JP2023067830A - ガスバリアシート - Google Patents

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朱十 西村
Akito Nishimura
通誉 杉野
Michitaka Sugino
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Abstract

【課題】優れたガスバリア性を有しつつ実用性を備えたガスバリアシートを提供する。【解決手段】セルロースの構成単位の少なくとも一部に一般式(1)、一般式(2)および一般式(3)からなる群から選ばれる1種を有するパルプ繊維であり、一般式(1)を有する場合のSO3-Zの導入量、一般式(2)を有する場合のCO2-Zの導入量および一般式(3)を有する場合のPO3-Zの導入量が、それぞれ0.8mmol/g以上5mmol/g以下であり、JIS K 7126-1(差圧法)により測定される酸素透過度(cc/m2・24hour・atm)が200以下である。このため実用性が向上したガスバリア性を有するシートを提供することができる。【選択図】図1

Description

本発明は、ガスバリアシートに関する。さらに詳しくは、ガスバリア性を有するガスバリアシートに関する。
紙は再生可能資源の1つである植物由来天然素材の木材パルプから製造されるため、近年の持続可能な開発目標という観点から脱プラスチック代替材料として注目されている。
紙は一般的に数百μmの厚さを有し、用途に応じて木材パルプを叩解してパルプの繊維間結合を密にしたり、様々な薬品を添加したり、塗工液の塗工やフィルム等の貼り合わせといった加工がなされている。
従来、食品や医薬品、電子部材等の包装に用いられる包装材料は、内容物の酸化防止や変質を防ぐために酸素透過性の低いシート(ガスバリア性シート)が使用されている。このようなガスバリア性シートの素材は、樹脂製フィルムやセロファンが主流であるが、近年、セルロースナノファイバーを使用する技術が開発されている(例えば、特許文献1、2)。
特許文献1、2、3には、セルロースナノファイバーを含有させたシートが開示されており、かかるシートがガスバリア性を有することが記載されている。
特表2011-40547号公報 特表2011-118520号公報 特開2020-073706号公報
しかしながら、上記文献のシートは、セルロースナノファイバーを含有させているので、折り曲げ等によりガスバリア性が著しく低下するなど、実用化には至っていないというのが実情である。
本発明は上記事情に鑑み、優れたガスバリア性を有しつつ実用性に耐えうるガスバリアシートを提供することを目的とする。
上記課題を解決すべき鋭意検討を重ねた結果、本発明者は、上記課題を解決できることを見出し、本発明の完成に至った。
本発明のガスバリアシートは、セルロースの構成単位の一部に所定のアニオン性の置換基が導入された化学変性パルプ繊維を含有する紙製のシート部材であり、化学変性パルプ繊維から得られるシートが酸素透過度で200以下を示すことを特徴とする。
本発明のガスバリアシートは、紙製のシートでありながら、酸素透過度が所定の値以下の化学変性パルプ繊維を含有させることにより、ガスバリア性を発揮させることができる構造となっている。しかも、紙製であるので柔軟性が保持されている。このため、実用性が向上したガスバリア性を有するシートを提供することができる。
本実施形態のガスバリアシートの製造法の概略フロー図である。 実験結果の一例を示した図である。 実験結果の一例を示した図である。 実験結果の一例を示した図である。
以下、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
本実施形態のガスバリアシートは、セルロースの構成単位の一部に所定のアニオン性の置換基を有する化学変性パルプ繊維を含有する紙製のシートでありながら、優れたガスバリア性を付与できるようにしたことに特徴を有している。
本実施形態のガスバリアシートの構造の概略を説明する。
本実施形態のガスバリアシートは、所定の化学変性パルプ繊維を含有するシート状の部材である。
まず、本実施形態のガスバリアシートに含有する化学変性パルプ繊維(以下、単に本実施形態の化学変性パルプ繊維という)の概略について説明する。本実施形態の化学変性パルプ繊維は、セルロースの構成単位の一部に所定のアニオン性の置換基を有するパルプ繊維である。
具体的には、セルロース(セルロース分子ともいう)は、下記一般式(1)(式中のmは整数を示す。)によって示されるD-グルコースがβ(1→4)グリコシド結合した鎖状の高分子である。このセルロースが複数集合したものがパルプ繊維である。詳細は後述する。
この化学変性パルプ繊維は、上述したようにセルロースに所定のアニオン性の置換基(SO Z、CO Z、PO 2-Z)が導入されたパルプ繊維である。つまり、この化学変性パルプ繊維は、セルロースの構成単位の少なくとも一部に下記の一般式(2)、一般式(3)および一般式(4)からなる群から選ばれる1種の構造を有するように製造されたパルプ繊維である。
(一般式(1))
Figure 2023067830000002
(一般式(2))
Figure 2023067830000003

(式中、Rは、SO Z又はHを示す。ただし、Rは、同一でも異なっていてもよい。またSO Zを少なくとも1以上含む。Zは、水素イオン、金属イオン、オニウムイオンまたはカチオン性有機化合物を示す。nは1以上の整数を示す。)
なお、SO Zは、セルロースのD-グルコースに最大で3個結合することができる。このため、Zは、水素イオン、アルカリ金属の陽イオン、1価の遷移金属イオン、オニウムイオン(アンモニウムイオン、脂肪族アンモニウムイオン、芳香族アンモニウムイオン等)、カチオン性高分子よりなる群から選ばれる少なくとも1種とすることができる。また、Zが、アルカリ土類金属の陽イオンまたは多価金属の陽イオン、ジアミンのようなカチオン性官能基を分子内に2以上含有する化合物よりなる群から選ばれる少なくとも1種の場合もある。
(一般式(3))
Figure 2023067830000004

(式中、Rは、CO Z又はHを示す。ただし、Rは、同一でも異なっていてもよい。またCO Zを少なくとも1以上含む。Zは、水素イオン、金属イオン、オニウムイオンまたはカチオン性有機化合物を示す。nは1以上の整数を示す。)
なお、CO Zは、セルロースのD-グルコースに最大で3個結合することができる。このため、Zは、水素イオン、アルカリ金属の陽イオン、1価の遷移金属イオン、オニウムイオン(アンモニウムイオン、脂肪族アンモニウムイオン、芳香族アンモニウムイオン等)、カチオン性高分子よりなる群から選ばれる少なくとも1種とすることができる。また、Zが、アルカリ土類金属の陽イオンまたは多価金属の陽イオン、ジアミンのようなカチオン性官能基を分子内に2以上含有する化合物よりなる群から選ばれる少なくとも1種の場合もある。
(一般式(4))
Figure 2023067830000005

