JP3808130B2 - グルタミン酸拮抗剤及び神経細胞死予防剤 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、グルタミン酸に起因する脳障害、例えば脳梗塞や脳出血などの脳卒中、脳手術や脳損傷に伴う脳虚血の治療及び予防に有効なグルタミン酸拮抗剤及び神経細胞死予防剤に関する。
【0002】
【従来の技術と発明が解決しようとする課題】
グルタミン酸は、通常は脳神経細胞において興奮性神経伝達物質としてグルタミン酸受容体に作用し記憶や学習に関与する反面、過剰に存在した場合には神経細胞の過剰な興奮をもたらし神経細胞に対する毒性を発揮することが知られている。例えば、脳卒中に代表される脳虚血時には、死んだ神経細胞から多量のグルタミン酸が流出し、グルタミン酸の毒性によって周囲の神経細胞が連鎖的に死んでしまうことが確認されている。
【0003】
このグルタミン酸の毒性を軽減し得るグルタミン酸拮抗剤として従来は、クモの毒成分から抽出した物質(特公平7−94419号など)や、新規なポリアミン化合物(特開平2−256656号など)をグルタミン酸受容体遮断剤として用いる発明が開示されている。また、亜セレン及び亜セレンの塩をグルタミン酸拮抗剤として用いる発明も開示されている(特開平4−247033号など)。
【0004】
一方、本発明者らは、特願平6−212673号において、神経細胞内のCa2+濃度を上昇させることによって神経細胞の長期増強現象を含むシナプスの可塑性を増加させ、もって神経細胞乃至回路網の可塑的変化をもたらすことができる脳機能改善剤として、テアニンを有効成分とする脳機能改善剤を提案した。
【0005】
本発明は、上記のテアニンについて更に研究を進めた結果なしたものであり、一次的又は継続的な脳虚血などにより脳内グルタミン酸の著しい上昇が生じた際のグルタミン酸の毒性を有効に抑制することができる新たなグルタミン酸拮抗剤、及びグルタミン酸の毒性を抑制するためにグルタミン酸受容体を遮断することができる神経細胞死予防剤を提供せんとするものである。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明者らがテアニンについて鋭意研究した結果、テアニンには、グルタミン酸受容体、特にNMDA型グルタミン酸受容体に結合してグルタミン酸の結合を遮断し、さらには神経細胞死、特に遅発性神経細胞死を予防する効果があることを見い出し、本発明に到達したものである。
【0007】
すなわち、本発明は、テアニンを有効成分として含有する神経細胞死予防剤、特に遅発性神経細胞死の予防剤を提供する。
【0008】
ここで、本発明におけるテアニンとは、L−グルタミン酸−γ−エチルアミド、又はL−グルタミン酸−γ−エチルアミド及びこの誘導体の混合物をいう。
L−グルタミン酸−γ−エチルアミドの誘導体は、例えば
【0009】
【化1】
【0010】
【化2】
【0011】
などである。
テアニンは、グルタミンによく似た構造を有するアミノ酸であるが、他のアミノ酸が血液脳関門をほとんど通過しないのに対し、テアニンは血液脳関門を通過しやすく、さらに腸管吸収率も高いことが知られている。これは、テアニンが構造内にエチル基を有しており脂溶性であるからであると考えられる。
また、テアニンは現在食品添加物として認可され、日常的に摂取されている物質であるから副作用が少ないことが期待できる。
【0012】
このテアニンは、既に公知となっている各種方法によって入手することが可能である。すなわち、植物又は微生物などの培養法により生合成することも、茶葉中から抽出することも、或いは化学合成することもできる。例えば、工業的に入手するには、L−グルタミン酸を加熱して得られるL−ピロリドンカルボン酸を銅塩とした後、無水エチルアミンと反応させて、最後に脱銅して得ることもできる。
【0013】
本発明のグルタミン酸拮抗剤及び神経細胞死予防剤は、例えば、テアニンをそのまま精製水又は生理食塩水などに溶解して投与することもでき、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、安定剤、矯味矯臭剤などを添加し、周知の方法で、例えば錠剤、カプセル剤、か粒剤、散剤、シロップ剤、ドリンク剤又は注射剤に成形して投与すればよい。
