JP4116810B2 - 高エネルギー密度溶接用耐サワー鋼材及び鋼構造物 - Google Patents

高エネルギー密度溶接用耐サワー鋼材及び鋼構造物 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を適用した場合の溶接部の靭性に優れた高エネルギー密度溶接用耐サワー鋼材及び鋼構造物に関するものである。
【0002】
本発明による鋼板を用いたサワー環境向けの溶接鋼構造物は、製作にあたって電子ビーム溶接やレーザー溶接が適用されても良好な溶接部靭性を有する。例えば、本発明による鋼板を用いた耐サワーラインパイプを敷設する際に電子ビーム溶接やレーザー溶接を適用できる。サワー環境でなくとも、これらの高エネルギー密度溶接法が適用される場合に本発明は適している。
【0003】
【従来の技術】
近年、溶接鋼構造物の製作において電子ビーム溶接やレーザー溶接などの高エネルギー密度溶接法を適用するニーズが強くなっている。一例として、ラインパイプを敷設する際に、現場でパイプ同士を周溶接する方法として電子ビーム溶接の適用が検討されている。電子ビーム溶接やレーザー溶接は、減圧あるいは大気圧のもとで特別な溶加材を用いることなく、母材である鋼板そのものを溶融させて接合するのが通常である。このとき、1パス溶接によって図1に示すような幅の狭い直線的な溶接ビードが形成されることが特徴である。このような溶接部に対して図2に示すように溶接金属2(WM)と溶融線4(FL)に切り欠き(6、7)を施したシャルピー衝撃特性やCTOD特性などの靭性が要求される場合がある。
【0004】
電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を適用した鋼の溶接部靭性を高める手段として、大別して下記の三つが知られている。
(1)開先に溶加材やそれに相当する物質を挿入して溶接する
(2)溶接後に溶接部を熱処理する
(3)母材鋼板の化学成分を適正化する
(1)については、例えば特開昭60−54287に記されるように、突き合わせ面にNiを主成分とする溶加材を挿入したり、特開平03−180282に記されるように、突き合わせ面を特別な組成の仮付けビードで仮溶接した後に電子ビーム溶接を行い、溶接部の化学成分や金属組織を適正化する技術が知られている。(2)については、例えば特開昭57−104629に記されるように、電子ビーム溶接部をAc3点以上に再加熱した後に適正な冷却を行うことで溶接部の金属組織を適正化する技術が知られている。(3)については、特開昭60−162758に記されるように母材鋼板のN含有量を低めてTi添加したり、特開昭61−246345に記されるように母材鋼板として炭素鋼に所定割合のTi、N、Vを含有させたり、特開平01−15321に記されるように実質的にAlを含有しない母材鋼板のTi、N、Oの含有量を特定化したり、特開平02−77557に記されるように母材鋼板のPとSの含有量を低めたりすることで、電子ビーム溶接部の化学成分や金属組織を適正化する技術が知られている。以上の(1)〜(3)の中で最も簡便で工業的に好ましいのは(3)である。つまり、特別な溶加材や溶接後の熱処理を必要とせずに、母材鋼板を溶接したままの状態で良好な溶接部靭性を達成できる鋼板が望まれている。
【0005】
(3)を意図した例として例えば以下の報告がある。新日鉄技報、348(1993)、32に記載された「電子ビーム溶接性の優れた極厚鋼板の開発」では、電子ビーム溶接部をアシキュラーフェライト(AF)主体の組織に制御することが靭性の向上に有効であり、これを意図した鋼としてAlの低減をはかったTiオキサイド鋼(低Al−Ti oxide鋼)が開発され、−50℃においてWMとFLの両方で100J以上の優れたシャルピー衝撃特性が達成されている。また、TWI Ref.7221.02/95/886.3に記載された「Effects of Al,Ti&V on microstructural development in laser and electron beam steel weld metal」では、好ましいAl/Oと40%程度のAF組織を有する低O系0.1重量%V添加鋼のレーザー溶接部のWMで、−70℃において良好なCTOD特性が得られる可能性が示されている。