JP4127144B2 - 疲労特性に優れた等速ジョイント内輪およびその製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、高周波焼入れによる硬化層をそなえる、自動車や産業機械の動力伝達装置の駆動車軸などに用いる、疲労特性に優れた等速ジョイントの内輪ならびにその製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来、自動車の動力伝達装置において、その車輪側の駆動車軸では、図1に示すように、ドライブシャフト1からの動力を車輪のハブ2に伝えるために、等速ジョイント3を介するのが通例である。
この等速ジョイント3は、外輪4および内輪5の組み合わせになる。すなわち、外輪4のマウス部4aの内面に形成したボール軌道溝に嵌めるボール6を介して、マウス部4aの内側に内輪5を揺動可能に固定してなり、この内輪5にドライブシャフト1を嵌合する一方、外輪4のステム部4bをハブ2に例えばスプライン結合させることによって、ドライブシャフト1からの動力を車輪のハブ2に伝えるものである。
【0003】
等速ジョイントの内輪は、熱間圧延棒鋼に、熱間鍛造、さらには冷間鍛造や転造などを施して所定の形状に加工したのち、高周波焼入れ−焼戻しを行うことにより表面硬化層を形成し、この種用途として重要な特性である転動疲労寿命を確保しているのが一般的である(特許文献1参照)。
【0004】
他方、近年の環境問題から自動車用部材に対する軽量化への要求が強く、この観点から自動車用部材の疲労強度の一層の向上が要求されている。
転勤疲労寿命に優れた鋼材としては、JIS-SUJ2鋼が一般的であり多用途に使われている。しかしSUJ2鋼は冷間加工性が低くまた鋼材コストも高いため、等速ジョイント内輪への適用は少ない。
また、転勤疲労強度の改善については、成形加工後、二段の高周波焼入れにより、表面γ粒度をJIS G O551の粒度No.で10以上とし、かつ炭化物を微細に分散させた技術が提案されている(例えば特許文献2 )。
しかしながら、この技術は、焼入れ深さが浅いこともあって、やはり近年の転動疲労強度に対する要求には十分に応えることができなかった。
【0005】
また、旧オーステナイト粒の微細化に関する技術が特許文献3に開示されている。それによれば、高周波焼入れ加熱時に微細なTiCを多量に分散させることで、旧オーステナイト粒径の微細化を図るものであるため、焼入れ前にTiCを溶体化しておく必要があり、熱間圧延工程で1100℃以上に加熱する工程を採用している。そのため、熱延時に加熱温度を高くする必要があり、生産性に劣るという問題があった。
【0006】
さらに、特許文献4には、硬化層深さCDと高周波焼入れ軸物部品の半径Rとの比(CD/R)を 0.3〜0.7 に制限した上で、このCD/Rと高周波焼入れ後の表面から1mmまでのオーステナイト結晶粒径γf、高周波焼入れままの(CD/R)=0.1 までの平均ビッカース硬さHfおよび高周波焼入れ後の軸中心部の平均ビッカース硬さHcで規定される値Aを、C量に応じて所定の範囲に制御することによってねじり疲労強度を向上させた機械構造用軸物部品が提案されている。
しかしながら、この部品では、焼入れ硬化層の全厚にわたる旧オーステナイト粒径に考慮が払われていない。
【0007】
【特許文献1】
特開2002-371320 号公報(特許請求の範囲)
【特許文献2】
特開平7-118791号公報(特許請求の範囲)
【特許文献3】
特開2000-154819 号公報(特許請求の範囲、段落[0008] )
【特許文献4】
特開平8−53714 号公報(特許請求の範囲)
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、従来よりも疲労強度を一層向上させた等速ジョイント内輪を、その有利な製造方法と共に提案することを目的とする。
【0009】
【課題を解決するための手段】
さて、発明者らは、転動疲労強度を効果的に向上させるべく、鋭意検討を行った。
その結果、以下に述べるように、等速ジョイント内輪の素材の化学組成、組織、焼入れ条件および焼入れ後の表面硬化層全厚にわたる旧オーステナイト粒径を最適化することにより、優れた転動疲労強度が得られるとの知見を得た。
【0010】
(1) 適正な化学組成に調整した等速ジョイント内輪に、焼入れを施し、焼入れ後の表面硬化層全厚にわたる旧オーステナイト粒径を12μm 以下とすることによって、疲労強度が顕著に向上する。具体的には、化学組成に関しては、特にSiおよびMoを適正な範囲で添加することで、高周波焼入れ加熱時におけるオーステナイトの核生成サイト数が増加し、またオーステナイト粒の成長が抑制されることにより、表面硬化層の粒径が効果的に微細化し、その結果転動疲労強度が顕著に向上する。特に、Siを0.30mass%以上添加することにより、高周波焼入れ後に、表面硬化層全厚にわたり粒径:12μm 以下の表面硬化層が得られる。
