JP4304897B2 - 高弾性変形能を有するチタン合金およびその製造方法 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、チタン合金およびその製造方法に関するものである。詳しくは、各種製品に利用できる、弾性限強度と弾性変形能に優れるチタン合金とその製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
チタン合金は比強度に優れるため、航空、軍事、宇宙、深海探査等の分野で従来から使用されてきた。自動車分野でも、レーシングエンジンのバルブリテーナやコネクテング・ロッド等にチタン合金が使用されている。また、チタン合金は耐食性にも優れるため、腐食環境下で使用されることも多い。例えば、化学プラントや海洋建築物等の資材に、また、凍結防止剤による腐食防止等を目的として自動車のフロント・バンパ・ロウアーやリア・バンパ・ロウアー等に使用されている。さらに、その軽量性(比強度)と耐アレルギー性(耐食性)に着目して、腕時計等の装身具にチタン合金が使用されている。このように、多種多様な分野でチタン合金が使用されており、代表的なチタン合金として、例えば、Ti−5Al−2.5Sn(α合金)、Ti−6Al−4V(α−β合金)、Ti−13V−11Cr−3Al(β合金)等がある。
【0003】
ところで、従来は、チタン合金の優れた比強度や耐食性が注目されていたが、最近では、その優れた弾性も注目されつつある。例えば、生体適合品(例えば、人工骨等)、装身具(例えば、眼鏡のフレーム等)、スポーツ用品(例えば、ゴルフクラブ等)、スプリングなどに、弾性に優れたチタン合金が使用されつつある。具体的には、高弾性のチタン合金を人工骨に使用した場合、その人工骨は、人骨に近い弾性をもち、比強度、耐食性と併せて生体適合性に優れたものとなる。
【0004】
また、高弾性のチタン合金からなる眼鏡フレームは、頭部に柔軟にフィットし、装着者に圧迫感を与えないし、衝撃吸収性にも優れる。
また、ゴルフクラブのシャフトやヘッドに高弾性のチタン合金を使用すると、しなやかなシャフトや固有振動数の低いヘッドが得られ、ゴルフボールの飛距離が伸びると言われている。
また、高弾性のチタン合金をスプリングに使用すれば、軽量で弾性限度の大きなバネが得られる。
このような事情の下、本発明者は、各種分野で利用拡大を一層図れる、従来レベルを超越した高弾性(高弾性変形能)かつ高強度(高引張弾性限強度)のチタン合金を開発することを考えた。そして、先ず、弾性に優れたチタン合金に関する従来技術を調査したところ、次のような公報が発見された。
【0005】
▲1▼特開平10−219375号公報
この公報には、NbとTaとを合計で20〜60%含むチタン合金が開示されている。このチタン合金は、その組成の原料を溶解し、ボタンインゴットを鋳造し、そのボタンインゴットに冷間圧延、溶体化処理、時効処理を順次行って製造され、75GPa以下という低ヤング率を得ている。そして、このチタン合金は、低ヤング率であるため、弾性に富むとも思われる。
しかし、その公報に開示された実施例からも解るように、低ヤング率と共に引張強度も低下している。このため、そのチタン合金は、弾性限内での変形能力(弾性変形能)が小さく、チタン合金の用途拡大を図れる程の十分な弾性をもつものではない。
【0006】
▲2▼特開平2−163334号公報
この公報には、「Nb:10〜40%、V:1〜10%、Al:2〜8%、Fe、Cr、Mn:各1%以下、Zr:3%以下、O:0.05〜0.3%、残部がTiからなる冷間加工性に優れたチタン合金」が開示されている。
このチタン合金も、組成となる原料をプラズマ溶解、真空アーク溶解、熱間鍛造、固溶化処理して製造される。こうして、冷間加工性に優れたチタン合金が得られるとその公報にはある。
しかし、その公報では、その弾性や強度について具体的な記載が何らされていない。
【0007】
▲3▼特開平8−299428号公報
この公報には、20〜40%のNbと4.5〜25%のTaと2.5〜13%のZrと残部が実質的にTiとからなり、ヤング率が65GPa以下のチタン合金で形成された医療器具が開示されている。
しかし、このチタン合金も、低ヤング率であると共に低強度であるため、弾性に優れたものではない。
【0008】
▲4▼特開平6−73475号公報、特開平6−233811号公報および特表平10−501719号公報
これらの公報には、ヤング率が75GPa以下で引張強度が700MPa以上のチタン合金(Ti−13Nb−13Zr)が開示されているが、高弾性には強度的に不十分である。なお、それらの公報の請求の範囲には、Nb:35〜50%とあるが、それに相当する具体的な実施例は開示されていない。
【0009】
▲5▼特開昭61−157652号公報
この公報には、「Tiを40〜60%含有し、残部が実質上Nbよりなる金属装飾品」が開示されている。その金属装飾品は、Ti−45Nbの組成原料をアーク溶解後、鋳造、鍛造圧延し、そのNb合金を冷間深絞加工して製造される。
しかし、その公報には、具体的な弾性や強度について何ら記載されていない。
【0010】
▲6▼特開平6−240390号公報
この公報には、「10%から25%未満のバナジウムを含み、酸素含有量を0.25%以下とし、そして残部がチタンおよび不可避的不純物からなるゴルフドライバーヘッド用材料」が開示されている。
しかし、その公報には、その弾性に関して何ら記載されていない。
【0011】
▲7▼特開平5−11554号公報
この公報には、「超弾性を有するNi−Ti合金のロストワックス精密鋳造法により製作したゴルフクラブのヘッド」が開示されている。そして、Nb、V等を若干添加しても良い旨も、その公報には記載されている。
しかし、それらの具体的な組成や弾性について何ら記載がない。
【0012】
▲8▼特開昭52−147511号公報
この公報には、「チタン10〜85重量%、炭素0.2重量%以下、酸素0.13〜0.35重量%、窒素0.1重量%以下、残部ニオブからなる耐食性強力ニオブ合金」が開示されている。さらに、その組成をもつ合金の溶解鋳造後に、熱間鍛造、冷間加工および時効処理を施すことにより、さらに高強度で冷間加工性に優れるニオブ合金が得られる旨が開示されている。
しかし、その公報中には、具体的なヤング率や弾性について何ら記載されていない。
【0013】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものである。つまり、各種分野で一層の利用拡大を図れる、従来レベルを超越した弾性に富むチタン合金を提供することを目的とする。さらに、そのチタン合金の製造に適した製造方法を提供することを目的とする。
【0014】
【課題を解決するための手段】
そこで、本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、Va族元素とTiとからなる、高弾性変形能かつ高引張弾性限強度のチタン合金およびその製造方法を開発するに至ったものである。
