JP4256266B2 - ヒトh−fabpを検出してアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤による心臓毒性を判定する方法、およびそのための試薬 - Google Patents
ヒトh−fabpを検出してアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤による心臓毒性を判定する方法、およびそのための試薬 Download PDFInfo
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Description
本発明は、アントラサイクリン(Anthracyclin)系抗癌性化学療法剤、その中でも特に塩酸ドキソルビシン(Doxorubicin hydrochloride、本明細書においては本化合物の慣用名である「アドリアマイシン(Adriamycin)」を使用する)の心臓に対する毒性(以下、「心臓毒性」ということもある)の判定方法及び判定用試薬等に関する。
背景技術
アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤は、4員環キノン構造を基本骨格とするアグリコン部分と、アミノ糖を主体とした糖類から構成される配糖体である。本系統の薬剤としては、例えば、下記構造を有するアドリアマイシン、塩酸ダウノルビシン(Daunorubicin hydrochloride)、塩酸エピルビシン(Epirubicin hydrochloride)、塩酸イダルビシン(Idarubicin hydrochloride)、塩酸ピラルビシン(Pirarubicin hydrochloride)及び塩酸アクラルビシン(Aclarubicin hydrochloride)などが挙げられる。
アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の例
癌治療においては、アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の長期投与が一般的に行われている。しかし、アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤は、広域の抗癌スペクトラルを有するものの、共通の副作用として心筋傷害作用による心臓毒性を有していることが知られている。
アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性を判定する方法としては、心臓機能の一般的な検査である、心電図検査や血液中のクレアチンキナーゼ(Creatine Kinase;CK)を測定する血液生化学的検査、及び心エコー図検査などが従来より知られ、行われてきている。しかしながら、心電図検査及び心エコー図検査は、アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤による心臓毒性を特異的に検出するものではないため、本剤による毒性発症初期段階を捉えるのに充分な感度を持っておらず、かなり進行した心臓毒性でないと検出することができない。また、クレアチンキナーゼは、アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤が誘発する心臓毒性によっては血液への流出(逸脱)量が少ない上、逸脱までに長時間を要し、アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤による心臓毒性を的確に反映していない、という問題が臨床の現場にあった。
一方、急性心筋梗塞などを検出する心筋傷害マーカーとして、トロポニンT(Troponin T;TnT)、ミオシン軽鎖I(Myosin Light Chain I;MLC−I)及びヒトH−FABP(ヒト心臓型脂肪酸結合蛋白:Human Heart−type Fatty Acid−Binding Protein)などが知られている。
ヒトH−FABPは心筋の細胞質内に豊富に存在し、脂肪酸と結合する能力を有し、脂肪酸の細胞内輸送に関係していると考えられている。また、ヒトH−FABPは132個のアミノ酸から構成される、分子量1万4768の蛋白であることが報告されている(Biochem.J.(1988)252 191−198)。
ヒトH−FABPに関して、特開平4−31762号公報にはこの蛋白が急性心筋梗塞のマーカーとして有用であることが開示されている。しかしながら、上記公報にはアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓毒性とヒトH−FABPとの関係については全く言及されていない。
このように、現在までヒトH−FABPとアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤による心臓毒性との関係は全く知られてはいない。
