JP3787663B2 - 転がり軸受の熱処理方法 - Google Patents
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Description
【産業上の利用分野】
本発明は、軽量且つ長寿命な、特に、潤滑油中異物混入下で使用される自動車などのトランスミッション用の転がり軸受の熱処理方法に関する。
【0002】
【従来技術と解決課題】
軸受材料としては、従来から、高炭素軸受鋼の焼入れ焼戻し材が、特に、清浄な潤滑条件下では、良好な寿命が得られるので広く使用されている。しかしながら、自動車のトランスミッションに使用される転がり軸受は、減速用歯車と同じ容器内で使用されるので、歯車の表面摩耗粉が、潤滑油中に懸濁して転がり軸受の軌道輪と転動体との転走面に噛み込み、転走面の剥離・摩耗を促進して、焼入れ焼戻し材では、一般に転がり疲労寿命が不十分であった。
【0003】
従来の高炭素軸受鋼の寿命を改善する方法には、SUJ3鋼相当の高Si且つ高Mnの軸受鋼を高温より焼入れして残留オーステナイトを増加させ、同時に亀裂敏感生を抑制するため、焼入れ過程の冷却速度を遅く制御する技術が知られている(特公昭62−29487号公報)。また、表層部の窒化層を利用するものに、米国特許3216869号に開示されたように、高炭素クロム軸受鋼を窒化又は浸炭窒化処理をして、表層部に窒素の付加に伴う残留オーステナイトを安定化させて残留圧縮応力を形成し、同時に炭窒化物を析出せしめて高硬度として、耐熱性と転がり寿命を改善するものがある。さらに、特開昭60−92463号公報に開示されたように、浸炭窒化後に200℃以上の高温焼戻しをして、芯部のオーステナイトを完全に分解し、寸法安定性を改善した技術もある。
【0004】
上記の高温焼入れ処理や浸炭窒化処理をした軸受鋼は、表層部に窒素富化に伴いオーステナイトが残り、この残留オーステナイトが疲労寿命を改善する効果を認められるが、上記のような、異物混入下の潤滑環境で使用される転がり軸受の寿命改善に対しては、表層部の残留オーステナイトが不安定であって使用中に分解し易いため、不十分であった。
【0005】
本発明は、表層部の残留オーステナイトを高くして、異物混入下の潤滑環境で使用される転がり軸受の寿命を改善するための熱処理方法を提供しようとするものである。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明の転がり軸受の熱処理方法は、軌道輪及び転動体から成る転がり軸受の少なくとも軌道輪を、重量比にして、C0.8〜1.2%、Si0.4〜1.0%、Cr0.2〜1.2%及びMn0.8〜1.5%を含有する合金鋼により形成し、浸炭窒化処理した後、830〜870℃の温度範囲から焼入れすると共に、160〜190℃の温度範囲に焼戻しして、表層部の残留オーステナイトを25〜50%としたことを特徴とするものである。
【0007】
本発明の熱処理方法は、高炭素合金鋼を浸炭窒化し、高温から焼入れして後、比較的低温で焼き戻すことにより、表層部の残留オーステナイトを25〜50%の範囲に高く保持して、潤滑中の異物に対して転がり疲労寿命を向上させるものである。
【0008】
合金鋼の組成について、C0.8〜1.2%と高炭素にするのは、基本的に焼入れ焼戻しにより表層部を硬化するためである。Cr0.2〜1.2%とするのは、Cr0.2%未満では、炭化物を形成せず、表層の硬度が不足し、1.2%を越えると、炭化物が粗大化して剥離起点となり、短寿命となり易いからである。
【0009】
Siは、安定して表層の残留オーステナイトを25%以上に高め、焼戻し軟化抵抗性を付与して、耐熱性を確保するために0.4%以上必要であるが、Si1%を越えると、浸炭窒化処理の過程で、表皮から表層部への窒素・炭素の富化を阻害するからである。
【0010】
Mnは、焼入れ性を確保して、芯部まで焼入れするためであるが、本発明においては、焼入れ過程及び焼戻し過程の残留オーステナイトを安定化させる元素で表層部の残留オーステナイトを高める。多量のMnの添加は、冷間加工性の低下や焼き割れ・脆化の原因となるので、Mn1.5%を越えない範囲に増加する。
