JP4716873B2 - 知的障害の改善剤 - Google Patents

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Description

本発明は脳血管障害などに伴う脳機能の低下に基づく知的障害の改善に関するものである。より詳しくは、本発明は肝細胞増殖因子を有効成分として含み、脳血管障害や脱神経細胞性疾患に伴う脳機能の低下に基づく知的障害、より具体的には、学習能力の低下、記憶力の低下、痴呆の抑制やその回復に有用な医薬に関するものである。また、本発明は脳血管などの血管透過性の亢進を抑制する医薬に関する。
肝細胞増殖因子(以下、HGFということもある。)は当初成熟肝細胞に対する増殖因子として同定され、1989年にその遺伝子(cDNA)のクローニングがなされた(非特許文献1、2参照。)。
これまでにHGFは肝細胞に加え様々な細胞に対して、増殖促進、細胞遊走促進、形態形成誘導、細胞死防止など様々な生物活性を発揮することが明らかにされている(非特許文献3−6参照。)。
HGFの生物活性はそのレセプター(受容体)であるc−Metチロシンキナーゼを介して発揮され、HGFは多彩な生物活性を介して様々な障害に対する各種組織の修復及び保護作用機能を担っている。
HGFのもつ組織再生、保護機能の一つとして、血管新生促進活性が挙げられる。HGFは血管内皮細胞の増殖ならびに遊走を促進するとともにインビボ(in vivo)においても強い血管新生誘導活性を有している(非特許文献7−10参照。)。
また、HGFは血管内皮細胞の細胞死を抑制する活性を有している(例えば、非特許文献11−13参照。)。
近年、学習能力や記憶力、痴呆症などといった脳機能の低下に基づく知的障害の改善に作用する物質や方法に関しては、各方面で数多く研究や検討が進められ、少しづつその成果が発表されてきている。それによると、従来より研究されている脳機能の低下に基づく知的障害を改善する方法は、脳細胞に栄養を効率良く吸収させて、細胞の働きを活性化する脳エネルギー代謝改善方法と、脳の血行を良くして脳細胞に必要な栄養や酸素を充分に供給しようとする脳循環改善方法とに大別され、それぞれの病理学的作用を有する薬剤や治療方法について研究が進められている。また、痴呆症による知的障害については、神経系障害を原因として起こるアルツハイマー型痴呆症と、脳血管障害を原因とする脳血管性痴呆症との2つの型に分けて認識され、それぞれに対応した薬剤や治療方法の研究が進められている。
HGFと脳障害との関係については、インビトロ(in vitro)の培養神経細胞系においてHGFにより脳神経細胞の生存が促進されること、また脳傷害を受けた生体では、脳内におけるHGF mRNA及びc−met mRNAの発現が顕著に増大することが、またこれら知見に基づき、HGFが脳神経障害疾患の予防・治療に有用であることが記載されている(特許文献1参照。)。しかし、これら記載は、インビトロ(in vitro)の培養神経細胞系において海馬神経細胞の死滅細胞数の抑制の確認、並びに障害を受けた脳でのHGF mRNA及びc−met mRNAの発現を確認しているにとどまり、海馬神経細胞の機能や、障害を受けた脳に対する、HGFの作用効果についての記載は認められない。
また、HGFは海馬、大脳皮質、ドーパミン作動性中脳、小脳顆粒、感覚、運動ニューロン、各種ニューロン(神経細胞)に対して神経栄養因子活性を示すことが明らかにされている。(例えば、非特許文献14−19参照。)。
さらに、HGFはラットの脳虚血において、脳内の梗塞領域を減少し、梗塞部の血管分布の減少を抑制することが報告されている(非特許文献20参照。)。
しかし、これら文献は、虚血後の神経細胞の壊死などについての報告であり、記憶力や学習能力などの脳機能に基づく知的障害を検討したものではない。
また、脳血液関門の破綻などによる脳血管透過性亢進など、HGFの血管透過性亢進との関連を示す報告もない。
