JP3944046B2 - 超音波衝撃処理によるスポット溶接継手の疲労強度向上方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、スポット溶接で形成させた金属板溶接継手、主に、自動車用部品の取付けおよび車体の組立てなどで使用されるスポット溶接方法で形成させた高強度鋼板溶接継手の疲労強度を向上する方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
近年、自動車の低燃費化、CO2排出量削減および衝突安全性向上等の対策のため、自動車分野では、自動車の車体や部品などに、薄肉の高強度鋼板を使用するニーズが高まっている。
【0003】
自動車の車体の組立てや部品の取付けなどには、スポット溶接方法が主に用いられているが、高強度鋼板をスポット溶接方法で溶接する場合には、以下のような問題がある。
【0004】
スポット溶接部(溶接継手)の品質指標としては、引張強さとともに疲労強度が重要となる。溶接継手の引張強さは鋼板の引張強さとともに増加するが、溶接継手の疲労強度は、鋼板の引張強さが増加してもほとんど増加しない。
【0005】
例えば、引張強さが290MPaの軟鋼板の代わりに、引張強さが590MPaの高強度鋼板を用いれば、スポット溶接継手の引張せん断強さ(溶接継手のせん断方向に引張荷重を負荷した場合の引張強さ)はほぼ2倍になるが、溶接継手のせん断方向に繰り返し荷重を負荷した場合の疲労強度、例えば、応力負荷の回数が2×106回における荷重を疲労強度と定義すると、疲労強度は増加せず軟鋼板の場合とほぼ同じ値を示す。
【0006】
このように、疲労強度が低い値を示す原因としては、従来、報告されているように、スポット溶接部のノッチ形状が考えられる。すなわち、図1で示すように、鋼板1の間に存在するナゲット2の部分がノッチ形状になっているため、引張せん断方向(矢印方向)3に荷重を負荷して疲労試験を行った場合、鋼板の引張強さが高くても、このノッチ効果によって疲労強度が向上しないと考えられる。
【0007】
特に、高強度鋼板を用いた場合には、軟鋼板を用いた場合に比べて、ナゲット部の硬さが増加するので、このノッチ効果は顕著になる。一方、剥離方向(引張せん断方向(矢印方向)3と垂直な方向)に荷重を負荷して疲労試験を行った場合にも、高強度鋼板の溶接継手の疲労強度は増加せず軟鋼と同じである。
【0008】
この場合は、ナゲット周辺部での応力集中が顕著であり、局部の応力負荷が高まり、そこでクラックが発生し易くなるため、引張せん断方向に繰り返し荷重を負荷した場合に比べて、疲労強度は一桁程度低下する。
【0009】
一般に、鋼板の引張強さが増加するほど、下記式で示される炭素当量Ceqの値が高くなる傾向にあり、高強度鋼板のCeqの値は、0.2を超えることが知られている。
Ceq=C+Si/30+Mn/20+2P+4S
式中、C、Si、Mn、P、および、Sは、それぞれ、鋼中の炭素、珪素、マンガン、リン、硫黄の各含有量(質量%)を示す。
【0010】
このように、高強度鋼板の引張強さが増加するとともに、その鋼板の炭素当量Ceqが高くなるため、引張強さが高い高強度鋼板ほどスポット溶接部(ナゲット部)と熱影響部の硬さが高くなり、その結果、靱性が低下して破壊が容易に起こり易くなる。
【0011】
また、高強度鋼板では、軟鋼に比べてスプリングバックが起こり易いため、スポット溶接部には引張の残留応力が発生して疲労強度が低下し易くなったり、また、割れが発生して疲労強度や静的強度が低下し易くなったりする。
【0012】
以上の理由で、高強度鋼板のスポット溶接部の疲労強度は、高強度鋼板の引張強さが増加しても増加せず、軟鋼と同程度になると考えられる。
【0013】
また、スポット溶接中に散り(通電中、鋼板間に生成された溶融部の直径が銅電極の先端直径より大きくなって、鋼板の隙間から溶融金属が飛散する現象)が発生した場合には、鋼板間に生成されたナゲットの端部が鋭い切り欠き形状になり、継手の疲労強度は、散りが発生しない場合に比べて低下する。
【0014】
従来の高強度鋼板のスポット溶接において、溶接継手の疲労強度を向上させる手段としては、スポット溶接の通電が完了した後、一定時間経過後にテンパー通電を行い、スポット溶接部(ナゲット部)と熱影響部を焼鈍して硬さを低下させ、残留応力を変化させる方法が知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【0015】