また、投与形態としては、テアニンが血液脳関門を通過しやすいことから、経口的に投与しても、非経口的に投与しても有効であるが、テアニンは腸管吸収率も高いことから、特に経口的に投与した場合には、他のアミノ酸を有効成分とする経口投与剤に比べて顕著な効果を奏することが期待できる。
【0014】
投与量は、特願平7−256615号の実験1の結果より、静脈注射した場合には、体重1kgに対して0.174mgのテアニンを投与すれば脳内に吸収され有効に作用することが認められていることから、本発明においても、注射剤として投与する場合には体重1kgに対して0.174mgのテアニンを投与すれば脳内に吸収されグルタミン拮抗作用及びグルタミン受容体遮断作用を示すものと考えられる。
【0015】
【実施例】
(実施例1)
本実施例では、ラット大脳皮質初代培養神経細胞にテアニンを単回投与し、蛍光性のCa2+感受性色素であるfura−2を用いて当該細胞内Ca2+濃度の経時変化を測定することにより、神経細胞内のグルタミン酸受容体、特にNMDA型受容体に対するテアニンの作用を検討した。
【0016】
〔ラット大脳皮質細胞の培養〕
妊娠18日目のラットから胎児を取り出し、この胎児の脳を開けて大脳皮質部位を切り出し、切り出した大脳皮質部位(切片)から海馬体と中脳を除去した。得られた切片をメスでよく刻み、遠沈管に移してDMEM培養液(DMEM:Dulbecco's Modified Eagle Medium1.34%、NaHCO3 0.12%、Penicillin5000U/l、Streptomycin0.001%、Pyruvate0.01%、使用時に5%牛新生児血清および5%非働化馬血清を加える。)5mlを加えて1〜2分間静置した。ついで上清を除去してパパイン酵素溶液を5ml加え37℃で5分ごとに振盪しながら15分間インキュベートした。これを二度繰り返した後、上清を除去して血清入りDMEM培養液5mlを加えてピペッティングし、細胞を分散させた。そして、滅菌済レンズペーパーフィルターを通して別の遠沈管に移し、1000rpmで5分間遠心分離した。上清を除去して再度血清入りDMEM培養液5mlを加えた。
【0017】
次に、0.5%トリパンブルー溶液にて染色し、血球計算板にて計数した。また、8穴のシリコン樹脂製の枠の底にカバーガラスをはりつけてプレートとし、プレートの各穴(以下、この穴をウェルという。)の中をポリエチレンイミンにてコーティングしておき(1ウェルあたりの内径は縦×横=8×11mm)、上記の単離した細胞をこのプレートの各ウェル内に一定濃度まき数日毎に培養液を交換しながら培養した。
【0018】
〔テアニン投与〕
培養15日目で培養細胞の培地をMg2+0.8mM含む緩衝液に換えた後、先ず、培養細胞の培地0.8mMMg2+を含むBSS溶液(NaCl130mM,KCl5.4mM,CaCl2 1.8mM,Glucose 5.5mM及びHEPES 20mMをNaOHでPH7.4に調製した。)に換え、細胞内にfura−2を取り込ませ、1986年にKudoらの開発した細胞内Ca2+濃度多点同時観察装置を用いて細胞内Ca2+濃度の経時変化を測定した。次に、当該fura−2を取り込ませた培養細胞にテアニン(市販品;純度99%)を800μM添加して、神経細胞内Ca2+濃度変動を測定した。他方、当該fura−2を取り込ませた培養細胞にNMDA型受容体の特異的な阻害剤として知られているD−APVを50μM添加して予めNMDA型受容体に結合させた後、テアニンを800μM添加して神経細胞内Ca2+濃度の経時変化を測定した。その後さらに、神経細胞内から添加したD−APV及びテアニンを一旦除去した後、再度テアニンを800μM添加して神経細胞内Ca2+濃度変動を測定した。
これらの測定結果を図1及び図2に示した。
【0019】
〔結果〕
先ず、培養細胞に何も添加しない培地だけの状態では、細胞内Ca2+濃度に変化は見られなかった(図1)。テアニンを800μM添加すると、大きな一過性の細胞内Ca2+濃度の上昇が見られた(図2)。しかし、予めD−APVを添加してNMDA型受容体に結合させた後にテアニンを添加すると、図1とほぼ同様の結果となり細胞内Ca2+濃度の上昇は認められなかった。さらに、神経細胞内からD−APV及びテアニンを一旦除去した後、再度テアニンを添加すると、図2と同様の結果となり細胞内Ca2+濃度の上昇が認められた。
