JP3660565B2 - クラッタ抑圧装置 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
この発明は、レーダ装置において意図せずに受信される不要反射波(クラッタ)を抑圧するクラッタ抑圧装置に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
レーダ装置において、地面、海面、雲や雨などからの不要反射エコー(クラッタ)の抑圧は、目標検出のためには必須である。
図17は、特公平3−2433号公報に開示されたクラッタ抑圧装置の構成を概念的に表した図である。
図17において、101はグランドクラッタやシークラッタのような固定クラッタを抑圧するための固定クラッタ消去器、102は固定クラッタ消去器101の出力信号の振幅と位相の補正を行うための振幅・位相補正器、103はウェザクラッタのように反射源が移動するクラッタを抑圧するための移動クラッタ消去器である。なお、図17において、表記を簡略化するために、入力信号は同相信号を実部、直交信号を虚部とする複素信号とする。
【0003】
上記構成において、固定クラッタ消去器101では、グランドクラッタやシークラッタのような反射源が動かない、もしくは動いたとしても非常に速度の遅い反射源からのクラッタを抑圧する。しかし、それだけでは、ウェザクラッタのような移動クラッタが存在すれば、固定クラッタ消去器101だけでは消去できないため、これを抑圧するために、移動クラッタ消去器103を設けている。振幅・位相補正器102では、固定クラッタ消去器101の出力信号に対して、移動クラッタが固定クラッタのように見えるように振幅と位相の補正を行う。固定クラッタ消去器101と移動クラッタ消去器103の実体は、ノッチ周波数が0の高域通過フィルタである。伝達関数が1−z-1の単一消去器や、(1−z-12の2重消去器はその例である。
【0004】
実際には、固定クラッタは捜索レーダの探知距離まで広がっているわけではない。通常、近距離までしか広がっていない。移動クラッタはもっと複雑である。レーダにおけるパルス間隔に依存して、レンジアンビギュイティが存在する場合もある。すなわち、実際のクラッタの距離とドップラー周波数に関する分布は複雑である。それに対して、図17に示す構成では、固定クラッタ消去器101も移動クラッタ消去器103も全距離にわたって適用することになる。例えば、遠距離にしか移動クラッタが存在しないのに、近距離に移動クラッタとほぼ同じドップラー周波数の目標信号があったとすれば、目標信号まで消去してしまうことになる。
【0005】
一方、実際のクラッタの距離に関する分布に適応してクラッタ抑圧を行うクラッタ抑圧装置が文献1(A. Wojtkiewicz and M. Tuszynsky、 "Polish radar technology Part V. Adaptive MTI filters for uniform and staggered sampling、" IEEE Transactions on Aerospace and Electronic Systems、 vol. 27、 No. 5、 September 1991)に開示されている。
【0006】
図18は、上記文献に開示されたクラッタ抑圧装置を示す構成図である。
図18において、111は固定クラッタを抑圧するための固定クラッタ抑圧フィルタ、112は移動クラッタを抑圧するための移動クラッタ抑圧フィルタ、113はクラッタマップを生成するためのクラッタパラメータ推定器・クラッタマップ生成器、114はクラッタパラメータ推定器・クラッタマップ生成器113でのクラッタマップに基づいて固定クラッタ抑圧フィルタと移動クラッタ抑圧フィルタを個別にオン・オフ制御するフィルタ制御器である。なお、図18において、表記を簡略化するために、入力信号は同相信号を実部、直交信号を虚部とする複素信号とする。
【0007】
クラッタパラメータ推定器・クラッタマップ生成器113で受信クラッタ電力、固定クラッタ抑圧フィルタ111の出力電力、移動クラッタのドップラー周波数を推定し、クラッタマップを生成する。図17に示す構成と異なり、これは距離に応じたものとなるため、距離によってグランドクラッタ(あるいはシークラッタ)やウェザクラッタの有無を知ることができる。そして、生成したクラッタマップに基づいて、フィルタ制御器114で固定クラッタ抑圧フィルタと移動クラッタ抑圧フィルタに対して個別にオン・オフの制御を行う。従って、実際のクラッタの距離に関する分布に適応して、クラッタ抑圧を行うことができる。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、上述した図17や図18に示す構成では以下の問題点がある。・送信パルスが不等間隔であるスタガトリガ方式の場合、固定クラッタと移動クラッタの両方を抑圧するために固定クラッタ抑圧フィルタと移動クラッタ抑圧フィルタを縦続接続したとき、固定クラッタ抑圧フィルタを通過した信号はパルス間隔が不等間隔であるゆえに波形がひずんでしまい、後段の移動クラッタ抑圧フィルタで十分にクラッタを抑圧できない。図17に示す構成では、振幅・位相補正器102を設けているものの、正弦波ではないスペクトルの広がったクラッタに対しては、個々の周波数成分に対して補正を行わなければならないため、現実には補正は困難である。周波数特性の観点から言えば、2つの異なるノッチ周波数を持つ時変フィルタを縦続に接続しても、前段のフィルタのノッチ周波数に周波数特性の零点ができるが、もう一方の周波数に零点が形成されないため、パワースペクトル形状に2つの山を持つ双峰性クラッタ抑圧は困難である。
・固定クラッタ抑圧フィルタ111の入出力信号の電力からは目標信号の有無はわからない。目標信号の消去を避けるためにその存在を認識するには、アンテナビームを数回スキャンしてクラッタマップを更新していかなければならない。
【0009】
クラッタ抑圧フィルタを通過した信号がひずんでしまうことを正弦波を例にして示す。クラッタ抑圧フィルタを伝達関数1−z-1の単一消去器、クラッタ抑圧フィルタへの入力信号を0でない周波数fの正弦波exp[2πft]、スタガパルス間隔τ1、τ2、τ3の3スタガとする。サンプル点時刻をtnとする(n=1,2,・・・)。簡単のため、同相成分のみ考える。直交成分についても同様である。
【0010】
まず、等間隔サンプリングの場合を考える。パルス間隔をΔtとする。このとき、tn=(n−1)Δtである。クラッタ抑圧フィルタ入力信号の同相成分は、cos(2πftn)である。クラッタ抑圧フィルタ出力信号をy(tn)は式(1)となり、やはり正弦波である。
【0011】
【数1】
Figure 0003660565
【0012】
一方、3スタガ時には、クラッタ抑圧フィルタ出力信号は式(2)となるが、tnによって3通りとなる。式(2)で、T=τ1+τ2+τ3、n′は整数である。しかし、これらを時刻順にスタガパルス列間隔を考慮して並べたy(tn)はもはや正弦波ではない。
【0013】
【数2】
Figure 0003660565
【0014】
図19に伝達関数1−z-1の単一消去器に周波数100Hzの複素正弦波を入力したときの同相成分の入出力波形を示す。
パルス間隔は400μs,300μs,500μsで、3スタガである。
図19において、黒丸と黒三角はサンプル点時刻を示す。黒丸で示す入力正弦波の周波数成分は、正弦波の波形を保持しているものの、黒三角で示す出力波形は、波形がひずんでしまい、もはや正弦波ではでないことがわかる。このように、スタガトリガ方式では、等間隔サンプリングの場合と異なり、一旦フィルタを通ってしまうと波形ひずみが生ずることがわかる。従って、特に、固定クラッタと移動クラッタが重畳した場合、固定クラッタ抑圧フィルタ出力信号を移動クラッタ抑圧フィルタに入力しても、固定クラッタを通過したことによる波形ひずみのために高いクラッタ抑圧性能を期待できない。
【0015】
周波数特性の観点から見たとき、2つのノッチフィルタを縦続に接続しても、2つの周波数に零点ができないことを例示する。
上述の例と同じパルス間隔で、ノッチ周波数が0Hzと−600Hzの2つの時変フィルタを縦続に接続したときの等価振幅2乗特性を図20に示す。前段のフィルタがノッチ周波数0Hzである。それぞれのフィルタは0Hzと−600Hzに零点が形成されているが、縦続接続した総合特性は、0Hzに零点ができているが、−600Hzには零点が形成されていない。これでは、固定クラッタと移動クラッタが重なったとき、特に、移動クラッタ抑圧は期待できない。
【0016】
一方、特開昭64−72090号公報には、スタガを行わない場合の周波数特性に近似的に合わせることで、固定クラッタと移動クラッタが重なっても十分なクラッタ抑圧性能を得ようとするクラッタ抑圧フィルタの計算方法が開示されている。しかし、計算方法はあくまで近似であり、必ずしも十分な阻止域減衰量が得られるとは限らず、その場合には移動クラッタに対して十分なクラッタ抑圧性能が得られない。
【0017】
この発明は以上のような問題点を解決するためになされたもので、複数のクラッタが重畳したときでもクラッタ抑圧性能の高いクラッタ抑圧装置を提供するものである。また、1コヒーレントプロセッシングインターバル内で、目標信号の存在を考慮して実際のクラッタの距離に関する分布に適応してクラッタ抑圧を行うことが可能となるクラッタ抑圧装置を提供するものである。
【0019】
【課題を解決するための手段】
この発明に係るクラッタ抑圧装置は、スタガトリガ方式のレーダにおいて受信される不要反射エコーであるクラッタを抑圧するクラッタ抑圧装置において、ディジタル同相・直交信号に変換された受信信号中に含まれるクラッタの中心周波数を、クラッタが1つから複数I個まで存在すると仮定して最大エントロピー法に基づいて推定するクラッタ中心周波数推定手段と、それぞれi点(i=1,2,・・・,I)の周波数に周波数特性の零点を持ち、上記受信信号を入力として並列に接続されたI個のノッチフィルタと、上記クラッタ中心周波数推定手段でクラッタがi個(i=1,2,・・・,I)存在すると仮定して推定されたi個(i=1,2,・・・,I)の周波数にノッチを持つようにスタガトリガの各パルス間隔に応じて上記I個のノッチフィルタの係数を計算するI個のフィルタ係数計算手段と、上記受信信号と、上記I個のノッチフィルタの出力信号を入力とし、そのうちの1つの信号を選択出力する選択手段と、上記クラッタ中心周波数推定手段により得られるAR(auto-regressive)モデルの極に基づき、上記選択手段で選択出力すべき信号を、複数の連続するレンジビンからなるブロック毎に判定する判定手段とを備えたことを特徴とするものである。
【0020】
また、1個の周波数にノッチを持つノッチフィルタの係数を計算するフィルタ計算手段は、あらかじめ計算しておいたノッチ周波数0のノッチフィルタ係数を格納する手段を備え、上記格納手段から読み出した係数から上記クラッタが1つ存在すると仮定して推定されたクラッタ中心周波数推定値に周波数特性の零点を持つように計算することを特徴とするものである。
【0023】
また、スタガトリガ方式のレーダにおいて受信される不要反射エコーであるクラッタを抑圧するクラッタ抑圧装置において、ディジタル同相・直交信号に変換された受信信号中に含まれるクラッタの中心周波数を、クラッタが1つから複数I個まで存在すると仮定して最大エントロピー法に基づいて推定するクラッタ中心周波数推定手段と、i個(i=1、2、・・・、I)縦続接続された時変フィルタがそれぞれi=1、2、・・・、Iに対して上記受信信号を入力として並列に接続された合計I(I+1)/2個の時変フィルタと、上記受信信号と、上記i個(i=1、2、・・・、I)縦続接続された時変フィルタの最終段の複数I個の出力信号を入力とし、それらのうちの1つの信号を選択出力する選択手段と、上記クラッタ中心周波数推定手段において得られるARモデルの極に基づき、上記選択手段で選択出力すべき信号を、複数の連続するレンジビンからなるブロック毎に判定する判定手段とを備え、上記i個(i=1、2、・・・、I)縦続接続された時変フィルタの全体の特性としては、クラッタがi個存在すると仮定したときの上記クラッタ中心周波数推定手段における複数i個のクラッタ中心周波数推定値に周波数特性の零点を持つことを特徴とするものである。
【0024】
また、上記i個(i=1、2、・・・、I)縦続接続された時変フィルタのうちの各々最初段の時変フィルタの係数を計算する手段は、あらかじめ計算しておいたノッチ周波数0のノッチフィルタ係数を格納する手段を備え、上記格納手段から読み出した係数を用いて、各々i個クラッタが存在するとして推定されたクラッタ中心周波数推定値のうちの1つに周波数特性の零点を持つように計算することを特徴とするものである。
【0025】
また、スタガトリガ方式のレーダにおいて受信される不要反射エコーであるクラッタを抑圧するクラッタ抑圧装置において、ディジタル同相・直交信号に変換された受信信号中に含まれるクラッタの中心周波数を、クラッタが最大複数I個存在すると仮定して最大エントロピー法に基づいて推定するクラッタ中心周波数推定手段と、上記受信信号を入力とする縦続接続された複数I個の時変フィルタと、上記受信信号と上記複数I個のそれぞれの時変フィルタ出力信号を入力とし、それらのうちの1つの信号を選択出力する選択手段と、上記クラッタ中心周波数推定手段において得られるARモデルの極に基づき、上記選択手段で選択出力すべき信号を、複数の連続するレンジビンからなるブロック毎に判定する判定手段とを備え、上記縦続接続された複数I個の時変フィルタの全体の特性としては、上記クラッタ中心周波数推定手段における複数I個のクラッタ中心周波数推定値に周波数特性の零点を持つことを特徴とするものである。
【0026】
また、上記縦続接続された時変フィルタのうちの最初段の時変フィルタの係数を計算する手段は、あらかじめ計算しておいたノッチ周波数0のノッチフィルタ係数を格納する手段を備え、上記格納手段から読み出した係数を用いて、クラッタ中心周波数推定値のうちの1つに周波数特性の零点を持つように計算することを特徴とするものである。
【0027】
さらに、上記判定手段は、上記クラッタ中心周波数推定手段により得られるARモデルの極および上記選択手段入力信号の電力に基づいて、上記選択手段で選択出力すべき信号を複数の連続するレンジビンからなるブロック毎に判定することを特徴とするものである。
【0028】
【発明の実施の形態】
実施の形態1.