(式中、Rは、PO 2-Z又はHを示す。ただし、Rは、同一でも異なっていてもよい。またPO 2-Zを少なくとも1以上含む。Zは、水素イオン、金属イオン、オニウムイオンまたはカチオン性有機化合物を示す。nは1以上の整数を示す。)
なお、PO 2-Zは、セルロースのD-グルコースに最大で3個結合することができる。このため、Zは、水素イオン、アルカリ金属の陽イオン、1価の遷移金属イオン、オニウムイオン(アンモニウムイオン、脂肪族アンモニウムイオン、芳香族アンモニウムイオン等)、カチオン性高分子よりなる群から選ばれる少なくとも1種とすることができる。また、Zが、アルカリ土類金属の陽イオンまたは多価金属の陽イオン、ジアミンのようなカチオン性官能基を分子内に2以上含有する化合物よりなる群から選ばれる少なくとも1種の場合もある。
なお、一般式(2)、一般式(3)、一般式(4)の式中のnは、1以上の整数である。式中のnは、セルロースに導入されるアニオン性の置換基の導入量に応じて適宜調整される。例えば、化学変性パルプ繊維を構成するセルロースの重合度が3000とした場合、nは60以上であり、好ましくは300以上であり、より好ましくは600以上である
また、本実施形態の化学変性パルプ繊維のアニオン性の置換基(SO Z、CO Z、PO 2-Z)は、例えば、0.8mmol/g以上、7mmol/g以下である。この値は、好ましくは0.8mmol/g以上5mmol/g以下であり、より好ましくは0.8mmol/g以上2.5mmol/g以下であり、さらに好ましくは0.8mmol/g以上2.0mmol/g以下である。つまり、一般式(1)を有する場合のSO Zの導入量、前記一般式(2)を有する場合のCO Zの導入量および前記一般式(3)を有する場合のPO 2-Zの導入量が、それぞれ0.8mmol/g以上5mmol/g以下の範囲内にある。
なお、置換基の導入量は、実施形態または実施例に記載の方法により算出することができる。
本実施形態のガスバリアシートは、上述した化学変性パルプ繊維を含有することにより、製造時において、かかる化学変性パルプ繊維が平板状に押しつぶされたような状態で積層した構造(平板積層構造)になっている。
本実施形態のガスバリアシートは、化学変性パルプ繊維が平板状に押しつぶされた状態で積層した構造となっているので、表面に形成される複数の開口の大きさが非常に小さくなるように形成されている。具体的には、本実施形態のガスバリアシートは、一般的な紙(パルプ繊維同士を絡み合わせて形成された紙)と同様にシート表面に複数の開口が形成されている。そして、この表面に形成された開口は、平板状に押しつぶされた化学変性パルプ繊維同士またはかかる化学変性パルプ繊維と他のパルプ繊維等の間に形成された隙間である。このため、本実施形態のガスバリアシートの表面に形成される開口は、一般的な紙の表面に形成される開口と比べて非常に小さくなるように形成されている。そして、この開口から内方に向かって複数の細孔が網目状に形成されている。つまり、この網目状の細孔がシート表面から侵入したガスが通る流路(ガス流路)として機能する。
したがって、本実施形態のガスバリアシートのシート表面には、ガスが通る流路(ガス流路)の開口が、一般的な紙と比べて非常に小さくなるように形成されている。
以上のごとく、本実施形態のガスバリアシートは、ガスが一般的な紙と比べて侵入しにくい状態になっている。また、本実施形態のガスバリアシート内においては、断面構造が平板状の化学変性パルプ繊維が積層した構造になっているので、ガス流路の流路長が、一般的な紙と比べて非常に長くなるように形成されている。
すると、ガス流路の流路長が、一般的な紙と比べて非常に長くなるように形成されているので、表面からガス流路内に侵入したガスの流速を低下させることができる。
したがって、本実施形態のガスバリアシートは、紙製のシートでありながら優れたガスバリア性を発揮することができる。しかも、本実施形態のガスバリアシートは、セルロースナノファイバー等の微細繊維を積極的に添加したり、生成させてもいないので、パルプが有する柔軟性を保持した状態になっている。
よって、本実施形態のガスバリアシートは、紙製のシートでありながら、優れたガスバリア性を発揮させつつ、優れた柔軟性を発揮させることができるという、実用性に優れたシートであるといえる。
本実施形態のガスバリアシートは、ガスバリア性を発揮する構造であり、その構造は、含有する本実施形態の化学変性パルプ繊維に基づいている。そして、このガスバリア性は、含有する本実施形態の化学変性パルプ繊維の酸素透過度で評価することができる。
具体的には、本実施形態の化学変性パルプ繊維は、シート状に形成した際の酸素透過度が、200以下である。この値は、好ましくは100以下であり、より好ましくは50以下である。
なお、この酸素透過度は、JIS K 7126-1(差圧法)に準拠して測定される酸素透過度(cc/m・24hour・atm)である。つまり、化学変性パルプ繊維から得られるシート(以下、試験シートという)は、JIS K 7126-1(差圧法)に準拠して測定される値が上記範囲内を示す。
また、ガスバリア性はシートに折れ目が付いた後もガスバリア性を保持していることが望ましい。具体的には、十字の折れ目をつけた(折り曲げ試験)後、上記酸素透過度を測定することによりガスバリア保持性を評価することができる。
本実施形態の化学変性パルプ繊維の試験シートの折り曲げ試験後の酸素透過度は、400以下である。好ましくは200以下であり、より好ましくは100以下であり、さらにより好ましくは50以下である。
上記の試験シートは、上記の準拠法に基づく範囲内のものであれば、とくに限定されない。なお、この試験シートが、特許請求の範囲の化学変性パルプ繊維から得られるシートに相当する。
例えば、試験シートは、坪量が10g/m以上150g/m以下である。好ましくは坪量が20g/m以上120g/m以下であり、より好ましくは坪量が25g/m以上115g/m以下である。
試験シートの厚さ(μm)は、例えば、20μm以上150μm以下である。好ましくは20μm以上140μm以下、より好ましくは30μm以上130μm以下である。
試験シートの密度(g/cm)は、例えば、0.3g/cm以上1.5g/cm以下である。好ましくは0.4g/cm以上1.5g/cm以下であり、より好ましくは0.4g/cm以上1.2g/cm以下である。
なお、試験シートの水分率は、とくに限定されないが、例えば、20%以下である。好ましくは15%以下であり、より好ましくは10%以下である。この水分率は、赤外線水分計(例えば、ケツト科学研究所社製、型番;FD-720)を用いて測定することができる。
本実施形態の化学変性パルプ繊維は、短繊維率が所定の値以下となるように形成されているのが好ましい。例えば、化学変性パルプ繊維の短繊維率は、2.0%以上となるように調整されている。この値は、好ましくは3.0%以上であり、より好ましくは5.0%以上である。
短繊維とは、0.04mm以上0.2mm以下の繊維長を有する繊維のことを示す。短繊維率の測定方法等については後述する。
本実施形態のガスバリアシートは、シート全体に対して、化学変性パルプ繊維が50質量%~100質量%となるように調製されている。この含有率は、より好ましくは80質量%~100質量%であり、さらに好ましくは90質量%~100質量%である。
つまり、例えば、化学変性パルプ繊維をスラリー状にしたものからのみ形成される本実施形態のガスバリアシートは、シート全体に対して化学変性パルプ繊維が100質量%となるように調整されたシートである。
(本実施形態のガスバリアシートの製造方法)
本実施形態のガスバリアシートは、所定の特性となるように調製された化学変性パルプ繊維を抄紙機等に供給することにより製造することができる。この抄紙機等は、押圧する工程(押圧工程)を有していれば、その他の工程は、とくに限定されない。この押圧工程は、シート状の状態のものを回転ローラーで押圧する方法やプレス機等で押圧する方法など、一般的に使用される方法を挙げることができる。
例えば、シート状の状態で押圧可能な押圧工程を有する一般的に使用される抄紙機を用いて本実施形態のガスバリアシートを製造することができる。得られたガスバリアシートは、押圧工程により、化学変性パルプ繊維が押しつぶされた状態(平板状の状態)で積層する構造を有するようになっている。
