に計測することが出来るので、車室内音圧の推定精度が高まる。また、加速度センサ7とアクチュエータ8の配置自由度が増す。以上の結果、騒音低減制御の効果が高まる。
アクチュエータ8から振動までの第3の伝達モデル16のみを用いるため、より簡便でより精度の良い振動推定部32を形成することが出来る。この結果、騒音低減制御の効果が高まる。
筐体として車体を例に取り、加速度センサとアクチュエータを車体のフロアパネル上に配置することにより、車室内騒音を除去することができる。
(第2の実施の形態)
第2の実施の形態では、本発明をフィードフォワード型能動振動制御装置に適用した場合の例を説明する。
先ず、図8〜図10を参照して、一般的に知られている適応フィルタを用いたフィードフォワード型能動振動制御装置について説明し、その後、図11及び図12を参照して本実施形態に係わるフィードフォワード型能動振動制御装置について説明する。
図8に示すように、従来から知られている適応フィルタを用いたフィードフォワード型能動振動制御装置は、車体に入力される路面の凹凸の影響を測定する加速度センサ39と、車室内空間9の騒音を検出するマイクロフォン40と、フロアパネル上に配置されたアクチュエータ8と、車室内所定空間9での騒音を低減するためにアクチュエータ8への制御指令信号を計算して、アクチュエータ8の動作を制御するコントローラユニット36とを備える。
コントローラユニット36は、マイクロフォン54からの信号を増幅するアンプ33aと、マイクロフォン54からの信号に基づいて適応フィルタ38を制御する適応則演算部37と、加速度センサ39の出力信号を増幅するアンプ33cと、適応フィルタ38の出力を増幅するアンプ33bとを備える。
図9は図8のシステム全体のブロック線図である。コントローラユニット36は、通常のコンピュータシステムもしくは電子回路で実現されている。第1の振動伝播経路41は加速度センサ39の出力信号から車室内空間9での騒音までの伝達関数を表し、第2の振動伝播経路42はアクチュエータ8への制御指令信号から車室内空間9での騒音までの伝達関数を表す。
以下、図9に従って図8のシステムにおけるアクチュエータ8への制御指令信号の演算法を説明する。加速度センサ39で得られた信号をx(n)、路面から車体に入力される外乱が車室内空間9に作る騒音をy(n)、ピエゾアクチュエータ8への制御指令信号をu(n)、マイクロフォン54で得られた誤差信号をe(n)とおく。ここで、nはサンプル時刻を表す。また、適応フィルタ38、第1の振動伝播経路41及び第2の振動伝播経路42のモデルをそれぞれ数3、数4、数5とする。
ここで、z
-iはZ変換のオペレータを表す。なお、w
iがサンプル時刻nに依存しているのは、可変係数フィルタを使用しているからである。適応フィルタ38の出力がアクチュエータ8への入力信号として計算される。このとき、信号y(n)とu(n)はそれぞれ数6及び数7として計算される。
以上の式に基づいて計算されたu(n)がアクチュエータ8へ入力される。
一方、適応則演算部37ではフィルタ係数w
i(n)の更新が以下の演算によって行われる。まず、評価関数Jを数8と定義する。
一般的に知られたLMS(Least Mean Square)アルゴリズムでは、この評価関数Jがw
i(n)に対して最小になるように適用フィルタを更新していく。w
i(n)の更新則は数9で与えられる。ここで、KeとKyは設計パラメータである。
以上の更新演算が適応則演算部37で行われる。
次に、図10のフローチャートを参照して、適応フィルタ38で行われる演算手順を説明する。
(い)先ずステップS201において、加速度センサ39及びマイクロフォン40の出力信号をサンプル時間n毎に取得する。ステップS202に進み、加速度センサ39の出力信号x(n)に対して、数7の計算式にて演算することにより、アクチュエータへの指令信号u(n)を求める。
(ろ)ステップS203に進み、マイクロフォンの出力信号e(n)と、加速度センサ39の出力信号x(n)を用いて、数9及び数10に従って、更新されたフィルタ係数wi(n)を計算する。ステップS204に進み、ステップS203で計算されたフィルタ係数wi(n)を更新する。
(は)ステップS205に進み、ステップS202で計算されたアクチュエータへの制御指令信号u(n)を出力する。ステップS201〜S205をサンプル時間n毎に行うことでフィードフォワード制御が行われ、車室内空間9での騒音を低減することができる。
次に、本実施形態に係わるフィードフォワード型能動振動騒音制御装置について説明する。
図11に示すように、第2の実施の形態に係わるフィードフォワード型能動振動制御装置では、図8に比べて、車室内空間9に配置されるマイクロフォンの替わりに第2の加速度センサ7がフロアパネルの所定の箇所に貼り付けられている。また、アンプ33aと適応則演算部37との間に騒音推定部32が配置され、適応フィルタ38からの出力信号が騒音推定部32に入力される。つまり、騒音推定部32には、第2の加速度センサ7から得られた信号にアンプ33aを介して得られる信号と、アクチュエータ8への制御指令信号とが入力される。ここで、騒音推定部32は図3に示した例と同様の装置を用いればよい。騒音推定部32の出力信号は車室内空間9での推定音圧である。よって、適応則演算部37は、図8のマイクロフォンによる実測音圧の代りに、騒音推定部32による推定音圧を入力とする。適応フィルタ38では、加速度センサ39から得られた外乱信号に基づいて車室内空間9での騒音を低減する制御指令信号が演算される。
