JP3552608B2 - 耐部分腐食性に優れ疲労強度が高いアルミニウム合金押出加工品の製造方法 - Google Patents

耐部分腐食性に優れ疲労強度が高いアルミニウム合金押出加工品の製造方法 Download PDF

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Description

【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は、再結晶粒界腐食の一部が発達して先鋭なノッチ状先端部をもつ腐食形態(以下、部分腐食という)を抑え、耐部分腐食性及び疲労強度を改善したアルミニウム合金押出加工品の製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
6000系のアルミニウム合金は、時効処理によってMgSiを析出させることにより強度が向上する。また、押出加工性も優れているため大量生産に適した材料として、非常に広範な分野で使用されている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、腐食環境に曝される船舶構造材,部品等の用途では、再結晶粒界腐食が生じ易い。再結晶粒界腐食が進行すると、その腐食の一部が材料内部の深部まで達し、部分腐食となる。発生した部分腐食が深いと、部分腐食部分の先端部がノッチ効果によって疲労クラックの発生起点となり、アルミニウム材料の疲労強度を著しく低下させる。部分腐食が材料を貫通するまで成長すると、浸水等のトラブル発生原因にもなる。
【0004】
【課題を解決するための手段】
本発明は、このような問題を解消すべく案出されたものであり、Ti及び/又はV高濃度部及びTi及び/又はV低濃度部が相互に重なり合った多数の層状分布にすることにより、耐部分腐食性が大幅に改善され、本来の機械強度が確保されたアルミニウム合金押出加工品を提供することを目的とする。
本発明のアルミニウム合金押出加工品の製造方法は、その目的を達成するため、Si:0.2〜1.2重量%,Mg:0.35〜1.5重量%,Fe:0.1〜0.2重量%と、Ti+V=0.05〜0.40重量%の条件でTi:0.20重量%以下及び/又はV:0.3重量%以下を含み、さらにCu:0.002〜0.5重量%,Zn:0.05〜0.3重量%,Cr:0.01〜0.3重量%,Mn:0.01〜0.4重量%,Zr:0.01〜0.2重量%,B:0.002〜0.01重量%の1種又は2種以上を含み残部が実質的にAlの組成を有する合金溶湯を5℃/秒以上の溶湯冷却速度で鋳造し、得られた鋳塊を520〜580℃×1〜8時間で均質化処理し、冷却後、450〜520℃に加熱した後、押出直後の形材表面温度が510〜560℃になるように押出加工し、次いで450〜200℃の温度域で押出形材の表面を80℃/分以上の冷却速度で冷却し、その後170〜200℃×1〜10時間の時効処理を施すことを特徴とする。
【0006】
あるいは、上記組成を有する合金溶湯を5℃/秒以上の溶湯冷却速度で鋳造し、得られた鋳塊を520〜580℃×1〜8時間で均質化処理し、冷却後、450〜520℃に加熱した後、押出直後の形材表面温度が510〜560℃になるように押出加工し、冷却後、520〜560℃×2〜6時間の溶体化処理後に水焼入れし、次いで170〜200℃×1〜10時間の時効処理を施してもよい。
【0007】
【作用】
本発明者等は、6000系に代表されるアルミニウム合金にみられる再結晶粒界腐食の発生メカニズムを調査検討した結果、次のメカニズムで部分腐食が進行するものと推察した。
塑性加工後に再結晶させたアルミニウム合金材料は、図1に模式的に示す断面ミクロ組織をもっている。部分腐食が発生した材料を観察すると、部分腐食PCは、再結晶粒界GBに沿って材料表面Sから材料内部に深く進行している。
再結晶粒界GBに沿った部分腐食PCの優先的な進行は、アルミニウム合金材料に含まれている再結晶粒界近傍の合金成分が再結晶粒界GBに濃化しやすいことが原因である。
【0008】