【0011】
(2) 等速ジョイント内輪の母材組織、すなわち焼入れ前の組織を、ベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織が特定の分率で含有された組織にすると、ベイナイト組織あるいはマルテンサイト組織がフェライト−パーライト組織に比べて炭化物が微細に分散した組織であるため、焼入れ加熱時にオーステナイトの核生成サイトであるフェライト/炭化物の界面の面積が増えて、生成したオーステナイトが微細化する。その結果、表面硬化層の粒径が微細となり、これにより粒界強度が向上し、転動疲労強度が増加する。
【0012】
(3) 上記したように、化学組成および組織を調整した等速ジョイント内輪に対する、高周波焼入れ条件(加熱温度、時間、焼入れ回数)を適正に制御することで、硬化層粒径が顕著に微細化し、粒界強度が向上する。具体的には、加熱温度:800 〜1000℃、加熱時間:5秒以下とすることにより、表面硬化層全厚にわたり粒径:12μm 以下の微細粒を安定して得ることができる。さらに、上記条件での焼入れ処理を2回以上繰り返すことにより、1回の焼入れに比べてさらに微細な表面硬化層粒径が得られる。
本発明は、上記の知見に立脚するものである。
【0013】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.等速ジョイント外輪との間に介在するボールの転動面に表面硬化層を有する等速ジョイント内輪であって、
C:0.35〜0.7 mass%、
Si:0.30〜1.1 mass%、
Mn:0.2 〜2.0 mass%、
Al:0.005 〜0.25mass%、
Ti:0.005 〜0.1 mass%、
Mo:0.05〜0.6 mass%、
B:0.0003〜0.006 mass%、
S:0.06mass%以下、
P:0.02mass%以下および
Cr:0.2 mass%以下
を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になり、母材組織が、ベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織を有し、かつこれらベイナイト組織とマルテンサイト組織の合計の組織分率が10%以上であり、さらに高周波焼入れによる表面硬化層の旧オーステナイト粒径が該表面硬化層全厚にわたり12μm 以下であることを特徴とする、疲労特性に優れた等速ジョイント内輪。
【0014】
2.上記1において、表面硬化層の厚みが2mm以上であることを特徴とする、疲労特性に優れた等速ジョイント内輪。
【0015】
3.上記1または2において、前記等速ジョイント内輪が、さらに
Cu:1.0 mass%以下、
Ni:3.5 mass%以下、
Co:1.0 mass%以下、
Nb:0.1 mass%以下および
V:0.5 mass%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有する組成になることを特徴とする、疲労特性に優れた等速ジョイント内輪。
【0016】
4.C:0.35〜0.7 mass%、
Si:0.30〜1.1 mass%、
Mn:0.2 〜2.0 mass%、
Al:0.005 〜0.25mass%、
Ti:0.005 〜0.1 mass%、
Mo:0.05〜0.6 mass%、
B:0.0003〜0.006 mass%、
S:0.06mass%以下、
P:0.02mass%以下および
Cr:0.2 mass%以下
を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になる鋼素材を、熱間加工によって等速ジョイント内輪を成形し、その後0.2 ℃/s以上の速度で冷却したのち、焼入れ時の加熱温度:800 〜1000℃の条件下で高周波焼入れを行って、ボールの転動面に表面硬化層を形成することを特徴とする、疲労特性に優れた等速ジョイント内輪の製造方法。
【0017】
5.上記4において、前記鋼素材が、さらに
Cu:1.0 mass%以下、
Ni:3.5 mass%以下、
Co:1.0 mass%以下、
Nb:0.1 mass%以下および
V:0.5 mass%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有する組成になることを特徴とする、疲労特性に優れた等速ジョイント内輪の製造方法。