以上二つの報告は、母材鋼板の化学成分を適正化することで、WMとFLの金属組織をAF主体に制御して組織を微細化することが靭性の向上に有効であることを示している。しかしながら、これらのAF生成技術を駆使しても、電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を適用した溶接部のFLにおいてCTOD特性を向上させた例はない。これら溶接部のWMのみならずFLでも優れたCTOD特性を有する鋼板の開発が望まれている。
【0006】
以上説明した電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を適用した溶接部のCTOD特性に優れた鋼板は、ラインパイプ用素材としての用途が有望である。この場合、溶接部の靭性に加えて、API−X65以上の強度と、耐水素誘起割れ性(耐HIC性)を併せ持つ必要がある。従って、以上の複合特性を高次元で具備した鋼板及び鋼構造物の提供が強く望まれている。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、耐水素誘起割れ(耐HIC)性に優れ、API規格5L−X65以上の強度を有し、電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を適用した溶接部の溶接金属(WM)と溶融線(FL)の両方において、−10℃での限界CTODが0.20mm以上である鋼板及び鋼構造物を提供する。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本願発明の趣旨は、
質量%で
C :0.01〜0.08%
Si:0.5%以下
Mn:1.0〜1.6%
P :0.015%以下
S :0.001%以下
Al:0.001〜0.05%
Ti:0.005〜0.03%
Ca:0.0005〜0.005%
Mg:0.0001〜0.005%
N :0.001〜0.008%
O :0.001〜0.004%
を含有し、必要に応じて質量%で
Nb:0.005〜0.10%
V :0.005〜0.10%
Cu:0.05〜1.0%
Ni:0.05〜1.0%
Cr:0.05〜1.0%
Mo:0.05〜0.5%
B :0.0003〜0.003%
REM:0.0005〜0.01%
Zr:0.0005〜0.01%
の1種類以上を含有し、残部が鉄および可避的不純物からなる化学成分を有し、化学成分の質量%を用いて計算される下式[1]〜[3]を満たし、また、さらに面積率で50%以上のベイナイト組織から構成されることを特徴とする電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を適用した溶接部の靭性に優れた耐サワー鋼材である。鋼材とは鋼板及び鋼管を含む概念である。
【0009】
Si+10Al+Mo≦0.8・・・[1]
Cu+Ni+Cr≦1.0%・・・[2]
C≦−0.175(Si+10Al+Mo)+0.17・・・[3]
あるいは、母材が前記鋼成分で、電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を適用した溶接部におけるマルテンサイト−オーステナイト混合相(MA:Martensite- Austenite constituent)の面積率が2%以下であり、また、これらの溶接部における0.5〜10μmの介在物粒子がその平均組成において5質量%以上のREMあるいは/およびZrを含有し、さらには、面積率で50%以上のベイナイト組織から構成されることを特徴とする、電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を適用した溶接部の靭性に優れた耐サワー鋼構造物である。
【0010】
【発明の実施の形態】
本発明は、特別な溶加材や溶接後の熱処理を必要とせずに溶接部靭性を高めることを志向する。耐サワー鋼板の電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を適用した溶接部においてCTOD特性の確保が難しい理由として下記が挙げられる。
