JP4300132B2 - 組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜及びその作製方法 - Google Patents

組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜及びその作製方法 Download PDF

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Description

本発明は、組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜及びその作製方法に関し、更に詳しくは、クラックの発生等が抑制された耐摩耗性及び耐食性に優れるFeCr合金めっき皮膜及びその作製方法に関する。
オートバイや自動車のブレーキディスク等の摺動部材は、耐摩耗性と耐食性に優れることが要求されている。特に近年においては、軽量化の観点からアルミニウム合金製の摺動部材が実用化されており、その表面に十分な摺動特性(耐摩耗性及び耐食性など)を付与することが要求されている。
摺動部材に耐摩耗性と耐食性を付与する手段として、Crめっき皮膜を摺動部材の基体上に形成することが従来から検討されている。Crめっき皮膜は、耐摩耗性に優れると共にその不働態皮膜が安定で耐食性に優れるという利点があることから摺動部材の表面処理皮膜として有効である。しかしながら、Crめっき皮膜は、クラックが発生し易いという難点があり、さらにそのクラックに起因した剥離が生じ、その結果として被めっき物の耐食性が低下するという問題がある。
こうした問題に対しては従来から種々検討されており、例えば特許文献1には、Crめっき皮膜の水素吸蔵量を低減させてクラックの発生を抑制することが検討されている。また、特許文献2には、電析中のめっき浴温度を連続的に下降させて、被めっき物側から表面に向けて硬度を連続的に上昇させたCrめっき皮膜が提案されている。
一方、近年、アルミニウム合金製の摺動部材の新しい表面処理として、FeCr合金めっき皮膜が提案されている。FeCr合金めっき皮膜は、高硬度で耐摩耗性に優れるという特徴があり、このFeCr合金めっき皮膜で被覆されたアルミニウム合金製の摺動部材は、軽量でありながら耐摩耗性に優れるという効果がある。
特開平8−49089号公報(請求項1及び要約) 特開平9−296292号公報(請求項1及び要約)
上述したFeCr合金めっき皮膜は高い硬度と優れた耐摩耗性を有しているが、上述したCrめっき皮膜と同様に、その成膜条件によってはクラックが発生し易いという問題があった。FeCr合金めっき皮膜にクラックが発生し、そのクラックが伝播して被めっき物にまで到達してしまうと、そのクラックに起因した剥離が生じ易く、その結果として被めっき物の耐食性が低下するという問題がある。
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的は、クラック及びその伝播が起こり難く、耐摩耗性及び耐食性に優れたFeCr合金めっき皮膜及びその作製方法を提供することにある。
上記目的を達成するための本発明の組成傾斜構造を持つFeCr合金めっき皮膜は、FeとCrの組成が膜厚方向で連続的又は段階的に変化しているFeCr合金めっき皮膜であって、前記膜厚方向の被めっき物近傍にCr含有率が相対的に低い領域を有し、前記膜厚方向の表面にCr含有率が相対的に高い領域を有することを特徴とする。
この発明によれば、FeとCrの組成が膜厚方向で連続的又は段階的に変化し、その膜厚方向の表面にはCr含有率が相対的に高い高硬度のFeCr合金層領域を有するので、耐摩耗性に優れたものとなり、さらに膜厚方向の被めっき物近傍にはCr含有率が相対的に低い比較的柔軟なFeCr合金層領域を有するので、高硬度ゆえに発生し易いクラックの伝播をCr含有率が相対的に低い領域で吸収することができ、クラックが発生した場合であってもその伝播を起こり難くすることができる。また、この発明によれば、膜厚方向の被めっき物近傍にCr含有率が相対的に低い比較的柔軟なFeCr合金層領域を有するので、その比較的柔軟な領域により、被めっき物との間の密着性が向上することとなる。その結果、クラックに起因した剥離を生じ難くさせ、被めっき物の耐食性が低下するという問題を解決することが可能となる。
