JP3735001B2 - 靱性に優れた溶接金属 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、鋼製溶接構造物の製造・組立ての際に形成させるところの、屋外現場でのガスシールドアーク溶接施工において風などによってシールド性が悪化した場合でも優れた靱性を示す溶接金属に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
一般に、鋼の溶接構造物の製造や組立ての際に形成される溶接金属は、鋼材と異なり所望の加工熱処理を施すことができないことから、その靱性が鋼材より劣っているのが実情である。そのため、溶接金属の靱性改善が強く要望されている。
【0003】
溶接金属の靱性の改善についてはこれまでにも種々の研究が行われており、靱性は溶接金属組織に大きく依存し、アシキュラーフェライト(acicular ferrite)と呼ばれる微細組織の生成が靱性改善に有効であることが知られている。このアシキュラーフェライトは溶接金属中に含有されるTi系酸化物を核として生成するものであり、したがって、酸化物存在形態を制御することが靱性改善に有効であることも知られている。また、Ti及びB(ホウ素)を複合添加することにより、Ti系酸化物、すなわちアシキュラーフェライトの生成核を確保しつつ、Bによる焼入れ性向上によって旧オーステナイト粒界から生成する粗大フェライトを抑制し、均一にアシキュラーフェライトの生成が可能であることが報告されている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、Tiによる前述したアシキュラーフェライトの生成核となる効果は溶融金属中に含有されるAl量によって決定され、またBによる前述した粗大フェライトを抑制する効果はN(窒素)量によって決定されるため、最終的な特性はこれら元素の影響を受ける。この点については、本発明者らは、鋼製溶接構造物の製造・組立ての際にガスシールドアーク溶接にて形成される溶接金属において、溶接金属中に固溶Tiを含有させるよう母材と溶接ワイヤの成分調整を行うことで前記Al,Nによる影響を緩和できることを既に見出している(特願平11−66228号公報)。
【0005】
ところが、この先の提案では、外部から溶接金属中に混入してくるガス成分、とりわけNに関して考慮したものではなかった。このため、特に屋外現場でガスシールドアーク溶接施工を行う際には、風に対して弱くシールド不良の危険性があることから、ガスシールド条件によっては、Nが多量に混入し所要の靱性を確保した溶接金属が得られない場合があるのが実情である。
【0006】
溶接金属中にNが混入することで、靱性確保のために必要な前記Ti,Bなどの元素がそれぞれ化合物を形成してそれらの効果が消失し、靱性が低下してしまう。また、こればかりでなく、固溶Nはマトリックス中の転位を固着する作用があるので、より靱性低下を生じさせることになる。そして、通常、溶接は多層盛り(各層が1パス又は複数パスで行われる多層の溶接ビード積層法)で行われるため、溶接金属のなかでも、次パスによる熱影響を受けた再熱部では固溶Nがほとんど析出され、一方、原質部では非平衡状態にて室温まで冷却されるため固溶Nの析出量が少なく、つまり固溶Nが再熱部に比べて多く存在し固溶Nによる悪影響が大きい。よって、優れた靱性を示す溶接金属を形成するには、この原質部の固溶Nを制御することが必要となる。なお、本発明でいうところの溶接金属原質部とは「溶接金属において次パスによる熱影響を受けていない溶接ままの領域」を意味し、最終パスにより形成された溶接金属で代表されるものである。
【0007】
このように本発明が解決しようとする課題は、鋼製溶接構造物の製造・組立てに際し、屋外現場でのガスシールドアーク溶接施工において風などによってシールド性が悪化した場合でも優れた靱性を示す溶接金属を形成しうるようにするには、どのような手段を講じればよいかという点にある。
【0008】
【課題を解決するための手段】
前記の課題を解決するものとして、請求項1の発明は、鋼のガスシールドアーク溶接を行って形成される溶接金属であって、鋼のガスシールドアーク溶接を行って形成される溶接金属であって、重量%で、C:0.02〜0.12%、Si:0.10〜0.80%、Mn:0.05〜2.00%、Ti:0.020〜0.100%、B:0.0100%以下、O:0.010〜0.080%、N:0.0150%以下、Al:0.002〜0.050%をそれぞれ含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、溶接金属原質部組織中に存在するマルテンサイト及び残留オーステナイト組織の総量が、体積%で、2.0〜5.0%であることを特徴とする靱性に優れた溶接金属である。