図1は、この発明の実施の形態1に係るクラッタ抑圧装置の構成を示すブロック図である。
この発明におけるクラッタ抑圧装置は、通常レーダ装置を構成する一要素であり、レーダ装置に組み込んだ形で使用する。図1に示すクラッタ抑圧装置は、スタガトリガ方式で、かつ固定クラッタと移動クラッタが重畳した場合のように、スペクトルとしてピークが2つあるクラッタを対象とするが、3つ以上のクラッタが重畳している場合に対しても拡張は容易である。
【0029】
図1において、4はノッチ(振幅特性の零点)周波数が2箇所あるFIR(Finite Impulse Response)形のノッチフィルタで、スタガトリガの各パルス間隔に応じて後述するフィルタ係数計算手段6からのフィルタ係数に基づいて受信信号をフィルタ処理してクラッタを抑圧する。5aはディジタル同相・直交信号に変換された受信信号中に含まれる複数クラッタのそれぞれの中心周波数を推定するもので、スペクトルのピークが2つあるクラッタのそれぞれの中心周波数を推定するクラッタ中心周波数推定手段、6はクラッタ中心周波数推定手段5aで推定された2つのクラッタ中心周波数にノッチを持つようにノッチフィルタ4の係数を計算するフィルタ係数計算手段である。
【0030】
ここで、固定クラッタと移動クラッタが重畳して、ピークが2つあるスペクトルを双峰性スペクトルと呼ぶ。他方、クラッタとして固定クラッタか移動クラッタの一方のみ存在し、ピークが1つあるスペクトルのことを単峰性スペクトルと呼ぶ。目標信号によるスペクトルのピークは数えないものとする。
また、単峰性スペクトルを持つクラッタを単峰性クラッタ、双峰性スペクトルを持つクラッタを双峰性クラッタと呼ぶことにする。
なお、フィルタはディジタルフィルタとする。
【0031】
図1の動作の説明の前に、表記法を以下に記す。
スタガトリガ方式スタガ数をLとして、i≦Lに対してはτi=PRIi,i>Lに対してはτL+1=PRI1,τL+2=PRI2、・・・,τ2L-1=PRIL-1,τ2L=PRIL,τ2L+1=PRI1,・・・とする。
【0032】
Figure 0003660565
【0033】
次に、図1に示す構成の動作について説明する。
クラッタ中心周波数推定手段5aは、受信信号中の双峰性クラッタの中心周波数を推定する。推定法としては、例えば、文献2(原沢、真野:“メジアンフィルタを用いたアダプティブMTI”電子情報通信学会論文誌B−II、 vol. J79-B-II、 No. 12、 pp. 1013-1021、 Nov., 1996)などに示されている方法を用いる。文献2の方法を用いた場合、ヒット毎に異なる推定値が得られるので、それを平均したものを推定されたクラッタ中心周波数とする。平均操作は、推定された周波数を偏角とする絶対値1の複素数に対して行い、それを再び偏角に直す。推定されたクラッタ中心周波数をfc21、fc22とする。これは平均PRIの逆数(1/PRIav)で正規化された周波数とする。フィルタ係数計算手段6では、クラッタ中心周波数推定手段5aでの推定結果fc21、fc22をノッチ周波数とするノッチフィルタ係数を計算する。以下、それについて説明する。
【0034】
文献3(H. W. Thomas、 N. P. Lutte、 and M. W. Jelffs、 "Design of m.t.i. filters with staggered p.r.f: a pole-zero approach、" Proc. IEE、 vol. 121、 no. 12、 p. 1460-1466、 1974)によれば、スタガトリガ方式の場合、固定クラッタ抑圧のために、従来の2重消去器などのようにフィルタ係数を時不変とするのではなく、処理を行おうとする信号のパルスの位置(あるいはパルス間隔)に応じてフィルタ係数を変えると、スタガトリガ方式でも周波数0に多重零点を持つ阻止域幅の広いノッチフィルタを得ることができる。この方法は、固定クラッタのように単峰性スペクトルを持つクラッタを対象としている。しかし、2つの周波数に多重零点を持たせるように拡張することができる。双峰性クラッタを、それら2つの中心周波数に多重零点を持つ1つのフィルタで処理すれば、複数ノッチフィルタの縦続接続使用時にフィルタを通過することによる波形ひずみの影響に起因するクラッタ抑圧性能の低下から逃れることができる。
【0035】
スタガトリガ方式におけるフィルタの等価振幅2乗特性G(f)を式(3)〜(4)に示す。ここで、周波数fは正規化されていない周波数である。gimはフィルタ係数で、添字のiは処理を行うパルスの位置によって係数が変わる時変フィルタであることを意味する。Mはフィルタのインパルス応答長である。
【0036】
【数3】
Figure 0003660565
【0037】
式(3)、(4)より、スタガトリガ方式のフィルタの等価振幅2乗特性は、複数の周波数応答の絶対値2乗和である。各周波数応答Ci(f)がi=0,1,・・・,L−1すべてに対してf=0に零点を持つようにフィルタ係数を決めれば、等価振幅2乗特性もf=0に零点を持つ。そのような係数は、もはや各Ci(f)に対して共通ではなく、iによって異なる。すなわち、固定クラッタ抑圧に対しても時変フィルタである。これが文献3で開示されている設計方法の基本である。
【0038】
まず、文献3で開示されているフィルタの設計方法を説明する。
式(5)のように時間δTを定義し、遅延演算子z-1をδTだけの遅延を与える素子と定義する。単位円はz=exp[j2πfδT]と表される。各周波数応答Ci(f)に対応する伝達関数Ci(z)(i=0,1,・・・,L−1;以下同様)は式(6)のように表せる。式(6)の各式の項数はMであり、無限に続くわけではない。
【0039】
【数4】
Figure 0003660565
【0040】
例えば、等間隔パルス時の2重消去器の伝達関数は(1−z-12であり(ここでのz-1はパルス繰返し周期分の遅延)、z=1、すなわち周波数0に2重零点を持つ。これ以上の自由度は持たない。スタガトリガ方式でも、すべてのCi(z)を、z=1に(M−1)重零点を持つように係数gimを決めることができる(これ以降、z-1はδTだけの遅延を与える素子)。このとき、もはや係数の自由度はこれ以上ない。(M−1)重零点だけで自由度は消費される。
【0041】
i(z)、およびそのzに関する1階から(M−2)階導関数に対して、z=1のときに0となるように係数を決めると、(M−1)重零点が実現できる。iを固定して考える。式(7)のようにおくことにより、(M−1)個の方程式ができる。未知係数はgi0、gi1、・・・、gi、M-1でM個あり、方程式が1つ少ないが、gi0を任意に決められる。例えば1とする。後でフィルタの通過域ゲインを調整するために同一の値をgi0、gi1、・・・、gi、M-1に掛ければよい。
【0042】
【数5】
Figure 0003660565
【0043】
こうして(M−1)元1次連立方程式ができるので、それを解けばフィルタ係数が得られる。そして、これをi=0、1、・・・、L−1に対して繰り返して行えばよい。
さて、式(6)のzの指数を式(8)のように書くことにする。暫定的にgi0=1とする。また、ベクトルgiを式(9)にように定義し、連立方程式を行列形式で式(10)のように表すことにする。式(7)より、式(10)のbとAiはそれぞれ式(11)、(12)のようになる。ベクトルbはiに依存しない。
【0044】
【数6】
Figure 0003660565
【0045】
式(12)でqは(行番号−1)である(q=1、2、・・・、M−2)。行番号は1から始める。Aiは(M−1)×(M−1)の行列である。式(10)を解くことで、特定のiに対する係数は求められる。式(10)をi=0、1、・・・、L−1に対してL回解くことで、f=0に(M−1)重零点を持つ時変フィルタが設計できる。多重零点なので、阻止域幅も広く確保できる。以上が文献3に開示されたフィルタ設計方法である。
【0046】
次に、フィルタ係数計算手段6の動作である、2つの周波数に多重零点を持つ時変フィルタの係数計算手順について説明する。
上の考え方を応用すると、f=fAにk1重零点、f=fBにk2重零点を持つようにフィルタを設計できる(fA、fBともに正規化されていない周波数)。だたし、k1+k2=M−1であり、これで自由度はすべて消費される。fA、fBは、クラッタ中心周波数推定手段5aでの推定結果fc21、fc22(平均PRIの逆数で正規化された周波数)に対して、式(13)のように与える。
【0047】
【数7】
Figure 0003660565
【0048】
i(z)、およびそのzに関する1階から(k1−1)階導関数に対して、z=exp[j2πfAδT]のときに0となるようにする。かつ、Ci(z)、およびそのzに関する1階から(k2−1)階導関数に対して、z=exp[j2πfBδT]のときに0となるようにする。こうして(M−1)個の方程式ができる。方程式が1つ少ないが、gi0を任意に決められる。例えば1とする。後でフィルタの通過域ゲインを調整するために同一の値をgi0、gi1、・・・、gi、M-1に掛ければよい。θ1、θ2を式(14)のように定義する。連立方程式を式(10)のように表したとき、Aiとbは式(15)〜(18)のようになる。
【0049】
【数8】
Figure 0003660565
【0050】
式(17)で、qはA1iの(行番号−1)である(q=1、2、・・・、k1−1)。A1iはk1×(M−1)の行列である。式(18)で、qはA2iの(行番号−1)である(q=1、2、・・・、k2−1)。A2iはk2×(M−1)の行列である。いずれも行番号は1から始める。
【0051】
連立方程式をi=0、1、・・・、L−1に対してL回解くことで、f=fAにk1重零点、f=fBにk2重零点を持つ時変係数のノッチフィルタの係数計算ができる。ここでは、2つの周波数にノッチを持つようにしたが、同様にして、3つ以上の周波数にノッチを持つようにノッチフィルタ係数を計算することは容易である。なお、一般に、レンジビンによってクラッタ中心周波数は変わるが、クラッタ中心周波数推定値が変わる毎にノッチフィルタ4の係数を計算する必要がある。
【0052】
時変係数を持つノッチフィルタ4による畳み込み処理は式(19)のようになる。フィルタ入力信号をu(tn)、出力信号をx(tn)とする。
【0053】
【数9】
Figure 0003660565
【0054】
以上はクラッタスペクトルが双峰性であるとして説明した。クラッタスペクトルのピークが3つ以上の場合に対処するとき、クラッタ中心周波数推定手段5aは、クラッタスペクトルのピークの個数と等しいクラッタ中心周波数推定値を出力する。ノッチフィルタ4は、クラッタスペクトルのピークの個数と等しい周波数特性の零点を持つことになる。
【0055】
以上のように、スタガトリガ時に2つ以上の周波数にノッチを持つようなノッチフィルタをクラッタ抑圧フィルタとして用いれば、複数のクラッタが重畳しても、クラッタ抑圧性能が高いクラッタ抑圧装置を構成することが可能となる。
【0056】
実施の形態2.