(チタン合金)
すなわち、本発明のチタン合金は、全体を100%(質量百分率:以下同様)とした場合に、30〜60%のVa族元素と残部が実質的にチタン(Ti)とからなり、引張弾性限強度が950MPa以上で、弾性変形能が1.6%以上であることを特徴とする。
TiとVa族元素との組合わせにより、従来になく高弾性変形能かつ高引張弾性限強度のチタン合金が得られたものである。そして、このチタン合金は各種製品に幅広く利用することができ、それらの機能向上や設計自由度の拡大を図れる。
なお、Va族元素は、バナジウム、ニオブ、タンタルの一種でも複数種でも良い。これらの元素はいずれもβ相安定化元素であるが、必ずしも、本発明のチタン合金が従来のβ合金であることを意味するものではない。
【0015】
ところで、このチタン合金は、優れた弾性変形能と引張弾性限強度に加えて、優れた冷間加工性をも備えることを本発明者は確認している。しかし、このチタン合金が、何故、弾性変形能、引張弾性限強度に優れるのか、未だ定かではない。もっとも、これまでに為された本発明者による懸命な調査研究から、それらの特性について、次のように考えることができる。
つまり、本発明者が本発明のチタン合金に係る一試料を調査した結果、このチタン合金に冷間加工を施しても、転位がほとんど導入されず、一部の方向に(110)面が非常に強く配向した組織を呈していることが明らかになった。
しかも、TEM(透過電子顕微鏡)で観察した111回折点を用いた暗視野像において、試料の傾斜と共に像のコントラストが移動していくのが観察された。これは観察している(111)面が湾曲していることを示唆しており、同様のことが高倍率の格子像直接観察によっても確認された。そして、この(111)面の湾曲の曲率半径は500〜600nm程度と極めて小さなものであった。
【0016】
これらのことから、本発明のチタン合金は、転位の導入ではなく、結晶面の湾曲によって加工の影響を緩和すると言う、従来の金属材料では全く知られていない性質を有することを意味していると考えられる。
また、転位は、110回折点を強く励起した状態で、極一部に観察されたが、110回折点の励起をなくすとほとんど観察されなかった。これは、転位周辺の変位成分が著しく<110>方向に偏っていることを示しており、本発明のチタン合金は非常に強い弾性異方性を有することを示唆している。理由は定かではないが、この弾性異方性も、本発明に係るチタン合金の高弾性変形能、高引張弾性限強度、優れた冷間加工性の発現等と密接に関係していると考えられる。
【0017】
ここで、「引張弾性限強度」とは、試験片への荷重の負荷と除荷とを徐々に繰り返して行う引張試験において、永久伸び(歪み)が0.2%に到達したときに負荷していた応力を言う(詳しくは、後述する)。また「弾性変形能」とは、前記引張弾性限強度内における試験片の伸びを意味し、高弾性変形能とは、その伸びが大きいことを示す。
この引張弾性限強度は、順に、950MPa以上、1200MPa以上、1400MPa以上となるほど好ましい。また、弾性変形能は、順に、1.6%以上、1.7%以上、1.8%、1.9%、2.0%、2.1%、2.2%以上となるほど好ましい。
なお、以降、単に「強度」と言うときは、「引張弾性限強度」または試験片が破断するときの「引張強度」のいずれか一方または両方を指す。
【0018】
本発明でいう「チタン合金」は、Tiを含有する合金を意味し、Tiの含有量を特定するものではない。従って、Ti以外の成分(例えば、Nb等)が合金全体の50質量%以上を占める場合でも、Tiを含む合金である限り、本明細書ではそれを「チタン合金」と便宜的に称する。また、その「チタン合金」は、種々の形態を含むものであり、素材(例えば、鋳塊、スラブ、ビレット、焼結体、圧延品、鍛造品、線材、板材、棒材等)に限らず、それを加工したチタン合金部材(例えば、中間加工品、最終製品、それらの一部等)も包含するものである(以下同様)。
【0019】
(チタン合金の製造方法)
上述した高弾性変形能で高引張弾性限強度のチタン合金は、例えば、次に述べる本発明の製造方法により得ることができる。
(a)すなわち、本発明のチタン合金の製造方法は、全体を100%とした場合に30〜60%のVa族元素と残部がチタンとからなるチタン合金原材に10%以上の冷間加工を加える冷間加工工程と、該冷間加工工程後に得られた冷間加工材に処理温度が150℃〜600℃の範囲でパラメータP(ラルソン・ミラー・パラメータP:詳細は後述する。)が8.0〜18.5となる時効処理を施す時効処理工程とからなり、引張弾性限強度が950MPa以上で弾性変形能が1.6%以上となるチタン合金を製造することを特徴とする。
この製造方法により、高弾性変形能で高引張弾性限強度のチタン合金が得られる理由は必ずしも定かではないが、チタン合金原材に所定量の冷間加工を施した後、適切な条件下で時効処理を施すことにより、弾性異方性が維持されると共に、ヤング率の急激な上昇が回避され、高弾性変形能で高引張弾性限強度のチタン合金が得られると考えられる。
【0020】
(b)そのチタン合金原材は、例えば、次のように製造することができる。すなわち、前記チタン合金原材は、全体を100%とした場合に30〜60%のVa族元素と残部であるチタンとを含む少なくとも二種以上の原料粉末を混合する混合工程と、該混合工程後に得られた混合粉末を所定形状の成形体に成形する成形工程と、該成形工程後に得られた成形体を加熱して焼結させる焼結工程と、により製造されると好適である。(以下、適宜、この製造方法を「混合法」と略称する。)
【0021】
(c)また、前記チタン合金原材は、全体を100%とした場合に30〜60%のVa族元素と残部であるチタンとを含む原料粉末を所定形状の容器に充填する充填工程と、該充填工程後に熱間静水圧法(HIP法)を用いて該容器中の該原料粉末を焼結させる焼結工程と、により製造されると好適である。(以下、適宜、この製造方法を「HIP法」と略称する。)
上述した製造方法は、本発明のチタン合金を得るために好ましい製造方法である。もっとも、本発明のチタン合金は、それらの製造方法によって得られたものに限定されるものでない。例えば、チタン合金原材は溶解法により製造されても良い。
【0022】
【発明の実施の形態】
以下に、実施形態を挙げて、本発明をさらに詳しく説明する。なお、以降に列挙する材料特性、合金組成、製造工程等からなる各項目の内容は、適宜組合わせが可能であり、例示した組合わせに限られるものではない。
(チタン合金)
(1)弾性変形能、引張弾性限強度および平均ヤング率
本発明のチタン合金に関する弾性変形能と引張弾性限強度とについて、図1A、Bを用いて以下に詳述する。
図1Aは、本発明に係るチタン合金の応力−歪み線図を模式的に示した図であり、図1Bは、従来のチタン合金(Ti−6Al−4V合金)の応力−歪み線図を模式的に示した図である。
【0023】
