JP4078527B2 - 1次元フォトニック結晶への反射防止膜の構造およびその形成方法 - Google Patents

1次元フォトニック結晶への反射防止膜の構造およびその形成方法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、反射防止膜の構造に関し、特にフォトニック結晶に対する反射防止膜の構造とその形成方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、特異な分散特性を有していること、あるいは光をサブμmという微小な領域に強く閉じ込めたりすることができることなどから、フォトニック結晶が注目を浴びている。
【0003】
フォトニック結晶とは、屈折率の異なる2つ以上の媒質が光の波長オーダ、すなわちサブμm周期で3次元もしくは2次元周期的に規則正しく配列されたものである。1次元の場合は、所謂誘電体多層膜であるが、その周期性によって特徴的な光学的性質を示すことや、理論解析の結果から2次元または3次元にも応用できる有益な情報が得られるため、ここではその1次元の場合も含めてフォトニック結晶と呼ぶことにする。
【0004】
図10(a)はこのフォトニック結晶の構造の一例として、2次元三角格子フォトニック結晶の概略構造を示す図である。図10(a)に示すように、これは背景媒質15中に2次元三角格子状に円柱形の原子媒質17が埋め込まれた構造となっている。
【0005】
また、図10(b)は図10(a)の2次元三角格子構造に対応する、第1ブリルアンゾーンを示す図である。図10(b)に示すように、第1ブリルアンゾーンは正六角形をしており、その頂点がK点、各辺の中点がM点、正六角形の中心がΓ点となる。このようなフォトニック結晶においては、フォトニック結晶中に存在する光波に対して、エネルギーバンド構造(フォトニックバンド構造)を形成することが知られている。
【0006】
図11は、図10のフォトニック結晶構造に対するフォトニックバンドの計算例を示す図である。図11に示すように、ここでは背景媒質をSiに、原子媒質を空気とし、空気円柱の直径:dと格子間隔:aの比はd/a=0.867として計算している。なお、光の電場ベクトルの向きは紙面に垂直方向の場合について計算した。縦軸は規格化周波数であり、真空中での光の波長:λを用いてΩ=a/λと表される。図11中において破線でエネルギー領域には光の伝搬モードが存在せず、フォトニックバンドギャップ(PBG)と呼ばれている。
【0007】
PBG以外のエネルギー領域ではフォトニック結晶中を光が伝搬することができるが、この中には強い波長分散を有するエネルギー領域が存在することが知られている。この強い波長分散特性を利用した発明として、特開平11−271541号公報(従来技術1と呼ぶ)に開示されている波長分波回路や、特開2000−121987(従来技術2と呼ぶ)に開示されている波長分散補償器が挙げられる。
【0008】
しかし、従来技術1及び2に開示されたデバイスを実用化するためには、これらデバイスを構成するフォトニック結晶内に、フォトニック結晶と接する媒質(一般的には空気)から、光を高効率で入射させる必要がある。即ち、フォトニック結晶に対する無反射コーティングが必要となる。
【0009】
一般に、屈折率の異なる2種類の一様媒質が平面で接する時に、境界面での反射率をゼロにする方法として、図12に示す無反射防止膜19が広く知られている。これは、一様媒質21の屈折率がn、一様媒質23の屈折率がnである時、波長λの光に対して、反射防止膜33の屈折率nと膜厚dをそれぞれ次の数1式、数2式のようにすれば、とすれば、理論上無反射にすることが可能である。
【0010】
【数1】
Figure 0004078527
【数2】
Figure 0004078527
【0011】
上記数2式より、この反射防止膜はλ/4膜と呼ばれることがある。
【0012】
ところが、フォトニック結晶の場合、一様媒質のようには屈折率を単純には定義できないし、またフォトニック結晶の領域がどこまでなのかを単純には定義できないので、上記のような一様媒質に対する反射防止膜の手法をそのまま用いることができない。
【0013】
一方、フォトニック結晶に対する反射防止膜としては、第62回応用物理学会学術講演会講演予稿集1065ページ(以下、従来技術3と呼ぶ)に掲載されている、突起付きフォトニック結晶構造も提案されている。
【0014】
図13は従来技術3による構造を示す図である。図13を参照すると、背景媒質であるSi25中にと空気円柱27が埋め込まれた2次元三角格子フォトニック結晶領域と、一様なSiの領域との境界部分に、半円柱と三角柱とを組み合わせた空気柱の突起構造29を設けている。この突起構造29の効果により、フォトニック結晶とそれと接するSiとの境界面での透過率が、突起構造のない場合と比較して約15dBほど改善されている。
