JP4610120B2 - プラスチック構造体及び該プラスチック構造体の形成方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、プラスチック部品の表面処理・表面機能化に関する技術分野に属し、プラスチック部品の任意の表面部分に、外部から表面形成材料を層として付加することなく円錐状ないしは釣り鐘状の隆起物を形成させたプラスチック構造体、及び該プラスチック構造体の形成方法に関するものである。
【0002】
【従来技術】
近年、プラスチック部品の高機能化、高性能化の要求が高くなってきている。それらの要求に対して、プラスチック材料自身をポリマーアロイ化したり複合化したりする材料面での技術対応と、要求機能に合わせて機能部位を付加する加工面での技術対応の二つの取り組みが行われている。プラスチック部品の表面の高機能化・高性能化は、表面の濡れ性、接着性、吸着性、制電性、水分やガスに対するバリアー性、表面硬さ、光反射性、光散乱性、光透過性などの制御の必要性から、材料・加工両面から色々な技術的な取り組みがされてきている。それらの中で、プラスチックの表面に凹凸を設けて、濡れ性や接着性や光学的特性を向上させる方法がいくつかあり、それを分類すると下記のようになる。
【0003】
(1)プラスチックの表面を機械的に摩擦したり、スパッタ・エッチングなどの物理的・化学的な処理により表面の一部を除去して凹凸を形成する方法。
(2)塗工・電鋳などのウエット・プロセスや蒸着・ラミネート・転写等のドライ・プロセスによりプラスチック表面に膜を付加して凹凸を形成する方法。
(3)予め凹凸を形成した金型などを利用して、成形により凹凸を形成する方法。
【0004】
(1)の方法は、除去されたプラスチックの屑や飛散物による表面の汚染や後処理の問題があり、(2)の方法は、付加方法特有の材料や加工プロセスの追加による煩雑性の問題がある。また、(1)、(2)とも最近の環境汚染やリサイクル対策に関して、有意な方法とは言い難い。(3)の方法は、除去や付加を伴わない方法であり量産性にも優れた方法であるが、精緻な凹凸構造の制御性に乏しい問題がある。そのため、環境汚染やリサイクルなどの問題を含まず、プラスチック表面の任意の場所に精密な凹凸構造を制御された形で形成できる方法の出現が望まれている。
【0005】
一方、レーザー光源に関する技術進歩は著しく、特にパルスレーザーは、ナノ(10-9)秒からピコ(10-12)秒と超短パルス化が進み、更に最近では、チタン・サファイア結晶などをレーザー媒質とするフェムト(10-15)秒パルスレーザーなどが開発されてきている。ピコ秒やフェムト秒などの超短パルスレーザーシステムは、通常のレーザーの持つ、指向性、空間的・時間的コヒーレンスなどの特徴に加えて、パルス幅が極めて狭く、同じ平均出力でも単位時間・単位空間当りの電場強度が極めて高いことから、物質中に照射して高い電場強度を利用して誘起構造を形成させる試みが、無機ガラス材料を主な対象物として行われてきている。
【0006】
また、高分子材料であるアモルファス・プラスチック等は、無機ガラス材料と比較して、ガラス転移温度が低い。これは、無機ガラス材料が共有結合で三次元的に結合してアモルファス構造が形成されているのに対して、高分子材料は、一次元的に共有結合で繋がった高分子鎖が三次元的に絡み合ってアモルファス構造が形成されていることを反映した結果である。従って、無機ガラス材料に対しては、大きな照射エネルギーで照射しないと、誘起構造が形成されないが、高分子材料では、高いエネルギーの照射は材料の劣化を引き起こす虞があるので、高いエネルギーの照射は回避する必要がある。
【0007】