【0009】
また、請求項2の発明は、請求項1の溶接金属成分に加えて、重量%で、Cu:0.01〜2.00%、Ni:0.01〜3.00%のうちの1種以上を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、溶接金属原質部組織中に存在するマルテンサイト及び残留オーステナイト組織の総量が、体積%で、2.0〜5.0%であることを特徴とする靱性に優れた溶接金属である。
【0010】
【発明の実施の形態】
以下、このような特徴を有する本発明について説明する。本発明者らは、ガスシールドアーク溶接施工において風などによってシールド性が悪化して溶接金属中にNが多量に混入した場合にも良好な靱性を持つ溶接金属を形成すべく研究を重ねた結果、溶接金属原質部組織中に存在するマルテンサイト及び残留オーステナイト組織(以下、MAという)の総量を規定し、原質部組織中の該MAに固溶Nを濃縮させてマトリックス全体への固溶Nの拡散を抑制し、これによって固溶Nによる転移固着作用を弱めることで固溶Nによる靱性低下を抑制しうることを見出し、本発明をなしたものである。なお、MAは、マルテンサイト及び残留オーステナイト組織の複合組織の総称であり、該MAに固溶Nを濃縮させるべく原質部組織内に分散させるものであり、マルテンサイト組織と残留オーステナイト組織の機能に差はなくこの点において特に該両者を区別するものではない。
【0011】
ところで一般に、鋼製溶接構造物における溶接金属の靱性改善の観点からすると、溶接熱影響部中に存在するMAは靱性に悪影響を及ぼすことが知られている。これはその組織が不均一になり亀裂が発生しやすいことに起因しており、該MAのサイズ、含有割合(体積%)などに依存することも知られている。
【0012】
これに対して、本発明に係る溶接金属においては、O(酸素)の添加により多量の酸化物を組織内に分散させることでMA自体の存在による靱性への悪影響を低減するようにし、溶接金属原質部組織中にMAを分散させることにより、前述のように固溶Nによる靱性低下を抑制して所要の良好な靱性が得られるものである。以下に本発明をより詳しく説明する。
【0013】
まず、Oの添加については、溶接金属中にアシキュラーフェライトの生成核となる酸化物を形成して靱性確保を図るためのものであり、そのO量の調整は、例えば、溶接ワイヤのフラックス成分中にTi酸化物を適宜含有させることにより行うことができる。
【0014】
次にMAについては、溶接施工時の入熱を適切に設定するとともに、主として溶接ワイヤ成分を適切に組み合わせることにより、本発明で規定する範囲のMA量を存在させることが可能である。すなわち、MA量については、溶接施工時の入熱を適切に設定する一方、溶接ワイヤに含有させるTi量及びMn量の調整により溶接金属の焼入れ性を高めるとともに、Si量の調整によりアシキュラーフェライト生成後の未変態オーステナイトがセメンタイトとして分解することを抑制することで、本発明で規定する範囲に制御することが可能である。
【0015】
後述の実施例において示すように、Si、Mn及びTiの添加量バランスによりMA量には比較的大きな差が現れるので、溶接ワイヤに含有させるこれら3元素の添加量や量比を一概に数値で定めることは難しい。しかしながら、入熱などの溶接施工条件及び溶接ワイヤ成分を事前に実験にて求めておけば、実際の溶接施工への適用は可能である。以下に、本発明に係る溶接金属の化学組成、及びその溶接金属原質部組織中に存在するMA(マルテンサイト及び残留オーステナイト組織)の限定理由について説明する。なお、化学組成値は重量%であり、MAの値は体積%である。
【0016】
Cは溶接金属の強度を確保するために欠かせない元素であり、かつ、MAを存在させるために極めて重要であり、そのためには0.02%以上含有されていることが必要である。一方、0.12%を超えて含有させると溶接金属の過度の強度上昇により靱性の低下を招く。したがって、C含有量は0.02〜0.12%とし、より好ましくは0.04〜0.07%である。
【0017】
Siは脱酸作用を持ち、歩留ったものはフェライトを固溶強化させる作用を有することから溶接金属には欠かせない元素で、また、溶接金属原質部組織中のMA生成量に影響を与える元素であり、そのためには0.10%以上含有されていることが必要である。一方、0.80%を超えて含有させると溶接金属の過度の強度上昇により靱性の低下を招く。したがって、Si含有量は0.10〜0.80%とし、より好ましくは0.20〜0.50%である。