特開平08−89869号公報 バイオケミカル アンド バイオフィジカル リサーチ コミューニケーション(Biochemical and Biophysical Research Communications)、1984年、第122巻、p.1450−1459 ネイチャー(Nature)、1989年、第342巻、p.440−443 ザ ジャーナル オブ セル バイオロジー(The Jouenal of Cell Biology)、1985年、第129巻、p.1177−1185 ザ ジャーナル オブ バイオケミストリー(The Journal of Biochemistry)、1986年、第119巻、p.591−600 インターナショナル レビュー オブ サイトロジー(International Review of Cytrogy)、1999年、第186巻、p.225−260 キドニー インターナショナル(Kidney International)、2001年、第59巻、p.2023−2038 ザ ジャーナル オブ セル バイオロジー(The Jouenal of Cell Biology)、1992年、第119巻、p.629−641 プロシーディングス オブ ザ ナショナル アカデミー オブ サイエンス オブ ザ ユナイテッド ステート オブ アメリカ(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)、1993年、第90巻、p.1937−1941 サーキュレーション(Circulation)、1998年、第97巻、p.381−390 ハイパーテンション(Hypertension)、1999年、第33巻、p.1379−1384 ジャーナル オブ ハイパーテンション(Journal of Hypertension)、2000年、第18巻、p.1411−1420 ハイパーテンション(Hypertension)、2001年、第37巻、p.581−586 ダイアベーテス(Diabetes)、2002年、第51巻、p.2604−2611 ブレイン リサーチ モレキュラー ブレイン リサーチ(Brain Research. Molecular Brain Research)、1995年、第32巻、p.197−210 ザ ジャーナル オブ バイオケミストリー(The Journal of Biochemistry)、1986年、第119巻、p.591−600 ザ ジャーナル オブ ニューロサイエンス リサーチ(The Journal of Neuroscience Research)、1996年、第43巻、p.554−564 ニューロン(Neuron)、1996年、第17巻、p.1157−1172 ザ ジャーナル オブ ニューロサイエンス(The Journal of Neuroscience)、2000年、第20巻、p.326−337 ザ ヨーロピアン ジャーナル オブ ニューロサイエンス(The European Journal of Neuroscience)、1999年、第11巻、p.4139−4144 ニューロロジカル リサーチ(Neurological Research)、2001年、第23巻、p.417−423
本発明の目的は脳機能の低下に基づく知的障害の改善剤を提供することである。また、脳血液関門の破綻などによる脳血管透過性亢進などの抑制剤を提供することである。
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意努力した結果、HGFが脳塞栓誘発モデル動物において、脳細胞死を抑制し、脳塞栓誘発モデル動物において低下する記憶力や学習能力の低下を改善することを見出した。また、本発明者らは脳梗塞誘発モデル動物の脳内の脳血液関門の破綻などによる脳血管透過性亢進をHGFが抑制することを見出した。本発明はこれらの知見を基にして完成されたものである。すなわち、本発明は、
(1) 肝細胞増殖因子を含有する脳機能の低下に基づく知的障害の改善剤、
(2) 知的障害が学習能力の低下である前記(1)に記載の改善剤、
(3) 知的障害が記憶能力の低下である前記(1)に記載の改善剤。
(4) 知的障害が痴呆症である前記(1)に記載の改善剤。
(5) 肝細胞増殖因子を含有する血管透過性亢進抑制剤。
(6) 血管が脳血管である前記(5)に記載の抑制剤。
(7) 肝細胞増殖因子と薬学的に許容される添加剤を含有する、脳機能の低下に基づく知的障害を改善する組成物。
(8) 知的障害が学習能力の低下である前記(7)記載の組成物。
(9) 知的障害が記憶能力の低下である前記(7)記載の組成物。
(10) 知的障害が痴呆症である前記(7)記載の組成物。
(11) 肝細胞増殖因子と薬学的に許容される添加剤を含有する、血管透過性亢進を抑制する組成物。
(12) 血管が脳血管である前記(11)記載の組成物。
(13) 肝細胞増殖因子を哺乳動物に投与し、脳機能の低下に基づく知的障害を改善する方法。
(14) 知的障害が学習能力の低下である前記(13)記載の方法、