しかしながら、高分子材料は、熱伝導性が低いという特徴を有している。従って、高分子材料は熱伝導性が低いので、蓄熱し易い傾向がある。すなわち、高分子材料は熱運動が無機ガラス材料に比べて容易に起こり、運動や反応に必要な熱量が少なくて済むので、無機ガラス材料に比べて、比較的低い照射エネルギーでも誘起構造が形成される可能性がある。しかし、高分子材料であるプラスチック構造体に関して、パルス幅が10-12秒以下である(例えば、パルス幅がフェムト秒のオーダーである)超短パルスレーザーの照射による誘起構造形成の検討は、現在まで、無機ガラス材料ほどには行われていなかった。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の課題は、上記の様な従来の技術に付随する環境汚染やリサイクルなどの環境問題が生じず、かつプラスチック表面に凹凸構造を精密に形成させたプラスチック構造体及び該プラスチック構造体の形成方法を提供することにある。
本発明の他の目的は、パルス幅が10-12秒以下である超短パルスレーザーの照射により、該照射のエネルギーが低くても、プラスチック表面に凹凸構造が形成されたプラスチック構造体及び該プラスチック構造体の形成方法を提供することにある。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、プラスチック内部に10-12秒以下のパルスの超短パルスレーザーを照射すると、プラスチック表面に、プラスチック内部のレーザー照射部位から供給された円錐状ないし釣り鐘状の隆起物が精密に形成され、精密な凹凸構造を有するプラスチック構造体を作製できることを見出した。本発明は、これらの知見に基づいて完成されたものである。
【0010】
すなわち、本発明は、プラスチック表面に、該プラスチック内部から隆起して形成された底面の直径0.3〜30μm、高さ0.1〜10μmの円錐状ないし釣り鐘状の隆起物を、直径と同じかそれ以上の間隔を置いて複数個有し、
隆起物が、プラスチック内部に外部よりパルス幅10 -12 秒以下の超短パルスのレーザーを、プラスチック表面から5〜150μmの深さに焦点を合わせて照射することにより形成されたものであり、
超短パルスのレーザーの照射エネルギーが、500mW以下であり、
隆起物を形成する前の状態のプラスチックが、100℃以上のガラス転移温度を有し、かつ、400〜800nmの可視光波長領域において10%以上の透過率を有するプラスチックであることを特徴とするプラスチック構造体を提供する。
【0012】
隆起物を形成する前の状態のプラスチックとしては、100℃以上のガラス転移温度を有するアモルファス・プラスチックであってもよい。さらに、隆起物を形成する前の状態のプラスチックは、ポリマー材料と他の材料との複合体であってもよい。さらにまた、隆起物を形成する前の状態のプラスチックは、二つ以上の層構造からなる積層体であってもよい。
【0013】
本発明のプラスチック構造体の形成方法は、プラスチック内部に外部よりパルス幅10-12秒以下の超短パルスのレーザーを、該超短パルスのレーザーの照射方向に対して垂直な方向に且つプラスチック表面に対して平行な方向に、超短パルスのレーザーの焦点をライン状に移動させながら照射することにより、前記プラスチック構造体を作製することを特徴とする。
【0014】
本発明の形成方法では、超短パルスのレーザーの焦点をライン状に移動させる際のラインが複数有り、各ライン同士が平行であることが好ましい。また、超短パルスのレーザーは、プラスチック表面から5〜150μmの深さに焦点を合わせて照射することが好ましい。超短パルスのレーザーの照射エネルギーは、500mW以下であってもよい。
【0015】
また、本発明では、プラスチック及び超短パルスのレーザー光源のうちいずれか一方を、他方に対して相対的に移動させることにより、超短パルスのレーザーの焦点をライン状に移動させることができる。ライン状に移動する超短パルスのレーザーの焦点の移動速度は、10〜1,000μm/秒であってもよい。さらにまた、焦点をライン状に移動させながら照射された複数のラインにおいて、近接したライン間の間隔は、10〜100μmであってもよい。
【0016】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施の形態を、必要に応じて図面を参照しつつ説明する。
【0017】
[隆起物を有するプラスチック構造体]
図1は本発明のプラスチック構造体の一例を模式的に示す鳥瞰図であり、図2は本発明のプラスチック構造体の他の例を模式的に示す鳥瞰図である。