【0018】
Mnは溶接金属の強度を確保するために欠かせない元素であり、そのためには0.50%以上含有されていることが必要である。一方、2.00%を超えて含有させると焼入れ性が過大となり靱性の低下を招く。したがって、Mn含有量は0.50〜2.00%とし、より好ましくは1.00〜1.60%である。
【0019】
Tiは溶接金属中にアシキュラーフェライトの生成核となる酸化物の構成元素として極めて重要な元素である。アシキュラーフェライトの生成に有効に働く酸化物を形成するには溶接金属中にTiが0.020%以上含有されていることが必要である。一方、0.100%を超えて含有させると溶接金属の過大な強度上昇により靱性の低下を招く。したがって、Ti含有量は0.020〜0.100%とし、より好ましくは0.040〜0.080%である。
【0020】
Bは溶接金属中に固溶したNを固定する作用と粒界フェライトの生成を抑制する作用があって靱性向上に必要な元素である。過剰にBが含有されると溶接割れを引き起こすことからB含有量の上限値は0.0100%とし、B含有量のより好ましい範囲は0.030〜0.080%である。
【0021】
Oは溶接金属中にアシキュラーフェライトの生成核となる酸化物の構成元素として極めて重要な元素である。アシキュラーフェライトの生成に有効に働く酸化物を形成するには溶接金属中にOが0.010%以上含有されていることが必要である。一方、0.080%を超えて含有させるとその酸化物が粗大化するために均一微細なアシキュラーフェライトの生成にとって不都合となる。したがって、O含有量は0.010〜0.080%とし、より好ましくは0.020〜0.050%である。
【0022】
Nは先にも述べたように溶接金属の靱性の低下を引き起こすことから、従来より、溶接金属ではその含有量が厳しく制限されてきた元素である。本発明に係る溶接金属では0.0150%まで許容することができる。0.0150%を超えてNが含有されると本発明に係る溶接金属でもってしても靱性が悪化し、また、ブローホールの生成などの悪影響が生じることから、N含有量の上限値を0.0150%とし、より好ましくは0.010%以下である。
【0023】
溶接金属原質部組織中に存在するMA(マルテンサイト及び残留オーステナイト組織)は、先にも述べたように溶接金属中の固溶Nによる靱性低下を抑制する効果を持つことから極めて重要である。このような効果を発揮するにはMA量が2.0%以上であることが必要である。一方、MA量が5.0%を超えて形成されると逆に靱性を低下させてしまう。したがって、溶接ままの溶接金属中に存在するMA量は2.0〜5.0%とし、より好ましくは2.0〜4.0%である。なお、MA量の計測は、光学顕微鏡装置を用いて溶接ままの溶接金属組織断面を倍率1000倍で10個の視野分の写真撮影を行い、各写真撮影試料それぞれについて、画像解析により、溶接ままの溶接金属組織のアシキュラーフェライト間に存在する5μm以下のマルテンサイト及び残留オーステナイトを求めてその体積%を算出し、これら10個の試料の平均値を求めるようにした。
【0024】
以上の他に、Cu,Ni,Alなどは溶接金属中に含有させることで溶接金属にさらに優れた靱性を付与しうる元素群である。これら元素群の限定理由を以下に述べる。
【0025】
Cuは焼入れ性を高めて組織を微細化する作用がある。その作用のためには溶接金属中にCuが0.01%以上含有されていることが必要である。一方、2.00%を超えて含有させると溶接金属の過度の強度上昇により靱性の低下を招く。したがって、Cu含有量は0.01〜2.00%とし、より好ましくは0.01〜1.50%である。
【0026】
Niは大入熱溶接であっても安定した靱性を確保するために含有させる元素であり、そのためには0.01%以上含有されていることが必要である。一方、3.00%を超えて含有させると溶接金属の強度が高くなりすぎ逆に靱性の低下を招く。したがって、Ni含有量は0.01〜3.00%とし、より好ましくは0.50〜1.50%である。
【0027】
Alは強い脱酸作用を持ち、溶接金属の物性を高めるのに有効な成分であり、そのためには0.002%以上含有されていることが必要である。一方、Alは過剰に含有させるとTiとともに粗大な酸化物として溶接金属中に残存するため、酸化物によるアシキュラーフェライト生成効果を消失させてしまう。よって、Al含有量は0.002〜0.050%とし、より好ましくは0.005〜0.030%である。
【0028】
【実施例】