(15) 知的障害が記憶能力の低下である前記(13)記載の方法、
(16) 知的障害が痴呆症である前記(13)記載の方法、
(17) 肝細胞増殖因子を哺乳動物に投与し、血管透過性亢進を抑制する方法、
(18) 血管が脳血管である前記(17)記載の方法、
(19) 脳機能の低下に基づく知的障害を抑制するための医薬を製造するための肝細胞増殖因子の使用。
(20) 知的障害が学習能力の低下である前記(19)記載の使用、
(21) 知的障害が記憶能力の低下である前記(19)記載の使用、
(22) 知的障害が痴呆症である前記(19)記載の使用、
(23) 血管透過性亢進を抑制するための医薬を製造するための肝細胞増殖因子の使用、および
(24) 血管が脳血管である前記(23)記載の方法、
に関する。
さらに本発明は、HGFの投与のみならず、HGFの遺伝子を導入することからなる、脳障害により低下する知的障害又は血管透過性亢進の遺伝子治療をも包含するものである。
本発明の脳機能の低下に基づく知的障害の改善剤は、脳の血液循環障害(例えば脳梗塞、脳出血、ラックネー発作、ビンスワンガー病、脳血栓症、くも膜下出血、脳血管モヤモヤ病、頚頭動脈系線維筋性形成症、脳動脈硬化症、内頸動脈閉塞症、高血圧性脳症、脳浮腫など)、脱神経性疾患(例えば多発性硬化症、パーキンソン病、パーキンソン症候群、ハンチントン舞踏病、脳血管性痴呆症及びアルツハイマー性痴呆など)、てんかん及び頭部外傷などに伴って発現する脳機能の低下に基づく知的障害を改善する。
また、本発明の血管透過性亢進抑制剤は、脳の血液循環障害(例えば脳梗塞、脳出血、ラックネー発作、ビンスワンガー病、脳血栓症、くも膜下出血、脳血管モヤモヤ病、頚頭動脈系線維筋性形成症、脳動脈硬化症、内頸動脈閉塞症、高血圧性脳症、脳浮腫など)に基づく脳内での脳血液関門の破綻などによる脳血管透過性亢進、種々組織(内臓を含む。)における血管透過性亢進による血液漏出や浮腫、皮下出血および出血傾向などを抑制する。
さらに、本発明の血管透過性亢進抑制剤は、脳血液関門の破綻などを抑制できるので、脳への不要な物質や有害物質が入り込むことを防ぐので、前記有害物質などにより誘発される脳腫瘍や老人斑(脳の一部にβアミロイド蛋白質が沈着してできるシミ)なども抑制できる。
ラット脳マイクロスフェア塞栓による脳血管透過性亢進に対するHGFの効果を示す図である。
本発明の知的障害とは、脳障害、例えば脳の血液循環障害(例えば脳梗塞、脳出血、ラックネー発作、ビンスワンガー病、脳血栓症、くも膜下出血、脳血管モヤモヤ病、頚頭動脈系線維筋性形成症、脳動脈硬化症、内頸動脈閉塞症、高血圧性脳症、脳浮腫など)、脱神経性疾患(例えば多発性硬化症、パーキンソン病、パーキンソン症候群、ハンチントン舞踏病、脳血管性痴呆症及びアルツハイマー性痴呆など)、てんかん及び頭部外傷などに伴って発現する脳機能の低下に基づく記憶力、学習能力、見当識、言語、判断力などの知的機能に障害をきたすことを指す。
また本発明の血管透過性亢進とは、種々組織(例えば、脳、皮膚、内臓など)での血漿成分やその他の血液成分が漏出することをいい、例えば、脳の血液循環障害(例えば脳梗塞、脳出血、ラックネー発作、ビンスワンガー病、脳血栓症、くも膜下出血、脳血管モヤモヤ病、頚頭動脈系線維筋性形成症、脳動脈硬化症、内頸動脈閉塞症、高血圧性脳症、脳浮腫など)に基づく脳内での血漿成分やその他の血液成分の漏出などを指す。
本発明で使用されるHGFは公知物質であり、医薬として使用できる程度に精製されたものであれば、種々の方法で調製されたものを用いることができる。HGFの製造方法としては、例えばHGFを産生する初代培養細胞や株化細胞を培養し、培養上清などから分離、精製して該HGFを得ることができる。あるいは遺伝子工学的手法によりHGFをコードする遺伝子を適切なベクターに組み込み、これを適当な宿主に挿入して形質転換し、この形質転換体の培養上清から目的とする組換えHGFを得ることもできる。(例えば、非特許文献2、特開平5−111382号公報、Biochem. Biophys. Res. Commun. 163, 967 (1989)などを参照)。上記の宿主細胞は特に限定されず、従来から遺伝子工学的手法で用いられている各種の宿主細胞、例えば大腸菌、酵母又は動物細胞などを用いることができる。このようにして得られたHGFは、天然型HGFと実質的に同じ作用を有する限り、そのアミノ酸配列中の1若しくは複数個(例えば、数個)のアミノ酸が置換、欠失及び/又は付加されていてもよく、また同様に糖鎖が置換、欠失及び/又は付加されていてもよい。