【0015】
ところが、従来技術3による例では、突起構造は実際問題として大きさが1μm程度かそれ以下であり、10〜20°程度の非常に鋭い角度の空気柱が必要となる。このような構造をドライエッチィング等により実際に作製する場合には、加工精度により角が丸くなることが予想され、設計した構造を正確に作製することは非常に困難であると考えられる。
【0016】
【発明が解決しようとする課題】
このように、従来の均一媒質への反射防止膜の手法は、そのままではフォトニック結晶には適用できず、また、上述の突起構造付きフォトニック結晶による反射防止の手法は、その実現が非常に困難であった。
【0017】
そこで、本発明の技術的課題は、このような従来のフォトニック結晶への反射防止膜形成手法における欠点を除去し、より簡単な方法で確実に、フォトニック結晶に対する反射防止を行うことができるフォトニック結晶への反射防止膜の構造を提供することにある。
【0018】
【課題を解決するための手段】
本発明による1次元フォトニック結晶への反射防止膜の構造は、光を伝搬させようとするある一方向にのみ周期的な屈折率の空間分布があり、その方向に垂直な方向には均一な屈折率分布を有する1次元フォトニック結晶において、屈折率がn の一様媒質を介して前記1次元フォトニック結晶へ光を入射する場合、反射防止膜の厚さdと屈折率n とし、前記1次元フォトニック結晶と前記反射防止膜の境界面におけるブロッホ電場をEk、ブロッホ磁場をHkと定義した時、屈折率n =−Hk/Ekの一様媒質と見なして反射率をn 、n 、d およびn を用いて表わした時、反射率のdとnに関する1階偏微分係数がゼロになり、反射率のdとnに関する2階微分係数が正である屈折率と厚さを有する媒質をその端面に付加することにより、前記1次元フォトニック結晶中への光の入射効率を高めることを特徴としている。
【0019】
また、本発明によるフォトニック結晶への反射防止膜の構造は、1次元フォトニック結晶への反射防止膜の構造において、光の入射効率を高めるために付加する媒質が1種類以上の媒質からなる薄膜で構成されていることを特徴としている。
【0020】
また、本発明によるフォトニック結晶への反射防止膜の構造は、1次元フォトニック結晶への反射防止膜の構造において、光の入射効率を高めるために付加する構造が1種類以上の媒質からなる薄膜で構成されており、反射防止膜と1次元フォトニック結晶との境界面が無限フォトニック結晶の鏡映面と一致することを特徴としている。
【0025】
また、本発明のフォトニック結晶への反射防止膜の形成方法は、光を伝搬させようとするある一方向にのみ周期的な屈折率の空間分布があり、その方向に垂直な方向には均一な屈折率分布を有する1次元フォトニック結晶への反射防止膜の形成方法であって、屈折率がn の一様媒質を介して前記1次元フォトニック結晶へ光を入射する場合、反射防止膜の厚さdと屈折率n とし、前記1次元フォトニック結晶と前記反射防止膜の境界面におけるブロッホ電場をEk、ブロッホ磁場をHkと定義した時、屈折率n =−Hk/Ekの一様媒質と見なして反射率をn 、n 、d およびn を用いて表わした時、反射率のdとnに関する1階編微分係数がゼロになり、反射率のdとnに関する2階微分係数が正である屈折率と厚さを有する媒質をその端面付加することにより、前記1次元フォトニック結晶中への光の入射効率を高めることを特徴としている。
【0026】
また、本発明によるフォトニック結晶への反射防止膜の形成方法は、1次元フォトニック結晶への反射防止膜の形成方法において、光の入射効率を高めるために付加する媒質が1種類以上の媒質からなる薄膜で構成されていることを特徴とする。
【0027】
また、本発明による1次元フォトニック結晶への反射防止膜の形成方法は、光の入射効率を高めるために付加する構造が1種類以上の媒質からなる薄膜で構成されており、当該反射防止膜と1次元フォトニックとの境界面が無限フォトニック結晶の鏡映面と一致することを特徴とする。
【0028】
また、本発明によるフォトニック結晶へ反射防止膜の形成方法は、屈折率の異なる2種類以上の物質を、2次元あるいは3次元周期的に規則正しく配列した2次元あるいは3次元フォトニック結晶への反射防止膜の形成方法であって、前記フォトニック結晶中への光の入射効率を高めるために、前記フォトニック結晶の端面に、当該フォトニック結晶を構成する媒質のうちの一つからなる媒質による薄膜を付加することを特徴とする。
【0029】