・ WM成分は鋼板の化学成分でほぼ決まるためその設計が困難である。まず、WMのOが非常に少なくなることでAF組織の変態核である酸化物の個数が減少し、AF組織を活かしたWMの組織微細化が困難である。さらに、耐サワー鋼の特徴である極低S化やCa添加によって鋼板中にMnSが析出し難くなり、FL近傍の溶接熱影響部(HAZ)でAF組織の生成が阻害されて金属組織の微細化が困難となる。このように、WMとFLの両方でAF組織に依る組織の微細化が難しい。
・ FLに切り欠きを施す場合、FLが直線的であるために切り欠きの大部分がFLと一致する。このような場合、FLに沿ったHAZ脆化域が切り欠き底の大部分を占めるから、非常に厳しい靭性評価方法となる。
・ 1パス溶接であるために、多パス溶接のような後パスによる再熱効果(組織微細化、焼き戻し)を期待することができない。
【0011】
上記の問題点を解決するため、発明者らはAPI5L−X65〜X80級耐サワーラインパイプ用鋼を用いて電子ビーム溶接部のCTOD抑制を支配する因子を詳細に検討した。その結果、図3に示すようにWMとFLにおいてMA面積率と限界CTODの間に相関があることを発見した。WMで2%以下、FLで4%以下のMA面積率のときに、WMとFLの両方において−10℃で0.20mmを上回る限界CTODが得られることが判明した。図3は同条件で電子ビーム溶接された10個の溶接部について、WMとFLに切り欠きを入れたCTOD試験を各3本実施し、最低の限界CTOD値を採用して図示した。溶接部符号が同じであるWMとFLのCTOD値は、同じ溶接部から採取されたことを示している。この溶接部符号から、WMのMA面積率が2%以下であればFLのMA面積率も4%以下になる関係が読みとれる。このように、溶接部のCTOD特性とMA面積率の関連つけは従来の溶接法では既に試みられているが、従来の溶接法と熱履歴が大きく異なる電子ビーム溶接やレーザー溶接では系統的に検討されていなかった。MAはマトリックスに比べて局所的に硬い相であり、その周囲に多くの格子欠陥を伴うため、CTOD試験時に脆性破壊の発生起点として作用して悪影響を及ぼすと考えられる。以上の検討から、電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を適用した耐サワー鋼の溶接部で目標とするCTOD特性をWMとFLの両方で達成するためには、WMのMA面積率を2%以下に抑えることが基本的な指針となる。
【0012】
次ぎに、電子ビーム溶接部のMA生成に及ぼす鋼板の化学成分の影響を検討した。その結果、MA生成量には下記の三つの成分因子(単位は質量%)が影響することが明らかになった。
・ C
・ Si+10Al+Mo
・ Cu+Ni+Cr
これらの成分因子が増加するとMAは増加するので、MA面積率が2%を超える限界の成分範囲を明確にする必要がある。図4はAPI5L−X65〜X80級耐サワーラインパイプ用鋼の電子ビーム溶接部のWMについて、CとSi+10Al+Moを用いてMA面積率が2%を超える境界線を示している。境界線aはSi+10Al+Moに関係なくCの上限を表している。MA面積率を2%以下にするために次式を満たす必要がある。単位は質量%である。
C≦0.08
境界線bはCとSi+10Al+Moの両方が線形で関与しており、MA面積率を2%以下にするために次式[3]を満たす必要がある。単位は質量%である。
C≦−0.175(Si+10Al+Mo)+0.17…[3]
境界線cはCに関係なくSi+10Al+Moの上限を表している。MA面積率を2%以下にするために次式[1]を満たす必要がある。単位は質量%である。Si+10Al+Mo≦0.8…[1]
さらに、たとえ図4でMA面積率が2%以下になる場合でも、残る成分因子であるCu+Ni+Crが1.0%を超えるとMA面積率が2%を超えてしまう危険性がある。従って、安定的にMA面積率を2%以下に抑えるためには、図4の適正範囲を満たすことに加えて次式[2]を満たす必要がある。単位は質量%である。
Cu+Ni+Cr≦1.0…[2]
【0013】