アルミニウム合金材料が熱間圧延,熱間押出,熱間鍛造等の熱間塑性変形を受けると、加工直後に再結晶粒RCが生成する。再結晶粒RCは、塑性加工工程に後続する熱処理工程で溶体化処理するときにも生成する。再結晶した材料が後続するT5処理,T6処理等で時効処理されると、マトリックスに固溶していたMg,Siが粒径10〜100nm程度の微細なMgSiとなって析出し(図2)、合金材料の強度を向上させる。Mg,Siは、微細析出物PFとしてマトリックスMに析出する外に、エネルギの高い再結晶粒界GBにも拡散する。なかでも、熱間加工直後の冷却段階において350〜400℃の温度領域で再結晶粒界GBに粒径が数百nm〜10μm程度の粗大MgSiが析出していると、粗大析出物PBへのMg,Siの拡散が促進される。
再結晶粒界GBや粗大析出物PBにMg,Siが拡散するため、再結晶粒界GBの近傍にあるマトリックスMは、微細析出物PFのない無析出帯PFZになる。無析出帯PFZは、本発明者等による調査では0.1〜5μmの幅で再結晶粒界GBに沿って延びていた。
【0009】
無析出帯PFZは、マトリックスMに比較して固溶Si,固溶Mgが少ないため電位的に卑な部分になる。そのため、無析出帯PFZのある合金材料が腐食環境に曝されると、無析出帯PFZが優先的に腐食される(図3)。材料表面にある無析出帯PFZの腐食が部分的に激しく進行し、腐食領域CZが材料内部に進行すると部分腐食になる。
本発明者等は、このような部分腐食発生のメカニズムを前提にし、電位的に卑な無析出帯PFZが材料表面Sから材料内部に直線的に繋がらない組織にすることが部分腐食の抑制に有効であると考えた。そして、無析出帯PFZの直線的な繋がりを阻止する層を形成する手段を検討した結果、Ti及び/又はVの作用を活用して有効な組織が作り出せることを見出した。
【0010】
Ti及びVは、Alとの包晶反応によって鋳造結晶粒内に固溶する合金成分である。鋳造結晶粒CGの内部では、固溶Ti及び/又はV濃度が高いTi及び/又はVの高濃度部L10(以下、単に高濃度部L10という)と鋳造結晶粒界GBCAST近傍の固溶Ti及び/又はV濃度が低いTi及び/又はVの低濃度部L20(以下、単に低濃度部L20という)が存在する(図4)。
このようなTi及び/又はV濃度分布をもつ材料が塑性加工されると、鋳造結晶粒CGが塑性変形して引き伸ばされ、高濃度部L10が塑性加工方向WDに長いTi及び/又はV高濃度層L(以下、単に高濃度層Lという)となる。鋳造結晶粒界GBCAST近傍にある低濃度部L20も同様に塑性変形を受けて引き伸ばされ、Ti及び/又はVの低濃度層L(以下、単に低濃度層Lという)が生じる。したがって、塑性加工された組織は、塑性加工方向WDに沿って多数の高濃度層L及び低濃度層Lが長い層状に積み重ねられたラメラー状態になる(図5)。
【0011】
塑性加工されたアルミニウム合金材料は、応力除去,強度向上のために熱処理される。熱処理時、Mg,Siに比較して材料内部における拡散速度が著しく遅いTiやVは、鋳塊の均熱処理,T5処理,T6処理等の熱処理時に再結晶粒界GBに集まる傾向が低い。そのため、再結晶粒界GBの生成に伴って時効処理時にMgSiの析出に起因して無析出帯PFZが発生しても、無析出帯PFZ中の高濃度部LとマトリックスM中の高濃度部Lとの間では、Ti及び/又はV濃度に実質的な差が生じない。他方、高濃度層Lと低濃度層Lとの間ではTi及び/又はV固溶量に差があるため、高濃度層Lが電位的に貴になり、低濃度層Lが電位的に卑になる。
【0012】
Ti及び/又はV濃度がこのようなラメラー状分布になった合金材料を腐食環境に曝すと、電位的に卑な低濃度層Lが優先的に腐食される。この場合の腐食は、図1で説明した再結晶粒界GBに沿った経路を採ることができず、図5に示すように低濃度部L及び無析出帯PFZの中にある低濃度部Lを求めて材料内部に進行する。なお、図5は、塑性加工方向WDに平行な方向の断面組織に腐食進行経路DCを投影した模式図であり、腐食進行経路DCは紙面に垂直な方向にも前後する。
腐食進行経路DCが塑性加工方向WD及び直交方向に紆余曲折するため、材料の深さ方向に腐食が進行することが遅延する。また、材料内部の深部に直線的に延びる部分腐食が進行しないため、疲労クラックの発生起点となるノッチ効果が弱まる。
【0013】
以下、本発明が対象とするアルミニウム合金に含まれる合金成分,含有量,製造条件等を説明する。
Si:0.2〜1.2重量%,Mg:0.35〜1.5重量%
