JP3589113B2 - 腎疾患治療薬およびそのスクリーニング方法 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、腎疾患治療薬のスクリーニング方法および同定方法に関する。特に、脂肪酸結合蛋白質の発現に着目したスクリーニング方法および同定方法に関する。また、腎臓(近位尿細管)の細胞から樹立した細胞株に関する。
【0002】
【従来の技術】
腎炎などの腎臓疾患は、複雑で多様な病態を呈するが、いずれも慢性化すると、糸球体硬化や間質の線維化などが起こり、さらには腎不全にいたる重篤な経過をたどることがある。このため早い段階での的確な治療が望まれるが、現状では有効な治療薬は極めて少ない。また、数少ない治療薬の一つであるステロイド系薬物は、明確な効果が認められる反面、副作用が非常に強いという問題があり、新しい優れた治療薬が強く求められていた。
【0003】
一方、脂肪酸結合蛋白質(FABP:fatty acid binding protein)は、サイトゾルに存在し、脂肪酸と結合する能力を有する分子量約15キロダルトン前後の蛋白質群である。脂肪酸を細胞内に転送したり蓄積することによって代謝酵素系の調節に関与していると考えられているが、これまで、FABPと腎疾患との関連性については何ら知られてはいなかった。
【0004】
FABPとしては、肝型(L−FABP)、腸型(I−FABP)、心筋型(H−FABP)、脳型(B−FABP)、皮膚型(C−FABP/E−FABP)、脂肪細胞型(aP2)、末梢神経細胞型(ミエリンP2)等少なくとも7つの分子種が知られている。これらはいずれも脂肪酸結合能を有し、共通の祖先遺伝子から進化したファミリーであると考えられている。各型のFABPは特異的な組識分布を示し、命名は、初めにどの組織から見出されたかを意味するが、その組織にしか存在しないことを必ずしも意味するものではない。
【0005】
ヒトの腎臓組織中では、肝型(L−FABP)と心筋型(H−FABP)の少なくとも二種類のFABPが発現しており、これらのうちL−FABPは近位尿細管に分布し、H−FABPは主として遠位尿細管に分布している(Maatmanら、Biochemical Journal、第288巻、第285−290頁、1992年;Maatmanら、Biochemical Journal、第273巻、第759−766頁、1991年)。
【0006】
ゲッ歯類の腎臓においては、FABPの発現・分布がヒトとは異なる。L−FABPは近位尿細管ではほとんど発現しておらず、ごく少量遠位尿細管に分布している(Maatmanら、Biochemical Journal、第288巻、第285−290頁、1992年)。ゲッ歯類の腎臓における主要なFABPは、H−FABPと腎型FABP(K−FABP)である。H−FABPは主に遠位尿細管に分布している。K−FABPは、肝臓で合成されたα2U−グロブリンが血中から腎臓を経由して尿中に排出された後、その一部が尿細管細胞内に再吸収され、細胞内でプロセッシングを受けて腎型FABPに変換されると考えられている(Kimuraら、FEBS Letters、第246巻、第101−104頁、1989年)。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は、新規な作用機序を有する腎疾患治療薬もしくは予防薬、そのスクリーニング方法または同定方法を提供することにある。また、前記スクリーニング方法または同定方法等に有用な新規細胞株を提供することにある。
【0008】
【課題を解決するための手段】
前記の通り、FABPと腎疾患との関連性については何ら知られてはいなかったが、発明者らは、独自に、腎炎モデルマウスで、マクロファージ浸潤や尿細管間質線維化に先行して、尿中あるいは腎臓組織でFABPが減少することを見出した。また、ヒトでも、予後不良を示す腎疾患患者で腎組織のL−FABPが減少していることを見出し、これら知見に基づいて、FABPに着目した腎疾患の診断方法を確立した(特開平11−242026号、WO99/27363)。また、発明者らは、さらに研究を進め、FABPの発現増強が腎炎などの腎疾患治療につながること、すなわち、FABPの発現を増強する薬物は腎疾患治療薬となり得ることを見出し、本発明を完成するにいたった。
【0009】
すなわち、本発明は、動物細胞における脂肪酸結合蛋白質(FABP)の発現に対する被験物質の増強作用を検定することを特徴とする、腎疾患治療薬もしくは予防薬のスクリーニング方法又は同定方法である。また、かかる方法により選択又は同定された腎疾患治療薬もしくは予防薬である。また、腎臓の細胞又は組織においてFABPの発現を増強する作用を有する薬物(ペルオキシソームプロリフェレータ活性化受容体(PPAR)のアゴニスト作用を有する化合物など)を有効成分とする腎疾患治療薬もしくは予防薬である。さらに、前記スクリーニング方法又は同定方法のために有用な新規なマウス近位尿細管上皮細胞株である。
【0010】
本発明の方法で選択又は同定される腎疾患治療薬もしくは予防薬、すなわちFABPの発現を増強する薬物の作用機作は、以下のように考えられる。
【0011】
高度蛋白尿は、最近では、単なる腎障害の指標ではなくそれ自体危険因子の一つとされており、例えば、蛋白尿の主成分であるアルブミンと脂肪酸を結合させて尿細管上皮細胞に過剰負荷した場合、マクロファージを活性化する脂質性因子が産生されること等が知られている(Kees−Foltsら、Kidney International、第45巻、第1697−1709頁、1994年;Eddyら、Journal of American Society of Nephrology、第5巻、第1273−1287頁、1994年)。
【0012】
尿蛋白と結合した脂肪酸は、近位尿細管上皮細胞の刷子縁膜から再吸収され、細胞内のFABPと結合し、ミトコンドリアやペルオキシソームに輸送されβ酸化されると考えられる。しかし、FABPの存在量が十分でない場合には、脂肪酸が正常なβ酸化を受けず、その結果、マクロファージを活性化する脂質性因子(腎障害性因子)の産生等が誘導されて、免疫学的機序による間質の線維化等を進展させるであろう。これに対して、近位尿細管上皮細胞内でのFABPの発現を増強させることにより、脂肪酸代謝を正常化し、腎障害性を有する脂質性因子の産生を抑制することで、病態を改善し得ると考えられる。
【0013】
【発明の実施の形態】
本発明(スクリーニング方法、同定方法及び治療薬)の対象とする疾患としては、糖尿病性腎症、糸球体腎炎、ネフローゼ症候群、巣状糸球体硬化症、免疫複合体腎症(IgA腎症、膜性腎症など)、ループス腎炎、薬剤性腎障害および腎不全などの腎疾患が挙げられる。
【0014】
また、本発明は、ヒトの疾患に適用されるほか、サル、イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、ラット、マウスなどの哺乳動物にも適用される。
【0015】
ヒトなどの哺乳動物(ゲッ歯類以外)において、腎臓の細胞又は組織には、L−FABP及びH−FABPが発現している。これらのうちL−FABPは近位尿細管に分布し、H−FABPは主として遠位尿細管に分布している。腎疾患治療薬を創製するためには、腎臓の細胞又は組織におけるFABP、特に、近位尿細管細胞におけるFABP(すなわち、ヒトなどにおいてはL−FABP)に着目することが重要と考えられる。
【0016】
本発明の方法は、以下のような形態で実施できる。すなわち、動物細胞(哺乳動物の細胞又は組織など)を被験物質の存在下に培養し、細胞内でのFABPの発現量を、被験物質非存在下で培養した場合と比較することにより、被験物質のFABP発現増強作用を検定すればよい。あるいは、動物個体に被験物質を投与し、腎臓の組織や細胞などにおけるFABPの発現を非投与の場合と比較することにより、被験物質のFABP発現増強作用を検定してもよい。
【0017】
被験物質の存在下(又は投与例)でのFABP発現量が高かった場合に、被験物質は、その度合いに応じた増強作用を有すると判定され、腎疾患治療薬としての効果が期待できる。FABP発現増強作用の強い被験物質を選別し候補とすることにより、腎疾患治療薬を好適にスクリーニングすることができる。
【0018】
また、候補薬のFABP発現増強作用を検定し、FABP発現増強作用を有する薬物として同定することで、腎疾患治療薬としての作用機序が明確にされ、治療薬としての優れた特徴付けを行うことができる。
【0019】
