JP4075523B2 - ピストン用アルミニウム鋳造合金,ピストン及びその製造方法 - Google Patents

ピストン用アルミニウム鋳造合金,ピストン及びその製造方法 Download PDF

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Description

【0001】
【技術分野】
本発明は,ピストン用アルミニウム鋳造合金,ピストン及びその製造方法に関する。
【0002】
【従来技術】
自動車のエンジン等の内燃機関においては,それを構成する部品としてピストンが不可欠であり,従来よりアルミニウム鋳造合金を用いて作製されている。このアルミニウム鋳造合金としては,種々のものが提案され改善がなされてきている。
例えば,特開平8−104937号公報の「高温強度に優れた内燃機関ピストン用アルミニウム合金及び製造方法」においては,Cu:3〜7重量%,Si:8〜13重量%,Mg:0.3〜1重量%,Fe:0.1〜1.0重量%,Ti:0.01〜0.3重量%,P:0.001〜0.01重量%,Ca:0.0001〜0.01重量%及び必要に応じてNi:0.2〜2.5重量%を含み,P/Caが重量比で0.5〜50の範囲に調整されている合金が公開されている。
【0003】
【解決しようとする課題】
しかしながら,上記公報に示された合金は,従来よりある合金に比べ優れた耐磨耗性を維持し,且つ高温強度が改善されるという特徴を有するが,より高出力のエンジン用ピストンとしては,まだピンボス部及び頂面部の疲労特性が十分でないという問題がある。また,ピストンの内部に気孔が発生し易く疲労特性のばらつきが大きいという問題もある。
【0004】
また上記合金ではCuやNiなど耐熱性を高める成分の増量により高温強度をある程度高めているが,さらに添加量を高めると延性が低下し,それにより疲労強度が低下してしまうという問題が生じる。またCu量が高いとCu化合物が晶出する最終凝固部が材料内に点在し,その部分に凝固収縮により気孔が生じてしまう。
このように,耐熱成分を増量する従来の方法だけでは,ピストンとしての実用疲労特性をこれ以上向上できない限界に達している。
【0005】
本発明はかかる従来の問題点に鑑みてなされたもので,従来よりも実用疲労特性に優れたピストン用アルミニウム鋳造合金,ピストン及びその製造方法を提供しようとするものである。
【0006】
【課題の解決手段】
第1の発明は,Mg:0.3〜2重量%,Ti:0.15〜0.4重量%,Zr:0.05〜0.3重量%,V:0.01〜0.3重量%,Si:10〜17重量%,Cu:2.5〜3.5重量%,Fe:0.2〜1.0重量%,Mn:0.2〜1.0重量%,Ni:1.8〜3重量%,P:0.001〜0.015重量%,残部Alおよび不可避的不純物からなり,
初晶Siが存在する過共晶組織を有し,かつ,略一方向に整列した5個以上のデンドライトセルを有するデンドライトが占める面積率が10%以下であることを特徴とするピストン用アルミニウム鋳造合金にある(請求項1)。
【0007】
上記第1の発明は,凝固組織の最適化を図ったものであり,これによりピストンとしての実用疲労特性を向上させたものである。この凝固組織の最適化は以下に示す各種合金成分の調整により初めて実現される。また各種合金成分の調整により晶出物の大きさと量を適正にし,これらの晶出物を均一に分散させて疲労強度を向上させている。晶出物が粗大またはその量が多すぎると,応力集中が生じて疲労強度が低下する。
【0008】
そして,特に重要な点は,上記ピストン用アルミニウム鋳造合金には,実質的にデンドライト組織が無い点にある。ここで,実質的にデンドライト組織が無いことは,5個以上デンドライトセルが一方向に整列するデンドライト組織の面積が,組織全体の面積の10%以下,即ち面積率が10%以下であることを意味する。
【0009】