また、本発明によるフォトニック結晶への反射防止膜の形成方法は、2次元あるいは3次元フォトニック結晶への反射防止膜の形成方法において、光の入射効率を高めるためにフォトニック結晶の端面に付加する媒質の膜厚が、所定の手法により求めた膜厚であることを特徴とする。
【0030】
また、本発明によるフォトニック結晶への反射防止膜の形成方法は、2次元あるいは3次元フォトニック結晶への反射防止膜の形成方法において、光の入射効率を高めるためにフォトニック結晶の端面に付加する媒質が、当該フォトニック結晶を構成する媒質とは独立の媒質からなり、その媒質の屈折率および膜厚が所定の手法により求めたものであることを特徴とする。
【0031】
さらに、本発明によるフォトニック結晶への反射防止膜の形成方法において、2次元あるいは3次元フォトニック結晶への反射防止膜の形成方法において、光の入射効率を高めるためにフォトニック結晶の端面に付加する媒質が、当該フォトニック結晶を構成する媒質とは独立の屈折率の異なる2つ以上の媒質によって構成される多層膜であることを特徴とする。
【0032】
【発明の実施の形態】
本発明の実施の形態について、図面を参照して説明する。
【0033】
まず、初めに、1次元フォトニック結晶(周期的な誘電体多層膜)に対する反射防止膜形成の新しい原理について説明する。1次元フォトニック結晶とは、ある1方向に周期的な屈折率の空間変化があり、その方向に垂直な方向には均一な屈折率分布を有するフォトニック結晶のことを言う。この1次元フォトニック結晶を碧開した表面に反射防止膜を形成する場合を考える。反射防止膜形成の基本的な考え方は従来のλ/4膜による無反射コーティングの手法に基づくが、フォトニック結晶内の屈折率は周期的に変化しているので、それを反射防止膜の設計においてどのように扱うかが発明のポイントとなる。
【0034】
ここで、従来の技術の項で述べたように一様誘電体に対する無反射コーティングの手法は既に確立しているが、1次元フォトニック結晶(周期的な誘電体多層膜)に対する反射防止膜は本発明が最初である。
【0035】
図1は、1次元フォトニック結晶への反射防止膜(単層)を示す図である。図1に示す結晶は、単位胞35が格子定数Λで1次元的に周期配列した1次元フォトニック結晶37と反射防止膜又は無反射膜(膜厚d)39が境界41で接する構造を有する。単位胞35の内部の屈折率分布43は、1次元方向に任意の空間分布を有し、図1中の光が入射する側の一様媒質45の屈折率をn、反射防止膜39の屈折率はnであるとする。またこれらを構成するすべての物質は透明な媒質であるとする。図1のフォトニック結晶に一様媒質45から光を入射させたときの反射率を求める方法は次の3つのステップからなる。
【0036】
第1のステップとして、一様媒質45、反射防止膜39、1次元フォトニック結晶37の各領域における電磁場を各領域での固有モードで展開する。第2のステップとしてマックスウェルの境界条件によって電磁場を接続する。第3のステップは境界条件から得られた線形連立代数方程式を解くことである。この手順は通常の巨視的な電磁気学における手法と全く同じであるが、対象が1次元フォトニック結晶であるために、1次元フォトニック結晶中の固有モードをいかにして求めるかがまず問題となる。
【0037】
一様媒質45、反射防止膜39の中での固有モードは平面波であり、1次元フォトニック結晶37は周期構造であるからその固有モードはブロッホ波である。このブロッホ波は1周期分の転送行列の固有ベクトルとして得られる。
【0038】
一般に透明媒質からなる1次元周期構造の転送行列Mは、次の数3式のように書ける[P.Yeh et al., J.Opt.Soc. Am. Vol.67,423(1977)]。
【0039】
【数3】
Figure 0004078527
【0040】
ここで、上記数3式において、a,b,c,dは単位胞の構造によって決まる実関数であり、E,Hは表面に平行方向の電磁場(電場のy成分と磁場のx成分)を表す。また、エネルギー保存則から行列式det M=1である。転送行列Mの固有値λ±、規格化定数を除いた固有ベクトルv±は次の数4式及び数5式のように書ける。
【0041】
【数4】
Figure 0004078527
【数5】
Figure 0004078527
【0042】
ここで、kはブロッホ波数であり電磁場のモードを指定するインデックスになる。また、数5式は、周期配列した1次元フォトニック結晶37の固有モードであるので、これを用いてマックスウェルの境界条件から線形連立方程式を立てて振幅反射率を計算すると、一様媒質56から光を垂直入射したときの振幅反射率は、次の数6式及び数7式で与えられる。
【0043】
【数6】
Figure 0004078527
【数7】
Figure 0004078527
