JP4022784B2 - 新規なヘキソキナーゼ - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、クレアチンキナーゼ、グルコース等の測定に用いることのできるヘキソキナーゼ活性を有する新規な酵素、および該酵素をコードする遺伝子、および遺伝子工学的技術による該酵素の製造法ならびにクレアチンキナーゼ測定用試薬に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来から、ヘキソキナーゼ(EC 2.7.1.1)は臨床的に、筋疾患、神経疾患、心筋梗塞等の診断の指標となっている、体液中のクレアチンキナーゼの測定、あるいは高血糖、低血糖を引き起こす様々な疾患や病態の診断として、グルコースの測定などに、グルコース−6−リン酸脱水素酵素と共に使用されている。
このようなヘキソキナーゼは、高等動物から微生物まで普遍的に存在する酵素であるが、臨床検査用途としてはヘキソキナーゼと同じ反応を触媒するグルコキナーゼ(EC 2.7.1.2)も含めて、サッカロミセス属、バチルス属細菌(特公昭63-26991号公報)、サーマス属細菌(特公昭63-26990号公報)由来のもの等が報告されている。
【0003】
また、サッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces serevisiae)が産生するヘキソキナーゼは、そのコードする遺伝子がクローン化されており、アミノ酸配列が報告されている(Nucleic Acid Research, vol.14 No.2, 1986)。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、従来のヘキソキナーゼはその安定性において十分とはいえず、特にクレアチンキナーゼ測定溶液において、長期保存した場合の残存活性が低い。したがって、長期保存した場合、安定性に優れたヘキソキナーゼが望まれている。本発明の目的は、クレアチンキナーゼ測定溶液中での安定性が優れた新規なヘキソキナーゼを提供することにある。
【0005】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、サッカロミセス・パスツリアヌス(Saccharomyces pastorianus) ATCC2366の産生するヘキソキナーゼが、クレアチンキナーゼ測定溶液中で安定であることを見いだし、さらに、該菌体より抽出した染色体DNAからヘキソキナーゼをコードする遺伝子を分離し、該遺伝子より該酵素を大量生産させることに成功し、本発明に到達した。
【0006】
すなわち、本発明は下記理化学的性質を有する新規なヘキソキナーゼである。
作用:ATPとマグネシウムの存在下にD−ヘキソースに作用して、D−ヘキソース−6−リン酸とADPを生成する。
クレアチンキナーゼ測定溶液中の安定性:少なくとも60%(40℃にて、1週間保存)
【0007】
また、本発明は以下の(a)又は(b)のタンパク質である新規なヘキソキナーゼである。
(a)配列表の配列番号1に記載されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)アミノ酸配列(a)において、1もしくは複数のアミノ酸の付加、欠失または置換されたアミノ酸配列からなり、かつ、ヘキソキナーゼ活性を有するタンパク質
【0008】
本発明は、以下の(a)又は(b)のタンパク質であるヘキソキナーゼをコードする遺伝子である。
(a)配列表の配列番号1に記載されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)アミノ酸配列(a)において、1もしくは複数のアミノ酸の付加、欠失または置換されたアミノ酸配列からなり、かつ、ヘキソキナーゼ活性を有するタンパク質
【0009】
本発明は以下の(c)、(d)又は(e)のDNAからなるヘキソキナーゼをコードする遺伝子である。
(c)配列表の配列番号2に記載される塩基配列からなるDNA
(d)(c)の塩基配列において、1もしくは複数の塩基が付加、欠失または置換されており、かつ、ヘキソキナーゼ活性を有するアミノ酸配列をコードしているDNA
(e)(c)の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、ヘキソキナーゼ活性を有するタンパク質をコードする細菌由来のDNA
【0010】
本発明は、上記ヘキソキナーゼをコードする遺伝子を含有する組換えベクターである。
【0011】
本発明は、上記組換えベクターで宿主細胞を形質転換した形質転換体である。
【0012】