しかし、この方法は、テンパー通電の適正な条件範囲の幅が非常に狭く、また、操業条件の変化により再現性が乏しいという実用上の問題がある。特に、めっき鋼板を連続的に打点してスポット溶接する場合には、打点数の増加とともに、電極先端がめっきとの合金化反応によって劣化し、電極先端径が増大して電流密度が低下し、最適なテンパー通電条件から外れるため、安定的に継手の疲労強度を向上させることが困難となる。
【0016】
スポット溶接部の疲労強度を向上させる方法としては、これ以外にも、疲労強度特性が優れた鋼板を用いてスポット溶接する方法が知られている(例えば、特許文献1〜6、参照)
しかし、これらの方法は、軟鋼板のスポット溶接に関するものであり、高強度鋼板のスポット溶接部の疲労強度を向上させる方法については、未だ報告された例はない。
【特許文献1】
特開昭63−317625号公報
【特許文献2】
特開平2−163323号公報
【特許文献3】
特開平5−263184号公報
【特許文献4】
特開平9−268346号公報
【特許文献5】
特開平10−8187号公報
【特許文献6】
特開平11−279689号公報
【非特許文献1】
「鉄と鋼」第68巻(1982年)第9号第1444〜1451頁
【0017】
【発明が解決しようとする課題】
前述のように、高強度鋼板をスポット溶接した場合の溶接継手の疲労強度は、軟鋼板をスポット溶接した場合の疲労強度と変わらないため、自動車分野において高強度鋼板を用いても、高強度鋼板を用いることによる安全性向上や軽量化による低燃費化、CO2排出量削減のメリットを十分に享受することができない。
【0018】
溶接継手の疲労強度を向上させるため、スポット溶接打点数を増やす従来方法を採用することもできるが、この方法は、作業効率の低下、コスト上昇および設計自由度の制約などの問題を抱えている。
【0019】
本発明は、これらの従来技術における問題を解決するために、金属板のスポット溶接、特に、高強度鋼板のスポット溶接において、良好な溶接作業性を確保しつつ溶接継手の疲労強度を向上することができるスポット溶接方法を提供することを目的とする。
【0020】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、スポット溶接継手の疲労強度が、ナゲット周辺の残留応力状態やナゲット端部の形状に依存することから、ナゲット周辺の残留応力状態やナゲット端部の形状を何らかの手段で改善すれば、溶接継手の疲労強度を高めることができるとの発想の下に、ナゲット周辺の残留応力状態やナゲット端部の形状を改善する手法について鋭意検討した。
【0021】
その結果、溶接継手の両面または片面から、ナゲット形成部とナゲット周囲の両方または片方に超音波衝撃処理を施せば、溶接継手の疲労強度を効果的に高めることができることを見出した。
本発明は、上記の知見に基づきなされたもので、その要旨は、以下のとおりである。
【0022】
(1) 金属板をスポット溶接して形成させた溶接継手の疲労強度を向上させる方法において、電極先端での面圧P(M Pa )および溶接後の電極保持時間 HT (ms)が下記(1)、(2)式を満たす条件のスポット溶接で形成された溶接継手の両面または片面から、ナゲット形成部とナゲット周囲の両方または片方に超音波衝撃処理を施すことを特徴とする超音波衝撃処理によるスポット溶接継手の疲労強度向上方法。
5.752× TS 1/2 ≦P≦8.792× TS 1/2 (1)
240×t−160≦ HT (2)
但し、 TS :被溶接材の引張強さ(M Pa )
P:溶接時の電極先端での面圧(M Pa )
t:被溶接材の厚み( mm )
HT :溶接後の電極保持時間(ms)
【0024】
(2) 金属板をスポット溶接して形成させた溶接継手の疲労強度を向上させる方法において、電極先端での面圧P(MPa)および溶接後の電極保持時間HT(ms)が下記(1)、(2)式を満たす条件下において、先端径dが下記(3)式を満たす電極を用いて、ナゲット径NDが下記(4)式を満たすスポット溶接で形成された溶接継手の両面または片面から、ナゲット形成部とナゲット周囲の両方または片方に超音波衝撃処理を施すことを特徴とする超音波衝撃処理によるスポット溶接継手の疲労強度向上方法。
5.752×TS1/2≦P≦8.792×TS1/2 (1)
240×t−160≦HT (2)
5.5×t1/2≦d≦7.5×t1/2(mm) (3)
5.5×t1/2≦ND≦7.5×t1/2(mm) (4)
但し、TS:被溶接材の引張強さ(MPa)
P:溶接時の電極先端での面圧(MPa)
t:被溶接材の厚み(mm)