本発明の組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜は、上記本発明の合金めっき皮膜において、前記被めっき物がアルミニウム合金であることを特徴とする。
この発明によれば、オートバイや自動車のブレーキディスク等のアルミニウム合金製摺動部材の新しい表面処理として、上記の組成傾斜構造を持つFeCr合金めっき皮膜を適用することにより、被めっき物であるアルミニウム合金の耐食性を高め、摺動部材の信頼性を向上させることができる。
上記目的を達成するための本発明の組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜の作製方法は、少なくとも2種の金属元素を含むと共に電流密度を変化させることにより当該金属元素の析出割合が変化する合金めっき液を用い、電流密度を連続的又は段階的に変化させて、前記合金めっき液に含まれる少なくとも2種の金属元素の組成が膜厚方向で連続的又は段階的に変化した合金めっき皮膜を被めっき物上に形成することを特徴とする。
この発明によれば、電流密度を変化させることにより金属元素の析出割合が変化する合金めっき液を用いるので、膜厚方向に組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜を容易に成膜することができる。特に金属元素の組成により異なる機能を有する場合に有効であり、そうした層を膜厚方向に形成することができる。
本発明の組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜の作製方法は、上記本発明の合金めっき皮膜の作製方法において、前記少なくとも2種の金属元素がFeとCrであり、前記膜厚方向の被めっき物近傍にCr含有率が相対的に低い領域を形成し、前記膜厚方向の表面にCr含有率が相対的に高い領域を形成することを特徴とする。
この発明によれば、成膜時の電流密度を変化させることにより、膜厚方向の表面にCr含有率が相対的に高い領域を容易に形成できるので、高硬度で耐摩耗性に優れたFeCr合金めっき皮膜を作製することができる。また、成膜時の電流密度を変化させることにより、膜厚方向の被めっき物近傍にCr含有率が相対的に低い領域を容易に形成できるので、形成されたFeCr合金めっき皮膜にクラックが発生した場合であっても、その伝播をCr含有率が相対的に低い比較的柔軟な領域で吸収することができるFeCr合金めっき皮膜を作製できる。更に、膜厚方向の被めっき物近傍にCr含有率が相対的に低い比較的柔軟なFeCr合金層領域を形成することにより、被めっき物との間の密着性が向上することとなり、その結果、クラックに起因した剥離を生じ難くさせ、被めっき物の耐食性が低下するという問題を解決することが可能となる。
本発明の組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜の作製方法は、上記本発明の合金めっき皮膜の作製方法において、前記被めっき物がアルミニウム合金であることを特徴とする。
この発明によれば、オートバイや自動車のブレーキディスク等のアルミニウム合金製摺動部材の新しい表面処理として、上記の組成傾斜構造を持つFeCr合金めっき皮膜の作製方法を適用することにより、被めっき物であるアルミニウム合金の耐食性を高め、摺動部材の信頼性を向上させることができる簡易で低コストな合金めっき皮膜の作製方法を提供できる。
なお、本願において、「被めっき物近傍」とは、アルミニウム合金等の被めっき物上に最初に成膜される合金めっき層部分のことをいう。
本発明の組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜によれば、高硬度ゆえに発生し易いFeCr合金めっき皮膜のクラックの伝播を、Cr含有率が相対的に低い領域で吸収することができるので、FeCr合金めっき皮膜にクラックが発生した場合であってもその伝播を起こり難くすることができる。また、本発明の合金めっき皮膜によれば、被めっき物近傍に形成された比較的柔軟なFeCr合金層領域により被めっき物との間の密着性が向上することとなるので、クラックに起因した剥離を生じ難くさせ、被めっき物の耐食性が低下するという問題を解決することが可能となる。こうした本発明のFeCr合金めっき皮膜は、オートバイや自動車のブレーキディスク等のアルミニウム合金製摺動部材の耐食性を高め、その信頼性を向上させることができる。