なお、本実施形態のガスバリアシートは、上記押圧工程を有していれば、化学変性パルプ繊維を分散させたパルプスラリーを調製し、手すきで抄紙することもでき、さらにスピンコートや撥水性の高い基材へ塗工し乾燥後剥離することもでき、単に風乾や熱乾燥を用いてシート状に形成してもよい。例えば、既存の設備が上記の押圧工程と同様の機能を有する工程を備えていれば、ガスバリアシートを製造するための特別な装置等を特段設けなくてもよいので、経済的な利点が得られる。つまり製造コストを大幅にカットすることができる。
本実施形態のガスバリアシートは、上述したように化学変性パルプ繊維を上記範囲で含有するシート状の部材であれば、とくに限定されない。
例えば、本実施形態のガスバリアシートは、化学変性パルプ繊維のみから形成されるシートまたは化学変性パルプ繊維と他のパルプ等を含有した繊維から形成されるシートであってもよいし、以下のような構成であってもよい。
例えば、本実施形態のガスバリアシートは、基材に化学変性パルプ繊維を水に分散させたパルプスラリーを塗工した構造を採用することができる。つまり、本実施形態のガスバリアシートは、基材と、化学変性パルプ繊維を含有する変性パルプ層と、を有する構造とすることができる。なお、基材の素材は、とくに限定されないが、紙製であれば、環境負荷の観点から好ましいが、かかる素材に限定されないのはいうまでもない。
また、本実施形態のガスバリアシートは、基材と変性パルプ層とを有する構造であれば、2層構造であっても多層構造であっても、とくに限定されない。例えば、基材の表面に変性パルプ層が積層した構造や、基材の両面に変性パルプ層が積層した構造、基材と変性パルプ層との間に第三の層を有する構造など、様々な積層構造のものを採用することができる。
また、本実施形態のガスバリアシートは、基材と、変性パルプ層と、を有する構造の場合には、例えば、化学変性パルプ繊維を分散させたパルプスラリーを調製し、このパルプスラリーを基材面に塗工することにより製造することができる。変性パルプ層の厚みや塗工量を調整することにより、ガスバリア性や柔軟性を用途に応じて調整することが可能となる。
塗工量としては、例えば、0.1g/m以上20g/m以下である。好ましくは、2g/m以上10g/m以下であり、より好ましくは、3g/m以上7g/m以下である。
なお、塗工とは、基材にパルプスラリーの層(変性パルプ層)を形成することをいい、塗布も含まれる概念である。例えば、一般的な、抄紙に用いられる塗工機やバーコーターや刷毛等を用いた手塗方法、スプレー散布による塗布方法などを採用することができる。
また、塗工に用いるパルプスラリーの濃度は、とくに限定されない。例えば、化学変性パルプ繊維の固形分濃度が0.1~10%となるように調整したものを用いることができる。また、塗工は基材に対して1層でもよく、他の塗工層面にさらにパルプスラリーの層を形成してもよい。
なお、本実施形態のガスバリアシートは、化学変性パルプ繊維を上記のごとく含有していれば、他のパルプや樹脂などを含有していてもよい。例えば、樹脂として、ポリビニルアルコール(PVA)などの高分子樹脂を用いれば、柔軟性や引っ張り強度等を向上させることが可能である。また、エピクロロヒドリンのようなパルプ繊維表面改質剤を用いれば紙力強度(乾燥紙力強度や湿潤紙力強度)が向上される。さらに、エチレン-ビニルアルコール共重合体のような樹脂溶解液を添加剤として含有することにより優れた水蒸気透過抑制を発揮できるという利点が得られる。
本実施形態のガスバリアシートの柔軟性は、実施例に記載の方法により測定することができる。
例えば、JIS K 5600-5-1(マンドレル屈曲試験)のような方法によりシートの表面に屈曲を生じるか評価することができる。屈曲を生じることはガスバリア性を発現していたシート表面におけるガスが通る流路(ガス流路)の開口が開くことを意味するため、ガスバリア性の低下につながる。
(本実施形態のガスバリアシートに含まれる化学変性パルプ繊維の製造方法)
以下では、本実施形態のガスバリアシートに含有する化学変性パルプ繊維(本実施形態の化学変性パルプ繊維)の製造方法について説明する。
まず、本実施形態の化学変性パルプ繊維の製造方法(以下、本製法という)の概略を示す。
本製法は、セルロースを含む繊維原料(例えば木材パルプなど)を所定の化学処理工程に供することによって製造する方法である。
この化学処理工程は、供給された繊維原料を反応液に接触(接触工程)させた後、加熱反応(反応工程)に供してセルロースの構成単位であるDグルコースに所定のアニオン性の置換基を導入するというものである。
なお、本明細書にいう繊維原料とは、セルロース分子を含む繊維状の部材をいい、例えば、木材等を原料するパルプなどが含まれる。パルプとは、パルプ繊維が集合した部材(パルプ繊維の集合体)であり、パルプ繊維とは、複数のセルロース繊維から構成された繊維状の部材を意味する。そして、セルロース繊維とは、複数の微細繊維(例えば、ミクロフィブリル等)が集合した繊維状の部材であり、微細繊維とは、D-グルコースがβ(1→4)グリコシド結合した鎖状の高分子であるセルロース分子(単にセルロースということもある)が複数集合した部材を意味する。
本製法において、繊維原料は、そのまま使用してもよいが、使用前に洗浄したものを用いてもよい。洗浄する方法はとくに限定されない。例えば、200メッシュもしくは235メッシュのふるい上で水を使ってろ過脱水することで、微細繊維やゴミをふるい落とすことができるので、製造時の取扱性を向上させることができる。言い換えれば、200メッシュや235メッシュの残渣となり得るサイズの繊維が、事前に洗浄した際に用いられるパルプ繊維である。繊維原料の詳細は後述する。
以下、化学処理工程の各工程について説明する。
(接触工程)
化学処理工程における接触工程は、繊維原料に対して反応液に含まれるアニオン性の置換基の導入に必要な化合物を接触させる工程である。
接触工程における接触方法は、とくに限定されない。例えば、反応液に繊維原料(例えば、木材パルプなど)を浸漬等して繊維原料に反応液を含浸させてもよいし、繊維原料に対して反応液を塗布してもよいし、繊維原料に対して上記化合物を直接塗布(複数の化合物を使用する場合にはそれぞれ別々に塗布)したり、含浸させたり、スプレー噴霧してもよい。例えば、反応液に繊維原料を浸漬させる方法を採用すれば、均質に繊維原料と反応液を接触させ易いという利点が得られる。
なお、反応液の溶媒は、上記化合物を溶解または分散させることができるものであればとくに限定されない。
例えば、水(イオン交換水や蒸留水等の純水はもちろんのこと水道水等を含む)のみの場合のほか、エタノールやメタノール、酢酸、ギ酸、2‐プロパノール、ニトロメタン、アンモニア水のようなプロトン性極性溶媒や、アセトンや、酢酸エチル、テトラヒドロフラン(THF)、ジメチルホルムアミド(DMF)、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド(DMSO)、ジメチルスルフィド(DMS)、ジメチルアセトアミド(DMA)等の非プロトン性極性溶媒や、ジエチルエーテルや、ベンゼン、トルエン、ヘキサン、クロロホルム、1,4-ジオキサン等の非極性溶媒などを挙げることができ、これらを単体で使用してもよいし、2種以上を混合したものを使用してもよい。
反応液に用いる化合物は、上述したようにセルロース(一般式(1)に示す)に所定のアニオン性の置換基を導入できるものであれば、とくに限定されない。
例えば、下記の一般式(2)で示す構成単位を少なくとも有する場合には、スルファミン酸を挙げることができ、下記の一般式(3)で示す構成単位を少なくとも有する場合には、2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジニルオキシラジカル(TEMPO)を挙げることができる。また、下記の一般式(4)で示す構成単位を少なくとも有する場合には、リン酸二水素アンモニウムを挙げることができる。
