以下に、本発明の実施の形態に係る駆動装置及び空気調和機を図面に基づいて詳細に説明する。なお、この実施の形態によりこの発明が限定されるものではない。
実施の形態1.
図1は本発明の実施の形態1に係る駆動装置の構成を示す図である。同期電動機は、回転子に永久磁石が設けられる永久磁石界磁式同期電動機と、回転子に界磁巻線が巻かれている巻線界磁式同期電動機と、回転子の突極性を利用して回転トルクを得るリラクタンス式同期電動機とに大別される。実施の形態1に係る駆動装置100には、これらの同期電動機の種別の内、同種の同期電動機、例えば永久磁石界磁式同期電動機が2台並列に接続されている。実施の形態1では、2台の同期電動機の内、一方をメイン側同期電動機1aと称し、他方をサブ側同期電動機1bと称する。メイン側同期電動機1aは第1の同期電動機であり、サブ側同期電動機1bは第2の同期電動機である。
なお、実施の形態1では、三相の永久磁石界磁式同期電動機が用いられるが、2台の同期電動機のそれぞれのモータ定数が同程度であればよく、永久磁石界磁式以外の同期電動機を用いてもよいし、二相、五相などの三相以外の相数の同期電動機を用いてもよい。
駆動装置100は、並列接続されるメイン側同期電動機1a及びサブ側同期電動機1bに電力を供給する電力変換器2と、メイン側同期電動機1aに流れる第1の電流を検出する電流検出部4aと、サブ側同期電動機1bに流れる第2の電流を検出する電流検出部4bと、第1の磁極位置推定部である磁極位置推定部5aとを備える。また、駆動装置100は、第2の磁極位置推定部である磁極位置推定部5bと、電圧指令を出力する制御部である電流制御部6と、脈動成分抽出部70と、第1の減算器である減算器8と、磁束電流指令決定部9とを備える。脈動成分抽出部70は、サブ側トルク電流脈動成分抽出部7を備える。以下では、サブ側トルク電流脈動成分抽出部7を単に「脈動成分抽出部7」と称する場合がある。
電力変換器2は、直流電圧源3から供給される直流電力を交流電力に変換してメイン側同期電動機1a及びサブ側同期電動機1bへ出力する。実施の形態1では電力変換器2に電圧形インバータが用いられる。電圧形インバータは、直流電圧源3から供給される直流電圧をスイッチングして交流電圧に変換する装置である。なお、電力変換器2は、メイン側同期電動機1a及びサブ側同期電動機1bを駆動するための交流電力を出力できるものであれば、電圧形インバータに限定されず、電流形インバータ、交流電力を振幅及び周波数が異なる交流電力に変換するマトリックスコンバータ、複数の変換器の出力を直列又は並列に接続したマルチレベル変換器などの回路でもよい。
第1の電流検出器である電流検出部4aは、電力変換器2からメイン側同期電動機1aに流れる相電流を検出し、検出した相電流の値を示す電流情報を出力する。第2の電流検出器である電流検出部4bは、電力変換器2からサブ側同期電動機1bに流れる相電流を検出し、検出した相電流の値を示す電流情報を出力する。
電流検出部4a,4bはCT(Current Transformer)と呼ばれる計器用変流器を用いた電流センサであっても良いし、シャント抵抗を用いた電流センサであっても良い。また電流検出部4a,4bは、これらを組み合わせたものでも良い。実施の形態1に係る駆動装置100では、同期電動機の近くに設けられた電流検出部4a,4bによって電流が検出される。図1に示した例では、同期電動機に流れる相電流を直接検出しているが、電流検出方式は、キルヒホッフの電流則によって同期電動機に流れる電流を演算できればよく、直接検出する例に限定されない。例えば、電力変換器2の負側直流母線に設けられるシャント抵抗を用いた1シャント電流検出方式、電力変換器2の下アームと直列に接続されるシャント抵抗を用いた下アームシャント電流検出方式などを用いて同期電動機に流れる相電流を検出してもよい。なお、三相の電力変換器2の場合、下アームシャント電流検出方式は、3つの下アームのそれぞれに直列に接続されるシャント抵抗を用いるため、3シャント電流検出方式とも呼ばれる。但し、1シャント電流検出方式又は3シャント電流検出方式では、メイン側同期電動機1a及びサブ側同期電動機1bのそれぞれに流れる電流の合計値のみ計測されるため、メイン側同期電動機1a及びサブ側同期電動機1bの内、何れか一方の同期電動機の近くに電流センサを設ける必要がある。また、言うまでもないが、三相の同期電動機の場合、同期電動機に接続される三相の配線の内の何れか二相の配線に電流センサを設ければ、残りの一相の電流はキルヒホッフの電流則で計算可能であるため、三相の配線の全てに電流センサを設ける必要がない。また電流検出部4a及び電流検出部4bの構成及び配置に関しては様々な方式が考えられるが、基本的にはどの方式を用いても構わない。
磁極位置推定部5aは、電流検出部4aで検出される第1の電流、すなわちメイン側同期電動機1aに流れる相電流と、電流制御部6から出力される電圧指令とを用いて、メイン側同期電動機1aの第1の磁極位置を推定する。
磁極位置推定部5bは、電流検出部4bで検出される第2の電流、すなわちサブ側同期電動機1bに流れる相電流と、電流制御部6から出力される電圧指令とを用いて、サブ側同期電動機1bの第2の磁極位置を推定する。
磁極位置の推定方法には様々な方法が存在するが、同期電動機が備える回転子の回転速度全域の内、中高速域では、同期電動機の速度起電力を示す情報を利用して磁極位置を求めるのが一般的である。速度起電力は、回転子が回転することによって同期電動機内部に生じる誘起電力であり、同期電動機が備える回転子と固定子の間に生じる界磁と、回転子の回転速度とに比例する。磁極位置の推定方法の詳細は後述する。
電流制御部6は、メイン側同期電動機1aに流れる電流を制御するために、メイン側同期電動機1aが備える回転子の永久磁石による磁束の方向をd軸とし、d軸に直交する軸をq軸として、ベクトル制御によって、電流検出部4aで検出された電流をdq座標系の電流指令値に座標変換するベクトル制御器である。一般的なベクトル制御器では、回転子の磁極を基準としたdq座標上での電流制御が行われる。相電流をdq座標上の値に変換すると、交流量が直流量となり制御が容易となるためである。同期電動機では、q軸電流と同期電動機のマグネットトルクとが比例するため、q軸はトルク軸と称され、q軸電流はトルク電流と称される。q軸電流に対してd軸電流は、固定子で発生する磁束の変化をもたらし、同期電動機の出力電圧の振幅を変化させるため、d軸は磁束軸と称され、d軸電流は磁束電流、励磁電流などと称される。なお、同期電動機の種類には、回転子鉄心の外周面に永久磁石が設けられた表面磁石型同期交流電動機、回転子鉄心の内部に永久磁石が埋め込まれた永久磁石埋込型電動機などがある。永久磁石埋込型電動機では、d軸電流によってリラクタンストルクが変化するため、q軸電流のみがトルクに作用するわけではないが、一般的にはq軸電流をトルク電流と呼ぶことが多い。
座標変換には、磁極位置推定部5aで演算される磁極位置の推定値が用いられる。なお、電流制御部6には、ベクトル制御におけるdq座標系以外にも、αβ固定子座標系、γδ座標系などの極座標系を用いてもよい。また、電流制御部6には、ベクトル制御の代わりに直接トルク制御(Direct Torque Control:DTC)を採用してもよい。但し、DTCを採用する場合、電流指令を、磁束指令及びトルク指令に換算する必要がある。
なお、dq座標系ではなく、固定子から発生する磁束を基準とした座標系で制御を行えば、トルク電流と磁束電流をより厳密に計算できる。この座標系は、f−t座標系、n−t座標系などと呼ばれることが多いが、公知であるため詳細については説明を割愛する。実施の形態1では、q軸電流をトルク電流と称し、d軸電流を磁束電流と称する場合があるが、dq座標系以外の座標系を使って制御する場合、マグネットトルクが原理的に発生しないリラクタンス同期電動機を用いる場合などは、この限りではない。
なお、電流制御部6は、メイン側同期電動機1aに流れるトルク電流がトルク電流指令の値と一致するように制御され、またメイン側同期電動機1aに流れる磁束電流が磁束電流指令の値と一致するように制御される。電流制御部6の具体的な実現方法はどのような方法であってもよいが、電流制御部6は一般的には比例積分制御器及び非干渉化制御器により構成される。トルク電流指令は、磁束電流指令決定部9において速度制御の結果、算出されるものであっても良いし、上位のコントローラから入力されるものであってもよい。磁束電流指令の詳細は後述する。