上記デンドライト組織の割合が10%を超えると実質的にデンドライトが目立つ組織になり,凝固細織に不均質を生じる。これに伴い組織内の応力集中が大きくなり,その結果疲労強度が低下する。好適な範囲は上記面積率が5%以下である。この範囲で凝固組織がさらに均質になり疲労強度のばらつきが小さくなる結果,疲労強度の下限値が高くなる効果が得られる。なお,上記のような凝固組織の均質化による疲労強度の向上は,単一合金元素の調整では不可能であり,上記のSi,Cu,Ni,Fe,Mn,Ti,Zr,V,Mg,Pの複合的な成分調整により初めて可能となるものである。
【0010】
以下に,各合金元素量と凝固組織形態の限定理由を記する。
Mg:0.3〜2重量%,
MgはMg2Si系の析出物を生成させ,その析出強化によって200℃以下の低温での強度を改善する。またMg2Siの晶出物を生成し,晶出物による分散強化によって200℃以下の低温から350℃程度の高温までの強度を改善する。Mg含有量が2重量%を超えると,Mg2Siの晶出量が多すぎるため靭性が低下して,疲労強度が低くなるデメリットが生じる。Mg含有量が0.3重量%未満の場合には,Mg2Siの析出量が少なく疲労強度が十分でない。
【0011】
Ti:0.15〜0.4重量%,
Tiにはα−Al相の結晶粒を微細化して,デンドライトセルの整列を抑制し凝固組織を均質化する効果と,基地アルミ相内に固溶して特に高温での強度改善の効果がある。またこれらの効果は他の合金成分との併用により初めて十分な効果が発揮できる。Ti含有量が0.15重量%未満の場合,凝固組織を均質化するに十分な結晶粒の微細化が達成できない。また,基地アルミ相中のTi固溶量が低く,十分な固溶強化が得られない。Ti含有量が0.4重量%を超える場合,基地アルミ相がTiの固溶により硬くなりすぎてせん断破壊を生じるおそれがあるとともに,粗大なTi化合物が生成し靭性が低下するおそれがある。
なお,Tiの添加をAl−Ti−B合金,Al−Ti−C合金などによって行う場合には,不純物としてBおよびCの含有を許容する。
Ti含有量の好ましい範囲は,0.17〜0.3重量%である。0.17重量%以上では十分な結晶粒の微細化によって組織の均質性が増し,疲労強度のばらつきが小さくなり,疲労強度の下限値が向上する。また,0.3重量%より多く含有させるには,鋳造温度を高くする必要があり,溶湯が酸化しやすいなどのデメリットが生じる場合がある。
【0012】
Zr:0.05〜0.3重量%,
ZrもTiと同様にα−Al相の結晶粒を微細化して,デンドライトセルの整列を抑制し凝固組織を均質化する効果と,基地アルミ相内に固溶して特に高温での強度改善の効果がある。またこれらの効果は他の合金成分との併用により初めて疲労強度の改善を生むに十分な効果となる。Zr含有量は0.05重量%以上含有することが十分な凝固組織の均質化と固溶強化を得る上で好ましい。0.05重量%未満の場合,凝固組織を均質化するに十分な結晶粒の微細化が達成できないおそれがある。また,基地アルミ相中の固溶量が低く,十分な固溶強化が得られないおそれがある。0.3重量%を超える場合,基地アルミ相が固溶により硬くなりすぎてせん断破壊を生じるおそれがあるとともに,粗大なZr化合物が生成し靭性が低下するおそれがある。
【0013】
V:0〜0.3重量%,
Vは主に基地アルミ相内に固溶して高温での強度改善に効果がある。V含有量は含有量0まで許容するが,0.02重量%以上含有すると高温強度の改善が明確に現れるので好ましい。0.3重量%を超える場合には,溶解温度が高くなりガス吸収の問題などが生じるのて望ましくない。また,基地アルミ相が固溶により硬くなりすぎてせん断破壊を生じるおそれがあるとともに,粗大なV化合物が生成し靭性が低下するおそれがある。
【0014】
Cu:2.5〜3.5重量%,
