JP3745317B2 - 人工指紋液 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、人工指紋液に関し、より詳しくは、各種物体表面の防汚性、指紋付着性、又は指紋除去性を評価するための人工指紋液に関する。
【0002】
【従来の技術】
再生専用光ディスク、光記録ディスク、光磁気記録ディスク等の光ディスク、CRT等の各種ディスプレー、ガラス等の各種物体の表面には、その使用に際して各種汚染物質による汚染や指紋の付着が起こる。これら汚染や指紋の付着は好ましいことではなく、各種物体の表面には通常、防汚性の改善、指紋付着性の減少、又は指紋除去性の向上のために適切な表面処理が施される。
【0003】
例えば、光ディスクについて見れば、光ディスク表面に種々の撥水・撥油処理を施すことが検討されている。そして、表面処理による防汚性の改善効果を確認するために、光ディスク表面に実際に指紋を付着させ、その拭き取り性を目視で評価する手法が用いられることが多い。しかしながら、このような評価手法では、定量性及び再現性に乏しい。
【0004】
また、光ディスク表面の撥水性や撥油性が高ければ汚染物質は除去されやすいという仮定のもとに、水や脂肪族炭化水素等の種々の液体の前記処理表面に対する接触角を測定することもしばしば行われる。しかしながら、接触角ないし表面自由エネルギーによる評価は、いわば間接的な評価手法である。従って、撥水・撥油性が高ければ耐汚染性に優れるという上述の仮定の成立する極めて限定された場合にのみ、防汚性の評価手法として妥当に用い得る。また、この評価手法はあくまで相対的な評価結果しか与えない。すなわち、この評価手法を光ディスク表面に適用した場合に、実用上問題なく使用できるか否かの閾値を、接触角ないし表面自由エネルギーに対して定めることは実質的に不可能である。
【0005】
例えば、特開平10−110118号公報及び特開平11−293159号公報には、ポリカーボネート等からなる光ディスク基板の表面にハードコート剤塗膜を形成する際に、ハードコート剤中に非架橋型のフッ素系界面活性剤を練り込むことが提案されている。そして、光ディスクのハードコート表面の防汚性の評価として、水とエタノールの混合液に少量の塩化ナトリウム、尿素及び乳酸を溶解させた人工指紋液を、疑似指紋を用いて前記ハードコート表面に圧着させ、その拭き取り性を目視で判定することが行われている。この人工指紋液は、JISK2246:1994「さび止め油」に記載されているものである。前記JIS規格は、鉄鋼等の金属材料の一時的な防錆に用いられるさび止め油の性能試験方法を規定したものであり、従って、前記人工指紋液は、金属材料に対する腐食性を判定するために調製されるものである。このため、これ以外の目的に対してはまったく汎用性がない。実際、水とエタノールを主成分とする前記人工指紋液を、ポリカーボネート等の樹脂からなる光ディスク基板表面に付着させても、ほとんどの場合、前記人工指紋液は弾かれてしまい基板表面には定着しない。このことから、表面処理が施されていない樹脂基板表面であっても、表面処理が施された樹脂基板表面であっても、前記人工指紋液については同等の拭き取り性を示すものと考えられる。すなわち、JIS K2246:1994に規定される前記人工指紋液を、光ディスク表面の防汚性ないし指紋除去性の評価に用いることにはほとんど意味がない。
【0006】
このような実情から、光ディスク表面の防汚性、指紋付着性又は指紋除去性を定量的に再現性良く評価するための人工指紋液の開発が望まれる。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
そこで、本発明の目的は、上記従来技術の問題点を解決し、再生専用光ディスク、光記録ディスク、光磁気記録ディスク等の光ディスク、CRT等の各種ディスプレー、ガラス等の各種物体の表面の防汚性、指紋付着性又は指紋除去性を定量的に再現性良く評価するための安価な人工指紋液を提供することにある。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明には、以下の発明が含まれる。