電流制御部6によってメイン側同期電動機1aがベクトル制御されたとき、サブ側同期電動機1bはメイン側同期電動機1aに連れ回り駆動されるため、サブ側同期電動機1bがオープンループ駆動している状態になる。同期電動機のオープンループ駆動に関する有名な論文として以下の参考文献1がある。
(参考文献1)伊東淳一、豊崎次郎、大沢博著 「永久磁石同期電動機のV/f制御の高性能化」、電気学会論文誌D、122巻(2002年)3号 P253−259
上記参考文献1によれば、同期電動機をオープンループ駆動すると、同期電動機が固有角周波数ωnで自己発振して、制御が不安定になる場合があると述べられている。固有角周波数ωnは、下記(1)式の近似式により表される。但し、Pmは極対数、Φaは電機子鎖交磁束数、Laは電機子インダクタンス、Jは慣性モーメントを表す。
機電連成振動は、電機ばね共振と呼ばれる場合があるため、上記(1)式によって表される固有角周波数ωnは、電機ばね共振角周波数とも呼ばれる。上記参考文献1に開示される技術には、電機ばね共振を抑えるために安定化補償器が追加されているが、駆動装置100でも同様の安定化補償が必要となる。そのために、図1に示すサブ側同期電動機1bに流れるトルク電流が電機ばね共振によってどの程度振動しているかを調べる必要がある。
なお、特許文献1に開示される技術では、メイン側同期電動機及びサブ側同期電動機がそれぞれ有する回転子の回転速度の差である速度差が求められ、この速度差を用いることによって速度差安定化補償が行われている。これによりメイン側同期電動機は安定に制御されているため、特許文献1に開示される技術は、サブ側同期電動機の速度脈動成分を求めて安定化補償を行っていたと言える。特許文献1に開示される技術と実施の形態1との相違点の詳細については後述する。
サブ側同期電動機1bに流れるトルク電流には、加減速トルクによる成分と、負荷トルクによる成分とが重畳されている。加減速トルクは、同期電動機の加減速に伴う慣性トルクである。負荷トルクは、出力トルクから加減速トルクと、摩擦などの損失とを差し引いたトルクである。図1に示す脈動成分抽出部7では、サブ側同期電動機1bのトルク電流に含まれる電機ばね共振角周波数付近の脈動成分が抽出される。なお、脈動成分抽出部7は、ハイパスフィルタを用いる方法と、バンドパスフィルタを用いる方法の2種類があり、これらは順に説明する。
図2は図1に示すサブ側トルク電流脈動成分抽出部の第1の構成例を示す図である。図2には、1次のハイパスフィルタを用いたサブ側トルク電流脈動成分抽出部7Aの構成例が示され、その伝達関数は下記(2)式で表される。但し、sはラプラス変換の演算子、ωcはカットオフ角周波数である。
上記(2)式には、1次のハイパスフィルタを用いた場合の伝達関数が示されるが、より急峻なフィルタ特性を得たい場合、次数がnのハイパスフィルタを用いても良い。nは2以上の整数である。ハイパスフィルタを用いる場合、カットオフ角周波数ωcは、電機ばね共振角周波数の1/3以下、例えば電機ばね共振角周波数の1/5から1/20の値に設定するのが好適である。
図3は図1に示すサブ側トルク電流脈動成分抽出部の第2の構成例を示す図である。図3には、2次のバンドパスフィルタを用いたサブ側トルク電流脈動成分抽出部7Bの構成例が示され、その伝達関数は下記(3)式で表される。但し、sはラプラス変換の演算子、ωpはピーク角周波数を表す。qは、クオリティファクタであり、フィルタの通過帯域幅を決定する係数である。
上記(3)式には、2次のバンドパスフィルタを用いた場合の伝達関数が示されるが、より急峻なフィルタ特性を得たい場合、次数がmのバンドパスフィルタを用いても良い。mは3以上の整数である。バンドパスフィルタを用いる場合、サブ側トルク電流脈動成分抽出部7Bは、ピーク角周波数ωpと電機ばね共振角周波数とを一致させる。但し、上記の参考文献1では言及されていないが、電機ばね共振角周波数は、駆動条件により変動する性質がある。そのため、バンドパスフィルタの通過帯域幅は、電機ばね共振角周波数の変動分を見越して広めに設計する必要がある。なお、サブ側トルク電流脈動成分抽出部7Bは、電機ばね共振角周波数を実測してピーク角周波数ωpを電機ばね共振角周波数にトラッキングするような構成、すなわちバンドパスフィルタの中心周波数を動的に変更する構成としても良く、その場合は通過帯域幅を狭くできる。中心周波数は、ピーク角周波数ωpに相当する。
なお、上記(3)式の計算を行う代わりに、図4に示すようにフーリエ級数展開を用いたバンドパスフィルタを用いても良い。図4は図1に示すサブ側トルク電流脈動成分抽出部の第3の構成例を示す図である。図4に示すサブ側トルク電流脈動成分抽出部7Cは、脈動周波数計測部71、余弦波発生器72、正弦波発生器73、フーリエ余弦係数演算部74、フーリエ正弦係数演算部75及び交流復元器76を備える。
電流検出部4bで検出された電流である入力信号に含まれる脈動周波数、すなわち電流検出部4bで検出された電流に含まれる脈動周波数が、脈動周波数計測部71で計測される。なお、サブ側トルク電流脈動成分抽出部7は、電流検出部4bで検出された電流と磁極位置推定部5bで推定された磁極位置を用いて座標変換を行う不図示の座標変換器を備える。この座標変換器は、磁極位置推定部5bで推定された磁極位置を用いて、電流検出部4bで検出された三相座標系の電流を、回転する直交座標系に座標変換して出力する。上記の入力信号は、座標変換器で座標変換された電流に相当する。余弦波発生器72は、脈動周波数で振動する余弦波信号を発生し、正弦波発生器73は、脈動周波数で振動する正弦波信号を発生する。
フーリエ余弦係数演算部74は、余弦波発生器72からの余弦波信号を用いて、電流検出部4bで検出された電流である入力信号のフーリエ級数展開を行い、当該入力信号に含まれる特定周波数成分の大きさのうち、余弦成分の大きさであるフーリエ余弦係数を演算する。フーリエ余弦係数は、任意の周期を持つ偶関数をcosの級数に展開したときの係数である。フーリエ正弦係数演算部75は、正弦波発生器73からの正弦波信号を用いて、当該入力信号のフーリエ級数展開を行い、当該入力信号の特定周波数成分の大きさのうち、正弦成分の大きさであるフーリエ正弦係数を演算する。フーリエ正弦係数は、任意の周期を持つ奇関数をsinの級数に展開したときの係数である。
交流復元器76は、余弦波発生器72からの余弦波信号と、正弦波発生器73からの正弦波信号と、フーリエ級数展開によって得られたフーリエ余弦係数と、フーリエ級数展開によって得られたフーリエ正弦係数とを用いて、交流を復元する。フーリエ級数展開は、入力信号から特定の周波数成分の大きさと位相とを取り出すことである。特定の周波数成分の大きさは、余弦成分の大きさと正弦成分の大きさとで表すことができる。位相は、余弦成分の大きさと正弦成分の大きさの比で表すことができる。図4に示すサブ側トルク電流脈動成分抽出部7Cによれば、フーリエ級数展開と逆変換とによって、バンドパスフィルタの特性が得られる。逆変換では、フーリエ級数展開で取り出した特定周波数成分の余弦成分の大きさと正弦成分の大きさと位相とに基づいて、特定周波数の交流が出力される。
マイコンなどの処理装置に駆動装置100の機能を実装する場合、当該機能を離散化して実装する必要があるが、上記(3)式のバンドパスフィルタを離散化して用いる場合、ピーク角周波数ωpを変化させると計算精度が変動し、特にピーク角周波数ωpを大きくすると計算精度が低下し易くなる。一方、フーリエ級数展開は、離散化して、ピーク角周波数ωpを変化させても計算精度の低下を抑制することができる。従って、サブ側同期電動機1bのトルク電流に含まれる電機ばね共振角周波数付近の脈動成分を、フーリエ級数展開を用いて抽出する方法は、実装の面で優れている。このことから、フーリエ級数展開を用いて脈動成分を抽出する方法は、バンドパスフィルタのピーク周波数を変化させる場合に有用と考えられるが、計算精度を確保できる場合には、図4に示す脈動周波数計測部71と上記(3)式とを組み合わせたバンドパスフィルタを、図1に示す脈動成分抽出部7として利用してもよい。
このように、脈動成分抽出部7は、サブ側同期電動機1bのトルク電流に含まれる電機ばね共振角周波数付近の脈動成分を抽出できれば、図2から図4に示す何れのフィルタで構成してもよい。なお、バンドパスフィルタに比べてハイパスフィルタは、設計及び回路への実装が簡便であるため、設計及び回路への実装の簡便さを重視する場合、ハイパスフィルタを選択すると良い。また、鋭い遮断特性を得たい場合には、バンドパスフィルタを選択すると良い。