Cu含有量が2.5重量%未満の場合には,350℃付近の高温耐力が十分でなく,疲労強度も不足する。3.5重量%を超えると,Cu化合物が晶出する最終凝固部が点在して,凝固収縮によりこの部位に気孔が生成する。これにより疲労強度が低下する。好ましい範囲は2.8〜3.2重量%である。この範囲で,安定して高い疲労特性が得られる。
【0015】
Si:10〜17重量%,
Si含有量が10重量%未満の場合,Pを添加しても過共晶凝固させることができず,亜共晶凝固してしまうおそれがある。亜共晶凝固になると,凝固時に気孔の原因となるガスを放出する基地α−Al相が分散して凝固し,最終凝固部が点在するため気孔が生じやすい。Si含有量が17重量%を超えると,粗大な初晶Siが多量に生成して,低温での延性や靭性が著しく低下するおそれがある。また,被削性が著しく低下するおそれがある。Si量が高いほど350℃付近の高温疲労強度は向上する。好ましい範囲は11.5〜16重量%である。この範囲において安定して過共晶凝固が得られるとともに,初晶Siの大きさ,量が適度であるため,高い疲労特性と適度な被削性を具備する。
【0016】
Fe:0.2〜1.0重量%,
Fe含有により,Fe化合物が晶出物として生成する。この晶出物の分散強化により高温耐力が向上する。Fe含有量が0.2重量%未満では晶出物が少なく,高温耐力の向上が十分でない。Fe含有量が1.0重量%を超えると,粗大なFe化合物を生成しやすく,応力集中により疲労特性が低下するおそれがある。好ましい範囲は0.2〜0.7重量%である。この範囲でFe化合物の大きさ,量がより適度になるため,疲労強度が安定して高くなる。なお,Fe化合物とはFeを含む化合物の総称とする。
【0017】
Mn:0.2〜1.0重量%,
MnもFeと同様,化合物を晶出させ,分散強化による高温耐力の向上に寄与する。また,基地アルミ中に固溶して,固溶強化により高温耐力を向上させる効果もある。Mn含有量が1.0重量%を超えると,粗大なMn化合物を生成しやすく,応力集中が生じて疲労特性が低下するおそれがある。好ましい範囲は0.2〜0.7重量%である。この範囲でMn化合物の量および大きさが適当になるので,疲労強度が安定して高くなる。なお,Mn化合物とはMnを含む化合物の総称とする。Mnはまた,Fe化合物中にも含有される。例えばAl−Si−Fe−Mn化合物は,FeおよびMnを含むので,Fe化合物とMn化合物の両方に属する。
【0018】
Ni:1.8〜3重量%,
NiもFe,Mnと化合物を晶出させ,分散強化による高温耐力の向上に寄与する。Ni含有量が1.8重量%未満では,Ni化合物の晶出が少なく,高温耐力の向上が不十分である。Ni含有量が3重量%を超えると粗大なNi化合物が晶出し,応力集中により疲労特性が低下するおそれがある。
【0019】
P:0.001〜0.015重量%,
Pの添加により,安定した過共晶凝固を達成し,気孔発生を防止する。また初晶Siを微細化し,延性や靭性を確保する。P含有量が0.001重量%未満の場合には,このような効果が十分に得られない。P含有量が0.015重量%を超えると,湯流れ性が悪化し,湯廻り不良が生じ易い。
Pの添加は,初晶Siの微細化用に供給されるAl−Cu−P合金の形で行うのが好ましい。これにより,量産工程で初晶Siの平均粒径を40μm以下に安定的に微細化できる。
【0020】
第2の発明は,上記の第1の発明のピストン用アルミニウム鋳造合金を使用したことを特徴とするピストンにある(請求項2)。
本発明のピストンは,上述した優れた凝固組織を有しており,200℃以下の低温から350℃程度の高温までのピストン各部が晒される広い温度範囲において,優れた実用疲労特性を発揮するものとなる。
【0021】