図2は、この発明の実施の形態2に係るクラッタ抑圧装置の構成図である。
図2に示すクラッタ抑圧装置は、通常レーダ装置を構成する一要素であり、レーダ装置に組み込んだ形で使用する。
図2において、クラッタの数は最大2を想定する。1は単峰性クラッタを抑圧するための第1のノッチフィルタ(FIR形)、2は双峰性クラッタを抑圧するための第2のノッチフィルタ(FIR形)、5bは受信信号中のクラッタ中心周波数を推定するクラッタ中心周波数推定手段、6−1は第1のノッチフィルタの係数を計算する第1のフィルタ係数計算手段、6−2は第2のノッチフィルタの係数を計算する第2のフィルタ係数計算手段、10は受信信号、第1のノッチフィルタ1の出力信号、第2のノッチフィルタ2の出力信号の3つの信号から1つを選択して出力するための選択手段、20は選択手段10の3つの入力信号からどれを選択するかを判定するための判定手段である。
【0057】
以下、図面を参照してこの発明の第2の実施の形態について説明する。
レーダの送信信号としては、パルス信号、あるいはパルス圧縮を行うために周波数変調あるいは符号変調されたパルス信号を想定する。信号はレンジビンとヒットの2次元形式で表現する。受信信号をu(k、tn)、第1のノッチフィルタ出力信号をy1(k、tn)、第2のノッチフィルタ出力信号をy2(k、tn)とする。kはレンジビン番号(k=1、2、・・・、K)、nはヒット番号である(n=1、2、・・・、N)。K、Nはそれぞれ1コヒーレントプロセッシングインターバル中のレンジビン数とヒット数である。受信信号は受信機やA/D変換器などによりディジタル同相・直交信号に変換されている。表記の簡単化のため、各信号は同相信号を実部、直交信号を虚部とする複素ディジタル信号とする。
【0058】
第1のノッチフィルタ1は、単峰性クラッタ抑圧用の時変フィルタである。第2のノッチフィルタ2は、双峰性クラッタ抑圧用の時変フィルタである。第1のノッチフィルタ1及び第2のノッチフィルタ2のノッチ周波数はともに、クラッタ中心周波数推定手段5bで推定された周波数にノッチを持つようにする。第1及び第2のノッチフィルタ係数は、それぞれ推定された単峰性及び双峰性スペクトルの2つのピーク(中心)周波数にノッチを持つように、フィルタ係数計算手段6−1及び6−2で係数を計算する。前者については後述する。後者の計算方法は第1の実施の形態で説明した通りである。そのために、クラッタ中心周波数推定手段5bで、受信信号を単峰性スペクトルおよび双峰性クラッタと仮定して、それぞれ1次AR(auto-regressive)モデルと2次ARモデルを使ってクラッタ中心周波数の推定を行う。これは、文献2(原沢、真野:“メジアンフィルタを用いたアダプティブMTI”電子情報通信学会論文誌B-II、 vol. J79-B-II、 No. 12、 pp. 1013-1021、 Nov., 1996)で開示されている方法を使うことができる。最大エントロピー法に基づいて、ARモデルを用いた推定を行っている。
【0059】
クラッタ中心周波数推定はレンジビン毎に行う。単峰性および双峰性スペクトルの両方を仮定しているので、中心周波数推定結果はそれぞれ1通りおよび2通り出る。単峰性スペクトルを仮定した推定値f01 (b)をノッチ周波数とする第1のノッチフィルタ1でクラッタ抑圧処理を行う。第1のノッチフィルタ1の出力信号を判定手段20と選択手段10に出力する。第2のノッチフィルタ2では、双峰性スペクトルを仮定したクラッタ中心周波数推定値f021 (b)、f022 (b)をノッチ周波数とする。第2のノッチフィルタ2で受信信号に対してクラッタ抑圧処理を行い、判定手段20と選択手段10へ出力する。判定手段20では受信信号電力、第1のノッチフィルタ1の出力信号電力、第2のノッチフィルタ2の出力信号電力と、クラッタ中心周波数推定手段5bにおいてクラッタ中心周波数推定に利用するARモデルの極を併用して、3つの信号のうちのどれを出力すべきかを判定する。判定手段20での判定において、受信信号電力、第1のノッチフィルタ1出力信号電力、第2のノッチフィルタ2出力信号電力を使わない方法もある。判定手段20での判定結果に基づき、選択手段10で3つの信号のうち1つを選択出力する。選択手段10の出力信号はこのあと目標検出などに利用する。判定手段20の詳細な動作については後で説明する。また、f01 (b)などの(b)は、後で説明するように、全レンジビン数Kを適当なブロック長Bでブロック分けしたときのブロック番号である。b=1、2、・・・、K/Bである。f01 (b)、f021 (b)、f022 (b)は、平均PRIの逆数で正規化した周波数である。以下、周波数は断りのない限り、正規化された周波数である。
【0060】
01 (b)、f021 (b)、f022 (b)の算出について説明する。
文献2の推定法では、クラッタ中心周波数推定は受信信号のレンジビンとヒットごとに行うため、クラッタ中心周波数推定値はレンジビンkとヒットnに依存する。単峰性スペクトルを仮定するときは1次ARモデル、双峰性スペクトルクラッタを仮定すると2次ARモデルを用いることになる。クラッタ中心周波数推定値は1次ARモデル使用時は1つ、2次ARモデル使用時は2つあるので、それらをそれぞれfc1(k、n)、fc21(k、n)、fc22(k、n)とする。f01 (b)、f021 (b)、f022 (b)はそれぞれ、fc1(k、n)、fc21(k、n)、fc22(k、n)をヒットおよびそのレンジビンブロック内で平均したものである。なお、平均操作はその周波数を偏角とする絶対値1の複素数に対して行い、その結果の偏角をもって平均の周波数とする。第2のノッチフィルタ2の係数計算、すなわちフィルタ係数計算手段6−2の動作は第1の実施の形態と同じであり、そのときに必要な式(13)のfA、fB(この2つは非正規化周波数)はそれぞれ式(22)のfA (b)、fB (b)とする。ただし、第2のノッチフィルタのインパルス応答長はM2、フィルタ係数をgi0、gi1、・・・、gi、M2-1とする。
【0061】
【数10】
Figure 0003660565
【0062】
第1のノッチフィルタの係数計算について説明する。
図3は、第1のノッチフィルタの係数計算を行うための第1のフィルタ係数計算手段6−1の内部構成図である。
第1のノッチフィルタは、式(20)で示される周波数をノッチ周波数とする。そしてそれは周波数0に零点を持つ、想定されるクラッタ帯域幅に対応した適当なFIR形高域通過ディジタルフィルタに対して、式(20)で示される周波数に零点を持つように周波数特性を周波数軸上でシフトしたものである。その高域通過ディジタルフィルタは、実施の形態1で説明した文献3の周波数0に多重零点を持つ時変係数のフィルタがクラッタ抑圧性能の観点から望ましい。ここではそのような時変フィルタを第1のノッチフィルタ用として用いることにして説明する。周波数0に零点を持つ時変フィルタの係数をhi0、hi1、・・・、hi、M1-1とする。第1のノッチフィルタ1のインパルス応答長はM1である。それはノッチ周波数0のフィルタ係数格納手段7に格納しておく。第1のノッチフィルタ1の係数をAim (b)とすると、式(20)のクラッタ中心周波数推定値f01 (b)を用いて式(23)のように計算される。式(23)の計算は第3のフィルタ係数計算手段6−3で行われる。このように係数を設定すると、スタガトリガ方式でも深いノッチがそのまま周波数軸上で平行移動する。
【0063】
第1のノッチフィルタ1、第2のノッチフィルタ2の入出力信号の関係はそれぞれ式(24)、(25)のようになる。レンジビン番号kがどのブロック番号bに属しているか注意する。
【0064】
【数11】
Figure 0003660565
【0065】
次に、判定手段20の動作について説明する。
最初に、全レンジビンのブロック分けを行う理由を説明する。判定手段20ではどの信号を選択するかを判定するが、その判定のための特徴量として、各信号の電力と、クラッタ中心周波数推定に利用するARモデルの極を用いる。これらを用いてレンジビンごとに判定すると特徴量がばらついてしまい、判定結果がレンジビンごとに変化してしまう可能性がある。そうなると選択手段10の出力信号の統計的性質もレンジビンごとに変わってしまう。これは、クラッタ抑圧処理に続くCFAR(constant false alarm)による目標検出処理に悪影響を与える可能性がある。また、現実には、数十レンジビンでクラッタ中心周波数が大きく変わることはほとんどない。そこで全レンジを適当なブロック長Bでブロック分けし、特徴量をレンジビンブロック内で平均して判定に用いる。判定はそのレンジビンブロックごとに行う。そうすれば、判定を行う回数は多くならないし、選択手段10の出力信号の統計的性質もそのレンジビンブロック内では均一に保たれる。CFAR処理はそのレンジビンブロック内で行えばよい。
【0066】
判定に用いる特徴量について説明する。
特徴量としては、受信信号、第1のノッチフィルタ1の出力信号、第2のノッチフィルタ2の出力信号の、各信号のレンジビンブロック内の平均電力、クラッタ中心周波数推定手段5bで用いるARモデルの極の絶対値をレンジビンブロック内で平均したものである。各信号の電力だけを比較したのでは、目標信号を消去してしまう可能性が大きいため、電力以外の特徴量であるARモデルの極の絶対値の平均値を特徴量に加える。なお、各信号の電力を特徴量として利用せず、ARモデルの極の絶対値の平均値だけを利用する判定手順も考えられる。レンジビンブロック番号bにおける平均電力は以下の式(26)〜(28)から算出する。P0 (b)、P1 (b)、P2 (b)はそれぞれ受信信号u(k、tn)、第1のノッチフィルタ出力信号y1(k、tn)、第2のノッチフィルタ出力信号y2(k、tn)のレンジビンブロック番号bにおける平均電力である。
【0067】
【数12】
Figure 0003660565
【0068】
もう1つの特徴量であるARモデルの極の絶対値の平均値について説明する。
図4は、文献2におけるクラッタ中心周波数推定法の概念図である。
図4は、2次ARモデルによる双峰性クラッタの中心周波数推定の場合で、1次ARモデルによる単峰性クラッタ中心周波数推定の場合は、図4の「2次ARモデリング」が1次ARモデリングになり、各モデルについて極と中心周波数推定値が1つのみで、図4の破線の矢印に関わる部分がない。
