JP3903966B2 - 切り屑処理性に優れた肌焼鋼 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、切削加工時の切り屑処理性の優れた肌焼鋼に関する。より詳しくは自動車の歯車やシャフトなど浸炭焼入れや浸炭窒化処理などの表面硬化処理が施されて使用される機械部品用の素材として用いられる鋼材(以下、単に肌焼鋼という)の特性向上技術に関し優れた切り屑処理性を有する肌焼鋼、更には、優れた切り屑処理性に加え耐粗粒化特性にも優れた肌焼鋼に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来、浸炭焼入れ処理や浸炭・窒化処理等の表面硬化処理を施して用いられる肌焼鋼は自動車の歯車やシャフト等に代表される機械部品に適用され、更に動力機械の出力アップや部品の軽量化のため高強度化が強く求められている。この要求に対応するため、高強度化を実現可能な鋼が開発されつつある。また一方で、一般的に機械部品の多くは、複雑な形状を有し、形状確保および寸法精度確保のための切削加工が施されるため、鋼材の性能のみならず、製造コストの低減や操業時間の短縮のための切削加工における操業効率化を可能とする優れた被削性、特に優れた切り屑処理性を有する肌焼鋼が強く求められている。
【0003】
ところが、鋼の高強度化は切削加工時における被削性の劣化を引き起こすため、優れた被削性を有する肌焼鋼を実現することは困難であった。例えば、鋼にPb、Te、Bi等の快削元素を単独あるいは複合添加して切削加工時の被削性を改善する方法が従来から採られているが、このような方法では、被削性向上は実現できても、所望の機械特性を確保できない場合が多く、快削元素の添加以外の方法での被削性向上が必要であった。
【0004】
このような問題を解決するための先行技術として、「疲労特性および被削性に優れた肌焼鋼」(特許文献1参照)、「冷間鍛造性と切削性に優れた機械構造用鋼」(特許文献2参照)、「温間鍛造性と切削性に優れた機械構造用鋼」(特許文献3参照)あるいは「機械構造用鋼材」(特許文献4参照)がある。これらは、ミクロ組織をフェライト・パーライト組織とすることを前提として、介在物組成や鋼中に存在する介在物個数を制御することにより優れた被削性を有する肌焼鋼を実現しようとするものである。
【0005】
また一方で、近年、製造コスト低減を目的に表面硬化処理として行われる浸炭焼入れ処理を高温化(以下、高温浸炭処理とする)する動きも加速されつつあるため、浸炭焼入れ性をはじめとした良好な表面硬化処理性に加えて、高温処理時において靭性劣化等の機械特性の劣化原因となる異常粒成長を引き起こすことなく安定して整粒組織を維持できる、つまり、優れた耐粗粒化特性を有する肌焼鋼も強く求められている。
【0006】
このような問題を解決するための先行技術として、例えば、「結晶粒度特性に優れた肌焼ボロン鋼」(特許文献5参照)、「結晶粒度特性に優れた肌焼きボロン鋼の製造方法」(特許文献6参照)、「疲労特性に優れたはだ焼き鋼の製造方法」(特許文献7参照)、「疲労特性に優れたはだ焼き鋼」(特許文献8参照)、「曲げ強度に優れた肌焼鋼」(特許文献9参照)、「熱間鍛造後焼ならしの省略可能な浸炭鋼の製造方法」(特許文献10参照)、あるいは「肌焼鋼及び車両用部品」(特許文献11参照)がある。これらは、ミクロ組織をフェライト・パーライト組織とすることを前提として、微細析出物のピンニング効果に着目して微細析出物を生成するNb、VやTi等を積極的に鋼に添加することにより、浸炭焼入れ時の粗粒化を抑制している。
【0007】
また、被削性と耐粗粒化特性の双方を解決するための先行技術として、例えば、「被削性および耐粗粒化特性に優れた肌焼鋼」(特許文献12参照)がある。これは、ミクロ組織をフェライト・パーライト組織とすることを前提として、介在物組成や鋼中に存在する介在物個数を制御することにより優れた被削性及び耐粗粒化特性を有する肌焼鋼を実現しようとするものである。
