JP4176214B2 - 補体依存性細胞障害を抑制するモノクローナル抗体 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、ジペプチジルペプチダーゼIV(以下、DPPIVと略す)と特異的に結合することにより、補体依存性細胞障害を抑制する作用を有するモノクローナル抗体、該モノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ、該モノクローナル抗体を含有する補体依存性細胞障害の予防または治療剤、該モノクローナル抗体と結合するDPPIVを用いた、補体活性抑制作用を有する化合物、該化合物を含有する補体依存性細胞障害の予防または治療剤に関する。
【0002】
【発明の背景および従来技術】
補体は、外来異物(微生物や非自己タンパク質など)を血液や組織から除去するために作用する一連の蛋白群である。補体には約20種類の蛋白が属しており、C1〜C9と命名された9種類蛋白群を含んでいる。補体の活性化には、3種類の経路が知られている。第一の経路は、C1、C4、C2、C3の順番に活性化を受ける主経路である。第二の経路は、C3が直接活性化を受ける副経路である。第三の経路は、マンノース結合レクチン経路と呼ばれている。この経路においては、マンノースに特異的に結合するレクチンが、C1のサブコンポーネントであるC1qの分子構造と類似するため主経路を活性化する。これら3つの経路のいずれも、C3以下の補体の活性化経路は共通である。
【0003】
補体は、その活性化により生じる、1)オプソニン効果、2)アナフィラトキシンの産生、3)膜襲撃複合体(membrane attack complex)の形成などの生体反応に深く関与している。
【0004】
これら補体により生じる反応は、外来異物のみならず、自己細胞に対しても作用するため、自己細胞を破壊する可能性がある。そこで、生体内には、自己細胞を防御するため、細胞膜上に補体制御因子が存在する。この補体制御因子としては、Decay accelerating factor(DAF, CD55)、Membrane cofactor protein(MCP, CD46)、Complement receptor 1(CR1,CD35)およびHomologous restriction factor 20(HRF, CD59)が知られている。これら因子の作用により、補体の活性化は動的なバランスが保たれている。
【0005】
しかし、この制御機構を超えて補体が活性化されると種々の病変が起こる。たとえば、全身性エリテマトーデス(SLE)患者の約7割はループス腎炎を合併している。この腎炎の増悪/進展には、補体の活性化が深く関与している。更に他の疾患においても、補体の活性化が深く関与していると考えられる。
現時点では、補体が関与する疾患の治療方法は確立されていない。例えば、ループス腎炎の治療は、主にステロイド療法により行われているが、ステロイド剤の長期投与による副作用が問題となっている。
最近、活性型フラグメントC3b、C4bと結合する補体制御因子CR1の可溶性フラグメントを投与することによって、これら因子とCR1との結合により引き起こされる一連の反応を競合的に阻害できることが明らかとなった。このことは、過剰な補体を抑制することによって疾患の発症伸展を予防および治療し得ることを示している。実際、心筋梗塞(Weisman, H.F. et al., Science, 249,4965,146-151,(1990))、再灌流障害(Mulligan,M.S. et al.,J.Immunology, 148,5,1479-1485,(1992)、Hill,J. et al.,J.Immunology, 149,5,1723-1728,(1992))、多発性硬化症(Piddlesden, S. J. et al., J. Immunol., 152, 5477-5484, (1994))、腎炎(Couser,W.G. et al., J.American Society of Nephrology, 5,11,1888-1894,(1995))モデルなどで治療効果が見出されている。しかしながら、補体の制御機構と疾患との関わりについては、未だ不明な点が多い。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、ラット糸球体を抗原として数多くのマウスモノクローナル抗体を作製し、その中のモノクローナル抗体E30クローンが単回投与でメサンギウム増殖性腎炎を惹起することを見出している。このモノクローナル抗体E30(以下、E30抗体と略す)は静注後、速やかに糸球体メサンギウム細胞の表面に結合し、補体依存性の細胞障害を引き起こすことが分かっている。