本発明は、上記形質転換体を培養し、ヘキソキナーゼを生成させ、該ヘキソキンーゼを採取することを特徴とするヘキソキナーゼの製造法である。
【0013】
本発明は、サッカロミセス・パスツリアヌス(Saccharomyces pastorianus) ATCC2366を培養し、ヘキソキナーゼを生成させ、該ヘキソキンーゼを採取することを特徴とするヘキソキナーゼの製造法である。
【0014】
また、本発明は上記ヘキソキナーゼ、緩衝液、グルコース、マグネシウム、ADP、NADまたはNADPおよびグルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼ溶液を含むクレアチンキナーゼ測定用試薬である。
【0015】
【発明の実施態様】
本発明のヘキソキナーゼは、ATPとマグネシウムの存在下にD−ヘキソースに作用して、D−ヘキソース−6−リン酸とADPを生成する酵素である。D−ヘキソースとしてはD−グルコース、D−フルクトース、D−ガラクトースなどが挙げられる。
【0016】
また、本発明の酵素は、クレアチンキナーゼ測定溶液中で40℃にて、1週間保存したところ、少なくとも60%の残存活性を有することが特徴である。
ここで、クレアチンキナーゼ測定溶液とは、試料中のクレアチンキナーゼをADPの存在下にクレアチンに作用させ、生成されるATPとグルコースをマグネシウムイオンの存在下にヘキソキナーゼを作用させて、ADPおよびグルコース−6−リン酸を生成させ、次いでグルコース−6−リン酸とNADにグルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼを作用させ、NADまたはNADPからNADHまたはNADPHへの変化を吸光度測定することにより、クレアチンキナーゼ活性を測定する溶液であり、少なくともpH緩衝剤、ADP、D−グルコース、NADまたはNADP、マグネシウムイオン、グルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼおよびヘキソキナーゼを成分として含み、30℃でのpHが約6.6である溶液である。
【0017】
また、さらに具体的には、少なくともイミダゾール酢酸緩衝液、酢酸マグネシウム、ADP、D−グルコース、NADまたはNADP、グルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼおよびヘキソキナーゼを成分として含み、30℃でのpHが約6.6である溶液である。
【0018】
該溶液は日本臨床化学会勧告法(臨床化学 第19巻、第2号、第185頁、1990年6月)により、その望ましい試薬組成が定められている。
【0019】
クレアチンキナーゼ測定溶液中の安定性とは、該酵素の保存前の酵素活性に対する、下記溶液に酵素を溶解して、40℃、1週間保存した後の酵素活性の割合を示す。本発明では、安定性が少なくとも60%、好ましくは70%である。従来のサッカロマイセス・セレビシエ、バチルス・スレアロサーモフィラス由来の酵素は約50%程度である(図6参照)。
【0020】
本発明の一実施態様は、下記理化学的性質を有する新規なヘキソキナーゼである。
【0021】
別な実施態様は、さらに、下記理化学的性質を有する。
熱安定性:約40℃以下(pH7.0、30分間)
pH安定性:約5.5〜7.5(25℃、20時間)
グルコースに対するKm値:約0.21mM
ATPに対するKm値:約0.074mM
基質特異性:D−グルコース、D−フルクトース、D−マンノース、D−ガラクトース、2−デオキシ−D−グルコースに作用する。
【0022】
本発明の一実施態様はサッカロミセス・パスツリアヌス(Saccharomyces pastorianus) ATCC2366が産生する酵素である。
【0023】
また、本発明は以下の(a)又は(b)のタンパク質であるヘキソキナーゼである。
(a)配列表の配列番号1に記載されるアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)アミノ酸配列(a)において、1もしくは複数のアミノ酸の付加、欠失または置換されたアミノ酸配列からなり、かつ、ヘキソキナーゼ活性を有するタンパク質。
【0024】
本発明の一実施態様は、配列番号1に記載されるアミノ酸配列を有するヘキソキナーゼである。
【0025】
本発明のヘキソキナーゼは、ヘキソキナーゼ生産微生物、例えばサッカロミセス・パスツリアヌス(Saccharomyces pastorianus) ATCC2366を培養し、該培養物から採取し得る。培養条件は、菌体の栄養生理的性質を考慮して、選択すればよく、通常多くの場合は液体培養で行うが、工業的には通気撹拌培養を行うのが有利である。
