JP4460089B2 - 高加工用鋼板およびその製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、自動車、家電、産業機械分野のプレス加工用途に使用される高加工用鋼板およびその製造方法に関し、特に高歪み速度変形の下で好適に使用される高加工用冷延・めっき鋼板およびその製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来から、複雑な形状を有する難成形プレス加工部品には、鋼中のC,Nなどの侵入型固溶元素を炭窒化物の形で固定した鋼(以後、「IF鋼」と呼ぶ)が広く用いられている。IF鋼は、極低炭素鋼にTi,Nb等の炭窒化物形成元素を添加した鋼であり、優れた深絞り性および延性を有している。
【0003】
このIF鋼については、加工性をさらに向上するために様々な試みが行われている。たとえば、IF鋼の成分に関しては、高純度化が進められており、C,N,Mn,S,Ti,Nb等の低減が図られている。IF鋼の化学成分は、たとえばC:0.0021%,Si:0.02%,Mn:0.15%,P:0.004%,S:0.002%,Al:0.046%,N:0.0020%,Ti:0.042%,Nb:0.02%である。IF鋼の製造条件に関しては、冷間圧下率の高圧下率化および焼鈍温度の高温化が進められている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
前記IF鋼には、次のような問題がある。すなわち、通常の出荷時の引張り試験結果と実際のプレス成形結果とが一致しないことがある。さらに詳しく述べると、通常の出荷時の引張り試験では良好な試験値(伸びEl)が得られているにもかかわらず、実際のプレス成形において加工割れが発生することがある。この加工割れは、加工部に発生する局部的なくびれによるものであり、均一伸び不足に起因するものと考えられる。前記均一伸びは、引張り試験におけるくびれの発生しない最大伸び値である。
【0005】
一般に、鋼の延性は変形時の歪み速度の影響を受け、特に均一伸びは歪み速度の上昇に伴い低下することが知られている。また日本鉄鋼協会基礎研究会、極低炭素鋼板研究会「極低炭素鋼板の金属学」頁265(平成5年8月)には、IF鋼についても、引張り試験時の均一伸びが歪み速度の増加に伴い低下することが示されており、さらに前記均一伸びの低下は、歪み速度が増加することにより転位が増殖しにくくなり、転位の加工セル組織の形成が遅れ、材料の加工硬化が変形に追いつかなくなり、低歪み速度の場合よりも早期にくびれが生じることによるものと説明されている。
【0006】
本発明者らは、前記プレス加工におけるIF鋼の加工割れについて種々検討を重ねた結果、▲1▼IF鋼における歪み速度の上昇に伴う均一伸びの低下量は、鋼成分および析出物の分布状態(大きさ、個数)の影響を大きく受けること、▲2▼析出物の大きさが小さく、析出物の個数が少ない場合には、転位が増殖しにくくなるので、高歪み速度変形時の均一伸び低下量が著しく大きくなり、プレス加工時に割れが発生しやすいこと、▲3▼析出物の大きさおよび個数を適正に制御すれば、転位が増殖しやすくなるので、高歪み速度変形時の均一伸び低下量を最小限に食い止め、プレス加工時の割れ発生を防止できることを見いだした。
【0007】
本発明は、このような知見に基づくものであり、本発明の目的は高歪み速度変形時に高い均一伸びを有し、かつ優れたプレス加工性を有する高加工用鋼板およびその製造方法を提供することである。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明は、重量%にて、C:0.0010〜0.0100%,Si:0.20%以下,Mn:0.25〜0.60%,P:0.04%以下,S:0.0050〜0.0150%,Al:0.01〜0.10%,N:0.0050%以下,Ti:0.050〜0.100%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、さらに、