【0018】
図1のプラスチック構造体は、プラスチックシート1の表面に、該プラスチックシート1の内部から隆起して形成された円錐状の隆起物2aを複数個有している。また、図2のプラスチック構造体は、プラスチックシート1の表面に、該プラスチックシート1の内部から隆起して形成された釣り鐘状の隆起物2bを複数個有している。
【0019】
前記隆起物2a,2bの円錐や釣り鐘の底面の直径は0.3〜30μm、好ましくは1〜20μm程度であり、高さは0.1〜10μm、好ましくは0.5〜8μm程度である。また、隆起物2a,2bの間隔(底面の円の中心間距離)は、底面の直径と同じかそれ以上(例えば、直径〜直径の10倍程度、好ましくは、直径〜直径の5倍程度)である。
【0020】
[隆起物を有するプラスチック構造体の形成]
本発明のプラスチック構造体を形成する手段としては、プラスチック表面に前記隆起物をプラスチック内部から隆起させることにより形成可能なものであれば特に限定されないが、特に、10-12秒以下のパルス時間の超短パルスレーザーをプラスチック内部に照射する方法が有効である。このような超短パルスレーザーの照射により、前記プラスチック構造体を形成する方法としては、例えば、図4に示されるような方法を好適に採用することができる。図4は、本発明のプラスチック構造体の形成方法の一例を示す概略鳥瞰図である。図4において、1はプラスチックシート、1aはプラスチックシート1の表面、Tはプラスチックシート1の厚さ、3はパルス幅が10-12秒以下である超短パルスレーザー(単に「レーザー」と称する場合がある)、4はレンズ、5はレーザー3の焦点である。また、6はレーザー3の照射方向であり、7はレーザー3の焦点5の移動方向である。
【0021】
また、81,82,・・・,8n(nは1以上の整数である)はそれぞれレーザー3の焦点5をライン状に移動させる際のラインである[以下、ライン(81,82,・・・,8n)をライン8として総称する場合がある]。従って、ライン8は、焦点5の移動方向7と平行又は同一の方向に延びている。ライン8は、焦点5をライン状に移動させる際のラインであるので、焦点5がライン状に移動した軌跡(「ライン状移動軌跡」と称する場合がある)に対応又は相当する。なお、ライン8としては、ライン81〜ライン8nまで単数ないし複数有しており、各ライン同士は平行な関係にある。
【0022】
さらに、dはプラスチックシート1の表面1aと、レーザー3の焦点5との距離である。従って、距離dは、プラスチックシート1の表面1aからの深さに相当する。すなわち、ライン8は、プラスチックシート1の表面1aからの深さがdである位置となっている。該距離dとしては、特に制限されず、プラスチックシート1の厚さTに応じて適宜選択することができ、通常、5〜150μm程度の範囲から選択される。すなわち、超短パルスのレーザーを、プラスチック表面から、例えば、5〜150μmの深さに焦点を合わせて照射することができる。距離dとしては、好ましくは10〜120μm、さらに好ましくは20〜100μm程度である。なお、距離dは、もちろん、プラスチックシート1の厚さTよりも短く、通常、厚さTの半分以下であるが、半分を越えていてもよい。
【0023】
なお、超短パルスのレーザーが同じ照射エネルギーである場合、照射点又は焦点の深さが深くなるほど、照射エネルギーが三次元的に広がる範囲が広くなる。すなわち、照射点又は焦点の深さが深くなるほど、単位体積当たりの照射エネルギーの大きさが小さくなる。
【0024】
また、Lはライン8における隣接又は近接したライン(81,82,・・・,8n)間の間隔を示している。該間隔Lは、特に制限されず、例えば、10μm以上の任意の範囲から選択することができる。間隔Lとしては、通常、10〜100μm程度の範囲から選択される場合が多い。
【0025】
図4では、レーザー3は、プラスチックシート1に向けて、照射方向6の向きで、すなわちZ軸と平行な方向で、照射している。なお、レーザー3はレンズ4を用いることにより焦点を絞って合わせることができる。また、プラスチックシート1はシート状の形態を有しており、該プラスチックシート1の上面はX−Y平面と平行な面となっているとともに、Z軸と垂直となっている。