【0044】
ここで、上記数6式において、kは反射防止膜39中の光の波数である。また、上記数6式および数7式は、屈折率nの一様媒質の両側にそれぞれ屈折率n、nの一様媒質があるときの振幅反射率と形式的には同じであるが、ここでは1次元フォトニック結晶を考えているため、nが物質定数である実数の屈折率ではない点が決定的に異なる。上記数7式中でのnの定義は、周期的に広がる結晶37中の光の固有モードであるブロッホ波(数5式)の境界41における値を用いて、次の数8式が得られる。
【0045】
【数8】
Figure 0004078527
【0046】
周期構造からなる1次元フォトニック結晶が作り出す非常に複雑な反射率への効果を上記数8式にすべて繰り込んで表すことができていることになるため、数8式は本発明の核心部分の1つである。
【0047】
一般には、上記数8式中のnは複素数であるので、一様誘電体に対する反射防止コーティングのように振幅反射率(数6式)がゼロになる膜厚d、屈折率nを選ぶことは一般にはできないが、次の数9式で示される1層の無反射膜を有するフォトニック結晶の反射率を最小にすることはできる。
【0048】
【数9】
Figure 0004078527
【0049】
すなわち、無反射膜の膜厚dと屈折率nを設計するときは、反射率Rのd、nに関する1階偏微分係数がゼロになり、2階偏微分係数が正であるn、dを求めればよい。以上の原理によって単層の反射防止膜を有する1次元フォトニック結晶の反射防止膜39の最適な膜厚dと屈折率nを設計することが可能になる。また、上記数8式が実数になる場合、すなわち電場と磁場の位相が一致するときには無反射コーティングによって反射をゼロできる。1次元フォトニック結晶と反射防止膜との境界を無限1次元フォトニック結晶の鏡映面に選んだ場合は、上記数5式が必ず実数になるので、無反射コーティングで反射をゼロにする境界面を選ぶことができる。よって、そのように境界を選ぶことが重要である。また、鏡映面がない一般の場合でも、上記の手法によって反射を最小にできるし、以下に述べる多層の反射防止膜により反射をゼロにすることもできる。
【0050】
次に、以上に示したフォトニック結晶への単層の反射防止膜の設計手法とその原理を、1次元フォトニック結晶への多層の反射防止の形成の場合に拡張する。また同時に、1次元フォトニック結晶に任意の入射角、任意の偏光(TM偏光(p偏光)またはTE偏光(s偏光))入射する場合にも拡張する。
【0051】
図2は、1次元フォトニック結晶へのN−1層の反射防止膜を形成し、任意の角度、任意の偏光で光が入射する場合を説明する図である。図2(多層反射防止膜の場合)と図1(単層反射防止膜の場合)では、(A)反射防止膜が単層から多層になっている点,(B)光が任意の入射角をもっている点,(C)光が任意の偏光(TMまたはTE)をもっている点、の3点を除けば、1次元フォトニック結晶と反射防止膜の境界41の定義、1次元フォトニック結晶の単位胞35の定義と単位胞35の中では任意の空間分布をもつ屈折率43を含めてすべて図1と同じ条件の結晶を考える。
【0052】
上記数8式と,振幅反射率r2,3を表す上記数7式から屈折率がnである一様媒質から1次元フォトニック結晶に光が入射したときの振幅反射率が求まるので、N−1層の無反射膜を有する1次元フォトニック結晶の反射率RN−1は次の、数10,11,12,及び13式のようにかける。
【0053】
【数10】
Figure 0004078527
【数11】
Figure 0004078527
【数12】
Figure 0004078527
【数13】
Figure 0004078527
【0054】
上記数11式は[R.Bellman and G.M.Wing, An Introduction to Invariant Imbedding,NewYork, McGraw−Hill,1975]によるものであり、再帰的に用いて計算を行うことに注意を要する。k、d はi番目の反射防止膜での境界に垂直方向の光の波数と膜厚でありn(i=1,2,…N)はそれぞれの領域における屈折率である。また、α=−1(TM偏光)、1(TE偏光)であり、β=ck/ωn (TM偏光),−ω/ck(TE偏光)である。上記数13式のE、HはTM偏光、TE偏光それぞれにおける、表面に平行な電場成分と磁場成分であることに注意が必要である。反射防止膜を有する1次元フォトニック結晶の反射率の式(数6式)と同様で、上記数11式は形式的には一様誘電体多層膜の反射率と同じであるが、数8式に対応する数13式が、物質定数である実数の屈折率ではないことが決定的に異なる。また光の反射において非常に複雑な振る舞いを示す1次元フォトニック結晶の効果が、すべて数13式に繰り込まれているという重要性から、数13式も本発明の核心部分の1つである。