図1に示す減算器8は、メイン側同期電動機1a及びサブ側同期電動機1bがそれぞれ有する回転子の磁極位置の差である角度差を求める。磁極位置は、メイン側同期電動機1a及びサブ側同期電動機1bのそれぞれの回転子の回転位置又は回転角度に等しい。角度差を求める理由を説明するために、以下に永久磁石同期電動機の定常状態における電圧方程式とトルク方程式を示す。
電圧方程式は下記(4)式のように表される。またトルク方程式は下記(5)式のように表される。下記(5)式の右辺の第一項はマグネットトルクを表し、第二項はリラクタンストルクを表す。マグネットトルクはq軸電流に比例し、リラクタンストルクはd軸電流とq軸電流の積に比例する。
上記(4)式及び(5)式において、Raは電機子抵抗、Ldはd軸インダクタンス、Lqはq軸インダクタンス、Pmは極対数、Φaは電機子鎖交磁束数、ωeは角速度、idはd軸電流、iqはq軸電流、vdはd軸電圧、vqはq軸電圧、tは発生トルクを表す。これらの各係数の添字「x」は、同期電動機がメイン側であるかサブ側であるかを識別するためのものである。例えば、メイン側とサブ側を識別する必要がない場合、添字に「x」が付けられ、又は添字「x」が省略される。また添字に「x」の代わりに「m」が付けられた場合にはメイン側を表し、添字に「x」の代わりに「s」が付けられた場合にはサブ側を表す。
次に、図5から図11を用いて、磁束電流補償によるサブ側同期電動機1bのトルク変化の挙動について説明する。図5は図1に示すサブ側同期電動機のトルク変化の挙動を説明するための第1の図である。図6は図1に示すサブ側同期電動機のトルク変化の挙動を説明するための第2の図である。図7は図1に示すサブ側同期電動機のトルク変化の挙動を説明するための第3の図である。図8は図1に示すサブ側同期電動機のトルク変化の挙動を説明するための第4の図である。図9は図1に示すサブ側同期電動機のトルク変化の挙動を説明するための第5の図である。図10は図1に示すサブ側同期電動機のトルク変化の挙動を説明するための第6の図である。図11は図6、図7、図9及び図10に示すメイン側のd軸電流と、角度差の符号と、サブ側同期電動機のトルクの状態とを対応付けて示す図である。
図5から図10には磁束電流補償によるサブ側同期電動機1bのトルク変化の挙動が示され、図5から図10の内容は特許文献1で開示されている。サブ側同期電動機1bの駆動を安定化する制御に、メイン側同期電動機1a及びサブ側同期電動機1bがそれぞれ有する回転子の磁極位置の角度差を用いる点に関しては、特許文献1で開示される技術と実施の形態1に係る駆動装置100は共通である。しかしながら、実施の形態1に係る駆動装置100では、メイン側同期電動機1aとサブ側同期電動機1bとの速度差を用いない点が、特許文献1で開示される技術と異なる。
まず図5を基準として、メイン側同期電動機1aのd軸がサブ側同期電動機1bのd軸よりも遅れ位相となっているケースについて説明する。図5ではメイン側同期電動機1aの磁束電流idmが零であり、メイン側同期電動機1aのトルク電流iqmが正方向に流れている場合、電圧指令ベクトルv→ dq *は第二象限の方向に発生する。電圧指令ベクトルv→ dq *は回転する直交座標系(dq軸)の電圧指令を表わす。2台の同期電動機に異なる負荷トルクが発生したとき、2台の同期電動機のモータ定数が等しい場合には、重負荷の同期電動機の位相が遅れる。そのため、図5のケースでは、メイン側同期電動機1aの負荷がサブ側同期電動機1bの負荷よりも大きいと言える。すなわちメイン側同期電動機1aの方が重負荷である。駆動装置100は2台の同期電動機に同じ電圧を印加するが、メイン側同期電動機1aの方が重負荷である場合、サブ側同期電動機1bの磁束電流は正方向に流れる。これは上記(4)式を解くことにより明らかである。
ここで、図6のようにメイン側同期電動機1aに正の磁束電流が流れた場合を考える。この場合、メイン側同期電動機1aのq軸電圧が正方向に増加することによって、電圧指令ベクトルがv→ dq *からv→ dq **に変化する。このようにメイン側同期電動機1aのq軸電圧が変化することにより、サブ側同期電動機1bのd軸電圧が減少して、サブ側同期電動機1bのq軸電圧が増加する。サブ側同期電動機1bのd軸電圧が減少すると、サブ側同期電動機1bのq軸の電機子反作用であるωesLqsiqsが減少する。そのため、サブ側同期電動機1bのq軸電流が減少する。また、サブ側同期電動機1bのq軸電圧が増加することによって、サブ側同期電動機1bのd軸電流が増加する。このようにメイン側同期電動機1aの磁束電流idmであるd軸電流を変化させることによって、サブ側同期電動機1bの電流が変化する。このサブ側同期電動機1bの電流の変化によって、サブ側同期電動機1bのトルクは、図5に示すサブ側同期電動機1bのトルクと比べて変化する。ここでは説明を簡単にするために、同期電動機が、回転子鉄心の外周面に永久磁石が設けられた表面磁石型同期交流電動機であるとして、リラクタンストルクがないものとする。この場合、サブ側同期電動機1bの電流が変化したときのサブ側同期電動機1bのトルクは、図5の状態に比べて減少する。
図7には、図6の場合とは逆に、メイン側同期電動機1aに負の磁束電流が流れた場合のサブ側同期電動機1bのトルク状態が示される。この場合、メイン側同期電動機1aのq軸電圧が減少することによって、電圧指令ベクトルがv→ dq *からv→ dq **に変化する。これにより、サブ側同期電動機1bのd軸電圧が増加して、サブ側同期電動機1bのq軸電圧が減少する。サブ側同期電動機1bのd軸電圧が増加したことによりサブ側同期電動機1bのq軸電流は増加し、サブ側同期電動機1bのq軸電圧が減少することによりサブ側同期電動機1bのd軸電流は減少する。この場合、サブ側同期電動機1bのトルクは、図5の状態に比べて増加する。
次に図8を基準として、メイン側同期電動機1aのd軸がサブ側同期電動機1bのd軸よりも進み位相となっているケースについて説明する。図8では、メイン側同期電動機1aのd軸電流が零であり、メイン側同期電動機1aの負荷がサブ側同期電動機1bの負荷よりも大きい状態、すなわちメイン側同期電動機1aの方が重負荷となっている。メイン側同期電動機1aとサブ側同期電動機1bには同じ電圧が印加されているため、サブ側同期電動機1bの方が重負荷となる場合、サブ側同期電動機1bのd軸電流は負方向に流れる。
ここで、図9のようにメイン側同期電動機1aに正のd軸電流が流れた場合を考える。この場合、メイン側同期電動機1aのq軸電圧が増加することによって、電圧指令ベクトルがv→ dq *からv→ dq **に変化する。このようにメイン側同期電動機1aのq軸電圧が変化することにより、サブ側同期電動機1bのd軸電圧が増加して、サブ側同期電動機1bのq軸電圧も増加する。サブ側同期電動機1bのd軸電圧が増加したことにより、サブ側同期電動機1bのq軸電流が増加する。また、サブ側同期電動機1bのq軸電圧が増加することによりサブ側同期電動機1bのd軸電流が減少する。この場合、サブ側同期電動機1bのトルクは、図8の状態に比べて増加する。
図10には、図9の場合とは逆に、メイン側同期電動機1aに負の磁束電流が流れた場合のサブ側同期電動機1bのトルク状態が示される。この場合、サブ側同期電動機1bのq軸電流は減少する。従って、サブ側同期電動機1bのトルクは、図8の状態に比べて減少する。
図6、図7、図9及び図10に示すメイン側のd軸電流と、角度差の符号と、サブ側同期電動機1bのトルクの状態とを対応付けて示すものが図11である。2台の同期電動機の角度差λを下記(6)式のように定めた場合、メイン側同期電動機1aのd軸電流を増加させた際、2台の同期電動機の角度差λが正であれば、サブ側同期電動機1bのトルクは減少し、角度差λが負であればサブ側同期電動機1bのトルクは増加する。但し、下記(6)式のθesは、サブ側同期電動機1bの磁極位置を電気角で表したものであり、θemは、メイン側同期電動機1aの磁極位置を電気角で表したものである。一方、メイン側同期電動機1aのd軸電流を減少させた際、2台の同期電動機の角度差λが正であればサブ側同期電動機1bのトルクは増加し、角度差λが負であればサブ側同期電動機1bのトルクは減少する。すなわち、メイン側同期電動機1aのd軸電流を変化させることによりサブ側同期電動機1bのトルクを変化させてサブ側同期電動機1bの駆動を安定化させようとする場合、2台の同期電動機の角度差λが正であるか負であるかによって、d軸電流の補償方向を決定する必要がある。このような理由から、減算器8を用いて、2台の同期電動機の磁極位置の角度差λを求めている。