HT:溶接後の電極保持時間(ms)
d:電極の先端径(mm)
ND:ナゲット径(mm)
【0025】
(3) 前記溶接継手が、溶接時に散りが発生する条件でスポット溶接された溶接継手であることを特徴とする前記(1)または(2)のいずれかに記載の超音波衝撃処理によるスポット溶接継手の疲労強度向上方法。
【0026】
(4) 前記超音波衝撃処理を、超音波衝撃処理後の超音波衝撃処理部の板厚減少量が0.03mm以上、超音波衝撃処理部の板厚の30%以下になるように施すことを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれかに記載の超音波衝撃処理によるスポット溶接継手の疲労強度向上方法。
【0027】
(5) 前記金属板が高強度鋼板であることを特徴とする前記(1)〜(4)のいずれかに記載の超音波衝撃処理によるスポット溶接継手の疲労強度向上方法。
【0028】
(6) 前記高強度鋼板が、フェライト中に残留オーステナイトを含有する加工誘起変態型複合組織鋼板であることを特徴とする前記(5)に記載の超音波衝撃処理によるスポット溶接継手の疲労強度向上方法。
【0029】
【発明の実施の形態】
本発明者は、先ず、高強度鋼板のスポット溶接において、溶接継手の疲労強度を向上させる方法として、
(a)溶接金属(ナゲット)端部のノッチ形状を変えて、応力集中が起こり難くする方法、
(b)溶接金属(ナゲット)部とその周辺の熱影響(HAZ)部の硬さを低下させる方法、および、
(c)溶接金属(ナゲット)部周囲に圧縮残留応力を発生させて、相対的に残留引張応力を低減させる方法、
の大きく3つの方法について検討した。
【0030】
(a)の方法については、例えば、非特許文献1に記載されているように、意図的に溶接中に散り(通電中、鋼板間に生成された溶融部の直径が銅電極の先端直径より大きくなって、鋼板の隙間から溶融金属が飛散する現象)を発生させて、溶接金属(ナゲット)部の端部形状を変化させる方法が知られているが、この方法では、溶接金属(ナゲット)部の端部形状がばらつき、実際、疲労強度もかなりばらつくことが知られている。
【0031】
(b)の方法としては、前述のように、溶接終了後に一定時間非通電のまま保持(冷却)した後、再度溶接部に一定時間通電(後通電)して、溶接部をテンパー処理する方法が知られている。
しかし、この方法は、既に述べたように、溶接部をテンパー処理するための最適通電条件範囲が非常に狭く、また、操業条件の変化などにより再現性が乏しいという問題を抱えている。
【0032】
本発明者は、(c)の方法として、電極による溶接部への加圧と溶接金属(ナゲット)部周囲のマルテンサイト変態による体積膨張を利用する方法が有効であると考え、鋭意実験を行った。その結果、被溶接材の厚みと引張強さ、電極先端径に応じた電極加圧力の調整、溶接後の電極保持時間の調整、および、マルテンサイト変態による体積膨張の利用により溶接金属(ナゲット)部周囲に圧縮残留応力を発生させ、溶接継手の疲労強度を向上できることを見出した。
【0033】
そこで、本発明者は、ナゲット形成部周囲に、さらに圧縮残留応力を導入する手法について検討した。その結果、スポット溶接継手の両面または片面から、ナゲット形成部とナゲット形成部周囲の両方または片方に超音波衝撃処理を施せば、ナゲット形成部周囲に圧縮残留応力を導入させて、溶接継手の疲労強度を効果的に向上できることを見出した。
【0034】
本発明は、前述したように上記知見に基づいてなされたものである。以下、詳細に説明する。
【0035】
図2は、スポット溶接を説明するための図であり、また、図3は、本発明の超音波衝撃処理を説明するための図である。まず、スポット溶接では、被接合材である2枚の高強度鋼板1を重ね合わせ、その重ね合わせ部に銅製の溶接電極4を加圧力5で加圧しながら通電し、2枚の高強度鋼板1の間に溶融金属部を形成させる。この溶融金属部は、溶接通電終了後、水冷された電極への抜熱や鋼板への熱伝導により冷却されて凝固し、2枚の高強度鋼板1の間にナゲット2が形成される。
【0036】
高強度鋼板をスポット溶接した場合、溶接後のナゲット形成部とその周辺の熱影響(HAZ)部においては、凝固・冷却過程でマルテンサイト変態が起きる際に体積膨張が起きるが、その後、さらに室温までの冷却過程で熱収縮が起き、最終的に形成されるナゲット部周辺には、引張残留応力が存在した状態になる。
【0037】