【0018】
6.上記4または5において、高周波焼入れを複数回繰り返し、最終の高周波焼入れ時の加熱温度を 800〜1000℃とすることを特徴とする、疲労特性に優れた等速ジョイント内輪の製造方法。
【0019】
7.上記6において、前記複数回の高周波焼入れの全てについて、高周波焼入れ時の加熱温度を 800〜1000℃とすることを特徴とする、疲労特性に優れた等速ジョイント内輪の製造方法。
【0020】
8.上記4ないし7のいずれかにおいて、前記加熱温度範囲での加熱時間を、1回の高周波焼入れ当たり5秒以下とすることを特徴とする、疲労特性に優れた等速ジョイント内輪の製造方法。
【0021】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を具体的に説明する。
すなわち、図2に示す等速ジョイント内輪5は、図1に示したように、等速ジョイント外輪4との間に介在するボール6の転動面5aに、表面硬化層7を有し、この表面硬化層7における旧オーステナイト粒径が該表面硬化層全厚にわたり12μm 以下であることを特徴とする。ここに、上記転動面5aではとりわけ転動疲労強度が高いこと、が要求される。
【0022】
かような等速ジョイント内輪について、まず、その成分組成を上記の範囲に限定した理由から説明する。
C:0.35〜0.7 mass%
Cは、焼入れ性への影響が最も大きい元素であり、焼入れ硬化層の硬さおよび深さを高めて転動疲労強度の向上に有効に寄与する。しかしながら、含有量が0.35mass%に満たないと必要とされる転動疲労強度を確保し難しくなり、またベイナイト組織も生成し難くなるため、0.35mass%以上を添加する。一方、0.7 mass%を超えて含有させると非硬化層硬さが大きくなり、それに伴い切削性、冷間鍛造性および耐焼き割れ性も低下する。このためCは、0.35〜0.7 mass%の範囲に限定した。好ましくは 0.4〜0.6 mass%の範囲である。
【0023】
Si:0.30〜1.1 mass%
Siは、焼入れ加熱時にオーステナイトの核生成サイト数を増加させると共に、オーステナイトの粒成長を抑制し、焼入れ硬化層の粒径を微細化する作用を有する。また、炭化物生成を抑制し、炭化物による粒界強度の低下を抑制する。さらに、ベイナイト組織の生成にも有用な元素であり、これらのことにより転動疲労強度を向上させる。
このように、Siは、本発明において非常に重要な元素であり、0.30mass%以上の含有を必須とする。というのは、Si量が0.30mass%に満たないと、製造条件および焼入れ条件をいかように調整しても硬化層全厚にわたって粒径が12μm 以下の微細粒とすることができないからである。しかしながら、Si量が 1.1mass%を超えると、フェライトの固溶硬化により硬さが上昇し、切削性および冷間鍛造性の低下を招く。従って、Siは、0.30〜1.1 mass%の範囲に限定した。好ましくは0.40〜1.0 mass%の範囲である。
【0024】
Mn:0.2 〜2.0 mass%
Mnは、焼入れ性を向上させ、焼入れ時の硬化深さを確保する上で不可欠の成分であるため、積極的に添加するが、含有量が 0.2mass%未満ではその添加効果に乏しいので、0.2 mass%以上とした。好ましくは 0.3mass%以上である。一方、Mn量が 2.0mass%を超えると焼入れ後の残留オーステナイトが増加し、かえって表面硬度が低下し、ひいては転動疲労強度の低下を招くので、Mnは 2.0mass%以下とした。なお、Mnは含有量が多いと、母材の硬質化を招き、被削性に不利となるきらいがあるので、1.2 mass%以下とするのが好適である。さらに好ましくは 1.0mass%以下である。
【0025】
Al:0.005 〜0.25mass%
Alは、脱酸に有効な元素である。また、焼入れ加熱時におけるオーステナイト粒成長を抑制することによって焼入れ硬化層の粒径を微細化する上でも有用な元素である。しかしながら、含有量が 0.005mass%に満たないとその添加効果に乏しく、一方0.25mass%を超えて含有させてもその効果は飽和し、むしろ成分コストの上昇を招く不利が生じるので、Alは 0.005〜0.25mass%の範囲に限定した。好ましくは0.05〜0.06mass%の範囲である。
【0026】
Ti:0.005 〜0.1 mass%
