JP3637984B2 - トロイダル式無段変速機用転動体 - Google Patents

トロイダル式無段変速機用転動体 Download PDF

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Description

【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は、例えば自動車などの無段変速機として使用されるトロイダル式無段変速機における入力ディスク,出力ディスク,パワーローラに利用されるトロイダル式無段変速機用転動体に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
トロイダル式無段変速機は、例えば図1に示すように、潤滑油を介して接触する転動体、すなわち入力ディスク1,出力ディスク2およびパワーローラ3から主に構成され、入力ディスク1と出力ディスク2に挟まれたパワーローラ3の回転軸を傾動させることによって、入力ディスク1および出力ディスク2との接触点の回転半径を連続的に変化させ、入力ディスク1の回転速度を無段階に変えて出力ディスク2に伝達し、出力ディスク2の回転動力を同軸に固定された歯車4を介して出力歯車5に伝達する仕組みとなっている。
【0003】
トロイダル式無段変速機の転動体は、大きな動力を伝達するため、高面圧下での転動疲労寿命に優れる深い硬化層が要求される(例えば特開平7−71555号公報など)。そのため、処理時間が長時間にわたることから、生産性が非常に悪く、コストアップを招いてしまう。
【0004】
そこで、迅速に疲労強度を付与するために、高周波焼入れ処理を施した場合、鋼材としては、JIS G 4051,4052,4102,4103,4104,4105,4106などに規定される機械構造用炭素鋼および低合金鋼のうちの中炭素レベルのものが用いられる。
【0005】
そして、これらの炭素鋼あるいは低合金鋼からなるトロイダル式無段変速機用転動体に高周波焼入れ処理を施すに際しては、まず第1段階として、例えば図2(a)および(b)に示すように、転動体の内径面1a,2a,3a、および底面1b,2b,3bの形状に合わせて作成した誘導加熱コイルC1 ,C2 およびC3 ,C4 によって、これら内径面および底面を加熱して焼入れしたのち、第2段階として、第1段階で焼入れされた内径面1a,2a,3a、および底面1b,2b,3bが第2段階の熱によって鈍されないように、これら内径面および底面を冷却しながら、図2(c)および(d)に示すように、転動体の転動面1c,2cおよび3cの形状に合わせて作成した誘導加熱コイルC5 およびC6 によって、これら転動面1c,2cおよび3cを加熱して焼入れするようにしていた。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、上記した従来の2段階方式による高周波焼入れ方法においては、第1段階で焼入れされた面を第2段階の焼入れ時の熱によって鈍されないように冷却してはいるものの、図3に示すように、第2段階における加熱部位と隣接するような部分A,B,Cにおいては、どうしても加熱を避けることができず、このような部分では、第1段階の焼入れによって得られた硬度が低下してしまう傾向があった。このため、転動面に作用する高い面圧により剥離を生じて、転動疲労寿命が短くなったり、塑性変形を生じて陥没したり、さらには軟化部分を起点として疲労破壊するという問題点があり、このような問題点を解決することが従来のトロイダル式無段変速機用転動体における品質上の課題となっていた。
【0007】
【発明の目的】