本発明の知的障害の改善剤及び血管透過性亢進抑制剤は、ヒトの他、哺乳動物(例えば、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、イヌ、ネコなど)における脳障害などに起因する知的障害や脳やその他の組織での血漿成分やその他の血液成分の漏出の改善に適用される。
本発明の知的障害の改善剤及び血管透過性亢進抑制剤は、種々の製剤形態、例えば液剤、固形剤、カプセル剤などをとりうるが、一般的にはHGFのみ又はそれと慣用の担体と共に注射剤、吸入剤、坐剤又は経口剤とされる。上記注射剤は、公知の方法に従って、例えば、HGFを適切な溶剤、例えば滅菌精製水、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む緩衝液などに溶解した後、フィルターなどで濾過して滅菌し、次いで無菌的な容器に充填することにより調製することができる。適当な溶解補助剤、例えばアルコール(エタノールなど)、ポリアルコール(プロピレングリコール、ポリエチレングリコールなど)、非イオン界面活性剤(ポリソルベート80、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油50など)などを併用してもよい。油性液としては、例えば、ゴマ油、大豆油などが用いられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールなどを併用してもよい。調製された注射液は、通常、適当なアンプルに充填される。注射剤中のHGF含量は、通常約0.0002〜0.2w/v%程度、好ましくは約0.001〜0.1w/v%程度に調整される。なお、注射剤などの液状製剤とする場合は、凍結保存又は凍結乾燥などにより水分を除去して保存するのが望ましい。凍結乾燥製剤は、用時に注射用蒸留水などを加え、再溶解して使用される。
また、経口剤としては、例えば錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠、腸溶錠を含む。)、顆粒剤、細粒剤、散剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤、腸溶カプセル剤を含む。)、液剤、乳剤、懸濁剤、シロップ剤などの剤形に製剤化される。これら製剤は公知の方法によって製造され、製剤分野において通常用いられる担体、例えば乳糖、でんぷん、蔗糖、ステアリン酸マグネシウムなどが用いられる。坐剤も慣用の基剤(例えばカカオ脂、ラウリン脂、グリセロゼラチン、マクロゴール、ウィテップゾルなど)を用いた製剤上の常套手段によって調製することができる。また、吸入剤も製剤上の常套手段に準じて調製することができる。製剤中のHGF含量は、剤形、適用疾患などに応じて適宜調整することができる。
また、本発明で用いられるHGFは、生体分解性高分子と共に、徐放性製剤(徐放性マイクロカプセルを含む。)とすることもできる。HGFは特に徐放性製剤とすることにより、血中濃度の維持、投薬回数の低減、副作用の軽減などの効果が期待できる。該徐放性製剤は例えばドラッグデリバリーシステム、第3章(CMC,1986年)などに記載の公知の方法に従って製造することができる。本徐放性製剤に使用される生体内分解性高分子は、公知の生体内分解性高分子のなかから適宜選択できるが、例えばデンプン、デキストラン又はキトサン等の多糖類、コラーゲン又はゼラチン等の蛋白質、ポリグルタミン酸、ポリリジン、ポリロイシン、ポリアラニン又はポリメチオニン等のポリアミノ酸、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸・グリコール酸重合体または共重合体、ポリカプロラクトン、ポリ−β−ヒドロキシ酪酸、ポリリンゴ酸、ポリ酸無水物又はフマル酸・ポリエチレングリコール・ビニルピロリドン共重合体等のポリエステル、ポリオルソエステル、ポリメチル−α−シアノアクリル酸等のポリアルキルシアノアクリル酸、ポリエチレンカーボネート又はポリプロピレンカーボネート等のポリカーボネート等である。好ましくはポリエステル、更に好ましくポリ乳酸又は乳酸・グリコール酸重合体または共重合体である。ポリ乳酸−グリコール酸重合体または共重合体を使用する場合、その組成比(乳酸/グリコール酸)(モル%)は徐放期間によって異なるが、例えば徐放期間が約2週間ないし約3カ月、好ましくは約2週間ないし約1カ月の場合には、約100/0ないし約50/50である。