発明の開示
本発明の目的は、アドリアマイシン等のアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性の新規な判定方法及び判定用試薬等を提供することにある。
このような課題を解決するために、本発明者らは代表的なアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤であるアドリアマイシンを投与されており、心電図検査や心エコー図検査により心臓毒性の発現が確認された癌患者血液中のミオシン軽鎖I、トロポニンT及びヒトH−FABPのレベルを比較検討したところ、これらのマーカーは全て急性心筋梗塞などを検出する心筋傷害マーカーに属するにもかかわらず、ヒトH−FABPのレベルだけがそれぞれのマーカーに特有な急性心筋梗塞のカットオフ値以上に上昇していることを見出し、本発明を完成した。
すなわち本発明は、以下のとおりである。
〔1〕ヒトから分離された血液中のヒトH−FABPを検出することを特徴とするアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性の判定方法。
〔2〕ヒトH−FABPの検出をヒトH−FABPを認識する抗体を使用する免疫化学的方法により行う上記〔1〕に記載の判定方法。
〔3〕免疫化学的方法が酵素免疫化学的方法、ラテックス凝集法または免疫クロマト法である上記〔2〕に記載の判定方法。
〔4〕抗体がモノクローナル抗体である上記〔2〕に記載の判定方法。
〔5〕アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤がアドリアマイシンまたは塩酸ダウノルビシンである上記〔1〕に記載の判定方法。
〔6〕上記〔1〕〜〔5〕のいずれかに記載の判定方法を実施するために使用される、アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性の判定用試薬。
〔7〕ヒトH−FABPを認識する抗体を含有する、アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性の判定用試薬。
〔8〕抗体がモノクローナル抗体である上記〔7〕に記載の判定用試薬。
〔9〕アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤がアドリアマイシンまたは塩酸ダウノルビシンである上記〔7〕に記載の判定用試薬。
〔10〕上記〔7〕〜〔9〕のいずれかに記載の判定用試薬、および該判定用試薬をアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性の判定の用途に使用できる、または使用すべきであることを記載した、該判定用試薬に関する記載物を含む商業パッケージ。
〔11〕ヒトH−FABPを認識する抗体を含有する、アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性の判定用キット。
〔12〕抗体がモノクローナル抗体である上記〔11〕に記載の判定用キット。
〔13〕アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤がアドリアマイシンまたは塩酸ダウノルビシンである上記〔11〕に記載の判定用キット。
〔14〕ヒトH−FABPを認識する抗体の、アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性を判定するための使用。
〔15〕ヒトから分離された血液中のヒトH−FABPを検出することを特徴とする、上記〔14〕に記載の使用。
〔16〕ヒトH−FABPの検出を酵素免疫化学的方法、ラテックス凝集法または免疫クロマト法により行う上記〔15〕に記載の使用。
〔17〕抗体がモノクローナル抗体である上記〔14〕に記載の使用。
〔18〕アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤がアドリアマイシンまたは塩酸ダウノルビシンである上記〔14〕に記載の使用。
本発明は、ヒトから分離された血液中のヒトH−FABPを検出することを特徴とするアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性の判定方法を提供するものである。この判定方法によれば、アドリアマイシン等のアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤を投与されている患者の心臓毒性を判定することが可能となる。具体的には、上記患者の血液を採取し、その中に含まれるヒトH−FABPのレベルと、健常人の血液中に含まれるヒトH−FABPのレベルを比較し、さらには急性心筋梗塞判定のためのカットオフ値と比較することによって、心臓毒性が発現しているか否か、また発現している場合にはその毒性の程度を判定することができる。
