JP3870868B2 - 伸びフランジ性、強度−延性バランスおよび歪時効硬化特性に優れた複合組織型高張力冷延鋼板およびその製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、主として自動車の車体部品等の使途に好適な、440MPa以上の引張強さを有する高張力冷延鋼板に係り、とくに伸びフランジ性、強度−延性バランスおよび歪時効硬化特性に優れた高張力冷延鋼板およびその製造方法に関する。
なお、本発明でいう「伸びフランジ性に優れた」とは、穴拡げ率λが100 %以上である場合をいい、また「強度−延性バランスに優れた」とは、引張強さTSと伸びEl の積、強度−延性バランスTS×El が17000MPa%以上である場合をいい、また、「歪時効硬化特性に優れた」とは、引張歪5%の予変形後、170 ℃の温度に20min 保持する条件で時効処理したとき、この時効処理前後の変形応力増加量(BH量と記す:BH量=(時効処理後の降伏応力)−(時効処理前の予変形応力))が100MPa以上であり、かつ歪時効処理(前記予変形+前記時効処理)前後の引張強さ増加量(△TSと記す:△TS=(時効処理後の引張強さ)−(予変形前の引張強さ))が60MPa 以上あること場合をいうものとする。
【0002】
【従来の技術】
近年、地球環境の保全という観点から自動車の燃費改善が、また、車両衝突時に乗員を保護するという観点から自動車車体の安全性向上が、それぞれ要求されている。このような要求に答えるべく、自動車車体の軽量化と強化の双方を図るための検討が積極的に進められている。このような検討により、自動車車体の軽量化と強化の要求を同時に満足させるためには、部品素材を高強度化することが効果的であると言われ、最近では高張力鋼板が自動車部品に積極的に使用されている。
【0003】
しかし、鋼板を素材とする自動車の車体用部品の多くがプレス加工により成形されるため、車体部品用として使用される高張力鋼板には、優れたプレス成形性を有することが要求される。そのため、鋼板の機械的特性として、高い伸びフランジ性(穴拡げ率λ)、高い強度−延性バランス(TS×El)、および高い歪時効特性(高BH量、高△TS)を有することが求められている。
【0004】
プレス成形性の良好な高張力鋼板の代表例としては、軟質のフェライトと硬質のマルテンサイトとが複合した組織を有する複合組織型高張力鋼板が挙げられる。とくに、冷延鋼板に連続焼鈍を施したのちガスジェット冷却を施して製造された複合組織型高張力鋼板は、降伏応力が低く高い延性を有するとともに、焼付硬化性をも有する鋼板である。しかし、この種の複合組織型鋼板は、通常の条件での成形性については概ね良好であるが、伸びフランジ成形性が劣るため厳しい条件下での成形には問題を残していた。また、焼付硬化性もそれほど高くないという問題もあった。
【0005】
近年、良好なプレス成形性と、成形後の高強度とを同時に満足できる鋼板として、プレス成形前は軟質でプレス成形しやすく、プレス成形後は塗装焼付処理により硬化し部品強度を高めることができる、BH鋼板が開発されている。
このようなBH鋼板の例として、例えば、特開昭55−141526号公報には、鋼中のC、N、Al含有量に応じてNbを添加してat%でNb/(固溶C+固溶N)を特定範囲内に調整し、さらに、焼鈍後の冷却速度を制御することにより、鋼板中の固溶C、固溶Nを調整する冷延鋼板の製造方法が、また、特公昭61−45689 号公報には、TiとNbの複合添加によって焼付硬化性を向上させた冷延鋼板が記載されている。また、特開平5−25549 号公報には、W、Cr、Moの単独または複合添加によって焼付硬化性を向上させた冷延鋼板の製造方法が提案されている。
【0006】
特開昭55−141526号公報、特公昭61−45689 号公報、特開平5−25549 号公報に記載された技術では、鋼中の固溶C、固溶Nを利用して、成形後塗装焼付処理により強度を増加させている。このため、材料の降伏強さは増加させることができるが、引張強さまでは増加させることができないという問題がある。したがって、これら従来技術によって製造された鋼板では、部品の変形開始応力は高めることができるが、部品の変形開始から変形終了まで変形全域にわたって変形に要する応力を高める効果は十分であるとはいえない。
【0007】
部品の変形全域にわたって変形に要する応力を高めることができる冷延鋼板として、例えば、特開平10−310847号公報には、成形後、200 ℃〜450 ℃の温度域で熱処理を施すことにより、成形前後で引張強さが60MPa 以上増加する、合金化溶融亜鉛めっき鋼板が提案されている。特開平10−310847号公報に記載された技術で製造された鋼板は、C:0.01〜0.08%、Mn:0.01〜3.0 %を含有し、W、Cr、Moの1種または2種以上を合計量で0.05〜3.0 %含有し、必要に応じて、Ti:0.005 〜0.1 %、Nb:0.005 〜0.1 %、V:0.005 〜0.1 %の1種または2種以上を含有する組成と、フェライトまたはフェライト主体のミクロ組織とを有する鋼板であり、加工後に220 〜370 ℃の温度範囲で熱処理することにより、鋼中に微細な炭化物が形成し、加工後の強度(引張強さ)が顕著に増加するとしている。しかし、特開平10−310847号公報に記載された技術では加工後の熱処理は、220 〜370 ℃という一般的な焼付塗装処理温度よりも高い温度範囲での熱処理とする必要があるという難点がある。
【0008】
また、熱延鋼板ではあるが、特公平8−23048 号公報には、加工時には軟質で、加工後の170 ℃程度の焼付塗装処理により降伏応力とともに引張強さが100MPa以上と大幅に増加する熱延鋼板の製造方法が記載されている。特公平8−23048 号公報に記載された技術では、Cを0.02〜0.13%、Nを0.0080〜0.0250%と多量含む鋼を、1100℃以上に再加熱し、850 〜900 ℃で仕上圧延を終了する熱間圧延を施し、ついで、15℃/s以上の冷却速度で150 ℃未満の温度まで冷却し巻き取り、多量の固溶Nを鋼中に残存させるとともに、組織をフェライトとマルテンサイトを主体とする複合組織としている。
【0009】