本発明は、従来のトロイダル式無段変速機用転動体における上記課題に着目してなされたものであって、第1段階で焼入れされた面が、第2段階の焼入時の熱影響を受けたとしても、高い硬度を維持し、転動面に剥離や塑性変形を生じることがなく、疲労寿命に優れたトロイダル式無段変速機用転動体を提供することを目的としている。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、上記目的を達成するために、トロイダル式無段変速機用転動体の素材となる鋼材成分や結晶粒度などの焼入れ性や焼入れ後の熱影響による軟化特性(軟化抵抗性),疲労寿命などに及ぼす影響について鋭意検討を重ねた結果、靭性や疲労強度に有害なPおよびOを規制すると共に、硬さおよび焼入れ性を確保するC,Mn,Ni、結晶粒微細化に効果のあるAl,N,Nb、軟化抵抗性を高めるSi,Cr,Mo,V,Wを所定量添加し、さらに軟化抵抗性を表す指標として新たに見出された数式により求められるX値を所定値以上とすることにより、いったん焼入れされた部分が熱影響を受けたとしてもさほど軟化することがなく、焼入れ硬化層の表面から最大せん断応力位置までの間が高い硬度に維持され、転動体の転動疲労寿命が大幅に向上することを見出すに至った。
【0009】
本発明は、上記知見に基づくものであって、本発明の請求項1に係わるトロイダル式無段変速機用転動体は、重量%で、C:0.4〜0.6%,Si:0.1〜0.5%,Mn:0.20〜2.0%,P:0.02%以下,Al:0.005〜0.1%,Ti:0.005%以下,N:0.005〜0.03%,O:0.002%以下を含み,残部がFeおよび不可避的不純物であって、X=3.1C+1.2Si+0.3Mnで表わされるX値が2.5以上の構造用鋼からなり、表層部焼入れ組織のオーステナイト結晶粒度が粒度番号で9以上であると共に、表層部の硬さがHv602以上、かつ最大せん断応力位置における硬さがHv597以上である構成としたことを特徴としており、本発明の請求項2に係わるトロイダル式無段変速機用転動体は、重量%で、C:0.4〜0.6%,Si:0.1〜0.5%,Mn:0.20〜2.0%,P:0.02%以下,Al:0.005〜0.1%,Ti:0.005%以下,N:0.005〜0.03%,O:0.002%以下と共に、S:0.03〜0.1%,Pb:0.01〜0.3%,Te:0.005〜0.1%,Se:0.005〜0.1%,Ca:0.0005〜0.01%,Zr:0.005〜0.1%の群から選択される1種以上を含み,残部がFeおよび不可避的不純物であって、X=3.1C+1.2Si+0.3Mnで表わされるX値が2.5以上の構造用鋼からなり、高周波焼入処理が施され表層部焼入れ組織のオーステナイト結晶粒度が粒度番号で9以上であると共に、表層部の硬さがHv602以上、かつ最大せん断応力位置における硬さがHv597以上である構成としたことを特徴としており、本発明の請求項3に係わるトロイダル式無段変速機用転動体は、重量%で、C:0.4〜0.6%,Si:0.1〜0.5%,Mn:0.20〜2.0%,P:0.02%以下,Al:0.005〜0.1%,Ti:0.005%以下,N:0.005〜0.03%,O:0.002%以下と共に、Ni:0.2〜2.0%,Cr:0.2〜2.0%,Mo:0.05〜1.0%,V:0.03〜0.5%,W:0.03〜0.5%,Nb:0.01〜0.1%の群から選択される1種以上を含み、残部がFeおよび不可避的不純物であって、X=3.1C+1.2Si+0.3Mn+0.4Cr+1.4Mo+0.4V+0.3Wで表わされるX値が2.5以上の構造用鋼からなり、表層部焼入れ組織のオーステナイト結晶粒度が粒度番号で9以上であると共に、表層部の硬さがHv602以上、かつ最大せん断応力位置における硬さがHv597以上である構成とし、請求項4に係わるトロイダル式無段変速機用転動体は、重量%で、C:0.4〜0.6%,Si:0.1〜0.5%,Mn:0.20〜2.0%,P:0.02%以下,Al:0.005〜0.1%,Ti:0.005%以下,N:0.005〜0.03%,O:0.002%以下と共に、Ni:0.2〜2.0%,Cr:0.2〜2.0%,Mo:0.05〜1.0%,V:0.03〜0.5%,W:0.03〜0.5%,Nb:0.01〜0.1%の群から選択される1種以上、およびS:0.03〜0.1%,Pb:0.01〜0.3%,Te:0.005〜0.1%,Se:0.005〜0.1%,Ca:0.0005〜0.01%,Zr:0.005〜0.1%の群から選択される1種以上を含み、残部がFeおよび不可避的不純物であって、X=3.1C+1.2Si+0.3Mn+0.4Cr+1.4Mo+0.4V+0.3Wで表わされるX値が2.5以上の構造用鋼からなり、表層部焼入れ組織のオーステナイト結晶粒度が粒度番号で9以上であると共に、表層部の硬さがHv602以上、かつ最大せん断応力位置における硬さがHv597以上である構成としたことを特徴としてこのようなトロイダル式無段変速機用転動体の構成を前述した従来の課題を解決するための手段としている。
【0010】
また、請求項1あるいは請求項2記載のトロイダル式無段変速機用転動体の実施態様として請求項5記載のトロイダル式無段変速機用転動体においては、Y=3.2C+0.6Si+2.2Mnで表わされるY値が4.5以下である構成、さらに請求項3あるいは請求項4記載のトロイダル式無段変速機用転動体の実施態様として請求項6記載のトロイダル式無段変速機用転動体においては、Y=3.2C+0.6Si+2.2Mn+1.2Ni+0.4Cr+0.4Mo+0.7V+0.4Wで表わされるY値が4.5以下である構成としたことを特徴としている。
【0011】
【発明の作用】
以下、本発明に係わるトロイダル式無段変速機用転動体の化学成分範囲,X値,Y値および表層部焼入れ組織の結晶粒度限定理由をそれぞれの作用と共に説明する。
【0012】
C:0.4〜0.6%
Cは、高周波焼入れ後の表面硬化層および芯部の硬さを確保するのに寄与する元素であって、とくに第1段階の高周波焼入れで高い表面硬度を確保することにより、第2段階の高周波焼入れに際して熱影響を受けても高い硬さがもたらされる。このために本発明では、0.4%以上の添加を要する。しかし、多すぎると被削性が低下すると共に、靭性の劣化を招くので、上限値を0.6%とする。
【0013】
Si:0.1〜0.5%
Siは、高周波焼入れ部の軟化抵抗性を向上させる作用を有し、第2段階の高周波焼入れ時の熱影響による軟化を抑制するのに寄与する元素であり、このためには0.1%以上の添加が必要である。一方、添加量が0.5%を超えると被削性を悪くするので、上限値を0.5%とする。
【0014】
Mn:0.2〜2.0%
Mnは、鋼材の溶製時に脱酸剤として添加されると共に、鋼の焼入れ性を向上させる作用を有し、高周波焼入れによる硬化層を深くして、転動体の転動疲労寿命を向上させるのに寄与する元素であり、0.2%以上の添加を要する。しかし、2.0%を超えて添加すると、素材が硬くなり、加工性が劣化するので、上限値を2.0%とする。
【0015】
P:0.02%以下
Pは、粒界強度を低下させ、表面硬化層の靭性を劣化させるので、その上限値を0.02%とする。
【0016】
Al:0.005〜0.1%
Alは、鋼材の溶製時に脱酸剤として添加されると共に、焼入れ時の昇温に際してオーステナイト結晶粒の成長を抑制する作用を有し、このような作用を期待するには、0.005%以上の添加を必要とする。一方、0.1%を超えて添加したとしても、結晶粒成長の抑制に対する働きが飽和するばかりか、硬質の非金属介在物が多数生成して、転動疲労寿命の低下を招くので上限値を0.1%とする。
【0017】
Ti:0.005%以下
Tiは、硬質の介在物を生成し、転動疲労寿命に悪影響を与えるので、その上限を0.005%とする。
【0018】
N:0.005〜0.03%
Nは、AlNを生成してオーステナイト結晶粒を微細化し、転動疲労寿命を向上させる。しかし、0.005%未満の含有量では、このような作用が期待できず、逆に0.03%を超えた場合には、鍛造や熱間圧延時の割れの原因となるので、0.03%をその上限とする。
【0019】
O:0.002%以下
Oは、Al2 3 やSi2 3 などの酸化物系介在物を多く生成して疲労強度、とくに転動疲労寿命を劣化させると共に、切削加工時の超硬工具の寿命に悪影響を及ぼすので、0.002%をその上限とする。