該ポリ乳酸−グリコール酸重合体または共重合体の重量平均分子量は、一般的には約5,000ないし約20,000である。ポリ乳酸−グリコール酸共重合体は、公知の製造法、例えば特開昭61−28521号公報に記載の製造法に従って製造できる。製造された徐放性製剤は、手術時まで無菌状態で保存し、開頭手術後、無菌状態で、脳内の適当な部位(例えば、脳梗塞の手術の場合は、梗塞部位の周囲数カ所)に留置する等して使用する。該徐放性製剤における、生体分解性高分子とHGFの配合比率は特に限定はないが、例えば生体分解性高分子に対して、HGFが約0.01w/w%〜30w/w%程度である。
本発明の知的障害の改善剤及び血管透過性亢進抑制剤は、その製剤形態に応じた適当な投与経路により投与され得る。例えば、注射剤の形態にして静脈、動脈、皮下、筋肉内、脳内などに本発明の知的障害の改善剤及び血管透過性亢進抑制剤を投与することができる。その投与量は、患者の症状、年齢、体重などにより適宜調整されるが、通常HGFとして約0.001mg〜1000mg、好ましくは約0.01mg〜100mgであり、これを1日1回ないし数回に分けて投与するのが適当である。
さらに、近年、HGF遺伝子を用いた遺伝子治療に関する報告がなされており(Circulation,96,No3459(1997)、Nature Medicine,5,226-230(1999)、Circulation,100, No.1672(1999)、Gene Therapy,7,417-427(2000)などを参照。)、また技術的にも確立された技術となっている。本発明においては、前述のようなHGFの投与のみならず、HGF遺伝子を導入することからなる知的障害及び血管透過性亢進の遺伝子治療剤をも包含するものである。以下、HGFの遺伝子治療につき記述する。
本発明において使用される「HGF遺伝子」とは、HGFの発現可能な遺伝子を指す。具体的には、非特許文献2、特許第2777678号公報、Biochem. Biophys. Res. Commun.,163,967(1989)、Biochem.Biophys.Res.Commun.,172,321(1990)などに記載のHGFのcDNAを適当な発現ベクター(非ウイルスベクター、ウイルスベクター)に組み込んだものが挙げられる。ここでHGFをコードするcDNAの塩基配列は、前記文献に記載されている他、ジーンバンク(Genbank)等のデータベースにも登録されている。従ってこれらの配列情報に基づき適当なDNA部分をPCRのプライマーとして用い、例えば肝臓などのmRNAに対してRT−PCR反応を行うことなどにより、HGFのcDNAをクローニングすることができる。これらのクローニングは、例えばMolecular Cloning 2nd Edt., Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)等の基本書に従い、当業者ならば容易に行うことができる。
さらに、本発明のHGF遺伝子は上記に限定されず、発現するタンパク質がHGFと実質的に同じ作用を有する遺伝子である限り、本発明のHGF遺伝子として使用できる。すなわち、前記cDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAや、前記cDNAによりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1若しくは複数(好ましくは数個)のアミノ酸が置換、欠失及び/又は付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNAなどのうち、HGFとしての作用を有するタンパクをコードするものであれば、本発明のHGF遺伝子の範疇に含まれる。該DNAは、例えば通常のハイブリダイゼーション法やPCR法などにより容易に得ることができ、具体的には前記Molecular Cloning等の基本書などを参考にして行うことができる。
本発明のHGF遺伝子は、前述のHGFタンパクと同様、知的障害の改善及び血管透過性亢進の抑制に適用することができる。
HGF遺伝子を有効成分とする遺伝子治療剤を患者に投与する場合、常法、例えば別冊実験医学,遺伝子治療の基礎技術,羊土社,1996、別冊実験医学,遺伝子導入&発現解析実験法,羊土社,1997、日本遺伝子治療学会編遺伝子治療開発研究ハンドブック、エヌ・ティー・エス,1999などに記載の方法に従って、投与することができる。