しかしながら、特公平8−23048 号公報に記載された技術で得られた熱延鋼板を出発材として、冷間圧延および再結晶焼鈍を行い冷延鋼板としても、必ずしも熱延鋼板と同様の成形−熱処理後のBH量や引張強さ増加が得られるとは言いがたい。なぜなら、冷間圧延および再結晶焼鈍により熱延時とは異なるミクロ組織となること、また冷間圧延に大きな歪蓄積が起こるため、炭化物、窒化物または炭窒化物が形成されやすく固溶Cおよび固溶Nの状態が変化するからである。
【0010】
このような問題に対し、特開2002−53935 号公報には、Al:0.02%以下、N:0.0050〜0.0250%を含み、かつN/Alが0.3 以上、固溶状態のNを0.0010以上含有する組成と、平均結晶粒径10μm以下のフェライト相を面積率で50%以上含む組織を有する引張強さ440MPa以上で歪時効硬化特性に優れた高張力冷延鋼板が提案されている。特開2002−53935 号公報に記載された技術では、固溶Nを有効に活用することにより、引張歪5%の予変形後、170 ℃で20min 保持する時効処理条件でも、BH量が80MPa 以上、歪時効処理前後の引張強さ増加量が40MPa 以上となる高い歪時効硬化特性が得られるとしている。
【0011】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、最近では、さらに成形条件が厳しくなり、特開2002−53935 号公報に記載された技術で製造された高張力冷延鋼板では、必ずしもこれら条件に十分に適合できる特性を有しているとはいえず、更なる成形性向上が要望されている。特に最近では、高い伸びフランジ性、高い強度−延性(伸び)バランス、高い歪時効硬化特性を同時に兼ね備えた高張力冷延鋼板が熱望されている。
【0012】
本発明は、上記した従来技術の問題を有利に解決し、引張強さ440MPa以上を有し、伸びフランジ性、強度−延性バランスおよび歪時効硬化特性に優れた複合組織型高張力冷延鋼板およびその製造方法を提案することを目的とする。
【0013】
【課題を解決するための手段】
従来、伸びフランジ性、強度−延性バランス、および歪時効硬化特性が同時に優れる高張力冷延鋼板を得ることは困難とされてきた。本発明者らは、上記した課題を達成するため、まず、下記のように考えた。
(1)フェライト相およびマルテンサイト相から成る複合組織では、変形に際し、フェライト相より硬質なマルテンサイト相の周囲に応力集中が生じるためクラック発生の起点になり、伸びフランジ性が低下するとの考えから、フェライト相とマルテンサイト相との硬度差減少のために、 焼鈍後の急冷とその後の焼戻しにより、マルテンサイト相を軟質化(焼戻マルテンサイト相の適量生成)するとともに、成分含有量や焼鈍時の熱履歴の適正化により、C、N、Si、Mn等の固溶強化元素を適量、フェライト相へ分配しフェライト相の硬質化を図ることが伸びフランジ性向上の観点から有効であると考えられる。
(2)強度−延性バランスを向上させるためには、一般的に組織をフェライトとマルテンサイトの複合組織とし、フェライト相の増加やマルテンサイト相を微細化することが有効とされているが、高強度化するに際し、マルテンサイト相の相分率を過度に増加すると、伸びフランジ性が低下する。強度−延性バランスと伸びフランジ性を同時に向上させるためには、マルテンサイト相の相分率を強度−延性バランスおよび伸びフランジ性の著しい劣化が生じない範囲に調整し、かつ焼戻しによるマルテンサイトの軟質化を図ることが有効と思われる。また、
(3)歪時効特性を向上させるためには、軟質でより多くの転位が導入され歪時効硬化特性への寄与が大きいと予測されるフェライト相中の固溶N量を増加させればよいと考えられる。この固溶N量の増加には、焼鈍後の冷却に際しNが析出物として析出することを抑制する意味から、焼鈍後、極力高速で冷却することが望ましい。しかしながら、フェライト相中に過度の固溶Nを含有することは、フェライトの延性を著しく劣化させ強度−延性バランスの大幅な低下を招く可能性がある。また、焼鈍後の冷却速度を増加させることは、マルテンサイト相が大幅に増加し延性が低下するとともに、室温での耐時効性の劣化を招く可能性がある。このため、伸びフランジ性、強度−延性バランス、および歪時効硬化特性を同時に向上させるためには、鋼組成、焼鈍温度、焼戻し時のヒートパターンを適正化する必要があると考えられる。
【0014】
このような考えに基づきさらに具体的には、
▲1▼フェライト相やマルテンサイト相の相分率や硬さを大きく変化させ、伸びフランジ性や強度−延性バランスに大きく影響するC、Mn、Si含有量の適正化、
▲2▼歪時効硬化特性の向上に有効に作用し、またフェライト相やマルテンサイト相の硬さに大きな影響を及ぼすN量の適正化、および
▲3▼マルテンサイトの微細化と軟質化に影響する、焼鈍後の急冷焼戻し条件の適正化
について、種々の検討を行った。
【0015】
次に、本発明者らが行った基礎的な実験結果について説明する。
質量%で、C:0.031 %、P:0.011 %、S:0.002 %、Al:0.010 %、N:0.0154%を基本組成とし、Si,Mn を、Si:0.022 〜1.38%、Mn:0.15〜1.95%の範囲でそれぞれ変化させた組成のシ−トバ−を、1250℃に加熱し均熱した後、仕上圧延終了温度が900 ℃となるように3パスからなる仕上圧延を施し、板厚4.0 mmの熱延板とした。なお、仕上圧延終了後、熱延板には、コイル巻取り処理相当の保温(600 ℃×1h)を実施した。
【0016】
ついでこれら熱延板に、圧下率70%の冷間圧延を施し板厚1.2 mmの冷延板とした。得られた冷延板に、850 ℃で40s 間保持する焼鈍を施したのち、700 ℃までの平均冷却速度が30℃/sの冷却と、さらに700 ℃から100 ℃以下までの間の平均冷却速度が約600 ℃/sの水冷却を施した。その後、250 ℃で500s保持する焼戻しを行い、フェライト、マルテンサイト、焼戻マルテンサイトから成る複合組織を有する冷延鋼板とした。
【0017】
得られた冷延鋼板について、引張試験、穴拡げ試験、歪時効硬化試験を実施した。
引張試験は、長軸を圧延方向に直交する方向としたJIS5号引張試験片を用い、JIS Z 2241の規定に準拠して行い、引張特性(降伏強さYS、引張強さTS、伸びEl)を求めた。
【0018】