▲1▼図1Bに示すように、従来の金属材料では、引張応力の増加に比例して伸びが直線的に増加する(▲1▼’−▲1▼間)。そして、その直線の傾きによって従来の金属材料のヤング率は求められる。換言すれば、そのヤング率は、引張応力(公称応力)をそれと比例関係にある歪み(公称歪み)で除した値となる。
このように応力と歪みとが比例関係にある直線域(▲1▼’−▲1▼間)では、変形が弾性的であり、例えば、応力を除荷すれば、試験片の変形である伸びは0に戻る。しかし、さらにその直線域を超えて引張応力を加えると、従来の金属材料は塑性変形を始め、応力を除荷しても、試験片の伸びは0に戻らず、永久伸びを生じる。
【0024】
通常、永久伸びが0.2%となる応力σpを0.2%耐力と称している(JIS Z 2241)。この0.2%耐力は、応力−歪み線図上で、弾性変形域の直線(▲1▼’−▲1▼:立ち上がり部の接線)を0.2%伸び分だけ平行移動した直線(▲2▼’−▲2▼)と応力―歪み曲線との交点(位置▲2▼)における応力でもある。
従来の金属材料の場合、通常、「伸びが0.2%程度を超えると、永久伸びになる」という経験則に基づき、0.2%耐力≒引張弾性限強度と考えれられている。逆に、この0.2%耐力内であれば、応力と歪みとの関係は概ね直線的または弾性的であると考えられる。
【0025】
▲2▼ところが、図1Aの応力−歪み線図からも解るように、このような従来の概念は、本発明のチタン合金には当てはまらない。
理由は定かではないが、本発明のチタン合金の場合、弾性変形域において応力―歪み線図が直線とはならず、上に凸な曲線(▲1▼’−▲2▼)となり、除荷すると同曲線▲1▼−▲1▼’に沿って伸びが0に戻ったり、▲2▼−▲2▼’に沿って永久伸びを生じたりする。
このように本発明のチタン合金では、弾性変形域(▲1▼’−▲1▼)ですら、応力と歪みとが直線的な関係になく、応力が増加すれば、急激に伸び(歪み)が増加する。また、除荷した場合も同様であり、応力と歪みとが直線的な関係になく、応力が減少すれば、急激に歪みが減少する。このような特徴が本発明のチタン合金の優れた高弾性変形能として発現していると思われる。
【0026】
ところで、本発明のチタン合金の場合、図1Aからも解るように、応力が増加するほど応力−歪み線図上の接線の傾きが減少している。このように、弾性変形域において、応力と歪みとが直線的に変化しないため、従来と同様に本発明のチタン合金の弾性変形能を定義することはできない。また、従来と同様の方法で0.2%耐力(σp’)≒引張弾性限強度と評価することも適切ではない。つまり、本発明のチタン合金の場合、従来の方法で引張弾性限強度(≒0.2%耐力)を求めると、本来の引張弾性限強度よりも著しく小さい値となってしまう。従って、本発明のチタン合金では、もはや、0.2%耐力≒引張弾性限強度と定義することはできない。
そこで、引張弾性限強度の本来の定義に戻って、本発明のチタン合金の引張弾性限強度(σe)を前述したように求め(図1A中の▲2▼位置)、その引張弾性限強度内における試験片の最大の伸びを弾性変形能(εe)とした。
【0027】
▲3▼また、弾性変形域において、応力と歪みとが直線的な関係にないため、従来のヤング率の概念をそのまま本発明のチタン合金に適用することは好ましくない。そこで、「平均ヤング率」という概念を導入し、本発明に係るチタン合金の一特性を指標することとした。そして、この平均ヤング率を、引張試験により得られた応力−歪み線図上において、引張弾性限強度の1/2に相当する応力位置での傾き(曲線の接線の傾き)と定義した。従って、この平均ヤング率は、厳密な意味でのヤング率の「平均」を指すものではない。
なお、図1Aおよび図1B中、σtは引張強度であり、εeは本発明のチタン合金の引張弾性限強度(σe)における伸び(弾性変形能)であり、εpは従来の金属材料の0.2%耐力(σp)における伸び(歪み)である。
【0028】
▲4▼このように本発明のチタン合金は、従来にない特異な応力−歪み関係を有し、これに加えて相応の引張弾性限強度を有するため、非常に優れた弾性変形能、つまり高弾性が得られたものである。
この特性に基づき、本発明は、引張試験で真に永久歪みが0.2%に到達したときの応力として定義される引張弾性限強度が950MPa以上であり、加える応力が0から該引張弾性限強度までの範囲にある弾性変形域内で、該引張試験により得られた応力−歪み線図上の接線の傾きが応力の増加に伴って減少する特性を示し、該応力−歪み線図上の接線の傾きから求まるヤング率の代表値として、該引張弾性限強度の1/2に相当する応力位置での接線の傾きから求めた平均ヤング率が90GPa以下であり、弾性変形能が1.6%以上である高弾性変形能を有するチタン合金とも把握できる。なお、平均ヤング率が85GPa、80GPa、75GPa、70GPa、65GPa、60GPa、55GPa、50GPaと低下すると、本発明のチタン合金はより優れた弾性変形能を示す。
【0029】
(2)合金組成
以下に述べる合金組成に関する説明は、チタン合金の組成に限らず、チタン合金原材および原料粉末の組成にも共通する。以降では、主に、チタン合金を例にとり説明するが、その内容(含有元素、数値範囲、限定理由等)をチタン合金原材または原料粉末にも援用できる。また、元素の組成範囲を「x〜y%」という形式で示したが、これは特に断らない限り、下限値(x%)および上限値(y%)も含むものである(以下、同様)。
【0030】
▲1▼本発明のチタン合金(チタン合金原材または原料粉末、以下同様)は、全体を100%(質量百分率:以下同様)とした場合に、Va族元素を30〜60%含むと好適である。
Va族元素が30%未満では十分な弾性変形能が得られず、また、60%を超えると十分な引張弾性限強度が得られず、チタン合金の密度が上昇して比強度の低下を招くからである。さらに、60%を越えると、材料偏析が生じ易くなり、材料の均質性が損われて、靱性や延性の低下も招き易くなるため好ましくない。
Va族元素は、V、NbまたはTaのいずれかであるが、それらの1種を含有する場合に限らない。すなわち、それらを2種以上含む場合でも良く、NbとTa、NbとVとNb、TaとVまたはNbとTaとVとを、上記範囲でそれぞれ適量づつ含んでも良い。特に、Nbは10〜45%、Taは0〜30%、Vは0〜7%であると良い。
【0031】
▲2▼本発明のチタン合金は、全体を100%とした場合に、ZrとHfとScとからなる金属元素群中の1種以上の元素を合計で20%以下含むと好適である。
Scは、チタンに固溶した場合、Va族元素と共にチタン原子間の結合エネルギーを特異的に低下させ、弾性変形能を向上させる(つまり、ヤング率を低下させる)有効な元素である(参考資料:Proc.9th World Conf.on Titanium、(1999)、to be published)。
ZrとHfとは、チタン合金の弾性変形能と引張弾性限強度との向上に有効である。これらの元素は、チタンと同族(IVa族)元素であり、全率固溶型の中性的元素であるため、Va族元素によるチタン合金の高弾性変形能を妨げることもない。
【0032】