本発明の組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜の作製方法によれば、膜厚方向に組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜を容易に成膜することができる。特に金属元素の組成により異なる機能を有する場合に有効であり、そうした層を膜厚方向に形成することができる。また、本発明の合金めっき皮膜の作製方法によれば、高硬度で耐摩耗性に優れたFeCr合金めっき皮膜を作製することができると共に、形成されたFeCr合金めっき皮膜にクラックが発生した場合であっても、その伝播をCr含有率が相対的に低い比較的柔軟な領域で吸収可能なFeCr合金めっき皮膜を作製できる。こうした本発明の合金めっき皮膜の作製方法は、オートバイや自動車のブレーキディスク等のアルミニウム合金製摺動部材の耐食性を高め、その信頼性を向上させることができる簡易で低コストな合金めっき皮膜の作製方法である。
以下、本発明の組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜及びその作製方法について詳細に説明する。
(組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜の作製方法)
本発明の組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜の作製方法(以下、単に「本発明の合金めっき皮膜の作製方法」又は「本発明の作製方法」ということがある。)は、少なくとも2種の金属元素を含むと共に電流密度を変化させることによりその金属元素の析出割合が変化する合金めっき液を用い、電流密度を連続的又は段階的に変化させて、その合金めっき液に含まれる少なくとも2種の金属元素の組成が膜厚方向で連続的又は段階的に変化した合金めっき皮膜を被めっき物上に形成することに特徴がある。
本発明の合金めっき皮膜の作製方法は、後述するように、FeCr合金めっき皮膜の作製に好ましく用いられるが、上述した技術的思想を有するものであれば金属元素の種類は限定されない。すなわち、電流密度を変化させることにより合金めっき液中に含まれる金属元素の析出割合を変化させることができ、且つその析出割合の異なる領域がそれぞれの合金組成に由来する特有の機能を有する組成傾斜構造を持つものであれば、2元合金又は3元合金等の各種の合金系に対して適用できる。
以下、本発明の組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜の作製方法について、FeCr合金めっき皮膜の作製方法を例にして説明する。
本発明の合金めっき皮膜の作製方法において、合金めっき液は、少なくとも2種の金属元素として例えばFeとCrを含むと共に、電解電流密度を変化させることによりその金属元素であるFeとCrの析出割合が変化するように調整されている。
FeとCrは、合金めっき液中にイオン種として存在し、例えば、水和物を配位した水和イオンとして存在していてもよいし、各種の錯イオンとして存在していてもよい。FeとCrをどのような態様で存在させるかは、電流密度を変化させることにより合金めっき液中のFeとCrの析出割合を任意に変化させることができることを主眼として決定される。通常は水和イオンとして存在させるが、錯イオンとして合金めっき液中に存在させることにより、同じ電流密度の場合であっても析出割合を変化させることが可能である。なお、合金めっき液中には、支持電解質やpH緩衝剤等、一般的な合金めっき液に配合されるような各種の添加剤が含まれていてもよい。なお、合金めっき液に含まれる金属元素(例えばFeとCr)のイオンの濃度、合金めっき液の温度、pH、攪拌速度等のめっき条件は、各金属元素が所望の割合で析出されるように適宜調整される。