Tiは、不可避的不純物として混入するNと結合することで、BがBNとなってBの焼入れ性向上効果が消失するのを防止し、Bの焼入れ性向上効果を十分に発揮させる作用を有する。この効果を得るためには、少なくとも 0.005mass%の含有を必要とするが、0.1 mass%を超えて含有されるとTiNが多量に形成される結果、これが疲労破壊の起点となって転動疲労強度の著しい低下を招くので、Tiは 0.005〜0.1 mass%の範囲に限定した。好ましくは0.01〜0.07mass%の範囲である。さらに、Nを確実に固定して、Bによる焼入れ性向上により、ベイナイトとマルテンサイト組織を得る観点からは、Ti(mass%)/N(mass%)≧3.42を満足させることが好適である。
【0027】
Mo:0.05〜0.6 mass%
Moは、ベイナイト組織の生成を促進することにより、焼入れ加熱時のオーステナイト粒径を微細化し、表面硬化層の粒径を細粒化する作用がある。また、焼入れ加熱時におけるオーステナイトの粒成長を抑制することにより、表面硬化層の粒径を微細化する作用がある。さらに、焼入れ性の向上に有用な元素であるため、焼入れ性を調整するために用いられる。加えて、Moは、炭化物の生成を抑制し、炭化物による粒界強度の低下を有効に阻止する元素でもある。
このように、Moは、本発明において非常に重要な元素であり、含有量が0.05mass%に満たないと、製造条件や焼入れ条件をいかように調整しても表面硬化層全厚にわたって粒径が12μm 以下の微細粒とすることができない。しかしながら、 0.6mass%を超えて含有させると、圧延材の硬さが著しく上昇し、加工性の低下を招く。従って、Moは0.05〜0.6 mass%の範囲に限定した。好ましくは 0.1〜0.6 mass%の範囲である。
【0028】
B:0.0003〜0.006 mass%
Bは、ベイナイト組織あるいはマルテンサイト組織の生成を促進する効果を有する。またBは、微量の添加によって焼入れ性を向上させ、焼入れ時の焼入れ深さを高めることにより転動疲労強度を向上させる効果もある。さらにBは、粒界に優先的に偏析して、粒界に偏析するPの濃度を低減し、粒界強度を向上させ、もってねじり疲労強度を向上させる作用もある。
このため、本発明では、Bを積極的に添加するが、含有量が0.0003mass%に満たないとその添加効果に乏しく、一方 0.006mass%を超えて含有させるとその効果は飽和し、むしろ成分コストの上昇を招くため、Bは0.0003〜0.006 mass%の範囲に限定した。好ましくは0.0005〜0.004 mass%の範囲である。
【0029】
S:0.06mass%以下
Sは、鋼中でMnSを形成し、切削性を向上させる有用元素であるが、0.06mass%を超えて含有させると粒界に偏析して粒界強度を低下させるため、Sは0.06mass%以下に制限した。好ましくは0.04mass%以下である。
【0030】
P:0.02mass%以下
Pは、オーステナイトの粒界に偏析し、粒界強度を低下させることにより、転動疲労強度を低下させる。また、焼割れを助長する弊害もある。従って、Pの含有は極力低減することが望ましいが、0.02mass%までは許容される。
【0031】
Cr:0.2 mass%以下
Crは、炭化物を安定化させて残留炭化物の生成を助長し、粒界強度を低下させてねじり疲労強度を劣化させる。従って、Crの含有は極力低減することが望ましいが、0.2 mass%までは許容できる。好ましくは0.05mass%以下である。
【0032】
以上、基本成分について説明したが、本発明ではその他にも、以下に述べる元素を適宜含有させることができる。
Cu:1.0 mass%以下
Cuは、焼入れ性の向上に有効であり、またフェライト中に固溶し、この固溶強化によって、転動疲労強度を向上させる。また炭化物の生成を抑制することにより、炭化物による粒界強度の低下を抑制し、転動疲労強度を向上させる。しかしながら、含有量が 1.0mass%を超えると熱間加工時に割れが発生するため、1.0mass%以下の添加とする。なお好ましくは0.5 mass%以下である。
【0033】
Ni:3.5 mass%以下
Niは、焼入れ性を向上させる元素であるので、焼入れ性を調整する場合に用いる。また、炭化物の生成を抑制し、炭化物による粒界強度の低下を抑制して、転動疲労強度を向上させる元素でもある。しかしながら、Niは極めて高価な元素であり、3.5 mass%を超えて添加すると等速ジョイント内輪のコストが上昇するので、3.5 mass%以下の添加とする。なお、0.05mass%未満の添加では焼入れ性の向上効果および粒界強度の低下抑制効果が小さいので、0.05mass%以上含有させることが望ましい。好ましくは 0.1〜1.0 mass%である。
【0034】
Co:1.0 mass%以下