これらの元素が合計で20%を越えると、材料偏析による強度、靱性の低下やコスト上昇を招くため好ましくない。
弾性変形能(または、平均ヤング率)、強度、靱性等のバランスを図る上で、それらの元素を合計で、1%以上、さらには、5〜15%とすると、より好ましい。特に、Zrは1〜15%、Hfは1〜15%であると良い。
さらに、本発明のチタン合金は、IVa族元素(Ti以外)の1種以上とVa族元素の1種以上とを、上記各範囲で任意に組合わせて含んでも良い。例えば、ZrとNb、TaまたはVの1種以上とを共に含む場合でも、本発明のチタン合金は優れた冷間加工性を損うこともなく、高強度、高弾性を発揮し得る。
【0033】
▲3▼また、Zr、HfまたはScは、Va族元素と作用上共通する部分が多いため、所定の範囲内でVa族元素と置換することもできる。
つまり、本発明のチタン合金は、全体を100%とした場合に、ZrとHfとScとからなる金属元素群中の1種以上の元素を合計で20%以下と、前記Va族元素を該金属元素群中の1種以上の元素との合計が30〜60%となるように含むようにしても良い。
Zr等を合計で20%以下としたのは、前述したとおりである。また、同様に、それらの元素を合計で1%以上、さらには、5〜15%とすると、より好ましい。
【0034】
▲4▼本発明のチタン合金は、CrとMoとMnとFeとCoとNiとからなる金属元素群中の1種類以上の元素を含むと好適である。
より具体的には、全体を100%とした場合に、CrとMoとはそれぞれ20%以下であり、MnとFeとCoとNiとはそれぞれ10%以下であると好適である。
CrとMoとは、チタン合金の強度と熱間鍛造性とを向上させる上で有効な元素である。熱間鍛造性が向上すると、チタン合金の生産性や歩留まりの向上が図れる。ここで、CrやMoが、20%を越えると、材料偏析が生じ易くなり、均質な材料を得ることが困難となる。それらの元素を1%以上とすると、固溶強化により強度向上を図れ、3〜15%とすると、一層好ましい。
【0035】
Mn、Fe、Co、Niは、Mo等と同様、チタン合金の強度と熱間鍛造性を向上させる上で有効な元素である。従って、Mo、Cr等の代わりに、またはMo、Cr等と共にそれらの元素を含有させても良い。但し、それらの元素が10%を越えると、チタンとの間で金属間化合物を形成し、延性が低下してしまうため好ましくない。それらの元素を1%以上とすると、固溶強化により強度向上を図れ、2〜7%とすると一層好ましい。
【0036】
▲5▼さらに、前記金属元素群に錫(Sn)を加えると好適である。
すなわち、本発明のチタン合金は、CrとMoとMnとFeとCoとNiとSnとからなる金属元素群中の1種類以上の元素を含むと好適である。
より具体的には、全体を100%とした場合に、CrとMoとはそれぞれ20%以下であり、MnとFeとCoとNiとSnとはそれぞれ10%以下であると好適である。
【0037】
Snはα安定化元素であり、チタン合金の強度を向上させる上で有効な元素である。従って、10%以下のSnを、Mo等の元素と共に含有させると良い。Snが10%を越えると、チタン合金の延性が低下して加工性の低下を招く。Snを1%以上、さらには、2〜8%とすると、高弾性変形能化と高引張弾性限強度化との両立を図る上でより好ましい。なお、Mo等の元素については、前述と同様である。
【0038】
▲6▼本発明のチタン合金は、Alを含むと好適である。
具体的には、Alが、全体を100%とした場合に0.3〜5%であると、一層好適である。
Alは、チタン合金の強度を向上させる上で有効な元素である。従って、本発明のチタン合金が、0.3〜5%のAlを、MoやFe等の代りに、またはそれらの元素と共に含有すると良い。Alが0.3%未満では固溶強化作用が不十分で、十分な強度の向上が図れない。また、5%を越えると、チタン合金の延性を低下させる。Alを0.5〜3%とすると、強度が安定してより好ましい。
なお、AlをSnと共に添加すると、チタン合金の靱性を低下させることなく、強度を向上させることができてより好ましい。
【0039】
▲7▼本発明のチタン合金は、全体を100%とした場合に、0.08〜0.6%のOを含むと好適である。また、全体を100%とした場合に、0.05〜1.0%のCを含むと好適である。また、全体を100%とした場合に、0.05〜0.8%のNを含むと好適である。
まとめると、全体を100%とした場合に、0.08〜0.6%のOと0.05〜1.0%のCと0.05〜0.8%のNとからなる元素群中の1種類以上の元素を含むと好適である。
【0040】
O、CおよびNは、いずれも侵入型の固溶強化元素であり、チタン合金のα相を安定にし、強度向上に有効な元素である。Oが0.08%未満、CまたはNが0.05%未満では、チタン合金の強度向上が十分ではない。また、Oが0.6%を超え、Cが1.0%を超え、またはNが0.8%を超えると、チタン合金の脆化を招き、好ましくない。
Oを0.1%以上、さらには0.15〜0.45%とし、または、Cを0.1〜0.8%、Nを0.1〜0.6%とすると、チタン合金の強度と延性とのバランスを図れてより好ましい。
【0041】
▲8▼本発明のチタン合金は、全体を100%とした場合に、0.01〜1.0%のBを含むと好適である。
Bは、チタン合金の機械的な材料特性と熱間加工性とを向上させる上で有効な元素である。Bは、チタン合金に殆ど固溶せず、そのほぼ全量がチタン化合物粒子(TiB粒子等)として析出する。この析出粒子が、チタン合金の結晶粒成長を著しく抑制して、チタン合金の組織を微細に維持するからである。
Bが0.01%未満では、その効果が十分ではなく、1.0%を超えると、高剛性の析出粒子が増えることにより、チタン合金の弾性変形能と冷間加工性との低下を招いてしまう。
【0042】
なお、Bの添加量をTiB粒子で換算すると、0.01%のBは、0.055体積%のTiB粒子となり、1%のBは、5.5体積%のTiB粒子となる。従って、本発明のチタン合金は、0.055体積%〜5.5体積%のホウ化チタン粒子を含むものでも良い。
ところで、上述の各組成元素は、所定の範囲内で、任意に組合わせることができる。具体的には、前記Zr、Hf、Sc、Cr、Mo、Mn、Fe、Co、Ni、Sn、Al、O、C、N、Bを、適宜、前記範囲内で選択的に組合わせ、本発明のチタン合金とすることができる。勿論、本発明のチタン合金の趣旨を逸脱しない範囲内で、別の元素をさらに配合しても良い。
【0043】
(3)製造方法により特定されるチタン合金
上述したチタン合金は、その製造方法が特に限定されるものではなく、溶解法や後述の焼結法を用いても製造することができる。
また、製造途中の各段階で、冷間加工、熱間加工、熱処理等を施すことにより、得られるチタン合金の材料特性を調整することも可能である。例えば、本発明のチタン合金が次のようなものであると好ましい。
すなわち、本発明のチタン合金は、Va族元素と残部が実質的にチタンとからなるチタン合金原材に10%以上の冷間加工を加える冷間加工工程と、該冷間加工工程後に得られた冷間加工材に処理温度が150℃〜600℃の範囲でラルソン・ミラー・パラメータPが8.0〜18.5となる時効処理を施す時効処理工程とを経て製造されるものであると好適である。