本発明においては、電流密度を連続的又は段階的に変化させ、膜厚方向で連続的又は段階的に組成の異なる合金めっき皮膜を形成する。電流密度を連続的に変化させた場合には、連続的に組成が変化した合金めっき皮膜を形成することができ、電流密度を段階的に変化させた場合には、段階的に組成が変化した合金めっき皮膜を形成することができる。
電流密度の具体的な範囲は合金めっき液を構成する合金系により異なるので一概に言えないが、組成傾斜構造を実現できると共に、実用的な電流効率が得られる範囲であることが望ましい。
例えば後述する実施例に挙げられるFeCr合金めっき皮膜の場合には、10〜50mA/cm程度の範囲で行われる。そのFeCr合金めっき皮膜を形成する合金めっき液は、電流密度が高いほどCr含有率が高くなるので、電流密度を連続的又は段階的に徐々に高くするように印加することにより、被めっき物近傍にCr含有率が相対的に低い領域を形成し、皮膜表面に向かって連続的又は段階的にCr含有率が高くなり、皮膜表面ではCr含有率が相対的に高い領域を形成することができる。なお、FeCr合金めっき皮膜はFeとCrの2元合金であるので、皮膜中のCr含有率が相対的に高くなると、Fe含有率が相対的に低くなることは言うまでもない。
また、初期の電流密度を高くし、その後連続的又は段階的に低下させ、さらにその後連続的又は段階的に高くすることもできる。こうした態様でFeCr合金めっき皮膜を作製することにより、被めっき物近傍のCr含有率を高くし、皮膜表面に向かって徐々にCr含有率を低下させた後に再び徐々に高くすることもできる。
電流密度を連続的に変化させる速度は、一定でも任意に可変させてもよい。電流密度を変化させる速度を一定とするか可変させるかについては、得られる合金めっき皮膜の膜厚方向の特性により選択される。例えば、特定の機能を有する部分を厚く形成したい場合には、その機能を有する部分を形成できる電流密度の範囲をゆっくり可変させ、特定の機能を有する部分を薄く形成したい場合には、その機能を有する部分を形成できる電流密度の範囲を速く可変させるように設定することが望ましい。さらにそれらの速度は、最終的なめっき厚さによっても設定される。
電流密度を段階的に変化させる場合も同様に、各段階での印加時間は一定であっても可変であってもよい。各段階での印加時間を一定とするか可変させるかについては、上記の場合と同様に、得られる合金めっき皮膜の膜厚方向の特性により選択される。
図1は、各段階での印加時間を一定にした場合のFeCr合金めっき皮膜2を被めっき物1上に形成した態様の一例を示す模式断面図である。一方、図2は、各段階での印加時間を任意に変化させた場合のFeCr合金めっき皮膜2を被めっき物1上に形成した態様の一例を示す模式断面図である。図2に示すように、特定の機能を有する部分を厚く形成したい場合には、その機能を有する部分を形成できる電流密度の範囲(図2においては10〜25mA/cmの範囲)の印加時間をやや長く設定し、特定の機能を有する部分を薄く形成したい場合には、その機能を有する部分を形成できる電流密度の範囲(図2においては30〜50mA/cmの範囲)の印加時間をやや短く設定することができる。
合金めっき皮膜2を形成する被めっき物としては、電気めっき可能な種々の材料又は電気めっきを可能にさせる表面処理が施された種々の材料を挙げることができる。例えば上述したFeCr合金めっき皮膜においては、アルミニウム合金製の被めっき物上に形成することが好ましい。アルミニウム合金上にFeCr合金めっき皮膜を形成する際には、一般的に行われているジンケート処理を予め行った後にFeCr合金めっきが行われる。
(組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜)
本発明の組成傾斜構造を持つFeCr合金めっき皮膜は、FeとCrの組成が膜厚方向で連続的又は段階的に変化しているFeCr合金めっき皮膜であって、膜厚方向の被めっき物近傍にCr含有率が相対的に低い領域を有し、膜厚方向の表面にCr含有率が相対的に高い領域を有することを特徴とする。