図1に示す磁束電流指令決定部9は、サブ側同期電動機1bの駆動を安定化させるための磁束電流指令を決定する。磁束電流を変化させることでサブ側同期電動機1bのトルクを変えることはすでに述べたとおりであるが、駆動装置100では磁束電流指令をどのように決定するかが重要である。特許文献1では、2台の同期電動機の速度差を用いて磁束電流を決定していたが、実施の形態1に係る駆動装置100では、サブ側同期電動機1bのトルク電流の脈動成分から磁束電流を決定する。その理由を説明するには、同期電動機の速度推定法と磁束電流変化によって生じる速度推定誤差とについて述べる必要がある。
先に述べたとおり、同期電動機の磁極位置の推定方法又は同期電動機が備える回転子の回転速度の推定方法には、様々な方法が検討されているが、同期電動機が備える回転子の回転速度全域の内、中高速域では、同期電動機の速度起電力情報を利用して磁極位置を求めるのが一般的である。ここではアークタンジェント法と適応磁束オブザーバとの2種類の方式について述べる。
アークタンジェント法は最もプリミティブな位置推定法であり、広く知られている。下記(7)式は固定子座標上における表面磁石型同期交流電動機の電圧方程式である。但し、pは微分演算子、θeは磁極位置(電気角)、Raは電機子抵抗、Laは電機子インダクタンス、vα,vβは固定子座標上の電圧、Φaは電機子鎖交磁束数、iα,iβは固定子座標上の電流である。
上記(7)式の右辺第二項は速度起電力を表している。なお、速度起電力の項は下記(8)式のような形で表現可能である。但し、eαはα軸速度起電力、eβはβ軸速度起電力、pは微分演算子、Φαrは回転子α軸磁束、Φβrは回転子β軸磁束、Φaは電機子鎖交磁束数、θeは磁極位置(電気角)、ωeは角速度である。
上記(7)式を見てわかるとおり、速度起電力に磁極位置情報であるθeが含まれるため、上記(7)式を整理して磁極位置を演算する。まず、回転子磁束項を左辺に、それ以外の項を右辺にまとめると、下記(9)式が得られる。微分計算はノイズを増幅させるため、両辺積分して下記(10)式を得る。ここで、電圧センサなどに直流オフセットがある場合、純粋積分を使うと積分値が発散するため、下記(10)式の計算を行う際は近似積分を使い、直流分は積分しないようにするのが慣例である。
上記(10)式において、記号「^」は推定値を表す。上記(10)式を計算して、回転子磁束を求め、それを下記(11)式のようにアークタンジェント計算することで、回転子磁極位置を推定することができる。推定された回転子磁極位置を用いれば、角速度を計算可能なため、下記(12)式で推定角速度ω^ eを計算する。但し、微分ノイズの影響を避けるため、この推定角速度ω^ eを制御に使用する場合にはローパスフィルタを掛けるのが普通である。また、下記(13)式のように、速度起電力の推定を行い、その振幅を電機子鎖交磁束数Φaで除算することにより、推定角速度ω^ eを計算することもできる。しかしながら、永久磁石の磁束は温度変化により変動するため、下記(13)式の計算方法では温度変化によって定常的な速度推定誤差が生じる。そのため下記(12)式による速度推定方法による誤差は、下記(13)式に示す方法よる誤差よりも少ない。実施の形態1には下記(12)式による速度推定を行った場合について説明する。
アークタンジェント法以外にも様々な速度推定法が提案されている。以下では、図12を用いて、アークタンジェント法以外の速度推定法の代表例として、適応磁束オブザーバについて述べる。図12は図1に示す磁極位置推定部を適応磁束オブザーバにより構成した例を示す図である。図12に示す磁極位置推定部5cは、図1に示す磁極位置推定部5a,5bを適応磁束オブザーバにより構成したものである。図12に示す同期電動機1cは、図1に示すメイン側同期電動機1a及びサブ側同期電動機1bのそれぞれに対応する。磁極位置推定部5cは、適応磁束オブザーバの手法により、電流制御部6により生成されて磁極位置推定部5a,5bに入力される電圧指令である電圧ベクトルと、電流検出部4a,4bにより生成される電流情報、すなわちdq座標軸上におけるdq軸電流検出値である電流ベクトルとを用いて、同期電動機1cの回転速度を推定し、推定角速度ω^ eと推定磁極位置θ^ eとを出力する。
磁極位置推定部5cは、同期電動機1cの電圧ベクトルと、電流ベクトルと、インバータの一次角周波数ω1と、推定角速度ω^ eとに基づきモデル偏差εを演算するモデル偏差演算部51と、モデル偏差εに基づき推定角速度ω^ eを演算する角速度推定器52とを備える。また磁極位置推定部5cは、推定磁束ベクトルと、推定電流ベクトルと、推定角速度ω^ eとを用いて、一次角周波数ω1を演算する一次角周波数演算器53と、一次角周波数ω1を積分して推定磁極位置θ^ eを出力する積分器54とを備える。
モデル偏差演算部51は、同期電動機1cの電圧ベクトルと、電流ベクトルと、一次角周波数ω1と、推定角速度ω^ eとに基づき、推定磁束ベクトル及び推定電流ベクトルを演算して出力する電流推定器511と、推定電流ベクトルから電流ベクトルを減算することによって電流偏差ベクトルを演算して出力する減算器512とを備える。またモデル偏差演算部51は、減算器512からの電流偏差ベクトルを入力とし、推定磁束ベクトルの直交成分をスカラ量として抽出し、この値をモデル偏差εとして出力する偏差演算器513を備える。推定磁束ベクトルの直交成分をスカラ量として抽出する手法としては、電流偏差ベクトルを回転二軸上に座標変換する手法と、電流偏差ベクトルと推定磁束ベクトルとの外積値の大きさを演算する手法とが公知である。
電流推定器511は、同期電動機1cの状態方程式から電流と磁束を推定する。ここでは同期電動機1cは一般的な永久磁石埋込型の同期交流電動機であると仮定するが、永久磁石埋込型の同期交流電動機以外の同期電動機であっても、電流推定器511は、状態方程式が立式できれば、同様の方法で電流推定が可能である。
同期電動機1cが永久磁石埋込型の同期交流電動機の場合、状態方程式は下記(14)式及び(15)式のように表される。但し、Ldはd軸のインダクタンス、Lqはq軸のインダクタンス、Raは電機子抵抗、ω1は一次角周波数を表す。vdはd軸電圧、vqはq軸電圧、idはd軸電流、iqはq軸電流を表す。また、φdsはd軸固定子磁束、φqsはq軸固定子磁束、φdrはd軸回転子磁束、ωeは角速度、h11からh32はオブザーバゲインを表す。記号「^」は推定値を表す。
また、一次角周波数ω1は下記(16)式のように与えられる。h41,h42はオブザーバゲインを表す。
上記(14)式及び(15)式は通常の誘起電圧に基づく式であるが、上記(14)式及び(15)式に変形を加えて拡張誘起電圧の形式で表現しても同様の計算ができる。上記(14)式には推定角速度ω^ eが含まれるため、推定角速度ω^ eと実際の角速度ωeとが一致していない場合、電流推定に誤差が生じる。ここではモデル偏差εを下記(17)式のように定義し、磁極位置推定部5cはモデル偏差εが零になるように、角速度推定器52を用いて推定角速度ω^ eの値を調整する。角速度推定器52としては、比例積分制御器に積分器を直列接続して構成されたものが公知である。
一次角周波数演算器53は、上記(16)式を基に、推定磁束ベクトル、推定電流ベクトル及び推定角速度ω^ eから一次角周波数ω1を演算する。積分器54は、一次角周波数ω1を積分することにより磁極位置を推定する。
適応磁束オブザーバは、鎖交磁束数の変動にロバストであり、定常的な速度推定誤差が発生しない点で優れているため、高性能な速度推定法として世間に認知されている。
磁極位置推定部5a,5bの構成例について詳しく説明したところで、次は磁束電流の変化が速度推定誤差に与える影響について述べる。ここでは課題を明確にするため、電力変換器2の出力電圧誤差が無い場合と有る場合との2種類の解析結果について述べる。当該課題は、低回転域で電力変換器2の出力電圧誤差の補償精度が低下すると、低回転域では電動機の速度起電力が低下して、電力変換器2の出力電圧誤差の影響が相対的に大きくなることを意味する。すなわち、当該課題は、出力電圧誤差がある場合、特許文献1の方式だけでは、低回転域で制御不安定に陥りやすいことである。なお、出力電圧誤差は、電流制御部6が電力変換器2へ与える電圧指令の値と電力変換器2が実際に出力する実電圧との誤差のことである。出力電圧誤差の要因としては、電力変換器2を構成する直列の上下アームの半導体素子の短絡防止時間、半導体素子のオン電圧などが知られている。市販される電動機駆動用の電力変換器の多くには、出力電圧誤差の補償機能が設けられているが、当該電力変換器に流れる電流が零に近い場合、出力電圧誤差を補償することが難しい。従って、比較的低価格な電動機駆動用の電力変換器では多少の出力電圧誤差が生じるのが普通である。