穴拡げ試験は、日本鉄鋼連盟規格JFS T 1001の規定に準拠して、大きさ80mm×80mm×板厚1.2 mmの試験片を用い、初期穴径を10mm、ダイス内径を10.3mm、クリアランスを板厚の12.5%の条件で行い、穴拡げ率λを求めた。穴拡げ率λはλ(%) =(Dr −D0 )/D0 ×100 (ここで、Dr :破断後の穴径(mm)、D0 :初期の穴径(mm))を用いて算出した。
【0019】
歪時効硬化試験は、長軸を圧延方向に直交する方向としたJIS 5号引張試験片を用いて引張予歪を5%とする予変形を施し、塗装焼付け相当処理として、170 ℃×20min の熱処理を施したのち、引張試験を実施し、予変形−熱処理後の降伏応力YSBH、引張強さTSBHを求め、BH量=YSBH−S5%、ΔTS=TSBH−TSを算出した。なお、S5%は、5%予変形したときの変形応力、TSは冷延鋼板の引張強さである。
【0020】
得られた結果を図1、図2、 図3に示す。
図1は強度−延性バランスTS×El と{12(C+N)+Mn−Si}の関係を、図2は穴拡げ率λと{12(C+N)+Mn−Si}の関係を、図3はBH量、ΔTSと{12(C+N)+Mn−Si}の関係を示す。なお、C,N,Mn,Siは各元素の含有量(質量%)である。
【0021】
図1、図2、図3から、{12(C+N)+Mn−Si}を0.1 〜1.5 の範囲に調整することにより、穴拡げ率λ、強度−延性バランスTS×El 、BH量、ΔTSを同時に高い値とすることができ、伸びフランジ性、強度−延性バランス、歪時効硬化特性がともに優れた複合組織型高張力冷延鋼板が製造可能となることがわかる。また、{12(C+N)+Mn−Si}を0.1 〜1.5 の範囲に調整したうえで、焼鈍温度、焼鈍後の冷却ヒートパターンを適正に制御することも重要であることを知見した。
【0022】
本発明は、上記した知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は下記のとおりである。
(1)質量%で、C:0.01〜0.10%、Si:0.01〜1.5 %、Mn:0.1 〜2.0 %、 P:0.08%以下、S:0.005 %以下、Al:0.02%以下、N:0.0050〜0.0250%を含み、かつN/Alが0.3 以上であり、固溶状態のNを0.0030%以上含有し、さらにC、N、Mn、Siを次 (1) 式
0.1 ≦12(C+N)+Mn−Si≦1.5 ・・・(1)
(ここで、C、N、Mn、Si:各元素の含有量(質量%))
が満足するように含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成と、面積率で50〜96%のフェライト相と、1〜30%のマルテンサイト相と3%以上の焼戻しマルテンサイト相とを含む複合組織と、を有することを特徴とする伸びフランジ性、強度−延性バランスおよび歪時効硬化特性に優れ、引張強さ440MPa以上を有する複合組織型高張力冷延鋼板。
(2)(1)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、CrおよびMoのうちの1種または2種を合計で2.0 %以下含有することを特徴とする複合組織型高張力冷延鋼板。
(3)(1)または(2)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、CuおよびNiのうちの1種または2種を合計で2.0 %以下含有することを特徴とする複合組織型高張力冷延鋼板。
(4)(1)ないし(3)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、Nb、Ti、V、Bのうちの1種または2種以上を次(2)式
N/(Al+Nb+Ti+V+B)≧0.3 ………(2)
(ここで、N、Al、Nb、Ti、V、B:各元素の含有量(質量%))
を満足するように含有することを特徴とする複合組織型高張力冷延鋼板。
(5)質量%で、C:0.01〜0.10%、Si:0.01〜1.5 %、Mn:0.1 〜2.0 %、P:0.08%以下、S:0.005 %以下、Al:0.02%以下、N:0.0050〜0.0250%を含み、かつN/Alが0.3 以上であり、さらに、C、N、Mn、Siを次 (1) 式
0.1 ≦12(C+N)+Mn−Si≦1.5 ………(1)
(ここで、C、N、Mn、Si:各元素の含有量(質量%))
が満足するように含有し、残部 Fe および不可避的不純物からなる組成の鋼スラブを、加熱温度:1000℃以上に加熱したのち、粗圧延してシートバーとし、該シートバーに仕上圧延出側温度:800 ℃以上とする仕上圧延を施し、巻取温度:750 ℃以下で巻き取り熱延板とする熱間圧延工程と、前記熱延板に酸洗および冷間圧延を行い冷延板とする冷間圧延工程と、前記冷延板に(Ac1変態点+20℃)〜(Ac3変態点+50℃)の温度範囲の焼鈍温度に加熱し10〜120 s間保持する焼鈍処理を施した後、前記焼鈍温度から(Ac1変態点+20℃)〜(Ac1変態点−100 ℃) の温度範囲の所定温度まで平均冷却速度が5〜50℃/sとなる冷却を施し、さらに100 ℃以下まで、少なくとも前記所定温度から100 ℃までの平均冷却速度が300 ℃/s以上となる冷却を施し、ついで、150 〜450 ℃の温度範囲で60〜800 s間焼戻しする焼鈍工程と、を順次施すことを特徴とする伸びフランジ性、強度−延性バランスおよび歪時効硬化特性に優れ、引張強さ440MPa以上を有する複合組織型高張力冷延鋼板の製造方法。
(6)(5)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、CrおよびMoのうちの1種または2種を合計で2.0 %以下含有することを特徴とする複合組織型高張力冷延鋼板の製造方法。
(7)(5)または(6)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、CuおよびNiのうちの1種または2種を合計で2.0 %以下含有することを特徴とする複合組織型高張力冷延鋼板の製造方法。
(8)(5)ないし(7)のいずれかにおいて、前記組成に加えてさらに、質量%で、Nb、Ti、V、Bのうちの1種または2種以上を次(2)式
N/(Al+Nb+Ti+V+B)≧0.3 ………(2)
(ここで、N、Al、Nb、Ti、V、B:各元素の含有量(質量%))
を満足するように含有することを特徴とする複合組織型高張力冷延鋼板の製造方法。
