JP3857168B2 - Al−Mg−Si系合金板の製造方法 - Google Patents

Al−Mg−Si系合金板の製造方法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、自動車ボディパネル等の材料に好適な金属板で、一般にJIS6000系に属するAl−Mg−Si系合金板の製造方法に関するものであり、より詳細には、成形性(特に、張出し成形性)および表面性状に優れ、且つ焼付硬化性も良好なAl−Mg−Si系合金板の製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
自動車のボディパネル材には鋼板を使用することが多かったが、近年では車体を軽量化して燃費向上を図るためにアルミニウム合金板の適用が検討されている。そして、特に自動車のパネル構造体(例えば、自動車のフードやフェンダー,ドア,ルーフ,トランクリッドなど)のアウタパネル(外板)やインナパネル(内板)などには、薄肉で且つ高強度なものが要求される。
【0003】
アルミニウム合金板の強度を向上させたものとしては、Al−Mg−Si系合金(いわゆる6000系Al合金)が知られている。この合金は、MgとSiを含有させることで時効硬化能を高めているので、プレス成形や曲げ加工の際には低耐力で成形性が良好であるが、成形後に人工時効処理(例えば、焼付塗装処理など)を施すと耐力が向上し所望の強度を確保できる。
【0004】
また、6000系Al合金は、5000系Al合金などの他のAl合金に比べると合金元素量が比較的少ないので、リサイクル性にも優れている。すなわち、6000系Al合金材から出るスクラップを再度溶解して新たなAl合金板を鋳造したとしても、合金元素量が少ないので成分調整が容易だからである。
【0005】
ところで、Al合金板として成形性と共に高強度が要求されるときは、熱間圧延→中間焼鈍(「荒焼鈍」と呼ばれることもある)→冷間圧延→溶体化処理→成形→人工時効処理の工程を経て製造するのが一般的である。そして、前記中間焼鈍および溶体化処理では、結晶組織の調整や内部応力除去が行われて成形性が向上し、成形後に人工時効処理することで所望の強度を得ることができる。
【0006】
一方、自動車のボディパネル材としてアルミニウム合金板を適用するに際しては、成形性や合金材としての強度は勿論のこと低コスト化が求められる。低コスト化を実現する手段として、中間焼鈍工程の省略などが検討されているが、従来の中間焼鈍と溶体化処理を組み合わせた製造条件から中間焼鈍工程を単に省略したのでは、中間焼鈍による効果が得られないので、成形性が悪くなるという問題が生じていた。
【0007】
また、中間焼鈍を省くと合金元素の固溶が抑制されるので、成形後に人工時効処理を施したとしても、強度の向上が望めない。さらに、溶体化処理だけでは、結晶粒が粗大化して肌荒れが発生し表面性状が悪くなることがあった。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、この様な状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、製造コスト削減のため冷間圧延前の中間焼鈍工程を省略した場合でも、成形性(特に、張出し成形性)が良好で、且つ優れた表面性状を有し、さらに成形後の人工時効処理時における焼付硬化性も良好で高強度の要求も満たすAl−Mg−Si系合金板の製造方法を提供することにある。
【0009】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成することのできた本発明に係るAl−Ng−Si系合金板の製造方法とは、Mg:0.1〜3%(「質量%」の意味。以下同じ)およびSi:0.1〜2.5%を含有するAl合金板を製造するに際し、熱間圧延後の析出物の平均粒径dを0.5μm以上とし、これを中間焼鈍せずに冷間圧延した後、500℃以上の温度域で下記(1)式を満たす条件で溶体化処理する点に要旨を有するものである。
P≧0.0024d−0.0004 ・・・(1)
但し、P=∫[D(T(t))]1/2dtである。
[式中、
D(T(t))=0.9exp[−15395/T(t)]
であり、T(t)は500℃以上に保持されている時間t(秒)における温度T(絶対温度)の関数である。]。
【0010】
本発明では、冷間圧延後、溶体化処理温度への加熱に際し、少なくとも500℃までの平均加熱速度を300℃/min以上とすることが望ましい。さらに、溶体化処理後の冷却プロセスでは、少なくとも500℃から200℃までの平均冷却速度を100℃/min以上とすることが好ましい。