製剤形態としては、上記の各投与形態に合った種々の公知の製剤形態をとり得ることができる。
製剤中のDNAの含量は、治療目的の疾患、患者の年齢、体重等により適宜調節することができるが、通常、本発明のDNAとして約0.0001−100mg、好ましくは約0.001−10mgである。
また、HGF遺伝子とHGFは独立して使用することもできれば、両者を併用して用いることもできる。
以下に実験例および製剤例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
〔実験例1〕 マイクロスフェア脳塞栓による記憶学習能低下に及ぼすHGFの効果
1.実験動物
動物は体重220−250gのウイスター(Wistar)系雄性ラットを使用した。動物は、動物管理と使用に関する指導書である実験動物の管理と使用に関する指針(National Institute of Health Guide for the Care and Use of Laboratory Animals)及び実験動物に関する指針(Guideline for Experimental Animal Care:総理府発行)に従い、飼料と水を自由に与え、恒温(23±1℃)、恒湿(55±5%)、定時照明(12時間明所、12時間暗所)の人工環境下で飼育した。
2.試料
ヒト組替えDNA肝細胞増殖因子(HGF)は既法(Nakamura等, Nature 342:440-443, 1989)に従って準備し、被検試料とした。
3.実験方法
(1)マイクロスフェア脳塞栓モデルの作製
マイクロスフェア脳塞栓モデルの作製は既存の方法(Stroke 24, 415-420 (1993)、Br. J. Pharmacol., 118, 33-40 (1996)、J. Biol. Chem., 277, 6382-6390 (2002))を一部改良し実施した。ペントバルビタール・ナトリウム(ネンブタール,アボット・ラボラトリーズ,カナダ,米国)40mg/kgを腹腔内投与してラットを麻酔後、背位に固定した。頸部正中切開後、右総頸動脈を剥離し、右外頸動脈ならびに右翼突口蓋動脈の血流を一時的に遮断した。ポリエチレン・カテーテル(3 French size, アトムメディカル株式会社,東京、日本)に接続した注射針(25G,テルモ株式会社,東京,日本)を経て、右総頸動脈内に20w/v%デキストラン溶液に懸濁した700個のマイクロスフェア(直径48μm, NEN-005, New England Nuclear Inc., Boston, USA)を注入した。注入後、針跡を外科用接着剤(アロンアルファA,三共株式会社,東京,日本)で修復し、右外頸動脈ならびに右翼突口蓋動脈の血流を再開通させ、手術野を縫合した。右外頸動脈ならびに右翼突口蓋動脈の血流遮断時間は約2分であった。また、上記と同様の手術を行い,20w/v%デキストラン溶液のみを注入したラットを偽手術群(Sham)ラットとした。
脳塞栓後のラットをHGF投与群及び溶媒(vehicle)投与群に無作為に分別した。脳室内へのHGFの持続注入は、HGF10及び30μg/動物となるよう、HGFを生理食塩水に溶解し,浸透圧ポンプ(Alzet model 2001, Alzet, CA, USA)を用いてマイクロスフェア注入後10分あるいは15時間目から右脳室内に7日間持続注入した。
(2)モリス(Morris)水迷路を用いた空間記憶学習能試験
空間記憶学習能試験は脳塞栓後の神経欠損症状が消失し、ラットが遊泳可能であると判断した上記(1)の脳塞栓後12日目より開始した。水迷路には直径170cm、高さ45cmの円形プールを用いた。高さ30cmまで水(23±1℃)を入れ、プール周囲の照明照度を一定にした。
プールを4象限に分け、そのうち一つの象限の水面下1.5cmの場所に透明なアクリル樹脂製プラットホーム(直径12cm)を固定した。プラットホームに対し水平軸上の反対側の象限を第1象限とし、時計回りに2、3及び4象限とした。すなわちプラットホームは第3象限内の一定の位置に設置した。プールの周囲には視覚的指標となる幾何学的模様を設置し、これらの配置は実験期間中一定にした。
ラットをプール内壁面に向けて水中に静かに放った。ラットの入水場所はプラットホームが存在する象限を除いた三つの象限のいずれかをランダムに選んだ。