【0007】
この腎炎惹起E30抗体と糸球体を抗原として作製したその他のモノクローナル抗体を併用することによる効果を調べていく過程で、ラット糸球体を抗原とするモノクローナル抗体F16(以下、F16抗体と略す)がE30抗体による腎炎の発症を完全に抑制することが分かった。F16抗体をE30抗体と同時または1時間前に投与することにより、腎炎の発症が100%阻害される。また、E30抗体を投与30分後にF16抗体を投与しても、その作用は発揮される。
【0008】
E30抗体により引き起こされる腎炎の発症機序において、F16抗体の作用点が補体の活性化のポイントであることが、補体C3の免疫組織化学で明らかとなった(実施例2(C))。そこで、F16抗体による補体活性化抑制作用を調べるために、補体を活性化する抗Thy-1.1抗体を用い補体依存性メサンギウム細胞障害の系を作製した(実施例4)。補体の供給源としてラットの血清を添加した。この系を用いて、F16抗体を投与したラット血清を添加したところ、正常血清とは異なり、補体の活性化に伴う細胞障害が抑制されることが認められた(図4)。
【0009】
F16抗体の抗原を免疫組織化学により解析したところ、セリン・プロテアーゼであるDPPIVであることが示唆された。DPPIV遺伝子産物が、F16抗体に認識されること、およびイムノブロット解析の結果より、F16抗体の抗原がDPPIVであることが確認された。
なお、ラット糸球体を抗原としてDPPIVに特異的に結合するモノクローナル抗体については、Miettinen,A.ら,American Journal of Pathology, 137(4), 929-944(1990)において、開示されているが、このモノクローナル抗体と補体との関係については、何ら示唆されていない。
【0010】
次に、補体活性化の抑制が血清中のDPPIV活性の低下よるものかどうかを検討した(実施例5)。F16抗体を投与したラットでは、顕著なDPPIV活性の低下が認められた。しかしながら、その効果は1日後には回復する。酵素活性が正常に戻ったにも関らず、補体活性化抑制作用は依然認められることが確認された。したがって、F16の作用はDPPIV活性の低下には直接関係ないであろうと結論された。
【0011】
これらの結果によると、F16抗体は生体内の抗原であるDPPIVに結合し、補体の活性化を抑制する可能性が指摘される。それに必要なF16抗体に対するDPPIVのソースは明らかではない。腎動脈を結紮して両腎の血流を遮断したラットにF16抗体を投与しても、補体活性化の抑制がおこることから、腎臓内でのF16抗体の結合は必ずしも必要ないことが考えられる。従って、F16抗体の補体抑制作用は腎臓内での局所的な作用ではないことは明らかである。F16抗体がDPPIVに結合した結果、ある種の物質が細胞より放出されて、補体を制御している可能性が示唆された。 F16投与後に放出される物質は未だ明らかではない。しかし、F16抗体の作用は腎炎とは別なアジュバント関節炎でも認められたことから、広範囲な炎症に伴う補体活性化の抑制作用を示すと考えられる。
【0012】
すなわち、本発明は、
ジペプチジルペプチダーゼIVと特異的に結合することにより、補体依存性細胞障害を抑制する作用を有することを特徴とするモノクローナル抗体;
配列番号:1の35位から767位の記載のアミノ酸配列を有するジペプチジルペプチダーゼIVと結合する本発明のモノクローナル抗体;
モノクローナル抗体F16である本発明のモノクローナル抗体;
F-16ハイブリドーマ(FERM P-17016)により産生される本発明のモノクローナル抗体;
本発明のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ;
本発明のモノクローナル抗体を含有する補体依存性細胞障害の予防剤または治療剤;
補体依存性細胞障害により引き起こされる疾病が心筋梗塞、再潅流障害、多発性硬化症、腎炎、神経障害または関節炎である本発明の予防剤または治療剤;
本発明のモノクローナル抗体と結合するジペプチジルペプチダーゼIVを用いた、補体活性抑制作用を有する化合物のスクリーニング方法;
本発明のスクリーニング方法により得られる補体活性抑制作用を有する化合物;