少なくとも円相当直径:300〜800nmの析出物を,平均間隙:4000nm以下、単位面積(μm 2 )当たり0.070〜0.167個含むことを特徴とする高加工用鋼板である。
【0009】
本発明に従えば、鋼中にMn,S,Tiが充分に含有されているので、転位の増殖源となる析出物を充分に析出させることができる。また析出物の大きさおよび平均間隙が後述のように転位の増殖しやすい範囲の値を含むように設定されているので、転位の増殖しにくい高歪み速度の場合でも転位の加工セル組織を充分に形成することができる。したがって、変形に追従して材料を加工硬化させることができ、高歪み速度下でも高い均一伸びを確保することができる。この結果、プレス加工割れの発生を防止することができる。
【0010】
また本発明は、重量%にて、Nb:0.005〜0.030%をさらに含むことを特徴とする。
【0011】
本発明に従えば、炭窒化物形成元素であるNbをさらに含むので、Tiの添加量を低減しても炭窒化物を確実に固定することができる。
【0012】
また本発明は、重量%にて、C:0.0010〜0.0100%,Si:0.20%以下,Mn:0.25〜0.60%,P:0.04%以下,S:0.0050〜0.0150%,Al:0.01〜0.10%,N:0.0050%以下,Ti:0.050〜0.100%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼を溶製して連続鋳造し、連続鋳造したスラブを加熱温度:1100〜1300℃で加熱し、Ar3点以上の仕上げ温度で熱間圧延して680〜712℃の巻取り温度で巻取り、脱スケール処理を施した後、冷間圧下率80%以上の冷間圧延を行い、その後、790〜834℃の焼鈍温度で焼なましを行い、鋼中に少なくとも円相当直径:300〜800nmの析出物を平均間隙:4000nm以下、単位面積(μm2)当たり0.070〜0.167個になるように分布させることを特徴とする高加工用鋼板の製造方法である。
【0013】
本発明に従えば、鋼中にMn,S,Tiが充分に含有され、スラブ加熱条件、巻取り条件および焼鈍条件が低温加熱、高温巻取りおよび高温加熱にそれぞれ設定されているので、後述のように冷延鋼板中の析出物の形態および分布状態を転位の増殖しやすい状態に制御することができる。
【0014】
また本発明は、重量%にて、Nb:0.005〜0.030%をさらに含むことを特徴とする。
【0015】
本発明に従えば、Nbをさらに含むので、酸素との親和力が強く、添加歩留りの低いTiを低減して、酸素との親和力が弱く、添加歩留りの高いNbに置き換えることができる。したがって、製鋼工程における製造性を向上することができる。
【0016】
【発明の実施の形態】
図1は、本発明の実施の第1形態である高加工用鋼板の析出物組織を示す拡大像である。高加工用鋼板は、たとえば高加工用冷延鋼板であって、素地鋼1中に多数の析出物3が分散した析出物組織を有する。高加工用冷延鋼板は、重量%にて、C:0.0010〜0.0100%,Si:0.20%以下,Mn:0.25〜0.60%,P:0.04%以下,S:0.0050〜0.0150%,Al:0.01〜0.10%,N:0.0050%以下,Ti:0.050〜0.100%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、さらに、少なくとも円相当直径:300〜800nmの析出物を,平均間隙:4000nm以下、単位面積(μm 2 )当たり0.070〜0.167個含むことを特徴とする高加工用鋼板からなる。このように、本実施の形態の高加工用冷延鋼板は、極低炭素鋼に炭窒化物形成元素であるTiを添加したTi−IF鋼である。したがって、C,Mn,S,N,Tiの反応によって素地鋼中にMnS,TiS,TiN,TiC,Ti4C2S2,Al2O3等の析出物が形成される。前記化学成分の限定理由については後述する。
【0017】