Coは、炭化物の生成を抑制して、炭化物による粒界強度の低下を抑制し、転動疲労強度を向上させる元素である。しかしながら、Coは極めて高価な元素であり、1.0 mass%を超えて添加すると等速ジョイント内輪のコストが上昇するので、1.0 mass%以下の添加とする。なお、0.01mass%未満の添加では、粒界強度の低下抑制効果が小さいので、0.01mass%以上添加することが望ましい。好ましくは0.02〜0.5 mass%である。
【0035】
Nb:0.1 mass%以下
Nbは、焼入れ性の向上効果があるだけでなく、鋼中でC, Nと結合し析出強化元素として作用する。また、焼もどし軟化抵抗性を向上させる元素でもあり、これらの効果によって転動疲労強度を向上させる。しかしながら、0.1 mass%を超えて含有させてもその効果は飽和するので、0.1 mass%を上限とする。なお、0.005 %未満の添加では、析出強化作用および焼もどし軟化抵抗性の向上効果が小さいため、0.005 mass%以上添加することが望ましい。好ましくは0.01〜0.05mass%である。
【0036】
V:0.5 mass%以下
Vは、鋼中でC, Nと結合し析出強化元素として作用する。また、焼もどし軟化抵抗性を向上させる元素でもあり、これらの効果により転動疲労強度を向上させる。しかしながら、0.5 mass%を超えて含有させてもその効果は飽和するので、0.5 mass%以下とする。なお、0.01mass%未満の添加では、転動疲労強度の向上効果が小さいので、0.01mass%以上添加することが望ましい。好ましくは0.03〜0.3 mass%である。
【0037】
以上、好適成分組成範囲について説明したが、本発明では、成分組成を上記の範囲に限定するだけでは不十分であり、母材組織の調整も重要である。
すなわち、本発明においては、等速ジョイント内輪の母材組織、すなわち焼入れ前の組織(高周波焼入れ後の表面硬化層以外の組織に相当)が、ベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織を有し、かつこれらベイナイト組織とマルテンサイト組織の合計の組織分率を体積分率( vol%)で10%以上とする必要がある。この理由は、ベイナイト組織あるいはマルテンサイト組織は、フェライト−パーライト組織に比べて炭化物が微細に分散した組織であるため、焼入れ加熱時にオーステナイトの核生成サイトである、フェライト/炭化物界面の面積が増加し、生成したオーステナイトが微細化するため、焼入れ後の表面硬化層の粒径を微細化するのに有効に寄与するからである。そして、表面硬化層の粒径の微細化により、粒界強度が上昇し、転動疲労強度が向上する。
ここに、ベイナイト組織とマルテンサイト組織の合計の組織分率は20 vol%以上とすることがより好ましい。
【0038】
なお、ベイナイト組織あるいはマルテンサイト組織以外の残部組織は、フェライト、パーライト等いずれでもよく、特に規定しない。
また、焼入れ後の表面硬化層の粒径の微細化に関しては、マルテンサイト組織もベイナイト組織と同程度の効果を有するが、工業的な観点からは、マルテンサイト組織に比べてベイナイト組織の方がより合金元素の添加量が少なくて済み、また低冷却速度で生成させることが可能であるため、製造上有利となる。
【0039】
また、本発明の等速ジョイント内輪では、等速ジョイント外輪との間に介在するボールの転動面に高周波焼入れによる表面硬化層を有し、この高周波焼入れ後の表面硬化層に関し、その全厚にわたって旧オーステナイト粒径を12μm 以下とする必要がある。というのは、表面硬化層の全厚にわたる旧オーステナイト粒径が12μm を超えると、十分な粒界強度が得られず、満足いくほどの転動疲労強度の向上が望めないからである。なお、好ましくは10μm 以下、さらに好ましくは5μm 以下である。
【0040】
ここに、表面硬化層の全厚にわたる旧オーステナイト粒径の測定は、次のようにして行う。
高周波焼入れ後の本発明の等速ジョイント内輪において、高周波焼入れした転動面の最表層は面積率で 100%のマルテンサイト組織を有する。そして、表面から内部にいくに従い、ある深さまでは 100%マルテンサイト組織の領域が続くが、ある深さから急激にマルテンサイト組織の面積率が減少する。
本発明では、高周波焼入れした部分について、等速ジョイント内輪の転動面の各表面から、マルテンサイト組織の面積率が98%に減少するまでの深さ領域を表面硬化層と定義する。
そして、この表面硬化層について、表面から硬化層厚の 1/5位置、1/2 位置および4/5 位置それぞれの位置における平均旧オーステナイト粒径を測定し、いずれの平均旧オーステナイト粒径も12μm 以下である場合に、表面硬化層の全厚にわたる旧オーステナイト粒径が12μm 以下であるとする。