【0023】
【発明の実施の形態】
本発明の高張力冷延鋼板は、引張強さTSが440 MPa 以上を有し、伸びフランジ性、強度−延性バランスおよび歪時効硬化特性に優れた複合組織型高張力冷延鋼板である。
まず、本発明鋼板の組成限定理由について説明する。以下、質量%は単に%と記す。
【0024】
C:0.01〜0.10%
本発明では、440MPa以上の引張強さを確保し、組織を複合組織とするという観点から、Cは0.01%以上含有する。一方、0.10%を超える含有は、鋼中炭化物の分率が増加することに起因して、鋼板の延性、さらには成形性が顕著に悪化する。さらに重要な問題として、Cを0.10%を超えて含有すると、スポット溶接性、アーク溶接性等の溶接性が顕著に低下する。このため、本発明ではCは0.01〜0.10%の範囲に限定した。なお、さらなる成形性の向上という観点からは0.08%以下とすることが好ましい。また、特に良好な延性を有することが要求される用途には、Cは、0.05%以下とすることがより好ましい。
【0025】
Si:0.01〜1.5 %
Siは、鋼の延性を顕著に低下させることなく、鋼板を高強度化することができる有用な強化元素である。このような効果は0.01%以上の含有で認められる。一方、Siを1.5 %を超えて含有すると、表面性状、化成処理性など、特に表面の美麗性を損なうなどの悪影響を及ぼす。このため、Siは0.01〜1.5 %の範囲に限定した。なお、好ましくは0.1 %以上である。また、500MPaを超える引張強さと高延性が要求される使途には、強度と延性のバランスの観点から、Siは0.5 %以上の含有とすることが望ましい。
【0026】
Mn:0.1 〜2.0 %
Mnは、鋼を強化する作用があり、またフェライトとマルテンサイトの複合組織が得られる臨界冷却速度を小さくして、フェライトとマルテンサイトの複合組織形成を促進する作用や、結晶粒を微細化する作用を有している。このような効果を得るために、本発明では0.1 %以上で、焼鈍後の冷却速度に応じた量含有する。また、MnはSによる熱間割れを防止する効果も有する。さらに、TS500 MPa 超級の高強度が要求される場合には、0.5 %以上、より好ましくは1.0 %以上含有することが望ましい。Mn含有量をこのレベルまで高めることで、熱延条件を含め製造条件の変動に対する鋼板の機械的性質のばらつき、とくに歪時効硬化特性のばらつきが顕著に少なくなるという大き利点がある。しかし、Mnを2.0 %を超えて過剰に含有すると、詳細な機構は不明であるが鋼板の熱間変形抵抗が増加する傾向となるうえ、さらに溶接性、溶接部の成形性が劣化する傾向となり、またフェライトの生成が抑制されるため延性が顕著に低下する傾向となる。このため、Mnは2.0 %を上限とした。なお、より良好な耐食性と成形性が要求される用途では、Mnは0.80%以下とすることが望ましい。
【0027】
P:0.08%以下
Pは、鋼を強化する作用があり、所望の強度に応じて0.001 %以上含有させることが好ましいが、0.08%を超えて含有すると、プレス成形性が劣化する。このため、Pは0.08%以下に限定した。なお、より優れたプレス成形性が要求される場合には、Pは0.05%以下とすることが好ましい。またさらに、590MPa以上の高強度が要求される用途でC、Mn等を多量に含有する場合には、溶接性の観点から、Pは0.05%以下とすることが望ましい。
【0028】
S:0.005 %以下
Sは、鋼板中では介在物として存在し、鋼板の延性、成形性、とくに伸びフランジ成形性の劣化をもたらす元素であり、本発明ではできるだけ低減することが好ましい。なお、Sを0.005 %以下に低減すると、伸びフランジ成形性への悪影響が無視できることから、本発明ではSは0.005 %を上限とした。なお、より優れた伸びフランジ成形性を要求される場合、あるいは引張強さTS:590 MPa以上を確保するために、C、Mn等を多量に含有し、優れた溶接性を要求される場合には、Sは0.003 %以下とすることが好ましい。
【0029】
Al:0.02%以下
Alは、脱酸剤として作用し、清浄度を向上させることに有用な元素であり、また組織微細化の作用を有し0.001 %以上含有することが望ましい元素である。本発明においては、固溶状態のNを強化元素としても利用するが、適正範囲のAlを添加したアルミキルド鋼のほうが、Alを添加しない従来のリムド鋼に比して、機械的性質が優れている。一方、Al含有量が0.02%を超えて過剰に含有すると、表面性状の悪化、固溶Nの顕著な低下につながり、本発明の目的である極めて大きな歪時効硬化特性を確保することが困難となる。このため本発明では、Alは従来鋼より低い0.02%を上限とした。なお、材質の安定性という観点から、Alは0.001 〜0.015 %の範囲とすることが望ましい。また、Al含有量の低減は結晶粒の粗大化につながる懸念があるが、本発明では他の合金元素を最適量に制限することと、焼鈍条件を最適な範囲とすることで防止する。
【0030】
N:0.0050〜0.0250%
Nは、固溶強化と歪時効効果により鋼板の強度を増加させる元素であり、また、Nには鋼の変態点を降下させる作用もあり、Nの含有は薄物で変態点を大きく割り込んだ圧延を行ないたくない状況下での操業安定化に有効である。本発明では、適量のNを含有して、 製造条件を制御することにより、冷延製品の状態で必要かつ十分な量の固溶状態のNを確保し、それによって固溶強化と歪時効硬化での強度(降伏強さYSおよび引張強さTS)上昇効果が十分に得られ、目標とする440MPa以上の引張強さと、歪時効処理前後での、100MPa以上の変形応力増加量(BH量)、および60MPa 以上の引張強さ増加量(ΔTS)とが安定して得られる。
【0031】
上記した強度上昇等の効果は、Nをおおむね0.0050%以上含有することにより安定して得られる。一方、0.0250%を超えて含有すると、鋼板の内部欠陥の発生率が高くなるとともに、連続鋳造時のスラブ割れなどの発生が顕著となる。このため、Nは0.0050〜0.0250%の範囲に限定した。なお、製造工程全体を考慮した材質の安定性・歩留り向上という観点からは、Nは0.0070〜0.0170%の範囲とすることが好ましい。なお、本発明の範囲内のN含有量であれば、溶接性への悪影響は全くない。
【0032】