図12を参照して、図11のコントローラユニット36の演算手順を説明する。
(A)先ずステップS301において、車外からタイヤを介して車体へ伝達する振動を計測するために用いる第1の加速度センサ39の出力信号と、車室内騒音を推定するために用いる第2の加速度センサ7の出力信号とをそれぞれ取得する。
(B)ステップS302に進み、第1の加速度センサ39の出力信号x(n)に対して、数7の演算を行うことで、アクチュエータ8への制御指令信号u(n)を求める。ステップS303に進み、第2の加速度センサ7の出力信号とアクチュエータ8への制御指令信号u(n)を用いて、図5に示すアルゴリズムによる騒音推定演算を行うことで、車室内空間9での推定音圧(推定騒音)を計算する。
(C)ステップS304に進み、ステップS303で計算された推定騒音と、第1の加速度センサ39の出力信号x(n)を用いて、数9及び数10の演算式に従って、更新されたフィルタ係数wi(n)を計算する。ステップS305に進み、ステップS304で計算されたフィルタ係数wi(n)を更新する。
(D)ステップS306に進み、ステップS202で計算されたアクチュエータ8への制御指令信号u(n)を出力する。ステップS301〜S306をサンプル時間n毎に行うことでフィードフォワード制御が行われ、車室内空間9での騒音が低減される。
このように、騒音推定部32により車室内空間9における騒音を推定することにより、図8に示した従来型と比較してマイクロフォンを装備する必要が無く、フィードフォワード型能動振動制御装置を実現することができる。従って、第1の実施の形態と同様に、車室内空間9にマイクロフォンを設置しないので、乗員の声や音楽を低減することなく、車外から進入する振動に起因した車室内騒音のみを低減する制御を行うことが出来る。また、マイクを用いて制御する場合に比べ、加速度センサ−アクチュエータ間距離が短く無駄時間が少ないため、制御効果が向上する。
なお、説明を簡便にするため、加速度センサの数を第1の実施の形態では1つ、第2の実施の形態では2つとし、アクチュエータの数を1つとしたシステムを例に取り説明したが、センサやアクチュエータを複数備えたシステムに対しても同様の議論が可能であり、本発明を適用することができる。すなわち、加速度センサ及びアクチュエータの数は本発明の特許請求の範囲を狭めるものではない。
実際に、r個の加速度センサおよびs個のアクチュエータを用いてt個の車室内空間における騒音低減制御を行う場合、図1及び図11中の騒音推定部32は図13に示す構成に変更すればよい。図13において、信号線横のr、s、tの記号はその信号線のチャンネル数を表している。第1の伝達モデル14は加速度センサの出力信号から車室内空間9の騒音までのt行r列の伝達関数マトリクスであり、第2の伝達モデル15はアクチュエータへの制御指令信号から車室内空間9の騒音までのt行s列の伝達関数マトリクスであり、第3の伝達モデル16はアクチュエータへの制御指令信号から加速度センサの取付け位置の振動までのr行s列の伝達関数マトリクスである。このように、加速度センサおよびアクチュエータが複数になることで、出力信号や制御指令信号が伝達する信号線を複数チャンネルにして、騒音推定部32内にあらかじめ保持しておく第1乃至第3の伝達モデル14〜16をマトリクス形式にする。このことにより、複数センサ及びアクチュエータの場合にも、第1乃至第2の実施の形態を容易に拡張できる。
(第3の実施の形態)
第3の実施の形態に係わる能動振動騒音制御装置を説明する前に、先ず、図14(a)、図14(b)及び図15を参照して、当該能動振動騒音制御装置が搭載される車両の構造について説明する。
図14(a)及び14(b)に示すように、アクチュエータが固定されている車体5のフロアパネル6は、3つの主要な部分に分けることができる。具体的には、フロアパネル6は、乗員が座るシートの下に位置する平板状のキャビンフロア17と、燃料タンクが固定されるタンクパネル18と、スペアタイヤ及びトランクの下が位置するスペアタイヤパネル19とを備える。キャビンフロア17は、エンジンルームとタンクパネル18の間に位置している。スペアタイヤパネル19は、タンクパネル18と車体5の後端の間に位置している。
図15に示すように、図14(b)のフロアパネル6の上には、車両の進行方向に向かって縦方向に伸びる縦メンバ20a〜20dと、横方向に伸びる横メンバ21a〜21dとが配置されている。フロアパネル6は車体を軽量化するべく薄い平板状に形成されているため、フロアパネル6だけでは十分な剛性が得られない。フロアパネル6よりも剛性が高い棒状の縦メンバ20a〜20d及び横メンバ21a〜21dをフロアパネル6上に固定して、フロアパネル6の剛性を高めている。縦メンバ20a〜20d及び横メンバ21a〜21dの厚みはフロアパネル6よりも厚く形成されている。縦メンバ20a〜20d及び横メンバ21a〜21dは、フロアパネル6の一方の面(表面又は裏面)側のみに固定されていても、両方の面(表裏面)に固定されていても構わない