このFeCr合金めっき皮膜は、FeとCrの組成が膜厚方向で連続的又は段階的に変化する。そして、その膜厚方向の表面にCr含有率が相対的に高い高硬度のFeCr合金層領域を有する。こうした表面を有するFeCr合金めっき皮膜は耐摩耗性に優れたものとなり、この合金めっき皮膜で被覆された被めっき物は、摺動部材としての機能をより向上させることができる。
Cr含有率が相対的に高い高硬度のFeCr合金層領域は、ビッカース硬さで約Hv700〜800の硬度を有することが好ましく、そのような硬度を有するためには、図3及び図4に示されるように、Cr含有率が約10〜15重量%であることが好ましい。本発明のFeCr合金めっき皮膜はこうした範囲で好ましい耐摩耗性を有している。
さらに、本発明のFeCr合金めっき皮膜は、その膜厚方向の被めっき物近傍にCr含有率が相対的に低い比較的柔軟なFeCr合金層領域を有する。こうした領域を有するFeCr合金めっき皮膜は、高硬度ゆえに発生し易いクラックの伝播をCr含有率が相対的に低い領域で吸収することができ、クラックが発生した場合であってもその伝播を起こり難くすることができる。また、こうした領域を有するFeCr合金めっき皮膜は、その比較的柔軟な領域により、被めっき物との間の密着性が向上することとなる。その結果、クラックに起因した剥離を生じ難くさせ、被めっき物の耐食性が低下するという問題を解決することが可能となる。
Cr含有率が相対的に低い比較的柔軟なFeCr合金層領域は、ビッカース硬さで約Hv500以下の硬度を有することが好ましく、そのような硬度を有するためには、図3及び図4に示されるように、Cr含有率が約5重量%以下であることが好ましい。本発明のFeCr合金めっき皮膜はこうした範囲で、クラックの伝播を起こり難くすることができる。
特に、熱衝撃等によるクラック発生とその伝播を抑制する観点からは、被めっき物近傍に形成されるCr含有率の低い比較的柔軟な領域の厚さをできるだけ厚くし、柔軟性の確保と応力の緩和を図ることが好ましい。
なお、被めっき物としてはアルミニウム合金であることが好ましく、オートバイや自動車のブレーキディスク等のアルミニウム合金製摺動部材の新しい表面処理として、本発明の組成傾斜構造を持つFeCr合金めっき皮膜を適用することにより、被めっき物であるアルミニウム合金の耐食性を高め、摺動部材の信頼性を向上させることができる。
以下に、実施例及び比較例を挙げて、本発明を更に具体的に説明する。
(実施例1)
硫酸第一鉄(FeSO)40g/dm、塩基性硫酸クロム(III)120g/dm、ギ酸アンモニウム55g/dm、シュウ酸アンモニウム10g/dm、塩化カリウム54g/dm、塩化アンモニウム54g/dm、ホウ酸40g/dmを含むFeCr合金めっき液を用い、めっき液の温度を45℃とし、攪拌翼によりめっき液を攪拌(攪拌速度:320rpm)しながら定電流電解によりFeCr合金めっきを行った。陽極としては炭素電極を用い、陰極としてはアルミニウム合金(1100材)を用いた。FeCr合金めっきを行うためのアルミニウム合金への前処理としては、脱脂、酸洗い、アルカリエッチング、酸活性処理、ジンケート処理後、硝酸浸漬、及びジンケート処理を順次施した。
なお、アルミニウム合金上へのFeCr合金めっきを行うに当たり、予め任意の電流密度で形成したFeCr合金めっき皮膜のCr含有率と硬度を測定した。Cr含有率はX線マイクロアナライザー(EDX)から得られたデータに基づいて算出し、ビッカース硬さは微小ビッカース硬度計で測定した。その結果を図3及び図4に示した。図3及び図4の結果から分かるように、電流密度が高くなるにしたがって、Cr含有率が高くなり、ビッカース硬さも高い値を示していた。
以上の結果をもとに、アルミニウム合金上に総厚さ15μmのFeCr合金めっき皮膜を作製した。FeCr合金めっき皮膜は、各電流密度印加時の厚さが3μmとなるように電流効率を考慮して電解時間を調整した。具体的には、アルミニウム合金上に順次、10mA/cmで180分、20mA/cmで40分、30mA/cmで22分、40mA/cmで16分、50mA/cmで13分の5段階で、組成傾斜構造を持つ実施例1のFeCr合金めっき皮膜を作製した。
(実施例2)
実施例1において、アルミニウム合金上に順次、50mA/cmで13分、30mA/cmで22分、10mA/cmで180分、30mA/cmで22分、50mA/cmで13分の5段階で行った以外は実施例1と同様にして、組成傾斜構造を持つ総厚さ15μmの実施例2のFeCr合金めっき皮膜を作製した。