T5処理,T6処理での時効処理によってMgSiとして析出し、合金材料の強度を向上させる。強度確保のためには、0.2重量%以上のSi,0.35重量%以上のMgが必要である。しかし、1.2重量%を超える多量のSiが含まれると、Al−Fe−Si系化合物の析出量が増加する。析出した多量のAl−Fe−Si系化合物は、マトリックスとの間に電位差があるため局部電池を増加させ、耐食性が低下する原因になる。また、1.5重量%を超えるMg含有量では、合金材料が硬質化し、押出加工性が劣化する。
【0014】
Ti+V:0.05〜0.40重量%
Ti及びVは、本発明が対象とする合金系において最も重要な合金成分である。一般に、TiをBと共に鋳造結晶粒微細化剤としてTi:0.01〜0.02重量%,B:0.002〜0.01重量%添加するとき、鋳造結晶粒が10〜数百μmのサイズに微細化される。本発明では、鋳造結晶粒微細化作用の外に、通常の6000系アルミニウム合金に比較して遥かに多量、すなわち合計量で0.05〜0.20重量%のTi及び/又はVを添加し、鋳造結晶粒内に多量のTi及び/又はVを固溶させている。
【0015】
多量に添加されたTi及び/又はVは、Al−Ti及びAl−Vが包晶系であるため、図4で模式的に示すように鋳造結晶粒CGの内部に高濃度部L10を形成する。他方、比較的遅れて凝固する鋳造結晶粒界GBcast及びその近傍ではTi及び/又はV濃度が低くなっているので、鋳造結晶粒界GBcastに沿って低濃度部L20が形成される。
高濃度部L10及び低濃度部L20をもつ鋳造結晶粒CGからなる鋳造組織が塑性加工されると、多数の高濃度層L及び低濃度層Lが層状に重なり合ったラメラー状態(図6)になる。しかも、Ti及び/又はV添加により鋳造結晶粒が微細化されているため、高濃度層L及び低濃度層Lが密に重なり合っている。
【0016】
合計量が0.05重量%に満たないTi及び/又はV含有量では、鋳造組織の微細化作用は得られるものの、高濃度部L10と低濃度部L20との固溶量差が小さくなり、塑性加工後に高濃度層L及び低濃度層Lが重なり合った明瞭なラメラー状態が得られ難くなる。その結果、材料内部の深部まで直線的に進行する部分腐食を抑制する作用が小さくなる。しかし、0.40重量%を超える過剰量のTi及び/又はVを添加すると、TiAlや粗大なTiB,Al11V等が生成する傾向が強くなる。TiAlや粗大なTiB,Al11V等は、局部電池による腐食発生の起点になり耐食性を劣化させ、また加工時に表面欠陥を発生させる原因になる。この傾向は、Tiの単独添加では0.20重量%を超えるとき、Vの単独添加では0.30重量%を超えるとき顕著になる。
【0017】
Cu:0.002〜0.5重量%
必要に応じて添加される合金成分であり、0.002重量%以上のCu含有量でマトリックスの強度向上が顕著になる。しかし、再結晶粒界GBの近傍にあるCuは、時効処理時に再結晶粒界GBに拡散し、Cu濃度の低い無析出帯PFZを再結晶粒界GBに沿って生成させる傾向を示す。そのため、0.5重量%を超える多量のCuが添加されると、マトリックスMと再結晶粒界GBの無析出帯PFZとの間の電位差が大きくなり、再結晶粒界GBの腐食性が高まり、部分腐食が生じ易くなる。
Zn:0.05〜0.3重量%
必要に応じて添加される合金成分であり、マトリックスの腐食電位を低下させて腐食形態を全面腐食に変える作用を呈する。そのため、再結晶粒界GBの局部的な腐食が防止され、部分腐食の進行が抑えられる。このような効果は、0.05重量%以上の添加量で顕著になる。しかし、Zn含有量が0.3重量%を超えると、腐食電位が著しく低下し、材料自体の耐食性が低下する。
【0018】
Cr:0.01〜0.3重量%
Mn:0.01〜0.4重量%
Zr:0.01〜0.2重量%
何れも必要に応じて添加される合金成分であり、再結晶粒RCの粗大化防止,機械的性質の改善,材料内部への部分腐食進行抑制に有効な合金成分である。このような効果は、0.01重量%以上のCr,0.01重量%以上のMn,0.01重量%以上のZrで顕著になる。しかし、0.3重量%を超えるCr,0.4重量%を超えるMn,0.2重量%を超えるZrは、金属間化合物の生成に起因する機械的性質の劣化,局部電池形成による耐食性の劣化,材質の硬質化に起因する押出加工性の劣化を招きやすい。