【0020】
Ni:0.2〜2.0%
Niは、鋼の焼入れ性を高め、高周波焼入れによる硬化層を深くする作用を有する。 しかし、0.2%未満では、このような作用を期待できず、逆に添加量が多すぎると被削性を損なうので、上限値を2.0%とする。
【0021】
Cr:0.2〜2.0%
Crは、高周波焼入れ部の軟化抵抗性を向上させる作用を有し、第2段階の高周波焼入れ時の熱影響による軟化を抑制するのに寄与する。また、焼入れ性を高め、高周波焼入れによる硬化層を深くする。しかし、0.2%未満では、このような作用を期待できず、逆に添加量が多すぎると被削性を損なうので、上限値を2.0%とする。
【0022】
Mo:0.05〜1.0%
Moは、高周波焼入れ部の軟化抵抗性を向上させるのに顕著な作用を有し、第2段階の高周波焼入れ時の熱影響による軟化を抑制する。また、高周波焼入れ部のオーステナイト結晶粒を微細化するのに寄与する。しかし、0.05%未満では、これらの作用を期待できず、逆に添加量が多いと被削性が劣化するので、上限値を1.0%とする。
【0023】
V:0.03〜0.5%
Vは、高周波焼入れ部の軟化抵抗性を向上させる作用を有し、第2段階の高周波焼入れ時の熱影響による軟化を抑制する。しかし、0.03%未満では、このような作用を期待できず、逆に添加量が多いと被削性が劣化するので、上限値を0.5%とする。
【0024】
W:0.03〜0.5%
Wは、高周波焼入れ部の軟化抵抗性を向上させると共に、内部硬さを高める作用を有する。しかし、0.03%未満では、このような作用を期待できず、添加量が0.5%を超えると素材硬さが高くなり、被削性に悪影響を及ぼすので、上限値を0.5%とする。
【0025】
Nb:0.01〜0.1%
Nbは、結晶粒度の微細化作用を有するので、0.01%以上を添加する。しかし、0.1%を超えて添加しても微細化作用が飽和するので、0.1%を上限値とする。
【0026】
S:0.03〜0.1%
Sは、鋼の被削性の向上に寄与する元素であり、このような作用を期待するには、0.03%以上の添加を要する。しかし、添加量が多すぎるとMnS組成の非金属介在物が増加し、転動疲労寿命に悪影響を与えるので、0.1%を上限値とする。
【0027】
Pb:0.01〜0.3%
Pbは、被削性向上元素であり、このような作用を期待するには、0.01%以上添加する必要がある。ただし、0.3%を超えて添加すると転動疲労寿命が低下するので、0.3%を上限値とする。
【0028】
Te,Se:0.005〜0.1%
Te,Seは、Pbと同様に被削性向上元素であり、このような作用を期待するには、いずれも0.005%以上添加する必要がある。ただし、0.1%を超えて添加すると転動疲労寿命が低下するので、いずれも0.1%を上限値とする。
【0029】
Ca:0.0005〜0.01%
Caは、MnSと複合介在物を生成して球状化するため、鋼の靭性を劣化させることなく被削性を向上させる作用を有する元素である。このような作用は、添加量が0.0005%未満では期待できず、0.01%を超えると作用が飽和するので、0.01%をその上限とする。
【0030】
Zr:0.005〜0.1%
Zrは、Caと同様に、熱間圧延時にMnSの変形を抑制してMnSの球状化に寄与し、鋼の靭性を劣化させることなく被削性を向上させる作用を有する元素である。このような作用は、添加量が0.005%未満では期待できず、0.1%を超えるとZrO2 などの非金属介在物が多く生成して、転動疲労寿命が低下するので、0.1%を上限値とする。
【0031】
X値:2.5以上