第3の発明は,Mg:0.3〜2重量%,Ti:0.15〜0.4重量%,Zr:0.05〜0.3重量%,V:0.01〜0.3重量%,Si:10〜17重量%,Cu:2.5〜3.5重量%,Fe:0.2〜1.0重量%,Mn:0.2〜1.0重量%,Ni:1.8〜3重量%,P:0.001〜0.015重量%,残部Alおよび不可避的不純物からなるアルミニウム鋳造合金を用い,
該アルミニウム鋳造合金を鋳造してピストンを形成する鋳造工程と,
上記ピストンに切削加工を施す切削工程とを含むことを特徴とするピストンの製造方法にある(請求項4)。
【0022】
上記第3の発明の製造方法においては,上記の各成分を上記特定の範囲に調整した合金を用いることによって,上記鋳造工程時に得られる凝固組織を,上述したデンドライト組織が実質的に存在しない均質な組織とすることができる。
そして,その後に上記切削工程を施すことによって,寸法精度の高いピストンを得ることができる。得られたピストンは,上述したごとく,200℃以下の低温から350℃程度の高温までのピストン各部が晒される広い温度範囲において,優れた実用疲労特性を発揮するものとなる。
【0023】
【発明の実施の形態】
上記第2の発明においては,上記ピストンは,その使用開始前のビッカース硬さがHV100以上であることが好ましい(請求項3)。これにより,200℃以下の状態における実用疲労特性をさらに向上させることができる。上記ビッカース硬さがHV100未満の場合には,200℃以下の温度域での疲労強度が低下するので好ましくない。なお,硬さが高すぎるとピストンピンとの接触部や形状の不連続部において応力集中が大きくなり,実用疲労強度が低下するという理由から上記ビッカース硬さの上限はHV180とすることが好ましい。
【0024】
上記第3の発明においては,上記鋳造工程を施した直後に上記ピストンを焼き入れする焼き入れ工程を行い,次いで,上記ピストンを温度180〜280℃に1〜12時間保持する時効工程を行うことが好ましい(請求項5)。上記焼き入れ工程の実施によって,MgおよびCuが基地α−Al中に過飽和に固溶する過飽和固溶体が得られ,その後の時効工程の実施によってMgまたはCuを含む析出物が生成するため,硬さが高くなり疲労強度も高くなるという効果が得られる。
なお,上記焼き入れ工程は,過飽和固溶体を得るために高温から急冷する熱処理工程であり,例えば温水又は冷水中に焼き入れることにより行うことができる。また,上記焼き入れ処理は,鋳造後,400℃以上の高温状態から行うことが好ましい。これにより十分な過飽和固溶体を得ることができる。
【0025】
また,上記時効工程の実施によって,硬度がより高くなるとともに,析出物がより均一に分散し,安定して優れた実用疲労特性が得られる。
一方,上記時効温度が180℃未満の場合には時効時の析出速度が遅いという問題があり,一方,280℃を超える場合には時効時の析出が均一に生じなるという問題がある。
また,上記時効温度での保持時間が2時間未満の場合には,時効析出量が十分でないという問題があり,一方,12時間を超える場合には,それ以上加熱しても効果に大きな変化はなく,コスト高になるという問題がある。また,時効温度が高い場合に12時間以上加熱すると硬さが低下してしまうという問題がある。
【0026】
また,上記鋳造工程を施した後,上記ピストンを温度450〜510℃に1〜12時間保持する溶体化加熱工程を行い,次いで,上記ピストンを焼き入れする焼き入れ工程を行い,次いで,上記ピストンを温度180〜280℃に1〜12時間保持する時効工程を行うことも好ましい(請求項6)。上記溶体化加熱工程の実施によって晶出物の角部が丸くなり応力集中が低減すると共に,MgおよびCuが基地α−Al中に均一に固溶する効果が得られる。またMgおよびCuが均一に固溶するため,後の時効工程において析出がより均一に生じる効果もある。
【0027】
上記溶体化加熱温度が450℃未満の場合には晶出物の角部が十分に丸くならず,また,析出物形成元素の均一な固溶が不十分であるという問題がある。一方,溶体化加熱温度が510℃を超える場合にはCuを含有する化合物が一部溶融し再凝固するときに気孔等の欠陥を生じるおそれがある。