なお、平均旧オーステナイト粒径の測定は、光学顕微鏡により、400 倍(1視野の面積:0.25mm×0.225 mm)から1000倍(1視野の面積:0.10mm×0.09mm)で、各位置毎に5視野観察し、画像解析装置により平均粒径を測定することにより行う。
【0041】
さらに、本発明において、高周波焼入れによる表面硬化層厚みは2mm以上とすることが好適である。というのは、硬化層厚みが小さすぎる場合には、転動応力が非硬化層にも影響し、非硬化層からの破損を引き起こすためである。
【0042】
次に、本発明の等速ジョイント内輪を製造する条件について説明する。
まず、所定の成分組成に調整した鋼材を棒鋼圧延して得た棒鋼を所定長さに切断し、その後熱間鍛造によって等速ジョイント内輪を成形し、必要に応じて焼ならしを施し、次いで転造加工によって嵌合面にドライブシャフトがスプライン結合するための条溝を成形したのち、高周波焼入れを転動面の表層に施して、製品とする。
【0043】
本発明では、母材組織を、上述したベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織を有し、かつこれらベイナイト組織とマルテンサイト組織の合計の組織分率が10 vol%以上の組織とするために、高周波焼入れを施す前の素材については、圧延・鍛造等の熱間加工により所定の形状に加工したのち、0.2 ℃/s以上の速度で冷却する必要がある。というのは、冷却速度が0.2 ℃/s未満の場合には、ベイナイトあるいはマルテンサイト組織が得られ難くなり、これら組織の合計の組織分率が10 vol%に達しない場合が生じるからである。熱間加工後の冷却速度の好適範囲は 0.3〜30℃/sである。
【0044】
なお、熱間加工は 900℃超〜1150℃の温度範囲で行うことが好ましい。900 ℃以下では、必要なベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織が得られず、一方1150℃超では加熱コストが大きくなるため、経済的に不利となるからである。
【0045】
次に、本発明では、上述した表面硬化層を得るために高周波焼入れを施すが、この高周波焼入れ時の加熱温度範囲は 800〜1000℃とする必要がある。というのは、加熱温度が 800℃未満の場合、オーステナイト組織の生成が不十分となり、上述した表面硬化層組織の生成が不十分となる結果、十分な疲労強度を確保することができず、一方、加熱温度が1000℃超えの場合、オーステナイト粒の成長が促進されて粗大となり、表面硬化層の粒径が粗大となるため、やはり疲労強度の低下を招くからである。より好ましい加熱温度範囲は 800〜950 ℃である。
【0046】
上記した高周波焼入れを複数回繰り返す場合には、少なくとも最終の高周波焼入れを、加熱温度:800 〜1000℃として行えばよい。ここに、高周波焼入れを複数回繰り返す場合には、全ての高周波焼入れについて、加熱温度:800 〜1000℃とすることが最も望ましい。そして、2回以上の繰り返し焼入れを行うことで、1回焼入れに比べてさらに微細な表面硬化層粒径を得ることができる。
【0047】
なお、高周波焼入れを複数回繰り返す場合、少なくとも最終の高周波焼入れによる焼入れ深さは、それ以前の高周波焼入れによる焼入れ深さと同等またはそれ以上とすることが好ましい。というのは、表面硬化層の結晶粒径は、最後の高周波焼入れに一番強く影響されるので、最後の高周波焼入れによる焼入れ深さが、それ以前の高周波焼入れによる焼入れ深さよりも小さいと、表面硬化層全厚にわたる平均結晶粒径がむしろ大きくなり、かえって疲労強度が低下する傾向にあるからである。
【0048】
また、本発明においては、高周波焼入れは、上記加熱温度範囲における加熱時間を5秒以下とすることが好ましい。というのは、加熱時間を5秒以下とした場合には、5秒を超える場合に比べて、オーステナイトの粒成長をさらに抑制することができ、非常に微細な表面硬化層粒径を得ることができる。より好ましい加熱時間は3秒以下である。
【0049】
【実施例】
表1に示す成分組成になる鋼素材を、転炉により溶製し、連続鋳造により鋳片とした。鋳片サイズは 300×400mm であった。この鋳片を、ブレークダウン工程を経て150 mm角ビレットに圧延したのち、40mmφの棒鋼に圧延した。
【0050】
ついで、この棒鋼を所定長さに切断後、熱間鍛造によって等速ジョイント内輪(外径:45mmおよび内径:20mm)を成形し、次いで転造加工によって嵌合面にスプライン結合のための条溝を形成した。熱間鍛造の仕上温度はベイナイトあるいはマルテンサイト組織生成の観点から好適な温度として 900℃超とした。熱間鍛造後の冷却は表2に示す条件とした。
【0051】