【0008】
【特許文献1】
特開平9−176784号公報
【0009】
【特許文献2】
特開2001−131685号公報
【0010】
【特許文献3】
特開2001−131686号公報
【0011】
【特許文献4】
特開2002−194484号公報
【0012】
【特許文献5】
特開平10−81938号公報
【0013】
【特許文献6】
特開平10−130720号公報
【0014】
【特許文献7】
特開平11−92824号公報
【0015】
【特許文献8】
特開平11−92863号公報
【0016】
【特許文献9】
特開2000−63983号公報
【0017】
【特許文献10】
特開2000−239742号公報
【0018】
【特許文献11】
特開2002−256385号公報
【0019】
【特許文献12】
特開平10−152752号公報
【0020】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、上記特許文献1〜4に記載された従来技術では、優れた被削性を有する肌焼鋼を実現できる場合はあるが、更に切削加工時の切り屑処理性を大幅に向上させ、切削加工の操業効率を向上させることが必ずしも十分ではない場合があるという問題がある。
【0021】
また同様に、上記特許文献5〜12に記載された従来技術では、優れた耐粗粒化特性を有する肌焼鋼を実現できる場合はあるが、近年素材に要求される優れた切り屑処理性をも同時に満たすことができない場合があるという問題がある。
【0022】
そこで、本発明は、かかる問題点に鑑み、優れた切り屑処理性を有する肌焼鋼を提供することを第1の目的とする。
【0023】
また、優れた切り屑処理性に加えて、優れた耐粗粒化特性をも有する肌焼鋼を提供することを第2の目的とする。
【0024】
【課題を解決するための手段】
従来、上記した「熱間鍛造後焼きならしの省略可能な浸炭鋼の製造方法」(特許文献10)に、「熱間鍛造を実施した浸炭鋼は、冷却時にベイナイト組織が発生し、浸炭時に浸炭粒度が比較的大きくなりかつ混粒が発生しやすくなるため、一般的には焼きならしを実施して使用されている。ベイナイト組織の発生は硬さの向上につながり、鍛造後の機械加工において被削性を低下させる原因となり、・・・。さらにはベイナイト組織の発生により浸炭前の組織がフェライト・パーライト・ベイナイトの3相になると、浸炭後に混粒が発生しやすくなることが知られている。」との記載があるように、被削性及び耐粗粒化特性のいずれに対しても、ベイナイト組織を低減すること、すなわちフェライト・パーライト組織にすることが好ましいと、一般的に考えられていた。したがって、被削性や耐粗粒化特性の向上を目的とする上述の先行技術においては、すべてフェライト・パーライト組織が前提とされていたのである。
【0025】
本発明者は、上記状況を鑑み、従来、切削加工時の切り屑処理性を阻害するであろうと考えられてきたベイナイト組織を回避するのではなく、従来観念から脱却し、逆にこのベイナイト組織を活用して、たとえミクロ組織がベイナイト組織を含有していても、切削加工時の切り屑処理性を向上させることが可能ではないかと考え、また、切り屑処理性のみならず、浸炭焼入れ処理後の結晶粒粗大化の抑制にも、浸炭焼入れ処理前のミクロ組織を焼きならし処理等を行うことでフェライト・パーライト組織にする必要があるという従来概念から脱却し、切り屑処理性と同様に、ベイナイト組織を活用して、たとえミクロ組織がベイナイト組織を含有していても、通常の浸炭処理時あるいは高温浸炭処理時に結晶粒粗大化を抑制することが可能ではないかと考え、硬質なベイナイト組織を含有した材料を用いて切り屑処理性、耐粗粒化特性について精査した。
【0026】