本発明の化合物を含有する補体依存性細胞障害の予防剤または治療剤;および補体依存性細胞障害により引き起こされる疾病が心筋梗塞、再潅流障害、多発性硬化症、腎炎、神経障害または関節炎である本発明の予防剤または治療剤、に関する。
【0013】
【発明の実施の形態】
本明細書中で使用している用語の意義を明らかにするとともに、発明の実施態様を説明する。
本発明は、一つの態様として、ジペプチジルペプチダーゼIVと特異的に結合することにより、補体依存性細胞障害を抑制することを特徴とするモノクローナル抗体、特にF16抗体を提供する。
実施例ではラット糸球体を抗原としてモノクローナル抗体を作成している。これ以外に、DPPIVのアミノ酸配列に基づいて通常のペプチド合成機で合成した合成ペプチドを抗原とする方法や、DPPIVを発現するベクターで形質転換した細菌、酵母、昆虫細胞、動物細胞などにより産生されたDPPIV蛋白質を通常のタンパク化学的方法で精製し、これを抗原としてモノクローナル抗体を作成する方法が挙げられる。
ラット由来のDPPIVは、Ogata,S.ら,J.Biological Chemistry,246(6),3596-3601(1989)に記載されるアミノ酸配列(配列番号:1)を有するタンパク質である。
本発明においては、ラット由来のDPPIV以外に、ヒト由来のDPPIV(Misumi, Y. et al., Biochim. Biophys.Acta,1131,333-336(1992))であってもよい。好ましくは、配列番号1:の35位から767位記載のアミノ酸配列を有するDPPIVである。
【0014】
これら抗原にて、マウスやラットを免疫し、脾臓またはリンパ節からリンパ球を取り出し、ミエローマー細胞と融合させてKoherとMilsteinの方法(Nature, 256, 495-497(1975))に従ってハイブリドーマを作成する。該ハイブリドーマからモノクローナル抗体を産生させることができる。
本発明のモノクローナル抗体のクラスは、IgA、IgD、IgE、IgGおよびIgMが挙げられるが、好ましくは、IgGである。
本発明のハイブリドーマとしては、1998年10月2日、工業技術院生命工学工業技術研究所にFERM P-17016として寄託されているF-16ハイビリドーマを挙げることができる。
【0015】
「補体依存性細胞障害」とは、補体の活性化に起因する自己細胞の破壊を意味する。自己細胞の破壊により生じる疾患としては、心筋梗塞、再潅流障害、多発性硬化症、腎炎、関節炎が例示される。また、移植にともなう超急性異種移植片拒絶において補体が活性化されることから、このような免疫応答により生じる拒絶反応も補体依存性細胞障害の一種であると考えられる。さらに、多発性硬化症やアルツハイマー型痴呆においても脳組織障害に補体が関与していることが知られてきており、これらの神経障害も補体依存性細胞障害に起因するものと考えられる。
本発明のモノクローナル抗体は、DPPIVと特異的に結合することにより、補体の活性化を抑制する。従って、本発明のモノクローナル抗体は、補体の活性化に起因する補体依存性細胞障害を抑制する予防剤または治療剤の有効成分となる。具体的には、本発明のモノクローナル抗体は、心筋梗塞、再潅流障害、腎炎、神経障害または関節炎の予防剤または治療剤の有効成分となる。
【0016】
本発明は、一つの態様として、本発明のモノクローナル抗体と結合するDPPIVを用いた、補体活性抑制作用を有する化合物のスクリーニング方法を提供する。本発明のモノクローナル抗体が結合するDPPIVに対して低分子量の化合物が同様に結合することにより、該化合物が本発明のモノクローナル抗体と同じ作用を示すことが期待できる。その場合、本発明のモノクローナル抗体がDPPIVにどのように結合するかが重要である。その結合様式を再現できる化合物を選択することによって新しい補体制御物質を生み出すことが可能になる。
DPPIVと結合する化合物のスクリーニング方法としては、ハイ・スループット・スクリーニングが挙げられる。具体的には、F16抗体のエピトープ部分に結合する低分子化合物の選択や、DPPIVを発現する細胞を用いてF16抗体のFab部分の細胞への結合を競合的に阻害する低分子化合物の選択などが考えられる。
該スクリーニング方法により得られた化合物は、DPPIVと結合するため、本発明のモノクローナル抗体と同様に補体の活性化を抑制する。従って、該スクリーニング方法により得られた化合物は、本発明のモノクローナル抗体と同様に補体依存性細胞障害の予防剤または治療剤の有効成分となる。