【0011】
本発明で用いる上記Al−Mg−Si系合金には、他の合金成分として、
<1>Fe:0.5%以下(0%含まない)、Mn:1.0%以下(0%含まない)、Cr:0.3%以下(0%含まない)、Zr:0.3%以下(0%含まない)、およびTi:0.1%以下(0%含まない)から選ばれる少なくとも1種を含有させる、
<2>Cu:1.5%以下(0%含まない)および/またはZn:1.0%以下(0%含まない)を含有させる、
ことは何れも好ましい態様である。
【0012】
【発明の実施の形態】
Al合金板に中間焼鈍や溶体化処理を施すことによって結晶組織の調整や内部応力の除去ができる理由は、Al合金板を加熱することで再結晶が促進されて結晶粒が微細化すると共に、熱間圧延時に合金中に生成した析出物がマトリックスへ再固溶するからである。従って、従来の製造条件から中間焼鈍工程を省いて溶体化処理だけを行うと、製造に要するコストは削減できるものの、中間焼鈍による効果が得られないので、成形性および表面性状が劣悪となる。
【0013】
ところが、本発明者らが、Al−Mg−Si系合金板の製造工程から中間焼鈍の省略を可能にすべく種々検討を重ねた結果、熱間圧延後における析出物のサイズと溶体化処理条件を適切に制御すれば、目的が見事達成できることを見出し、本発明を完成した。以下、本発明の作用効果について説明する。
【0014】
本発明のAl合金板は、Mg:0.1〜3%およびSi:0.1〜2.5%含有するものであり、この様な範囲に規定した理由は下記の通りである。
【0015】
Mgは、Siと共に含有させることによってG.P.ゾーンと称されるMg2Si組成の集合体(クラスター)又は中間相を形成し、人工時効処理(以下、「ベーキング処理」または「焼付塗装処理」と称する場合がある)による高強度化に寄与する元素である。また、Mgは強度の向上にも寄与する固溶強化元素である。この様な効果を得るには、0.1%以上含有させる必要があり、好ましくは0.4%以上である。但し、過剰に含有させると、前記集合体や中間相が多く生成してベーキング処理時にかえって強度が劣化するので、3%以下、好ましくは1.5%以下とすべきである。
【0016】
Siは、Mgと共に含有させることによって、ベーキング処理による高強度化に寄与する元素である。この様な効果を得るには、0.1%以上含有させる必要があり、好ましくは0.4%以上である。但し、過剰に含有させるとベーキング処理時にかえって強度が劣化するので、含有量は2.5%以下、好ましくは1.5%以下とすべきである。
【0017】
合金成分としてMgおよびSiを上記範囲で含有するAl合金板を、公知の方法(例えば、DC鋳造法や薄板連鋳など)で鋳造した後、熱間圧延すれば良いが、本発明では、熱間圧延後の合金板に含まれる析出物のサイズが重要になる。
【0018】
すなわち、Al合金を熱間圧延すると、合金元素が析出して析出物を生成するが、この析出物を形成している元素は、後の溶体化処理工程で母相中へ拡散してマトリックスに固溶する。そして、析出物のサイズが小さいほど析出物を構成している元素は溶体化処理工程で母相中へ拡散しやすくなるので、固溶が促進されて、後の人工時効処理で強度を向上させることができる。よって、中間焼鈍の工程を省くのであれば、熱間圧延後の合金中に生成する析出物の大きさを極力小さくする方が良い。
【0019】
しかし、本発明者らが検討したところ、Al合金板を熱間圧延した後の合金中に生成する析出物が小さ過ぎると、溶体化処理工程時の再結晶過程で析出物によるピン止めや再結晶遅延による回復の進行、さらには再結晶の駆動力低下によって母相の結晶粒が粗大化することが分かった。そして、結晶粒が粗大化すると、表面性状が悪化して肌荒れの原因となるのである。この様な観点から、本発明では、熱間圧延後の析出物の平均粒径を0.5μm以上とする必要がある。好ましくは1.0μm以上である。なお、析出物の平均粒径の上限は特に限定されないが、後述する様に析出物が溶体化処理工程で充分に固溶し得るサイズであれば良い。
【0020】
本発明において、「析出物」とは、各種合金元素を含むものであればその種類は特に限定されず、例えば、合金元素としてMgおよびSiを含有するAl合金であれば、Mg単独の析出物およびSi単独の析出物はもとより、MgとSiの複合化合物も含まれる意味である。
【0021】