その結果として、切削加工における素材のミクロ組織が含有するベイナイト組織量を調節すれば、切削加工時の切り屑処理性は格段に向上することを見出した。また、鋼中のTi、C、Nが結合して生成する炭化物もしくは炭窒化物を活用すれば、浸炭前のミクロ組織がベイナイト組織を含有していても、浸炭処理時に結晶粒粗大化を十分抑制できることを見出した。
【0027】
以上の知見に基づき、本発明者らは化学成分およびミクロ組織の設計を行い、本発明に至った。
【0028】
上記第1の目的を達成するために、本発明に関わる肌焼鋼は、質量%で、C:0.10〜0.30%、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.3〜2.0%、S:0.003〜0.05%、Ti:0.03〜0.20%、Al:0.005〜0.06%、P:0.03%以下、N:0.008%以下及びO(酸素):0.0025%以下であり、残部はFeと不純物からなる化学成分の肌焼鋼であって、鋼のミクロ組織がフェライト相とベイナイト相との混合組織、あるいはフェライト相、パーライト相およびベイナイト相の混合組織であり、その際のベイナイト相がミクロ組織全体の面積分率として5〜95%であることを特徴とする。
【0029】
ここで、本発明に係る肌焼鋼は、Feの一部に代えて質量%で、Cu:0.05〜0.5%、Cr:0.05〜2.0%、Ni:0.05〜3.5%、Mo:0.05〜1.0%、B:0.001〜0.005%、Nb:0.01〜0.1%、V:0.03〜0.3%のうち、少なくとも1種を含有してもよい。
【0030】
また、上記第2の目的を達成するために、本発明に係る肌焼鋼は、その成分において、更に下記(1)式で定義されるfn1の値が0以上であることが好ましい。
(1)fn1=Ti(%)−3S(%)−3.4N(%)
【0035】
【発明の実施の形態】
以下に本発明の各要件について詳しく説明する。なお、成分含有量の「%」は「質量%」を意味する。
【0036】
C:
Cは、焼入れ性の高い元素であり、表面硬化処理された部品の強度を高め、疲労強度を確保するのに有効な元素である。また、鋼中のTi,Nb、Vと炭化物あるいは炭窒化物を形成し、結晶粒粗大化を抑制する元素である。しかし、その含有量が0.10%未満では最終製品の強度が不足し、添加効果に乏しく、一方、0.3%を超えると浸炭焼入れ処理や浸炭窒化処理を施した場合に部品の靱性が低下する場合がある。したがって、Cの含有量を0.10〜0.30%とした。なお、Cの含有量は0.15〜0.25%とすることが好ましい。
【0037】
Si:
Siは、フェライト相強化および鋼の脱酸の安定化に用いられる元素である。しかし、その含有量が0.05%未満ではその添加効果が少なく、一方、1.0%を超えると浸炭処理性の低下を招く場合がある。したがって、Siの含有量を0.05〜1.0%とした。なお、Siの含有量は0.1〜0.5%とすることが好ましい。
【0038】
Mn:
Mnは、焼入れ性の向上、および最終製品強度の増加に有効な元素である。しかし、その含有量が0.30%未満では添加効果に乏しく、一方、2.0%を超えると内部の硬度が大きくなる場合がある。したがって、Mnの含有量を0.30〜2.0%とした。なお、Mnの含有量は0.5〜1.5%とすることが好ましい。
【0039】
S:
Sは、鋼中でTi、ZrやMnと結合して硫化物を形成して、鋼の切削性を向上させる元素である。しかし、その含有量が0.003%未満ではその効果が乏しく、一方、0.05%を超えると効果が飽和する。したがって、Sの含有量を0.003〜0.05%とした。なお、Sの含有量は0.005〜0.03%とすることが好ましい。
【0040】
Ti:
Tiは、鋼を脱酸、脱窒する作用がある元素である。また、鋼中のSやCと結合して硫化物あるいは炭硫化物を形成することで、鋼中の粗大なMnSの生成を抑制し、更に鋼中のCあるいはNと結合し炭化物あるいは炭窒化物として析出することで、鋼の強度を高め、結晶粒粗大化を抑制する元素である。その効果は0.03%以上を含有することで顕著になる。しかし、含有量が過剰になると、Tiの窒化物が粗大になるとともに、鋼の熱間加工性が劣化するため、上限を0.20%とした。したがって、Tiの含有量を0.03〜0.20%とした。なお、Tiの含有量は0.06〜0.15%とすることが好ましい。