これより、テアニンは、神経細胞内のグルタミン酸受容体、ことにNMDA型受容体と可逆的に結合して細胞内Ca2+濃度の上昇を引き起こし、シナプスの可塑的変化をもたらし、記憶や学習に効果的に作用し得ることが判明した。
【0020】
(実施例2)
本実施例では、ラット大脳皮質初代培養神経細胞にグルタミン酸又はグルタミン酸とテアニンの混和液を曝露し、曝露から所定時間経過後の細胞内Ca2+濃度変動を測定することにより、グルタミン酸の毒性に対するテアニンの拮抗作用を検討した。
【0021】
〔ラット大脳皮質細胞の培養〕
上記実施例1と同様に行った。
【0022】
〔グルタミン酸及びテアニンの曝露〕
培養15日目の上記培養細胞にグルタミン酸200μM、グルタミン酸200μM+テアニン(市販品;純度99%)20μM、グルタミン酸200μM+テアニン100μM、またはグルタミン酸200μM+テアニン1mMにそれぞれ調製した水溶液を曝露し、曝露開始後16時間経過した神経細胞を一旦塩溶液で洗浄した後、再び塩溶液で満たし、それぞれの細胞内にfura−2を取り込ませて当該細胞内Ca2+濃度を測定した。また、無処理の神経細胞を用意し(以下、この無処理ものをコントールという。)、これについても同様に当該細胞内Ca2+濃度を測定した。
神経細胞内のCa2+濃度変動は、上記実施例1と同様に、1986年にKudoらの開発した細胞内Ca2+濃度多点同時観察装置を用いて測定し、この結果を以下の表1に示した。
【0023】
【表1】
【0024】
〔結果〕
コントロールでは全ウエルにおいて細胞内Ca2+濃度変動が見られたが、グルタミン酸のみを投与した場合には半分のウエルにしか細胞内Ca2+濃度変動が見られなかった。一方、グルタミン酸とテアニンとを同時に投与すると、グルタミン酸単独投与に比して多くのウエルで細胞内Ca2+濃度変動が見られ、特にグルタミン酸200μMに対してテアニン100μMとなるように調製した混和液を投与した場合には9割弱のウエルにおいて細胞内Ca2+濃度変動が見られた。
これより、テアニンにはグルタミン酸の毒性を抑制する作用があることが判明した。
【0025】
(実施例3)
本実施例では、ラット大脳皮質初代培養神経細胞にグルタミン酸、グルタミン酸とテアニンの混和液をそれぞれ一定時間曝露した後、当該神経細胞からグルタミン酸を取り除き、その後の細胞内Ca2+濃度変動を経時的に測定することにより、グルタミン酸の毒性がもたらす遅発性神経細胞死に対するテアニンの拮抗作用を検討した。
【0026】
〔ラット大脳皮質細胞の培養〕
上記実施例1と同様に行った。
【0027】
〔グルタミン酸及びテアニンの曝露〕
培養7日目の大脳皮質細胞の培養液を、無添加、グルタミン酸100μM、グルタミン酸100μM+テアニン(市販品;純度99%)100μM、またはグルタミン酸100μM+テアニン1000μMの4系列を設定して1時間曝露した。曝露後それぞれの培養液で2回洗浄した後、再び培養液に戻し、その後それぞれについて当該細胞内Ca2+濃度を経時的に測定すると共に、曝露後1週間経過後にそれぞれの培養神経細胞を免疫組織化学的に染色しその状態を観察した。
【0028】
〔神経細胞内Ca2+濃度変動の測定〕
上記実施例1と同様、培養細胞の培地を塩溶液に換え、細胞内にfura−2を取り込ませ、1986年にKudoらの開発した細胞内Ca2+濃度多点同時観察装置を用いて、神経細胞の細胞内Ca2+濃度変動を測定した。この結果を、以下の表2に示した。
なお、表2における単位は×10-2Hz。
【0029】
【表2】
【0030】
〔神経細胞の免疫組織化学的染色〕
培養細胞を4%パラフォルムアルデヒドにて固定後、メタノール酢酸溶液処理して細胞膜を破壊し、非特異的結合部位を4%BSAにてマスキングした。
これにまず希釈した一次抗体を加え37℃で1〜2時間インキュベートして反応させた後、希釈した二次抗体を加えて同条件で反応させ、更に発色剤を加えて同条件で反応させた。これにカバーガラスをかけて封入剤を充填し、遮光して−4℃にて乾燥させ、それぞれ顕微鏡写真(図3〜図6)を撮影した。以下の表3には今回用いた抗原と抗体及び発色剤との組合せを示す。
【0031】
【表3】
【0032】
〔結果〕
表2の結果より、グルタミン酸100μM曝露した神経細胞では、洗浄後も時間経過とともにCa2+濃度変動の頻度が減少したのに比べ、グルタミン酸100μM+テアニン1000μMを曝露した神経細胞は、Ca2+濃度変動頻度の減少が顕著に抑えられている。