【0026】
また、レーザー3は、その焦点5を移動方向7の向き(すなわちY軸と平行な向き)に、ライン状に移動させながら照射させている。従って、その結果として、焦点5をライン8上をライン状に移動方向7の向きに移動させながら、レーザー3が照射されていることになる。前記移動方向7は、照射方向6に対して垂直な方向であり、且つプラスチック1の表面1aに対して平行な方向である。従って、ライン8は、焦点5の移動方向7と平行であり、照射方向6とは垂直となっている。さらに、ライン8は、プラスチック1の表面1aに対して平行な方向となっている。なお、レーザー3の焦点5を移動方向7にライン状に移動させる際の該焦点5の移動速度としては、特に制限されず、例えば、10〜1,000μm/秒(好ましくは100〜800μm/秒)程度の範囲から選択してもよい。
【0027】
より具体的には、レーザー3を照射方向6の方向で、ライン8のうちいずれか1つのライン(ライン81とする)の一方の末端部に焦点5を合わせて、照射し、この焦点5を移動方向7の方向にライン81上をライン状にライン81の他方の末端まで移動させる。その後、このライン81上の焦点5の移動方法と同様の方法により、レーザー3の焦点5を他のライン(ライン82とする)の一方の末端に合わせて他方の末端まで該ライン82上をライン状に移動させる。さらに、このような焦点をライン8のうちいずれか1つのラインの一方の末端に合わせて他方の末端まで移動させることを必要なだけ繰り返すことにより、プラスチック表面に内部から隆起して形成された円錐状ないし釣り鐘状の隆起物を有するプラスチック構造体を作製することができる。
【0028】
なお、超短パルスレーザーの焦点の移動は、超短パルスレーザー及びレンズと、プラスチック構造体との相対位置を動かせることにより、例えば、超短パルスレーザー及びレンズ、及び/又は照射されるプラスチックを移動させることにより、行うことができる。具体的には、超短パルスレーザーの照射は、例えば、照射サンプル(照射されるプラスチック)を、2次元又は3次元の方向に精密に動かすことができる精密なXYZステージに載せ、3次元的に移動させることにより、サンプル任意の場所に行うことができる。また、XYZステージの移動を時間的に設定することにより、照射を3次元的な連続性を持って任意に行うことができる。
【0029】
このように、レーザー3をプラスチックシート1の内部に外部から照射して、焦点をライン状に移動させることにより、プラスチックシート1の表面には図1又は2に示されているような隆起物(2a,2b)を形成することができる。該隆起物(2a,2b)は、通常、レーザー3が照射される側の表面1aに形成される。表面1aにおいて、隆起物(2a,2b)が形成される位置としては、ライン8と対応した表面1a上の位置であり、例えば、図4のように、表面1aに垂直にレーザー3が照射される場合、隆起物(2a,2b)は、該隆起物の中心部位(底面の円の中心部位)がライン8の垂直上の表面1a上にくるような位置に形成される。従って、1つのライン状に形成された隆起物における隆起物間の間隔(すなわち、ライン8が形成された方向と平行な方向における間隔)としては、前述のように、隆起物の直径と同じかそれ以上の間隔となっている。このような1つのライン上における隆起物間の間隔(ライン上間隔)は特に制限されない。また、もちろん、1つのライン上における隆起物の数は特に制限されず、レーザーの照射条件やプラスチックの素材等に応じて適宜選択することができる。
【0030】
一方、複数のライン状に形成された隆起物の隣接するライン上における隆起物間の間隔(すなわち、ライン8が形成された方向に対して垂直な方向における間隔)(ライン間間隔)としては、通常、ライン8の間隔Lと同等又はほぼ同等になる。
【0031】
[隆起物の形成前のプラスチック]