本実施の形態の高加工用冷延鋼板には、少なくとも円相当直径d:300〜800nm,平均間隙λm:4000nm以下の析出物が単位面積(μm 2 )当たり0.070〜0.167個含まれる。析出物の円相当直径dは、真円でない実際の析出物の大きさを析出物の断面積と同じ面積の仮想円の直径で表したものである。析出物の平均間隙λm(以後、「平均析出物間隙」と呼ぶ)は、図2に示すように隣接する析出物の外周面間の距離の平均値であり、隣接する析出物の中心間の距離の平均値である平均析出物間距離をLm、円相当直径dの平均値である平均円相当直径をdmとすると式1によって算出される。析出物の円相当直径dおよび平均析出物間距離Lmの算出方法については後述する。
λm = Lm − dm …(1)
【0018】
このように本実施の形態の高加工用冷延鋼板において析出物の形態・分布状態の制御が行われるのは、次のような理由によるものである。前述のように、高歪み速度変形時における均一伸びの低下は、転位の増殖量の低下からくる加工硬化不足によるものであり、この加工硬化不足を最小限に抑えるためには、高歪み速度下の変形においても転位が増殖しやすく、かつ増殖した転位が絡み合って加工セル組織を形成しやすい環境にする必要がある。
【0019】
鋼組織において転位の増殖源となりうるものとしては、結晶粒界と析出物とが考えられる。ここで、結晶粒界については結晶粒の微細化による粒界面積の増大が転位を増殖しやすくさせると考えられるけれども、本実施の形態では後述のように深絞り性確保の点から冷間圧下率を80%以上に、かつ焼なましの焼鈍温度を790℃以上に制御する必要があり、冷間圧下率および焼鈍条件の変更によって結晶粒を微細化することが困難である。したがって、析出物の形態・分布状態の制御によって転位の増殖を促進する方法が有効である。
【0020】
図3は析出物の大きさが小さいときの転位と析出物との関係を説明するための図であり、図4は析出物の大きさが大きいときの転位と析出物との関係を説明するための図である。析出物の大きさが小さいとき、転位4は図3に示すように析出物3を剪断して移動する。これによって、鋼は転位4が析出物3を剪断変形させるのに必要な応力分だけ強化されるけれども、転位4の増殖は生じない。前記強化応力σは、析出物の体積率をf、析出物の円相当直径をd、比例定数をkとすると、式2によって表される。
σ = k√(f・d) …(2)
【0021】
析出物の大きさが大きいとき、転位4は図4(1)〜(2)に示すように析出物3の間を張り出して移動し、図4(3)に示すように析出物間を通り抜けるたびに析出物3のまわりに転位ループ5を残す。転位ループ5の形成は、転位4の増殖を意味する。また転位4の張り出し移動によって鋼は転位4の張り出しに必要な応力分だけ強化される。前記強化応力σは、鋼の剛性率をG,バーガーズベクトルをb、平均析出物間隙をλmとすると、式3によって表される。
σ = 2G・b / λm …(3)
【0022】
図5は、析出物の円相当直径dと鋼の強化応力σとの関係を示すグラフである。図5中の円相当直径dの小さい領域の曲線6は、前記式2を表す曲線であり、図5中の円相当直径dの大きい領域の曲線7は、前記式3を表す曲線である。したがって、曲線6と曲線7との交点P1よりも析出物の大きさが大きい領域では転位ループ5が形成され、小さい領域では転位ループ5が形成されない。このように交点P1は転位ループ形成領域と非形成領域との境界を表すので、交点P1に対応する析出物の円相当直径d1を以後、「析出物の臨界直径」と呼ぶ。
【0023】
前記臨界直径d1は歪み速度によって変化し、歪み速度が高くなるにつれて大きくなる。すなわち、歪み速度が低いときには、図6(1)に示すように析出物の臨界直径d1は円相当直径dの小さい側に存在するけれども、歪み速度が高いときには図6(2)に示すように析出物の臨界直径d1は析出物の大きい側にずれる。このようにずれることは、高歪み速度で変形するときには臨界直径d1よりも大きい析出物の個数が減少することを意味している。すなわち歪み速度が高くなるほど転位ループが形成されにくくなり、転位の増殖が生じにくくなることを示している。
【0024】