培地の栄養源としては、微生物の培養に通常用いられるものが広く使用され得る。炭素源としては資化可能な炭素化合物であればよく、例えばグルコ−ス、シュークロース、ラクトース、マルトース、フラクトース、糖蜜、ピルビン酸などが使用される。窒素源としては利用可能な窒素化合物であればよく、例えばペプトン、肉エキス、酵母エキス、カゼイン加水分解物、大豆粕アルカリ抽出物などが使用される。その他、リン酸塩、炭酸塩、硫酸塩、マグネシウム、カルシウム、カリウム、鉄、マンガン、亜鉛などの塩類、特定のアミノ酸、特定のビタミンなどが必要に応じて使用される。培養温度は菌が発育し、ヘキソキナーゼを生産する範囲で適宜変更し得る。好ましくは約25〜30℃程度である。培養時間は条件によって多少異なるが、ヘキソキナーゼが最高収量に達する時期を見計らって、適当時期に培養を終了すればよく、通常は約24〜48時間程度である。培地pHは菌が発育し、ヘキソキナーゼを生産する範囲で適宜変更し得るが、特に好ましくは約pH5.5である。
【0026】
培養物中のヘキソキナーゼを生産する菌体を含む培養液をそのまま、採取し利用することもできるが、一般には常法に従って、ヘキソキナーゼが培養液中に存在する場合は濾過、遠心分離などにより、ヘキソキナーゼ含有溶液と微生物菌体とを分離した後に利用される。ヘキソキナーゼが菌体内に存在する場合には、得られた培養物から濾過または遠心分離などの手段により菌体を採取し、次いでこの菌体を機械的方法またはリゾチームなどの酵素的方法で破壊し、また必要に応じてEDTA等のキレート剤及びまたは界面活性剤をヘキソキナーゼを可溶化し、水溶液として分離採取する。
【0027】
このようにして得られたヘキソキナーゼ含有溶液を、例えば減圧濃縮、膜濃縮、更に硫酸アンモニウム、硫酸ナトリウムなどの塩析処理、或いは有機溶媒、例えばメタノール、エタノール、アセトンなどによる分別沈澱法により沈澱せしめればよい。また、加熱処理や等電点処理も有効な精製手段である。その後、吸着剤或いはゲル濾過剤などによるゲル濾過、吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーを行うことにより、精製されたクレアチニンアミドヒドロラーゼを得ることができる。例えば、セファデックス(Sephadex)G−25(ファルマシアバイオテク)などによるゲルろ過、DEAEセファロースCL−6B(ファルマシアバイオテク)を添加して、フェニルセファロースCL6−B(ファルマシアバイオテク)カラムクロマトグラフィーにより分離・精製し、精製酵素標品を得ることができる。 この精製酵素標品は、電気泳動(SDS-PAGE)的にほぼ単一のバンドを示す程度に純化されている。
【0028】
本発明では、ヘキソキナーゼをコードする遺伝子を分離し、これを適当なベクターを用いて他の宿主細胞を形質転換して、これより発現されるヘキソキナーゼを単離することにより、該酵素を簡便、かつ効率的に入手することができる。
【0029】
本発明のヘキソキナーゼをコードする遺伝子としては、以下の(a)又は(b)のタンパク質であるヘキソキナーゼをコードする遺伝子がある。
(a)配列表の配列番号1に記載されるアミノ酸配列からなるタンパク質。
(b)アミノ酸配列(a)において、1もしくは複数のアミノ酸の付加、欠失または置換されたアミノ酸配列からなり、かつ、ヘキソキナーゼ活性を有するタンパク質。
アミノ酸の欠失、置換もしくは付加の方法としては、該アミノ酸をコードする遺伝子を変異する方法、例えば、通常のヌクレアーゼを用いる方法、ポリメラーゼチェインリアクション(PCR)法、市販の変異導入キットを用いることができる。その欠失、置換もしくは付加の程度は、基本的な特性を変化させることなく、あるいはその特性を改善するようにしたものである。
【0030】
本発明のヘキソキナーゼをコードする遺伝子としては、以下の(c)、(d)又は(e)のDNAからなるヘキソキナーゼをコードする遺伝子がある。
(c)配列表の配列番号2に記載される塩基配列からなるDNA
(d)(c)の塩基配列において、1もしくは複数の塩基が付加、欠失または置換されており、かつヘキソキナーゼ活性を有するアミノ酸配列をコードしているDNA
DNAの欠失、置換もしくは付加の方法としては、例えば、通常のヌクレアーゼを用いる方法、ポリメラーゼチェインリアクション(PCR)法、市販の変異導入キットを用いることができる。その欠失、置換もしくは付加の程度は、基本的な特性を変化させることなく、あるいはその特性を改善するようにしたものである。
(e)(c)の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、ヘキソキナーゼ活性を有するタンパク質をコードする○○由来のDNA