【0055】
また、上記数10式から数13式を用いて反射率RN−1のn,d(i=2,3,…,N)に関する1階微分係数がゼロになり、2階微分係数が正になるn,d(i=2,3,…,N)を求めれば、その設計値を用いてN−1層の反射膜を有する1次元フォトニック結晶の反射率を最小にすることができる。
【0056】
以上のN−1層からなる反射防止膜の膜厚やその屈折率の設計手法とその原理は、入射光の入射角度、偏光方向によらず、コーティングする反射防止膜の枚数にも依存せず一般に成り立つ。またさらに単層の場合と同様に、単位胞を構成する物質の種類や数、形状、厚さに依存しないので、あらゆる多層反射防止膜を有する1次元フォトニック結晶に対して成り立つ。
【0057】
次に、本発明の第1の実施の形態を具体例の1つとして示すために、単層の反射防止膜を有し、周期部分の単位胞が膜厚の等しいSiO(屈折率1.5)アモルファスSi(屈折率3.5)の2層から構成されている結晶を考える。
【0058】
図3は前述の原理を用いて求めた反射率が最小になる反射防止膜の膜厚dと屈折率nのマップを示す図である。図3において、縦軸の膜厚はλ/4n(λは真空中の波長)で規格化してある。図3中のB1〜B5はエネルギーの小さい順に第1バンドから第5バンドを表しており、それぞれがマップ上で曲線になって現れる理由は、最適な膜厚d、屈折率nがフォトニック結晶のバンドおよび光の波長に依存するからである。
【0059】
図4は、図3によって得られた最適な膜厚d、屈折率nを用いて計算された反射率を示している。図4中の実線は反射防止膜をコーティングした結晶の反射率、点線は無反射膜が存在しない場合の反射率である。図4(a)、(b)、(c)はそれぞれ、規格化された光の振動数(Ω=Λ/λ)が0.5、0.7、0.9のときに反射が最小になるように設計してあり、その周波数を矢印で示してある。
【0060】
図3からわかるように矢印で示された光の振動数において、反射防止膜のある場合の反射率(実線)がゼロに極めて近くなり、反射防止膜がない場合(点線)の反射率を低減していることがわかる。
【0061】
図5は、図4の計算に使われた反射防止膜の設計値(膜厚d、屈折率n)が確かに反射率を最小にする値であることを示すために、反射率の無反射膜の膜厚dと屈折率n依存性を等高線でプロットしたものである。等高線は最大値と最小値の間に等間隔で10本の線で描いてある。また、反射率の最大値を黒色、最小値を白色としてグラデーションをつけて併せて示している。×印で示した点が図4の反射率の計算に使われた最適設計値であり、確かにその設計値において反射率が最小になっていることが確認できる。
【0062】
以上、1次元フォトニック結晶への反射防止膜形成法の原理に基づき、本発明の第1の実施の形態について説明した。ここではその単位胞が膜厚の等しいSiOとアモルファスSiからなり、単層の反射防止膜をコーティングした場合の結果を示した。しかしながら、反射防止膜の設計方法とその原理は、単位胞を構成する物質の種類や数、形状、厚さに依存せず、コーティングする反射防止膜の枚数、入射光の入射角度、偏光方向にも依存しないため、あらゆる透明媒質からなる1次元フォトニック結晶について全く同じ原理に基づいて最適な(反射率が最小もしくはゼロになる)反射防止膜を設計することが可能である。
【0063】
また、単層からなる反射防止膜の場合、反射防止膜の屈折率、膜厚のいずれか1つのみを最適化した構造も本発明の動作原理に基づくものである。更にN−1層からなる反射防止膜の場合、反射防止膜のN−1個の屈折率、N−1個の膜厚のいずれかを最適化した構造も本発明の動作原理に基づくものである。つまりすべての膜厚、屈折率について最適な値にならずとも、本発明の反射防止膜形成の動作原理によるものである。
【0064】
次に、2次元または3次元フォトニック結晶に対する反射防止膜の構造について考える。2次元または3次元フォトニック結晶の反射率の計算は、1次元のそれと比較して計算量が膨大であり、厳密に計算することは非常に困難である。1次元の場合、PBGに近づくと反射率が急激に大きくなるが、これはnの値が急激に大きくなっていることを示している。一方、PBGに近づくにつれて急激に大きくなるパラメータは群屈折率である。ここで群屈折率とは、フォトニック結晶中での光のエネルギー伝搬速度に対する、真空中での光速度の比であり、エネルギーバンド構造から、次の数14式を用いて求めることができる。
【0065】
【数14】
Figure 0004078527
【0066】
従って、反射防止膜を設計するときにnを計算によって厳密に求める替わりに、群屈折率nを用いても良い近似が成り立つと予想される。