【0011】
このような高炭素合金鋼としては、SUJ3鋼が使用できる。また、Moは、焼入れ性改善のため0.3%まで適宜添加される。Moを添加した材料としてSUJ5鋼が利用される。
【0012】
このような組成の合金鋼で軸受素材を成形し、浸炭窒化すると表層部は窒素含有量が高くなり、表層部のMs点が芯部に比較すると低下するので、これを焼入れすると、未変態のオーステナイトが芯部よりも表層部に多くなる。表層部に窒素が高く、焼入れ開始温度(オーステナイト化温度)を830〜870℃と高くするので、表層部の残留オーステナイトを25%以上にたやすく高めることができる。この残留オーステナイトを安定に高くするには、焼入れ終端温度を100℃程度に、好ましくは、90〜120℃に高くする。この焼入れ過程では、窒素富化された表層部のマルテンサイト変態が内部より遅れて始まり、かつその変態量が内部より少ないので、表層部には、残留圧縮応力が形成される。
【0013】
焼入れ開始温度(オーステナイト化温度)が830〜870℃と通常の焼入れ焼戻し鋼に比して高いので、本発明に使用する鋼は、焼入れに伴う亀裂敏感値が大きくなる。このため、焼入れ過程の300〜150℃の範囲の冷却能Hを0.2cm-1以下とし、マルテンサイト変態過程の冷却速度を制御することが好ましい。
【0014】
浸炭窒化処理は、通常は浸炭性ないし還元性ガス中にアンモニアを添加した高温ガス中で浸炭窒化するが、この場合には、830〜870℃の温度範囲で浸炭窒化をした後直ちに上記条件で油中焼入れする。
【0015】
本発明の熱処理方法は、焼入れ後の焼戻し温度を、160〜190℃の比較的低温とし、焼戻し過程での残留オーステナイトの分解を抑えて、表層部の残留オーステナイトを25〜50%の範囲とする。この範囲で残留オーステナイトが高くなる程、異物混入下での潤滑条件で転がり疲労寿命を改善するが、他方、表面硬さが低下して、耐摩耗性を低下させるので、表層部の残留オーステナイトは25〜30%の範囲が良い。これに対して、芯部は、190℃以下の低温焼戻しであるから、通常は、残留オーステナイトが15〜20%程度残留している。
【0016】
【実施例】
軸受に使用する鋼の組成と寿命及び表面残留オーステナイト量の関係を調べた。
表1と表2に示す組成の鋼で、円錐ころ軸受(JIS型番30206)を作製し、本発明の熱処理法として、浸炭窒化法は、NXガスに容積比で10%のアンモニアガスを添加した連続炉で、850℃に150min加熱保持して浸炭窒化した後直ちに、油温100℃の油中に急冷した。ついで、180℃×2hの焼戻しを行った。
【0017】
また、転がり疲労寿命の試験条件は、次の通りであった。
荷重Fr;17.64kN、 接触面圧Pmax ;2.6GPa、
回転速度;2000rpm 、 潤滑;タービン56油浴給油、
計算寿命;169h(異物混入無しのとき)
混入異物;ガスアトマイズ粉(KHA30 粒径104〜177μm)
異物混入量;1g/1000cc油
【0018】
【表1】
【0019】
【表2】
【0020】
試験結果を表1と表2に示す。本発明に使用した鋼の軸受は、異物混入潤滑下において長寿命を示している。熱処理条件が同じでも、比較材に比べて、本発明の鋼の表層部は、残留オーステナイトが多くなり、500℃×1hの保持後の表面硬度がHv600以上あり、硬化層深さも深くなっている。
【0021】
浸炭窒化し焼戻した後の残留オーステナイト量と転がり疲労寿命(10%寿命時間)との関係を、図1に示してあるが、この図から、表層部の残留オーステナイト量が25%以上とすることにより、転がり疲労寿命が改善できることが判る。
【0022】
次に、軸受としてJIS型番6206と6306とし、材料として、SUJ2鋼とSUJ3鋼を選び、熱処理法として上記の浸炭窒化法と、比較例として従来の標準処理である焼入れ焼戻し法とを比較した。