ここでストリンジェントな条件とは、例えば×2SSC(300mM NaCl、30mMクエン酸)、65℃、16時間である。
【0031】
本発明のヘキソキナーゼをコードする遺伝子は、例えばサッカロミセス・パスツリアヌス(Saccharomyces pastorianus)ATCC2366から抽出しても良く、また化学的に合成することもできる。ポリメラーゼチェーンリアクション法(PCR)の利用により、ヘキソキナーゼ遺伝子を含むDNA断片を得ることも可能である。
本発明の該遺伝子を得る方法としては、例えばサッカロミセス・パスツリアヌス(Saccharomyces pastorianus) ATCC2366の染色体DNAを分離精製し、サッカロミセス・パスツリアヌス(Saccharomyces pastorianus) ATCC2366と類縁種であり、遺伝子の相同性が高いと予想されるサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)のヘキソキナーゼをコードする塩基配列を基に、サッカロミセス・パスツリアヌス(Saccharomyces pastorianus) ATCC2366のヘキソキナーゼをコードする遺伝子が増幅されるようなプライマーを作成し、調製した染色体DNAを鋳型をして、PCR反応を行う。
【0032】
得られたPCR増幅断片は、リニヤーな発現ベクターとを両DNAの平滑末端または接着末端において、DNAリガーゼなどにより結合閉鎖させて組換えベクターを構築する。こうして得られた組換えベクターは複製可能な宿主微生物に移入した後、ベクターのマーカーと酵素活性の発現を指標としてスクリーニングして、ヘキソキナーゼをコードする遺伝子を含有する組換えベクターを保持する微生物を得る。次いで該微生物を培養し、該培養菌体から該組換えベクターを分離・精製し、該組換えベクターからヘキソキナーゼ遺伝子を採取すれば良い。
【0033】
すなわち、供与微生物を例えば1〜3日間撹拌培養して得られた培養物を遠心分離にて集菌し、次いでこれを溶菌させることによりヘキソキナーゼ遺伝子の含有する溶菌物を調製することができる。溶菌の方法としては、例えばリゾチームやβ−グルカナーゼ等の溶菌酵素により処理が施され、必要に応じてプロテアーゼや他の酵素やラウリル硫酸ナトリウム(SDS)等の界面活性剤が併用され、さらに凍結融解やフレンチプレス処理のような物理的破砕方法と組み合わせても良い。
【0034】
このようにして得られた溶菌物からDNAを分離・精製するには常法に従って、例えばフェノール処理やプロテアーゼ処理による除蛋白処理や、リボヌクレアーゼ処理、アルコール沈澱処理などの方法を適宜、組み合わせることにより行うことができる。
【0035】
ベクターとしては、宿主微生物内で自律的に増殖し得るファージまたはプラスミドから遺伝子組換え用として構築されたものが適している。ファージとしては、例えばエシェリヒア・コリー(Escherichia coli)を宿主微生物とする場合には、Lambda-gt10 ,Lambda-gt11などが使用できる。また、プラスミドとしては、例えばエシェリヒア・コリー(Escherichia coli)を宿主微生物とする場合には、pBR322、pUC19、pBluescript 、pLED−M1(Journal of Fermentation and Bioenzineering, Vol.76, 265-269 (1993))などが使用できる。
【0036】
宿主微生物としては、組換えベクターが安定、かつ自律増殖可能で外来性遺伝子の形質発現できるものであれば良く、一般的にはエシェリヒア・コリーW3110 ,エシェリヒア・コリーC600,エシェリヒア・コリーHB101 ,エシェリヒア・コリーJM109 などを用いることができる。
【0037】
宿主微生物に組換えベクターを移入する方法としては、例えば宿主微生物がエシェリヒア・コリーの場合には、カルシウム処理によるコンピテントセル法やエレクトロポレーション法などが用いることができる。
こうして得られた形質転換体である微生物は栄養培地で培養されることにより、多量のヘキソキナーゼを安定に生産し得ることを見いだした。宿主微生物への目的組換えベクターの移入の有無についての選択は、目的とするDNAを保持するベクターの薬剤耐性マーカーとヘキソキナーゼ活性を同時に発現する微生物を検索すれば良く、例えば薬剤耐性マーカーに基づく選択培地で生育し、かつヘキソキナーゼを生成する微生物を選択すれば良い。
【0038】