(1) 微粒子状物質と、前記微粒子状物質を分散可能な分散媒とを含む人工指紋液であって、
前記微粒子状物質は、シリカ微粒子、アルミナ微粒子、酸化鉄微粒子、ケラチン微粒子、キチン微粒子、キトサン微粒子、アクリル系微粒子、スチレン系微粒子、ジビニルベンゼン系微粒子、ポリアミド系微粒子、ポリイミド系微粒子、ポリウレタン系微粒子及びメラミン系微粒子から選ばれる少なくとも1種の微粒子を含む人工指紋液。
(2) 微粒子状物質と、前記微粒子状物質を分散可能な分散媒とを含む人工指紋液であって、
前記微粒子状物質は、関東ローム(JIS試験用粉体1)を含む人工指紋液。
【0009】
本明細書において、分散媒とは、評価対象物体表面に転写した後に、疑似指紋成分として残留する液状成分のみを指し、人工指紋液を使用するに際して必要に応じて使用されることがあり、転写後に最終的にその大部分もしくは全部が留去される希釈剤とは区別する。
【0010】
(3) 前記分散媒は、25℃における表面張力が20〜50mN/mの範囲内のものである、(1)又は(2)に記載の人工指紋液。
(4) 前記分散媒は、高級脂肪酸、高級脂肪酸の誘導体、テルペン類、及びテルペン類の誘導体から少なくとも1種選ばれる、(1)〜(3)のうちのいずれかに記載の人工指紋液。
【0011】
(5) 前記微粒子状物質は、100μm以下の平均粒径を有する、(1)〜(4)のうちのいずれかに記載の人工指紋液。
【0015】
(6) 分散媒に対して、微粒子状物質を0.1〜5.0(重量比)含む、(1)〜(5)のうちのいずれかに記載の人工指紋液。
【0016】
(7) 使用に際して必要に応じて、希釈剤で希釈される、(1)〜(6)のうちのいずれかに記載の人工指紋液。
【0017】
(8) 各種物体表面の防汚性、指紋付着性、又は指紋除去性を評価するための、(1)〜(7)のうちのいずれかに記載の人工指紋液。本発明において、前記各種物体には、再生専用光ディスク、光記録ディスク、光磁気記録ディスク等の光ディスク、CRT等の各種ディスプレー、ガラス等の各種物体が含まれる。
【0018】
【発明の実施の形態】
本発明の人工指紋液は、上記(1)又は(2)で挙げられた微粒子状物質と、前記微粒子状物質を分散可能な分散媒とを含む。前記分散媒は、25℃における表面張力が20〜50mN/mの範囲内のものであることが好ましい。このような構成とすることにより、実際の指紋に可能な限り近い性状を有する人工指紋液となり、各種物体表面の防汚性、指紋付着性、又は指紋除去性を評価するために好適に用いることができる。
【0019】
この際、液体のみからなる均一成分系の人工指紋液を用いたのでは、実際の指紋の除去性を近似したことにはならない。例えば、均一系として、皮脂構成成分の一つであるトリオレインを用いた場合、トリオレインの25℃における表面張力は34mN/mであるから、臨界表面張力が18mN/m程度であるポリテトラフルオロエチレン(PTFE)表面であればトリオレインに濡れることなく、トリオレインを完全に弾く。しかしながら、実際の指紋は、たとえPTFE表面であっても、定着しないということはあり得ない。これは、主として、指紋が液体物質のみからなっておらず、不溶物及び粘性物質を含む不均一系からなっていることによる。従って、適切な不溶成分を、実際の指紋に含まれる液状成分及び/又はこれに類似する液体からなる分散媒に添加した不均一系を構成することにより、実際の指紋に可能な限り近い性状を有する本発明の人工指紋液が得られる。
【0020】
ここで、臨界表面張力について説明する。撥水性及び撥油性は、その物質の表面自由エネルギーの目安である臨界表面張力(γC /mNm-1)によって一義的に表わすことができる。臨界表面張力は接触角の実測値から求めることができる。具体的には、特定の物質からなる平滑表面における接触角(θ/rad)を、表面張力既知の数種の飽和炭化水素液体(表面張力:γ1 /mNm-1)について測定し、cosθとγ1 とのプロットにおいてcosθ=1に外挿した値が前記特定の物質の臨界表面張力γC である。ある物質が液体を弾くためには、その物質の臨界表面張力γC が液体の表面張力γ1 を下回っている必要がある。例えば、表面組成がメチレン鎖(−CH2 −)n から成っている物質のγC は31mNm-1であり、従って、その物質は、温度20℃における表面張力γ1 が73mNm-1である水は弾くが、表面張力γ1 が28mNm-1であるn−ヘキサデカンに対しては完全に濡れ、接触角は0度になる。