FABPの発現を検出する方法としては、遺伝子の発現をレポーターアッセイ法によりレポーター蛋白質を指標として測定する方法が挙げられる。また、遺伝子発現をmRNAレベルで検出することもできる。あるいはまた、細胞抽出液中のFABPの発現を蛋白質レベルで直接検出することできる。
【0020】
遺伝子発現をレポーターアッセイ法で測定する場合、具体的には、例えば、FABP遺伝子の転写調節領域とその下流に連結されたレポーター遺伝子からなるDNA構成を調製し、これを適当な動物細胞に導入する。この細胞を、被験物質の存在下及び非存在下に培養した後、細胞抽出液中のレポーター蛋白質の活性などを測定することにより、発現量を定量し比較すればよい。
【0021】
FABPのアミノ酸配列や遺伝子配列は、多くの種においてすでに報告されている(Veerkamp and Maatman、Prog.Lipid Res.、第34巻、第17−52頁、1995年)。例えば、L−FABPについては、ヒトのcDNA(Loweら、Journal of Biological Chemistry、第260巻、第3413−3417頁、1985年;Genbank/EMBL登録番号M10050)、ラットの染色体遺伝子(Sweetserら、Journal of Biological Chemistry、第261巻、第5553−5561頁、1986年;Genbank/EMBL登録番号M13501)などの配列情報が既知である。
【0022】
従って、FABPのcDNAや染色体遺伝子は、前記のような配列情報をもとにプラーマーやプローブを設計し、PCR法、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法等を適宜組合せて、適当なDNAライブラリーから取得できる。
【0023】
レポーター構成及びこれを含むレポータープラスミドは、FABPの染色体遺伝子中の5’上流域に存在する転写調節領域と、適当なレポーター遺伝子を用いて、通常の遺伝子組換え技術により調製することができる。
【0024】
レポーター遺伝子は特に限定されないが、安定でかつ活性の定量的測定が容易な酵素の遺伝子などを用いることが好ましい。このようなレポーター遺伝子としては、β−ガラクトシダーゼ遺伝子(lacZ)、バクテリアトランスポゾン由来のクロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ遺伝子(CAT)、ホタル由来のルシフェラーゼ遺伝子(Luc)等が挙げられる。
【0025】
遺伝子発現をmRNAレベルで検出する場合は、例えば細胞や組織から、RNA(mRNA)を抽出して、PCR法(Polymerase chain reaction method)(「PCR Protocols」Innis MA, Gelfad DH, Sninsky JJ and White TJ eds., Academic Press, Sandiego, 1990年)、RNA分解酵素プロテクションアッセイ法(RNase protection assay method)(Nucleic Acid Research、第12巻、第7035−7056頁、1984年)、あるいはノーザンブロット解析法などを利用して、FABP遺伝子から転写されたmRNAを検出定量すればよい。
【0026】
FABPの発現を蛋白質レベルで検出する場合には、例えば抗FABP抗体などを用いる免疫化学的方法(ELISA法、免疫組織染色法など)を用いることができる。抗体は、免疫抗原として精製FABPを用い、常法により調製できる。FABPの各分子種については、すでにその臓器分布、分子量、一次構造などが報告されている(藤井ら、動脈硬化、第24巻、353−361頁、1996年; Veerkamp and Maatman、第34巻、17−52頁、1995年;Drickamerら、J.Biol.Chem.、第256巻、3634−3636頁、1981年; Untermanら、Proc.Natl.Acad.Sci.USA、第78巻、3478−3482頁)。精製FABPは、これら情報をもとに調製できる。あるいは、前記既知遺伝子配列情報に基づいて、cDNAを単離し、遺伝子組換え技術により調製して用いてもよい。
【0027】
本発明の方法をインビトロにて、培養細胞を用いて実施する場合、細胞は、動物細胞(哺乳動物の細胞等)を用いることが望ましい。中でも、動物の腎臓由来の細胞が好ましく、尿細管細胞がより好ましく、とりわけ近位尿細管上皮細胞がとりわけ好ましい。細胞は、初代培養細胞、不死化細胞(株化細胞)のいずれを用いてもよい。不死化細胞(株化細胞)を用いた場合には、培養や取り扱いが容易となる点で有利である。
【0028】
ヒトの腎臓由来の細胞としては、ヒトの尿サンプルから尿中落下細胞(特に近位尿細管上皮細胞)を分離して用いることができる。ヒトの腎臓由来の細胞を用いた場合には、ヒトでの作用をより確かに予測できる点で有利である。
【0029】
尿細管由来の既知細胞株としては、具体的には例えば、イヌの尿細管(遠位尿細管)由来細胞株であるMDCK(ATCC CRL 6253)、ブタの尿細管(近位尿細管)由来細胞株であるLLC−PK1(ATCC CRL 1392)などが挙げられる。
【0030】
また、これらの他、マウス細胞株mProx37−13(受託番号 FERM BP−7038;受託日 1998年9月9日)など、本発明者らが後記実施例2においてマウスの近位尿細管細胞から樹立した不死化細胞株が挙げられる。これら細胞株は、下記(1)、(2)及び(3)の性質を有する。
(1)上皮細胞の形態を有する。
(2)アルブミン取り込み能を有する。
(3)上皮小体ホルモンによる刺激に応答して細胞内cAMP産生が誘導されるが、バソプレッシンによる刺激には応答しない。
【0031】
前記の既知尿細管由来細胞株のうち、LLC−PK1は近位尿細管由来とされており上皮細胞であるが、生体内の近位尿細管細胞に特徴的なホルモン応答性である(3)の性質を失っている(後記実施例2参照)。これに対し、本発明者らの樹立した細胞株は、ホルモン応答性も含めて近位尿細管上皮細胞の特徴を明確に維持している株化細胞であるので、これら細胞株を使用すれば、生体内の生理的環境により近い系となる。このような細胞を、使用することは、効果的な腎疾患治療薬のスクリーニング方法及び同定方法のために有利である。
【0032】
本発明の方法により、FABPの発現を増強する作用が認められた被験物質については、さらに腎疾患の既知病態モデル(in vivo又はin vitro)において治療効果及び予防効果を確認すればよい。
【0033】
このようなインビトロの病態モデルとしては、尿細管細胞を用いる腎障害性リピド(炎症性リピド)の産生モデル(Kees−Foltsら、Kidney International、第45巻、第1697−1709頁、1994年;後記実施例5)などが挙げられる。また、インビボの病態モデルとしては、加速型抗GBM腎炎モデル(Nagaiら、Jpn.J.Pharmacol.、第32巻、第1117−1124頁、1982年)、STZ誘発糖尿病性腎症モデル(Sharmaら、Diabetes.、第45巻、第522−530頁、1996年)、ピューロマイシン誘発巣状糸球体硬化症モデル(Hiranoら、Nephron、第60巻、第443−447頁、1992年)、アドリアマイシン誘発糸球体硬化症モデル(Chenら、Nephron、第78巻、第440‐452頁、1998年)、シクロスポリン腎症モデル(Gillumら、Transplant、第46巻、第285‐292頁、1988年)などが挙げられる。
【0034】
FABP発現増強作用を有する薬物としては、例えば、ペルオキシソームプロリフェレータ活性化受容体(peroxisome proliferator−activated receptor;PPAR)のアゴニスト、カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ(carnitine palmitoyltransferase;CPT)の阻害剤などを見出している。FABP遺伝子の上流域にペルオキシソームプロリフェレータ応答配列が見られることは、PPARアゴニストがFABP発現増強作用を有することを裏付ける。
【0035】