上記の方法により得られたヘキソキナーゼ遺伝子の塩基配列は、サイエンス(Science, Vol.214, 1205-1210 (1981))に記載されたジデオキシ法により解読し、また、ヘキソキナーゼのアミノ酸配列は決定した塩基配列より推定する。このようにして一度選択されたヘキソキナーゼ遺伝子を保有する組換えベクターは、形質転換微生物から取り出され、他の微生物に移入することも容易に実施することができる。また、ヘキソキナーゼ遺伝子を保持する組換えベクターから制限酵素やPCRによりヘキソキナーゼ遺伝子であるDNAを回収し、他のベクター断片と結合させ、宿主微生物に移入することも容易に実施できる。
【0039】
形質転換体である宿主微生物の培養形態は、宿主の栄養生理的性質を考慮して培養条件を選択すればよく、通常、多くの場合は液体培養で行うが、工業的には通気撹拌培養を行うのが有利である。培地の栄養源としては微生物の培養に通常、用いられるものが広く使用され得る。炭素源としては資化可能な炭素化合物であればよく、例えばグルコース、シュークロース、ラクトース、マルトース、フラクトース、糖蜜、ピルビン酸などが使用される。窒素源としては利用可能な窒素化合物であればよく、例えばペプトン、肉エキス、酵母エキス、カゼイン加水分解物、大豆粕アルカリ抽出物などが使用される。その他、リン酸塩、炭酸塩、硫酸塩、マグネシウム、カルシウム、カリウム、鉄、マンガン、亜鉛などの塩類、特定のアミノ酸、特定のビタミンなどが必要に応じて使用される。培養温度は菌が発育し、ヘキソキナーゼを生産する範囲で適宜変更し得るが、エシェリヒアコリーの場合、好ましくは20〜42℃程度である。培養時間は条件によって多少異なるが、ヘキソキナーゼが最高収量に達する時期を見計らって、適当時期に培養を終了すればよく、通常は6〜48時間程度である。培地pHは菌が発育しヘキソキナーゼを生産する範囲で適宜変更し得るが、特に好ましくはpH6.0〜9.0程度である。
【0040】
培養物中のヘキソキナーゼを生産する菌体を含む培養液をそのまま、採取し利用することもできるが、一般には常法に従って、ヘキソキナーゼが培養液中に存在する場合は濾過、遠心分離などにより、ヘキソキナーゼ含有溶液と微生物菌体とを分離した後に利用される。ヘキソキナーゼが菌体内に存在する場合には、得られた培養物から濾過または遠心分離などの手段により菌体を採取し、次いでこの菌体を機械的方法またはリゾチームなどの酵素的方法で破壊し、また必要に応じてEDTA等のキレート剤及びまたは界面活性剤をヘキソキナーゼを可溶化し、水溶液として分離採取する。
【0041】
このようにして得られたヘキソキナーゼ含有溶液を、例えば減圧濃縮、膜濃縮、更に硫酸アンモニウム、硫酸ナトリウムなどの塩析処理、或いは有機溶媒、例えばメタノール、エタノール、アセトンなどによる分別沈澱法により沈澱させればよい。また、加熱処理や等電点処理も有効な精製手段である。その後、吸着剤或いはゲル濾過剤などによるゲル濾過、吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーを行うことにより、精製されたクレアチニンアミドヒドロラーゼを得ることができる。
例えば、セファデックス(Sephadex)G−25(ファルマシアバイオテク)などによるゲルろ過、DEAEセファロースCL−6B(ファルマシアバイオテク)を添加して、フェニルセファロースCL6−B(ファルマシアバイオテク)カラムクロマトグラフィーにより分離・精製し、精製酵素標品を得ることができる。この精製酵素標品は、電気泳動(SDS-PAGE)的にほぼ単一のバンドを示す程度に純化されている。
【0042】
本発明のヘキソキナーゼは、クレアチンキナーゼ測定試薬として利用される。クレアチンキナーゼ測定試薬とは、ヘキソキナーゼ、緩衝液、マグネシウムイオン、グルコース、ADP、NADまたはNADPおよびグルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼ溶液を含むものである。本発明のヘキソキナーゼはクレアチンキナーゼ測定溶液中で、少なくとも60%(40℃にて、1週間保存)との高い安定性を有するから、該測定試薬は過剰にヘキソキナーゼを添加する必要がなく、安価で、精度の高いクレアチンキナーゼの測定が可能となる。
【0043】
【実施例】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。
実施例中、ヘキソキナーゼ活性測定は以下の試薬および測定条件で行った。<試薬>
試薬A 50mM Tis-HCl 緩衝液、pH8.0 (13mM MgCl2を含む)
試薬B 0.67M グルコース溶液(試薬Aで溶解)
試薬C 16.5mM ATP 溶液(試薬Aで溶解)
試薬D 6.8mM NAD 溶液(試薬Aで溶解)
試薬E グルコース-6- リン酸デヒドロゲナーゼ溶液(300U/ml に試薬Aで溶解)
<測定条件>