【0041】
Al:
Alは、脱酸剤として使用される元素である。また、鋼中のNと結合して熱間圧延中のオーステナイト結晶粒微細化に効果的な窒化物を形成する元素である。また、本発明に係る肌焼鋼においては、Ti添加前のAl含有量を0.005〜0.06%とすることが重要である。すなわちAlの含有量が0.005%以上である場合、TiおよびSを前記の含有量とし、更に(1)式で表されるfn1の値を0%以上とすることで、Ti硫化物は微細になり、粗大なMnSの生成が抑制される。しかし、Alの含有量が0.06%を超えると、Alは酸化物クラスターを形成し、鋼の加工性や疲労強度を低下させる。したがって、Alの含有量を0.005〜0.06%とした。なお、Alの含有量は0.005〜0.04%とすることが好ましい。
【0042】
P:
Pは、鋼の強度を増加させる元素であるが、粒界に偏析して鋼の靱性を低下させる。特にPの含有量が0.03%を超えると、靱性の低下が著しくなる。したがって、不純物元素としてのPの含有量を0.03%以下とした。なお、Pの含有量は0.02%以下とすることが好ましい。
【0043】
N:
Nは、鋼中のVやAlなどと結合して熱間鍛造中のオーステナイト結晶粒微細化に効果的な窒化物を形成する元素である。しかし、形成された窒化物が粗大である場合、冷間加工性や疲労強度が低下する。特にNの含有量が0.008%を超えると、冷間加工性や疲労強度の低下が顕著になる。したがって、不純物元素としてのNの含有量を0.008%以下とした。なお、Nの含有量は0.006%以下とすることが好ましい。
【0044】
O:
Oは、鋼中のAlなどと結合し酸化物を形成する元素である。この形成された酸化物は、冷間加工性や疲労強度の低下を招く。特にOの含有量が0.0025%を超えると、冷間加工性や疲労強度の低下が顕著になる。したがって、不純物元素としてのOの含有量を0.0025%以下とした。なお、Oの含有量は0.0015%以下とすることが好ましい。
以上が請求項1の鋼の化学成分を限定した理由である。
【0045】
次に請求項2で請求項1の鋼の化学成分に加えて、Cu:0.05〜0.50%、Cr:0.05〜2.0%、Ni:0.05〜3.5%、Mo:0.05〜1.0%、B:0.001〜0.005%、Nb:0.01〜0.1%、V:0.03〜0.3%のうち、少なくとも1種を含有させる限定理由を述べる。
【0046】
請求項2で規定した元素は、焼入れ性を向上させ、ベイナイト組織の生成を促進するとともに、疲労強度の向上に寄与する元素であり、それぞれ同一の効果を持つ元素といえる。各元素での効果の詳細について以下に述べる。
【0047】
Cu:
Cuは含有させなくてもよい。含有させればCやMnと同様に、鋼の焼入れ性を向上させベイナイト組織の生成を促進するとともに、疲労強度を向上させる。ただし、疲労強度の向上効果を確実に得るには含有量を0.05%以上にするのが好ましい。また、Cuの含有量が0.5%を超えると熱間加工性を劣化させるため、その含有量を0.05%〜0.5%とする。
【0048】
Cr:
Crは含有させなくてもよい。含有させればCやMnと同様に、鋼の焼入れ性を向上させベイナイト組織の生成を促進するとともに、疲労強度を向上させる。ただし、疲労強度の向上効果を確実に得るには含有量を0.05%以上にするのが好ましい。また、Crの含有量が2.0%を超えると熱間加工性を劣化させるため、その含有量を0.05%〜2.0%とする。
【0049】
Ni:
Niは含有させなくてもよい。含有させればベイナイト組織の生成を促進するとともに、表面硬化処理、中でも浸炭処理を受けた部品の疲労強度を向上させる。ただし、疲労強度の向上効果を確実に得るには含有量を0.05%以上にするのが好ましい。また、Niの含有量が3.5%を超えるとその効果が飽和し、コストが嵩むばかりであるため、その含有量を0.05%〜3.5%とする。