【0019】
Fe:0.1〜0.2重量%
必要に応じて添加される合金成分であり、Si及びAlと反応し、再結晶粒RCの微細化に有効な化合物を生成する。Al−Si−Fe系の化合物は、塑性加工時に分散し、再結晶粒界GBをピンニングする効果を呈する。そのため、再結晶粒RCが微細化され、機械的性質が改善されると共に、材料内部への部分腐食進行も抑制される。このような効果は、0.1重量%以上のFe含有量で顕著になる。しかし、0.2重量%を超える多量のFeが含まれると、粗大なAl−Fe−Si系化合物が多量に生成し、局部電池に起因した耐食性が劣化する。
B:0.002〜0.01重量%
Tiと同様に鋳造組織を微細化する作用を呈する合金成分である。微細化された鋳造結晶粒は、塑性加工により生じる高濃度部Lと低濃度部Lとを密な分布状態にする。その結果、材料内部に腐食が進行して部分腐食となることが防止される。
【0020】
塑性加工で生じるラメラー状態
高濃度部L10及び低濃度部L20を有する鋳造結晶粒CGは、塑性加工されると塑性加工方向WDに沿って伸ばされ、多数の高濃度層L及び低濃度層Lが重なり合ったラメラー状態(図6)になる。
高濃度層L及び低濃度層Lは、具体的には次のようにして特定される。
Si:0.5重量%,Mg:0.7重量%,Cu:0.2重量%,Fe:0.15重量%,Mn:0.15重量%,B:0.003重量%を含み、Ti含有量を0.01重量%,0.05重量%,0.1重量%,0.15重量%,0.20重量%と変えた5種のアルミニウム合金を塑性加工し、塑性加工後の表層部断面をEPMAで観察してTi濃度分布を求めた。得られたTi濃度分布は、図7の(a)〜(c)に一例を示すようにTi含有量に応じて異なっていた。
EPMAの観察結果は、次の条件で広領域マッピング分析することにより得られた。
加速電圧:15kV
試料電流:20nA
ビーム径:1μm
ステップサイズ:X方向,Y方向共に1μm
ステップ数:512点×512点
分析時間:0.06秒/点
分析X線:Ti−Kα線
【0021】
前掲の条件下では、Ti濃度が0.05重量%以上のときにTiの層状分布が認識できる。そこで、Ti−Kα線のビーム径1μmが占める面積における0.06秒間のカウント数を解析し、カウント数と試料(a)〜(c)の耐部分腐食性との関係を調査した結果、Tiの層状分布を確認できる限度である7カウント以上の部分をTi高濃度層Lとして判定して良いことが判った。図7では、7カウント以上の部分を白色で表示している。
Ti:0.1重量%を含む試料(a)では、最大カウント数が79カウント,最少カウント数が0カウントであった。
図7に白色で表示されているTi高濃度部の面積率を画像解析により求め、面積率(%)とEPMA強度との関係を調査したところ、両者の間に図8に示す関係が成立していた。なお、図8の横軸EPMA強度は所定カウント数以上を示し、たとえば横軸7の位置では7カウント以上の部分の面積率がTi高濃度部の面積率として表示されている。したがって、カウント数を上げると、当然のこととしてTi高濃度部の面積率が低下する。
【0022】
図8から、Ti含有量の増加に応じてTi高濃度部の面積率が上昇していることが判る。Ti含有量0.05重量%で7カウント以上が層状を認識できる限界であるので、本発明では、図8からTi高濃度部を7カウント以上と定義する。このように定義したTi高濃度部は、Ti含有量0.05重量%で面積率が45%以上になっている。Ti高濃度部の面積率はTi含有量に応じて変わり、Ti:0.20重量%で面積率95%,Ti:0.15重量%で面積率90%,Ti:0.1重量%で面積率78%,Ti:0.05重量%で面積率47%,Ti:0.01重量%で面積率20%である。したがって、EPMA強度で7カウント以上のTi高濃度部は、Ti含有量が0.05〜0.20重量%の範囲において45〜95%の面積率を占めるといえる。
【0023】
後述の実施例・表2にみられるように耐食性を確保する上からTi含有量の下限が0.05重量%に定められるので、本発明においては、前掲した測定条件下における7カウント以上の部分をTi高濃度部と定義する。Ti高濃度部を定義するEPMA強度のカウント数を8以上とすると、当然のこととしてTi高濃度部の面積率は低下する。たとえば、8カウント以上をTi高濃度部と定義する場合には、耐部分腐食性に有効なTi高濃度部の面積率は、20〜80%になる。何れにしろ、組織の定義付けにおいて、何カウント以上をTi高濃度部とするかは、発明の本質を何ら変更するものではない。