本発明では、超短パルスレーザーのプラスチック内部への照射が有効に行われるためには、照射されるプラスチック(隆起物を形成する前の状態のプラスチック)は、波長400nmから800nmの可視光の波長領域で10%以上の透過率を有することが望ましい。上記波長領域で著しい光吸収や散乱を起こす着色したプラスチックや散乱粒子を多量に含むプラスチックは望ましくない。
【0032】
また、本発明では、プラスチックシート1としては、隆起物を形成する前の状態のプラスチックが、100℃以上のガラス転移温度を有するものを用いることが最適である。100℃以上のガラス転移温度を有しているプラスチック材料を用いることにより、表面に隆起物を有するプラスチック構造体を高い精度で作製することができる。なお、超短パルスレーザーの照射により前記のような隆起物が形成されるメカニズムは、まだ詳細には解析されていない。ガラス転移温度が常温(23℃)未満にある耐熱性の低いプラスチック材料の内部に超短パルスレーザー(フェムト秒パルスレーザー)をライン状に移動させて照射すると、隆起物が形成されるよりも、図3に示されるように、プラスチックシート1の表面部分が内部に陥没した孔や溝2cが形成される場合が多い。一方、ガラス転移温度が常温(23℃)以上で且つ70℃程度以下のプラスチック材料の内部に超短パルスレーザーをライン状に移動させて照射すると、図5で示されるように、プラスチック材料の内部に空洞やクラック、溶融・再固化物2dが形成される場合が多い。しかし、ガラス転移温度が100℃以上のプラスチック材料の内部に、超短パルスレーザーをライン状に移動させて照射すると、図1や図2に示されるようにプラスチック内部から隆起が起こる現象が観察され、プラスチック表面に精密に隆起物を作製することができる。なお、プラスチックシート1としては、隆起物を形成する前の状態のプラスチックが、100℃以上のガラス転移温度を有するものを特に好適に用いることができるが、前記隆起物を形成することができるものであれば、隆起物を形成する前の状態のプラスチックのガラス転移温度は、100℃未満、例えば、常温(例えば、23℃)以上100℃未満(好ましくは70℃以上100℃未満)であってもよい。
【0033】
しかしながら、隆起物を形成する前の状態のプラスチックに係るガラス転移温度と、超短パルスレーザーの照射により形成される隆起物との関係は、まだ定かではない。超短パルスレーザーが極めて高いエネルギーを有していることから、照射スポットが高温になりプラスチックが溶融状態になることが考えられる。そのため、超短パルスレーザーの照射により最も高められるプラスチック材料の内部の温度が一定(該最も高温に高められる一定温度をT0とする)と仮定すると、例えば、ガラス転移温度(Tg)が低いプラスチック材料では、内部が高温に高められる一定温度T0と、ガラス転移温度Tgとの差(T0−Tg)が大きく又は広くなるので、ガラス転移温度Tg以上の温度となって十分な運動性を得る時間的・空間的な範囲が大きく又は広くなることが予測される。具体的には、超短パルスレーザーの照射により、前記一定温度T0まで温度が上昇する過程で、プラスチック材料は膨張し、その後、照射位置又は焦点が移動することにより、前記一定温度T0から常温にまで温度が低下して冷却される冷却過程になると、T0とTgとの差(T0−Tg)が大きい又は広いので、常温にまで温度が低下するまでに運動できる時間的・空間的な範囲が大きく又は広くなり、その結果として表面層の吸い込み・陥没が起こり、孔や溝が形成されると思われる。逆に、ガラス転移温度が高いプラスチック材料では、(T0−Tg)が小さく又は狭く、超短パルスレーザーの照射による溶融領域が、照射スポット(照射位置又は焦点)の近辺又は周辺に限定され、ガラス転移温度Tg以上の温度となって十分な運動性を得る時間的・空間的な範囲が小さく又は狭くなり、しかも、T0から常温にまで温度低下する冷却過程で、(T0−Tg)の温度幅が小さい又は狭いので、より速く又は直ぐに固化状態になり、一定温度T0まで温度が上昇する過程で膨張した膨張状態に近い形状が固定又は保持され、その結果として、マグマの噴火で火山が形成されるように、表面に隆起物が形成されるものと思われる。すなわち、ガラス転移温度の低いプラスチック材料(耐熱性の低い材料)では、溶融状態の範囲が表面を含む広範囲に及び、結果として表面層の吸い込み・陥没が起こり、孔や溝が形成されるのに対し、ガラス転移温度の高いプラスチック材料(耐熱性の高い材料)では溶融領域がスポット近辺に限定され、マグマの噴火で火山が形成されるように、表面に隆起物が形成されるものと思われる。