【0050】
Mo:
Moは含有させなくてもよい。含有させればベイナイト組織の生成を促進するとともに、表面硬化処理、中でも浸炭処理を受けた部品の疲労強度を向上させる。ただし、疲労強度の向上効果を確実に得るには含有量を0.05%以上にするのが好ましい。また、Moの含有量が1.0%を超えるとその効果が飽和し、コストが嵩むばかりであるため、その含有量を0.05%〜1.0%とする
【0051】
B:
Bは含有させなくてもよい。含有させればベイナイト組織の生成を促進するとともに、表面硬化処理、中でも浸炭処理を受けた部品の疲労強度を向上させる。この効果は0.001%以上で顕著になるため添加する場合には含有量を0.001%以上にするのが好ましい。また、Bの含有量が0.005%を超えるとその効果が飽和し、コストが嵩むばかりであるため、その含有量を0.001%〜0.005%とする。
【0052】
Nb:
Nbは含有させなくてもよい。含有させればベイナイト組織の生成を促進するとともに、炭化物あるいは炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化させ、鋼の疲労強度を向上させる。この効果は0.01%以上で顕著になるため添加する場合には含有量を0.01%以上にするのが好ましい。また、Nbの含有量が0.10%を超えるとその効果が飽和し、コストが嵩むばかりであるため、その含有量を0.01%〜0.10%とする。
【0053】
V:
Vは含有させなくてもよい。含有させればベイナイト組織の生成を促進するとともに、炭化物あるいは炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化させ、鋼の疲労強度を向上させる。この効果は0.03%以上で顕著になるため添加する場合には含有量を0.03%以上にするのが好ましい。また、Vの含有量が0.30%を超えるとその効果が飽和し、コストが嵩むばかりであるため、その含有量を0.03%〜0.30%とする。
以上が請求項1および請求項2の鋼の化学成分を限定した理由である。
【0054】
次に、本発明において切削加工に供する際の鋼のミクロ組織をフェライト相とベイナイト相との混合組織、あるいはフェライト相、パーライト相およびベイナイト相の混合組織に限定した理由を述べる。従来ベイナイト組織を有するミクロ組織の鋼は、ベイナイト組織が硬質相であるため切削性に不向きであると考えられていた。しかし本発明者らは、ベイナイト組織が硬質相であることならびに微細な炭化物がランダムに存在することに着目した。すなわちベイナイト単体ではなく、軟質なフェライト相との混合組織にすることで、軟質相と硬質相とをランダムに配置し、その変形特性差をより顕在化させることによって切削加工時に硬質なベイナイト相への応力集中を促進し、切り屑の長さを短くできる。つまり、切り屑処理性を向上できるとの発想から精査した結果、やはりミクロ組織をフェライト相とベイナイト相との混合組織にした場合、切り屑処理性が劇的に向上することを明らかにした。更にフェライト相とベイナイト相との混合組織による切り屑処理性の向上は、硬質なベイナイト組織を有するにも係わらず切削抵抗の低下を招き、工具寿命の劣化を防止することも判明した。この切り屑処理性の向上は、フェライト相、パーライト相およびベイナイト相の混合組織の場合でも同様の効果が発現することも明らかにした。したがって、切削加工に供する際の鋼のミクロ組織を、フェライト相とベイナイト相との混合組織、あるいはフェライト相、パーライト相およびベイナイト相の混合組織に限定した。
【0055】