本発明に係わるトロイダル式無段変速機用転動体において、その疲労強度を確保するためには、2段階方式の高周波焼入れに際して、最初(第1段階)に高周波焼入れされた面は、第2段階の焼入れにおける高周波加熱の熱影響を受けたとしても軟化せず、高い硬度を備えていなければならない。とくに、疲労破壊の起点となる表面および転動面における最大せん断応力位置(表面より0.8mm深さ)における硬さを高くすることが要求される。本発明者は、第1段階で焼入れされた部分が第2段階の焼入れによる熱影響を受けた場合の鋼成分と硬度の関係について種々検討した結果として、次式を見出し、これによって求めたX値が2.5以上の値をとるときに、いったん焼入れされた部分が熱影響を受けたとしてもさほど軟化することがなく、焼入れ硬化層の表面から最大せん断応力位置までの間が高い硬度に維持され、転動体の転動疲労寿命が大幅に向上することを確認した。
Figure 0003637984
【0032】
オーステナイト結晶粒度:粒度番号9以上
オーステナイト結晶粒度は、焼入れ性に影響を及ぼし、結晶粒の微細化により転動疲労寿命および曲げ疲労強度が向上する。このような作用を期待するには、結晶粒度番号で9以上に微細化する必要がある。
高周波焼入材の結晶粒度に影響を及ぼす因子としては、材料因子として高周波焼入処理を施す前の組織、Al,N量、Nb,Mo等の炭窒化物形成元素の添加、高周波焼入条件としては出力、加熱時間、焼入れ時の冷却速度等が挙げられる。
【0033】
本発明の場合、例えば水冷の場合、請求項1および2の炭素鋼では、出力×時間が800kW・sec以下、Nb,Mo,V,Wなどの炭化物形成元素添加の請求項3および4の鋼では、出力×時間が1000kW・sec以下の条件で加熱することにより結晶粒度が粒度番号で9番以上を得ることができる。
【0034】
Y値:4.5以下
焼入れに先立って、鋼素材を部品形状に切削加工するに際して、素材の硬さが高いと切削加工のコストが上昇したり、切削加工自体が不可能になったりする。本発明者は、焼入れ前の素材硬さに及ぼす鋼成分の影響について検討した結果、次式により求められるY値を4.5以下に規制することにより、焼入れ前の鋼素材の硬さが抑制され、素材の切削加工性が大幅に向上することを見出した。
Figure 0003637984
【0035】
このように、本発明に係わるトロイダル式無段変速機用転動体においては、靭性や疲労強度に有害なPおよびOを規制すると共に、硬さおよび焼入れ性を確保するC,Mn、結晶粒微細化作用を有するAl,N、軟化抵抗性を高めるSiを所定量添加して軟化抵抗性を示す指標として新たに見出された数式により求められるX値を2.5以上にし、さらに表層部焼入れ組織のオーステナイト結晶粒度を粒度番号9以上としたものであるから、いったん焼入れされた部分が熱影響を受けたとしてもさほど軟化することがなく、焼入れ硬化層の表面から最大せん断応力位置までの間が高い硬度に維持され、転動体の転動疲労寿命が大幅に向上することになる。
【0036】
また、本発明の他の請求項あるいは実施態様に係わるトロイダル式無段変速機用転動体においては、さらに焼入れ性を向上させるNi、結晶粒微細化作用を有するNb、軟化抵抗性を高めるCr,Mo,V,Wの1種以上、被削性を向上させるS,Pb,Te,Se,Ca,Zrの1種以上を必要に応じてそれぞれ添加し、さらに必要に応じて焼入れ前の素材硬さを示す指標として新たに見出された数式により求められるY値を4.5以下に規制するようにしているので、トロイダル式無段変速機用転動体として要求される種々の特性がさらに改善されることになる。
【0037】
【実施例】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。
【0038】
まず、表1〜3に示す化学組成の素材鋼(発明組成23種、比較組成13種)を用いて、入力ディスク,出力ディスク,パワーローラの粗形状および切削性試験片(85φ×250L)形状に熱間鍛造したのち、焼き鈍し処理して、所定の部品形状に切削加工した。
【0039】
【表1】
Figure 0003637984
【0040】
【表2】
Figure 0003637984
【0041】
【表3】
Figure 0003637984
【0042】