【0017】
【実施例】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0018】
実施例1
F16 抗体の作製
雌Balb/cマウス(日本チャールスリバー社)(8週齢)に8〜10週齢のSDラット(日本クレア)より単離した糸球体(2.8mg 蛋白/マウス)をフロインドコンプリートアジュバントとともに腹腔内に投与して免疫した。
マウスはその後、糸球体とフロインドインコンプリートアジュバントの混合物を2週間毎に2回追加免疫した。さらに2週間後、糸球体のみを腹腔内に投与し4日後にマウスを麻酔し、脾臓を摘出した。脾細胞とマウス骨髄腫細胞(P3X63Ag8.653)を3:1の割合で混合し、常法により(Nature256:495-497, 1975)48%ポリエチレングリコール(PEG4000)を用いて細胞融合を行った。その後、HAT培地にて、融合細胞を培養し、クローニングの後にF16クローンを得た。
F-16ハイブリドーマ(FERM P-17016)の産生する抗体の認識する抗原の局在をラット腎臓の新鮮凍結切片を用いて、間接蛍光抗体法にて調べた。また、モノクローナル抗体のサブクラスについてはアマーシャム社のアイソタイピングキットを用いてIgG1と決定した。更に、F-16ハイブリドーマをプリスタン処理したBalb/cマウスに投与し腹水化した。10〜16日後に腹水を採取し、Hi-Trap ProteinGアフィニティーカラムにより、IgGを精製した。
【0019】
腎炎の惹起に用いるE30抗体はF16抗体と同様な方法で作製されたハイブリドーマの産生するモノクローナル抗体を以下のようなスクリーニングをすることにより見出した。
抗体で腎炎を惹起するためには、抗原が細胞表面になければならない。そこでまず、得られたモノクローナル抗体をラットに静注し、糸球体に集まるかどうかを免疫組織化学で調べた。糸球体に結合したクローンについてその抗原の局在と分子量を調べるとともに、単回投与で1週間尿中蛋白排泄量を調べて、蛋白尿の有無を調べた。そのようにして得られたのがE30抗体である(Japanese Journal of Nephrology 36:p106(1994))。E30抗体は免疫組織化学によってメサンギウム細胞表面を認識していることがわかり、単回投与で補体依存性にメサンギウム細胞障害を惹起する。
【0020】
実施例2
E30 抗体惹起性糸球体腎炎に対する F16 抗体の応答
(A)用量作用関係に関する検討
5週齢のSlc Wistar系雄性ラット(日本クレア)を、室温25度、湿度40〜60%、明暗サイクル12時間の条件下で固形試料(CA-1,日本クレア)と水道水を自由に摂取させ、1週間の予備飼育を行なった。体重減少や摂餌量低下の認められない個体を6〜7週齢(体重150〜180g)で実験に用いた。実験開始前日よりステンレス製代謝ケージ内に個別に収容し、動物を馴化した。糸球体腎炎は、エーテル麻酔下に実施例1で得たE30抗体を100μg/0.4ml/ratとなるように生理的食塩水で希釈し、ラット尾静脈より単回投与することにより惹起した。
実施例1で得たF16抗体は、E30抗体と同時又は1時間前に、0.3及び1.0 mg/ratの2用量で(各群n=4)、各群とも生理食塩水で各々の濃度に希釈し、0.5 ml/ratを尾静脈内投与した。対照群として用いるE30抗体単独投与群(n=3)においては、F16抗体投与の代わりに等用量の生理食塩水(0.5 ml/rat)を与えた。また、正常動物群(n=3)にはE30抗体およびF16抗体投与群と等用量の生理食塩水(0.9 ml/rat)をそれぞれ与えた。
【0021】
E30抗体投与後5日間の採尿実験を行い、尿中蛋白排泄量の増加に対する抑制作用によりF16の有効性を判定した。
尿中蛋白排泄量の測定は採取した24時間尿を蛋白含有量に応じて蒸留水にて3〜20倍に希釈したものを、蛋白測定キット(マイクロTP-テストワコー:和光純薬)を用いて比色定量した(600nm)。その結果、F16抗体は、E30抗体による尿蛋白排泄量の増加を完全に抑制することが分かった(図1、Wister rat)。
一方、DPPIVを失損するフィッシャーラットを用いて、同様の実験を行なった。しかし、F16抗体を投与しても、E30抗体による尿蛋白排泄量の増加を抑制することができなかった(図1、Fisher rat)。この結果、F16抗体とDPPIVの結合により、糸球体腎炎が抑制されることが明らかとなった。