プールの真上(レンズ位置は底面から2m10cm上空)にはCCDカメラ(AXIS 60, Cosmicar TV lens 径4.8mm, Artist, Japan)を設置し、ラットの遊泳起動の映像信号をモニターした。この映像信号をコンピュータに入力し、解析ソフトウエア(TARGET/2, Neuroscience, 9801, NEC, Japan)を用い、プラットホームに達するまでの遊泳時間(逃避潜時,escape latency)及び遊泳軌道全試行を解析した。遊泳時間は最大180秒とし、ラットが180秒以内にプラットホームに達しない場合は、強制的にラットをプラットホームに移し、その場に30秒留まらせた後、プールから取り出した。以上の操作を1試行(trial)とした。
空間記憶学習能試験は1日当たりのtrial数を3回(1 session)とし、1時間のインターバルをおいて行った。試験は3日間(脳塞栓後12−14日目)連続して延べ9回行い、session間及びtrial間でラットの入水位置をランダムに変更した。
脳塞栓後21及び28日目に過去の記憶が保持されているのかを調べる目的で記憶保持試験を試行した。保持試験は脳塞栓後14日目,すなわち空間記憶学習能試験3日目と同様の遊泳操作を行った。
(4)結果
表1−3はラットの空間記憶学習能を検討するために使用した水迷路試験(water maze test)の逃避潜時(escape latency)の結果を示す。
表1は、手術後12、13、14日目の空間記憶学習能を示す。偽手術群では、trialが増すごと逃避潜時が短縮し、ラットが記憶学習能を有することを示した。脳マイクロスフェア塞栓群の逃避潜時は術後12日目の2回目、3回目試行、及び翌日、翌々日の試行でも短縮することはほとんど無かったが、HGF投与群では用量依存的に逃避潜時が短縮した。
なお、表中、Shamは偽手術群、MEは脳マイクロスフェア塞栓群、ME+HGF10は脳マイクロスフェア塞栓+HGF10μg投与群、ME+HGF30は脳マイクロスフェア塞栓+HGF30μg投与群を示し、各数値は平均値±標準誤差を示し、統計学的検定法として、群間比較には二元配置の分散分析Two-way ANOVAを使用した。ANOVAによる有意差が認められた場合、さらに他群間比較のため、post-hoc testとしてFisherのPLSD多重比較法を用いた。*はShamに対し5%の危険率で有意差(p < 0.05)があることを示し、# は、MEに対し5%の危険率で有意差(p < 0.05)があることを示す。以下表2および表3においても同様である。
Figure 0004716873
表2は、手術後21日目の記憶保持試験の結果を示す。偽手術群では、上記術後12〜14日に行った空間記憶学習試験により獲得した記憶が術後21日目においても持続していることを示している。一方、脳マイクロスフェア塞栓群では、記憶の保持が全く認められなかった。一方、脳マイクロスフェア塞栓+HGF10μg投与群では、1回目のtrialでは、記憶の保持は認められなかったが、2回目、3回目のtrialでは、逃避潜時が著しく短縮した。さらに、脳マイクロスフェア塞栓+HGF30μg投与群では、術後12〜14日に行った空間記憶学習試験により獲得した記憶が1回目のtrialから保持されており、2回目、3回目のtrialと回数が増えるごとに逃避潜時が短縮し、さらに記憶学習能力が増すことを示した。
Figure 0004716873
表3は、手術後28日目の記憶保持試験の結果を示す。28日目のtrialでは脳マイクロスフェア塞栓+HGF30μg投与群と偽手術群はほぼ同様の逃避潜時を示したのに対し、脳マイクロスフェア塞栓群では脳マイクロスフェア塞栓+HGF30μg投与群に比べると1回目のtrialの逃避潜時は長く、かつ2、3回目のtrialで短縮することはなかった。
Figure 0004716873
以上の結果は脳マイクロスフェア塞栓、すなわち脳障害により発生する長期及び短期の記憶学習能力、記憶保持力などの知的障害はHGF投与で改善することを示している。
〔実験例2〕 マイクロスフェア脳塞栓による脳血管透過性亢進に対するHGFの効果
実験動物、試料およびマイクロスフェア脳塞栓手術は実験例1と同様である。
(1)脳灌流血管の観察