Vを単独添加したアルミニウム合金及びTi,Vを複合添加したアルミニウム合金についても、同様に高濃度部と低濃度部が生成しており、塑性加工方向に平行な断面における面積率で45〜95%の高濃度部があるとき優れた耐部分腐食性が発現する。
【0024】
耐部分腐食性に有効なラメラー状態は、次の工程で作られる。
鋳造:溶湯冷却速度5℃/秒以上
所定組成に調整されたアルミニウム合金溶湯に通常の脱ガス処理を施した後、Ti−B系,V等の微細化剤を添加し、脱滓・沈静化を経て鋳造する。DC鋳造,水冷金型鋳造等により溶湯冷却速度5℃/以上で鋳造することにより、鋳造結晶粒のセル内部にTi及び/又はVがより高濃度で固溶する。これに対し、溶湯冷却速度が5℃/秒に達しない砂型鋳造では、高濃度部と低濃度部の差が小さくなる。その結果、後続する塑性加工工程でラメラー状態が生成し難く、また高濃度部と低濃度部との電位差が小さいため、材料内部への部分腐食進行を有効に抑制できなくなる。この場合に生じる部分腐食は、横に走る腐食経路(図5)ではなく、材料内部の深部に直線的に向かった経路(図1)をとり、疲労クラック等の原因になる。
【0025】
均質化処理:520〜580℃×1〜8時間
鋳造で得られた鋳塊は、Si,Mg,Cu等をマトリックスに均一に固溶させるため均質化処理される。均質化処理を温度520〜580℃,1〜8時間の範囲で実施すると、TiやVがほとんど拡散せず、析出もしない。そのため、鋳造結晶粒のセル内部にTi及び/又はVが高濃度で分布する状態(図4)が均質化処理後にも維持される。
塑性加工
均質化処理された鋳塊に、圧延,押出し,鍛造等の熱間加工、或いは鍛造,引抜き等の冷間加工が施される。セル内部でTi及び/又はV濃度に差を付けた鋳造組織(図4)は、塑性加工によって鋳造結晶粒が層状に引き伸ばされ、多数の高濃度層L及び低濃度層Lが層状に重なり合ったラメラー状態(図6)となる。
【0026】
高濃度層L及び低濃度層Lは、塑性加工方向WDと平行な断面(図5,6)では相互に重なり合っており、塑性加工方向WDに垂直な断面(図9)でも元の鋳造結晶粒界GBOLDを境にした分布になっている。塑性加工後に熱処理した材料においては、再結晶粒界GBを境として再結晶粒RCを成長させた組織になっている。
腐食は、一般に材料表面Sに再結晶粒界GBが露出した部分を起点として生じ、再結晶粒界GBを含む無析出帯PFZに沿って材料内部に進行する。しかし、多数の高濃度層L及び低濃度層Lが層状に重なり合ったラメラー状態をもつ材料では、材料内部に直線的に延びる腐食の進行がラメラー状態によって抑えられ、高濃度層L及び低濃度層Lの間を三次元的に紆余曲折する腐食進行経路DCを採る。なお、図5,図9共に、塑性加工方向WDと平行及び垂直な断面でみた結晶組織に腐食進行経路DCを投影させて示したものであり、腐食は、紙面と垂直な方向に沿っても進行する。
【0027】
高濃度層L及び低濃度層Lの間を複雑に紆余曲折する経路DCに沿って腐食が進行するため、材料内部の深部まで腐食が到達するまでには相当な時間がかかることになる。また、材料内部に直線的に延びる腐食がなくなるので、疲労クラックの発生起点になる鋭角的なノッチ状先端をもつ部分腐食に至りにくい。これに対し、Ti及び/又はV濃度に差をつけていない従来の材料では、隣接再結晶粒RC間の無析出帯PFZに沿って腐食が進行し、材料内部の深さ方向に鋭く入り込んだ部分腐食PCとなる(図1)。部分腐食PCのノッチ状先端は、応力が集中しやすく、疲労クラックの発生起点になる。
【0028】
塑性加工として押出加工を採用する場合、Mg,Siの十分な固溶及び必要な押出し速度を確保するため、均質化処理後の鋳塊を450〜520℃に加熱し、押出し直後の形材表面温度を510〜560℃に制御する。押出し直後の形材表面温度は、Mg,Siの固溶を図る有効な指標である。510℃に満たない形材表面温度では、Mg,Siが十分に固溶しないので、後続する時効処理工程における析出強化が効果的でなくなる。逆に、560℃を超える形材表面温度では、押出し後の再結晶粒組織が粗大化しやすく、機械的性質の低下,再結晶粒界腐食等の原因になり易い。そして、押出し後にそのまま冷却する場合と、450〜200℃の温度域で形材表面の冷却速度が80℃/分以上となる条件下で冷却する場合がある。冷却速度80℃/分以上で押出し形材を冷却すると、Mg,Siの押出し材中での析出が防止され、後続するT5処理の時効処理で必要な量の固溶Mg,固溶Siが確保される。