PPARのアゴニストとしては、既知のPPARアゴニスト(Lehmannら、Journal of Biological Chemistry、第270巻、第12953−12956頁、1995年; Willsonら、Journal of Medicinal Chemistry、第39巻、第665−668頁、1996年)の他、文献記載の方法(WO99/10532; WO96/33724; WO96/22884; Mizukamiら、Biochemical Biophysical Research Communications、第240巻、第61‐64頁、1997年; Kreyら、Molecular Endocrinology、第11巻、第779‐791頁、1997年; Buckleら、Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters、第6巻、第2121‐2126頁、1996年; Tontonozら、Genes and Development、第8巻、第1224‐1234頁、1994年)により、PPARアゴニスト作用が新たに確認された化合物も使用できる。これらのうち、PPARのアゴニストとしては、MCC−555(化学名 5−[6−(2−Fluorobenzyloxy)naphthalen−2−ylmethyl]thiazolidine−2,4−dione;EP604983)がとりわけ好適に使用できる。
【0036】
CPTの阻害剤としては例えば、既知のCPT阻害剤(Current Pharmaceutical Design、第4巻、第1−15頁、1998年)の他、文献記載の方法(Saeedら、Arch. Biochem. Biophys.、第305巻、第307−312頁、1993年; Kanamuraら、Life Science、第37巻、第217‐223頁、1985年; Shinagawaら、J. Med. Chem.、第30巻、第1458‐1463頁、1987年)により、CPT阻害作用が新たに確認された化合物も使用できる。このうち、CPTの阻害剤としては、エトモキシール(Etomoxir)(化学名 ethyl 2−[6−(4−chlorophenoxy)hexyl]−oxiranecarboxylate;EP46590および Current Pharmaceutical Design、第4巻、第1−15頁、1998年)、4−THA(化学名 2−hydroxy−3−propyl−4−[6−(tetrazol−5−yl)hexyloxy]acetophenone;Biochemi.J. 第252巻、第409−414頁、1988年)が好適に使用できる。
【0037】
PPARアゴニストやCPT阻害剤は、糖尿病の治療薬として知られている。また、糖尿病病態モデルにおいて、糖尿病に起因する腎疾患の症状が改善されることが報告されている(Buckinghamら、Diabetes、第47巻、第1326‐1334頁、1998年)。しかし、これは、原疾患である糖尿病が改善されることに基づくものと推察され、糖尿病に起因しない腎疾患に、PPARのアゴニストやCPT阻害剤などを適応することについては何ら知られておらず示唆もない。一方、本発明の治療薬又は予防薬は、糖尿病に起因する腎疾患(例えば、糖尿病性腎症)を除く腎疾患にも好適に適応されるものである。
【0038】
本発明において、被験物質、FABP発現増強作用を有する薬物、PPARのアゴニスト、CPTの阻害剤などを動物個体あるいはヒトに投与する場合には、経口、静脈内、筋肉内、皮下などいずれの投与形態を用いてもよい。投与形態に応じた不活性な担体と共に、必要に応じては製剤化して用いることもできる。投与量は、投与方法や個体の年齢、体重、疾患の程度などによって異なるが、通常、1日当たり、経口投与の場合は、1〜300mg/kg、非経口投与の場合には、0.01〜50mg/kgの範囲で設定される。
【0039】
本発明の医薬(治療薬又は予防薬)は、FABP発現増強作用(又はPPARのアゴニスト作用、又はCPTの阻害作用)に基づいて生体内での薬効を発現するものである。本発明の医薬としては、生体内での薬効発現のために十分な強さのFABP発現増強作用(又はPPARのアゴニスト作用、又はCPTの阻害作用)を有しない薬物は含まれない。また、FABP発現増強作用(又はPPARのアゴニスト作用、又はCPTの阻害作用)以外の他の主作用に基づいて生体内での薬効を発現する薬物は含まれない。また、本発明の医薬としては、毒性あるいは薬物動態の面での好ましからざる性格等のために、疾病の治療又は予防に使用できないものは含まれない。
【0040】
以下、実施例をもって本発明をさらに詳しく説明するが、これらの実施例は本発明を制限するものではない。
【0041】
なお、下記実施例において、各操作は特に明示がない限り、「モレキュラー クローニング(Molecular Cloning)」(Sambrook, J., Fritsch, E. F.及びManiatis, T. 著、Cold Spring Harbor Laboratory Pressより1989年に発刊)に記載の方法により行うか、または、市販の試薬やキットを用いる場合には市販品の指示書に従って使用した。
【0042】
【実施例】
実施例1 L−FABPレポータープラスミドの作製
(1)ヒトFABPのcDNAの単離
ヒトL−FABPのcDNAを、ヒト肝臓由来のcDNAライブラリー(クロンテック社製、Cat#HL1115b LOT#5621)からPCR(polymerase chain reaction)法にて単離した。プライマーは、既知配列情報(Loweら、Journal of Biological Chemistry、第260巻、第3413−3417頁、1985年;Genbank/EMBL登録番号M10050)を元に設計し、PCRで得られる断片の両末端にはBamHI認識部位が付加されるようにした。PCRにより得られたDNA断片(約420塩基対)は、ヒトL−FABPcDNAの全翻訳領域を含んでいた。この断片を適当なプラスミドに連結した。
【0043】
(2)ヒトFABPの染色体遺伝子の単離
前項(1)で得たヒトFABPcDNAを含む断片(約420塩基対、BamHI断片)をプローブとして用い、ヒト染色体DNAライブラリー(クロンテック社製、Cat#HL1006d LOT#19412)から、プラークハイブリダイゼーション法によりヒトL−FABPの染色体遺伝子をクローニングした。得られたクローンは、約20kbの挿入断片を含んでいた。部分的に塩基配列を決定したところ、この断片中にヒトL−FABPの全翻訳領域が含まれていることがわかった。
【0044】
この挿入断片のうち、5’上流域を含む断片(約5360bp、SalI−KpnI断片)を切り出し、ベクタープラスミドに組み込んで以下の実験に用いた。5’上流域を含む断片(SalI−KpnI断片)の塩基配列を、後記配列表の配列番号1に示した。
【0045】
(3)L−FABPレポータープラスミドの作製
前項(2)で得たL−FABP遺伝子断片(約5360塩基対、SalI−KpnI断片)を鋳型とし、PCR法により、NspV認識部位(5’上流域中;配列番号1の4670番目の塩基)から約100塩基ほど下流(開始コドンの直前)までの領域を増幅し、断片(約100bp)を得た。また、これとは別に、先のSalI−KpnI断片をプラスミドpUC18のSalI−KpnI切断部位に組み込んだ後、得られたプラスミドをNspV及びKpnIで消化して、NspV認識部位から下流の部分を欠失させた。先のPCRで得た断片をこれと連結し、プラスミドpUC18−9/25を得た。
【0046】
次いでこのプラスミドを、SalI及びKpnIで消化し、得られる断片(約4760塩基対)を、ベクタープラスミドpGV−B(東洋インキ社製)に挿入し、レポーターアッセイ用のプラスミドを得た。挿入断片は、配列番号1の第1〜4760番目(開始コドン直前)までに相当する塩基配列を含み、その3’末端にKpnI認識配列(6塩基対)が付加されている。
【0047】
得られたL−FABPレポータープラスミドは、ヒトL−FABP遺伝子の転写調節領域を含む5’上流域の下流にルシフェラーゼ遺伝子(プロモーター領域を含まない)が連結されたレポーター構成を有する。
【0048】
実施例2 尿細管細胞の初代培養・不死化およびL−FABPレポーター構成の導入
(1)ネフロンの単離
顕微解剖法により、以下のようにして、マウスの腎臓からネフロンを単離した。マウスをペントバルビタールにて麻酔後開腹し、0.1%BSAを含む冷ハンクス緩衝液(Hank’s buffered solution:HBS)20mlを、腹部大動脈より灌流した。次いで、0.1%BSAおよび0.1%コラゲナーゼ(collagenase type1)を含む冷HBS 10mlを灌流した。これら灌流液は、あらかじめ5%CO−95%O混合ガスにより飽和させたものを用いた。次に腎臓を摘出し、外科手術刃(Surgical Brade)で厚さ0.5〜1.0mmのスライス片を作製した。これを0.1%コラゲナーゼ溶液(HBS中)10mlに浸し、37℃、10分間酵素処理を行った後、HBSで2回洗浄した。このスライス片を、氷冷した状態で実体顕微鏡にて観察しながら単一セグメント(ネフロン)を単離した。