また、切削加工前のミクロ組織中のベイナイト相がミクロ組織全体の面積分率として5%未満の場合、この切り屑処理性の向上効果は乏しく、また、95%を超えた場合には、ほぼベイナイト単相組織となり、変形特性が均一化され、切削加工時の応力集中源(変形特性差がある場所)が無くなり、切り屑の分断性が劣化し、切り屑処理性が逆に悪くなる。加えて切削抵抗の低下効果が消滅し、逆に切削抵抗の増加となる。したがって、混合組織中のベイナイト相の面積分率は5〜95%とした。望ましくは20〜90%が好ましい。
【0056】
切削加工に供する際の鋼のミクロ組織をフェライト相とベイナイト相との混合組織、あるいはフェライト相、パーライト相およびベイナイト相の混合組織にする方法を、従来一般的に採用されている機械部品の成型工程を例に説明する。
【0057】
肌焼鋼を用いた機械部品は▲1▼素材を熱間鍛造などの熱間加工工程で所定の形状に粗加工後冷却し、次いで▲2▼焼きならし処理を施した後、▲3▼切削加工により所望の形状に仕上げ、▲4▼浸炭焼き入れ等の表面処理を行うという成型工程を経て製造される。
【0058】
ミクロ組織をフェライト相とベイナイト相との混合組織、あるいはフェライト相、パーライト相およびベイナイト相の混合組織にして、且つベイナイト相をミクロ組織全体の面積分率として5〜95%にする方法としては、上記工程において例えば▲1▼の熱間加工工程終了後の冷却工程で冷却速度を調整し、ミクロ組織中のベイナイト相面積率を所望の値にした後、▲2▼の焼きならし処理を省略すればよい。あるいは、▲1▼の熱間加工工程後、常法による冷却を行った後、▲2▼の焼きならし処理を行い、焼きならし処理後の冷却において、冷却速度を調整して、ミクロ組織中のベイナイト相面積率を所望の値にすればよい。
【0059】
冷却速度の調整については、用いた肌焼鋼の連続冷却変態図(CCT曲線図)を事前に採取し、フェライト変態領域とベイナイト変態領域を通過する冷却速度範囲を求め、求めた冷却速度範囲に調整すればよい。
【0060】
次に請求項3における(1)式で算出されるfn1の限定理由および切削加工に供する際の鋼のミクロ組織の限定理由を述べる。
【0061】
Ti、SおよびNを既に述べた範囲の含有量として、更に(1)式で表されるfn1の値により、鋼中に生成する粗大なMnSの生成挙動が変化する。この粗大なMnSの生成は疲労強度に大きく影響する。また同時に、fn1の値により、結晶粒粗大化を抑制するTiの炭化物あるいは炭窒化物の形成量も変化する。fn1の値が0未満の場合、粗大なMnSの生成を抑制できず、疲労強度の低下を招くと同時に、結晶粒粗大化を抑制するTiの炭化物あるいは炭窒化物の形成量が少なく、結晶粒粗大化抑制効果が発揮できない。従ってfn1の値を0%以上に規定した。
【0065】
以下、本発明を実施例によって更に詳しく説明する。なお、本発明の構成および作用効果をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前後記の趣旨に適合しうる範囲で変更を加えて実施することももちろん可能であり、それらはいずれも本発明の技術範囲に含まれる。
【0066】
(実施例)
供試材として表1に示す化学成分を有する鋼を真空溶解炉を用いて溶製し、150kgのインゴットを作成した。作成したインゴットを1200〜1300℃に加熱し、熱間鍛伸により直径60mmの丸棒を作成した表1では前記fn1値を記載した。
【0067】
【表1】
Figure 0003903966
【0068】
なお、表1において鋼A〜A8は化学成分範囲だけが本発明で規定する条件を満足する肌焼鋼であり鋼A〜A32は化学成分範囲および(1)式で表されるfn1の値が本発明で規定する条件を満足する肌焼鋼である。また、表1において、fn1値が本発明で規定する条件を満足していない場合には、fn1値に下線を付している。
【0069】
その後、丸棒を2分割して、一つは切り屑処理性、工具摩耗および耐粗粒化評価用の素材として、もう一つは疲労試験用の素材として用いた。
【0070】