【0021】
本発明の人工指紋液は、分散媒中に微粒子状物質を含む。実際の指紋に含まれる固体成分の大半は、ケラチンと呼ばれる蛋白質である。従って、最も単純には、ケラチンの微粉末を上記物性値を有する分散媒に添加、混合することにより、本発明の人工指紋液を調製できる。実際、水、オレイン酸、スクアレン、トリオレイン等の分散媒にケラチン微粉末を適当な比率で混合したものは、本発明の人工指紋液として有効に用い得る。しかしながら、一般的に入手可能なケラチンは著しく高価であり、大量に入手することは容易ではない。さらに、市販されているケラチンは、実際の指紋に含まれるケラチンと粒度分布が異なるため、必要に応じて予め粒度分布を揃えておく必要がある。従って、市販のケラチンを使う方法は、簡便さの点でも測定精度及びその再現性の点でも必ずしも好ましい方法とはいえない。
【0022】
ケラチンの有する問題点を解消するため、ケラチンの替わりに用いることができる微粒子状物質を本発明者らが探索した結果、上記物性値を有する分散媒に対して良好な濡れ性を有し、且つ実際の指紋成分に含まれるケラチンに近い粒子サイズを有する微粒子であれば、微粒子状物質として好適であることを見いだした。
【0023】
本発明の人工指紋液は、前記微粒子状物質として、上記(1)又は(2)で挙げられた無機微粒子及び有機微粒子から選ばれる少なくとも1種を含む。前記無機微粒子としては、シリカ微粒子、アルミナ微粒子、酸化鉄微粒子、及び前記微粒子から選ばれる任意の2種以上の混合物が挙げられる。また、前記有機微粒子としては、ケラチン微粒子、キチン微粒子、キトサン微粒子、アクリル系微粒子、スチレン系微粒子、ジビニルベンゼン系微粒子、ポリアミド系微粒子、ポリイミド系微粒子、ポリウレタン系微粒子、メラミン系微粒子、及び前記微粒子から選ばれる任意の2種以上の混合物が挙げられる。
【0024】
上記無機微粒子はいずれも、人工指紋液の構成成分としてケラチン微粒子と同等の効果を示し、且つケラチン微粒子より安価である。そのため、コスト低減および性能の安定化のために、全微粒子状物質を基準として、無機微粒子の含有量は50重量%以上であることが好ましく、80重量%以上であることがより好ましく、100重量%であることも非常に好ましい。必要に応じ、ケラチン微粒子など、有機微粒子を併用するとよい。前記有機微粒子の中でも、アクリル系微粒子、スチレン系微粒子、ジビニルベンゼン系微粒子、ポリアミド系微粒子、ポリイミド系微粒子、ポリウレタン系微粒子、メラミン系微粒子等は、比較的安価であり好ましい。
【0025】
前記微粒子状物質は、100μm以下の平均粒径(すなわち中位径)を有することが好ましく、50μm以下の平均粒径を有することがより好ましい。無機成分を含む平均粒径100μm以下の微粒子状物質としては、例えば、JIS Z8901試験用粉体1及び2、ISO試験粉体12103−1、あるいは(社)日本粉体工業技術協会(APPIE)標準粉体などが挙げられる。上記いずれの試験用粉体も、粒径が揃っており、比較的安価に入手できることから好適である。JIS Z8901試験用粉体1の中でも好ましいものとして、関東ロームが挙げられる。また、上記各試験用粉体そのものに限らず、上記各試験用粉体が含有する無機微粒子の少なくとも1種、例えばSiO2 、Fe2 O3 、Al2 O3 等の各種酸化物微粒子などから少なくとも1種を選択して用いてもよい。なお、前記微粒子状物質の平均粒径は、好ましくは0.05μm以上、より好ましくは0.5μm以上である。従って、前記微粒子状物質の平均粒径は、0.05μm以上100μm以下が好ましく、0.5μm以上50μm以下がより好ましい。前記微粒子状物質が大きすぎても小さすぎても、実際の指紋に含有されるケラチンの代替品としての十分な機能を発揮できにくくなる。