【0049】
(2)尿細管上皮細胞の初代培養
前項(1)で得られた単一セグメント(ネフロン)を用い、以下のようにして尿細管細胞の初代培養を行った。単一セグメントを、10%ウシ胎児血清を含むK1培地(50:50 DMEM/Ham’s F−12、15mM Hepes、13.4mM sodium bicarbonate、5μg/ml insulin、5μg/ml transferrin、5ng/ml selenous acid、0.05μM hydrocortisone、10ng/ml epidermal growth factor)で2回洗浄した後、96穴プレートに播種し、同培地中一晩培養した。翌日、支持細胞(Feeder layer)を添加(2.5〜5×10cells/well)し、単一セグメントと共培養した。支持細胞としては、マウス腎間葉系由来細胞(密度勾配遠心法によりマウス腎臓から単離した後不死化して得た細胞株)又はマウスNIH3T3細胞をX線照射して増殖能を欠如させたものを用いた。培地としては、10%ウシ胎児血清含有K1培地に、支持細胞の培養上清を等量加え、さらにHGF(Hepatocyte Growth Factor)(25ng/ml)を添加したものを用いた。また、プレートは、予め0.1%ゼラチンにてコーティング処理したものを使用した。4〜6日間培養後、セグメントから上皮細胞(尿細管上皮細胞)の遊走が顕微鏡下で確認できた。
【0050】
(3)尿細管上皮細胞の不死化
前項(2)と同様にして尿細管上皮細胞の培養を行った。
【0051】
上皮細胞の遊走が確認された後、SV40 Large T抗原遺伝子及びネオマイシン耐性遺伝子を含むプラスミド(ネオマイシン耐性遺伝子を含む市販プラスミドpGEM3SRαneoにSV40 Large T抗原遺伝子を挿入して作製したプラスミド)をトランスフェクションした。トランスフェクションは、プラスミドとトランスフェクタム(エアブラウン社製;カチオン性リポソーム)の混合液を添加した培地中で、細胞を1〜3時間37℃で培養することにより行った。
【0052】
トランスフェクション後、2〜3日間培養した後、トリプシン−EDTAにて処理して細胞を剥離し、48穴プレートに継代した。その際、新たに支持細胞を添加(約1x10cells/well)した。継代1〜2日後に、再度、同プラスミドをトランスフェクションした。以後培養スケールを拡大しながら上記操作を反復して行い、不死化細胞を取得した。得られた不死化細胞の培養は、以後、支持細胞を用いず、0.1%ゼラチンにてコーティング処理した培養器を用い、10%ウシ胎児血清を含むK1培地中にて行った。
【0053】
(4)L−FABPレポータープラスミドの導入
前項(3)で得られた不死化細胞を一晩培養した。次いで、前記実施例1で調製したヒトL−FABPレポータープラスミド(18μg)を、ハイグロマイシン耐性遺伝子を含むプラスミド(pPUR、Clontech社製、カタログ#6156−1)(1.8μg)とともに用い、トランスフェクションを行った。トランスフェクションは、前項(3)と同様に、トランスフェクタムを用いて行った。
【0054】
トランスフェクション後、ハイグロマイシン(100μg/ml)を添加した培地(10%ウシ胎児血清含有K1培地)にて培養した。6日培養後に一回継代した後、さらに10日間培養し、生じたハイグロマイシン耐性コロニーを顕微鏡下で採取して、これらを96穴プレートに接種し、培養した。かくして、プラスミドが導入された数種の形質転換細胞株(No.10〜No.19)を得た。
【0055】
これら細胞株は、以後、10%ウシ胎児血清を含む高グルコース含有ダルベッコ−イーグル培地(以下、DMEM培地)(Gibco社製)中にて培養を行った。
【0056】
(5)細胞株の形態学的及び生理学的解析
前項(4)で得られた細胞株について、近位尿細管上皮細胞としての形態学的特徴および生理学的特徴(ホルモンに対する応答能、BSA取込み能の解析)を有しているかどうか解析した。
【0057】
細胞株について形態学的な観察を行ったところ、位相差顕微鏡による観察では、いずれも上皮細胞に特徴的な敷石構造を取っていることが確認できた。また、細胞株No.13について、電子顕微鏡で観察したところ、尖端(apical)側に微絨毛が存在すること、上皮細胞に特徴的な密着結合(tight junction)が形成されていること、側底(basolateral)側にアクチンが発現し、ヘモデスモソーム(hemodesmosome)が形成されていること、および、部分的にではあるが極性を有していることが確認された。これらの観察像から、取得した細胞株は、上皮細胞であると考えられた。図1には、細胞株No.13の電子顕微鏡写真を示す。
【0058】
尿細管の上皮細胞は、各種ホルモンに対し、各々の分節で特異的な応答性を示し、細胞内のcAMP産生を誘導することが知られている。例えば、近位尿細管細胞は、上皮小体ホルモン(PTH)に対してのみ応答し、バソプレッシン(AVP)に対しては応答を示さない。一方、集合管およびHenle係蹄などでは、AVPに対して応答を示す。
【0059】
そこで、各細胞株(細胞株No.10、13、14、15、16及び19)について、後記参考例1(6)記載の方法に準じ、PTH及びAVPに対する応答を調べた。その結果、図2に示したように、細胞株No.10を除き全ての各細胞株がPTH刺激に対して応答を示し、特に細胞株No.13は非常に高い応答能を維持していた。一方、AVPに対しては全ての細胞株が応答を示さなかった。これらの結果から、No.10を除く各細胞株は、ホルモン応答能に関して近位尿細管細胞としての特徴を有しており、特にNo.13はその特徴がよく維持されていると考えられた。
【0060】
また、既知の近位尿細管上皮細胞株であるLLC−PK1(ATCC CRL1392)について、前記と同様にホルモン応答能を調べた。その結果、ホルモン刺激に対するcAMP産生量の比は、コントロール:PTH刺激時:AVP刺激時で、1:0.7:7.4であり、PTHには応答せず、AVPに応答することがわかった。すなわち、LLC−PK1は、細胞株N0.13とは異なり、ホルモン応答能に関して近位尿細管細胞としての特徴を有していなかった。
【0061】
次に、細胞株No.13及びNo.16について、後記参考例1(5)記載の方法に準じ、アルブミン取り込み能を調べた。近位尿細管は、糸球体で濾過された濾液中に含まれる蛋白の再吸収を担う分節であり、近位尿細管細胞は、血漿中に多量存在するアルブミン等の取り込み能を有することが知られている。測定の結果、図3に示したように、両細胞株にはアルブミン取り込み能が認められた。特に細胞株No.13は、コントロールに比して約5倍の高いアルブミン取込み能を示し、このことから、細胞株No.13は、アルブミン等の取り込み能の点でも近位尿細管細胞としての特徴をよく維持していることがわかった。
【0062】
(6)L−FABP遺伝子挿入領域の確認
細胞株No.13は、前記の通り、マウス近位尿細管上皮細胞株であるとともに、L−FABPレポータープラスミドが導入された細胞株である。その染色体上にレポーター構成が挿入されていることを確認するために、以下のようにサザンブロット解析を行った。
【0063】
レポータープラスミドに由来するヒトL−FABP遺伝子の転写調節領域が欠失を受けずに挿入されていた場合、染色体DNAを制限酵素Apa−KpnIで切断することにより4.3Kbの断片を生じるはずである。細胞株No.13の細胞から染色体DNAを調製し、これを制限酵素ApaおよびKpnIで処理した後、アガロースゲル電気泳動に供した。泳動後のゲルから、ナイロン膜(Hyband N+ membrane、Amersham社製)にDNAをトランスファーした後、膜を2×SSCで洗浄し乾燥させた。メンブレンを、プレハイブリダイゼーション処理後、プローブを含むハイブリダイゼーション用緩衝液中にて、65℃で一晩ハイブリダイゼーションを行い、次いで2×SSC(0.1%SDS含有)で洗浄(65℃、30分間)後、オートラジオグラフィーに供した。プローブとしては、ヒトL−FABP遺伝子の5’上流配列を含む断片(1.2Kb)をRI標識して用いた。