切り屑処理性、工具摩耗および耐粗粒化評価用の素材である直径60mmの丸棒から、機械加工により直径38mm、高さ50mmの円柱試験片を作製し、この試験片を用いて熱間鍛造を行った。図1に実施した熱間鍛造のヒートパターンを示す。
【0071】
図1の熱間鍛造のヒートパターンに示すように、直径38mm、高さ50mmの円柱試験片を1200〜1300℃の温度範囲で30分間加熱保持した後、大気放冷あるいは衝風冷却を行い、冷却後のミクロ組織を種々に変化させた。また比較のため、熱間鍛造加工後、更に900〜950℃の温度範囲で30分間加熱保持した後に大気放冷にて焼ならし処理を施し、ミクロ組織をフェライト・パーライト組織にした。なお、熱間鍛造加工の際の加工量は減面率60%で実施し、熱間鍛造は前方押出加工にて行った。
【0072】
熱間鍛造材および熱間鍛造後に焼きならし処理した材料については、ミクロ組織観察を行い、ベイナイト組織の面積分率を測定した後、切削加工による切り屑処理性評価および工具磨耗評価を行なった。また熱間鍛造材についてのみ、耐粗粒化評価を行った。ここで、ミクロ組織観察によるベイナイト組織の面積分率の測定は、光学顕微鏡にて観察されたミクロ組織を写真にし、視野面積2mm分の写真を使い画像解析して求めた。
【0073】
切り屑処理性評価方法としては、TiNコーティング処理が施されたP20種の超硬工具を用いて、切削速度120m/min、送り0.40mm/rev、切り込み量1.5mm、湿式(水溶性潤滑油剤を使用)の旋削条件で加工し、その際に排出された切り屑のうち、代表的なものを少なくとも20個以上採取し、その重量を測定した上で、切り屑の平均重量(総重量/総個数)を算出して切り屑処理性を評価した。
【0074】
工具磨耗評価方法としては、上記条件にて10分間旋削加工を施した後、使用した超硬工具の平均逃げ面摩耗量を測定し、測定値を工具摩耗量として評価した。
【0075】
耐粗粒化評価方法としては、熱間鍛造材を箱型電気加熱炉を用いて大気雰囲気中、加熱温度1000℃、均熱保持3時間行った後、水焼入れによる組織凍結を行った後、光学顕微鏡による旧オーステナイト結晶粒度を測定し、粒度番号が7番以上を優れていると評価した。
【0076】
疲労試験用の素材である直径60mmの丸棒も前記円柱試験片と同様に、図1の熱間鍛造のヒートパターンに示すように、直径60mmの丸棒を1200〜1300℃の温度範囲で30分間加熱保持した後、大気放冷あるいは衝風冷却を行い、冷却後のミクロ組織を種々に変化させた。
【0077】
熱処理後、この丸棒から平滑小野式回転曲げ疲労試験片(平行部の直径が6mm、平行部長さが25mm)を作製し、耐疲労特性の評価を実施した。図2に平滑小野式回転曲げ疲労試験片の採取方法を示す。
【0078】
図2に示すように丸棒の鍛錬軸に平行な方向(以下「L方向」という)の「R/2部」および鍛錬軸に垂直な方向(以下「T方向」という)の中心部からサンプルを採取した。なお、図3に示すように、T方向から採取したサンプルは、その両端を電子ビーム溶接して接合し、L方向から採取したサンプルと共に所定の平滑小野式回転曲げ疲労試験片の寸法に仕上げた。
【0079】
作製した平滑小野式回転曲げ疲労試験片は、図4の浸炭焼入れ・焼戻しのヒートパターンに示すように、カーボンポテンシャル1.0%、930℃で270min、カーボンポテンシャル0.8%、930℃で210min、850℃で10minの浸炭処理を施した後、油焼入れを行い、続いて180℃で120minの焼戻し、空冷(大気放冷)を行った。なお、図4における「Cp」はカーボンポテンシャルを、「OQ」は油焼入れを、「AC」は空冷(大気放冷)を意味する。
【0080】
小野式回転曲げ疲労試験は室温大気雰囲気中で行い、10回の疲労強度(疲労限度)を測定した。
表2、表3に評価結果をまとめて示す。
【0081】
【表2】
Figure 0003903966
【0082】
【表3】
Figure 0003903966
【0083】