【0026】
また、前記微粒子状物質は、25℃における臨界表面張力が、用いる分散媒の25℃における表面張力よりも大きいことが好ましく、かつ、前記臨界表面張力が好ましくは40mN/m以上、より好ましくは50mN/m以上であることが望ましい。無機微粒子として例示した前記各粒子はいずれも、臨界表面張力に関しこのような望ましい性質を備える。
【0027】
本発明において、分散媒としては、25℃における表面張力が20〜50mN/mの範囲内であり、200℃における飽和蒸気圧が760mmHg(101325Pa)以下である液体が好ましく用いられる。人間の汗や皮脂を構成する液体又はそれに近い性状を有する液体は、通常このような物性値を有する。従って、本発明において、人工指紋液の分散媒として前記物性値を有する液体を用いるとよい。25℃における表面張力が20mN/m未満であると、評価対象物体表面に対する濡れ性が高くなり過ぎ、実際の指紋と比べて著しく物体表面に付着しやすく且つ除去し難くなる。一方、25℃における表面張力が50mN/mを超えると、評価対象物体表面に対する濡れ性が低下し、実際の指紋と比べて著しく物体表面に付着し難く且つ除去しやすくなる。
【0028】
また、200℃における飽和蒸気圧が760mmHg(101325Pa)を超えると、評価対象物体表面への指紋付着後に徐々に分散媒が揮発し、付着した人工指紋の状態が短時間のうちに変化してしまうことがある。評価対象物体表面への指紋付着後に分散媒がどの程度揮発しやすいかは、評価対象物体表面の温度や、人工指紋液の使用環境温度等にも影響される。
【0029】
本発明において、分散媒として用いられる液体は、25℃における粘度が好ましくは500cP以下、より好ましくは0.5〜300cP、さらに好ましくは5〜250cPであることが望ましい。このような粘度を有することにより、評価対象物体表面への指紋付着後においても、微粒子状物質を良好に分散し、対象物体表面へ定着させやすい。
【0030】
前記分散媒としては、特に限定されないが、高級脂肪酸、高級脂肪酸の誘導体、テルペン類、及びテルペン類の誘導体等が挙げられる。高級脂肪酸としては、例えば、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸等の種々のものが挙げられる。高級脂肪酸の誘導体としては、エステル誘導体が挙げられ、例えばジグリセリド誘導体、トリグリセリド誘導体(例えばトリオレイン)が挙げられる。テルペン類としては、種々のテルペン類が挙げられ、例えばスクアレン、リモネン、α−ピネン、β−ピネン、カンフェン、リナロール、テルピネオール、カジネン等が挙げられる。これらの中から、少なくとも1種を選び、単独で又は2種以上を混合して用いるとよい。また、これらの1種又は2種以上と、水とを混合して用いることも好ましい。
【0031】
本発明において、前記微粒子状物質と前記分散液との適当な混合比率は、後述する評価対象物体表面への人工指紋液の付着方法などにも依存するため、一概に規定することはできない。しかしながら、一般的には、重量比で、前記分散媒1に対し、前記微粒子状物質を0.1〜5.0添加することが好ましく、0.1〜3.0添加することがより好ましい。分散媒に対する微粒子状物質の混合比が低すぎても高すぎても、人工指紋液として有効に機能しにくくなる。前記微粒子状物質が0.1未満であると、微粒子状物質の添加効果が得られず、人工指紋液が評価対象物体表面に定着し難くなるか、又は定着しても容易に除去されてしまう傾向にある。一方、前記微粒子状物質を5.0を超えて添加すると、分散媒による評価対象物体表面への液架橋効果が低下し、人工指紋液が定着し難くなる傾向にある。
【0032】
前述したが、前記分散媒とは、評価対象物体表面に転写した後に、疑似指紋成分として残留する液状成分のみを指し、後述する希釈剤を含まない。
【0033】
