JP4031603B2 - 高低圧一体型タービンロータ及びその製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明はタービンロータに関するものであり、特に火力発電等で使用する蒸気タービンに使用される、高低圧一体型のタービンロータに関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来、火力発電用蒸気タービン等のタービンロータの一つとして、高圧部から低圧部まで一体化された素材を使用した高低圧一体型タービンロータが知られている。蒸気タービンは蒸気の入口側では高温高圧の蒸気に曝されるが、末端部に近づくにつれて蒸気の温度と圧力が低下し、体積が大幅に膨張した蒸気に曝される。このため高圧部ではタービンブレードの長さも短く、タービンロータにかかる応力も比較的小さいのでタービンロータの直径も短いものでよい。一方、低圧部では多量の蒸気の力を受け止めるためタービンブレードの長さを長くして、タービンロータの直径を大きくせねばならず、タービンロータにかかる応力は大きなものとなる。従って、高低圧一体型のタービンロータに要求される特性としては、高圧部では高温強度、特に優れたクリープ強度が要求され、一方、低圧部では常温における機械的強度及び優れた靱性が求められる。
【0003】
従来、高低圧一体型のタービンロータに用いられる耐熱鋼の例としては、低合金系のCrMoV鋼や高Cr系の12Cr鋼(特開昭60−165359、特開昭62−103345参照)がもっぱら使用されてきた。そしてCrMoV系の鋼種を使用してタービンロータ素材に加工し、1本のタービンロータの高圧部と低圧部に分けて異なった条件で熱処理を施し、クリープ特性と靱性を兼ね備えたタービンロータを得る方法が提案されている。例えば特開平5−195068公報にはロータ素材の高圧部を低圧部よりも高温に加熱して焼き入れをした後、ロータ素材全体を所定の温度で焼き戻して優れた高温クリープ強度と靱性を兼ね備えた高低圧一体型のタービンロータを得る方法が開示されている。また、特開平8−176671公報にはロータ素材を1000〜1150℃で焼準したのちパーライト変態させ、さらに920〜950℃で焼準したのち、高圧部分と定圧部分を異なる温度で焼入れし、その後ロータ素材全体を焼戻しして優れた高温クリープ特性と靱性を兼ね備えた高低圧一体型のタービンロータを得る方法が開示されている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら近年エネルギー効率の一層の向上が望まれるようになり、タービンに導入される蒸気温度はますます高くなる傾向にあり、蒸気の量も増大してきたので、タービンロータに要求される特性も一層厳しいものとなってきた。このため、従来のタービンロータでは、高圧部における高温機械特性、特にクリープ強度の点で不十分であり、より高い蒸気温度での使用に耐える材料を開発する必要がでてきた。また低圧部においては、大きな応力に耐えるより靱性に富んだ材料が要求されるようになってきた。
従来、CrMoV鋼は約950℃の温度から焼入れして使用されてきた。焼入れ温度を高めると軟らかい初析フェライト相の析出が抑えられ、強化元素の固溶も促進されて材料強度は高まるが、新たにクリープ脆化を起こすという問題が発生するので、焼入れ温度を高めることができなかった。各種合金元素の添加や熱処理方法の工夫により脆化を抑制する試みもなされてきたがまだ満足いくものは得られていない。
また、焼入れ温度を高めると結晶粒の粗大化が進み、材料の靱性が劣化するという問題があり、この点からも焼入れ温度を1,000℃以上に高めることができなかった。このようにCrMoV鋼の高温強度と脆性は、製造上は相反する熱処理条件によらねばならないという難しさを含んでいる。このため高温、大容量の蒸気タービンに適するタービンロータは、未だに満足するものは得られていない。
そこで本発明は、焼入れ温度を高め、従来のCrMoV鋼と同等以上の高い靱性を有し、かつ平滑クリープ破断試験において高いクリープ破断特性を備え、しかもクリープ脆化を起こしにくい優れた高温クリープ強度を備えた材料を提供し、この新規な耐熱鋼で構成されたタービンロータを提供しようとするものである。
【0005】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、高温特性、特にクリープ脆化特性には不純物の影響が大きいことを突き止めた。その結果、所定の合金配合をするのみならず、燐、硫黄、銅、アルミニウム、砒素、錫、アンチモンといった有害な微量不純物元素を極力低く抑えることで、980℃以上1100℃の高温度領域からの焼入れを可能にした。その結果、高圧部では優れたクリープ強度を有し、特にクリープ脆化を起こさず、しかも低圧部においては高い靱性を有する高低圧一体型のタービンロータを得ることを見出して、本発明を完成させた。
本発明の高低圧一体型のタービンロータの高圧蒸気で使用する部分は、温度:600℃で、応力:147MPaの特定条件下での平滑クリープ破断試験におけるクリープ破断時間が3,000時間以上で、かつ同一条件下での切欠きクリープ破断試験におけるクリープ破断時間が10,000時間以上のすぐれた高温特性を有するものである。また、本発明の高低圧一体型タービンロータの低圧蒸気で使用する部分は、0.2%耐力が686MPa以上で、かつシャルピー衝撃吸収エネルギーが98J以上の優れた靱性を有するものである。このように本発明の高低圧一体型タービンロータは、高圧部の優れたクリープ特性と、低圧部の優れた靱性とを兼ね備えた特性を有するものである。
【0006】
本発明の高低圧一体型のタービンロータの製造方法は、特定組成の合金鋼からなるロータ素材を高圧部と低圧部で異なった熱処理をする方法である。すなわち、本発明の高低圧一体型のタービンロータは、特定組成の合金鋼からなるロータ素材を準備し、該ロータ素材の高圧部に相当する部分は980℃以上1100℃以下に加熱した後、衝風冷却速度以上の早い冷却速度で冷却し、一方、低圧部に相当する部分は850℃以上980℃未満に加熱した後、油焼き入れ以上の遅い冷却速度で冷却することにより得ることができる。このようにロータ素材の高圧部に相当する部分は高い温度から焼入れをして高い温度で焼戻しをし、一方、低圧部に相当する部分は比較的低い温度から焼入れをして比較的低い温度で焼戻しをする方法である。高圧部と低圧部で異なった熱処理をすることにより、高圧部に相当する部分は、温度:600℃で応力:147MPaの特定条件下における切欠きクリープ破断試験におけるクリープ破断時間が10,000時間以上のすぐれた高温特性を有するものとなり、一方、低圧部に相当する部分は、シャルピー衝撃吸収エネルギーが98J以上の優れた靱性を有するものとすることができる。