【0069】
図4で、中心周波数推定に用いるヒット数をNB、レンジビン数を注目セルu(k、tn)の片側KB、中心周波数推定に使わない注目セルの隣接レンジビン(ガードレンジ)数を片側KGとする。中心周波数推定には注目セルより過去のヒットを用いることにする。使用する信号の領域は、 レンジビン方向:k−(KB+KG)からk−KG−1、およびk+KG+1からk+KB+KG ヒット方向:n−NB+1からnである。
【0070】
上のレンジビンの範囲の各kに対して、信号系列u(k、tn-NB+1)、u(k、tn-NB+2)、・・・、u(k、tn)をBurg法などで2次ARモデリングし、2次ARモデルの極を求める。ここで、スタガトリガ系列を等間隔サンプリングされた信号として扱ってもあまり問題ない。2つの極をq21(k、n)、q22(k、n)とする。
【0071】
次に、各レンジビン(k−(KB+KG)〜k−KG−1、k+KG+1〜k+KB+KGの2KBレンジビン分)に対する極の実部と虚部それぞれに対してメディアン操作を行う。これは目標周波数が推定値とならないようにするためのものである。メディアン操作で抽出された実部と虚部から偏角を求め、それから周波数を求める。この操作は極1、2の両方に対して行う。これで2つのクラッタ中心周波数推定値が求められる。この操作を数式で表現する。
【0072】
各レンジビンに対する2次ARモデルの極が求まったとき、正規化されたクラッタ中心周波数推定値fc2i(k、n)(i=1、2)は式(29)〜(31)で求められる。式(31)のtan-1は、かっこ内の分母・分子の両方の符号を考慮して角度を求める。式(29)、(30)のMedはメディアン操作(中間値抽出)を意味する。メディアンをとる範囲は、上に示したレンジビン範囲である。式(29)、(30)はそれぞれ極の実部と虚部に相当する。以上の操作を、注目セルをずらしながら、全ヒット・全レンジビンに対して行う。同様に、単峰性スペクトルを仮定して、1次ARモデリング後、メディアン操作によって極QR1(k、n)+jQI1(k、n)とクラッタ中心周波数推定値fc1(k、n)が求められる。
【0073】
【数13】
Figure 0003660565
【0074】
判定手段20における特徴量としてのARモデルの極の絶対値のレンジビンブロック番号b内の平均値(以後、混同のおそれがない限り、単にARモデルの極の絶対値と呼ぶ)を、1次ARモデルに対してQ1 (b)、2次ARモデルに対してQ2i (b)(i=1、2)とする。これは式(32)、(33)で求められる。
【0075】
【数14】
Figure 0003660565
【0076】
ここで、ARモデルの極の絶対値が特徴量となりうることを数値例で示す。そのため、計算機で疑似的にクラッタを含む信号を生成した。パルス間隔は400μs、300μs、500μsの3スタガで、レンジビン数300、ヒット数126である。固定クラッタは0Hzを中心周波数とし、移動クラッタは−600Hzが中心周波数である。ただし、移動クラッタは距離が遠くなるにつれて中心周波数がやや0に近づく。また、第210レンジビンにドップラー周波数4900Hzの目標信号が存在する。クラッタの強度は、距離が遠くなるにつれて小さくなるようにしたが、特に固定クラッタの減衰が大きくなるようにした。固定クラッタの第200レンジビン以遠は雑音レベルとほとんど変わらない。
【0077】
図5は、生成した信号を等間隔サンプリングされた信号と扱ってFFT(高速フーリエ変換)して振幅2乗値をとったものである。従ってこれは正確にはスペクトルではないが、スペクトルを知る目安になる。図5には第1、第50、第100、第150、第210レンジビンにおけるFFT振幅2乗値を示す。凡例の#1が第1レンジビンにおけるFFT振幅2乗値で、以下同様である。固定クラッタのFFT振幅2乗値は距離が遠くなるにつれて減衰していくことがわかる。第210レンジビンのFFT振幅2乗値(2点鎖線)で、−930Hz、−100Hz、730Hz付近に目標信号周波数の折り返しによるピークが存在する。スタガトリガ方式の場合、平均PRIの逆数をスタガ数で割った周波数毎に振幅の異なるピークが現れる。これはクラッタについても同様である。
【0078】
図6は、レンジに対する式(32)と(33)のARモデルの極の絶対値を示したものである。レンジビンブロック長B=25である。ここで、1次ARモデルによるもの(実線)と、2次ARモデルによるものの一方(破線)は、比較的大きな値を保っているが、2次ARモデルによるもののもう一方(一点鎖線)は、距離に従って減衰していくことがわかる。これは、固定クラッタの減衰に対応している。
【0079】
このようにして色々と調べた結果、ARモデルの極の絶対値について以下のことがわかった。
・クラッタが存在しないときは、1次ARモデルの極の絶対値は小さくなる。
・単峰性スペクトルの場合は、1次ARモデルの極の絶対値と、2次ARモデルの極の絶対値の一方は比較的大きい値を取る。
・双峰性スペクトルの場合は、2次ARモデルの2つの極の絶対値はともに比較的大きい値を取る。
これより、ARモデルの極の絶対値は、スペクトルの単峰性や双峰性を判断する材料となることがわかった。文献2のクラッタ中心周波数推定法は、目標信号を保存させるために目標信号のスペクトルのピークを捕らえないようにしている。その過程で得られるARモデルの極QR1(k、n)+jQI1(k、n)、QR2i(k、n)+jQI2i(k、n)(i=1、2)についても同様である。従って、式(32)と(33)のARモデルの極の絶対値を特徴量として利用すると、目標信号によるスペクトルのピークを無視して、クラッタによるスペクトルのピークの数だけを数えられる。
【0080】
判定手段20によって選択すべき信号の決定手順について具体的動作について記す。
クラッタ中心周波数推定手段5bにおけるARモデルの極の絶対値だけを用いる第1の手順と、それに加えて、式(26)〜(28)の、受信信号、第1のノッチフィルタ1の出力信号、第2のノッチフィルタ2の出力信号の、各信号のレンジビンブロック内の平均電力P0 (b)、P1 (b)、P2 (b)を特徴量としてともに用いる第2の手順を記す。スペクトルが単峰性か双峰性か、あるいはクラッタが存在しないかを判定するためのARモデルの極の絶対値のしきい値をQthとする。
【0081】
〈第1の判定手順〉
レンジビンブロック番号b(b=1、2、・・・、K/B)について、
(1)式(32)のQ1 (b)がQth未満であれば、クラッタが存在しないと判断し、そのレンジビン番号bに属する範囲のレンジビンに対しては、図2のA、すなわち受信信号を選択する。
(2)式(33)のQ21 (b)、Q22 (b)の一方がQth未満であれば、クラッタスペクトルは単峰性であると判断し、図2のB、すなわち、第1のノッチフィルタ1の出力信号を選択する。
(3)以上のいずれでもなければ、クラッタスペクトルは双峰性であると判断し、図2のC、すなわち、第2のノッチフィルタ2の出力信号を選択する。
【0082】
〈第2の判定手順〉
図7は、判定手段20における第2の判定手順を示したフローチャートである。以下、図7に示すフローチャートに従って手順を説明する。
受信機雑音電力と関係して、2つの電力しきい値を設ける。小さい方のしきい値をPth min、大きい方のしきい値をPth maxとする。受信機雑音電力がこの2つのしきい値の間に入るようにする。
レンジビンブロック番号b(b=1、2、・・・、K/B)について、
受信信号、第1のノッチフィルタ1の出力信号、第2のノッチフィルタ2の出力信号の、各信号のレンジビンブロック内の平均電力である、式(26)〜(28)のP0 (b)、P1 (b)、P2 (b)のうち、最小のものをPmin (b)とする(ステップS1)。電力の最も小さい信号(図2のA、B、Cのどれか)を選んで、ステップS2へ進む。
【0083】
ステップS2:以下の3つの条件で分岐
ステップS1で選ばれた信号の電力Pmin (b)がPth min未満の場合(ステップS2.1):
2番目に小さい信号電力がPth maxより大きい場合は、ステップS1で選んだ信号を保持し、ステップS3に移行する。そうでない場合は、Pth min以上で最小の電力の信号を選ぶ(ステップS2.1.1)。そして、ステップS3へ進む。
ステップS1で選ばれた信号の電力がPth min以上でPth max以下の場合(ステップS2.2):
他の信号電力がこの範囲内にあれば、通過したノッチフィルタ次数が最も低い信号を選ぶ(ステップS2.2.1)。他の信号電力がこの範囲内になければステップS1で選んだ信号を保持する。そしてステップS3へ進む。
ステップS1で選ばれた信号の電力がPth maxより大きい場合(ステップS2.3):
ステップS1で選んだ信号を最終選択結果として、選択操作を終了する。
【0084】
次に、ステップS3において、1次ARモデルの極の絶対値Q1 (b)がQth未満であるならば、クラッタがないと判断して、受信信号(図2のA)を選択して(ステップS3.1)、選択操作を終了する。そうでない場合はステップS2までで選択した信号を保持してステップS4へ進む。
【0085】
ステップS4において、ここまでで選択された信号が第1のノッチフィルタ1出力信号(図2のB)か否かを判定する。図2のBであれば、その信号を選択結果として、選択操作を終了する(ステップS4.1)。そうでない場合はステップS5へ進む。
【0086】
ステップS5において、1次ARモデルの極の絶対値Q1 (b)がQth以上かつ、2次ARモデルの2つの極の絶対値Q21 (b)、Q22 (b)の両方か一方がQth未満なら、クラッタスペクトルは単峰性と判断して第1のノッチフィルタ1出力信号(図2のB)を選択結果とする(ステップS4.1)。そうでない場合は、第2のノッチフィルタ2の出力信号(図2のC)を選択結果とする(ステップS5。1)。以上で手順を終了する。
【0087】
第2の手順における各ステップの意味を記す。
ステップS2.1は、既にクラッタが抑圧されているのに、さらにフィルタを通した信号を選ばないようにするものである。必要以上に電力が小さい信号はブラインド領域が広いと解釈する。