比較例の熱処理は、830℃× minのオーステナイト化後油中焼入れし180℃× minの焼戻しを行う方法であった。
【0023】
転がり疲労寿命試験は、清浄油潤滑(荷重12.25kN)と異物混入油潤滑(荷重6.9kN)での2水準に分けて行った。異物混入油潤滑の試験条件は次の通り。
荷重Fr; 6.9kN、接触面圧Pmax ;3.2GPa、
回転速度;2000rpm 、潤滑;タービン56油浴給油、
計算寿命;191h(異物混入無しのとき)
混入異物;ガスアトマイズ粉(KHA30,粒径104〜177μm)
異物混入量;0.4g/1000cc油
その結果を表3に纏めた。
【0024】
【表3】
【0025】
表3に示したように、本発明の浸炭窒化した軸受が、特に、異物混入下での潤滑条件で優れた寿命の改善効果を発揮する。そして、同じ程度の荷重ならば、従来の焼入れ焼戻し材のSUJ2の軸受に対して、SUJ3に浸炭窒化処理を施すことにより、1ランク小さい軸受を利用することが可能になり、軸受の小型軽量化に有用となる。
【0026】
表4には、浸炭窒化時間を変えて、その表層部の浸炭窒化深さと10%寿命との関係を示したものであるが、850℃での浸炭窒化時間が同じ条件では、SUJ2よりも本発明の実施例のSUJ3の方が浸炭窒化深さが大きく、浸炭窒化時間を150minから60minに短縮しても、寿命の低下は小さいことがわかる。
【0027】
【表4】
【0028】
以上のように、SUJ2鋼よりSi及びMnを高くして、浸炭窒化処理をして180℃の低温で焼戻した鋼は、表層部の残留オーステナイトが高くなるから、自動車のトランスミッション等の異物混入下の潤滑環境では特に優れた長寿命を発揮する。これは、転走面に噛み込んだ高硬度の異物は圧痕周辺での応力集中源となるが、表層部の残留オーステナイトがこの応力集中を塑性変形により緩和して、亀裂の発生を遅らせるからである。此の点から表層部の残留オーステナイトは25〜50%の範囲では多いほど寿命の延長に有効である。
【0029】
しかしながら、30%程度と同じ量のオーステナイトを残留させた鋼であっても、SUJ3鋼とSUJ2鋼とでは上述の如く、転がり疲労寿命に有意差が生じている。この点について、本発明の実施例として上記の条件で浸炭窒化して焼入れ後に低温焼戻しをしたSUJ3鋼について、表層部の耐熱性を調べた。この試験では、同じ熱処理条件で浸炭窒化処理をしたSUJ2鋼の比較材と対比し、軸受運転中の表層部の昇温を考慮して、試験焼戻しを行った。
【0030】
図2は、浸炭窒化後180℃での低温焼戻しをしたSUJ3鋼(図中a曲線)とSUJ2鋼(図中b曲線)とを試験焼戻し温度200〜300℃に加熱(加熱時間2h)したときの表層部の残留オーステナイトの変化を示すが、SUJ3鋼の方が220〜300℃での残留オーステナイトの分解が明らかに少ない。
【0031】
図3は、これら試料の試験焼戻し後の表面硬度と試験焼戻し温度200〜300℃との関係を示すが、250℃までは両者に差異はなく、いずれもHRC60以上の高硬度となっている。試験焼戻し温度300℃ではSUJ2鋼の表層部がより軟化する。
【0032】
図4は、試験温度に加熱したときのその温度での表層部の高温硬度の変化を示す。高温になる程表面硬度は低下するが、常温から300℃までの温度範囲ではSUJ3鋼とSUJ2鋼との間に殆ど硬度差がない。
【0033】
図3と図4に示した表面硬度は、残留オーステナイトと焼戻しマルテンサイトとが混合した組織の硬度であり、表面の残留オーステナイトが多い場合は、測定硬度は低くなる。本実施例のSUJ3鋼は、残留オーステナイトが高温まで存在するため混合組織としての硬度は、SUJ2鋼と同じ程度になったのである。
【0034】
図5は、焼戻しマルテンサイトだけの硬度を推定するために、試片を各温度に加熱保持し、試片温度とマルテンサイト(211)面のX線半価幅との相関関係を示したもので、X線半価幅は200℃以上でSUJ3鋼がSUJ2鋼より高くなっている。即ち、本発明の熱処理方法を実施したSUJ3鋼の焼戻しマルテンサイトは、同じく浸炭窒化したSUJ2鋼よりも200℃以上の高温で硬く、これが、本発明の熱処理方法が従来のSUJ2鋼よりも長寿命となる理由の一つである。