このような優れた特性を発揮する特定の合金鋼の組成は、後に詳しく説明するが、CrMoV系耐熱鋼やタングステンを含むCrMoV系耐熱鋼において高温脆性に悪影響を及ぼす燐、硫黄、銅、アルミニウム、砒素、錫、アンチモンの不純物の許容含有量を、所定の値以下に限定したものである。
【0007】
まず、高温特性のうち切欠クリープ破断強度について説明する。通常、鋼材に応力を加えると、比較的低い応力でも高温度の時は非常に徐々にではあるが塑性変形を起こして伸びを呈し、やがては急速に伸びが進行してくびれ、破断に至る現象がクリープ及びクリープ破断現象である。この現象は結晶粒界における粘性流れや結晶内の転位の移動によるものと考えられる。高温クリープ破断試験は、高温度で材料に一定静荷重を長時間作用させて破断するまでの時間を測定している。試験片は一定断面積を持つ丸棒が使用され、測定方法はJISのZ−2272に規定されている。JISに規定されているのは平滑クリープ破断試験であり、試験片の測定部分の標点間は滑らかに削って仕上げたものが使用される。
これに対して切欠クリープ破断試験では、標点間に切欠(ノッチ)を設けた試験片を使用する。引張られる測定部分の断面積(切欠底の断面積)は平滑クリープ破断試験の場合と同じにして応力を定めている。また、試験片の平行部(平滑試験片の評点間に相当)の直径はノッチ底の直径の1.2倍とし、ノッチは開き角度60°、ノッチ底の曲率半径0.13mmとし、引張り方向と垂直に切り込んでいる。平滑クリープ破断試験では、引張応力を加えると標点間が次第に伸び、標点間がくびれてやがては破断に至る。これに対して試験片に切欠を設けると、試験片が引張られた時に、切欠部を変形させまいとする応力が切欠部を取り巻くように働き(いわゆる多軸応力)、均一伸び現象を呈することなく破断に至る。一般に延性の高い材料では、切欠によって変形が拘束されることによって破断に至るまでの時間が平滑クリープ破断試験より長くなるが、鋼種によっては、クリープ破断試験中に材料の脆化が徐々に進み、ボイドの発生やその連結によってき裂が生じる現象が加速されてクリープ破断を起こすものが現れる。この場合は切欠試験の方が平滑試験より短時間で破断してしまう。このような現象を切欠弱化と呼び、クリープ脆化を示す指標として用いることができる。すなわち、応力や温度条件をそろえて、平滑クリープ破断試験、切欠クリープ破断試験を行い、両者のクリープ破断時間を比較することで、クリープ脆化の程度を明確に示すことが可能となる。
【0008】
タービンロータは運転中に応力が負荷された状態で長時間高温度に曝されるので、経年的材料強度の低下が問題となる。従来、タービンロータ材についてはJISに規定された平滑高温クリープ破断試験のみで品質が評価されていたが、本発明者らは切欠高温クリープ破断試験を行うことにより、材料の高温強度特性、特にクリープ脆化特性を評価する手段を見いだした。しかもクリープ脆化には有害な微量不純物が大きな影響を及ぼしていることを見いだした。その結果、燐、硫黄、銅、アルミニウム、砒素、錫、アンチモンといった有害な微量不純物元素を極力低く抑えることで、およそ1000℃以上の高温度からの焼入れを可能にし、初析フェライト相の析出を抑制するとともに、クリープ脆化を起こさない材料を得ることに成功した。
有害な微量不純物元素を極力低く抑えたCrMoV系耐熱鋼やタングステンを含むCrMoV系耐熱鋼からなるロータにつき、高圧部に相当する部分を980℃以上1100℃以下の高温度から焼入れをし、衝風冷却以上の冷却速度で焼戻して、優れたクリープ脆化特性を付与することができるようになる。一方、低圧部に相当する部分を850℃以上980℃未満のより低い温度から焼入れをし、油焼き入れ以上の冷却速度で焼戻して、優れた靱性特性を付与することができるようになる。
【0009】
本発明の第1の参考例で使用する合金は、重量%で炭素:0.20〜0.35%、珪素:0.15%以下、マンガン:0.05〜1.0%、ニッケル:0.3〜1.5%、クロム:1.0〜3.0%、モリブデン:0.5〜1.5%、バナジウム:0.1〜0.3%を含み、燐:0.012%以下、硫黄:0.005%以下、銅:0.15%以下、アルミニウム:0.01%以下、砒素:0.01%以下、錫:0.01%以下、アンチモン:0.003%以下であって、残部が不可避的不純物を含む鉄からなる低合金耐熱鋼である。従来のCrMoV鋼においてクリープ脆化に有害な燐、硫黄、銅、アルミニウム、砒素、錫、アンチモンの不純物の許容量を低く限定し、クリープ脆化特性を改善したものである。
【0010】
本発明の第2の参考例で使用する合金は、重量%で炭素:0.20〜0.35%、珪素:0.15%以下、マンガン:0.05〜1.0%、ニッケル:0.3〜2.5%、クロム:1.0〜3.0%、モリブデン:0.5〜1.5%、タングステン:0.1〜3.0%、バナジウム:0.1〜0.3%を含み、燐:0.012%以下、硫黄:0.005%以下、銅:0.10%以下、アルミニウム:0.01%以下、砒素:0.01%以下、錫:0.01%以下、アンチモン:0.003%以下であって、残部が不可避的不純物を含む鉄からなる低合金耐熱鋼である。この合金は第1の参考例で使用する合金にさらにタングステンを添加して、高温部のクリープ強度の向上をはかり、第1の参考例で使用する合金と同様にクリープ脆化に有害な燐、硫黄、銅、アルミニウム、砒素、錫、アンチモンの不純物の許容量を低く限定し、クリープ脆化特性を改善したものである。ここで、高温部のクリープ強度の向上を重視する場合には、タングステンの含有量を多めにし、低温部の靱性の向上を重視する場合には、タングステンの含有量を少な目にすると良い。
【0011】
本発明の第3の参考例で使用する合金は、重量%で炭素:0.20〜0.35%、珪素:0.15%以下、マンガン:0.05〜1.0%、ニッケル:0.3〜2.5%、クロム:1.0〜3.0%、モリブデン:0.5〜1.5%、バナジウム:0.1〜0.3%、コバルト:0.1〜3.0%を含み、燐:0.012%以下、硫黄:0.005%以下、銅:0.15%以下、アルミニウム:0.01%以下、砒素:0.01%以下、錫:0.01%以下、アンチモン:0.003%以下であって、残部が不可避的不純物を含む鉄からなる低合金耐熱鋼である。従来のCrMoV鋼にコバルトを添加して高温部のクリープ強度の向上をはかり、低温部の靱性の改善を目指したものである。さらにクリープ脆化に有害な燐、硫黄、銅、アルミニウム、砒素、錫、アンチモンの不純物の許容量を低く限定し、クリープ脆化特性を改善したものである。
【0012】
本発明の第4の参考例で使用する合金は、重量%で炭素:0.20〜0.35%、珪素:0.15%以下、マンガン:0.05〜1.0%、ニッケル:0.3〜2.5%、クロム:1.0〜3.0%、モリブデン:0.5〜1.5%、タングステン:0.1〜3.0%、バナジウム:0.1〜0.3%、コバルト:0.1〜3.0%を含み、燐:0.012%以下、硫黄:0.005%以下、銅:0.15%以下、アルミニウム:0.01%以下、砒素:0.01%以下、錫:0.01%以下、アンチモン:0.003%以下であって、残部が不可避的不純物を含む鉄からなる低合金耐熱鋼である。従来のCrMoV鋼にタングステンとコバルトを添加し、高温部のクリープ強度と低温部の靱性の改善をはかったものである。さらに、クリープ脆化に有害な燐、硫黄、銅、アルミニウム、砒素、錫、アンチモンの不純物の許容量を低く限定し、クリープ脆化特性を改善したものである。