【0067】
続いて、参考例としての2次元もしくは3次元フォトニック結晶に対する反射防止膜形成法について説明する。
【0068】
1次元フォトニック結晶の場合には、上述のようにnの値を数式により厳密に求めることができたが、より構造が複雑な2次元または3次元フォトニック結晶の場合にはこの手法は適用できない。そこで、nの値の第一近似としては、フォトニックバンド図から容易に求めることができる群屈折率nを用いれば良い。フォトニックバンド図の計算は、平面波展開法や有限差分時間領域(FDTD)法等の一般的手法が適用できる。また、群屈折率nはフォトニックバンド図から上記数14式を用いて導出できる。このnを数1式、及び数2式へ代入することによって反射防止膜の屈折率nと膜厚dを導出することができる。
【0069】
なお、これらの値は、nの値として第一近似としてのnの値を元に設計されているため、反射防止膜の最適値からは若干ずれている可能性もあり、補正が必要な場合がある。具体的な補正の仕方は次の通りである。1次元結晶の場合の反射率の屈折率、膜厚の依存性を示した図4を見ると、屈折率をある値に固定した時に、反射率が最小となるある膜厚が必ず存在する。従って2次元或いは3次元フォトニック結晶の場合も同様であるので、上記のように求めた屈折率nを固定しておいて、dの値を上で求めた近似値を中心にして変化させて、FDTD法などの数値計算を用いて、透過率が最大(反射率が最小)となるdの最適値を求めれば良い。
【0070】
ところで、屈折率は物質定数であるため、nの屈折率を有する媒質が存在しないか、存在しても実際の作製が難しい場合も考えられる。その場合には、nに近い屈折率を有する媒質を反射防止膜として用いても、或る程度の反射防止効果が得られる。この時、膜厚dは変数として見なし、λ/4膜となる値を初期値としてFDTD法などの数値計算を行い、透過率が最大となる膜厚の最適値dを見つけることができる。
【0071】
図6は、このような原理に基づいて、2次元もしくは3次元フォトニック結晶への反射防止膜形成に関する参考例を示す図である。図6のフォトニック結晶51はこの場合の例として、2次元三角格子構造であって、背景媒質はSi(屈折率3.5)53、原子媒質は空気(屈折率1.0)55であり、格子定数a=0.75μm、空気円柱の直径d=0.65μmである。この時d/a=0.867であり、このフォトニック結晶に対するエネルギーバンド構造は図11で与えられる。このフォトニック結晶に対して光の入射端面57と出射端面59がある。ここで、フォトニック結晶領域の境界は、無限に続くフォトニック結晶の空気円柱に接する切断面であると定義をする。従って、図6の場合はフォトニック結晶領域の境面は図6中の境界(i)に相当する。また、フォトニック結晶の外側は、この場合空気層である。
【0072】
波長分波器等では比較的周波数の高い(エネルギーの高い)領域が利用されるため、今、規格化周波数Ωが0.456〜0.496において伝搬モードを有するバンドに注目する。a=0.75μmの時、Ω=a/λより、このバンドは波長に換算して1.512μm〜1.645μmに相当するバンドである。
【0073】
図7は、図11のフォトニックバンド図から数14式を用いて計算した、本発明のフォトニック結晶における群屈折率を表した図である。群屈折率は最低で10程度、バンド端に近づくにつれて数十から100程度に急激に大きくなっていく。従ってこの場合、無反射コーティングを施さない場合、空気(屈折率1)との屈折率差が大きいため、界面で大きな反射が生ずることが予想される。
【0074】
図8(i)は、入出射端面がフォトニック結晶領域の境界であった場合(反射防止膜が無い場合)の、光の透過スペクトルの計算結果を示したものである。計算にはFDTD法を用いた。短パルスを入射端面の外側から入射させ、出射端面外側での時間波形をモニタし、それをフーリエ変換することにより、透過スペクトルを計算した。計算結果から、光の透過率は注目している波長帯域においてせいぜい数%程度であることが分かる。なお、透過スペクトルに振動構造が見られるのは、20μm×20μmの有限な計算領域を設定しており、入射端面と出射端面の間で光の多重反射の影響が出ているためである。
【0075】
このままでは、フォトニック結晶に光が殆ど入射できないため、反射防止構造を施す必要がある。フォトニック結晶に接する媒質の屈折率は1であるから、反射防止を施す波長をλ=1.55μm、この時の群屈折率を図8からn=10だとすれば、上記数1式を用いて反射防止膜の屈折率はn=(10*1)1/2=3.2が導かれる。これはあくまで近似であるから、ここでは屈折率が3.5である背景媒質のSiを反射防止膜として用いることを考える。この時、λ/4膜としての膜厚は0.11μmと導かれる。この値を中心として、いくつかの膜厚に対しての透過率計算をFDTD法を用いて行い、透過率が最大となる膜厚を見つければ良い。この場合、膜厚の最適値は0.10μmであった。
