JP4464524B2 - 耐水素疲労特性の優れたばね用鋼、およびその製造方法 - Google Patents

耐水素疲労特性の優れたばね用鋼、およびその製造方法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、自動車等のエンジンの弁ばねやスタビライザー、トーションバー等に用いられる1700MPa以上の引張強度を有する高強度ばねに関し、特に重要なばね特性である耐水素疲労特性の優れた高強度ばね用鋼、及びその製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
自動車等に数多く使用されている高強度ばねは、例えばJIS G 3565〜3567及び4801等に規定されているばね用鋼を用いて熱間圧延後、所定の線径まで引き抜き加工し、オイルテンパー処理後にばね加工する、あるいは引き抜き加工後に加熱してばね加工し、焼入れ焼戻しを行う、という方法によって製造される。近年炭酸ガス排出低減などの、環境問題対応のために、自動車には燃費低減のため、軽量化が求められている。その一環として、焼入れ焼戻し後の引張強度を1800MPa以上に高めたばねが求められている。しかしながら一般にばねを高強度化すると、腐食環境下における疲労特性が劣化するため、早期折損が懸念される。腐食疲労特性を劣化させる一因として、腐食反応の進行に伴って発生する水素による脆化があげられ、その改善策としては、種々の合金元素を多量に添加して高強度化を図るという方法が採用されてきたが、この方法では素材のコストが高くなるという問題がある。また、耐水素疲労特性を抑制する方法としては、結晶粒を微細化させる方法や、微細析出物を生成させる方法が有力と考えられているが、いずれの提案も本発明者らの試験では、大幅な水素脆化特性の改善には至っていない。
【0003】
以上のように、従来の技術では、耐水素疲労特性を抜本的に向上させた高強度ばねを製造することには限界があった。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は上記の如き実状に鑑みなされたものであって、耐水素疲労特性が良好で且つ引張強度が1700MPa以上の高強度ばね用鋼を実現するとともにその製造方法を提供することを目的とするものである。
【0005】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、まず焼入れ・焼戻し処理によって製造した種々の強度レベルのばね用鋼を用いて、耐水素疲労挙動を詳細に解析した。その結果、疲労限以下の応力で、疲労寿命が鋼材中の水素によって低下することを明らかにした。また、疲労寿命の低下は、外部環境から鋼材中に侵入し、鋼材中を室温で拡散しうる拡散性水素に起因して発生していることを明らかにした。拡散性水素は、鋼材を100℃/hourの速度で加熱した際に得られる温度-鋼材からの水素放出速度の曲線において、約100℃の温度にピークを有する曲線として測定できる(図1)。従って、環境から侵入した水素を鋼材中の何らかの部分に捕捉することによって拡散しないようにすれば、水素を無害化することが可能になり、より多量の環境からの侵入水素量に対し、疲労寿命低下が抑制される。なお、試料中の侵入水素量は、水素チャージ前後の鋼材を100℃/hourで加熱して得られた水素放出曲線の面積積分値の差と、予め標準ガスを用いて求めた検量線との比較によって求めた。また水素の捕捉サイト(以後水素トラップサイト)の存在は、上記の水素放出曲線のピーク温度・ピーク高さから判定でき、ある水素トラップサイトに捕捉された水素の量(以後水素トラップ容量)は、そのトラップサイトに対応するピークの面積積分値によって、水素がトラップサイトから脱離するのに必要な活性化エネルギー(以後水素トラップエネルギー)は、以下のように求められる。
【0006】
E[kJ/mol]と、加熱速度φ[K/hour]、気体定数Rと水素放出曲線のピーク温度T[K]の間には次式の関係がある。
【0007】
Eφ/RT2=Aexp(−E/RT)
Aは定数である。上式より、次式が導かれる。
【0008】