そして、入力ディスク1,出力ディスク2およびパワーローラ3用の切削素材については、2段階の高周波焼入れ処理、すなわち第1段階として内径面1a,2a,3aおよび底面1b,2b,3bを出力80kW,周波数30kHzで7秒間加熱して水冷焼入れし、続いて第2段階として転動面1c,2c,3c(図2参照)を出力30kW,周波数100kHzの条件で20秒間加熱したのち水冷することによって焼入れを行った。その後、160℃×2時間の焼戻し処理を施し、仕上げ研磨加工を行うことによって入力ディスク1,出力ディスク2,パワーローラ3(トロイダル式無段変速機用転動体)を得た。
【0043】
上記によって得られた各転動体1ないし3のビッカース硬度およびオーステナイト結晶粒度を測定し、その結果を表4,5に示す。
【0044】
なお、硬さは、図4(a)および(b)に示すa−a線およびb−b線に沿って、表面より0.1mmの位置、および表面より0.8mmの位置(最大せん断応力作用位置)で測定した。また、オーステナイト結晶粒度については、JISG 0551に従って、図4(a)および(b)に示すa−a線およびb−b線上の表面より0.1mmの位置で測定した。
【0045】
【表4】
Figure 0003637984
【0046】
【表5】
Figure 0003637984
【0047】
また、切削性試験片については、焼き鈍し処理ののち、表6に示す条件により切削加工性を調査した。その結果を表4,5に併せて示す。
【0048】
【表6】
Figure 0003637984
【0049】
さらに、このようにして製作したトロイダル式無段変速機用転動体、すなわち入力ディスク1,出力ディスク2およびパワーローラ3を組合わせて、図1に示したようなトロイダル式無段変速機に組込み、表7に示す条件のもとで、目標繰り返し数1×107 回まで耐久試験を実施した。その結果を表4,5に併せて示す。
【0050】
【表7】
Figure 0003637984
【0051】
表4,5に示す結果から明らかなように、素材鋼の化学成分,表層部焼入れ組織のオーステナイト結晶粒度および軟化抵抗性の指標としてのX値、あるいは焼入れ前の素材硬さの指標としてのY値などが本発明の要件を満足する実施例1ないし21のトロイダル式無段変速機用転動体においては、焼き鈍し後の素材硬さが低く、切削加工時の工具摩耗量が少なく良好な切削性を示すと共に、第2段階の高周波焼入れを行っても、表面より0.1mmの位置、および0.8mmの位置(最大せん断応力作用位置)で高い硬度が得られ、1×107 回を超える良好な耐久性を示すことが確認された。
【0052】
これに対し、素材鋼の化学成分やX値などが本発明の要件を満足しない比較例24ないし36のトロイダル式無段変速機用転動体においては、焼き鈍し後の素材硬さが高くて切削性が劣ったり、第2段階の高周波焼入れ時の熱影響による軟化によって転動体としての耐久性が劣ったりする不具合が生じることが判明した。
【0053】
すなわち、比較例24の転動体においては、素材鋼のC量が少ないため、第2段階高周波焼入れの熱影響部の硬さが得られず、疲労寿命が短く、逆にC量が多すぎる比較例25および26の転動体においては、素材硬さが高いため、工具の摩耗量が著しく多くなることが確認された。
【0054】
また、比較例27の転動体においては、素材鋼のSi量が少なく、軟化抵抗性が低いので熱影響部の硬さを確保することができないため疲労寿命が短く、Si量およびMn量が過剰な比較例28および29の転動体においては、素材硬さが高いため工具の摩耗量が著しく多く、切削性に劣ることが確認された。
【0055】
比較例30の転動体においては、素材鋼のTi量が多く、硬質の介在物が生成することから切削加工時の工具摩耗量が多い。
【0056】
また、比較例31においては、素材鋼のN含有量が少なく、結晶粒が粗大化しているため疲労寿命が短く、比較例32においては、O含有量が多く、介在物が多く生成しているため、切削加工時の工具摩耗量が多い。
【0057】
そして、素材鋼のNi量,Cr量,Mo量が多い比較例33,34,35の転動体においては、素材硬さが高いため、工具の摩耗量が著しく多くなることが確認された。
【0058】