【0013】
本願の一発明で使用する合金は、重量%で炭素:0.20〜0.35%、珪素:0.15%以下、マンガン:0.05〜1.0%、ニッケル:0.3〜1.5%、クロム:1.0〜3.0%、モリブデン:0.5〜1.5%、バナジウム:0.1〜0.3%を含み、さらにニオブ:0.01〜0.15%、タンタル:0.01〜0.15%、窒素:0.001〜0.05%、硼素:0.001〜0.015%のうちから選ばれたいずれか一種以上を含み、燐:0.012%以下、硫黄:0.005%以下、銅:0.15%以下、アルミニウム:0.01%以下、砒素:0.01%以下、錫:0.01%以下、アンチモン:0.003%以下であって、残部が不可避的不純物を含む鉄からなる低合金耐熱鋼である。この合金は、第1の参考例で使用する合金にさらにタンタル、窒素、または硼素のうち少なくとも1種の微量元素を添加して、高温部のクリープ強度の向上を目標とし、平滑クリープ特性の一層の向上を図るとともに、第1の参考例で使用する合金と同様にクリープ脆化に有害な燐、硫黄、銅、アルミニウム、砒素、錫、アンチモンの不純物の許容量を低く限定し、クリープ脆化特性を改善したものである。
【0014】
本願の他の発明で使用する合金は、重量%で炭素:0.20〜0.35%、珪素:0.15%以下、マンガン:0.05〜1.0%、ニッケル:0.3〜2.5%、クロム:1.0〜3.0%、モリブデン:0.5〜1.5%、タングステン:0.1〜3.0%、バナジウム:0.1〜0.3%を含み、さらにニオブ:0.01〜0.15%、タンタル:0.01〜0.15%、窒素:0.001〜0.05%、硼素:0.001〜0.015%のうちから選ばれたいずれか一種以上を含み、燐:0.012%以下、硫黄:0.005%以下、銅:0.15%以下、アルミニウム:0.01%以下、砒素:0.01%以下、錫:0.01%以下、アンチモン:0.003%以下であって、残部が不可避的不純物を含む鉄からなる低合金耐熱鋼である。この合金は、第2の参考例で使用する合金にさらにタンタル、窒素、または硼素のうち少なくとも1種の微量元素を添加して、高温部のクリープ強度の向上を目標とし、特に平滑クリープ特性の一層の向上をはかったものである。
【0015】
本願のさらに他の発明で使用する合金は、重量%で炭素:0.20〜0.35%、珪素:0.15%以下、マンガン:0.05〜1.0%、ニッケル:0.3〜2.5%、クロム:1.0〜3.0%、モリブデン:0.5〜1.5%、タングステン:0.1〜3.0%、バナジウム:0.1〜0.3%、コバルト:0.1〜3.0%を含み、さらにニオブ:0.01〜0.15%、タンタル:0.01〜0.15%、窒素:0.001〜0.05%、硼素:0.001〜0.015%のうちから選ばれたいずれか一種以上を含み、燐:0.012%以下、硫黄:0.005%以下、銅:0.15%以下、アルミニウム:0.01%以下、砒素:0.01%以下、錫:0.01%以下、アンチモン:0.003%以下であって、残部が不可避的不純物を含む鉄からなる低合金耐熱鋼である。この合金は、第4の参考例で使用する合金にさらにタンタル、窒素、または硼素のうち少なくとも1種の微量元素を添加して、高温部のクリープ強度の向上を目標とし、特に平滑クリープ特性の一層の向上をはかったものである。
【0016】
本発明の高低圧一体型タービンロータは、高温クリープ特性、特に、優れた切欠クリープ特性と、優れた靱性とを兼ね備えたものである。本発明の高低圧一体型タービンロータの高圧部では、温度:600℃で応力:147MPaの特定条件下での平滑クリープ破断試験におけるクリープ破断時間が3,000時間以上で、かつ同一条件下での切欠クリープ破断試験におけるクリープ破断時間が10,000時間以上の極めて優れた特性を備えたものである。しかも、このタービンロータの低圧部では、0.2%耐力が686MPa以上で、かつシャルピー衝撃試験における吸収エネルギーが98J以上の優れた靱性を有するものである。さらに、本発明の高低圧一体型タービンロータでは、切欠クリープ破断試験におけるクリープ破断時間と平滑クリープ破断試験におけるクリープ破断時間との比で示されるところのクリープ脆化指標が、高圧部において1.6以上のものとした。より好ましくは2.0以上、さらに好ましくは3.0以上のものである。高温クリープ特性は、平滑クリープ時間の長短に加えて、クリープ脆化を起こさないようにするために、クリープ脆化指標を用いて判断することとした。クリープ脆化を起こさないといえるためには、クリープ脆化指標は1.5では不足であり、少なくとも1.6以上は必要である。切欠クリープ試験におけるクリープ破断時間が10,000時間を超えるものは、クリープ脆化指標は1.6を越え、3.0を越えるものも実現可能である。
以上説明したとおり、優れたクリープ強度と靱性とを兼ね備えた高低圧一体型タービンロータは、本発明によって初めてもたらされたものである。
【0017】
次に、本発明の高低圧一体型タービンロータの製造方法について説明する。
本発明の高低圧一体型タービンロータの製造方法は、上記に記載の特定成分を有する各合金鋼からなるタービンロータ素材を、高圧部に相当する部分は980℃以上1100℃以下に加熱し、タービンロータ素材の低圧部に相当する部分を850℃以上980℃未満に加熱した後、タービンロータ素材の高圧部に相当する部分は衝風冷却以上の速度で冷却し、タービンロータ素材の低圧部に相当する部分は油焼入れ以上の速度で冷却する製造方法を採用した。
タービンロータの高圧部に相当する部分を高い温度に加熱するのは、合金元素を十分に溶け込ませるとともに、結晶粒を比較的粗大にして高温強度を持たせるためである。一方、タービンロータの低圧部を高圧部より低い温度に加熱するのは、結晶粒を微細にして靱性を高めるためである。
【0018】
【発明の実施の形態】
まず、本発明で使用する合金における各成分範囲の限定理由を説明する。
炭素(C): 炭素は熱処理時の焼入れ性を確保するとともに材料強度を高める効果がある。また、炭化物を形成して高温におけるクリープ破断強度の向上に寄与する。本合金系では0.20%未満の含有量では材料強度が十分でないので、下限値を0.20%とする。一方、炭素の含有量が多すぎると靱性が低下するとともに、高温度で使用中に炭化物及び/または炭窒化物が凝集して粗大化し、クリープ破断強度の低下やクリープ脆化の原因となる。従って炭素含有量の上限は0.35%とする。材料強度と靱性を兼ね備えるために特に好ましい範囲は0.22〜0.30%である。