ステップS2.2は、電力しきい値範囲内であれば、雑音電力までクラッタが抑圧されたとみなし、通過するノッチフィルタの次数がなるべく低くなるように信号を選択するものである。
ステップS2.3は、どの信号を選んでもクラッタが消え残ってしまったが、なるべく消え残りが少ない信号を選択するものである。
【0088】
ステップS3は、クラッタの有無をARモデルの極の絶対値から判断するものである。
ステップS4は、クラッタスペクトルが単峰性か双峰性かを信号電力から判定するものである。
ステップS5は、さらに、クラッタスペクトルが単峰性か双峰性かをARモデルの極から判定するものである。これは、本来、単峰性スペクトルなのに誤って双峰性スペクトルと判断されているものを修正するために行うが、特に目標信号を保持するためのものである。電力だけで判断すると、目標信号を誤って抑圧してしまう可能性がある。
【0089】
以上、実施の形態2によれば、判定手段20で利用する特徴量が1コヒーレントプロセッシングインターバル内の受信信号で算出可能であるため、従来の技術のように数回のスキャンを必要としないで実際のクラッタの距離に関する分布に適応してクラッタ抑圧を行うことが可能となる。加えて、スタガトリガ方式でも深いノッチがそのまま周波数軸上で平行移動するようにノッチフィルタの係数を設定するため、移動クラッタ抑圧性能が高い。固定クラッタと移動クラッタが重畳した場合も、複数のノッチ周波数を持つ阻止域減衰量の多い単一のフィルタで処理するため、フィルタ係数の近似計算や波形ひずみに起因するクラッタ抑圧性能の劣化はなく、双峰性クラッタ抑圧性能が高い。また、特徴量の算出には多数のヒット数を必要としないため、1コヒーレントプロセッシングインターバルあたりのパルスヒット数が少ない捜索レーダでも良好なクラッタ抑圧性能を得ることができる。
【0090】
実施の形態3.
実施の形態2では、クラッタが最大2つ存在するとしてきたが、図2の構成を拡張した図8の構成とすると、それ以上(I個、I>2)のクラッタに対処することができる。
図8は、この発明の実施の形態3に係るクラッタ抑圧装置の構成図である。
図8に示す構成では、1つの周波数にノッチを持つノッチフィルタ(30−1)、2つの周波数にノッチを持つノッチフィルタ(30−2)、・・・、I個の周波数にノッチを持つノッチフィルタ(30−I)の、I個のノッチフィルタを並列接続する。これらのノッチフィルタは一般に時変フィルタである。各ノッチフィルタの係数の計算は、フィルタ係数計算手段31−1、・・・、31−Iで個別に行う。
【0091】
クラッタ中心周波数推定手段5cでは、i個(i=1、2、・・・、I)のノッチを持つノッチフィルタ(ノッチフィルタ#iと呼ぶ)に対しては、i個のクラッタが重畳していると仮定して、i次ARモデルを使ってクラッタ中心周波数推定を行い、その結果をノッチフィルタ#iに出力する。2つ以上の周波数にノッチを持つノッチフィルタの係数は、第1の実施形態と同様にして計算する。これをi=2、・・・、Iに対して行う。1つの周波数にノッチを持つノッチフィルタ#1に関しては、第2の実施形態における第1のノッチフィルタと同様である。判定手段20における判定手順としては、第1の判定手順をそのまま拡張できる。即ち、しきい値Qthを越えるARモデルの極の絶対値の個数に等しいノッチ周波数の数のフィルタ出力を選択する。しきい値Qthを越えるARモデルの極の絶対値の個数が0ならば、受信信号を選択する。判定手段20での判定結果に基づいて、選択手段10では(I+1)個の信号の中から1つを選択出力する。
【0092】
これらの構成により、3つ以上のクラッタが存在しても、従来の技術のように数回のスキャンを必要としないで、1コヒーレントプロセッシングインターバル内の受信信号で実際のクラッタの距離に関する分布に適応してクラッタ抑圧を行うことが可能となる。加えて、スタガトリガ方式でも深いノッチがそのまま周波数軸上で平行移動するようにノッチフィルタの係数を設定するため、移動クラッタ抑圧性能が高い。複数のクラッタが重畳した場合も、複数のノッチ周波数を持つ阻止域減衰量の多い単一のフィルタで処理するため、フィルタ係数の近似計算や波形ひずみに起因するクラッタ抑圧性能の劣化はなく、クラッタ抑圧性能が高い。また、特徴量の算出には多数のヒット数を必要としないため、1コヒーレントプロセッシングインターバルあたりのパルスヒット数が少ない捜索レーダでも良好なクラッタ抑圧性能を得ることができる。
【0093】
実施の形態4.
図1に示した構成と同じ効果を、2つの時変フィルタの縦続接続で得ることができる。ただし、2つの時変フィルタのうち前段の時変フィルタがノッチフィルタ、後段のフィルタ係数は、前段のフィルタ係数を用いて計算される。そして、後段の時変フィルタ単独では周波数特性の零点(ノッチ)を持たず、2つの時変フィルタが縦続接続されて2つの周波数に零点が形成される。
【0094】
図9は、この発明の実施の形態4に係るクラッタ抑圧装置の構成を示すブロック図である。
この発明におけるクラッタ抑圧装置は、通常、レーダ装置を構成する一要素であり、レーダ装置に組み込んだ形で使用する。図9に示すクラッタ抑圧装置は、スタガトリガ方式で、かつ固定クラッタと移動クラッタが重畳した場合のように、スペクトルとしてピークが2つあるクラッタを対象とするが、3つ以上のクラッタが重畳している場合に対しても拡張は容易である。
【0095】
図9において、41はノッチ周波数が1箇所あるFIR形のノッチフィルタ(第3のノッチフィルタ)で、スタガトリガの各パルス間隔に応じて前述した第1のフィルタ係数計算手段6−1からのフィルタ係数に基づいて受信信号をフィルタ処理して固定クラッタか移動クラッタの一方を抑圧する。42は補償フィルタで、固定クラッタか移動クラッタの他方を抑圧する。6−4は補償フィルタ42の係数を計算する第4のフィルタ係数計算手段である。ここで、「補償」は、第3のノッチフィルタ41と補償フィルタ42が縦続されて2つの周波数に零点が形成されるという意味である。
【0096】
第1のフィルタ係数計算手段6−1では、前述したのと同様にして、クラッタ中心周波数推定手段5aで推定された2つのクラッタ中心周波数のうちの一方であるfc21(平均PRIの逆数で正規化されている)にノッチ周波数を持つように第3のノッチフィルタ41の係数を計算する。第4のフィルタ係数計算手段6−4では、第1のフィルタ係数計算手段6−1で計算された第3のノッチフィルタ41の係数と、クラッタ中心周波数推定手段5aで推定された2つのクラッタ中心周波数のうちのもう一方であるfc22(平均PRIの逆数で正規化されている)に基づき、第3のノッチフィルタ41と補償フィルタ42の縦続接続が、クラッタ中心周波数推定手段5aで推定された2つのクラッタ中心周波数にノッチを持つように、補償フィルタ42の係数を計算する。文献4(照井、田所、工藤、“不等間隔サンプリングデータに対する周波数推定とフーリエ係数導出法” 電子情報通信学会論文誌A、 vol. J83-A、 No. 1、 pp. 18-27、 2000年1月)にあるように、補償フィルタ42の係数は、第3のノッチフィルタ41に依存する。この意味で、第3のノッチフィルタ41と補償フィルタ42は従属であると呼ぶことにする。
【0097】
以下、第4のフィルタ係数計算手段6−4における補償フィルタ42の係数計算について説明する。基本的考え方は文献3と同じである。
まず、時変フィルタが2つ縦続接続された場合のインパルス応答を求める。縦続接続された後段のフィルタで処理を行う場合、後段のフィルタの入力信号における現時点のサンプルと、それ以前のサンプルとでは、それらのサンプルを算出するために用いた前段のフィルタ係数が異なる。この点を注意して補償フィルタ42の係数計算を行わなければならない。
【0098】
改めて、ノッチ周波数fc21/PRIav(分母にPRIavがあるものは非正規化周波数、以下同様)の第3のノッチフィルタ係数をhim(i=0、1、・・・、L−1;m=0、1、・・・、M1;M1は第3のノッチフィルタ41の次数)、補償フィルタ42の係数をgim(m=0、1、・・・、M2;M2は補償フィルタ42の次数)とする。受信信号(第3のノッチフィルタ41の入力信号)を、レンジビン変数を省略してu(tn)、第3のノッチフィルタ41の出力信号をy(tn)、補償フィルタ42の出力信号をz(tn)とする。ある時刻の補償フィルタ42の出力信号z(tn)を計算しようとするなら、第3のノッチフィルタ41の過去の係数群も使用することになる。数式で表現すれば以下の通りとなる。
【0099】
【数15】
Figure 0003660565
【0100】
これより、2つの時変フィルタの縦続接続した場合のインパルス応答eim(i=0、1、・・・、L−1;m=0、1、・・・、M1+M2)は式(38)のようになる。式(38)で、*は[ ]で囲んだ2つの数列の畳み込み演算を意味する。+は畳込みの結果得られた数列をベクトルとみなしたときのベクトルの加算である。
【0101】
時刻tkとgimの対応関係は以下の通りである。
t=t1、tL+1、t2L+1、・・・に対しては、g00、g01、・・・、g0、M2が対応
t=t2、tL+2、t2L+2、・・・に対しては、g10、g11、・・・、g1、M2が対応
t=t3、tL+3、t2L+3、・・・に対しては、g20、g21、・・・、g2、M2が対応
・・・
【0102】
式(38)のhimの添字の左側の値iが負の数になった場合は、i=−1、−2、−3、・・・はそれぞれL−1、L−2、L−3、・・・と読み替える。
時変フィルタの場合、縦続接続されたフィルタの順序を入れ替えると同じインパルス応答(伝達関数、周波数特性)とならない。また、2つの周波数応答の積は、縦続接続時の周波数応答とも等しくならない。
【0103】
【数16】
Figure 0003660565
【0104】
ここでは、周波数fc22/PRIavにM2重零点を持つように補償フィルタ42の係数を決める。縦続接続時の伝達関数Ei(z)は式(39)のように表せる(FIR形なので有限項数)。式(39)のzの指数を式(40)のように書くことにする。
【0105】