固溶状態のN:0.0030%以上
鋼板で十分な強度が確保され、さらにNによる歪時効硬化が有効に発揮されるには、鋼板中に固溶状態のN(固溶Nともいう)が概ね0.0030%以上存在する必要がある。
なお、固溶N量は、鋼中の全N量から、析出N量を差し引いた値とする。本発明では、析出N量は電解抽出による溶解法を適用した分析法にて求めるものとする。析出N量の分析法としては、種々の方法を検討したが、定電位電解法を用いた電解抽出による溶解法を適用する方法が、実際の材質の変化とよい対応を示した。なお、電解液としては、アセチルアセトン系を用いることが好ましい。定電位電解法を用いた電解抽出による溶解法にて抽出した残渣を化学分析して残渣中のN量を求め、これを析出N量とした。
【0033】
さらに大きな歪時効硬化による降伏応力の増加、引張強さTSの増加が必要な場合は、固溶N量は0.0050%以上とすることが好ましい。
N/Alの比:0.3 以上
固溶Nを安定して0.0030%以上残留するためには、Nを強化に固定する効果を有する元素であるAl含有量を制限する必要がある。幅広く成分の組み合わせを変化させた鋼板について、冷延鋼板中に固溶状態で残存するNとN/Al比との関係を調査した結果、本発明鋼の鋼組成の範囲ではN/Alの値を0.3 以上とすることで安定して固溶N量を0.0030%以上にでき、目標とする歪時効硬化特性が得られることを確認した。このため、N/Alは0.3以上とする。
【0034】
本発明では、C,N,Mn,Si を次 (1) 式
0.1 ≦12(C+N)+Mn−Si≦1.5 ………(1)
(ここで、C、N、Mn、Si:各元素の含有量(質量%))
が満足するように含有する。これにより、図1、図2、図3で示したように、伸びフランジ性、強度−延性バランスおよび歪時効硬化特性をともに向上させることができる。すなわち、本発明では、{12(C+N)+Mn−Si}を厳密に制御することが肝要となる。なお、{12(C+N)+Mn−Si}は好ましくは0.1 以上1.3 以下である。
【0035】
この詳細な機構については現在のところ不明な点が多いが、本発明者らは次のように考えている。
Siは、フェライト中の固溶C、固溶Nを減少させて、フェライト相をより軟質化させると考えられ、延性を向上させる。しかし、Siの過剰な含有は歪時効特性を急激に低下させる。これは、SiとNとの化合物の析出により固溶Nが減少することに起因すると思われる。Siとは逆に、C、N、Mnはその総量がある範囲を超えるとフェライト相を過度に硬化させるため、急激に強度−延性バランスを低下させる。本発明では、好ましい製造方法として、後述するように焼鈍後に高速冷却する。ところが、このような高速冷却により、高い伸びフランジ性や高い歪時効特性が得やすいものの延性が劣化しやすい。この延性の劣化を防止するには、フェライト安定化元素であるSiの添加が有効となる。
【0036】
本発明では、上記した成分に加えてさらに、Cr、Moのうちの1種または2種、Cu、Niのうち1種または2種、Nb、Ti、V、Bのうちの1種または2種以上を適宜含有できる。
Cr、Moのうちの1種または2種:合計で2.0 %以下
Cr、Moは、マルテンサイト相の形成を助長し複合組織の形成を促進させ、さらに結晶粒の均一かつ微細化に寄与するとともに、強度を増加させる効果も有する元素であり、必要に応じ選択して1種または2種含有できる。しかし、単独または合計で2.0 %を超えて過剰に含有すると、熱間変形抵抗を増加させるとともに、化成処理性およびより広義な表面処理特性を劣化させ、さらには、溶接部を硬化させ溶接部成形性を低下させる。このため、Cr、Moのうちの1種または2種を合計で2.0 %以下に限定することが好ましい。なお、上記した効果を得るためには、それぞれCr:0.01%以上、Mo:0.01%以上含有することが好ましい。
【0037】
Cu、Niのうち1種または2種:合計で2.0 %以下
Cu、Niは、鋼を強化する作用を有する元素であり、必要に応じ1種または2種を選択して含有できる。しかし、単独または合計で2.0 %を超えて過剰に含有すると、強度−延性バランスが低下する傾向を示す。このため、Cu、Niのうちの1種または2種を合計で2.0 %以下に限定することが好ましい。なお、上記した効果を得るためには、それぞれCu:0.05%以上、Ni:0.05%以上含有することがより好ましい。
【0038】
Nb、Ti、V、Bのうちの1種または2種以上:N/(Al+Nb+Ti+V+
B)で0.3 以上
B、Nb、Ti、Vは、いずれもNと結合し、析出強化により鋼を強化する作用を有し、必要に応じ1種または2種以上選択して含有できる。これらB、Nb、Ti、Vの元素を含有する場合には、次 (2) 式を満足する範囲とすることが好ましい。
【0039】
N/(Al+Nb+Ti+V+B)≧0.3 ………(2)
(ここで、N、Al、Nb、Ti、V、B:各元素の含有量(質量%))
(2)式が満足されない場合、すなわちN/(Al+Nb+Ti+V+B)が0.3 未満では歪時効硬化特性が劣化する傾向がある。なお、上記した効果を得るためには、それぞれB:0.0001%以上、Nb:0.001 %以上、Ti:0.001 %以上、V:0.001 %以上含有することがより好ましい。
【0040】
なお、上記した成分以外に、Ca、Zr、REM 等を通常の鋼組成の範囲内であれば含有させてもなんら問題はない。
上記した成分以外の残部はFeおよび不可避的不純物である。不可避的不純物としては、例えば、Sb、Sn、Zn、Co等が挙げられる。これら不可避的不純物元素は、Sb:0.01%以下、Sn:0.1 %以下、Zn:0.01%以下、Co:0.1 %以下が許容できる。
【0041】
次に、本発明鋼板のミクロ組織について説明する。
本発明の冷延鋼板は、組織全体に対する面積率で、50〜96%の主相であるフェライト相と、第2相として、組織全体に対する面積率で1〜30%のマルテンサイト相と3%以上の焼戻しマルテンサイト相を含む、複合組織を有する。
主相であるフェライト相が、組織全体に対する面積率で50%未満では、高い延性を確保することが困難となり、プレス成形性が低下する傾向となる。また、さらなる良好な延性が必要とされる用途では、フェライト相は組織全体に対する面積率で70%以上とするのが好ましい。なお、複合組織の利点を利用するため、フェライト相は96%以下とする必要がある。