本発明において、これら常温で液体である分散媒成分に、ワックス、すなわち高級脂肪酸と一価アルコールとのエステルを添加し、増粘しておくことも好ましい。ワックスとしては、例えば、キャンデリラワックス、カルナウバワックス、オウリキュリーワックス、ライスワックス、砂糖ロウ、木ロウ、蜜ロウ、鯨ロウ、シナ昆虫ロウ、セラックロウ、モンタンロウ等の天然ワックスのほか、ステアリン酸コレステリル、ミリスチン酸ミリスチル、パルミチン酸セチル等の合成ワックスを用いることができる。上記の各種ワックスの添加比率は、評価対象物体の特性、例えば光ディスクの記録/再生光学系の特性や、評価の目的等に応じて適宜定めればよい。
【0034】
また、人工指紋液に、カラギナン、アラビアガム、キサンタンガム、ガラクトマンナン、ペクチン等の一般的な増粘剤を添加してもよい。さらに、微粒子状物質の分散性を向上させるために、四級アンモニウム塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコール等の各種界面活性剤を添加してもよい。
【0035】
本発明において、人工指紋転写性の向上などのために、必要に応じて、イソプロピルアルコール、メチルエチルケトン、メトキシプロパノール等の希釈剤で人工指紋液を希釈してもよい。これらの希釈剤は、評価対象物体表面への転写後に最終的にその大部分もしくは全部が留去されるものである。希釈剤は、通常、200℃における飽和蒸気圧が760mmHg(101325Pa)を超えるものである。また、人工指紋液には、エタノールや流動パラフィン等を適宜添加しても差し支えない。
【0036】
以上のようにして、本発明の人工指紋液が構成される。
【0037】
本発明の人工指紋液を評価対象物体の表面に付着させるに際しては、エラストマーからなる擬似指紋転写材を用いることが好ましい。具体的には、シリコーンゴム、ブタジエンゴム、ウレタンゴム等からなる擬似指紋転写材を作製し、これを用いることが好ましい。前記擬似指紋転写材は、実際に人の指から型をとり、正確に指紋パターンを模した形状としてもよいが、より簡便には、JIS K2246−1994で規定される人工指紋液プリント用のゴム栓を用いることが好ましい。すなわち、No.10のゴム栓の小さい円面(直径約26mm)を、JIS R6251又はJIS R6252に規定するAA240の研磨材又はそれと同等性能を有する研磨材で擦って粗面化したものを擬似指紋転写材として用いることができる。ただし、実質的に上記と同等の擬似指紋転写性が得られるものであれば、特に前掲の材料に限定されず好適に用いることができる。また、現実の指紋に近い寸法とするためには上述のゴム栓よりも径の小さいもの、具体的には直径8〜25mmのゴム栓を用いることが好ましく、直径8〜20mmのゴム栓を用いることがより好ましい。
【0038】
このような擬似指紋転写材を用いて、本発明の人工指紋液を光ディスク等の評価対象物体の表面に擬似指紋として転写させる方法は、評価目的に応じて適宜定めることができる。例えば、擬似指紋パターン転写用の原版をあらかじめ作製しておき、この原版から、評価対象物体の表面に、前記ゴム栓を用いて擬似指紋として転写することができる。具体的には、前記人工指紋液を、ガラスや樹脂からなる剛性基板上に均一に塗布する。この際の塗布方法としては、スピンコート法やディップコート法などの種々の塗布方法の中から適切な手法を用いればよい。人工指紋液を基板上に塗布する際には、良好な塗布性を得るために、イソプロピルアルコールやメチルエチルケトンなどの適当な有機溶媒で希釈しても差し支えない。これらの希釈剤は、塗布の後に、風乾もしくは加熱乾燥などによって留去すればよい。このようにして、人工指紋液が均一に塗布された基板を作成して、擬似指紋パターン転写用の原版とする。
【0039】
この原版の人工指紋液が塗布された表面に、前記の擬似指紋転写材を一定荷重で押し当て、人工指紋液成分を転写材に移行させる。その後、人工指紋液成分が移行した転写材を評価対象物体の表面に一定荷重で押し当て、擬似指紋パターンを評価対象物体表面に転写する。
【0040】