以下、本発明の第3の実施の形態に係わる能動振動騒音制御装置について説明する。一般的に、路面からタイヤを介して車体に伝播する振動及び騒音は、波としての性質を有するため、フロアパネルの振動が車室内空間の騒音まで伝達するのに、ある一定の遅延時間を要する。つまり、振動及び騒音は、フロアパネルから乗員の耳まで瞬間的に伝達するものではなく、一定の遅延時間をかけて伝達する。この遅延時間によって騒音推定部32の騒音推定性能は大きく左右される。騒音推定部32は、第1の伝達モデルを用いて、加速度センサの取り付け位置における振動から車室内空間の騒音を推定し、第2の伝達モデルを用いて、アクチュエータへの制御指令信号から車室内空間の騒音を推定している。よって、フロアパネルから車室内空間までの遅延時間はこの騒音推定部32に含まれることが望ましい。第3の実施の形態では、フロアパネルから車室内空間まで波として伝達する振動及び騒音の遅延時間を考慮した車室内騒音を推定する装置及び方法について説明する。
図16に示すように、車室内空間にマイクロフォン40を配置して車室内騒音を実測してフロアパネル上のアクチュエータへの制御指令信号をコントロールするフィードバック型の能動振動騒音制御装置(NRC:Noise Reduction Control)が一般的に知られている。この装置は、車室内における1又は2以上の測定ポイントにおける騒音(音圧レベルSPL:Sound Pressure Level [dB])が低減されるように、アクチュエータ8を用いて車体のフロアパネルに制御振動を生成することを目的としている。1又は2以上のアクチュエータ8をフロアパネルの所定の位置に設置して制御振動をフロアパネル上に生成する。そして、1又は2以上のマイクロフォン40を車室内の所定の位置に設置して車室内騒音を測定する。マイクロフォン40により測定された音圧レベルSPLは、フィードバック型のコントローラ43に入力される。コントローラ43として、例えば、一般的なH∞制御を用いることができる。外乱によるフロアパネルの振動及びアクチュエータ8による制御振動は、それぞれ所定の遅延時間をかけて車室内騒音として伝達され、マイクロフォン40により音圧レベルとして測定される。よって、図16に示す制御システムには、物理的に存在する総ての遅延時間を含んだ構成を形成していることになる。ここで、総ての遅延時間には、外乱(ここでは、路面の凹凸によりタイヤを介して車体に侵入する振動及び騒音を示す)から車室内空間までの第1の遅延時間と、アクチュエータから車室内空間までの第2の遅延時間とを含まれる。
これに対して、図17は、室内騒音をマイクロフォンで直接測定することなく、車体の振動から車室内騒音までの伝達モデルを用いて車室内騒音を推定する能動振動騒音制御装置を示す。図17の装置では、騒音推定部32を仮想的なマイクロフォンとして備える。騒音推定部32が備える伝達関数と実際の伝達システム間に狂いが無ければ、図16と図17のシステムは正確に一致し、マイクロフォン40を騒音推定部32で置き換えることが可能である。
コントローラ31として、例えば、一般的なH∞制御を用いることができる。アクチュエータの制御指令信号Vと車室内音圧SPL間の開ループにおける伝達モデルは、一般的な伝達関数の形式で求めることができる。また、複数の制御指令信号V及び複数の車室内音圧SPLを含むシステムにおいても容易に図16及び図17の装置を適用可能であることは前述したとおりである。開ループからなるシステムは、数11で表される。ここで、sはラプラス変換における変数である。
コントローラ31は、ループ整形による設計法(the loop shaping design procedure)を用いて計算することができる。この計算手法は、D.McFarlane and K.Golver,IEEE Transactions on Automatic Control.vol.37,no.6,June 1992,pp.759−769,“A Loop Shaping Design Procedure Using H∞ Synthesis” に開示されている。ここでは、数12に示す計算式によりC
∞を求めている。
ここで、Gsは、W
1とW
2で重み付けされたシステムの伝達関数であって、整形関数(the shaping function)と呼ぶ。
このような条件式を満たす図16に示すコントローラCは、数14で表される。
ここで、W
1とW
2は、通常、制御対象とする振動及び騒音の周波数帯を選択することができるフィルターの伝達関数である。[Ms]とNsは数15に示すように、標準化されたGsのコプライム因子である。なお、パラメータεは、安定許容範囲と呼ばれ、通常0.2〜0.3が適当である。
次に、図17の騒音推定部32について説明する。騒音推定部Eは、車室内騒音SPLの伝達におけるマイクロフォン40に置き換えられる。騒音推定部Eは、実際には、車室以内騒音[SPL]の推定を行うため、騒音推定部Eが使用する伝達モデルはできる限り正確であることが望まれる。以後、推定された車室以内騒音(音圧)を[SPL]と表記し、マイクロフォンで実際に測定された車室内騒音をSPLと表記する。