また,上記溶体化加熱温度での保持時間が1時間未満の場合には,上記溶体化加熱温度が450℃未満の場合と同様の問題があり,一方,12時間を超える場合には,熱処理コストが高くなると共に生産効率が悪くなるという問題がある。
上記時効工程による作用効果及び時間及び温度の限定理由は上記と同様である。
【0028】
また,上記鋳造工程により上記ピストンを形成した後,該ピストンを室温まで放冷することもできる(請求項7)。即ち,上記ピストンを鋳造後,熱処理を行うことなく放冷して鋳放し状態とすることもできる。この場合には,製造工程を合理化することができるだけでなく,鋳造後の放冷時に高温で安定な析出物が生成するため,組織の安定性が高まり,耐熱性の向上を図ることもできる。
なお,放冷の冷却速度は通常400℃〜200℃において平均で50℃/min以下である。上記400℃〜200℃における平均冷却速度の好ましい範囲は,1〜30℃/minである。1℃/minより冷却速度が遅い場合には,冷却時間が長すぎて生産効率が低くなるデメリットがあり,一方,30℃/minより速い場合には,高温で安定な析出物が十分に生成しないことがある。
【0029】
また,上記ピストンの鋳造方法としては,低コストな重力鋳造が利用できる。但し,高圧鋳造,ダイキャストなどでも製造可能である。
【0030】
【実施例】
本例では,表1及び表2に示すごとく,本発明の実施例に係る化学組成を有する13種類の合金(実施例1〜3,6〜13)と,比較例としての7種類の合金(比較例1〜7)を作製し,その特性を評価した。
まず,表1および表2に示す各種アルミニウム合金を溶解して化学成分量を調整した。ここで,Pの添加はAl−19重量%Cu−1.4重量%P合金を他の成分を調整した730℃以上の溶湯中に最後に溶解して行った。その後740〜760℃でフラックス添加による脱酸処理を施した後,真空中で20分間保持する真空脱ガス処理を施して鋳造用の溶湯を得た。その後,表面にBNを塗布した室温のJIS4号試験片採取用舟型に溶湯を鋳込んだ。注湯温度は700℃である。なお舟型は予めバーナーで150℃以上に加熱し十分に水分を除去した後室温に冷却したものを用いた。得られた鋳造素材に,以下の各種熱処理を施した。各試料に適用した熱処理は,表1,表2に示す。
【0031】
<T6処理>:495℃×3時間の加熱後,50℃の温水中に焼き入れる溶体化処理を施し,次いで210℃×3時間の時効処理を実施。
<T5処理>:金型に鋳造後,室温まで放冷した後,220℃×6時間の時効処理を実施。
<F処理>:金型に鋳造後,室温まで放冷のみ。400℃〜200℃間の平均冷却速度は10℃/minである。
<T5W処理>:金型に鋳造後,直ぐに,400℃以上の高温状態から50℃の温水中に焼き入れた後,220℃×6時間の時効処理を実施。
【0032】
さらに,疲労試験片を採取する素材ついては,その試験温度と同じ200℃または350℃で100時間加熱する予備加熱処理を施した。この様に熱処理した鋳造素材から機械加工により疲労試験片,組織観察試料および硬さ測定試料を採取した。
疲労試験片の平行部はφ4mm×長さ6mmとし,舟型底から14mm高さの位置を試験片の軸中心として加工した。
硬さ測定試料は各種熱処理後,予備加熱前の素材から採取した。
200℃または350℃での疲労試験はφ4×長さ6mmの平行部を有する平滑試験片を用いて,電気油圧式疲労試験機により,引張−圧縮の50Hzの正弦波応力波形にて平均応力ゼロの条件で実施した。
ビッカース硬さは室温にて荷重10kg×圧入時間30sの条件で測定した。
【0033】
表1及び表2に示す供試材について,ビッカース硬さ,デンドライトの面積率,および200℃または350℃における疲労強度を調べた結果を表3及び表4に示す。表示した疲労強度はいずれも試験結果の応力振幅−破断寿命線図から求めた寿命が107回となる疲労強度である。