また本発明は、本発明の判定方法を実施するために使用するアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性の判定用試薬等を提供するものである。この判定用試薬等は、本発明の判定方法の実施に直接使用されるものであり、本発明の判定方法と同一の目的を達成するものである。
発明を実施するための最良の形態
本発明は、ヒトから分離された血液中のヒトH−FABPを検出することを特徴とするアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性の判定方法に関する。
本発明の判定の対象となる心臓毒性はアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の副作用によるものである。上記化学療法剤の例としては、従来公知の種々のもの、例えば、アドリアマイシン、塩酸ダウノルビシン、塩酸エピルビシン、塩酸イダルビシン、塩酸ピラルビシン及び塩酸アクラルビシンなどが挙げられる。本発明の判定方法は、これらアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の中でも、アドリアマイシン又は塩酸ダウノルビシンによる心臓毒性を判定するのに特に好適である。
また本発明において「毒性の判定」とは、発現している毒性の存在の有無を推定するのみならず、毒性が存在する場合にはその毒性の程度を推定することも意味する。
毒性の判定は、ヒトH−FABPの検出のみに依存して行なってもよいが、心臓の異常を検出する他の公知の方法、例えば、心電図検査、心エコー図検査などと組み合わせることによって、毒性の判定を行なってもよい。複数の検査方法を組み合わせることによって毒性の判定がより確実となる。
本発明においてヒトから分離された血液中のヒトH−FABPを検出する方法としては、特に制限されるものではなく、定量、半定量または定性を目的とする従来公知の方法、たとえば、免疫化学的方法、脂肪酸結合活性測定方法、HPLC法等の各種クロマトグラフィー法などのいずれの方法により行ってもよい。
この中でも、心臓毒性の程度やその経過を判断できるという点においてヒトH−FABPの定量を目的とする方法により検出を行うのが特に好ましく、また、ヒトH−FABPを認識する抗体(以下、「抗ヒトH−FABP抗体」ということもある)を利用する免疫化学的方法により検出を行うのが特に好ましい。
免疫化学的方法によりヒトH−FABPの検出を行う場合、抗ヒトH−FABP抗体としてモノクローナル抗体、ポリクローナル抗体のいずれを用いた免疫化学的方法によっても好適に行うことができるが、抗体の安定的供給の点、ヒトH−FABPに対する特異性の点より、モノクローナル抗体を用いた免疫化学的方法によって行うのが好ましい。抗ヒトH−FABP抗体はそれ自体公知であり、特開平4−31762号公報に記載の製造方法又はこれに準じて製造することができる。
免疫化学的方法としては、特に制限されるものではなく、従来公知の例えば、酵素免疫測定法(EIA法)、ラテックス凝集法、免疫クロマト法、放射免疫測定法(RIA法)、蛍光免疫測定法(FIA法)、ルミネッセンス免疫測定法、スピン免疫測定法などが挙げられる。中でも、EIA法、ラテックス凝集法または免疫クロマト法が好ましい。EIA法においては、2種類の抗体、特にモノクローナル抗体を用いたサンドイッチ酵素結合免疫固相測定法(サンドイッチELISA法)が抗原(ヒトH−FABP)に対する特異性および検出操作の容易性において特に好ましい。
サンドイッチELISA法によって上記ヒトH−FABPを検出する場合、たとえばJournal of Immunological Methods 178(1995)99−111等の記載に従って、ヒトH−FABPの異なるエピトープを認識する2種類の抗体、すなわち固相化抗体と酵素標識抗体との間にヒトH−FABPを挟み込み(サンドイッチ)、ヒトH−FABPに結合した標識抗体の酵素量を測ることにより定量的に検出することができる。
ラテックス疑集法は、抗体感作ラテックス粒子と抗原との凝集反応を利用した免疫化学的方法である。ラテックス凝集法によって上記ヒトH−FABPを検出する場合、その凝集の程度を測定することによって定量的に検出することができる。
免疫クロマト法は全ての免疫化学反応系がシート状のキャリア上に保持されており、血液の添加(滴下)のみで操作が完了する方法である。すなわち、血液がキャリアに添加されると、血液中のヒトH−FABPが、金コロイドなどで標識された抗ヒトH−FABP抗体と結合し、この結合体がキャリア上をクロマト的に展開していき、特定位置(判定部位)に固相化された別の抗ヒトH−FABP抗体に結合体が捕捉される。この免疫クロマト法によって上記ヒトH−FABPを検出する場合、上述のように結合体が捕捉された結果、集積された標識物を肉眼で観察することによって、検出することができる。本方法の実施には特別な測定機器は不要であるため、判定結果によっては迅速な処置が必要となる場合に、有利な方法である。