以上に述べた方法を用いることにより、転写の際の疑似指紋付着性を再現性よく評価することができ、転写により付着した疑似指紋の除去性を再現性よく評価することができる。このようにして、本発明によれば、各種物体表面の防汚性を定量的に再現性よく評価することができる。
【0041】
【実施例】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。実施例においては、評価対象物体として光記録ディスクを選び、本発明の人工指紋液の有用性を示す。
【0042】
レーザービーム入射側の表面の異なる2種の光記録ディスクサンプルNo.1及びNo.2をそれぞれ、次のようにして作製した。光記録ディスクサンプルの層構成を図1に示す。
【0043】
図1において、光ディスク(1) は、支持基体(2) の情報ピットやプリグルーブ等の微細凹凸が形成されている側の面上に、反射層(3) 、第2誘電体層(4) 、記録層(5) 、第1誘電体層(6) をこの順で有し、第1誘電体層(6) 上に樹脂層(7) を有し、樹脂層(7) 上に光透過層(8) を有する。光ディスク(1) は、光透過層(8) を通して、記録又は再生のためのレーザー光が入射するように使用される。ディスクサンプルNo.1では、光透過層(8) は内部層(8i)のみの単層からなり、ディスクサンプルNo.2では、光透過層(8) は主として内部層(8i)と表面層(8s)の2層からなる。
【0044】
[ディスクサンプルNo.1の作製]
グルーブが形成されたディスク状支持基体(2) (ポリカーボネート製、直径120mm、厚さ1.2mm)の表面に、Al98Pd1 Cu1 (原子比)からなる厚さ100nmの反射層(3) をスパッタリング法により形成した。前記グルーブの深さは、波長λ=405nmにおける光路長で表してλ/6とした。グルーブ記録方式における記録トラックピッチは、0.3μmとした。
【0045】
次いで、反射層(3) 表面に、Al2 O3 ターゲットを用いてスパッタリング法により、厚さ20nmの第2誘電体層(4) を形成した。第2誘電体層(4) 表面に、相変化材料からなる合金ターゲットを用いてスパッタリング法により、厚さ12nmの記録層(5) を形成した。記録層(5) の組成(原子比)は、Sb74Te18(Ge7 In1 )とした。記録層(5) 表面に、ZnS(80モル%)−SiO2 (20モル%)ターゲットを用いてスパッタリング法により、厚さ130nmの第1誘電体層(6) を形成した。
【0046】
次いで、第1誘電体層(6) 表面に、ラジカル重合性の紫外線硬化型樹脂溶液(三菱レイヨン社製、4X108E、溶媒:酢酸ブチル)をスピンコート法により塗布して、硬化後の厚さ2.0μmとなるように樹脂層(7) を形成した。
【0047】
次いで、真空中(0.1気圧以下)において、厚さ100μmのポリカーボネートシートを、樹脂層(7) 上に載置した。前記ポリカーボネートシートとしては、流延法によって製造された帝人(株)製のピュアエースを用いた。次いで、大気圧雰囲気に戻し、紫外線を照射して樹脂層(7) を硬化することにより、前記ポリカーボネートシートを接着し、これを内部層(8i)のみの光透過層(8) とした。このようにして、ディスクサンプルNo.1を作製した。
【0048】
[ディスクサンプルNo.2の作製]
前記ポリカーボネートシートからなる内部層(8i)の形成まではディスクサンプルNo.1の作製におけるのと同様に行った。
【0049】
内部層(8i)表面上に、紫外線硬化型樹脂SD−318(日本化薬社製)をスピンコート法により塗布し、紫外線を照射して硬化させ、ハードコート層を形成した。硬化されたハードコート層の膜厚は2.0μmであった。次いで、ハードコート層表面に、SiO2 ターゲットを用いてスパッタリング法により、厚さ100nmのSiO2 層を形成した。なお、SiO2 層を形成する前に、プラズマエッチングによるハードコート層表面の活性化処理を行った。このサンプルでは、前記ハードコート層と前記SiO2 層とが表面層(2s)を構成する。
【0050】