【0064】
その結果、4.3Kbの断片が検出され、L−FABP遺伝子転写調節領域が欠失なく挿入されていることが確認された。このことから、細胞株No.13は、その染色体上に、L−FABPレポータープラスミドに由来するDNA構成(ヒトL−FABP遺伝子転写調節領域およびルシフェラーゼ遺伝子からなる構成)が挿入されていると考えられた。
【0065】
この細胞株No.13(以下、mProx37−13と称する)は、細胞株の名称「マウス細胞株mProx37−13」として、工業技術院生命工学工業技術研究所(FERM)に寄託されている(受託番号 FERM BP−7038;受託日 1998年9月9日)。
【0066】
実施例3 近位尿細管上皮細胞におけるL−FABP発現増強作用の検定
前記実施例2で得られた、L−FABPレポーターDNA構成を含む近位尿細管上皮細胞株mProx37−13(細胞株No.13とも称する)を用い、以下のように、レポーターアッセイ法により被験物質のL−FABP発現増強作用を測定した。
【0067】
まず、細胞株mProx37−13を、96穴平底プレートに5x10細胞/100μl/ウエルとなるよう分注し、培養した。培養には、0.1%ゼラチンでコーティング処理したプレートを用い、培地は10%ウシ胎児血清、ペニシリン(100単位/ml)及びストレプトマイシン(100μg/ml)を添加した高グルコース含有ダルベッコMEM培地(Dulbecco’s MEM, high glucose;DMEM)(Gibco社製)を用いた。48時間培養後、無血清培地で1回洗浄を行った後、被験物質を含む無血清培地を加えた。コントロールは、被験物質無添加とした。さらに培養を行った後、2〜10時間後のルシフェラーゼ活性を測定した。
【0068】
ルシフェラーゼ活性は、以下のように測定した。細胞をリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄後、20μlの細胞溶解液(培養細胞溶解液LCβ−51、東洋インキ社製)を加え、室温にて20分間放置後、−80℃に一晩保存した。−80℃に保存したプレートを室温に戻した後、100μlの発光基質液(ピッカジーン発光キット、東洋インキ社製)を加え、反応を開始した。発光量は、ルミノメータ(MicroLumat LP98P、BERTHOLD社製)を用いて測定した。反応開始から10秒間の相対光度(RLU)値を積算し、ルシフェラーゼ活性とした。また、この活性値から、ルシフェラーゼ誘導率(Luc誘導率)を以下のように算出した。
【0069】
Luc誘導率=被験値/コントロール値
被験物質として、ペルオキシソームプロリフェレータ活性化受容体(peroxisome proliferator−activated receptor;PPAR)のアゴニスト(作動薬)であるMCC−555、およびカルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ(carnitine palmitoyltransferase;CPT)の阻害剤であるエトモキシール(Etomoxir)を添加したところ、ルシフェラーゼ活性誘導が認められた。このことから、これら化合物は、近位尿細管細胞においてL−FABP遺伝子発現を増強する作用を有するものと同定される。測定結果を、図4に示した。
【0070】
MCC−555(化学名 5−[6−(2−Fluorobenzyloxy)naphthalen−2−ylmethyl]thiazolidine−2,4−dione;EP604983)およびエトモキシール(化学名 ethyl 2−[6−(4−chlorophenoxy)hexyl]−oxiranecarboxylate;EP46590および Current Pharmaceutical Design、第4巻、第1−15頁、1998年)は文献記載の方法に準じて合成したものを用いた。
【0071】
実施例4 近位尿細管上皮細胞におけるL−FABP発現増強作用の検定
(mRNAレベルおよび蛋白質レベルでの測定)
前記実施例1の(2)項にて単離したヒトL−FABP染色体遺伝子(全長)を含むプラスミドを線状化した後、ブタ尿細管細胞株LLC−PK1、又は前記実施例2の(3)と同様にして得たマウスの不死化尿細管上皮細胞にトランスフェクションし、安定な形質転換細胞を得た。これら細胞は、ヒトL−FABPの染色体遺伝子が欠失を受けることなく染色体上に組込まれていた。
【0072】
これら細胞を用い、以下のようにして被験薬物のL−FABP発現増強作用をmRNAレベルおよび蛋白質レベルで調べた。細胞を、コンフルエントになるまで培養した後、血清を含まないDMEM培地に培地交換し、最終濃度 1μMになるよう被験薬物を培地中に添加し、37℃で培養した。また、対照例は、被験薬物無添加とした。
【0073】
mRNAレベルでの測定は以下のように行った。培養後、細胞を回収しトータルRNAを調製した。得られたトータルRNAを鋳型とするRT−PCR(Reverse transcriptase − Polymerase chain reaction)により、ヒトL−FABPのmRNAを検出した。また、測定値の標準化のために、コントロールとしてGAPDH(Glyceraldehyde 3−phosphate dehydrogenase)のmRNAを同様のRT−PCRにて検出した。得られたPCR産物をアガロースゲル電気泳動後、エチジウムブロマイドで染色して各バンドを検出し、デンシトメトリー又は目視により発現量を判定した。その結果、被験薬物としてMCC−555を添加した場合、培養後15分から24時間までL−FABPmRNAの誘導作用が認められた。
【0074】
蛋白質レベルでの測定は、以下のように行った。培養後の細胞を回収し、超音波破砕した後、細胞抽出液を調製した。抗ヒトL−FABP抗体を用いるウエスタンブロティング法又はELISA法により、抽出液中のL−FABP量を測定した。その結果、被験薬物としてMCC−555を添加することにより、L−FABP蛋白質の発現増強作用が認められた。また被験薬物としてエトモキシールを添加した場合にも同様にL−FABP蛋白質の発現増強作用が認められた。
【0075】
実施例5 腎臓由来細胞における腎障害性リピド産生誘導
(1)腎臓由来細胞の刺激
細胞として、ブタ尿細管細胞株LLC−PK1又は前記実施例4と同様の細胞(マウスの不死化尿細管上皮細胞の染色体上にヒトL−FABPの染色体遺伝子が組み込まれた安定な形質転換株)を用いた。以下のように、オレイン酸による刺激下で、細胞を培養することにより、腎障害性リピド(Nephrotoxic lipid)の産生を誘導した。
【0076】
細胞は10cmディッシュを用い、10%牛胎児血清を含むDMEM培地中で培養した。コンフルエントに達するまで培養した後、脂質(オレイン酸などの脂肪酸を結合させたBSA、リポプロテインなど)を含む無血清培地に培地交換し、37℃で16〜36時間インキュベートした。被験物質の作用を検定する場合には、脂質とともに被験物質を添加した培地を用いた。
【0077】
(2)腎障害性リピドの抽出
培地中に産生される腎障害性リピドは、脂質成分として酢酸エチルで抽出される。また、マクロファージ遊走活性化能を有するので、その存在量は、マクロファージ遊走試験により測定することができる。
【0078】
そこで、インキュベート後、培地を回収し、これを遠心(3000rpm,5分間)して上清を分取し、脂質成分を以下のように抽出した。すなわち、上清に2倍量の酢酸エチルを加え、2分間激しく振盪した。10分間静置した後、これを遠心し、その上層(酢酸エチル層)を回収した。下層(水層)にさらに2倍量の酢酸エチルを加えて同様に再度抽出、回収した。回収した脂質抽出物を、マクロファージ遊走試験に供した。
【0079】
(3)マクロファージ遊走試験
文献(Kees−Foltsら、Kidney International、第45巻、第1697−1709頁、1994年)記載の方法に準じ、以下のように、脂質抽出物中のマクロファージ遊走活性を測定した。遊走試験は、96穴ケモタキシスチャンバー(Neuroprobe社製)と専用フレームフィルター(スタンダード、ポアサイズ5μm、Neuroprobe社製)を用いて行った。遊走細胞としては、マウスマクロファージ系細胞株RAW264.7(ATCC TIB−71)を用いた。
【0080】