【0044】
また、この時効処理工程は、前記処理温度が150℃〜300℃の範囲でパラメータPが8.0〜12.0であり、前記引張弾性限強度が1000MPa以上で前記弾性変形能が2.0%以上であるチタン合金が得られると好適である。
また、この時効処理工程は、前記処理温度が300℃〜450℃の範囲でパラメータPが12.0〜14.5であり、前記引張弾性限強度が1400MPa以上で弾性変形能が1.6%以上であるチタン合金が得られると好適である。
冷間加工工程および時効処理工程の詳細は後述する。
【0045】
(チタン合金の製造方法)
(1)冷間加工工程
冷間加工工程は、高弾性変形能で高引張弾性限強度のチタン合金を得る上で有効な工程である。
本発明者の研究によれば、このような冷間加工がチタン合金内に加工歪みを付与し、この加工歪みが原子レベルでのミクロ的な構造変化を組織内にもたらして、チタン合金の弾性変形能の向上に寄与すると考えられる。また、この冷間加工を加えることにより、原子レベルでのミクロ的な構造変化を生じる。この構造変化に伴う弾性歪みの蓄積が、チタン合金の引張弾性限強度の向上に寄与していると考えられる。
【0046】
ところで、この冷間加工工程は、冷間加工率を10%以上とする工程であると好適であり、さらには、冷間加工率を50%以上、70%以上、90%以上、95%以上、99%以上以上としても良い。
そして、この冷間加工工程は、時効工程の前処理として別途行われても、または、素材または製品の成形(例えば、仕上げ加工)を目的として行われても良い。なお、冷間加工率は、S0:冷間加工前の断面積、S:冷間加工後の断面積として、
冷間加工率 X=(S0−S)/S0 ×100(%)
で定義される。
【0047】
また、「冷間」とは、チタン合金の再結晶温度(再結晶を起す最低温度)よりも十分低温であることを意味する。再結晶温度は、組成により変化するが、概ね600℃程度であり、本発明の製造方法では、常温〜300℃の範囲で冷間加工を行うと良い。
このように本発明に係るチタン合金は、冷間加工性に優れ、冷間加工を施すことで、その材料特性や機械的特性が改善される傾向にある。従って、本発明に係るチタン合金は、冷間加工製品に適する材料である。また、本発明の製造方法は、冷間加工製品に適する製造方法である。
【0048】
(2)時効処理工程
時効処理工程は、冷間加工材に時効処理を施す工程である。この時効処理工程を施すとにより、高弾性変形能で高引張弾性限強度のチタン合金が得られることを本発明者は新たに見出した。
但し、時効処理を施す前に、再結晶温度以上での溶体化処理を行うと、冷間加工によりチタン合金内に付与された加工歪の影響が喪失されるため、好ましくない。
【0049】
この時効処理条件には、(a)低温短時間時効処理(150〜300℃)と、(b)高温長時間時効処理(300〜600℃)がある。
前者の場合、引張弾性限強度を向上させつつ、平均ヤング率を維持または低下させることができる。その結果、高弾性変形能のチタン合金を得ることができる。後者の場合、平均ヤング率が引張弾性限強度の上昇に伴って多少上昇し得るが、それでも95GPa以下であり、その上昇レベルは非常に低い。従って、この場合でも、高弾性変形能のチタン合金が得られる。
【0050】
さらに、本発明者は、膨大な数の試験を繰返すことにより、その時効処理工程が、処理温度150〜600℃の範囲で、次式に基づいて処理温度(T℃)と処理時間(t時間)とから決定されるパラメータ(P)が8.0〜18.5となる工程であると、好ましいことを見出した。
P=(T+273)・(20+log 10 t)/1000
このパラメータPは、ラルソン・ミラー(Larson−Miller)パラメータであり、熱処理温度と熱処理時間との組合せで決まり、本発明の時効処理(熱処理)条件を指標するものである。
【0051】
このパラメータPが8.0未満では、時効処理を施しても、好ましい材料特性の向上が得られず、パラメータPが18.5を超えると、引張弾性限強度の低下、平均ヤング率の上昇または弾性変形能の低下を招き得る。
さらに、時効処理工程は、前記処理温度が150℃〜300℃の範囲でパラメータPが8.0〜12.0であり、得られたチタン合金の引張弾性限強度が1000MPa以上、弾性変形能が2.0%以上、平均ヤング率が75GPa以下であると好適である。
【0052】
また、時効処理工程は、前記処理温度が300℃〜450℃の範囲でパラメータPが12.0〜14.5であり、前記チタン合金の引張弾性限強度が1400MPa以上、弾性変形能が1.6%以上、平均ヤング率が95GPa以下であると好適である。
パラメータPをより適切な範囲とする処理温度と処理時間とを選定することにより、一層高弾性変形能で高引張弾性限強度のチタン合金が得られる。
なお、特に断らない限り、「x〜y」という数値範囲は、下限値xと上限値yとを含むものである(以下、同様)。
【0053】
(3)原料粉末
▲1▼本発明に係る混合法を用いる場合、少なくともチタンとVa族元素とを含む原料粉末が必要である。所望するチタン合金の組成や特性に応じて、前述した種々の元素を含有する原料粉末を使用できる。
前述したように、原料粉末は、チタンとVa族元素とに加えて、Zr、Hf、Scまたは、Cr、Mn、Co、Ni、Mo、Fe、Sn、Al、O、C、NおよびBの少なくとも一種以上の元素を含むと好適である。
【0054】
このような原料粉末は、純金属粉末でも合金粉末でも良い。原料粉末には、例えば、スポンジ粉末、水素化脱水素粉末、水素化粉末、アトマイズ粉末などを使用できる。粉末の粒子形状や粒径(粒径分布)などは、特に限定されるものではなく、市販の粉末をそのまま用いることができる。
もっとも、原料粉末は、コストや焼結体の緻密性の観点から、平均粒径が100μm以下であると、好ましい。さらに、粉末の粒径が45μm(#325)以下であれば、より緻密な焼結体を得やすい。
【0055】
▲2▼本発明に係るHIP法を用いた場合、混合法と同様に素粉末からなる混合粉末を利用しても良いが、所望の合金組成を有する合金粉末そのものを原料粉末として使用しても良い。
そして、本発明に係るチタン合金の組成をもつ原料粉末は、例えば、ガスアトマイズ法や、REP法(回転電極法)、PREP法(プラズマ回転電極法)、あるいは溶解法により製造されたインゴットを水素粉砕やMA法(機械的合金化法)等により製造できる。
【0056】
(4)混合工程
混合工程は、原料粉末を混合する工程である。この混合工程により、原料粉末が均一に混合され、マクロ的に均一なチタン合金が得られる。
原料粉末の混合には、V型混合機、ボールミル及び振動ミル、高エネルギーボールミル(例えば、アトライター)等を使用できる。
【0057】
(5)成形工程