前述のように、高歪み速度変形時の均一伸びを改善し、プレス加工割れを防止するには、高歪み速度変形下でも転位を増殖しやすい環境にする必要がある。このような環境は、臨界直径よりも大きい析出物の個数を増加させることによって実現できる。また析出物の体積率fが一定の場合、析出物の大きさを過度に粗大化させると析出物の個数が少なくなるので、析出物の過度な粗大化は避ける必要がある。したがって、転位ループ数を最大にするには、析出物の大きさを臨界直径よりも若干大きい程度に調整する必要がある。析出物の大きさをこのように調整すれば、転位が増殖しやすくなり、かつ転位の加工セル組織が形成されやすくなるので、加工硬化が生じやすくなる。したがって高歪み速度の変形下でも高い均一伸びを得ることができ、プレス加工割れの発生を防止することができる。
【0025】
本実施の形態の高加工用冷延鋼板は、前述のように少なくとも円相当直径d:300〜800nm,平均析出物間隙λm:4000nm以下の析出物(以後、「目標析出物」と呼ぶ)を単位面積(μm 2 )当たり0.070〜0.167個含む。このような析出物条件は、前述のような析出物の形態・分布状態の制御に関する技術思想に基づいて設定したものである。前記析出物の円相当直径dおよび平均析出物間隙λmの具体的な数値限定理由については後述する。
【0026】
本実施の形態における高加工用冷延鋼板の化学成分が前述のように設定されるのは、次の理由による。Cが0.0010〜0.0100%に設定されるのは、下限値未満のC%では製鋼工程の脱炭処理に長時間を必要とし、生産性が低下するとともに製造コストが増大するからである。また上限値を超えるC%では、Cを固定する高価なTi,Nbの添加量が増大してコストアップになるばかりでなく、Ti,Nb炭化物の増加によって再結晶温度が上昇し、機械的性質の低下を招くからである。Siが0.20%以下に設定されるのは、上限値を超えるSi%では鋼の強度が増大し、延性の低下を招くからである。
【0027】
Mnは、MnSおよびMnSと他の析出物との複合析出物を形成する元素であり、析出物制御上、最も重要な元素である。Mnが0.25〜0.60%に設定されるのは、下限値未満のMn%では大きさの小さい析出物の割合が多くなり、前記臨界直径d1以上の大きさの析出物数が減少し、転位の増殖効果が充分に得られないからである。したがって、Mnの下限値は、従来のIF鋼よりも高めに設定されている。また上限値を超えるMn%では、鋼の強度が増大して延性の低下を招くからである。
【0028】
Pが0.04%以下に限定されるのは、上限値を超えるP%では鋼の強度が増大して延性の低下を招くからである。Sは、MnS,TiSなどの析出物を形成する元素であり、析出物制御上、重要な元素である。Sが0.0050〜0.0150%に設定されるのは、下限値未満のS%では、析出物を大きさおよび個数とも充分に形成することができないからであり、上限値を超えるS%では析出物が過剰に形成され、鋼の清浄度が低下するからである。したがって、Sの下限値は従来のIF鋼より高めに設定されている。Alが0.01〜0.10%に設定されるのは、下限値未満のAl%では、鋼を充分に脱酸することができなくなり、高価なTiの酸化ロスの増大を招くからであり、上限値を超えるAl%では鋼の強度が増大して延性の低下を招くからである。
【0029】
Tiが0.05〜0.100%に限定されるのは、下限値未満のTi%では鋼中のC,N,Sを充分に固定することができなくなるとともに、大きさの小さい析出物の割合が多くなるからである。上限値を超えるTi%では鋼の強度が増大して延性の低下を招くからである。したがって、Tiの下限値は従来のIF鋼よりも高めに設定されている。
【0030】
このように、本実施の形態ではMn,S,Tiが従来のIF鋼に比べて高めに設定されているので、素地鋼1中に前記臨界直径d1よりも大きい析出物3を充分に形成させることができる。
【0031】
図7は、高加工用冷延鋼板の製造方法を説明するためのフローチャートである。ステップa1では、前記化学成分を有するTi−IF鋼の溶製が行われる。この溶製は、転炉精錬後、真空脱ガス装置で仕上げ精錬することによって行われる。仕上げ精錬は、減圧下で脱炭処理を施した後、Alを添加して脱酸処理を行い、その後、Tiを添加する方法によって行われる。ステップa2では、溶製されたTi−IF鋼の連続鋳造が行われ、スラブが鋳造される。鋳造されたスラブには、表面疵取りが施される。