また、本発明において「粒径」とは、組織写真を画像解析して求めた円相当直径を意味し、合金の表面または断面を走査型電子顕微鏡(SEM)や透過型電子顕微鏡(TEM)などで観察して測定すれば良い。このとき観察倍率は10000倍とし、析出物の観察個数を1000個以上として測定された粒径の平均を算出すれば良い。
【0022】
析出物の平均粒径を測定する時期は、熱間圧延後で室温まで冷却していれば特に限定されず、熱間圧延した後に冷間圧延し、この冷間圧延後に測定しても良い。この理由は、冷間圧延を施したとしても、析出物の平均粒径は殆ど変化しないことを本発明者らは確認しているからである。
【0023】
熱間圧延の条件は特に限定されず、公知の条件(例えば、温度範囲が550〜300℃程度)で圧延すれば良い。また、熱間圧延後に仕上げ圧延をしても良いが、その条件も特に限定されず、例えば、500〜250℃程度の温度範囲とすれば良い。
【0024】
本発明では、熱間圧延したAl合金板を、中間焼鈍せずに冷間圧延する。この理由は、中間焼鈍を省くことによって製造コストを格段に削減できるからである。なお、冷間圧延の条件は特に限定されず、公知の条件(例えば、冷延率が40〜90%程度)で圧延すれば良い。
【0025】
次に、冷間圧延したAl合金板を溶体化処理するが、本発明ではこの処理条件が重要である。合金板に含まれる析出物は、溶体化処理の工程において母相へ拡散して固溶するが、析出物の拡散が不充分であれば固溶を促進できないので、成形後に人工時効処理しても所望の強度を得ることができないからである。しかし、溶体化処理の条件は複雑であり、例えば、加熱速度や最高到達温度、保持時間、冷却速度などの条件を夫々厳密に規定する必要があるが、これらの条件は互いに影響を受けているので一概には処理条件を導き出すことができない。そこで、本発明者らが溶体化処理の条件についてさらに検討したところ、500℃以上の温度域で下記(1)式を満足する様に溶体化処理すれば良いことを見出した。
P≧0.0024d−0.0004 ・・・(1)
【0026】
上記(1)式中のPは、下記(2)式で与えられる値であり、本発明では「固溶促進パラメータP」と称する場合がある。
P=∫[D(T(t))]1/2dt ・・・(2)
ここで、上記(1)式中のdは、熱間圧延後の析出物の平均粒径(μm)であり、上記(2)式中のD(T(t))は、
D(T(t))=0.9exp[−15395/T(t)] ・・・(3)
である。上記(3)式中のT(t)は、500℃以上に保持されている時間t(秒)における温度T(絶対温度)の関数である。この様に溶体化処理条件を規定した理由は、下記の通りである。
【0027】
合金板中の析出物は、溶体化処理時に母相へ拡散していくが、このとき析出物を構成している元素のうち最表面に位置している原子から母相へ拡散すると考えられる。そして、析出物を充分に拡散・固溶させるには、析出物を構成している原子の拡散速度が重要となり、拡散速度が大きくなるほど原子の拡散距離が長くなる。また、原子が拡散する際には、溶体化処理温度も重要であり、処理温度が高いほど原子の拡散速度が大きくなるので、拡散距離も長くなる。さらに、原子の拡散は、溶体化処理に要する時間にも影響を受け、溶体化処理を行う温度での保持時間が長ければ原子の拡散距離は長くなる。よって、原子の拡散係数は一般的に下記(4)式で示されるので、この式にD0=0.9、Q=128kJ/mol、R=8.314J/mol・Kを代入すると上記(3)式を得ることができる。
D(T)=D0exp[−Q/RT] ・・・(4)
【0028】
但し,D0はSi原子の拡散に関する定数項であり、QはSi原子が拡散する際に要する活性化エネルギー、Rは気体定数である。また、上記(3)式では、溶体化処理を500℃以上の温度域で行うので、T(t)は500℃以上に保持されている時間をt(秒)における温度T(絶対温度)の関数で示した。
【0029】
なお、溶体化処理を500℃以上の温度域で行う理由は、原子が拡散し易くなる温度が500℃以上だからである。また、Si原子が拡散する際に要する活性化エネルギーのみに注目してQ=128kJ/molとした理由は、SiとMgの拡散速度には顕著な差がないからであり、またSiおよびMg以外の元素は無視できるからである。
【0030】