さらに、比較例36の転動体においては、素材鋼のV量が多く、素材硬さが高くなっているため、チッピング(欠け)が発生する結果となった。
【0059】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明の請求項1に係わるトロイダル式無段変速機用転動体においては、靭性や疲労強度に有害なPおよびOを規制すると共に、硬さおよび焼入れ性を確保するC,Mn、結晶粒微細化に有効なAl,N、軟化抵抗性を向上させるSiを所定量添加し、軟化抵抗性を示す指標として新たに見出された数式により求められるX値を2.5以上にし、さらに表層部焼入れ組織のオーステナイト結晶粒度を粒度番号9以上に微細化すると共に、表層部の硬さがHv602以上で、最大せん断応力位置における硬さがHv597以上としたものであるから、いったん焼入れされた部分が熱影響を受けたとしても軟化を防止することができ、焼入れ硬化層の表面から最大せん断応力位置までの間を高い硬度に維持して転動体の転動疲労寿命を大幅に向上させることができるという極めて優れた効果がもたらされる。
【0060】
本発明の請求項2に係わるトロイダル式無段変速機用転動体においては、被削性を向上させるS,Pb,Te,Se,Ca,Zrなどが添加されているので、素材鋼の被削性を改善することができ、当該転動体の加工コストの低減を達成することができるという優れた効果がもたらされる。
【0061】
また、本発明の請求項3に係わるトロイダル式無段変速機用転動体においては、焼入れ性を向上させるNi、結晶粒微細化作用を有するNb、軟化抵抗性を高めるCr,Mo,V,Wなどが添加されているので、焼入れ硬化層の表面から最大せん断応力位置までの間を高い硬度に確実に維持することができ、転動体の転動疲労寿命をより確実に向上させることができるという優れた効果がもたらされる。
【0062】
さらに、本発明の請求項4に係わるトロイダル式無段変速機用転動体においては、上記S,Pb,Te,Se,Ca,Zrなどと共に、Ni,Nb,Cr,Mo,V,Wなどが添加されているので、被削性の改善によって当該転動体の加工コストの低減を達成することができると同時に、焼入れ硬化層の表面から最大せん断応力位置までの間を高い硬度に確実に維持することができ、転動体の転動疲労寿命をより確実に向上させることができるというさらに優れた効果がもたらされる。
【0063】
本発明に係わるトロイダル式無段変速機用転動体の実施態様として請求項5および請求項6記載の転動体においては、焼入れ前の素材硬さを示す指標として新たに見出された数式により求められるY値を4.5以下に規制したものであるから、素材鋼の切削加工性を確実に改善することができ、加工コストをさらに確実に低減させることができるという優れた効果がもたらされる。
【図面の簡単な説明】
【図1】トロイダル式無段変速機の構造および原理を示す概略説明図である。
【図2】(a) 入力ディスクおよび出力ディスクの高周波焼入れの第1段階を示す概略説明図である。
(b) パワーローラの高周波焼入れの第1段階を示す概略説明図である。
(c) 入力ディスクおよび出力ディスクの高周波焼入の第2段階を示す概略説明図である。
(d) パワーローラの高周波焼入れの第2段階を示す概略説明図である。
【図3】(a) 入力ディスクのおよび出力ディスクの軟化部分を示す断面説明図である。
(b) パワーローラの軟化部分を示す断面説明図である。
【図4】(a) 本発明の実施例における硬度測定位置を示す入力ディスクおよび出力ディスクの断面図である。
(b) 本発明の実施例における硬度測定位置を示すパワーローラの断面図である。
【符号の説明】
1 入力ディスク(トロイダル式無段変速機用転動体)
2 出力ディスク(トロイダル式無段変速機用転動体)
3 パワーローラ(トロイダル式無段変速機用転動体)

Claims (6)

  1. 重量%で、C:0.4〜0.6%,Si:0.1〜0.5%,Mn:0.20〜2.0%,P:0.02%以下,Al:0.005〜0.1%,Ti:0.005%以下,N:0.005〜0.03%,O:0.002%以下を含み,残部がFeおよび不可避的不純物であって、