【0032】
ステップa3では、熱間圧延が行われる。熱間圧延は、スラブ加熱温度:1100〜1300℃,仕上げ温度:Ar3点以上,巻取り温度:680〜712℃の条件で行われる。前記スラブ加熱温度は、1100〜1200℃の範囲の値に設定されることがさらに好ましい。スラブ加熱温度を低めに設定することが好ましいのは、スラブ加熱温度が低下するにつれて析出物の大きさが大きくなり、冷延鋼板中に前記目標析出物を形成することが容易になるからである。スラブ加熱温度の下限値が1100℃に設定されるのは、下限値未満のスラブ加熱温度では仕上げ温度をAr3点以上にすることが困難になるからである。スラブ加熱温度の上限値が1300℃に設定されるのは、上限値を超えるスラブ加熱温度では析出物が微細化するので、冷延鋼板中に前記目標析出物を形成することが困難になるからである。
【0033】
仕上げ温度がAr3点(冷却時のA3変態点)以上に設定されるのは、Ar3点未満で熱間圧延すると結晶粒の粗大化が生じやすくなるからである。巻取り温度を高めに設定することが好ましいのは、巻取り温度が高くなるにつれて析出物の大きさが大きくなり、冷延鋼板中に前記目標析出物を形成することが容易になるからである。巻取り温度の下限値が設定されるのは、下限値未満の巻取り温度では析出物が微細化するので、冷延鋼板中に前記目標析出物を形成することが困難になるからである。巻取り温度の上限値が設定されるのは、上限値以上の巻取り温度では熱延鋼板の酸化スケールの厚さが増大して脱スケールが困難になるとともに、析出物が粗大化して析出物個数が減少するので、平均析出物間隙λmが大きくなり、冷延鋼板中に前記目標析出物を形成することが困難になるからである。
【0034】
ステップa4では、熱延鋼板の脱スケールが塩酸酸洗によって行われる。ステップa5では、冷間圧延が行われる。冷間圧延の冷間圧下率は80%以上に設定される。冷間圧下率の下限値が80%に設定されるのは、下限値未満の冷間圧下率では冷延鋼板の深絞り性が低下するからである。
【0035】
ステップa6では、焼なましが連続焼鈍設備において行われる。焼なましの焼鈍温度は790〜834℃の範囲の値に設定される。焼鈍温度を高めに設定することが好ましいのは、焼鈍温度が高くなるにつれて伸び値および深絞り性を表す指標である平均ランクフォード値(平均r値)が向上するからである。焼なましの焼鈍温度の下限値が750℃に設定されるのは、下限値未満の焼鈍温度では冷間圧延加工を施されたTi−IF鋼を充分に再結晶させることが困難であり、延性が著しく低下するからである。焼なましの焼鈍温度の上限値が設定されるのは、上限値を超える焼鈍温度では、α→γ変態が起こり、α相の再結晶で形成された深絞り性の優れた集合組織が消滅し、伸び値および平均r値が低下するとともに、エネルギーコストが増大するからである。ステップa7では調質圧延が行われ、Ti−IF鋼の高加工用冷延鋼板の製造が終了する。
【0036】
このように、本実施の形態の高加工用冷延鋼板の製造方法によれば、鋼中にMn,S,Tiが充分に含まれており、かつスラブ加熱条件、熱延巻取り条件および焼なまし条件が低温加熱、高温巻取りおよび高温加熱にそれぞれ設定されているので、冷延鋼板中の析出物の形態・分布状態を適正に制御することができ、冷延鋼板中に前記目標析出物を確実に形成することができる。すなわち、冷延鋼板中に少なくとも円相当直径:300〜800nmの析出物を平均析出物間隙:4000nm以下になるように分布させることができる。
【0037】
前述のように、本発明の実施の第1形態では、適用鋼種としてTi−IF鋼を用いているけれども、これに限定されるものではなく、本発明の実施の第2形態としてTi−Nb−IF鋼を用いてもよい。本実施の形態は、実施の第1形態の鋼成分にNbを0.005〜0.0300重量%さらに添加したものであり、析出物としてNbCなどNbの炭窒化物をさらに含む。本実施の形態では、炭窒化物形成元素であるNbをTiとともに含むので、Tiの添加量を低減しても侵入型固溶元素を確実に固定することができる。これによって、酸素との親和力が強く、溶鋼への添加歩留りの低いTiを低減して、酸素との親和力がTiよりも弱く溶鋼への添加歩留りがTiよりも良好なNbに置き換えることができるので、製鋼工程の製造性を向上することができる。また析出物については、Nbの炭窒化物をさらに含むけれども、析出物は実質的に実施の第1形態と同一の挙動を示す。本実施の形態のその他の構成は、実施の第1形態と同一であるので説明を省略する。