∂ln(φ/T2)/∂(1/T)=−E/R
従って(φ/T2)と(1/T)のプロットの傾き(−E/R)を求めることによってEが求められる。
【0009】
そこで、耐水素疲労特性について、水素疲労が発生しない「疲労限界水素量」を求めることにより評価した。この方法は、電解水素チャージ、塩酸浸漬、水素焼鈍炉により種々のレベルの拡散性水素量を含有させた後、回転曲げ疲労試験中に試料から大気中に水素が抜けることを防止するためにCdめっきを施し、その後、大気中で所定の荷重で疲労破壊が発生しなくなる侵入水素量を評価するものである。図2に侵入水素量と疲労寿命の関係について解析した一例を示す。試料中に含まれる侵入水素量が少なくなるほど疲労寿命が長くなり、侵入水素量がある値以下では疲労寿命が発生しなくなる。この水素量を「疲労限界水素量」と定義する。疲労限界水素量が高いほど鋼材の耐水素疲労特性は良好であり、鋼材の成分、熱処理等の製造条件によって決まる鋼材固有の値である。疲労水素限界水素量は、0.4ppm以上、好ましくは0.7ppm以上であることが望ましい。なお、試料中の侵入水素量は、水素チャージ前後の鋼材を100℃/hourで加熱して得られた水素放出曲線の800℃以下の温度域の面積積分値の差によって求めており、水素トラップサイトに捕捉された水素量も含んだ値である。
【0010】
その結果、水素トラップエネルギーが25〜50kJ/molであり、かつ水素トラップ容量が0.2wt.ppm以上であるような、水素トラップサイトとなりうるV、Mo、Ti、Nb及びZrのいずれか1種又は2種以上を含有する酸化物、炭化物、窒化物、並びにこれらのいずれか2種以上の複合析出物の少なくとも1種を有する組織を形成させれば、1700MPaを超えるような高強度域でも疲労限界水素量が増加し、耐水素疲労特性が格段に向上するという知見を見出したのである。また、鋼材成分を選択することによって、上記水素トラップサイトとなりうる種類、形態の酸化物、炭化物、窒化物の単独あるいは複合析出物を有する組織を形成させることが可能である技術を確立した。
【0011】
以上の検討結果に基づき、鋼材組成、組織形態を最適に選択すれば、耐水素疲労特性に優れた高強度ばね用鋼を実現できるという結論に達し、本発明をなしたものである。
【0012】
本発明は以上の知見に基づいてなされたものであって、その要旨とするところは、下記の通りである。
【0013】
(1)質量%で、
C:0.55〜1%、
Si:0.05〜4%、
Mn:0.05〜2%、
V:0.25〜2%、
Al:0.005〜0.1%
を含有し、更に、
Mo:0.05〜2%、
Nb:0.005〜0.5%、
Zr:0.005〜0.5%、
Ta:0.005〜0.5%、
W:0.05〜0.5%
の1種又は2種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、面積率最大の相がマルテンサイトあるいは焼戻しマルテンサイトであり、水素脱離のための活性化エネルギーが25〜50kJ/molであり、かつ水素トラップ容量が0.2wt.ppm以上であり、平均粒径が0.05μm以上1.0μm以下であり、かつ平均粒子間隔が平均粒径の3倍以上30倍以下である、Vを含有する炭化物及び窒化物、並びにこれらの複合析出物の少なくとも1種と、Mo、Nb、Zr、Ta及びWのいずれか1種又は2種以上を含有する炭化物及び窒化物、並びにこれらのいずれか2種以上の複合析出物の少なくとも1種とからなる水素トラップサイトを有することを特徴とする、耐水素疲労特性に優れた高強度ばね用鋼。
【0017】
) 質量%で、
Ti:0.005〜0.5
含有し、更に、前記水素トラップサイトが、Tiを含有する酸化物、炭化物及び窒化物、並びにこれらのいずれか2種以上の複合析出物の少なくとも1種を含むことを特徴とする、前記()記載の耐水素疲労特性に優れた高強度ばね用鋼。
【0018】
) 質量%で
r:0.05〜2%、
Ni:0.05〜5%、
Cu:0.05〜1

B:0.0003〜0.005%
の1種又は2種以上を含有することを特徴とする、前記()又は()記載の耐水素疲労特性に優れた高強度ばね用鋼。
【0019】