【0029】
塑性加工後の熱処理:T5処理又はT6処理
塑性加工された合金材料を時効処理すると、マトリックスに固溶しているMg,SiがMgSiとして微細に析出し、合金材料の機械的強度が向上する。T5処理では、塑性加工後に450〜200℃の温度域で材料表面の冷却速度が80℃/分以上で冷却した合金材料を170〜200℃×1〜10時間で加熱する。T6処理では、塑性加工後にそのまま空冷された合金材料が520〜560℃×2〜6時間の溶体化処理→水焼入れ→170〜200℃×1〜10時間加熱の工程を経る。規定する条件を外れると、必要な強度の向上が図れず、或いは経済的に不利になる。
【0030】
再結晶粒RCは、塑性加工直後及びT6処理の溶体化処理時に生成・成長する。時効処理時、再結晶粒界GB及びMgSi系粗大析出物PBにSi,Mg,Cu等が拡散するため、部分腐食の原因になる無析出帯PFZが再結晶粒RCの粒界GBに沿って形成される。無析出帯PFZは、微細なMgSi系析出物PFが析出しているマトリックスMに比較して電位的に卑な部分である。他方、拡散速度が著しく遅いTiやVは、塑性加工によって生じた高濃度層L及び低濃度層Lのままの分布状態に維持される。高濃度部Lが電位的に貴,低濃度部Lが電位的に卑な部分であるため、無析出帯PFZに沿って材料内部の深部まで進行しようとする腐食は、無析出帯PFZの中にある高濃度部Lによって阻止され、三次元的に紆余曲折した腐食経路DCを採ることになる。その結果、材料内部に深く直線状に延びた部分腐食が防止され、腐食が発生した場合にあっても腐食部先端が応力の集中しやすいノッチ状にならないので耐疲労クラック性も改善される。
【0031】
【実施例1】
Ti含有量が異なる種々のアルミニウム合金溶湯を溶製し、脱ガス,微細化処理,脱滓の工程を経て直径273mm,長さ1500mmのビレットにDC鋳造した。鋳造時、溶湯冷却速度を約10℃/秒に維持した。得られたビレットの組成を表1に示す。
【0032】
Figure 0003552608
【0033】
各ビレットを550℃×5時間で均熱処理した後、強制空冷し、押出し用サイズに切断した。
切断されたビレットを490℃に加熱した後、幅200mm,高さ5mmの形材に押出した。押出し形材は、ダイスから出た直後の表面温度が540℃であった。押出し形材は、そのまま空冷された。
次いで、530℃×1時間の溶体化処理を押出し形材に施した後、40℃で水焼入れし、190℃で4時間時効処理するT6処理を施した。
【0034】
各工程で合金材料をサンプリングし、マクロ組織を観察した。溶体化処理前の試料では、押出し方向に平行な断面において10〜500μm(平均約100μm)の再結晶粒RCが観察された。溶体化処理後の再結晶粒RCもほぼ同じサイズをもっており、溶体化処理による再結晶粒RCの粗大化は生じていなかった。時効処理された各材料から切り出された試験片を、JIS H8711に準拠する腐食試験に供した。腐食試験では、30℃の3.5%NaCl水溶液に試験片を10分間浸漬した後、50分乾燥させるサイクルを14日間続行した。試験後の試験片表面を観察し、試験片表面に発生した部分腐食の深さを焦点深度法で測定した。
【0035】
表2の測定結果にみられるように、部分腐食の最大深さは、Ti含有量の増加に従って小さくなっていた。なお、表2では、試料番号4のビレットを塑性加工することなくT6処理し、同じ腐食試験に供した結果を参考例として併記した。部分腐食が発生した試験片の断面ミクロ組織を観察したところ、試料番号1では部分腐食PCが再結晶粒界GBに沿って材料内部の深部にまで直線的に延びていた(図1)。他方、試料番号2〜5では、Ti含有量の増加に応じて層状の腐食形態(図5,9)が強まり、材料内部への部分腐食の進展が抑制されていた。成分的には試料番号4と同じ材料であっても、塑性加工を受けない試料番号4−Cの参考例では、腐食の直線的な成長を阻止するラメラー状態がないため、鋳造結晶粒界GBcastに沿ってほぼ直線的に材料内部に達した部分腐食PCが観察され、最大部分腐食深さも220μmと深いものであった。