成形工程は、混合工程後に得られた混合粉末を所定形状の成形体に成形する工程である。所定形状の成形体が得られるため、その後の加工工数低減を図れる。なお、成形体は、板材や棒材等の素材形状をしていても、最終製品の形状をしていても、また、それらに至る前の中間品の形状をしていても良い。また、焼結工程後にさらに加工を施す場合はビレット形状等でもよい。
成形工程には、例えば、金型成形、CIP成形(冷間静水圧プレス成形)、RIP成形(ゴム静水圧プレス成形)等を用いることができる。特に、CIP成形を行う場合、例えば、その成形圧力を200〜400MPaとすると良い。
【0058】
(6)充填工程
充填工程は、前述の原料粉末を所定形状の容器に充填する工程であり、熱間静水圧法(HIP法)を用いるために必要となる。その容器の内側形状は、所望の製品形状に対応させても良い。また、容器は、例えば、金属製でも、セラミック製でも、ガラス製でもよい。また、真空脱気して、原料粉末を容器に充填、封入するとよい。
【0059】
(7)焼結工程
焼結工程は、前記成形工程後の成形体を加熱して焼結させるか、または、充填工程後の容器中の該原料粉末を、熱間静水圧法により焼結させる工程である。
このときの処理温度(焼結温度)は、チタン合金の融点よりもかなり低いため、本発明の製造方法によれば、溶解法のような特殊な装置を必要とせず、経済的にチタン合金を製造できる。
【0060】
▲1▼混合法の場合、真空又は不活性ガスの雰囲気中で成形体を焼結させることが好ましい。また、処理温度は、合金の融点以下で、各成分元素が十分に拡散する温度域で行われることが好ましい。例えば、その処理温度を1200℃〜1600℃とすると、好ましい。
また、チタン合金の緻密化と生産性の効率化を図る上で、処理温度を1200〜1600℃とし処理時間を0.5〜16時間とすると、一層好適である。
【0061】
▲2▼HIP法の場合、拡散が容易で原料粉末の変形抵抗が小さく、かつ容器と反応しにくい温度領域で行われることが好ましい。例えば、その温度範囲を900℃〜1300℃とすると良い。また、成形圧力は、充填粉末が十分にクリープ変形できる圧力であると好ましく、例えば、その圧力範囲を50〜200MPa(500〜2000気圧)とすると良い。
HIPの処理時間は、原料粉末が十分にクリープ変形して緻密化し、かつ、合金成分が粉末間で拡散できる時間が好ましい。例えば、その時間を1時間〜10時間とすると良い。
【0062】
また、HIP法の場合、混合法で必要な混合工程、成形工程を必ずしも必要とせず、いわゆる合金粉末法も可能となる。従って、この場合、前述したように、使用できる原料粉末の種類も広がり、二種以上の純金属粉末や合金粉末を混合した混合粉末のみならず、所望の合金組成そのものをもつ合金粉末を原料粉末として使用することができる。また、HIP法を用いると、緻密な焼結チタン合金を得ることもでき、製品形状が複雑であってもネットシェイプが可能となる。
【0063】
(8)熱間加工工程
熱間加工工程は、混合法において、焼結工程後の焼結体の組織を緻密化させる工程である。焼結工程後の焼結体のままでは、空孔等が多い。熱間加工を施すことにより、この空孔の低減等を図れ、緻密な焼結体とすることができる。そして、熱間加工工程を行うことにより、チタン合金の引張弾性限強度の向上を図れる。従って、前記チタン合金原材は、さらに、前記焼結工程後に得られる焼結体へ熱間加工を加える熱間加工工程を経て製造されると好適である。
【0064】
熱間加工とは、再結晶温度以上での塑性加工を意味し、例えば、熱間鍛造、熱間圧延、熱間スエージ、熱間コイニング等がある。熱間加工工程は、加工温度を600〜1100℃とする工程であると好適である。この温度は、加工する焼結体自体の温度である。600℃未満では、変形抵抗が高く、熱間加工工程が困難であって歩留まりの低下を招く。一方、1100℃を超えて熱間加工を行うと、結晶粒が粗大化して好ましくない。
この熱間加工工程により、製品の形状を概略的に形成することもできる。また、焼結体の組織中の空孔量を調整して、チタン合金のヤング率、強度、密度等を調整することもできる。
【0065】
(チタン合金の用途)
本発明のチタン合金は、高弾性、高強度であるため、その特性にマッチする製品に幅広く利用できる。また、優れた冷間加工性も備えるため、冷間加工製品に本発明のチタン合金を利用すると好適である。中間焼鈍等を介在させずに加工割れ等を著しく低減させて、歩留り向上を図れるからである。
形状的に切削加工等が必要と考えられていた従来の製品に、本発明のチタン合金を用いて冷間成形等を行うと、そのチタン製品の量産化、低コスト化を図り易い。そして、その際に本発明の製造方法が有効となる。
【0066】
本発明のチタン合金を利用できる具体例を挙げると、産業機械、自動車、バイク、自転車、家電品、航空宇宙機器、船舶、装身具、スポーツ・レジャ用品、生体関連品、医療器材、玩具等がある。
例えば、自動車の(コイル)スプリングに本発明のチタン合金を用いると、高弾性変形能(低ヤング率)故に、従来のバネ鋼製スプリングに比較して、巻き数を著しく低下させることができる。さらに、その巻数低減に加え、本発明のチタン合金は比重がバネ鋼の70%程度であるために、大幅な軽量化が実現できる。
【0067】
また、装身具の一つである眼鏡フレームに本発明のチタン合金を用いると、その高弾性変形能により、蔓部分等が撓み易くなり、顔によくフィットする。さらに、その眼鏡は、衝撃吸収性や形状の復元性にも優れたものとなる。さらに、本発明のチタン合金は、冷間加工性に優れるため、細線材から眼鏡フレーム等への成形が容易であり、歩留り向上も図れる。
また、スポーツ・レジャ用品の一つであるゴルフクラブに本発明のチタン合金を用いると、そのシャフトはしなり易くなり、ゴルフボールへ伝達される弾性エネルギーが増して、ゴルフボールの飛距離の向上が期待できる。
【0068】
また、ゴルフクラブのヘッド、特にフェース部分が本発明のチタン合金からなると、その高弾性変形能(低ヤング率)と高引張弾性限強度に伴う薄肉化とにより、ヘッドの固有振動数を従来のチタン合金に比べて著しく低減できる。従って、そのヘッドを備えるゴルフクラブは、ゴルフボールの飛距離を相当伸ばすこととなる。なお、ゴルフクラブに関する理論は、例えば、特公平7−98077号公報や国際公開WO98/46312号公報等に開示されている。その他、ゴルフクラブに本発明のチタン合金を用いれば、ゴルフクラブの打感等も向上させることが可能であり、ゴルフクラブの設計自由度を著しく拡大させることができる。
【0069】
また、医療分野では、人工骨、人工関節、人工移植片、骨の固定具等の生体内に配設されるものや医療器械の機能部材(カテーテル、鉗子、弁等)等に本発明のチタン合金を利用できる。例えば、人工骨が本発明のチタン合金からなると、その人工骨は人骨に近い高弾性変形能をもち、人骨との均衡が図られて生体適合性に優れると共に、骨として十分な高引張弾性限強度も有する。
また、本発明のチタン合金は、制振材にも適する。E=ρV2 (E:ヤング率、ρ:材料密度、V:材料内を伝わる音速)の関係式から解るように、ヤング率を低下(弾性変形能を向上)させることにより、その材料内を伝わる音速を低減できるからである。