図13は実施の形態1に係る駆動装置において、仮想的に電力変換器の出力電圧誤差を零として、2台の同期電動機を低速で並列駆動させたときのサブ側同期電動機の回転速度の真値である速度真値とd軸電流とq軸電流とを表す図である。図14は実施の形態1に係る駆動装置において、実機同等の出力電圧誤差を入れて、2台の同期電動機を低速で並列駆動させたときのサブ側同期電動機の回転速度の真値である速度真値とd軸電流とq軸電流とを表す図である。図13及び図14には、上から順位に回転速度の真値、d軸電流及びq軸電流が示される。それぞれの横軸は時間である。
なお、この動作条件は、特許文献1に開示される制御方式にとっては非常に厳しい条件であり、特許文献1に開示される制御方式では、この動作条件が与えられた場合、サブ側同期電動機1bの駆動が不安定になり、並列駆動が困難である。上記の動作条件は、2台の同期電動機を低速で並列駆動させることと、2台の同期電動機の磁極位置の角度差が零近くであることである。図13及び図14には、2台の同期電動機の負荷トルクの差を極めて小さくし、2台の同期電動機の磁極位置の角度差が零近くとなる条件での解析結果が示される。磁束電流補償法では、2台の同期電動機の角度差を利用してサブ側同期電動機1bのトルクを変化させるため、角度差が零に近い場合、サブ側同期電動機1bの速度リプルを完全に零にすることは難しい。そのため、図13及び図14の上から1段目に示すように、回転速度の真値が電機ばね共振角周波数で振動している。電機ばね共振角周波数の1周期毎に回転速度が最大値を示す。また、サブ側同期電動機1bのq軸電流も、図13及び図14の上から3段目に示すように、回転速度の真値が電機ばね共振角周波数で振動している。磁束電流指令の決定法の詳細については後述するが、サブ側同期電動機1bの駆動を安定化させるために流すd軸電流は、前述したように、2台の同期電動機の角度差が正であるか負であるかによって、d軸電流の補償方向を変える必要があるため、d軸電流は、図13及び図14の上から2段目に示すように、電機ばね共振角周波数の1周期毎に最大値を示すような波形となる。このように、角度差の符号変化の影響によって、d軸電流には、電機ばね共振角周波数の整数倍の周波数成分の脈動が含まれる。なお、電力変換器2の出力電圧に誤差がある場合、dq軸電流には電気角周波数の6倍の脈動成分が重畳される。そのことを除けば、図13に示される回転速度の真値、d軸電流及びq軸電流のそれぞれの波形と、図14に示される回転速度の真値、d軸電流及びq軸電流のそれぞれの波形との間には大きな相違はない。
図15は実施の形態1に係る駆動装置において、仮想的に電力変換器の出力電圧誤差を零として、2台の同期電動機を低速で並列駆動させたときの速度推定波形を表す図である。図15には、回転数の真値が実線で示され、アークタンジェント法による回転数の推定値が細い破線で示され、適応磁束オブザーバにおる回転数の推定値が太い破線で示される。横軸は時間を表す。縦軸はサブ側同期電動機1bの回転子の回転数を表す。
実機同等の出力電圧誤差を入れて2台の同期電動機を低速で並列駆動させた場合、磁束電流の変化に伴って過渡的な速度推定誤差が発生する。図15によれば、適応磁束オブザーバによる速度推定誤差は、アークタンジェント法に比べて小さいが、どちらの方式でも速度推定誤差が生じていることが分かる。
図16は実施の形態1に係る駆動装置において、実機同等の出力電圧誤差を入れて、2台の同期電動機を低速で並列駆動させたときの速度推定波形を表す図である。図16には、図15と同様に、回転数の真値が実線で示され、アークタンジェント法による回転数の推定値が細い破線で示され、適応磁束オブザーバにおる回転数の推定値が太い破線で示される。横軸は時間を表す。縦軸はサブ側同期電動機1bの回転子の回転数を表す。
一般的な駆動装置を用いた、流体利用装置の中には、電磁騒音を減らすために、キャリア周波数を10kHz以上に設定するものがある。このような流体利用装置では、出力電圧誤差が大きくなる傾向がある。図15と図16を比べると、図16では、推定速度波形のS/N比(Signal to Noise Radio)が大きく悪化していることがわかる。この傾向は、アークタンジェント法及び適応磁束オブザーバのそれぞれの速度推定誤差において同じである。
図17は図15の速度推定波形をFFT解析した結果を示す図である。図17には、上から順位に回転速度の真値と、アークタンジェント法による速度推定値と、適応磁束オブザーバによる速度推定値とが示される。それぞれの横軸は周波数である。図17によれば、点線の枠B内に示すように、電機ばね共振角周波数の整数倍の次数の速度推定誤差が生じていることがわかる。これらの速度推定誤差の周波数は、図13に示したd軸電流である磁束電流の脈動成分の周波数と一致する。また、点線の枠A内に示すように、電機ばね共振角周波数の1次成分に関しても、真値と推定値との間に振幅の誤差がある。
図18は図16の速度推定波形をFFT解析した結果を示す図である。図18には、図17と同様に、上から順位に回転速度の真値と、アークタンジェント法による速度推定値と、適応磁束オブザーバによる速度推定値とが示される。それぞれの横軸は周波数である。図18によれば、点線の枠A内に示すように、電機ばね共振角周波数の1次成分に数倍の誤差があることが分かる。また、点線の枠B内に示すように、電機ばね共振角周波数の整数倍の次数に極めて大きなピークが立っていることが分かる。また、点線の枠C内に示すように、電力変換器2の出力電圧誤差成分によって高周波側にピークが立っていることが分かる。
図17及び図18に示す解析結果は、磁束電流の変化が既存の速度推定器にとって外乱となることを示している。また図17に示すように電力変換器2の出力電圧誤差がない場合、点線の枠B内に示すように、磁束電流の脈動周波数と同じ周波数で速度推定誤差が生じているため、適切に速度推定を行うことができない。また、図17の点線の枠B内に示す周波数成分の速度推定誤差は、また図18のように電力変換器2の出力電圧誤差がある場合、数倍から数十倍に増加することがあり、駆動装置にとって大きな問題となる。特許文献1では、2台の同期電動機の速度差を用いて磁束電流指令を演算し、サブ側同期電動機1bの駆動を安定化させているが、図17の点線の枠B内に示すような速度推定誤差がある場合、サブ側同期電動機1bの安定化を図ることができない。その理由は以下のとおりである。
まず、サブ側同期電動機1bの駆動を安定化させるために磁束電流指令を脈動させると、それによって速度推定に予期せぬ誤差成分が現れる。その誤差成分を抑え込むために磁束電流指令を周波数で脈動させてしまうと、サブ側同期電動機1bが加振され、サブ側同期電動機1bの振動が大きくなる。サブ側同期電動機1bの振動が大きくなると、サブ側同期電動機1bの駆動の安定化を図るためにメイン側同期電動機1aの磁束電流指令をより大きく変化させなければならない。これにより速度推定誤差がさらに増大するという悪循環が生じる。その結果として、同期電動機には、騒音及び振動が増加し、モータ効率が低下するなどの様々な現象が発生する。また、同期電動機は、トルクを適切に発生できずに脱調し、又は動作を停止する可能性がある。
特に流体利用装置に、特許文献1に開示される技術を用いた場合、低速域の回転が不安定になるという現象が顕著になる。流体利用装置の負荷は、二乗低減トルク負荷であることが多く、その負荷特性は、低回転側では軽負荷である。二乗低減トルク負荷は、電動機の回転速度の二乗に比例して負荷トルクが増加する負荷である。
従って、流体利用装置では、低回転側でトルク電流が小さくなるが、電流が小さい領域では電力変換器2の出力電圧誤差の補償精度が低下する。さらに、流体利用装置では、低回転域で電動機の速度起電力が低下するため、出力電圧誤差の影響が相対的に大きくなる。これにより、上述した速度推定誤差が増大して、2台の同期電動機の速度差を正確に求めることができなくなり、制御不安定な状態に至る。本願発明者は、この速度推定誤差を多く含んだ速度差信号に対して様々なフィルタリング処理を施し、安定性の改善を図ったが、満足する性能が得られなかった。