この様にして得られた上記(3)式の平方根を積分することによって、溶体化処理工程における原子の拡散距離(固溶促進パラメータP)を算出することができる。そして、固溶促進パラメータPが、上記(1)式を満足すれば、溶体化処理工程において析出物を構成している元素が充分に拡散するので、固溶が促進されて成形性が向上するのである。つまり、熱間圧延後の析出物の平均粒径dに基づいて上記(1)式の右辺の値(0.0024d−0.0004)を算出し、固溶促進パラメータPがこの値以上となる条件で溶体化処理すれば、適当な大きさの析出物が充分に拡散・固溶するので、結晶粒径が粗大化せず表面性状も良好となる。
【0031】
なお、上記(1)式における0.0024および0.0004の値は実験により得られたものである。
【0032】
熱間圧延後の析出物の大きさは、成分組成や熱間圧延条件によって大きく影響を受けるが、平均粒径を0.5μm以上にするには、例えば、熱間圧延の終了温度を制御すれば良い。具体的には、熱間圧延の終了温度を300℃以上にすると析出物の平均粒径を0.5μm以上にすることができる。より好ましくは熱間圧延の終了温度を350℃以上とするのが望ましい。一方、熱間圧延の終了温度の上限は特に限定されないが、一般的な設備制約から上限は500℃程度である。
【0033】
本発明では、冷間圧延後、溶体化処理温度への加熱に際し、少なくとも500℃までの平均加熱速度を300℃/min以上とするのが好ましい。この理由は、加熱速度が大きいほど再固溶温度域の高温側で再結晶が起こるからである。一方、微細な析出物があると結晶粒が粗大化する傾向にある。従って、平均加熱速度を300℃/min以上とすることで再結晶を阻害し、微細な析出物が再固溶する温度域で再結晶させることにより再結晶粒の微細化が図れるのである。
【0034】
ここで、「平均加熱速度」とは、室温から少なくとも500℃までの範囲を加熱する際における加熱速度を平均したものを指す。すなわち、室温から少なくとも500℃までの温度範囲を300℃/min以上の一定の速度で加熱しても良いし、室温から少なくとも500℃までの温度範囲において加熱速度を適宜変化させ、その加熱速度の平均が上記要件を満足してもよい。
【0035】
但し、「少なくとも」としたのは、室温から溶体化処理到達温度までの範囲も含めた加熱速度を平均したときに上記要件を満足しても良いからである。つまり、本発明において500℃以上の温度域における加熱速度は、上記固溶促進パラメータPで規定されるけれども、室温から前記溶体化処理到達温度までの範囲を上記要件を満足する様に昇温することも本発明の範囲に含まれる意味である。
【0036】
尚、平均加熱速度の上限は特に限定されないが、一般的な設備制約から2000℃/min程度である。
【0037】
本発明では、溶体化処理後の冷却プロセスにおいて、少なくとも500℃から200℃までの平均冷却速度を100℃/min以上とすることも好ましい。この温度範囲での冷却速度が100℃/min未満では、冷却中にMgやSi等の析出物が粒界へ出る様になるため固溶量が低下し、人工時効硬化特性等が劣化することがあるからである。
【0038】
本発明で使用するAl合金は、MgおよびSiを含み、残部はAlと不可避不純物であるが、合金成分として、更にFe:0.5%以下(0%を含まない)、Mn:1.0%以下(0%を含まない)、Cr:0.3%以下(0%を含まない)、Zr:0.3%以下(0%を含まない)、およびTi:0.1%以下(0%を含まない)から選ばれる少なくとも1種を含有させることも有効である。
【0039】
これらの元素は、Al−Mg−Si系合金を製造する際に、結晶粒を微細化する作用を有し、特にFeは、Fe系晶出物[α−AlFeSi、β−AlFeSi、Al6Fe、Al6(Fe,Mn)、Al12(Fe,Mn)3Cu12、Al7Cu2Fe等]を形成して結晶粒を微細化する。従ってこれらの元素の1種以上を添加すれば、表面性状を改善できる。また、結晶粒が微細化することで粒界破壊も起こし難くなり、成形性も向上する。さらに、これらの元素は均質化処理の間や熱間圧延中に析出物を多く生成するので、溶体化処理時の固溶強化も増進できる。しかし、上限値を超えて各元素を含有させると、Alとこれらの元素との間で粗大な化合物が生成して破壊の起点となり、却って成形性を悪化させるため、上記上限値以下に抑えることが望ましい。より望ましい添加量は、Feが0.3%以下、Mnが0.5%以下、Crが0.2%以下、Zrが0.2%以下、Tiが0.05%以下である。尚、これらの元素は合計量では0.05%以上、2.0%以下とすることが望ましい。
【0040】
尚、本発明においては、資源の有効利用や低コスト化の観点から、Alスクラップ材を原料として合金を製造してもよく、この場合Feは不可避的に多量に含まれるが、上記範囲に抑制することによって本発明の効果を享受できる。