【0038】
さらに前述のように本発明の実施の第1形態では、高加工用鋼板として高加工用冷延鋼板を対象にしているけれども、これに限定されるものではなく、本発明の実施の第3形態として高加工用めっき鋼板を対象にしてもよい。本実施の形態では、高加工用めっき鋼板のめっき方式は溶融めっき、電気めっき、蒸着めっきのいずれでもよい。めっき方式が電気めっきの場合、高加工用めっき鋼板は実施の第1形態の図7と同様の製造工程で高加工用冷延鋼板を製造した後、電気めっきすることによって製造される。
【0039】
これに対して、めっき方式が溶融または蒸着めっきの場合、高加工用めっき鋼板は前記図7のステップa5まで同様の製造工程で冷間圧延を行った後、ステップa6の焼なましを連続焼鈍設備ではなく溶融または蒸着めっき設備のライン内の還元焼鈍炉で行い、還元焼鈍した冷延鋼板を引続き溶融または蒸着めっきし、めっき後、ステップa7の調質圧延を行うことによって製造される。まためっき金属の種類はZn,Al,Zn−Al−Mg,Zn−Alなどいずれでもよい。
【0040】
高加工用めっき鋼板の鋼成分は、実施の第1形態のTi−IF鋼または実施の第2形態のTi−Nb−IF鋼と同一に設定される。したがって、高加工用めっき鋼板のSi%は0.20%以下に設定されている。Si%の上限値が0.20%に設定されているのは、上限値を超えるSi%では、溶融Znめっき時のめっき濡れ性が低下し、不めっきが生じやすくなるからである。本実施の形態のその他の構成は、実施の第1および第2形態と同一であるので説明を省略する。
【0041】
(実施例)
本発明の鋼成分および析出物条件を全て満たす発明例の冷延鋼板と、本発明の条件から外れた比較例の冷延鋼板とを製造し、サンプルを採取して透過型電子顕微鏡で観察を行い、析出物の大きさおよび平均析出物間隙を測定するとともに、引張り試験片を作成して異なる歪み速度の下で引張り試験を行い、均一伸びを測定して発明例と比較例との比較を行った。発明例および比較例の鋼成分および製造条件を表1に示し、析出物の測定結果を表2に示し、冷延鋼板の引張り試験結果を表3に示す。
【0042】
表1中の比較例のサンプルA,B,CはTi−IF鋼であり、サンプルDはTiが含まれていないアルミニウムキルド鋼である。サンプルA,Bでは、Mn,Sが本発明の成分条件を低めに外れており、サンプルC,DではMnが低めに外れている。発明例のサンプルE,F,GはTi−IF鋼であり、サンプルHはTi−Nb−IF鋼である。
【0043】
【表1】
【0044】
表2中の析出物の円相当直径dおよび平均析出物間隙λmは析出物を透過型電子顕微鏡で観察し、観察した析出物を画像解析装置で画像解析することによって算出した。析出物の観察は、4万倍の倍率で視野をランダムに代えて繰返し行った。観察した総測定面積は、114μm2であった。画像解析は、析出物を黒、素地鋼を白に2値化して行った。析出物の円相当直径dは、個々の析出物の面積Sを求め、その面積Sと同じ面積の仮想円の直径を円相当直径として式4に基づいて算出した。
d = √(4S/π) …(4)
【0045】
析出物は、サンプル毎に円相当直径に応じて表2に示すように20nm以上と300nm以上とに区分された。表2では、脚注のように円相当直径800nmを超える析出物が観察されていないので、析出物は実質的には20〜800nmと300〜800nmとに区分されたことになる。したがって、以後実質的な区分にしたがって説明する。また各区分毎に析出物の平均円相当直径dmが算出された。
【0046】