培養しておいたRAW264.7をスクレイパーで回収後、2x10個/mlになるように、10%牛胎児血清含有DMEM培地に懸濁した。また、細胞を蛍光標識するためにカルセイン−AM(calcein−AM、同仁化学研究所製)を最終濃度2μMになるように添加し、37℃、5分間インキュベートした。これを10%牛胎児血清含有DMEM培地で一回洗浄後、1x10個/mlとなるように同培地に再懸濁した。
【0081】
前項(2)で得た脂質抽出物をガラスチューブ内で乾固し、ここに0.25%BSA(lipid free、Sigma社製)を含むDMEM培地を加えた。これを56℃にて15分間インキュベーション後、15分間超音波処理(sonication)することにより懸濁化した。懸濁した脂質を、ケモタキシスチャンバーの下室に31.5μlずつ注入した。フィルターで分けられた上室には、蛍光標識した細胞の懸濁液(1x10個/ml)を200μlずつ注入した。このチャンバーを、COインキュベーター中で3時間インキュベートした後、チャンバーを上下反転し、さらに15分間インキュベートした。
【0082】
インキュベーション終了後、フレームフィルターを取り、上面の細胞を拭き取った後、フィルター裏面の細胞を100%メタノールで90秒間固定した。裏面に付着した細胞(すなわち遊走した細胞)の蛍光強度を、蛍光プレートリーダー(Polar star 、BMG LabTechnologies社製)を用いて測定(励起波長:485nm、蛍光波長:538nm)し、サンプルのマクロファージ遊走活性を測定した。
【0083】
刺激により腎臓由来細胞から産生誘導される腎障性リピドの量(遊走活性)が、被験物質の存在下において非存在下の場合より少なければ、その被験物質には、腎障性因子の産生を抑える作用があると判定した。
【0084】
実施例6 ヒト尿中落下細胞におけるL−FABP発現増強作用の検定(mRNAレベルでの測定)
(1)ヒト尿中落下細胞の単離
腎組織から尿中に落下している尿細管上皮細胞(以下、尿中落下細胞とよぶ)を以下のようにしてヒト尿サンプルから分離し、培養に供した。
【0085】
まず、男児の腎炎患者(0から3才)から、クリーンキャッチ法(clean−catch method)により、尿サンプルを採取した。ついで、この尿サンプルを室温で遠心分離(1000rpm、10分)し、上清を捨て、ペレットを、10%(v/v)ウシ胎児血清含有のダルベッコ−イーグル培地(Dulbecco’s modified Eagle’s medium)にて2回、培養用培地で1回洗浄した。培養用培地としては、ダルベッコ−イーグル培地とハムズF−12培地(Ham’s F−12 medium)を1:1で混合したものに、ウシ胎児血清(10%v/v)、インシュリン(5μg/ml)、トランスフェリン(5μg/ml)、亜セレン酸ナトリウム(sodium selenite)(5ng/ml)、デキサメタゾン(10−8M)、ニコチンアミド(5mM)、ペニシリン(100IU/ml)及びストレプトマイシン(100μg/ml)を添加したものを用いた。
【0086】
ペレットを培養用培地に懸濁し、適宜希釈した後、タイプ4コラーゲンでコーティングを施した3.5cm径ディッシュ(Falcon社製)中で培養を行った。培養は5%CO、37℃の条件で行った。
【0087】
培養した細胞が、尿細管上皮細胞であることは、培養器上でコンフルエントに達するとドーム形成が観察されたこと、および アルカリホスファターゼ染色で陽性を示すことにより確認した。
【0088】
(2)L−FABP発現増強作用の検定
前記(1)で培養したヒト尿中落下細胞(ヒト尿細管上皮細胞)を用い、以下のように、前記実施例4と同様にして、被験薬物のL−FABP発現増強作用をmRNAレベルで調べた。
【0089】
まず、細胞を、コンフルエントになるまで培養した後、最終濃度 1μMになるよう被験薬物を添加したダルベッコ−イーグル培地(血清不含)に培地交換し、37℃で培養した。被験薬物としては、MCC−555および4−THA(2−hydroxy−3−propyl−4−[6−(tetrazol−5−yl)hexyloxy]acetophenone)(CPT阻害薬)を用いた。また、対照例については、被験薬物を無添加とした。
【0090】
培養後の細胞を回収しトータルRNAを調製した。得られたトータルRNAを鋳型としてRT−PCR(Reverse transcriptase − Polymerase chain reaction)を行った。PCR産物をアガロースゲル電気泳動後、エチジウムブロマイドで染色して各バンドを検出し、デンシトメトリー又は目視により発現量を判定した。また、測定値の標準化のために、コントロールとしてrBAT(related to b0,+ system amino acid transporter;Purroyら、Genomics、第37巻、第249−252頁、1996年)のmRNAをRT−PCRにて検出した。
【0091】
その結果、下表1に示した通り、ヒト尿中落下細胞(ヒト尿細管上皮細胞)におけるL−FABPmRNAの発現量は、MCC−555および4−THAの添加によって増加した。この結果から、これら化合物は、ヒトにおいても、近位尿細管細胞のL−FABPの発現増強作用を有するものと同定された。
【0092】
【表1】
Figure 0003589113
【0093】
実施例7 細胞傷害に対するL−FABP発現抑制の影響
ブタ近位尿細管由来LLC−PK1細胞を用いた低酸素・再酸素化モデル(インビトロ腎虚血再灌流モデル)により、細胞傷害に対するL−FABP発現抑制の影響を、以下のようにして調べた。
【0094】
まず、ブタL−FABPcDNAをRT−PCRでクローニングし、pRC/CMVにサブクローニングしてアンチセンスRNA発現用ベクターpLFABP−pRC/CMVを得た。
【0095】
ついで、6穴プレートにLLC−PK1細胞をまき(1x10/ウエル)、24時間培養後、リポフェクトアミン(GIBCO社製)を用いてpLFABP−pRC/CMVをトランスフェクトした。またコントロールとしては、ベクター(pRC/CMV)のみをトランスフェクトした。これら細胞を24時間培養後、嫌気性チャンバー(COY社)内に移し低酸素暴露を24時間行った。さらに、これら細胞を通常の大気中に戻して24時間再酸素化した後、細胞傷害度を測定した。
【0096】
細胞傷害度は、培地中に漏出したLDH(lactic dehydrogenase;乳酸脱水素酵素)を指標にして測定した。すなわち、低酸素暴露後、培地を回収し、測定キット「LDH−細胞毒性テストワコー」(和光純薬製)を用いて培地中のLDH活性を測定した。
【0097】
その結果、図5に示した通り、低酸素・再酸素化した後に漏出したLDH活性は、L−FABPアンチセンスRNAを一過性に発現させた細胞の場合、ベクターのみをトランスフェクトしたコントロールと比較して大きい値を示し、細胞がより大きい傷害を受けていることが示された。
【0098】
このように、L−FABPアンチセンスRNAの発現、すなわちL−FABPの発現抑制により、低酸素・再酸素化時の細胞傷害が増大したことから、近位尿細管細胞に傷害を与える腎虚血再灌流などの状態において、L−FABPは細胞を保護する機能を果たすものと考えられた。
【0099】
実施例8 細胞傷害に対するL−FABP強制発現の影響
前記実施例7に準じ、近位尿細管細胞を用いた低酸素・再酸素化モデル(インビトロ腎虚血再灌流モデル)を用い、細胞傷害に対するL−FABP強制発現の影響を調べた。
【0100】
前記実施例1の(2)項にて単離したヒトL−FABP染色体遺伝子(全長)を含むプラスミドを線状化した後、実施例2の(3)項と同様にして取得したマウス近位尿細管細胞(クローン24)にトランスフェクションし、安定な形質転換細胞(クローン24−19)を得た。この細胞は、ヒトL−FABPの染色体遺伝子が欠失を受けることなく染色体上に組込まれていた。
【0101】
上記で得たクローン24−19及び対照細胞としてクローン24を、各々嫌気性チャンバー(COY社)内で低酸素暴露を24時間行った。さらに、これら細胞を通常の大気中に戻して24時間再酸素化した後、細胞傷害度を測定した。細胞傷害度は、培地中に漏出したLDH(lactic dehydrogenas)を指標にして測定した。
【0102】
その結果、図6に示した通り、ヒトL−FABP遺伝子を導入して強制発現させた細胞(クローン24−19)では、低酸素・再酸素化後に漏出したLDH活性が、対照細胞(クローン24)と比較して低値を示し、低酸素・再酸素化に対してより抵抗性が強いことが示された。このように、L−FABPの強制発現により、低酸素・再酸素化時の細胞傷害に対する抵抗性が増大したことから、近位尿細管細胞に傷害を与える腎虚血再灌流などの状態において、L−FABPは細胞を保護する機能を果たすものと考えられた。