【0034】
このように、レーザー照射に付すプラスチック(隆起物を形成する前の状態のプラスチック)の熱的な性質としては、アモルフアス・プラスチックでは、ガラス転移温度が常温(23℃)以上であることが望ましい。特に、本発明では、隆起物を形成する前の状態のプラスチックとしては、前述のようなガラス転移温度と隆起物との関係から、ガラス転移温度(Tg)が100℃以上であることが最適である。
【0035】
隆起物を形成する前の状態のプラスチックにおいて、熱的性質は、隆起物を形成する時の形成因子として働くだけでなく、隆起物形成後の安定性にも影響を与えるため重要である。
【0036】
隆起物形成後の安定性については、プラスチックの緩和現象による構造変化が関係し、ガラス転移温度が低い材料では緩和が起こり易く生成した隆起物の構造が不安定になる。
【0037】
このようなパルスレーザー照射に使用されるプラスチックとしては、共重合体を含めた単一化学構造のポリマー材料からなるものだけでなく、異なる化学構造を有する複数のポリマー材料からなるポリマーアロイやポリマーブレンドでもよい。このようなポリマーアロイやポリマーブレンドの場合、プラスチックを構成するプラスチック材料の1成分以上が常温以上(好ましくは70℃以上、特に100℃以上)のガラス転移温度を有していることが重要である。
【0038】
また、パルスレーザー照射に使用されるプラスチックとしては、無機化合物や金属などの他の材料を分散状態で含んだ複合体であってもよく、異なるプラスチックや他の材料からなる層を含んだ2以上の層構造からなる積層体であってもよい。
【0039】
具体的には、前記ポリマー材料の代表的な例として、例えば、メタクリル樹脂、スチレン系樹脂、ポリアミド、ポリカーボネート、ポリアセタール、ポリフェニレンエーテル、ポリフェニレンスルフィド、ポリアリレート、ポリスルホン(ポリサルホン)、ポリエーテルスルホン(ポリエーテルサルホン)、ポリエーテルエーテルケトン等の熱可塑性樹脂などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0040】
[超短パルスレーザー]
使用する超短パルスレーザーとしては、チタン・サファイア結晶を媒質とするレーザーや色素レーザーを再生・増幅して得られたフェムト秒パルスレーザーなどが好都合であり、使用されるパルス幅は10-12秒から10-15秒のオーダーのものが該当するが、通常は100フェムト秒(10-13秒)程度のものが使用される。使用波長は、可視光領域の400nmから800nm、繰り返しは1Hzから80MHzの範囲で、通常は10Hzから500kHz程度の条件で使用される。レーザーパルスの出力は、数mWから数百mW程度で使用される。
【0041】
なお、プラスチック材料に対して、内部における単位体積当たりに照射されるエネルギーは、超短パルスレーザーの照射エネルギー、プラスチック材料に照射する際に用いられる対物レンズの開口数(光源の絞り込み)、プラスチック材料への照射位置又は焦点の深さ、レーザーの焦点の移動速度などに応じて決められる。
【0042】
また、本発明では、超短パルスレーザーの平均出力又は照射エネルギーとしては、特に制限されず、目的とする隆起物の大きさや形状等に応じて適宜選択することができ、例えば、500mW以下(例えば、1〜500mW)、好ましくは5〜300mW、さらに好ましくは10〜100mW程度の範囲から選択することができる。前述のように、プラスチックは、無機ガラス材料に比べて熱伝導性やガラス転移温度が低く、無機ガラス材料と同じような励起構造を形成するのに必要な照射エネルギーとしては、無機ガラス材料に必要な照射エネルギーの1/10〜1/100程度に低くすることができる。