上記以外に抗H−FABP抗体の特異性を利用した測定方法として、抗原抗体複合体形成に伴う濁度を測定する比濁法、抗体固相膜電極を利用し抗原との結合による電位変化を検出する酵素センサー電極法、免疫電気泳動法、ウェスタンブロット法等があり、いずれの方法によってもヒトH−FABPを検出することができる。
本発明においてヒトH−FABPを検出するための血液としては、ヒトより分離されたものであればよく、全血、血清、血漿のいずれであってもよい。上記血液は、自体公知の常法に従って処理することで適宜得ることができる。
アドリアマイシン等のアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性の判定は、このようにして検出された血液中のヒトH−FABPレベルを健常人の血液中のヒトH−FABPレベルと比較し、さらには心筋傷害(例えば、急性心筋梗塞)のカットオフ値と比較することにより行うことができる。
例えば、Okamoto et al.,Clinical Chemistry and Laboratory Medicine 2000 38(3)231−238によれば、健常人の血液(血清)中のヒトH−FABPレベルの平均値は2.8ng/mL(上限値は5.3ng/mL)であり、急性心筋梗塞のカットオフ値、すなわち最も高い診断効率を示したレベル(高い有病正診率(診断感度)と高い無病正診率(診断特異度)を満足する値)は6.2ng/mLとされている。
従って、アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤を投与されている癌患者の血液中ヒトH−FABPレベルが、健常人の血液中のヒトH−FABPレベルの上限値である5.3ng/mLを超えた場合には心臓毒性が発現している疑いがあると判定することができ、また、急性心筋梗塞のカットオフ値である6.2ng/mL以上に上昇した場合には心臓毒性を発現している可能性が極めて高いと判定することができる。
このようにして得られた判定結果は、医師が、アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤を投与されている癌患者に対して、▲1▼そのまま本剤の投与を継続するか、▲2▼投与を中止するか(抗癌剤の種類(系統)を変更するか)又は▲3▼投与量を増加、若しくは減少させるか、などを判断するのに有用であり、また、一旦、心臓毒性の発現によりアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の投与を中止した患者に対しては、▲4▼本剤の投与再開、を判断するのに有用である。
具体的には、アドリアマイシンの投与期間中に、例えば月1回以上の割合で患者から採血して得られた血液を試料としてヒトH−FABPレベルを測定する。このとき、ヒトH−FABPレベルが急性心筋梗塞のカットオフ値である6.2ng/mL以上を示した場合には、速やかにアドリアマイシンの投与を中止し、他の種類(系統)の抗癌剤へ切り換える。また、ヒトH−FABPレベルはアドリアマイシンによる心臓毒性の程度も反映していると考えられるので、ヒトH−FABPが6.2ng/mLを超えて、さらにその値が高レベルである場合には、心筋が受けた傷害が大きいと考えられ、本剤の投与を中止するとともに、速やかな心筋の保護措置が必要であると判断される。
一方、ヒトH−FABPレベルが6.2ng/mL未満、中でも特に5.3ng/mL未満であれば、そのままアドリアマイシンの投与を継続しても問題はないと判断される。
また本発明は、上記判定方法を実施するために使用されるアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性の判定用試薬に関する。本発明の判定用試薬は、上述した本発明の判定方法の実施に直接使用されるものであり、かかる毒性の判定方法と同一の目的を達成するものである。
また本発明は、ヒトH−FABPを認識する抗体(抗ヒトH−FABP抗体)を少なくとも含有する、アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性の判定用試薬、キットを提供する。かかる判定用試薬、キットは、上述した本発明の判定方法のうち、免疫化学的方法によりヒトより分離された血液中のヒトH−FABPを検出する場合に好適に使用することができる。