前記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の耐水素疲労特性に優れた高強度ばね用鋼の製造方法であって、前記()のいずれか1項に記載の成分からなる鋼を焼入れ、面積率最大の相をマルテンサイトとした後に、500℃以上で焼戻すことを特徴とする、耐水素疲労特性に優れた高強度ばね用鋼の製造方法。
【0020】
【発明の実施の形態】
次に、本発明の実施の形態について説明する。
【0021】
水素トラップサイト:まず、本発明の目的である高強度鋼の耐水素疲労特性の向上に対して最も重要な点である水素トラップサイトの限定理由について述べる。
【0022】
水素疲労を引き起こす拡散性水素は腐食あるいは電気めっき等によって発生し、室温で鋼材中に侵入する。腐食疲労環境を想定した5%NaCl溶液1リットル当たり10gのNH4SCN(チオシアン酸アンモニウム)を溶解させた液中に10時間以上浸漬した際に、水素トラップエネルギーが25〜50kJ/molの水素を0.2wt.ppm以上吸蔵しうる組織に制御することによって、耐水素疲労特性を向上させることが可能になる。疲労寿命に及ぼす水素トラップエネルギー及び水素トラップ容量の影響を解析した例を図3及び図4に示す。水素トラップエネルギーが25kJ/mol未満では、室温において水素は鋼材中を拡散できるため、応力集中点に集積し、破壊の原因となる。50kJ/mol超では、あまりに強くトラップされるため、焼入れの際にトラップされた水素が焼戻しの際に脱離せず、トラップが水素で満たされた状態になり、有効なトラップサイトとして機能しなくなるため、上記の範囲に制限する。また、水素トラップ容量が0.2ppm未満であると、腐食により水素が発生する期間に、侵入した水素でトラップサイトがすぐ飽和状態となり、有効なトラップサイトとして機能しなくなるため、0.2ppm以上と規定する
なお、水素トラップエネルギーが25〜50kJ/molの水素は、100℃/hourの速度で鋼材を加熱した場合、150℃以上600℃以下の温度域で放出ピークが得られる。
【0023】
組織形態:平均粒径が0.05μm以上1.0μm以下であり、かつ平均粒子間隔が平均粒径の3倍以上30倍以下である、Vを含有する炭化物及び窒化物並びにこれらの複合析出物の少なくとも1種と、Mo、Nb、Zr、Ta及びWのいずれか1種又は2種以上を含有する炭化物及び窒化物、並びにこれらのいずれか2種以上の複合析出物の少なくとも1種からなり、あるいは更に、Tiを含有する酸化物、炭化物及び窒化物、並びにこれらのいずれか2種以上の複合析出物の少なくとも1種を有する、面積率最大の相がマルテンサイト又は焼戻しマルテンサイトである組織に制御することによって、水素トラップサイトを増加させ、耐水素疲労特性を向上させることが可能になる。水素トラップ容量に及ぼす析出物サイズの影響を解析した例を図5に示す。高強度で且つ耐水素疲労特性を向上させるためには、上記の組織中に存在する析出物は、平均粒径が0.05μm以上1.0μm以下であり、かつ平均粒子間隔が平均粒径の3倍以上30倍以下であることが望ましい。これは、平均粒径が0.05μm未満では水素トラップ容量が少ないため、有効な水素トラップサイトとして機能せず、1μm超では疲労特性の低下の原因となるためである。また平均粒子間隔が平均粒径の3倍未満では、伸び等の機械的性質が悪化し、30倍超の粗い分散では水素トラップ効果が小さいためである。より望ましい条件は、平均粒径が0.2μm以下であり、かつ平均粒子間隔平均粒径の10倍以下である。
【0024】
本発明において、マルテンサイト又は焼戻しマルテンサイトの面積率は鋼棒のC断面t/4部又はばねのC断面t/4を光学顕微鏡で200〜1000倍で10視野観察した場合の平均値である。その他の組織として、残留オーステナイト、ベイナイト、フェライト、パーライトを含有することが出来る。
【0025】
また、析出物の平均粒径は、上記試料において、スピードエッチの後にSEMで5000〜50000倍で、測定下限を0.005μm以上として観察した場合の、析出物を10視野観察した場合の(長軸+短軸)/2の平均値と定義する。