(比較例1〜3)
実施例1において、電流密度を50mA/cm一定、25mA/cm一定、及び10mA/cm一定にして厚さ15μmになるまでめっきを行い、厚さ15μmのFeCr合金めっき皮膜をそれぞれ作製した以外は実施例1と同様にして、比較例1〜3の各FeCr合金めっき皮膜を作製した。
(皮膜断面の組成分析)
実施例1及び2のFeCr合金めっき皮膜断面について、EPMA(電子プローブマイクロアナライザ)分析を行った。その結果を図5及び図6に示す。
図5(A)は実施例1のFeCr合金めっき皮膜断面におけるCrのEPMA面分析結果を示す図面代用写真であり、図5(B)はその図面である。図6は、実施例1のFeCr合金めっき皮膜断面におけるFeとCrのEPMA線分析結果である。図5及び図6に示すように、合金めっき皮膜中のCr含有率がアルミニウム合金上から皮膜表面に向かって段階的に高くなっているのが分かる。
また、図7(A)は実施例2のFeCr合金めっき皮膜断面におけるCrのEPMA面分析結果を示す図面代用写真であり、図7(B)はその図面である。図8は、実施例2のFeCr合金めっき皮膜断面におけるFeとCrのEPMA線分析結果である。図7及び図8に示すように、合金めっき皮膜中のCr含有率がアルミニウム合金上から皮膜表面に向かって一度減少した後に再度高くなっているのが分かる。
(密着性の評価)
実施例1の合金めっき皮膜が形成されたアルミニウム基材及び比較例1〜3の合金めっき皮膜が形成されたアルミニウム基材について、JIS−H8504−1999の「めっきの密着性試験法」に規定されている曲げ試験を行うことにより、合金めっき皮膜の被めっき物に対する密着性を評価した。
曲げ試験は、万力で試料片を挟み、その試料片を曲げ半径5mmで90°に折り曲げ、その後元に戻して、折り曲げた箇所の表面をFE−SEMにより観察することにより行った。その結果を図9に示した。
図9(A)は実施例1の合金めっき皮膜のFE−SEM写真であり、図9(B)は比較例1の合金めっき皮膜のFE−SEM写真であり、図9(C)は比較例2の合金めっき皮膜のFE−SEM写真であり、図9(D)は比較例3の合金めっき皮膜のFE−SEM写真である。実施例1の合金めっき皮膜は、比較例1の合金めっき皮膜よりも表面にひび割れが少なく密着性が向上しているのが確認された。また、比較例2及び3の合金めっき皮膜はCrの含有率が膜内で一様に低く柔軟性の高いものであるが、実施例1の合金めっき皮膜よりも表面にひび割れが多く発生していた。この理由としては、実施例1の合金めっき皮膜が柔軟性だけでなく高い硬度(強度)を同時に有するからであると推察される。
(耐熱衝撃性の評価)
実施例1の合金めっき皮膜が形成されたアルミニウム基材及び比較例1の合金めっき皮膜が形成されたアルミニウム基材について、以下の熱衝撃試験を行うことにより、合金めっき皮膜の耐熱衝撃性を評価した。
熱衝撃試験は、試料片を400℃に設定された加熱炉に30分間入れた後、常温(約25℃)の水中に入れて冷却することにより行った。試験後の合金めっき皮膜の表面の状態をFE−SEMにより観察した。図10は上記の加熱・冷却を1サイクル行ったときの試料片のFE−SEM写真であり、図11は上記の加熱・冷却を5サイクル行ったときの試料片のFE−SEM写真である。
図10(A)は実施例1の合金めっき皮膜のFE−SEM写真であり、図10(B)はその拡大写真である。また、図10(C)は比較例1の合金めっき皮膜のFE−SEM写真であり、図10(D)はその拡大写真である。
実施例1の合金めっき皮膜は、その表面にクラックが生じているものの、比較例1の合金めっき皮膜に発生したクラックの幅よりも顕著に小さかった。また、実施例1の合金めっき皮膜は、加熱・冷却を繰り返し行ってもクラックの幅が広がっておらず(図10(A)を参照。)、耐熱衝撃性が向上した。その理由は、合金めっき皮膜のアルミニウム基材近傍におけるCrの含有率を比較すると、実施例1の合金めっき皮膜の方が比較例1の合金めっき皮膜よりも低いので、実施例1の合金めっき皮膜の柔軟性が高くなり、応力緩和特性が向上したことによるものと推察される。