さらに、SiO2 層表面にシランカップリング剤を次のようにして化学吸着させた。シランカップリング剤としては、フッ素系炭化水素の撥水・撥油性基を有するDSX(ダイキン工業社製)を用い、その0.1%(質量百分率)パーフルオロヘキサン溶液をスピンコート法により塗布し、空気中60℃にて10時間加熱して、前記SiO2 層表面に化学吸着させた。このようにして、内部層(8i)と表面層(2s)とからなり、表面層(2s)表面にシランカップリング剤が化学吸着された光透過層(8) とした。このようにして、ディスクサンプルNo.2を作製した。
【0051】
ディスクサンプルNo.2は、撥水・撥油性能を有する表面層(2s)が形成されているため、ディスクサンプルNo.1に比べ、付着した指紋の除去性に優れるものでる。
【0052】
[人工指紋液によるディスクサンプル表面の評価]
(人工指紋液の調製)
希釈剤としてのメトキシプロパノール10gに、トリオレイン1.0gを添加し、さらにJIS Z8901に定められた試験用粉体1第11種の関東ローム400mgを加えて攪拌して、人工指紋液A(本発明)を得た。
希釈剤としてのメトキシプロパノール5gに、トリオレイン200mgを添加し、さらにケラチン(ヒト上皮由来、和光純薬工業(株)製)200mgを加えて攪拌して、激しく振盪した後、10秒間静置し、次いで、粒径の大きなケラチンの存在しない上澄み部分を静かに採取し、人工指紋液B(本発明)を得た。
希釈剤としてのメトキシプロパノール10gに、トリオレイン1.0gを添加して、人工指紋液C(比較)を得た。
【0053】
(擬似指紋パターン転写用の原版の作製)
人工指紋液A、B、Cそれぞれについて、擬似指紋パターン転写用の原版を次のようにして作製した。人工指紋液Aをマグネティックスターラーでよく攪拌しながら約1mLを採取し、ポリカーボネート製基板(直径120mm、厚さ1.2mm)上にスピンコート法により塗布した。この基板を60℃で3分間加熱して、不要な希釈剤であるメトキシプロパノールを完全に除去した。このようにして、擬似指紋パターン転写用の原版Aを得た。人工指紋液B及びCについてもそれぞれ同様にして、擬似指紋パターン転写用の各原版B、Cを得た。
【0054】
(擬似指紋パターンの転写、拭き取り)
No.1のシリコーンゴム栓の小さい方の端面(直径12mm)を、#240の研磨紙(前記JIS規定のAA240研磨紙と同等性能を有する)で一様に研磨したものを擬似指紋転写材として用いた。擬似指紋転写材の研磨された端面を、上記原版Aに荷重29Nで10秒間押し当てて、人工指紋液成分を転写材の前記端面に移行させた。次いで、ディスクサンプルNo.1の光透過層(8) 表面の中心から半径方向に40mm付近のところに、人工指紋液成分が付着された転写材の前記端面を荷重29Nで10秒間押し当てて、人工指紋液A成分を転写した。ディスクサンプルNo.2についても同様にして人工指紋液A成分を転写した。
【0055】
また、同様にして、上記原版B及びCそれぞれを用いて、各ディスクサンプルNo.1、No.2についても人工指紋液成分を転写した。
【0056】
次いで、各ディスクサンプル表面に付着した人工指紋液成分を、以下の手順で拭き取った。市販のティッシュペーパー((株)クレシア製)を8枚重ねたものを、No.1のゴム栓の大きい方の端面(直径16mm)と、人工指紋液成分が付着した光透過層(8) 表面との間に挟み、4.9Nの力で押圧した。この状態で、ディスクサンプルの中央から外周にかけてゆっくりとゴム栓を移動させて、付着した人工指紋液成分を拭き取った。
【0057】
各ディスクサンプルについて、人工指紋液成分付着前(初期)、人工指紋液成分付着直後(拭き取り前)、及び拭き取り操作2回後、5回後、10回後、15回後のそれぞれの時点で、記録済み信号のジッタを測定した。これらの結果を表1に示す。
【0058】
なお、信号の記録及び再生に使用した光情報媒体評価装置の光学系の各種パラメータ、及び記録・再生条件は以下の通りである。
【0059】
レーザー波長:405nm
対物レンズ開口数NA:0.85
線速度:6.5m/s
記録信号:1−7変調信号(最短信号長2T)
記録領域:ランド及びグルーブ(表1には、グルーブ部の測定結果のみが示されている。)