【0103】
実施例9 腎疾患モデルマウスに対する薬物の作用
腎疾患モデルとして、アドリアマイシン誘発糸球体硬化症マウスを用い、これに対するPPAR作動薬MCC−555の効果を以下のように確認した。
【0104】
アドリアマイシン(AD)誘発糸球体硬化症マウスは、ネフローゼ症状を呈しながら、3週間目には巣状糸球体硬化症になり、不可逆的に慢性腎不全に到る病態モデルである(Chenら、Nephron、第78巻、第440−452頁、1998年)。また、MCC−555は、実施例3、4及び6にも示した通り、L−FABP遺伝子発現増強作用が確認されている化合物である。
【0105】
マウスは、7週齢の雌性BALB/c(日本チャールスリバーより購入)を用いた。実験開始日(0日目)に、アドリアマイシン(Sigma社製)を、10mg/kg(生理食塩液に1mg/mlの濃度で溶解したものを10ml/kg)静脈内投与した。正常群には同容量の生理食塩液のみを静脈内投与した。これらマウスに、MCC−555又は担体のみを、実験開始日から14日間(0日目から13日目まで)経口投与した。初回投与はアドリアマイシン投与の1時間前に行い、投与液量はいずれも10ml/kgとした。
【0106】
薬物投与群(n=6)は、アドリアマイシン投与マウスにMCC−555(0.1%Tween80含有精製水に懸濁したもの)を10mg/kgの用量で投与した。対照群(n=6)は、アドリアマイシン投与マウスに担体(0.1%Tween80含有精製水)のみを投与した。また、正常群(n=3)も担体のみを投与した。
【0107】
マウスは個別に代謝ケージに入れ、自由摂食・摂水下で24時間採尿した。
【0108】
採尿は、3〜4、6〜7、9〜10及び13〜14日目の計4回行った。採取した尿については、尿量を測定後、自動分析器(SuperZ−818、ニッテク)で尿中蛋白質、NAG(N−acetyl−β−D−glucosaminidase)およびクレアチニン(creatinine:CRE)濃度を測定した。実験最終日(14日目)の採尿後、エーテル麻酔下に腹部大動脈より採血し、血清を分離して、自動分析器(TBA−80FR、東芝)でコレステロールおよびアルブミン濃度を測定した。また腎を摘出して中性緩衝ホルマリン液で固定した。
【0109】
実験の結果、図7に示したように、尿中蛋白質および近位尿細管障害の指標であるNAG排泄量は、対照群ではAD投与後7〜14日目に上昇した。これに対して薬物投与群では、尿中蛋白質及びNAG排泄量の上昇が有意に抑制された。
【0110】
また、14日目の血液生化学的検査の結果を図8に示した。図8に示されたように、対照群では、ネフローゼの主症状である高コレステロール血症、低アルブミン血症の症状が認められた。これに対して、薬物投与群ではこれら症状が改善されていた。
【0111】
上記のように、MCC−555は、腎疾患モデルマウス(アドレアマイシン誘発糸球体硬化症モデル)に対して、近位尿細管障害の指標となるNAG排泄を抑制するとともに、ネフローゼの主症状である蛋白尿や血液生化学的パラメータを改善した。さらに、腎組織像を調べたところ、MCC−555は、同モデルマウスの腎臓における組織学的変化も抑制していることが確認された。
【0112】
実施例10 ヒト型L−FABP遺伝子導入トランスジェニックマウスを用いた腎疾患モデルに対する薬物の作用
ヒト型L−FABP遺伝子を導入したトランスジェニックマウス(hFABP−Tgマウス)を作製した。このhFABP−Tgマウスを用いて、以下のように、実施例9に準じた腎疾患モデルを作成し、MCC−555の作用を確認した。
【0113】
hFABP−Tgマウスの作製においては、13週齢以上のBCF1系雄マウスを不妊交配用及び自然交配用に、10週齢以上のICR系雌マウスを胚移植用および里親用に、13週齢以上のBDF1系雄マウスを交配用に、8週齢以上のBCF1系雌マウスを採卵用に、それぞれ使用する。これにより得られるトランスジェニックマウス(B6C3F1系)についてBALB/cマウスともどし交配を行った。
【0114】
得られた雌性トランスジェニックマウスを用いて、腎疾患モデル(アドリアマイシン誘発糸球体硬化症モデル)の作製と薬物(MCC−555)の作用確認を行った。疾患モデルの作製と薬物の作用確認は、前記実施例9に準じた。但、実験開始日(0日目)に投与するアドリアマイシンの投与量は、15mg/kg(生理食塩液に1mg/mlの濃度で溶解したものを15ml/kg)とした。
【0115】
薬物投与群(n=5)は、アドリアマイシン投与マウスにMCC−555(10mg/kg)を投与し、対照群(実験開始時n=5)はアドリアマイシン投与マウスに担体のみを投与した。正常群(n=3)はアドリアマイシン非投与マウスに担体のみを投与した。採尿を、6〜7日目(Day7)、10〜11日目(Day11)、13〜14日目(Day14)の計3回行い、尿量測定後、自動分析器で尿中蛋白質、NAG及びクレアチニン濃度を測定した。
【0116】
その結果、図9に示したように、対照群ではAD投与後、尿中蛋白質及びNAG排泄量が上昇したのに対して、薬物(MCC−555)投与群ではこれらの上昇が顕著に抑制された。また、対照群では、実験期間中3例が死亡したが、薬物(MCC−555)投与群では死亡例は認められなかった。
【0117】
参考例1 密度勾配遠心法による近位尿細管上皮細胞の単離および初代培養
(1)近位尿細管細胞の分離
ビネー(Vinay)らの文献(American Journal of Physiology、第241巻、F403−F411、1981年)記載の密度勾配遠心法に準じ、以下のようにして、マウスの腎臓から、腎臓皮質部細胞を単離した。
【0118】
マウス2匹を断頭脱血後、腎臓を摘出し、これを冷ハンクス緩衝液(Hank’s buffered solution:HBS)で洗浄した後、皮膜を摘除した。次に、皮膜から皮質部のみを切り出し、1〜2cm角に細切した。細切組織をHBSで軽く洗浄後、コラゲナーゼ溶液(collagenase type4、400μg/ml、HBS中)5mlを加えて37℃、30分間酵素処理を行った。次いで、5分間攪拌後、ナイロンメッシュ(100μm)で濾過して組織塊を除去し、HBSで洗浄した。これにHBS(1ml)を加え、軽くピペッテイングして細胞懸濁液を調製した。
【0119】
この細胞懸濁液を、30%−50%パーコール(Percoll)重層液に重層した後、遠心した(3500rpm、4℃、30分間)。遠心後、パーコール密度勾配中に分離された各層(上から画分1〜4の4層)の細胞を注意深く回収した。
【0120】
(2)分離した細胞のアルカリフォスファターゼ染色
アルカリフォスファターゼは、腎臓では近位尿細管に局在することが知られている。そこで、上記(1)で回収した各層の細胞の一部を採取し、以下のようにアルカリフォスファターゼ染色を行った。すなわち、細胞懸濁液を遠心した後、プレパラートに固定し、アルカリフォスファターゼ基質キット(フナコシ社製)を用いて染色後、グリセロール封入した。その結果、最上層の画分1において、アルカリフォスファターゼ陽性率が最も高く、従って、近位尿細管細胞の含有率も最も高いと考えられた。
【0121】
(3)近位尿細管上皮細胞の初代培養
上記(1)の画分1の細胞について、以下のようにコラゲナーゼ処理した後、初代培養を行った。すなわち、回収した細胞を、HBSで1回洗浄し、コラゲナーゼ溶液(collagenase type4、2mg/ml、HBS中)1mlを加えて37℃、5分間酵素処理を行った。さらにHBSで2回洗浄した後、培養に供した。
【0122】
上皮細胞の初代培養の際には、線維芽細胞が混入することが一般的に知られており、線維芽細胞の増殖を抑制して上皮細胞だけを選択的に増殖させることが必要となる。このため、培養に際しては、(i)線維芽細胞の増殖を選択的に阻害するMEM/D−Val培地(MEM培地のL−バリンをD−バリンに置換した培地;Gibco社製)にウシ胎児血清を添加した培地、及び、(ii)上皮細胞を特異的に増殖させるホルモンおよび成長因子を含み、線維芽細胞の増殖に関与する因子を含まない無血清K1培地(50:50 DMEM/Ham’s F−12、15mM Hepes、13.4mM sodium bicarbonate、5μg/ml insulin、5μg/ml transferrin、5ng/ml selenous acid、0.05μM hydrocortisone、10ng/ml epidermal growth factor)を、以下のように組合せて用いた。