出力電圧誤差により低周波側で速度推定誤差が生じることは一般に知られているが、磁束電流を変化させることにより速度推定誤差が生じることは、本願発明者の検討によって発見されたものであり、公知ではない。通常、磁束電流指令の変化は緩やかであるため、このような問題が生じないためである。しかしながら、駆動装置では、角度差が零に近いときに磁束電流を急激に変動させる必要がある。本願発明者は、そのような事例を詳しく検証する中で、磁束電流を変化させることにより速度推定誤差が生じることを発見した。そして、本願発明者は、このような速度推定誤差がある状態でも、2台の同期電動機を安定に並列駆動するために、過渡的な速度推定誤差の影響を排除する手法を確立する必要があると考え、サブ側同期電動機1bのトルク電流の脈動成分から磁束電流指令を演算する手法を考案するに至った。本願発明者の調査の結果、サブ側トルク電流の脈動成分から磁束電流指令を決定した場合、特許文献1に開示される方式に比べて、磁束電流指令のS/N比が大きく改善されることが判明した。その理由は以下のとおりである。
前述のとおり、磁束電流変化により推定速度信号には多くの誤差成分が発生する。この影響を回避する手段として推定磁極位置信号に着目する。推定磁極位置信号は、その計算プロセスにおける積分処理によって、推定速度に含まれる誤差のうちの高周波成分が除去されている。推定磁極位置信号の低周波成分に関しては磁束電流指令の変化による誤差信号が残存するが、その誤差は数度程度に収まる。
ここで、サブ側同期電動機1bのトルク電流について考えてみる。相電流を磁極位置の真値で座標変換した場合と、磁極位置の推定値で座標変換した場合とでは、磁極位置の誤差が数度程度であれば、真のdq軸におけるトルク電流と推定されるdq軸におけるトルク電流との誤差は、数%未満である。これは、cosine関数が零に近いときには1に近似できることを考えれば、自明である。
このように、サブ側同期電動機1bのトルク電流は、磁束電流を変化させた場合でも比較的高精度に求めることができる。モータ定数の変動の影響によって定常的な位置推定誤差が生じる場合はあるが、これは直流分の推定誤差となるため、脈動成分抽出部7により脈動成分を抽出する場合には問題とならない。
速度差ではなく、サブ側トルク電流を用いて安定化補償を行った方が良い理由は他にもある。ファン、ブロワーなどの流体利用装置では、機械系の慣性モーメントが大きい場合がある。このような場合、インバータが過電流停止するほどにトルク脈動が大きいときでも、速度信号に現れる脈動成分はごく小さいことがある。この場合、速度脈動が観測できるほど大きくなってから安定化を図るのではなく、トルク電流の脈動がある程度大きくなった段階で安定化補償を行った方が良い。このような事例では、推定速度信号よりもトルク電流信号の方がS/N比が良いので、トルク電流信号を安定化補償に用いた方が良いと言える。
以上の理由により、実施の形態1では、磁束電流指令決定部9により、サブ側同期電動機1bに流れるトルク電流の脈動成分を基に磁束電流指令が決定される。
図19は図1に示す磁束電流指令決定部の構成例を示す図である。図20は図19に示す符号判定器による符号判定処理を説明するための第1の図である。図21は図19に示す符号判定器による符号判定処理を説明するための第2の図である。図22は図19に示す符号判定器による符号判定処理を説明するための第3の図である。
図19に示す磁束電流指令決定部9は、脈動抑制制御部91及び補償方向決定部92を備える。磁束電流指令決定部9は、サブ側同期電動機1bのトルク電流の脈動成分を入力とし、脈動抑制制御部91と補償方向決定部92を用いて、磁束電流指令を決定する。脈動抑制制御部91は、ゲイン乗算部911及び位相調整部912により構成される。
ゲイン乗算部911は、入力信号であるトルク電流脈動成分のゲインを調整する。位相調整部912は、入力信号であるトルク電流脈動成分の位相を調整し、振幅が調整された脈動成分を出力する。なお、ゲイン乗算部911と位相調整部912の何れか一方だけで系の安定性を確保できるのであれば、脈動抑制制御部91は、必ずしもゲイン乗算部911及び位相調整部912の双方を備える必要は無い。
ゲイン乗算部911は、入力信号であるトルク電流脈動成分に特定のゲインを乗算して出力するものであり、系の安定性と即応性を調節する役割を持つ。ゲインは動作条件に応じて変更しても良い。例えば、低速域ではゲインを高くし、高速域ではゲインを低くしても良い。位相調整部912は例えば、位相遅れ補償器、ローパスフィルタ、積分制御器などで構成される。位相遅れ補償器は高周波域でゲインを一定値下げて安定化を図るものであり、産業界で一般的に用いられている。ローパスフィルタ及び積分制御器にも高周波域の信号位相を変化させる性質があるため、位相遅れ補償器と同じようにローパスフィルタ又は積分制御器を用いることができる。
1次ローパスフィルタによる近似積分器を位相調整部912として使用する場合、そのカットオフ角周波数は、電機ばね共振角周波数の1/3以下に設定すると良い。可能であれば電機ばね共振角周波数の1/10から1/20の値とする。このように設定すると、電機ばね共振角周波数付近で位相を90度前後遅らせることができ、制御安定性が高まる。
図19には示されていないが、脈動抑制制御部91の入出力の何れかに不感帯を設けても良い。この不感帯は前述の脈動成分抽出部7で除去しきれなかった電機ばね共振以外の周波数成分を除去するのに役立つ。
補償方向決定部92は、符号判定器921及び乗算器922により構成され、図5から図11で説明した動作原理に則り、2台の同期電動機のそれぞれが備える回転子の磁極位置の角度差から、磁束電流指令の補償方向を決定する。符号判定器921は図20から図22に示される符号判定処理を行う。図20から図22の横軸は、符号判定器921の入力である角度差を表す。角度差は図11に示すように正又は負の値を示す。図20から図22の縦軸は符号判定器921の出力の値を示す。
最も基本的な符号判定処理は図20に示す方法である。符号判定器921は、角度差が正を示す場合には「1」を出力し、角度差が負を示す場合には「−1」を出力する。但し、図20の方法では角度差が零に近いときにチャタリングが発生するおそれがある。そのため、図21のように角度差が零に近い領域では、符号判定器921の出力を「1」から「−1」へ徐々に切り替え、又は符号判定器921の出力を「−1」から「1」へ徐々に切り替えるように構成してもよい。
また、角度差が大きい条件では、角度差が小さい条件に比べて、メイン側同期電動機1aの磁束電流の変化量がサブ側同期電動機1bのトルクの変化量に及ぼす影響が大きくなる。そのため、図22のように角度差が大きい領域では、角度差が大きくなるに従って、符号判定器921の出力値を徐々に下げるようにしても良い。
乗算器922は符号判定器921の出力と脈動抑制制御部91の出力とを掛け合わせ、磁束電流指令を生成する。すなわち、磁束電流指令決定部9では、脈動抑制制御部91により抑制された脈動成分と、補償方向決定部92の符号判定器921により決定された補償方向とにより、磁束電流指令を決定する。このように生成された磁束電流指令を用いることによる効果は以下の通りである。
ここまで説明してきたとおり、位置センサレス制御による駆動装置では、低速駆動時に磁束電流指令の変化によって過渡的な速度推定誤差が生じる。特許文献1に開示されるように、速度差を用いてサブ側同期電動機1bの駆動を安定化させる方法では、速度推定誤差の影響を直接的に受けてしまうため、制御不安定な状態となり、騒音及び振動が増加し、モータ効率が低下するなどの様々な問題が生じる。そのため、特許文献1では、1つの電力変換器で1台の同期電動機を駆動する既存の同期電動機駆動装置に比べて、回転数の下限を高くしなければならないという課題があった。そのため、既存の同期電動機駆動装置から、特許文献1で開示される技術を用いた並列駆動装置への置き換えは困難である。
これに対して、実施の形態1に係る駆動装置100は、サブ側同期電動機1bのトルク電流の脈動成分と、2台の同期電動機の磁極位置の角度差とを用いて、磁束電流指令を決定するように構成されている。これにより、磁束電流指令のS/N比が改善され、速度推定誤差の影響を受け難くなる。その結果、騒音及び振動が増加し、モータ効率が低下し、脱調するなどの問題が解決される。また、低速駆動時の安定性が改善されるため、回転数の下限値は、1つの電力変換器で1台の同期電動機を駆動する既存の同期電動機駆動装置と同等の値を維持できる。これにより、既存の同期電動機駆動装置を実施の形態1に係る駆動装置100に置き換えることが容易となる。
実施の形態2.