(破壊靭性の評価)
実施例1の合金めっき皮膜が形成されたアルミニウム基材及び比較例1の合金めっき皮膜が形成されたアルミニウム基材について、以下のビッカース圧痕試験を行うことにより、合金めっき皮膜の破壊靭性を評価した。
ビッカース圧痕試験は、ビッカース硬度計を用い、荷重をHv0.5(4.903N)として試料片の合金めっき皮膜が形成された表面に圧痕を入れることにより行った。なお、この荷重は通常の硬さ試験で加えられる荷重の約10倍である。その後、FE−SEMにより合金めっき皮膜の表面の状態を観察した。図12にその結果を示した。
図12(A)及び(B)は実施例1の合金めっき皮膜のFE−SEM写真であり、図12(C)及び(D)は比較例1の合金めっき皮膜のFE−SEM写真である。比較例1の合金めっき皮膜は圧痕部分だけでなく圧痕以外の部分にも多数のクラックが発生していたが、実施例1の合金めっき皮膜はクラックの発生はごく一部でしか認められなかった。したがって、実施例1の合金めっき皮膜は破壊靭性が向上していることが確認された。その理由は、耐熱衝撃性の評価の欄で説明したのと同様に、実施例1の合金めっき皮膜の柔軟性が高くなることにより、応力緩和特性が向上したことによるものと推察される。
電流密度を段階的に印加した場合のFeCr合金めっき皮膜の一例を示す模式断面図である。 電流密度を段階的に印加した場合のFeCr合金めっき皮膜の他の一例を示す模式断面図である。 FeCr合金めっき皮膜のCr含有率に対する電流密度の影響を表すグラフである。 FeCr合金めっき皮膜のビッカース硬さに対する電流密度の影響を表すグラフである。 実施例1で得られたFeCr合金めっき皮膜断面におけるCrのEPMA面分析結果である。 実施例1で得られたFeCr合金めっき皮膜断面におけるFeとCrのEPMA線分析結果である。 実施例2で得られたFeCr合金めっき皮膜断面におけるCrのEPMA面分析結果である。 実施例2で得られたFeCr合金めっき皮膜断面におけるFeとCrのEPMA線分析結果である。 実施例1及び比較例1〜3で得られたFeCr合金めっき皮膜の曲げ試験後のFE−SEM写真である。 実施例1及び比較例1で得られたFeCr合金めっき皮膜の熱衝撃試験(1サイクル)後のFE−SEM写真である。 実施例1及び比較例1で得られたFeCr合金めっき皮膜の熱衝撃試験(5サイクル)後のFE−SEM写真である。 実施例1及び比較例1で得られたFeCr合金めっき皮膜のビッカース圧痕試験後のFE−SEM写真である。
符号の説明
1 被めっき物
2 合金めっき皮膜

Claims (3)

  1. FeとCrの組成が膜厚方向で連続的又は段階的に変化しているFeCr合金めっき皮膜であって、前記膜厚方向の被めっき物近傍にCr含有率が5重量%以下でビッカース硬さがHv500以下のクラック伝播吸収領域を有し、前記膜厚方向の表面にCr含有率が10〜15重量%でビッカース硬さがHv700〜800の高硬度領域を有することを特徴とする組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜。
  2. 前記被めっき物がアルミニウム合金であることを特徴とする請求項1に記載の組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜。
  3. FeとCrを含むと共に電流密度を10mA/cm 〜50mA/cm の範囲で変化させることにより当該FeとCrの析出割合が変化する合金めっき液を用い、
    電流密度を前記範囲で連続的又は段階的に変化させて、前記合金めっき液に含まれるFeとCrの組成が膜厚方向で連続的又は段階的に変化した合金めっき皮膜をアルミニウム合金上に形成する合金めっき皮膜の作製方法であって、
    前記膜厚方向の被めっき物近傍にCr含有率が5重量%以下でビッカース硬さがHv500以下のクラック伝播吸収領域を形成し、前記膜厚方向の表面にCr含有率が10〜15重量%でビッカース硬さがHv700〜800の高硬度領域を形成することを特徴とする組成傾斜構造を持つ合金めっき皮膜の作製方法。
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