【0042】
また、マルテンサイト相が、組織全体に対する面積率で1%未満では、高い強度−延性バランスTS×Elを確保することができない。一方、マルテンサイト相が面積率で30%を超えると、伸びフランジ性、強度−延性バランスが低下する。このため、マルテンサイト相は組織全体に対する面積率で1〜30%とする。なお、より高い強度−延性バランスを得るというの観点から、マルテンサイト相は面積率で3%以上とすることが好ましい。このマルテンサイト相の存在は、優れた常温での耐時効性を得るうえでも重要である。
【0043】
本発明では、伸びフランジ性向上の観点からは、第2相としてさらに、組織全体に対する面積率で3%以上の焼戻しマルテンサイト相を含むことが必要である。これより、主相であるフェライト相と第二相間の硬度差が減少し、穴拡げ時のクラックの起点を減少させることができる。なお、ここでいう焼戻しマルテンサイト相とは、マルテンサイト相中に過飽和に固溶した炭素や合金元素等が焼戻し処理により炭化物として析出した組織をいうものとする。マルテンサイト相と焼戻しマルテンサイト相は走査型電子顕微鏡等による組織観察で容易に判別できる。
【0044】
なお、上記した主相、第2相以外に、副相としてパーライト相、ベイナイト相、残留オーステナイト相のいずれかを混合してもよい。ただし、これらパーライト相、ベイナイト相、残留オーステナイト相は、マルテンサイト相による効果をより有効に発揮させるため、これら副相の合計を主相であるフェライト相以外の組織(第2相+副相の合計)に対して面積率で50%以下に限定することが好ましい。
【0045】
次の本発明の冷延鋼板の製造方法について説明する。
鋼スラブの組成は、固溶状態のNを除き、上記した鋼板組成と同じであるので、ここでは説明は省略する。
上記した組成の溶鋼を、転炉、電気炉等の公知の溶製法により溶製したのち、成分のマクロな偏析を防止すべく連続鋳造法で鋼スラブとすることが望ましいが、造塊−分塊圧延法、薄スラブ連鋳法等の公知の鋳造方法で鋼スラブとしてもよい。
【0046】
得られた鋼スラブは、ついで熱間圧延工程により熱延板とされる。熱間圧延工程では、鋼スラブは、いったん室温まで冷却し、その後再加熱する方法に加え、室温まで冷却しないで、温片のままで加熱炉に挿入したのち圧延する、あるいはわずかの保熱をおこなった後に直ちに圧延する直送圧延・直接圧延などの省エネルギープロセスも問題なく適用できる。特に鋼板において固溶状態のNを有効に確保するには直送圧延は有用な技術の一つである。
【0047】
つぎに、熱間圧延条件の限定理由について説明する。
スラブ加熱温度:1000℃以上
スラブは、初期状態として、固溶状態のN (固溶N)を確保するという観点から、1000℃以上に加熱することが好ましい。なお、加熱温度の上限は特に規制されないが、酸化重量の増加にともなうロスの増大などから1280℃以下とすることが望ましい。
【0048】
加熱されたスラブは粗圧延により所定厚さのシートバーとされたのち、該シートバーに仕上圧延出側温度を800 ℃以上とする仕上圧延を施し熱延板とする。
仕上圧延出側温度:800 ℃以上
仕上圧延出側温度を800 ℃以上とすることにより、均一微細な熱延母板組織を得ることができる。しかし、仕上圧延出側温度が800 ℃未満では、熱延板組織が不均一になり、その後の冷間圧延、焼鈍後にもその組織の不均一性が消えずに残留し、プレス成形時に種々の不具合を発生する危険性が増大する。また、仕上圧延出側温度が低い場合に、加工組織の残留を回避すべく高い巻取温度を採用しても、粗大粒の発生にともなう同様の不具合を生じ、また固溶Nの顕著な低下も生ずるため、目標とする引張強さ:440 MPa以上を確保することが困難となる。このようなことから、仕上圧延出側温度を800 ℃以上とすることが好ましい。なお、更なる機械的性質の向上のためには、仕上圧延出側温度を820 ℃以上とすることがより好ましい。仕上圧延出側温度の上限はとくに限定する必要はないが、過度に高い仕上圧延出側温度ではスケール疵の発生が増大するため、おおむね1000℃程度までとすることが好ましい。
【0049】
巻取温度:750 ℃以下
仕上圧延終了後の巻取温度が750 ℃を超えて高くなると、引張強さ440MPa以上を確保することが困難となる。このため、巻取温度を750 ℃以下とすることが好ましい。なお、巻取温度の下限は、材質上は厳しく限定されないが、巻取温度が200 ℃を下まわると鋼板形状が顕著に乱れ、実際の使用にあたり不具合を生じる危険性が増大する。また、材質の均一性も低下する傾向となる。このため、熱延板の巻取温度は750 ℃以下200 ℃以上とすることがより好ましい。なお、さらに高い材質均一性が要求される場合は、巻取温度は300 ℃以上とすることが望ましい。
【0050】
熱延板はついで、酸洗、冷間圧延を経て冷延板とされる冷間圧延工程を施される。酸洗は、通常公知の方法に準じて行うが、極めて薄いスケール状態であれば直接冷間圧延することも可能である。冷間圧延は、所望の寸法形状の冷延板とすることができればよく、本発明では、圧下率等とくに限定する必要はないが表面の平坦度や組織の均一性の観点からは40%以上の圧下率とすることが好ましい。
【0051】
ついで、冷延板は、焼鈍処理とその後の急速冷却と焼戻しからなる焼鈍工程を施される。
焼鈍処理は、(Ac1 変態点+20℃)〜(Ac3 変態点+50℃)の温度範囲の焼鈍温度で行う。一般に、焼鈍温度が、フェライト+オーステナイトの二相域では熱力学的にオーステナイト相へ優先的にNが分配され、フェライト相、マルテンサイト相に固溶Nが均一に分散しにくくなるため、高い歪時効硬化が期待できないものと考えられている。しかし、本発明では、後述するように、焼鈍処理後、急速冷却を施すため、冷却中、オーステナイト中へのC、Nの濃化が抑制されることや、Nの析出量が少量に留まることから、(Ac1 変態点+20℃)以上の温度範囲であれば、二相域で焼鈍しても高い歪時効硬化特性が得られる。一方、焼鈍温度が(Ac3 変態点+50℃)を超えて高くなると、結晶粒が粗大化し伸びフランジ性、強度−延性バランス、歪時効硬化特性を劣化させるうえ、室温での耐時効性を低下させる。このため、焼鈍温度は(Ac1 変態点+20℃)〜(Ac3 変態点+50℃)の温度範囲で行うことが好ましい。なお、焼鈍温度への加熱速度は、フェライト+オーステナイト二相域通過時のオーステナイト中へのC,Nの濃化防止の観点から、1℃/s以上とすることが好ましく、延性確保の観点から50℃/s以下とすることが好ましい。