この対比から、試料番号1では再結晶粒界GBの近傍にある無析出帯PFZに沿って部分腐食PCが直線的に成長するのに対し、ラメラー状態をもつ試料番号2〜5では、腐食進行経路DCを材料表面Sと平行な方向に曲げる傾向が強く、結果として材料内部に延びる部分腐食PCが抑制されることが判る。
【0036】
Figure 0003552608
【0037】
更に、押出し形材について、押出し方向WDと平行な断面におけるTiの濃度分布をEPMA分析した。図7の分析結果にみられるように、Ti含有量が0.01重量%と少ない試料番号1(c)では、マトリックス中でTiがほぼ均一に分布しており、濃度分布に差のある層状組織は検出されなかった。他方、Ti含有量0.05重量%の試料番号2(b),Ti含有量0.1重量%の試料番号3(a),Ti含有量0.15重量%の試料番号4(写真省略)及びTi含有量0.20重量%の試料番号5(写真省略)では、Ti濃度の高い部分とTi濃度の低い部分が層状に重なり合ったラメラー状態が観察された。ラメラー状態は、Ti含有量の増加に伴って(b)→(a)にみられるように明確になっていた。
【0038】
次いで、腐食試験前後の合金材料から、図10に示す形状の試験片を切り出し、引張圧縮疲労試験に供した。引張圧縮疲労試験では、応力比R=−1の繰返し応力で10回の疲労強度を測定した。
表3の測定結果にみられるように、腐食試験前の疲労強度は、試料番号1〜5の何れにおいても80MPaと同じ値であった。ところが、試料番号1では、腐食試験後に疲労強度が55MPaまで大幅に低下した。これに対し、ラメラー状態をもつ試料番号2〜5では、腐食試験後の疲労強度も高レベルに維持されていた。また、腐食試験後の疲労強度は、Ti含有量が高いものほど高くなる傾向を示した。この結果からも、Ti濃度に差を付けたラメラー状態とすることにより、材料内部に達する腐食の進行が抑えられ、耐部分腐食性に優れた材料となることが判る。
【0039】
Figure 0003552608
【0040】
【実施例2】
Vを添加した合金溶湯を溶製し、脱ガス,微細化処理,脱滓の工程を経て直径203mm,長さ1500mmのビレットにDC鋳造した。鋳造時、溶湯冷却速度を約10℃/秒に維持した。得られた各ビレットの組成を表4に示す。
【0041】
Figure 0003552608
【0042】
各ビレットを均熱処理した後、強制空冷し、押出し用サイズに切断した。切断されたビレットを予熱した後、所定形状の形材に押し出し、冷却後にT5処理を施した。このときの操業諸元を表5に示す。
【0043】
Figure 0003552608
【0044】
各工程で合金材料をサンプリングし、マクロ組織を観察した。溶体化処理前の試料では、押出し方向に平行な断面において10〜500μm(平均約100μm)の再結晶粒RCが観察された。溶体化処理後の再結晶粒RCもほぼ同じサイズをもっており、溶体化処理による再結晶粒RCの粗大化は生じていなかった。時効処理後の押出材では、図7で示した場合と同様にVやTi+Vの高濃度部がラメラー状になった組織を呈していた。
時効処理された各材料から切り出された試験片を実施例1と同じ腐食試験に供し、30日の試験期間後、試験片表面に発生した部分腐食の深さを焦点深度法で測定した。表6の測定結果にみられるように、部分腐食の最大深さは、V及びTi+Vの含有量増加に従って小さくなっていた。
部分腐食が発生した試験片の断面ミクロ組織を観察したところ、試料番号1では部分腐食PCが再結晶粒界GBに沿って材料内部の深部にまで直線的に延びていた。他方、試料番号2〜5では、V及びTi+Vの含有量増加に応じて層状の腐食形態が強まり、材料内部への部分腐食の進展が抑制されていた。
【0045】
Figure 0003552608
【0046】
次いで、腐食試験前後の合金材料から、図10に示す形状の試験片を切り出し、引張圧縮疲労試験に供した。引張圧縮疲労試験では、応力比R=−1の繰返し応力で10回の疲労強度を測定した。