【0026】
析出物の成分分析は、SEMの成分分析装置によって実施できる。また、平均粒子間隔は、上記の平均粒径を測定する際の対象とした0.05μm以上の各析出物について、隣接する析出物の中心間距離の最小値を求め、それらの値の平均と定義する。
【0027】
鋼材成分:本発明の対象とする鋼の成分の限定理由について述べる。
【0028】
C:Cはばねの強度を確保する上で必須の元素であるが、0.3%未満では所定の焼戻し温度範囲では所要の強度が得られず、一方1%を超えると靭性を劣化させるために、0.3〜1%、望ましくは0.5〜1%の範囲に制限した。なお、C量の下限値は、実施例に基づいて、0.55%以上とする。
【0029】
Si:Siは固溶体硬化作用によって強度を高める作用がある。0.05%未満では前記作用が発揮できず、一方、4%を超えると添加量に見合う効果が期待できないために、0.05〜4%の範囲に制限した。
【0030】
Mn:Mnは脱酸、脱硫のために必要であるばかりでなく、マルテンサイト組織を得るための焼入性を高めるために有効な元素であるが、0.05%未満では上記の効果が得られず、一方2%を超えるとオーステナイト域加熱時に粒界に偏析し粒界を脆化させるとともに耐耐水素疲労特性を劣化させるために0.05〜2%の範囲に制限した。
【0031】
V:Vは焼戻し時に炭窒化物を生成することによって、大容量の水素トラップサイトとして機能するとともに、焼戻し時の強度低下を抑制する効果がある。また、焼入れ処理時において残留した炭窒化物がオーステナイト粒を微細化させる効果もある。0.1%未満では前記作用の効果が得られず、一方2%を超えても効果が飽和するため0.1〜2%に限定した。なお、V量の下限値は、実施例に基づいて、0.25%以上とする。
【0032】
以上が本発明の対象とする鋼の基本成分であるが、本発明においては、さらにこの鋼に
Ti:0.005〜0.5%、
Mo:0.05〜2%、
Zr:0.005〜0.5%、
Nb:0.005〜0.5%
の1種又は2種以上を含有せしめることが出来る。
【0033】
Ti:Tiは炭窒化物を生成することによって水素トラップサイトとして機能すると同時に、Alと同様に脱酸及び熱処理時においてTiNを形成することによりオーステナイト粒の粗大化を防止する効果とともにNを固定する効果も有しているが、0.005%未満ではこれらの効果が発揮されず、0.5%を超えると焼入れ時に炭化物を固溶させるために高温に加熱する必要があり、疲労特性を劣化させる脱炭が生じるため0.005〜0.5%の範囲に限定した。
【0034】
Mo:Moは炭窒化物を生成することによって水素トラップサイトとして機能すると同時に、Crと同様に強い焼戻し軟化抵抗を有し熱処理後の引張強さを高めるために有効な元素であるが、0.05%未満ではその効果が少なく、一方2%を超えるとその効果は飽和しコストの上昇を招くために0.05〜2%に制限した。
【0035】
Nb:Nbは炭窒化物を生成することにより水素トラップサイトとして機能すると同時にオーステナイト粒を微細化させるために有効な元素であるが、0.005%未満では上記効果が不十分であり、一方0.5%を超えるとこの効果が飽和するため0.005〜0.5%に制限したが、好ましくは0.005〜0.2%である。
【0036】
Zr:Zrは炭窒化物を生成することによって水素トラップサイトとして機能するが、0.05%未満ではその効果が少なく、一方0.5%を超えるとその効果は飽和しコストの上昇を招くために0.05〜0.5%に制限したが、好ましくは0.005〜0.2%である。
【0037】
更に本発明では
Al:0.005〜0.1%、
Cr:0.05〜2%、
Ni:0.05〜5%、
Cu:0.05〜1%、
Ta:0.005〜0.5%、
W:0.05〜0.5%
及び
B:0.0003〜0.005%
の1種又は2種以上を含有せしめることが出来る。
【0038】
Al:Alは脱酸及び熱処理時においてAlNを形成することによりオーステナイト粒の粗大化を防止する効果とともにNを固定する効果も有しているが、0.005%未満ではこれらの効果が発揮されず、0.1%を超えても効果が飽和するため0.005〜0.1%の範囲に限定した。