図18に示すように、第3の実施の形態に係わるコントローラユニット30は、騒音推定部32とコントローラ31とを備える。プラント5は、外乱d及びアクチュエータの制御振動から車室内騒音SPLiまで振動及び騒音が伝達する筐体の一例としての車体を示す。騒音推定部32は、外乱dとして加速度センサから7の出力信号とコントローラ31からプラント5内のアクチュエータ8へ送信される制御指令信号とを受信して車室内騒音[SPL]iを推定する。コントローラ31は、車室内騒音[SPL]iに基づいて、プラントから出力される車室内騒音SPLiが軽減されるようにアクチュエータ8への制御指令信号を制御する。
図19に示すように、図18の騒音推定部32は、図17の加速度センサ7が取り付けられた位置から車室内騒音SPLを推定するポイントまでの伝達特性を表す第1の伝達モデルGdと、アクチュエータ8への制御指令信号から車室内騒音SPLまでの伝達特性を示す第2の伝達モデルGaとをデータとして備える。騒音推定部Eは、加速度センサ7の出力信号を第1の伝達モデルGdへ入力して得られる出力値と、制御指令信号を第2の伝達モデルGaへ入力して得られる出力値との和を車室内騒音[SPL]iとして出力する。
ここで、第2の伝達モデルGaは、アクチュエータ8が配置されたフロアパネル位置から車室内騒音を推定するポイントまでの伝達特性を示すものであっても構わない。
第1の伝達モデルGd及び第2の伝達モデルGaは、振動が伝達するプラント5を特定することにより求められ、実際のプラント5の物理的な総ての特徴を含有していることが望ましい。よって、第1及び第2の伝達モデルには、それぞれフロアパネルから車室内騒音まで騒音及び振動が波として伝達するために必要な時間(遅延時間)が含まれていることが望ましい。
騒音推定部32aは、図19に示すように、アクチュエータへの制御指令信号Vと、外乱を示す信号αが入力される。制御指令信号Vは、結果的には、アクチュエータ8が設置されている位置におけるフロアパネル6の振動に相当する。また、外乱を示す信号αは、加速度センサ7により測定されたフロアパネルの振動に相当する。
騒音推定部32aが十分な精度によって車室内騒音[SPL]を推定する場合、図17に示す能動振動制御装置は、図16に示すマイクロフォンで車室内騒音SPLを実測するタイプの能動振動制御装置に正確に一致する。図17のシステムの利点は、車室内に配置するマイクロフォンが不要となる点であり、ロードノイズと共に、ラジオの音、乗員の声、風の音なども制御振動によりかき消されてしまう危険性が無くなる。
しかしながら、騒音推定部32aは実際のプラント5が有する遅延時間を含んでいるため、コントローラの高い制御効率は期待できない。そこで、第3の実施の形態では、より良い制御効率、つまり騒音除去効率を実現するため、新たな騒音推定部Eの構造を提案する。即ち、遅延時間を補償してプラント5に実際に生じる遅延時間よりも短い遅延時間によって車室内騒音SPLを推定することにより、より良い制御効率を実現する。
時間遅延を含まないプラントは、遅延時間を含むプラントにくらべてより単純な構造を有しており、制御効率が高く、得られる制御ゲインも大きい。これに対して、遅延時間を含むプラントの場合、騒音制御が難しく、制御ゲインを高くすることができないため、制御効率は通常低くなってしまう。そこで、プラントの異なる遅延時間を計算及び評価し、これを騒音推定部Eから取り除く。こうして得られた新たな騒音推定部[E]は、単に車室内騒音SPLを推定するのではなく、推定される車室内騒音SPLを予測することができる。
図20は、遅延時間を考慮した騒音推定部32bの構成を示す。外乱に関する情報αは、先ず第1の伝達モデル14bに入力され、その後、遅延時間モデル44に入力される。一方、アクチュエータへの制御指令信号Vは第2の伝達モデル15bに入力され、その後、遅延時間モデル45へ入力される。
遅延時間補償τを用いて遅延時間Ta及びTdを短縮(補償)する方法を説明する。騒音推定部[E]は、数16に示すようなGa(s)及びGd(s)とを備える。
数16において、第1の伝達モデル[G]a(s)及び第2の伝達モデル[G]d(s)は、それぞれGa(s)及びGd(s)の遅延時間の項を除去したものに相当する。図21では、1つのアクチュエータ8と1つの外乱(加速度センサ7)と1つの車室内騒音SPLとを含むシステムを示している。
騒音推定部[E]は数16に示したGa(s)及びGd(s)を使用するため、何らハードウェアの変更なしに、遅延時間補償τを用いて容易に遅延時間Ta及びTdを短縮することができる。この特徴が、マイクロフォンの代りに騒音推定部が出力する信号を用いる利点である。遅延時間Tdが遅延時間Ta以上である場合、遅延時間補償τは遅延時間Taに等しくなる。この場合、アクチュエータは、時間遅延が存在しないかのような振る舞いをする。ここで[E]は、遅延時間を補償した騒音推定部を示す。