【0052】
焼鈍処理は、組織の微細化、固溶Nの確保の観点からできるだけ短い時間とすることが望ましいが、おおむね10s 程度以上の均熱が操業安定性の観点からも望ましい。また、組織の均一かつ微細化と、固溶N量の確保の観点からはおおむね120s以下とすることが望ましい。このような均一かつ微細な組織では、固溶Nの安定サイトと思われる粒界の面積が大幅に増加するため、常温での耐時効性向上にも有効であると思われる。
【0053】
上記した条件で加熱均熱する焼鈍処理を施した後、冷延板に冷却を施す。焼鈍処理後の冷却は、フェライト相やマルテンサイト相の相分率制御、組織の微細化、固溶Nの確保等の観点から重要である。本発明では、焼鈍温度からの冷却は、二段階冷却とする。第1段階の冷却では、焼鈍温度から(Ac1変態点+20℃)〜(Ac1変態点−100 ℃) の温度範囲の所定温度までの平均冷却速度が5〜50℃/sである冷却とする。第1段階の冷却に続く第2段階の冷却は、さらに(Ac1変態点+20℃)〜(Ac1変態点−100 ℃) の温度範囲の所定温度から100 ℃以下まで、少なくとも(Ac1変態点+20℃)〜(Ac1変態点−100 ℃) の温度範囲の所定温度から100 ℃の平均冷却速度が300 ℃/s以上である冷却とする。
【0054】
第1段階の冷却では、適正量のマルテンサイト相を生成させ適正な複合組織とするために、焼鈍温度から(Ac1変態点+20℃)〜(Ac1変態点−100 ℃) の温度範囲の所定温度までの平均冷却速度を5〜50℃/sに限定することが好ましい。平均冷却速度が5〜50℃/sの範囲を外れると、適正量のマルテンサイト相を確保することが困難となる。また、第1段階の冷却の冷却終了温度である前記所定温度を(Ac1変態点+20℃)を超えて高い温度とすると、適正な複合組織とすることができず、高い強度−延性バランスを得ることが困難となる。このため、第1段階の冷却の冷却終了温度の上限を(Ac1変態点+20℃)とすることが好ましい。また、第1段階の冷却の冷却終了温度である前記所定温度が(Ac1変態点−100 ℃) 未満となると、歪時効硬化特性が低下する。このため、第1段階の冷却の冷却終了温度の下限を(Ac1変態点−100 ℃) とすることが好ましい。なお、第1段階の冷却の冷却終了温度は上記した温度範囲内で適宜設定すればよい。。
【0055】
第2段階の冷却では、固溶Nの確保やマルテンサイト相の形態、量を適正なものとするために、第1段階の冷却終了後直ちに、100 ℃以下まで、 少なくとも第1段階の冷却終了温度から100 ℃までの平均冷却速度で300 ℃/s以上の急速冷却を施すことが好ましい。平均冷却速度が300 ℃/s未満では所定量以上の固溶Nを確保することができないうえ、焼戻し後に優れた伸びフランジ性を確保できなくなる。
【0056】
焼戻しは、焼戻温度:150 〜450 ℃とし、保持時間:60〜800sとすることが好ましい。本発明では焼戻し処理により、通常のマルテンサイト相より軟質な焼戻しマルテンサイトを適正量生成する。焼戻し温度が150 ℃未満では、適正量の軟質なマルテンサイト相(焼戻しマルテンサイト相)の形成が難しく、一方、450 ℃を超えると、マルテンサイト相が過度に減少し、引張強さ、延性が低下する。このため、焼戻し温度は150 〜450 ℃の範囲とすることが好ましい。
【0057】
また、焼戻しの保持時間は、上記した焼戻し効果の発現のためには、60s 以上とすることが好ましい。一方、800s超える長時間では、焼き戻しが進行しすぎて好ましくない。なお、この焼戻し処理は、本発明者らの検討によれば、焼鈍処理後の冷却を高速冷却とした場合に発生し易い常温での時効劣化(伸びの低下等)を抑制する効果も併せ持つ。
【0058】
なお、本発明では、上記した焼鈍工程後に、形状矯正、表面粗度等の調整のために、伸び率10%以下の調質圧延を加えてもよい。
なお、本発明の冷延鋼板は、加工用冷延鋼板としてのみならず、加工用表面処理鋼板の原板としても適用できる。加工用表面処理鋼板としては、亜鉛めっき鋼板(合金系を含む)以外に、錫めっき鋼板、ほうろう鋼板等が挙げられる。また、本発明の冷延鋼板には、亜鉛めっき後、化成処理性、溶接性、プレス成形性および耐食性等の改善のために特殊な処理を施してもよいことはいうまでもない。
【0059】
【実施例】
表1に示す組成の溶鋼を転炉で溶製し、連続鋳造法で鋼スラブとした。ついで、これら鋼スラブを表2に示す熱間圧延条件により、板厚4.0 mmの熱延板(熱延鋼帯ともいう)とした。引き続き、これら熱延鋼帯に酸洗、圧下率:70%の冷間圧延を施す冷延工程を施し、板厚1.2 mmの冷延板(冷延鋼帯ともいう)とした。
【0060】
ついで、これら冷延鋼帯に、連続焼鈍ラインにて表2に示す条件で、焼鈍工程を施した。得られた冷延鋼帯に、さらに伸び率:0.5 %の調質圧延を施した。
得られた冷延鋼帯から試験片を採取し、組織試験、引張試験、穴拡げ試験、歪時効硬化試験を実施し、引張特性、伸びフランジ性、歪時効硬化特性を評価した。試験方法はつぎのとおりとした。
(1)組織試験
得られた冷延鋼帯から試験片を採取し、圧延方向に直交する断面(C断面)について、光学顕微鏡あるいは走査型電子顕微鏡を用いて微視組織を撮像し、画像解析装置を用いて、主相としてのフェライト相と、第2相としてのマルテンサイト相、焼戻しマルテンサイト相と、副相等、組織の種類の同定を行い、それらの組織分率を求めた。なお、マルテンサイト相と焼戻しマルテンサイト相との判定は、走査型電子顕微鏡を用いて、 炭化物の析出の有無を観察し行なった。
(2)引張試験
得られた冷延鋼帯から、長軸を圧延方向に直交する方向としたJIS 5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241の規定に準拠して引張試験を行い、引張特性(降伏応力(YS)、引張強さ(TS)、伸び(El)、降伏比(YR))を求めた。
(3)穴拡げ試験
穴拡げ試験は、JFS T 1001の規定に準拠して、大きさ80mm×80mm×板厚1.2 mmの試験片を用い、初期穴径を10mm、ダイス内径を10.3mm、クリアランスを板厚の12.5%とする条件で行い、穴拡げ率λを求めた。