この等速ジョイント内輪のボール転動面に、周波数:15kHzの高周波焼入れ装置を用いて、表2に示す条件下で焼入れを行った後、加熱炉を用いて 180℃×2hの条件で焼もどしを行って製品とした。かくして得られた等速ジョイント内輪は、その嵌合面にドライブシャフトを嵌合するとともに、等速ジョイント外輪のマウス部にボール(鋼球)を介して装着し、一方等速ジョイント外輪のステム部にハブを嵌合することによって、等速ジョイントユニットとした(図1参照)。なお、ボール、外輪、ドライブシャフトおよびハブの仕様は下記の通りである。
記
ボール:高炭素クロム軸受鋼SUJ 2の焼入れ焼き戻し材
外輪:機械構造用炭素鋼の高周波焼き入れ焼き戻し材
ハブ:機械構造用炭素鋼の高周波焼き入れ焼き戻し材
ドライブシャフト:機械構造用炭素鋼の高周波焼き入れ焼き戻し材
【0052】
次に、この等速ジョイントユニットを用いて、ドライブシャフトの回転運動を等速ジョイントの内輪そして内輪を経てハブに伝える動力伝達系において、転動疲労強度に関する耐久試験を行った。
【0053】
転動疲労試験は、トルク:900 N ・m 、作動角(内輪の軸線とドライブシャフト軸線とがなす角度):20°および回転数:300rpmの条件下で動力伝達を行い、等速ジョイント内輪の転動面にはく離が生じるまでの時間を転動疲労強度として評価した。なお、ここでドライブシャフト、等速ジョイント外輪等の寸法、形状は、耐久試験時に等速ジョイント内輪が最弱部となるように設定した。
【0054】
また、同じ条件で作製した等速ジョイント内輪について、その母材組織、焼入れ後の表面硬化層厚み、表面硬化層の全厚にわたって得られる平均旧オーステナイト粒径を、光学顕微鏡を用いて測定した。
表2には、これらの結果も併記する。
ここで、表面硬化層厚みについては、前述したように、等速ジョイント内輪の転動面および嵌合面の表面からマルテンサイト組織の面積率が98%に減少する深さまでとした。また、高周波焼入れを複数回実施したものについては、それぞれの焼入れ後の表面硬化層厚みを測定した。さらに、表面硬化層粒径については、表面から硬化層厚の 1/5位置、1/2 位置および4/5 位置それぞれの位置における平均旧オーステナイト粒径を測定し、それらの最大値を示した。なお、高周波焼入れを複数回実施したものについては、最終焼入れ後の平均旧オーステナイト粒径を測定した。
【0055】
【表1】
【0056】
【表2】
【0057】
表2から明らかなように、本発明で規定した成分組成範囲を満足し、かつ本発明の高周波焼入れ条件を満たす条件で製造した等速ジョイント内輪はいずれも、表面硬化層の旧オーステナイト粒径が全厚にわたって12μm 以下を満たしており、その結果転動疲労寿命100hr 以上の優れた疲労特性を得ることができた。
【0058】
なお、表2中のNo.1と2あるいはNo.4と5を比較すると、焼入れ回数を1回から2回に増やすことで、表面硬化層の粒径が微細化し、疲労特性がさらに向上することが分かる。
【0059】
また、No.8, No.37, No.38を比較すると、焼入れ回数を1回から2回に増やした場合において、2回目の焼入れ深さの方が浅い場合(No.37)には、1回しか施さなかった場合よりも疲労特性はむしろ劣化するのに対し、2回目の焼入れ深さを深くした場合(No.38)には、1回しか施さなかった場合に比べて転動疲労強度は大幅に向上した。No.38 では、硬化層厚方向で、表面から硬化層厚の 4/5位置で最も旧オーステナイト粒径が大きく、3.5 μm であったが、表層近傍(表面から硬化層厚の 1/5位置)では旧オーステナイト粒径は 2.6μm であり、表層の粒径が微細化していることが、疲労特性の向上に寄与したものと考えられる。
【0060】
これに対し、No.11 は、加工後の冷却速度が小さいため、ベイナイトとマルテンサイトの合計組織分率が10%未満となっており、その結果、表面硬化層粒径が粗大となり、疲労特性が悪い。
No.24 は、表面硬化層粒径は微細であるものの、C含有量が本発明の範囲より高いため、粒界強度の低下を招き、そのため疲労特性が劣っている。
No,25, 26, 27 は、それぞれC, Si, Moの含有量が本発明の適正範囲よりも低いため、表面硬化層粒径が粗大となり、疲労特性が劣っている。
No.28 はB含有量が低く、またNo.29 はMn含有量が、No.30 はSおよびP含有量が、No.31 はCr含有量が、それぞれ本発明の適正範囲を超えているため、いずれも粒界強度の低下を招き、疲労特性が劣っている。
No.32 は、Ti含有量が本発明の適正範囲を超えているため、疲労特性が劣っており、逆にNo.35 はTi含有量が低いため、表面硬化層粒径が粗大となり、疲労特性が劣っている。