騒音推定部[E]を用いてコントローラユニットCを演算する。コントローラユニットCの演算は、前述したとおりであるが、数11の代りに、数17を用いる。
図22は、遅延時間を補償した騒音推定部32cの構成を示す。外乱に関する信号は先ず第1の伝達モデル14bに入力され、その後、τにより遅延時間補償された遅延時間モデル44bに入力される。一方、アクチュエータへの制御指令信号Vは第2の伝達モデル15bに入力され、その後、τにより遅延時間補償された遅延時間モデル45bへ入力される。遅延時間モデル44b、45bの出力信号を重ね合わせることにより車室内騒音[SPL]を推定することができる。
図23は、1つのアクチュエータ8と1つの外乱(加速度センサ7)と1つの車室内騒音SPLからなるシステムを示し、伝達経路上には、遅延時間補償された遅延時間モデルだけを示している。
遅延時間補償された遅延時間Ta及びTdの計算又は推定には3つの方法がある。
第1に、遅延時間は、伝達する距離の計算により推定することができる。時間遅延は本質的には空気中の音速に依存している。例えば、アクチュエータ8が車室内騒音SPLを測定する箇所から距離da離れた場所に配置されている場合、空気中の音速Vsを用いて数18により表すことができる。
第2に、遅延時間は信号処理の速度から推定することができる。入力信号と出力信号を測定することにより、システムの特定が可能となる。したがって、入力信号と出力信号の時間差を計算することができる。
第3に、システムを特定して伝達モデルG(s)を取得した後、伝達モデルGの不安定なゼロとともに遅延時間を推定できる。
遅延時間Tを含む一般的な伝達関数G(s)は、数19により得られる。
伝達関数G(s)は遅延時間Tを含むため、理想的な伝達関数N(s)/D(s)は、N(s)の中に不安定なゼロを含み、結果的に安定したゼロも含む。N(s)は数20に示すように分解される。
[N]は安定零点を有するN(s)の一部を示し、N'は不安定零点を含むN(s)の他の一部を示す。よって、数19は、数21になる。
[N](s)は安定化された[N](-s)であり、例えば、[N](-s)の根は、[N](s)の根に相対する。
[G]は、分子が安定な伝達関数G(s)であり、全域通過伝達関数[N](-s)/[N](s)は、遅延時間項の近似で用いられる周知のパデ近似(Pade approximation)を表す。遅延時間項を数24に示す。
G'(s)とG(s)の極は同じである。不安定なゼロが伝達関数の中に無いため、G'(s)は「最小位相(minimum phase)」であり、非最小位相(non-minimum phase)伝達関数と呼ばれるG(s)とは異なる。
次に、遅延時間補償された騒音推定部Eを有するコントローラの制御効率を解析する。最初に、実際にマイクロフォンを用いて制御効率を解析する。このとき、騒音推定部Eは使用しない。次に、遅延時間補償が成されていない騒音推定部Eを使用したコントローラの制御効率を解析する。最後に、遅延時間補償が成された騒音推定部Eを使用したコントローラの制御効率を解析する。なお、1つのアクチュエータと、1つの外乱(加速度センサ)と、1つの車室内騒音SPLからなるシステムについて上記の分析を実施する。
先ず、マイクロフォンを用いたシステムについて制御効率を解析する。図24は、車室内騒音SPLを実際に測定するマイクロフォンを備える能動振動制御装置の構成を示す。車室内騒音SPLは数25により得られる。
コントローラCがアクチュエータを駆動するために出力する制御指令信号Vは、数26により得られる。
数25と数26の計算式を組み合わせると、SPLは数27になる。
上記のSPL(s)は伝達関数H(s)の中には表れない。しかし、分母及び分子は、それぞれ遅延時間Ta及びTdを含む。この典型的な形式は制御が難しいことで知られており、具体的には、コントローラCのゲインを大きくすることができず、発散する危険性が高い。
次に、遅延時間補償のない仮想的マイクロフォンを備えるシステムについて制御効率を解析する。
図25は、仮想的なマイクロフォン(騒音推定部)であって遅延時間補償のないものを備える能動振動制御装置を示す。騒音推定部32a内の各伝達モデル14、15は、例えばプラント5の特定により推定される。数27に示す車室内騒音SPLは同じである。しかし、コントローラCが出力するアクチュエータ8を駆動するための制御指令信号Vは数29となる。
伝達関数Hの中には時間遅延は表れていないが、分母と分子にそれぞれ遅延時間が表れている。また、上記したような実際のマイクロフォンを使用したシステムにおける問題点がここでも存在するため、コントローラCの制御効率は低く留まってしまう。よって、次に示すように、遅延時間補償された騒音推定部Eが望まれる。
最後に、遅延時間補償のある仮想的マイクロフォンを備えるシステムについて制御効率を解析する。
図26は、仮想的なマイクロフォン(騒音推定部32c)であって遅延時間補償があるものを備える能動振動制御装置を示す。ここでの制御指令信号Vは、数33により表される。
推定される車室内騒音[SPL]は、数34により表される。
[H](s)の分母は、H(s)及びH(s)より小さい遅延時間を有する。遅延時間補償τと遅延時間Taが等しい場合、時間遅延は完全に削除され、SPL(s)は数36となる。