(4)歪時効硬化試験
歪時効硬化試験は、長軸を圧延方向に直交する方向としたJIS 5号引張試験片を用いて引張予歪を5%とする予変形を施し、塗装焼付け相当処理として、170 ℃×20min の熱処理を施したのち、引張試験を実施し、予変形−熱処理後の変形応力YSBH、引張強さTSBHを求め、BH量=YSBH−S5%、ΔTS=TSBH−TSを算出した。なお、S5%は、5%予変形したときの変形応力、TSは冷延鋼板の引張強さである。
【0061】
なお、固溶N量は、化学分析により得た全N量から定電位電解法により測定した析出N量を差し引いた値を用いた。
得られた結果を表3に示す。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
【表3】
【0065】
本発明例は、いずれも、440MPa以上の引張強さTSを有し、高い穴拡げ率λ、高い強度−延性バランスTS×El、高いBH量、および高いΔTSを示し、伸びフランジ性、強度−延性バランス、歪時効硬化特性に優れた高張力冷延鋼板となっている。これに対し、本発明範囲を外れる比較例では、伸びフランジ性、強度−延性バランス、歪時効硬化特性のいずれかが低い値となっている。
【0066】
【発明の効果】
以上のように、本発明によれば、440MPa以上の引張強さを有し、伸びフランジ性、強度−延性バランス、歪時効硬化特性が同時に優れ、自動車用部品として好適な高張力冷延鋼板を、安価にしかも安定して製造でき、産業上格段の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【図1】強度−延性バランスTS×Elと{12(C+N)+Mn-Si }との関係を示すグラフである。
【図2】穴拡げ率λと{12(C+N)+Mn-Si }との関係を示すグラフである。
【図3】BH量、ΔTSと{12(C+N)+Mn-Si }との関係を示すグラフである。
Claims (8)
- 質量%で、
C:0.01〜0.10%、 Si:0.01〜1.5 %、
Mn:0.1 〜2.0 %、 P:0.08%以下、
S:0.005 %以下、 Al:0.02%以下、
N:0.0050〜0.0250%
を含み、かつN/Alが0.3 以上であり、固溶状態のNを0.0030%以上含有し、さらにC、N、Mn、Siを下記 (1) 式が満足するように含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成と、面積率で50〜96%のフェライト相と、1〜30%のマルテンサイト相と3%以上の焼戻しマルテンサイト相とを含む複合組織と、を有することを特徴とする伸びフランジ性、強度−延性バランスおよび歪時効硬化特性に優れ、引張強さ440MPa以上を有する複合組織型高張力冷延鋼板。
記
0.1 ≦12(C+N)+Mn−Si≦1.5 ………(1)
ここで、C、N、Mn、Si:各元素の含有量(質量%) - 前記組成に加えてさらに、質量%で、CrおよびMoのうちの1種または2種を合計で2.0 %以下含有することを特徴とする請求項1に記載の複合組織型高張力冷延鋼板。
- 前記組成に加えてさらに、質量%で、CuおよびNiのうちの1種または2種を合計で2.0 %以下含有することを特徴とする請求項1または2に記載の複合組織型高張力冷延鋼板。
- 前記組成に加えてさらに、質量%で、Nb、Ti、V、Bのうちの1種または2種以上を下記(2)式を満足するように含有することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の複合組織型高張力冷延鋼板。
記
N/(Al+Nb+Ti+V+B)≧0.3 ………(2)
ここで、N、Al、Nb、Ti、V、B:各元素の含有量(質量%) - 質量%で
C:0.01〜0.10%、 Si:0.01〜1.5 %、
Mn:0.1 〜2.0 %、 P:0.08%以下、
S:0.005 %以下、 Al:0.02%以下、
N:0.0050〜0.0250%
を含み、かつN/Alが0.3 以上であり、さらに、C、N、Mn、Siを下記 (1) 式が満足するように含有し、残部 Fe および不可避的不純物からなる組成の鋼スラブを、加熱温度:1000℃以上に加熱したのち、粗圧延してシートバーとし、該シートバーに仕上圧延出側温度:800 ℃以上とする仕上圧延を施し、巻取温度:750 ℃以下で巻き取り熱延板とする熱間圧延工程と、前記熱延板に酸洗および冷間圧延を行い冷延板とする冷間圧延工程と、前記冷延板に(Ac1変態点+20℃)〜(Ac3変態点+50℃)の温度範囲の焼鈍温度に加熱し10〜120 s間保持する焼鈍処理を施した後、該焼鈍温度から(Ac1変態点+20℃)〜(Ac1変態点−100 ℃) の温度範囲の所定温度までの平均冷却速度が5〜50℃/sとなる冷却を施し、さらに100 ℃以下まで、少なくとも前記所定温度から100 ℃までの平均冷却速度が300 ℃/s以上となる冷却を施し、ついで、150 〜450 ℃の温度範囲で60〜800 s間焼戻しする焼鈍工程と、を順次施すことを特徴とする伸びフランジ性、強度−延性バランス、および歪時効硬化特性に優れ、引張強さ440MPa以上を有する複合組織型高張力冷延鋼板の製造方法。
記
0.1 ≦12(C+N)+Mn−Si≦1.5 ・・・(1)
ここで、C、N、Mn、Si:各元素の含有量(質量%) - 前記組成に加えてさらに、質量%で、CrおよびMoのうちの1種または2種を合計で2.0 %以下含有することを特徴とする請求項5に記載の複合組織型高張力冷延鋼板の製造方法。
- 前記組成に加えてさらに、質量%で、CuおよびNiのうちの1種または2種を合計で2.0 %以下含有することを特徴とする請求項5または6に記載の複合組織型高張力冷延鋼板の製造方法。
- 前記組成に加えてさらに、質量%で、Nb、Ti、V、Bのうちの1種または2種以上を下記(2)式を満足するように含有することを特徴とする請求項5ないし7のいずれかに記載の複合組織型高張力冷延鋼板の製造方法。
記
N/(Al+Nb+Ti+V+B)≧0.3 ………(2)
ここで、N、Al、Nb、Ti、V、B:各元素の含有量(質量%)
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