【0019】
珪素(Si): 珪素は脱酸材としての効果がある反面、基地を脆化させる。珪素は製鋼原料から入って来るものであり、極端に珪素を低くするためには原料の厳選が必要となり、コスト高を招くため、上限を0.15%とする。好ましい範囲は0.10%以下である。
【0020】
マンガン(Mn): マンガンは脱酸材として作用するとともに鍛造時の熱間割れを防止する効果を有する。又熱処理時の焼入れ性を高める効果もある。しかし、マンガン含有量が多くなるとクリープ破断強度が劣化するため、最大量を1.0%とした。ただし、マンガン含有量を0.05%未満に抑えるには原料の厳選と過度の精錬工程が必要となり、コスト高を招くので最低量は0.05%とする。したがって、マンガンの含有量の範囲は0.05〜1.0%、好ましくは0.15〜0.9%とする。
【0021】
ニッケル(Ni): ニッケルは熱処理時の焼入れ性を高め、引張強さや耐力を向上させるほか、特に靱性を高める効果がある。含有量が0.3%に満たないと効果が認められない。しかしその一方で長時間クリープ破断強度は多量のニッケル添加により低下する。本発明の合金ではニッケル添加による焼入れ性や靱性向上はあまり期待せず、逆に長時間クリープ破断強度に及ぼすニッケルの悪影響を排除するために、ニッケル含有量の上限を2.5%以下に抑えることとした。タングステンを使用しない場合には、靱性とのバランスを考慮してニッケルの含有量の範囲は0.3〜1.5%、好ましくは0.5〜0.9%とした。ただし、クリープ破断強度を向上させる目的でタングステンを併用する場合には、タングステンによる焼入れ性の低下を補うため、ニッケルの含有量の範囲は2.5%まで許容され、0.3〜2.5%の範囲となる。
【0022】
クロム(Cr): クロムは熱処理時の焼入れ性を高めるとともに、炭化物及び/又は炭窒化物を形成してクリープ破断強度の改善に寄与し、かつマトリックス中に溶け込んで耐酸化性を改善する。またマトリックス自体を強化してクリープ破断強度を向上させる効果を有する。クロム含有量は1.0%未満では効果が十分でなく、3.0%を越える量を含有するとかえってクリープ破断強度が低下する。したがってクロムの含有量の範囲は1.0〜3.0%、好ましくは2.0〜2.5%とした。
【0023】
モリブデン(Mo): モリブデンは熱処理時の焼入れ性を高めるとともに、マトリックス中や炭化物及び/又は炭窒化物中に固溶してクリープ破断強度を向上させる。含有量が0.5%未満では効果が十分認められず、1.5%を越えて添加してもかえって靱性が低下し、コスト高にもなる。したがってモリブデンの含有量は0.5〜1.5%、好ましくは0.9〜1.3%とした。
【0024】
バナジウム(V): バナジウムは熱処理時の焼入れ性を高めるとともに炭化物及び/又は炭窒化物となってクリープ破断強度を改善する。含有量が0.1%未満では十分な効果が得られない。また0.3%を越えて含有するとクリープ破断強度がむしろ低下する。したがって、バナジウムの含有量は0.1〜0.3%、好ましくは0.21〜0.28%とした。
【0025】
タングステン(W): タングステンはマトリックス中や炭化物中に固溶してクリープ破断強度を改善する。含有量が0.1%未満では十分な効果が得られない。また3.0%を越えて含有すると偏析する恐れが有り、フェライト相が出やすくなって強度が低下する。従って、タングステンを使用する場合は、その含有量は0.1〜3.0%が適当である。なお、クリープ破断強度を改善する目的でタングステンを使用する場合には、タングステン添加に伴う焼入れ性の低下や靱性低下を補うために、ニッケルの添加量を多くする必要がある。したがって、タングステンの含有量は0.1〜3.0%とし、ニッケルの含有量を0.3〜2.5%とする。靱性を重視する場合には、好ましくはタングステンの含有量は2%以下に抑え、ニッケルの含有量を1.0%以上に増やすのがよい。高温クリープを重視する場合には、好ましくはタングステンの含有量は2%以上とし、ニッケルの含有量を1.0%以下とするのが適当である。
【0026】
コバルト(Co): コバルトはマトリックスに固溶してマトリックス自体を強化するとともに、フェライト相の析出を抑制する。又、靱性を向上させる効果もあるので、強度と靱性のバランスをとるのに有効である。添加量が0.1%未満では効果が現れず、3.0%を越えると炭化物の析出を促進してクリープ特性を劣化させる。したがってコバルトの含有許容範囲は0.1%〜3.0%とする。より好ましくは0.5〜2.0%である。
【0027】
ニオブ(Nb): ニオブは焼入れ性を高めるとともに炭化物及び/又は炭窒化物を形成してクリープ破断強度を向上させる。また、高温加熱時の結晶粒の成長を抑制し、組織の均質化に寄与する。添加量が0.01%未満ではその効果は認められず、また、0.15%を越えると靱性の著しい低下を招くとともに、ニオブの炭化物或いは炭窒化物が使用中に粗大化し、長時間のクリープ破断強度を低下させる。したがってニオブの含有許容量は0.01%〜0.15%とした。好ましくは0.05〜0.10%の範囲である。
【0028】
タンタル(Ta): タンタルもニオブと同様に焼入れ性を高めるとともに、炭化物及び/又は炭窒化物を形成してクリープ破断強度を向上させる。添加量が0.01%未満ではその効果は認められず、また、0.15%を越えると靱性の著しい低下を招くとともに、タンタルの炭化物或いは炭窒化物が使用中に粗大化し、長時間のクリープ破断強度を低下させる。したがってタンタルの含有許容量は0.01%〜0.15%とした。好ましくは0.05〜0.1%の範囲である。
【0029】
窒素(N): 窒素は炭素とともに合金元素と結合して炭窒化物を形成して、クリープ破断強度の向上に寄与する。添加量が0.001%未満で窒化物を生成することができないためその効果は認められず、0.05を越えると長時間の間に炭窒化物が凝集して粗大化するので十分なクリープ強度が得られない。したがって窒素の含有許容量は0.001%〜0.05%とした。好ましくは0.005〜0.01%の範囲である。
【0030】
硼素(B): 硼素は焼入れ性を高めると共に、粒界強度を高めてクリープ破断強度の向上に寄与する。添加量が0.001%未満ではその効果は認められず、また、0.015%を越えると焼入れ性がかえって悪化する。したがって硼素の含有許容量は0.001%〜0.015%とした。好ましくは0.003〜0.010%の範囲である。
【0031】