抗ヒトH−FABP抗体は、既知の方法、例えば上述した特開平4−31762号公報に記載の方法に従って製造することができ、遊離の状態、標識された状態または固定化された状態で免疫化学的方法に適用される。抗ヒトH−FABP抗体はポリクローナル抗体でもモノクローナル抗体でもよいが、特異性及び抗体の均一性が高い点においてモノクローナル抗体の方が好ましい。ポリクローナル抗体は、ヒトH−FABPを適当なアジュバントとともにマウス、ラット、ウサギなどの動物に免疫し、血液を採取して公知の処理をなすことにより製造することができる。またモノクローナル抗体は、このように免疫された動物の脾臓細胞を採取し、ミルシュタインらの方法によりミエローマ細胞との細胞融合、抗体産生細胞スクリーニング及びクローニング等を行い、抗ヒトH−FABP抗体を産生する細胞株を樹立し、これを培養することにより製造することができる。ここで、免疫抗原として利用されるヒトH−FABPは、必ずしもヒト心筋組織由来の天然のH−FABPである必要はなく、遺伝子工学的手法により得られる組換え型ヒトH−FABPやそれらの同効物(断片)であってもよい。
かくして得られた抗ヒトH−FABP抗体をサンドイッチELISA法に適用する場合には、本抗体は、固相化抗ヒトH−FABP抗体及び酵素標識抗ヒトH−FABP抗体の形態で製造する。
固相化抗ヒトH−FABP抗体は、前述のようにして得られた抗体を固相(例えば、マイクロプレートウェルやプラスチックビーズ)に結合させることにより製造することができる。固相への結合は通常、抗体をクエン酸緩衝液等の適当な緩衝液に溶解し、固相表面と抗体溶液を適当な時間(1〜2日)接触させることにより行なうことができる。そして、牛血清アルブミン(BSA)や牛ミルク蛋白等のリン酸緩衝溶液を固相と接触させることにより抗体によってコートされなかった固相表面部分を前記BSA等でコートすることが一般に行なわれる。
酵素標識抗ヒトH−FABP抗体は、上記固相化した抗体とは異なるエピトープを認識する抗ヒトH−FABP抗体と、酵素とを結合(標識)させることにより製造することができる。本抗体を標識する酵素としては、アルカリホスファターゼ、グルコースオキシダーゼ、パーオキシダーゼ、β−ガラクトシダーゼ等が挙げられる。これらの酵素と抗ヒトH−FABP抗体との結合はそれ自体既知の方法、例えば、グルタルアルデヒド法、マレイミド法などにより行なうことができる。また、アビジン−ビオチン反応を利用した方法(酵素の代わりにビオチンで標識した抗体を血液中のヒトH−FABPに反応させ、その後に酵素標識ストレプトアビジンを結合させる方法)により行ってもよい。
サンドイッチELISA法では、抗ヒトH−FABP抗体以外に必要に応じて、酵素基質、洗浄液、反応停止液、基質溶解液、標準抗原(ヒトH−FABP)などが使用される。本発明は、上記抗ヒトH−FABP抗体以外にこれらを構成要素として有するキット(アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性の判定用キット)の形態で実現されてもよい。
酵素基質としては、選択した標識酵素に応じて適当なものが選ばれる。例えば、酵素としてアルカリホスファターゼを選択した場合においてはp−ニトロフェニルホスフェート(PNPP)等が挙げられ、この際の発色剤としてo−フェニレンジアミン(OPD)、テトラメチルベンチジン(TMB)などが使用される。また、洗浄液、反応停止液、基質溶解液についても、選択した標識酵素に応じて、従来公知のものを特に制限なく適宜使用することができる。
なお、本発明のサンドイッチELISA法による判定用試薬の具体的な製造方法は、Ohkaru et al.,Journal of Immunological Methods 178(1995)99−111に記載されている。さらに、サンドイッチELISA法を測定原理とする血清中ヒトH−FABP測定用キット(「マーキット(登録商標)M H−FABP」)が大日本製薬株式会社から販売されており、このキットを本発明に関する判定用キットとして使用することもできる。
また、ラテックス凝集法によってヒトH−FABPを検出する試薬も公知のものであり、その製造方法は例えば、Markus Robers et al.,Clinical Chemistry 44,No.7,1998 1564−1567や上記特開平4−31762号に具体的に記載されている。
免疫クロマト法を本発明の判定用試薬に適用することも可能である。本発明の免疫クロマト法による判定用試薬の具体的な製造方法は、Watanabe et al.,Clinical Biochemistry 34(2001)257−263に記載されている。さらに、免疫クロマト法を検出原理とする全血中ヒトH−FABP検出試薬(「ラピチェック(登録商標)H−FABP」)が大日本製薬株式会社から販売されており、本発明に関する判定用試薬として使用することができる。
次に実施例および参考例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
実施例1
アドリアマイシンを投与されている癌患者の血液を、アドリアマイシン投与期間中5ヶ月間に3回(第2回目の採血は第1回目より約2ヶ月半後、第3回目は第2回目より20日後)採取し、常法に従い、血清を得た。得られた血清を検体としてヒトH−FABP、ミオシン軽鎖I及びトロポニンTのレベルを測定した。