No.33 は、高周波焼入れ時の加熱温度が高すぎるため表面硬化層の粒径が粗大となり、一方No.34 は、高周波焼入れ時の加熱温度が低すぎるため表面硬化層が形成されず、いずれも疲労特性に劣っている。
No.36 は、Si量が本発明の下限に満たない0.28mass%の場合であるが、この例のように、Si量が本発明の下限をわずかでも下回る場合には、表面硬化層全厚にわたって12μm 以下の粒径を得ることができず、その結果、疲労特性に劣っている。
【0061】
【発明の効果】
かくして、本発明によれば、優れた疲労特性を有する等速ジョイント内輪を安定して得ることができ、その結果、自動車用部材の軽量化の要求に対し偉功を奏する。
【図面の簡単な説明】
【図1】 等速ジョイントの部分断面図である。
【図2】 等速ジョイント内輪のにおける表面硬化層を示す断面図である。
【符号の説明】
1 ドライブシャフト
2 ハブ
3 等速ジョイント
4 内輪
4a マウス部
4b ステム部
5 内輪
5a 転動面
6 ボール
7 表面硬化層
Claims (8)
- 等速ジョイント外輪との間に介在するボールの転動面に表面硬化層を有する等速ジョイント内輪であって、
C:0.35〜0.7 mass%、
Si:0.30〜1.1 mass%、
Mn:0.2 〜2.0 mass%、
Al:0.005 〜0.25mass%、
Ti:0.005 〜0.1 mass%、
Mo:0.05〜0.6 mass%、
B:0.0003〜0.006 mass%、
S:0.06mass%以下、
P:0.02mass%以下および
Cr:0.2 mass%以下
を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になり、母材組織が、ベイナイト組織および/またはマルテンサイト組織を有し、かつこれらベイナイト組織とマルテンサイト組織の合計の組織分率が10%以上であり、さらに高周波焼入れによる表面硬化層の旧オーステナイト粒径が該表面硬化層全厚にわたり12μm 以下であることを特徴とする、疲労特性に優れた等速ジョイント内輪。 - 請求項1において、表面硬化層の厚みが2mm以上であることを特徴とする、疲労特性に優れた等速ジョイント内輪。
- 請求項1または2において、前記等速ジョイント内輪が、さらに
Cu:1.0 mass%以下、
Ni:3.5 mass%以下、
Co:1.0 mass%以下、
Nb:0.1 mass%以下および
V:0.5 mass%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有する組成になることを特徴とする、疲労特性に優れた等速ジョイント内輪。 - C:0.35〜0.7 mass%、
Si:0.30〜1.1 mass%、
Mn:0.2 〜2.0 mass%、
Al:0.005 〜0.25mass%、
Ti:0.005 〜0.1 mass%、
Mo:0.05〜0.6 mass%、
B:0.0003〜0.006 mass%、
S:0.06mass%以下、
P:0.02mass%以下および
Cr:0.2 mass%以下
を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成になる鋼素材に、熱間加工を施して等速ジョイント内輪を成形し、その後0.2 ℃/s以上の速度で冷却したのち、焼入れ時の加熱温度:800 〜1000℃の条件下で高周波焼入れを行って、ボールの転動面に表面硬化層を形成することを特徴とする、疲労特性に優れた等速ジョイント内輪の製造方法。 - 請求項4において、前記鋼素材が、さらに
Cu:1.0 mass%以下、
Ni:3.5 mass%以下、
Co:1.0 mass%以下、
Nb:0.1 mass%以下および
V:0.5 mass%以下
のうちから選んだ1種または2種以上を含有する組成になることを特徴とする、疲労特性に優れた等速ジョイント内輪の製造方法。 - 請求項4または5において、高周波焼入れを複数回繰り返し、最終の高周波焼入れ時の加熱温度を 800〜1000℃とすることを特徴とする、疲労特性に優れた等速ジョイント内輪の製造方法。
- 請求項6において、前記複数回の高周波焼入れの全てについて、高周波焼入れ時の加熱温度を 800〜1000℃とすることを特徴とする、疲労特性に優れた等速ジョイント内輪の製造方法。
- 請求項4ないし7のいずれかにおいて、前記加熱温度範囲での加熱時間を、1回の高周波焼入れ当たり5秒以下とすることを特徴とする、疲労特性に優れた等速ジョイント内輪の製造方法。
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