まず試薬A、試薬B、試薬C、試薬Dおよび試薬Eを2.28:0.5:0.1:0.1:0.01の割合で混合し、試薬混液を作成する。この試薬混液3mlを30℃で約5分予備加温後、0.1mlの酵素溶液を加え、30℃で反応を開始し、4分間反応させた後、340mmにおける1分間当たりの吸光度変化を分光光度計にて測定する。盲検は酵素溶液の代わりに蒸留水を試薬混液に加えて、以下同様に吸光度変化を測定する。上記条件で1分間に1マイクロモルのNADHを生成する酵素量を1単位(U)とする。
【0044】
実施例1 サッカロミセス・パスツリアヌス(Saccharomyces pastorianus) ATCC2366からのヘキソキナーゼの採取
サッカロミセス・パスツリアヌス(Saccharomyces pastorianus) ATCC2366を100mlのYPD培地(1%ポリペトン、1%酵母エキス、1%D−グルコース(pH5.3))で30℃一晩振盪培養した後、遠心分離(8,000rpm、10分間)により集菌し、25mMリン酸緩衝液、5mMグルコース、0.1mM PMSF、pH6.3に懸濁した。
上記菌体懸濁液をフレンチプレスで破砕し、遠心分離を行い、上清液を得た。得られた粗酵素液をポリエチレンイミンによる除核酸処理および硫安分画処理を行った後、セファデックス(Sephadex)G−25(ファルマシア バイオテク)によるゲルろ過により脱塩し、DEAEセファロースCL−6B(ファルマシア バイオテク)カラムクロマトグラフィー、フェニルセファロース(ファルマシアバイオテク)カラムクロマトグラフィーにより分離・精製し、精製酵素表品を得た。
【0045】
該方法により得られた標品は、電気泳動(SDS-PAGE)的にほぼ単一なバンドを示し、この時の比活性は、約800U/mgタンパクであった。
なお、酵素活性は上記条件および操作により測定した。
精製された酵素の理化学的性質を測定した結果を下記に示す。
作用:ADPの存在下にD−ヘキソースに作用して、D−ヘキソース−6−リン酸とADPを生成する。
至適温度:45〜50℃(図1参照)
至適pH:8.0〜9.0(図2参照)
熱安定性:約40℃以下(pH7.0にて30分間保存、図3参照)
pH安定性:約5.5〜7.5(25℃にて、25時間保存、図4参照)
グルコースに対するKm値:約0.21mM
分子量:55,000(SDS−PAGE)
【0046】
【表1】
【0047】
実施例2 染色体DNAの分離
サッカロミセス・パスツリアヌス(Saccharomyces pastorianus) ATCC2366の染色体DNAは、該菌株を100mlのYPD培地(1%ポリペトン、1%酵母エキス、1%D−グルコース(pH5.3))で30℃一晩振盪培養した後、遠心分離(8,000rpm、10分間)により集菌し、該菌体より、Herefordらの方法(Cell 18:1261-1271 )に従い、染色体DNAを調製した。
【0048】
実施例3 ヘキソキナーゼをコードする遺伝子を含有するDNA断片および該DNA断片を有する組換えベクターの調製
実施例1で得た染色体DNAを鋳型として、遺伝子の塩基配列が公知であるサッカロミセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)のヘキソキナーゼをコードする塩基配列を基に、サッカロミセス・パスツリアヌス(Saccharomyces pastorianus) ATCC2366のヘキソキナーゼをコードする遺伝子が増幅されるような2種のプライマー(配列表の配列番号3、4に記載)を作成し、PCR法によりサッカロミセス・パスツリアヌス(Saccharomyces pastorianus) ATCC2366のヘキソキナーゼをコードする遺伝子断片を増幅した。
なお、プライマーは増幅断片の両端に別々の制限酵素による切断部位(N末端にNdeI、C末端にBamHI )が創出されるように設計した。
PCRは以下に示す反応液組成および増幅条件にて行った。
<反応液組成>
TaqPlus DNA ポリメラーゼ(ストラタジーン製) 5 U/100 μl
10倍濃度TaqPlus DNA ポリメラーゼ用バッファー 10 μl/100μl
染色体DNA(鋳型DNA) 0.01 μg/100μl
dATP, dTTP, dGTP, dCTP 各0.2 mM
プライマー 各1μM
(配列表の配列番号3、4に記載)
<増幅条件>
(1) 94℃、2分間(変性)
(2) 94℃、45秒間(変性)
(3) 55℃、30秒間(アニーリング)
(4) 74℃、2分間(反応)
(上記(1) 〜(4) のサイクルを計30サイクル実施)
【0049】