【0033】
また、顕微鏡写真(図3〜図6)の結果より、コントロールでは神経細胞は突起を良く伸ばし神経回路網を形成していることが確認できる(図3)。グルタミン酸のみ曝露したものは細胞の輪郭がはっきりせず、かなりダメージを受けている様子が観察できる(図4)。これに対し、グルタミン酸100μM+テアニン100μMを曝露した神経細胞にダメージは見られない(図5)。また、グルタミン酸100μM+テアニン1000μMを曝露した神経細胞は突起も良く伸びており、神経回路網が良く形成されていることが分かった(図6)。
なお、表2の結果の中ではグルタミン酸100μM+テアニン100μMを曝露した神経細胞では、Ca2+濃度変動頻度が減少してしまっているが、上述のように図5を見れば、形態的にはグルタミン酸の毒性を抑制していることが分かる。
【0034】
このことから、グルタミン酸曝露時にテアニンが同時に存在すると、グルタミン酸100μMに対しテアニン100μM程度でグルタミン酸の神経毒性を抑制できる。すなわち、テアニンにはグルタミン酸の遅発性毒性に対する抑制作用がり、遅発性神経細胞死から神経細胞を救うことができ、さらに、グルタミン酸100μMに対しテアニン1000μM添加した場合には、前述の効果に加えて神経細胞や神経膠細胞の生存維持にまで貢献し、神経回路網の損傷を修復して正常な神経回路網に戻す効果があることが分かった。
【0035】
【発明の効果】
以上の結果より、脳虚血などにより脳内グルタミン酸の著しい上昇が生じた場合に、本発明のグルタミン酸拮抗剤を経口投与、血中投与、直接投与その他の手段により脳神経細胞に投与すれば、グルタミン酸の毒性を有効に抑制することができ、特に死んだ細胞から流出したグルタミン酸の毒性がもたらす遅発性神経細胞死を抑制することができるから神経細胞死の拡大を停止させることができる。したがって、グルタミン酸に起因する脳障害、例えば脳梗塞や脳出血などの脳卒中、脳手術や脳損傷に伴う脳虚血の治療に有効である。
【0036】
また、本発明の神経細胞死予防剤は、NMDA型グルタミン酸受容体を遮断することができ、グルタミン酸の過剰な興奮が神経細胞に伝達するのを阻止することができるから、これより神経細胞死を予防することができる。したがって、グルタミン酸に起因する脳障害、例えば脳梗塞や脳出血などの脳卒中、脳手術や脳損傷に伴う脳虚血の予防にも有効である。
【0037】
これらの効果は、テアニンはグルタミン酸と同様にNMDA型グルタミン酸受容体に対するアゴニスト作用をもつが、その作用はグルタミン酸に比べてかなり弱いため、グルタミン酸とテアニンとが併存する場合にはNMDA型グルタミン酸受容体に対して競争的に作用し、グルタミン酸の神経毒性を抑制するものと考えることができる。また、テアニンの神経細胞並びにグリア細胞に対する保護効果もこれに寄与しているものと考えることができる。
【0038】
なお、テアニンは、現在食品添加物として認可され、かつ日常的に摂取されているものであるから、安全性に問題がないことも明らかである。
【図面の簡単な説明】
【図1】神経細胞に何も添加しない場合の神経細胞内Ca2+濃度の経時変化を示したグラフである。
【図2】神経細胞にテアニン800μM添加した場合の神経細胞Ca2+濃度の経時変化を示したグラフである。
【図3】無添加の培養液で1時間曝露し、曝露後1週間経過した神経細胞の状態を示した顕微鏡写真である。
【図4】グルタミン酸100μMを添加した培養液で1時間曝露し、曝露後1週間経過した神経細胞の状態を示した顕微鏡写真である。
【図5】グルタミン酸100μM+テアニン100μMを添加した培養液で1時間曝露し、曝露後1週間経過した神経細胞の状態を示した顕微鏡写真である。
【図6】グルタミン酸100μM+テアニン1000μMを添加した培養液で1時間曝露し、曝露後1週間経過した神経細胞の状態を示した顕微鏡写真である。
Claims (3)
- テアニンを有効成分として含有する神経細胞死予防剤。
- 上記の神経細胞死が、遅発性神経細胞死であることを特徴とする請求項1記載の神経細胞死予防剤。
- 経口投与剤としたことを特徴とする請求項1又は2に記載の神経細胞死予防剤。
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