次に、有害な不純物である燐、硫黄、銅、アルミニウム、砒素、錫、アンチモンについて説明する。鋼材の機械的性質にとってこれらの不純物は低い方が好ましいことは論を待たない。しかし一般に鋼材中の不純物として含有許容量が規格化されているのは、製鋼原料から必然的に持ち込まれる燐と硫黄のみにすぎない。燐と硫黄は鋼材の材質を脆くすることから、おおかたの鋼種で許容量を定めているが、精錬の困難さからかなり高い水準に定められている。本発明者らはタービンロータ用のCrMoV鋼の高温特性、特に切欠クリープ破断強度の向上を目指して鋭意研究した結果、微量不純物が切欠クリープ破断強度に大きな影響を持っていることを見いだした。微量不純物としては燐、硫黄ばかりでなく、銅、アルミニウム、砒素、錫、アンチモン等も悪影響を及ぼすことが判明した。これまで微量不純物は漠然と低い方が良いと認識されているのみで、具体的な許容量は明らかにされていなかった。本発明者らはこれら不純物について詳細に検討し、温度:600℃、応力147MPaの特定条件下における切欠クリープ破断試験での破断時間10,000時間以上を目標に、含有量の許容量を具体的に示すこととした。
【0032】
燐(P)、硫黄(S): 燐と硫黄はともに製鋼原料から持ち込まれる不純物であり、鋼材の中で燐化物や硫化物を形成して鋼材の靱性を著しく低下させる有害な不純物である。本発明者らの研究では、高温特性にも悪影響を及ぼすことが判明した。燐は偏析しやすく、二次的に炭素の偏析も招来し材質を脆化させる。特に高温で高い応力を長時間負荷した場合の脆化に大きな影響を及ぼすことが判明した。燐や硫黄を極端に低下させるのは製鋼工程の負担が大きくなるので、切欠クリープ破断試験の破断時間10,000時間以上を目途に上限を求めた結果、燐についてはその含有量の上限を0.012%、硫黄の上限は0.005%とした。より好ましくは燐は0.010%以下、硫黄は0.002%以下である。
【0033】
銅(Cu): 銅は鋼材中の結晶粒界に沿って拡散して、材質を脆化させる。特に高温特性を劣化させる。切欠クリープ破断試験の結果から銅の含有量の上限は0.15%とした。より好ましくは0.04%以下である。
【0034】
アルミニウム(Al):アルミニウムは主として製鋼工程の脱酸材からもたらされるものであり、鋼材中で酸化物系の介在物を形成して、材質を脆化させる。切欠クリープ破断試験の結果からアルミニウムの含有量の上限は0.01%とした。より好ましくは0.005%以下である。
【0035】
砒素(As)、錫(Sn)、アンチモン(Sb): 砒素、錫、アンチモンは製鋼原料から混入する場合が多く、ともに結晶の粒界に沿って析出して材質の靱性を低下させる。特に高温になると結晶粒界への凝集が著しくなり、急速に脆化する。切欠クリープ破断試験の結果からこれら不純物の含有量の上限は、砒素は0.01%、錫は0.01%、アンチモンは0.003%とした。より好ましくは砒素は0.007%以下、錫は0.007%以下、アンチモンは0.0015%以下である。
【0036】
次に、本発明の高低圧一体型タービンロータの製造方法について説明する。
本発明の高低圧一体型タービンロータの製造方法は、上述したとおり先ず所定の合金組成となるように母材を溶製する。ここで微量不純物を下げる方法は特に制限はなく、原材料の厳選を含めて公知のあらゆる精錬方法が利用できる。
次に、所定の組成に溶解した合金溶湯を公知の方法で鋼塊に鋳造し、所定の鍛造・成形加工を施してタービンロータの素材とする。
次いでこの素材を、タービンロータの高圧部に相当する部分と低圧部に相当する部分の2区分に分けて熱処理する。2区分に分けて熱処理するには、熱処理炉のそれぞれの部分が収容される空間の間に耐熱性の隔壁を設け、熱処理炉内を2室に区分してそれぞれの室内を独立して温度制御することにより達成できる。
このように構成した熱処理炉内に前記タービンロータ素材を収容し、高圧部に相当する部分は980℃以上1100℃以下の温度に加熱する。また、低圧部に相当する部分は850℃以上980℃未満の温度に加熱する。高圧部は980℃以上に加熱しないと高温クリープ強度が不十分であり、1100℃を越えて加熱すると靱性が低下するからである。低圧部は850℃以上に加熱しないと炭化物の固溶が進まないため強度や靱性が不十分となり、980℃以上に加熱すると結晶粒が粗大化して靱性が低下するからである。
【0037】
次に、上記の温度範囲に加熱したタービンロータ素材の、高圧部に相当する部分は衝風冷却以上の速度で冷却し、低圧部に相当する部分は油焼入れ以上の速度で冷却する好ましい。具体的には、衝風冷却以上の速度で冷却するには衝風冷却、風冷、油冷、水冷又は噴水冷却等があげられ、油焼入れ以上の速度で冷却するには油冷、水冷又は噴水冷却等が挙げられる。この冷却条件が満たされている限りは、ロータ素材全体を同じ方法で冷却する一体焼入れ処理を採用しても良く、あるはまた、高圧部と低圧部に相当する部分の冷却方法を変える、傾斜焼き入れ処理を採用することができる。
【0038】
上記の焼入れ処理を施したロータ素材には、焼戻しをして結晶組織を整え、機械的性質の調整をする。
焼戻しは、高圧部に相当する部分は0.2%耐力の値が588〜686MPaを目標とし、低圧部に相当する部分は0.2%耐力の値が686〜784MPaとなることを目標とする。具体的には高圧部に相当する部分は、600℃〜750℃の温度で焼戻しを行い、低圧部に相当する部分は、550℃〜700℃の温度で焼戻しを行うのが好ましい。なお、焼戻し処理は1回に限らず、2回以上繰り返しても良い。このような一連の熱処理を行うことにより、高圧部と低圧部に相当する部分がそれぞれ所定の機械特性を具備したタービンロータを得ることができる。
【0039】
次に、本発明の高低圧一体型タービンロータの光学顕微鏡組織について説明する。
前述のような熱処理を施した本発明の高低圧一体型タービンロータの光学顕微鏡組織は、主としてベイナイト組織を呈している。結晶粒の大きさは、高圧部に相当する部分の方がやや粗大であり、低圧部に相当する部分は微細組織を呈している。
本発明のタービンロータの高圧部は、980℃以上の高温度から焼入れをしているので、軟らかい初析フェライト相の析出が抑制されているので、高い材料強度を確保するとともに、特に、靱性、クリープ破断強度及びクリープ脆化抵抗の優れたものとなっている。ただし、初析フェライト相も析出量が少なく、かつ微細に分散している場合は弊害は少ない。光学顕微鏡組織中でフェライト相の占める割合は、高圧部に相当する部分では10体積%以下、また、低圧部に相当する部分では30体積%以下ならばあまり悪影響は及ぼさず、許容される量である。光学顕微鏡組織中でフェライト相の占める割合は、通常用いられる画像解析装置で判定できる。
【0040】
【実施例】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。
(実施例1)
表1に実施例1に供した材料(試料番号1〜3)と、比較材料(試料番号4〜6)の化学組成を示す。また、表2にはこれらの材料に対して、胴径1200mmのロータ素材(高圧相当部)を950℃、1000℃及び1050℃から油焼入れした時の中心部を模擬した冷却を行った場合、胴径2000mmのロータ素材(低圧相当部)を900℃から油焼入れした時の中心部を模擬した冷却を行った場合の初析フェライト相の量を画像解析装置によって求めた結果を示した。さらに表3にはこれらの材料の0.2%耐力、シャルピー衝撃吸収エネルギー及び温度:600℃で、応力:147MPaの特定条件下におけるクリープ破断時間を平滑試料と切欠試料について測定し、それに基づいて計算したクリープ脆化指標の結果を示した。