なお、アニオン性の置換基を導入することを本明細書では単に置換といい、反応後にセルロースを構成する少なくとも一部の水酸基に、置換反応や酸化反応などにより所定のアニオン性の置換基が結合した状態のことを意味する。
具体的には、本明細書のセルロースが構成単位であるDグルコースにSO Zが1個以上導入されたものや、CO Zが1個以上導入されたもの、PO 2-Zが1個以上導入されたDグルコースをセルロースの構成単位の一部に少なくとも有することを意味する。
例えば、セルロースの構成単位であるDグルコースの6位の水酸基が置換反応によりアニオン性のSO ZまたはPO 2-Zが導入された構造(上記置換基がいわゆるエステル結合した構造、例えば一般式(5)や一般式(7))や、Dグルコースの6位の水酸基が酸化反応によりCO Zに置き換わった(置換された)構造(例えば、一般式(6))を挙げることができる。
なお、Dグルコースの6位にのみ上記置換基が導入された構造としては、一般式(5)、一般式(6)または一般式(7)を挙げることができるが、置換基の導入位置はこれらに限定されない。
例えば、上述したようにDグルコースの2位、3位、6位のいずれかに上記置換基のいずれかが導入された構造のほか、これらの導入可能な位置に2つ導入された構造や、3つ導入された構造であってもよい。
(一般式(5))
Figure 2023067830000006
(一般式(6))
Figure 2023067830000007
(一般式(7))
Figure 2023067830000008
なお、上記例では、本実施形態の化学変性パルプ繊維を構成するセルロースの構成単位の少なくとも一部のDグルコースにおいて、2位、3位、6位に置換反応や酸化反応により上記置換基(SO Z、CO Z、またはPO 2-Z)が導入された場合について説明したが、上記構造以外に、各位の炭素に上記置換基が導入されたDグルコース(例えば、-C-SO Z、-C-CO Z、-C-PO 2-Zを有する構造)を構成単位に有していても良い。これらの構造としては、例えば、上述したようにDグルコースの2位、3位、6位のいずれかの炭素に上記置換基のいずれかが直接導入された構造のほか、これらの導入可能な位置に上記置換基のいずれかが2つ導入された構造や、上記置換基のいずれかが3つ導入された構造であってもよい。
(構成単位に一般式(2)を有する場合)
以下、本実施形態の化学変性パルプ繊維のセルロースの構成単位の一部に上記一般式(2)を有する場合(セルロースにSO Zが導入されたもの)について具体的に説明する。
まず、反応液には、スルファミン酸と尿素を水に溶解させた溶液を用いることができる。なお、接触工程により繊維原料に反応液(スルファミン酸と尿素)を接触させた状態のものを以下、反応液含浸繊維という。
なお、反応液に含まれる尿素は、主に触媒として機能するものである。
(反応液の混合比)
反応液に繊維原料を浸漬させて繊維原料に対して反応液を含浸させる方法を採用する場合、反応液に含まれるスルファミン酸と尿素の混合比は、とくに限定されない。例えば、後述する実施例に記載の混合比にすることができる。
(反応液の接触量)
繊維原料に接触させる反応液の量は、繊維原料に対して反応液中のスルファミン酸と尿素が所定の割合となるように接触させる。
具体的には、後述する反応工程に供する際の反応液含浸繊維中の繊維原料に対する反応液中のスルファミン酸の量と尿素の量が適切な量となるように接触させる。
例えば、スルファミン酸の接触量は、スルファミン酸と尿素の接触量で除した値が、0.8以上となるように調整する。具体的には、反応液は、スルファミン酸と尿素の混合割合が、質量比において、スルファミン酸/尿素≧0.8となるように反応液を調製する。
例えば、スルファミン酸の接触量は、スルファミン酸の接触量を尿素の接触量で除した値が、0.8以上となるように調整する。具体的には、反応液は、スルファミン酸と尿素の混合割合が、質量比において、スルファミン酸/尿素≧0.8となるように反応液を調製する。より好ましくは、スルファミン酸と尿素の混合割合が、質量比において、0.8以上4.0以下であり、さらに好ましくは1.0以上4.0以下となるように反応液を調製する。
より具体的には、スルファミン酸の接触量は、上記加熱反応に供する直前の反応液含浸繊維中の繊維原料の固形分質量100質量部に対して、60質量部以上となるように調整する。この値は、好ましくは60質量部以上250質量部以下となるように調製する。
一方、尿素の接触量は、上記加熱反応に供する直前の反応液含浸繊維中の繊維原料の固形分質量に対して、スルファミン酸との上記関係を維持しつつ、当該繊維原料の固形分質量100質量部に対して、20質量部以上となるように調整する。この値は、好ましくは30質量部以上であり、より好ましくは50質量部以上である。なお、上限値としては、例えば、250質量部以下、好ましくは200質量部以下となるように調製する。
上記繊維原料の固形分質量100質量部に対するスルファミン酸の接触量および尿素の接触量は、後述する反応工程に供する際の反応液含浸繊維の状態に応じて適宜算出される。この具体的な算出方法は、例えば、後述する実施例に記載の算出方法を採用することができる。
上述した、次工程の反応工程に供する際の反応液含浸繊維の状態としては、例えば、反応液含浸繊維をそのままの状態つまり繊維原料と反応液を接触させた状態のままで積極的な水分除去を行わない状態のものや、繊維原料と反応液を接触させた状態のものから水分を積極的に除去した状態のもの、などを挙げることができる。
前者(積極的な水分除去を行わない状態)の反応液含浸繊維とは、繊維原料と反応液を接触させた状態(例えば、スラリー状の状態などを含む)のものや、反応液と繊維原料を接触させた状態のものから繊維原料を取り出して静置して調製したものなどを含むことを意味する。
一方、後者(積極的な水分除去を行った状態)の反応液含浸繊維とは、繊維原料と反応液を接触させた状態から水分を意識的に除去したものをいい、例えば、反応液と繊維原料を接触させた状態から繊維原料を取り出して風乾等により自然乾燥させて調製したものや、反応液と繊維原料を接触させた状態のものを脱水ろ過して調製したもの、この脱水ろ過したものをさらに風乾して調製したもの、この脱水ろ過したものをさらに循環送風式の乾燥機を用いて乾燥し調製したもの、この脱水ろ過したものをさらに加熱式の乾燥機を用いて乾燥して調製したもの、反応液と繊維原料を接触させた状態のものを循環送風式の乾燥機や加熱式の乾燥機を用いて乾燥して調製したもの、などを含むことを意味する。
このため、反応工程に供する際の反応液含浸繊維は、上述した積極的な水分除去を行わない状態のものや、積極的な水分除去を行ってある程度の水分を除去した状態のままであってよい。また、乾燥により水分を除去する場合には、乾燥後の水分率が1%程度であってもとくに問題がない。
とくに、後者の方法を採用すれば、反応工程へ供給する際の反応液含浸繊維中の水分を低くできるので、反応工程の加熱反応における反応時間を短くできる。このため、化学変性パルプ繊維の生産性を向上させることができるという利点が得られる。また、脱水処理を行う方法を採用すれば、反応液を多量に処理する際より効率よく反応液含浸繊維を調製することができるという利点が得られる。
なお、積極的に乾燥する方法を採用する場合、反応液含浸繊維の水分率が1%程度まで乾燥してもよく、1%よりもかなり低い絶乾状態にまで乾燥する方法で水分を除去してもよい。
本明細書中では、反応液含浸繊維の水分率が1%以上の非絶乾状態のものを湿潤状態ともいう。例えば、反応液を含浸等させたままの状態のものやある程度脱水処理した状態のものはもちろん、ある程度乾燥処理した状態のものも本願明細書では湿潤状態ということがある。
また、本明細書中の絶乾とは、例えば、塩化カルシウムや五酸化二リンなどの乾燥剤を入れたデシケーター等で減圧したり、長時間加熱乾燥処理を行って水分率を1%よりも低くした状態のものを意味する。
したがって、接触工程において、上記後者の方法を採用する場合には、反応液含浸繊維の水分率を非絶乾状態にする方法を採用してもよいし、絶乾状態にする方法を採用してもよいが、好ましくは非絶乾状態の方法を採用するのがよい。
なお、本明細書中の水分率は、下記式を用いて算出される。