【0039】
Cr:Crは焼入性の向上及び焼戻し処理時の軟化抵抗を増加させるために有効な元素であるが、0.05%未満ではその効果が十分に発揮できず、一方2%を超えると靭性の劣化、冷間加工性の劣化を招くために0.05〜2%に限定した。
【0040】
Ni:Niは高強度化に伴って劣化する延性を向上させるとともに熱処理時の焼入性を向上させて引張強さを増加させるために添加されるが、0.05%未満ではその効果が少なく、一方5%を超えても添加量に見合う効果が発揮できないため、0.05〜5%の範囲に制限した。
【0041】
Cu:Cuは焼戻し軟化抵抗を高めるために有効な元素であるが、0.05%未満では効果が発揮できず、1%を超えると熱間加工性が劣化するため、0.05〜1%に制限した。
【0042】
Ta:TaもNbと同様にオーステナイト粒の微細化効果を有しているが、0.005%未満では前記の効果が発揮されず、0.5%を超えて添加しても効果が飽和するため、0.005〜0.5%に限定した。
【0043】
W:Wは高強度ばねの耐水素疲労特性を向上させるために有効な元素であるが、0.05%未満では前記の効果が発揮されず、一方、0.5%を超えて添加しても効果が飽和するため、0.05〜0.5%の範囲に限定した。
【0044】
B:Bは粒界破壊を抑制し耐水素疲労特性を向上させる効果がある。更に、Bはオーステナイト粒界に偏析することにより焼入性を著しく高めるが、0.0003%未満では前記の効果が発揮されず、0.005%を超えても効果が飽和するため0.0003〜0.005%に制限した。
【0045】
不純物元素であるP、Sについては特に制限しないものの、耐水素疲労特性を向上させる観点から、それぞれ0.015%以下が好ましい範囲である。Nについては、Al、V、Nb、Tiの窒化物を形成することによって旧オーステナイト粒の微細化、降伏強度の増加の効果があるため、0.002〜0.1%が望ましい範囲である。
【0046】
製造条件:次に本発明で目的とする高強度ばねの耐水素疲労特性の向上に対して重要な点である焼戻し条件の規定理由について述べる。図6に水素疲労寿命に及ぼす焼戻し温度の影響について解析した一例を示す。焼戻し温度が500℃未満では疲労限界水素量が低い。これは、水素トラップサイトとなる炭化物、窒化物等の析出量が、500℃未満では充分得られないためである。従って、焼戻し温度を500℃以上に限定した。より好ましい条件は550℃以上である。焼戻し温度の上限は特に定めることなく本発明の効果を得ることが出来るが、焼戻し温度が高いと析出物が粗大化し、水素トラップ容量が低下する傾向にあるため、650℃以下とすることが望ましい。
【0047】
なお、本発明鋼のばね用鋼及びばねの引張強度の上限は特に定めることなく本発明の効果を得られるが、靭性を劣化させないためには、2100MPa以下が望ましい。
【0048】
【実施例】
以下、実施例により本発明の効果を更に具体的に説明する。
【0049】
表1に示す化学組成を有するばね用鋼を焼入れ、表2に示す温度で焼戻しを行い、最大面積率が焼戻しマルテンサイトである組織に調整した。
【0050】
【表1】
Figure 0004464524
【0051】
【表2】
Figure 0004464524
【0052】
上記の試料を用いて、析出物の組成を調査し、機械的性質、組織形態、耐水素疲労特性について評価した結果を表2に示す。水素疲労特性は、前に述べた疲労限界水素量で評価を行い、負荷応力は大気中疲労限の90%ノ条件で実施した。
【0053】
表1の試験No.3、4、6、7、9、10、12〜16が本発明例で、その他は比較例である。同表に見られるように本発明例はいずれも焼戻し温度が500℃以上で、水素トラップエネルギーが25〜50kJ/molで、水素トラップ容量が0.2wt.ppm以上である微細析出物を有する、最大面積相が焼戻しマルテンサイトである組織となっている。これらの鋼は疲労限界水素量が従来のばねに比べ高く、耐水素疲労特性の優れたばねが実現されている。
【0054】