増幅DNA断片約1.5kbpを Cloning Kit(Invitrogen 製)を用いて、pCRTMIIベクターとT4DNAリガーゼ(東洋紡製)1単位で、16℃、12時間反応させ、DNAを連結した。連結したDNAはエシェリヒア・コリーJM109のコンピテントセル(東洋紡製)を用いて形質転換し、選択用LB寒天培地(1%ポリペプトン、0.5%酵母エキス、0.5%NaCl、50μg/mlアンピシリン、0.5mM IPTG、0.1mM X−gal(pH7.2))に塗布し、37℃、20時間培養し、生育したコロニーの中から白色のものについてLB液体培地(1%ポリペプトン、0.5%酵母エキス、0.5%NaCl、50μg/mlアンピシリン(pH7.2))で37℃、16時間培養した。培養菌体より常法に従ってプラスミドDNAを調製した後、制限酵素 NdeI とBamHI (東洋紡製)にて処理し、約1.5kbp断片が生成するプラスミドDNAを選抜した。
【0050】
また、pBluescript KS(+) を用いて、該ベクター由来のβ−ガラクトシダーゼの構造遺伝子の開始コドンの位置に制限酵素 NdeI による切断配列が創出されるようなプライマー(配列表の配列番号5に記載)と市販の変異導入キット(Transformer TM ; Clontech製)により、β−ガラクトシダーゼの構造遺伝子の開始コドンの位置に制限酵素 NdeI による切断配列が導入されたプラスミドDNAを作成した。次にこのプラスミドDNAを NdeI とBamHI により処理したものと、前記の選抜したPCR増幅断片を保持するプラスミドDNAの同制限酵素処理による生成DNA断片を、T4DNAリガーゼを用いて連結した後、エシェリヒア・コリーJM109 のコンピテントセル(東洋紡製)を用いて形質転換し、LB寒天培地(1%ポリペプトン、0.5%酵母エキス、0.5%NaCl、50μg/mlアンピシリン、(pH7.2))に塗布し、37℃、20時間培養した。得られたコロニーはTB培地(1.2%ポリペプトン、2.4%酵母エキス、0.4%グリセロール、1.25% K2 HPO4 、0.23% KH2 PO4 、100 μg/mlアンピシリン)で30℃、24時間培養し、これらをスクリーニングした結果、顕著なヘキソキナーゼ活性を示す株を得ることができた。この株の保持するプラスミドDNA約1.5kbpの挿入DNA断片が存在しており、このプラスミドをpHXK10とした。pHXK10の制限酵素地図を図5に示す。
【0051】
実施例3 塩基配列の決定
pHXK10の約1.5kbpの挿入DNA断片について、Radioactive Sequencing Kit(東洋紡製)を用いて、常法に従って塩基配列を決定した。決定した塩基配列およびアミノ酸配列を配列表に示す。
アミノ酸配列から求められる蛋白質の分子量は53,998であった。
また、pHXK10挿入DNA断片はヘキソキナーゼ遺伝子以外の部分を含まない。すなわち、挿入DNA断片の両端には NdeI と BamHI制限酵素切断部位がそれぞれ存在し、NdeIはヘキソキナーゼ遺伝子の開始コドン(ATG)と重なり、BamHI はヘキソキナーゼ遺伝子の終止コドン(TGA)の直後に位置している。
【0052】
実施例4 形質転換体の作成
エシェリヒア・コリーJM109のコンピテントセル(東洋紡製)をpHXK10で形質転換し、形質転換体エシェリヒア・コリーJM109(pHXK10)を得た。
【0053】
実施例5 エシェリヒア・コリーJM109(pHKX10))からのヘキソキナーゼの製造
TB培地500mlを2Lフラスコに分注し、121℃、15分間オートクレーブを行い、放冷後、別途無菌ろ過した50mg/mlアンピシリン(ナカライテスク製)0.5ml添加した。この培地に1%グルコースを含むLB培地であらかじめ30℃、16時間振盪培養したエシェリヒア・コリーJM109(pHXK10)の培養液5mlを接種し、30で24時間通気撹拌培養した。培養終了時のヘキソキナーゼ活性は約30U/mlであった。
上記菌体を遠心分離にて集菌し、25mMリン酸緩衝液、5mMグルコース、0.1mM PMSF、pH6.3に懸濁した。上記菌体懸濁液をフレンチプレスで破砕し、遠心分離を行い、上清液を得た。得られた粗酵素液をポリエチレンイミンによる除核酸処理および硫安分画処理を行った後、セファデックス(Sephadex)G−25(ファルマシア バイオテク)によるゲルろ過により脱塩し、、DEAEセファロースCL−6B(ファルマシア バイオテク)カラムクロマトグラフィー、フェニルセファロース(ファルマシア バイオテク)カラムクロマトグラフィーにより分離・精製し、精製酵素表品を得た。該方法により得られた標品は、電気泳動(SDS-PAGE)的にほぼ単一なバンドを示し、この時の比活性は、約800U/mgタンパクであった。
【0054】
