JP3939431B2 - 内燃機関の動弁機構 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、自動車等の内燃機関において比較的摩擦条件の厳しい環境下で用いられる部品に関する技術であり、より詳しくは、動弁機構の型式がカムシャフトの回転をリフターシムおよびバルブリフターを介してバルブの往復動に変換する直動式のものである場合においてカムシャフトのカムロブ表面とリフターシム表面との間での滑り接触における摩擦状態を良好なものとするために創作された摩擦損失の低減に関する技術である。
【0002】
【従来の技術】
機械部品の摩擦部位における摩擦損失を下げることを目的として、摩擦面に対して硬質薄膜等の表面処理を施す手法に関してはこれまで数多くの発明がなされている。このような表面処理には、例えば、PVD(Physical Vapor Deposition)やCVD(Chemical Vapor Deposition),メッキ等の方法があり、なかでも、プラズマCVDやPVDイオンプレーティング、イオンビーム蒸着等により、硬質薄膜のTiNやCrN,ダイヤモンド,ダイヤモンドライクカーボン(DLC)等の表面処理が数多く試みられている。そして、これらの表面処理が摩擦面の処理として用いられる理由は、摩擦面における摩擦係数を下げる効果や、耐摩耗性を向上させる効果が期待できるからである。
【0003】
内燃機関の全機械的損失において動弁系での摩擦損失は比較的大きな割合を占める。この内燃機関の動弁機構としては、例えば、図1のように構成されるものがある。この動弁機構は直動式動弁構造を有するものであって、カムシャフトのカム1と、バルブ2と、バルブリフター3と、リフターシム4と、バルブスプリング5と、コッター6と、シリンダーヘッド7に設けられるバルブガイド8およびバルブシート9などから構成されるものである。
【0004】
このような動弁機構においては、燃焼室10に通じるポート11の開口端に設けたバルブ2を開閉して燃焼室10の吸気・排気を制御するために、カムシャフトのカム1によりリフターシム4およびバルブリフター3を介してバルブ2を上下に往復駆動させるものとなっている。
【0005】
このとき、カムシャフトのカムロブ表面はリフターシム4と滑りながら接触するが、このカムシャフトのカムロブ表面とリフターシム表面との間での摩擦による機械的損失は動弁系全体での損失の中で大半を占める。特に、アイドリング等の低回転運転時では、カムロブ表面とリフターシム表面との間の油膜厚さが薄いため潤滑状態が厳しく、ここでの摩擦損失の低減は内燃機関全体の機械的損失の抑制に有効である。
【0006】
これまで、カムロブ表面とリフターシム表面との間での摩擦損失を下げる目的で、リフターシム表面に硬質薄膜の表面処理を施す幾つかの技術が考案されてきた。例えば、リフターシム表面にダイヤモンド薄膜を施してここでの摩擦損失を下げる方法(特開平6−294307号公報)がある。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、これらの硬質薄膜を摩擦面に施す方法は、その使用される環境によっては薄膜自体が基材から剥離するという薄膜の形成による潜在的な問題があり、薄膜が剥離すれば摩擦損失の低減に繋がらないこととなる。
【0008】
【発明の目的】
本発明は、カムシャフトの回転をリフターシムおよびバルブリフターを介してバルブの往復動に変換する内燃機関の動弁機構において、カムロブ表面とリフターシム表面との間での摩擦により生ずる摩擦損失を低減させることを主眼とし、リフターシム表面に施した硬質薄膜を剥離させることなく円滑に動弁機構を作動させることができるようにすることを目的としている。
【0009】
【課題を解決するための手段】
ここで、カムシャフトのカムロブ表面とリフターシム表面との間での接触面圧は最大700MPaに達し、また、滑り速度も最大で20m/sになるため、ここでの摩擦面に必要とされる機能としては単に摩擦損失の低減だけでなく、耐摩耗性や耐焼き付き性も要求される。
【0010】
薄膜の剥離を抑制する技術として、膜質の改善や、膜質と基材との密着度を向上させる中間層の設定およびその改善等、幾つかの工夫がなされているが、カムロブ表面とリフターシム表面との間での摩擦においては、前述の通り、摩擦環境が厳しいため相手材の選択をも十分に考慮した設定が摩擦損失の低減に必要不可欠であるとの結論に達した。
【0011】