実施の形態2では、サブ側同期電動機1bで消費される有効電力の脈動成分を利用して磁束電流を決定する構成例について説明する。騒音及び振動が大きくなり、モータ効率が低下するなどの課題を解決するには、電機ばね共振によるサブ側同期電動機1bの自己発振現象を、磁束電流が大きく変化する条件でも正確に検出する必要がある。そのための1つの手法が実施の形態1で述べたトルク電流の脈動成分を用いる手法である。但し、メイン側同期電動機1a及びサブ側同期電動機1bに接続される負荷である機械系の慣性モーメントが比較的大きい場合、トルク電流の脈動成分の代わりに、有効電力の脈動成分を用いて磁束電流を決定しても良い。前述したとおり、ファン、ブロワーなどの流体利用装置では機械系の慣性モーメントが大きい場合があるため、このような場合、推定速度信号を観測するよりも、有効電力の脈動成分を観測した方が良い。
図23は本発明の実施の形態2に係る駆動装置の構成を示す図である。実施の形態2に係る駆動装置100Aは、図1に示す脈動成分抽出部70の代わりに、脈動成分抽出部70Aを備える。脈動成分抽出部70Aは、サブ側有効電力脈動成分抽出部10を備える。その他の構成については、実施の形態1の構成と同一又は同等であり、同一又は同等の構成部には同一の符号を付して、重複する説明は省略する。
有効電力Pxは三相電圧指令vu *,vv *,vw *と相電流iu *,iv *,iw *を用いて下記(18)式により求めることができる。添字「x」はメイン側とサブ側を区別するためのものである。Raは電機子抵抗である。三相電圧指令vu *,vv *,vw *は、電流制御部6から得られる。相電流iu *,iv *,iw *は電流検出部4bから得られる。
上記(18)式の右辺の第二項は電機子抵抗による銅損を表す。厳密には銅損も有効電力の一部であるが、ここで知りたい情報はサブ側同期電動機1bのトルク脈動に相当するものであるから、銅損を差し引いておいた方が良い。但し、電機子抵抗が無視できる程度に小さい場合もあるため、その場合は右辺第一項のみを計算するようにしても構わない。
機械系の慣性モーメントが大きく、かつ、速度脈動が微小である場合、有効電力の脈動はトルクの脈動によって生じたものであると考えられる。従って、この場合、サブ側有効電力脈動成分抽出部10は、実施の形態1で説明したサブ側トルク電流脈動成分抽出部7と同様の演算処理を行い、サブ側同期電動機1bの有効電力から脈動成分を抽出する。この情報を用いて磁束電流指令を決定すれば、実施の形態1と同様の効果が得られる。
なお、実施の形態2の磁束電流指令決定部9は、実施の形態1と同様にゲイン乗算部911及び位相調整部912により構成される脈動抑制制御部91を備えるが、実施の形態2のゲイン乗算部911は、入力信号である有効電力脈動成分のゲインを調整し、実施の形態2の位相調整部912は、入力信号である有効電力脈動成分の位相を調整する。また、実施の形態2の脈動抑制制御部91は、実施の形態1と同様に、ゲイン乗算部911と位相調整部912の何れか一方だけで系の安定性を確保できるのであれば、必ずしもゲイン乗算部911及び位相調整部912の双方を備える必要は無い。
実施の形態2は、同期電動機に接続される負荷の慣性モーメントが大きい場合に有用であり、実施の形態1に比べて、座標変換の演算を用いない分、計算量が少ないため、簡易な構成の演算装置を用いる場合には有用である。具体的には、実施の形態1のサブ側トルク電流脈動成分抽出部7は、電流検出部4bで検出された三相座標系の電流を、磁極位置推定部5bからの信号を用いて、回転する直交座標系に座標変換して、トルク電流を求め、そのトルク電流の脈動成分を抽出している。これに対して、実施の形態2では、サブ側有効電力脈動成分抽出部10が、上記(18)式のように、電流検出部4bで検出された三相座標系の電流をそのまま用いて有効電力を求め、この有効電力の脈動成分を抽出している。そして実施の形態2の磁束電流指令決定部9は、この脈動成分を利用して磁束電流指令を決定することができる。そのため実施の形態2では、座標変換が不要となり、計算量が少なくなる。慣性モーメントが大きいアプリケーションの場合、上記のように有効電力の脈動成分を観測することで、座標変換が1回不要になるため、実施の形態2では演算負荷を減らすことが可能となる。
実施の形態3.
図24は本発明の実施の形態3に係る駆動装置の構成を示す図である。実施の形態3に係る駆動装置100Bは、図1に示す脈動成分抽出部70の代わりに、脈動成分抽出部70Bを備える。脈動成分抽出部70Bは、サブ側トルク電流脈動成分抽出部7と、メイン側トルク電流脈動成分抽出部11と、第2の減算器である減算器8aとを備える。その他の構成については、実施の形態1の構成と同一又は同等であり、同一又は同等の構成部には同一の符号を付して、重複する説明は省略する。
実施の形態3では、サブ側同期電動機1bのトルク電流の脈動成分とメイン側同期電動機1aのトルク電流の脈動成分の差から磁束電流指令を決定する構成例について説明する。実施の形態1,2の駆動装置100,100Aは、メイン側同期電動機1aのトルク電流の脈動成分が定常状態では微小であることを前提とした構成となっている。メイン側同期電動機1aはベクトル制御されているので、トルク電流指令値が一定値であればメイン側同期電動機1aのトルク電流は指令値に追従するはずである。しかしながら、現実には様々な外乱要因によってメイン側同期電動機1aのトルク電流は脈動する。外乱要因としては、電力変換器2を構成する直列の上下アームの半導体素子の短絡防止時間、電流センサのオフセット、電流センサのゲインアンバランス、回転子に設けられる磁石から発生する磁束の歪みなどが考えられる。これらの要因によるトルク電流脈動は、サブ側同期電動機1bでも同様に発生する。また、実施の形態1,2では、トルク電流指令に何らかの交流成分が重畳されている場合、これも磁束電流指令決定部9にとっては外乱となる。トルク電流指令に重畳された外乱成分によって、サブ側同期電動機1bにもその周波数のトルク電流脈動が発生するが、当該外乱成分は、電機ばね共振による自己発振とは異なる原因で発生したものであるため、当該外乱成分を磁束電流指令決定部9にフィードバックするのは適切でない。
実施の形態1のサブ側トルク電流脈動成分抽出部7と実施の形態3のメイン側トルク電流脈動成分抽出部11はハイパスフィルタ、バンドパスフィルタなどにより構成される。サブ側同期電動機1bをより的確に安定化させるためには、上記の外乱要因の影響を排除することが望ましい。しかしながら、ハイパスフィルタでは外乱の除去特性が悪く、バンドパスフィルタでも外乱の除去特性を良くするためには電機ばね共振角周波数の計測が必要となる。こういった事情から、より簡易な方法で外乱の影響を除去するため、実施の形態3は、メイン側同期電動機1aで発生するトルク電流の脈動成分を、サブ側同期電動機1bのトルク電流の脈動成分から差し引くよう構成したのである。
そのため実施の形態3に係る駆動装置100Bは、サブ側トルク電流脈動成分抽出部7に加えて、メイン側トルク電流脈動成分抽出部11を備える。また駆動装置100Bは、サブ側トルク電流脈動成分抽出部7からのトルク電流脈動成分とメイン側トルク電流脈動成分抽出部11からのトルク電流脈動成分との差分を求める減算器8aを備える。
メイン側トルク電流脈動成分抽出部11は、メイン側同期電動機1aのトルク電流の脈動成分を計算する。計算法は実施の形態1で述べたサブ側トルク電流脈動成分抽出部7と同様の方法で良い。減算器8aでは、2台の同期電動機のそれぞれに発生するトルク電流の脈動成分の差分が計算され、磁束電流指令決定部9は、当該差分を用いて磁束電流指令を決定する。
このように構成することで、より安定に2台の同期電動機を並列駆動することが可能となる。なお、実施の形態3では、2台の同期電動機のそれぞれに発生するトルク電流の脈動成分の差分を用いる方法を説明したが、その代わりに有効電力の脈動成分の差分を用いても良いことは言うまでもない。また、実施の形態3の駆動装置100Bは、サブ側トルク電流脈動成分抽出部7及びメイン側トルク電流脈動成分抽出部11の内、一方がトルク電流の脈動を計算し、他方が有効電力の脈動を計算した後、これらの脈動を同一のスケールに換算してから差分を求めるように構成してもよい。
実施の形態4.