次ぎに、発明者らは電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を適用した溶接部の組織細化を検討した結果、鋼板の化学成分にMgを添加することで、FL近傍のHAZのオーステナイト結晶粒が細粒化することを見いだした。これは、超微細なMg系酸化物が数多く生成して、FL近傍においても結晶粒の成長が強力にピン止めされ、結晶粒の粗大化が抑制されるためである。このことによって、AF組織を使えない耐サワー鋼においても、FLにおけるCTOD特性をより安定的に高めることが可能であることを発見した。
【0014】
さらなるCTOD特性の安定的な向上を目指して、CTOD値が目標である0.20mmを下回った試験片について、その脆化要因を詳細に調査した。その結果、酸化物を主体とする0.5〜10μmの介在物粒子が脆性破壊の発生起点として作用していることが確認された。そこで、CTOD特性に悪影響を与えるこのような大きさの介在物粒子を無害化することを試みた。溶接部における0.5〜10μmの介在物粒子は、その平均組成において5質量%以上のREMあるいはZrを含有すると、粒子自身の破壊特性が改善して脆性破壊に対する悪影響が軽減され、CTOD特性が向上することを見いだした。
【0015】
以上が電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を適用した溶接部の靭性を高めるための新しい技術である。
【0016】
次ぎに化学成分の限定理由を説明する。以下で説明する溶接部とは、特にことわらない限り電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を適用した溶接部を示す。
【0017】
Cは母材と溶接部の強度、靭性を確保するために0.01%以上必要である。しかし、0.08%を超えると溶接部のMA面積率が2%を超えてCTOD特性が劣化する。その上に、母材の耐HIC性が劣化する。従って、0.08%が上限である。Cが0.08%以下でも、MA生成を助長するSi、Al、Moの量に応じて、[3]式を満たす低いCに制御する必要である。
【0018】
Siは主に脱酸のために添加できるが、本発明ではCa、Al、Tiなどによっても脱酸できるから必須ではない。図4と[1]式に示されるように、Siは溶接部のMA生成を助長するので好ましくない元素である。Siが0.5%を超えると溶接部のMAが激増してCTOD特性が不安定になるので、これが上限である。
【0019】
Mnは母材と溶接部の強度、靭性を確保するために1.0%以上必要である。しかし、Mnが1.6%を超えると連続鋳造時の中心偏析を助長し、鋼板の板厚中心部において母材の靭性と耐HIC性を劣化させる。従って、これが上限である。
【0020】
Pは本発明において不純物元素であり、良好な母材と溶接部の材質を確保するために0.015%以下に低減する必要がある。とりわけ、母材の耐サワー性の点から、中心偏析を助長するPは極力低減することが好ましい。
【0021】
Sは本発明において不純物元素であり、良好な母材と溶接部の材質を確保するために0.001%以下に低減する必要がある。とりわけ、母材の耐HIC性の観点から、MnSをつくらないようにSを厳しく制限する必要がある。MnSは熱間圧延によって延伸化し、HICの発生起点として有害である。Sは0.0005%以下まで低減することが好ましい。
【0022】
Alは脱酸元素として機能し、Mgが添加されたときにはMgと一緒に超微細酸化物を構成してHAZの組織微細化に貢献し、FLの靭性を高める。そのために0.001%以上のAlが必要である。一方、図4と[1]式に示されるように、Alは溶接部のMA生成を助長する。Alが0.05%を超えるとSiと同様に溶接部のMAが激増して靭性が不安定となるので、これが上限である。
【0023】