【0041】
比較例の試料番号4及び5は、燐、硫黄、銅、アルミニウム、砒素、錫、アンチモン等の不純物の含有量が高いため、クリープ脆化が顕著である。また、試料番号6は初析フェライトの析出が多いため、高温部は0.2%耐力と平滑クリープ強度が共に低く、タービンロータとして強度不足である。又、低圧部も著しく強度が低い。
【0042】
これに対して、本発明によるタービンロータである試料番号1から3では、高圧部及び低圧部共に初析フェライトの析出は認められない。
また、本発明の試料番号1から3の高圧部については、0.2%耐力は625MPa以上、室温におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーは32J以上であり、高圧部として十分な強度と靱性を有している。さらに、温度:600℃で、応力:147MPaの特定条件下でのクリープ破断試験では、平滑試験でのクリープ破断時間は3,000時間以上、切欠試験でのクリープ破断時間は10,000時間以上であり、クリープ破断強度が格段に向上しているのが判る。切欠クリープ破断時間と平滑クリープ破断時間の比で表わしたクリープ脆化指標は、いずれも3.1以上でクリープ脆化は全く認められなかった。
また、低圧部においても0.2%耐力は725MPa以上、室温におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーは160J以上であり、低温部として十分な強度と靱性が確保されているのが認められる。
このように、本発明の高低圧一体型タービンロータは、高圧部では優れた高温クリープ特性を有し、低圧部では優れた強度と靱性を兼ね備えたものである。
【0043】
(実施例2)
次に、表4に実施例2で使用した合金の化学組成を示す。実施例2では実施例1の材料をベースに、さらにタングステンを添加した合金を使用した。
試料番号7の合金は、先の試料番号1の合金をベースに、高圧部の高温クリープ特性の更なる改善を重視してタングステンを添加した合金である。
試料番号8の合金は、先の試料番号1の合金をベースに、高圧部の高温クリープ特性の更なる改善を重視してタングステンを添加してニッケル量をやや減じた合金である。
試料番号9の合金は、先の試料番号2の合金をベースに、タングステンを添加して高温部の高温クリープ特性の向上を狙っているが、低圧部の靱性とのバランスも考慮してタングステン添加量を低く抑えた合金である。
試料番号10の合金は、先の試料番号2の合金をベースに、タングステンを添加して高温部の高温クリープ特性の向上を狙っているが、低圧部の靱性とのバランスを考慮して、タングステン添加量を低く抑え、かつニッケル量をやや増やした合金である。
【0044】
表5には、これらの材料に対して、胴径1200mmのロータ素材(高圧部相当)を1050℃(試料番号8の合金については1000℃及び1050℃)から油焼入れした時の中心部を模擬した冷却を行った場合、胴径2000mmのロータ素材(低圧部相当)を900℃から油焼入れした時の中心部を模擬した冷却を行った場合の初析フェライト相の量を画像解析装置によって求めた結果、0.2%耐力、シャルピー衝撃吸収エネルギー及び温度:600℃で、応力:147MPaの特定条件下におけるクリープ破断時間を平滑試料と切欠試料について測定し、それに基づいて計算したクリープ脆化指標の結果を一括して示した。
表5の結果から、試料番号7,9及び10の高圧部では初析フェライト相は認められず、0.2%耐力は634MPa以上、室温におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーは32J以上であり、高圧部として十分な強度と靱性を有していることが分かる。また、温度:600℃で、応力:147MPaの特定条件下でのクリープ破断試験では、平滑試験でのクリープ破断時間は3,900時間以上、切欠試験でのクリープ破断時間は13,000時間以上であり、クリープ破断強度が格段に向上しているのが判る。さらに、切欠クリープ破断時間と平滑クリープ破断時間の比で表わしたクリープ脆化指標は、いずれも3.0以上で、クリープ脆化は全く認められなかった。
また、低圧部においても0.2%耐力は720MPa以上、室温におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーは133J以上であり、低圧部として十分な強度と靱性が確保されているのが認められる。
このように、本発明の高低圧一体型タービンロータは、高圧部では優れた高温クリープ特性を有し、低圧部では優れた強度と靱性を兼ね備えたものである。
【0045】
ここで、試料番号8の合金について、(a)900℃、(b)950℃に加熱後、胴径2000mmのロータ素材(低圧部相当)を油焼入れした時の中心部を模擬した冷却を行った場合の光学顕微鏡組織写真を図1、図2に示す。また、同じく試料番号8の合金について、(c)1000℃、(d)1050℃に加熱後、胴径1200mmのロータ素材(高圧部相当)を油焼入れした時の中心部を模擬した冷却を行った場合の光学顕微鏡組織写真を図3、図4に示す。倍率はいずれも400倍である。
初析フェライト量は(a)900℃焼入れの場合は24体積%、(b)950℃焼入れの場合は12体積%、(c)1000℃焼入れの場合は4体積%、(d)1050℃焼入れの場合は0体積%であり、焼入れ温度が上昇すると共に初析フェライト量は減少している。
タービンロータの低圧部に相当する(a)900℃焼入れ及び(b)950℃焼入れの場合は、初析フェライト量はそれぞれ24体積%と12体積%で多めに析出しているが、表5から明らかなとおり、0.2%耐力及びシャルピー衝撃吸収エネルギー共に高い値を示しており、十分な靱性を備えていることが判る。このことから、本発明では、低圧部に30体積%までの初析フェライトを含むことを許容している。また、タービンロータの高圧部に相当する(c)1000℃焼入れ及び(d)1050℃焼入れの場合は、初析フェライト量はそれぞれ4体積%と0体積%であり、1000℃焼入れ材の場合は少量の初析フェライトを含むが、表5から明らかなとおり、クリープ破断時間は平滑試験及び切欠試験のいずれをとってもベース材である試料番号1の合金を上回る良好な値を示し、かつ、0.2%耐力や室温におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーも良好であり、高圧ロータ素材として問題ないことが判かる。このことから、本発明では、高圧部に10体積%までの初析フェライトを含むことを許容している。