<第3の実施の形態の変形例>
第3の実施の形態では、1つのアクチュエータ8と、1つの外乱と、1つの車室内騒音SPLとを備えるシステムにおける騒音推定部Eについて説明したが、図22及び図23に示した能動振動制御装置は、2以上のアクチュエータ、外乱、車室内騒音SPLを備えるシステムに対して適用可能である。つまり、2以上のアクチュエータ及び加速度センサをフロアパネル上に配置し、車室内の複数箇所における騒音について騒音推定を実施するシステムについても容易に拡張することができる。
具体的には、Na個のアクチュエータとNd個の外乱(加速度センサ)を用いた場合の、遅延時間補償されたj番目の車室内騒音[SPL]jは、数37により与えられる。
ここで、Viはi番目のアクチュエータへの制御指令信号を示し、[G]a,ijはi番目のアクチュエータからj番目の車室内騒音SPLまでの遅延時間を含まない伝達関数を示し、e-s(Ta,ij-τij)はi番目のアクチュエータからj番目の車室内騒音SPLまでの遅延時間であって、遅延時間補償τijにより補償されたものを示す。[G]d,kjはk番目の外乱からj番目の車室内騒音SPLまでの遅延時間を含まない伝達関数を示し、e-s(Td,kj-τij)はk番目の外乱からj番目の車室内騒音SPLまでの遅延時間であって、遅延時間補償τijにより補償されたものを示す。Dk(s)は、k番目の外乱信号、つまり加速度センサから出力される信号を示す。なお、Nd個の外乱を含むシステムにおける車室内騒音SPLijを求める騒音推定部Eの構成を図29に示す。
<遅延時間補償の効率の実験例>
遅延時間補償された騒音推定部Eとこれを含むコントローラユニットCについて説明する。
車両の運転者の右耳の位置を騒音制御対象とする。1つのピエゾアクチュエータ8をフロアパネル6のタンクパネル19上に載置し、外乱を制御対象位置にリンクした箇所を振動するシェーカーにより形成する。外乱信号はガウシアン分布を形成している。コントローラCは、110Hzを中心周波数とする周波数帯の騒音を除去することを目的としている。実験結果を図27及び図28に示す。なお、図27及び図28に示す実験結果は、同じシステム(プラント5)について得られたものであるが、騒音推定部E及びコントローラCは互いに異なる。
先ず、図27の実験において、騒音推定部Eは総ての時間遅延であって遅延時間補償されていないものを有する。騒音除去効率は最大で15dBに到達し、騒音除去が有効に機能している周波数帯は、およそ107〜120Hzである。
次に、図28に示す実験において、騒音推定部[E]は、遅延時間Taが遅延時間補償τに等しい場合の遅延時間を有する。騒音除去の最大値は18dBであり、騒音除去が有効に機能している周波数帯は、およそ80〜130Hzである。
このような実験例により、遅延時間補償の利点が示された。つまり、遅延時間補償を加えることにより、騒音除去が有効に機能する周波数帯を広げることができ、且つ、騒音除去効率を高めることができる。
以上説明したように、本発明の第3の実施の形態によれば、以下の作用効果が得られる。
騒音推定部32は、センサが取り付けられた位置における振動から車室内騒音までの第1の遅延時間Tdと、制御指令信号から車室内騒音までの第2の遅延時間Taとを考慮して、第1の遅延時間後及び第2の遅延時間後の車室内騒音を推定する。これにより、より現実に近い車室内騒音の推定を行うことが出来る。
第2の遅延時間Taは、制御指令信号から車室内騒音までの遅延時間のうち最も短い最短遅延時間である。これにより、遅延時間を補償して車体に実際に生じる遅延時間よりも短い遅延時間によって車室内騒音SPLを推定することにより、より良い制御効率を実現することができる。
第1の遅延時間Tdは、第2の遅延時間Taを補正することにより求められる。遅延時間の計算負担が軽減され、容易なアルゴリズムにより遅延時間を計算することができる。
アクチュエータが複数存在する場合、第2の遅延時間Taは各アクチュエータについて個別に設定される。これにより、複数の振動伝達経路のそれぞれについての遅延時間を設定することができる。
(第4の実施の形態)
上記第1乃至第3の実施の形態に係わる能動振動騒音制御装置によれば、ロードノイズをその他の音(ラジオ、乗員の声、風、雨など)から分離することができるようになるが、騒音推定部Eにより推定された騒音[SPL]と実際の騒音SPLとの間での不一致が問題となる場合がある。
そこで、第4の実施の形態では、実際にマイクロフォンを用いて騒音SPLを測定して騒音推定部Eに含まれる伝達モデルを更新する技術について説明する。ここで問題となるのは、どのタイミングで伝達モデルの更新を行うかである。
騒音推定部Eが備える伝達モデルが完全に実際の伝達モデルに一致している場合、推定された騒音[SPL]は、実際の騒音SPLと正確に一致する。しかし、以下に示す2つの理由から、両者は必ずしも一致しない。