硬質薄膜の特徴はその表面硬さが高い点にあり、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)では、ビッカース硬さでHv800以上、もある。このような膜の硬さは、接触部における摩耗を抑制することに役立ち、また、弾性変形量が少なく真実接触面積が減る点から摩擦損失の低減に有効となる。
【0012】
一方で、これらの膜の硬さが高いことは、逆に膜自体の靭性が低いことや、表面処理膜と基材との間での熱膨張係数差に起因する残留応力の高さに繋がる場合がある。そして、これらの問題は、硬質薄膜の剥離を促進させる潜在的な要因となる。
【0013】
カムロブ表面とリフターシム表面との間での摩擦を鋭意観察した結果、以下のような現象を確認した。すなわち、表面粗さの大きいカムと硬質薄膜の表面処理を施したリフターシムとを供試体として摩擦試験により評価した結果、リフターシム表面の薄膜に剥離が生じた。そこで、リフターシムの硬質薄膜に対し幾つかの改善策を施して再び摩擦試験を行なった結果、やはり剥離を生じる結果となった。
【0014】
一方で、カムロブ表面を粗加工した後、表面粗さが十分小さくなるまでラップ加工を行ない、このようにして得たカムと、何も改善策を施さない硬質薄膜のリフターシムとを供試体として摩擦試験を行なった結果、剥離を発生することなく試験を終了することができた。
【0015】
以上の現象は次のように解釈される。つまり摩擦時におけるカムロブ表面とリフターシム表面との間での摩擦において、カムロブ表面の加工により生じた表面粗さに起因する微小な突起部がリフターシム表面との接触において通常の面圧計算で得られる最大面圧に対し大幅に高い面圧となり、前述の硬質薄膜の潜在的な問題、すなわち、膜自体の靭性が低いことや残留応力が高いこと等がこれに加わり、薄膜の剥離に至ったことが考えられる。
【0021】
そこで、本発明に係わる内燃機関の動弁機構は、請求項1に記載しているように、カムシャフトの回転をリフターシムおよびバルブリフターを介してバルブの往復動に変換する内燃機関の動弁機構において、有効硬化層深さが1mm以上で表面硬さがHRC50以上であると共に下地表面粗さがRaで0.08μm以下の浸炭鋼を基材として成り且つ該基材上に表面粗さがRaで0.08μm以下であるダイヤモンドライクカーボン(DLC)を施したリフターシムと、カムロブの軸方向の表面粗さがRaで0.08μm以下であるカムシャフトとの組み合わせとしたことを特徴としている。
【0022】
本発明に係わる内燃機関の動弁機構の実施態様においては、カムロブ表面の加工目のクロスハッチ角が20°以上であるものとすることが場合によっては望ましい。
【0023】
同じく、本発明に係わる内燃機関の動弁機構の実施態様においては、カムロブの表面硬さがHRC45以上であるものとすることが場合によっては望ましい。
【0030】
【発明の作用】
本発明による内燃機関の動弁機構は、上述した課題を解決するための手段を講じたものであって、動弁機構におけるカムロブ表面とリフターシム表面との間での摩擦損失を低減するため、有効硬化層深さが1mm以上で表面硬さがHRC50以上である浸炭鋼を基材として成るリフターシム表面にダイヤモンドライクカーボン薄膜を施したものとするが、このダイヤモンドライクカーボン薄膜による作用・効果を持続させるため、相手材として表面粗さの小さいカムロブ表面を持つカムシャフトと組み合わせた機構としている。この場合、リフターシム表面のダイヤモンドライクカーボン薄膜は、相手材表面の粗さに起因する微小突起により剥離しやすい傾向があるので、このような剥離の発生を抑制することを目的としてカムロブの軸方向の表面粗さを小さくすることとしている。この一方で、カムロブの表面粗さを小さくすることは、同時に、カムロブ表面とリフターシム表面との間での接触において、発生する油膜を突き抜けて表面粗さの突起同士が直接固体接触する割合を減らすことにより潤滑状態を良好にする作用・効果があり、この部位における摩擦損失の低減に寄与する。
【0031】
【発明の効果】
本発明による内燃機関の動弁機構では、カムロブの軸方向の表面粗さを小さくすることで、リフターシム表面のダイヤモンドライクカーボン薄膜の剥離を抑えることによりその効果を持続し、さらに、表面粗さが小さいことから潤滑状態が良好となり、摩擦損失の低減に大きく効果をもたらすこととなる。
【0032】
【発明の実施の形態】
本発明では、請求項1に記載しているように、カムロブの軸方向の表面粗さをRaで0.08μm以下としたのは、この値よりも大きくなるカムロブ表面との組み合せでの試験で、リフターシム表面の硬質薄膜が剥離しやすくなって摩擦トルクが高い値を示した実験結果に基づくものである。