【0070】
その他、素材(線材、棒材、角材、板材、箔材、繊維、織物等)、携帯品(時計(腕時計)、バレッタ(髪飾り)、ネックレス、ブレスレット、イアリング、ピアス、指輪、ネクタイピン、ブローチ、カフスボタン、バックル付きベルト、ライター、万年筆のペン先、万年筆用クリップ、キーホルダー、鍵、ボールペン、シャープペンシル等)、携帯情報端末(携帯電話、携帯レコーダ、モバイルパソコン等のケース等)、エンジンバルブ用のスプリング、サスペンションスプリング、バンパー、ガスケット、ダイアフラム、ベローズ、ホース、ホースバンド、ピンセット、釣り竿、釣り針、縫い針、ミシン針、注射針、スパイク、金属ブラシ、椅子、ソファー、ベッド、クラッチ、バット、各種ワイヤ類、各種バインダ類、書類等クリップ、クッション材、各種メタルシール、エキスパンダー、トランポリン、各種健康運動機器、車椅子、介護機器、リハビリ機器、ブラジャー、コルセット、カメラボディー、シャッター部品、暗幕、カーテン、ブラインド、気球、飛行船、テント、各種メンブラン、ヘルメット、魚網、茶濾し、傘、消防服、防弾チョッキ、燃料タンク等の各種容器類、タイヤの内張り、タイヤの補強材、自転車のシャシー、ボルト、定規、各種トーションバー、ゼンマイ、動力伝動ベルト(CVTのフープ等)等の、各種分野の各種製品に本発明のチタン合金は利用され得る。
なお、本発明に係るチタン合金およびその製品は、前述した本発明の製造方法に限らず、鋳造、鍛造、超塑性成形、熱間加工、冷間加工、焼結、HIP等、種々の製造方法により製造され得る。
【0071】
【実施例】
以下に、本発明のチタン合金およびその製造方法に係る種々の実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
(試料の製造)
第1〜4実施例(試料No.1〜19)のチタン合金は、表1に示すように、30〜60%のVa族元素とTiとを組成にもち、冷間加工工程と時効処理工程とを施して、次にように製造されたものである。
▲1▼原料粉末として、市販の水素化・脱水素Ti粉末(−#325、−#100)、ニオブ(Nb)粉末(−#325)、バナジウム(V)粉末(−#325)、タンタル(Ta)粉末(−#325)を用意した。これらの各粉末を表1の組成割合となるように配合し、アトライタまたはボールミルを用いて混合した(混合工程)。なお、表1に示した合金組成の単位は質量百分率(%)であり、残部はチタンである。
【0072】
▲2▼この混合粉末を圧力400MPaでCIP成形(冷間静水圧成形)して、φ40×80mmの円柱形状の成形体を得た(成形工程)。
▲3▼成形工程後に得られた成形体を、5×10-3Paの真空中で、表1に示す処理温度と処理時間(焼結工程条件)の下で焼結させて焼結体を得た(焼結工程)。▲4▼この焼結体を700〜1150℃の大気中で熱間鍛造してφ15mmの丸棒とした(熱間加工工程)。
【0073】
▲5▼これに、表1に示す冷間加工率の冷間スエージ加工を施して冷間加工材(供試材)を得た(冷間加工工程)。
▲6▼さらに、この冷間加工材に、Arガス雰囲気の加熱炉中で時効処理を施した(時効処理工程)。
【0074】
(実施例毎の説明)
次に、各実施例または各試料ごとの具体的な製造条件を説明する。
(1)第1実施例(試料No.1〜7)
本実施例は、表1に示すように、Ti−30Nb−10Ta−5Zr(%は省略:以下同様)の組成をもつ混合粉末からなる成形体に、1300℃×16時間の焼結工程を施して焼結体とし、この焼結体に上記熱間加工工程と冷間加工率87%の冷間加工工程を施した後、得られた冷間加工材に、表1に示す種々の条件の時効処理工程を加えたものである。
【0075】
(2)第2実施例(試料No.8〜10)
本実施例は、第1実施例と同じ組成をもつ合金に、表1に示す異なる条件の焼結工程と冷間加工工程とを施した後、各試料に同条件の時効処理工程を加えたものである。
【0076】
(3)第3実施例(試料No.11〜17)
本実施例は、表1に示す異なる組成をもつ合金に、表1に示す異なる条件の焼結工程と冷間加工工程とを施した後、各試料毎に異なる条件の時効処理工程を加えたものである。
【0077】
(4)第4実施例(試料No.18、19)
本実施例は、第1実施例または第2実施例の各試料に対して、含有酸素量を表1に示すように変更したものである。焼結工程、冷間加工工程および時効処理工程の条件は、第1実施例または第2実施例とほぼ同様である。
この第4実施例の結果から、酸素が低ヤング率と高強度(高弾性)とを図る上で有効な元素であることが解る。
【0078】
(5)比較例(試料No.C1〜C4)
比較例として、表1に示すような、組成や工程条件からなる試料No.C1〜C4を製造した。
試料No.C1は、熱間加工材のままで、冷間加工工程および時効処理工程を加えなかったものである。
試料No.C2は、熱間加工材に冷間加工を施さずにパラメータPの値が低い時効処理工程を加えたものである。
試料No.C3は、冷間加工材にパラメータPの値が高い時効処理工程を加えたものである。
試料No.C4は、溶解法により製造したVa族元素が30%未満のインゴットに、時効処理工程を加えたものである。
【0079】
(材料特性の測定)
上述した各試料の材料特性を以下に示す方法で求めた。
各試料について、インストロン試験機を用いて引張試験を行い、荷重と伸びとを測定して、応力−歪み線図を求めた。インストロン試験機とは、インストロン(メーカ名)製の万能引張試験機であり、駆動方式は電気モータ制御式である。伸びは試験片の側面に貼り付けたひずみゲージの出力から測定した。
【0080】
引張弾性限強度と引張強度とは、その応力−歪み線図に基づいて前述した方法により求めた。弾性変形能は、引張弾性限強度に対応する伸びを応力−歪み線図から求めた。
平均ヤング率は、前述したように、その応力−歪み線図に基づいて得られる、引張弾性限強度の1/2に相当する応力位置での傾き(曲線の接線の傾き)として求めた。伸びは、その応力−歪み線図から求めた破断伸びである。
前述の各試料について求めたこれらの測定結果を表1に併せて示した。
【0081】
【表1】
Figure 0004304897
【0082】
(評価)
▲1▼引張弾性限強度または引張強度
実施例と比較例とを対比すると、適当な冷間加工と時効処理を施すことにより、引張弾性限強度または引張強度が250〜800MPa程度上昇していることが解る。
【0083】
▲2▼平均ヤング率または弾性変形能
平均ヤング率は、時効処理を加えることにより、多少の上昇を伴う場合もあるが、いずれの場合も平均ヤング率が90GPa以下であり、時効処理条件を適切に選択することで、平均ヤング率を抑制できることが解った。
また、強度の向上と平均ヤング率の抑制とにより、弾性変形能も1.6%以上の大きな値を示し、高弾性変形能で高引張弾性限強度のチタン合金が得られることが確認できた。
【0084】
【発明の効果】