【0022】
(B)F16抗体後投与による有効性の検討
実験(A)においてF16抗体は、E30抗体投与後の尿中蛋白排泄量の増加を完全に抑制することが確認された。このため、次にF16抗体の投与時期を変更するによっても同様の有効性が認められるかを検討した。
実験材料及び腎炎惹起方法は実験(A)に準じて施行した。F16抗体は、0.3 mg/0.5 ml/ratをE30抗体投与直後(n=2), 5分後、15分後、30分後(各群n=4)、2時間後(n=3)および抗体投与1時間前(n=3)に尾静脈内投与し、E30抗体単独投与群(E30抗体投与直後に0.5mlの生理食塩水を静注;n=4)と比較検討した。
腎炎における有効性の判定は実験(A)と同様に、E30抗体投与後5日間までに認められる蛋白尿の改善作用に加え、E30抗体投与5日目に観察されるメサンギウム細胞増殖に対する抑制作用も指標とした。
【0023】
E30抗体投与5日目の採尿実験終了後、ペントバルビタール麻酔下に動物を放血後速やかに腎臓を摘出した。メタカルン液(MeOH:CHCl3:AcOH=6:3:1)で4℃下、1晩固定、パラフィン包埋後の薄切切片を用い、以下に示すような手法でProliferative Cell Nucleic Antigen(PCNA)染色を行なった。1糸球体当りのPCNA陽性細胞数を算出後、群間のメサンギウム細胞増殖抑制作用を比較検討した。F16抗体投与群では、E30抗体で誘発されるメサンギウム細胞増殖の顕著な抑制を認めた(図2)。
PCNA 染色法
パラフィン包埋後の薄切切片は、脱パラフィン処理後、normal horse serumを20分間反応させる事によりブロッキングを行った。血清をデカント後、PBS(phosphate-buffered saline)で100倍希釈したマウス IgG抗PCNAモノクローナル抗体(ダイアヤトロン)を添加した。1時間反応させた後、PBSで洗浄した。更に、ビオチン結合二次抗体を30分間反応させた後、PBSで洗浄した。その後、0.3%過酸化水素を含むメタノール液に20分間組織を浸す事によって内因性peroxidaseをブロックした。PBSで十分洗浄後、ABC試薬(べクスタチンABCキット)を添加した。発色基質はDiaminobenzidineを用い、染色状況を光学顕微鏡で観察しながら反応を停止した。尚、以上の操作はいずれも室温で試行した。
【0024】
(C)C3の免疫組織化学
E30抗体単独またはF16抗体を併用投与した後、30分と60分後にラットを屠殺し、腎皮質を直ちに凍結した。対照群としては、同量の生理的食塩水を投与したラットを用いた。クリオスタットを用いて凍結切片を作製し、アセトンで5分間固定した後、切片を風乾した。PBSと0.1%BSAを含むPBSで洗浄し、ダコ社のFITC標識抗ラットC3抗体(1:50希釈)と室温で1時間反応させた。切片をPBSで洗浄した後、蛍光顕微鏡で観察した。
【0025】
その結果、E30抗体投与30分後にF16抗体を投与しても尿蛋白排泄量の増加を抑制し、メサンギウム細胞増殖に対しても抑制作用を示した。E30抗体のメサンギウム細胞への結合は投与後速やかに起こる(数分以内)。従って、F16抗体はE30抗体とメサンギウム細胞の結合を阻害せず、E30抗体がメサンギウム細胞と結合した後のイベントに関与し、腎炎の発症を抑制していることが推測された。E30抗体がメサンギウム細胞に結合すると直に補体の活性化が起こることが分かっている。そこで、C3の糸球体への沈着を免疫組織化学により調べた。
結果としては、E30抗体単独投与群では投与後30分で糸球体のメサンギウム領域に大量のC3の沈着が認められた。一方、F16抗体を併用投与した群では、メサンギウム領域へのC3の沈着は完全に抑制された。F16抗体自身も糸球体との結合が認められるが、F16抗体単独ではC3の沈着は認められなかった。
【0026】
実施例3
アジュバント関節炎に対する F16 抗体の有効性の検討
実験には8週齢Crj-Lewis雌性ラット(日本チャールスリバー)を用いた。mycobacerium butyricumの加熱死菌を流動パラフィンで1%に懸濁し、0.05 ml/ratをラット左足せき皮内に注射することにより関節炎モデルを作製した。F16抗体は、生理食塩水で1 mg/0.5 mlの濃度に希釈した。アジュバント投与日は、1 mg/ratの用量をアジュバント投与一時間前に投与し、その翌日からは一日一回15日間尾静脈より連続投与した。対照群は等量の緩衝液を投与した。