【0041】
また、本発明では、合金成分として、更にCu:1.5%以下(0%を含まない)およびZn:1.0%以下(0%を含まない)から選ばれる少なくとも1種を含有させることもできる。
【0042】
Cu及びZnは、ベーキング時の時効硬化速度を向上させる元素であるが、過剰に含有させると粗大な化合物を形成して成形性を劣化させるので、上記範囲に抑制するのが望ましい。より好ましくは、Cuを1.0%以下、Znを0.6%以下にするのが望ましい。また、これらの元素を両方含有させるときは、合計量で2.0%以下とするのが好ましく、より好ましくは1.6%以下とするのが良い。
【0043】
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0044】
【実施例】
表1に示す組成のAl−Mg−Si系合金をDC鋳造し、熱間圧延終了後、中間焼鈍せずに冷間圧延して厚みが1mmの板材を得た。熱間圧延終了温度(℃)を表2に示す。
【0045】
得られた板材を溶体化処理した後、常温で2ヶ月間人工時効処理して厚みが1mmの試験材(T4材)を得た。溶体化処理条件は、表2に示す様に、室温から到達温度(℃)まで表2に示す加熱速度(℃/min)で昇温し、該到達温度で一定時間(sec)保持した後、表2に示す冷却速度(℃/min)で室温まで降温した。
【0046】
熱間圧延後の析出物の平均粒径は、下記に示す様に測定した。
【0047】
[析出物の平均粒径の測定方法]
熱間圧延後から冷間圧延前の段階における板材から観察用サンプルを採取し、透過型電子顕微鏡(TEM)(日立製作所製、商品名「H−800」)でサンプル表面を観察して析出物の平均粒径を求めた。観察用サンプルは、圧延方向に対して平行な部分から採取したものを用いた。観察倍率は10000倍とし、観察視野を10箇所以上として、画像解析により析出物粒子の平均粒径を求めた。尚、析出物とは、MgまたはSiの少なくとも一方を含有しているものを指す。
【0048】
得られた析出物の平均粒径をd(μm)とし、上記(1)式の右辺の値(0.0024d−0.0004)を算出した。結果を表2に「右辺の値」として示す。
【0049】
次に、前記(2)〜(3)式を用いて溶体化処理条件からP値を算出する方法を、表2のNo.1の場合を取り上げて説明する。
【0050】
[P値の算出方法]
表2のNo.1に示す溶体化処理条件を、模式的に示すと図1の様になる。図中X軸は時間t(sec)で、Y軸は温度T(℃)である。
【0051】
図中▲1▼の直線は、冷間圧延後の板材を、室温(20℃)から到達温度(550℃)まで加熱速度350℃/min(=5.83℃/sec)で加熱する工程を示しており、下記▲1▼式で表される。なお、下記▲1▼〜▲3▼式では、温度を絶対温度で示している。
T=5.83t+293 (但し、0≦t≦91) ・・・▲1▼
図中▲2▼の直線は、到達温度550℃で45秒間保持する工程を示しており、下記▲2▼式で表される。
T=823 (但し、91≦t≦136) ・・・▲2▼
図中▲3▼の直線は、550℃から冷却速度200℃/min(=3.33℃/sec)で室温(20℃)まで冷却する工程を示しており、下記▲3▼式で表される。
T=−3.33t+1276 (但し、136≦t≦295) ・・・▲3▼
上記▲1▼〜▲3▼式を、上記(3)式に代入し、D(T(t))の平方根を積分すると、P値が得られる。つまり、
F(t)=[D(T(t))]1/2
と置き、時間t(sec)に対してプロットすると、図2の様になり、X軸と関数F(t)で囲まれた部分の面積(図中の斜線部)を求めると、原子が拡散した総距離となる。この様にして得られたP値を表2に示す。
【0052】
【表1】
Figure 0003857168
【0053】
【表2】
Figure 0003857168
【0054】
合金板の成形性は、張出し成形試験の成形限界割れ高さ(LDH)で評価し、表面性状は試験材の結晶粒径で評価した。また、焼付硬化性は人工時効処理後の耐力で評価した。評価方法は下記の通りである。
【0055】
[張出し成形試験]
溶体化処理後の試験材(厚みが1mm)を、長さ180mm,幅110mmに採寸し、粘性油(潤滑油)(商品名「R303P」)を塗布後、101.6mmφの球頭張出しジグ(治具)を用いて、張出し速度4mm/sec、しわ押え圧200kNで張出し成形試験を行い、成形限界割れ高さ(LDH)を測定した。尚、成形限界割れ高さが大きい程、張出し成形性に優れていることを意味し、要求される張出し成形性を満足するためには27.5mm以上であればよい。