このように本発明のチタン合金によれば、高弾性変形能で高引張弾性限強度であるため各種製品に幅広く利用でき、冷間加工性にも優れるためそれらの生産性向上も図れる。
また、本発明のチタン合金の製造方法によれば、そのようなチタン合金を容易に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】応力−歪み線図を模式的に示した図であり、同図Aは本発明に係るチタン合金のものであり、同図Bは従来のチタン合金のものである。

Claims (23)

  1. 全体を100%(質量百分率:以下同様)とした場合に、30〜60%のVa族(バナジウム族)元素と残部がチタン(Ti)とからなり、
    引張弾性限強度が950MPa以上で、弾性変形能が1.6%以上であることを特徴とする高弾性変形能を有するチタン合金。
  2. さらに、全体を100%とした場合に、ジルコニウム(Zr)とハフニウム(Hf)とスカンジウム(Sc)とからなる金属元素群中の1種以上の元素を合計で20%以下含む請求項1に記載のチタン合金。
  3. 全体を100%とした場合に、前記ZrとHfとScとからなる金属元素群中の1種以上の元素と前記Va族元素との合計は30〜60%である請求項2に記載のチタン合金。
  4. さらに、全体を100%とした場合に、0.08〜0.6%の酸素(O)を含む請求項1〜3のいずれにかに記載のチタン合金。
  5. 全体を100%とした場合に30〜60%のVa族元素と残部がTiとからなるチタン合金原材に10%以上の冷間加工を加える冷間加工工程と、
    該冷間加工工程後に得られた冷間加工材に処理温度が150℃〜600℃の範囲で、下式によって定まるラルソン・ミラー(Larson−Miller)パラメータP(以降、単に「パラメータP」と称する。)が8.0〜18.5となる時効処理を施す時効処理工程とを経て製造される請求項1に記載のチタン合金。
    P=(T+273)・(20+log 10 t)/1000
    T:処理温度(℃)
    t:処理時間(時間)
  6. 前記チタン合金原材は、さらに、全体を100%とした場合に、ZrとHfとScとからなる金属元素群中の1種以上の元素を合計で20%以下含み、請求項5に記載の冷間加工工程および時効処理工程とを経て製造される請求項2に記載のチタン合金。
  7. 前記チタン合金原材は、全体を100%とした場合に、前記ZrとHfとScとからなる金属元素群中の1種以上の元素と前記Va族元素との合計が30〜60%である請求項6に記載のチタン合金。
  8. 前記チタン合金原材は、さらに、全体を100%とした場合に、0.08〜0.6%のOを含み、請求項5に記載の冷間加工工程および時効処理工程とを経て製造される請求項4に記載のチタン合金。
  9. 前記時効処理工程は前記処理温度が150℃〜300℃の範囲で前記パラメータPが8.0〜12.0であり、前記引張弾性限強度は1000MPa以上、前記弾性変形能は2.0%以上で、平均ヤング率が75GPa以下である請求項5〜8のいずれかに記載のチタン合金。
  10. 前記時効処理工程は前記処理温度が300℃〜450℃の範囲で前記パラメータPが12.0〜14.5であり、前記引張弾性限強度は1400MPa以上、平均ヤング率が95GPa以下である請求項5〜8のいずれかに記載のチタン合金。
  11. 全体を100%とした場合に30〜60%のVa族元素と残部がチタンとからなるチタン合金原材に10%以上の冷間加工を加える冷間加工工程と、
    該冷間加工工程後に得られた冷間加工材に処理温度が150℃〜600℃の範囲でパラメータPが8.0〜18.5となる時効処理を施す時効処理工程とからなり、
    引張弾性限強度が950MPa以上で弾性変形能が1.6%以上となるチタン合金を製造することを特徴とする高弾性変形能を有するチタン合金の製造方法。
  12. 前記時効処理工程は前記処理温度が150℃〜300℃の範囲で前記パラメータPが8.0〜12.0であり、
    前記チタン合金は前記引張弾性限強度が1000MPa以上、前記弾性変形能が2.0%以上で、平均ヤング率が75GPa以下である請求項11に記載のチタン合金の製造方法。
  13. 前記時効処理工程は前記処理温度が300℃〜450℃の範囲で前記パラメータPが12.0〜14.5であり、
    前記チタン合金は前記引張弾性限強度が1400MPa以上、平均ヤング率が95GPa以下である請求項11に記載のチタン合金の製造方法。
  14. 前記チタン合金原材は、さらに、全体を100%とした場合に、ZrとHfとScとからなる金属元素群中の1種以上の元素を合計で20%以下含む請求項11に記載のチタン合金の製造方法。
  15. 前記チタン合金原材は、全体を100%とした場合に、前記ZrとHfとScとからなる金属元素群中の1種以上の元素と、前記Va族元素との合計が30〜60%である請求項14に記載のチタン合金の製造方法。
  16. 前記チタン合金原材は、さらに、全体を100%とした場合に、0.08〜0.6%のOを含む請求項11、14または15のいずれかに記載のチタン合金の製造方法。
  17. 前記チタン合金原材は、全体を100%とした場合に30〜60%のVa族元素と残部であるチタンとを含む少なくとも二種以上の原料粉末を混合する混合工程と、該混合工程後に得られた混合粉末を所定形状の成形体に成形する成形工程と、該成形工程後に得られた成形体を加熱して焼結させる焼結工程と、により製造される請求項11または14〜16のいずれかに記載のチタン合金の製造方法。
  18. 前記焼結工程は、処理温度を1200℃〜1600℃とし処理時間を0.5〜16時間とする工程である請求項17に記載のチタン合金の製造方法。
  19. 前記チタン合金原材は、さらに、前記焼結工程後に得られる焼結体へ熱間加工を加える熱間加工工程を経て製造される請求項17に記載のチタン合金の製造方法。
  20. 前記熱間加工工程は、加工温度を600〜1100℃とする工程である請求項19に記載のチタン合金の製造方法。
  21. 前記チタン合金原材は、全体を100%とした場合に30〜60%のVa族元素と残部であるチタンとを含む原料粉末を所定形状の容器に充填する充填工程と、該充填工程後に熱間静水圧法(HIP法)を用いて該容器中の該原料粉末を焼結させる焼結工程と、により製造される請求項11または14〜16のいずれかに記載のチタン合金の製造方法。
  22. 前記原料粉末は、さらに、全体を100%とした場合に、ZrとHfとScとからなる金属元素群中の1種以上の元素を合計で20%以下含む請求項17または21に記載のチタン合金の製造方法。
  23. 前記原料粉末は、全体を100%とした場合に、前記ZrとHfとScとからなる金属元素群中の1種以上の元素と前記Va族元素との合計が30〜60%となる請求項22のいずれかに記載のチタン合金の製造方法。
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