上記方法で得られたヘキソキナーゼを用いて、下記クレアチンキナーゼ測定溶液を作成して、その40℃での保存安定性を市販のヘキソキナーゼ(Saccharomyces属由来、東洋紡績製、市販品A) およびヘキソキナーゼと同じ用途で用いられるグルコキナーゼ(Bacillus stearothermophilus由来、ユニチカ製、市販品B) と比較した結果を図6に示す。なお、クレアチンキナーゼ測定試薬は日本臨床化学会勧告法(臨床化学、第19巻第2号1990年6月)に従って作成した。
図6から、本発明のヘキソキナーゼがクレアチンキナーゼ測定溶液中で優れた安定性を示すことが確認された。
【0055】
pH(30℃) 6.60
イミダゾール酢酸緩衝液 115 mM
EDTA 2.3mM
酢酸マグネシウム 11.3mM
N−アセチル−L−システイン 23 mM
ADP 2.3mM
AMP 5.8mM
P',55−ジアデノミン−5'-ペンタリン酸 11.5μM
D−グルコース 23 mM
NADP 2.3mM
ヘキソキナーゼ 3450 U/l,30℃
グルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼ 1725 U/l,30℃
【0056】
【発明の効果】
本発明によりクレアチンキナーゼ測定溶液中で安定性に優れた新規なヘキソキーゼが単離され、遺伝子工学的技術による該酵素の製造法が確立され、高純度かつクレアチンキナーゼ測定溶液中で安定な該酵素の大量供給とクレアチニンの定量への利用が可能となった。
【0057】
【配列表】
【0058】
【0059】
【0060】
【0061】
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明のヘキソキナーゼの至適温度を示す図である。
【図2】本発明のヘキソキナーゼの至適pHを示す図である。
【図3】本発明のヘキソキナーゼの熱安定性を示す図である。
【図4】本発明のヘキソキナーゼのpH安定性を示す図である。
【図5】プラスミド、pHXK10の制限酵素地図を示す図である。
【図6】本発明のヘキソキナーゼおよび市販のヘキソキナーゼ(グリコキナーゼ)をクレアチニンキナーゼ測定試薬中でのpH6.6、40℃、0〜14日間保存時の残存活性を示す図である。
Claims (10)
- 配列番号1に記載されるアミノ酸配列からなる新規なヘキソキナーゼ。
- 下記理化学的性質を有する請求項1に記載の新規なヘキソキナーゼ。
作用:ATPとマグネシウムの存在下にD−ヘキソースに作用して、D−ヘキソース−6−リン酸とADPを生成する。
クレアチンキナーゼ測定溶液中の安定性:少なくとも60%(40℃にて、1週間保存)
至適温度:約45〜50℃
至適pH:約8.0〜9.0
分子量:53,998(アミノ酸組成から求めた値)
55,000(SDS−PAGE)
熱安定性:約40℃以下(pH7.0、30分間)
pH安定性:約5.5〜7.5(25℃、20時間)
グルコースに対するKm値:約0.21mM
ATPに対するKm値:約0.074mM
基質特異性:D−グルコース、D−フルクトース、D−マンノース、D−ガラクトース、2−デオキシ−D−グルコースに作用する。 - サッカロミセス・パスツリアヌス(Saccharomyces pastorianus) ATCC2366が産生する酵素である請求項1または2に記載の新規なヘキソキナーゼ。
- 配列番号1に記載されるアミノ酸配列からなるヘキソキナーゼをコードする遺伝子。
- 以下の(c)または(d)のDNAからなるヘキソキナーゼをコードする遺伝子。
(c)配列表の配列番号2に記載される塩基配列からなるDNA
(d)(c)の塩基配列において、1もしくは複数の塩基が付加、欠失または置換されており、かつ、配列番号1に記載されるアミノ酸配列をコードしているDNA - 請求項4または5記載のヘキソキナーゼをコードする遺伝子を含有する組換えベクター。
- 請求項6記載の組換えベクターで宿主細胞を形質転換した形質転換体。
- 請求項7記載の形質転換体を培養し、ヘキソキナーゼを生成させ、該ヘキソキナーゼを採取することを特徴とするヘキソキナーゼの製造法。
- サッカロミセス・パスツリアヌス(Saccharomyces pastorianus) ATCC2366を培養し、ヘキソキナーゼを生成させ、該ヘキソキナーゼを採取することを特徴とする請求項8記載のヘキソキナーゼの製造法。
- 請求項1〜3のいずれか1項に記載されるヘキソキナーゼ、緩衝液、グルコース、マグネシウム、ADP、NADまたはNADPおよびグルコース−6−リン酸デヒドロゲナーゼ溶液を含むクレアチンキナーゼ測定用試薬。
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