    X=3.1C+1.2Si+0.3Mn
    で表わされるX値が2.5以上の構造用鋼からなり、高周波焼入処理が施され表層部焼入れ組織のオーステナイト結晶粒度が粒度番号で9以上であると共に、表層部の硬さがHv602以上、かつ最大せん断応力位置における硬さがHv597以上であることを特徴とするトロイダル式無段変速機用転動体。
  2. 重量%で、C:0.4〜0.6%,Si:0.1〜0.5%,Mn:0.20〜2.0%,P:0.02%以下,Al:0.005〜0.1%,Ti:0.005%以下,N:0.005〜0.03%,O:0.002%以下と共に、S:0.03〜0.1%,Pb:0.01〜0.3%,Te:0.005〜0.1%,Se:0.005〜0.1%,Ca:0.0005〜0.01%,Zr:0.005〜0.1%の群から選択される1種以上を含み,残部がFeおよび不可避的不純物であって、
    X=3.1C+1.2Si+0.3Mn
    で表わされるX値が2.5以上の構造用鋼からなり、高周波焼入処理が施され表層部焼入れ組織のオーステナイト結晶粒度が粒度番号で9以上であると共に、表層部の硬さがHv602以上、かつ最大せん断応力位置における硬さがHv597以上であることを特徴とするトロイダル式無段変速機用転動体。
  3. 重量%で、C:0.4〜0.6%,Si:0.1〜0.5%,Mn:0.20〜2.0%,P:0.02%以下,Al:0.005〜0.1%,Ti:0.005%以下,N:0.005〜0.03%,O:0.002%以下と共に、Ni:0.2〜2.0%,Cr:0.2〜2.0%,Mo:0.05〜1.0%,V:0.03〜0.5%,W:0.03〜0.5%,Nb:0.01〜0.1%の群から選択される1種以上を含み、残部がFeおよび不可避的不純物であって、
    Figure 0003637984
    で表わされるX値が2.5以上の構造用鋼からなり、高周波焼入処理が施され表層部焼入れ組織のオーステナイト結晶粒度が粒度番号で9以上であると共に、表層部の硬さがHv602以上、かつ最大せん断応力位置における硬さがHv597以上であることを特徴とするトロイダル式無段変速機用転動体。
  4. 重量%で、C:0.4〜0.6%,Si:0.1〜0.5%,Mn:0.20〜2.0%,P:0.02%以下,Al:0.005〜0.1%,Ti:0.005%以下,N:0.005〜0.03%,O:0.002%以下と共に、Ni:0.2〜2.0%,Cr:0.2〜2.0%,Mo:0.05〜1.0%,V:0.03〜0.5%,W:0.03〜0.5%,Nb:0.01〜0.1%の群から選択される1種以上、およびS:0.03〜0.1%,Pb:0.01〜0.3%,Te:0.005〜0.1%,Se:0.005〜0.1%,Ca:0.0005〜0.01%,Zr:0.005〜0.1%の群から選択される1種以上を含み、残部がFeおよび不可避的不純物であって、
    Figure 0003637984
    で表わされるX値が2.5以上の構造用鋼からなり、高周波焼入処理が施され表層部焼入れ組織のオーステナイト結晶粒度が粒度番号で9以上であると共に、表層部の硬さがHv602以上、かつ最大せん断応力位置における硬さがHv597以上であることを特徴とするトロイダル式無段変速機用転動体。
  5. 請求項1または請求項2記載のトロイダル式無段変速機用転動体において、
    Y=3.2C+0.6Si+2.2Mn
    で表わされるY値が4.5以下であることを特徴とするトロイダル式無段変速機用転動体。
  6. 請求項3または請求項4記載のトロイダル式無段変速機用転動体において、
    Figure 0003637984
    で表わされるY値が4.5以下であることを特徴とするトロイダル式無段変速機用転動体。
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