実施の形態4では、実施の形態1,2,3に係る駆動装置100,100A,100Bを用いた流体利用装置の構成例について説明する。図25は本発明の実施の形態4に係る流体利用装置の構成図である。実施の形態4では、メイン側同期電動機1aの回転軸にプロペラファン300aが設けられ、サブ側同期電動機1bの回転軸にプロペラファン300bが設けられている流体利用装置300について説明する。
図25に示す流体利用装置300は、実施の形態1の駆動装置100を備え、駆動装置100は電力変換器駆動装置200を備える。電力変換器駆動装置200は、プロセッサ201及びメモリ202を備える。図1に示す各機能、すなわち電流制御部6、磁極位置推定部5a,5b、サブ側トルク電流脈動成分抽出部7、減算器8及び磁束電流指令決定部9は、プロセッサ201及びメモリ202を用いてその機能が実現される。
図25に示すようにプロセッサ201及びメモリ202を利用する場合、上記の各機能のそれぞれは、ソフトウェア、ファームウェア又はこれらの組合せにより実現される。ソフトウェア又はファームウェアはプログラムとして記述され、メモリ202に記憶される。プロセッサ201はメモリ202に記憶されたプログラムを読み出して実行する。またこれらのプログラムは、上記の各機能のそれぞれが実行する手順及び方法をコンピュータに実行させるものであるとも言える。メモリ202は、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、フラッシュメモリー、EPROM(Erasable Programmable Read Only Memory)、又はEEPROM(Electrically Erasable Programmable Read Only Memory)(登録商標)といった半導体メモリが該当する。半導体メモリは不揮発性メモリでもよいし揮発性メモリでもよい。またメモリ202は、半導体メモリ以外にも、磁気ディスク、フレキシブルディスク、光ディスク、コンパクトディスク、ミニディスク又はDVD(Digital Versatile Disc)が該当する。なお、プロセッサ201は、演算結果等のデータをメモリ202に出力しても記憶させても良いし、メモリ202を介して不図示の補助記憶装置に当該データを記憶させてもよい。
なお、流体利用装置300は、駆動装置100の代わりに実施の形態2の駆動装置100A又は実施の形態3の駆動装置100Bを備えてもよい。この場合、図23に示す電流制御部6、磁極位置推定部5a,5b、サブ側有効電力脈動成分抽出部10、減算器8及び磁束電流指令決定部9は、プロセッサ201及びメモリ202を用いてその機能が実現される。また、図24に示す電流制御部6、磁極位置推定部5a,5b、サブ側トルク電流脈動成分抽出部7、メイン側トルク電流脈動成分抽出部11、減算器8、減算器8a及び磁束電流指令決定部9は、プロセッサ201及びメモリ202を用いてその機能が実現される。
実施の形態1でも述べたように、電力変換器2はメイン側同期電動機1a及びサブ側同期電動機1bに任意の交流電力を供給できるものであれば、基本的にどのような回路構成でも構わない。電流検出部4a,4bで検出された電流の情報はプロセッサ201へ送信される。
2つのプロペラファン300a,300bは、互いに同一形状のものであっても良いし、異なる形状のものであっても良い。また、2つのプロペラファン300a,300bの空気の流路は必ずしも同じでなくとも良い。例えば流体利用装置300が空気調和機の場合、2つのプロペラファン300a,300bは、当該空気調和機の室外機内の送風室に設けられる2つの送風ファンに相当し、上記の空気の流路は、当該送風室に相当する。送風室は、室外機の側面板、天井板、底板、熱交換器などに囲まれることで形成される空間である。送風室には、プロペラファン300a,300bが回転することによって空気の流れが形成される。
2つのプロペラファン300a,300bの回転数と負荷トルクとの特性は、異なっていた方が安定に並列駆動しやすいため、2台の同期電動機に異なる形状のファンを設けてもよいし、一方のファンが設けられる流路の断面積を、他方のファンが設けられる流路の断面積よりも小さくしても良い。また、一方の同期電動機でプロペラファンを駆動し、他方の同期電動機でポンプを駆動するなど、それぞれ異なる仕様の流体利用装置を駆動する構成としても良い。
なお図25には示されていないが、流体利用装置300は、電力変換器2が出力する電圧を検出する電圧検出部を備え、電圧検出部で検出された電圧情報がプロセッサ201へ入力されるように構成してもよい。また図25には示されていないが、流体利用装置300は、ファンの風速を計測する風速センサを備え、風速センサで検出された風速情報がプロセッサ201へ入力されるように構成してもよい。また図25には示されていないが、ファンによって冷却される対象物の温度を検出する温度センサを備え、温度センサで検出された温度情報がプロセッサ201へ入力されるように構成してもよい。
流体利用装置300の流体負荷は、ダンパ特性を持っており、高回転域では、そのダンパ特性がオープンループ駆動された同期電動機の駆動を安定化させる。しかしながら、低回転域では、そのダンパ特性が弱まり、同期電動機の駆動が不安定になるため、流体利用装置300は実施の形態1,2,3で述べた並列駆動法を利用する。これにより、実施の形態4では、幅広い速度範囲で同期電動機の並列駆動を実現することができる。また、実施の形態4では、高度なトルク制御の必要がないため、1つの電力変換器で1台の同期電動機を駆動する既存の同期電動機駆動装置を改修することによって、コストの増加を抑制しながら2つのプロペラファン300a,300bを駆動可能な流体利用装置300を得ることができる。
実施の形態5.
実施の形態5では、実施の形態4に係る流体利用装置300を用いた空気調和機の構成例について説明する。図26は本発明の実施の形態5に係る空気調和機の構成図である。実施の形態5に係る空気調和機400は、流体利用装置300、冷媒圧縮機401、凝縮器403、受液器404、膨張弁405及び蒸発器406を備える。冷媒圧縮機401と凝縮器403との間は配管で接続される。同様に、凝縮器403と受液器404との間は配管で接続され、受液器404と膨張弁405との間は配管で接続され、膨張弁405と蒸発器406との間は配管で接続され、蒸発器406と冷媒圧縮機401との間は配管で接続される。これにより、冷媒圧縮機401、凝縮器403、受液器404、膨張弁405及び蒸発器406には冷媒が循環する。なお、図26では図示が省略されているが、流体利用装置300は、図1などに示す電流検出部4a,4b、磁極位置推定部5a,5bなどを備える。
空気調和機400では冷媒の蒸発、圧縮、凝縮、膨張という工程が繰り返し行われるため、冷媒は液体から気体へ変化し、さらに気体から液体へ変化することにより、冷媒と機外空気との間で熱交換が行われる。
蒸発器406は、低圧の状態で冷媒液を蒸発させ、蒸発器406の周囲の空気から熱を奪うことによって、冷却作用を発揮するものである。冷媒圧縮機401は、冷媒を凝縮するために蒸発器406でガス化された冷媒ガスを圧縮して、高圧のガスにするものである。凝縮器403は、冷媒圧縮機401で高温になった冷媒ガスの熱を放出することで、高圧の冷媒ガスを凝縮し、冷媒液に変換するものである。流体利用装置300は、プロペラファン300a,300bを回転することによって、風を発生させて、この風を凝縮器403に通過させることにより、凝縮器403を冷却する。膨張弁405は、冷媒を蒸発させるために、冷媒液を絞り膨張して、冷媒液を低圧の液に変換するものである。受液器404は循環する冷媒量の調節のために設けられるもので、小型の装置では省略しても良い。
空気調和機400の大出力化に伴って凝縮器403が大型化すると、凝縮器403を冷却するための冷却装置として機能する流体利用装置300の冷却性能を増加させる必要が生じる。但し、凝縮器403の寸法を大きくするのに合わせて、冷却装置として機能する流体利用装置300の仕様変更を行うのは煩雑である。また、流体利用装置300の冷却性能を増加させるために、流体利用装置300を大出力化するためには、流体利用装置300を量産するための製造ラインの変更が必要となる場合もあり、製造ラインを構築するための初期投資がかさむ。そのため、大型の空気調和機400では、複数の冷却ファンを備えた流体利用装置300を使用することで冷却性能を向上させている。
また、空気調和機400には、低コスト化の要求が高く、その一方で省エネルギー規制が年々強化されているため高効率化も要求されている。近年の省エネルギー規制では、定格動作点だけでなく、低出力駆動の動作点での駆動効率も重要視される。そのために冷却ファンの動作回転数の下限値を極力引き下げる必要がある。
ここまで述べてきたとおり、特許文献1で開示される技術を用いた並列駆動装置は、コスト面では非常に優れているものの、これを位置センサレス制御で構成しようとすると、低回転域での駆動が不安定となる課題がある。特に空気調和機400では、流体利用装置300の電力変換器2で発生するキャリア騒音を減らすため、キャリア周波数を10kHz以上に高く設定する場合が多く、出力電圧誤差が増加して、低回転域での駆動が不安定になりやすい。従って、空気調和機400に、特許文献1で開示される技術を用いた並列駆動装置を用いた場合、空気調和機400の駆動動作範囲が狭まるという課題があった。そのため、特許文献1で開示される技術を用いた並列駆動装置では、空気調和機400用の冷却ファンに要求される低コスト化と高冷却性能とを両立させることが困難である。
実施の形態5に係る空気調和機400は、実施の形態1から3で述べた並列駆動法を利用しているため、低速域の駆動が不安定になることがなく、駆動可能範囲を拡大できる。また実施の形態1から3で述べた並列駆動法は位置センサレス制御を前提としているため、位置センサを用いる場合に比べて、空気調和機400の製造コストを低減できる。従って、実施の形態1から3に係る駆動装置100,100A,100Bでは、空気調和機400用の冷却ファンに要求される低コスト化と高冷却性能とを両立させることが可能である。
以上の実施の形態に示した構成は、本発明の内容の一例を示すものであり、別の公知の技術と組み合わせることも可能であるし、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、構成の一部を省略、変更することも可能である。