1050℃焼入れ材では、高温クリープ破断特性はさらに向上し、0.2%耐力や室温におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーも良好であることから、高圧ロータ素材として優れていることが明らかである。
なお、本発明の他の実施例に関しても、多くは初析フェライト相を含まないベーナイト組織であり、図4と同様の顕微鏡組織を呈する。また、初析フェライト相を含む場合は、その顕微鏡組織は図1から図3と同様の形態を示す。
【0046】
(実施例3)
表6に実施例3で使用した合金鋼の化学組成を示す。
試料番号11の合金は、先の試料番号1の合金をベースに、コバルトを添加するとともにニッケル量を減じて、低圧部の靱性を同等以上に保ったまま、高圧部のクリープ特性の向上をはかったものである。
試料番号12の合金は、先の試料番号8の合金をベースに、コバルトを添加するとともに、ニッケル量を減じて低圧部の靱性を同等以上に保ったまま、高圧部のクリープ特性の向上をはかったものである。
試料番号13の合金は、先の試料番号9の合金をベースに、コバルトを添加するとともに、ニッケル量を減じて低圧部の靱性を同等以上に保ったまま、高圧部のクリープ特性の向上をはかったものである。
【0047】
表7には、これらの材料にたいして、胴径1200mmのロータ素材(高圧部相当)を1050℃から油焼入れした時の中心部を模擬した冷却を行った場合、胴径2000mmのロータ素材(低圧部相当)を900℃から油焼入れした時の中心部を模擬した冷却を行った場合の初析フェライト相の量を画像解析装置によって求めた結果、0.2%耐力、シャルピー衝撃吸収エネルギー及び温度:600℃で、応力:147MPaの特定条件下におけるクリープ破断時間を平滑試料と切欠試料について測定し、それに基づいて計算したクリープ脆化指標の結果を一括して示した。
表7の結果から、試料番号11,12及び13の高圧部では初析フェライト相は認められず、0.2%耐力は626MPa以上、室温におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーは41J以上であり、高圧部として十分な強度と靱性を有していることが分かる。また、温度:600℃で、応力:147MPaの特定条件下でのクリープ破断試験では、平滑試験でのクリープ破断時間は5,200時間以上、切欠試験でのクリープ破断時間は16,000時間以上であり、クリープ破断強度が格段に向上しているのが判る。さらに切欠クリープ破断時間と平滑クリープ破断時間の比で表わしたクリープ脆化指標は、いずれも2.5以上でクリープ脆化は全く認められなかった。
【0048】
また、低圧部においても0.2%耐力は730MPa以上、室温におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーは186J以上であり、十分な強度と靱性が確保されている。
なお、試料番号13の低圧部では、12体積%の初析フェライト相が認められるものの、0.2%耐力は735MPa、室温におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーは186Jであり、十分に高い強度と靱性を有していることを示している。
このように、本発明の高低圧一体型タービンロータは、高圧部では優れた高温クリープ特性を有し、低圧部では優れた強度と靱性を兼ね備えたものである。
【0049】
(実施例4)
表8に実施例4で所用した合金鋼の化学組成を示す。
試料番号14から試料番号17の合金は、それぞれ先に示した試料番号1、試料番号8、試料番号9及び試料番号12の合金をベースに、ニオブ、タンタル、窒素、硼素等の微量有用元素を添加して、高圧部の高温クリープ特性の向上をはかったものである。
【0050】
表9には、これらの材料に対して、胴径1200mmのロータ素材(高圧部相当)を1050℃から油焼入れした時の中心部を模擬した冷却を行った場合、胴径2000mmのロータ素材(低圧部相当)を900℃から油焼入れした時の中心部を模擬した冷却を行った場合の初析フェライト相の量を画像解析装置によって求めた結果、0.2%耐力、シャルピー衝撃吸収エネルギー及び温度:600℃で、応力:147MPaの特定条件下におけるクリープ破断時間を平滑試料と切欠試料について測定し、それに基づいて計算したクリープ脆化指標の結果を一括して示した。
表9の結果から、試料番号14から試料番号17の高圧部では初析フェライト相は認められず、0.2%耐力は635MPa以上、室温におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーは31J以上であり、高圧部として十分な強度と靱性を有していることが分かる。また、温度:600℃で、応力:147MPaの特定条件下でのクリープ破断試験では、平滑試験でのクリープ破断時間は4,600時間以上、切欠試験でのクリープ破断時間は13,000時間以上であり、クリープ破断強度が格段に向上しているのが判る。さらに、切欠クリープ破断時間と平滑クリープ破断時間の比で表わしたクリープ脆化指標は、いずれも2.1以上でクリープ脆化は全く認められなかった。
また、低圧部においても0.2%耐力は720MPa以上、室温におけるシャルピー衝撃吸収エネルギーは169J以上であり、十分な強度と靱性が確保されている。
このように、本発明の高低圧一体型タービンロータは、高圧部では優れた高温クリープ特性を有し、低圧部では優れた強度と靱性を兼ね備えたものである。
【0051】
【発明の効果】
本発明の高低圧一体型タービンロータは、高圧部では優れた高温強度とクリープ破断特性を備え、低圧部では優れた機械的強度と靱性を兼ね備えているので、より高温で大容量の蒸気タービンでの使用が可能となり、エネルギー効率の高い発電プラントが実現できるので極めて有用である。
また、本発明の高低圧一体型タービンロータ製造方法によれば、有害不純物元素を極力低く抑えることで、高圧部を980℃以上1100℃以下の高温度領域から焼入れてもクリープ脆化を起こさないタービンロータが容易に得られる。
また、低温部は0.2%耐力に優れ、シャルピー衝撃値も高く靱性に優れたタービンロータが容易に得られる。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
【表3】
【0055】
【表4】
【0056】
【表5】
【0057】
【表6】
【0058】
【表7】
【0059】
【表8】
【0060】
【表9】
【図面の簡単な説明】
【図1】 900℃から焼入れた場合の、光学顕微鏡組織を示す図である。
【図2】 950℃から焼入れた場合の、光学顕微鏡組織を示す図である。
【図3】 1000℃から焼入れた場合の、光学顕微鏡組織を示す図である。
【図4】 1050℃から焼入れた場合の、光学顕微鏡組織を示す図である。
Claims (7)