これに対して比較例であるNo.14は、C量が低いため、1700MPa以上の強度が得られず、高強度ばね用鋼として使用できなかった例である。
【0055】
比較例であるNo.15は、焼戻し温度が低かったため、所定のサイズの析出物が得られず、水素トラップ容量が低く、疲労限界水素量が低かった例である。
【0056】
比較例であるNo.16、17、18は、Vの添加量が低いため、十分な水素トラップ容量が得られず、疲労限界水素量が低かった例である。
【0057】
比較例であるNo.19はSi含有量が高すぎたために、No.23は、C含有量が高すぎるために、No.24はMn含有量が高すぎるために、いずれも疲労限界水素量が低かった例である。
【0058】
比較例であるNo.20はTi含有量が高すぎたために、No.21は、Mo含有量が高すぎるために、No.22はNb含有量が高すぎるために、いずれも疲労限界水素量が低かった例である。
【0059】
【発明の効果】
以上の実施例からも明らかなごとく、本発明は特定の水素トラップエネルギー、水素トラップ容量を有する析出物を微細分散させることによって、引張強度が1700MPa以上の高強度ばねの水素疲労特性を大幅に向上させることを可能にするとともに、鋼の化学成分、熱処理条件を最適に選択することによって、ばね用鋼及びその製造方法を確立したものであり、産業上の効果は極めて顕著なものがある。
【図面の簡単な説明】
【図1】拡散性水素量の測定方法例を示した図である。
【図2】侵入水素量と水素疲労時間の関係の一例を示す図である。
【図3】水素トラップ容量と疲労限界水素量の関係を示す図である。
【図4】水素のトラップエネルギーと疲労限界水素量の関係を示す図である。
【図5】析出物サイズと水素トラップ容量の関係を示す図である。
【図6】焼戻し温度と疲労限界水素量の関係を示す図である。

Claims (4)

  1. 質量%で、
    C:0.55〜1%、
    Si:0.05〜4%、
    Mn:0.05〜2%、
    V:0.25〜2%、
    Al:0.005〜0.1%
    を含有し、更に、
    Mo:0.05〜2%、
    Nb:0.005〜0.5%、
    Zr:0.005〜0.5%、
    Ta:0.005〜0.5%、
    W:0.05〜0.5%
    の1種又は2種以上を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、面積率最大の相がマルテンサイトあるいは焼戻しマルテンサイトであり、水素脱離のための活性化エネルギーが25〜50kJ/molであり、かつ水素トラップ容量が0.2wt.ppm以上であり、平均粒径が0.05μm以上1.0μm以下であり、かつ平均粒子間隔が平均粒径の3倍以上30倍以下である、Vを含有する炭化物及び窒化物、並びにこれらの複合析出物の少なくとも1種と、Mo、Nb、Zr、Ta及びWのいずれか1種又は2種以上を含有する炭化物及び窒化物、並びにこれらのいずれか2種以上の複合析出物の少なくとも1種とからなる水素トラップサイトを有することを特徴とする、耐水素疲労特性に優れた高強度ばね用鋼。
  2. 質量%で、
    Ti:0.005〜0.5%
    を含有し、更に、前記水素トラップサイトが、Tiを含有する酸化物、炭化物及び窒化物、並びにこれらのいずれか2種以上の複合析出物の少なくとも1種を含むことを特徴とする、請求項1記載の耐水素疲労特性に優れた高強度ばね用鋼。
  3. 質量%で
    r:0.05〜2%、
    Ni:0.05〜5%、
    Cu:0.05〜1

    B:0.0003〜0.005%
    の1種又は2種以上を含有することを特徴とする、請求項又は記載の耐水素疲労特性に優れた高強度ばね用鋼。
  4. 請求項1〜3のいずれか1項に記載の耐水素疲労特性に優れた高強度ばね用鋼の製造方法であって、請求項のいずれか1項に記載の成分からなる鋼を焼入れ、面積率最大の相をマルテンサイトとした後に、500℃以上で焼戻すことを特徴とする、耐水素疲労特性に優れた高強度ばね用鋼の製造方法。
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