【0034】
ここで,デンドライトの面積率の求め方について説明する。
図1は本発明の過共晶合金で不均質の原因となるデンドライト(1)の模式図である。デンドライトとは樹枝状晶のことで,文字通り,凝固の際に樹木の枝状に成長した結晶をさす。この枝に当たる部分をデンドライトセル又はセル(11)と呼び,その間隙には晶出物(12)が点在する。デンドライト自身はα−Al相からなり,その境界は光学顕微鏡組織には現れないが,セル間隙およびデンドライトの周囲に晶出物12が分散して存在するので,その存在を組織写真から判別できる。
また,一つのデンドライト1内ではセル11はほぼ一方向に整列して形成される。デンドライトが小さいと整列するセル数が少なく,デンドライトと判別し難いが,通常5個以上整列していると明確にデンドライトと判別できるので,上記のような定義とした。デンドライトの占める面積は便宜上,図1に示す通り,デンドライト1の周囲を包絡線19で囲んだ面積とする。
【0035】
面積率の求め方としては,図2に示す様に光学顕微鏡写真上で,デンドライト1の部分を包絡線19で囲み,その面積率を画像処理等の方法で算出する。観察領域の総面積は2mm2以上が望ましい。観察場所によるばらつきが大きい場合は無作為に4個所以上の位置を抽出し,各位置につき2mm2の観察領域についての面積率を求め,さらに全体の平均値を求めて代表値とすることが望ましい。例として,本発明の範囲に属する均質な組織を示す図面代用写真を図3,図4に,本発明に属さない不均質な組織の例を示す図面代表写真を図5,図6に示す。
【0036】
図3では,上記の定義に当てはまる明確なデンドライトは存在しない。
図4では,ごく一部にデンドライトが認められるが,その面積率は10%以下と小さいため,十分に均質な組織と判断できる。
一方,図5は,組織全体に明らかなデンドライトが認められた。その面積率は10%を超えるため,不均質な組織と判断できる。
また,図6は,特に図の下半分が一方向にセルが整列したデンドライトにより占められており,全体に占めるデンドライトの面積率が10%を超えるため,不均質な組織と判断できる。
また,図7に示す様に,セルが一方向に50個以上整列したデンドライトは著しく均質性を乱すため,面積率に関わらずデンドライト組織を有する例と判断することができる。
【0037】
そして,本例では,デンドライトの面積率としては,総面積が4mm2以上となる複数の光学顕微鏡組織写真より,それぞれ,一方向に5個以上デンドライトセルが整列した明らかにデンドライトと判断できるものの面積率を求め,さらに,すべての平均をとって求めた平均面積率の値を用いた。
【0038】
【表1】
Figure 0004075523
【0039】
【表2】
Figure 0004075523
【0040】
【表3】
Figure 0004075523
【0041】
【表4】
Figure 0004075523
【0042】
まず,表1に示された試料の評価結果を考察する。
実施例1,2の合金の熱処理はT5W,実施例3合金の熱処理はT6であり,実施例1〜の合金はすべて合金成分が本発明の範囲内に調整されている。そして,実施例1〜の合金は,表3に示す様に,デンドライトの面積率が10%以下となっており,凝固組織が均質である。
【0043】
それに対し,比較例1,2の合金はFe,Mn,Ti量が本発明から外れており,その結果,表3に示す様に,デンドライトの面積率が20%以上であり,デンドライトが目立つ不均質な組織となっている。
また,実施例1〜,比較例1〜2の合金の硬さはいずれもHV100以上である。
【0044】
また,表3に示す通り,凝固組織が均質な実施例1〜の合金は,凝固組織が不均質である比較例1,2の合金に比べて200℃での疲労強度が明らかに高いことが分かる。