先ず、騒音推定部が有する2つのタイプのエラーがある。路面の振動には直接アクセスすることができず、フロアパネルの振動を用いて近似されている。更に、フロアパネルの振動測定点の数は限られているため、測定されるデータに路面の振動についての総ての情報が含まれていない。以上が1点目のエラーである。そして、2点目のエラーは、騒音推定部Eで使用している伝達モデルは、実際のシステムの対応物に過ぎず、伝達モードの数、伝達モデルの正確性には限界がある点である。
そして、実際の騒音SPLは、路面の振動となんら関係のないその他の音(ラジオ、乗員の声、風、雨など)と混合されているため、推定される騒音と実際の騒音との間の関連性は低い。
そこで、騒音推定部E内の伝達モデルを更新する必要が生じる。ここでは、コヒーレンスを用いた更新を説明する。この更新は2つの段階に分類できる。第1の段階は、コヒーレンス関数を用いた伝達モデルの更新を行うことを決定する段階である。第2の段階は、騒音推定部Eの出力と実際のマイクロフォンの出力とを用いて、実際に伝達モデルの更新を行う段階である。
更新を決定する第1の段階に関して、従来では、更新時を外的な出来事に基づいて定めていた。例えば、特開2000−120768号公報では、ドアが閉まる前を更新時としていた。そして、予め定めた外的な事項が生じたときに限り、伝達モデルの更新を実施する。
これに対して本実施の形態では、システムが自動的に更新を行う時及び更新を行わない時を自動的に決定する。具体的には、騒音推定部が複数のポイントで推定した車室内騒音[SPL]と実際にマイクロフォンを用いて測定した車室内騒音SPLとを比較して更新時を決定する。
制御対象となる周波数帯における推定音圧[SPL]と実測音圧SPLとの間のコヒーレンス関数Cs(f)を計算する。コヒーレンス関数が大きい場合、例えば0.9以上、理想的には1.0近くである場合、推定音圧[SPL]と実測音圧SPLとが線形的に関連して、ロードノイズに混合されるその他の音(風、乗員の声等)がないことを意味している。よって、この場合、騒音推定部の伝達モデルの更新を有効に実施することができる。
騒音推定部の伝達モデルGと実際のシステムとの不一致は、コヒーレンス関数Cs(f)に影響を与えず、実測音圧SPLに含まれ得るロードノイズ以外の音だけがコヒーレンス関数Cs(f)に影響を与える。例えば、コヒーレンス関数Cs(f)が1.0よりも低くなり、ほとんど0に近くなってしまう。推定音圧[SPL]と実測音圧SPLが正確に一致していないことは、コヒーレンス関数Cs(f)は影響を受けない。
推定音圧[SPL]と実測音圧SPL間のコヒーレンス関数Cs(f)を計算する利点の1つは、フロアパネル上の総てのポイントにおける振動αiと実測音圧SPL間のコヒーレンス関数を測定する場合に比べて、計算に対する負担及び記憶容量に対する負担が極端に軽減されることである。
図30は、n個の第1の伝達モデル14−1〜14−nと、m個の第2の伝達モデル15−1〜15−mとを備える騒音推定部32を示す。n個の加速度センサがα1〜αnの振動を測定し、m個のアクチュエータ(への制御指令信号V1〜Vm)が能動騒音制御に使用される。
推定音圧[SPL]が使用されるとき1つのコヒーレンス関数Cs(f)を使用できる。
ここで、xは入力信号(推定音圧[SPL])を示し、yは出力信号(実測音圧SPL)を示す。Pxx(f)は信号x(t)の自己スペクトル、Pyy(f)は信号y(t)の自己スペクトル、Pxy(f)は周波数fにおける信号x(t)と信号y(t)の交差スペクトルを示す。これら総てのスペクトルは例えばWelch法により計算できる。信号は、例えば所定のサンプリング周波数にて1秒間測定される。
複数の入力信号が使用されるとき、数39に示すように、複数のコヒーレンス関数Cmが必要である。計算に対する負荷及び必要とされる記憶容量は、1つのコヒーレンス関数の場合に比べて非常に大きくなる。
ここで、Sxy(f)とSxx(f)は、数40に示すとおりである。
kは入力信号の数を示し、制御が行われずn個の加速度センサが使用されているだけである時はnであり、制御が行われn個の加速度センサとm個のアクチュエータが使用されている時はn+mである。複数のコヒーレンス関数Cmを計算しなくても、1つのコヒーレンス関数Csについて計算すれば十分であることは明らかである。よって、実際にマイクロフォンで測定された実測音圧SPLと仮想的マイクロフォン(騒音推定部)により推定された推定音圧[SPL]とから1つのコヒーレンス関数Cs(f)を計算する。
一旦、更新の決定が成されると、更新そのものは極めてありふれた方法で行われる。しかしながら、制御が行われている時であっても更新は行うことができる。なぜなら、推定音圧[SPL]の一部はアクチュエータによる制御振動に相当し(これをSPLaとする)、図30に示すようにこれは仮想的なマイクロフォンの中に含まれている。推定音圧[SPL]は数41で表される。
制御を行わない時、アクチュエータへの制御指令信号V1〜Vmはすべてゼロである。よって、SPLaの項は無くなる。制御が行われていない時であっても更新は行うことができる。
更新モデルK(s)について説明する。更新モデルK(s)は、推定騒音[SPL]のうちフロアパネルの振動に相当するSPLαに対して適用される。これは以下の2つの理由からである。
第1に、制御が行われていない場合、信号SPLaはゼロにほぼ等しい。よって、信号SPLaに相当する部分の更新は適切ではない。