TiはTiNを形成し、鋳片加熱における組織粗大化を抑制して熱間圧延後の鋼板の組織微細化に貢献し、母材の強度、靭性を高める。同様に、溶接部のHAZで組織微細化に貢献してFLの靭性劣化を防ぐ。特にMgが添加されたときには、Mg系超微細酸化物の上にTiNが析出し、複合形態の微細粒子を形成してMgの効果(ピン止め効果)を効率的に高める。また、Ca、Al、Siが少ない場合にはTiは脱酸にも寄与する。これらの役割を果たすためには0.005%以上のTiが必要である。しかし、Tiが0.03%を超えると、母材やHAZで過剰なTiCが析出したり、TiNの一部が数μmにまで粗大化することで母材やHAZが脆化する。この理由からTiの上限は0.03%である。
【0024】
CaはMnSの生成を抑制する目的で添加される。CaSは延伸化しにくいためにMnSに比べてHICが向上する。そのために0.0005%以上のCaが必要である。添加されたCaの一部は脱酸にも寄与する場合がある。しかし、Caが0.005%を超えるとCa系酸化物が増加し、これらが凝集・合体した巨大な状態のまま鋼中に残存し、母材やHAZを脆化させる恐れがある。従って、0.005%のCaが上限である。
【0025】
NはTiNを生成して母材やHAZの組織微細化を通じて靭性に寄与する。Mgの効果を高めることにも有効である。そのためには0.001%以上のNが必要である。しかし、Nが0.008%を超えると固溶Nが増えて母材やHAZが脆化したり、鋳片の表面性状が劣化したりするので、これを上限とする。
【0026】
OはMgが添加されたときに超微細な酸化物を形成し、HAZでの結晶粒成長をピン止めしてFL靭性に貢献するため、0.001%以上必要である。しかし、Oが0.004%を超えると数μmの酸化物が数多く生成し、これが母材や溶接部で脆性破壊を発生させる恐れがあるため、これを上限とする。
【0027】
続いて選択元素の限定理由を説明する。
NbとVは母材と溶接部の強度を高めることに利用できる。Nbは母材の組織微細化を通じて靭性を高めることにも有効である。これらの効果を得るためには、Nb、Vともに0.005%以上必要である。一方、NbやVが0.10%を超えると溶接部が脆化するうえ、母材の耐HIC性や溶接性が劣化する恐れがあるので、これが上限である。
【0028】
REM、Zrは脱酸や脱硫に寄与し、母材や溶接部の材質を改善することに有効である。溶接部における0.5〜10μmの介在物は酸化物を主体に硫化物や窒化物が複合する場合が多い。これらの介在物にREMやZrが5%以上含まれと溶接部のCTOD特性が改善する。そのためには、REM、あるいは/およびZrが総計で0.0005%以上必要である。しかし、これらの元素は0.01%を超えると効果が飽和するため、これが上限である。ここでのREMとは、La、Ceなどのランタノイド系の元素をさし、これらの元素が混在したミッシュメタルを添加してもよい。
【0029】
Cu、Ni、Crは母材や溶接部の強度、母材の靭性や耐食性、溶接性、の向上に利用できる。そのためにはいずれの元素も0.05%以上必要である。しかしながら、溶接部のCTOD特性の観点からこれらの元素は少ない方が好ましい。溶接部のMA生成を抑制するために、いずれの元素も1.0%を上限とした上で、これらの元素の和を[2]式のごとく1.0%以下に調整する必要がある。
【0030】
Moは母材や溶接部の強度、母材の靭性、の向上に利用できる。そのためには0.05%以上必要である。一方、図4と[1]式に示されるように、MoはSiと同じくらいに溶接部のMA生成を助長する。Moが0.5%を超えるとSiと同様に溶接部のMAが激増して靭性が不安定となるので、これが上限である。
【0031】
Bは母材や溶接部の強度、靭性の向上に利用できる。そのためには0.0003%以上必要である。しかし、Bが0.003%を超えると溶接部のMA生成が著しく促進されて靭性が大きく劣化するため、これを上限とする。
【0032】
MgはAlと共に超微細な酸化物を数多く形成し、それら多くがTiNの複合析出を伴ってHAZでピン止め効果を担い、FLの靭性に貢献する。そのためには0.0001%以上必要である。0.005%を超えるとMgの効果が飽和して経済的に不利益をもたらすので、これが上限である。
【0033】
以上の選択元素がその下限よりも少なく含まれる場合は不可避的不純物とみなせる。
【0034】