なお,実施例の中でもZrとVを共に含有する実施例1〜3の合金が特に高い疲労強度を示している。
【0045】
次に,表2に示された試料の評価結果を考察する。
実施例〜9の合金の熱処理はT6,実施例10の合金の熱処理はT5,実施例11,12の合金の熱処理はT5W,実施例13の合金の熱処理はFであり,実施例〜13の合金はいずれもその合金成分が本発明の範囲内に調整されている。
一方,比較例3〜7の合金は,合金成分範囲が本発明より外れる合金であり,熱処理は比較例3〜6がT6,比較例7がT5Wである。
【0046】
表4に示す様に,実施例〜13の合金はデンドライトの面積率が10%以下であり,実質的にデンドライトの無い均質な凝固組織を有する。
それに対し,比較例3〜7の合金はデンドライトの面積率が20%以上であり,デンドライトが目立つ不均質な組織を呈している。一方,比較例7の合金はデンドライトの面積率は10%以下であるが,Ni量が本発明の範囲より低い。
【0047】
また,実施例〜13,比較例3〜7の硬さはいずれもHV100以上であった。
また,表4に示す様に,実施例〜13合金は,比較例3〜7の合金に比べて350℃における疲労強度が明らかに高いことが分かる。
なおZrとVを共に含有する実施例6〜13の合金では比較例に対する疲労強度の優位性がより明確である。
【0048】
また,過飽和固溶体を得るための焼き入れ工程を含む熱処理であるT6とT5Wの合金は,200℃および350℃のいずれの温度域においても疲労強度が高く,幅広いピストンの用途に使用できる点で望ましい。
また,鋳造後放冷したF処理を施した実施例13の合金も350℃で高い疲労強度を示しており,実質的に熱処理無しで高い高温疲労強度が得られることから,低コスト化という量産ピストンでは極めて望ましい付加的効果が得られる。
【0049】
本発明の合金は上記の熱処理によりビッカース硬さが100以上に調整しており,200℃以下での疲労強度を確保している。焼鈍などによりビッカース硬さが100未満になった場合には200℃以下の温度域での疲労強度が著しく低下するので好ましくない。
以上の結果から,本発明に示す合金成分の調整により凝固組織を均質化した実施例1〜3,6〜13の合金が,ピストンに要求される200℃〜350℃の疲労強度に優れることが分かった。
【0050】
ピストンのピンボス部はピストンピンとの接触により内燃機関の動力を伝達する重要部位であり,高い応力が繰り返し負荷される。したがって,特にピンボス部にデンドライト面積率が10%以下の合金を配したピストンが望ましい。
以上の供試合金はいずれもAl−Cu−P合金の形でP添加を行っており,その結果初晶Siの平均長径はいずれも40μm以下と微細であった。しかし,別の形でP添加を行った場合,およびAl−Cu−Pを使用しても不純物の多い地金を用いた場合には初晶Siの平均長径が50μm以上となる場合があり,その場合には,試験片加工時に表面の粗大初晶Siが割れて剥離し表面性状に異常を来したり,その結果200℃以下での疲労強度が低下する場合が認められた。以上の結果から,Pの添加方法と地金純度の調整により初晶Siの平均長径は50μm以下にすることが望ましい。
【0051】
次に,参考までに,上記実施例1等のアルミニウム鋳造合金を用いて製造したピストンの一例を示す。
本例のピストン5は,図8に示すごとく,略円筒形状の本体部50と,該本体部50の一端を閉塞するように配設された頂面部530と,本体部50を径方向に貫通するように設けられたピン穴520を設けたピンボス部52を有している。各ピン穴520は,図示しないコンロッドを固定するためのピストンピンを挿入するように構成されている。
【0052】
このピストン5を製造するに当たっては,上記実施例1〜3,6〜13の試験片を製造する場合と同様に鋳造工程と熱処理工程を行った後に,所望形状に切削する切削工程を施す。得られたピストン5は,使用する合金(実施例1〜3,6〜13)ごとに,それぞれ上述したような優れた作用効果を発揮する。