この引張残留応力は、ナゲット端部のノッチ形状とともに、高強度鋼板スポット溶接継手の疲労強度を低下せしめる主な原因であると考えられるが、本発明では、図3に示したように、発信機6から超音波を発生させ、溶接継手の両面または片面から、ナゲット形成部とナゲット形成部周囲の両方または片方に、工具6(図3ではピン)を介して衝撃超音波衝撃処理を施し、引張残留応力を消滅せしめるとともに、ナゲット形成部周囲に圧縮残留応力を導入する。この圧縮残留応力によって、疲労試験時の引張荷重が緩和されるため、溶接継手の疲労強度が向上する。
【0038】
疲労強度を向上させるためには、疲労試験時に破壊が起こるナゲット形成部周囲に超音波衝撃処理を施し、その部分に圧縮残留応力を導入すればよいが、ナゲット形成部に超音波衝撃処理を施した場合にも疲労強度は向上する。これは、ナゲット形成部に超音波衝撃処理を施すことによって、ナゲット形成部が変形し、その結果、ナゲット形成部の周囲が圧縮されて、ナゲット形成部周囲に圧縮残留応力が導入されるためと考えられる。
【0039】
したがって、超音波衝撃処理は、ナゲット形成部とナゲット形成部周囲のどちらか一方に施してもよいし、両方に施してもよい。確実にナゲット形成部周囲に圧縮残留応力を導入させるためには、少なくともナゲット形成部周囲には超音波衝撃処理を施した方が望ましい。
【0040】
また、両面に超音波衝撃処理を施せば、鋼板両面のナゲット形成部周囲で破壊が起こりにくくなるため、疲労強度向上の効果は大きいが、片面に超音波衝撃処理を施しただけでも疲労強度向上の効果が認められる。これは、片面に超音波衝撃処理を施しただけでも、逆側の鋼板に間接的に圧縮残留応力が導入されるためと考えられる。
【0041】
一方、フェライト中にマルテンサイトまたはベイナイトを含有した2相複合組織鋼板、あるいはベイナイト組織からなるバーリング鋼板では、特に、引張強さが高い場合には、スポット溶接の場合にも熱影響部(HAZ)で軟化が起こり、疲労強度への悪影響が懸念されるが、ナゲット形成部周囲に超音波衝撃処理を施すことによって軟化した部分にも圧縮残留応力が導入されるため、これによっても疲労強度の向上が期待される。
【0042】
超音波衝撃処理を施す溶接継手は、スポット溶接条件を特に規定するものではないが、以下の条件、すなわち、電極先端での面圧P(MPa)および溶接後の電極保持時間HT(ms)が下記(1)、(2)式を満たす条件でスポット溶接した溶接継手を用いることが望ましい。
5.752×TS1/2≦P≦8.792×TS1/2 (1)
130−160×t+210×t2≦HT (2)
但し、TS:被溶接材の引張強さ(MPa)
P:溶接時の電極先端での面圧(MPa)
t:被溶接材の厚み(mm)
HT:溶接後の電極保持時間(ms)
【0043】
電極先端での面圧を上記(1)式を満たすように設定すると、被溶接材として引張強さTSが430〜1200MPaの鋼板を用いても、ナゲット形成部を変形させることが可能となり、その結果、ナゲット形成部周囲に圧縮残留応力を導入させることが可能となって、溶接継手の疲労強度が向上する。
【0044】
電極先端での面圧Pは、引張強さTSとの関係で上記(1)式に従って設定するが、該(1)式を導出する根拠となった実験結果の一例を図4に示す。図4は、先端径が5mm、先端曲率径が40mmのJIS−CR型電極を用い、板厚1.0mmの高強度鋼板をスポット溶接し、直径5mmのナゲットを形成させた場合における電極先端での面圧Pおよび鋼板の引張強さTSと、溶接継手の疲労強度の評価結果(図中の○印および×印)との関係を示している。
【0045】
図中において、溶接継手の疲労強度が、引張強さTS:290MPaの軟鋼板を溶接した時の疲労強度に対して向上したものを○、向上しなかったものを×で示した。
【0046】
図4から、板厚:1.0mmの高強度鋼板をスポット溶接する際には、電極先端での面圧Pを上記(1)式に従って設定すれば、疲労強度が良好な溶接継手を形成させることが可能だとわかる。
【0047】
本発明の上記(1)式は、電極先端径と高強度鋼板の板厚を変化させて、図4に示すように、電極先端での面圧Pおよび鋼板の引張強さTSと、溶接継手の疲労強度との関係を実験的に確認して求めたものである。
【0048】
スポット溶接時の電極先端での面圧が、上記(1)式の下限値より低い場合には、溶接金属部に十分な圧縮残留応力を導入させることができず、溶接継手の疲労強度向上の効果がほとんど認められない。一方、電極先端での面圧が、上記(1)式の上限値より高い場合は、溶接時に変形抵抗が低下した加圧部表面に大きな圧痕が生じて、金属板の外観形状を悪化させ、また、加圧部の板厚を薄くしてしまい溶接継手の静的強度や疲労強度を低下させるという問題が生じる。