脳血管の形態学的観察を行う目的でアルブミン−フルオレセインイソシアネート(albumin fluorescein isothiocyanate ;FITC−アルブミン, Sigma)を脳血管内に注入した。FITC−アルブミンの脳血管内への注入は既存の方法(Brain Res., 910, 81-93 (2001))を一部改良して行った。マイクロスフェア脳塞栓手術を施したラットにペントバルビタール・ナトリウム(ネンブタール:アボット ラボラトリーズ)40mg/kgを腹腔内投与し麻酔後、背位に固定した。頸部正中切開後、両側総頸動脈より0.1MのPBSに溶解した10mg/mLFITC−アルブミンを2.5mLシリンジに接続したポリエチレンチューブ(SP-31, Natume, Tokyo, Japan)を通してシリンジポンプ(CFV-2100, 日本光電、東京、日本)を用いて1mL/minの速度で体重1kg当たり1mL注入した。注入直後に腹部大静脈より脱血した。
脳血管の走行性を観察する目的で、FITC−アルブミンが注入された脳組織を水溶性包埋剤のOCTコンパウンドで冠状凍結ブロックを作製し、クリオスタットを用い、40μmの薄切切片を作製した。切片はスライドガラスに封入後、落射式蛍光顕微鏡にてFITCの緑色蛍光画像を観察した。
(2)結果
図1は脳マイクロスフェア塞栓7日目の脳冠状切片(40μm)の顕微鏡の画像解析の結果示す。脳マイクロスフェア塞栓により脳半球の約28%にFITC−アルブミン漏出が観察された。脳マイクロスフェア塞栓+HGF30μg投与群はこの漏出をほぼ完全に阻止した。このことは血液・脳関門破綻をHGFが著しく軽減すること、並びにHGFが虚血傷害に対する血管組織の保護作用を有することを意味している。
また、このことはHGFが各種脳疾患の脳血管透過性の亢進や脳以外の組織での血管透過性の亢進を抑制することを示唆しているものである。
なお、図中、Shamは偽手術群、MEは脳マイクロスフェア塞栓群、ME+HGFは脳マイクロスフェア塞栓+HGF30μg投与群を示し、各カラムは平均値±標準誤差を示し、統計学的検定法として、群間比較には二元配置の分散分析Two-way ANOVAを使用した。ANOVAによる有意差が認められた場合、さらに他群間比較のため、post-hoc testとしてFisherのPLSD多重比較法を用いた。*はShamに対し5%の危険率で有意差(p < 0.05)があることを示し、# は、MEに対し5%の危険率で有意差(p < 0.05)があることを示す。
〔製剤例1〕
生理食塩水100ml中にHGF1mgを無菌的に溶解し、1mlずつバイアルに分注した後、常法に従い凍結乾燥して密封することにより凍結乾燥製剤を得る。
〔製剤例2〕
0.02Mリン酸緩衝液(0.15M NaCl及び0.01w/v%ポリソルベート80含有、pH7.4)100ml中にHGF1mgを無菌的に溶解し、1mlずつバイアルに分注した後、常法に従い凍結乾燥して密封することにより凍結乾燥製剤を得る。
本発明の知的障害の改善剤は、脳の血液循環障害(例えば脳梗塞、脳出血、ラックネー発作、ビンスワンガー病、脳血栓症、くも膜下出血、脳血管モヤモヤ病、頚頭動脈系線維筋性形成症、脳動脈硬化症、内頸動脈閉塞症、高血圧性脳症、脳浮腫など)、脱神経性疾患(例えば多発性硬化症、パーキンソン病、パーキンソン症候群、ハンチントン舞踏病、脳血管性痴呆症及びアルツハイマー性痴呆など)、てんかん及び頭部外傷などに伴って発現する脳機能の低下に基づく知的障害、特に学習能力や記憶の改善に有用である。
また、本発明の血管透過性亢進抑制剤は、脳の血液循環障害(例えば脳梗塞、脳出血、ラックネー発作、ビンスワンガー病、脳血栓症、くも膜下出血、脳血管モヤモヤ病、頚頭動脈系線維筋性形成症、脳動脈硬化症、内頸動脈閉塞症、高血圧性脳症、脳浮腫など)に基づく脳内での血管透過性亢進、種々組織(内臓を含む。)における血管透過性亢進による血液漏出や浮腫、並びに皮下出血および出血傾向などの抑制剤として有用である。
さらに、本発明の血管透過性亢進抑制剤は、脳血液関門の破綻などを抑制できるので、脳への不要な物質や有害物質が入り込むことを防ぎ、前記有害物質などにより誘発される脳腫瘍や老人斑(脳の一部にβアミロイド蛋白質が沈着してできるシミ)などの抑制剤としても有用である。

Claims (3)

  1. 肝細胞増殖因子を含有する脳血管透過性亢進による脳浮腫の抑制剤。
  2. 肝細胞増殖因子と薬学的に許容される添加剤を含有する、脳血管透過性亢進による脳浮腫を抑制するための組成物。
  3. 脳血管透過性亢進による脳浮腫を抑制するための医薬を製造するための肝細胞増殖因子の使用。
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