平均析出物間隙λmは、(イ)前記円相当直径の区分毎に測定面積114μm2内の該当する析出物の個数を求め、(ロ)前記求めた析出物個数に基づいて単位面積当りの析出物個数N(個/μm2)を求め、(ハ)前記図2に示す平均析出物間距離Lmを式5に基づいて求め、(ニ)前記求めた平均析出物間距離Lmと平均円相当直径dmとを式1に代入することによって算出した。
Lm = √(1/N) …(5)
【0047】
【表2】
【0048】
引張り試験の歪み速度は、表3に示すように低歪み速度である3.3×10-4S-1,中歪み速度である1.7×10-1S-1,高歪み速度である3.3×100S-1,高歪み速度である1.8×101S-1の4水準に設定した。このうち、通常の出荷試験における歪み速度は3.3×10-4S-1程度であり、実プレス加工に相当する歪み速度は、3.3×100S-1〜1.8×101S-1のレベルである。表3の引張り試験の試験値は、冷延鋼板の圧延方向に対して直角方向の試験値である。
【0049】
【表3】
【0050】
表2から、(a)円相当直径300〜800nmの析出物の個数は、比較例よりも発明例の方が多いこと、(b)円相当直径300〜800nmの析出物の平均析出物間隙λmは比較例がいずれも4000nmを超えるのに対して、発明例はいずれも4000nm以下であること、(c)円相当直径20〜800nmの析出物の個数および平均析出物間隙λmは比較例および発明例ともほぼ同等であることなどが判る。
【0051】
図8は円相当直径300〜800nmの析出物の平均析出物間隙λmと均一伸びとの関係を示すグラフであり、図9は円相当直径20〜800nmの析出物の平均析出物間隙λmと均一伸びとの関係を示すグラフである。図8および図9中の均一伸びは、高歪み速度の下におけるデータであり、歪み速度としては実プレス加工に相当する3.3×100S-1と、1.8×101S-1とが設定されている。図8および図9は、表3のデータに基づくものである。
【0052】
図8から、高歪み速度下の均一伸びは、円相当直径300〜800nmの析出物の平均析出物間隙λmが大きくなるにつれて比例的に低下すること、平均析出物間隙λmが4000nm以下では均一伸びが20%以上であることなどが判る。これは、円相当直径300〜800nmの析出物の平均析出物間隙λmが4000nm以下の場合、前記臨界直径d1以上の析出物が充分存在するので、転位が増殖しやすくなり、高歪み速度下においても変形に追従して加工硬化が生じ、プレス加工割れの防止が可能な20%以上の均一伸びが確保されたものと考えられる。これに対して、円相当直径300〜800nmの析出物の平均析出物間隙λmが4000nmを超えると、前記臨界直径d1以上の析出物の個数が少なくなり、転位の増殖効果が低下して均一伸びが低下したものと考えられる。
【0053】
図9から、円相当直径20〜800nmの析出物の平均析出物間隙λmと高歪み速度下の均一伸びとの間には、相関が全く認められないことが判る。図8および図9から、高歪み速度下の均一伸びは、円相当直径300〜800nmの比較的大きい析出物の平均析出物間隙λmに依存し、その制御によって改善されること、円相当直径300nm未満の微小析出物は前記臨界直径d1に達しないので、転位の増殖効果がなく、高歪み速度下の均一伸びの改善に寄与しないことなどが判る。
【0054】
前述のように、本発明において鋼中に少なくとも含まれる析出物の円相当直径dが300〜800nmの範囲の値に設定され、かつその平均析出物間隙λmが4000nm以下の値に設定されるのは、このような理由によるものである。
【0055】
図10は、歪み速度と均一伸びとの関係を示すグラフである。図10は、表3のデータに基づくものであり、各サンプルA〜H毎に歪み速度と均一伸びとの関係が示されている。図10および表3から、発明例E〜Hは歪み速度が高速になるにつれて均一伸びの低下が認められるものの低下の度合が小さく、実プレス加工に相当する高歪み速度においても均一伸びが20%以上確保されること、比較例A〜Dは、歪み速度が高速になるにつれて均一伸びの低下の度合が大きくなり、実プレス加工に相当する高歪み速度では、均一伸びが著しく低下することなどが判る。
【0056】
このように本発明の加工用冷延鋼板は、実プレス加工に相当する高歪み速度下においても良好な均一伸びを有しているので、プレス加工割れの発生を確実に防止することができる。