【0035】
潤滑油中に異物が混入するような潤滑条件下では、転走面は発熱と塑性変形により疲労する。本発明の熱処理方法によれば、軸受の表層部は、高温でも残留オーステナイトが安定でマルテンサイトの硬度も高いので、軸受は、これらの原因による疲労は起こり難く長寿命になるのである。
【0036】
寸法安定性については、表5には、表3に示した熱処理後の試験軸受について、120℃及び150℃に2500h保持したときの寸法変化率の測定結果を示した。本発明の浸炭窒化した試験軸受の寸法安定性は、120℃保持までは従来のSUJ2鋼の焼入れ焼戻し材と大差ないが、150℃の高温保持条件では、従来のSUJ2鋼の焼入れ焼戻し材よりも低下する。これは、芯部の残留オーステナイトの分解によるものである。
【0037】
【表5】
【0038】
【発明の効果】
本発明の転がり軸受の熱処理方法は、SiとMnとを相対的に高くした高炭素鋼を浸炭窒化し、焼入れ開始温度と焼入れ終端温度とを高くした焼入れを行うことにより、表層部でのオーステナイトを多く残留させて、低温焼戻しにより、表面部の残留オーステナイトを25〜50%としたから、転がり寿命、特に、異物混入下での潤滑油環境で転がり疲労寿命を著しく改善することができ、本方法による転がり軸受は、自動車用トランスミッションの軸受として好適に使用でき、このような用途への軸受の信頼性を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】浸炭窒化処理した鋼及び焼入れ焼戻しした鋼の表層部残留オーステナイトと転がり疲労寿命との関係を示す図。
【図2】浸炭窒化後180℃での低温焼戻しをしたSUJ3鋼(図中a曲線)とSUJ2鋼(図中b曲線)とを試験焼戻し温度200〜300℃に加熱したときの表層部の残留オーステナイトの変化を示す。
【図3】浸炭窒化後180℃での低温焼戻しをしたSUJ3鋼(図中a曲線)とSUJ2鋼(図中b曲線)の試験焼戻し後の表面硬度と試験焼戻し温度(200〜300℃)との関係を示す。
【図4】浸炭窒化後180℃での低温焼戻しをしたSUJ3鋼(図中a曲線)とSUJ2鋼(図中b曲線)の試験温度に加熱したときの表層部の高温硬度の変化を示す。
【図5】浸炭窒化後180℃での低温焼戻しをしたSUJ3鋼(図中a曲線)とSUJ2鋼(図中b曲線)の試片温度とマルテンサイト(211)面のX線半価幅との相関関係を示した
Claims (3)
- 軌道輪及び転動体から成る転がり軸受の製造方法において、
少なくとも軌道輪を、重量比にして、C0.8〜1.2%、Si0.4〜1.0%、Cr0.2〜1.2%、及びMn0.8〜1.5%を含有する合金鋼により形成し、浸炭窒化処理した後、830〜870℃から焼き入れして焼入れ終端温度を90〜120℃として、次いで、160〜190℃の範囲で焼戻しして、表層部の残留オーステナイト量を25〜50%とし且つ芯部のオーステナイト量を15〜20%とし、表層部には圧縮応力が残留していることを特徴とする異物混入下の潤滑油中で使用する転がり軸受の製造方法。 - 軌道輪及び転動体から成る転がり軸受の製造方法において、
少なくとも軌道輪を、重量比にして、C0.8〜1.2%、Si0.4〜1.0%、Cr0.2〜1.2%、及びMn0.8〜1.5%を含有する合金鋼により形成し、浸炭窒化処理した後、830〜870℃から焼き入れして、焼き入れ中300℃から150℃までの温度範囲の冷却能Hを0.2cm−1以下とし、次いで、160〜190℃の範囲で焼戻しして、表層部の残留オーステナイト量を25〜50%とし且つ芯部のオーステナイト量を15〜20%とし、表層部には圧縮応力が残留していることを特徴とする異物混入下の潤滑油中で使用する転がり軸受の製造方法。 - 上記の合金鋼が、Mo0.3%以下を含有する請求項1又は2に記載の転がり軸受の製造方法。
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