【0043】
また、超短パルスレーザーの照射スポット径としては、特に制限されず、目的の隆起物の大きさやその形状、レンズの大きさや開口数又は倍率などに応じて適宜選択することができ、例えば、0.1〜10μm程度の範囲から選択することができる。
【0044】
なお、レンズ4は、レーザー3の光線の焦点を絞って合わせるために用いている。従って、レーザーの焦点を絞って合わせる必要が無い場合は、レンズを用いる必要はない。レンズ4の開口数(NA)は、特に制限されず、対物レンズの倍率に応じて変更することができ、通常は、倍率としては10〜50倍、開口数としては0.3〜0.8程度の範囲から選択される。
【0045】
このようにして形成された精密な凹凸構造を表面に有するプラスチック構造体は、そのままプラスチック部材として使用されてもよいし、貼り合わせや接合や組み立てなどによる他の部材との複合部材として使用してもよい。また、無電解メッキや蒸着などにより導電性の賦与を行なったり、スタンピング用のマスター金型化してもよい。
【0046】
本発明のプラスチック構造体は精密に制御された凹凸構造を有しているので、拡散板や散乱素子などの光機能部材や、精密な空間や流路などを形成するスペーサー機能を利用したマイクロマシーンやセンサー、電気的探針、バイオ機器、マイクロリアクターチップ、埋め込み型人工臓器などに利用できる。
【0047】
【実施例】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0048】
実施例1
0.5mm厚さの、ガラス転移温度が220℃のポリエーテルサルホン(PES)シートの内部(深さ5μm)に、照射波長800nm、パルス幅150フェムト秒、繰り返し200kHzのチタン・サファイア・フェムト秒パルスレーザーを、照射エネルギー7.0mW、対物レンズの倍率10倍で、照射スポット約3μ径、照射方向に対して直角方向のサンプルの移動速度25μm/秒の条件で照射した。
【0049】
実施例2
3.0mm厚さの、ガラス転移温度が105℃のメチル・メタクリレート(PMMA)シートの内部(深さ5μm)に実施例1と同じパルスレーザーを、実施例1と同じ条件で照射した。
【0050】
比較例1
0.5mm厚さの、ガラス転移温度が15℃のウレタン系ゴムのシートの内部(深さ5μm)に実施例1と同じパルスレーザーを、実施例1と同じ条件で照射した。
【0051】
実施例3
0.5mm厚さの、ガラス転移温度が220℃のポリエーテルサルホン(PES)シートの内部(深さ30μm)に、照射波長800nm、パルス幅150フェムト秒、繰り返し200kHzのチタン・サファイア・フェムト秒パルスレーザーを、照射エネルギー40mW、対物レンズ10倍で照射スポット約3μ径、照射方向に対して直角方向のサンプルの移動速度500μm/秒の条件で、ライン間隔が25μmの5本の平行ライン状となるように焦点を移動させて、照射した。
【0052】
実施例4
0.5mm厚さの、ガラス転移温度が160℃のポリカーボネート(PC)シート内部(深さ30μm)に実施例3と同じ超短パルスレーザーを、実施例3と同じ条件で照射した。
【0053】
実施例5
3.0mm厚さの、ガラス転移温度が105℃のメチル・メタクリレート(PMMA)シートの内部(深さ30μm)に実施例3と同じ超短パルスレーザーを、実施例3と同じ条件で照射した。
【0054】
比較例2
0.5mm厚さの、ガラス転移温度が15℃のウレタン系ゴムのシートの内部(深さ30μm)に実施例3と同じ超短パルスレーザーを、実施例3と同じ条件で照射した。
【0055】
比較例3
0.5mm厚さの、ガラス転移温度が65℃のポリエチレンテレフタレート(PET)シートの内部(深さ30μm)に実施例3と同じ超短パルスレーザーを、実施例3同じ条件で照射した。
【0056】
評価及び評価結果
パルスレーザーを照射した各サンプルについて、光干渉顕微鏡(菱化システム社製)並びに反射型電子顕微鏡(SEM)(日立製作所社製)を用いて、表面並びに断面の形態及び形状の観察を行った。結果を表1又は表2に示す。