ヒトH−FABPは2種類の特異モノクローナル抗体を用いるサンドイッチELISA法を測定原理とする、血清中ヒトH−FABP測定用キット「マーキット(登録商標)M H−FABP」(大日本製薬株式会社製)により測定した。
すなわち、1種類の抗ヒトH−FABPモノクローナル抗体が固相化されたマイクロプレートウェル(抗体結合ウェル)に希釈緩衝液(組成:0.2%BSA−0.9%NaCl−0.1mol/Lリン酸カリウム緩衝液、pH7.0)と1:1の体積割合で混和した血清検体を100μL分注し、室温(25℃)で30分間反応させた(第1抗原抗体反応)。反応の後、300μLの洗浄液で抗体結合ウェルを3回洗浄し、続いてワサビパーオキシダーゼ標識抗ヒトH−FABPモノクローナル抗体100μLを分注し、さらに室温で30分間反応させた(第2抗原抗体反応)。上記と同様にして洗浄の後、酵素基質(過酸化水素含有OPD)を100μL添加して酵素反応を開始させ、室温で15分間反応させた。反応停止液(0.9mol/L硫酸)を100μL添加して反応を停止させた。またコントロールとして、上記希釈緩衝液とヒトH−FABPが最終濃度で0ng/mL、5ng/mL、10ng/mL、25ng/mL、50ng/mL、100ng/mL、250ng/mLとなるようにそれぞれ調製した各標準溶液とを1:1の体積割合で混和して、上記と同様の操作を行った。
各ウェルの発色度合いを492nmで吸光度測定し、コントロールにおいた各濃度のヒトH−FABPを含有する各標準溶液を用いた結果から作成した標準曲線と比較することによって、血清検体中のヒトH−FABPレベルを読み取った。なお、上記血清中ヒトH−FABP測定用キットにおける急性心筋梗塞のカットオフ値は6.2ng/mLに設定されている。
ミオシン軽鎖Iの測定はサンドイッチRIA法、トロポニンTの測定はサンドイッチELISA法にてそれぞれ測定した。この場合における急性心筋梗塞のカットオフ値は、ミオシン軽鎖Iが2.5ng/mL、トロポニンTが0.1ng/mLに設定されている。
なお、心臓機能の状態は、心電図検査、心エコー図検査及び血液中クレアチンキナーゼ測定により診断した。
心エコー図検査では、次式によって算出された心臓の駆出率(ejection fraction:EF)により、心臓のポンプ機能を評価した。
駆出率(%)=
{(左室拡張末期径2−左室収縮末期径2)/左室拡張末期径2}×100
なお、健常人の駆出率は60%以上であることが知られている。
また、血液中クレアチンキナーゼの健常人の正常範囲は、男性が25U/L〜180U/L、女性が20U/L〜150U/Lとされている。
表1に心臓の駆出率と血中クレアチンキナーゼ及び上記3種類の各マーカーの測定の結果を示す。
−:データなし
健常人の駆出率:60%以上
健常人のクレアチンキナーゼレベル:25〜180U/L(男性)、20〜150U/L(女性)
本測定における急性心筋梗塞のカットオフ値;
ヒトH−FABP:6.2ng/mL、ミオシン軽鎖I:2.5ng/mL、トロポニンT:0.1ng/mL
なお、表1には記載していないが、本患者の心電図検査において、第1回目の採血の約2週間前の時点でQTcの延長が、また、第3回目の採血の約1週間前の時点にはT波の低下が認められた。また、この頃には洞性頻脈や上室性期外収縮も認められた。
上記表1に示すように、第1回目の採血時において、駆出率は健常人の値(60%以上)よりも低く、既に、アドリアマイシンの心臓に対する毒性が発現していると考えられた。しかし、クレアチンキナーゼのレベルは正常範囲内であり、毒性を検出できていなかった。この時点で、3種類のマーカーの内、ヒトH−FABPのレベルのみが上記カットオフ値(6.2ng/mL)を越えており、ミオシン軽鎖I及びトロポニンTのレベルはいずれも測定限界以下であった。
第2回目の採血時においては、心電図の所見などからして、第1回目に比べて心臓の状態は悪化し、より強い毒性が発現していると考えられた。しかし、クレアチンキナーゼのレベルは前回と同様に、毒性を検出できていなかった。この時点では、ヒトH−FABPレベルは上記カットオフ値を超えて更に上昇していた。これに対し、ミオシン軽鎖Iのレベルは測定限界以下であり、トロポニンTのレベルはカットオフ値以下であった。
第3回目の採血時には、駆出率は37%にまで低下しており、心臓の状態は第1回目及び第2回目の時よりも悪化し、さらに強い毒性が発現していると考えられた。それでもなお、クレアチンキナーゼのレベルはこの毒性を検出できていなかった。この時点では、ヒトH−FABPのレベルは上記カットオフ値をはるかに超えていた。これに対して、ミオシン軽鎖Iのレベルは測定限界以下であり、トロポニンTのレベルがこの時点で初めて上記カットオフ値を超えた。
実施例2