水分率(%)=100-(反応液含浸繊維における固形分質量(g)/水分率測定時における反応液含浸繊維(g))×100
なお、反応液を接触させる際の繊維原料の状態はとくに限定されない。例えば、乾燥した状態であってもよいしウェットの状態(つまり湿潤状態)であってもよい。
(反応工程)
上記のごとく接触工程で調製された反応液含浸繊維は、次工程の反応工程へ供給される。
化学処理工程における反応工程は、接触工程から供給された反応液含浸繊維中の、繊維原料に含まれるセルロースとスルファミン酸と尿素とを反応させる工程である。具体的には、反応液含浸繊維に含まれるパルプ等を構成するセルロースに所定の置換基を導入する工程である。
この反応工程は、反応液含浸繊維の繊維原料中のセルロースにSO Zを導入することができる反応であれば、とくに限定されない。
例えば、反応液含浸繊維を加熱することにより反応化を促進させる方法(加熱反応)を採用することができる。以下では、反応工程において、加熱反応を用いた製法を代表として説明する。
(反応工程における反応温度)
反応工程における反応温度は、繊維の熱分解や加水分解反応を抑えながら、上記繊維原料を構成するセルロースにSO Zを導入できる温度であれば、とくに限定されない。
例えば、反応工程に供給した反応液含浸繊維の雰囲気温度が100℃以上200℃以下となるように調整する。好ましくは雰囲気温度が120℃以上200℃以下である。
加熱時における雰囲気温度が200℃よりも高くなると、繊維の熱分解が起こったり、繊維の変色の進行が早くなったりする。一方、反応温度が100℃よりも低くすると、得られる反応後の繊維の透明性が低くなる傾向にある。
したがって、得られる反応後の繊維の透明性を向上させるという観点では、反応工程における反応温度(具体的には雰囲気温度)は、100℃以上200℃以下が好ましい。より好ましくは120℃以上180℃以下であり、さらに好ましくは120℃以上160℃以下である。
なお、反応工程に用いられる加熱器などは、接触工程後の反応液含浸繊維を直接的または間接的に上記要件を満たしながら加熱することができるものであれば、とくに限定されない。
例えば、公知の乾燥機や、減圧乾燥機、マイクロ波加熱装置、オートクレーブ、赤外線加熱装置、熱プレス機(例えば、アズワン(株)製、AH―2003C)を用いたホットプレス法等を採用することができる。とくに、操作性の観点では、反応工程でガスが発生する可能性があるので、循環送風式の乾燥機を使用するのが好ましい。
(反応工程における反応時間)
反応工程として上記加熱方法を採用した場合の加熱時間(つまり反応時間)は、反応液含浸繊維を構成するセルロースにSO Zを適切に導入することができれば、とくに限定されない。
例えば、反応工程における反応時間は、反応温度を上記範囲となるように調整した場合、1分以上となるように調整することができる。好ましくは、5分以上であり、より好ましくは10分以上であり、さらに好ましくは15分以上である。
反応時間が1分よりも短い場合は、セルロースに対する置換反応がほとんど進行していないと推察される。一方、加熱時間をあまり長くしてもSO Zの導入量の向上が期待できない傾向にある。
したがって、反応工程として上記加熱方法を採用した場合の反応時間は、反応時間や操作性の観点においては、5分以上300分以内が好ましい。より好ましくは5分以上120分以内とするのがよい。
(接触工程の予備乾燥工程)
上記例で、接触工程における反応液含浸繊維の調製方法において、積極的な水分除去を行った状態の反応液含浸繊維を調製する方法について説明したが、この製法で加熱しながら水分を除去する方法(予備乾燥工程)を採用する場合(例えば、反応液と繊維原料を接触させた状態のものを直接加熱乾燥したり、脱水処理したものを加熱乾燥するような場合など)には、加熱温度が所定の温度以下となるように調整するのが望ましい。
この予備乾燥工程における乾燥温度は、反応液含浸繊維に含まれる水分や周囲の水分を除去でき、かつ上記反応が進行しない程度の温度となるように調整されていれば、とくに限定されない。
例えば、予備乾燥工程における乾燥温度として、反応液含浸繊維の雰囲気温度が100℃以下となるように調整することができる。一方、作業性の観点では、50℃以上となるように調整するのが好ましい。
したがって、接触工程における予備乾燥工程の乾燥温度は、50℃以上100℃以下となるように調整するのが好ましく、より好ましくは70℃以上100℃以下である。
(繊維原料)
本製法に用いられる繊維原料は、上述したようにセルロースを含むものであれば、とくに限定されない。
例えば、一般的にパルプといわれるものを用いてもよいし、ホヤや海藻などから単離されるセルロースなどを含むものを繊維原料として採用することができるが、セルロース分子で構成されたものであれば、どのようなものであってもよい。
上記パルプとしては、例えば、木材系(針葉樹や広葉樹などを原料とするもの)のパルプ(以下単に木材パルプという)や、溶解パルプ、コットンリンタなどの綿系のパルプ、麦わらや、バガス、楮、三椏、麻、ケナフのほか、果物等などの非木材系のパルプ、新聞古紙、雑誌古紙やダンボール古紙などから製造された古紙系のパルプなどを挙げることができるが、これらに限定されない。なお、入手のし易さの観点から、木材パルプが繊維原料として採用しやすい。
この木材パルプには、様々な種類が存在するが、使用に際してとくに限定されない。例えば、針葉樹クラフトパルプ(NBKP)、広葉樹クラフトパルプ(LBKP)、サーモメカニカルパルプ(TMP)などの製紙用パルプなどを挙げることができる。
なお、繊維原料として、上記パルプを使用する場合に上述した種類のパルプ1種を単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。
(接触工程における水分調整工程)
接触工程において、反応液と接触させる繊維原料を水分率が所定の範囲内に入るように水分調整工程を含んでもよい。
この水分調整工程は、繊維原料が所定の水分率となるように乾燥したり、加湿したりして所望の水分量となるように調整する工程である。この水分調整工程を含むことにより、反応液等と接触させる際の繊維原料中の水分量をある程度均質にすることができるので、連続操業における製品安定性を向上させる可能性がある。
また、繊維原料をある程度乾燥して水分量を少なくすれば(例えば、水分率が1%以上10%以下)、保管性を向上させることができるという利点がある。
(反応工程の後の洗浄工程)
化学処理工程における反応工程の後に、反応後の繊維を洗浄する洗浄工程を含んでもよい。
SO Zを導入した後の繊維は、スルファミン酸等の影響により表面が酸性になっていることがある。また、反応液を過剰に接触させれば、未反応の反応液が残存する可能性がる。このような場合、反応を確実に終了させ、余分な反応液を除去して中性状態にする洗浄工程を設けることにより、取り扱い性を向上させることが可能となる。
この洗浄工程は、反応後の繊維を水で洗浄した際の洗浄水がほぼ中性になるように洗浄することができれば、とくに限定されない。
例えば、反応後の繊維が中性になるまで純水等を用いて洗浄してもよいし、アルカリ等を用いた中和洗浄を行ってもよい。
なお、中和洗浄を行う場合、アルカリ溶液に含まれるアルカリ化合物としては、無機アルカリ化合物、有機アルカリ化合物などを挙げることができる。そして、無機アルカリ化合物としては、アルカリ金属の水酸化物、炭酸塩、リン酸塩等を挙げることができる。有機アルカリ化合物としては、アンモニア、脂肪族アミン、芳香族アミン、脂肪族アンモニウム、芳香族アンモニウム、複素環式化合物、複素環式化合物の水酸化物などを挙げることができる。
上記のごとき製法を用いることにより、上述したようにアニオン性の置換基であるSO Zが所定の範囲内となるように導入された本実施形態の化学変性パルプ繊維を得ることができる。例えば、本実施形態の化学変性パルプ繊維におけるアニオン性の置換基であるSO Zの導入量は、0.8mmol/g以上、7mmol/g以下である。
とくに、以上のごとき製法を用いて製造された本実施形態の化学変性パルプ繊維は、繊維の径方向に伸縮可能な構造を有しているものが好ましい。具体的には、本実施形態の化学変性パルプ繊維は、水分を吸収すれば繊維の径方向に径が伸び(拡径)、水分を除去すれば繊維の径方向に径が縮む(縮径)構造になっているものが好ましい。
この繊維の径方向における変化率は、一般的なパルプ繊維のものとは異なる変化率となるように形成されている。例えば、一般的なパルプ繊維は、乾燥状態から水を吸収した際の膨潤状態との変化率が1.1程度であるのに対して、本実施形態の化学修飾セルロース微細繊維は、この値よりも径方向における変化率が大きくなるような構造に形成されている。具体的には、この本実施形態の化学修飾セルロース微細繊維は、繊維の径方向の変化率が、1.1よりも大きく、10以下の範囲で拡径や縮径ができる構造を有する繊維である。
以下、この化学変性パルプ繊維が径方向に伸縮する構造について詳細に説明する。
本実施形態の化学変性パルプ繊維の変化率について説明する。
変化率とは、本実施形態の化学変性パルプ繊維が水を吸収した状態における平均膨潤繊維幅を、本実施形態の化学変性パルプ繊維の乾燥状態における平均非膨潤繊維幅で除した値である。
(平均膨潤繊維幅の測定方法)
まず、平均膨潤繊維幅の概略算出方法について説明する。
平均膨潤繊維幅は、本実施形態の化学変性パルプ繊維を固形分濃度が0.1質量%に調整した分散液を偏光顕微鏡を用いて測定された膨潤繊維幅を平均化することにより算出することができる。例えば、10本の繊維の膨潤繊維幅の合計を10で除して算出される。
なお、平均膨潤繊維幅の詳細な算出方法は、実施例に記載の方法を参照。
本実施形態の化学変性パルプ繊維の平均膨潤繊維幅は、繊維原料により変動することがある。
例えば、針葉樹を原料とした場合には、本実施形態の化学変性パルプ繊維は、平均膨潤繊維幅が50μm以上となるように形成されている。好ましくは60μm以上であり、より好ましくは70μm以上、さらに好ましくは80μm以上となるように形成されている。また、広葉樹を原料とした場合には、本実施形態の化学変性パルプ繊維は、平均膨潤繊維幅が50μm以上となるように形成されている。好ましくは60μm以上であり、より好ましくは70μm以上、さらに好ましくは80μm以上となるように形成されている。
上記分散液の繊維を偏光顕微鏡を用いて撮影した偏光顕微鏡写真から任意の1本の繊維を選択する。
この繊維において、最も繊維幅が大きい箇所を見つける。つぎに、この箇所における最大の繊維幅(本明細書にいう膨潤繊維幅)を測定する。同様に、偏光顕微鏡写真から10本の膨潤繊維幅を測定する。得られた10本の繊維の膨潤繊維幅の合計を10で除することにより、平均膨潤繊維幅を算出することができる。
(平均非膨潤繊維幅の測定方法)
つぎに、平均非膨潤繊維幅の概略算出方法について説明する。
平均非膨潤繊維幅は、本実施形態の化学変性パルプ繊維を乾燥した状態(乾燥状態)における繊維を電子顕微鏡を用いて測定された非膨潤繊維幅を平均化することにより算出することができる。例えば、10本の繊維の非膨潤繊維幅の合計を10で除して算出される。
なお、平均非膨潤繊維幅の詳細な算出方法は、実施例に記載の方法を参照。
本実施形態の化学変性パルプ繊維を所定の乾燥状態にする。
この乾燥状態の本実施形態の化学変性パルプ繊維を電子顕微鏡を用いて撮影した電子顕微鏡写真から任意の1本の繊維を選択する。この繊維において、最も繊維幅が大きい箇所を見つける。つぎに、この箇所における最大の繊維幅(本明細書にいう非膨潤繊維幅)を測定する。同様に、電子顕微鏡写真から10本の非膨潤繊維幅を測定する。得られた10本の繊維の非膨潤繊維幅の合計を10で除することにより、平均非膨潤繊維幅を算出することができる。
なお、本製法に用いられる繊維原料には、非膨潤繊維幅が60μmよりも大きな繊維が一部含まれることがある。
例えば、広葉樹を原料とした場合には、道管(ベッセル)のような非膨潤繊維幅が140μm程度の繊維が含まれている。このような繊維を任意にカウントし平均非膨潤繊維幅を算出すると、平均非膨潤繊維幅の数値が大きくなり真値を得られない。
このため、平均非膨潤繊維幅の算出に用いる膨潤繊維幅は、事前に100本以上の繊維を観察し、明らかに誤差を与える要素を除いた10本の繊維を選出し、これらの繊維から算出する。
また、本実施形態の化学変性パルプ繊維の平均非膨潤繊維幅は、繊維原料により変動することがある。
例えば、針葉樹を原料とした場合には、本実施形態の化学変性パルプ繊維は、平均非膨潤繊維幅が20μm以上50μm以下となるように形成されている。好ましくは20μm以上40μm以下であり、より好ましくは20μm以上30μm以下となるように形成されている。また、広葉樹を原料とした場合には、本実施形態の化学変性パルプ繊維は、平均非膨潤繊維幅が10μm以上60μm以下となるように形成されている。好ましくは20μm以上40μm以下であり、より好ましくは20μm以上30μm以下となるように形成されている。
非膨潤繊維幅を測定に用いられる本実施形態の化学変性パルプ繊維は、外観上、乾燥した状態であれば、とくに限定されない。
例えば、本実施形態の化学変性パルプ繊維の水分率は、20%以下が好ましく、より好ましくは15%以下である。下限値は、とくに限定されず、例えば、絶乾状態(水分率が0%)のものであってもよい。
なお、本実施形態の化学変性パルプ繊維の非膨潤繊維幅を測定する際、水分率が上記範囲内となるように調整することができれば、その乾燥方法はとくに限定されない。例えば、自然乾燥のほか、熱乾燥、真空凍結乾燥、デシケーターなどを用いて乾燥してもよい。
また、水分率の算出方法は、実施例に記載したパルプの水分率の算出方法と同様の方法により算出することができる。
また、本実施形態の化学変性パルプ繊維は、所定の復元率を発揮するような構造でもある。
具体的には、本実施形態の化学変性パルプ繊維は、復元率が、0.6以上、1.5以下の範囲で復元できる構造となっている。この復元率は、好ましくは0.7以上、1.4以下であり、より好ましくは0.8以上、1.3以下である。
この復元率とは、本実施形態の化学変性パルプ繊維の平均非膨潤繊維幅と、この乾燥状態の繊維に水を吸収させて膨潤させた繊維を再度乾燥状態にした状態における平均非膨潤繊維幅と、の関係性を示したものである。
復元率は、下記式を用いて算出することができる。