【0057】
【表1】
【0058】
【表2】
【0059】
【発明の効果】
本発明により、環境汚染やリサイクルなどの環境問題を生じさせることなく表面の所望の部位に精密な凹凸構造が形成されたプラスチック構造体が提供される。このプラスチック構造体は光機能部材などの機能部材として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明のプラスチック構造体の一例を模式的に示す鳥瞰図である。円錐状の隆起物が形成されて、表面に精密な凹凸構造を有している状態を示す。
【図2】本発明のプラスチック構造体の他の例を模式的に示す鳥瞰図である。釣り鐘状の隆起物が形成されて、表面に精密な凹凸構造を有している状態を示す。
【図3】本発明のような隆起物が形成されない一例を模式的に示す鳥瞰図である。陥没した孔が形成された状態を示す。
【図4】本発明のプラスチック構造体の形成方法の一例を示す概略鳥瞰図である。
【図5】本発明のような隆起物が形成されない一例を模式的に示す鳥瞰図である。内部に空洞やクラック、溶融・再固化物が形成された状態を示す。
【符号の説明】
1 プラスチックシート
2a 円錐状の隆起物
2b 釣り鐘状の隆起物
2c 陥没した孔
1a プラスチックシート1の表面
T プラスチックシート1の厚さ
3 パルス幅が10-12秒以下である超短パルスレーザー
4 レンズ
5 レーザー3の焦点
6 レーザー3の照射方向
7 レーザー3の焦点5の移動方向
8 レーザー3の焦点5をライン状に移動させる際のライン
d プラスチックシート1の表面1aと、レーザー3の焦点5との距離
L ライン8における近接したライン間の間隔
2d 溶融・再固化物
Claims (8)
- プラスチック表面に、該プラスチック内部から隆起して形成された底面の直径0.3〜30μm、高さ0.1〜10μmの円錐状ないし釣り鐘状の隆起物を、直径と同じかそれ以上の間隔を置いて複数個有し、
隆起物が、プラスチック内部に外部よりパルス幅10 -12 秒以下の超短パルスのレーザーを、プラスチック表面から5〜150μmの深さに焦点を合わせて照射することにより形成されたものであり、
超短パルスのレーザーの照射エネルギーが、500mW以下であり、
隆起物を形成する前の状態のプラスチックが、100℃以上のガラス転移温度を有し、かつ、400〜800nmの可視光波長領域において10%以上の透過率を有するプラスチックであることを特徴とするプラスチック構造体。 - 隆起物を形成する前の状態のプラスチックが、ポリマー材料と他の材料との複合体である請求項1記載のプラスチック構造体。
- 隆起物を形成する前の状態のプラスチックが、二つ以上の層構造からなる積層体である請求項1又は2記載のプラスチック構造体。
- プラスチック内部に外部よりパルス幅10-12秒以下の超短パルスのレーザーを、該超短パルスのレーザーの照射方向に対して垂直な方向に且つプラスチック表面に対して平行な方向に、超短パルスのレーザーの焦点をライン状に移動させながら照射することにより、前記請求項1〜3の何れかの項に記載のプラスチック構造体を作製することを特徴とするプラスチック構造体の形成方法。
- 超短パルスのレーザーの焦点をライン状に移動させる際のラインが複数有り、各ライン同士が平行である請求項4記載のプラスチック構造体の形成方法。
- プラスチック及び超短パルスのレーザー光源のうちいずれか一方を、他方に対して相対的に移動させることにより、超短パルスのレーザーの焦点をライン状に移動させている請求項4又は5記載のプラスチック構造体の形成方法。
- ライン状に移動する超短パルスのレーザーの焦点の移動速度が、10〜1,000μm/秒である請求項4〜6の何れかの項に記載のプラスチック構造体の形成方法。
- 焦点をライン状に移動させながら照射された複数のラインにおいて、近接したライン間の間隔が、10〜100μmである請求項4〜7の何れかの項に記載のプラスチック構造体の形成方法。
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