塩酸ダウノルビシンを投与されており、全身性の浮腫の発現によって心不全を起していると診断された癌患者の血液中ヒトH−FABP等の検出を、実施例1に記載の方法と同様にして実施した。その結果を下記表2に示す。なお、表中の第2回目の採血は第1回目から1ヶ月後に実施した。
健常人のクレアチンキナーゼレベル:25〜180U/L(男性)、20〜150U/L(女性)
本測定における急性心筋梗塞のカットオフ値;
ヒトH−FABP:6.2ng/mL、ミオシン軽鎖I:2.5ng/mL、トロポニンT:0.1ng/mL
上記表2は、第1回目及び第2回目の採血時において、ヒトH−FABPのみが急性心筋梗塞のカットオフ値(6.2ng/mL)を超えており、その他の心筋傷害マーカー、すなわち、ミオシン軽鎖I及びトロポニンTは正常の範囲であることを表している。なお、表2に示すとおり、クレアチンキナーゼも健常人のレベルを超えるものではなかった。
以上表1及び2において示したとおり、3種類の心筋傷害マーカーの中、ヒトH−FABPのみがアドリアマイシンまたは塩酸ダウノルビシンによる心臓毒性の発現を鋭敏に感知するものであった。
このように、血液中のヒトH−FABPはアドレアマイシン等のアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤による心臓毒性の存在及びその程度を推認するのに有用なマーカーである。
産業上の利用の可能性
本発明、すなわち、血液中のヒトH−FABPを検出してアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓毒性を判定する方法、およびそのための試薬等によれば、心臓毒性を早期から鋭敏に検出でき、医師は心臓毒性発現の初期の段階で薬剤変更等の医療措置を取ることができる。
本出願は、日本で出願された特願2002−093688を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。
Claims (17)
- ヒトから分離された血液中のヒトH−FABPを検出することを特徴とするアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性の判定方法。
- ヒトH−FABPの検出をヒトH−FABPを認識する抗体を使用する免疫化学的方法により行う請求の範囲1に記載の判定方法。
- 免疫化学的方法が酵素免疫化学的方法、ラテックス凝集法または免疫クロマト法である請求の範囲2に記載の判定方法。
- 抗体がモノクローナル抗体である請求の範囲2に記載の判定方法。
- アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤がアドリアマイシンまたは塩酸ダウノルビシンである請求の範囲1に記載の判定方法。
- ヒトH−FABPを認識する抗体を含有する、アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性の判定用試薬。
- 抗体がモノクローナル抗体である請求の範囲6に記載の判定用試薬。
- アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤がアドリアマイシンまたは塩酸ダウノルビシンである請求の範囲6に記載の判定用試薬。
- 請求の範囲6〜8のいずれかに記載の判定用試薬、および該判定用試薬をアントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性の判定の用途に使用できる、または使用すべきであることを記載した、該判定用試薬に関する記載物を含む商業パッケージ。
- ヒトH−FABPを認識する抗体を含有する、アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性の判定用キット。
- 抗体がモノクローナル抗体である請求の範囲10に記載の判定用キット。
- アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤がアドリアマイシンまたは塩酸ダウノルビシンである請求の範囲10に記載の判定用キット。
- ヒトH−FABPを認識する抗体の、アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤の心臓に対する毒性を判定するための使用。
- ヒトから分離された血液中のヒトH−FABPを検出することを特徴とする、請求の範囲13に記載の使用。
- ヒトH−FABPの検出を酵素免疫化学的方法、ラテックス凝集法または免疫クロマト法により行う請求の範囲14に記載の使用。
- 抗体がモノクローナル抗体である請求の範囲13に記載の使用。
- アントラサイクリン系抗癌性化学療法剤がアドリアマイシンまたは塩酸ダウノルビシンである請求の範囲13に記載の使用。
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