表7の測定結果にみられるように、腐食試験前の疲労強度は、試料番号1〜5の何れにおいても80MPaと同じ値であった。ところが、試料番号1では、腐食試験後に疲労強度が55MPaまで大幅に低下した。これに対し、ラメラー状態をもつ試料番号2〜5では、腐食試験後の疲労強度も高レベルに維持されていた。また、腐食試験後の疲労強度は、V含有量又はTi+V含有量が高いものほど高くなる傾向を示した。この結果からも、V濃度又はTi+V濃度に差を付けたラメラー状態とすることにより、材料内部に達する腐食の進行が抑えられ、耐部分腐食性に優れた材料となることが判る。
【0047】
Figure 0003552608
【0048】
【発明の効果】
以上に説明したように、本発明の塑性加工品は、塑性加工方向に延びた多数のTi及び/又はV高濃度層及びTi及び/又はV低濃度層が相互に重なり合ったラメラー状態をもっている。ラメラー状態は、熱処理後に生成する再結晶粒の粒界に沿って材料内部に達する部分腐食の進行を抑え、腐食進行経路を材料表面と平行な方向に曲げる作用を呈する。そのため、再結晶粒界腐食が発生した場合にあっても、疲労クラックの発生起点となる鋭いノッチ状先端をもつ部分腐食がなく、長期間にわたって優れた疲労強度を維持する材料として、船舶や腐食環境が悪い海岸地帯等の構造材として広範な分野で使用される。
【図面の簡単な説明】
【図1】再結晶粒界に沿って材料内部に進行する部分腐食を示す模式図
【図2】再結晶粒界に生成した無析出帯の模式図
【図3】無析出帯に生じる腐食領域の模式図
【図4】セル内部がTi高濃度部になった鋳造結晶粒の模式図
【図5】多数のTi高濃度層及びTi低濃度層が重なり合ったラメラー状態を塑性加工方向と平行な断面で観察し、同じ断面に腐食進行方向を投影させた模式図
【図6】図5の鋳造結晶粒を塑性加工によって引き伸ばした状態の模式図
【図7】Ti濃度分布を示す金属組織のEPMA写真
【図8】Ti高濃度部の面積率に及ぼすTi含有量の影響を表わしたグラフ
【図9】多数のTi高濃度層及びTi低濃度層が重なり合ったラメラー状態を塑性加工方向に垂直な断面で観察し、同じ断面に腐食進行方向を投影させた模式図
【図10】疲労試験に使用した試験片の形状

Claims (2)

  1. Si:0.2〜1.2重量%,Mg:0.35〜1.5重量%,Fe:0.1〜0.2重量%と、Ti+V=0.05〜0.40重量%の条件でTi:0.20重量%以下及び/又はV:0.3重量%以下を含み、さらにCu:0.002〜0.5重量%,Zn:0.05〜0.3重量%,Cr:0.01〜0.3重量%,Mn:0.01〜0.4重量%,Zr:0.01〜0.2重量%,B:0.002〜0.01重量%の1種又は2種以上を含み残部が実質的にAlの組成を有する合金溶湯を5℃/秒以上の溶湯冷却速度で鋳造し、得られた鋳塊を520〜580℃×1〜8時間で均質化処理し、冷却後、450〜520℃に加熱した後、押出直後の形材表面温度が510〜560℃になるように押出加工し、次いで450〜200℃の温度域で押出形材の表面を80℃/分以上の冷却速度で冷却し、その後170〜200℃×1〜10時間の時効処理を施すことを特徴とする耐部分腐食性に優れ疲労強度が高いアルミニウム合金押出加工品の製造方法。
  2. Si:0.2〜1.2重量%,Mg:0.35〜1.5重量%,Fe:0.1〜0.2重量%と、Ti+V=0.05〜0.40重量%の条件でTi:0.20重量%以下及び/又はV:0.3重量%以下を含み、さらにCu:0.002〜0.5重量%,Zn:0.05〜0.3重量%,Cr:0.01〜0.3重量%,Mn:0.01〜0.4重量%,Zr:0.01〜0.2重量%,B:0.002〜0.01重量%の1種又は2種以上を含み残部が実質的にAlの組成を有する合金溶湯を5℃/秒以上の溶湯冷却速度で鋳造し、得られた鋳塊を520〜580℃×1〜8時間で均質化処理し、冷却後、450〜520℃に加熱した後、押出直後の形材表面温度が510〜560℃になるように押出加工し、冷却後、520〜560℃×2〜6時間の溶体化処理後に水焼入れし、次いで170〜200℃×1〜10時間の時効処理を施すことを特徴とする耐部分腐食性に優れ疲労強度が高いアルミニウム合金押出加工品の製造方法。
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