【数17】
Figure 0003660565
【0106】
iを固定して考える。式(40)に式(38)を代入して整理する(式(41)、mi0=0)。Ei(z)およびそのzに関する1階から(M2−1)階導関数に対して、z2=exp[j2πfc22δT/PRIav]のときに0となるようにすると(式(42))、周波数fc22/PRIavにM2重零点を持たせることができる。これで自由度は全て消費される。Ei(z)の導関数は式(43)のようになる。
【0107】
【数18】
Figure 0003660565
【0108】
【数19】
Figure 0003660565
【0109】
こうしてM2個の方程式ができる。方程式が1つ少ないが、gi0を任意に決められる。例えば1とする。後で縦続接続された2つのフィルタの通過域ゲインを調整するために同じ値をgim(m=0、1、・・・、M1+M2)に掛ければよい。この値はiによって異なり、例えば白色雑音入力に対する出力電力が入力電力と変わらないようにするには、式(44)をgimに掛ける。
ベクトルγiを式(45)のように定義し、連立方程式を行列形式で式(46)のように表すことにする。式(42)、(43)より、式(46)の行列Aiとベクトルbiはそれぞれ式(47)と(48)のようになる。
【0110】
【数20】
Figure 0003660565
【0111】
iはM2×M2の行列である。式(46)を解くことで、特定のiに対する係数が求められる。式(46)をi=0、1、・・・、L−1に対して解くことで、縦続接続された全体の特性としては、周波数fc21/PRIavとfc22/PRIavの2箇所にノッチを持つように後段の補償フィルタ42の係数が求められる。このように、後段のフィルタの設計には前段のフィルタ係数が必要となる。この点は時不変フィルタと異なる。
【0112】
なお、この実施の形態4においても、縦続接続された時変フィルタのうちの最初段の時変フィルタの係数を計算する手段である第1のフィルタ係数計算手段6−1は、図3に示すのと同様にして、あらかじめ計算しておいたノッチ周波数0のノッチフィルタ係数を格納する格納手段を備え、上記格納手段から読み出した係数を用いて、推定されたクラッタ中心周波数推定値のうちの1つに周波数特性の零点を持つように計算できる。
【0113】
以上はクラッタスペクトルが双峰性であるとして説明した。クラッタスペクトルのピークが3つ以上(I個、I>2)の場合に対処するときは、図10のような構成とする。
図10に示す構成では、最大I個のクラッタを抑圧できるように、1つの周波数にノッチを持つノッチフィルタ60と、(I−1)個の補償フィルタ#1から#(I−1)の縦続接続(60,61−1,61−2,61−3,・・・,61−(I−1))を用いる。これらのI個のフィルタは一般に時変フィルタである。
【0114】
クラッタ中心周波数推定手段5eは、I個のクラッタが存在すると仮定して、I次ARモデルを用いてクラッタ中心周波数を推定する。ノッチフィルタ60は、そのうちの1つの周波数にノッチを持つようにフィルタ係数計算手段#1(62−1)で係数を計算する。その動作は第1のフィルタ係数計算手段6−1と同じである。従って、図3の構成とできる。
【0115】
ノッチフィルタ60と補償フィルタ#1の縦続接続(60,61−1)が、クラッタ中心周波数推定手段5eで推定されたI個のクラッタ中心周波数のうちの2つの周波数(そのうち1つはノッチフィルタ60のノッチ周波数)にノッチを持つようにフィルタ係数計算手段#2(62−2)で補償フィルタ#1(61−1)の係数を計算する。同様に、ノッチフィルタ60と補償フィルタ#1と補償フィルタ#2の縦続接続(60,61−1,61−2)が、クラッタ中心周波数推定手段5eで推定されたI個のクラッタ中心周波数のうちの3つの周波数(そのうち2つはノッチフィルタ60と補償フィルタ#1の縦続接続(60,61−1)されたもののノッチ周波数)にノッチを持つようにフィルタ係数計算手段#3(62−3)で補償フィルタ#2(61−2)の係数を計算する。以下、これを補償フィルタ#(I−1)まで繰り返す。補償フィルタ#iの係数計算には、それより前につながっているフィルタの係数を必要とする。
【0116】
以上のように、スタガトリガ時に2つ以上の周波数にノッチを持つように係数を決めた複数の従属な時変フィルタの縦続接続をクラッタ抑圧フィルタとして用いれば、複数のクラッタが重畳しても、クラッタ抑圧性能が高いクラッタ抑圧装置を構成することが可能となる。
【0117】
実施の形態5.
図11は、この発明の実施の形態5に係るクラッタ抑圧装置の構成図である。
図11に示すクラッタ抑圧装置は、通常レーダ装置を構成する一要素であり、レーダ装置に組み込んだ形で使用する。
以下、図を参照してこの発明の実施の形態5について説明する。
図11の構成は、図2の構成において、双峰性クラッタ抑圧のための第2のノッチフィルタ2を、実施の形態4で説明した第3のノッチフィルタ41と補償フィルタ42の縦続接続に置き換えたものである。それに伴い、図2の第2のフィルタ係数計算手段6−2は、実施の形態4で説明した第4のフィルタ係数計算手段6−4に置き換わる。
【0118】
第1のノッチフィルタ1のフィルタ係数を計算する第1のフィルタ係数計算手段6−1と、第3のノッチフィルタ41のフィルタ係数を計算する第1のフィルタ係数計算手段6−1は、内部構成が同じなので同符号を割り当てているが、一般にノッチ周波数は異なる。すなわち、第1のノッチフィルタ1は、単峰性クラッタを仮定して得られたクラッタ中心周波数推定値f01 (b)をノッチ周波数とする。他方、第3のノッチフィルタ41は、双峰性クラッタを仮定して得られたクラッタ中心周波数推定値の一方f021 (b)をノッチ周波数とする。
第4のフィルタ係数計算手段6−4は、双峰性クラッタを仮定して得られたクラッタ中心周波数推定値の他方f022 (b)にもノッチができるように、実施の形態4と同様にして補償フィルタ42の係数を計算する。
他の動作については、実施の形態2と同じである。
【0119】
また、この実施の形態5においても、第1のノッチフィルタ1と第3のノッチフィルタ41の係数を計算する手段である第1のフィルタ係数計算手段6−1は、図3に示すのと同様にして、あらかじめ計算しておいたノッチ周波数0のノッチフィルタ係数を格納する格納手段を備え、上記格納手段から読み出した係数を用いて計算できる。
【0120】
以上、実施の形態5によれば、判定手段20で利用する特徴量が1コヒーレントプロセッシングインターバル内の受信信号で算出可能であるため、従来の技術のように数回のスキャンを必要としないで実際のクラッタの距離に関する分布に適応してクラッタ抑圧を行うことが可能となる。固定クラッタと移動クラッタが重畳した場合も、複数のノッチ周波数を持つ阻止域減衰量の多い従属な2つの時変フィルタの縦続接続で処理するため、フィルタ係数の近似計算や波形ひずみに起因するクラッタ抑圧性能の劣化はなく、双峰性クラッタ抑圧性能が高い。また、特徴量の算出には多数のヒット数を必要としないため、1コヒーレントプロセッシングインターバルあたりのパルスヒット数が少ない捜索レーダでも良好なクラッタ抑圧性能を得ることができる。
【0121】
実施の形態6.
図12は、この発明の実施の形態6に係るクラッタ抑圧装置の構成図である。
図12に示すクラッタ抑圧装置は、通常レーダ装置を構成する一要素であり、レーダ装置に組み込んだ形で使用する。
以下、図を参照してこの発明の実施の形態6について、図11との相違点を中心に説明する。
図12の構成は、図11の構成における単峰性クラッタ抑圧のためのフィルタ(第1のノッチフィルタ1)を、第3のノッチフィルタ41と共用にしたものである。つまり、図12の構成では、第3のノッチフィルタ41は単峰性クラッタ抑圧と双峰性クラッタの一方のクラッタ抑圧の2つの役割を兼ねることになる。そのため、フィルタの個数が削減できる。
【0122】
図2と図11の構成では、選択手段10と判定手段20への入力信号のうち、Bと記したものは、第1のノッチフィルタ1の出力信号であったが、本構成では第3のノッチフィルタ41の出力信号とする。
クラッタ中心周波数推定手段5dでは、実施の形態2と同様に、単峰性スペクトルを仮定したクラッタ中心周波数推定値f01 (b)と、双峰性スペクトルを仮定したクラッタ中心周波数推定値f021 (b)、f022 (b)をまず計算する。そして、f021 (b)、f022 (b)のうち、f01 (b)に近いほうをfα (b)、他方をfβ (b)とする。第1のフィルタ係数計算手段では、fα (b)をノッチ周波数とするように第3のノッチフィルタ41のフィルタ係数を計算する。第4のフィルタ係数計算手段6−4では、fβ (b)にもノッチができるように補償フィルタ42のフィルタ係数を実施の形態4と同様にして計算する。
他の動作については、実施の形態2と同じである。
【0123】
また、この実施の形態6においても、第3のノッチフィルタの係数を計算する手段である第1のフィルタ係数計算手段6−1は、図3に示すのと同様にして、あらかじめ計算しておいたノッチ周波数0のノッチフィルタ係数を格納する格納手段を備え、上記格納手段から読み出した係数を用いて、クラッタ中心周波数推定値のうちの1つに周波数特性の零点を持つように計算できる。
【0124】
以上、実施の形態6によれば、判定手段20で利用する特徴量が1コヒーレントプロセッシングインターバル内の受信信号で算出可能であるため、従来の技術のように数回のスキャンを必要としないで実際のクラッタの距離に関する分布に適応してクラッタ抑圧を行うことが可能となる。固定クラッタと移動クラッタが重畳した場合も、複数のノッチ周波数を持つ阻止域減衰量の多い従属な2つの時変フィルタの縦続接続で処理するため、フィルタ係数の近似計算や波形ひずみに起因するクラッタ抑圧性能の劣化はなく、双峰性クラッタ抑圧性能が高い。また、特徴量の算出には多数のヒット数を必要としないため、1コヒーレントプロセッシングインターバルあたりのパルスヒット数が少ない捜索レーダでも良好なクラッタ抑圧性能を得ることができる。加えて、フィルタの個数が少なくて済み、その分演算量の削減や回路の簡略化を図ることができる。
【0125】
実施の形態7.