本発明の耐サワー性を安定的に達成するために、化学成分を上記に限定したうえで、鋼板の金属組織の適正化を検討した。その結果、鋼板の金属組織が面積率で50%以上のベイナイト組織から構成されるときに、耐HIC性が安定化することが見いだされた。さらに、母材がベイナイト主体の微細な組織になると、電子ビーム溶接やレーザー溶接を適用した溶接部のHAZ組織が微細化を受け継ぐ傾向が発見され、この現象がFLのCTOD特性に有利に働くことがわかった。母材のベイナイト組織の面積率が50%未満では上述した効果は小さい。以上から、化学成分における焼入性を適正化したり、熱間圧延後に加速冷却を適用したり、各種の熱処理を施すなどして、鋼板の金属組織をベイナイト主体に制御することが効果的である。
【0035】
本発明の鋼板は、鉄鋼業の製鋼工程において化学成分を調整し、連続鋳造した鋳片を再加熱して圧延、冷却、熱処理の各工程を様々に制御して製造される。本発明は鋼板の製造方法に特別な規定を必要としないが、耐サワー性の観点から、連続鋳造における軽圧下処理や加熱温度の高温化など、中心偏析の軽減対策を施すことが好ましい。また、ベイナイト主体の母材組織を得るために、圧延後にAr3点以上の温度から加速冷却を適用することが効果的である。鋳片を一旦冷やすことなくホットチャージ圧延することも可能である。
【0036】
本発明で規定したMA面積率は、たとえば以下のような方法で定量的に測定される。電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を適用した溶接部の中央付近を、鏡面研磨後にレペラー液を用いてエッチングを行い、島状に散在するMAを白色に現出させ、白色の部分の面積率を画像解析装置によって測定する。このときの溶接条件は特に規定するものでない。
【0037】
本発明で規定した0.5〜10μmの介在物の平均組成は、たとえば以下のような方法で定量的に測定される。電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を適用した溶接部の中央付近、あるいはFL近傍のHAZを、鏡面研磨した後、X線マイクロアナライザー(EPMA)を用いて0.5〜10μmの介在物を対象にランダムに10個以上を組成分析する。検出されたFeは地鉄とみなし、Feを差し引いて介在物を構成する元素の重量割合を算出する。このようにして求めた10個以上の介在物組成から平均組成を求める。
【0038】
【実施例】
【0039】
【表1】
Figure 0004116810
【0040】
【表2】
Figure 0004116810
【0041】
表1に示す化学成分を有する鋼1〜鋼23の鋼片を、加熱して圧延した後に加速冷却を適用してベイナイト組織の生成を促し、鋼1〜鋼23の鋼板を作製した。表2に鋼板の母材と溶接部の材質を示す。
【0042】
鋼1〜鋼13は本発明鋼であり、本発明に従って化学成分、母材組織、溶接部組織、溶接部介在物、が適正に制御されている。その結果、API5L−X65以上の強度、良好な耐HIC特性、良好な溶接部靭性、が全て同時に満足できている。鋼8と鋼9はREMやZrが添加されているので、溶接部の介在物粒子がこれらの元素を5質量%以上含有している。その結果、鋼8と鋼9の溶接部は良好なCTOD特性を有する。鋼8は高いCに起因して溶接部のMA面積率が1.9%と多いにも関わらず高い限界CTODを有するのは、介在物粒子に10%のREMが含まれるためである。鋼14〜鋼23は比較鋼であり、化学成分が適正でないために耐HIC性や溶接部靭性が劣っている。鋼14はCが高すぎるため、鋼15はSiが高すぎるため、鋼19はAlや[1]式が高すぎて[3]式がCに対して低すぎるため、鋼21は[1]式が高すぎるため、鋼22は[2]式が高すぎるため、鋼23は[3]式がCに対して低すぎるため、溶接部のMA面積率が2%を超えて、WMおよびFLのCTOD特性ならびにシャルピー特性が著しく劣化している。また、鋼14はCが高すぎるために、鋼16はMnが高すぎるために、鋼17はPが高すぎるために、鋼18はSが高すぎるために、鋼20はCaが低すぎるために、耐HIC性が十分でない。鋼17はPが高いことで耐HIC性のみならず、溶接部の靭性も低い。
【0043】
【発明の効果】