【0049】
本発明では、上記(1)式のように、スポット溶接時の電極先端での面圧を規定することにより、溶接金属部周囲に圧縮残留応力を導入し、溶接継手の疲労強度の向上に寄与することができる。
【0050】
なお、電極形状としては、JIS C 9304に規定されているように、F型、R型、D型、DR型、CF型、CR型、EF型、ER型、P型があり、DR型、CF型、CR型、EF型、ER型、P型では電極先端径を特定できるが、他の電極では特定できないため、その場合には、鋼板との実質的な接触径を電極先端径とすればよい。なお、DR型、CF型、CR型、ER型、P型でも、連続打点とともに電極先端径が増大するため、その場合には、鋼板との実質的な接触径を電極先端径と考えれば良い。
【0051】
電極加圧力以外の溶接条件、例えば、溶接時の溶接電流、溶接時間、などは通常の溶接条件に準ずればよく、特に規定する必要はないが、溶接後の電極保持時間HT(ms)は、上記(2)式に従って規定すると、ナゲット形成部周囲に所要の圧縮残留応力を導入させることができる。
【0052】
溶接電極は水冷されているので、溶接(通電)後の電極保持時間が長くなると、溶接部の冷却速度が速くなって硬さが上昇し、靱性が低下して破壊しやすくなる。この観点から、溶接後の電極保持時間はより短い方がよいが、一方、あまり短く設定すると、溶融金属が凝固しないうち加圧力がなくなるため、散りが発生してナゲット端部のノッチ形状が悪化し疲労強度が低下する。
【0053】
また、ナゲット形成部とその周囲の温度があまり下がらない内に電極による加圧力を除荷すると、ナゲット形成部周囲に十分な圧縮残留応力が導入されないため、疲労強度が向上しない。したがって、溶接後の電極保持時間HTを上記(2)式のように設定し、ナゲット形成部とその周囲の温度がある程度まで下がってから加圧力を除荷することが重要である。
【0054】
それ故、溶接継手の静的強度および疲労強度向上の観点から、溶接後の電極保持時間は、上記(2)式に従って設定するのが好ましい。
【0055】
また、被溶接材の厚みtについても特に規定する必要がない。一般に、自動車用部品や車体などで使われる鋼板の板厚は、0.4〜3.0mmであるが、本発明は、この板厚において充分に効果を奏することができる。
【0056】
本発明は、電極先端での面圧P(MPa)および溶接後の電極保持時間HT(ms)が下記(1)、(2)式を満たす条件下において、先端径dが下記(3)式を満たす電極を用いて、ナゲット径NDが下記(4)式を満たす条件でスポット溶接した溶接継手に適用するのが好ましい。
5.752×TS1/2≦P≦8.792×TS1/2 (1)
130−160×t+210×t2≦HT (2)
5.5×t1/2≦d≦7.5×t1/2(mm) (3)
5.5×t1/2≦ND≦7.5×t1/2(mm) (4)
但し、TS:被溶接材の引張強さ(MPa)
P:溶接時の電極先端での面圧(MPa)
t:被溶接材の厚み(mm)
HT:溶接後の電極保持時間(ms)
d:電極の先端径(mm)
ND:ナゲット径(mm)
【0057】
上記(3)式を満たす先端径を有する電極を用いる理由は、上記(4)式を満たすナゲット径NDを安定して得るためには、上記(3)式を満たす電極を使用する必要性があるからである。電極の先端径が上記(3)式の下限値より小さい電極を用いると散りが発生して上記(4)式に示す範囲のナゲット径が安定して得られず、また、上記(3)式の上限値より大きい電極を用いると、電極加圧力が高くなりすぎて、実用に向かないからである。
【0058】
上記(4)式を満たすようにナゲット径を設定する理由は、ナゲット径が(4)式の下限値より小さい場合は疲労強度向上の効果が少なく、また、(4)式の上限値より大きい場合は、疲労強度は向上するものの、上記で述べたように電極先端径も大きく設定しなくてはならないため、電極加圧力が高くなりすぎて、実用に向かないからである。
【0059】
溶接継手の疲労強度を高めるためには、上記(1)、(2)式を満たすように溶接条件を設定し、上記(3)式を満たす先端径の電極を用い、上記(4)式を満たすナゲットを形成させるのが望ましい。なぜなら、溶接金属部の周囲に十分な圧縮残留応力を導入させるため、電極先端での面圧Pは上記(1)式を満たす条件に設定しておく。すなわち、電極加圧力は、電極先端径の増加に伴い、その面積比に比例させて増加させていくことが必要である。
【0060】