【0076】
図8(ii)には、最適値であるd=0.10μmの場合の透過率を示している。このような手法を用いれば、考えている波長帯域において80%以上の透過率を実現することが可能であり、(i)と比較して10倍以上も透過率が向上している。
【0077】
このように、光の入出力端面においてフォトニック結晶を構成するSi層の厚みをある値に設定するだけで、透過率を80%以上にすることが可能となる。この方法は従来例のごとく、入出射端面に微細な突起構造を設ける必要性がなく、単純に平らな面を出すだけであり、容易に実現可能である。
【0078】
図9は、本発明によるフォトニック結晶への反射防止の構造に関する第の実施の形態を示す図である。参考例では、フォトニック結晶の背景媒質が反射防止膜として機能していたが、この場合、反射防止膜の屈折率はフォトニック結晶の背景媒質の屈折率と同じであるため、反射防止膜としての設計最適条件には制約があった。そこで、第の実施の形態では、その制約を取り除くため、反射防止膜をフォトニック結晶の背景媒質とは独立の媒質を用いることにより、反射防止膜としての最適条件により近づけることができる。図9はこの構造を示しており、フォトニック結晶の端面を加工した後に、蒸着等によりアモルファスSi薄膜65等の適切な屈折率有する媒質を両端面に成膜している。成膜する媒質はフォトニック結晶の背景媒質と異なるものを用いることも可能である。この場合の反射防止膜の屈折率は、フォトニック結晶の群屈折率とそれと接する媒質の中間の値である必要がある。さらには、反射防止膜の屈折率は、上記数1式で求められる屈折率nに近い値であることがより望ましい。この屈折率を元に、数2式での設計波長に対する膜厚の近似値を出発点として、さらにFDTD法による数値計算も用いることにより、膜厚の最適設計が可能となる。
【0079】
また、この手法を用いれば、先に述べた参考例において、反射防止膜の厚さが設計からずれていたとしても、その上に成膜する膜の厚さを調整することで、そのズレを補償することも可能となる。
【0080】
2次元または3次元フォトニック結晶の場合も、1次元の場合と同様に反射防止膜として、屈折率の異なる媒質が2層以上重なり合わさった多層膜を用いても構わない。この場合の膜厚等の設計方法は、1次元フォトニック結晶の場合の表式(数10式)から数13式を用いればよい。また、その多層膜として、屈折率が異なる媒質が周期的配列されたフォトニック結晶構造であっても構わない。
【0081】
本実施の形態では、フォトニック結晶を構成する媒質としてSiと空気を例にとったが、GaAsのような化合物半導体、SiOのような絶縁体など、動作波長において透明な物質であればほかの媒質であっても良い。また、本実施の形態で示した三角格子以外に、正方格子、六方格子等の他の2次元フォトニック結晶、あるいはダイヤモンド構造等の3次元フォトニック結晶であっても良い。
【0082】
また、反射防止膜としてλ/4膜としたが、上記数2式より、膜厚は3λ/4、5λ/4、…等であっても良い。
【0083】
さらに、本実施の形態では図6の紙面垂直方向には構造が十分に長く続く2次元三角格子構造のフォトニック結晶を例に用いて説明したが、その厚さが格子定数と同程度で、その上下が空気などの低屈折率媒質によって挟まれたスラブ型フォトニック結晶であっても良い。この時、スラブ型フォトニック結晶のバンド構造を求め、さらに群屈折率を導き、さらにFDTD法も利用して、上記の手順によって反射防止を実現するためのSi層厚を決定することができる。
【0084】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明においては、フォトニック結晶の光の入出射端面に、ある一定厚さの反射防止膜を付加することにより、単純にかつ効果的にフォトニック結晶への光の入出力結合効率を向上させることができるフォトニック結晶の反射防止膜の構造とその形成方法とを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】1次元フォトニック結晶への反射防止膜(単層)の構造を説明するための図である。
【図2】1次元フォトニック結晶への反射防止膜(N−1層)の構造を説明するための図である。
【図3】1次元フォトニック結晶に対する最適な反射防止膜の膜厚と屈折率をマップした図である。
【図4】1次元フォトニック結晶に対する最適な反射防止膜に対する、反射率を示した図である。