復元率=(乾燥状態の本実施形態の化学変性パルプ繊維Aに水を吸収させて膨潤させた繊維を再度乾燥状態した際の平均非膨潤繊維幅β)/(乾燥状態の本実施形態の化学変性パルプ繊維Aの平均非膨潤繊維幅α)

式の分子中の「乾燥状態の本実施形態の化学変性パルプ繊維A」と分母中の「乾燥状態の本実施形態の化学変性パルプ繊維A」は同じ繊維である。
式中の「水を吸収させて膨潤させた繊維」とは、乾燥状態の本実施形態の化学変性パルプ繊維Aを固形分濃度が0.1質量%となるように調整した分散液を調製し、所定の時間(例えば30分)静置した後の繊維である。
式中の「乾燥状態の本実施形態の化学変性パルプ繊維A」と「再度乾燥状態した際」の繊維の水分率は、同じ値か同程度の値(例えば、±10%以内)となるように調整する。
(構成単位に一般式(3)を有する場合)
以下、本実施形態の化学変性パルプ繊維のセルロースの構成単位の一部に上記一般式(3)を有する場合について説明する。
なお、平均膨潤繊維幅の測定方法、平均非膨潤繊維幅の測定方法、復元率の算出方法などは、置換基がSO Zの場合と同様にして測定または算出される。
繊維原料を構成するセルロースの構成単位であるDグルコースにCO Zを導入するには、TEMPO酸化触媒反応を採用することができる。繊維原料に対して水中でTEMPO(またはその誘導体)-触媒/臭化ナトリウム-酸化促進剤/次亜塩素酸ナトリウム-酸化剤を接触させ、室温で反応することによりCO Zが導入される。このTEMPO酸化触媒反応の具体的な操作に関しては、例えば Tsuguyuki Saito, Satoshi Kimura, Yoshiharu Nishiyama and Akira Isogai, Biomacromolecules, 8 (8), 2485-2491 (2007).を参考とすることができる。
(TEMPO酸化触媒)
繊維原料を酸化する際に用いるTEMPO酸化触媒は、2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジン-N-オキシルの分子骨格を有する誘導体を用いても良い。具体的には、4-ヒドロキシ-2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジン-N-オキシラジカルを発生する化合物が好ましい。
(酸化促進剤)
繊維原料の酸化に用いる臭化物またはヨウ化物としては、水中で解離してイオン化可能な化合物、例えば臭化アルカリ金属やヨウ化アルカリ金属などを使用することができる。臭化物またはヨウ化物の使用量は酸化反応を促進できる範囲で選択できる。
(酸化剤)
繊維原料の酸化に用いる酸化剤としては、ハロゲン、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸、過ハロゲン酸またはそれらの塩、ハロゲン酸化物、過酸化物など、目的の酸化反応を推進し得る酸化剤であれば、いずれの酸化剤も使用できる。中でも、生産コストの観点から、現在工業プロセスにおいて最も汎用されている安価で環境負荷の少ない次亜塩素酸ナトリウムが特に好ましい。
TEMPO酸化触媒反応は、温和な条件であっても繊維原料の酸化反応を円滑に効率良く進行させることができるため、反応温度は15~30℃程度の室温であってもよい。反応の進行に伴ってセルロース中にカルボキシル基が生成するため、反応液のpHの低下が認められるが、酸化反応を効率良く進行させるためには水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ性溶液を添加して反応液のpHを9~12、好ましくは10~11程度に維持することが望ましい。
反応の終点は、pHの低下が認められなくなるまで行うことが望ましい。しかしながら、長時間アルカリ性溶液に繊維原料を接触すると繊維の分解によって短繊維化を生じる恐れがあることと、生産効率の観点から、2時間程度が望ましい。
(セルロースの構成単位に少なくとも上記一般式(3)を有する本実施形態の化学変性パルプ繊維)
以上のごとき製法を用いて製造された本実施形態の化学変性パルプ繊維は、上述したようにセルロースの構成単位に少なくとも上記一般式(3)を有するパルプ繊維である。そして、繊維の径方向の変化率が、1.1よりも大きく、10以下の範囲で拡径や縮径ができる構造を有する繊維である。
また、本実施形態の化学変性パルプ繊維におけるアニオン性の置換基の導入量は、例えば、0.8mmol/g以上7mmol/g以下である。
なお、本実施形態の化学変性パルプ繊維は、上述したようにセルロースの構成単位に上記一般式(3)を有する以外にも、上述した水酸基が結合している2位、3位、6位の一部または全部の炭素に直接CO Zが結合した構造を構成単位の一部に有していてもよい。
(構成単位に一般式(4)を有する場合)
以下、本実施形態の化学変性パルプ繊維のセルロースの構成単位の一部に上記一般式(4)を有する場合について説明する。
なお、平均膨潤繊維幅の測定方法、平均非膨潤繊維幅の測定方法、復元率の算出方法などは、置換基がSO Zの場合と同様にして測定または算出される。
繊維原料であるパルプ繊維を構成するセルロースの構成単位であるDグルコースにPO 2-Zを導入するには、リン酸エステル化反応を採用することができる。繊維原料に対して水中でリン酸二水素アンモニウム-リン酸化剤/尿素-触媒を接触させ、120℃から180℃で加熱反応することによりPO Zが導入される。このリン酸化反応の具体的な操作に関しては、例えば Yuichi Noguchi, Ikue Homma and Yusuke Matsubara, Cellulose, 24, 1295-1305 (2017). を参考とすることができる。
(リン酸化剤)
繊維原料と反応するような化合物として、リン酸由来の基を有する化合物を用いる場合、特に限定されないが、リン酸、ポリリン酸、亜リン酸、ホスホン酸、ポリホスホン酸あるいはこれらの塩またはエステルからなる群より選ばれる少なくとも1種である。これらの中でも、低コストであり、扱いやすく、PO Zを有する化合物が好ましいが、特に限定されない。
PO Zを有する化合物としては特に限定されないが、リン酸、リン酸のリチウム塩であるリン酸二水素リチウム、リン酸水素二リチウム、リン酸三リチウム、ピロリン酸リチウム、ポリリン酸リチウムが挙げられる。更にリン酸のナトリウム塩であるリン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸三ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、ポリリン酸ナトリウムが挙げられる。更にリン酸のカリウム塩であるリン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸三カリウム、ピロリン酸カリウム、ポリリン酸カリウムが挙げられる。更にリン酸のアンモニウム塩であるリン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸三アンモニウム、ピロリン酸アンモニウム、ポリリン酸アンモニウムなどが挙げられる。
これらのうち、PO Z導入の効率が高く、工業的に適用しやすい観点から、リン酸、リン酸のナトリウム塩、リン酸のカリウム塩、リン酸のアンモニウム塩が好ましく、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素アンモニウムがより好ましく、リン酸二水素アンモニウムがさらに好ましいが、特に限定されない。
(PO Z導入工程)
繊維原料へのPO Z導入時の反応を促進するため、加熱する方法が特に有効である。PO Zの導入における加熱処理温度は特に限定されないが、該繊維原料の熱分解や加水分解等が起こりにくい温度帯であることが好ましい。例えば、繊維原料としてセルロースを含む繊維原料を選択した場合は熱分解温度の観点から、250℃以下であることが好ましく、セルロースの加水分解を抑える観点から、100~180℃で加熱処理することが好ましい。また、加熱処理時間は該繊維原料の熱分解や加水分解等を抑制する観点、および製造効率の観点から短時間であることが望ましく、具体的には2時間以内が望ましい。
(セルロースの構成単位に少なくとも上記一般式(4)を有する本実施形態の化学変性パルプ繊維)
以上のごとき製法を用いて製造された本実施形態の化学変性パルプ繊維は、上述したようにセルロースの構成単位に少なくとも上記一般式(4)を有するパルプ繊維である。そして、繊維の径方向の変化率が、1.1よりも大きく、10以下の範囲で拡径や縮径ができる構造を有する繊維である。
また、本実施形態の化学変性パルプ繊維におけるアニオン性の置換基の導入量は、例えば、0.8mmol/g以上7mmol/g以下である。
なお、本実施形態の化学変性パルプ繊維は、上述したようにセルロースの構成単位に上記一般式(4)を有する以外にも、上述した水酸基が結合している2位、3位、6位の一部または全部の炭素に直接PO 2-Zが結合した構造を構成単位の一部に有していてもよい。
本発明を実施例により詳細に説明する。ただし、本発明は、以下の実施例によってなんら制限を受けるものではない。
(実験1)
まず、本発明のガスバリアシートに含有させる化学変性パルプ繊維について説明する。
(繊維原料)
繊維原料として、丸住製紙製の針葉樹晒クラフトパルプ(NBKP)を使用した。NBKPは平均繊維長2.57mm、平均膨潤繊維幅28μmであった。また、このNBKPは物性値の比較例として用いた(試料I)。以下では、実験に供したNBKPを単にパルプとして説明する。
パルプは、大量のイオン交換水(オルガノ社製のイオン交換水生成装置、型番;G-5DSTSET)で測定される電気伝導度の値の範囲が0.1~0.2μS/cm。以降、純水と表記する)で洗浄後、目開き75μm(200メッシュ)のステンレスふるいで水を切り、固形分濃度を25.0質量%に調整した乾燥履歴が1度もない湿潤状態のパルプ(単に湿潤パルプと称する)を実験に供した。つまり、実験に供した湿潤パルプ400gには、パルプが100g含有されたものを使用した。
(化学処理工程)
以下の化学処理工程を行うことにより繊維原料中のセルロースにアニオン性の置換基であるSO Zが導入された上記一般式(2)を構成単位に有する化学変性パルプ繊維を得た。
実験では、まず、パルプを反応液が入った容器に入れてパルプに反応液を含浸させた。本実施形態の「化学処理工程」における「接触工程」に相当する。
実験では、繊維原料中のセルロースの構成単位であるDグルコースにアニオン性のSO Zを導入した。
反応液は、以下のように調製した。
1Lビーカーに純水600mLを入れ、スルファミン酸(純度99.8%、扶桑化学工業製)と尿素(純度99.0%、富士フィルム和光純薬社製、型番;特級試薬)を次の比率で添加した。スルファミン酸(g)/尿素(g)=70/35(試料A)、120/60(試料B)、180/90(試料C)、240/120(試料D)、180/45(試料E)、180/180(試料F)、60/30(試料G)、180/270(試料H)。スルファミン酸と尿素は室温で完全に溶解するまで撹拌し、反応液を調整した。
得られた反応液に湿潤パルプを400g添加し、約10分含浸させた。
パルプの「固形分質量(g)」とは、測定対象のパルプ自体の乾燥重量をいう。
乾燥パルプの重量は、乾燥機を用いて温度105℃、2時間乾燥したものを測定して、水分率が平衡状態になるまで乾燥した。
実験での平衡状態の評価方法は、恒温槽の温度を所定の温度(例えば、50℃もしくは105℃)に設定した上記乾燥機にて1時間乾燥後、連続して測定した2回の重量の変化量が乾燥開始時の重量に対して1%以内となった状態を平衡状態にあるとした(ただし、2回目の重量の測定は1回目に要した乾燥時間の半分以上とした)。
水分率の測定は、下記式により算出した。