また、溶接後の電極保持時間HT(ms)も、上記で述べた理由により、上記(2)式を満たすように設定しておく。このように、溶接継手の疲労強度を上げるためには、ナゲット径を拡大させるとともに、溶接時の電極先端での面圧をある範囲に設定しておくことが重要である。
【0061】
ナゲット径は、溶接時に散りが発生しない範囲で、上記(4)式を満たすことが望ましいが、本発明は、溶接時に散りが発生するような条件でスポット溶接された溶接継手にも適用することができる。散りが発生した場合には、ナゲットの端部がノッチ形状になり、疲労強度が低下することがあるが、ナゲット周囲に超音波衝撃処理を施すことによって、その部分が塑性変形してノッチ形状が改善され、疲労強度が向上する。当然ながら、上記で述べた圧縮残留応力導入の効果も加わるため、この効果によっても疲労強度が向上する。
【0062】
本発明において、超音波衝撃処理は、超音波衝撃処理後の超音波衝撃処理部の板厚減少量が0.03mm以上、超音波衝撃処理部の板厚の30%以下になるように施すことが好ましい。この超音波衝撃処理により、スポット溶接継手の疲労強度を効果的に向上させることができる。
【0063】
上記において、超音波衝撃処理後の超音波衝撃処理部の板厚減少量が0.03mmを下回る場合には、溶接金属部周囲に導入される圧縮残留応力が小さすぎて疲労強度が効果的に向上せず、一方、超音波衝撃処理後の超音波衝撃処理部の板厚減少量が板厚の30%を越える場合には、溶接継手の厚みが減少して疲労強度のみならず静的強度をも低下せしめることにもなる。
【0064】
なお、超音波衝撃処理において用いる超音波の周波数、振幅および発信出力は特に規定する必要はないが、周波数20〜60kHz、振幅20〜40μm、および、発信出力500〜1500Wの超音波を用いて超音波衝撃理を行うのが望ましい。
【0065】
周波数は、これより低いと超音波衝撃処理時の騒音が増加し、これより高いと装置の規模が大きくなりすぎるからである。振幅は、これより低くても高くても圧縮残留応力導入による疲労強度向上の効果が低くなる。
【0066】
発信出力は、これより低いと、特に引張強さが高い鋼板の場合には十分な圧縮残留応力が導入されにくくなり、また、これより高いと超音波衝撃処理を施した部分の板厚が減少しすぎて、疲労強度や静的強度が低下する場合があったり、また、装置の規模が大きくなりすぎる等の問題も生じる。
【0067】
また、超音波衝撃処理において用いる処理部と接する工具(ピン)は、その形状が特に限定されるものではないが、直径2.0〜8.0mm、先端曲率半径10〜100mm、および、ビッカース硬さ500〜900のピンを用いて行うことが望ましい。
【0068】
ピンの直径が2.0mmを下回る場合にはピンが座屈しやすくなり、また、8.0mmを越える場合には、面圧が低くなりすぎて十分な圧縮残留応力が導入されにくくなる。
【0069】
ピンの先端曲率半径が10mmより小さい場合には先端が鋭くなりすぎて損傷しやすく、また、100mmを越える場合には、接触面が平面になりすぎて片当たりの問題が生じる。
【0070】
ピンのビッカース硬さが500を下回る場合にはピンが損傷しやすく、また、900を越える場合にも、靭性が低下してピンが損傷しやすくなる。
【0071】
本発明は金属板に用い得るものであり、その金属板は特に規定されるものではなく、鋼板、アルミ板、などが考えられる。特に、本発明は、高強度鋼板に適用すると、溶接継手の疲労強度の向上が著しい。
【0072】
さらに、鋼板の種類についても特に限定する必要がない。固溶型、析出型(例えば、Ti析出型、Nb析出型)、2相組織型(例えば、フェライト中にマルテンサイトを含む組織、フェライト中にベイナイトを含む組織)、加工誘起変態型(フェライト中に残留オーステナイトを含む組織)など、いずれの型の鋼板にも本発明を適用できる。
【0073】
鋼板の製造方法は、熱間圧延法でも冷間圧延法でも良く、裸鋼板でもめっき鋼板でも良い。被覆するめっきの種類は、導伝性のものならいずれの種類(例えば、Zn、Zn−Fe、Zn−Ni、Zn−Al、Sn−Zn、など)であっても良いが、目付量は両面で100/100g/m2以下のものが望ましい。
【0074】
高強度鋼板が、特に、フェライト中に残留オーステナイトを含有する加工誘起変態型複合組織鋼板である場合、溶接継手の疲労強度の向上が著しい。
【0075】
加工誘起変態型複合組織鋼板は、組織中に残留オーステナイトを含有し、鋼板の加工時に残留オーステナイトがマルテンサイトに変態することにより高い伸び特性が得られることが知られている。
【0076】