- 重量%で炭素:0.20〜0.35%、珪素:0.15%以下、マンガン:0.05〜1.0%、ニッケル:0.3〜1.5%、クロム:1.0〜3.0%、モリブデン:0.5〜1.5%、バナジウム:0.1〜0.3%を含み、さらにタンタル:0.01〜0.15%、窒素:0.001〜0.05%、硼素:0.001〜0.015%のうちから選ばれたいずれか一種以上を含み、燐:0.012%以下、硫黄:0.005%以下、銅:0.15%以下、アルミニウム:0.01%以下、砒素:0.01%以下、錫:0.01%以下、アンチモン:0.003%以下であって、残部が不可避的不純物を含む鉄からなる組成を有し、温度:600℃で応力:147MPaの条件下での平滑クリープ破断試験における高圧部のクリープ破断時間が3,000時間以上でかつ同一条件での切欠クリープ破断試験におけるクリープ破断時間が10,000時間以上であることを特徴とする高低圧一体型タービンロータ。
- 重量%で炭素:0.20〜0.35%、珪素:0.15%以下、マンガン:0.05〜1.0%、ニッケル:0.3〜2.5%、クロム:1.0〜3.0%、モリブデン:0.5〜1.5%、タングステン:0.1〜3.0%、バナジウム:0.1〜0.3%を含み、さらにタンタル:0.01〜0.15%、窒素:0.001〜0.05%、硼素:0.001〜0.015%のうちから選ばれたいずれか一種以上を含み、燐:0.012%以下、硫黄:0.005%以下、銅:0.15%以下、アルミニウム:0.01%以下、砒素:0.01%以下、錫:0.01%以下、アンチモン:0.003%以下であって、残部が不可避的不純物を含む鉄からなる組成を有し、温度:600℃で応力:147MPaの条件下での平滑クリープ破断試験における高圧部のクリープ破断時間が3,000時間以上でかつ同一条件での切欠クリープ破断試験におけるクリープ破断時間が10,000時間以上であることを特徴とする高低圧一体型タービンロータ。
- 重量%で炭素:0.20〜0.35%、珪素:0.15%以下、マンガン:0.05〜1.0%、ニッケル:0.3〜2.5%、クロム:1.0〜3.0%、モリブデン:0.5〜1.5%、タングステン:0.1〜3.0%、バナジウム:0.1〜0.3%、コバルト:0.1〜3.0%を含み、さらにタンタル:0.01〜0.15%、窒素:0.001〜0.05%、硼素:0.001〜0.015%のうちから選ばれたいずれか一種以上を含み、燐:0.012%以下、硫黄:0.005%以下、銅:0.15%以下、アルミニウム:0.01%以下、砒素:0.01%以下、錫:0.01%以下、アンチモン:0.003%以下であって、残部が不可避的不純物を含む鉄からなる組成を有し、温度:600℃で応力:147MPaの条件下での平滑クリープ破断試験における高圧部のクリープ破断時間が3,000時間以上でかつ同一条件での切欠クリープ破断試験におけるクリープ破断時間が10,000時間以上であることを特徴とする高低圧一体型タービンロータ。
- 温度:600℃で応力:147MPaの条件での平滑クリープ破断試験における破断時間で、同一条件における切欠クリープ破断試験における破断時間を割った値で定義されるクリープ脆化指標が1.6以上であることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかに記載の高低圧一体型タービンロータ。
- タービンロータ素材の高圧部に相当する部分を980℃以上1100℃以下に加熱し、タービンロータ素材の低圧部に相当する部分を850℃以上980℃未満に加熱した後、タービンロータ素材の高圧部に相当する部分は衝風冷却以上の速度で冷却し、タービンロータ素材の低圧部に相当する部分は油焼入れ以上の速度で冷却する方法であって、
前記タービンロータ素材が、重量%で炭素:0.20〜0.35%、珪素:0.15%以下、マンガン:0.05〜1.0%、ニッケル:0.3〜1.5%、クロム:1.0〜3.0%、モリブデン:0.5〜1.5%、バナジウム:0.1〜0.3%を含み、さらにタンタル:0.01〜0.15%、窒素:0.001〜0.05%、硼素:0.001〜0.015%のうちから選ばれたいずれか一種以上を含み、燐:0.012%以下、硫黄:0.005%以下、銅:0.15%以下、アルミニウム:0.01%以下、砒素:0.01%以下、錫:0.01%以下、アンチモン:0.003%以下であって、残部が不可避的不純物を含む鉄からなる組成を有する合金鋼であることを特徴とする高低圧一体型タービンロータの製造方法。 - タービンロータ素材の高圧部に相当する部分を980℃以上1100℃以下に加熱し、タービンロータ素材の低圧部に相当する部分を850℃以上980℃未満に加熱した後、タービンロータ素材の高圧部に相当する部分は衝風冷却以上の速度で冷却し、タービンロータ素材の低圧部に相当する部分は油焼入れ以上の速度で冷却する方法であって、
前記タービンロータ素材が、重量%で炭素:0.20〜0.35%、珪素:0.15%以下、マンガン:0.05〜1.0%、ニッケル:0.3〜2.5%、クロム:1.0〜3.0%、モリブデン:0.5〜1.5%、タングステン:0.1〜3.0%、バナジウム:0.1〜0.3%を含み、さらにタンタル:0.01〜0.15%、窒素:0.001〜0.05%、硼素:0.001〜0.015%のうちから選ばれたいずれか一種以上を含み、燐:0.012%以下、硫黄:0.005%以下、銅:0.15%以下、アルミニウム:0.01%以下、砒素:0.01%以下、錫:0.01%以下、アンチモン:0.003%以下であって、残部が不可避的不純物を含む鉄からなる組成を有する合金鋼であることを特徴とする高低圧一体型タービンロータの製造方法。 - タービンロータ素材の高圧部に相当する部分を980℃以上1100℃以下に加熱し、タービンロータ素材の低圧部に相当する部分を850℃以上980℃未満に加熱した後、タービンロータ素材の高圧部に相当する部分は衝風冷却以上の速度で冷却し、タービンロータ素材の低圧部に相当する部分は油焼入れ以上の速度で冷却する方法であって、
前記タービンロータ素材が、重量%で炭素:0.20〜0.35%、珪素:0.15%以下、マンガン:0.05〜1.0%、ニッケル:0.3〜2.5%、クロム:1.0〜3.0%、モリブデン:0.5〜1.5%、タングステン:0.1〜3.0%、バナジウム:0.1〜0.3%、コバルト:0.1〜3.0%を含み、さらにタンタル:0.01〜0.15%、窒素:0.001〜0.05%、硼素:0.001〜0.015%のうちから選ばれたいずれか一種以上を含み、燐:0.012%以下、硫黄:0.005%以下、銅:0.15%以下、アルミニウム:0.01%以下、砒素:0.01%以下、錫:0.01%以下、アンチモン:0.003%以下であって、残部が不可避的不純物を含む鉄からなる組成を有する合金鋼であることを特徴とする高低圧一体型タービンロータの製造方法。
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