【0033】
そして、カムシャフトのカムロブ表面での加工目の方向について規定することも場合によっては望ましく、カムロブの表面粗さを小さくすることに加え、ラップ加工等による加工目を滑り方向に対して垂直方向に近付けることも場合によっては望ましい。そして、加工目が摩擦方向に垂直となると、くさび圧効果で摩擦面間の油膜厚さは増大し、この現象は摩擦部位における固体接触の割合を低減することに有効であるため、摩擦部位における摩擦損失の低減に繋がる。このラップ加工等による加工目の方向は、滑り方向に対して垂直であれば最も効果的であるが、必ずしも垂直にしなければならないことはなく、滑り方向と平行でなければ、摩擦方向との角度に応じて、くさび圧効果による摩擦損失の低減効果が現われるものとなるので、この角度は、より望ましくは20°以上とすることで特に大きな効果が得られることを実験により確認できた。
【0034】
また、カムロブの表面硬さについて規定することも場合によっては望ましく、カムロブの表面粗さを小さくした上でこのカムロブの表面硬さを上げることは、弾性変形量が減少することから固体接触部位における真実接触面積を小さくすることができ、摩擦損失の低減に繋がるものとなる。また、間接的に、ある程度相手攻撃性を抑えつつ表面の硬さを高くすることで、初期の表面粗さを小さいままに維持することが可能となり、摩擦損失を下げた状態を長く維持することに有効となる。この場合、カムシャフトの材質は鋼またはチル鋳鉄を前提としており、実験結果によれば、HRC45以上で表面粗さの悪化が抑制されたことから、表面硬さの値の規定をHRC45以上とするのが場合によっては望ましいこととした。
【0035】
さらに、リフターシムの表面粗さが小さい程摩擦部位における固体接触の割合が減少し、摩擦損失の低減に有効となる。そして、リフターシムの表面粗さをRaで0.08μm以下とするのが望ましいこととしたのは実験結果に基づく数値である。
【0036】
さらにまた、PVDやCVDによるダイヤモンドライクカーボン薄膜形成のための表面処理によれば、薄膜表面処理後の表面粗さは下地粗さの影響が大きく現われるため、リフターシムの薄膜処理前の下地表面粗さをRaで0.08μm以下のものとした。
【0037】
この際、本発明では、請求項1に記載しているように、リフターシムの基材の材料特性について規定することが望ましく、カムロブ表面とリフターシム表面との接触部位における最大面圧は700MPaにも達することから、圧力がかかった場合のリフターシムの接触部での変形は、ダイヤモンドライクカーボン薄膜の硬さよりも、硬さの低い基材の特性による影響の方が大きいため、基材の表面硬さおよび硬化層深さがある値以上でないと、リフターシムがその全体で変形し、これに伴い硬質薄膜も変形して膜内に大きな変形ひずみを生じることもありうる。
【0038】
したがって、そのひずみの程度にもよるが、膜の剥離に至ることもありうるので、上記した700MPa程度の面圧が負荷される部位においては、リフターシムの基材の特性として有効硬化層深さが1mm以上で表面硬さがHRC50以上である浸炭鋼からなるものとした。
【0040】
さらに、製造条件によっては、微小なデポジットを表面に残存させることも可能であることから、その研磨作用により、相手材であるカムロブの表面粗さを摩擦中に小さくすることも可能であり、これらは摩擦部位における固体接触割合の減少に繋がることから、摩擦損失のより一層の低減に効果がある。
【0041】
【実施例】
次に、本発明の実施例を比較例と共に説明するが、本発明はこのような実施例のみに限定されないことはいうまでもない。
【0042】
本発明による効果を確認するにあたり、内燃機関の動弁機構を模擬したカム単体試験装置による摩擦試験によって評価を行なった。
【0043】
本発明による効果は、カムロブ表面とリフターシム表面との間での摩擦損失の低減にあり、この摩擦損失の代用値として、カムロブ表面とリフターシム表面との間での摩擦により発生するカムシャフトの軸トルクを用い、この軸トルクの値を上記試験で計測することとした。したがって、以下、この値を摩擦トルクと称する。そして、ここでの摩擦トルクは、1回転の軸トルクを平均化した値である。また、ここで用いたカムロブ試験片は、自動車用内燃機関のカムシャフトから切り出したものをそのまま用いた。そしてまた、このカムロブ試験片に更に仕上げ加工を加えたり、熱処理を施したりすることで、幾つかの試験片を準備した。また、リフターシムの素材としては、自動車用内燃機関で使用しているリフターシム(合金鋼の浸炭材)、すなわち、有効硬化層深さが1mm以上で表面硬さがHRC50以上である自動車機械部品用材料である浸炭鋼を母材として用い、この表面に各種の表面処理や仕上げ加工を施して準備した。