【0060】
【表1】
【0061】
表1より、本発明の人工指紋液A又はBを用いると、ディスクサンプルNo.2は、撥水・撥油性能を有する表面層(2s)が形成されているため、ディスクサンプルNo.1に比べ、付着した人工指紋成分の除去性に優れることがジッタ値を用いて定量的に判断できる。また、ディスクサンプルNo.2について、拭き取り回数が増すにつれて付着した人工指紋液成分が除去され、初期の光ディスクの性能が回復されることがジッタ値を用いて定量的に判断できる。なお、ディスクサンプルNo.1について、拭き取り回数15回後にジッタ値がやや悪化したのは、サンプルNo.1の光透過層(8) の硬度が低いため、拭き取り動作によって表面に擦過傷が生じたためと考えられる。
【0062】
一方、人工指紋液Cを用いると、人工指紋成分が光透過層(8) 表面に定着せず、ディスクサンプルNo.1及びNo.2のいずれにおいても拭き取り回数1回後のジッタ値がほぼ同等となった。このように、ディスクサンプル間の撥水・撥油性能を区別することができず、人工指紋液Cは、表面性能の評価に用いる人工指紋液としては不適切であった。
【0063】
実施例では、評価対象物体として光記録ディスクを選び、本発明の人工指紋液の有用性を示した。本発明の人工指紋液は、光記録ディスクに限らず、他の種々の表面の防汚性、指紋付着性又は指紋除去性を定量的に再現性良く評価するための用いることができる。そのため、前述の実施例はあらゆる点で単なる例示にすぎず、限定的に解釈してはならない。さらに、請求の範囲の均等範囲に属する変更は、すべて本発明の範囲内のものである。
【0064】
【発明の効果】
本発明によれば、再生専用光ディスク、光記録ディスク、光磁気記録ディスク等の光ディスク、CRT等の各種ディスプレー、ガラス等の各種物体の表面の防汚性、指紋付着性又は指紋除去性を定量的に再現性良く評価するための安価な人工指紋液が提供される。
【図面の簡単な説明】
【図1】 実施例で用いた光記録ディスクサンプルの概略断面図である。
【符号の説明】
(1) :光ディスク
(2) :支持基体
(3) :反射層
(4) :第2誘電体層
(5) :記録層
(6) :第1誘電体層
(7) :樹脂層
(8) :光透過層
(8i):光透過層の内部層
(8s):光透過層の表面層
Claims (9)
- 微粒子状物質と、前記微粒子状物質を分散可能な分散媒とを含む人工指紋液であって、
前記微粒子状物質は、シリカ微粒子、アルミナ微粒子、酸化鉄微粒子、ケラチン微粒子、キチン微粒子、キトサン微粒子、アクリル系微粒子、スチレン系微粒子、ジビニルベンゼン系微粒子、ポリアミド系微粒子、ポリイミド系微粒子、ポリウレタン系微粒子及びメラミン系微粒子から選ばれる少なくとも1種の微粒子を含む人工指紋液。 - 微粒子状物質と、前記微粒子状物質を分散可能な分散媒とを含む人工指紋液であって、
前記微粒子状物質は、関東ローム(JIS試験用粉体1)を含む人工指紋液。 - 前記分散媒は、25℃における表面張力が20〜50mN/mの範囲内のものである、請求項1又は2に記載の人工指紋液。
- 前記分散媒は、高級脂肪酸、高級脂肪酸の誘導体、テルペン類、及びテルペン類の誘導体から少なくとも1種選ばれる、請求項1〜3のうちのいずれか1項に記載の人工指紋液。
- 前記微粒子状物質は、100μm以下の平均粒径を有する、請求項1〜4のうちのいずれか1項に記載の人工指紋液。
- 分散媒に対して、微粒子状物質を0.1〜5.0(重量比)含む、請求項1〜5のうちのいずれか1項に記載の人工指紋液。
- 使用に際して必要に応じて、希釈剤で希釈される、請求項1〜6のうちのいずれか1項に記載の人工指紋液。
- 各種物体表面の防汚性、指紋付着性、又は指紋除去性を評価するための、請求項1〜7のうちのいずれか1項に記載の人工指紋液。
- 光ディスク表面の防汚性、指紋付着性、又は指紋除去性を評価するための、請求項1〜7のうちのいずれか1項に記載の人工指紋液。
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