水分率(%)=100-(パルプの固形分質量(g)/水分率測定時におけるパルプ質量(g))×100
反応液を含浸させたパルプを容器から取り出し、80℃雰囲気下の乾燥機に入れて乾燥して反応液含浸パルプ(本実施形態の「反応液含浸繊維」に相当する)を調製した。
つぎに、調製した反応液含浸パルプを加熱を利用した反応工程(本実施形態の「化学処理工程」における「反応工程」に相当する)に供した。
反応条件は以下のとおりとした。
加熱には、乾燥機を用いた
乾燥機の恒温槽の温度:140℃、加熱時間:30分
加熱反応後、反応液含浸パルプを中性になるまで洗浄して、化学変性パルプ繊維を得た。
(分散液の調製)
化学変性パルプ繊維を水に分散させて固形分濃度が1.0質量%のパルプスラリーを調製した。
固形分濃度は、下記式により算出した。

固形分濃度(%)=(パルプの固形分質量(g)/パルプスラリーの質量(g))×100
(SO Zの導入量の測定)
得られた化学変性パルプ繊維に導入されたSO Z量は、電気伝導度測定により測定した。
化学変性パルプ繊維は、中和に使用した炭酸水素ナトリウムの影響により、Naが静電的な相互作用で結合した塩となっている。この状態では、電気伝導度測定ができないため、一度、Na塩を除去し、プロトンが結合したH型とする必要がある。このため、まず、調製された化学変性パルプ繊維を以下のようにしてH型へ変換したのち、水酸化ナトリウム水溶液による滴定によって測定した。
パルプスラリー50g(固形分質量0.5g)をビーカに入れ、このビーカに、純水で塩酸(富士フィルム和光純薬社製、型番;特級試薬)を希釈し0.5Mに調整したもの250mLを加えた。1時間以上振とう処理を行った。その後、目開き46μmのメッシュ(300メッシュ)上に注いだ後、多量の水で洗浄してH型の化学変性パルプ繊維を調製した。
調製したH型の化学変性パルプ繊維は、固形分質量が0.2gとなるようにビーカに入れ、純水を加えて全量を50gにした。このビーカを電気伝導度計(水質計(東亜ディーケーケー社製、型番;MM‐43X)、電気伝導度電極(東亜ディーケーケー社製、型番;CT-58101B)で行った)にセットして官能基導入量を測定した。
アルカリを用いた滴定では5M水酸化ナトリウム溶液(富士フィルム和光純薬社製、製品名;5mol/L水酸化ナトリウム溶液)を純水で1Mに希釈した溶液を用いて、20μL~100μLずつ滴下していき電気伝導度計の値の変化を計測し、縦軸に電気伝導度、横軸に水酸化ナトリウム滴定量としてプロットし曲線を得て、得られた曲線から変曲点を確認した。滴下初期は電気伝導度が低下していくが、ある地点で変曲を示す。この変曲点までに要した水酸化ナトリウムの滴定量がSO Z量に相当するため、この変曲点の水酸化ナトリウム量を測定に供した化学変性パルプ繊維のパルプ固形分質量で除することで、化学変性パルプ繊維中のSO Z量すなわちSO Zの導入量を測定した。
(化学変性パルプ繊維の全光線透過率の測定)
測定用パルプスラリーを用いて全光線透過率を測定した。
測定用パルプスラリーから所定量を分取し、この分取した測定溶液を分光ヘーズメーター(日本電色工業社製、型番SH-7000、Ver2.00.02)にセットして、全光線透過率を以下のとおり測定した。なお、測定方法は、JIS K 7105の方法に準拠して行った。
純水を入れた上記分光ヘーズメーターのオプションのガラスセル(部品番号:2277、角セル、光路長10mm×幅40×高さ55)をブランク測定値とし、測定用パルプスラリーの光透過度を測定した。光源はD65とし、視野は10°とし、測定波長の範囲は、380~780nmとした。
全光線透過率(%)の算出は、分光ヘーズメーターのコントロールユニット(型番CUII、Ver2.00.02)により得られた数値とした。
(化学変性パルプ繊維の膨潤繊維幅の測定)
調製したパルプスラリー(分散液)からサンプルを分取して、固形分濃度0.1質量%のサンプル液を調製した。サンプル液のpHは、5~7の範囲内となるように調整した。なお、本実験のpHとは緩衝溶液のようなpH調整された溶液ではなく、単に純水のpHである。
このサンプル液から測定サンプルをスライドガラスに50~100μL滴下し、カバーガラスを乗せて、偏光顕微鏡(例えば、ニコン社製、ECLIPSE LV100ND)を用いて撮影した。撮影は、ランダムに5か所以上行った。
撮影した偏光顕微鏡写真の繊維から以下の測定方法により化学変性パルプ繊維の膨潤した状態の繊維幅(膨潤繊維幅)を測定した。
写真から1本の繊維を選択する。この繊維の径方向(幅方向)における最も大きくなった箇所を見つける。この箇所の最も長い距離を測定し、この距離を膨潤繊維幅とする。
距離の測定方法は、例えば、上記箇所の外側に面した部分に接線を引き、この接線に対して接点を基準に垂線を引き、垂線と交わる他方の外側の面と交わる点を交点とする。そして、接点と交点との距離を測定することにより膨潤繊維幅を測定することができる。
平均膨潤繊維幅は、10本の繊維の膨潤繊維幅の合計を10で除することにより算出した。
(化学変性パルプ繊維の平均繊維長および短繊維率の測定)
測定用パルプスラリー(固形分質量0.1g)をプラスチックビーカーに入れ、このビーカーに水を加えて全容300mLの希薄パルプスラリーを調製した。
この希薄パルプスラリーは繊維長分布測定器(バルメット社製、型番;FS-5)を用いて希薄パルプスラリー中の化学変性パルプ繊維の平均繊維長と、0.04mm~0.20mmにおける短繊維率を測定した。測定の精度は、装置のISO規格に準拠したモードで行った。
(実験結果)
図2に試料A~Iの物性値を示す。
実験1では、後述するガスバリアシートの原料となるセルロースの構成単位として上記一般式(2)を有する化学変性パルプ繊維を調製した。この化学変性パルプ繊維は、後述するガスバリアシートのガスバリア性として酸素透過度を評価したところ、試料A~Fの化学変性パルプ繊維がガスバリア性に優れる原料であった。
(実験2)
次に、実験1で調製した化学変性パルプ繊維を用いた本発明のガスバリアシートについて説明する。
(シートの作製)
以下に具体的なシートの作製方法を説明する。
実験に用いたガスバリアシートの作製方法は次のように行った。
まず、5Lプラスチック容器に測定用パルプスラリーを25cm×25cmの大きさで坪量が7~100g/m2になるようシート原料の試料A~Iをはかりとり、固形分濃度0.2~0.5質量%になるまで水道水を加えてよく分散させた。この希釈スラリーをJIS P 8222 パルプ-試験用手抄紙の調製方法-(2015)に準拠し、目開き0.154mm(100メッシュ、大きさ;25cm×25cm)の金網にナイロンメッシュ(アズワン社製、型番PA-46μ、目開き46μm)を張り付け加工した金網を使用し、シートを形成した。
得られたシートは、以下に記載した特性評価に必要な大きさに裁断し、それぞれ使用した。
具体的には、試料A(実施例1~3)、試料B(実施例4~6)、試料C(実施例7~9、比較例4~5)、試料D(実施例10~12)、試料E(実施例13~15)、試料F(実施例16~18)、試料G(比較例1~3)、試料H(比較例6~8)、試料I(比較例9~11)を用いて坪量の異なるシートを作製した。
(シート坪量、厚さ、密度の測定)
JIS P 8184(2011)に準拠し、電子天秤で得られたシートの質量をシートの面積で除することによりシート坪量(g/m)を算出した。
シートの厚さはJIS P 8118(2014)に準拠し、マイクロメーター(TECLOK社製、型番;PG-02)で厚さ(μm)を測定した。得られたシート坪量を厚さで除することにより密度(g/cm)を算出した。
なお、シートの水分率は約5~15%であった。
(酸素透過性評価)
得られたガスバリアシートを用いてガスバリア性を評価した。
ガスバリア性として、JIS K 7126-1に準拠した方法で酸素の透過度(cc/m・24hour・atm)を測定した。
評価方法は、以下の方法により行った。
使用機器:ガス透過性試験機(GTRテック社製、型番;GTR-11AET)
測定方法:JIS K 7126-1(差圧法)
測定対象ガス:空気(組成中の酸素濃度21%)
測定温度:25.0℃
透過面積:15.2cm
評価基準は、得られた酸素透過度が200以下である場合を○、200よりも大きい場合を×とした。酸素透過度は数値が低いほど優れた酸素バリア性を意味することから、評価が○の方がガスバリアシートとして高い性質を示す。
(折り曲げ試験)
ガスバリアシートを4つ折りにして、十字に折り目を付けた(折り曲げ試験、特開2020-192737の透湿度評価に採用された方法を参考に行った)。折り曲げ試験後の試験片を用いて同様にガスバリア性を評価した。
評価基準は、折り曲げ試験後に得られた酸素透過度が400以下である場合を○、400よりも大きい場合を×とした。酸素透過度は数値が低いほど優れた酸素バリア性を意味することから、評価が○の方がガスバリアシートとして高い性質を示す。
(柔軟性評価)
得られたガスバリアシートを用いて柔軟性を評価した。
円筒形のステンレス棒(直径2cm)にガスバリアシートを巻き付け、1時間保持し、目視により表面のひび割れや形状変化を観察した(JIS K 5600-5-1 マンドレル屈曲試験を参考に行った)。
評価基準は、ひび割れ等が観察されなかったものを○、観察されたものを×とした。ガスバリアシートは柔軟性を有し、シート表面に負荷がかかっても形状が変化しないことが望ましい。このことから、評価が○の方がガスバリアシートとして高い性能を示す。
(シート全光線透過率の測定)
シートの全光線透過率はJIS K 7361-1に準拠して行った。
実験では、分光ヘーズメーター(日本電色工業社製、型番SH-7000、Ver2.00.02)を用いて測定した。
空気のみの状態(測定部に何もセットしていない状態)をブランク測定値とし、測定用パルプシートは試料バサミに直接挟んで光透過度を測定した。光源はD65とし、視野は10°とし、測定波長の範囲は、380~780nmとした。
ヘイズ値および全光線透過率の算出は、分光ヘーズメーターのコントロールユニット(型番CU-II、Ver2.00.02)により得られた数値とした。
(実験結果)
図3に実施例および比較例の物性値を示す。
実験1で調製した試料A~Iを用いてシートを作製し、そのガスバリア性として酸素透過度を評価した。その結果、試料A~Fを用いて坪量28g/m~120g/mの範囲で作製したシートは、酸素透過度が200cc/m・24hour・atm以下であった。加えて、折り曲げ試験を行っても酸素透過度は維持されていた。つまり、実験で使用したシートは、優れたガスバリア性を発揮しつつ優れた柔軟性も有することが確認できた。
実験結果から、従来、ガスバリア性を発揮させるためにセルロースナノファイバーを含有させたシートが存在するが、折り曲げ等によりシート表面のガスバリア層の形成が崩てガスバリア性が失われやすかったが、本発明のシートでは、柔軟性の結果から紙のようなしなやかさを有していることから、シート表面の屈曲が生じにくいため、ガスバリア性に優れると考えられる。しかも、透明性に優れたシートも得られることから、取扱性の自由度をより向上させることができる。
(実験3)
次に、実験2で調製した化学変性パルプ繊維を用いた本発明のガスバリアシートについて、実施例8及び実施例17を用いて酸素透過度測定を行った結果を代表として説明する。
(酸素透過性評価)
得られたガスバリアシートを用いてガスバリア性を評価した。
ガスバリア性として、JIS K 7126-1に準拠した方法で酸素の透過度(cc/m・24hour・atm)を測定した。
評価方法は、以下の方法により行った。
使用機器:ガス透過性試験機(GTRテック社製、型番;GTR-10X)
測定方法:JIS K 7126-1(差圧法)
測定対象ガス:酸素ガス(組成中の酸素濃度100%)
測定温度:25.0℃
測定湿度:0%
透過面積:15.2cm
(実験結果)
図4に(実験3)の結果を示す。
図4に示すように、測定から12時間後の酸素透過度値は、実施例8が4.34、実施例17が198であった。
実験結果から、化学変性パルプ繊維のみからなるシートにおいて、高いガスバリア性を明確に発揮させることが確認できた。しかも、この値は、アルミ箔を用いたフィルムと同等レベルであることから、パルプ繊維でありながら、アルミ箔フィルムと同等レベルの高ガスバリア性を世界で初めて達成できることが確認できた。
したがって、本発明のシートは、自然由来のガスバリア基材として様々な用途の基材代替となり得ることが確認できた。
本発明のガスバリアシートは、ガスバリア性が求められている様々なガスバリア基材として適している。