アジュバント注射後におけるアジュバント投与足の浮腫容積を計測し、抗体投与群と対照群との間でF16抗体の有効性を比較検討した(図3)。
その結果、F16抗体投与群ではアジュバント投与翌日から惹起される投与足の腫脹を有意に抑制傾向が示され、かつ8〜10日後から認められる二次炎症による両足の腫脹に対しても抑制傾向を示した。
【0027】
実施例4
メサンギウム細胞融解系における F16 抗体の応答
実施例2及び3で認められたF16抗体の薬理作用として、補体活性化抑制作用に関与している可能性が考えられた。そこで、抗Thy-1.1抗体による補体依存性のin vitroメサンギウム細胞融解系(Yamamoto,H. et al., Kidney Int.,32:514-525,(1987))を確立し、メディウムへのLactate Dehydrogease(LDH)の漏出を測定する(Nangaku, M. et al., Kidney Int.,50:257-266,(1996))ことで、補体の活性化により生じた細胞障害がF16抗体の投与により抑制されるかどうかを検討した。
補体依存性のメサンギウム細胞融解実験系
実験には10%FCS含有RPMI‐1640で培養したラットメサンギウム細胞を用いた。メサンギウム細胞は、ラット単離糸球体より組織培養により単離した。細胞は12穴プレートに撒いた後に90% confluentで使用した。
メサンギウム細胞をHanks Balanced Salt Solution (HBSS)で2回洗浄後、HBSSで0.15 mg/mlの濃度に希釈した抗Thy-1.1抗体OX7(ECACC No:84112008) 1mlを添加し、37℃で30分間インキュベーションした。インキュベーション後、HBSSで2回洗浄し、HBSSで5倍希釈したラット血清0.8 mlを添加した。速やかに上清0.05 mlを採取し、細胞融解前のmediumとして測定に用いた。 その後、細胞と抗体および血清を37℃で15分間反応させ、採取した上清0.05 mlを細胞融解後のmediumとした。細胞融解反応前後のそれぞれのmedium中のLactate Dehydrogease(LDH)を測定し、その差をLDH漏出量とした。細胞融解後のmediumを採取した後、HBSSで2回洗浄し、5% Triton含有HBSS溶液0.8mlを添加することによって、メサンギウム細胞を破壊し、遠心分離(10000rpm x2)後の上清中のLDHを測定後、メサンギウム内の残存LDH量を算出した。
メサンギウム細胞融解率 = LDH漏出量 /( LDH漏出量 + メサンギウム内の残存LDH量 )
正常ラット血清あるいはF16抗体投与後のラット血清を、抗Thy−1.1抗体添加、結合後のメサンギウム細胞に添加し、その後のメサンギウム細胞融解率を両者間で比較した(図4)。
【0028】
F16抗体(300μg)または等量の緩衝液をラットに投与した。1時間後、ペントバルビタール麻酔下に腹部大動脈より全採血を行い、セパラピットチューブS(積水化学)を用いて遠心分離(3000rpm x 10)した。得られた上清をF16抗体投与後のラット血清または正常ラット血清として用いた。
培養メサンギウム細胞mediumuおよびメサンギウム細胞破壊上清中のLDHは乳酸脱水素酵素測定用キット(和光純薬)を用い、COBAS FARAにて測定した(340 nm)。
【0029】
培養メサンギウム細胞にE30抗体または抗Thy−1.1抗体OX7を加えた後、補体の供給源として、正常ラット血清を加えることにより、LDHの細胞内から培養液へ放出が検出され、メサンギム細胞融解が起こった。一方、F16抗体投与後のラット血清を加えた場合には、メサンギウム細胞の融解は有意に抑制された。このことから、F16抗体を投与したラット血清中には補体の活性化を抑制する物資の存在が示唆された。
【0030】
実施例5
F16 抗体の抗原の特定
F16抗体はイムノブロット解析により113と125kDの二つのバンドを認識する。免疫組織化学により、腎糸球体上皮細胞膜、近位尿細管の刷子縁、肝実質細胞のApical膜、及び小腸の刷子縁にF16抗体の抗原が存在することが分かった。また、この抗原はウイスターラットやSDラットでは認められるが、フィッシャーラットには存在しない。分子量、抗原の局在およびフィッシャーラットで欠損している蛋白であることから、F16抗体の抗原は、セリン・プロテアーゼであるDPPIVであることが示唆された。