第2に、推定騒音[SPL]のうち信頼できない結果を表しているのはSPLαである。この部分はフロアパネルの幾つかのポイントにおける振動αiを使用し、車室内でロードノイズとなる路面の振動をあらわしている。更に、第1の伝達モデルGαiは、システムの特定による実験データから求められる。よって、第1の伝達モデルGαiと実際のシステムとの間には避けることができない違いが存在する。
この2つの理由から、更新モデルK(s)は信号SPLαの部分に適用される。よって、推定音圧[SPL]は数42になる。
図31は、更新モデル64を取り入れたモデル更新部61の構成を示すブロック図である。
次に、更新モデルKを計算する演算部63について説明する。判定部62が更新を決定した時、数43に示すように、実測音圧SPLを用いて更新モデルKを計算する。
更新モデルKは、実測音圧SPLと騒音推定部の路面振動に関する部分SPLαとの間の伝達関数としてみることができる。更新モデルK(s)は、単入力−単出力の周知の特定化技術により計算可能である。
図31に示すように、第3の実施の形態では、モデル更新部61が、第1の伝達モデルGαの後段に付加されている。モデル更新部61は、判定部62と、演算部63とを備える。判定部62は、推定音圧[SPL]と実測音圧SPL間のコヒーレンス関数を計算して更新モデルKの更新を行うか否かを判断する。演算部63は、判定部62が更新を決定した場合、更新モデルKを演算及び更新する。
更新のアルゴリズムは以下のとおりである。(1)先ず、サンプリング時間n毎にマイクロフォンを用いて実測音圧SPLを測定する。(2)T秒毎に実測音圧SPLと推定音圧[SPL]間のコヒーレンス関数Cを計算する。(3)所定の閾値Ctに対してコヒーレンス関数Cを比較して更新の是非を決定する。CがCtよりも大きければ、更新を決定して次の段階に進み、CがCt以下であれば更新は行わない。(4)制御が行われている場合、実測音圧SPL、SPLα及びSPLaとを用いて更新モデルK(s)を更新する。なお、更新モデルK(s)はゲイン1へ初期化される。
上記アルゴリズムの具体例を示す。ここでは、制御は行われていない。つまり、SPLaはゼロである。加速度センサの数は1であり、SPLの測定ポイントは1つである。よって、システムは、単入力−単出力(Single-Input Single-Output)モデルで表される。
1組のデータを用いて、第1の伝達モデルGαが計算され、騒音推定部に装備される。第1の伝達モデルGαへ加速度センサからの出力信号αが入力されて推定音圧[SPL]を出力する。
他の1組のデータを用いて、図32に示すように、推定音圧[SPL]と実測音圧SPLを比較する。推定音圧[SPL]と実測音圧SPLが非常に近くてもゲインは正確に一致しない。よって、騒音推定つまり制御効率を改善するために更新を実施する。
前述したように、制御対象の周波数帯においてコヒーレンス関数Cが所定の閾値Ctよりも大きい場合、更新モデルKの更新を行う。なお、理論的な閾値Ctは1にほぼ等しい。
図33は、コヒーレンス関数Cの計算結果の一例を示す。ここで制御対象の周波数帯は、80〜230Hzである。この制御対象周波数帯においてコヒーレンス関数Cは1に非常に近いため、更新モデルKの更新を行うことができることが分かる。なお、0〜80Hzと250〜1000Hzでのコヒーレンス関数はとても低い。よって、Kの計算は数44により行うことができる。
以上説明したように、本発明の第4の実施の形態によれば、以下の作用効果が得られる。
筐体内騒音を測定するマイクロフォンを配置して、マイクロフォンにより測定された車室内騒音と騒音推定部32により推定された車室内騒音とを用いて第1の伝達モデルを更新する。これにより、騒音推定部Eにより推定された騒音[SPL]と実際の騒音SPLとが一致しないという課題を解決することができる。
マイクロフォンにより測定された車室内騒音と騒音推定部32により推定された車室内騒音との間のコヒーレンス関数Cの値が所定値以上であるときに限り、第1の伝達モデルを更新する。更新の必要がある場合に限り更新を行うため、効率的に更新を行うことができる。
予め定めた周波数帯において、マイクロフォンにより測定された車室内騒音SPLと騒音推定部32により推定された車室内騒音[SPL]との間のコヒーレンス関数Cの値が所定値以上であるときに限り、第1の伝達モデルを更新する。対象となるコヒーレンス関数Cの周波数帯を限定することにより、より効率的な更新を行うことができる。
上記のように、本発明は、4つの実施の形態によって記載したが、この開示の一部をなす論述及び図面はこの発明を限定するものであると理解すべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施の形態、実施例及び運用技術が明らかとなろう。即ち、本発明はここでは記載していない様々な実施の形態等を包含するということを理解すべきである。したがって、本発明はこの開示から妥当な特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ限定されるものである。