それ故,ピストン5は,過共晶凝固による気孔発生の防止,及び上記Si,Cu,Ni,Fe,Mn,Ti,Zr,V,Mg,Pの複合的な成分調整によるデンドライトが実質的に存在しない均質化された凝固組織を有することによる実用疲労特性の向上を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】実施例における,デンドライトの構成を示す説明図。
【図2】実施例における,デンドライト組織の面積率の求め方を説明するための金属組織を示す図面代用写真。
【図3】実施例における,実質的にデンドライト組織がない均質組織を有する例を示す図面代用写真。
【図4】実施例における,実質的にデンドライト組織がない均質組織を有する他の例を示す図面代用写真。
【図5】実施例における,デンドライトが目立つ不均質組織を有する例を示す図面代用写真。
【図6】実施例における,デンドライトが目立つ不均質組織を有する他の例を示す図面代用写真。
【図7】実施例における,デンドライトが目立つ不均質組織を有する他の例を示す図面代用写真。
【図8】実施例における,ピストンの一部切欠き斜視図。
【符号の説明】
1...デンドライト,
11...デンドライトセル(セル),
12...晶出物,
19...包絡線,
5...ピストン,
52...ピンボス部,
520...ピン穴,
530...頂面部,

Claims (7)

  1. Mg:0.3〜2重量%,Ti:0.15〜0.4重量%,Zr:0.05〜0.3重量%,V:0.01〜0.3重量%,Si:10〜17重量%,Cu:2.5〜3.5重量%,Fe:0.2〜1.0重量%,Mn:0.2〜1.0重量%,Ni:1.8〜3重量%,P:0.001〜0.015重量%,残部Alおよび不可避的不純物からなり,
    初晶Siが存在する過共晶組織を有し,かつ,略一方向に整列した5個以上のデンドライトセルを有するデンドライトが占める面積率が10%以下であることを特徴とするピストン用アルミニウム鋳造合金。
  2. 請求項1に記載のピストン用アルミニウム鋳造合金を使用したことを特徴とするピストン。
  3. 請求項2において,上記ピストンは,その使用開始前のビッカース硬さがHV100以上であることを特徴とするピストン。
  4. Mg:0.3〜2重量%,Ti:0.15〜0.4重量%,Zr:0.05〜0.3重量%,V:0.01〜0.3重量%,Si:10〜17重量%,Cu:2.5〜3.5重量%,Fe:0.2〜1.0重量%,Mn:0.2〜1.0重量%,Ni:1.8〜3重量%,P:0.001〜0.015重量%,残部Alおよび不可避的不純物からなるアルミニウム鋳造合金を用い,
    該アルミニウム鋳造合金を鋳造してピストンを形成する鋳造工程と,
    上記ピストンに切削加工を施す切削工程とを含むことを特徴とするピストンの製造方法。
  5. 請求項4において,上記鋳造工程を施した直後に上記ピストンを焼き入れする焼き入れ工程を行い,次いで,上記ピストンを温度180〜280℃に1〜12時間保持する時効工程を行うことを特徴とするピストンの製造方法。
  6. 請求項4において,上記鋳造工程を施した後,上記ピストンを温度450〜510℃に1〜12時間保持する溶体化加熱工程を行い,次いで,上記ピストンを焼き入れする焼き入れ工程を行い,次いで,上記ピストンを温度180〜280℃に1〜12時間保持する時効工程を行うことを特徴とするピストンの製造方法。
  7. 請求項4において,上記鋳造工程により上記ピストンを形成した後,該ピストンを室温まで放冷することを特徴とするピストンの製造方法。
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