【0031】
そこで、ラットDPPIV遺伝子を用いて赤血球芽細胞のライゼートによるインビトロの翻訳系で作製した遺伝子産物が、F16抗体によって認識されることが確認された。さらに、腎皮質より常法(Lab. Invest. 55, 63-70, 1986)に従い、DPPIVを精製した。その結果、酵素活性とF16抗体を用いたイムノブロット解析で得られる蛋白のピークが一致することも確認された。
【0032】
実施例6
血清中の DPPIV 活性の測定
実施例4で用いたF16抗体投与後のラット血清およびその対照群血清はそれぞれDPPIV活性の測定にも使用した。
血清中のDPPIVの活性はNatoriらの報告(Clin. Exp.Immunol. 94:327-332、1994)に準して以下のように行った。
1% Triton X-100および1.5 mM Gly-Pro-p-nitroanilide (Sigma)を含む50mM Tris−HCl(pH 8.0) 反応液1.5 mlに、0.02 mlの血清を添加した。37℃で2時間インキュべーション後の410 nmにおける吸収率を測定し、血清添加前値からの増加量をDPPIV活性とした。 F16抗体のDPPIV活性は正常血清添加後の吸収率の増加を100%とした時のrelative DPPIV活性を算出し、% controlで表記した(図5)。
【0033】
F16抗体投与後、一時間から4時間後までは有意な血中DPPIVの低下が認められた。これらの血清投与で培養メサンギウム細胞の補体依存性障害はほぼ完全に抑制された。一方、F16抗体投与一日以後3日までの血清では反対に正常レベル以上のDPPIVが検出された。しかしながら、これらの血清においても有意な細胞障害の抑制が認められた。この結果、DPPIVの血清レベルでの低下はかならずしも補体活性化の抑制とは相関しないことが明かとなった。なお、血清DPPIVの低下はF16抗体が血清DPPIVに結合し、抗原抗体複合体が処理されたためと考えられた。
【0034】
【発明の効果】
本発明のモノクローナル抗体は、補体依存性細胞障害を抑制する。したがって、本発明のモノクローナル抗体は、補体依存性細胞障害に起因する心筋梗塞、再潅流障害、腎炎、神経障害または関節炎の予防および治療に有用である。
また、本発明のモノクローナル抗体と結合するDPPIVを用いた、補体活性抑制作用を有する化合物のスクリーニング方法は、補体依存性細胞障害の治療に有用な化合物の探索方法を提供するものである。
【0035】
【配列表】
【図面の簡単な説明】
【図1】 Wister RatおよびFisher Ratにおける、F16抗体による尿中蛋白排出量の抑制効果を示す図である。図中、EはE30抗体、FはF16抗体を示す
【図2】 F16抗体によるメサンギウム細胞増殖抑制作用を、F16抗体の投与時間を変えて比較した結果を示す図である。
【図3】 F16抗体の投与の有無に対する、アジュバント投与足の浮腫容積を比較した図である。上図(Injected paw)は、アジュバントを投与した左足の浮腫容積を示し、下図(Uninjected paw)は、アジュバントを投与していない右足の浮腫容積を示す。
【図4】 正常ラット血清を添加した場合またはF16抗体投与後のラット血清を添加した場合のメサンギウム細胞の融解率を比較した図である。図中、Bufferは正常ラット血清を添加した場合を示す。また、F16(300μg)は、F16抗体投与後のラット血清を添加した場合を示す。
【図5】 F16抗体投与後の、血中DPPIV活性を示す図である。
Claims (5)
- F-16 ハイブリドーマ( FERM P-17016 )により産生されるモノクローナル抗体。
- 請求項1に記載のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマ。
- 請求項1に記載のモノクローナル抗体を含有する補体依存性細胞障害の予防剤または治療剤。
- 補体依存性細胞障害により引き起こされる疾病が心筋梗塞、再潅流障害、多発性硬化症、腎炎、神経障害または関節炎である請求項3記載の予防剤または治療剤。
- 請求項1に記載のモノクローナル抗体と結合するジペプチジルペプチダーゼIVを用いた、補体活性抑制作用を有する化合物のスクリーニング方法。
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