【図5】1次元フォトニック結晶の反射率の、屈折率と膜厚依存性を示した図である。
【図6】本発明による反射防止構造を有するフォトニック結晶の第2の実施の形態を示す図である。
【図7】 参考例によるフォトニック結晶構造に対する群屈折率を示した図である。
【図8】図6における、(i)と(ii)に対応したフォトニック結晶の光の入出射端面の違いによる、透過スペクトルの変化を示した図である。
【図9】 本発明による反射防止構造を有するフォトニック結晶の第の実施の形態を示す図である。
【図10】(a)2次元フォトニック結晶の構造例を上面から見た図である。
(b)2次元フォトニック結晶構造に対する第1ブリルアンゾーン示した図である。
【図11】図10(a)の構造に対するエネルギーバンド図の計算例である。
【図12】屈折率の異なる2つの一様媒質の境界面における反射防止膜の設計手法を説明するための図である。
【図13】フォトニック結晶に対する反射防止構造を有する従来例を説明するための図である。
【符号の説明】
15 背景媒質
17 原子媒質
19 反射防止膜
21 一様媒質
23 一様媒質
25 Si
27 空気円柱
29 突起構造
31 入射光
33 出射光
35 フォトニック結晶の単位胞
37 1次元フォトニック結晶
39 反射防止膜(無反射膜)
41 フォトニック結晶と一様媒質との境界
43 屈折率分布
45 一様媒質
47 反射防止膜(無反射膜)
51 フォトニック結晶
53 Si
55 空気
57 光の入射端面
59 光の出射端面
61 入射光
63 出射光
65 アモルファスSi薄膜

Claims (6)

  1. 光を伝搬させようとするある一方向にのみ周期的な屈折率の空間分布があり、その方向に垂直な方向には均一な屈折率分布を有する1次元フォトニック結晶において、屈折率がn の一様媒質を介して前記1次元フォトニック結晶へ光を入射する場合、反射防止膜の厚さdと屈折率n とし、前記1次元フォトニック結晶と前記反射防止膜の境界面におけるブロッホ電場をEk、ブロッホ磁場をHkと定義した時、屈折率n =−Hk/Ekの一様媒質と見なして反射率をn 、n 、d およびn を用いて表わした時、反射率のdとnに関する1階偏微分係数がゼロになり、反射率のdとnに関する2階微分係数が正である屈折率と厚さを有する媒質をその端面に付加することにより、前記1次元フォトニック結晶中への光の入射効率を高めることを特徴とする1次元フォトニック結晶への反射防止膜の構造。
  2. 請求項1記載の1次元フォトニック結晶への反射防止膜の構造において、光の入射効率を高めるために付加する媒質が1種類以上の媒質からなる薄膜で構成されていることを特徴とする1次元フォトニック結晶への反射防止膜の構造。
  3. 請求項1記載の1次元フォトニック結晶への反射防止膜の構造において、光の入射効率を高めるために付加する構造が1種類以上の媒質からなる薄膜で構成されており、当該反射防止膜と1次元フォトニック結晶との境界面が無限フォトニック結晶の鏡映面と一致することを特徴とする1次元フォトニック結晶への反射防止膜の構造。
  4. 光を伝搬させようとするある一方向にのみ周期的な屈折率の空間分布があり、その方向に垂直な方向には均一な屈折率分布を有する1次元フォトニック結晶への反射防止膜の形成方法であって、屈折率がn の一様媒質を介して前記1次元フォトニック結晶へ光を入射する場合、反射防止膜の厚さdと屈折率n とし、前記1次元フォトニック結晶と前記反射防止膜の境界面におけるブロッホ電場をEk、ブロッホ磁場をHkと定義した時、屈折率n =−Hk/Ekの一様媒質と見なして反射率をn 、n 、d およびn を用いて表わした時、反射率のdとnに関する1階編微分係数がゼロになり、反射率のdとnに関する2階微分係数が正である屈折率と厚さを有する媒質をその端面付加することにより、前記1次元フォトニック結晶中への光の入射効率を高めることを特徴とする1次元フォトニック結晶への反射防止膜の形成方法。
  5. 請求項4に記載の1次元フォトニック結晶への反射防止膜の形成方法において、光の入射効率を高めるために付加する媒質が1種類以上の媒質からなる薄膜で構成されていることを特徴とする1次元フォトニック結晶への反射防止膜の形成方法。
  6. 請求項4に記載の1次元フォトニック結晶への反射防止膜の形成方法において、光の入射効率を高めるために付加する構造が1種類以上の媒質からなる薄膜で構成されており、当該反射防止膜と1次元フォトニックとの境界面が無限フォトニック結晶の鏡映面と一致することを特徴とする1次元フォトニック結晶への反射防止膜の形成方法。
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