なお、表2、表3において、試験番号1〜32はミクロ組織が本発明で規定する条件を満足する肌焼鋼であり、試験番号33〜64の比較鋼はミクロ組織が本発明で規定する条件を満足しない肌焼鋼である。また、表2、表3において、F、P、Bはそれぞれフェライト相、パーライト相、ベイナイト相を示し、例えば、F+Bはフェライト相とベイナイト相との混合組織を示している。また、表2、表3において、ミクロ組織がベイナイト相を含有していない場合には、ミクロ組織を示す記号に下線を付し、切り屑重量が0.2g/個よりも重い場合には、切り屑重量の値に下線を付し、旧γ粒度番号が7よりも小さい場合には、旧γ粒度番号に下線を付している
【0084】
表2、表3から、本発明で規定したミクロ組織(フェライト相とベイナイト相との混合組織、あるいはフェライト相、パーライト相およびベイナイト相の混合組織)にした試験番号1〜32の場合には、その比較鋼である試験番号33〜64に比べ切り屑重量が大幅に減少し切り屑処理性が向上しているとともに、工具摩耗量は、本発明鋼、比較鋼ともに大差がなく、たとえミクロ組織がベイナイト組織を含有する場合でも工具摩耗量に影響がないことがわかる。すなわち本発明に係る肌焼鋼であれば、優れた切り屑処理性を実現できる。
【0085】
また、本発明で規定した化学成分およびfn1を満足している試験番号9〜32では、高温浸炭処理を想定した1000℃、3hr加熱、焼入れを施しても、旧γ粒度番号は9〜10の間で、微細粒組織を保持できることがわかる。すなわち本発明に係る肌焼鋼であれば、優れた切り屑処理性を実現できるとともに、優れた耐粗粒化特性を有することが明らかである。
【0088】
【発明の効果】
以上の説明から明らかなように、本発明に係る肌焼鋼によれば、切削加工時の優れた切り屑処理性を有するとともに、優れた耐粗粒化特性有する肌焼鋼を提供することが可能となり、自動車の歯車やシャフトなどの浸炭焼入れや浸炭窒化処理などの表面硬化処理を施されて使用される機械部品用の素材として利用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施例に係る切り屑処理性、工具摩耗、耐粗粒化評価用試験片および疲労試験用の素材に対して行った熱間鍛造のヒートパターンである。
【図2】同実施例に係る平滑小野式回転曲げ疲労試験片の採取方法を説明する図である。
【図3】同実施例に係る平滑小野式回転曲げ疲労試験片形状を説明する図である。
【図4】同実施例に係る疲労試験片に施した浸炭焼入れ、焼戻しのヒートパターンである。

Claims (3)

  1. 質量%で、
    C:0.10〜0.30%、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.3〜2.0%、S:0.003〜0.05%、Ti:0.03〜0.20%、Al:0.005〜0.06%、P:0.03%以下、N:0.008%以下及びO(酸素):0.0025%以下であり、残部はFeと不純物とからなる化学成分の肌焼鋼であって、
    鋼のミクロ組織がフェライト相とベイナイト相との混合組織、あるいはフェライト相、パーライト相およびベイナイト相の混合組織であり、その際のベイナイト相がミクロ組織全体の面積分率として5〜95%であることを特徴とする肌焼鋼。
  2. Feの一部に代えて、質量%で、
    Cu:0.05〜0.5%、Cr:0.05〜2.0%、Ni:0.05〜3.5%、Mo:0.05〜1.0%、B:0.001〜0.005%、Nb:0.01〜0.1%、V:0.03〜0.3%のうち、少なくとも1種を含有することを特徴とする請求項1に記載の肌焼鋼。
  3. 更に下記(1)式で定義されるfn1の値が0以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の肌焼鋼。
    (1)fn1=Ti(%)−3S(%)−3.4N(%)
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