本発明により、サワー環境向けの溶接鋼構造物を電子ビーム溶接やレーザー溶接を適用して作製しても溶接部の安全性が確保される。例えば、本発明による鋼板を用いたAPI5L−X65以上の強度を有する耐サワーラインパイプを敷設する際に、高能率な電子ビーム溶接を適用しつつ、−10℃における良好な溶接部CTOD特性が得られる。
【図面の簡単な説明】
【図1】電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を適用した溶接部の外観を模式的に示す。
【図2】溶接部の溶接金属(WM)と溶融線(FL)の切り欠き位置を模式的に示す。
【図3】溶接部のWMとFLのCTOD特性に及ぼすMA面積率の影響を示す。
【図4】溶接部のWMのMA面積率に及ぼすCとSi+10Al+Moの影響を示す。
【符号の説明】
1 母材
2 溶接金属(WM)
3 溶接熱影響部(HAZ)
4 溶接線(FL)
5 板厚
6 WM切り欠き
7 FL切り欠き

Claims (4)

  1. 質量%で
    C :0.01〜0.08%
    Si:0.5%以下
    Mn:1.0〜1.6%
    P :0.015%以下
    S :0.001%以下
    Al:0.001〜0.05%
    Ti:0.005〜0.03%
    Ca:0.0005〜0.005%
    Mg:0.0001〜0.005%
    N :0.001〜0.008%
    O :0.001〜0.004%
    を含有し、
    さらに、Nb:0.005〜0.10%
    V :0.005〜0.10%
    Cu:0.05〜1.0%
    Ni:0.05〜1.0%
    Cr:0.05〜1.0%
    Mo:0.05〜0.5%
    B :0.0003〜0.003%
    の1種類以上を含有し、
    残部が鉄および不可避的不純物からなる化学成分を有し、
    さらに化学成分の質量%を用いて計算される下式[1]〜[3]を満たすことを特徴とする、電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を適用した溶接部の靭性に優れた耐サワー鋼材。
    Si+10Al+Mo≦0.8・・・[1]
    Cu+Ni+Cr≦1.0%・・・[2]
    C≦−0.175(Si+10Al+Mo)+0.17・・・[3]
  2. 面積率で50%以上のベイナイト組織から構成されることを特徴とする、請求項1に記載の電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を適用した溶接部の靭性に優れた耐サワー鋼材。
  3. 質量%で
    C :0.01〜0.08%
    Si:0.5%以下
    Mn:1.0〜1.6%
    P :0.015%以下
    S :0.001%以下
    Al:0.001〜0.05%
    Ti:0.005〜0.03%
    Ca:0.0005〜0.005%
    Mg:0.0001〜0.005%
    N :0.001〜0.008%
    O :0.001〜0.004%
    を含有し、
    さらに、Nb:0.005〜0.10%
    V :0.005〜0.10%
    Cu:0.05〜1.0%
    Ni:0.05〜1.0%
    Cr:0.05〜1.0%
    Mo:0.05〜0.5%
    B :0.0003〜0.003%
    の1種類以上を含有し、
    残部が鉄および不可避的不純物からなる化学成分を有した母材であり、電子ビーム溶接あるいはレーザー溶接を施した溶接部におけるマルテンサイト−オーステナイト混合相(MA:Martensite- Austenite constituent)の面積率が2%以下であることを特徴とする、溶接部の靭性に優れた耐サワー鋼構造物。
  4. 母材が面積率で50%以上のベイナイト組織から構成されることを特徴とする、請求項3に記載の溶接部の靭性に優れた耐サワー鋼構造物。
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