以下、本発明に係る溶接金属を得る実施例について説明する。表1に示す溶接試験条件でフラックス入り溶接ワイヤを使用した炭酸ガスアーク溶接を行って溶接継手を製作し、得られた溶接金属についてシャルピー衝撃試験を行ってその靱性を評価した。
【0029】
溶接にあたり、シールドガスとして炭酸ガスのみを使用した通常の溶接(表4中の実施例1,2、及び表5中の比較例1)を行う一方、屋外現場において風などによってシールド性が悪化して溶接金属中にNが多量に混入する場合を想定して溶接金属中のN含有量を意図的に高めるために、炭酸ガス(CO2 )と窒素ガス(N2 )との混合ガスを使用した高N条件での溶接(表4中の実施例3〜実施例20、及び表5中の比較例2〜比較例12)を行った。
【0030】
表2に母材である供試鋼板(490N/mm2 級高張力鋼)の化学成分を示し、表3に使用した溶接ワイヤ(No.1〜No.27)の化学成分を示す。また、表4に実施例における溶接金属の化学成分とMA量を示すとともに、表5に比較例における溶接金属の化学成分とMA量を示す。MA量は最終パスで計測した値である。
【0031】
溶接金属の靱性評価については、最終層部分が含まれるよう継手母材表面より深さ2mmの位置がシャルピー試験片上面となるように該継手の溶接金属より前記試験片を切り出しJIS Z 3111に基づいてシャルピー衝撃試験を実施し、−40℃における吸収エネルギー(vE-40 )を測定し、その値が75J以上のものを合格(○)とした。その結果を前記の表4及び表5に示す。
【0032】
【表1】
【0033】
【表2】
【0034】
【表3】
【0035】
【表4】
【0036】
【表5】
【0037】
表5から分かるように、比較例1〜12では、本発明で規定する要件の何れかを欠くため、「吸収エネルギー値≧75J」を満たす靱性の良好な溶接金属が得られていない。すなわち、比較例1はシールド性の良い通常N条件であるもののMA量が本発明で規定する下限値2.0%をわずか下回るため、吸収エネルギー値(vE-40 )が72Jとなって合格値である75Jに達していない。比較例2は、比較例1と同ワイヤを使用しているものの高N条件で、かつMA量が下限値を下回るために靱性が悪い。
【0038】
また、比較例3はC量が上限値を外れ、比較例4はSi量が上限値を外れ、比較例5はMn量が上限値を外れ、比較例6はAl量が上限値を外れるために、これらいずれも靱性が低い溶接金属が形成されている。また、比較例7はTi量が上限値を外れ、比較例8はB量が上限値を外れ、比較例9はO量が上限値を外れるために、いずれも靱性が低い溶接金属が形成されている。またさらに、比較例10はCu量及びMA量が上限値をそれぞれ外れ、比較例11はNi量が上限値を外れ、比較例12はN量が上限値を外れるために、いずれも靱性の低い溶接金属が形成されている。
【0039】
これに対して本実施例は、表4から明らかなように、シールド性の良い通常N条件の場合(実施例1,実施例2)、及びシールド性の悪化を想定しての高N条件の場合(実施例3〜実施例20)のいずれにおいても、吸収エネルギー値が75J以上という靱性の良好な溶接金属が得られている。
【0040】
【発明の効果】
以上述べたように、本発明によれば、鋼製溶接構造物の製造・組立てに際し、屋外現場でのガスシールドアーク溶接施工において風などによってシールド性が悪化した場合でも優れた靱性を示す溶接金属を形成させることができ、鋼製溶接構造物の信頼性向上に寄与することができる。
Claims (2)
- 鋼のガスシールドアーク溶接を行って形成される溶接金属であって、重量%で、C:0.02〜0.12%、Si:0.10〜0.80%、Mn:0.05〜2.00%、Ti:0.020〜0.100%、B:0.0100%以下、O:0.010〜0.080%、N:0.0150%以下、Al:0.002〜0.050%をそれぞれ含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、溶接金属原質部組織中に存在するマルテンサイト及び残留オーステナイト組織の総量が、体積%で、2.0〜5.0%であることを特徴とする靱性に優れた溶接金属。
- 請求項1の溶接金属成分に加えて、重量%で、Cu:0.01〜2.00%、Ni:0.01〜3.00%のうちの1種以上を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなり、溶接金属原質部組織中に存在するマルテンサイト及び残留オーステナイト組織の総量が、体積%で、2.0〜5.0%であることを特徴とする靱性に優れた溶接金属。
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