【0123】
まず、細胞を、10%ウシ胎児血清含有MEM/D−Val培地にて1〜2日培養し、細胞の接着と増殖を確認した後、培地を無血清K1培地に交換して、さらに約一週間培養を継続した。細胞は、あらかじめ0.1%ゼラチンでコーテングしたプレートに播種し、COインキュベーター内で培養した。
【0124】
(4)細胞の形態学的解析
前項(3)の培養細胞を、位相差顕微鏡にて観察したところ、敷石状の細胞増殖が認められた。また、細胞がコンフルエントになる頃に、ドーム形成が認められた。これら所見は、溶質溶媒の経上皮輸送が行われていることを示唆している。これらのことから、得られた培養細胞は、尿細管上皮細胞であることが形態学的に確認された。
【0125】
(5)アルブミン取込み能
近位尿細管細胞は、アルブミン等の取り込み能を有することが知られている。
【0126】
そこで、前項(3)の培養細胞について、アルブミンの取り込み能を、以下のように調べた。細胞を、10cmデイッシュでコンフルエントになるまで培養した後、培地をMEM/D−Val培地に交換し、一晩培養した。ついで、ウシ血清アルブミン(bovine serum albumin:BSA)を、終濃度が50mg/10mlになるよう培地に添加し、37℃、90分間培養を行った。コントロールとしては、同様の細胞を用い、氷上でインキュベーションを行った。培養後、細胞をリン酸緩衝食塩水(phosphate buffered saline:PBS)(pH7.4)で洗浄した後、回収した。この細胞を、プロテアーゼ阻害剤(protease inhibitor)を含むPBS(pH9.6)200μlに懸濁した後、超音波破砕した。破砕液にPBS(pH6.4)を加えてpHを中性領域に戻した後、遠心(12000rpm、15分間)して上清を、細胞抽出液として回収した。得られた細胞抽出液について、BSAの存在をELISA法にて測定した。
【0127】
ELISAには、一次抗体として、抗アルブミン抗体(ウサギポリクローナル抗体、Sigma社製)を用い、二次抗体としては、ビオチン標識した抗アルブミン抗体を用いた。一次抗体を96穴イムノプレートに吸着させた後、前記細胞抽出液(100μl/穴)を加えて室温で2時間反応させ、次いで、二次抗体希釈液を添加し、室温で2時間反応させた。ウエルを洗浄した後、ストレプトアビジン及びビオチン標識ワサビペルオキシダ−ゼを含む検出キット(ベクターラボラトリ−社製、ベクタステインABC−POキット)を用いて発色検出を行った。
【0128】
その結果、アルブミン添加条件下37℃で培養することにより、コントロールの2.3倍量のBSA取り込みが認められた。このことから、細胞は、近位尿細管細胞としての生理的機能を有することが確認された。
【0129】
(6)ホルモンに対する応答能
近位尿細管細胞は、上皮小体ホルモン(PTH)に応答して細胞内cAMP産生が誘導されるが、バソプレッシン(AVP)には応答しないことが知られている。前項(3)の培養細胞について、以下のとおりこれらホルモンに対する応答能を調べた。
【0130】
細胞を、24穴プレートでコンフルエントになるまで培養した後、細胞表面を培地(MEM/D−Val培地)で2回洗浄した。これに、PTH(10−7M)又はAVP(1U/ml)を、IBMX(3‐イソブチル1‐メチルキサンチン;cAMPホスホジエステラーゼ阻害剤)(10−4M)とともに添加した培地を加えた。コントロールとしては、IBMXのみを添加した培地を加えた。
【0131】
37℃で10分間反応させた後、細胞及び培養液中のcAMPを65%エタノールで抽出し、cAMP量をELISA法(Amersham社製のcAMP EIAシステムキットを使用)により測定した。
【0132】
その結果、PTH刺激を行った場合、コントロールに対して約1.6倍の細胞内cAMP量が認められ、このことから、この初代培養には近位尿細管細胞が含まれることが確認された。一方、AVP刺激時においても、コントロールの
約4.6倍のcAMP量が認められたことから、近位尿細管細胞に由来しない細胞もいくらか混入しているものと考えられた。
【0133】
【発明の効果】
本発明の方法によれば、新規な腎疾患治療薬及び/又は予防薬を的確に効率よくスクリーニングすることができる。また、本発明の方法により同定され特徴付けされた治療薬及び/又は予防薬(あるいは本発明の治療薬及び/又は予防薬)は、作用機序の明確な優れた腎疾患治療薬及び/又は予防薬となる。また、本発明の新規細胞株は、近位尿細管上皮細胞としての生理的特徴をよく維持しており、腎疾患治療薬などの研究開発などに有用である。
【0134】
Figure 0003589113
【0135】
【配列表】
Figure 0003589113
Figure 0003589113
Figure 0003589113
Figure 0003589113
Figure 0003589113

【図面の簡単な説明】
【図1】マウス近位尿細管上皮細胞株No.13(37−13)の形態を示す電子顕微鏡写真。
【図2】マウス近位尿細管上皮細胞株(No.10、13、14、15、16及び19)のホルモン応答能(PTH及びAVPで刺激した場合の細胞内cAMP産生誘導)を測定した結果を示した図。
【図3】マウス近位尿細管上皮細胞株(No.13及び16)のBSA取込み能を測定した結果を示した図。
【図4】マウス近位尿細管上皮細胞株を用いるレポーターアッセイにより被験物質のL−FABP発現増強作用を測定した結果を示した図。
【図5】低酸素・再酸素化モデル(インビトロ腎虚血再灌流モデル)における細胞傷害に対するL−FABP発現抑制の影響を示した図。L−FABPアンチセンスは、L−FABPアンチセンスRNA発現ベクターを一過性にトランスフェクトしたブタ近位尿細管由来LLC−PK1細胞を、コントロールは、ベクターのみを一過性にトランスフェクトした同細胞を、各々表す。
【図6】低酸素・再酸素化モデル(インビトロ腎虚血再灌流モデル)における細胞傷害に対するL−FABP強制発現の影響を示した図。「24」は、マウス近位尿細管細胞(クローン24)(対照細胞)、「24−19」は、マウス近位尿細管細胞(クローン24)にヒトL−FABP遺伝子を導入して強制発現させた細胞(クローン24−19)を、各々表す。
【図7】腎疾患モデル(アドレアマイシン誘発糸球体硬化症モデル)マウスにおける蛋白尿とNAG排出量に対する薬物(MCC−555)の作用を調べた結果を示した図。
【図8】腎疾患モデル(アドレアマイシン誘発糸球体硬化症モデル)マウスにおける血液生化学的パラメータ(血中コレステロール量および血中アルブミン量)に対する薬物(MCC−555)の作用を調べた結果を示した図。
【図9】ヒト型L−FABP遺伝子を導入したトランスジェニックマウスを用いた腎疾患モデル(アドレアマイシン誘発糸球体硬化症モデル)における蛋白尿とNAG排出量に対する薬物(MCC−555)の作用を調べた結果を示した図。

Claims (6)

  1. 動物の細胞又は組織における肝型脂肪酸結合蛋白質の発現に対する被験物質の増強作用を検定することを特徴とする、腎疾患治療薬もしくは予防薬のスクリーニング方法又は同定方法(但し、当該方法においてはヒトに対する医療行為は除く)
  2. 動物の細胞又は組織における肝型脂肪酸結合蛋白質の発現に対する被験物質の増強作用を検定することを特徴とする、腎疾患治療薬もしくは予防薬のスクリーニング方法又は同定方法であって、動物がヒトである場合には、当該方法はインビトロにて実施されるものであるスクリーニング方法又は同定方法。
  3. 動物の細胞又は組織が腎臓の細胞又は組織である請求項1又は2記載の方法。
  4. 動物の細胞又は組織が近位尿細管細胞である請求項1又は2記載の方法。
  5. 脂肪酸結合蛋白質遺伝子の転写調節領域とその下流に連結されたレポーター遺伝子からなるDNA構成が導入された細胞を用いるレポーターアッセイにより、被験物質の作用を検定する工程を含む、請求項1又は2記載の方法。
  6. (1)動物の細胞又は組織を被験物質の存在下および非存在下で培養する工程;および(2)動物の細胞又は組織中の脂肪酸結合蛋白質の発現量を決定するとともに、被験物質存在下での発現量と、被験物質非存在下での発現量を相互に比較する工程;を含む請求項1又は2記載の方法。
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