【0056】
[試験材の結晶粒径]
結晶粒径の測定はクロスカット法で行った。試験材表面を光学顕微鏡を用いて100倍で撮影し、結晶粒を100個以上カットして求めた長さを平均したものを試験材の結晶粒径とした。結晶粒径が50μm以下であれば、表面性状は良好である。
【0057】
[人工時効処理後の耐力]
溶体化処理後の試験材からJIS5号試験片を切り出し、2%の歪を予め付与してから170℃×20分の人工時効処理を施した。処理後に引張試験を行い、得られた耐力の値で焼付硬化性[ベークハード(BH)性]を評価した。耐力が190MPa以上であれば、焼付硬化性は良好である。
【0058】
成形限界割れ高さ(mm)、試験材の結晶粒径(μm)および人工時効処理後の耐力(MPa)を測定した結果を表3に示す。
【0059】
【表3】
Figure 0003857168
【0060】
表2および表3から次の様に考察できる。
【0061】
No.1〜12は、本発明の要件を満足する本発明例であり、中間焼鈍を省略しても、得られた合金板は成形性が良好であり、且つ表面性状にも優れている。また、本発明の合金板は、焼付硬化性にも優れていることが分かる。
【0062】
一方、No.13〜16およびNo.18〜19は、本発明のいずれかの要件を満足しない比較例であり、中間焼鈍を省いているので、特に成形性に劣る。なお、No.17は参考例であり、合金成分が本発明の範囲から外れると共に、冷間圧延後の溶体化処理温度への加熱速度が本発明の範囲から外れるので、中間焼鈍を省くことによって成形性が劣化している。
【0063】
【発明の効果】
上記のような構成を採用すると、冷間圧延前の中間焼鈍工程を省いても成形性(特に、張出し成形性)が良好で、且つ表面性状が良好なAl−Mg−Si系合金板の製造方法を提供することができた。また、本発明の合金板は、成形後に人工時効処理を施したときの焼付硬化性にも優れている。従って、本発明では中間焼鈍工程を省くことができるので、製造コストを大幅に削減することができた。
【図面の簡単な説明】
【図1】 溶体化処理条件を模式的に示した図である。
【図2】 P値の算出方法を説明するための図である。

Claims (3)

  1. Mg:0.1〜3%(「質量%」の意味。以下同じ)および
    Si:0.1〜2.5%と、
    下記(a)および/または(b)に示す元素を含有し、
    残部がAlおよび不可避不純物からなるAl合金板を製造するに際し、
    熱間圧延後の析出物の平均粒径dを0.5μm以上とし、
    これを中間焼鈍せずに冷間圧延した後、
    500℃以上の温度域で下記(1)式を満たす条件で溶体化処理することを特徴とする成形性および表面性状に優れたAl−Mg−Si系合金板の製造方法。
    (a) Fe:0.5%以下(0%含まない)、Mn:1.0%以下(0%含まない)、Cr:0.3%以下(0%含まない)、Zr:0.3%以下(0%含まない)、およびTi:0.1%以下(0%含まない)から選ばれる少なくとも1種の元素
    (b) Cu:1.5%以下(0%含まない)および/またはZn:1.0%以下(0%含まない)
    P≧0.0024d0.0004 ・・・(1)
    但し、P=∫[D(T(t))]1/2dtである。
    [式中、
    D(T(t))=0.9exp[−15395/T(t)]
    である。
    上記T(t)は、500℃以上到達温度まで加熱し、到達温度にて保持した後、500℃以下まで冷却したときの経過時間に対する温度変化を示す関数のうち、500℃以上に保持されている時間t(秒)における温度T(絶対温度)の関数である。
    上記(1)式の積分開始点は、加熱を開始して500℃になった時点の経過時間t (秒)であり、積分終了点は、上記到達温度にて保持した後、500℃以下まで冷却したときにおける500℃になった時点の経過時間t (秒)である。
  2. 冷間圧延後、溶体化処理温度への加熱に際し、少なくとも500℃までの平均加熱速度を300℃/min以上とする請求項1に記載の製造方法。
  3. 溶体化処理後、冷却プロセスにおける少なくとも500℃から200℃までの平均冷却速度を100℃/min以上とする請求項1または2に記載の製造方法。
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