実施の形態5ではクラッタが最大2つ存在するとしてきたが、図11の構成を拡張した図13の構成とすると、それ以上(I個、I>2)のクラッタに対処できる。
図13は、この発明の実施の形態7に係るクラッタ抑圧装置の構成図である。
図13に示す構成では、1つの周波数にノッチを持つノッチフィルタ#1(50−1)、2つの周波数にノッチを持つような、ノッチフィルタ#2と補償フィルタ#2.1の縦続接続(第2フィルタ群:50−1、51−2−1)、・・・、I個の周波数にノッチを持つような、ノッチフィルタ#Iと補償フィルタ#I.1から補償フィルタ#I.(I−1)の縦続接続(第Iフィルタ群:50−I、51−I−1、51−I−2、・・・、51−I−(I−1))の、第1から第IまでのI個のフィルタ群を並列接続する。各フィルタ群の先頭にあるノッチフィルタ#1からノッチフィルタ#Iは、それぞれ1つの周波数にノッチを持つ。これら合計I(I+1)/2個のフィルタは一般に時変フィルタである。
【0126】
クラッタ中心周波数推定手段5cでは、第iフィルタ群(i=1、2、・・・、I)に対しては、i個のクラッタが重畳していると仮定して、i次ARモデルを使ってクラッタ中心周波数推定を行い、その結果をフィルタ係数計算手段#i.1から#i.i(52−i−1、52−i−2、・・・、52−i−i)に出力する。
【0127】
第1フィルタ群と第2フィルタ群のフィルタ係数計算に関しては実施の形態4と同様である。
第iフィルタ群(i=3、・・・、I)の係数計算は、まず、最初のノッチフィルタ#iの係数計算をフィルタ係数計算手段#i.1(52−i−1)で行う。これは図2の第1のフィルタ係数計算手段6−1と同様である。したがって、図3の構成とできる。
【0128】
次に、その係数に基づいて、フィルタ係数計算手段#i.2で補償フィルタ#i.1(51−i−1)の係数計算を行う。これは、ノッチフィルタ#iと補償フィルタ#i.1の縦続接続が2つの周波数にノッチを持つように行う。これも図2の第4のフィルタ係数計算手段6−4と同様である。
次に、ノッチフィルタ#iと補償フィルタ#i.1の縦続接続を1つのフィルタとみなしたときの係数に基づき、フィルタ係数計算手段#i.3で補償フィルタ#i.2の係数を計算する。これは、ノッチフィルタ#iと補償フィルタ#i.1と補償フィルタ#i.2の3つのフィルタの縦続接続が3つの周波数にノッチを持つように行う。これも図2の第4のフィルタ係数計算手段6−4と同様にして行える。以下、これを補償フィルタ#i.(i−1)まで繰り返す。
受信信号と第1から第Iフィルタ群出力の(I+1)個の出力信号から、1つ選択出力する。判定手段20における判定手順としては、第1の判定手順を拡張できる。すなわち、しきい値Qthを越えるI次ARモデルの極の絶対値の個数と等しいノッチ周波数の数を持つフィルタ群の出力信号を選ぶように判定する。1次ARモデルの極の絶対値がしきい値Qthを越えない場合、あるいはしきい値Qthを越えるI次ARモデルの極の絶対値の数が0の場合は受信信号を選ぶように判定する。判定手段20での判定結果に基づいて、選択手段10では(I+1)個の信号の中から1つを選択出力する。
【0129】
この構成により、3つ以上のクラッタが存在しても、従来の技術のように数回のスキャンを必要としないで、1コヒーレントプロセッシングインターバル内の受信信号で実際のクラッタの距離に関する分布に適応してクラッタ抑圧を行うことが可能となる。複数のクラッタが重畳した場合も、複数のノッチ周波数を持つような阻止域減衰量の多い、従属な時変フィルタの縦続接続で処理するため、フィルタ係数の近似計算や波形ひずみに起因するクラッタ抑圧性能の劣化はなく、クラッタ抑圧性能が高い。また、特徴量の算出には多数のヒット数を必要としないため、1コヒーレントプロセッシングインターバルあたりのパルスヒット数が少ない捜索レーダでも良好なクラッタ抑圧性能を得ることができる。
【0130】
実施の形態8.
実施の形態6ではクラッタが最大2つ存在するとしてきたが、図12の構成を拡張した図14の構成とすると、それ以上(I個、I>2)のクラッタに対処できる。
図14は、この発明の実施の形態8に係るクラッタ抑圧装置の構成図である。
図14に示す構成では、最大I個のクラッタを抑圧できるように、1つの周波数にノッチを持つノッチフィルタ60と、(I−1)個の補償フィルタ#1から#(I−1)の縦続接続(60、61−1、61−2、・・・、61−(I−1))を用いる。これらのフィルタは一般に時変フィルタである。
【0131】
クラッタ中心周波数推定手段5eは、I個のクラッタが存在すると仮定して、I次ARモデルを用いてクラッタ中心周波数を推定する。ノッチフィルタ60は、そのうちの1つの周波数にノッチを持つようにフィルタ係数計算手段#1(62−1)で係数を計算する。その動作は第1のフィルタ係数計算手段6−1と同じである。従って、図3の構成とできる。
【0132】
ノッチフィルタ60と補償フィルタ#1の縦続接続(60、61−1)が、クラッタ中心周波数推定手段5eで推定されたI個のクラッタ中心周波数のうちの2つの周波数(そのうち1つはノッチフィルタ60のノッチ周波数)にノッチを持つようにフィルタ係数計算手段#2(62−2)で補償フィルタ#1(61−1)の係数を計算する。同様に、ノッチフィルタ60と補償フィルタ#1と補償フィルタ#2の縦続接続(60、61−1、61−2)が、クラッタ中心周波数推定手段5eで推定されたI個のクラッタ中心周波数のうちの3つの周波数(そのうちの2つはノッチフィルタ60と補償フィルタ#1の縦続接続(60,61−1)されたもののノッチ周波数)にノッチを持つようにフィルタ係数計算手段#3(62−3)で補償フィルタ#2(61−2)の係数を計算する。以下、これを補償フィルタ#(I−1)まで繰り返す。補償フィルタ#iの係数計算には、それより前につながっているフィルタ係数を必要とする。
【0133】
受信信号、ノッチフィルタ60の出力信号、補償フィルタ#1から#(I−1)の出力信号の計(I+1)個の信号のうちのどれかを選択出力する。判定手段20における判定手順としては、前述のように、第1の判定手順をそのまま拡張できる。すなわち、しきい値Qthを越えるI次ARモデルの極の絶対値の個数がkであれば、補償フィルタ#(k−1)の出力を選ぶように判定する。k=1ならばノッチフィルタ60の出力信号、k=0ならば受信信号を選ぶように判定する。判定手段20での判定結果に基づいて、選択手段10では(I+1)個の信号の中から1つを選択出力する。
【0134】
この構成により、3つ以上のクラッタが存在しても、従来の技術のように数回のスキャンを必要としないで、1コヒーレントプロセッシングインターバル内の受信信号で実際のクラッタの距離に関する分布に適応してクラッタ抑圧を行うことが可能となる。複数のクラッタが重畳した場合も、複数のノッチ周波数を持つような阻止域減衰量の多い、従属な時変フィルタの縦続接続で処理するため、フィルタ係数の近似計算や波形ひずみに起因するクラッタ抑圧性能の劣化はなく、クラッタ抑圧性能が高い。また、特徴量の算出には多数のヒット数を必要としないため、1コヒーレントプロセッシングインターバルあたりのパルスヒット数が少ない捜索レーダでも良好なクラッタ抑圧性能を得ることができる。
【0135】
次に、具体的な数値例について説明する。
第1の実施例.
計算機で双峰性スペクトルを持つ1レンジビン分のクラッタを生成し、(1)2つのクラッタ周波数に多重零点を持つ時変ノッチフィルタ、(2)2重消去器と4重消去器の縦続接続、の2通りで双峰性クラッタ抑圧を試みた。パルス間隔は400μs、300μs、500μsの3スタガ、クラッタは0Hzと−600Hzを中心周波数とする。帯域幅はそれぞれ50Hzと80Hz、電力は雑音に対して両方とも40dBである。目標信号は含まない。2つのクラッタ周波数に多重零点を持つ時変ノッチフィルタは、0Hzに2重零点、−600Hzに4重零点を割り当てた。2重消去器と4重消去器の縦続接続は、2重消去器のノッチ周波数を0Hz、4重消去器のノッチ周波数を−600Hzとした。
【0136】
処理前後のクラッタ対雑音電力比は以下の通りとなった。
処理前・・・42.3dB
2つのクラッタ周波数に多重零点を持つ時変ノッチフィルタで処理後・・・1.1dB
2重消去器と4重消去器の縦続接続・・・30.5dB
このように、2つのクラッタ周波数に多重零点を持つ時変ノッチフィルタは非常に高いクラッタ抑圧能力を持っている。それに対して、2重消去器と4重消去器の縦続接続では、クラッタ消え残りが非常に多いことがわかった。図15に使用した2つの周波数に多重零点を持つ時変ノッチフィルタの等価振幅2乗特性を示す。特に−600Hzの阻止域幅は広いことがわかる。
【0137】
第2の実施例.