本発明者は、被溶接材として加工誘起変態型複合組織鋼板を用いた種々の実験結果から、組織中に残留オーステナイトを含有しない他の鋼板に比べて、溶接継手の疲労強度が向上することを明らかにした。
【0077】
この疲労強度向上のメカニズムについては十分には明らかになっていないが、加工誘起変態型複合組織鋼板を用いた場合、スポット溶接部周囲の残留オーステナイトは、超音波衝撃処理によりマルテンサイト変態を起こし、この変態による体積膨張によりナゲット形成部周囲に弾性歪が蓄積され、最終的に高い圧縮残留応力が導入されるのではないかと推定される。
【0078】
通常、ナゲット形成部周囲には、溶接後の収縮によって引張残留応力が導入されるため、せん断方向に繰り返し荷重を負荷する疲労試験の場合には、この部分で疲労破壊が起こり易かったが、本発明では、ナゲット形成部周囲への圧縮残留応力の導入によりこれが緩和され、従来に比べ、溶接継手の疲労強度が向上したものと考えられる。
【0079】
【実施例】
以下に実施例により本発明の効果を説明するが、本発明は、実施例で用いた条件に限定されるものではない。
【0080】
(実施例1)
表1〜表5に示した、板厚1.2、1.6mm、引張強さ290〜1178MPaの鋼板、および、板厚1.0mm、引張強さ197、286MPaのアルミニウム板から、スポット溶接継手の疲れ試験方法(JIS Z3138)に基づいて引張せん断疲労試験片を作製した。
【0081】
鋼板の種類は、軟鋼(記号:290S)、固溶強化型高強度鋼(記号:440S)、2相複合組織型高強度鋼(記号:590D、780D、980D、1180D)、加工誘起変態型複合組織高強度鋼(記号:590T、780T、980T)である。また、アルミニウム板の種類は、Al−Mg合金であるA5052(記号:A5052)、Al−Mg−Si合金であるA6061(記号:A6061)である。
【0082】
これらの試験片を、同鋼種・同板厚の組み合わせで重ね合わせ、表1〜表5の溶接条件でスポット溶接を行って溶接継手を作製した。
【0083】
得られた溶接継手について、スポット溶接継手の疲れ試験方法(JIS Z3138)に基づき、溶接継手のせん断方向に負荷して疲労試験を実施した。表1〜表5にその結果を示す、表1〜表5に示す疲労強度は、疲労試験を応力比:0.05、周波数:30Hzの条件で片振り試験を行った際の2×106回における疲労強度である。
【0084】
(実施例2)
表1に示したように、超音波衝撃処理を施した鋼板の溶接継手(条件No.1〜No.10)、アルミニウム板の溶接継手(条件No.19〜No.20)の疲労強度は、いずれの場合も、超音波衝撃処理を施さなかった鋼板の溶接継手(条件No.11〜No.18)、アルミニウム板の溶接継手(条件No.21〜No.22)に比べて高い値を示した。また、超音波衝撃処理を両面に施した場合(条件No.1、No.4)の疲労強度は、片面に施した場合(条件No.7、No.8)に比べて高い値を示した。
【0085】
【表1】
【0086】
(実施例3)
表2に示したように、溶接時の電極先端での面圧、溶接後の電極保持時間が、請求項2の発明の(1)、(2)式の範囲内にある780D継手(条件No.1)の疲労強度は、比較例である290S継手(条件No.5、No.9)、および溶接時の電極先端での面圧、溶接後の電極保持時間が、請求項1の発明の(1)、(2)式の範囲内にない780D継手(条件No.10〜No.12)に比べて高い値を示した。
【0087】
また、請求項3の発明の(1)、(2)式の条件下で、(3)、(4)式に従いナゲット径を拡大させた780D継手(条件No.2〜No.4)の疲労強度は、比較例である290S継手(条件No.6〜No.8)、ナゲット径が(4)式の範囲内にない780D継手(条件No.1)に比べて高い値を示した。
【0088】
さらに、請求項3の発明の(1)、(2)式の条件下で、(3)、(4)式に従いナゲット径を拡大させた780D継手(条件No.3)の疲労強度も、溶接時の電極先端での面圧、溶接後の電極保持時間が、請求項3の発明の(1)、(2)式の範囲内にない780D継手(条件No.13〜No.15)に比べて高い値を示した。
【0089】
【表2】
【0090】
(実施例4)
表3に示したように、溶接時に散りが発生した溶接継手に超音波衝撃処理を施した場合(条件No.1〜No.7)の疲労強度は、超音波衝撃処理を施さない場合(条件No.8〜No.16)に比べて高い値を示した。
【0091】
【表3】
【0092】
(実施例5)