【0044】
このカム単体試験装置での摩擦試験条件について説明する。ここで使用したカム単体試験装置は、直動式の動弁機構を模擬した仕様を有するものであって、この試験には、単体のカムロブ試験片とリフターシム試験片の1組を用いた。
【0045】
試験条件を表1に示すと共に、試験結果を表2に示す。
【0046】
【表1】
【0047】
【表2】
【0048】
表2において、実施例1から実施例4は表面粗さの小さいカムロブと硬質薄膜種としてDLCの薄膜を施したリフターシムとの組合せとしたものであり、参考例1から参考例3は表面粗さの小さいカムロブと硬質薄膜種としてTiNの薄膜を施したリフターシムとの組合せとしたものであり、参考例4と実施例5は表面粗さの小さいカムロブと硬質薄膜種としてCr2Nの薄膜を施したリフターシムとの組合せとしたものである。
【0049】
表2に示すように、いずれの実施例においても比較例と比べて摩擦トルクは低い値を得ている。そして、わずかにひっかき傷等は見られたが、カムロブの表面粗さおよびリフターシムの表面粗さや、摩擦トルクに影響を及ぼすような顕著な剥離の発生は殆ど見られなかった。
【0050】
他方、比較例1,比較例2および比較例5は表面粗さの大きいカムロブと硬質薄膜を施したリフターシムとの組合せとしたものであるが、いずれも薄膜の剥離が生じており、摩擦トルクはいずれの実施例に比べても高い値であった。そして、比較例2は同じDLC薄膜のリフターシムとの組合せである比較例1に比べて摩擦トルクが若干高いものであった。そこで、試験終了後にリフターシムを観察した結果、薄膜の剥離した面積割合は比較例2の方が多く、表面粗さも大であった。これは、比較例2のリフターシムの初期粗さが大きく、潤滑状態が悪かったことが原因と考えられた。
【0051】
次に、比較例3はリフターシムの基材の表面硬さがHRC45と低いものであったため、基材が大きく変形し、薄膜の剥離が加速されたために好ましくない結果になったものと考えられた。
【0052】
また、比較例4はリフターシムの表面粗さが大となっているものであるが、摩擦トルクが大きく、カムロブ表面の摩擦量も多いものとなっていた。そして、薄膜の剥離は見られなかったが、薄膜の粗さが大きかったため潤滑状態が悪く、さらに、TiNの膜自体の硬さが高いことも加わり、相手攻撃性が強く、カムロブ表面の摩耗を加速したものと考えられた。
【0053】
さらに、比較例6は表面粗さの大きいカムロブと薄膜なしのリフターシムとの組合せとしたものであるが、潤滑状態の悪さが摩擦トルクの増大の原因となっていた。
【0054】
さらにまた、比較例7はカムロブ表面とリフターシム表面が共に表面粗さが小さい組合せとしたものであり、摩擦トルクは初期に低い値を示していたが、試験中徐々に増大し、試験末期では比較的高い値を示した。そこで、試験後にリフターシムの表面粗さを計測した結果、試験前に比べて悪化しており、このことが実施例に比べて摩擦トルクが高くなった原因と考えられた。
【0056】
以上の試験結果より、本発明に従えば、摩擦部位で発生する摩擦損失を低減することを確認できた。
【0057】
そのほか、例示はしないが、本発明は当業者の知識に基づき種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】内燃機関の直動式の動弁機構を示す断面説明図である。
【符号の説明】
1 カムシャフトのカム
2 バルブ
3 バルブリフター
4 リフターシム
5 バルブスプリング
Claims (1)
- カムシャフトの回転をリフターシムおよびバルブリフターを介してバルブの往復動に変換する内燃機関の動弁機構において、有効硬化層深さが1mm以上で表面硬さがHRC50以上であると共に下地表面粗さがRaで0.08μm以下の浸炭鋼を基材として成り且つ該基材上に表面粗さがRaで0.08μm以下であるダイヤモンドライクカーボン(DLC)を施したリフターシムと、カムロブの軸方向の表面粗さがRaで0.08μm以下であるカムシャフトとの組み合わせとしたことを特徴とする内燃機関の動弁機構。
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