実施の形態2によってクラッタを抑圧できることを計算機シミュレーションにより示す。図5でFFT振幅2乗値を示した信号を受信信号とする。第210レンジビンにドップラー周波数4900Hzの目標が存在する。1レンジビンブロック長B=25レンジビンである。判定手段20の判定手順は第2の手順を用いた。ARモデルの極の絶対値のしきい値はQth=0.3、電力のしきい値は、Pth min=雑音電力−6dB、Pth max=雑音電力+2dBである。雑音レベルは20dB弱と想定した。
【0138】
選択手段10の出力信号z(k、tn)のFFT振幅2乗値を図16に示す。これは、図5に対応して、第1、第50、第100、第150、第210レンジビンにおけるFFT振幅2乗値である。第210レンジビン(2点鎖線)では、目標信号は保存して、クラッタのみ抑圧できていることがわかる。選択手段10で選択された出力信号は、第150レンジビンより近くは第2のノッチフィルタ2、それ以遠は第1のノッチフィルタ1であった。それぞれ、双峰性クラッタ、単峰性クラッタであると判定された。図11の構成を用いても同じ結果が得られる。この処理は数回のアンテナスキャンを必要とせず、1コヒーレントプロセッシングインターバル内の受信信号で行っていることを強調しておく。
【0139】
【発明の効果】
以上のように、この発明によれば、スタガトリガ時に2つ以上の周波数にノッチを持つようなノッチフィルタをクラッタ抑圧フィルタとして用いることにより、複数のクラッタが重畳しても、クラッタ抑圧性能が高いクラッタ抑圧装置を得ることができる。
【0140】
また、判定手段で利用する特徴量が1コヒーレントプロセッシングインターバル内の受信信号で算出可能であるため、従来の技術のように数回のスキャンを必要としないで実際のクラッタの距離に関する分布に適応してクラッタ抑圧を行うことができる。
【0141】
また、スタガトリガ方式でも深いノッチがそのまま周波数軸上で平行移動するようにノッチフィルタの係数を設定するため、移動クラッタ抑圧性能を高めることができる。
【0142】
また、スタガトリガ時に2つ以上の周波数にノッチを持つように係数を決めた複数の従属な時変フィルタの縦続接続をクラッタ抑圧フィルタとして用いることにより、複数のクラッタが重畳しても、クラッタ抑圧性能が高いクラッタ抑圧装置を構成することができる。
【0143】
また、スタガトリガ方式でも深いノッチがそのまま周波数軸上で平行移動するように時変フィルタの係数を設定するため、移動クラッタ抑圧性能を高めることができる。
【0144】
また、複数のクラッタが重畳した場合も、複数のノッチ周波数を持つような阻止域減衰量の多い、従属な時変フィルタの縦続接続で処理するため、フィルタ係数の近似計算や波形ひずみに起因するクラッタ抑圧性能の劣化はなく、クラッタ抑圧性能を高めることができる。
【0145】
さらに、1コヒーレントプロセッシングインターバル当たりのパルスヒット数が少ない捜索レーダでも良好なクラッタ抑圧装置を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 この発明の実施の形態1に係るクラッタ抑圧装置の構成図である。
【図2】 この発明の実施の形態2に係るクラッタ抑圧装置の構成図である。
【図3】 第1のフィルタ係数計算手段6−1の内部構成図である。
【図4】 文献2によるクラッタ中心周波数推定法を模式的に表した図である。
【図5】 計算機で疑似的に生成した固定クラッタと移動クラッタの両方と目標信号を含む信号をレンジビンごとにFFTして振幅2乗値をとった図である。
【図6】 図5で示した信号に対して、レンジビンとARモデルの極の絶対値の平均値の関係を示した図である。
【図7】 判定手段20における第2の判定手順を示したフローチャートである。
【図8】 この発明の実施の形態3に係るクラッタ抑圧装置の構成図である。
【図9】 この発明の実施の形態4に係るクラッタ抑圧装置の構成図である。
【図10】 この発明の実施の形態4の変形例に係るクラッタ抑圧装置の構成図である。
【図11】 この発明の実施の形態5に係るクラッタ抑圧装置の構成図である。
【図12】 この発明の実施の形態6に係るクラッタ抑圧装置の構成図である。
【図13】 この発明の実施の形態7に係るクラッタ抑圧装置の構成図である。
【図14】 この発明の実施の形態8に係るクラッタ抑圧装置の構成図である。
【図15】 2つの周波数に多重零点を持つ時変ノッチフィルタの等価振幅2乗特性を示した図である。
【図16】 この発明の実施の形態2に係るクラッタ抑圧処理の結果得られた信号の特定のレンジビンに対するFFT振幅2乗値をとった図である。
【図17】 従来のクラッタ抑圧装置の概念的な構成図である。
【図18】 文献1で開示されたクラッタ抑圧装置の構成図である。
【図19】 スタガトリガ方式でサンプルされた正弦波の単一消去器における入出力波形図である。
【図20】 ノッチ周波数0Hzにノッチを持つ時変フィルタ、ノッチ周波数−600Hzにノッチを持つ時変フィルタ、および、ぞの2つのフィルタを縦続接続したときの等価振幅2乗特性を示した図である。
【符号の説明】
1 第1のノッチフィルタ、2 第2のノッチフィルタ、4 ノッチフィルタ、5a,5b,5c,5d,5e クラッタ中心周波数推定手段、6−1 第1のフィルタ係数計算手段、6−2 第2のフィルタ係数計算手段、6−3 第3のフィルタ係数計算手段、6−4 第4のフィルタ係数計算手段、10 選択手段、20 判定手段、30−1 ノッチフィルタ♯1、30−2 ノッチフィルタ♯2、30−I ノッチフィルタ♯I、31−1 フィルタ係数計算手段、31−2 フィルタ係数計算手段、31−I フィルタ係数計算手段、41 第3のノッチフィルタ、42 補償フィルタ、50−1 ノッチフィルタ♯1、50−2 ノッチフィルタ♯2、50−I ノッチフィルタ♯I、50−I−1 ノッチフィルタ♯I.1、50−I−(I−1) ノッチフィルタ♯I.(I−1)、52−1 フィルタ係数計算手段♯1、52−2−1 フィルタ係数計算手段♯2.1、52−2−2 フィルタ係数計算手段♯2.2、52−I−1 フィルタ係数計算手段♯I.1、52−I−2 フィルタ係数計算手段♯I.2、60 ノッチフィルタ、61−1 補償フィルタ♯1、61−(I−1) 補償フィルタ♯(I−1)、62−1 フィルタ係数計算手段♯1、62−2 フィルタ係数計算手段♯2、62−I フィルタ係数計算手段♯I。

Claims (7)

  1. スタガトリガ方式のレーダにおいて受信される不要反射エコーであるクラッタを抑圧するクラッタ抑圧装置において、
    ディジタル同相・直交信号に変換された受信信号中に含まれるクラッタの中心周波数を、クラッタが1つから複数I個まで存在すると仮定して最大エントロピー法に基づいて推定するクラッタ中心周波数推定手段と、
    それぞれi点(i=1,2,・・・,I)の周波数に周波数特性の零点を持ち、上記受信信号を入力として並列に接続されたI個のノッチフィルタと、
    上記クラッタ中心周波数推定手段でクラッタがi個(i=1,2,・・・,I)存在すると仮定して推定されたi個(i=1,2,・・・,I)の周波数にノッチを持つようにスタガトリガの各パルス間隔に応じて上記I個のノッチフィルタの係数を計算するI個のフィルタ係数計算手段と、
    上記受信信号と、上記I個のノッチフィルタの出力信号を入力とし、そのうちの1つの信号を選択出力する選択手段と、
    上記クラッタ中心周波数推定手段により得られるAR(auto-regressive)モデルの極に基づき、上記選択手段で選択出力すべき信号を、複数の連続するレンジビンからなるブロック毎に判定する判定手段と
    を備えたことを特徴とするクラッタ抑圧装置。
  2. 請求項記載のクラッタ抑圧装置において、1個の周波数にノッチを持つノッチフィルタの係数を計算するフィルタ計算手段は、あらかじめ計算しておいたノッチ周波数0のノッチフィルタ係数を格納する手段を備え、上記格納手段から読み出した係数から上記クラッタが1つ存在すると仮定して推定されたクラッタ中心周波数推定値に周波数特性の零点を持つように計算することを特徴とするクラッタ抑圧装置。
  3. スタガトリガ方式のレーダにおいて受信される不要反射エコーであるクラッタを抑圧するクラッタ抑圧装置において、
    ディジタル同相・直交信号に変換された受信信号中に含まれるクラッタの中心周波数を、クラッタが1つから複数I個まで存在すると仮定して最大エントロピー法に基づいて推定するクラッタ中心周波数推定手段と、
    i個(i=1、2、・・・、I)縦続接続された時変フィルタがそれぞれi=1、2、・・・、Iに対して上記受信信号を入力として並列に接続された合計I(I+1)/2個の時変フィルタと、
    上記受信信号と、上記i個(i=1、2、・・・、I)縦続接続された時変フィルタの最終段の複数I個の出力信号を入力とし、それらのうちの1つの信号を選択出力する選択手段と、
    上記クラッタ中心周波数推定手段において得られるARモデルの極に基づき、上記選択手段で選択出力すべき信号を、複数の連続するレンジビンからなるブロック毎に判定する判定手段と
    を備え、
    上記i個(i=1、2、・・・、I)縦続接続された時変フィルタの全体の特性としては、クラッタがi個存在すると仮定したときの上記クラッタ中心周波数推定手段における複数i個のクラッタ中心周波数推定値に周波数特性の零点を持つことを特徴とするクラッタ抑圧装置。
  4. 請求項に記載のクラッタ抑圧装置において、上記i個(i=1、2、・・・、I)縦続接続された時変フィルタのうちの各々最初段の時変フィルタの係数を計算する手段は、あらかじめ計算しておいたノッチ周波数0のノッチフィルタ係数を格納する手段を備え、上記格納手段から読み出した係数を用いて、各々i個クラッタが存在するとして推定されたクラッタ中心周波数推定値のうちの1つに周波数特性の零点を持つように計算することを特徴とするクラッタ抑圧装置。
  5. スタガトリガ方式のレーダにおいて受信される不要反射エコーであるクラッタを抑圧するクラッタ抑圧装置において、
    ディジタル同相・直交信号に変換された受信信号中に含まれるクラッタの中心周波数を、クラッタが最大複数I個存在すると仮定して最大エントロピー法に基づいて推定するクラッタ中心周波数推定手段と、
    上記受信信号を入力とする縦続接続された複数I個の時変フィルタと、
    上記受信信号と上記複数I個のそれぞれの時変フィルタ出力信号を入力とし、それらのうちの1つの信号を選択出力する選択手段と、
    上記クラッタ中心周波数推定手段において得られるARモデルの極に基づき、上記選択手段で選択出力すべき信号を、複数の連続するレンジビンからなるブロック毎に判定する判定手段と
    を備え、
    上記縦続接続された複数I個の時変フィルタの全体の特性としては、上記クラッタ中心周波数推定手段における複数I個のクラッタ中心周波数推定値に周波数特性の零点を持つことを特徴とするクラッタ抑圧装置。
  6. 請求項に記載のクラッタ抑圧装置において、上記縦続接続された時変フィルタのうちの最初段の時変フィルタの係数を計算する手段は、あらかじめ計算しておいたノッチ周波数0のノッチフィルタ係数を格納する手段を備え、上記格納手段から読み出した係数を用いて、クラッタ中心周波数推定値のうちの1つに周波数特性の零点を持つように計算することを特徴とするクラッタ抑圧装置。
  7. 請求項1ないし6のいずれかに記載のクラッタ抑圧装置において、上記判定手段は、上記クラッタ中心周波数推定手段により得られるARモデルの極および上記選択手段入力信号の電力に基づいて、上記選択手段で選択出力すべき信号を複数の連続するレンジビンからなるブロック毎に判定することを特徴とするクラッタ抑圧装置。
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