Claims (7)

  1. セルロースの構成単位の少なくとも一部に下記の一般式(1)、一般式(2)および一般式(3)からなる群から選ばれる1種の構造を有する化学変性パルプ繊維を含有する紙製のシート部材であり、
    前記化学変性パルプ繊維は、
    前記一般式(1)を有する場合のSO Zの導入量、前記一般式(2)を有する場合のCO Zの導入量および前記一般式(3)を有する場合のPO 2-Zの導入量が、それぞれ0.8mmol/g以上5mmol/g以下であり、
    前記化学変性パルプ繊維から得られる以下のシートが、
    JIS K 7126-1(差圧法)により測定される酸素透過度(cc/m・24hour・atm)が200以下である
    ことを特徴とするガスバリアシート。

    (シート:坪量が10g/m以上150g/m以下、厚さが20μm以上150μm以下、密度が0.3g/cm以上1.5g/cm以下)

    (一般式1))
    Figure 2023067830000009

    (式中、Rは、SO Z又はHを示す。ただし、Rは、同一でも異なっていてもよい。またSO Zを少なくとも1以上含む。Zは、水素イオン、金属イオン、オニウムイオンまたはカチオン性有機化合物を示す。nは1以上の整数を示す。)

    (一般式(2))
    Figure 2023067830000010

    (式中、Rは、CO Z又はHを示す。ただし、Rは、同一でも異なっていてもよい。またCO Zを少なくとも1以上含む。Zは、水素イオン、金属イオン、オニウムイオンまたはカチオン性有機化合物を示す。nは1以上の整数を示す。)

    (一般式(3))
    Figure 2023067830000011
    (式中、Rは、PO 2-Z又はHを示す。ただし、Rは、同一でも異なっていてもよい。またPO 2-Zを少なくとも1以上含む。Zは、水素イオン、金属イオン、オニウムイオンまたはカチオン性有機化合物を示す。nは1以上の整数を示す。)
  2. 前記化学変性パルプ繊維の含有率が、50質量%~100質量%である
    ことを特徴とする請求項1記載のガスバリアシート。
  3. 前記紙シートが、
    基材と、前記化学変性パルプ繊維を含有する変性パルプ層と、を有している
    ことを特徴とする請求項1または2記載のガスバリアシート。
  4. 前記変性パルプ層の塗工量が、0.1~20g/mである
    ことを特徴とする請求項1または2記載のガスバリアシート。
  5. 前記紙シートが、樹脂を含有している
    ことを特徴とする請求項1または2記載のガスバリアシート。
  6. 前記化学変性パルプ繊維から得られる紙シートは、
    折り曲げ試験後の酸素透過度が、400以下である
    ことを特徴とする請求項1または2記載のガスバリアシート。
  7. 前記化学変性パルプ繊維は、
    繊維の径方向の変化率が、1.3以上、8以下であり、
    該変化率は、
    水を吸収した状態における平均膨潤繊維幅を、乾燥状態における平均非膨潤繊維幅で除した値である
    ことを特徴とする請求項1または2記載のガスバリアシート。


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