【0057】
【発明の効果】
以上のように請求項1記載の本発明によれば、高歪み速度の場合でも転位を増殖して転位の加工セル組織を充分に形成することができるので、変形に追従して材料を加工硬化させることができ、高歪み速度下でも高い均一伸びを確保することができる。したがって、プレス加工割れの発生を防止することができる。
【0058】
また請求項2記載の本発明によれば、炭窒化物形成元素であるNbをさらに含むので、Tiの添加量を低減しても炭窒化物を確実に固定することができる。
【0059】
また請求項3記載の本発明によれば、冷延鋼板中の析出物の形態および分布状態を転位の増殖しやすい状態に制御することができる。
【0060】
また請求項4記載の本発明によれば、Nbをさらに含むので、添加歩留りの低いTiを低減して添加歩留りの高いNbに置き換えることができる。したがって、製鋼工程における製造性を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施の第1形態である高加工用鋼板の析出物組織を示す拡大像である。
【図2】平均析出物間隙λmと平均円相当直径dmと平均析出物間距離Lmとの関係を示す図である。
【図3】析出物の大きさが小さいときの転位と析出物との関係を説明するための図である。
【図4】析出物の大きさが大きいときの転位と析出物との関係を説明するための図である。
【図5】析出物の円相当直径dと鋼の強化応力σとの関係を示すグラフである。
【図6】歪み速度と析出物の臨界直径d1との関係を示すグラフである。
【図7】高加工用冷延鋼板の製造方法を説明するためのフローチャートである。
【図8】円相当直径300〜800nmの析出物の平均析出物間隙λmと、均一伸びとの関係を示すグラフである。
【図9】円相当直径20〜800nmの析出物の平均析出物間隙λmと均一伸びとの関係を示すグラフである。
【図10】歪み速度と均一伸びとの関係を示すグラフである。
【符号の説明】
1 素地鋼
3 析出物
4 転位
5 転位ループ
Claims (4)
- 重量%にて、C:0.0010〜0.0100%,Si:0.20%以下,Mn:0.25〜0.60%,P:0.04%以下,S:0.0050〜0.0150%,Al:0.01〜0.10%,N:0.0050%以下,Ti:0.050〜0.100%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、さらに、
少なくとも円相当直径:300〜800nmの析出物を,平均間隙:4000nm以下、単位面積(μm2)当たり0.070〜0.167個含むことを特徴とする高加工用鋼板。 - 重量%にて、Nb:0.005〜0.030%をさらに含むことを特徴とする請求項1記載の高加工用鋼板。
- 重量%にて、C:0.0010〜0.0100%,Si:0.20%以下,Mn:0.25〜0.60%,P:0.04%以下,S:0.0050〜0.0150%,Al:0.01〜0.10%,N:0.0050%以下,Ti:0.050〜0.100%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼を溶製して連続鋳造し、連続鋳造したスラブを加熱温度:1100〜1300℃で加熱し、Ar3点以上の仕上げ温度で熱間圧延して680〜712℃の巻取り温度で巻取り、脱スケール処理を施した後、冷間圧下率80%以上の冷間圧延を行い、その後、790〜834℃の焼鈍温度で焼なましを行い、鋼中に少なくとも円相当直径:300〜800nmの析出物を平均間隙:4000nm以下、単位面積(μm2)当たり0.070〜0.167個になるように分布させることを特徴とする高加工用鋼板の製造方法。
- 重量%にて、Nb:0.005〜0.030%をさらに含むことを特徴とする請求項3記載の高加工用鋼板の製造方法。
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-
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