表4に示したように、超音波衝撃処理を施した場合、超音波衝撃処理後の超音波衝撃処理部の板厚減少量が0.03mm以上、超音波衝撃処理部の板厚の30%以下になるように設定した場合(条件No.1〜No.4)の疲労強度は、その範囲以外に設定した場合(条件No.5〜No.16)に比べて高い値を示した。
【0093】
【表4】
【0094】
(実施例6)
表5に示したように、加工誘起変態型複合組織鋼板を用いた溶接継手(条件No.1〜No.6)の疲労強度は、その他の鋼種を用いた場合(条件No.7〜No.16)に比べて高い値を示した。
【0095】
【表5】
【0096】
【発明の効果】
本発明によれば、金属板のスポット溶接、特に、自動車用部品の取付けおよび車体の組立てなどで用いる高強度鋼板のスポット溶接において、良好な作業性を確保しつつ溶接継手の疲労強度を向上させることができる。したがって、これにより、自動車分野などで高強度鋼板適用による安全性向上や軽量化による低燃料費、CO2排出量削減のメリットなどを十分に享受でき、社会的な貢献は多大である。
【図面の簡単な説明】
【図1】スポット溶接部の疲労試験を説明するための断面図である。
【図2】本発明のスポット溶接を説明するための断面図である。
【図3】本発明の超音波衝撃処理を説明するための断面図である。
【図4】高強度鋼板(板厚t:1mm)をスポット溶接した際における電極先端での面圧Pおよび鋼板の引張強さTSと、溶接継手の疲労強度の評価結果(○、×)との関係を示す図である。
【符号の説明】
1…高強度鋼板
2…ナゲット
3…負荷方向
4…溶接電極
5…加圧力
6…超音波発信機
7…超音波衝撃処理を施すための工具(ピン)
Claims (6)
- 金属板をスポット溶接して形成させた溶接継手の疲労強度を向上させる方法において、電極先端での面圧P(M Pa )および溶接後の電極保持時間 HT (ms)が下記(1)、(2)式を満たす条件のスポット溶接で形成された溶接継手の両面または片面から、ナゲット形成部とナゲット周囲の両方または片方に超音波衝撃処理を施すことを特徴とする超音波衝撃処理によるスポット溶接継手の疲労強度向上方法。
5.752× TS 1/2 ≦P≦8.792× TS 1/2 (1)
240×t−160≦ HT (2)
但し、 TS :被溶接材の引張強さ(M Pa )
P:溶接時の電極先端での面圧(M Pa )
t:被溶接材の厚み( mm )
HT :溶接後の電極保持時間(ms) - 金属板をスポット溶接して形成させた溶接継手の疲労強度を向上させる方法において、電極先端での面圧P(MPa)および溶接後の電極保持時間HT(ms)が下記(1)、(2)式を満たす条件下において、先端径dが下記(3)式を満たす電極を用いて、ナゲット径NDが下記(4)式を満たすスポット溶接で形成された溶接継手の両面または片面から、ナゲット形成部とナゲット周囲の両方または片方に超音波衝撃処理を施すことを特徴とする超音波衝撃処理によるスポット溶接継手の疲労強度向上方法。
5.752×TS1/2≦P≦8.792×TS1/2 (1)
240×t−160≦HT (2)
5.5×t1/2≦d≦7.5×t1/2(mm) (3)
5.5×t1/2≦ND≦7.5×t1/2(mm) (4)
但し、TS:被溶接材の引張強さ(MPa)
P:溶接時の電極先端での面圧(MPa)
t:被溶接材の厚み(mm)
HT:溶接後の電極保持時間(ms)
d:電極の先端径(mm)
ND:ナゲット径(mm) - 前記溶接継手が、溶接時に散りが発生する条件でスポット溶接された溶接継手であることを特徴とする請求項1または2のいずれか1項に記載の超音波衝撃処理によるスポット溶接継手の疲労強度向上方法。
- 前記超音波衝撃処理を、超音波衝撃処理後の超音波衝撃処理部の板厚減少量が0.03mm以上、超音波衝撃処理部の板厚の30%以下になるように施すことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の超音波衝撃処理によるスポット溶接継手の疲労強度向上方法。
- 前記金属板が高強度鋼板であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の超音波衝撃処理によるスポット溶接継手の疲労強度向上方法。
- 前記高強度鋼板が、フェライト中に残留オーステナイトを含有する加工誘起変態型複合組織鋼板であることを特徴とする請求項5に記載の超音波衝撃処理によるスポット溶接継手の疲労強度向上方法。
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